2011年05月08日

母の日、連休最終日

昨日と打って変って 晴天の夏日。 窓を全開にし 部屋の空気だけはきれいにしています。

朝、実家に行き 「母の日、誕生日 おめでとう」「いつもお世話になりっぱなしで・・・」といって、「今欲しいものがあれば教えて!!」といったら、「誕生日を覚えていてくれただけで嬉しい、ちゃんと薬を飲んで お前が 元気ならそれが一番のプレゼント」と81歳の母に言われてしまいました。
その上、生活の援助金や日常品など 気にかけてくれているから 毎日が母の日だよ、と。
泣かされるセリフを聞いて帰宅しました。


震災で 母を亡くした方、子を亡くしたお母さんの多さを考えると 両親が高齢になり足が弱っていても「生きていてくれる」だけでも幸せなんだと感じている所です。


今日で 「飛び石連休」「大型連休」が終わります。

ここで3歳上の叔母がポツリと話した言葉を思い出します。

「◆ちゃんのように 固定給だけの人は 連休で 安心して休めるんだろうけれど、私のようなパートは、店の休日は収入がなくなるの」「余りにも休みが多いと 生活が大変なんだから・・・」

この言葉が 多くの働く人の現実なんだ、と退職してわかったのは「公務員」の世界にどっぷりとはまっていた弊害かな・・と感じています。

高校の同窓生の中でも 基本給保障の高さは、金融・技術・公務員関係で 多くの同窓生は基本給は低く、残業や職能手当がないとやっていけないとこぼしていました。

警官になった 真面目な方が「巡査部長」、身体が大きくいいかげんだったのが「警視」で 皆が 暇な機動隊配置が警視で、危険な白バイ隊員で交通課勤務一筋が 巡査部長かよ!!  と警察内部の話しでも盛り上がったことがあります。

私も いつも微妙な説明の難しいことを質問していて 教師イジメしていたり、反戦運動のとき「教師敵論」をいっていた小だぬきが 教員で組合だものな・・・・、世の中わからないなと言われたものです。(それで鬱ではありませんよ) 

私の世代は、学生運動の残り火世代で、それぞれが 就職するためには思想転向と向き合い 公務員試験や営業職、中小企業に入ったものです。運よく??学生運動を「馬鹿みたい、こんなことで世の中変わるの??」と冷めていた者だけが 全日空や東電、日立や商社に入ったものです。

当時はエリートだった者が リストラや基本給廃止 職能給などの荒波にあい、今年は東電組が 肩の狭い思いをしています。
これも 世の中何年後は解らないの典型でしょうね。

それぞれに今会うと 歳相応に男は老けていても 女性軍の元気さには驚きます。

うつ病になって4年ほど 同窓会の幹事には事情を話し 欠席しているのですが、時々メールのやりとりをしていた 茨城の友人とは未だに連絡がとれないのは 忙しいだけだと信じています。


今になって 両親のありがたさがわかるのです。
10代後半すら20代前半の 基地反対座り込みやデモでの乱闘で 機動隊の放水や警棒で叩かれて帰宅した時、ケガはないかいとかただ身体の心配をして 見守ってくれた両親に感謝です。

母の日の感傷と遠近の出来事が フラッシュバックしている小だぬきです。
posted by 小だぬき at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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