2012年05月29日

「消費増税すれば税収増」のウソは過去2回の歴史が証明済み

「消費増税すれば税収増」のウソは過去2回の歴史が証明済み
2012.05.29 07:00   NEWSポストセブン

消費税引き上げ論議の中、多くのマスコミが「財政赤字だから増税は不可欠」と宣伝し、「増税すれば財政再建できる」と主張するが、それは間違いだと指摘するのは東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏だ。
以下は長谷川氏の解説だ。


 * * *
 国会で消費税引き上げ論議が本格化してきた。

私は、かつて野田自身が言ったように
「増税の前に霞が関に巣くうシロアリ退治が不可欠」と考える。 
 
 百歩譲って増税が必要としても、欧州危機などで景気の先行きが不透明ないま、適切なタイミングではない。

増税が税収増にならないからだ。


 多くのマスコミが「財政赤字だから増税は不可欠」と宣伝するので、つい読者も「増税すれば財政再建できる」と思ってしまうかもしれない。

それは間違いだ。財務省だって、増税が必ずしも税収増に結びつかないことくらい分かっている。

国民をだますには、危機を煽るのが手っ取り早いと思っているだけなのだ


 増税が税収増にならないのは、事実が物語っている。

消費税を導入したのは竹下登内閣当時の1989年4月だった。
当時はバブル真っ盛りで所得税も法人税も右肩上がりを続けていたが、翌年にバブルが崩壊すると、まもなく減少に転じてしまう。


 1997年4月に橋本龍太郎内閣が5%に引き上げた後は、所得税も法人税も振幅はあるが緩やかに減少傾向をたどった。


 結果として、一般会計の税収は90年度の60.1兆円をピークに全体として年々減り続け、2010年度決算では41.5兆円にまで落ち込んだ。

消費税を導入してから、一度もピークの税収に戻ったことがない。


 こう言うと、財務省は「1989年以降はバブル崩壊、1997年以降は当時のアジア通貨危機と山一証券破綻など金融危機の影響が大きく、消費税引き上げが原因ではない」と反論する。

景気低迷はデフレを放置した日本銀行の責任もあるから、すべてが増税のせいというつもりはない。


 だが、ポイントは「税率アップが税収増にならなかった」という事実である。

本来なら目的は税収増であって、増税ではないはずだ。

ところが、いまの議論は税率引き上げが焦点になって、肝心の「税収をどう増やすか」という目的が後回しになっている。


 世界を見ると、フランス大統領選とギリシャ総選挙を経て各国が冷静さを取り戻しつつあるようだ。
先の主要国首脳会議(G8サミット)は財政再建とともに経済成長重視を強調した。
緊縮財政一本槍では経済が落ち込むばかりで危機がますます深刻化するという認識が深まったのだ。


 そうなると、増税路線をひた走る野田の異常さが浮き彫りになる。産経新聞がその辺を伝えている。


「欧州債務危機脱却に向け、各国首脳が『財政再建と経済成長の両立が不可欠』との認識で一致する中、(野田)首相は具体的な成長戦略に言及しなかったばかりか、国際公約のはずの消費税増税までも国会審議への影響を憂慮してトーンダウン」「日本の成長戦略については『今年度は2 %を上回る経済成長を実現させたい』と抱負を述べただけで方策には触れなかった。これでは増税による景気縮小とデフレ圧力に対して無策であることを露呈したに等しい」(5月21日付)


 野田は増税を訴えるだけで、成長政策がないという認識は正しい。

日本が本当に税収増を目指そうとするなら、答えは消費税引き上げではなく経済成長の復活である。

当たり前の話なのだが、20年の大停滞で「日本はもう成長できない」と多くの人が思い込んでしまったのではないか。

(文中敬称略)
※週刊ポスト2012年6月8日号

posted by 小だぬき at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過労社会 防げなかった死<下> 命より大切な仕事って

過労社会 防げなかった死<下> 命より大切な仕事って
2012年5月28日 東京新聞朝刊

働き過ぎから心身ともに追い詰められる「過労社会」をつぶさに目撃してきたのは、女性たちだ。

ある日突然倒れた夫や子どもを日々、会社に送り出してきた。


 「国に要請しても裁判に訴えても過労死は減らない」


 約二百五十人の過労死遺族でつくる「全国過労死を考える家族の会」代表の寺西笑子(えみこ)さん(63)=京都市=は昨年十一月、衆院議員会館でマイクを握った。議員らを前に「過労死防止基本法(仮称)」の制定を訴えた。


 寺西さんは一九九六年、そば店で働く夫を過労自殺で失った。労災申請しようと、新聞に載っていた電話相談「過労死一一〇番」にかけた。


 応対したのが現在、「過労死弁護団全国連絡会議」事務局次長を務める岩城穣(ゆたか)弁護士(55)だった。
「まだ自殺の認定基準はなく、現状では認定は難しい」と寺西さんに告げた後、こう持ち掛けた。
「新たな基準を作るために僕も頑張っている。一緒に頑張りませんか」。
以来、寺西さんは岩城弁護士と行動を共にしてきた。


 「過労死」という言葉は、三人の医師が八二年に出版した書籍に初めて登場する。

当時は、労働者の急死の原因を解明し、労災認定を求めようと、一部の弁護士や医師らが活動を始めたばかり。岩城弁護士は「会社の責任を問う発想はなかった」と振り返る。

 八八年に大阪の弁護士らが始めた過労死一一〇番をきっかけに、遺族が立ち上がる。各地で家族の会が設立され、九一年に全国組織となった。

遺族は弁護団と連携し、労災申請や企業の責任を問う裁判を次々と起こした。


 労災認定に数年、裁判ならばさらに数年。会社から協力は得られず、遺族自身が過労を示す内部資料や同僚の証言を集めて回った。

勝訴すれば、成功例として会員の中でノウハウを情報交換した。会員の裁判が先駆けとなって判例も生まれ、過労死への社会的関心も高まっていった。

寺西さんも十年かけて会社側に責任を認めさせ、裁判で和解。
家族の会は、労災認定の基準を緩和させる原動力となった。

過労死の主因である「脳・心臓疾患」と「精神障害」の労災認定率は、九七年に約13%だったのが、二〇一〇年には約30%にまで伸びた。


 「日本人は身を粉にして働くことを美徳としてきた。
法律を作り、こうした働き方を考えるきっかけにしたい」と寺西さん。
基本法に、国や企業の責任を明確にし、政府の重点施策に過労死防止を盛り込むことなどを求めている。


 家族の会などは現在、全国で署名活動を行っており、すでに十六万人分が集まった。六月六日に再び、議員会館で集会を開く。


 「命より大切な仕事って何ですか」。家族を奪われた女性たちの訴えから、過労死根絶へ大きなうねりが起きつつある。

(中沢誠と皆川剛が担当しました)


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posted by 小だぬき at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする