2012年01月01日

年のはじめに考える 民の力を今、活かそう

年のはじめに考える 
民の力を今、活かそう
2012年1月1日    東京新聞社説

 今年は世界各地で政権を問う選挙が行われます。政権交代への失望から政治に無関心になっている暇はありません。今こそ、民の力を活(い)かす時です


 一月十四日の台湾を皮切りに、ロシア(三月)、フランス(四月)、米国(十一月)、韓国(十二月)など大統領選が続きます。今秋の中国共産党大会ではトップの総書記が交代。北朝鮮は昨年末に金正日総書記が死去し、息子の正恩氏が最高権力を継承します。

 
最近の特徴は民の力が投票以外に影響を広げてきたことです。

◆民衆運動が選挙も左右

 二月にイエメン、六月末までにエジプトで大統領選があるのは「アラブの春」と呼ばれる民衆決起が独裁体制を倒したためです。

民主、共和の二大政党が政権を担ってきた米国でも、小さな政府を目指す「ティーパーティー(茶会)」や失業に抗議するウォール街占拠など民衆運動に各陣営の選挙戦術は左右されそうです。


 プーチン首相の大統領復権が確実といわれたロシアでさえ、ソ連解体以降で最大の反政府デモが起きています。一党独裁が続く中国、北朝鮮でも実は為政者が民衆の不満を恐れ、薄氷を踏む思いの政権運営を続けているようです。


 日本の現状はどうか。三年前、官僚、中央主導の転換を掲げ政権交代を実現した民主党は期待を裏切り続けていると言わざるを得ません。

無駄を削り予算を組み替えれば増税は必要ないという政権公約はうち捨てられました。


 昨年末、編成した過去最大規模の新年度予算案は歳入の半分以上を国債に頼り、増税後に財源を手当てする「交付国債」という奇手まで使いました。

歳出では「コンクリートから人へ」の象徴として中止した八ッ場(やんば)ダム(群馬県)の建設を再開し、整備新幹線や東京外郭環状道路など大型公共事業を復活させる一方、議員定数や国家公務員総人件費の削減は見送る放漫ぶりです。

◆政治意志感じぬ予算案

 これでは「無駄を切り詰めたから増税を」という政治の意志も財務省の意図さえうかがえません。

各種世論調査では消費増税について賛否両論が同率になっていましたが、こうした姿勢では反対論に勢いがつくことになります。


 野田佳彦首相は消費増税法案が国会を通過してから実施までに国民に信を問うと言ってきましたが、年末の若手議員の離党騒動もあり実現は不透明です。

そもそも増税の必要はないと公約し政権を取った政党が一転、増税に走るのは信義にもとります。

こうした手法を認めるのは選挙をすれば増税ができないと考える官僚と、発想が同じ学者やメディアでしょうが国民は愚かではありません。


 財政再建に増税が避けられないなら無駄を徹底的に削る、信頼に足る政権に託したいというのが皆の共通した気持ちだと思います。

野田政権は消費増税法案の提出前に、国民に信を問うべきです。自民党も増税案を掲げているのですから、どちらの党が信を得るか競えばいい。

もちろん、増税反対を主張する勢力が、真っ向から論争を挑むのは当然です。


 国民の納得を得て初めて困難な政策も実現できるに違いありません。日本の民衆は今、政治に失望したかに見えます。しかし、昨年三月の東日本大震災と福島第一原発による放射能汚染の拡大に対し人々は立ち上がりました。


 東北地方や首都圏にまで広がった、放射性物質による汚染を心配する市民は行政頼みでなく自ら汚染を測定し除染に取り組み始めました。


 昨年九月、東京で行われた「さようなら原発デモ」には初参加も含め約六万人が加わり、原発稼働再開の是非を問う住民投票実現を求める署名運動も始まりました。

野田政権の原発への姿勢は、はっきりしませんが、世論のうねりは稼働再開や新規立地を阻む圧力を形成することに成功しました。


 既成政党に失望した人々は大阪府知事・市長ダブル選挙では「大阪都構想」を掲げた橋下徹市長率いる「維新の会」に大量の票を集中しブームを起こしました。

河村たかし名古屋市長らの「減税日本」の運動とともに今後の国政選挙でも台風の目になりそうです。

◆デマに迷わない判断を

 しかし、維新の会はわかりやすい敵を定めて民衆を動員し「独裁」(橋下市長)の手法で戦後、築かれてきた教育の中立や労働基本権に挑戦する危険な側面も伴っています。


 民の力が真価を発揮するには、デマに迷わず判断を形成するため偏りない情報や多様な見方に触れることが欠かせません。


 そのためにも、新聞をはじめメディアの責任がますます重要になっていることを、ひしひしと感じ、自らに戒める新年です。

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香山リカ 震災復興の威勢良い掛け声が日本人を追い詰めた

香山リカ
震災復興の威勢良い掛け声が
                    日本人を追い詰めた
2012.01.01 16:00   NEWS ポストセブン

最近、自分を追い詰めている人が多い。
「もっと頑張らないといけない」「もっと成長しなくては」、と。

だが、精神科医で立教大学教授の香山リカさんは、頑張り過ぎずにほどほどに生きる「ほどほど論」を提唱する。(インタビューアー=ノンフィクションライター・神田憲行)


* * *

――香山さんが「ほどほど論」を考えるに至った経緯をお聞かせください。


香山:精神科医としてビジネスマンの診察をしていて、「もっと頑張らないといけない」「もっと成長しなくては」と成長幻想に取り憑かれて、鬱病を発症させる人がここ10年ぐらいの間に増えてきたと感じたからです。


それは行き過ぎた成果主義で会社から「成長」を強制されるパターンもあれば、外部から強制されていないのに「もっと頑張らないと」と、自分で自分を追い詰める人もいます。

なんで今の自分を簡単に否定して成長しなくてはいけないのか、とても疑問に感じたんですね。


――そうなった社会的背景はなんでしょうか。


香山:やっぱり経済だと思う。昔はほっといても右肩上がりの成長神話を素朴に信じることが出来て、普通に働いていれば企業も日本経済も成長出来た。

ところが経済が停滞するとそれを受け止められずに、「社会が成長しないなら個人が成長しなくては」という個人の生産性を上昇させることが求められてきます。


これに「世界中が競争相手」というグローバル化が煽る。1990年代後半には終身雇用、年功序列というそれまでの日本企業モデルが単純に自己否定される。

その自己否定が個人にまで及んできた、ということです。


――昨年、我々日本人は震災という大きな体験をしました。これはそういう流れに影響を与えましたか。


香山:最初は、経済成長より命とか隣人との目に見えるつながりが大事だと気づく契機になるかなと思ったんです。

原子力発電についても「電力=経済成長」なので、原発じゃなくて自分たちがリスクコントロール出来る範囲内で電力を確保しよう、という強烈な反省につながるんじゃないか、と。

もちろんそういう雰囲気も出てきました。

しかし、「これは第二の敗戦だ。再び輝くチャンスだ」みたいな威勢の良い掛け声が産業界から出てきた。成長のスピードを緩めるのでなく、「もっと頑張らねば」と拍車をかける方向に働いているように見えます。


――自己啓発本も相変わらず売れています。


香山:曖昧で混沌とした社会を生き抜くには、収入を増やすことが幸せにつながると価値観を単純にしたい人が多いからでしょう。

自分はもっと出来る人間のはずだ、もっと向上できる。でもそれは一時的な自己暗示に過ぎません。

自己啓発本を読んだ瞬間には元気になれるかもしれませんが、短時間しか効かない精神安定剤みたいなもので、根本的な解決になりません。


私は自己啓発本を読んだり何人かの著者の方と対談したりして感じたんですが、あそこで提示されている「理想的な人間」モデルは、合理的で生産性を追求するタイプなんです。

人はインセンティブを与えれば頑張れるはずであり、向上したくない人などいないという人間に対する素朴な信頼感みたいなのがある。


でも人間てそうでしょうか? 

私、人間ってもっとろくでもない存在だと思うんですよ(笑)。

立派な人が突拍子もない行動に出たり、「なんであんな人を」と周囲が思うような人を好きになっちゃったりとか(笑)。自分の心を完全にコントロールすることなんて出来ない。

でもそれが人間たるゆえんであり、そこから芸術が生まれたり、人との出会いで気づかされることも出てくる。


人間の矛盾を認めることが、この社会に本当の豊かさをもたらすのだと思います。

posted by 小だぬき at 20:42| Comment(2) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月02日

誰でもすぐ簡単にできる「良い初夢を見られる」テク4つ

誰でもすぐ簡単にできる
「良い初夢を見られる」テク4つ
2012.01.01 19:00    NEWSポストセブン

あけましておめでとうございます! みなさんは今年、どんな年にしたいですか?


新年は、初詣や初夢など”初もの”で、誰もがそれとなく願掛けしたくなるもの。

「今年こそ良い初夢を見たい!」と願っている方も多いのでは?


(初夢がいつ見る夢かは、大みそかの夜、元旦の夜、2日の夜……と諸説あるようですが、現在は元旦の夜or2日の夜が一般的だそう)


そこで今回は、“良い初夢を見るための4つのテクニック”をお知らせします。



■1:リラックスして、楽しい気分で過ごす


夢の題材になりやすいのは、眠る直前に体験したこと。子どもの頃、ホラー映画を見た直後に眠りにつき、「夢でうなされた」なんて経験をした方もいるのではないでしょうか?


睡眠は記憶や感情の整理をするためでもあるのです。だからこそ、良い夢を見るためには、できるだけ楽しい気分でいることが大切です。

ストレスの多い日常から脱するために、上手に気分転換をとりいれましょう!


■2:見たい夢を強くイメージする


睡眠に入る前に、心の状態を安定させて見たい夢をイメージすると、その夢を見る確率が高くなります。

これも、寝る直前に見たものがテーマとして現れやすくなるという、夢の習性を狙ったもの。

また、ただ思い浮かべるだけでなく、写真や映像を見たり、夢で見たいものを想起させる音楽やにおいを用いるなど、五感に訴えかけるとさらに効果的です!


■3:暴飲暴食やアルコールを控え、質の良い睡眠をとる


良い夢を見るためには、睡眠そのものの質を高めることが重要です。新年は美味しいものがたくさん。

でもついついご馳走を食べすぎると、消化のために胃腸が休めず、睡眠の質が低下してしまいます。
またゆっくりお酒を楽しむことも多いと思いますが、アルコールは眠りを浅くし、夢を見づらくさせてしまうので、良い夢を見たいなら控えることがポイント!


■4:体の深部の体温を下げるために、眠る前に体温を上げておく


『All About』睡眠ガイド・医学博士の坪田 聡先生によると、就寝時、深部体温が低下すると深い眠りをもたらすそう。

そこで、自分でできる方法としては、眠る1〜2時間前にぬるめのお風呂にゆっくりと入るなど、眠る前に体温を少し上げておきましょう!
また、アミノ酸のグリシンを摂取しておくこともオススメ。グリシンは入眠時の深部体温を低下させ、自然に深い眠りに入り、質の良い睡眠をもたらすことが研究によってわかっていて、国内外の睡眠の専門家から注目されている素材なのだとか。
休息アミノ酸とも呼ばれていますよ。

いかがでしたか? 

今回ご紹介した“良い初夢を見る”工夫は、日常の精神状態を良くしてくれるという効果もあります。


今年こそ、良い初夢を見て、新年の良いスタートを切ってください!

posted by 小だぬき at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

香山リカ氏 ツイッターには異論を封じ込める機能あると指摘

香山リカ氏 ツイッターには
異論を封じ込める機能あると指摘

2012.01.02 16:00   NEWSポストセブン

最近、自分を追い詰めている人が多い。「もっと頑張らないといけない」「もっと成長しなくては」、と。だが、精神科医で立教大学教授の香山リカさんは、頑張り過ぎずにほどほどに生きる「ほどほど論」を提唱する。香山さんに聞く「ほどほど論」の二回目をお届けする。(聞き手=ノンフィクションライター・神田憲行)

* * *
――自分で自分を追い詰めちゃう人の特徴ってありますか。


香山:仕事で達成できた六割じゃなくて、出来無かった四割ばかり目がいって自分を責める人。まずは出来た六割を自分でちゃんと評価して欲しい。


あと物事を「0か1か」「全肯定か全否定か」で判断してしまう人も多い。これをボーリングのピンが両端に分かれている状態のようなイメージで、精神医学の用語で「スプリッティング」と呼びます。

判断が極端から極端にふれる人ですね。


――「スプリッティング」という人は以前から多かったのですか。


香山:社会全体がそうでした。小泉さんが選挙で「郵政改革に反対する人は守旧派」とレッテルをはったり、アメリカがイラクと戦争をするときに「アメリカの側に立たない者はテロリストと見なす」と宣言したり、イエスかノーを迫って中間がありません。


「もうちよっと考えさせて」という猶予ももらえない。これも震災以降、とくにその傾向が強まってきたと思います。


――というと?


香山:たとえば私が原発問題に関して精神医学の見地から発言すると、「隠蔽工作に荷担するのか」と批判にさらされる。
ひとつの問題について様々な見地から意見を重ねていくという行為は今までは許されていたはず。


しかし原発に関しては「反対か存続か」という意見しか許されない。

ツイッターでは140字の制限があるので意見の「前提」や「留保」がそぎ落とされ、「結論」だけがリツイートされて蔓延していく。

震災では活躍した有効なネットツールではありますが、原発を巡る言論では異論を封じ込める機能をもっていると思いますね。


黒か白かだけで相手を判断して、ひとつの意見が違うだけで人格までも全否定してしまうと自分の居場所を狭くしてストレスの大きな原因になります。


――どうすれば「スプリッティング」をやめさせることができるのでしょうか。


香山:非常に難しいですね。そういう判断を繰り返すと自分の生活が狭くなって、自分で自分のクビを締めるようなことになりますよ、と教えるしかない。

逆に自分が白黒でなんでも判断するようになったら「これは危ないゾ」というシグナルだといえます。

posted by 小だぬき at 01:29| Comment(2) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

香山さんの指摘と主治医の言葉

私は、元旦と今日アップした香山さんの指摘と同じことを 主治医から指摘され続けていました。

自己評価が低い、完全主義、理想が高すぎる、納得できるまで調べる などなどで、自己評価を上げなさい ほどほどを学びなさい、専門以外は専門家に任せなさい、と。

もともとは 中学校・高校の教員免許「政治社会」を大学で専攻し、通信教育で小学校免許をとり 小学校教諭を32年し 鬱2級診断をされたのですが、未だに 主治医の注意が守り切れていません。

思考の負荷をさけるために 私の考えていることに近い 専門家や新聞コラム、社説を紹介しています。

選択の責任は 小だぬきで 今の小だぬきの思考や考えに近い物を 紹介しています。

現職のころから 専門外のことは 専門家や前例に従えば うつを拗らせることもなかったのですが、教職現場は なかなか比較検討や先例を破る時間的ゆとりがないのに 性格上 納得できるまでつきつめて考えないと先に進めない カメでした。

正直、組合活動とも両立が難しく 発症前は 殆ど 職場で精一杯の状況でした。

皆さんの中にも 香山氏の指摘にうなづく人も多いと思います。

知らず知らずに 「完全」を目指す思考にとらわれてしまうのです・・・。

今 療養していて 各新聞や情報の中から 選択し紹介することだけでも アップアップの状態が続いています。

訪問してくださる方には おしつけに近いと思いますが、今の私の思いが選ばせた記事と お許しいただければと勝手ながら思います。

ブログのコメントで「死ね死ね・・・・」「自殺しろ・・・・」などと理由も述べず 書き込む方がいらっしゃいますが 無視できるようになっただけでも 療養・投薬の成果と思う今日この頃です。

遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
posted by 小だぬき at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

民の力を活かそう 欧州危機の教訓に学べ

民の力を活かそう欧州危機の教訓に学べ
2012年1月4日  東京新聞社説


 消費税引き上げをめぐる議論が本格化しています。

日本の財政が危機的状況だとしても、増税だけが解ではありません。欧州危機から何を学ぶのか。


 野田佳彦首相は消費税引き上げに執念を燃やしてきました。

昨年の民主党代表選では候補者の中でただ一人、増税方針を明言し、首相になってからも「逃げない」姿勢を繰り返し強調しています。


 首相をはじめとする推進派はしばしば、増税の必要性を訴える論拠の一つに欧州危機を挙げてきました。「巨額の財政赤字を放置すれば、やがて日本もギリシャのようになる」という話です。

◆「官僚天国」に切り込む

 欧州危機は二〇〇九年秋、政権交代を機にギリシャ政府が隠してきた巨額債務の実態が表面化したのが発端でした。

それがイタリアやスペインにも飛び火し、いまや世界経済を脅かす最大の懸念材料になっています。


 危機が表面化した後、ギリシャが真っ先にメスを入れたのは、公務員の人数と給料です。

ギリシャは労働者の四人に一人が公務員といわれ、年齢などを考慮すると、民間に比べて三割も給与が高い「官僚天国」でした。


 そこで公務員の総人件費を大胆にカットする方針を打ち出します。日本の独立行政法人に相当する各種公的機関の閉鎖、縮小、統合にも取り組みました。

 それから医療と年金の改革です。年金受給開始年齢を六十五歳に引き上げ、支給額も減らしました。

 歳入増にも取り組みます。


 脱税や申告漏れに目を光らせる徴税強化と所得の課税最低限引き下げ、さらに所得税の各種控除を廃止しました。控除をなくすと、それまで課税されなかった部分にも課税されるようになる。課税ベースの拡大です。

◆「霞が関問題」が根底に

 日本の消費税に当たる付加価値税も引き上げられました。ただし、それは全体のパッケージの一つだったのです。

イタリアでは税優遇措置の削減や公的資産売却、フランスも六十二歳への定年引き上げなどを決めました。


 これを日本にあてはめると、どうなるか。民主党政権は〇九年総選挙で国家公務員総人件費の二割削減を公約に掲げました。ところが、実際は引き下げどころか昨冬ボーナスが増額されてしまう。


 独法は改革が長年、叫ばれながら目先の形を変えて、しぶとく生き残っています。


 昨年末、本紙は原子力安全基盤機構が原発関連の公益法人やメーカーなどに安全研究事業の大部分を丸投げしていた件を報じました。

こうした丸投げ・中抜き構造は霞が関の得意技です。それは必ずといっていいほど、官僚の天下りとセットになっています。

中抜きと天下りで毎年、巨額の税金が無駄に使われているのです。


 社会保障充実のために増税するというなら本来、もう一つの財源である保険料の引き上げも選択肢になるはずです。ところが厚生年金保険料の上限引き上げや外来患者の窓口負担百円上乗せは見送られました。


 課税・徴収ベースの拡大は、ほとんど手付かずの状態です。クロヨンとかトーゴーサンと呼ばれる業種による所得捕捉率の不公平問題が解消しない。

社会保険料も納めるべきなのに納めていない事業所が多数あるといわれます。


 社会保障と税を一体化した共通番号制度を導入する。あるいは日本年金機構と国税庁を一体化して歳入庁を創設する。そうした施策によって、とりこぼしてきた税や保険料の収入を増やせる可能性があります。


 つまり税率アップだけが財政赤字の解決策ではない。その前にまず政府自身が行政の仕組みや制度を手直しすれば、税収が上がる余地が残っているのです。それを後回し・先送りするのはなぜか。


 それが「霞が関問題」なのです。官僚はけっして独法改革に本気で取り組もうとはしません。それは天下りの受け皿だから。

国税庁と日本年金機構の一体化は論外と考えます。前者は財務省、後者は厚生労働省の「縄張り」そのものだから。まして公務員総人件費の削減などとんでもない。


 それで「政治主導」が叫ばれたはずなのに、残念ながら期待外れに終わっています。

◆増税スパイラルの懸念

 ギリシャの教訓は何か。

「改革をサボっていると危機に陥る」。

改革抜きに増税のみに頼って財政再建しようとすれば、官僚機構は膨張する一方でしょう。自己増殖する動機があるからです。


 そうなれば増税が増税を呼ぶ「負担のスパイラル」が始まってしまいます。すでに政権内からは消費税を10%どころか「15%に」という声も出てきました。とんでもない話です。ことしこそ「大変革の年」にしなければ。

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成功者 地方の「5時半帰宅サラリーマン」は幸せと香山リカ氏

成功者 
地方の「5時半帰宅サラリーマン」は幸せと香山リカ氏


2012.01.03 16:00  NEWSポストセブン

最近、自分を追い詰めている人が多い。
「もっと頑張らないといけない」「もっと成長しなくては」、と。

だが、精神科医で立教大学教授の香山リカさんは、頑張り過ぎずにほどほどに生きる「ほどほど論」を提唱する。香山さんに聞く「ほどほど論」の最終回をお届けする。(聞き手=ノンフィクションライター・神田憲行)

* * *
香山:最近思うのですが、日本人の「人生の成功モデル」が貧弱すぎる。


――というと?


香山:大きな収入を得ることしかない。

私の診察室には、経済的に成功を収めても家庭が崩壊し、「こんなことなら平凡な人生の方が良かった」とため息つく人が少なからず来ますよ。


この間ラジオ番組を製作している人と話をしたんですが、その番組は夕方の5時半に流れるんだそうです。「主なリスナーは主婦ですか」と訊ねると、「いえ地方では5時に仕事を終えて5時半には帰宅しているビジネスマンの男性も多いんですよ」とおっしやっていました。


東京で働くビジネスマンより、家族と過ごす時間が一日で5時間も6時間も多いのではないでしょうか。

もちろん5時半に帰宅できる人にも悩みはあるでしょう。でもそれでそこそこの安定した生活が送れるなら、それも「成功」と考えて良しとすべきではないでしょうか。


――価値観の多様性ですね。


香山:そう。いま企業では「ダイバーシティ(多様性)」が盛んに唱えられて、働く人の男女、国籍、年齢層の幅を広げる動きが出ています。多様性を確保することで企業に活力を与えようとするものです。

しかし実態を見てみると、極端な成果主義で縛り付けているケースも多い。働く人を多様化しても、評価する基準がひとつだけだと何の意味もない。


産業医の方に聞くと、優秀な企業になると「部下の面倒見だけが良い上司」とか「底抜けに明るいだけが取り柄の社員」という人たちが必ず確保されているそうです。

会社が成績だけで社員を判断しない。そういう会社だと鬱病を発症しても、休業したあと無事にまた会社に戻って仕事が出来る。


活力ある企業とは本来こうあるべきではないでしょうか。求められるのは「人のダイバーシティ」だけでなく、「価値観のダイバーシティ」です。


――香山さんの「人生をほどほどに生きていく」というほどほど論も、人生の価値観を多様化することですね。


香山:ある本で80代の方が、「ここまで生きてきて振りかえると、良い人生も悪い人生もなく、目の前にあるのは普通の人生だ」と書かれていました。

私にはその言葉が、「人生を全力で生き抜け」とかいうスローガンより、リアルに響いたんですよ。


人を羨んだり、羨ましがれたこともあるでしょうが、ならせばどの人の人生もそうは変わらないんですよ(笑)。

みんな変わりなく、普通の範囲内で収まる人生でいいじゃないですか。(了)

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2012年01月05日

民の力を活かそう 政治を諦めない

民の力を活かそう 政治を諦めない

2012年1月5日  東京新聞社説

 消費税率引き上げはマニフェスト違反ですが、批判ばかりでは実りはありません。

政策を正すには民(たみ)が政治を諦めず、政治家に思いを伝え続けなければ。


 二〇一二年の日本政治は、野田佳彦首相の四日の記者会見で幕を開けました。


 消費税率を段階的に引き上げ、一五年に10%とする「社会保障と税の一体改革大綱」の素案なるものが年末に決まり、首相会見も、その実現への決意を語るものでした。

「この問題は、どの政権でも先送りできないテーマです。誠心誠意(野党側に協議を)呼び掛けていきたい」と。

◆大義なき消費増税

 そして、第二次世界大戦時にチャーチル英首相が語ったという言葉を引き合いに出して「Never, never, never, never give up。大義のあることを諦めず、しっかり伝えるなら、局面は変わると確信しています」とも強調しました。

これらの言葉からは、消費税率引き上げに懸ける首相の並々ならぬ決意が伝わってきます。


 でも、ちょっと待ってほしい。消費税増税はいつの間に民主党政権の大義と化したのでしょうか。


 歴史的な政権交代を果たした〇九年衆院選で民主党が掲げたマニフェストのどこにも、そんなことは書かれていません。民主党政権の四年間に消費税を引き上げることはないとも約束していました。


 一体改革の素案を決める段階では当初、一三年十月に8%に引き上げる党執行部案が提示され、最終的には半年先送りを決めました。


 一三年十月からの引き上げだと現在の衆院議員任期中に実施を閣議決定することになり、公約違反になるからだそうですが、そんなことはまやかしにすぎません。

消費税率を引き上げるのなら堂々と「税率引き上げを検討する」とマニフェストに書くべきでした。

◆ムダの一掃が先決

 首相に政権の大義と感じてほしいのは、むしろ行政の無駄をなくすことの方です。

野田首相だけでなく、歴代の民主党政権はマニフェストで約束した「税金のムダづかい」一掃にどこまで死力を尽くしたというのでしょうか。


 営々と積み上げられてきた政官財の既得権益を打ち破るのは困難な作業だと、国民は理解しています。

しかし、それをやると言ったからこそ、民主党に政権を託したのではないでしょうか。


 自分たちの力量不足のツケを、消費税増税という形で国民に押し付けられてはたまりません。


 少子高齢化社会の本格的な到来に伴う社会保障費の増大や危機的な財政状況を改善するためには、いずれ消費税率の引き上げは避けられないと、国民の多くは理解しています。


 しかし、穴の開いたバケツにいくら水を注ぎ込んでも水がたまらないように、無駄遣いが残る行政機構にいくら税金をつぎ込んでも財政状況はよくならず、国民経済は疲弊するばかりです。


 首相がまず力を注ぐべきは、増税ではなく、国会や政府が身を削ることです。その順番が違うことに、国民は怒りを感じるのです。


 自民党や公明党による政権攻撃は野党の役目柄、仕方がないとしても、国会が不毛な対立ばかり繰り返しては国民の不信を買うのも当然です。

ここは、行政の無駄を削るという与党の試みに協力してはどうか。困難な仕事にこそ与野党が力を合わせるべきです。


 民主党は消費税増税に当たり、衆院議員定数の八〇削減や国家公務員給与の削減などを前提条件にしました。

国会や政府の無駄を削ろうとする意欲の表れとして評価できますが、注文もあります。


 定数は比例代表からの削減を避けてほしい。比例削減は少数政党切り捨てにつながるからです。


 議員一人当たりの経費は年間一億円程度で、八〇削っても八十億円の削減にしかなりません。

むしろ年間約三百二十億円に上る政党交付金の方を削減したらどうか。


 一〇年分の収入に占める政党交付金の割合は民主党は八割超、自民党も七割近くです。もはや国営政党の状況で、国のお金で成り立っている点で官僚と同じです。


 政治家と官僚は対立しているように見えて実は一蓮托生(いちれんたくしょう)です。この状況を脱しない限り、行政の無駄に果敢には切り込めません。

◆成立前に信を問え

 首相は会見で衆院解散の時期には触れませんでしたが、消費税増税法案の成立後、実施前に解散する腹づもりなのでしょう。しかし、それは姑息(こそく)です。

増税確定前に国民の信を問うのは当然です。


 政権交代への期待が高かった分、失望も大きい。

だからといって政治を諦めてはなりません。民が無関心を決め込んだ瞬間、政治家と官僚の暴走は始まります。根比べの今が正念場なのです。

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人の悪口を言う人の9つの心理

人の悪口を言う人の9つの心理
2012年1月1日(日)12時00分 新刊JP配信

何か嫌なことがあったり、失敗した時、いけないことだと思いつつも、つい人の悪口を言いたくなるものです。

これは私たちだけでなく、歴史上の偉人ですらそうだったようで、教育者として知られる新渡戸稲造ですら、著書『修養』のなかで、
「子供時代から、僕は人に会うと、すぐにその人の欠点を発見する性癖があった」と記しています。

 私たちはなぜ、どういった目的で悪口を言ってしまうのでしょうか。今回は新渡戸稲造の名著の粋を集めた『運命を拓きゆく者へ』(実業之日本社/刊)より、悪口を言う人の9つの心理を紹介します。

1.冗談として

 言っている本人には悪気はなくても、軽い気持ちで言った言葉が、聞く人にとっては嫌味に聞こえ、誤解されるということがあります。

相手がその冗談を理解できるかどうかわかりませんので、冗談で言う悪口だとしても、相手のことを考えてから言うようにしましょう。

2.性格の違いから

世の中には、どう努力しても分かり合えない人や、性格が違いすぎるために短所ばかりが目についてしまう人がいます。

そうなると、どうしてもその人の悪口を言いたくなってしまいますが、たとえばその人と一緒に働いているとしたら、性格が合わないからといって排除することはできませんし、むしろそういう人と交わり、協力し合うほうが、仕事をするうえでも有益だと新渡戸は語っています。

性格が違うということは、自分に持っていないものを持っている可能性も高いのです。

3.主義の違いから

 主義の違いによって悪口が生まれることもあります。

これは性格の違いとはまた別のものです。性格が違っていても主義が同じなら調和することも可能ですが、性格が似ていても主義が違っていると、敵同士のように憎み合う状況が生まれます。
これは、政治や宗教の世界で多々目にすることです。

4.社会をよくするために

  たとえば宗教家や教育者など、立場によっては社会をよくするためという考えから他人の短所を暴く人がいます。

しかし、実際には純粋に社会のためを思ってではなく、いたずらに人の秘密を暴いたり、ささいなことを大きく言ったりしているのを目にすることもあります。

5.負け犬の遠吠えとして

 新渡戸は、人が他人の悪口を言うことには動物的な理由があるような気がすると述べています。

相手が自分より上にいて、自分の名誉を傷つける心配がある場合、相手を自分から遠ざけようとする心理が働くというのです。

これは、弱い犬が強そうな犬を見ると、吠えたり唸ったりするのと同じ心理だといいます。

6.他と比較するゆえに

   自分と他人を比較することで生まれる悪口もあります。

たとえば、「Aって奴は○○だな」という悪口は、往々にして自分との比較から出てくるものです。

こういった悪口を言う人は自己弁護の気持ちが強かったり、自分を完全なものと見なして他人をはかっていることが多いため、第三者から見ると滑稽に映ってしまいます。

7.利益を得るために

 悪口の中で最も卑しいのは、それによって自分が利益を得るための悪口だと、新渡戸はいいます。
一部の新聞や雑誌などが、部数獲得のために他人の悪口まがいの噂話を掲載するのもこれにあたります。

8.人を倒すための悪口

 人が倒れるのを見て喜ぶための悪口も、金銭的な利益を得るための悪口と同様、性質の悪いものです。

評判のいい人や社会的に認められている人たちに対してケチをつけたがる傾向は、多かれ少なかれどんな人にも備わっているものです。

9.自分が取って変わるために

 ただ、人を倒すだけではなく、その位置に自分が取って代わる悪口もありますが、これも金銭を得るための悪口と大差がありません。

 こういった悪口も、私たちの社会でよく囁かれています。政治の世界では特に顕著ですね。

 本書は、自分を磨き高めながら目標に向かって生きる人が勇気を得られるような新渡戸の言葉が掲載されています。この一年を充実したものにするためにも、本書を読んで自分の心を整えてみてはいかがでしょうか。
(新刊JP編集部)

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2012年01月06日

香山リカのココロの万華鏡:まず目の前を大切に

香山リカのココロの万華鏡:
まず目の前を大切に /東京

毎日新聞 2012年1月4日 地方版

 昨年末に雑誌の取材を受けて、「来年のご自身の目標やキーワードは何ですか」と聞かれたのでこう答えた。

 「えーと、目標はとくになくて、キーワードは“とりあえず”と“それなりに”ですね」


 それを聞いた編集者は、「はあ? 冗談でしょう?」と言いたげな顔をしたのだが、私としては、正直な気持ちを話しただけだ。


 診察室でも年末には、この「それなりに」「とりあえず」という言葉を何度も聞いた。

大震災、長引く不況、その上、患者さんたちにとっては病気との闘いもあるわけだから、誰もがいわゆる“いっぱいいっぱい”。

その中で迎えた年末に、「まあ、自分なりになんとかがんばって、ようやくここまで来た感じですね」「とりあえず来年も、いまのペースでゆっくりやっていきますよ」という会話になるのは、ごく自然のことだろう。


 いや、それどころではない。この苦難の状況の中、たとえ「とりあえず」であっても年末までこぎつけ、そして新しい年を迎えるというのは、実はたいへんなことなのだ。


 「とりあえず、それなりにやってきた。それって、とてもすごいことじゃないですか。あなたが一生懸命、生活や治療に取り組んできたからこそ、そう言えるんですよ」


 ふだんの会話の中では、「とりあえず」や「それなりに」という言葉は、決して良い意味では使われない。

なんだか中途半端で終わったとか、不満足なままだった、といったあいまいな感じがするときに使われることがほとんどだ。


 とはいえこの時代、高いところにある理想とか完璧な成功だとかを追い求めても、そこにはなかなか到達しない。それどころか、私たちの毎日には、いろいろなアクシデントも起これば思わぬ悩みごとがわいてくることもある。


 そんな中、すべてを「もうダメだ」と投げ出すことなく、「とりあえず、今日一日」と自分に言い聞かせながら目の前にあることに取り組む。


 その積み重ねは、決して簡単なことではない。


 私に限らず、これといった今年の目標がまだ立っていない、という人もたくさんいるだろう。

そういう人に私はおすすめしたい。
「まずは、とりあえず今日だけ、自分なりにやれることをやってみる、というのはどうでしょう」。

私も遠くや高いところはあまり見ずに、まずは目の前の人やものを大切にしながら、ゆっくりと生きていきたい

今年もよろしくお願いします。

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2012年01月07日

民の力を活かそう つながり望む声を聞け

民の力を活かそう 
つながり望む声を聞け

2012年1月7日  東京新聞社説

 福島第一原発の事故で多くの人々は、日常が破壊されました。

十数万人もの避難者は県内・県外に散り散りです。つながりを求める声を聞きましょう。


 うっすらと雪が残る五日夕、中古のトラックが福島市内の農作物直売所にやってきました。

荷台には一トン余りの温州ミカン。七日の初売りに間に合わせました。「元気か」と待ち受けた人々が声を掛けました。


 愛媛県伊予市の渡部寛志さん(32)が約千三百キロもの距離を走り、運んできたのです。妻(29)と七歳と三歳になる女の子も窮屈な車から降りてきました。

◆避難を転々、愛媛へ

 「四日夜に愛媛を出発して、瀬戸大橋を渡り、高速道路を延々と…。二十一時間もかかりました」と語る渡部さん自身が、原発の避難者です。

福島県南相馬市の自宅は、原発から十二キロにあり、警戒区域に含まれます。


 「家の二百メートルまで迫った津波で、目前の二つの集落は残らずなくなりました。

妻と子は裏山の農作業小屋で一夜を明かし、親類宅に身を寄せました。

私は消防団員でもあり、翌日は行方不明者の捜索にあたっていました。そのとき、原発が爆発したのです」


 コメや卵、野菜をつくる専業農家でした。原発事故はその生活を一変させました。


 「翌日に郡山市の姉の家へ、3号機の爆発後は、会津若松市の母の実家へと避難しました。

 長女が小一になる昨年四月上旬に松山市へと移りました。『生きる場』を原発で奪われたと思っています」


 農業を営むため、昨年夏に瀬戸内海から五キロほど入った中山間地に農地と空き家を見つけました。

 「借りたのはミカン畑です。

地主さんからは『ミカンは儲(もう)からないから、キウイをやれ』と勧められました。でも、キウイは福島でも栽培されています。郷里でつくれない果物をと思いました」

◆家族さえ分断した現実


 田んぼも借りていますが、コメを福島に運ぶつもりはありません。放射性物質の検出や風評被害で戸惑いの渦中にある農家の心情が浮かぶからです。「コメを持ち込めば、福島農民のプライドをずたずたにしてしまうでしょう」


 福島県によれば避難者数は、県外で約六万二千人、県内で約九万六千人にのぼります。その大半が原発事故による避難者にあたるとみられます。県人口もいまだに減り続けています。大勢の人が「生きる場」を失ったのと同然です。


 もともと被災地は二世代、三世代の同居が多い地域でした。

でも現役世代は県外の親類を頼って移転し、お年寄りは県内の仮設住宅に残るケースが目立ちます。

「自分が重荷になる」と感じていると聞きます。苛酷な現実です。


 地域のつながりはむろん、家族まで分断してしまったのが、原故のむごさです。


 ミカンでつながりを持ちたい渡部さんも内心は複雑です。


 「仮設住宅にもミカンを運び、喜んでもらいましたが、私は落ち込みもしました。

自分だけしたいことを始めたのではないか。自分勝手ではないか…。故郷を捨てたわけではないけれど、気が重たくなりました」


 仮に南相馬市の家が国の新基準で居住が認められたとしても、すぐに帰るつもりはありません。

元の土地で農業を営む限り、放射線量が高い山間部から水が流れてくるからです。


 「子どもへの影響は心配です。いずれ故郷に戻りますが、それは娘が高校を卒業してから。自己判断に任せようと思います」


悩める避難者の気持ちを政府はどう受け止めるでしょう。昨年末に原発事故の「収束宣言」を出し、汚染土壌などの中間貯蔵施設を原発のある双葉郡内に建設する方針を打ち出しました。


 まるで事故の幕引きのため、既成事実化を急ごうとする非情さがうかがえます。人の心まで「処理」できません。葛藤を続ける住民たちの心を逆なでし、怒りを増幅させるばかりでしょう。



◆「秋には黒字に」と焦り

 悩ましいのは収入が上がらず、東京電力の補償の見通しも不透明なことです。

「今年秋には黒字化したい」と焦りを語ります。経済的な補償は当然ですが、同時に故郷や家族とのつながりが分断された人々の支援策にも国はもっと取り組むべきです。


 トラックの荷台にはミカンが残っています。渡部さんが向かう先は古里の南相馬市。避難中の両親や農業仲間と新年会で再会するのが楽しみです。

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「7つの習慣」で成長 

コヴィー氏が提唱する「7つの習慣」 

〈1〉主体的に行動する(気分や行動は自分で決める)
〈2〉目的を持って始める(使命と目標を明確にする)
〈3〉一番大切なことを優先する(重要なことから時間と力を集中する)
〈4〉win―winを考える(他者を尊敬し、自分の意見も伝える)
〈5〉理解してから理解される(人の話を誠実に聞く)
〈6〉相乗効果を発揮する(創造性が高まる協力関係を築く)
〈7〉自分を磨く(肉体的、精神的な健康管理も重要)


*************************************
「7つの習慣」で成長
2011年12月8日 読売新聞 

 「自分の自信になる行動を五つ考えて。その中から三つ実行するのが、今週のチャレンジです」。

 東京・世田谷区の塾「ITTO個別指導学院深沢校」。矢部裕貴(ゆうき)教室長(30)が、高校受験を控えた中学生に語りかける。
行われていたのは教科ではなく、「7つの習慣J(ジェイ)」と称する「生き方」の授業だ。


 自尊心、目標・計画の立て方から、人に信頼される態度まで、エピソードを交えて実践的に学ぶ。小学生から高校生まで各クラス週1回。およそ塾らしくない内容だが、塾生の6割以上が受講する。

「勉強以上に、親や友人との人間関係で悩むのが思春期。解決できる自信がつけば成績も上がる」と、この授業の専任でもある矢部さんは語る。


 授業の底本は、アメリカの教育者スティーブン・R・コヴィー氏の著書『7つの習慣―成功には原則があった!』

主体性や誠実さ、協調性といった人格の重要性を説き、多くの企業が研修に取り入れるビジネス書の古典的存在だ。


 海外の教育実践などをヒントに、2004年にFCエデュケーション社(東京)が子ども向けの教育プログラムの展開を開始。

「子どもが積極的になった」など評判が高まり、「7つの習慣J」を教える塾は全国で214校に。私立中・高校にも広がり、導入校は全国で87校にのぼる。

 大阪市北区にある中高一貫の私立女子校、金蘭会(きんらんかい)中学校では、4年前、本の愛読者だった田中好浩教諭(51)が「学校改革の要に」と藤林富郎校長(57)に提案した。

前例のない取り組みに異論もあったが、議論の末、2008年から中1に導入。「1期生」が3年になった年から、部活動で全国大会優勝や入賞が相次ぎ、精神面の成長ぶりに先生たちも驚いた。


 現在は校長を含め教諭12人が講師の資格を取り、中2まで2年間の必修授業に。

毎週、授業内容を保護者向けの通信で伝えるほか、保護者会も開いて家庭との連携をねらう。

今年、同校が行った調査では、保護者の約3分の2が「子どもの変化を実感」と評価、本を手に取る保護者も増えた。

 中2の津森望美(のぞみ)さん(14)は、「自分の反応や感情は選択できる、という考え方を学び、確実に新しい自分が生まれた」と語る。

人間関係や勉強で悩んだ時、折に触れて授業を思い出すという。


 遠回りのようだが、小さな変化の積み重ねが大きな成長を生む。
(片山圭子、写真も)

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2012年01月08日

週のはじめに考える 地方から国を変えよう

週のはじめに考える 
地方から国を変えよう
2012年1月8日  東京新聞社説

「地域のことは地域で」という地方分権が進みません。中央府省が抵抗し、自治体に戸惑いがあります。住民自ら動きだすことが、近くて確かな道です。


 地方分権の議論は実は古く一九八一(昭和五十六)年発足の臨時行政調査会から始まりました。のちに三公社の民営化につなげた「土光臨調」です。

その後、途切れることなく三十年余も議論が続いています。この間、国の機関委任事務が廃止され、議会の権限が強化されるなど少しずつ前進してきました。

民主党政権は、国が権限を分け与えるイメージを改めようと「地域主権」と名付け、改革に意欲を見せました。しかし…。

◆修繕より建て替え

 改革の本丸である国の出先機関の原則廃止は先送りされ、なお府省側の執拗(しつよう)な抵抗に遭っています。

一括交付金も中身があいまいなままで、二年目も完全実施はお預けです。

鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦首相と代わるにつれて、熱がだんだん冷めてきているような気がしてなりません。


 本年度はかろうじて、国が基準を決めている義務付け・枠付けの見直しが進みました。

でも例えるなら、家の土台が腐って傾いているのに、ドアや窓を修繕しているようなもの。

その土台こそ、国と地方の行財政システムです。もう建て替える時期に来ているのではないでしょうか。


 それならと、上がったのろしが大阪都構想です。大阪維新の会の勢いは止まりません。「このままではだめだ」という府民の思いをつかんだだけでなく、国をも動かそうとしています。何も大阪に限ったことではありません。

国民の多くが「仕組みを変えなければ」と考え始めています。

◆復興も「急がば回れ」

 東日本大震災の復興が被災自治体の主導で進みつつあることは評価できます。

前町長が犠牲となった岩手県大槌町では、八月に就任した碇川(いかりがわ)豊・新町長がボトムアップの復興計画づくりを決め、地区ごとの復興協議会が案を持ち寄りました。

合意形成に時間を要するけれど、「急がば回れ」でいいでしょう。自分たちの未来をじっくり話し合って決める、それは住民自治の原点です。自治体のオーナーは住民なのだから。


 こうした住民と行政の協働が各地で試行されています。地域委員会や市民討議会の類もそうです。

公共とはもちろん、行政だけのものではありません。自分ができることは自分でやる、それでだめなら地域社会や所属団体が支える、もしそれでもだめなら公的に支える−という「自助、共助、公助」の原則を再認識しましょう。

公助も、住民に一番近い自治体が担うべきです。ニア・イズ・ベター、近いほど良い、だから地方分権を進めるのです。


 一方で、存在意義が問われる議会の改革は待ったなしです。

自治体議会改革フォーラムの調査では、議会と議員の役割・責務を明記した議会基本条例の制定は過去四年間で二百件を超え、検討中を含めると四百件余といいます。一方、改革に取り組んでいない議会も依然四割あります。


 ある議員研修での出来事。講演後に町議から「で、何をすればいいのか」「モデルを教えてほしい」と質問が出て、あぜんとした講師は「それを考えるのが議員でしょ」と言いたいのをぐっとこらえて、「あなた方がぜひモデルに」と答えたそうです。首長の追認機関から早く脱皮してもらいたいものです。


 期待したい動きもあります。地方から国を変えよう、と百人を超える地方議員が集まった「龍馬プロジェクト」。全国会会長を務める大阪府吹田市議会副議長の神谷宗幣さん(34)ら数人の呼び掛けから始まりました。


 無関心の壁を越えようと住民、特に若者の意識変革から実践しているところが、期待したい理由です。

目標は維新の会の橋下徹代表と似ていますが、「カリスマでなく地に足のついた改革を」(神谷会長)と言います。

仲間から鈴木英敬・三重県知事や山野之義・金沢市長ら首長も輩出し、次は国政を目指すとのこと。次期衆院選で打ち出す政策に注目したいです

◆理想像は「地方政府」

 地方分権が成り立つには、地方税財源を確保するための抜本改革が避けられません。自治体の課税自主権も拡充しなければなりません。

一昨年の地域主権戦略大綱に、自治財政権を確立した「地方政府」という概念が盛り込まれました。これが理想像でしょう。


 併せて、都道府県は必要なのか。道州制が望ましいのか。過疎の自治体をどう守るのか−。これまで提言止まりの課題が山積みです。国の議論が進まないなら、地方が率先しようではありませんか。でなければ、この国の未来は描けない気がしてなりません。

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成人の日 苦難の時こそ好機と考えよう

成人の日
苦難の時こそ好機と考えよう
2012年1月8日01時07分 読売新聞


(大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い、励ます日)


祝日法は、あすの「成人の日」の趣旨をそう謳(うた)っている。


 新成人を迎える経済状況は厳しい。リーマン・ショックによる景気低迷をいったん克服したのに、大震災が発生した 東日本大震災からの復興を誓いつつ明けた今年、大人として歩み出す約120万人の新成人へ、大きなエールを送りたい。

さらに歴史的円高で、輸出関連をはじめ企業の業績にも明るい材料がない。高校などを卒業して社会人となっている人の中には、非正規雇用のまま安定した仕事に就いていないケースも多い。

大学生の就職は超氷河期の出口が見えない。

学生ならば、しっかりと将来を見据えて勉学に励み、社会人ならば、よりやりがいと責任のある仕事を志向しないと、自分を生かせる職場は得られない状況だ。

 大変な時に大人の仲間入りをするわけだが、後ろ向きに考えるだけでは展望も開けまい。

読売新聞の新年企画「日本あれから 幸せの座標」が、大震災以後、「働く意義」を問い直す動きを紹介している。


何か。日本生産性本部が今年度の新入社員に仕事に対する考えを聞いた質問に、96%の人が「社会や人から感謝される仕事をしたい」と答えた。

 働く幸せ、とは 社会に役立つ仕事を望む傾向は震災でより強まった、と大学関係者は指摘している。

被災地へ救援に駆けつけた自衛官、消防隊員や医療関係者、交通網の復旧にあたる作業員や駅員、物資を運ぶ運転手、必需品を絶やさずに売り続ける店員――それぞれに職責を全うする人たちの姿が数限りなくあったからだろう。

 企業の規模や知名度ではなく、「社会や人から感謝される」ことを基準にすれば、素晴らしい職業に出会う機会は必ずある。多少の回り道をしても、多くの経験を積み、可能性に挑戦するべきだ。

 冒険家の三浦雄一郎さんも
「今こそチャンスと考える若者にどんどん出てきてほしい」年頭の本紙で語っている。

「苦難の時代にこそ、新しい価値観を探し、何かを変えようとする力が湧くもの。


“復興元年”の新成人には、幅広く職業観を培い、人生を切り拓(ひら)いていってもらいたい。

 企業にも、新卒・既卒の区別なく年間を通じて採用するなど、柔軟な姿勢が必要だ。新成人を仲間に迎える以上、若者の意欲をきちんと見いだす責任があろう。
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2012年01月09日

貴方の絆に表現の間違い…年賀状、悲喜こもごも

貴方の絆に表現の間違い…年賀状、悲喜こもごも
2012.1.8 20:01 westライフ

 平成23年の漢字に選ばれたためか、今年の年賀状のあいさつに「絆」の文言が目立ちました。

 それにしても古い友人との年賀状のやりとりは、年齢に関係なくうれしいものです。

特にパソコン全盛の時代に心のこもった手書きの年賀状をもらうと、気持ちも高ぶります。


 お互い年をとったせいか「時節柄、お体をご自愛ください」という文面も目にするようになり ました。

しかし、この表現が正しい言葉の用法かと問われると、答えはノーです。

「自愛」とは、自分自身の体を気にかけ、大切にすることなので、「お体」とすると重複表現、いわゆる重言になります。

この場合は、「ご自愛ください」と表現すればスッキリします。

このほかにも、原稿に幾度となく登場する重言の代表的なものとして、「射程距離」(射程の中に距離の意味が含まれている)、「背後から羽交い締め」(羽交い締めの動作は背後からすること)などがあります。

重言は誤字や不適切表現と同様に、特に注意してチェックしなければならないものの一つです。

また重言以外にも、よく間違って使われる慣用句があります。

これから時季的に受験シーズンですが、合格発表などで使われる表現の「悲喜こもごも」がその代表例です。

本来の意味は、「一人の人間の心境」を言う語で、悲しみと喜びが代わる代わる生ずる心模様を言うのですが、「合格発表の掲示板前には悲喜こもごもの情景が…」などと、多数の人の場面の描写に用いられていることが多い用語です。


 この場合も誤用なので、「喜ぶ人、悲しむ人さまざまな情景が…」などと、表現を工夫して、現場の記者には出稿してもらいたいと思うのです。


 しかし最近は、合格発表をインターネットで掲示する大学も増えてきており、この表現が合格発表などで使われることは、今後少なくなると思われます。

パソコンやケータイなどのIT(情報技術)メディアの前で、受験生一人一人が「悲喜こもごも」の世界を繰り広げることだけは間違いないようです。(S)

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成人の日に考える 前へ、明日へ、未来へ

成人の日に考える 
前へ、明日へ、未来へ
2012年1月9日   東京新聞社説

 時代が二つに分かたれました。震災前と震災後。新成人の皆さんは、震災後の希望を担う初めての大人たち。だから、特別におめでとうございます。


 「実感がわきません」。福島県いわき市の避難先のアパートで先々月、二十歳の誕生日を祝うことになってしまった長峰真実さんの本音です。


 自宅は福島第一原発にほど近い浪江町の請戸地区。潮騒の音に親しみ、七キロ先にそびえる原発の夜の明かりを「きれい」と思ったこともありました。

◆振り袖に思いを託し

 その海があの日突然荒れ狂い、集落が丸ごと流されてしまうとは。放射能という見えない壁が、生まれ育ったまちの風景や、お世話になった親しい人を、こんなにも厳しく隔ててしまうとは。


 勤め先のコンビニエンスストアから同僚の車で逃れ、翌日、高台の避難所でようやく両親や弟たちに会えたときのことを思うと、今でも涙が止まりません。


 被災後、二本松市の体育館で二十日間、新潟県南魚沼市の旅館で四カ月近くを過ごし、いわき市の借り上げ住宅に移ったのが七月末。

帰る土地があるのに帰れない。体の中で余震が続いているように、なかなか心が定まりません。


 そんな真実さんが先月、成人式の振り袖をインターネットで予約しました。赤地の裾に花を散らした古典柄。浪江町役場の仮庁舎がある二本松市で、昨日、ふるさとの成人式が開かれました。

ちりぢりになった旧友たちと、あらためて無事を喜び合いました。再会のための晴れ着です。


 大人になって何をすべきか、自分に何ができるのか、未来はかすんで見えません。でも震災の次の年、この新しい年に成人の日を迎えることが、何やら特別な巡り合わせに思えてなりません。

真実さんは、決めました。


 「成人の日を区切りにし、一歩、前に踏み出します」


 自動車の運転免許を取得して、就活を始めよう。幼いころの夢だったパティシエにも挑んでみよう。

今日は、自分のための自分の中の区切りの日。自分に向き合い、自分で何かを決めてみる。

成人の日とは本来、そういうものなのかもしれません。


 失った大きな家は十年前、建築業三代目の父、勝さん(53)が自ら手がけた家でした。

 「それなら、おれももう一度、もっとすごい家を建ててやる」
 家族にとっても、特別な日になりそうですが。

◆自分自身が動かねば

 宮城県気仙沼市の佐々木志保さんは、五月に二十歳になりました。震災後洋菓子店を解雇され、七月から気仙沼復興協会の福祉部に勤めています。


 市内の仮設住宅を巡回し、炊き出しの手伝いをしたり、お茶会を開いて住人とコミュニケーションをとるのが仕事です。


 「震災があって二十歳になるのと、なくて二十歳になるのとでは、大人としての自覚がまったく違っていたはずです」と、志保さんは考えます。


 志保さんも被災者です。しかし、家も家族も無事でした。

はじめは恐る恐る仮設住宅の扉をたたき、住人と言葉を交わし、打ち解け、やがて「ありがとう」の言葉を聞くようになり、志保さんは自分が少しずつ、大人になっていくように感じています。


 志保さんは今、「自分自身が動かなければ、結局何も変わらない。がれきの山も片づかない。でも動けば動いた分だけ、まちは変わる。良くなっていく」と信じています。


 今この国の冬空を、もしかすると、被災地のそれより、もっと大きな閉塞(へいそく)感が覆っています。


 新成人の皆さん。経済の力におぼれ、科学の威力を過信して、ふるさとの森を枯らし、川や海を荒らしてきたのは、皆さんではありません。


 地震列島を原発だらけにした揚げ句、爆発事故を起こさせたのも、雇用と保障を奪っていくのも、一千兆円にも届く途方もない借金をこしらえたのも、皆さんではありません。私たちはその責任から逃れるつもりはありません。


 それでも、時代を変える力を持つのは常に若い人たちです。老いた常識よりはるかに強く、新しい海へ乗り出す新しい船を、操ることができる人たちです。

◆新しい春への足跡を

 雪に埋もれた桜の中で、新しい春が育ち始めているように、小さくていい、維新とか、大転換でなくていい、今日から一歩前へ出よう。自分の力で大人になろう。自分を大人にしていこう。


 新成人、前へ。若い世代よ、前へ。被災地もそうでないまちも、それぞれ一歩ずつ前へ。私たちも、負けずに前へ踏み出します。

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男の子の育て方

男の子の育て方
2012.1.07 /2012.1.09    NEWS  ポストセブン

お母さんにとって、男の子の子育ては毎日が戦争状態ですよね。

娘の気持ちならまだ何となくわかるけれど、異性である息子の一挙一動は全く予想がつかず、どう対処していいのやらわからないお母さんも多いのではないでしょうか。

子育てにおいては、もちろんしつけも大事。しかし、教育カウンセラー諸富祥彦氏の著書『男の子の育て方』によれば、お母さんの何気ない一言が男の子を傷つけ、彼を意気地なしにしてしまうこともあるそうです。

意気地なしとはつまり肝心なところで実力が発揮できなかったり、将来好きな女性ができても自分から告白できないような状態を指します。息子がそんな情けない男になってしまうなんてお母さんにとってはゆゆしき事態ですよね!

男の子を意気地なしにする母の言葉とはずばり否定的な言葉。そこで当記事では同書を参考に、男の子に言ってはならない代表的なNGフレーズを5つお届けします。

■1. 「どうして●●できないの?」「何でそんなことするの!?」


食事中にじっとしていられなかったり、いきなり走り回ったり、息子の理解不能な行動にお母さんはつい「なぜ?」と声をあげたくなりますよね。
ところが、息子にしたってきちんとした理由があって行動しているわけではありません。ただ、自分のしたいように動いているだけ。
それなのに理由を尋ねられても、息子は困ってしまいます。ただ自分が強く責められたという思いが残るだけです。

■2. 「バカ!」「何度言ってもわからないのね」


息子が自分の言いつけを守らないと、息子を強く非難するような言い方をしてしまいがちです。
しかし、非難されて反省する子どもはいません。直接的な非難は反発を招くか、もしくは「僕はダメ人間だ」という劣等感を植え付けるかで、悪い結果しかもたらさないでしょう。

■3. 「もういいかげんにしてよ!」「いつになったらひとりでできるの!?」


いつもおもちゃを散らかしっぱなしにする息子に怒り爆発……といったシーンでのフレーズです。
しかし、お母さんが感情を爆発させても息子は混乱するばかり。なんとなく自分が悪いことをしたという認識はあっても、「なんでそんなに怒っているのだろう」という不安が先行して、「次からはきちんとしよう」という前向きな気持ちにはなれないでしょう。

■4. 「そんなにグズるのならここに置いて行くから」「いたずらをしたらバチが当たるよ」


息子が言うことを聞かないと、一種の脅しを使うお母さんがときどきいます。しかし、脅された息子としては、お母さんから意地悪をされたとしか思いません。
しかも、この手段を繰り返し用いると息子はしだいに「単なる脅しでお母さんの言うとおりにはならない」ということを学習します。そうなると、母子の信頼関係はガタガタ。最悪の場合、息子はわざと母親を困らせる行動をとるようになるでしょう。

■5. 「そんな変なことしないで」


男の子は好奇心のかたまり。その好奇心の発現が、お母さんの目には“変”としか映らないことがよくあります。たとえば、おでかけ中にいきなりしゃがみこんで虫の観察を始めたり、ガラクタや石ころなどを拾い集めようとしたり。

しかし、息子の行動を“変”の一言で片づけてしまっては、彼の成長の芽を摘んでしまいかねません。
「変なことしないで」と自分の行動を母親からいつも否定されていると、息子は「どうせ母親に叱られるから」と何事にも及び腰な無気力男に育ちます。

以上、お母さんが息子に言ってはいけないNGフレーズを5つお届けしましたがいかがでしたか?
ここで紹介した5つのフレーズは、息子の成長上好ましいものではありません。でも、息子が周囲の人に迷惑をかけたりルール違反をしたりするのを放置することもできませんよね。

そこで次回は、息子の心を傷つけない効果的な叱り方を紹介します。

男の子の効果的な叱り方


前回の記事では、息子を叱るときについ言ってしまいがちなNGフレーズを5つ紹介しました。
5つのNGフレーズはいずれも息子を否定する表現で、息子から勇気や前向きな気持ちを奪ってしまう言葉です。

では、そうした否定的な言葉の使わずに、息子にやっていいことと悪いことを伝えるにはどうすればいいのでしょうか。前回に引き続き教育カウンセラー諸富祥彦氏の著書『男の子の育て方』をもとに解説します。ポイントは以下の3つです。

■1. できるだけ主語を“私”にして伝える


前回紹介した「なんで●●できないの?」とか「バカ!」とかいったフレーズは、いずれも主語が“あなた=息子”です。こうした否定的な表現は、主語を“私”に変えるだけで随分イメージがかわります。

たとえば、「なんで片付けできないの?」ではなく「お母さん、散らかっていると落ち着かないから片付けてくれると嬉しいな」と言ってみてはどうでしょうか。

主語が“あなた”の表現では、相手は自分の言動や人格が否定されたような気になることがあります。これではお母さんの言うことを素直に聞くどころではありません。

一方、主語が“私”だと、否定されたような気になるというよりも、息子はむしろお母さんを気遣うようになるものです。

息子に対して、「こうしてほしい」「これはやめて」と伝えたい場合には、なるべく主語を“私”に置き換えるようにしましょう。

■2. 具体的に説明する


いくら注意しても息子が言うことを聞かないのは、実は息子が“お母さんがなぜ怒っているのかわかっていない”ためであることが意外に多いもの。“やってほしいこと”や“してほしくないこと”は具体的に説明するべきです。

たとえば、電車のなかで騒ぐ息子を「うるさい! 静かにしてよ」と一喝した場合、恐怖心からその場ではシュンとしたとしても、また別の機会には同じように騒いでしまうことでしょう。
この場合、落ち着いた声で「電車のなかでは疲れている人もいるから、静かに座っていようね」と話すほうが、よほど効果的です。

息子が言うことを聞かないのは反抗的な気質のためではありません。“なぜいけないのか”や“どのようにすればいいのか”を根気強く説明しましょう。

■3. ポジティブなメッセージをいれる


息子の行動を改善したい場合に、最も威力を発揮するのはポジティブなメッセージです。
つまり「●●君ならできるよね」というフレーズを加えると、息子はお母さんの信頼・期待に応えようと頑張っちゃいます。

“叱る”というのは咄嗟の出来事であることが多いので、いくら気を付けていても前回の記事で紹介したNGフレーズが口をついて出てしまうこともあるでしょう。

そこで「しまった!」と思ったら、すかさずポジティブ・メッセージを。「君はできる男なんだよ」という母親からのメッセージは息子にとって何よりも励みになります。

叱るときに限らず、日頃からポジティブ・メッセージを発するように心がけていれば、本当に厳しく叱らなければならない場合(たとえば、友達にケガを負わせたなど)でも、息子はあなたの言葉を素直に受け入れやすくなることでしょう。

いかがでしたか? 母親としてはただ息子を甘やかすのではなく、ときにはルールを教えなければならないことがあります。

そういうときは、ただ感情的に叱りつけるのではなく当記事で紹介した3つのポイントをぜひ思いだしてくださいね!

【参考】
※ 諸富祥彦(2009)『男の子の育て方』 WAVE出版
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2012年01月10日

励ましの言葉:困難抱える人に接するとき、「がんばれ」押しつけないで

励ましの言葉:困難抱える人に接するとき、
「がんばれ」押しつけないで
毎日新聞 2012年1月10日 東京朝刊

 東日本大震災に見舞われた昨年は、人と人との絆が見直された年でもあった。

温かい励ましの声があふれる一方、「がんばれ」「元気を出して」などの言葉が相手には負担になることもある。

身の回りで困難を抱える人と接する際、何を心掛けたらいいのか。【丹野恒一】

◇「前向き」強調は重荷に/立ち上がれない人支えて

 仙台市若林区の和地(わち)理恵さん(55)は震災で一人息子の克倫(かつのり)さん(当時31歳)を亡くした。消防団員として住民の避難誘導にあたり、津波に襲われた。

地域のお年寄りから「あなたの息子のおかげで助かった」と言われても、素直に喜べなかった。いまも「時間は止まったまま」。街中で同じ背格好の若者を見ると、心をかき乱される。


 「周りには『いつまでもくよくよしていてはいけない』と動き出した人もいるが、私はその流れについていけない」。久しぶりに会った友人に「元気になったね」と言われると、「そうじゃない」とも言えず、作り笑いを浮かべてしまう。


 身内を亡くしても気丈に振る舞う被災者をテレビや新聞で見ると、違和感がある。「美化し過ぎてゆがめている気がする。みな、夜になれば泣くこともあるはず。がんばる被災地というイメージが固定化されると、一部の被災者には重荷になる」と懸念する。


 月に2回、震災で子どもや夫を亡くした女性同士が集まる会に参加している。本当の自分をさらけ出せるのはそこだけ。「すべての人に理解してもらおうとは思いません」


 上智大グリーフケア研究所長でシスターでもある高木慶子さんは、震災2カ月目から被災各地で遺族らの悲しみを和らげる傾聴活動をしている。「元の元気を取り戻せればいいが、現実にそうなれるとは限らない。震災から時間がたち、個人差がはっきりしてきた」と感じるという。


 「周りの人は、立ち直ってほしいというある種の願望から、過剰に励ましの言葉を押しつけてしまいがち。

大きな災害があった時だからこそ、自覚しなくてはならない」と相手をせかさないよう呼びかける。

     *


 「障害があってもがんばって」−−ダウン症の長女(15)を育てる東京都内の母親(55)は、こんな言葉に引っ掛かりを感じてきた。障害のマイナスイメージを前提にしているからだ。

インターネット上で「キラキラ差別」と命名されているのを知り、昨夏に自身のブログで「名前が付けられただけでも気持ちがおさまる」と記した。


 「キラキラ差別」は、「負けないで」や「希望を持って」など輝くような明るい激励が、逆に相手を傷つけてしまうという意味で使われている。

母親は「娘は歩くのにも会話をするのにも、他人の何倍も疲れ、びくびく恐れながら努力している。

 私は軽々しく娘にがんばれとは言えない」。日ごろ面倒を見てくれる学校教諭からの励ましは、娘   の力になっているとも感じるが、「同じ言葉でも高い目線から言われると傷つくことがある」という。


 先天性多発性関節拘縮症で生まれつき手足が使えない漫談家のホーキング青山さんは「災害でも障害でも、克服できた人や苦境に立ち向かっている人にばかり光が当たる。

 本当に手を差し伸べるべきは、立ち上がるすべを持たず、生きる張り合いをなくし、投げやりになっているような人たち」と指摘する。


 青山さんは著書「差別をしよう!」(河出書房新社)で、他人と自分の違いを認めることから社会を変えていこうと訴えている。

「障害や悲しみを『乗り越える』という言葉が世の中で安易に使われすぎている。

それができるのなら、私は今ごろ自分の足で歩いているはず」とし、被災地の人たちには「立ち上がりたくても立ち上がれない人を責める権利など誰にもない。

立ち上がらない自由があっていい。すくなくとも『まだいいよ』と言いたい」と力を込めて語る。

◇悲しみ突き詰めることが癒やしに

 心理学者で臨床心理士の植木理恵・慶応大講師は著書「ネガティブな自分をゆるす本」(大和出版)で、ポジティブシンキングにとらわれない生き方を勧めている。

心理学の「皮肉過程理論」では「意識的に何かを忘れようとすると、逆になぜそうしようとしているのかを強く意識してしまう」とされる。

「むしろ悲しみの原因をとことん考え続けることが、徐々にでも癒やしにつながっていくと思う。焦りは自己嫌悪やストレスのもと。

初七日、四十九日、一周忌なども、遺族に弔いの機会を与え、気持ちを徐々に整理させる意味合いがあるのだろう」と指摘した。


 一方、「がんばれ」などの激励はカウンセリングでは禁句ともされるが、植木さんは「私の臨床経験では、どこかのタイミングで少しずつ声をかけ、背中を押してあげることも大切だと感じる」と話した。

posted by 小だぬき at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

民の力を活かそう「思いやる」から始める

民の力を活かそう
「思いやる」から始める

2012年1月10日   東京新聞社説

 年金は老後の安心を得る制度です。しかし制度を支える現役世代は疲弊し、年金で暮らす高齢者も生活は楽ではありません。どう支え合えるでしょうか。


 「月一万五千円の保険料なんて無理、とても払えない」


 東京都内の建設現場で日雇いとして働く加藤匡通さん(43)は、ため息交じりにこう断言しました。


 日当一万二千円。業界では高収入ですが、毎月の国民年金保険料は払えません。


 バブル経済崩壊後、正社員の働き口が減りました。低賃金で雇用も安定しない非正規で働く若者が増え、リーマン・ショックで多くが職を失いました。


 非正規の人たちを支援しようと加藤さんは三年前、地元に茨城不安定労働組合を結成しました。「相談に来たとき所持金が二千円の人もいた」と言います。


 今の皆年金制度が始まって半世紀がたちます。しかし、国民年金保険料の納付率は昨年度は六割を切りました。


 所得に余裕がなくなった人が増えているからです。制度への不信感もあります。


 長期間払わず強制徴収をせざるを得ない人もいます。日本年金機構の田中章夫・強制徴収企画指導グループ長は「以前は探せば定期預金があったりしたが、今の若い人はクレジットカードの決済日に口座にやっと入金があるのが現状」と明かします。

現役世代は制度を支える力を失いつつあります。

 今の皆年金制度が始まった一九六一年は高度成長期でした。

◆生活支えられない制度

 前年には所得倍増計画が打ち出され、東海道新幹線の開通や東京五輪も控えていました。六一年の会社員の平均年収三十四万円は五一年の二・三倍、会社員数も二倍です。高齢者が少なく、現役世代が増え所得も増える時代でした。


 年金制度は、その時の現役世代の保険料をその時の高齢者に年金として払うルールです。


 これだと高齢者が増え、現役世代が減れば制度の維持が難しくなります。今がまさにそうです。


 一方で、年金で暮らす高齢者の生活も楽ではありません。国民年金は満額で月六万六千円ほどです。実際は受給者約二千五百万人の半数以上が月六万円未満です。


 厚生労働省は、年金は持ち家や面倒を見てくれる子どもと同居していることが制度の前提で補助的な収入といいます。


 現状はそんな人ばかりではありません。年末に、司法書士や労働者支援の市民団体などが開いた「なんでも総合相談会」に訪れた男性(45)は、リーマン・ショックで事業が行き詰まっていました。

 「長野で母は一人暮らし。僕の立場なら援助しなければならないのに今はお荷物になっている」と肩を落とします。現役世代の疲弊と少子化で、高齢者にも夫婦二人や一人暮らしが増えています。


 政府は社会保障と税の一体改革を進めています。持続可能な社会保障制度にし、合わせて消費税を増税してその財源に充てようという考えです。

しかし、社会保障改革では国民から反発を受けそうな給付のカットなどの制度改革は見送り逃げ腰です。


 民主党は、すべての人が加入する年金の一元化と、最低額を保障する年金の創設をマニフェストの目玉に掲げていますが、具体案を示していません。将来像が分からないのでは不安は募るばかりです。


 一方で、政府は消費増税にはひた走っています。その前に公務員の人件費削減などと並び社会保障の明確な将来像を示すべきです。


 やみくもに政府に高齢者の年金を減らせとか、現役世代の負担を増やせと主張すると世代間で対立を生み問題を解決できません。


 できることはあります。お互いの苦境を理解すること。そうすれば支えようと思うはずです。


 加藤さんは労組の活動で、若い人たちの親世代に非正規労働の実態を話す講演会を開きました。

◆お互いを知る努力から

 「なんでうちの子がずっとアルバイトなのかようやく分かったと六十代の男性が言ってくれた。

知ってもらうことは大事、世代間の対立は話を悪化させるだけ」と加藤さんは実感します。


 前出の相談会には若い男性(32)も訪れました。失業した昨年八月から公園でホームレス生活を続けています。


 疲れ切った表情ですが、「自力で再起したい」と語る姿に希望を感じます。周囲には市民団体など彼を思いやる人たちがいます。

苦境を知ればこその支え合いです。

posted by 小だぬき at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

大阪府教師「君が代不起立でクビでもいいという教師は多い」

大阪府教師
「君が代不起立
でクビでもいいという教師は多い」


※週刊ポスト2012年1月13・20日号


改革には痛みを伴うというが、大阪では本当に流血の事態を迎えるかもしれない。

橋下徹・大阪市長が唱える教育改革に真っ向から抵抗を続ける学校教師たちは、3月の卒業式での「君が代斉唱時の起立」阻止に向け、実力行使も辞さない姿勢を露わにし始めている。


松井一郎・大阪府知事は、就任会見で教育基本条例案の早期成立を明言している。

2月に条例案が府議会と市議会に提出されれば、「効果」がまず最初に試されるのは、その1か月後に控える府立校の卒業式だ。そこで一部の教員による実力行使が起きる気運は高まっている。


「大阪市教委は式典での国歌斉唱にピアノ伴奏を強制しており、それに悩む音楽教師が多い。

そんな中で条例が成立すれば、教師たちは恐怖に怯え、さらに精神的な圧迫が強まることになる」(『日の丸・君が代』強制反対ホットライン大阪・井前弘幸氏)


文科省調査によれば、2009年度中にうつ病などの精神疾患で休職した教員は全国で過去最多の5458人。

教員に占める休職者数の割合を示す「休職者出現率」は、大阪は沖縄に次いで全国2位。政令指定都市では、大阪市が1位、堺市が3位と群を抜いている。


「そうして精神的に追い込まれた教師や、その姿を見た同僚教師が粛々と卒業式の国歌斉唱で起立するとは思えない。

“何が何でも君が代斉唱を潰す”と息巻く教師もいるだけに、せっかくの子供たちの門出が暴力的な行動で台無しにされるかもしれないと心配しています」(元府立高校長)


東京の都立高校の元教諭で「不起立のジャンヌ・ダルク」と呼ばれた女性のケースでは、こんな異様な光景が見られた。


「不起立を続けて迎えた2008年の卒業式、この女性教諭は“今日も不起立なら免職処分か”といわれていました。しかしその日は、小中学校合わせて25人の卒業生しかいない養護学校に、数十人もの支援者が詰めかけ、『君が代不起立』『日の丸・君が代強制反対』といった物々しい横断幕やゼッケンが掲げられた。


生徒や保護者らの戸惑いの中、女性教諭は支援者に歓声と拍手で迎えられ、不起立を貫きました」(当時の様子を取材したフリーライターの山田祐氏)


「教育は2万%強制」といって憚らない橋下市長による「君が代強制」となれば、インパクトはこの比ではない。

2000校・約5万人に及ぶ府立校とその教員の間で同時多発的な“意思表示”が起きれば、想像し得ない大騒動が予想される。すでに「実力行使」計画は進んでいる。


「国歌斉唱の際の不起立運動を組織的に呼びかける動きは、府教委の監視が厳しいためにやりにくくなっている。

しかし、議会の始まる2月には、府庁と市役所を教職員と支援者で包囲する大規模集会を予定している。条例阻止を最後まで訴えたい」(前出・井前氏)


“その先”について、大教組に加入する府立中の中堅教師は不気味な予言をする。


「2月までは条例案の修正・撤回の呼びかけに力を尽くすが、それでも橋下や松井が議会提出するようなら、3月の卒業式で多くの教員が反発的な態度に出るのは間違いない。具体的な方法はまだ決まっていないが、いずれにしても世論に大きな影響を与える方法でなくてはならない。


何人かの教師が不起立で抵抗するくらいではニュースにもならない。“クビになっても本望だ”という教師が少なくないことを橋下は思い知るはずだ」


民意をバックに強気の攻勢に出る橋下氏の“正義”と、劣勢になりながらも信念は曲げない教師たちの“正義”――。その衝突は、流血の事態が避けられそうにない。

posted by 小だぬき at 08:44| Comment(8) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ私が教育条例に反対するのか・・

私は 大阪府教組の取り組み・決意を支持します。

元教職員組合員だったからというより、なぜ県市町村立学校に 設立地の自治体の歌・旗ではなく 国旗・国歌なのか 理解に苦しむのです。

私は いつも 川口市歌・市旗だけでいいのではと考えてきました。

国立学校なら 国歌・国旗は当然としても、郷土愛を強調するのであれば 基礎自治体の旗・歌を尊重しない「式」というのは おかしいとの感覚は持ち続けたいのです。

私自身は 6年生担任の時以外は、殆ど放送室か受付だったので 強制される・決断を迫られることは少なかったのですが、一度だけ「文書注意」をうけました。
もちろん 丁寧に返却しましたが・・・。

今回 橋下大阪市長、松井大阪府知事の「教育条例」は 現場に政治が土足で介入しようとするものです。

自治体の首長は 選挙で選ばれます。首長が変われば また違う考えで教育が左右されるなんていうことは 現場で四苦八苦している教職員により困難を押し付けるものです。

よく教育をダメにしたのは 日教組や全教の組合だという攻撃が 政治家や行政・マスコミはします。

文部行政の朝令暮改の弊害への防波堤にはなっていても 組合が教育現場を支配したなんていうことがないことは、冷静に 教育史を学べば明らかなことです。

今度は地方分権の名を借りた 橋下氏の政治介入です。

教員評価が可能かなどの検討なしに、校長に5段階での相対評価で必ず D評価を強制する。
そして 連続すれば 「分限免職」にするとも・・・・。

なぜ絶対評価ではなく 相対評価なのかの説明も不十分です。

私には 橋下市長や維新の会が 政治介入を正当化し 組合つぶしのみを狙った不当労働行為を条例で決めるという とっても危険なファシズムだと思います。

なぜ、日教組や全教が 教育を守るために 組織の全力を挙げ ストライキや全員着席を指示しないのか 不思議でなりません。

蛇足ながら 公務員には 雇用保険は適用されません。
辞職 即 無収入失業です。

公的援助のない「免許更新制」など 全ての皺寄せを現場におしつける 今の教育行政は許せません。今、組合が 闘わずして いつ闘うのですか・・・。
posted by 小だぬき at 10:58| Comment(6) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いろいろな反響に考える

多くのコメントを頂きありがとうございます。

大阪府教師「君が代不起立でクビでもいいという教師は多い」


私は、国歌はすきです。ただ、歌詞はすきではありません。
Posted by  まこ at 2012年01月11日 09:11


わたし右思想ではありませんが、やはり国歌、国旗には敬意を表すべきだと思います。
自分たちの思想を守るために教え子たちの門出を暴力沙汰で台無しにするようでは、世論を敵にまわすだけだとは思わないのでしょうか。
なにより、子供たちがかわいそうです。
Posted by まーるまat 2012年01月11日 10:05


まこさんへ。私も国旗・国歌に反対するものではありませんが、なぜ 基礎自治体の歌を重視しないで いきなり国歌なのかが疑問なのです。まず郷土を愛する心から育てるべきと考えています。
Posted by 小だぬき at 2012年01月11日 12:26


まーるまーさんへ
私は この問題は 陛下が「強制にならぬように」と国旗・国歌法成立のおり 念を押されたお気持ちを考えても、行政・教育委員会の陛下の気持ちを踏みにじる「強制」だと思います。国立学校ならともかく 公立学校でなぜ 国歌なのか?? 県市町村歌をきちんと歌えるようにするのが 郷土愛教育だと思います。
この点から考えても 組合の方が愛国者と言えないでしょうか・・。
普段の授業では きちんと教えている組合員が多いのです。
職務命令だ、処分で「式」を強行する行政がファシズムだと思っています。
Posted by 小だぬき at 2012年01月11日 12:40


小だぬきよ。わかってねーな。
国旗、国家は、良い悪いの問題じゃねーんだよ。好き嫌いの問題でもないんだよ。
自国を大切にできずに、何が「郷土愛」だ。
クビを覚悟の教師、ホントにいるのかな?
精々減俸、くらいにタカをくくってるから、歌わなかったり、不起立なんだ。
大体、国歌斉唱で不起立なんて、教育の一番大切な礼儀を教えることと正反対だぜ。
あと、ファシスムって、どういう意味で使ってる?教えて欲しいな。
Posted by 歩三の安藤大尉 at 2012年01月11日 17:53


自国を大切にするからこそ 発達段階に負うじて まず 自分の地域の歌を大事にすることから教えたいのです。国立学校は否定していません。
また、ファシズムを私は 多数の力を結集して異論を許さない体制だと思っています。
少数派の存在、意見にも理があることを排除する思想だとおもっています。
Posted by 小だぬき at 2012年01月11日 20:12


なぜ私が教育条例に反対するのか・・

小だぬき。お前、詐病だろ?
自治体云々の前に、「自分の身の回りのことがひとりではできない」はずの精神障害2級のお前が、こんな政治的なアジテーションを書くなんて、おかしいじゃないか!
年金の不法取得だな。
税金泥棒が、何をエラソーなことをブログで書いたって、嘘八百だ。Posted by 歩三の安藤大尉 at 2012年01月11日 18:16

歩三の安藤大尉さん、今のあなたのような言い方がファシズムだと思うのです。
障害2級で身の周りのことはできないのは確かですが、廃人ではありません。
精神疾患への偏見もお持ちのようですね。

思考力の全てがマヒしているのではなく、感心の持てるものには 考える力は残っています。

税金泥棒と おっしゃいますが、そんなに審査は甘くありません。

一番障害を治して以前と同じように働きたいと思っているのが患者ですよ。

あなたは 理性のある愛国者と思ってお付き合いさせて頂きましたが、偏見・差別のアジテーションをする方とは思いませんでした。
私は 治療の一環として ブログでの記事の選択や意見を書いているのです。

障害者は 税金泥棒ですか、必死に意見をまとめる努力のブログ表現も障害者はしてはならないのですか??
意見の合わないものへの誹謗中傷をする人ではないと信じたいと思います。
Posted by 小だぬき at 2012年01月11日 20:29



堂々とこういった反対意見を主張されるのはいいと思います 橋下さんには批判にならないただの卑怯な悪口が多いですからね 保護者の視点からいうとどう考えてもどうかばってみてもあの教師はクビやろって
ヤツが堂々と教師やってる現状は腹が立ちます 保護者にも教師にもモンスターはいるんですよ だから少々不安はあっても変えてほしいんですよ
Posted by hiro at 2012年01月11日 20:39


hiroさん ありがとうございます。
教員の質の問題ですが、その人の教育力と人間性の問題と 採用・研修の行政の問題は冷静にみていかなければと思うのです。

初めから意欲や人間性に欠陥があったのか・・との問いかけです。教職員組合では 一人ひとりの教育力を高めようと「教育研究集会」で実践交流をしています。
小だぬき at 2012年01月11日 21:08
posted by 小だぬき at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月12日

終戦直後から変わらない政治と行政

【高橋乗宣の日本経済一歩先の真相】
終戦直後から変わらない政治と行政

2012年1月6日 日刊ゲンダイ掲載


時代に即したシステム必要

 2012年は総選挙があると予想されているようだ。その時期もいろいろと取り沙汰されている。

気の早い週刊誌は全選挙区の当落予想を掲載。解散ムードをあおっている。

 ただ、このまま選挙に突入したところで、どうなるのか。どの政党も過半数に届かなければ、政治はさらに混乱する。そこから政界再編に発展しても、スッキリするとは限らない。

政策や理念でガラガラポンするのならいいが、好き嫌いや付き合いの濃淡で群れることになれば、今と変わらない。何も決められない政治がダラダラと続くことになる。

 10年前と比べ、われわれの暮らしは激変した。テレビはデジタルになり、クルマはハイブリッドがシェアを拡大し、たばこの値段は2倍近くになった。携帯電話はスマートフォンが幅を利かせている。

20年前、30年前と比べると、違いはさらに広がっていく。そんな時代もあったなあと、笑えるぐらいなら大したモノ。多くの人は思い出すのも一苦労だろう。

 ところが、政治のシステムは全然変わらない。終戦直後から同じだ。

そのため、一度、衆参で多数が違う「ねじれ」が生まれると醜い政争が勃発する。国民そっちのけの権力闘争が続き、重要政策はひとつとして決められなくなってしまう。

 消費税増税は議論すらしないとした民主党が消費税増税に前のめりになり、消費税増税を公約に掲げていた自民党が消費税増税に反発する。

これも「ねじれ」だ。当人たちは疑問に思っていないようだが、ハタから見れば理解に苦しむ行動である。

 行政も古い。例えば、英語教育重視が打ち出された学校の現場では、語学を教える外国人の先生が増えている。

だが、彼らのほとんどは日本の教員免許を持っていない。日本の大学を出ていないのだから当たり前だが、そのため、彼らを日本人の教員と同じ待遇で迎え入れることはできない。

外国人教師を増やしたいのなら、免許制度の手直しが必要だ。ところが、行政は見て見ぬふりである。
 日本の社会は大きく変化している。人口構成もかつてとは違う。

団塊の世代は次々とリタイアし、子供はどんどん減っている。

政治も行政も、そんな時代に即したシステムに変えなければダメだ。

根っこから変えない限り、何度選挙を繰り返しても、国民はむなしさだけを覚えることになる。
【高橋乗宣】
posted by 小だぬき at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「うん、うん」の心掛け

【私説・論説室から】
「うん、うん」の心掛け

2012年1月11日  東京新聞(大西隆)

 子どもを放射能から守ろうと活動する母親たちに取材していて、少し前に聞いた学習塾経営者の話を思い出した。

小学生の娘が世話になっているのだが、内心じくじたるものがあった。


 子どもの教育をめぐり父親と意見がかみ合わないと悩み、相談にやって来る母親が少なくないという。

そこで父親の仕事を尋ねると、たいてい学校の先生や新聞記者なのだそうだ。


 共通するのは、理屈を振りかざして相手を論破したがる性癖が強いことらしい。

「つまり」「要するに」と母親の言い分を一方的にまとめ上げ、最後に「べき論」。
で締めくくる確かにまるで社説のようだ。


 母親は自らの不安や不満に「うん、うん、頑張っているね」と耳を傾けてほしいのであって、理屈を披露してもらいたいわけではない。折に触れ、子育ては夫婦の共同作業であることを確かめたいようなのだ。


 さて、環境や給食の放射能汚染にどう対処するのか。多くの母親たちが子どもを守りたい一心で、まさに理屈の世界の住人である先生や記者、さらに役人や議員と向き合っている


 そして「科学的には心配ない」の一点張りだった相手が、母親たちが切々と訴える不安や不満を受け止めるようになってきた。

地域の子どもを共に守るという使命感や責任感を呼び起こしてほしいものだ。


 今年の抱負。「うん、うん」の父親、記者を心掛けること。 

posted by 小だぬき at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

〈蟻の一穴、天下の乱れ〉にならぬよう願う

 1月12日付 よみうり寸評
2012年1月12日13時49分 読売新聞)
 
〈蟻(あり)の一穴〉が心配だ

このところ日本の治安という堤防に蟻の穴が一つ、二つ、三つと続いてあいた

◆最初の穴は大みそか、警視庁に出頭したオウム真理教事件の特別手配犯、平田信容疑者を警備中の機動隊員が「丸の内署か交番へ行け」と門前払いした件

◆次は9日、台湾からの女性留学生2人を殺害した指名手配犯で同じ台湾籍の男性留学生を名古屋市内で任意同行中に自殺させてしまった警視庁捜査員の失態。

第3は11日、広島刑務所から殺人未遂などの罪で服役中の中国人、李国林受刑者が脱走した件だ

◆どれも服務に緊張感を欠いていたように思われる。警視庁は緊急の副署長会議を開いた。組織全体の問題という認識だ

◆広島の脱走囚は影響が大きい。刑務所の監視カメラは塀を乗り越える受刑者をとらえていたが、一人だけの監視職員が見落とすなどで、警察への通報が遅れた

◆平田容疑者が特別手配からやっと消えたが、代わりに?李脱走囚が特別手配された。

〈蟻の一穴、天下の乱れ〉にならぬよう願う。
posted by 小だぬき at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

喜んでいいのか・・、怒るべきか・・

私が うつ診断を受けてから 6年目に入ります。

経過はうつ記事の分類で 追って頂ければと思うのですが、今でも 私の書いた文書・レポート・ブログ・寄稿文は 主治医に見せています。

私の拘りや専門分野へののめり込みが うつを拗らせているという指摘を主治医から受けます。

課題として 趣味に興味を持っていく、深く考え過ぎない、自己評価をあげるなどです。

30数年 文書を書くことを仕事の一部にしていたのだから 書けて当然との主治医の評価。

ブログは 日記なのだから 気楽に 訪問してくれる人にも楽に読んで貰えるものにしなさいと忠告を受けます。*達成できていません。

先日、おまえは詐病だ、うつで書けるハズはない、年金・税金泥棒だ、嘘八百だ とのコメントを頂きました。この人が1つの記事で断定できる なんて素晴らしい人なんだ きっとと 怒りよりも嬉しさがこみ上げました。
(このような診断をして治す人が 主治医なら早く寛かいできそう・・)

これも長い間の 主治医との会話・服薬の効果が やっとここまでの気持ちにさせたのかと 嬉しかったのです。

つまり 専門分野では 一定の反響を 他の人と同等に得られるという嬉しさです。

私の場合は、退職して初めて 職業分野のことのみで 世間のことについては疎かったなぁ・・、と大いに反省したものです。

自殺念慮のあること、多くの病で苦しんでいる人のいること、行政の申請主義、人の縁の温かさ、街の変貌、マスコミの記事の浅さとウソ、少数でも真実を見極めようとする人達の存在、ブログで知り合った人達の多様な生活と趣味・情報・・・

いかに病状の酷い時でも支えてくれる人がいること・・・・・。

発症前まで 自然にできたことが 実は大変なことだったのかという 驚き。

勤務途中で 睡眠障害・下痢・異常な疲労感・食欲喪失などで 内科受診 即 精神科と連携してくれた病院対応がなければ 今があるか、生きていられたかどうかと思うとゾーッとするのです。

精神の変調に気づいてくれたのが 養護教諭・事務・音楽教諭であったことも幸いでした。

電車自殺に「死にたい気持ちはわかるけれど、時間を考えて欲しいよな」の言葉が出た時から 観察してくれていて 明るさが消えた・表情の変化が少ない・教室移動がつらそう・・・・と心療内科受診を勧めてくれたのも ラッキーでした。

私は 同僚と病院に恵まれていたと思います。

休職中も 休職手当や障病手当の手続きをしてくれたのが 事務であり また 教育委員会であるのも嬉しかったです。そして障害手当の申請も共済会担当の後押しがなければ 不可能でした。

とりとめがなくなりました。
皆さんにお願いは、体調が変だぞ 何か頭が重い 眠れない 疲れやすいなどの症状があれば「精神科」を是非受診して欲しいということです。

まだ 偏見が怖いという人は「心療内科」でもいいのです。

主治医いわく 私のように 拗らせてからでは 長い病気との闘いが強いられます。

何事も早期発見、早期治療が最善です。ただし 話をよく聞いてくれて投薬は必要最小限の病院にしてくださいね。

認定専門医にあたった私は 幸いですが、精神科のドクターの中には 薬漬けや 開業前は 他科だった医師もいますので、話しやすく 薬は最小限の医師にあたることが大切です。

それと事前検査を心理療法士などと連携し丁寧にしてくれる病院にめぐり会うまで 諦めないことです。

世の中には ちょっとの知識で断定・判断する人が 医療界にもいると主治医がいっていました。
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2012年01月14日

通院日のため 更新は午後に・・

「置き手紙」をはじめ 記事更新は 午後になります。お許しください。
なんと 寝坊で焦っている小だぬきです。
posted by 小だぬき at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

牧太郎の大きな声では言えないが…:サイフの健康

牧太郎の大きな声では言えないが…:サイフの健康

毎日新聞 2012年1月10日 東京夕刊

 去年まで、初詣では「身体の健康」と「こころの健康」を祈っていた。


 20年ほど前、脳卒中で倒れ右半身まひになって、つくづく「健康が一番」と気づいた。


 家内安全、商売繁盛を祈るより、まずは「身体の健康」。


 「こころの健康」というのは、その時、うつ病になって「自殺しよう!」と思ったことがある。
「こころの不健康」は命まで奪う。


 「二つの健康」が最優先だが……今年の初詣は違った。


 大みそか。ベートーベンの「第九」を聞きながら、東京・アメ横から乗ったタクシーの運転手さんが「正直者がバカをみる時代になりましたねえ」とシミジミと話し出した。


 「金持ちだけが情報を独り占めして、ドンドン太っていく。1億円持っている人には、特別の情報が入るんだそうですよ」


 多分「富裕層限定プライベートクラブ」のことだろう。


 正直に働いても「豊か」になれない時代に「1億円の金融資産を持つ人」だけが“金持ちクラブ”に入れる。ほとんどの会員が年収3000万円以上である。


 そんな条件をクリアする人は? 莫大(ばくだい)な遺産を相続した人、ビジネスオーナー、医師、弁護士、大企業のトップ……でも、弁護士でも仕事がなくて、失業中というケースもある。


 かなり幸運でなければ「金融資産1億円+年収3000万円」はクリアできない。


 ところが、最近、その富裕層をミリオネアとビリオネア(超富裕層)に分ける風潮があるらしい。


 ビリオネアとは金融資産10億円以上。「ビリオネアビジネスの極意」の著者、小林昇太郎氏によれば、その数は2万6000人以上。彼らが持つ金融資産だけで50兆円だという。


 国民の金融資産は約1400兆円だから、日本の総人口の0・02%の超富裕層が国民の金融資産の3・5%を集めている。


 大部分の日本人がバカをみる時代?が来るかもしれない。


 今年の初詣は「身体の健康」「こころの健康」に加えて「サイフの健康」を祈った。


 僕のサイフの中身も“健康”であってほしいが、それより……神様! 日本のサイフ格差を少しでもなくして「健康な国家」になりますように!(専門編集委員)

posted by 小だぬき at 13:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

心の病、医師見極めて 治療への疑問、セカンドオピニオン活用

心の病、医師見極めて 
治療への疑問、セカンドオピニオン活用

[12/01/12]権敬淑  朝日新聞

 うつやパニック障害、不安障害、気分障害といった心の病気で専門機関に相談・受診する人が増えている。体の病気に比べて、心を診る医師にはなじみが薄い人も多い。何に気をつけたらいいのか。

●薬次々、1度に11種類

 関東在住の40代男性は2年半前、眠れなくなった。通勤中に急に動悸(どうき)が襲い、気分が悪くなる。かかりつけの内科で精神科診療所を紹介してもらい、「パニック障害」と診断された。

 最初に処方された薬は5種類。抗不安薬、抗精神病薬、抗うつ薬のほか、効く時間の長さが違う睡眠導入薬が2種類あった。

 しかし、半年たっても眠れない。
主治医は鎮静作用の強い睡眠薬や効き目が長い睡眠導入薬を順次追加。薬は11種類に増えた。

そのころから、話しかけられても反応が鈍くなった。診察に同席した妻が「そんなにたくさん飲んで副作用はないんですか」と尋ねたが、医師は「大丈夫」というだけだった。

 休職を迫られた男性は失望し、休むと同時に薬を中断。翌日から幻覚、幻聴が始まった。脳に働く薬は、急にやめると反動で副作用が強く出て危険なことがある。

 妻の強い勧めで、知人の医師にセカンドオピニオンを求めた。精神科医ではなかったが、「専門外の自分がみても、処方されている薬が多すぎる」。大学病院でも「入院して、慎重に様子をみながら使う薬の量だ」と言われた。

 大学病院で処方されたのは抗不安薬1種類。それでも自然と眠れるようになり、5週間の休職で仕事に復帰できた。「家族の見守りとセカンドオピニオンで適切な助言を受けられたおかげ」と男性は振り返る。



●おざなり問診、要注意


 「精神科でも、主治医以外の意見を求めたほうがいいケースがある」と北里大学精神科の宮岡等教授は指摘する。まずは、初診で同じ系統の薬が二つ以上処方された場合だ。

 心の病気は、検査数値で診断したり、薬の効きめを評価したりするのが難しい。しかも、使うのは脳に直接働くデリケートな薬だ。同じ作用の薬なら「最初は1剤から様子をみるのが一般的」と宮岡さん。

 同じタイプの抗うつ薬や睡眠導入薬を最初から重ねて処方されたら、説明を求めた方がいいと言う。
医師に聞きづらいときは、薬剤師に「同じ系統の薬はあるか」と尋ねたり、似た効能の薬が複数あれば「効き方がどう違うのか」と確認したりすることを勧める。

 治療が長く続くと、主治医の判断で、同系統の薬を重ねることはある。だが、「具合が悪いと訴えるたびに薬が増える」というときは、複数の医師の意見を聞いてもいいと言う。

 やはり初診で、「薬を飲んで休めば治る」と言い切られたときも要注意。

 精神科では、家族の見守りや生活環境を整えることも治療の一環だ。
「そこを省略して、『薬で治る』と言われたら、気をつけて欲しい」と宮岡さんはいう。

 初診時に生活習慣や性格に関する問診も無く、簡易なチェック形式の問診だけで、短時間で「うつ病」と診断された場合もそうだ。

 「ほかの病気の可能性を除外することが大切。
発達障害や認知症によるうつ状態なのに純粋なうつ病と診断され、効果が期待できない抗うつ薬を飲んでいる人も見受けられる」と日本精神神経学会薬事委員会委員長の三國雅彦群馬大教授はいう。

 初めて精神科や心療内科を受診する場合や、セカンドオピニオンをどこに求めればいいか迷うときは、どうすればいいのか。

 「保健所で、嘱託の精神科医につないでもらう方法もある」と、地域で精神科の医療連携に取り組む「こころの診療所細田クリニック」の細田眞司院長(松江市)はアドバイスする。

 精神科のセカンドオピニオンの窓口を、独自に設ける自治体もあらわれた。

 神奈川県相模原市は2010年度から毎月1回、市の精神保健福祉センターで精神科医による窓口を無料で開いている。半年間で申し込みは32件。予約に至らない問い合わせも多く、同市は来年度も続けるという。
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お金が貯まらない人の10の悪い習慣

お金が貯まらない人の10の悪い習慣 
2011/12/20 18:00   (新刊JP編集部)

 今月からちゃんと貯金を始めよう!と思っていたのに、いつのまにかお金を使ってしまっていた…というのはよくある話。なかなか貯まらないお金、どのようにすればしっかりと貯蓄できるのでしょうか。

 マネーカウンセラーとしてこれまで1200人以上からお金についての悩みを聞いてきた田口智隆さんは、『「なぜかお金が貯まる人」がやっていること』(廣済堂出版/刊)で、「お金の管理は人生の管理」だといい、貯金ができる人は総じて“自己管理”が出来ているといいます。

 では、自己管理が出来ていない、つまりお金が貯められない人によく見られる習慣とはどのようなものでしょうか?

 本書から、お金が貯まらない人に見られる10の悪い習慣をご紹介します。

(1)週に何度もATMでお金をおろしている

 一週間に何度もお金を下ろすのは、典型的なお金がたまらない人のパターンです。ATMで頻繁にお金をおろしていると、自分がどれだけ使っているかの感覚がマヒしてきます。

(2)自分が悪くなくても謝ってしまう


 すぐに「すいません」を口にするのも危険です。なぜなら、「すいません」を大安売りする人は、相手に流されやすいから。相手に流されてばかりでは、お金は貯まりません。

(3)いつも残業をしがちである


 残業しがちな人も貯まらない典型のタイプです。残業代もロクにつかないこの時代、頑張って残業してもお金が稼げるわけではなく、疲労とストレスだけが溜まります。「タイム・イズ・マネー」です。時間をムダにしていませんか?

(4)使いかけの調味料がいくつもある


 どの家庭にもある冷蔵庫ですが、1度使ったまま賞味期限が切れてしまったドレッシングや調味料はないでしょうか。使いかけの調味料はムダ使いの象徴だと言えます。

(5)ランチでさえも即決できない


 優柔不断は自分にとって必要なものを見極められないということです。そしてついつい不必要なものに手を出してしまいます。また、ランチを即決できない男性は女性にも嫌われる。

(6)店員に対して横柄な態度を取っている


 横柄な態度は自分の自信のなさの現われです。他人の気持ちを考えることができない人は、自分の気持ちをしっかりとコントロールできていないといえます。

(7)三十歳を過ぎても親と同居している


 実家にいたほうがお金はたまると思うかも知れませんが、実際、若いうちからお金を貯められている人の多くは一人暮らしをしている人です。若いうちの一人暮らしは自己管理能力を養います。

(8)「夜ふかしは贅沢」だと思っている

 深夜遅くまで起きている人はお金を貯められないと田口さんはいいます。例えば飲み屋にしても、タクシーに乗るのも夜にお金をかけると割高になるからです。

(9)気が付けば全然運動をしていない

 「気が付けば全然、運動していない」という人もお金を貯められない傾向にあるといいます。
運動は健康維持のために必要ですが、それが出来ていないということは、自己管理ができていないということ。健康的な体を維持することはお金の貯蓄にもつながります。

(10)自分の会社以外のことに関心を持っていない


 毎日が「会社一色」も悪い傾向です。会社に満足すると自分の現状に満足してしまうため、その後の自分の進歩が止まってしまいます。社外の人間と付き合い、世界を広げることが大切です。


 実は、著者の田口さん自身も10年前まで以上のような悪い習慣を繰り返しており、ついには“借金大魔王”とまで呼ばれていたといいます。

しかし、そんな田口さんを救ったのは「お金が溜まる習慣」を身につけたことで会得した自己管理能力でした。本書にはどうしてお金が貯まらないのかといったところから、お金との付き合い方までを著者の経験とともに分かりやすく説明します。

 お金を貯めることができないという人は一度自分の生活を振り返ってみてはいかがでしょうか。もしかしたらムダだらけの毎日を過ごしているかも知れませんよ。
posted by 小だぬき at 18:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑記 その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

デフレで収入が減る一方、生活必需品はインフレに! 大苦境時代の人々が模索する逆転発想の生活防衛術

デフレで収入が減る一方、
生活必需品はインフレに!
大苦境時代の人々が模索する
         逆転発想の生活防衛術

2012年1月13日  ダイヤモンド オンライン

ちっとも生活が楽にならない――。不況の出口が見えない日本では、こんな溜息がそこかしこに溢れている。
それは単なる不況のせいなのだろうか。

実は、一般世帯が感じる生活苦の裏側には、新たな構造不況が見え隠れする。

デフレで給料が減り続けるなか、安くなるのは家電や外食などの贅沢品ばかり。食料品やエネルギーなどの生活必需品は、むしろインフレ状態にある。

これでは、いくら働いても節約しても、楽な生活を望むべくもない。この未曾有の苦境をどうやって乗り切るべきか。生活苦に喘ぐ家庭が模索する「逆転発想」の生活防衛術を探ってみよう。
(取材・文/友清 哲、協力/プレスラボ)

これは単なるデフレ不況ではない?
いくら節約しても生活が楽にならない理由

「生活苦とまではいきませんが、いくら働いても節約しても、一向に暮らし向きがよくならない気はします。この冬のボーナスは、増えこそしないものの、前年並みの額が支給されました。でも、通年で見ると貯金の額はほとんど増えていませんね。この1年、特に贅沢をしてきたつもりはないんですが……」


 ある40代のビジネスマンは、こう疲労感をにじませる。彼だけではない。不況の出口が見えない日本では、こんな溜息がそこかしこに溢れているのだ。

一般庶民の生活が苦しいのは、足もとで始まったことではない。だが、「それにしても、やけに生活が苦しい」と感じている読者は少なくないだろう。


 長期にわたってデフレが続く日本では、商品やサービスの価格は低下傾向にある。一度街に出れば、そこそこクオリティの高い生活用品を100円ショップでいくらでも買うことができる。


 家電量販店でも、まだそれほど型落ちしていない大型の薄型テレビが10万円をゆうに切る値段で売られているし、“デフレの象徴”のようにとり上げられる牛丼チェーンをはじめ、飲食店でもワンコインで食べられる豪華なメニューが増えている。

 つい先頃、松屋フーズが松屋の「牛めし」並盛りを、これまでの320円よりも40円安い280円に価格改定すると発表し、話題になったことは記憶に新しい。

 もちろん、デフレは企業収益を圧迫し、勤労世帯の収入を減らすため、家計を直撃する負の経済要因であることは間違いないが、不況下ではこうした値下げ競争を喜ぶ向きも決して少なくない。

いくら給料が増えないとはいえ、モノやサービスが安くなっているにもかかわらず、なぜ深刻な生活苦を感じる人が多いのだろうか。


 それは、「日本全体がデフレであっても、自分ではデフレを感じられない」という人々が増えているためだ。 
内閣府が発表した昨年10月の消費動向調査によると、1年後の物価見通しについて「上昇する」と回答した人が69.6%と、対前月比で2.4ポイントも増加している。
多くの人は、むしろ「生活価格は上昇傾向にある」と感じているわけだ。
これを見る限り、現在の日本の経済状況を単なるデフレと捉えるのは、短絡的に過ぎるかもしれない。

不況で収入が減り続けているのに
生活必需品は値上がりする大苦境

 その背景について、2011年12月5日付けの日本経済新聞は、「消費者がデフレを実感しにくい最大の理由は、原油や穀物など商品市況の高騰で、生活必需品の値上げが増えていること」と指摘している。


 パソコンなどの家電が、スペックの向上に相反して低価格化が進んでいるのに対し、砂糖やコーヒー、野菜など食料品の価格は上昇している。

我々が感じている生活苦の原因は、この「物価の二極化現象」によるところが大きそうだ。


 そのことは、ここ1年間のCPI(消費者物価指数)を費目別に見ても明らかだ。

物価の押し下げ要因になっているのは、家具・家事用品、住居、被服及び履物、保健医療、教養娯楽などの贅沢品。逆に押し上げ要因となっているのは、食料、光熱・水道、交通・通信、諸雑費などの生活必需品となっている。


 つまり、今の経済状況下では、贅沢品を消費する頻度が高い高所得層よりも、生活必需品を消費する頻度が高い中間層や低所得層が、より生活苦を感じやすい構造になっている。

デフレで給料が上がらないのに、普段消費する商品やサービスは高くなっていく――。これでは一般庶民の生活が楽になるはずはない。


 皆がこうした現状をはっきり認識しているわけではないにせよ、前述の消費動向調査を見てもわかる通り、「やはり何かがおかしい」ということを、消費者は敏感に察しているのだ。

 とりわけ生鮮食品については、地方と中央の価格差を比較してみると、そのいびつさが浮き彫りになるようだ。この年末年始の里帰りを経て、世間ではこんな声も上がっている。


「東京では250円もした四国産のレタスが、地方都市では100円で買えることに驚きました。ブロッコリーもおよそ3倍もの価格差があります。日々の生活の中で、家電を購入する機会はそう何度もないので、デフレよりもインフレを実感することのほうが多いように思います」(30代・主婦)


 主婦層からすれば、家計を直撃するのは耐久財の値下がりよりも、生活必需品の値上がりのほうであることは間違いない。最近では、こうした新たな構造不況を「スクリューフレーション」と表現するメディアも散見される。


 スクリューフレーションとは、先に米国で発生した現象であり、中間層の貧困化とインフレの同時進行を指す言葉だ。
現在の日本のように、贅沢品の価格が低下し、生活必需品の価格が上昇する状態は、まさしくこれに当たると言えまいか。

 マクロベースで見て厄介なのは、この「2つの動き」がいずれも一般世帯の家計にとってマイナスに作用することだ。
消費負担が増せば、それだけ経済活動も萎縮してしまう。不況からの脱出を目指す日本経済にとって、これは由々しき問題だろう。

弁当よりも外食にしたほうがむしろ安い?
「スクリューフレーション」に対抗する知恵

 では、世間の人々はこうした生活苦にどう立ち向かっているのだろうか。現状が単なるデフレ不況ではなく、スクリューフレーションであると仮定すれば、相応の策を練ってサバイブする必要がある。


 世間の声を拾ってみると、興味深いのは、「逆転の発想」によって苦境を何とかやり過ごそうと知恵を絞っている人が、少なくないことだ。特に、価格の上昇傾向が強い食料品については、代替需要への流れが見られる。


「これまでは、なけなしの小遣いを守る意味で弁当を持参していましたが、結局、材料代よりも立ち食いそば屋や牛丼チェーンのほうが安上がりなので、ランチは外食に切り替えました」(30代・男性会社員)


「あえて格安ファストフードのテイクアウト品を、惣菜替わりに活用しています」(30代・主婦)

「最近、地元のスーパーで日用品を買うと、以前よりも高くつくように感じます。そこで、最寄りから1つ手前の駅で降り、駅前の大型スーパーで買うようになりました。惣菜や食材などは、体力がある全国チェーン店のほうが、小規模店よりも値段を安くしているし、閉店間際の値下げ幅も大きいから。仕事で遅くなることが多いため、深夜まで営業している大型店のほうが、都合がいいですしね」(40代・女性公務員)
 一時しのぎではあるかもしれないが、従来の固定観念に囚われずにコスト効率を追求することが、スクリューフレーション時代の生活術と言える。

食費を節約して最新家電を買いたい!
贅沢品を海外で揃えてしまう人も

 また、生活必需品の支出を控え、節約したお金で「他の消費」を楽しむというトレンドも。
「白米だけ会社に持参して、惣菜はスーパーで買っています。最近では300円の弁当もあるので、そちらで済ませてしまうことも多いです。そのぶん、家電は最新式にこだわりたいですね」(20代・男性会社員)


「旅行が大好きなので、まとまった休暇がとれるとハワイやヨーロッパへ行きます。円高の追い風を利用して、服やバックなどの高価なものは、ほとんど現地で買ってしまい、次の海外旅行まで大事に使います。
一方、普段日本で生活しているときは、できるだけ節約するようにしていますね。夕食も大抵は、ファミレスやスーパーのお弁当。いくら独身だからといって、いつまでもこんな生活ではいけないとも思うんですけどね(苦笑)」(40代・女性会社員)


 値上がりする食料品を安価なテイクアウト品などで済ませる一方、パソコンや家電などの高級品でデフレのメリットを享受したり、「価格の地域差」を利用する。

節約ばかりに囚われず、生活も楽しみたい消費者としては、賢い生き方なのかもしれない。


 目減りする収入や将来的な雇用への不安に輪をかける生活価格の上昇。足もとの構造不況の影響が、これからどこまで広がっていくかは不透明だ。しかし少なくとも、単なるデフレ以上に一般家庭に与える影響が大きいだけに、とてつもない格差を生み出す可能性もある。


 今後は、消費税の引き上げが生活苦を加速させることも懸念されている。

前述のようなささやかな「生活防衛術」だけで、どこまで耐えられるものなのか。もっと抜本的な家計の見直しが必要になりはしないか。
慎重な状況判断を求められているのは、他でもなく、あなた自身であることを忘れてはならない。

posted by 小だぬき at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

日の丸・君が代判決 行き過ぎ処分には警鐘

日の丸・君が代判決 行き過ぎ処分には警鐘

毎日新聞 2012年1月17日 2時31分  社説

 学校の式典で、日の丸に向かって起立せず、君が代を斉唱しなかった教職員を懲戒処分にするのは妥当か。東京都立学校の教職員が処分の取り消しを求めた訴訟で、最高裁が具体的な考え方を初めて示した。


 結論としては、学校の規律や秩序保持などの見地から重すぎない範囲で懲戒処分をするのは、懲戒権者の「裁量権の範囲内」というものだ。


 では、どういう場合が重すぎるのか。最高裁は「戒告を超えてより重い減給以上の処分を選択するに当たっては、慎重な考慮が必要となる」と指摘して、まず線引きをした。


 さらに、停職処分については「直接の職務上、給与上の不利益があり、昇給にも影響が及ぶ。式典のたびに懲戒処分が積み重なると、不利益が拡大する」と指摘。

学校の規律や秩序の保持と処分による不利益の内容を比較し、「停職処分が相当だという具体的な事情が必要だ」とした。

具体的な事情は、過去の処分歴や本人の態度などから判断するのだという。そして、最高裁は停職と減給処分を受けた2人の処分は取り消しが妥当と結論づけた。その点を都教委は重く受け止めるべきだ。


 一方で、戒告処分の教職員について、判決は処分を妥当だとした。1度の不起立行為での戒告処分も認めた。要するに「行き過ぎ」はいけないということだろう。


 都教委は03年、「式典の際に教職員は国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」と通達した。また、校長に職務命令を出すよう指示し、違反者に次々と懲戒処分を科して処分件数は400件を超える。


 だが、そもそも教育現場で、力で抑え込むような指導が妥当なのかは疑問が残るところだ。

生徒らの入学や卒業を祝う式典の場ではなおさらではないだろうか。


 学校で君が代斉唱を巡り処分が相次ぐようになったのは、99年に国旗・国歌法が成立した影響も大きいだろう。

だが、当時の小渕恵三首相が国会論議で述べたように、個々人に強制するものであってはならない


 最高裁は昨年、君が代斉唱時に起立を命じた校長の職務命令が合憲だとした判決で「君が代の起立・斉唱行為には、思想・良心の自由に対する間接的な制約となる面があることは否定し難い」と述べた。

たとえ戒告処分であっても慎重に判断すべきなのは当然だ。判決を「より軽い処分」のお墨付きにしてはならない。


 大阪府では昨年、公立校教職員に君が代の起立・斉唱を義務づける全国初の条例が成立した。

府議会には、「常習的な職務命令違反者」の分限免職も規定した教育基本条例案が提出されている。

最高裁の判決の内容も踏まえて議論してもらいたい。

posted by 小だぬき at 07:07| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

紳助復帰を完全拒否! やっぱりさんまはアッパレだった!?

紳助復帰を完全拒否! 
やっぱりさんまはアッパレだった!?
メンズサイゾー (文=峯尾耕平)

「復帰してほしくないわ」


 13日に発売された「FRIDAY」(講談社)が、近頃騒がれている島田紳助の復帰騒動について明石家さんまを直撃、冒頭の言葉を引き出した。


 年始の挨拶で、吉本興業の大崎洋社長が「戻ってきてもらえるものだと信じています。これは全社員、全タレント、全芸人の総意です」と発言したのをきっかけに物議をかもしている紳助復帰騒動。

同誌は、その総意が本物なのかを確かめるべく、吉本の看板タレントの1人であるさんまに取材した模様。そうして、さんまから得られた回答は「復帰してほしくない」の一言だった。

同誌は、早くも大崎社長の言葉が瓦解したと報じている。


 さらに記事では、他の吉本芸人たちも直撃し、人気タレントらの紳助復帰騒動に対する見解を掲載している。

今田耕司は「帰ってきてほしいなとは思いますよ」と言い、東野幸治は「いつかまた一緒にやりたいなとは思いますけど......」と回答したという。

FRIDAYの直撃を受けた芸人たちは「暴力団との交際はダメ」と答えながら、「会社の事情がよくわからない」と言葉を濁し、さんまのように真っ向から紳助の復帰を否定しない。

その様子はまさに"困惑"というべきものだ。そしてその"困惑"の原因が、複雑な「事情」だと同誌は書く。


 FRIDAYによると、「まったく何の前触れもなかった」大崎氏による復帰発言は、「その後の説明」もなく、吉本の社員の間では「『カウスに言われて、紳助潰しに動いたんじゃないか』という憶測まで出て」いるという。

つまり、大崎社長の発言の真意は、「あえて世間の大反発を食らって葬り去ろうとしているんじゃないか」というのだ。


 このことは、"紳助自身が復帰を望んでいる"ということを示している。しかし会社側は、世間が反発するのでそれは出来ないだろうと判断。そこで、あえて「復帰」を匂わせた発言をし、適度な反感を買ったところで、「ね、やっぱり難しいでしょ」と紳助を諭す材料にするというわけだ。


 真相がどこにあるのかは分からないが、視聴者が紳助の復帰を望んでいないのは明白。やり手で鳴らした大崎氏が、そんなことを感じていないはずがない、ということが、彼の発言の真意をさまざまな角度から探らせているのかもしれない。


 ダウンタウンを見出し、吉本興業の東京進出の基礎を築いた大崎洋現吉本興業社長。

沖縄国際映画祭を企画した彼は、現在さまざまな場面で活躍する、マルチな才能の持ち主としての"芸人"という地位を確立させた人物といえるだろう。

そんなやり手の大崎氏が、世間の声を無視して、紳助の復帰を望んでいるとは思えない。当然、彼の発言には裏があるのだろうと人々は考える。

「FRIDAY」は、そんな人々の思いを記事にし、吉本の社員や芸人たちの困惑を伝える。


 そんな中、一切動じず困惑した様子を微塵も見せなかった明石家さんま。「FRIDAY」はそんな彼を「アッパレ」と称している。まさに、その一貫している姿勢は賞賛されるべきものだろう。


 しかし情けないのが紳助の後輩芸人たちだ。普段テレビで見せる歯切れのよさは影を潜め、「ノーコメント」と呟く彼らには、芸人として素養があるのか疑ってしまう。

紳助自身も引退会見で言っていたように、「若手のために」一線を退いたのだから、復帰など認められるわけがない。なぜそれを堂々と言わないのだろうか。

それほどまでに、紳助の恐怖政治は浸透していたということなのか。もし、彼らが、再び紳助が戻ってくるという可能性を考え、恐怖に怯え保身のためにノーコメントと言っているのならば、そんな彼らに「芸人」としての未来はないだろう。

打算的な芸人など、われわれは見たくないのだ。

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2012年01月18日

就職内定率 若者にもっと機会を

就職内定率 若者にもっと機会を
毎日新聞 2012年1月18日 2時30分  社説

 今春卒業予定の大学生の就職内定率(昨年12月1日現在)は71.9%で前年より少し上回った。とはいえ、過去2番目に低い水準だ。

「超高齢社会」に備えて政府は税と社会保障の一体改革を進めようとしているが、若年世代の雇用が縮小してはどんな社会保障制度を作っても足元から崩れていくだろう。

政府だけでなく、労使を交えた真剣な取り組みが必要だ。


 内定率とは卒業予定者で就職を希望している学生を分母にした数字だ。
今春の大学卒業予定者は約55万人。ところが、このうち就職を希望せず就職活動をしていない学生が13万人以上もいる。

昨年の最終的な内定率は91%だったが、すべての卒業生を分母にした就職率は60%に過ぎないのだ。

大学を卒業しても就職せず、大学院や海外留学の道を選んだり、定職に就かず親の収入で生活したりする人は90年代中ごろから急激に増えてきた。内定率に一喜一憂するよりも底流の動きを見据えなければならないだろう。


 グローバル競争の中で企業が人件費を抑えるため新規採用を控え、非正規労働者を増やしてきたことが原因と言われているが、それだけではない。サービス業も少子・超高齢化時代のニーズの発掘が十分にできていないのではないか。ここ数年を見ると一貫して雇用が増えているのは「医療・福祉」くらいで、デフレや内需不振を反映した雇用難の深刻さを物語っている。


 経団連は今春闘をめぐって「定期昇給の延期・凍結も含め厳しい交渉を行わざるを得ない」との見解を示している。
内需を活性化するには労働者の消費を高めなければならず、そのために賃金の上昇は不可欠と労働側は反発する。
いずれにせよ労働市場へこれから参入しようという若者のことは労使交渉の議題になりにくい。
労使には目先の利益よりも、若年層の雇用確保に向けて自らの身を削る覚悟で取り組むことも必要だ。社会の持続可能性に影が差したのでは、企業の活動も労働者の生活も脅かされるというものだ。


 安定志向が最近の学生の特徴と言われるが、新入社員が会社を選ぶ理由として会社のブランドや将来性よりも、「自分の能力が生かせるから」「仕事が面白いから」を重視する人が増えているという調査結果もある。

既存の価値にとらわれず果敢に挑戦する若い志を応援したい。
失敗しても再挑戦できる柔軟な雇用制度や慣行、生活の安心を保障する年金や医療制度を国を挙げて作っていこう。
初めから確固たる目的を持ち、即戦力となるような若者がどれだけいるだろう。現実の仕事で失敗しながら誰もが成長していくのだ。

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「反増税派を番組に出すのは勇気いる」とTVディレクター証言

「反増税派を番組に出すのは勇気いる
                        とTVディレクター証言
※週刊ポスト2012年1月27日号

野田佳彦・首相が年頭会見で消費税増税を「ネバー・ネバー・ネバー・ネバー・ギブアップ」と語るなど、露骨な増税路線が敷かれ始めた。

財務省による大新聞、テレビを巻き込んだ世論工作も活発化している。
メディアに対しても元経産省官僚の古賀茂明氏ら反増税派言論人の露出をやめさせるべく圧力をかけている。


反増税派きっての論客、元財務官僚の高橋洋一・嘉悦大学教授も標的にされた一人だ。

財務省内では「高橋はブラックリストの筆頭」(同省有力OB)とされ、高橋氏も、「最近、対談の企画や討論番組への出演依頼の後、『今回はご遠慮させていただきたい』とキャンセルされるケースが何度かあった」と語る。


たとえテレビ出演が実現しても、重要な発言がカットされる現実に直面した。


昨年末、高橋氏は民放テレビの討論番組で増税派の財務省OB議員らと「国家経済破綻」をテーマに議論を戦わせたが、オンエアを見て驚いた。


「収録で私が増税派の人たちに『では何年後に財政破綻すると思うか』と尋ねると、『3年』だという。しかし、実は、市場では日本国債のリスクをはかるCDS金利(※)は1.3%と低い。


世界の金融のプロは日本の財政状況は数十年に1回の低い確率でしか破綻しないと見ている。ギリシャのCDS金利は60%以上だから全く評価が違うわけです。もし、本当に日本が短期間で財政破綻するというなら、政府が自らCDSを買えば大儲けできる。そのことを指摘すると彼らは誰も反論できなかった。


また、震災復興などの財源は増税ではなく、国債の日銀引き受けで十分できる。
私が小泉・安倍政権で官邸にいた時は実際にそうやったと指摘して増税論を論破したが、その議論はほとんどカットされていました」(高橋氏)


その裏には何があるか。民放テレビのあるディレクターが明かす。

「高橋氏や古賀氏を番組に出すのは勇気がいる。財務省に睨まれて『あの発言の根拠は何か』と抗議が来るからだ。
局の上層部はそれが怖いから、せっかく出演してもらっても収録後に発言やデータをチェックし、財務省の心証が悪くなりそうな部分はカットして自主規制する傾向にある」

言論機関の自殺である。


※CDS/クレジット・デフォルト・スワップの略。国債や社債、貸付債権などの信用リスクを対象としたデリバティブ商品のこと。デフォルト(債務不履行)の可能性が高いほど金利が上がる。

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2012年01月19日

増税の前にやるべきことがある

弁護士、自民党衆議院議員・稲田朋美
増税の前にやるべきことがある
2012.1.19 03:27 [正論]

 野田佳彦首相が、「不退転の決意」で「政治生命をかけた」消費税増税が通常国会最大の課題だ。
 ≪政権公約撤回し真摯に謝罪を≫


 首相は「耳あたりのいいことを言って国民の歓心を買う政治ではなく、選挙が厳しくなるかもしれないが、辛いテーマも理解いただける政治を日本につくれるかの正念場だ」と言うが、「耳あたりのいい」「国民の歓心を買う」ことをいって政権をとったのは、ほかならぬ民主党ではなかったか。本心からそう思うなら、まずマニフェスト(政権公約)を撤回し、国民に真摯(しんし)に謝罪すべきだろう。


 読者の方には、政権公約の中の「民主党政権が政策を実行する手順をご説明いたします」というページを読み返していただきたい。

無駄遣いの排除と予算の組み換えで平成25年までに16・8兆円を生み出し、子ども手当、高校授業料無償化、年金改革、医療、介護、農家戸別補償、ガソリン税引き下げ、高速道路無料、雇用対策、最低賃金引き上げ、後期高齢者医療廃止を実行すると謳(うた)ってある。


 問題は、その16・8兆円に子育て、年金、医療、介護、雇用という社会保障の政策が入っていたことだ。民主党の本来の主張は、消費税を上げずに社会保障改革もするということだった。歴史的政権交代をもたらした公約の財源に、消費税増税は含まれていない。


 次に、「社会保障と税の一体改革」を言うのなら、社会保障改革の案を具体的に提示すべきであって、改革は先送りして増税だけというのでは看板に偽りありだ。


 国内総生産(GDP)の2倍もの債務を抱える借金大国で財政再建をしようと思えば、社会保障を抑制して増税する以外にない。

 首相はまず、できもしない「月額7万円の最低保障年金」の年金改革を取り下げるべきだ。民主党が昨春取りまとめた試算では、その実現には消費税を15%まで引き上げなければならず、それでも、平均的サラリーマン所得(年間400万程度)以上の層では、年金(所得比例年金+最低保障年金)は現状より下がる計算になる。


 ≪議員百人、歳費5割削減せよ≫


 政府はこの試算を公表し、「月額7万円の最低保障年金」の年金改革はできないことを認めて謝るべきだ。素案では、平成25年に年金改革法案を出すとしているが、いつまで国民を欺き続けるのか。


 実現可能性のない年金改革を掲げ、2年後に法案を提出する予定だなどと言い繕い、「協議に応じろ」と呼びかけられても、野党として乗れないのは当然である。


 もちろん、GDP比2倍の借金は、票とおカネをくれる勢力におもねる政治をしてきたからであって、責任の大半はわが自民党にある。だから、自民党は下野したのであり、下野して当然だった。


 その反省をも込めていえば、社会保障を抑制して増税するという国民に大きな負担を強いる改革をする前にやるべきことがある。


 まずは、最高裁で違憲判決が出された一票の格差を是正し、政治家の都合による小手先の定数減でなく、衆院を中選挙区制にして、議員定数を100減らす抜本改革を提案する。


 次に、国、地方ともに公務員人件費の2割カット、さらに、政治家自らが覚悟をみせるという意味で、国会議員歳費の5割カットを提案したい。

公務員の給料切り下げ分と国会議員の歳費は、基礎的財政収支(プライマリーバランス)が黒字化し、財政が健全化すれば、元に戻してもよい。赤字経営を続けながら役員が報酬を満額もらう民間企業は少なかろう。


 歳費を減らすと政治家が育たないと言う人がいるが、若手政治家が歳費の大半を政治活動につぎ込んでいること自体が問題なのであって、政治活動費については、その政治家の思想信条への共鳴者から広く浅く個人献金を集められるよう一定献金額まで無条件で税額控除できる制度に改めるべきだ。

そもそも、政治家には、国家のために働くことに生きがいと誇りを感じる人がなるべきで、収入が少ないからなりたくないなどと言う人になってもらう必要はない。


 ≪社会保障改革は原則自立で≫


 社会保障改革でも、できるだけ国に頼らないことを前提とした制度を目指すべきだろう。

例えば、相続税を支払う前に生前、国が負担した年金、医療、介護の全額もしくは一部を、相続財産中の金融資産の範囲内で国に返還することも一法だろう。

終末期医療も自らの意思で拒否できる制度を整えたり、働く能力のある人には生活保護の代わりに雇用の場を提供したりすることも検討されていい。

要は、社会保障を原則自立の例外と捉え直して、本当に国の手助けを必要とする人々を対象としたものに変えていく、ということだ。


 社会保障制度は国の根幹を成すもので、そこには自民も民主もない。

正しい制度を構築できなければ、道義大国は実現しない。しかし、これらの大改革を断行するには強い政府でなければならない。

破綻した公約の上に築かれた砂上の楼閣政権には、大なたなど振るえるわけがない。

公約撤回−謝罪から始めるほかないのである。(いなだ ともみ)

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年間貯金額「できなかった」の14%合わせ20万円以下が43%

年間貯金額 
「できなかった」の14%合わせ20万円以下が43%
※女性セブン2012年2月2日号

早く景気が良くなってほしいけれど、まだ先行き不透明な2012年。そんな時代は貯金をしたくなるものだが、なかなか貯金が難しいという実態も…。


 本誌読者サイト「セブンズクラブ」の会員221人に「年間の貯金目標金額」と「実際にできた年間貯金額」を聞いたところ、以下のような結果となった。


【年間の貯金目標金額】
10万円未満:18%
10万〜20万円:13%
21万〜40万円:15%
41万〜60万円:17%
61万〜80万円:8%
81万〜100万円:14.5%
101万円以上:14.5%


【実際にできた年間貯金額】
できなかった:14%
10万円未満:17%
10万〜20万円:12%
21万〜40万円:13.5%
41万〜60万円:17%
61万〜80万円:7%
81万〜100万円:9%
101万円以上:10.5%


 年間貯金目標額が20万円以下だった人は「できなかった」も合わせると43%だった。

20万円以下を目標としていた人が31%だっただけに、目標どおりに貯まらない現実とのギャップがあることが浮き彫りとなった。

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人にどう見られるか

香山リカのココロの万華鏡
人にどう見られるか
毎日新聞 2012年1月17日 東京地方版


 練炭自殺に見せかけ交際相手ら男性3人を殺害したとして、殺人罪などに問われている女性被告の裁判員裁判が始まった。

以前はブログに一流といわれるグルメや美容について熱心につづっていた彼女だが、その性質は逮捕から2年以上たった今も変わっていなかったようだ。

公判を傍聴した知人は、「午前と午後でそれぞれ違う服装で現れ、ヘアスタイルやメークもきちんと整えられているように見えました。自分の裁判でそんなことってあるんだろうか」と困惑気味に語っていた。


 おそらくこの女性にとっては、「自分がまわりからどう見えるか」がすべてなのであろう。たとえ現実の生活とはかけ離れていても、ブログでは“裕福なお嬢さま”のように振る舞う。被告として裁かれる裁判でも、自分が脚光を浴びるショーのように服装やヘアスタイルにこだわる。「他人の目に映る自分」こそ、本当の自分。彼女はそう思い込んでいるのではないだろうか


 ここまで極端ではないにせよ、私たちにもそういう傾向がないとは言えない。


 「まわりにどう思われているか」「どう見られているか」ということばかり気にして、本来の自分らしさを忘れてしまうこともある。

それほど行きたくもない高級レストランに無理して出かけて料理の写真を撮り、あたかも行きつけであるかのようにブログに載せた、といった経験がある人も少なくないだろう。

私は「どう見えるか」をほとんど気にしないタイプなのだが、それでも鏡の中の自分に白髪やしわを発見すると、「わあ、今日の会合に出席した中では、私がいちばん老けて見えたかも」などと気持ちがめいってしまう。


 もちろん、「どう思われてもけっこう。自分は自分」と完全に自然体で生きることなど、もう私たちにはできないだろう。それに、「ほかの人たちから見て悪い印象にならないように」と身だしなみや態度に気をつかうのは、社会生活のマナーでもある。

とはいえ、「こんなふうに見てもらいたい」と理想のイメージを意識し過ぎ、自分を偽ってまでもそれに近づけようとするのは、明らかにやりすぎだ。たとえそう見せることに成功して、「きれいね」「セレブ生活だな」などと言われて一瞬、うれしい気持ちになったとしても、後には何も残らない。


 冒頭の女性被告にとっては、裁判そのものの成り行きや真実のありかよりも、「年齢より若く見えるね」「相変わらずおしゃれにこだわってるんだな」などと言われるほうが大切だったのだろうか。
なんだかむなしい気持ちになるばかりだ。

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2012年01月20日

雪国の地方の人に笑われそうですが・・

雪国の人には、呆れられるでしょうが、10p程度の予報でも 道が滑るな・・・、雪かきか? などと雪になれない私などは 今日1日が 不安です。

昨日、コンビニで 約3日分の「冬眠用」食糧を買いました。
残ったら 災害用の分と交代ということになります。

東京都心と横浜で初雪
低気圧通過で厳しい冷え込み

2012.1.20 06:45  MSN 産経ニュース

 関東地方は20日未明、厳しい冷え込みとなり、東京都心と横浜で初雪を観測した。


 気象庁によると、午前3時50分ごろ、東京・大手町でみぞれを観測し、初雪となった。

平年より17日、昨年より21日遅い。横浜でも平年より13日遅い初雪となった。


 低気圧が伊豆諸島の南を通過する見込みで、関東甲信地方は広い範囲で雪や雨となる見込み。

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一番よりも、「唯一」という言葉の方が…

余録:
一番よりも、「唯一」という言葉の方が…

毎日新聞 2012年1月20日 1時44分

「一番よりも、『唯一』という言葉の方が僕の人生では大切な位置を占めてきた」。

かつての大リーグの速球王、ノーラン・ライアン氏の言葉という。それが名言とされるのは、いうまでもなく彼がいくつもの「一番」を達成したからだ

▲今も燦然(さんぜん)と輝く通算5714奪三振の大リーグ記録、7度のノーヒット・ノーラン達成をはじめ1993年の引退時は実に53の大リーグ記録を保持していたライアン氏である。彼は79年の移籍時に投手として初めて年俸が100万ドルを超えたことでも球史に刻まれた

▲時はめぐり今はテキサス・レンジャーズの球団社長であるライアン氏だ。そのレンジャーズは6年契約で6000万ドル、交渉権獲得費用を合わせ1億1000万ドル以上の巨費を日本ハムのダルビッシュ有投手獲得に投じた

▲「間違いなく私より大きかった。体を鍛え上げているのが分かった。それに格好いい」。伝説の投手はダルビッシュ投手との初対面で、自らと同じスリークオーターの右腕である日本のエースをたたえた。「競おうとする姿勢もいい」。その闘志も十分と見たようだ

▲アメリカン・リーグを連覇しながらワールドシリーズで続けて敗退しているレンジャーズのことだ。松坂大輔投手がレッドソックス入りした際の6年契約5200万ドルを大きく超えるダルビッシュ投手への厚遇には「世界一」請負人への強い期待が込められていよう

▲ちなみにライアン氏は徹底した自己管理と独自のトレーニングで46歳まで速球投手として君臨した。
ダルビッシュ投手も目指すべきは自らの「唯一」だ。「一番」の記録の群れはおのずとついてくる。
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日々「まあまあ」で過ごせていますか

診療場の窓辺から
日々「まあまあ」で過ごせていますか
2011年12月1日 asahi.com   小笠原 望

 「土佐は山の国」であると同時に「土佐は酒の国」でもある。

ぼくの住む四万十市中村には、宴会に中村方式がある。


 それは来た人から勝手に飲み食いを始めてもかまわないという、酒飲みの論理そのもの。

結婚披露宴では、てんで勝手に飲んで開会のときにはすっかりできあがっている人がいるのには、初めての人はびっくりの顔をする。


 ぼくはこの方式をすっかり気にいって、どこででも主賓がまだ来なくても、「中村方式でやりましょう」と、さっさとその場にいる人だけで乾杯して宴(うたげ)を始める。そして、誰かが来たらまた乾杯を繰り返す。


 酒好きの土地柄を強調する話に、土佐の少々は二升という話がある。「お酒はどうですか」「少々は飲みます」「少々ですか」「はい、升升で二升です」という話。これに似た話は診察室でもしばしばある。


 「お酒は?」「ビールを四缶です」「毎日ですか」「はい、三百六十五日欠かしません」「三百五十(ミリリットル)ですか」「いいえ五百です」「それだけですか」「そのあと、焼酎をロックで三杯」「これを毎日ですか」「友達と外で飲むときはとことん、量はわかりません」


 酒好きのぼくでも、のけぞるような酒の話が診察室では珍しくない。自分が酒飲みだから、酒の話には強い言葉はでない。


 「まあまあにしてよ」と、にやっとしながら話を終わる。酒飲みはいい人が多い。ただ、適度な飲酒を目指しても何度も問題を繰り返す。


 まあまあで酒を飲めない人がいるように、ついついいつも頑張りすぎるこころがある。

必死の頑張りを聞くと、ふにゃふにゃのぼくはすごいと思う気持ちと、そこまでしなくてもの両方の気持ちになる。


 歯を食いしばって介護を頑張っている人には、「まあまあでやっても、人間は死なないから」と、医者にはあるまじき言葉を口にする。

責任感だけでよれよれで仕事を頑張る人には、「会社はあなたでなくてもいいんです。そんなに自分じゃないとなんて思わなくてもいいですよ」と、ぼくは繰り返し緩めることをお勧めする。頑張るこころはぽきんと折れる。


 「仕事に全部のエネルギーを使わないように。家庭に少なくても三十パーセントは持って帰りましょうよ」の話もする。

エネルギーがないと優しくはなれない

白衣の天使が家では柔らかな言葉がでないことがある。学校の先生も疲れている。


 共働きの多いぼくの住む地域では、お父さんはよれよれ、お母さんもくたくたのなかで育つ子どもたちは大変ではないだろうか。

疲れると言葉がとがってくる。わたしのことで精一杯になって、相手のこころの動きに鈍感になる。 


 いろいろなこころを見ながら、ぼくは鍛えられてきた。

「わたしは無理に頑張っていないか。まあまあでやれているか」を、時々は立ち止まって確認することが大切ではないだろうか。


 四万十川は、これがまあと思うほどの川幅いっぱいの濁流になることがある。一方で、最近は落ち鮎(あゆ)が下流にまで泳ぎつかないほどに枯れることもある。


 赤鉄橋を渡りながら、まあまあの水量の四万十川を見るとほっとする。ひとのこころも、またしかり。
(朝日新聞発行の小冊子「スタイルアサヒ」2011年12月号掲載)

posted by 小だぬき at 16:01| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

野田テキト〜“シロアリ退治”いつやる?

小だぬき→YouTube映像は記事下です。

野田テキト〜?
“シロアリ退治”いつやる

2012.01.20  ZAKZAK 
元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一


野田佳彦首相の「シロアリ」発言をご存じだろうか。かつて街頭演説で語った話だ。「マニフェスト、イギリスで始まりました。ルールがあるんです。書いてあることは命懸けで実行する。書いてないことはやらないんです。それがルールです」で始まる。

 そして「消費税1%分は、2兆5000億円です。(中略)消費税5%分のみなさんの税金に、天下り法人がぶら下がってるんです。シロアリがたかってるんです。それなのに、シロアリ退治しないで、今度は消費税引き上げるんですか?」と、税金が天下り役人らにムダ遣いされている状態での消費税増税を厳しく批判する。

 さらには「消費税の税収が20兆円になるなら、またシロアリがたかるかもしれません。鳩山(由紀夫元首相)さんが4年間消費税を引き上げないといったのは、そこなんです。シロアリを退治して、天下り法人をなくして、天下りをなくす。そこから始めなければ、消費税を引き上げる話はおかしいんです」と続く。

 すばらしい演説だ。しかし、言っていることが今とはまったく正反対だ。野党議員は、国会でこの野田首相の演説を読み上げ、野田首相に質問したらどうだろうか。

 菅直人前首相も財務相就任前と後では消費税増税に関する発言がコロッと変わった。鳩山元首相も普天間基地問題では「最低でも県外」という言葉が一転して元に戻った。

 なぜ民主党幹部の発言はこうも180度変わるのか。政治家個人の資質もあるだろうが、最大の要因は政権交代時の民主党マニフェストがほとんど崩壊状態ということだ。

 脱官僚、政治主導、無駄削減による20兆円の財源確保、歳入庁、抜本的年金改革、年金記録問題、年金通帳導入、後期高齢者医療廃止、天下り廃止、天下り機関原則廃止、八ッ場ダム建設中止、国家公務員給与削減、子ども手当2万6000円、ガソリン暫定税率課税廃止、高速無料化、格差是正などなど、これらを民主党はギブアップしている。

 これらのうちいくつかはもともと無理筋だったという事情はある。しかし、民主党が「脱官僚」を諦めて「官僚依存」になったためにできなくなったものも多い。

 今の野田首相がいい例だ。天下り廃止や天下り機関原則廃止をギブアップして、シロアリ退治をやらなくなった。その結果、無駄削減ができなくなって、そのしわ寄せは、マニフェストに書かれていない消費税増税になった。かつて野田首相が街頭演説で言っていたとおりだ。

 脱官僚を断行できなかったのは、官僚に伍するようなスタッフがいないからだ。これは政権への準備不足だ。いきなり大臣になってからスタッフを探すのでは遅い。政治家として早い段階でそうした人材は確保しておかないと、政治主導・脱官僚はできるものでない。
(元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

iji6254 投稿作品
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2012年01月21日

「人生の仕上げ」の時間

Dr.中川のがんの時代を暮らす:
「人生の仕上げ」の時間
毎日新聞 2012年1月15日 東京朝刊

 北鮮の金正日総書記が先月17日に急死し、大きなニュースとなりました。父親の金日成主席と同じ心筋梗塞(こうそく)が死因と伝えられています。

しかし、予期せぬ死だったため、20代後半とされる金正恩氏への政権のバトンタッチは薄氷を踏むかのようです。


 伝えられている通りであれば、金総書記の死は「ピンピンコロリ」、日本人にとっても「理想的な死に方」と言われます。

がんで長く苦しむより、直前までピンピン元気でコロリと息を引き取りたいというわけです。確かに、最期まで死を全く意識せずに生きることはできますが、これでは亡くなる本人も、残される周囲も「準備」ができません。


 一方、がんであっても、心身の苦痛を取り去る「緩和ケア」を適切に行えば、亡くなる直前まで普通に暮らすことが可能になります。

さらに、がんという病気が患者の皆さんの人生をより深めてくれるようにも思います。これは、がん患者の皆さんの死生観を調査した僕の研究結果でも明らかになっています。


 がんの場合、「もう治らない」と分かってからも、年単位の時間が残ります。逆に言えば、がんによって「予見される死」は、「人生の仕上げ」の時間を与えてくれるといえます。


 昨年10月に膵臓(すいぞう)がんで亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は、最初の手術を受けた1年後の2005年に、米スタンフォード大で有名な講演をしました。


 「私は毎朝、もし今日が人生最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうかと自問する。もし、『ノー』の日が続くなら、生き方を見直す必要がある。

死を思うことが、重大な決断を下すときに一番役立つ。なぜなら、希望やプライド、失敗への不安などは、すべて死の前には何の意味もなさないからだ」


 ジョブズ氏は、亡くなる前日も、現最高経営責任者のティム・クック氏と電話で次期製品の打ち合わせをしたと言います。

死に向き合いながらも、やりたいことを続けたその生きる姿勢が、一度は倒産の危機にひんしたアップル社を、時価総額世界一に導いたのだと思います。

がんという病気になったことも、彼に世界を変える力を与えたのだと確信しています。
(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)

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2012年01月22日

どうか中庸の寒であってほしい

天声人語
2012.1.22   朝日新聞

 「冷たい」という言葉は「爪が痛い」から来ているのだという。

国語学者の故・金田一春彦さんによれば、「爪」とは今の爪ではなく、昔は指先全体を言ったそうだ。

たしかに、冷たさは、寒さと似ているようで違い、指の先から伝わってくる

▼東京郊外に積もった雪は、きのうの朝には消えていた。続く氷雨は冷たかったが、この程度の雪でニュースになるのが雪国に申し訳ない。わずか数センチなど、豪雪の地ならちりが舞ったほどだろう

▼北海道の岩見沢市では先日、観測史上最高の194センチの積雪を記録した。旭川市郊外では一昨日に零下30度を下回った。季節は二十四節気の大寒を過ぎて、冬将軍の吐く息はいよいよ白い。次の週も日本海側は雪の予報が連なっている

▼この国では、陽光に恵まれた冬晴れ地帯と雪国とが背中を合わせている。たとえば上越国境を抜けるのに列車で1時間とかからない。そのわずかな距離で、人々の暮らしも、雪を見る目も一変する

▼古典をひもといても、〈いざさらば雪見にころぶところまで〉と江戸の芭蕉は雪で童心に帰る。片や雪国の一茶は「白いものがちらちらすれば、村人らは、悪いものが降る、寒いものが降ると口々にののしりあう」と雪を憎む。〈雪ちるやおどけも言へぬ信濃空〉といった句も詠んだ

▼この意識の差は、今も根っこでは変わらないように思う。冬のきびしさに磨かれた北国の民俗風土は美しいが、それとて暖地の感傷かもしれない。どうか中庸の寒であってほしい。
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放射能トラウマとリスク

時代の風:放射能トラウマとリスク
精神科医・斎藤環
毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊

 ◇分断招く隣組的な心性

 福島県南相馬市で診療と内部被ばくの検査、健診、除染などにかかわっている東大医科研の坪倉正治医師によれば、現時点で慢性被ばくによる大きな実被害の報告は、ほとんどないとのことである(小松秀樹「放射能トラウマ」医療ガバナンス学会メールマガジンvol・303)。


 むしろ深刻なのは、外部からの批判や報道などによる社会的な影響のほうである。

原発事故による最大の被害は、子どもの“放射能トラウマ”だ。しかもその多くは、大人の“放射能トラウマ”による“2次的放射能トラウマ”であり、年齢が低いほどトラウマの程度が強い印象があるという。


 風評被害の影響もあって、うつ状態になる人が増えたり、家族が崩壊したりという事態は耳にしていた。現地で子どもの電話相談窓口を担当している人からは、このところ虐待相談も急増しているという話も聞いた。


 被災地での虐待件数についてはまだ正確な統計データが得られていないが、屋外で遊ぶ機会の減った子どもたちが、精神的に不安定な大人と過ごす時間が増えたとすれば、まったくありえない話ではない。


 問題は「風評」ばかりではない。

福島の地で生活を続けている人々を批判する声が、いまだにある。とにかく「放射能というだけで危険」とする立場からは、汚染された地域に住んで子育てをするなど考えられない、というわけだ。


 しかしこの考え方は、自らが住む場所の安全性が相対的なものでしかない事実を十分に認識しておらず、いわば「福島産の放射能が危険」といった「ケガレ」の発想に近い立場という意味で“放射能幻想”と呼ばれても仕方がない。


 放射能はさしあたり人の身体は破壊していないが、“放射能幻想”は人の心を確実に破壊しているということ


 その背景には、低線量被ばくの危険性がはっきりしないという問題がある。

  放射性物質の放出が及ぼす長期的影響については、不確実な点が多いのだ。生活環境に数世代にわたって残留するごく低レベルの放射能が、住民集団の健康に、長期的にどのような影響を及ぼすのか。「これ以下は安全」という「しきい値」はあるのか。被ばく線量と発がん率の上昇には直線的な関係があるのか。確実なことは何も分かっていない。


 この状況下で立場は二つに分断される。「危険であるという根拠がないのでさしあたり安全」とする立場と、「安全であるという根拠がないので危険」とする立場。事故直後には後者に傾いた私自身も、最近では前者に近い立場だ。不確実な未来予測に基づいて当事者を批判する権利は私にはないと気づいたからだ。


 社会学者のウルリッヒ・ベックは、福島の原発事故に関する論考で「非知のパラドクス」について述べている(「リスク化する日本社会」岩波書店)。


 先にも述べたとおり、低線量被ばくによる影響については、確実なことはほとんど分かっていない。こうした「非知」に耐えられない人々の中には都市伝説や代替医療に向かうものも出てくるだろう。さらにここに政治的な問題が加味されることで、知識はさらに硬直化する。


 例えばチェルノブイリの犠牲者数については、数十人から百万人以上とする説まで、報告によってまちまちであるという。事故の範囲をどう定義するかによって、データの解釈がまったく異なってくるのだ。汚染地域の区分にしても、しばしば曖昧で時に矛盾することすらあった。


 この状況下では「危険が増すほどに非知も増し、決断は不可避となるとともに不可能となる」。それどころか現時点では、情報が増えれば増えるほど混乱が深まるようにすら思われる。分かれば分かるほど分からなくなる、という状況下で、もはや「絶対の安全」は誰の手にも入らない。


 まさにこれこそが、ベックが「リスク社会」という言葉を通じて述べた状況ではなかったか。

リスク社会においては、われわれの生活を快適にするはずの技術が同時にリスクも生産してしまうため、ひとたび事故が起こればリスクは万人に等しくふりかかることになる。原発事故がそうであったように。


 ベックは「リスクによる連帯」を提唱するが、いま起きつつあることはむしろ「リスクによる分断」ではないだろうか。この分断の要因としては、リスクそのものを生産している政府や東京電力以上に、リスクへの態度が異なる人々への攻撃性のほうが先鋭化してしまうという、いわば「隣組」的な心性があるように思われる。しかし、その「分断」が誰を利することになるかは言うまでもないだろう。


 さらに付け加えるなら「連帯」の手前で問われるのは、私たちの「死生観」そのものなのではないか。

私たちの生が常に多様な、時として定量することもできないリスク−−それは「放射能」に限らない−−を抱えていること。つまり生の内側では常に死が育まれている事実を理解すること。被ばくについて考えることは、この事実を深く認識するまたとない機会となるだろう。

posted by 小だぬき at 11:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

健康食品ブーム=當瀬規嗣

真健康論:
健康食品ブーム當瀬規嗣
毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊


 毎日すこやかに過ごすために、何かを習慣にしている人がたくさんいます。

散歩やジョギング、体操など。みなさんそれぞれに経験とお考えがあって、続けておられるようです。体に良さそうなことを続けることは、とても大事だと、私も考えています。


 そんな背景もあって、体に良さそうなものを毎日摂取したいという願いが国民の間に広がっています。それで健康食品ブームが延々と繰り返されているのです。もはや「ブーム」ではなく習慣の一種であると言うべきかもしれません。


 いわゆる健康食品と呼ばれるものには、さまざまな性質のものが含まれています。

例えば、ビタミン類やミネラルのように不足している栄養素を補給する目的のものです。正確な意味でサプリメントと呼ばれるものです。これらは、体に補給すべき量が決まっているので、やたらとたくさん取ればよいというわけではなく、取りすぎは逆に障害を起こすおそれがあります。

また、たんぱく質のように、通常の食事で不足することは考えられないが、より多く補給することで体を大きくするなど、特殊な目的に使うものもあります。


 そして、いま一番多くて、大量の宣伝がマスコミを通じて流されている健康食品が、食品などに含まれている特殊な成分を取り出して製品化し、さまざまな効能をうたって販売されているものです。

これらは薬のような扱いをしているものも多いのですが、法律で定める薬物としての認可は受けていません。つまり「効用」は証明されているわけではなく、あくまで食品なので食べても害はないだろうという程度のものです。

なので、効果の科学的検証も乏しく、中には公表されている根拠に科学的な誤りが見られるものも少なくありません。


 さらに、長期に大量に摂取した場合、どのようなことが起こるのか、実はよくわかっていないのです。


 もちろん、何らかの害が生じたものは市場から退場します。

しかし、害はないけれど効果もないものが世の中に広く行き渡り、原料費から見ると相当な高額で売られているのを見るにつけ、憤りを感じざるをえません。

健康食品の異常なブームは、いつもトラブルで終わるという歴史だけが繰り返されるのでしょうか。
(とうせ・のりつぐ=札幌医科大教授)

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明日から通常国会

くどいようですが、野田総理の街頭演説と「今やろうとしていること」のかい離が 問われる国会になりそうです。

消費税値上げの5%は 全額社会保障費に使うとマスコミをあげて 納得させようとしていますが、今の5%も導入時・値上げ時に 社会保障財源の名目でした。

社会保障の問題は トータルの10%で議論してもらわなければ 納得できません。
目的税のハズが いつの間にか財務省によって「一般会計」にされては・・・。歯止めが必要です。

posted by 小だぬき at 07:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

タモリの一言でブーム終焉となった「一杯のかけそば」

タモリの一言でブーム終焉となった
「一杯のかけそば」
2011年10月18日 日刊ゲンダイ掲載

芸能界スキャンダル史
<1988年12月>

 昭和最後の年越しとなった88年末、ラジオが一本の「実話童話」を放送した。この話が「涙なしでは聞けない」と評判を呼び、ついには社会現象になった。作者もマスコミの寵児(ちょうじ)となるが、過去を知る人に告発され、一転して疑惑の人に。

 大晦日にFM東京は、「ゆく年くる年」の中で「一杯のかけそば」と題した童話を朗読で放送した。作者は民話の語り部活動を行っている栗良平(当時45)なる人物。

 この作品は70年代初頭、2人の子供を連れた貧しい身なりの女性が、札幌のそば屋を訪ねるところから始まる。女性が頼んだのは150円の一杯のかけそば。店主は何も言わずに半玉をサービスし、親子3人はそのそばをおいしそうに分けて食べた。こんな交流が毎年、大晦日に数年間続く。

 ところが、ある年から3人はパタリと現れなくなった。店主はその後も、大晦日は彼らの席を予約席にして待ち続けたが……。そして、最初の大晦日から14年後。成人して医師と銀行員となった息子と母親が現れて、「あの時の一杯のかけそばのおかげで生き抜くことができました」とお礼を言う。しみじみとした人情話である。

 ちょうど時代はバブル最盛期。豊かになり過ぎた消費生活への反省もあって、この話は1月に産経新聞や共同通信が取り上げ、2月には衆議院予算委員会で大久保直彦・公明党書記長(当時)の質問に引用されるなど、ブームになっていく。

 5月にはピークを迎え、週刊誌に全文が掲載されたのをはじめ、雑誌ではこの童話の話題一色に。

また、テレビはフジが同15日から5日間もワイドショー「タイム3」で中尾彬、武田鉄矢らによる日替わり朗読放送「かけそば大特集」を組んだ。作者の栗も一躍売れっ子になり、着流し姿でテレビ出演して自作を読み上げた。

 そんなかけそば一色の中、ひとり反旗を翻したのがタモリだった。

5月19日の「笑っていいとも!」で「そのころ150円あったら、インスタントのそばが3人前買えたはず」「涙のファシズム」とうさんくささを指摘した。

 この発言がキッカケとなり、ブームは翌6月には終焉(しゅうえん)を迎える。その4年前に作者を居候させた滋賀県のそば屋主人が、雑誌に告発したのだ。

店主の話によると、栗はホラ吹きで「北大医学部卒の医学博士の小児科医」と詐称し、近所の住民に医者紛いの行為をし、薬代をだまし取ったりしていたという。店主自身からも自動車を買う代金として10万円を借りたまま姿を消したと訴えた。

 また、「実話」という触れ込みだった「一杯のかけそば」は、出来過ぎやつじつまが合わない点を指摘され、作者の「虚言の一環ではないのか」と問題にされた。

 結局、作者はこのブームで本の印税や講演料など1億数千万円を稼いだといわれたが、訴え出た被害者に弁済することなく、そのまま表舞台から消え去った。その後、北海道や滋賀での寸借詐欺が話題になったり、寺の乗っ取りを謀ったとの報道はあるが、現在も消息は不明のようだ。

◇1988年12月 9日、宮沢喜一大蔵大臣がリクルート疑惑で辞任。24日、消費税導入を柱とする税制改革法案が成立。27日、人心一新を図って竹下改造内閣が発足した。消費税、リクルート事件と政治不信が深まった。昭和天皇の病状悪化が伝えられ、世間は自粛ムード。16日には北海道の十勝岳が噴火した。
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2012年01月24日

教育長謝罪「人災の面も」 石巻・大川小

教育長謝罪「人災の面も」
石巻・大川小、3回目の保護者説明会

河北新報  1月23日(月)6時10分配信

東日本大震災の津波で児童の7割に当たる74人が死亡、行方不明になった宮城県石巻市大川小の被災状況について、市教育委員会は22日、3回目の保護者説明会を開き、追加調査の結果を報告した。

市教委は多くの犠牲者が出た要因を、

(1)学校の災害マニュアルの不備
(2)教職員の津波への危機意識の低さ
(3)過去の経験や知識などによる安全への思い込み−の3点に整理。

対応に問題があったことを認め、謝罪した。

 境直彦教育長は「津波に対する危機意識を高めておくべきだったと悔やまれる」と陳謝。今回の被害については「天災と、学校管理下の人災という両方の面が考えられる」との認識を示した。

 市教委は高台避難ができなかった点について「学校がマニュアルで津波時の具体的な避難場所を定めていなかったことにより、迅速に判断できなかった」と説明。市教委として点検.指導しなかった責任も認めた。

 防災無線などの津波情報が適切な避難行動に結び付かなかったことに関しては「教職員の津波に対する危機意識が低かった」と分析。

校庭に津波到達の直前までとどまった点は「過去の地震などから津波が来ないだろうとの思い込みがあった」などと説明した。

 説明会は大川小が間借りする同市飯野川一小で行われ、父母ら約70人が出席。報道関係者にも初めて公開された。

市教委は、現場にいた教職員で唯一助かった男性教諭が昨年6月に保護者と柏葉照幸校長宛てに書いた手紙を初めて公表した。

男性教諭は震災で大きなショックを受けたとして休職している。

 市教委は昨年6月、男性教諭や児童らから聞き取った調査結果を基に説明会を開催。遺族らの追加検証を求める声を受け、8〜12月に保護者ら約30人に追加調査を行った。


◎生還教諭、保護者ら宛てに手紙 市教委7カ月非公開

 東日本大震災の津波で甚大な犠牲を出した石巻市大川小をめぐり、市教委は22日の第3回保護者説明会で避難の遅れを招いた不備と一定の責任を認めて謝罪したが、遺族からは「納得できない」と厳しい声が相次いだ。これまでの説明に不信感を募らせる遺族の間では独自に検証作業に入ろうとする動きも出ている。

 説明会の冒頭、震災当時現場にいた教職員11人のうち、唯一津波を逃れた男性教諭が保護者と柏葉照幸校長に宛てて当時の状況をつづった手紙が読み上げられた。

 手紙は昨年6月3日付。男性教諭は同月4日の第2回説明会を前に柏葉校長に手紙を託したが、報告を受けた市教委は7カ月以上、手紙の存在を遺族に伝えていなかった。

市教委は「内容は6月の説明会に反映させた」とするが、遺族からは「なぜ早く公開しなかったのか」「手紙にあるように、裏山に揺れで倒れた木は確認できなかった。内容は事実か」などと疑問の声が上がった。

 6年生だった長男を亡くし、4年生だった巴那(はな)さんが行方不明の鈴木義明さん(49)は「昨年6月の時点で公開してほしかったし、市教委を通すと、書かれていることが本当なのかと思ってしまう。手紙ではなく、先生の話を直接聞きたい」と漏らした。

 現場では巴那さんを含め児童4人と教師1人が見つかっていない。鈴木さんは「最後の1人が見つかるまで捜索を続けてほしい」と訴えた。

 津波時に避難する高台を定めず、保護者への児童引き渡し訓練も怠っていた点について、柏葉校長の責任を問う声も続出。柏葉校長は「(児童や先生が)見つかるまではやっていこうと思っている」と辞職する考えがないことを示し、境直彦教育長も柏葉校長の処分に関して「現時点で考えていない」と話した。

 「市教委任せでは事実は明らかにならない」と考える遺族のグループは今後、専門家らを加えて独自に検証に取り組む方向で検討を進めている。

◎教諭の手紙(要旨)/山への避難検討/倒木恐れて断念/山に道あれば…

 現場にいた教職員で唯一助かった男性教諭が、保護者と柏葉照幸校長宛てに書いた手紙の要旨は次の通り。

<保護者の皆様>

 あの日、校庭に避難してから津波が来るまでどんな話し合いがあったか、正直私にはよく分からないのです。
校庭に避難した後、私は校舎内に戻り、全ての場所を確認しました。かなり時間がかかりました。

 校庭に戻ると教頭と教諭を中心に何人かが集まって話をしていました。「どうしますか、山へ逃げますか?」と聞くとこの揺れの中ではだめだというような答えでした(余震が続いていて木が倒れてくるというようなことだったと思います)。

 地域の方々が来て釜谷の交流会館に避難する話があり、危険でだめだとのやりとりが聞こえてきました。
私は校舎内に何回か入り、教室にあったジャンパーや靴などを校庭に運んでいました。

 サイレンが鳴り津波が来るという声が聞こえました。教頭に「津波がきますよ。どうしますか。危なくても山へ逃げますか」と聞きました。答えは返ってきませんでした。一番高い校舎の2階に安全に入れるか見てくるということで私一人で見てきました。
 戻ると子供たちは移動を始めていました。近くにいた方に聞くと「堤防の上が安全だからそこへ行くことになった」ということでした。経緯は分かりません。

<柏葉校長先生へ>

 ずっと強い揺れが続いており、木が倒れている(錯覚だったのかもしれませんが、皆そのように見えていたと思います。

私も子供と山の中にいたとき、何度も揺れる度に周囲の木が折れて倒れる音を聞いています。
その度に場所を変えたのですから)状況の中、道もない山に登らせるのをためらわれたのだと思います。
せめて1本でも道があれば教頭も迷わず指示を出されたと思います。
posted by 小だぬき at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シロアリを退治して働きアリの政治 はどこに??

通常国会の開会式・本会議が 衆参議院で AM.10:00から始まります。
*11時現在 まだ開会されていません。議事運営委員会で初日から混乱でしょうかね。
************************************
(野田氏の街頭演説、別角度)
私どもは、マニフェストみなさまにお配りをしております。
魂を込めて今回はマニフェスト作りました。
私たちの、このマニフェストの一丁目の一番地は、
税金の無駄遣いは許さないということであります。
徹底して天下りをなくす、そして渡りは認めない。

こうした税金の無駄遣いを徹底することによって、
お金を生み出していき、16兆8千億円、
民主党のマニフェストを実現するには新たな予算が必要になります。
私たちは、財源は見つけることができるんです。

一般会計は80兆円ほど、特別会計合わせると207兆円
この特別会計には無駄がいっぱいあります。
私はこの特別会計改革の責任者をやってまいりました。

一般会計は黒い皮の財布です。
1万円やカードが入っている。
そのほかに21の特別な財布が、
お尻のポケットや靴裏にいっぱい入っているんです。
でも、21の特別会計、21の離れでは、
私たちが調べた限りでは、すき焼き食べ放題、
焼肉食べ放題、ビール飲み放題、焼酎飲み放題
無駄遣いはいっぱいやってます。

ここから16兆8千億円財源を作ることは十分可能であります。
無駄な事業をやめて、本当に必要なところにお金を回していく
これが政権交代です。
政策の優先順位を決めて、本当に必要なところにお金を流していく、
予算をつけていくこれが民主党の考え方であります。

財源はいっぱいあります。
天下り法人に12兆円もお金を使ってる国です。
シロアリを退治して働きアリの政治をたまには実現しようではありませんか。


posted by 小だぬき at 10:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする