2012年07月04日

ドナー家族の苦悩

【私説・論説室から】
ドナー家族の苦悩
2012年7月4日  東京新聞

 子どもたちに、どう説明したらいいのか。


 私の妻は脳死による臓器提供を希望している。
それは最大限尊重したい、そう思いながら「分かった」と素直に言えないでいる。


 六歳未満の男児が脳死による臓器提供をした。

ドナー(提供者)の両親の重い決断には敬意を抱く。


 改正臓器移植法では本人の意思表示がなくても家族が承諾すれば提供できるようになった。


 改正で逆に心配になったことがある。

本人に意思表示があれば、周囲から脳死での提供は当然と思われないかという点だ。
この場合でも家族は脳死に対する考えを問われるからだ。


 自分は脳死を死とすることに抵抗がある。まして小学四年と六歳の子どもたちは、体が温かく心臓も鼓動している母親を前にそう納得するだろうか。


 妻の意思を生かそうと思えば、脳死を受け入れねばならない。
提供を拒否すれば、本人の意思を無視したと悩むことになる。
どちらの決断もつらい。

結局、本人の意思表示があっても家族の悩みは尽きない。


 今回の六歳未満児の一連の報道は、脳死が人の死であることを前提にしている。

法律ではそうだからだろうが、それに違和感を覚えた。少し一方的に感じた。


 臓器提供を待つ患者や家族のことを思えば移植医療の意義は理解する。

だが、今回の報道に思わず立ちすくんでしまったのは自分だけだろうか。 

(鈴木 穣)

posted by 小だぬき at 08:38| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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