「具合が悪くても休まない」ことが称賛される国・日本の「皆勤賞」が残した価値観
1/17(土) ダイヤモンド・オンライン
「具合が悪くてもがんばる」は、長く日本社会で美徳とされてきた。
学校現場では皆勤賞がその象徴とされる。
この意識はどこから生まれ、なぜ変わりにくいのか。
長年、教育現場に携わってきた保坂 亨氏が、その影響について解説する。
※本稿は、教育心理学者の保坂 亨『「休むと迷惑」という呪縛 学校は休み方を教えない』(平凡社)の一部を抜粋・編集したものです。
● 皆勤賞が褒め称えられてきた教育現場 コロナ禍で変化が
「具合が悪くてもがんばって休まないこと」を奨励してきた日本の学校教育の姿勢を象徴するのが、1日も休まないことを褒め称える皆勤賞です。
この「皆勤賞」は、人気テレビドラマ『3年B組金八先生』でも登場します。
中学校卒業直前、1日も休んでいなかった生徒が体調不良になってしまい、同級生が「皆勤賞」のために登校させようと協力する姿が放映されました(*1)。
他に女性誌で母親歴28年の主婦が、4人の子どもたちが小・中・高と皆勤賞をもらい、母として勲章をもらったような気分だったという読者体験記を見たことがあります(*2)。
ちなみに、ある私立学校では、現在でも卒業式の「皆勤賞」表彰のときに生徒の名前を読み上げると、その生徒本人と保護者が「ハイ」と誇らしげに返事をして立ち上がるそうです。
このように「皆勤賞」は、学校教育では「誇るべきこと」として広く受け入れられていたことがわかります。
しかし、それがコロナ禍で一転し、「具合が悪いときはちゃんと休むこと」を社会全体が求めるようになりました。
具合が悪いときには会社や学校を休むことが感染防止のために新たなルールとなりました。
*1 第4シリーズ第22話(1996年3月21日放映)
*2 「読者体験手記」婦人公論1343号(2012年3月7日)、中央公論社、36―37頁
私は当初、この行動様式が続くのか、あるいは元に戻ってしまうのかを観察していましたが、コロナ禍が収束すると、以前の状態に戻りつつある学校と日本社会に驚いてもいます。
どうやら問題は「皆勤賞」だけではないようです。
● インフルエンザで実力を発揮できず 受験生とその母親が自死
コロナ禍を経て公立高校入試の「欠席」が見直され、追試験(以下、追試)が当たり前になってきました。
しかし、よく考えてみれば、どうしてこれまで高校入試の追試は行われなかったのでしょうか。
コロナ禍の最中、大学入試センター試験は大学入学共通テストへと変わりましたが、この大学入試センター試験(旧共通一次試験)は、1990年度開始当初から追試が用意されていました。
一方、コロナ禍以前、全国の公立高校入試では追試を実施しない都道府県の方が多かったのです。
2016年に文部科学省が、公立高校入試についてインフルエンザにかかった生徒への対応を調査しました。
その結果、追試を実施していると回答したのは66自治体(47都道府県及び19政令指定都市)のうち11府県しかなかったのです。
そのため追試を受けた生徒は124人にすぎませんでした。
その一方で、インフルエンザにかかっているにもかかわらず、入試当日に受験した生徒は2695人もいたことが確認されました。(なお、この受験者たちには別室が用意されました)。
そもそもこの調査が行われたのは、同年に神奈川県で起きた悲劇がきっかけとされています。
神奈川県立高校の入学試験当日にインフルエンザにかかっていた受験生が、試験で実力を発揮できなかったことを苦に自死、母親もその後を追って自死する事件が起きていました。
この件が、国会審議でも取り上げられたことを受けて、先の文部科学省による全国調査が実施されたのです(*3)。
*3 朝日新聞2017年2月7日「高校入試『インフルの受験生に追試を』」、みんなの学校新聞2017年2月13日「どうなる高校入試の追試験実施」
この結果をふまえて、文部科学省は、受験生がインフルエンザなどで体調を崩して欠席した場合の対策として、別日程で追試を実施するよう通知を出しました。
ところが、文部科学省が具体的に、二次募集と同じ日程で追試をするケースなどを例示したにもかかわらず、この通知に従う都道府県はほとんどありませんでした。
● インフルエンザ受験生クラスの 試験監督教員の安全配慮は?
ここで、公立高校入試では、これまでインフルエンザにかかっていても、別室で受験していたという事実に驚かれる方(特に医療従事者)も多いのではないでしょうか。
さすがに他の健康な受験生と一緒にはできないため、インフルエンザ罹患の受験生は別室に集められていました。
が、その教室の試験監督を罹患していない教員に命ずるのは安全配慮義務に違反する「理不尽な」ことではないでしょうか。
労働契約法第5条には、労働者の生命・身体・健康が害されることがないように配慮する義務(安全配慮義務)が明記されています。
私以外にこうした疑問をもつ教育関係者に出会ったことはありません。
加えてこうした高校入試の実態については、これまでほとんど注目もされませんでした。
それがコロナ禍によって一変し、現在の追試を実施する公立高校入試体制が整って、ようやく具合が悪ければ休んで追試に備えるという状況になったところです。
そして、2024年に至って文部科学省が、各大学に対して健康上の理由(月経・新型コロナウイルス後遺症を含む)でやむをえず欠席したことにより志願者が不利益を被ることのないよう配慮を求める通知(*4)を出すに至りました。
それを受けて、公立高校の入試要項にも同様の内容が記されるようになりました。
例えば千葉県公立高校入試要綱に追試対象は次のように記されています。
*4 文部科学省「令和7年度大学入学者選抜実施要項について」の別紙9頁に、配慮すべき「志願者本人に帰責されない身体・健康上の理由」として「病気・事故等。例えば、新型コロナウイルス感染症のいわゆる罹患後症状と考えられる症状や月経随伴症状等も含む」と記載されている。これを朝日新聞2024年6月6日が「月経で欠席『入試で不利益ないように』」と報じた。
「志願者のうち、(1)本人に帰責されない身体・健康上の理由(出席停止となる感染症罹患及び罹患の疑い、月経随伴症状等)がある場合、(2)受検者が自然災害や検査会場に向かう途中の事故・事件に巻き込まれた場合、(3)学校生活において、忌引の扱いとする事由が生じた場合」(「令和7年度千葉県公立高等学校入学者選抜実施要項」8頁より抜粋)
● 追試措置にシビアな 国家試験の方針
一方で、資格取得を目的とした国家試験にまで対象を広げると、いまだに変わらない実態が浮かんできます。
まずコロナ禍初期の緊急事態宣言下(2020年)では、司法試験が延期、国家公務員試験も2度にわたって延期されましたが、その延期された試験(追試なし)については大きなニュースにもなりませんでした。
その後、2020年度末(2021年)には医師・看護師などの医療従事者の国家試験が続きました。
ようやくコロナ感染者や濃厚接触者が受験できないことが話題となり、追試等の措置を望む声が上がりました。
しかし、こうした各方面からの要請に対して厚生労働省は、「心身の不調を理由とした追試は実施しない」と回答したのです(*5)。
ちなみに、医師国家試験は以前に年2回(春・秋)実施されていた時代がありますが、1985年から現在のような年1回になりました。
この一方で、国家試験でありながら、年齢や学歴を問わない気象予報士試験は年2回実施されています(*6)。
さらにいえば、留学には必須の英語検定TOEICの多数回実施に対して、日本語能力試験は年2回しか実施されず、どんな事情にせよ追試はありません。
したがって、外国人留学生の新卒採用にあたって受験機会が少なく追試もないことと、その結果がわかる時期と就職面接解禁のタイミングが問題となっています(*7)。
*5 NHK NEWS WEB2022年2月7日「追試はないの?コロナ禍の国家試験」
*6 朝日新聞2024年10月29日「『天気予報の自由化』30年1万人以上の予報士誕生」
*7 朝日新聞2023年9月8日「私の視点」
このように、コロナ禍を経て入学試験に関しては、具合が悪くなれば休んで追試に備えるという状況がようやく作られるようになりました。
しかし、それ以前の高校入試や大学の個別入試では、「具合が悪くても(それがインフルエンザ罹患であっても)受験する」ということが、当たり前だったのです。
● 「欠席」の理由は なぜ考慮されないのか
また、コロナ禍を経験してもまだ国家試験や資格試験については「心身の不調」、つまりはインフルエンザ及びコロナウイルス感染症の罹患によるものも含めて「欠席」すると、追試というチャンスすら与えられません。
こうした資格試験・国家試験の複数回受験や、「欠席」の事情によっては追試という機会を与えることは検討に値するのではないでしょうか。
私は、「欠席」の事情を勘案せず追試という機会を与えない体制には疑問をもっています。
これまで、そしていまだに追試という機会そのものを設定しない日本社会の在り方は、私たちの「休むこと」に対する意識や態度に大きく影響しているのではないでしょうか。
保坂 亨