2012年05月03日

現憲法の理念を実現するのが先では・・・

今日は「憲法記念日」です。各党の談話で おおよその考え方がわかります。

この「日本国憲法」の基本的な考え方は、アメリカ占領軍が「起案」したのは 事実でしょう。
ただ 法学部の「憲法」学習では、成立過程での国会討論が紹介されます。

日本共産党の野坂参三衆議院議員(後 委員長→議長→名誉議長→除名)の九条の反対討論です。

野坂氏は 制定時から 主権国家・独立国家として 「国防軍」が持てない条項はおかしい、反対である。と主張した唯一の議員です。

それに対して 
時の政府は 占領軍に盲従し「この憲法は 平和のためにも是非必要だし、我が国は前文にあるような理想を追求する国家になる」と 共産党の「自衛軍」は必要との議論に反対しました。

それが どうでしょう・・・・。
占領軍の無軍備政策から東西冷戦に合わせたような再軍備を 警察予備隊→保安隊→自衛隊と 憲法の解釈改憲で 今まできています。

9条以外も 与党は 言葉だけ「自主憲法制定」といいながら、自国の憲法の内実化を怠りました。

政権与党の都合によって 「現憲法では・・・」「米国の押し付け」と 態度の一貫性がありません。

下記の「民主党」「自民党」の現・旧政権与党の談話そのものが、内実のある憲法にすると同時に 必要があれば改憲の議論はきちんとするとなっていないに等しいのです。

むしろ左翼政党と言われる 共産党・社民党に護憲思想が ハッキリあらわれていることに注目です。

憲法にかんしては、共産党・社民党・自民党保守派の主張が理にかなっています。

みんなの党の改悪案では 一歩間違えれば「大政翼賛会」「独裁」「戦争」の路につながりかねない危険を覚えます。


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憲法記念日 各党が談話

2012年5月3日11時13分  朝日デジタル

 憲法記念日にあたり、各党は3日付で談話を発表した。


 民主党は前原誠司政調会長が「現行憲法に改める点があれば改めるべきだ」と改憲の必要性を表明。
東日本大震災への対応の反省から、緊急時の人権保障、危機管理、国と地方の協力の3点を挙げ、「憲法論議を豊富化させるべき課題が提起されている」とした。


 自民党の谷垣禎一総裁は「国民、領土、主権を守る姿勢を明確にするためにも、自主憲法制定に向けた取り組みを加速させる」と改憲への決意を鮮明にした。

 公明党は「現憲法は優れた憲法」と評価しつつ、環境権や人権の拡大を付け加える「加憲」が「最も現実的で妥当」とした。


 共産党は市田忠義書記局長が「政府・国会が憲法の諸原則にのっとって被災者・避難者の生活再建、国民生活の向上に力をつくさなくてはならない」。

 社民党も「震災復興、原発事故収束、国民生活の再建に全力をあげ、憲法の理念を生かした政治の実現をめざす」と表明。

 みんなの党の渡辺喜美代表は「首相公選制、一院制国会、地域主権型道州制、国民投票法制などの改正が必要だ」と主張した。


 国民新党は「震災により、緊急時に国民の生命、安全を守る条項の必要性が明らかになった」。
 
 新党改革は舛添要一代表が「国民と共に憲法改正論議を進めていく」とした。

posted by 小だぬき at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

被災地 幸福追求・生存権どこへ 今こそ憲法の出番

被災地 幸福追求・生存権どこへ 今こそ憲法の出番
2012年5月3日 07時11分   東京新聞社会面

 一人一人が尊重され、人間らしく平和で安全な社会に生きる。

東日本大震災と東京電力福島第一原発事故以降、だれもがその願いを切実にしていることだろう。

六十五年前のきょう、日本国憲法が施行された。
一三条と二五条が保障する権利の実現に国は努力しているのか。
大震災の後、千六百十八人が関連死で亡くなっている。もうこれ以上、悲しみと苦しみを広げてはいけない。

   ◇

 被災した約百世帯が入居する宮城県石巻市東部の万石浦(まんごくうら)仮設住宅。
今年一月の深夜、救急車のサイレン音が響き、八十五歳の女性宅前に止まった。


 女性は心臓を患っていた。この夜、女性は助けを求めて部屋の壁をたたいた。
「コンコンコン」。その音に異変を察した隣部屋の主婦が通報し、女性は一命をとりとめた。

 女性は以前にも発作を起こしたことがあった。助けを呼ぶときは、壁をたたいて知らせることが合図になっていた。
仮設住宅の薄い壁が命綱なのだ。

 「うまく隣人が気づいてくれてよかったが…」と自治会長の後藤嘉男さん(71)。いつも気になるのは入居者の様子。高齢の単身者十九人には特に気を配っているという。


 県内一の被災者を抱える石巻市は、七千二百戸の仮設住宅の入居先を決める際、公平を期すため原則抽選とした。このため、同じ地域の住民がバラバラに分かれて入居。見知らぬ人が隣人になった。


 「周りは田んぼ、何にもないべ」。市中心部から離れた桃生(ものう)町の仮設住宅で、一人暮らしの木村勝夫さん(70)がこぼす。

町までの巡回バスは一日二便。
五十一戸ある仮設住宅は空き部屋が多く、日中も人の気配がない。


 木村さんは足が不自由で出歩けず、買い物はヘルパーに頼むが、調理に苦労する。
昼すぎ、テーブルの上には卵かけご飯の残りと焼酎。三年前まで建築業をしていたが、今は生活保護に頼る。
マッチ箱に入れられたような生活。おかしくなる」とコップに焼酎をついだ。


 同じ仮設住宅で一人で暮らす亀井洋さん(45)は震災後に職を失い、今年に入ってようやく、仙台港での荷揚げのアルバイトを紹介してもらった。

日当は一万二百五十円だが、仕事があるときだけの臨時アルバイト。
「少ないと月に五日程度、十日働けたらいい方。朝晩自炊して食べていくのがやっと。全く先が見えない」と話す。


 四月半ば、市内の田んぼの中に立つ仮設住宅で、五十二歳の男性と知人の三十六歳の女性の遺体が見つかった。死後一〜二週間。男性が先に病死し、女性が後で亡くなったとみられる。


 「死」のニュースは、仮設住宅で暮らす被災者にとって人ごとではない。「ドキッとするんです」と万石浦の後藤さんは話す。
昨年九月にも別の仮設住宅で一人暮らしの男性が刃物で腹を刺して命を絶っている。


 炊き出しなどで被災者を支援するNPO法人「フェアトレード東北」の佐藤大知さん(26)は「仮設住宅の規模や場所によって支援の届き方に格差が出ている。

市中心部から離れた仮設住宅には支援が行き届かず、孤立している人が点在している」と訴える。

posted by 小だぬき at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする