2019年02月23日

辺野古へ移設しても普天間は返還されない

辺野古へ移設しても普天間は返還されない
2019年02月22日 PRESIDENT Online
ノンフィクションライター 古木 杜恵

沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画に伴う、名護市辺野古沖の埋め立ての賛否を問う県民投票が、2月24日に行われる。

現地で20年以上取材を続けるノンフィクションライターの古木杜恵氏は「2.5兆円をかけて辺野古に新基地を作っても、普天間が返還されるとは限らない」と指摘する――。
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■「辺野古移設が唯一の選択肢」の説明責任は果たされていない
辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う2月24日の「県民投票」が間近に迫った。
沖縄県と国の対立がこれほどまでに深まったのは、安倍政権の数々の「暴力」と「虚偽」、そして「沖縄ヘイト」によって新基地建設が強行されてきたからに他ならない。

日本政府は、米軍普天間飛行場(基地)の危険性を除去するためには「辺野古移設が唯一の選択肢」と繰り返し強調する。
だがその説明責任は果たさず、県外から機動隊を導入して抗議の声をあげる市民を暴力で組み伏し、「土人」と蔑んだ。
虚偽の一例を挙げれば、仲井眞弘多元知事が辺野古の「埋め立てを承認」する事実上の前提条件の一つだった米軍普天間飛行場の「5年以内の運用停止」であろう。

政府は2014年10月に「全力で取り組む」との答弁書を閣議決定した。
運用停止の期限は19年2月18日だったが、政府は「辺野古移設への協力が前提」として米側と公式な交渉も行わないまま、沖縄県に責任を転嫁。
安倍晋三首相は、17年2月の衆院予算委員会で「残念ながら翁長雄志知事に協力していただいていない。
難しい状況だ」として「埋め立て承認」の前提条件を反故にし、「協力いただけていない」という理由もあいまいなままである。

■「辺野古は代替施設か」「普天間は返還されるか」
いずれもノー
そもそも辺野古新基地は、米軍普天間飛行場の代替施設なのか?
新基地が完成すれば、即時に同飛行場は返還されるのか?
結論から言えば、いずれもノーである。

稲田朋美防衛相(当時)は、17年6月の参院外交防衛委員会で「米側との具体的な協議やその内容に基づく調整が整わないことがあれば返還条件が整わず、普天間飛行場の返還がなされない」と初めて明言した。
答弁の根拠は、日米両政府が13年4月に合意した「沖縄における在日米軍施設・区域に関する統合計画」で、

同飛行場の「返還条件」として以下の8項目を列挙している。
(1)海兵隊飛行場関連施設等のキャンプ・シュワブへの移設
(2)海兵隊の航空部隊・司令部機能及び関連施設のキャンプ・シュワブへの移設
(3)普天間飛行場の能力の代替に関連する、航空自衛隊新田原基地及び築城基地の緊急時の使用のための施設整備は、必要に応じ実施
(4)普天間飛行場代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善
(5)地元住民の生活の質を損じかねない交通渋滞及び関連する諸問題の発生の回避
(6)隣接する水域の必要な調整の実施
(7)施設の完全な運用上の能力の取得
(8)KC−130飛行隊による岩国飛行場の本拠地化

懸案となっているのは、(4)「普天間飛行場代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善」である。

■条件が満たされないと普天間基地は返還されず、継続使用される
米国会計検査院(GAO)は、辺野古新基地の滑走路は1800メートルで「固定翼機の訓練や緊急時に対応できない」として民間施設12カ所を候補地に挙げ、そのうち1か所を沖縄県内としている。
稲田防衛相は沖縄県内の民間施設について言及を避けたが、米軍普天間飛行場(2800メートル)と同規模の滑走路を持つ県内の飛行場は、那覇空港(3000メートル)と現在建設中の第二滑走路(2700メートル)、そして宮古市の下地島空港(3000メートル)だけである。

「緊急時における使用」であることを考えれば那覇空港しかない。
翁長前知事は17年7月の県議会で「(米軍には)那覇空港は絶対に使わせない」(『沖縄タイムス』同年7月6日付)と答弁した。
辺野古新基地が完成しても、これら8項目の条件が満たされない限り、米軍普天間飛行場は返還されず、継続使用される。

■翁長前知事による「埋め立て承認撤回」に道理はある
日米両政府が同飛行場に代わる新基地建設を正式に確認したのは、1999年12月のSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の最終報告である。
同報告は「危機の際に必要となる可能性のある代替施設の緊急時における使用について研究を行う」としているが、緊急時の民間施設の使用を返還条件としていない。
さらに現行の新基地建設計画を決めた2006年5月の「再編実施のための日米のロードマップ(行程表)」も「民間施設の緊急時における使用を改善するための所要」を「検討」するとしているだけである。

しかもなぜ「緊急時の民間施設の使用の改善」が返還条件になったのか、政府は沖縄県に一切説明をしていない。
「謝花喜一郎知事公室長は5日の県議会で、13年に当時の小野寺五典防衛相が来県し仲井真弘多知事に統合計画を説明した際『返還条件の説明はなかった』と指摘。
これまで政府から詳細な説明はないとし、『大きな衝撃を持って受け止めている』と述べた」(『沖縄タイムス』17年7月6日付)。

「埋め立て承認」時に明らかにされていなかった事実が判明しただけでも、翁長前知事による「埋め立て承認撤回」に道理はある。

■政府が繰り返し述べる「基地負担軽減」はウソ
米軍普天間飛行場の返還問題は23年前に遡る。
1995年の米兵による少女暴行事件をきっかけに、戦後ずっと基地被害に耐えてきた沖縄県民の怒りが爆発し、米軍基地の返還を求める声が一気に高まり、日米両政府は翌96年に同飛行場の返還を合意した。

返還は、宜野湾市民はもとより県民の悲願だが、県内の別の場所に移転するのが条件であった。
私たちはそのように理解してきた。
だが、本当にそうなのか?
沖縄返還密約の一部を暴き、機密漏洩に問われた元毎日新聞政治部記者・西山太吉が監修した『検証 米秘密指定報告書「ケーススタディ沖縄返還」』(土江真樹子訳・高嶺朝一協力/岩波書店/2018年刊)は、「辺野古新基地建設は、決して普天間撤去から派生したものではない」と指摘する。

その一文を以下に引用する。
すでに、私が、『沖縄密約――「情報犯罪」と日米同盟』(岩波新書、二〇〇七年)でもとり上げたように、米国政府は、一九六六年、つまり沖縄返還(一九七二年)の数年前に「大浦湾プロジェクト」という辺野古総合基地建設の青写真を策定していた。
この計画は、現在のキャンプ・シュワブの周辺の広大な水域を埋め立て(約九四五エーカー)、たんなる海兵隊の飛行基地にとどまらず、大浦湾が沖縄で唯一の深海湾(水深三〇m)であることを利用して、海軍の桟橋建設をも構想するという総合的機能を持つ巨大基地であった。

(中略)この計画は、ベトナム戦争の泥沼化にともなう米国の財政の悪化なよって見送られたが、一つには、すでに、沖縄返還問題が徐々に日程にのぼり、返還後は、日本政府の協力を求めることができるのではないかとの期待感が出てきたからだとも言われている。

■日本に2.5兆円かけて「辺野古」を作りアメリカに無償提供?
そして今、日本政府は建設費も維持費も負担する辺野古新基地建設を強行し、米国に無償でしかも永久に提供しようとしているのである。
政府は沖縄の基地負担軽減につながる「代替施設建設」と繰り返し強調するが、米軍普天間飛行場にない強襲揚陸艦が接岸可能な護岸や弾薬庫エリアなどを整備することから、沖縄県内では基地機能を強化した「新基地建設」と呼ばれる。
さらに埋め立て予定海域にマヨネーズのような軟弱地盤が広がることなどから、国は砂の杭約6万本を水深70メートルまで打ち込む工事を検討している。

沖縄県は工期について、埋め立て工事に5年、軟弱地盤の改良工事に5年、埋め立て後の施設整備に3年の計13年を要すると指摘。
また工事費用についても、防衛省が資金計画書で示していた埋め立て工事全体の2400億円の10倍に当たる2兆5500億円に膨らむとの独自の試算を示し、新基地建設は「一日も早い米軍普天間飛行場の危険除去につながらない」としている。

菅義偉官房長官は2月14日の記者会見で、県民投票の結果にかかわらず、辺野古新基地建設を進める方針を明らかにした。
普天間返還合意(危険性の除去)は、60年代から米軍の悲願であった普天間に代わる基地を日本の予算で造らせようというのが狙いではなかったのかとの疑念は払拭できない。(文中敬称略)

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古木杜恵 ふるき・もりえ 1948年生まれ。
ノンフィクションライター。
月刊誌『Weeks』(NHK出版)スタッフライター、隔週刊誌『ダカーポ』(マガジンハウス)特約記者を経て、月刊誌『世界』(岩波書店)などにルポルタージュを寄稿。
編著にNHK沖縄放送局編『“隣人”の素顔 フェンスの内側から見た米軍基地』、吉本隆明の語り下ろし『老いの流儀』(いずれもNHK出版)、著書に『沖縄 本土メディアが伝えない真実』(イースト新書)などがある。
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2019年02月22日

老害の初期症状「とにかく否定から入る」

老害の初期症状「とにかく否定から入る」
2019年02月21日 PRESIDENT Online
総合格闘家 青木 真也

いつの時代も若手を阻む「老害」。
彼らが厄介なのは、自覚症状がないことだ。
総合格闘家の青木真也氏は「自分自身が老害にならないように、とにかく下の世代を否定せず、信じるようにしている」という――。
※本稿は、青木真也『ストロング本能』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
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■誰だって「いまの若い者は」と言うようになる
いつの時代にも世代間のギャップはあります。
社会に出たばかりのころは、上の世代から「いまの若い者は……」などと白い目で見られていた人も、20年も経てば下の世代に「いまの若い者は……」と言うようになるのです。
これは世の常なので仕方ありません。

問題は、世代間で意見が対立したようなとき、どのようにジャッジすればいいかということです。
会社などの組織に属していれば、意見が対立する場面も多々あるでしょう。
上の世代は、場数を踏んできた強みがあるため、自分の実績や成功体験を語りたくなります。
「俺はこんだけやってきたんだぞ! どやっ!!」と言いたくなるもの。

一方で、若い世代が生み出した実績やカルチャーについては「そんなものは認めない」「よくわからないからダメだ」と批判しがちになります。

僕自身も、気づけば、そうなってしまうことがあります。
しかし、やはりそうなったら負けだなとつくづく思うわけです。
年を取っているということは、若者よりも先に逝く確率が高いということ。
そのため、将来があるのは下の世代なので、どんどん下を信じなくては、ダメな人間になってしまう、これが僕の意見です。

世代間で意見が対立したときのジャッジにおいて、頭ごなしに下の世代を否定してしまうのは損なことです。
とくに新規プロジェクトや新しいアイデア出しをするときなどは、創造性や発想力がピークに達するのは前頭葉の働きがいい20〜30代と言われていますから、上の世代が想像する以上の成果を期待できるのです。

■既得権でしか生きられないと、人生が不安でいっぱいになる
世代間の対立が表面化するような会社や組織は、一見、問題を抱えているようで、むしろ健全なのかもしれません。
官僚的な体質の場合には、上の世代の力は絶対的です。
でも、そうした組織で部下を持つ立場の人には、下の世代から意見を吸い上げることで得るものが大きいことに気づいてほしいと願います。

いつだって若者側に真実があります。
格闘技やスポーツ界はそのあたりの真実がわかりやすい。
いまの若い子たちがやっている技術のレベルは、僕が若いころに比べて確実に上のレベルです。
スポーツはどんどん進化していきます。
競技としてやっている以上、最先端が真実です。
そこを否定し始めたら、成長はありません。

自分たちが成長するためには、新しいものに触れていかないといけないし、そこに触れ合える環境をずっと持っていないといけない。
それができなくなってしまうと、気づいたら「老害ジジイ」になっているかもしれませんね。
老害になった時点で終了です。
老害は既得権で生きることしかできないから、人生が不安でいっぱいです。
懸命に芽をつぶそうとする老害もいますが、むしろ芽を育てたほうが楽しいと思うのは僕だけではないはず。
若い子はどんどん出てきますから、全部刈り取るよりも、育てるほうが理にかなっています。
どんどん若い子の才能をヘルプする、引き上げる。
それが自然の摂理です。

■老害ジジイには「苦笑」と「ニヤニヤ静観」
一方で、自分たちの上に老害がいるときはどうすればいいでしょうか。
答えは簡単で「苦笑」です。
苦笑するしかないです。
そういう人はもう変わらないから仕方がないと割り切る。
「変わらないものだ」と思って放置するほかないのです。

よく古い体質の会社を若い世代の力で変えようとがんばったりする人もいますが、あれほど無駄なことはありません。
僕のオヤジとか、義母もそうですが、絶対に変わらない。
以前は、老害と真正面から戦ったこともありますが、無理でした。
だから、苦笑するのがいちばん効果的です。

「俺はこんだけやってきたんだぞ! どやっ」と言ってくる老害には「あー、そうですね(ニヤニヤ)」と答えて、あとは静観していればいい。
最近、僕が老害にならないように心掛けていることがあります。
それは、若い子たちがやっていることを「無条件ですごい」と思うようにすることです。
「否定しない」というのは意外と難しい。だから、そこに思考は入れずに、まずは「素晴らしい!」「ワンダフル!」と思うようにしている。
思考を入れて、「あいつは○○だからな?」と言い始めたら止まらなくなってしまうのが人間です。

■30代半ば。変化が怖くなってきた 僕がやっていること
若い世代の台頭は、短いスパンで考えればこちら側が損することもあるかもしれませんが、結果的には得をすると信じています。
真実は若者側にしかありません。
高齢者や中年が若者を恫喝したら、その瞬間に何もかも終了だと思っています。

僕も2019年の5月で36歳になりますが、選手としての未来がなくなってくると、未来に対してアクションしづらくなってきます。
守りに入って、大きく何かを変えることが怖くなってくる。
それは成長が止まることを意味します。

つねに新しいものを入れて挑戦していく姿勢こそが、未来への期待感を向上させるのです。
「損得」ではなく、未来へのアクションがなくなった瞬間に、終了、「ジ・エンド」です。

練習でも、若い世代にやり方を聞いて参考にしていますし、どんどん出てくる新しい技術も、とにかく四の五の言わず身につけるようにしています。
新しい調整法やトレーニング法も、ひと通り全部試してみます。

「ここいらでいいや」と妥協した瞬間に、終わりです。
取り入れるかどうかは別にして、とにかく新しいものに触ってみることで、価値観を固定しないよう意識しています。

■若い世代をリスペクトしないと未来はない
体力や気力は下がっていったとしても、これまでに培った経験や知識で「やりくり」することで、まだ上がっていけると思っています。
年齢を重ねても、能力は上がります。
ただし、若い世代の技術や考え方を取り入れて、自分を変えていくことが条件です。

若者をガンガンにリスペクトするくらいオープンな気持ちを持つことが、最前線に居続ける秘訣と言えるのではないでしょうか。
36歳になろうとするいま、身体のパフォーマンスは年々落ちてきています。
そのうえ、練習量も少なくなってきています。

若さが失われると、圧倒的な才能やパフォーマンス、感覚だけでやれるゾーンからは抜けてしまうでしょう。
そうなったときに、帳尻合わせをすることになります。
ただ最近思うのは、圧倒的な伸びがなくなって、いまあるもので「やりくり」するようになってからが、人生はおもしろいということです。

■今あるもので「やりくり」するのも面白い
格闘家やプロレスラーは、どういう技をどういうタイミングで繰り出すかを考えながら試合を組み立てていきます。
「どういう入りでやろうか」「どういう距離感でやろうか」と考えるのですが、選択肢が無数にあるよりも、制限がかかったほうが、断然おもしろい。
練習もそうです。
体力に任せて量で勝負するよりも、どうやってやったら効果があるかを考えるようになってからのほうがおもしろい。
その「やりくり」がたまらない。
やりくりでできるようになると、すごく冷静ですし、再現性も高い。
そこに「理屈」が生まれるのです。
理屈とは「物事の筋道」で、やはりそれはあったほうがいいわけです。

試合の組み立て方や練習に年齢相応の工夫を加えるのは、格闘技をやり続けるためです。
格闘技はやり続けたら最強です。
おじいちゃんになってもやり続けていたら、グレイシー一族のように伝説になっていきます。
やればやるだけ得なのです。
辞めたら損だから辞めません。
「辞めたら損だ」と胸を張って言えるものに出会えたらそれだけで幸せです。
僕にとっての格闘技がそうであったように、あなたにもきっとあるはずです。
人生レベルで辞めたら損だと思えるものをぜひ見つけてみてください。

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青木 真也(あおき・しんや) 総合格闘家
1983年静岡県生まれ。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。
早稲田大学在学中に柔道から総合格闘技に転身。
「修斗」ミドル級世界王座を獲得。
大学卒業後、静岡県警に就職するも2カ月で退職を決め、再び総合格闘家の道へ。
以後「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。
著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)がある。
ツイッター:@a_ok_i note
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2019年02月21日

大切なのは心の健康を確保することだ

健康論に振り回される人を襲う「不幸な悩み」 大切なのは心の健康を確保することだ
2019/02/19 東洋経済オンライン(筒井 幹雄)

メディアが体にいいと取り上げるたびに、いろんな食品が店の棚から消える日本。
嗜好品の摂取を控えるのはもちろん、マイクロ波を避けるために電子レンジを使わない人もいる。

そういうことよりも重要なのは心の健康」。
人生経験、話術、漢方薬で患者の心を元気にする、イグ・ノーベル賞受賞の英オックスフォード大学・新見正則医学博士による健康論『健康マニア、何が楽しい 体にいいことばかりやってて疲れない?』。

不安がなくなると医療が正常化する  

──「メメント・モリ(死を思え)」と言われている感じです。

 ベースにあるのは、「どうせ人は死ぬから、それまで楽しく生きればいい」。
それが長生きとトレードオフになるのはおかしいので、運動でも酒でもリスクを知って対処すればいいと思っています。  

──患者に「死ねば治る!」(笑)。

昔からそうだったんですか。
 外科医だった頃は、1日でも長生きさせるのが仕事だと思っていた。
きっかけはセカンドオピニオン。
1998年にイギリス留学から帰ると、日本はセカンドオピニオンなんてとんでもないって雰囲気。
ゼロからつくるのが好きなので、喜んでやらせてもらいました(笑)。

全国から病気の治らない方が来て、話を1時間聞く。
「こんなことで悩んでいるんだ」というのが集積されて今に至っています。
10人中9人は適切な治療を受けているのに、本人は不安。
「正しいんだよ」と言ってあげるだけで、不安がなくなって、医療が正常化していく。  

──不幸な悩みは誤った健康情報からくることもある?

 ある。
「寝ないとがんになるらしいから寝たいんだけど、寝ても寝た気がしない」とかね。
「50歳を超えたら寝た気はしないよ」と言ってあげると安心します。
健康情報が氾濫していて、それで不健康になるなんて本末転倒。
公共放送も含めて、メディアはある健康法に「悪い」というエビデンス(証拠)がなければ平気で流すから、みんなが右往左往する。
こんなのが効くこともあるらしいですよ、くらいにしてくれればいいのに。  

──メディアの責任は大きい?

 大きいね。
エビデンスの有無さえ明らかにしてくれれば、何を言ってもいいんです。
「説得力は乏しいけど、いいと思ってやっている人が多い」とかね。
有酸素運動をしろとか、体を冷やすなとか、安くて副作用がない健康法なら、お金が絡まないのでエビデンスは不要です。
逆に、高くて危険な治療はエビデンスが必要。
そこがごっちゃになって流通している。  

──例えば、不眠自体は問題がないのに、誤った情報で患者が生まれている?

 一部は正しい。
不眠で病気になる人はほんの少しですがいますから。
悲しいかな、われわれの資本主義社会は、具合の悪い人が1人いればその裾野を広げることで儲けられる。
患者には、眠れないと死ぬって思って薬を飲んでいるならやめろと言っていますが、ほとんどの医者は製薬会社の言うことをそのまま受け入れていて、そこにお金が動いているという認識もないと思う。

自分が楽しいことをするのが心の健康に  

──健康情報を取捨選択しない側にも問題はありますね。

 外来で診てると、死んでもいいから健康でいたいって感じの人はいます(笑)。
リスク評価をしていないんです。
交通事故で年に約3500人が死んでいて、そのリスクを引き受けて外出している反面、これは体に悪い、あれも体に悪いなんてやっているのは変だな。  

──アンチテーゼが、「どうせ死ぬんだから、それまで楽しく」。

 大切なのは心の健康。必ず死ぬということを認識し、自分が楽しいことを、リスクを承知してやるのが、心の健康につながる。
危険なことのほうが楽しいでしょ、冬山に登るとか。
僕はトライアスロンをやるけど、海で溺れたり、自転車で骨折したりとかなり危ない。
でもやる。
お酒だってたばこだってそうですよね。
人はリスクのあることにわくわくするんですよ。  

──患者に「死」はタブーでは?  

そこは、話し方です。
「あんた、いつ死んでもおかしくないよ」って言えばびっくりするけど、その後に「少し前に母が死んで、次は俺の番なんだ」と続けると「あ、おまえも死ぬ番か」って感じになり、何も言いませんよ。
30年前の僕には言えません、僕の番はまだ先だったから。  

──みんな死ぬんだってわかる。  

そう。
「今晩死ぬかもしれないから、おいしいもの食べて帰りなさい」って言うと、「力もらいました」なんて言って帰るよね。吹っ切れる人が多いです。
同じだって、共感できるのです。

依存性のある睡眠薬の減薬も、昔は「悪いからやめろ」と言っていたけど、それじゃあ共感しない。
「ずっと飲むとご利益が減る。そうなると困るでしょ」と言うと控える。  

──治らない場合は、症状と付き合うことを告げるのも大事?

 そのほうが患者に響く。
半分は薬で楽にしよう、半分は自分で治そうね、もしくは死ぬまで治らないよ、と言っています。
半分楽になるということで、患者もいろいろと受け入れられるようになる。

「おかげさまで」と言えれば心は健康  
──漢方薬も使いますね。

 西洋医療で治せない患者に「治せ」と言われ(笑)、漢方の勉強をしました。
漢方は10人飲んだら3人効くと思えばいい。
ある処方が効かなければ別の処方、ダメならまた別の処方。
5つも出せば効くでしょう。

──道具としての漢方に人生経験と話術で患者の心が元気になる。

 それと優しさかな。
「死ねば治る」に「死ぬまで頑張る」と答えられる人のほうが、あれこれ健康法を考えている人より長生きしていると思う。

もちろん健康マニアでも、テレビを見て「またくだらねえことやってんな、この健康法は30点!」って言えるなら心は健康です。
1つの指標は「おかげさまで」
症状がよくならなくても「おかげさまで変わりありません」と「まだ治らない」では心の状態が全然違う。
医者としてはいかに「おかげさまで」を引き出せるかです。

──そんな医者ばかりでは……。

 若い医者は死がわからないので、目の前の病気を治すことを考えちゃう。
だから、かかりつけ医にするなら人生相談も可能な年配の医者がいいと思う。
患者にその時がきたら、「お迎えがきた」と家族に伝えられる医者。
「送ってあげなさい」って。
つまり、点滴とか延命措置を何もしない。
それでも、最後まで手を尽くすことを選ぶ家族もいるでしょうが、送ってあげればと言われただけで精神的に楽になります。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(3) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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