2012年07月28日

つながる:ソーシャルメディアと記者 マスコミ批判に反省

つながる:ソーシャルメディアと記者 マスコミ批判に反省=三沢耕平
毎日新聞 2012年07月28日 東京朝刊

首相官邸前で原発再稼働に抗議するデモが続いている。

関西電力大飯原発の再稼働に向けた議論が山場を迎えた今春以降、週を追うごとに参加者が増加。
組織的なデモと異なるので規模の把握は難しいが、警察発表でも参加者は数万人単位に膨れ上がっている。

これまでのデモとの大きな違いはツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアを通して拡大している点だ。

 大飯原発が再稼働した直後の7月6日。私もデモに足を運んだ。
笛を吹きながら小刻みに跳び上がる人。
太鼓のリズムに合わせて拳を振り上げる者。
老若男女を問わず、それぞれがそれぞれのスタイルで抗議の意思を表していた。
小雨にもかかわらず、手作りのプラカードを掲げて「再稼働反対」の声を上げる参加者の熱気に驚いた。

隣にいた古参の議員秘書も「これほどの人が官邸を取り囲むのは安保闘争以来だ」と驚いていた。

ただ、私が最も印象に残ったのは「再稼働反対」の声ではない。

「腐った新聞」「新聞はうそつき」などと記したマスコミ批判のプラカードだった。

この春、ツイッターを始めた私の元にも、報道のあり方を問う批判の声が容赦なく寄せられている。
「原発の危険性をなぜ見抜けなかったのか」「規制当局と癒着しているのではないのか」という類いのものだ。

東日本大震災前に東電を担当した当時の私は原発を推進すべきだと考えていた。
人口減少が続く日本が成長するためには原子力大国となって世界をリードしなければならないとも考えていた。

報道の使命が取材対象をチェックし、そこに潜む問題点を検証することにあると考えると、東電の原発の安全性に疑問を抱かなかった時点で、こうした批判は私は的を射ていると思うし、反省しなければならない。

 
ソーシャルメディアの魅力は考え方や価値観の違う世界とつながることだと感じている。
限られた価値観の中で形成された原発安全神話に依拠した昔の自分を振り切るためにも、ツイッターで広がるデモにはこれからも足を運び続けたい。【東京経済部】

posted by 小だぬき at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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