2011年04月20日

多数派、偽善なのか・・・

文部科学省の学校への指針に「個に応じた教育」がありますが・・・、子どもから大人まで「個を大切」にして生活をしているのだろうかと自己を含めて見つめてみたい。

今回の東日本大震災・津波・原発事故に対して、多くの企業・団体・個人から義捐金や支援金・物品の援助が短期間に集まりました。
この点は確かに「日本は一つ」だったのでしょう・・・、善意も心の温かさも認めます。

しかし、上記と違う側面も「日本人」は持っている点です。福島だというだけで宿泊拒否される、住所・転校手続きも上手く進まない。転校できてもイジメが発生する・・・・、飲食店での拒否もあったようです。

何か「自分に遠い所の出来事なら 温かい心を持て」、「自分の周りに被災者受け入れやごみ撤去などの問題が起きると」これほど残酷になれるのかというほど排除の論理になる。

「昔の村八分のあった村社会」と「開かれたコミュニティー」との両面がでる。

★川崎市の阿部市長が 福島の粗大ごみ焼却を申し出て 私は 川崎市に育って良かったと思いました。
津波で発生した大量のゴミは 焼却能力のある県・市町村が 協力して取り組まなければ 東北地方の復興はできません。

それなのに 市長への匿名抗議電話・メールが 4000件以上あったとの報道に 情けなくなりました。
福島・岩手・茨城での現地処理が何年かかろうと 抗議にあったという放射線の不安は現地で引き受けろ ではおかしくありませんか??

義捐金・支援金・募金とともに「被災地と荷を分かち合う」ことが 今後ますます大切になると思うのです。
このブログでは たいした応援にもなりませんが 「断固 この問題については阿部市長を支持します」

★子どものいじめ問題も つきつめれば 大人の問題です。
 
被災者の「故郷に帰りたい」が 今は 原子炉の問題で 帰るに帰れない 被災された方達に対する態度とはとても思えません。
現地では 精神科医・カウンセラー・心理士が入って心のケアが続いているのに、避難した人たちを 異分子のように扱う「日本人」って何だろうと思います。


自分のグループと違う 同調しないものを排除するイジメの構造は なんとかならないものか・・・

「日本は一つ」のスローガンは、「一人ひとりの個が大事にされ 協力・協同」するものではないでしょうか・・。


記憶に鮮烈に残っているのが
「高遠菜穂子」さんへの匿名暴力、日本人の一部とはいえ 理不尽を理不尽とも感じない政府やマスコミ・国民によって 個人攻撃が増幅されてしまいました。
アフガニスタンで 医療ボランティアに従事し、過激派に「拉致」された方です。
諸外国では、勇気あるボランティア・行動として称賛され このような日本人を持つ 日本は誇るべき国民・若者を持ったと評価されました。
私も 感動を覚えました。

しかし日本政府は、「渡航禁止区域に自ら行った、拉致は自己責任だ」との見解でした。
黙々とボランティア活動をして アフガンの人との交流を深めた 高遠さんに 匿名の暴力が猛烈に襲ったのです。
本来は諸外国のように 評価して、自己責任だと国民を切り捨てた政府に批判が行かないといけないのに、当時も今もマスコミは権力への迎合した姿勢は変わらずです。

被災者の方の「故郷」への想いは承知したうえで 福島などの土壌汚染が深刻になるようでしたら、永田町・霞が関の福島への遷都と その移転した更地に市町村ごと移転してもらうか、大胆な「日本改造」が必要だと思います。

まず身近な「村社会・異端を許さない社会」を 一人ひとりで変えていく努力をしましょう。
posted by 小だぬき at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
モッピー!お金がたまるポイントサイト