2012年01月05日

人の悪口を言う人の9つの心理

人の悪口を言う人の9つの心理
2012年1月1日(日)12時00分 新刊JP配信

何か嫌なことがあったり、失敗した時、いけないことだと思いつつも、つい人の悪口を言いたくなるものです。

これは私たちだけでなく、歴史上の偉人ですらそうだったようで、教育者として知られる新渡戸稲造ですら、著書『修養』のなかで、
「子供時代から、僕は人に会うと、すぐにその人の欠点を発見する性癖があった」と記しています。

 私たちはなぜ、どういった目的で悪口を言ってしまうのでしょうか。今回は新渡戸稲造の名著の粋を集めた『運命を拓きゆく者へ』(実業之日本社/刊)より、悪口を言う人の9つの心理を紹介します。

1.冗談として

 言っている本人には悪気はなくても、軽い気持ちで言った言葉が、聞く人にとっては嫌味に聞こえ、誤解されるということがあります。

相手がその冗談を理解できるかどうかわかりませんので、冗談で言う悪口だとしても、相手のことを考えてから言うようにしましょう。

2.性格の違いから

世の中には、どう努力しても分かり合えない人や、性格が違いすぎるために短所ばかりが目についてしまう人がいます。

そうなると、どうしてもその人の悪口を言いたくなってしまいますが、たとえばその人と一緒に働いているとしたら、性格が合わないからといって排除することはできませんし、むしろそういう人と交わり、協力し合うほうが、仕事をするうえでも有益だと新渡戸は語っています。

性格が違うということは、自分に持っていないものを持っている可能性も高いのです。

3.主義の違いから

 主義の違いによって悪口が生まれることもあります。

これは性格の違いとはまた別のものです。性格が違っていても主義が同じなら調和することも可能ですが、性格が似ていても主義が違っていると、敵同士のように憎み合う状況が生まれます。
これは、政治や宗教の世界で多々目にすることです。

4.社会をよくするために

  たとえば宗教家や教育者など、立場によっては社会をよくするためという考えから他人の短所を暴く人がいます。

しかし、実際には純粋に社会のためを思ってではなく、いたずらに人の秘密を暴いたり、ささいなことを大きく言ったりしているのを目にすることもあります。

5.負け犬の遠吠えとして

 新渡戸は、人が他人の悪口を言うことには動物的な理由があるような気がすると述べています。

相手が自分より上にいて、自分の名誉を傷つける心配がある場合、相手を自分から遠ざけようとする心理が働くというのです。

これは、弱い犬が強そうな犬を見ると、吠えたり唸ったりするのと同じ心理だといいます。

6.他と比較するゆえに

   自分と他人を比較することで生まれる悪口もあります。

たとえば、「Aって奴は○○だな」という悪口は、往々にして自分との比較から出てくるものです。

こういった悪口を言う人は自己弁護の気持ちが強かったり、自分を完全なものと見なして他人をはかっていることが多いため、第三者から見ると滑稽に映ってしまいます。

7.利益を得るために

 悪口の中で最も卑しいのは、それによって自分が利益を得るための悪口だと、新渡戸はいいます。
一部の新聞や雑誌などが、部数獲得のために他人の悪口まがいの噂話を掲載するのもこれにあたります。

8.人を倒すための悪口

 人が倒れるのを見て喜ぶための悪口も、金銭的な利益を得るための悪口と同様、性質の悪いものです。

評判のいい人や社会的に認められている人たちに対してケチをつけたがる傾向は、多かれ少なかれどんな人にも備わっているものです。

9.自分が取って変わるために

 ただ、人を倒すだけではなく、その位置に自分が取って代わる悪口もありますが、これも金銭を得るための悪口と大差がありません。

 こういった悪口も、私たちの社会でよく囁かれています。政治の世界では特に顕著ですね。

 本書は、自分を磨き高めながら目標に向かって生きる人が勇気を得られるような新渡戸の言葉が掲載されています。この一年を充実したものにするためにも、本書を読んで自分の心を整えてみてはいかがでしょうか。
(新刊JP編集部)

posted by 小だぬき at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

民の力を活かそう 政治を諦めない

民の力を活かそう 政治を諦めない

2012年1月5日  東京新聞社説

 消費税率引き上げはマニフェスト違反ですが、批判ばかりでは実りはありません。

政策を正すには民(たみ)が政治を諦めず、政治家に思いを伝え続けなければ。


 二〇一二年の日本政治は、野田佳彦首相の四日の記者会見で幕を開けました。


 消費税率を段階的に引き上げ、一五年に10%とする「社会保障と税の一体改革大綱」の素案なるものが年末に決まり、首相会見も、その実現への決意を語るものでした。

「この問題は、どの政権でも先送りできないテーマです。誠心誠意(野党側に協議を)呼び掛けていきたい」と。

◆大義なき消費増税

 そして、第二次世界大戦時にチャーチル英首相が語ったという言葉を引き合いに出して「Never, never, never, never give up。大義のあることを諦めず、しっかり伝えるなら、局面は変わると確信しています」とも強調しました。

これらの言葉からは、消費税率引き上げに懸ける首相の並々ならぬ決意が伝わってきます。


 でも、ちょっと待ってほしい。消費税増税はいつの間に民主党政権の大義と化したのでしょうか。


 歴史的な政権交代を果たした〇九年衆院選で民主党が掲げたマニフェストのどこにも、そんなことは書かれていません。民主党政権の四年間に消費税を引き上げることはないとも約束していました。


 一体改革の素案を決める段階では当初、一三年十月に8%に引き上げる党執行部案が提示され、最終的には半年先送りを決めました。


 一三年十月からの引き上げだと現在の衆院議員任期中に実施を閣議決定することになり、公約違反になるからだそうですが、そんなことはまやかしにすぎません。

消費税率を引き上げるのなら堂々と「税率引き上げを検討する」とマニフェストに書くべきでした。

◆ムダの一掃が先決

 首相に政権の大義と感じてほしいのは、むしろ行政の無駄をなくすことの方です。

野田首相だけでなく、歴代の民主党政権はマニフェストで約束した「税金のムダづかい」一掃にどこまで死力を尽くしたというのでしょうか。


 営々と積み上げられてきた政官財の既得権益を打ち破るのは困難な作業だと、国民は理解しています。

しかし、それをやると言ったからこそ、民主党に政権を託したのではないでしょうか。


 自分たちの力量不足のツケを、消費税増税という形で国民に押し付けられてはたまりません。


 少子高齢化社会の本格的な到来に伴う社会保障費の増大や危機的な財政状況を改善するためには、いずれ消費税率の引き上げは避けられないと、国民の多くは理解しています。


 しかし、穴の開いたバケツにいくら水を注ぎ込んでも水がたまらないように、無駄遣いが残る行政機構にいくら税金をつぎ込んでも財政状況はよくならず、国民経済は疲弊するばかりです。


 首相がまず力を注ぐべきは、増税ではなく、国会や政府が身を削ることです。その順番が違うことに、国民は怒りを感じるのです。


 自民党や公明党による政権攻撃は野党の役目柄、仕方がないとしても、国会が不毛な対立ばかり繰り返しては国民の不信を買うのも当然です。

ここは、行政の無駄を削るという与党の試みに協力してはどうか。困難な仕事にこそ与野党が力を合わせるべきです。


 民主党は消費税増税に当たり、衆院議員定数の八〇削減や国家公務員給与の削減などを前提条件にしました。

国会や政府の無駄を削ろうとする意欲の表れとして評価できますが、注文もあります。


 定数は比例代表からの削減を避けてほしい。比例削減は少数政党切り捨てにつながるからです。


 議員一人当たりの経費は年間一億円程度で、八〇削っても八十億円の削減にしかなりません。

むしろ年間約三百二十億円に上る政党交付金の方を削減したらどうか。


 一〇年分の収入に占める政党交付金の割合は民主党は八割超、自民党も七割近くです。もはや国営政党の状況で、国のお金で成り立っている点で官僚と同じです。


 政治家と官僚は対立しているように見えて実は一蓮托生(いちれんたくしょう)です。この状況を脱しない限り、行政の無駄に果敢には切り込めません。

◆成立前に信を問え

 首相は会見で衆院解散の時期には触れませんでしたが、消費税増税法案の成立後、実施前に解散する腹づもりなのでしょう。しかし、それは姑息(こそく)です。

増税確定前に国民の信を問うのは当然です。


 政権交代への期待が高かった分、失望も大きい。

だからといって政治を諦めてはなりません。民が無関心を決め込んだ瞬間、政治家と官僚の暴走は始まります。根比べの今が正念場なのです。

posted by 小だぬき at 10:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする