2012年03月31日

避難口を確保して安全ゾーンへ」「車道に近づかない」「凍りつき症候群への訓練」……これが生死を分ける

避難口を確保して安全ゾーンへ」「車道に近づかない」「凍りつき症候群への訓練」……これが生死を分ける
「揺れたら机の下」「ガスの元栓」ほか
わかってきた初期行動の「これは間違い、これが正解」

(SAPIO 2012年3月14日号掲載) 2012年3月29日(木)配信

文=山村武彦 (防災アドバイザー)


「揺れを感じたら、まず丈夫な机やテーブルなどの下に身を隠す」(福岡県)、「すばやく火の始末をする」(北海道)、「ガスの元栓を締める」(東京都)。行政のホームページには地震発生時の心得が、こう書かれている。
これらを初期行動の“常識”と捉えている読者も多いだろう。しかし、「このマニュアルを鵜呑みにすると危険だ」と警告するのは、防災アドバイザーの山村武彦氏である。


 地震発生時はとっさの初期行動が生死を分ける。

私は新潟地震(1964年)以来、数々の被災地現場を調査してきた経験から、「机やテーブルの下に潜れ」という行動は間違いであると言い続けてきた。

建物や施設が安全で絶対に倒れない保証があるとか、それしか他に方法がないのなら、それもいいだろう。しかし阪神・淡路大震災(マグニチュード=M7・3)では、亡くなった人の87・8%が家屋倒壊による圧死だった。机もろとも家の下敷きになってしまったのである。


 さらに東日本大震災では、耐震性があったとされる学校のうち1600校で、校舎の天井や照明器具が落下している。建物本体に耐震性があったとしても、設備に耐震性が保証されているとは限らない。

ドアは震度6強で約30%が何らかの損傷を受ける。建物がゆがんでドアや窓が開かなくなったり、倒壊落下物に阻まれて室内に閉じ込められる危険が大きいのだ。

そこに火災やガス漏れが発生すれば、どうなるかは自明だろう。


 私は地震の災害現場を40年以上回ってきたが、津波を除くほとんどの人は室内で死傷している。

こうした事実を踏まえると「揺れを感じたら机の下に潜り込む」のではなく、「ドアを開けるなどして避難口を確保し、直ちに安全ゾーンに移動する」というのが正解だ。

ここで言う安全ゾーンとは、建物の損傷が少ない場所で、ガラスなどが飛散せず、転倒落下物の少ない、何かあればすぐ脱出が可能なスペースのことである。


「すぐに火を消せ」も地震直後の最優先行動とされていた時期がある。
23年の関東大震災(M7・9)では、死者10万5000人のうち約8割が焼死だったから「地震で恐ろしいのは揺れよりも火災→すぐに火を消せ」となるのは当然の成り行きと言えた。

 その“常識”がくつがえされるきっかけとなったのは、93年の釧路沖地震である。
1月15日午後8時6分、M7・5の巨大地震が襲った。各家庭ではストーブを焚いていたが、地震直後に火が消されて大事には至らなかった。

ただ負傷者に火傷が多かったのは、ストーブの上に置かれたヤカンなどの容器から熱湯が飛び散り、「火を消せ」の標語通りに行動した人の多くが熱湯を浴びたからである。


 以来、「火を消せ」から「まず身の安全、そして火を消せ」と指導するように変わった。もちろん火が目の前にあり、消せる状況であれば消した方がいい。

しかし離れている場所から無理をして火を消しに行こうとすると、身の安全を確保する時間がなくなってしまう。火を消しに行くのは、揺れが収まってからでいい。


「ガスの元栓を締める」についても同様だ。危険を冒してまで元栓を締めにいく必要はない。
ガス設備には通常、揺れを感知して、ガスを遮断する自動遮断装置が付いていて安全である。


 次に屋外への避難だが、危険を感じた時は、やみくもに脱出すればいいというわけではない。
08年の岩手・宮城内陸地震(M7・2)の時のことだ。
震源域から数十キロ離れた岩手県一関市では、家屋の倒壊がほとんどなかったのに、1人の死者が出た。

不審を抱いた私は現地に足を運んだ。
そこはクリーニングと米を扱う商店のすぐ前の道路だった。店にいた60代の男性が、突然の揺れにあわてて前の車道に飛び出し、ちょうど走ってきた2tトラックにひかれ、死亡してしまったのである。


 行政の防災マニュアルには、「狭い路地や塀、崖など危険な場所に近づくな」などと書かれてはいるが、車道の危険性についてはほとんど触れられていない。

阪神・淡路大震災の時、大阪にいた私はそのまま神戸に向かったが、途中の国道には破損した自動車があちこちに放置されていた。
ドライバーに話を聞くと、

「最初はめまいかと思っているうちに、ぐらぐら揺れだした。ブレーキもハンドルも利かなくなった」

 と、青ざめた表情で話していた。

この証言から分かるように、地震発生時、車はハンドル操作が利かず暴走する危険がある。避難時はできるだけ車道に近づかない方が安全なのだ。


 車で走行中の対応も補足しておくと、マニュアルには「揺れを感じた時は、道路の左側に寄せて停車する」などと書かれている。それしか方法がない場合はしかたがないが、主要幹線を走行中であれば、できるだけ横道に逸れるのが鉄則だ

そして広場か駐車場を見つけて停車する。近くに管理者がいた場合は、その人の了承をとる。
主要幹線に放置される車が増えれば、その分、道路の幅員が狭くなり緊急車両の走行に支障が出てくるのだ。

<足がすくんで前に出ない>

 地震は最初に初期微動(P波)が来て、その後に主要動(S波)が来る。

初期微動では、ほとんどの人は「どうせいつものように小さな揺れで収まるに違いない」とタカをくくり、地震の大小を見極めようとする。

大きな主要動が来たら逃げようと考えるが、大揺れになった時はもう逃げられない。

未曾有の事態に遭遇したため、脳から指示がいかなくなり、体が硬直してしまうのだ。この状態を「凍りつき症候群」と呼ぶ。


 東日本大震災の映像を見ると、津波が間近に迫っているのに、ゆっくりした足どりで避難している人が目立った。
後で助かった何人かに「どうして走らなかったのですか」と聞いたら、「足がすくんで前に出なかった」と異口同音の答えが返ってきた。これも凍りつき症候群の兆候である。


 凍りつき症候群を克服するには訓練しかない。小さな揺れでも、訓練と思って目の前に火があるなら火を消し、ドアを開けて安全な場所に移動するように心がけることだ。

 私には阪神・淡路大震災の時の、ある光景が今も目に焼きついて離れない。

周囲の建物が軒並み倒壊している中で、男性がたった一人で崩れ落ちた屋根に登り、生き埋めになった人を助けようと悪戦苦闘していた。


「周りの人はどうしたのですか?」と聞くと「たぶん避難所に行ったのではないかな」という返事。

その時、私は今までの防災訓練が間違っていたと痛感した。

これまでの防災訓練は住民がグループで小中学校などに粛々と避難するというパターンの繰り返しだった。これを繰り返すうちに「地震=避難所」という構図が刷り込まれてしまったのではないか。


 しかし、
皆が避難してしまったら、誰が火を消したり、生き埋めになった人を助けるのか。
身の安全が確保できたら、避難所でじっとしているのではなく、可能な限り救助活動に当たるべきだ。それは地震列島日本に住む者としての作法である。

posted by 小だぬき at 15:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「危ない」と言うのもバカらしい橋下市長の軽量級

【溝口敦の斬り込み時評】
「危ない」と言うのもバカらしい橋下市長の軽量級
2012年3月27日 日刊ゲンダイ掲載

橋下徹大阪市長の考え方について、ハシズムと揶揄する声がある。

ファシズムまがいの乱暴さということだろうが、たいていの人が、橋下氏を放置すれば遠からずファシズムの危険が、などとは考えていまい。

そう危機感をつのらせるほど大物ではない、危ながるだけ損と感じているはずだ。

 しかし彼を頼り、押し上げようとする民意が確実に存在し、日ごとに勢いを強めている。

 毎日新聞が3月初めに実施した世論調査では橋下氏が率いる「大阪維新の会」の全国進出に「期待する」と答えた人が61%に上った。

 読売新聞が3月半ば、近畿の有権者を対象に実施した世論調査では維新の国政進出に期待する人が63%にも達した。

大阪府民の橋下支持率が72%、大阪市民の支持率が67%。投票から4カ月たった今なお橋下市長は圧倒的に支持されている。

 他方で「望ましい政権の枠組み」が民主中心5%、自民中心11%で、両党合わせて2割にもならない。過半の国民が既成政党に何も期待していないばかりか、その既成政党さえ橋下人気にすり寄る始末である。

 たしかに既成の組織やシステムなど、おおよそのものはタカが知れた存在であることが分かってきた。政党や原発、検察庁や中央官庁、年金官僚、投資コンサルタント、マスメディア、みんなろくでもないものばかり。

 こんなものはぶち壊せ、ガラガラポンで最初から出直せ、既得権益を握ってヌクヌク怠ける役人や労働組合、教員、総じて安定した雇用関係にある者はつまみ出せ、という気分は分からぬでもない。

 恵まれた者に対する恨みや呪詛が社会を覆っている。国民の多くがワーキングプアの目で既得権益者とそのシステムを憎々しげに見つめている。

 おそらく橋下氏はこうした国民感情を追い風に人気街道を爆走している。

来る衆院選で政権をうかがい、あわよくば総理の座にさえつきかねない。

 先日、橋下氏のため市長選に敗れた平松邦夫前大阪市長に話を聞く機会があった。平松氏は橋下氏から具体的な政策について、外交方針について聞いたことがなく、橋下市長は大阪を愛していないのではないかと話していた。

 しかし橋下氏は政策など走りながら考えればいい、間違えれば訂正すれば済むと考えているはずだ。

 今後ハシズムが世を席巻することがあるとしても、すでに底が割れた小泉純一郎元首相の信奉者というから、およそ軽量級、案じるに足りないと考える人が多いのではないか。もっともらしく「それが危険だ」とはこの際、言わないが。
posted by 小だぬき at 06:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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