2021年03月02日

コロナと原発、日本の「危機管理」に通じる弱点

コロナと原発、日本の「危機管理」に通じる弱点
3/1(月)  東洋経済オンライン
鈴木一人/東京大学公共政策大学院教授

米中貿易戦争により幕を開けた、国家が地政学的な目的のために経済を手段として使う「地経学」の時代。
独立したグローバルなシンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)」の専門家が、コロナウイルス後の国際政治と世界経済の新たな潮流の兆しをいち早く見つけ、その地政学的かつ地経学的重要性を考察し、日本の国益と戦略にとっての意味合いを、順次配信していく。

■「備え」の欠如
 あと数日で東日本大震災から10年目の3月11日となる。
今年はあの悲劇で失われた命を悼み、復興のあり方を見直す日であると同時に、震災と津波によって引き起こされた原発事故を振り返り、あの国家的危機からわれわれは何を学んだのかを検証すべき日でもある。

とくに、新型コロナウイルスによるパンデミックという国家的、世界的危機が進行する中で、はたして日本の危機管理は改善されたのかどうかを考えなければならない。

 こうした問題意識を踏まえ、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は「福島原発事故10年検証委員会(第二民間事故調)」を立ち上げ、筆者が主査となって、この10年で事故の教訓から何を学んだのかを取りまとめた。
 また、筆者は昨年10月に発表されたAPIの「新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)」報告書、2012年にAPIの前身である日本再建イニシアティブが発表した「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」の報告書でも一部執筆を担ったこともあり、原発事故と新型コロナ対応の検証作業を通じて見えてきた、日本の危機管理のあり方について論じてみたい。  

福島原発事故と新型コロナ対応で共通する第1の点は「備え」の欠如である。
原発事故では津波により非常用発電機や配電盤が水没して使い物にならなくなり、全交流電源の喪失(SBO)が起こることを想定していなかった。
ゆえにSBOが起こった際には計器を読む電源さえ得られず、車からバッテリーを外して使うといったことが起きた。
 こうした「備え」が欠けていたのは、日本における原子力政策に「絶対安全神話」が横たわっていたからであろう。
事故が起こることを望まない立地自治体の住民や国民全体と、安全規制をしっかりしていれば事故は起こらないと信じる原子力推進側が共鳴する形で「絶対安全神話」が成立し、事故が起こらないのだから備える必要もないという集団思考に陥っていたことが、「備え」の欠如の根本にある。

 他方、新型コロナ対応でも「備え」の欠如は明らかであった。
ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港した際、PCR検査が1日当たり300〜400件しか実施できず、乗客を不安に陥れた。
また、2010年に新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議の報告書が出たにもかかわらず、そこで提起された保健所の強化やリスクコミュニケーション、PCR検査と医療防護具の拡充やワクチン開発体制の整備などの提言は受け入れられず、新型コロナへの対応が後手に回る結果となった。
 この背景には、中東呼吸器症候群(MERS)の被害が小さく、水際対策が機能しているので国内での感染蔓延は防げるとの甘い見通しがあったこと、また、いつ起こるかわからない感染症に備えるよりも、保健所を削減して財政負担を軽くすることが優先された結果でもあろう。

■平時からの切り替えの遅さ
 「備え」は検査や電源車といった物資だけでなく、危機時のガバナンスへの「備え」も不十分であり、一部の危機対応部局は動くが、政府全体が「危機モード」に切り替わらないというのが第2の問題として浮かび上がる。

 原発事故においては、原子力安全・保安院が規制者としての立場を維持し、検査官は事故対処に一義的責任がないとして福島第一原発の現場から離れてしまったことや、危機時のシミュレーションに使うはずであった緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の利用に文科省が消極的であったことなど、危機の時に官民を挙げてあらゆる資源を投入し、直面する問題を解決することよりも、平時の手順や常識に基づく判断を優先するという傾向がみられた。

 新型コロナ対応においては、早い段階でSARS(重症急性呼吸器症候群)の姉妹種であることが明らかになったことから、新型インフルエンザ特措法に基づく新感染症のいずれでもないとして、内閣官房に設置された「新型インフルエンザ対策室」が対処せず、官邸の司令塔機能が確立しないままであった。
 厚生労働省も規制者としての性格が強く、感染症対策の最前線を担う保健所は都道府県などの管轄となるため、厚労省から通知を出し続ける「通知行政」の枠組みが維持された。
結果として、現場の状況のフィードバックが乏しいまま、次々と通知を出して現場が混乱することもあった。  物資や危機ガバナンスの「備え」がない中で、平時から危機時に切り替えるためには強力な政治的リーダーシップが必要となる。
しかし、原発事故では、原子力災害対策本部長である首相が福島第一原発や東京電力本店に乗り込み、強い言葉で叱責するなど、危機時に政府全体を主導するよりも、マイクロマネージメントに固執した。
 ただ、危機を乗り越えるためには東京電力との協力が必要との認識に立ち、超法規的な措置とはいえ、政府・東電統合対策本部を設置し、細野豪志首相補佐官を派遣して東電と調整しながら指揮を執る体制を確立した点は評価できるであろう。

 この点は新型コロナ対応でも共通する。
危機の初期段階においては学校の一斉休校を専門家に諮ることなく判断し、根回しもないまま突然発表するなど、現場を混乱させるような判断が見られた。
 しかし、こうした国民の不満を小手先の政策で解消することが感染拡大を防止する結果には結びつかないと見るや、専門家会議を重視し、科学に基づく判断を優先するようになった。
その間、専門家が前面に出て「前のめり」と言われる形で情報発信したことで、政治の役割が小さくなったように見えるという副作用もあった。

■専門家の役割とリスクコミュニケーション
 専門家の役割とリスクコミュニケーションは、福島原発事故と新型コロナ対応を分ける1つのポイントである。
福島原発事故では班目春樹原子力安全委員長が首相の補佐をする役割を担ったが、その立場は受動的であり、積極的な情報発信や国民に対するコミュニケーションが不足していた。
 さらには小佐古敏荘内閣参与が小学校校庭の放射線量を年間20ミリシーベルトにするという文科省の決定に涙の抗議を行ったことで国民の放射能の拡散に対する不安を高め、福島に対する偏見や風評被害が強く残る結果となった。

 しかし、新型コロナ対応では、尾身茂専門家会議副座長が前面に出て、国民に対する説明を行い、「三密を避ける」や「新しい生活様式」といった覚えやすい言葉で国民にリスクを理解させ、行動変容に結び付けたことは評価できるであろう。
 ただ、対外的な発信という点では原発事故、新型コロナ対応でもまったくと言ってよいほど不十分であった。
これにより外国での誤解(例えばチェルノブイリのように情報を隠している、五輪を開催したいために感染者を少なく見せている、など)が放置され、その誤解がさらなる誤解を生むという悪循環が見られた。

■日本の危機管理
 本稿では、民間事故調とコロナ民間臨調の報告書で取り上げた、日本の危機管理に関するいくつかの特徴を取り出したが、ここから言えることは、リスクから目をそらし、危機管理ガバナンスに対する「備え」が欠けているため、平時の法制度や手順で危機対応しているという問題である。

 そのため、規制機関である原子力安全・保安院や厚労省は危機においても規制者としての立場から離れられず、各部局が局地戦を戦うだけで総力戦を戦えなかった。
 日本の危機管理ガバナンスに欠けているのは、危機時に最悪のシナリオを想定し、それに備えて法制度を整備し、訓練を重ねて対処の手順を確認し、それでも想定を超える事象に対して政治的なリーダーシップを発揮して解決するという覚悟である。
これは原発事故において「究極の問いかけ」、すなわち原発事故が止められなくなったとき、命を懸けて原子炉をコンクリート詰めにする組織が定められていないことにも現れている。
 こうした日本の危機管理ガバナンスの弱さは、「小さな安心(immediate comfort)」を優先して、「大きな安全(public safety)」を犠牲にするというパターンによるものだと考えている。

日々の生活を大事にし、安心して過ごしたいというのは人間の性である。
 しかし、そのために危機が起こることを想定せず、「事故は起こらない」「感染症は水際で食い止められる」という神話に依存し、実際に危機が起きたときには何の備えもなく慌てふためくことになることは、国家のガバナンスとしてあってはならないことである。

つねに危機が起こりうることを想定し、そのための備えを欠かさず、それでも危機が起きないように不断の努力をすることこそ、日本の危機管理に求められていることなのである。
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2021年03月01日

「日本人は貧乏になった」その残酷な事実に気付かない人が多すぎる(前編)

「日本人は貧乏になった」その残酷な事実に気付かない人が多すぎる(前編)
2/28(日) プレジデントオンライン
相場 英雄(あいば・ひでお)小説家

いまや日本社会は外国人労働者なしには成り立たない。
それは健全なのか。
作家・相場英雄氏は最新刊『アンダークラス』(小学館)で、外国人技能実習生の問題を取り上げた。
相場氏は「日本人は貧乏になった。だから労働力を外国人に頼らざるを得ない。
その事実に気付いていない人が多すぎる」という――。(前編/全2回)

■ニューヨークでは「ラーメン一杯2000円」が当たり前  
――『アンダークラス』で技能実習生の問題に着目したいきさつを教えてください。

 僕の仕事場は新宿・歌舞伎町の近くにあるのですが、この数年、人の流れが目に見えて変わってきました。
 朝方、24時間営業のハンバーガーチェーンで、大きなバックパックを背負った配達員が眠りこけている。
その隣には、たくさんの荷物が入った手提げ袋を抱えた若いホームレスが力尽きたように休んでいる。
外には店内に入れずに一晩中、歩いている人がいる。
しかも、ハンバーガーチェーンやコンビニで深夜から早朝に働いている店員は、ほとんどが外国人。
いびつな風景だと感じました。

 日本は、いったい、どんな国なのか。なにかがおかしい。そんな違和感が、外国人労働者や、技能実習生に注目したきっかけでした。
 もう一つが、海外での体験です。
 数年前、ニューヨークに行く機会があり、ラーメンを食べました。
日本では通用しないマズいラーメンが一杯2000円。
小皿料理を注文し、ビールを飲んだら5000円を超えました。
これはアメリカの経済が成長を続け、物価も給与水準も上がっているからです。

一方、日本は経済が低迷し、物価が下がり続けています。
日本はもはや先進国ではない、と感じたのです。

■「日本人はとっくにお金持ちじゃなくなった」
 ――作中に登場するベトナム人技能実習生の「日本人はとっくにお金持ちじゃなくなった」というセリフが印象的でした。  

それが外国人の実感だと思いますよ。
 4年前、取材旅行で訪ねた香港で、紹介制の高級レストランに行きました。
店の前にはリムジンがずらりと並び、店内にいるさまざまな国の人たちは一目で裕福だとわかりました。
日本人のわれわれが、明らかにもっとも金がない存在でした。

 活気にあふれた香港から東京に戻ると、日本全体が寂れたシャッター街のように見えました。
にもかかわらず、ほとんどの人が日本が転落した現実に気づいていません。

 2000年代に入り、タイやベトナムなどの東南アジアの国々も一気に経済成長しました。
日本が1950年代から70年代に約20年もかけて達成した高度経済成長を、わずか5年から10年程度で成し遂げつつある。
少し前まで、アジアの国々に対して、日本が面倒を見ている発展途上国というイメージで捉えていた人が多かったのではないかと思いますが、いまその国々が日本を上回りつつある。

■インバウンドが増えていたのは、日本の物価が安いから
 ――この数年、「日本食がおいしい」とか「日本の伝統文化がスゴい」というテレビ番組が人気ですが、経済が後退した反動なのかもしれませんね。

 コロナ以前は、インバウンドが増えていました。
もちろん日本への憧れをもって来日する人もいたとは思います。
しかし、もっと違う理由があるのではないかという気がしていました。
 一昨年まで高校時代から北米に留学した息子の友だちが、よく日本に遊びにきていました。
当初、気を遣って「狭いけど、うちに泊まるか? 」と聞いていた。
でも「大丈夫。日本は物価が安いから。インペリアルのスイートに泊まれる」と言うんです。
確かに、帝国ホテルの値段では、アメリカの中堅ホテルにも泊まれない。
日本の物価が安いからインバウンドが増えた。
そう考えると日本をめぐる現状が腑に落ちてきます。

 雇用状況を見てもそうでしょう。物価が下がり続けるから、もっと安い労働力が必要になる。
そこで、格差が激しく、いまも貧しい生活を強いられているベトナムやミャンマーなどの農村から来日する技能実習生という名の労働者に頼るしかなくなった。

■「派遣切りのときよりもずっと残酷」  
――2019年4月から改正入管法が施行され、受け入れがさらに拡大されました。

 2010年以降、団塊世代が大量に離職し、日本の労働人口が一気に減りました。
とくに低賃金で、仕事がきついというイメージがついた職種は人手不足に悩まされています。
それにデフレのなか、下請け、孫請けの企業は、日本人の派遣労働者を使っていては高コストで収益をあげられない。
だからより賃金が安い技能実習生が必要とされている。
そこまで日本は追い詰められているんです。  

――登場人物のひとりが「万が一、リーマン・ショックのような事態に直面した際、大量に受け入れた海外の人材をいきなり切り捨て、母国に帰れ、と命じるのですか。派遣切りのときよりもずっと残酷で、外交問題になりますよ」と発言しています。

コロナ禍のなか、技能実習生はリーマン・ショック時以上の苦境にあります。
 『アンダークラス』の連載は、2018年から19年でした。当時はまさか、新型コロナウイルスが流行するなんて、思いもしていなかった。

■「悪徳ブローカー」に国はなんの対策も打たなかった
 実際、コロナ禍の影響で、働く場を失い、国にも帰れない外国人労働者がいる。
豚や果物を盗んで逮捕された不良外国人について報道されましたが、ぼくには起こるべくして、起こった事件と感じました。  

本来なら受け入れを拡大する前に、技能実習生の働き方や生活をサポートする体制や、悪徳ブローカーを取り締まる仕組みをつくるべきでした。
しかし実際には、国はなんの対策も打たなかった。
だから奴隷のような環境で働かされる技能実習生や、働き口をなくして犯罪に走らざるをえない人が出てしまっている。  

――そうした技能実習生の状況に対して、世間の関心が薄いように感じます。

 それは技能実習生や外国人労働者の問題が、自分とは無縁だと考えているからです。
かつて中間層と言われていた人たちは、いまだに自分たちは安泰だと思っている。
不都合な現実を直視したくない気持ちはわかりますが、長引く不況に加え、コロナ禍で勤務する会社がいつまで持つかもわからない。
現に「洋服の青山」が160店舗を閉店し、400人の希望退職者を募るとニュースになりました。
 ずっと会社に守られ、企業の看板を背負って仕事をしてきたサラリーマンが、社会に放り出されたとき、なにができるのか。
 近い将来、これまで技能実習生にまかせていたような仕事をせざるをえない人も出てくるはずです。
日本の貧困は、そこまで行き着いてしまった。
 日本はもはや先進国ではない。
まずは、その現実を直視するところから考えていかなければならないのではないでしょうか。
                                      (後編に続く)
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(1) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月28日

山口二郎教授 「権力者が追い詰められた時の反応」…菅首相のいらだちに

山口二郎教授 「権力者が追い詰められた時の反応」…菅首相のいらだちに
2/27(土) デイリースポーツ

 山口二郎法政大学教授が27日、ツイッターに新規投稿。
菅義偉首相が26日に“ぶら下がり”で報道陣の質問に対応した様子について「追い詰められた時の反応のパターン」などと言及した。
 山口教授は、芥川賞作家の平野啓一郎氏が26日のNHK「ニュース7」について投稿したツイートを引用。
同番組は冒頭から約10分にわたって菅首相が時にいらだちながら、6府県で緊急事態宣言を3月7日の宣言期限を前倒して解除することを決定したものの会見をしない理由などを問われた様子を放送した。

平野氏は「ニュース7の首相のぶら下がり、記者の質問が正常化してて驚いた」などと投稿した。

 山口教授は菅首相について「権力者が追い詰められた時の反応のパターンと想像する」と指摘。
「権力者の威光を誰も怖がらなくなり、配下だと思っていた者が離れていくと、権力者は錯乱する。
岩波新書の『暴君 シェイクスピアの政治学』(スティーブン・グリーンブラット)を読むと、菅首相の今後が予想できるだろう」と投稿した。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする