2017年02月23日

 石原慎太郎を増長させたメディアの責任

百条委員会決定で
追い込まれる石原慎太郎!
しかし豪遊、公私混同…
数多の疑惑をスルーし
慎太郎を増長させたメディアの責任は…
2017.02.22 LITERA編集部

 ついに豊洲市場問題の「黒幕」が表舞台に引きずり出される。
22日午後に開かれた東京都議会は百条委員会を設置することを決定した。
在任中に移転を決めた石原慎太郎元知事の証人喚問をおこなう見通しだ。
また石原自身も3月3日に記者会見を開くことを明言している。

 それにしても、これほどの無責任都知事がかつていただろうか。
昨年10月には東京都のヒアリング要請に対し体調問題を理由に拒否。
今月14日も「隠れているとかの屈辱を晴らしたい」と言って翌週の会見開催をアナウンスしたが、これも撤回。
なんでも石原は橋下徹に電話で泣きつき「逃げているイメージは悔しくて仕方がない」などと吐露していたというが、石原が逃げ回ってきたことは事実ではないか。

 そんななか、「週刊文春」(文藝春秋)2月23日号が、巻頭特集でこんな記事を掲載した。 「石原慎太郎都政 「血税豪遊」全記録 〈日本のトランプ! 舛添とはケタ違い〉」
 石原が都知事に就任したのは1999年。
その後、2012年に辞職するまでの4期13年間のあいだに、どれだけ血税を私物化してきたのか。
それを検証しようというのだ。

 まず、「週刊文春」が指摘するのは、石原の「知事交際費」の使い方。
たとえば、2003年に都は知事交際費から接遇として築地の老舗料亭「新喜楽」に約34万円を支出。
新喜楽といえば芥川賞・直木賞の選考場所としても知られているが、馴染みのこの料亭で石原は東京都参与であり棚橋泰氏を「接遇」したのだという。
だが、この棚橋氏は石原が運輸大臣時代の官房長官であり、同級生の仲。
つまり「お友だち」を参与に迎え、その飲み食いを、都の交際費支出基準で公務員に対して認められていない「接遇」で支出していたのである。

 もちろん、これはほんの一例であり、共産党都議団によれば〈〇〇年四月から〇六年末までの七年弱で、知事交際費からの飲食を伴う支出は計百五十五回、約千六百十五万円にのぼる〉という。
その内訳も、有名な高級料亭「瓢亭」で計277万5862円も支出し、石原の先輩が先代オーナーを務める高級フレンチ「アピシウス」では計151万9762円を支出するなど美食三昧。
しかも、「こうした宴席を共にする相手の多くがいわば“身内”である側近やブレーン」(元都庁幹部)であり、さらには“本当の身内”である長男の伸晃が参加した会合の飲食代約19万円も知事交際費から支払われていたというから、呆れるほかない。

 また、飲み食いだけではなく、海外出張のほうも批判に晒された舛添要一前都知事を軽く凌ぎ、計34回の海外出張で総額約5億円という豪遊ぶりだ。
なかでも目を見張るのが、2001年に行ったガラパゴス諸島への10泊11日1440万円の旅。
この出張について、石原は当時、「(都議選の応援が)面倒くさいからガラパゴスに行った」などと発言している。
選挙の応援が面倒くさいから血税で豪華クルーズの旅を満喫……さすが言い訳の酷さは天下一品だ。

 そして、なんと言っても忘れてはならないのが、石原の四男である延啓氏の“重用”問題だろう。
小池百合子都知事が事業見直しを示している「トーキョーワンダーサイト」(TWS)は、若手芸術家の支援事業という触れ込みで始まったものだが、慎太郎元都知事はなぜか設立当初から、まったく無名の美術家である延啓氏を外部役員として抜擢。
館長には慎太郎元都知事の知人で、延啓氏の留学時代の遊び仲間でもあった建築家の今村有策氏を起用し、副館長には今村氏の夫人で建築家の家村佳代子氏が就いた。

 その上、石原は自分が書いた「能オペラ」という脚本の“事前調査”という名目で延啓氏をドイツとフランスへ出張させ、その後もスイスへ出張させている。
その旅費は言わずもがな公費から支出されている。
 さらに、である。TWSは本郷、渋谷、青山にギャラリーをつくったのだが、本郷ではステンドガラスを延啓氏にデザインさせ、高額ギャラを支払っている。
結果、TWSの予算は膨らみ続け、初年度は約5600万円だったのが、その4年後には4億7000万円にまで激増。
東京都美術館など都の運営する他の文化事業は軒並み補助金をカットしていたのに、自分の息子の事業にはこのように湯水のごとく税金を注ぎ込んでいたのである。

 こうした疑惑は共産党などが追及し明るみに出るのだが、これを追及された石原は「余人をもって代え難かったら、どんな人間でも使いますよ、私は、東京にとってメリットがあったら。当たり前の話じゃないですか、そんなこと!」と逆ギレ。
たとえ延啓氏が「余人をもって代え難い」才能をもつ芸術家であろうと、自分の息子の事業に4億円もの血税を使い、公費で出張して良い理由にはならないのは当然の話だ。

 飲み食いに豪華出張、そして身内偏重──。こうした石原の卑しい所業を突きつけた「週刊文春」はタイムリーかつ正しい報道だと思うが、ただ、「舛添とはケタ違い」と見出しを打つには遅すぎるというものだろう。
実際、舛添問題が世間を賑わせていた時点で、このような石原の血税の私物化を本サイトは指摘している【http://lite-ra.com/2016/05/post-2228.html】。

 いや、築地市場の移転に絡んで豊洲の問題が噴出して以降、石原への批判を展開してきた「週刊文春」や「サンデー毎日」(毎日新聞社)、公私混同疑惑を昨年10月に報じた「FRIDAY」(講談社)などの週刊誌メディアはまだいい。
むしろ、気になるのはテレビ、とくにワイドショーの豹変ぶりだ。
 いまやワイドショーでは当然のように石原への疑惑追及が連日行われているが、では、舛添の問題を鬼の首を獲ったように報じていたとき、石原の公私混同にツッコんだ番組があっただろうか。
 既報の通り、石原は芥川賞選考委員まで務めた大作家であり、国会議員引退後、都知事になるまでは保守論客として活躍していたためマスコミ各社との関係が非常に深い。
読売、産経、日本テレビ、フジテレビは幹部が石原ベッタリ、テレビ朝日も石原プロモーションとの関係が深いため手が出せない。
「週刊文春」「週刊新潮」「週刊ポスト」「週刊現代」なども作家タブーで批判はご法度だった。
 石原の批判ができるのは、せいぜい、朝日新聞、毎日新聞、共同通信、TBSくらいだったが、こうしたメディアも橋下徹前大阪市長をめぐって起きた構図と同じで、少しでも批判しようものなら、会見で吊るし上げられ、取材から排除されるため、どんどん沈黙するようになっていった。
その結果、石原都知事はどんな贅沢三昧、公私混同をしても、ほとんど追及を受けることなく、むしろそれが前例となって、豪華な外遊が舛添都知事に引き継がれてしまったのである。
 だが、昨年末から一部週刊誌が石原批判を展開するようになり、ワイドショーもネタを「小池劇場」頼みになってからは“石原タブー”を解除。
つまり、小池という「新しいヒーロー」に対する「悪役」として石原へのタブーは解かれた。
もちろん、政界を引退し神通力を失った石原の“弱体化”を認識した上で、「叩いてもよし」と各局が判断したのだ。
 叩いていい人間であれば叩き、力をもつ人間であれば一切批判はしない──。
石原への批判は当然のことだが、しかし、この報道姿勢の歪さこそが、都知事時代の石原の都政私物化を許し、前述したように橋下徹の大阪における圧政を許したのだ。

 それはいまも現在進行形だ。
舛添の問題を俎上に載せたにもかかわらず、一方でワイドショーは稲田防衛相をはじめとする安倍政権から噴出した白紙領収書問題にはまったく斬り込むことなくやり過ごした。
現在、国会でも追及されている“愛国小学校”への国有地激安売却問題も同じで、何らかのかたちで総理が関与しているのではないかという疑惑までもち上がっているのに、在京ワイドショーは沈黙を貫いている。
 そのカラクリは簡単で、「強い者」は叩かない。
それだけだ。
石原にメスを入れるのは結構だが、その一貫性のなさをメディアが維持する限り、同じような問題は何度も繰り返されるだろう。
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2017年02月22日

共謀罪で法務省がテレ朝玉川の取材拒否

安倍政権の“共謀罪”
答弁は嘘とデタラメだらけ!
法務省はテレ朝・玉川徹の取材を
拒否して批判封じ
2017.02.20 LITERA編集部

 自衛隊南スーダンPKOの日誌隠蔽や、国有地を学校法人に超格安で払い下げた問題への安倍首相の関与疑惑などが浮上しながら、嘘と開き直りを連発している安倍政権。
だが、今国会ではもうひとつ、共謀罪をめぐっても、とんでもないデタラメが明らかになっている。
 共謀罪とは周知のように、犯罪の実行や具体的準備がなくとも、2名以上の間で犯罪に関する「合意」が認められた場合に適用することができるという法律。
しかし、何をもって犯罪の「合意」とするのかを警察や検察が恣意的に判断することができるため、犯罪に関係のない一般市民が次々と取り締まられるようになる危険性が指摘されてきた。  

実際、過去の答弁ではただ「目配せ」しただけでも摘発対象になることが明らかにされ、SNSでの他愛のないやりとりや、あるいはLINE等の「既読スルー」でも、犯罪の合意が達せられたとみなされる可能性も浮上している。
 こうした批判を受け、共謀罪関連法案は過去に3度も廃案になっているのだが、安倍政権は「テロ等準備罪」と言い換えて今国会での成立に躍起になっている。
対象範囲についても、安倍首相が自ら「一般の方々が対象になることはありえない」などと明言していた。

 ところが、16日の法務省見解で安倍首相の説明が真っ赤な嘘であることが判明。
もともと正当な活動を行っていた団体についても、目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合には、組織的犯罪集団に当たり得る〉と、やはり一般人が対象になりうることを認めたのである。
 安倍首相は国会で、この法務省見解について、「犯罪集団に一変した段階で一般人であるわけがない」などとのたまったが、では、何をもってして「犯罪集団」と認定するのかというと、結局、捜査を担当する警察が決めるのである。

恣意的な認定によって一般人が逮捕される危険性には変わりはなく、たとえば、政府方針に反対の意見をもつ労働組合やデモを行う市民団体などが、ある日突然「犯罪集団」に仕立て上げられるということが起こりうるのだ。
また、政府が主張してきた共謀罪の必要性もまったく根拠がないことが明らかになった。
安倍首相は「テロ等準備罪」との名称を強調しつつ、国際組織犯罪防止条約締結のための法整備だとし、この条約を締結できなければ「東京五輪を開けないと言っても過言ではない」する。  

しかし、国際組織犯罪防止条約を結ぶ187の国・地域のうち、締結に際して国内で共謀罪を新設したのはノルウェーとブルガリアのたった2国だけで、共謀罪がなくとも国際組織犯罪防止条約を締結できることが明らかになった。
しかも、日本政府はこれまでに、国連のテロ対策関連条約のうち主要な13本を批准し、日本の国内法ではすでに57もの重大犯罪について「未遂」よりも前の段階で処罰できるように整備。
日弁連も共謀罪立法がなくても国連条約締結は可能だと法的観点から指摘している。
 あげくは、「東京五輪を開けない」とは、呆れてものも言えない。

安倍首相は2013年、ブエノスアイレスでの五輪招致最終プレゼンで、堂々と「東京は今も2020年を迎えても世界有数の安全な都市」と明言していた。
一体あれは何だったのかと聞きたくなるではないか。
 デタラメは他にもある。
たとえば、政府が共謀罪でなければ対応できない事例としてあげる“テロ組織がハイジャック目的に航空券を予約した場合”について、金田勝年法相は国会で「現行法では処罰できない」と答弁したが、民進党の福山哲郎参院議員が、刑法のコンメンタール(逐条解説書)には現行法でもハイジャック目的でのチケット購入が予備罪の適用範囲として言及されていると追及。
また“大量殺人が可能となる危険性の高い薬品の購入”の防止に関しても、福山議員は警察用の論考集のなかに予備罪で対応できると示してある事実を突きつけた。

 すると、金田勝年法相は“判例を見ると予備罪にならない場合がある”と答弁したのだが、驚くことに、実際にはその直接的な判例は存在せず、金田法相は答弁を訂正したのである。
 安倍首相の「一般人は対象にならない」という説明にしても、金田法相が架空の判例をでっちあげたことにしても、もはや安倍政権の言い分は破綻しているとしか言いようがない。

 しかも悪質極まりないのが、政府はこうしたデタラメが山ほどある法案を強行採決するためにメディアによる追及を封殺しようとしていることだ
たとえば、法務省は今月6日、金田法相の指示のもと「(共謀罪)法案提出後、所管の法務委員会でしっかりと議論を重ねていくべきものと考える」とするマスコミ向け文書を発表。
明らかに立法府での議論を封じようとする通達であり、民主主義のプロセスを無視する暴挙だが、これをマスコミに配布したという事実は、もはやどうかしているとしか思えない。
ようは、“まだ法案もできてないから紙面や番組で取り上げてはいかん”と示唆しているわけで、安倍政権の報道圧力にさらされているマスコミならばこの恫喝に簡単に従うだろう、というグロテスクな思考が透けて見える。

 周知の通り、このイカれた発表に関しては野党だけでなく公明党からも批判を受け、金田法相は撤回と謝罪に追い込まれたが、安倍政権のメディアへのトンデモ対応はこれだけではない。  

たとえば、テレビ朝日の『羽鳥慎一モーニングショー』では、16日放送の玉川徹氏による「そもそも総研」のコーナーで共謀罪について取り上げたのだが、そのなかで玉川氏がカメラに向かって「ぜひ(法務省は)応じてください、取材を。
大事な法律なのですから。
待ってますから、応じてください」と異例のメッセージを出す光景があった。

 番組内の説明によれば、番組側は放送日から約1カ月前には法務省に共謀罪に関する取材の申し込みをしており、今月1日には盛山正仁法務副大臣へのインタビューが一度は決定していたという。
ところがその後、法務省側から延期させてほしいとの申し出があり、インタビューは白紙に。
これだけでも不可解だが、そこで番組側は文書で法務省側に質問を行った。
しかし、法務省側からの回答は「現在、国会で熱心にご議論いただいている事柄であることから取材には応じかねます」というもので、一転して事実上の“取材拒否”となったのだという。
 ようするに、金田法相の“議論封殺文書”の問題や、国会での二転三転する説明を受け、旗色が悪くなったので取材を断った。
そういうことだろう。
おそらくその裏側では官邸から法務省への指示があったと思われる。
安倍政権は14年末の衆院選に際し、在京キー局へ報道の「公平中立」を建前にした“恫喝文書”を送付したが、いざ自分たちが追い込まれると、取材拒否。
馬鹿げているとしか言いようがないが、少なくとも政府の言う「公平中立」がいかに“不公平”かがはっきりとわかるというものである。

 安倍政権がマスコミの取材を拒否してまで、共謀罪を強引に通そうとする狙いは瞭然だ。
前述のとおり、共謀罪は取り締まりの対象が極めて恣意的となる。
つまり、政府にとって目障りな団体や一般人らを、裁量で「組織的犯罪集団」などと認定し、政府批判を排除することが可能となるのだ。
 また、共謀罪の真に恐ろしいところは、成立するだけで市民に著しい“萎縮効果”を発揮する点だ。
反原発や反安保、反米軍基地などのデモや運動は確実に捜査対象とされ、自粛ムードが広がるだろう。
メディアも「組織的犯罪集団」とみなされないために、政権の意向をより一層忖度するようになるだろう。
加えれば、居酒屋で一般人が政府批判をすることや、SNS上のやりとりですら「共謀」の対象とされかねないため、一般市民のレベルでもすさまじい言論の萎縮が起こる。
そして気がつけば、誰もお上に逆らえない、北朝鮮のような言論統制社会になってしまうのだ。  

これは何も大げさな話ではない。
こんなデタラメな法をゴリ押しする政権の見境のなさこそ、安倍首相が“言論封殺社会”を熱望していることのほかならぬ証左ではないか。
共謀罪の成立が絶対に阻止しなければならない。
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2017年02月21日

高齢者の“セルフネグレクト”が問題に…本人と家族が行うべき対処方法

高齢者の“セルフネグレクト”が問題に
…本人と家族が行うべき対処方法
2017年02月20日 17時00分 Doctors Me

2017年2月17日(金)千葉県で昨年5月に足が壊死した状態の高齢女性が、ゴミがたまった部屋から救出されていたことがわかりました。
(参考) 本件の女性のような生活意欲低下、ひきこもり生活など、近年高齢者のセルフネグレクトが社会問題となっております。
このセルフネグレクトとはいったい何なのでしょうか。
今回は高齢者のセルフネグレクトについて、原因、特徴、対処方法などを医師に解説していただきました。

目次
セルフネグレクトとは 日本語に訳すると「自己放任」となります。
意欲の低下、認知機能の低下などから、日常生活に関する最低限の身の回りのことさえもままならず、安全や健康などが脅かされる状態になることを指します。

高齢者がセルフネグレクトを引き起こす原因
認知症などにより、意図せずともセルフネグレクトに陥る場合があります。
一方、認知症でなくとも、高齢者で日常生活動作に支障をきたすような状態である場合や、配偶者の死去などが発生すると、セルフネグレクトに至る可能性が高まります。
近年では、家族と疎遠になったり、近隣との関係性の希薄化などが進み、セルフネグレクトの高齢者が増えているという指摘もあります。

セルフネグレクトの特徴
言動 金銭面の管理などができないケースが見られます。
また近隣や社会とのかかわりを拒否する傾向も見られます。
精神面 うつ状態、認知機能の低下、意欲の低下などが見られる傾向にあります。
外見や服装 適切な整容を行うことができず、髪やひげが伸び、衣服も極端に汚れている、悪臭がするなどのケースが見られます。
家庭環境 家族や親戚関係が疎遠な方が陥りやすいです。
部屋 ゴミが散乱し、部屋の中が混沌とした状態のことが多いです。

セルフネグレクトによって懸念される疾患
うつ病 配偶者の死や他者とのかかわりの低下などから抑うつ気分が継続し、うつ病に至るリスクが高まります。
栄養失調 食事が十分にとれず栄養失調に陥る可能性があります。
認知症 他者とのかかわりがなく、動作、運動の機会も低下していることから認知症のリスクが高まります。
また、健康管理ができていない場合が多く、その場合には持病が悪化したり、加齢とともに発症しやすくなる高血圧や動脈硬化などが進行しているケースが考えられます。

周囲に相談できない理由
日常生活がままならない状態を他人に話すことが恥ずかしい、経済的な困窮がばれることが恥ずかしい、他人の世話になるのが申し訳ないなどの気持ちがあるからと考えられます。

セルフネグレクトの対処法
本人
他人にお世話になることを気負わず、周囲に助けを求めることが大切です。

家族 家族の方は
その高齢者の方とできるだけ連絡をとるようにし、家に行って様子をみるなどの対応が必要です。

相談できる行政機関
市区町村に設置された地域包括支援センターでは、高齢者の虐待対応をはじめ、セルフネグレクトに対する支援も行っています。
ご家族をはじめ、発見した方でも通報でき、またそのプライバシーは守られています。

セルフネグレクト予備軍セルフチェック
□ 極端に不衛生な居宅である
□ 長期間、入浴をしていない
□ 不潔な衣服、身なりが継続している
□ 他者からの支援を拒否する
□ 家族とは関わっていない
□ 経済的に苦しい状態である
□ 必要な医療サービスを受けていない

最後に医師から一言 セルフネグレクトは孤独死などの原因になりますので問題です。
社会全体で対処していく必要がありますね。
        (監修:Doctors Me 医師)
posted by 小だぬき at 07:13| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レプロと幸福の科学、どっちが“ブラック”?

レプロと幸福の科学、
どっちが“ブラック”?
幸福の科学では勝手に退会できない制度が
…清水富美加は大丈夫か
2017.02.20 LITERA編集部

 まだまだメディアをにぎわせ続けている清水富美加の幸福の科学出家騒動。
テレビ局が宗教タブーとバーニングタブーで腰がひけた報道しかできないことは予測していたが、意外なのはネットの反応だ。

 幸福の科学の体質や洗脳疑惑が大々的に追及されるのだろう、と思いきや、所属事務所のレプロエンタテインメントへの非難が圧倒的多数を占めているのだ。
「やっぱりレプロはブラックだ」
「タレントたちは奴隷のように扱われている」
「清水富美加さんの扱いは幸福の科学のいうとおり奴隷契約だ」、さらには「幸福の科学はレプロをやっつけて」といった、幸福の科学を応援する意見も少なくない。

 たしかに、レプロのブラックぶりは幸福の科学からこの間、しきりに流されてきた。
月給5万円という低賃金に加えて、水着の仕事ややりたくなかった役での映画出演強要、さらに本間憲社長の守護霊インタビューと称して「仕事を断ったら干す」というような体質も攻撃された。
 レプロ側も一応、反論しているが、宗教相手ということで腰がひけているのか、あまり具体的ではなく、説得力がない。
しかも、レプロは能年玲奈に対してもタレントの人権を無視した扱いや常軌を逸した嫌がらせを行っており、ブラック体質が批判されるのは、当然ともいえるだろう。

 しかし一方で、清水の出家先で、レプロを「ブラック」と攻撃している幸福の科学が「ホワイトな場所」かというと、どうもそうではなさそうだ。
 報道の通り、出家した清水はこれから教団職員として働くことになるのだと思われるが、今月14日放送の『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)でインタビューに応えた幸福の科学の専務理事広報担当・里村英一氏はその仕事内容をこう語っている。

「出家は24時間救済行の専門家になるということです。
ですから、覚悟も、それから、普段からの自分磨き、心の磨きとかも、格段に在家の方とはちょっとレベルの違うものが求められる」
 出家するということは、24時間いつでも宗教のことを考えるよう強いられることらしい。
これだけでもなかなか大変だが、里村氏はさらにこのようにも語っている。

「出家になるというのはどういうことかというと、世俗の自分を捨てるんです。
つまり清水富美加を捨てて、たとえば、『もう疲れた』、あるいは、『もう嫌だから』ということはないと。
そういうリアクションは許されない。
そういう意味ではまったくちがってきます」

 幸福の科学では水着の仕事や人肉を喰う演技の仕事などはないだろうが、どんな状態でも仕事を断ることが許されず強要されるという意味ではほとんど変わりがないようだ。
 まあ、これだけなら「仕事でなく信仰なのだから当然」という反論もあるかもしれない。

しかし、問題なのはこの先だ。
 幸福の科学ではなんと、信者が退会したくても勝手に退会できない制度があったというのである。
 「週刊新潮」(新潮社)2016年9月29日号によると、幸福の科学では、昨年1月に規則が改訂され、退会届にこのような文言が付け加えられたという。
〈退会に際しては、本書面に自書の上、所属支部の支部長との面談が必要になります〉
 そしてさらに、その退会届には、「誓約文」と称して以下のような文言が書き添えられているという。
〈退会後も、幸福の科学や、その信者に対し、迷惑行為や和合僧破壊行為(信者の信仰を揺さぶったり、失わせたりする行為)をすることはありません〉

 許可がないと辞めたくても辞められない。
辞めるときに批判や告発をしないと誓約させられる。
これって、ブラック企業の典型的手口じゃないか。
というか、脱会者を拉致していたオウム真理教の行為にもつながりかねない「信教の自由の侵害」のおそれもある。
 この退会に関する規定の変更について、「週刊新潮」編集部の取材に答えた幸福の科学側は、「当教団は本人の自由意志を尊重しております」
「本人になりすまして無断で退会届を送付するケースや個人情報の濫用を防ぐため」と回答しているが、少なくとも面談を義務付けている時点で、脱会したいという信者に対して、相当なプレッシャーをかけることになるのは明らかだ。
 幸福の科学に詳しい渡辺博弁護士も法的な観点から「週刊新潮」にこのように説明していた。

どんな宗教・教義を信じるかは個人の自由です。
大川隆法の教えが嘘だと悟った方が脱会を申し出て、面談でこれを認めずに信仰を強制し続けるのであれば、宗教団体としてあり得ないこと。
まさしく公序良俗に反する『無効の定め』です

 レプロも相当なブラックだと思うが、いまもこの制度が続いていたとしたら、幸福の科学の体質にもかなり問題がある。
過剰適応にも見える清水富美加は本当に大丈夫なのだろうか。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月20日

「町内会」の担い手がますます減りそうな理由

「町内会」の担い手が
ますます減りそうな理由
行政の仕事や責任が
安上がりに「下請け」に
2017.2.19 東洋経済オンライン (紙屋 高雪)

町内会の仕事が多すぎる
 年度の終わりは、団体や組織の役員の交代のシーズン。
町内会も例外ではありません。  
拙著『どこまでやるか、町内会』でも紹介していますが、この「役員の仕事が回ってくる」というのが、「町内会に入りたくない!」という人にとって最大の理由の1つでしょう。
もちろん、町内会にはある程度参加・協力するという人でも、町内会が抱えている仕事の多さに、気がめいっている人は少なくありません。

 町内会が抱える仕事が多すぎる → 仕事が多すぎるために、役員を敬遠される → 役員の引き受け手がいなくなることで、ますます過重負担になっていく――。
 こんな悪循環が繰り返されていないでしょうか。
町内会が抱えている仕事をリストラして、必要最小限のスリムな組織にしたい! と常々悩んでいる町内会は少なくないはずです。

 ところが、行政から回される仕事がますます増えるのではないか……と心配になる動きがあります。

「住民主体の課題解決力」?
 「地域力強化検討会」というちょっと奇妙なネーミングの会議が国にあります。
正式名称は「地域における住民主体の課題解決力強化・相談支援体制の在り方に関する検討会」といって、厚生労働省によって立ち上げられた有識者の集まりです。
 この会議が、昨年(2016年)12月26日に「中間とりまとめ」という報告を出しました。
 それを読むと、「介護、子育て、障害、病気等にとどまらず、住まい、就労を含む役割を持てる場の確保、教育、家計、そして孤立など、いわば『くらし』と『しごと』の全般」を「地域の課題」ととらえ、「他人事」ではなく「我が事」として考えて、地域の住民が主体になってそれらの課題を解決する「地域力」を高めていくことがうたわれています。

 「支え手側と受け手側に分かれるのではなく、誰もが役割を持ち、活躍できる社会」を目指すとされています。
そして「地域には今まで存在しながら光が当たらなかった宝(「知恵」「人材」「資源」)があることに気づき、それを最大限引き出」した経験が強調されています。

 これはどういう意味でしょうか。
 生活に困っている家があったら、それを住民ががんばって解決できる力を地域で育てよう。
住民の中で、ときには支えられたり、ときには支えたりしてください。
「予算がない」「人がいない」と嘆くんじゃなくて地域の中をよーく探してください……そんなふうに「説教」されているようにも読めます。

 ちなみに、その中で行政の責任はどうなっているのでしょうか。
結局「安上がり」のサービスにならないか
 まず自治体です。
 報告を読むと、こうした課題解決や相談のための地域団体やヒトのネットワークといった「体制」をつくることに「最終的な責任を持つ」とされています。
あわせて、その体制に関係する人たちが「共通認識を持てるような働きかけをすること」を求めています。

 国はどうでしょうか。
 国がすべき仕事について書かれたところを読むと、「なぜそのような機能が必要なのか、各自治体で丁寧に話し合うような支援をしていくことが必要」とあります。
これだけなのか、と不安になります。

 予算、つまりカネはだしてくれるのでしょうか。
「財源のあり方についても、具体的に検討を進めるべきである」としかなく、具体的なのは「寄附文化の醸成について」という章立てだけです。
 これでは、“住民団体や住民の中にいる人材を組み合わせて、どうしたらいいか話し合わせるのが自治体の仕事” “国はハッパをかけるだけ” “カネは寄付頼み”……そんなふうに読めてしまいます。

この報告の「終わりに」のところには、読んだ人の不安を見透かしたかのように、「『我が事』の地域づくりは、決して地域住民に解決のすべてを委ねることではない」と強調していますが、逆に言えば、「そう読めてしまう」からわざわざ払拭に努めているわけです。

 もっとはっきり言えば、「住民主体の課題解決力強化」というのは、行政がカネもヒトもできるだけ手を引いて、ていよく住民自身が安上がりにやってくれないかなあ、という行政側の「願望」ではないでしょうか。
 その結果、行政がしていた仕事が町内会に「下請け」に出される流れがますます強まるおそれがあります。

町内会などが介護保険の「下請け」?
 その流れを先取りするかのような話が、介護保険の「総合事業」(介護予防・日常生活支援総合事業)です。
 これまで介護保険の中で比較的軽い「要支援」の人たちが受けていたサービスの一部が、ヘルパーでなくてもできるようになります。
ゴミ出し、家事、見守りなどは介護事業所ではなく、「地域住民主体」つまり町内会のようなところでもできるというわけです。

 ところが、この「総合事業」への移行は、2017年4月が期限なのですが、厚労省調査では2016年4月の段階で、移行がゼロ自治体(保険者)の府県が7つもあります。
20市町がある佐賀県もゼロ。
「住民主体でごみ出しや見守りなどきめ細かなニーズに対応したり、利用料を下げたりする新サービスを提供できるのは、7市町にとどまる見通しだ」(西日本新聞2017年2月9日付)。

 福岡市は、住民主体サービスについては「実施しない」としていますが、「従来の7割程度まで報酬を下げた上で、介護事業所による新サービスを提供する」(同)ことにしたために、議会で問題に。
議員から「ある市内のホームヘルプ事業を行っている事業所では、年間で1200万円もの減収になると言われている。
小さな事業所などはこれで閉鎖せざるを得なくなる」と告発され、追及を受けています(同2016年12月16日付)。

 厚生労働省が音頭をとって、町内会をはじめとする「住民主体」の受け皿をつくろうとしたもののうまくいかず、報酬単価を切り下げて従来の介護事業所にやらせようとした自治体では、そのしわ寄せが介護事業所に押しつけられているのです。
 「住民主体の地域の課題解決力アップ!」――そんな美名の下に、行政の仕事や責任が安上がりに「下請け」に出されています。
町内会や地域団体の負担がますます重くなり、そのせいで、いよいよ抱えた仕事に押しつぶされ、後継の担い手が育たないという悪循環に、はまり込んでいないでしょうか。
posted by 小だぬき at 02:07| 神奈川 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする