2012年04月05日

消費税に不信感 

香山リカのココロの万華鏡:消費税に不信感 
毎日新聞 2012年04月03日 東京地方版

 消費税がついに上がるのだろうか。2014年4月に8%、15年10月に10%と段階的に引き上げられる予定だという。


 大学で消費税の話をすると、多くの学生たちはまず「バイト代で生活がギリギリなのに、生活に必要なものの値段がこれ以上、上がるのは困る」と“個人の事情”を口にする。
しかしその後で、「でも、そうしないと社会保障の財源が足りない、っていうなら仕方ないのかな」と“社会の事情”に顔を向け、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「自分の損得ばかり言わずに、みんなで“痛み”を引き受けなければ」という気持ちは、大震災以降、多くの人で強くなっているのだと思う。


しかし、ここにひとつ大きな問題がある。

「消費税を上げたとして、そのお金は本当に“みんなのため”に使われるの?」という不信感が、どうしても消えないのだ。

野田首相によると、消費税の税収はすべて社会保障給付と少子化対策にのみあてる、と言っているが、それがどうしても信用できない。

「結局、取るものだけ取っても、私たちの生活の安心にはつながらないのではないのか」「別の赤字を補填(ほてん)するのに使われるのではないのか」など、限りなく疑ってしまいたくなる。


 消費税の議論でよく引き合いに出されるのは、「どの国も消費税が約25%」という北欧諸国の例だ。それに比べれば、数字の上だけで考えれば日本の消費税はまだまだ低い。

 ただ、北欧諸国と日本には決定的な違いがある。

それは、北欧では国民の政治や行政に対する信頼度がとても高い、ということだ。

もちろんいろいろな問題もあるにはあるが、それでも全体的には国民は政府や行政を信頼しており、「きちんとしたサービスが受けられ、安心して暮らせる」と思っているからこそ、高い消費税も支払う気になるわけだ。

 診察室で見ていると、人間にとっていちばんのストレスは、この「不信感」だと思う。

家族や学校、職場を信じられない。

誰かがやさしい言葉をかけてくれても、「だまされているのでは」と疑心暗鬼になってしまう。

こういった不信感こそが、人をうつ病などの心の病に追い込んでいくのだ。

私たちだって、できれば政治や行政を信用したい。

「消費税を上げて福祉にあてる? どうせ口だけでしょ」などと疑わず、「あなたたちなら悪いようにはしないだろうから、うれしくはないけれど協力しましょう」と言ってみたい。

不信感いっぱいの中でただ税率だけが上がるのは、心にとっても財布にとっても大きな負担になるだけだ

posted by 小だぬき at 07:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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