2012年08月01日

社説:発達障害者判決 厳罰より社会支援を

社説:発達障害者判決 厳罰より社会支援を
毎日新聞 2012年08月01日 02時30分

姉を殺害したとして起訴された42歳の男の裁判員裁判で大阪地裁は、被告を広汎(こうはん)性発達障害の一つ、アスペルガー症候群と認定したうえで、殺人罪の有期刑の上限となる懲役20年を言い渡した。

検察側の懲役16年の求刑が軽いと判断したものだ。


 判決は、家族が同居を断っており、「社会に障害に対応できる受け皿が何ら用意されておらず、その見込みもない」との理由で「許される限り長期間刑務所に収容し、内省を深めさせる必要がある」と述べた。

家族の支援が望めないならば刑務所に入れという結論で「それが社会秩序の維持にも資する」とも指摘した。


 被告は不登校から引きこもりとなった。
それを姉のせいだと思い込み、恨みを募らせての犯行に、アスペルガー症候群が影響したと判決は認めた。

一方で、最終的に被告の意思で犯行に踏み切ったとして、障害の影響を考慮すべきだという弁護側主張を退け、計画的で残酷な犯行であり刑事責任は重大と判断した。


 発達障害者の社会支援は05年の法施行以降、各都道府県に支援センターが設置された。
福祉サービスを受けて地域で暮らしている発達障害者は大勢いる。

罪を犯した障害者についても地域生活定着支援センターが全都道府県に設置されている。

長崎県雲仙市の社会福祉法人は罪を犯した発達障害者・知的障害者を受け入れ、社会復帰の訓練が検察庁や裁判所から評価されている。

そのため懲役刑ではなく、その更生保護施設での処遇を求める求刑や判決が出ている。
判決の「受け皿が何ら用意されておらず、その見込みもない」というのは間違っていないか。

 また、国内の刑務所には発達障害の特性に合った矯正プログラムがほとんどない。
アスペルガー症候群の特徴として、相手の感情や周囲の空気を読み取るのが苦手で、自ら深く反省する気持ちがあってもそれを表現することがうまくできないことが指摘される。

刑務所に長期間収容するだけでは内省を深めることが期待できず、むしろ再犯リスクが高まり、社会の秩序維持にとってもマイナスだ。
受刑することの意味を真に理解し内省を深めるためには、障害の特性に合ったコミュニケーションや心理的アプローチが必要だ。


 「発達障害は伝統的な子育てで予防できる」と指摘した家庭教育支援条例案を議員提出する動きが5月に大阪市議会であった。
内容に根拠がなく偏見を助長するとの抗議を受け撤回したものの、障害への誤解も後を絶たない。

地域の施設で立ち直りを図ることが結果的に社会の安全につながる。
ケアが再発防止に有効という意識が不可欠だ。

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2012年08月02日

民主党政権で“国民の生活が台無し”?

【編集局から】民主党政権で“国民の生活が台無し”?
2012.08.01  zakzak

 ロンドン五輪で日本選手が素晴しい活躍をして、列島は大盛り上がりです。

そんななか、民主党は先月30日まで、小沢一郎氏に奪われた「国民の生活が第一」に代わる新しいキャッチコピーを公募していましたが、低調のようです。

 若手議員は「政権交代後の誇れる実績がないから難しい。
自分の案が採用されないのもイヤだ」という理由で、提出しなかったそうです。

 片や、次々と案が飛び交っているのがインターネット上。

旧コピーをもじった「国民の生活が台無し」や「国民の生活が2番じゃダメなんでしょうか?」、“公約違反”を意識した「トラストミー・アゲイン」、「もう一度だけ騙したい」、「一日一嘘」など、民主党への痛烈な揶揄(やゆ)が大多数ですが…。

 マキャベリは「君主論」に、「君主は政権を維持するために憎悪と軽蔑を招かないようにしなければならない」との趣旨を記しました。

コピー案からは、少なからず「軽蔑」が感じられるだけに、次期衆院選で民主党は苦戦しそうです。(S)

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2012年08月03日

“金メダリスト”岩崎恭子との思い出…実家に入り浸り

“金メダリスト”岩崎恭子との思い出…実家に入り浸り
2012.08.02
武藤まき子 
中国放送(広島)アナウンサーを経て、フジテレビ「おはよう!ナイスディ」のリポーターに。フジテレビ専属リポーターとして『情報プレゼンター とくダネ!』に出演中。芸能、歌舞伎、皇室を主に担当する。著書にリポーター人生を綴ったエッセイ『つたえびと』(扶桑社刊)

いやぁ、汗が止まらない。
猛暑お見舞い申し上げます。
8時間の時差があるロンドンからは連日の熱戦。
私にとって忘れられない場所である。

 1997年8月31日。
あのダイアナ皇太子妃の事故死を日本の情報番組の中でいち早くお伝えした。
バッキンガム宮殿前の特設コーナーからの生中継では、現地スタッフに身ぶり手ぶり。
かの地の朝晩は夏でもひんやりしていた。

 とても悲しい出来事だった。
もう遠い過去とはいえ、ロンドン五輪の開会式でテレビに映ったチャールズ皇太子とカミラ夫人を見ると、複雑な気持ちになった。

 フィナーレで70歳になるポール・マッカートニーが登場すると、ホッとした。
青春時代のビートルズは、私達の洋楽のバイブルみたいなものだった。
アルバム「アビイ・ロード」に収録された「ジ・エンド」から、「ヘイ・ジュード」に至る場面。
朝からリビングで立ち上がって、歌ってしまう私だった。
ああ、炊き出しのお手伝いでも、小倉智昭キャスターのカバン持ちでもいいから、ロンドンに行きたかった!

 オリンピックといえば、日本のスタジオからの“後方支援”で選手の家族や周辺取材もずいぶんやった。

 印象深いのは水泳女子の岩崎恭子ちゃん。
92年、バルセロナオリンピックの競泳女子200m平泳ぎで金メダルをつかんだ。
史上最年少の14歳での獲得に、「今まで生きてた中で、一番幸せです」と名台詞を残した。

 当事、私は静岡県沼津市のご自宅に入り浸りで、おいしい夕飯までごちそうになった。
お元気だったおばあちゃんと仲良くなり、漬物や梅干しをお土産にいただいた。
ご両親からどこよりも早いコメントも。
その分、スポーツ担当記者には相当、にらまれたが…。

 2年ほど前、ホテルのティールームでお茶していると、ガラス越しに美しい女性が現れ、「おまきさーん!」と声がかかった。
あの恭子ちゃんが…。昨年には女の子を出産して、今や1児のママだという。

 オリンピックには、選手とともに歩んだ家族、コーチ、友人らの涙ぐましい努力と感動の物語がある。
だから、昼と夜が逆転しても、見届けたくなる。
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2012年08月04日

主催側 警視庁 食い違うデモ人数なぜ

主催側 警視庁 食い違うデモ人数なぜ
2012年8月4日 東京新聞朝刊

 国会や首相官邸周辺で毎週金曜、原発再稼働への抗議行動が繰り広げられている。
その参加人数が、主催者と警視庁の間で大きく違っている。
なぜ、こんなにかけ離れるのか。そもそも、人数をどうやって数えているのだろう。


 Q どれほどの人が詰め掛けているのか。


 A 七月最終週の抗議行動は、日曜日だった二十九日夜に、集会とデモに続く「国会大包囲」として行われた。
主催者は推定二十万人と発表し、警視庁の幹部は報道機関の取材に一万二千五百人と説明した。主催者発表の十六分の一の規模になる。


 Q どうやって数えているの?


 A 主催者側は六月二十九日の抗議行動の際、午後六時半にスタッフがカウンターで数え、五千〜五千五百人と判明。
その後に人波の長さが伸びた分を掛けて、約二十万人という数字を出した。
最近では数え切れないほどの人が詰め掛けているので、スタッフが区域を決めて、六月二十九日の数字を基に目測で「前より多い」などと情報を集め、人数を推定している。


 Q 警視庁は?


 A 警備の体制を組む上で必要な情報として、およその人数を数えている。
デモでは固まりごとの人数から、集会では会場の面積と人の密集度から、それぞれ算出している。
過去の集会で使われた場所が会場なら「ここがいっぱいになれば何万人」といった経験値も参考にしている。


 Q なぜ警視庁は、人数を発表しないの?


 A 主催者側が発表した人数と差が大きく、警視庁が意図していない論争や混乱を招くし、公表するために集計しているわけでもない、としている。
そのため本紙は、抗議行動の後に警視庁の幹部に取材して「警視庁関係者によると」として、警視庁が数えた概数を記事にしている。


 Q ほかのデモや集会でも、主催者側と警視庁の数字はかけ離れているの?


 A 例えば、七月十六日に東京・代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」で、主催者は十七万人と発表し、警視庁幹部は七万五千人とした。
主催者側は開会式直前の時点で、会場を十区画に分けて概数を目測。積算すると十一万人だったので、その後に増えた分を推定して十七万人と発表した。
一方の警視庁幹部は、公園出入り口で、カウンターを使って手作業で数えたと話した。


 Q 国会前のデモと言えば「六〇年安保闘争」。当時も、主催者と警察で人数が違っていた?


 A 当時の東京新聞によると、新安保条約が自然承認される前日の一九六〇年六月十八日夜、国会前の抗議デモに参加した人数は、主催者調べで三十三万人、警視庁調べでは十三万人。当時から人数に違いがあった。

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2012年08月05日

脱原発 民意明確に 67%「ゼロ」選択

脱原発 民意明確に 67%「ゼロ」選択
 2012年8月5日 07時09分 東京新聞

将来の原発比率をどうするか、政府が国民から意見を聴く会が四日、高松市と福岡市で開かれ、すべての日程が終わった。
全国十一会場で参加者が突きつけた声は、70%近くまでが原発ゼロだった。

細野豪志原発事故担当相が「最も重要な聴取会」と述べた福島市の会場では「すべての原発の即廃炉」が圧倒的だった。

東京電力福島第一原発の事故を受けて明確に示された「脱原発依存」の民意。
政府はその声をしっかり受け止め、政策に反映させていくことが求められる。

 聴取会は七月十四日にさいたま市でスタートし、仙台、名古屋、富山など十一都市で開かれた。
運営をめぐっては、原発比率の選択肢が0%、15%、20〜25%の三つしかない点や、政府が15%を落としどころにしたがっている意図が見え隠れする点をはじめ、さまざまな問題点が浮かび上がった。
  0%の選択肢について発言を希望した人の割合は67・9%に達した。

三つの選択肢以外の発言を求めた人も、会場での声を聴くと「二〇三〇年に0%では遅すぎる」など、もっと切実な0%論を展開する人が多かった。

 15%を選んだ人の中には、本当は0%を選択したいが「当面は代替エネルギーの確保が難しいだろうから」とする消極的な15%論が多かった。

 選択肢ごとの発言枠を設けなかった福島市の聴取会では、発言した三十人のほぼすべてが0%を主張し、そのほとんどが即廃炉を求める内容だった。

 政府は聴取会のほか、インターネットやファクスなどで意見を募るパブリックコメントを、今月十二日まで実施中。

集計はまだされていないが、事務局によると、既に三万件超が寄せられ「0%が多い」という。  
問題なのは、こうして示された民意を、政府が今後のエネルギー政策にどう反映させるかだ。
政府は今月中にも新たな方針を打ち出す予定だが、「九月の民主党代表選で争点にしたくないだけ」と見透かす発言も、聴取会では多かった。
使用済み核燃料や放射性廃棄物の最終処分が白紙状態であることを懸念する声も目立った。
  「国民的議論」をすると言いながら、政党の都合で民意を無視し、十分な検討もせず、重要なエネルギー施策を決めるとしたら、国民の強い批判を招くことになるだろう。 (東京新聞)
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2012年08月06日

見えない放射能の脅威

筆洗
2012.8.6   東京新聞

 <とにかく戦争はこの間すんだんだね。
そのくせ俺たちは戦争のために死んで行くんだぜ。
戦争がすんでもまだ戦争のために現にこうやって死んで行くんだね。
そいつが不思議なんだ>。
原爆症で死期を悟った男性が、医師に語りかけている

▼原民喜とともに、最も早い時期に自らの被爆体験を小説にした作家大田洋子の『屍(しかばね)の街』の中で最も印象に残る場面だ。
戦争は終わったのになぜ死ぬのか。素朴な疑問に胸を打たれる

▼被爆後、元気だった人も、斑点が肌に現れると死期が近い。見えない放射能の脅威は、福島第一原発の事故を経験した私たちが直面している問題そのものだ

▼戦前、私小説などを書く流行作家だった大田は被爆を機に作風が一変した。
故郷の惨状を徹底して書き、原爆しか書けない作家という烙印(らくいん)を押された

▼代表作になった『屍の街』は一九四八年十一月に出版されたが、占領軍の検閲を考慮し一部を削除。完全版の刊行まで被爆から五年近くかかった。
書く責任を果たして死にたいと、生死をさまよいながら障子紙やちり紙に書きなぐった。
構成など考える余裕はなく、「きわめて部分的な体験しか書いていない」と後悔もした

▼小さな物語かもしれないが、体験者でなければ絶対に書けない真実が宿っている。
女性作家の使命感は確かに作品を歴史に刻んだ。
きょうは六十七回目の広島原爆忌。


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2012年08月07日

不信任案可決はあるのか 消費増税は潰れるのか

不信任案可決はあるのか 消費増税は潰れるのか
2012年8月4日 日刊ゲンダイ掲載

野党7党が共同提出

<ここで谷垣が裏切ったら野田への批判は自民党へ向かう> 

野党7党が7日にも共同で内閣不信任案を出すことで合意した。
各党の思惑はともかく、消費増税法案成立前の提出は、一種の「政局」だが、果たしてこの動きは広がるのかどうか。

 焦点は3つだ。まず自民、公明はどうするのか。

「自民党は、問責だ、不信任案提出だと騒いできたが、もちろん、ブラフ。増税法案採決をお盆前にさせ、早期解散を約束させるのが狙いです。

そうやって野田政権を揺さぶって、来週中に消費増税を確定させ、お盆明けからは、ゆっくり解散政局をつくろうと考えていた。

ただ、他の野党7党が不信任案提出を決めてしまったため、状況は変わった。

不信任案に反対したら野田を『信任』したことになってしまうから、それはできない。
党内では小泉進次郎など若手が3党合意を破棄しろと騒ぎ、それも無視できない。
週明けくらいに野田首相がお盆前の採決と早期解散を約束しないと、自民党も不信任案提出に乗らざるを得ません」(政治ジャーナリスト)

 その場合、自民党は違う理由で不信任案を提出。それに野党7党が合流することになる。
残る公明党はヌエだから、自民党が腹を決めれば、ついていく。

 第2の焦点は、民主党内の造反だ。仮に全野党が足並みそろえて不信任案に賛成しても、可決には15人足りない。そこで鳩山元首相など衆院の消費増税反対組の動きが問題になるのだが、民主党関係者はこう言った。

「消費増税法案の衆院通過に反対しておいて、今度は野田首相を信任するのは難しい。それに総選挙に向けて、彼らは無所属で戦った方が有利と計算しているから、可決できるなら不信任案に乗る可能性が出てきます」
 ギリギリ、これもクリアしそうだ。

 野田が不信任される光景が迫ってきたのだが、そうなると、消費増税は潰れるのか。これが3番目の焦点だ。

「来週にも不信任案が可決されたら、衆院解散か内閣総辞職なので、もちろん増税法案は廃案。パーです。それだけに、財務省や大マスコミがそんな状況を許すのか不透明。

自公に圧力をかけることは十二分にあります。

ただ、いったん廃案になっても自公が政権復帰すれば、増税法案は実現できるし、自公もそのつもりでいる。
総選挙をクリアしたというメリットも生まれる。
財務省や大マスコミにとって、不信任案可決は目をつむることができる選択肢なのです」(前出のジャーナリスト)

 不信任案可決も、消費増税の廃案も十分に見えてきた。

要は、二枚舌のズルいだけの自民党がこの正念場で勝負に出られるかどうかだけだ。

ここまで機が熟しながら、谷垣が来週、野田と手打ちして3党合意維持なんてなったら、永久に「裏切り政党」と呼ばれ、増税に反対する6割の批判は自民党に集中する。それだけは覚悟すべきだ。
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2012年08月08日

消費税増税法案 国民に信を問う潮時だ

消費税増税法案 国民に信を問う潮時だ
2012.8.8    東京新聞社説

内閣不信任決議案と首相問責決議案が提出された。民主党マニフェストに違反する消費税増税の強行は許されない。野田佳彦首相にとって衆院を解散して国民に信を問う潮時ではないのか。


 不信任決議案と問責決議案を提出したのは自民、公明両党以外の野党各党だ。提案理由を「消費税増税は民主党の公約違反で、国民の声に背く野田内閣は信任に値しない」とする。


 不信任決議案はいまのところ否決される公算が大きいが、問責決議は可決される可能性がある。決議には法的拘束力はないものの、可決されればすべての国会審議が止まる。首相は重く受け止めるべきだ。


 消費税を増税する社会保障と税の「一体」改革法案は、二〇〇九年衆院選の民主党マニフェストに反する。盛り込まれておらず、消費税増税はしないと公約して政権に就いたのではなかったか。


 消費税増税に転換するのなら、衆院を解散して国民にその是非を問うのが筋だ。公約違反と理解しながら強行するのは、国民に対するだまし討ちと言ってもよい。



 自民党は首相が衆院解散を確約しなければ、ほかの野党とは別に不信任決議案と問責決議案を独自に提出するという。野田内閣の支持率が低迷するうちに衆院選に持ち込んだ方が党勢拡大が見込めると踏んだのだろう。


 しかし、消費税増税という民主党のマニフェスト違反に加担しながら、解散の確約がなければ「一体」改革法案の成立に協力しないというのは理解しがたい。



 社会保障改革を先送りし、政府や国会の無駄にも切り込まず、消費税だけが増税される、名ばかりの「一体」改革法案は本来、成立させるべきではない。


 とはいえ、国民の生活に大きな影響を与える消費税増税を衆院解散の取引材料にしてもよいのか。自民党の対応は、党利党略との批判を免れないのではないか。


 国権の最高機関であり、唯一の立法機関である国会の仕事は、法律をつくり、国民の生活のために政策を実現することだ。


 しかし、歳入の四割を占める赤字国債発行のための特例公債法案や、衆院「一票の格差」是正など緊急を要する案件も手付かずだ。そんな状況で、与野党は責任を果たしたと胸を張れるのだろうか。


 消費税増税前にやるべき改革、処理すべき案件は数多くある。
それをやろうとしない首相にはもはや政権を委ねることはできない。

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1945年8月9日、午前11時2分 長崎原爆投下



明日、長崎原爆慰霊の日
    
広島・長崎の被爆国日本。
福島で被爆加害国になった日本・東電。

いまだ、事故原因も終息方法もわからない原子力発電所。

大飯原発再稼働などの国民生命無視の決定。

消費増税だけでなく 3.11の被災復興と再建資金・賠償金支給の遅れ。原発廃炉に向けて、次の総選挙の入場券でこそ 民主党・自民党・公明党にNo!!を 表明したい。
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2012年08月09日

どうにもとまらない永田町の不快指数

天声人語
2012.8.9    朝日新聞

立秋すぎて暑いのはいつものことだから我慢しよう。
五輪や甲子園が熱いのも当たり前。
どうにもならないのが永田町の不快指数である。消費増税案の採決をめぐる駆け引きが、またぞろ政争に転じた

▼総選挙を待ちきれない自民党は、野田首相に早期解散の確約を迫る。
さもないと増税の合意はご破算だと。
党首会談の結果、増税法案の成立と「近いうち」の解散で合意したが、その時期はどうにでも解釈できる。
選挙が怖い民主党内では「野田おろし」の気配もあるらしい

▼消費増税は世論を二分する苦い政策だ。
だが、これほどの財政赤字を放置すれば国家の信用が揺らぐ。
決められない政治に、市場は「日本売り」の準備を始めよう。
金利は上がり、住宅ローンや景気に響きかねない

▼そもそも、借金を子や孫に回す生き方を省みる時である。
自省の末とみえた3党合意が、ひと皮むけば政局とは呆(あき)れる。

一に当選、二に入閣、三四がなくて五にゴルフ、そんな「旧型」議員が多すぎないか

▼来(きた)るべき政界再編では、複数の「政策党」と一つの「政局党」に分かれてほしいものだ。政争が好きな政局党はそのうち消えてなくなる。
政界に未練のある議員は、縁のある政策党に選挙対策の「軍師」として雇われたらいい

▼〈政治家の顔みたくなき暑さかな〉三上触男(ふれお)。
さすがに脂ぎった面相は減ったけれど、していることが古臭い、そして大人げない。政権交代の予感に満ちた3年前の熱はどこへやら、ひたすら暑苦しい夏である。

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2012年08月10日

社説:学力テスト 調査のための調査では

社説:学力テスト 調査のための調査では

毎日新聞 2012年08月10日 02時31分

 小学校6年、中学3年を対象に抽出実施した今年度の全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果が出た。

今回は07年度以来続けている国語、算数・数学の2教科に初めて理科を加え、3教科で行われた。

 理科は、他の2教科同様に応用が苦手な傾向が表れた。

質問調査でも、理科が嫌い、授業がわからないという回答が中学でぐんと増えた。
文部科学省は「理科離れ」といわれる実情が、この調査で「確認」できたという。


 「確認」が成果であっては、いかにも心もとない。

子供たちの理科離れ、理科嫌いといった傾向は既にさまざまな国内外の調査などで明らかだ。肝心なのは、「離れ」させない、きめ細かな対策の方だ。


 確かに工夫された良問もあり、手間をかけたテストだ。

しかし今のところ、いわば学力問題の“症状”を整理したにとどまってはいないか。


 来年は全校調査(悉皆(しっかい)調査)が行われる。
10年度に抽出に移行した際、数年に1度は全校調査をやるとしていたものだが、必要があるだろうか。
全体の理解度や得手不得手の傾向を的確につかみ、それを参考に各現場で指導法の改善を図るには、抽出で十分だという指摘がある。


 全校調査は、自治体によっては地域間、学校間で正答率の順位競争をもたらしかねない。
現に過去の全校調査では一部でそれが表れた。

本来このテストは、事後の活用による授業改善が主眼のはずだ。だが、このテストの活用について、例えば中学ではこの4年、2〜3割が「ほとんどしていない」と答えている。


 教室外でも職務負担が大きい教員に、新学習指導要領で教える内容を増やし、さらに学力テストを基に指導改善を求めても容易ではない。


 学校現場が必要なのは改善のポイント、具体的な手法である。

国語、算数・数学で「知識問題はできても、応用が苦手」といった結果を毎年のように解説するより、「じゃ、どうする」にもっと集中的に力点を置いた施策を促進すべきだろう。

 1960年代に過熱し、とりやめになった当時の学力テストでも、毎年同傾向を見るだけなら、なぜ必要かとの批判があった。


 文科省は9月、全国都道府県教育委員会の学力テスト担当者らを集め、テストの授業活用法を説くという。その際、現場側の意見や要望もぜひ集約してほしい。


 これまでのテストは状況を「確認」こそすれ、新傾向を浮かび上がらせたとはいい難い。その意味でも、テストは実施するにしても間隔を空け、抽出方式で足りるだろう。


 毎年要する巨費は、読解力や理科教育の拡充など、もっと具体的で手厚い施策に回してはどうか。

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2012年08月11日

消費増税法案参院可決:「何を信じていいか」有権者、迷走政局に怒り

消費増税法案参院可決:「何を信じていいか」有権者、迷走政局に怒り
2012年8月11日(土)0時25分配信 神奈川新聞

「党利党略ばかり」「何を信じたらいいか分からない」―。

消費税増税関連法が成立した10日、県内有権者からは批判の声が相次いだ。
増税そのものだけではなく、「3党合意」や「解散時期の明示」をめぐり迷走した政局に、「本当に国民のことを考えているのか」と怒りをあらわにした。


「弱者は死ね、と言わんばかりだ」。県央地区で生活保護を受けている男性(68)は憤りを隠さない。
増税となれば支出が増え、今まで以上に切り詰めた生活を強いられるのに、議員定数などは削減されないまま。
「一刻も早く解散を」と訴える一方、「今の政治に納得できない。次は投票に行かないかも」と悩む。


横浜市金沢区のレジャー施設に子どもと訪れていた同市南区のパート女性(39)は、3年前の総選挙で民主党の候補に投票した。
「消費税は上げない」というマニフェストを信じたからだ。
野田佳彦首相は関連法成立後の会見で陳謝したが、「これから何を信じたらいいのか」とため息をつく。


関心のない有権者も。横浜・みなとみらい21地区に遊びに来ていた東京都内の私立大学3年の男子学生(20)は、政治ニュースより、開催中のロンドン五輪中継を見る方が楽しいという。
「政治のことは、大学を卒業してから考える」と素っ気なく話した。


にぎやかな五輪報道の陰で展開された政局に、「国民を無視している」と不快感をあらわにするのは、三浦市の自営業の女性(41)。
景気回復の実感はないとして、「高齢者向けの社会保障だけでなく、景気対策など現役世代への政策も必要」と強調した。

横浜市都筑区の男性会社員(41)は「ただの足の引っ張り合い」と今回の迷走を切り捨てた。 

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2012年08月12日

ネット右翼への疑問 鈴木邦夫氏

鈴木邦夫 ネット右翼の「朝鮮人は帰れ」攻撃が国守るか疑問
2012.08.11 07:00  NEWSポストセブン

ネット上で発生し、一部は街頭に出て活動する「ウヨク」(ネット右翼=ネトウヨ)たちを、“本家”の「右翼」はどう見ているのか。
民族派団体、一水会顧問の鈴木邦男氏は、「かつての私を見ているようだ」とした上で、「しかし彼らには、考えの異なる敵とぶつかり、正面から討論することにもっと挑んでほしい」と苦言を呈す。
以下、鈴木氏の主張である。

 * * *
 ネット右翼がネット上で、相手を匿名で攻撃するのは卑怯であり、それは主張でも何でもない。

しかし、「主権回復を目指す会」の西村修平氏や「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の桜井誠氏らが登場した時は、顔や名前を出して堂々と活動しているという意味で、評価できた。
また、当初は彼らの運動方針ややり方を、いくつかの点で“うまい”とも思った。


 例えば、自らを「右翼」ではなく、「市民運動」だと言う。
その上で、ネットを利用して賛同者を募り、一般の人が入りやすい状況を作っている。また、街宣活動をする際は事前に警察と打ち合わせをして、捕まらないような対策を取っていると聞いている。
それまで運動に関わったことのない人でも入っていけるような間口の広さから、“右翼版べ平連”のようにも感じた。


 ただ、彼らの行なう街宣やデモを目にすると、首を捻りたくなることが多い。


 例えば、映画「靖国 YASUKUNI」(2008年)上映への抗議活動では、右翼の中でも「彼らはよくやっている」と評価する声が聞かれた。

しかし、不法滞在を理由に強制送還を迫られていたフィリピン人一家に対し、当時中学生だった娘の通う中学校の前で「日本から叩き出せ!」と叫ぶデモ(2009年)や、「ザ・コーヴ」上映映画館の支配人宅まで押しかけて玄関前で街宣を行ない(2010年)、その様子を動画で公開したことなどを見るにつけ、「これは運動ではなく弱い者いじめだ」と、右翼の多くは否定的になった。


 彼らが街宣やデモで叫ぶ「朝鮮人は国に帰れ」という嫌がらせや汚い罵りは聞くに堪えない。
他ならぬ私も、彼らの街宣現場で話し合いを申し入れたら、「朝鮮人! 帰れ!」と攻撃された。
人の心に潜む差別意識や排外意識を露骨に出して罵倒する姿を見せられると、これが本当に「国を守る」ことなのだろうか、と疑問に思う。


 映画監督で作家の森達也氏は「主語が複数になると、述語が暴走する」と言った。まさに至言だと思う。

例えば
一人の人間が「私はこう思う」と言うなら、発言には責任が伴い、間違った時にはそれを認めて反省することができる。しかし、「私」が「我々」になり、数の力でものを言い始めると、誤りを認めることは容易でなくなり、「我々」は暴走する危険性を持

 私自身もそうだった。学生時代に運動をやっていた当時は、自分と同じ考えを持つ人が10人から100人、1000人から1万人に増えていけば世の中が良くなると単純に信じていた。
それこそ、「反対する者は日本から追い出せ」と言わんばかりの勢いだった。私もかつて、彼らと同じような物言いをしたことは否定できない。


 しかし、私はテレビや雑誌に出て発言し、討論する場を与えられたことで、責任を持った冷静な発言を心がけるようになった。
そうでなければ、「暴走する右翼」で終わっていたかもしれない。


「直接行動で思想を表わすのが右翼だ。お前らは言論メディアに囲い込まれたからダメになったのだ」と批判する右翼もいるが、私は言論で戦うべきだと思う。


 しかし、彼らは街宣を離れた討論の場には出て来ない。
2年ほど前、「ザ・コーヴ」の上映をめぐり、「ニコニコ動画」の生放送で西村氏らと対談する企画が持ち上がったが、直前になってキャンセルされた。
「ニコ生」は私にとっても“アウェー”だが、西村氏らはよほど「敵の土俵」には上がりたくないらしい。

 結局、彼らは集団で街宣し、言いたいことを言うスタイルを崩さない。自分たちが必ず勝てる“ホーム”でしか戦わないのだ。
※SAPIO2012年8月22・29日号
posted by 小だぬき at 11:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

御巣鷹山JAL墜落から27年

若い人には 記憶にもないのでしょうが、日本航空ジャンボ機が群馬県御巣鷹山に墜落して27年の歳月が立ちます。
その前の年から 航空機事故が続き「旅客機」に対する安全神話が崩れそうになった時の出来事、

航空自衛隊のF86戦闘機の戦闘訓練に全日空機を使い、空中衝突全員死亡事件。
・羽田沖で「逆噴射」と機長が叫び、墜落した事故。
・大韓航空機、ソ連戦闘機による撃墜事件

日本だけでなく諸外国でも「旅客機」事故が頻発している中で 日本航空大阪行き123便墜落事故がおきました。

この事故については 未だに米軍撃墜説が消えないほど不可解な事故として鮮明に記憶に残っています。<小だぬきが大阪の研究会のため 3日前に日本航空ジャンボ機に乗り、事故当日の朝 夜行「銀河」で帰宅した夕方に起こった事故だったのです>

18時出発?の123便が 羽田離陸後 30分ほどでダッチロール(制御不能飛行)に入り 突然レーダーから消え 墜落が確実になっても 墜落した場所が特定できず 埼玉県・群馬県県警も確認出来ないとき、最初に発見・救援部隊出動の打診をしたのが米軍だったことから 「米軍関与」説が消えないでいます。

夜、群馬県御巣鷹山と確認されても 登山道もなく救難部隊の現場到着が大幅に遅れたこと。
警察・消防・自衛隊が出動し 凄惨な遺体や肉片を丁寧に集めた主力が自衛隊普通科部隊であったのにも関わらず、報道は警察発表のみ。
幸にも 3名の生存者が発見され、習志野の空挺団所属ヘリコプターで空挺団隊員に救助される場面を見て、自衛隊の姿がやっと見える状態でした(当時の反自衛隊報道主流のマスコミによって)

そのときの検証報道が後になり報道され、自衛隊の持つ災害対処能力が やっと認知されることになります。

歌手の坂本九さんや墜落する中で必死に家族への遺書を書いたサラリーマンの方の姿が 報道されて悲しみを深くしたものです。

520名の犠牲者を出した記録は、8・12連絡会(被災者家族の会)から 「おすたかれくいえむ」と題して毎日新聞社から出版され、多くの人の記憶に刻まれたものです。

小説家の横山秀夫さんが「クライマーズ・ハイ」の題で小説にし、映画テレビでもご覧になった方が多いと思います。

事故調査委員会はジャンボ機の隔壁破損が原因と結論を出しましたが、パイロットの交信記録や突然の制御不能、初動の米軍の早さなどから いまだ「謎」として残っている事故です。

犠牲者・遺族には 申し訳なかったのですが、27年前の私の搭乗機でも起こりえたのかとゾーッとして しばらく搭乗機体を調べ ジャンボを外した記憶が 鮮明によみがえる 8/12 です

posted by 小だぬき at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月13日

思い込みから解放される 

香山リカのココロの万華鏡:思い込みから解放される 
毎日新聞 2012年08月07日 地方版


 全国的に夏休みシーズンに入った。
「診察室もヒマでしょう」と言われるが、実はその反対。例年、夏休みには、女性の受診者が増える傾向がある。


 とくに多いのは、「子どもがずっといるのがしんどい」と訴える母親たち。
誤解がないように言うが、子育てを放棄したり虐待したりしているわけではない。いつも一生懸命、子どもに向き合う熱心な母親たちだ。


 ある母親は言っていた。「自分ひとりだと昼ごはんも朝の残りなどで適当にすませますが、子どもがいるとなるとそうもいかない。

暑いのに火を使って調理するのが、とても苦痛なんです」。
お子さんもいっしょに朝の残りをアレンジしてすませるのはどうですか、と言ってみたが、「それでは栄養バランスが悪くなります」と首を振った。

また別の女性は、毎年のお盆に夫の実家に帰省するのが恐怖、と話した。
「私たちには子どもがいないのですが、実家には夫のきょうだいの子どもたちも集まり、とてもにぎやかです。

その中で必ず“あなたたちはまだなの”という話題になって……」。
この人には「まあね」と笑顔の演技をするかイヤならその場から立ち去ってもいいんじゃない、と助言したのだが、「それではひどい嫁と思われてしまいます」と真剣な表情で言われた。


 夏休み恐怖症の彼女たちは、みんな「子育てはこう、夫の実家ではこう」と自分で決まりごとを作り、それからはずれてはならない、といつも緊張している。

もっとゆるく考えて「なるようになるさ」と思ったり、その場をとりつくろうお芝居で乗り切ったりするのは、「やってはいけない不まじめなこと」と思いこんでいるのだ。


 夏休みは、子どもだけではなくておとなも休むためにある。
その時期さえ気を張って、「こうしなくちゃ」と自分に課題を突きつけるのは、たしかに疲れることだろう。
あまりルールを作らずに、できることをやればいいのではないだろうか


私自身は旅行やアウトドアなどの趣味がないため、夏休みはまとまってとらずに、細切れに何度も取って、ふらっと好きなプロレスを見に行ったり早い時間からビアガーデンに出かけたりする。

もちろんそんなときにはルールなどなく、チケットが売り切れていたり雨でビアガーデンが中止になったりしていたら、急きょ予定を変更、映画や居酒屋に出かけるだけだ。

 夏休みはこうすごさなくちゃ。これをしないようにしなきゃ。そんな思い込みから解放される、それが夏休みの第一歩なのではないだろうか。
posted by 小だぬき at 07:24| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

ネット右翼へ 鈴木邦夫氏

ネット右翼 頭の中で仮想敵を作り「反日」と名指しして罵る
2012.08.13 16:01  NEWSポストセブン

 ネット上で発生し、一部は街頭に出て活動する「ウヨク」(ネット右翼=ネトウヨ)たちを、“本家”の「右翼」はどう見ているのか。
民族派団体、一水会顧問の鈴木邦男氏は、かつての自分の姿を重ね合わせた上で、彼らは言論の場に出て戦うべきだと提言する。
以下、鈴木氏の主張である。

 * * *
 ネット上だけで活動しているネトウヨはもちろん、「主権回復を目指す会」(目指す会)や「在日特権を許さない市民の会」(在特会)の一人ひとりは、寄る辺のない人間だと思う。
だからこそ、「強くなりたい」と願うのだ。

しかし、集団で「我々は日本を背負っている」と言った途端に、人間から巨大ロボットに変身したような気がしてしまう。
それに加え、「北朝鮮に攻め込め」「韓国、中国を許すな」などと発言すると、その錯覚はさらに強まる。これは怖いことだと思う。


 また、彼らはそうした運動の場に、「日の丸」をたくさん掲げ、自分たちは「日本」だと言う。
しかし、外国人に「出て行け」と言う偏狭さが日本と言えるだろうか。


 日本の歴史は、中国や西欧など、あらゆる文明をほとんど無制限に受け容れながら続いてきた。
そうした咀嚼力、自由さ、鷹揚さは日本的であり、素晴らしい。

だからこそ、「これこそが日本で、それ以外は許さない」という姿勢は“日本的でない”、と私は思う。
彼らには、もっと「日の丸」を大事にして欲しい。


 もう一つ、気になることがある。彼らが運動するきっかけの多くがネットであるせいか、敵と戦うことに免疫がないということだ


 私は、学生運動当時に、対立する左翼学生たちとしょっちゅう激論を交わし、時には殴り合った。それでも、敵にも優秀な人間がいる、いい奴がいるということはお互いに分かっていた。


 しかし、ネット右翼は頭の中で架空の敵を作り、それを「反日」だと名指しして罵る。しかし、本当は、ナマの敵を知らないのではないか。


 私は、言論の場に出ることで“いい敵”と出会う機会を得た。そこでは失敗もしたし、却って馬脚を露わしたこともあったと思う。

ただ、敵とたくさん戦うという経験を経たからこそ、自分を冷静に客観視できるようになったのだ。


 例えば、弁護士の遠藤誠氏(故人)のように、思想は100%違っても、尊敬できる敵は何人もいる。
反対に、思想は同じだが尊敬できない人間もいる。

一体感を原動力に運動している間は気付かないが、やがて時間が経つと、仲間の中にさえ、ろくでもない人がいることを知る時が来る。

今後、彼らには、そうした試練が待っているのだと思う。


「自分たちを批判する相手とは会いたくない」「同じ考えの集まりが心地いい」と感じるのは、ネット右翼だけではなく、ネットで知りたい情報だけを読み、気の合う仲間とだけ集まるような、日本社会そのものでもある。


 そして、在特会や目指す会を支えているのは、名前や顔を出さずに拍手喝采を送る大勢の人間だ。
ネット右翼たちには、考えの異なる敵と討論することに挑んでほしい。たとえ仲間から追い出されたとしても、言いたいことが言えるかどうか。
一人ひとりが強くなるためにはどうしたらいいのか。


 そのためには、集団での単なる弱い者いじめをやめ、ネットという「安全地帯」を飛び出して、国のことを考え、発言する勇気を持ってもらいたい。

※SAPIO2012年8月22・29日号
posted by 小だぬき at 10:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

投票で「夢」を見るなら・・

何か 大阪維新の会に 世論調査では比例投票が多いとのこと。
そんなに 愚かな選択をするともおもえませんが・・・。

私は 橋下氏の唯我独尊の政治手法には 反対ですし、この素人集団が 国会に大量進出をすれば 政党政治の否定につながりかねない危険を感じます。
もう多数派の横暴で 政党政治が終わっているとの見方もできますが・・・。

彼が 大阪市を「日本一住みたい街」にしたのならわかりますが、現状は 組合攻撃と給与カット、異論を許さない狭量な独善ではないだろうか・・・。
公務員には、団結権はあっても争議権はありません。また 大阪市役所職員の「政治活動」を禁止しながら 自らは「維新の会」ですか・・・。

橋下氏のしていることと 市役所職員に要求していることのかい離は どう説明するのだろうか??
「従えないのなら辞めればいい」と簡単にいう弁護士市長。
よもや 
公務員には「雇用保険」がないことを 承知でいってるなら 生活者の敵といっもいい。

私の願いは 増税に反対した会派の過半数です。

民主党 → 国民の生活第一、社民党、新党日本、きづな
自民党 → みんなの党、国民の生活第一、新党改革
公明党 → 国民の生活第一、日本共産党

などに 思いきって「一票をかけてみたい」

参議院の「みどりの風」も 推薦候補を立てて欲しい。

そして、対抗候補者が自公民しかいない場合は、よりマシな候補を。
共産党も自公民当選の利敵行為にならないように候補者の配慮を!!

せっかく 3年前に1票で 政治を変え得ることを学習したはずです。

つぎの総選挙で 反増税派を勝利させ 緩やかな政策による連合政府の伝統の一歩を築いてもいいのではと思います。
得体のしれない「維新の会」より よほど夢のある「部分連合」のような気がします。
posted by 小だぬき at 18:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月15日

戦争と原発に向き合う 未来世代へ責任がある



戦争と原発に向き合う 未来世代へ責任がある
2012.8.15   東京新聞社説

 広島、長崎の原爆忌を経て、六十七回目の終戦記念日です。
東日本大震災と福島第一原発事故後の八月は、戦争と原発に向き合う月になりました。

 毎週金曜夜に恒例となった首相官邸前の反原発デモは、ロンドン五輪の晩も、消費税増税法成立の夜も数万の人を集めて、収束どころか拡大の気配です。
政府の全国十一市でのエネルギー政策意見聴取会でも原発ゼロが七割で「即廃炉」意見も多数でした。

 二〇三〇年の原発比率をどうするのか。原発ゼロの選択は、われわれの価値観と生活スタイルを根元から変えることをも意味します。その勇気と気概、覚悟があるか、試されようとしています。


 二〇三〇年の原発比率をどうするのか。
原発ゼロの選択は、われわれの価値観と生活スタイルを根元から変えることをも意味します。
その勇気と気概、覚悟があるか、試されようとしています。

◆内なる成長信仰

なおそれまで散発的だった各地の反原発抗議行動の火に油を注いだのは、関西電力大飯原発の再稼働を表明した野田佳彦首相の六月八日の記者会見でした。
安全確認がおざなりなうえに、「原発を止めたままでは日本の社会は立ちゆかない」と、再稼働の理由が経済成長と原発推進という従来の国策のまま。
「夏場限定の再稼働では国民の生活は守れない」とまで踏み込んでいました。

 反原発や脱原発の市民が怒る一方で財界、産業界が安堵(あんど)、歓迎したのはもちろんです。
最大手全国新聞の主筆は野田首相の「反ポピュリズム」的決断と評価、「電力・エネルギー不安を引き金とする経済破局は避けられるに違いない」と論評しています。


 原発に関する世論調査では奇妙な傾向に気づきます。新聞やテレビの調査では、原発ゼロを求める声は、街頭に繰り出しているような勢いがなく、日本経済のために原発推進が少なくないことです。
四十年前、水俣病の原因がチッソ水俣工場の廃液だったことが判明したあともチッソ擁護市民が少なくなかったように、フクシマ後も。
われわれの内なる成長信仰は容易には変わらないようです。


◆倫理と規範と人の道

 しかし、経済以上に忘れてはならない大切なものがあります。
倫理や規範、あるいは人の道です。


 作家村上春樹さんは、昨年の六月、スペイン・バルセロナのカタルーニャ国際賞授賞式のスピーチで、福島原発事故をめぐって「原発を許した我々は被害者であると同時に加害者。そのことを厳しく見つめなおさないと同じ失敗を繰り返す」と語りました。


 村上さんの悔恨は、急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、大事な道筋を見失ってしまったことでした。

核爆弾を投下された国民として技術と叡智(えいち)を結集、原発に代わるエネルギーを国家レベルで追求、開発する。
それを日本の戦後の歩みの中心命題に据えるべきだった。
そんな骨太の倫理と規範、社会的メッセージが必要だった。
世界に貢献できる機会になったはずだったというのです。
我々は原発に警告を発した人々に貼られたレッテルの「非現実的な夢想家」でなくてはならないのだ、とも。

 日本の原発は老朽化の末期症状から大事故の危険性があり、廃炉の研究も十分には進んでいません。
毎日大量に生み出される低レベル放射性廃棄物で三百年、高レベルだと十万年の厳重な隔離管理が必要です。
人知が及ばない時空、利便や快適な生活のために危険な放射性廃棄物を垂れ流しているとすれば、脱原発こそが、われわれの未来世代に対する倫理であり、人の道だと思えるのです。

千年に一度の大震災と原発事故は、人々を打ちのめしましたが、日本が受け入れてきた西洋文明や思想、科学技術について考える機会ともなりました。
文明の転換期のようです。
成長から脱成長の時代へ。どんな時代、国、社会へと変わっていくのかは不確かですが、この国には信じ、愛するに足る人たちがいます。


 文学者のドナルド・キーンさんは、日本への帰化に際して、作家高見順が戦争中に日記に書いたのと同じ結論に至ったと打ち明けました。

高見順は東京上野駅での空襲の罹災(りさい)民たちが、おとなしく健気(けなげ)、我慢強く、謙虚で沈着なのに感銘して、日記に「こうした人々と共に生き、死にたいと思った」と記したのでした。
それは大震災での東北の人々と同じでした。



◆幸せな生き方さまざま


 在野の思想家の渡辺京二氏が「逝きし世の面影」で紹介したのは、幕末に訪れた外国人の目に映った日本と日本人のすばらしさでした。


 「貧乏人は存在するが、貧困なるものは存在しない」。
貧しいけれど人間の尊厳が守られた幸せな人たち。
当たり前のことながら、幸せは物質の豊かさではない。
かつても、これからも、幸せな生き方はさまざまであることを教えています。

posted by 小だぬき at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月16日

捏造された慰安婦問題拡散と朝日新聞誤報

捏造された慰安婦問題拡散のきっかけの1つが朝日新聞大誤報
2012.08.15 07:00   NEWS-ポストセブン


 慰安婦問題が広く知られるようになって20年以上が過ぎた。
第2次世界大戦時、日本軍が慰安婦を強制連行したとの「説」はその後の調査研究によって、事実ではないと結論が出た

残念なことに、勉強不足から慰安婦問題については韓国側の主張が「正しい」と信じている日本人も少なくない。


 東京基督教大学教授の西岡力氏が慰安婦問題の捏造について語る。
ここでは誰が慰安婦問題のきっかけの1つとなった朝日新聞の大誤報について解説する。

 * * *
 慰安婦性奴隷説は1983年に吉田清治が『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房刊)という本を出して誕生する。

吉田は済州島で日本軍人らを引率し、若い未婚女性や赤ん坊を抱いた母親を連行し、レイプしたという「体験」を語ったのだ。


 だが、『済州新聞』は、現地住民はそのようなことはなかった、吉田は嘘をついていると語っていると1989年8月14日同紙に書いている。


 この吉田の証言から8年後、1991年8月11日、朝日新聞が大誤報をして、第1次慰安婦騒ぎが始まる。

「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く」という大見出しを付けた記事は〈日中戦争や第二次大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」が聞き取り作業を始めた〉というリードが付けられていた。


「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」と書いている点が吉田証言に乗っかった悪意を持つ誤報だった。
なぜなら、名乗りを上げた元慰安婦、金学順さんは「『女子挺身隊』の名で戦場に連行され」てはいないからだ。
彼女は貧しさのため母親に40円でキーセン(妓生。朝鮮半島の芸妓・娼婦を指す)として売られたと訴状などで明言しているのだ。
今現在まで朝日新聞はこの誤報を訂正していない。


 1992年1月に訪韓した宮沢首相は盧泰愚大統領に8回謝った。
私は同年2月、外務省北東アジア課の幹部に、首相は権力による強制連行を認め謝罪したのか、貧困による人身売買の被害に対して謝罪したのかと質問したところ、これから調べるという驚くべき回答を得た。

以上のような内容を私は同年4月号の月刊『文藝春秋』に書いた。


 私の論稿が出た直後、現代史学者の秦郁彦先生が吉田証言について現地調査を行ない、先に引用した済州新聞の記事などを発見して吉田証言も嘘であることを暴いた。
金学順さん以外の名乗り出た元慰安婦の証言についても、ソウル大学名誉教授の安秉直先生が学術的な調査を行ない、権力による連行は証明できないという結論を出した。

 日本政府は1992年1月以降、過去の公文書を徹底的に調査したが、女子挺身隊制度と慰安婦は全く別物であり、慰安婦を権力によって連行したことを示す文書は1つも出てこなかった。
以上のように、第1次論争で実は事実関係については決着がついていた。

※SAPIO2012年8月22・29日号

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2012年08月17日

時計の針は未来を刻まない

<筆洗>
2012年8月17日 東京新聞

海軍兵学校を卒業し、特攻要員として敗戦を迎えた岩島久夫さん(86)が広島に入ったのは、原爆投下の二日後だった。

焼けた皮膚を垂れ下げた人、息絶える寸前の人たちが水たまりに体を浸し「水をくれ」とうめく地獄絵が広がっていた

▼戦後、米国政治を研究、防衛研究所戦史部長も務めた岩島さんは、米国防総省などの友人にも被爆地の惨状を伝えてきた。

「核アレルギーはどんなに強くても強すぎることはない」。
体験に基づく信念に米国の知己は耳を傾けてくれたという

▼かつて、岩島さんから米国で学んだ「法則」をうかがったことがある。

ある国の「脅威度」は政治的距離に比例する。
政治的距離は、カネや人、モノなど交流の量に反比例するという。

その法則は東アジアで揺らいでいるように見える

▼韓国の李明博大統領は竹島への電撃訪問に続き、天皇の訪韓に関して外交儀礼をわきまえない発言を重ね、日韓のきしみは一層大きくなった。

香港の活動家は、海上保安庁の制止を無視し、日本領土である尖閣諸島の魚釣島に上陸した

▼貿易や観光などの交流の大きさを考えれば、日本と韓国、中国との政治的距離は近く、脅威度は低いはずなのに、時計の針は未来を刻まない

▼政治的な距離が縮まらないのは、六十七年たっても衰えない戦争や植民地支配の苛烈な記憶があるからだ。領土問題の根源である。
posted by 小だぬき at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月18日

香山リカのココロの万華鏡:2年先のことなんて

香山リカのココロの万華鏡:2年先のことなんて 
毎日新聞 2012年08月14日 東京地方版

 消費増税法案が可決された。
いま5%の消費税率は、14年4月には8%、15年10月に10%へと2段階で引き上げられることになる。


 大学で学生たちと話をする中で何度かこの消費税増税という問題を取り上げてみたのだが、いまひとつ乗ってこない。
仕送りもどんどん減る中でアルバイトをしながら苦しい生活を送っている学生にとっては、消費税アップはたいへんな負担だと思うのだが、「まあ、たしかに」と切実さがないのだ。


 「どうして? 生活に直結する問題じゃない」と言うと、あるときひとりの学生が言った。
「でも先生、いますぐ上がるわけじゃないんでしょう? えーと、再来年の4月? ちょうど大学を卒業する年だけど、はたして就職できているのかどうか」。

さらに別の学生たちがつけ加えた。「それに直下型地震だって来るかもしれないし」「仕事も住むところもなくて、もう消費税どころじゃなかったりして」。

つまり、彼らにとっては再来年なんてあまりに先の話であり、自分の未来もまったく見えないので、消費税増税と言われてもほとんど現実味が持てないのだ

 そう言われると、こちらも「なに言ってるの。ちゃんと正社員として初任給をもらう頃だよ。そこで消費税アップというのは、けっこうたいへんじゃないの?」と自信を持って口にできなくなる。

それどころか、「そうだよね、まあ、私だってその頃、どこで何をしてるのか、わからないしね」などと、とたんに2年後が霧の中のような気さえしてくるのだ。


 おそらく、こんな気分なのは私のまわりだけではないだろう。

消費税増税によるダメージははかり知れないと思っている人も、「14年と15年」と言われると、なんだかそれがはるか先のことのような気がしてきて、反対の声もトーンダウンしてしまったのではないか。

「2年先どころか、明日のことさえわからない」という不安感が、いま世間にはまん延しているような気がする。

もちろん、だからといって悲観的にばかりはなっていられない。
そんな不安感を払いのけるために、「とりあえず」とオリンピックに夢中になった人もいるだろう。

ひとときでも気持ちが前向きになれたのなら、それはとても意味あることだ。
そこで高揚した気持ちで、今度は目の前の現実や生活にしっかり向き合えるか。


アスリートたちの戦いは終わったが、私たちの勝負はこれからだ。

posted by 小だぬき at 10:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月19日

憂楽帳:自制心

憂楽帳:自制心
毎日新聞 2012年08月18日 12時37分

ウィーンの現地校に通う16歳の息子が時々、級友の家へ泊まりに出かける。
気の合う仲間が集まり、ビールやワインを片手に一晩中話し込んだり、ゲームに興じたりしているという。オーストリアでは飲酒と喫煙は16歳から合法。週末の夜を友人宅で過ごすのもごく一般的だ。


 とはいえ、心配は尽きない。
「乾杯で口をつける程度。たばこを吸っている友だちはごく一部」と言う息子に、「日本に帰ったら、絶対にダメだぞ」と念を押した。


 最近の調査によると、「週1回以上酒を飲んでいる」と回答したオーストリアの15歳は、ほぼ3人に1人。欧米40カ国の中で5番目の多さだ。

ところが、過去に2回以上泥酔した経験のある15歳の割合は13番目に下がる。
地元メディアは「10代若者の分別強まる」との見出しで伝えた。


 国や学校による管理を重視するのか、オープンな環境で自制心を育むのか。

未成年に経験から学ばせようとする欧州のまなざしには、自己責任を問う厳しさも感じる。
【樋口直樹】

posted by 小だぬき at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

領海・領空・領土侵害に対する武力行使

今も竹島・尖閣諸島・北方4島を「日本の国土」というだけで 実効支配を怠ったツケと土下座外交が 今、韓国・中国共産党・ロシアとの関係を拗らせている。

この問題は 領海にとどまらず 漁業権益・地下資源採掘権などと密接な利害が伴うものだけに 「宣言したから」「歴史に根拠が」などと言葉だけの外交では、聞く耳を持たない国には 説得力がない。

この歴史という概念をどこまでに限定させるかが 国益を守る第一歩でしょう。
相手の都合のいい所で妥協すると「琉球王国は・・・中国の」とかの暴論になる。

とらえる時期により 正当性などは 時の力関係で変わってしまいます。

今一度 国家主権(領海・領空・領土)の保全を海上保安庁・海上自衛隊の実力を用いて実行する、あたり前の国としての姿を積み重ねて行くしか 解決の道はないと思います。

このことは 憲法の「国際紛争解決の一つ」の軍事力行使ではなく、国防のための当然の実力行使という覚悟を 政治家は政争に明け暮れるのではなく 決意し国民に理解を求める時期です。

警告・停船命令・退去命令をし 従わない時は 撃沈する。
各国沿岸警備隊が国籍不明船に実行していることを 日本が決断することです。

領海防衛の意思を明確に「見える目」「聞こえる意志」として示すしかないでしょう。

今の法制では 攻撃され自己防衛の場合しか応戦できないのです。
また「警察比例の原則」で相手側火力と同程度しか認められないのです。

F35が導入されても 攻撃されて初めて防衛できる。いわば 第一陣が「戦死」しなければ応戦できない いびつな構造です。

この軍事常識に反する防衛思想から、国家主権を守るためなら 実弾発射は現場に任せるといった 強い国防政策に転換するべき時です。

暴走しないためにも しっかりとした「交戦規程」は 作るべきです。

実際に「国家主権保全宣言」と「沿岸警備法」の制定は 早急にすべきと思います。
posted by 小だぬき at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月20日

孤独な悲鳴が聞こえた

孤独な悲鳴が聞こえた
2012.8.20    東京新聞・論説室

 深夜、電話が鳴った。聞き慣れない声は以前、取材させてもらった元受刑者の女性だった。
「こんな時間にすみません…」。消え入りそうな声に驚いた。「お元気でしたか?」。女性は語りだした。

 刑を終え、身寄りもないために更生施設で数カ月を過ごした後、老人施設で介護職員として働いている。

 その職場が過酷だという。
週二、三回の夜勤は二人態勢で、夕方から翌朝まで十六時間、短い休憩時間のほかはフル回転。

数十人の入所者を担当し、体の不自由な人を抱えたトイレ介助、呼び出しのベル。「ひと晩に何度も階段を上り下りするので、頭はボーッとして、くらくらに…」


 罪を償い、やり直そうとしても安心できる家や仕事がない。
大きなハンディを背負った女性は疲れ果てていた。
記者の私に電話をしてきたのも境遇を語れる人もない、追い詰められた末の悲鳴だ。話を聞くうちに沈んできてしまった。


 困窮や孤立は再犯につながる。
国は今、元受刑者の社会復帰支援に力を入れている。
司法と福祉をつなぎ、高齢や障害のある人には福祉施設などで暮らせるようにしている。
一般の元受刑者への自立を促す施策はもっとほしい。


 罪を犯した人への偏見は根強い。
生き直しにもがく人が孤独な悲鳴を上げなくてすむように、社会への着地を見守る相談窓口など、差し伸べる手はいくつあってもいい。 
            (佐藤直子)

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2012年08月21日

「領域警備法」官邸は“及び腰” 中韓に配慮?藤村官房長官が否定

領域警備法」官邸は“及び腰” 中韓に配慮?藤村官房長官が否定
2012.8.21 11:22   MSN産経新聞

 平時から自衛隊が海上保安庁や警察を支援して不法な領海侵犯を排除するための「領域警備法」の制定について、藤村修官房長官は20日の記者会見で否定的な考えを示した。

沖縄県・尖閣諸島への香港の活動家らの上陸事件を受けて、政府・与党内にも法整備の機運が高まったが、野田政権は早くもこれを葬り去ろうとしている


 藤村氏は会見で「引き続き海保の態勢整備や装備の充実を図り、領海警備業務に遺漏なく万全を期すのが今の政府の見解だ」と述べ、海保の運用改善で十分だとの認識を示した。

長島昭久首相補佐官が19日のフジテレビ番組で自衛隊の活用も視野に入れた法整備を唱えたことに関しては、「長島氏が個人的見解を述べたのか、希望的見解を述べたのかよく分からない」として、政府の考え方ではないことを強調した。


 領域警備法制定の必要性を訴えているのは長島氏だけではない。
民主党の前原誠司政調会長も19日のテレビ朝日番組で、国連海洋法条約に基づく領域警備法整備の必要性を訴えた。


 だが、領域警備法をめぐっては、自民党政権時の平成11年3月と13年12月の北朝鮮工作船事件を機に制定の機運が高まったものの、いずれも見送られてきた。


 藤村氏が領域警備法制定に後ろ向きなのは「今の時点で中国、韓国を刺激したくないからだろう」(政府関係者)とみられる。

こうした姿勢は、政府の重要な意思決定のプロセスにも表れている。

 17日に尖閣諸島上陸事件に関する関係閣僚会議が開かれたが、森本敏防衛相は呼ばれなかった。

参加閣僚の人選は藤村氏が中心となって進めた。

 尖閣諸島は海上自衛隊のP3C哨戒機が365日、周辺海域の警戒監視活動を続けている。
防衛相を出席させない官邸の姿勢には、政府内でも疑問視する声が出ている。


 政府関係者は「防衛相を参加させると中韓に誤ったメッセージを送ることになると恐れているのか。時代錯誤の考え方だ」と批判した。


 野田佳彦首相は21日に、韓国の李明博大統領による竹島(島根県)上陸に関する関係閣僚会議を招集する予定だ。

だが、藤村氏は20日の記者会見で出席する閣僚について「その他関係閣僚ということで調整している」と言葉を濁し、森本氏の参加を明言しなかった。

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2012年08月22日

いじめと闘う 現場の努力に尽きる

いじめと闘う 現場の努力に尽きる
2012年8月22日 東京新聞社説

 大津市の中学生が自殺した問題をきっかけに、警察にいじめの捜査を求める動きが相次ぐ。

事なかれ主義に陥りがちな学校への不信感の表れだ。
いじめとの闘いから逃げるのは教育の敗北に等しい。


 東京では高一の男子が首を絞められ、殴られたとして暴行容疑で警視庁に届けた。
愛知では中二の女子が「死ね」「うざい」と暴言を吐かれ、適応障害になったとして傷害容疑で県警に訴え出た。


 警察にいじめの被害を届け出る子どもたちが全国各地で引きも切らない。

泣き寝入りを強いられた過去のいじめの責任追及を求める動きさえ目立つ。


 「力が弱い・無抵抗」「いい子ぶる・生意気」「態度や動作が鈍い」。

警察庁によれば、いじめを発端とした事件にはそんな動機が多いという。
いや、だからか悪ふざけ、腹いせが凶悪化していく。


 警察が本格的に介入するのはいじめが傷害や暴行、恐喝といった犯罪行為に発展してからだ。
被害者はすでに心身に深手を負い、自殺のリスクに直面しているかもしれない。それでは遅すぎる。


 いじめがエスカレートする前に食い止めるのは教育の使命だ。


 よそから与えられた対策マニュアルが本当に役立つかは大いに疑問だ。
子どもは一人ひとりが みんな違う。

すべては学校現場それぞれの努力にかかっている。

例えば、周りの子どもたちの力を借りてはどうか


 茨城の筑西市立下館中学校では子どもたちが自主的に「君を守り隊」を結成し、いじめの防止に取り組んでいる。十六年前、いじめを苦にした自殺が多発したころに生徒会の呼びかけで発足した。

 相談箱を置き、学校生活での悩み事を尋ねるアンケートを毎月して問題を抱えている子どもに対応する。
全校でゲームを 通じて思いを語り合ったり、パズルを一緒に作り上げたりしてコミュニケーションを図る機会を設ける。


 先生が一方的に指導するのではない。

大切なのは、子どもたちが主体となって胸の内を打ち明けられる人間関係を築く努力を積み重ねていることだ

いじめはなくならない。だが、これまで事態が深刻化したことは一度もないという。


 中学生の息子を自殺で亡くしたNPO法人「全国いじめ被害者の会」代表の大沢秀明さんは「加害者を処罰するよりも、非を認めて謝罪するよう導いてほしい」と言う。

その願いに応えられるのは警察ではない。教育だ。

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2012年08月23日

教育虐待:勉強できる子になってほしい……過剰な期待

教育虐待:勉強できる子になってほしい……過剰な期待
毎日新聞 2012年08月23日 東京朝刊

◇成績不振を罵倒、体罰 不景気、就職難で親に危機感

 「勉強のできる子になってほしい」という親の期待が過剰になり、子どもを苦しめる「教育虐待」という考え方が広がっている。
「将来のために」と勉強させることがなぜ虐待につながるのか。

専門家に聞いた。【鈴木敦子】

民間子どもシェルター「カリヨン子どもセンター」(東京都文京区、坪井節子理事長)に数年前の夏、有名女子高に通う少女が逃げ込んできた。

「家に帰りたくない、母に殺される」と訴えた少女は裕福な家庭で育った。

両親ともに高学歴、母の期待通りの成績を取れないと何時間も罵倒され、食事を抜かれ、睡眠を禁じられることもあったという。
受験を控えて母親の干渉が度を越し、耐え切れなくなって家を出た。

弁護士や児童相談所が間に入って交渉した結果、少女は初めて自分で進路を選び、シェルターで暮らしながら大学を受験した。


 同センターは、親の虐待やネグレクトに遭いながら、児童福祉施設では緊急対応できない子どもを保護するために04年に開設された。複雑な家庭環境や経済的な問題を抱えた子が多いが、近年は「表向きは何の不自由もなさそうな」家の子どもが増えたという。

 これまで対応した延べ217人のうち、約10人が親から過剰な教育を強いられていた。
「親が意のままに子どもを操ろうとし、勉強の成績でしか子どもの存在価値を認めない」というケースだ。
同センターはこれらを「教育虐待」とみて改めて事情を調べている。
 ◇
 「極端な教育ママ」に育てられたという心理カウンセラーの西濱順子さん(46)は、今も心の傷が癒えないでいる。


 私立の名門幼稚園の参観日。聖書の一節を読む場面で先生が「分かる人?」と尋ねた時、挙手しなかったことを母に強く責められた。
何度もたたかれ、けられた。


 物心つくころから毎日習い事をこなし、友だちと遊ぶ時は輪の中心になるよう求められた。
「勉強もスポーツも完璧で、リーダーシップを取れる子」が母の理想。

何でも1番を求められ、テレビも漫画も雑誌も禁止。

「周りは敵。どんな手を使ってでもけ落とせ」とも教わった。
「私はエリート。他の子たちとは違う」と思い込み、部活動もせずひたすら勉強に励んだ。

 反抗できなかったのは、中学受験に成功した1歳上の兄が家庭内暴力をふるうようになったからだ。
「私はいい子にならなければ」と考え、県内トップ校に進んだ。

「次は国立の最難関大学に」と思った直後に、初めて「1番」から陥落し、学校を居場所と思えなくなった。

手が汚れていると感じ、2時間以上水で手を洗い続けたりした。

一つのことが気になると他のことができなくなる強迫性障害。

母は心配するどころか「頭おかしいんじゃない? 死ね」と暴言を吐き、父は見て見ぬふりをした。


 結婚して自分が親となった今も「なぜあれほどひどいことをされたのか疑問が消えない」という。
だが、中卒で「劣等感の塊」だった母が、子どもに「逆転」を託したかった気持ちは分からなくはないという。「心の底では母が大好きだった。期待に応えたかった」

  ◇
 親が子どもに期待するのはどの時代も変わらないが、同センターは「『成績優秀でないと愛してもらえない』と子どもが悲愴(ひそう)なまでに感じれば、それはもう虐待ではないか」と指摘する。


 「教育虐待」を受けている子どもは無条件に親から愛された体験が乏しいとも言われる。
実際、西濱さんも「親から愛が得られないので、学校で時々体調が悪いふりをした。先生や友だちに『大丈夫?』と言ってもらうのがうれしかった」と振り返る

「なぜ親が『教育虐待』するに至ったか、その原因や背景にもっと目を向けるべきだ」と話すのは、武蔵大の武田信子教授(教育心理学)。

臨床心理士でもある武田さんによると、教育虐待に走りがちな家庭には
(1)両親ともに高学歴で社会的地位が高い
(2)親が経済的事情などでかつて進学をあきらめた
(3)母親がキャリアを捨てて専業主婦になった
(4)家庭の中で母親だけ学歴が低く、夫の親族から重圧を感じている−−などの特徴があったという。


 親が子どもの学校や塾で「上位校に入れなければ人生は負けですよ」と言われ、そのプレッシャーを子どもに押しつけるケースも多い。

武田さんは「日本では学力による学校間序列が顕著なので、親は学校名という分かりやすい目標を設定しがちだ」と分析する。


 一方、09年に大学進学率が50%に達し、不景気や企業の海外移転も重なって大卒でも就職が厳しい時代になった。
武田さんは「自分の子どもを『脱落者』にしたくないという親の危機感が強まり、教育虐待につながっているのではないか。

しつけによる虐待は話題になるが、教育による虐待は見過ごされやすい」とも指摘している。

 ◇東京弁護士会も連携
カリヨンの活動と連携する弁護士たちが25日、創作劇・もがれた翼パート19「教育虐待」を上演する。
親の期待に応えられず燃え尽きた進学校の男子生徒と、定時制高校の統廃合で通学できなくなった男子生徒の物語。

東京都豊島区の豊島公会堂で昼の部午後3時、夜の部同6時半から。無料。問い合わせは東京弁護士会人権課電話03・3581・2205。

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◇教育虐待

 
昨年12月に茨城県つくば市で開かれた「日本子ども虐待防止学会」で、武田信子教授らは「子どもの受忍限度を超えて勉強させるのは『教育虐待』になる」と発表、初めて公の場で「教育虐待」の言葉を使った。
「教育」の名のもとで親の言いなりにさせられるケースはもちろん、親の所得格差が子どもの学習権に大きく影響する状態も「教育虐待」に含まれるとした。

 国連子どもの権利委員会は98年以降3回にわたり、日本の教育システムが「極端に競争的。学校制度の見直しを検討すべきだ」という勧告を出している。


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2012年08月24日

夜更かしで「時差ボケ」に 

香山リカのココロの万華鏡:夜更かしで「時差ボケ」に 
毎日新聞 2012年08月21日 東京地方版

 オリンピックが終わったらお盆休みで、夜更かしの習慣がなおらない。
そんな人が多いのではないだろうか。

 夜更かしをすると、その分、朝の目覚めも遅くなる。

とはいえ、仕事があるとそうはいかないので、睡眠不足の状態で無理やりいつもの時間に起きる。
そうすると日中は頭が働かず、昼休みや会議の時間についウトウト。

退社時間が来る頃にようやく頭がスッキリしてきて、その晩もまた夜更かし……。
日本にいながら、「時差」のある生活を送っているような感じだ。

医学的にはこのパターンが重症になると、「睡眠相遅延症候群」とも言われ、治療の対象となる。

脳の中にあって「眠りと目覚め」のリズムを調整しているとされるいわゆる「体内時計」の機能がおかしくなっているのが原因と考えられ、大量の光線を当てて「体内時計」をリセットしたり、このリズムを調節する鍵を握るとされる脳内の「メラトニン受容体」に働きかける薬を使うこともある。

“特効薬”としては、布団に入る時間を思いきってさらに遅くしていき、1週間くらいかけて「午後10時」など希望の時間までずれたところで固定する方法もある。

睡眠相遅延の状態にある人は、「もっと早く寝なさい」と言われてもできないが、「あと3時間起きていて」と就寝時間を後のほうにずらすことならできるからだ。

しかし、このやり方を実行するには今日は午前5時、明日は午前8時……と、日中にも就寝時間をもうけることが必要なので、学校や仕事があるときはとてもできない。


 何かと夜更かしが多い現代の生活では、この「日本にいながら時差ボケに苦しむ」という睡眠相遅延症候群の人はけっこう多い。
中には完全に昼夜逆転リズムという人もいる。

とはいえ、よほど深刻な状態でない限りは、あまりむずかしく考えることはないし、特殊な治療も必要ない。

要は、「忙しくても決まった時間に布団に入る」「睡眠時間もしっかり確保」、これが基本。
「海外とのビジネスが多いので、夜中も2時間ごとに起きてネットをチェックするんですよ」などというのはカッコいいが、人間のからだはこんな生活が送れるようにはできていない。
「ああ、もう夜も更けてきた」と思ったら布団に入り、いったん寝ついたらそれなりの時間はからだを静かに横たえる。
このリズムまで自分でコントロールできると思い込むのは、あまりにごうまんだ。


 オリンピックも終わり、穏やかな気候の秋がやって来る。
からだと脳をゆっくり休めてあげてはどうだろう。

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2012年08月25日

物忘れとの闘い=近藤勝重

しあわせのトンボ:
物忘れとの闘い=近藤勝重
毎日新聞 2012年08月24日 14時05分

 この時期、友人らに会うと、「盆休み、どうだった」という話になる。

 祖母の里の静岡に帰省したという友人の話には笑った。
帰り際、運転席に座って忘れ物はないか、助手席や後ろに乗っている家族に声をかけて走り出したところ、誰かが「おばあちゃんがいない」と言いだした。

急いで引き返すと、おばあちゃんは隣近所に「お世話になりました」とあいさつして回っていたそうだ。
「おばあちゃんに『大きな忘れ物したね』って皮肉を言われたよ」。
友人は苦笑しつつ、「忘れ物もよくするけど、年々、物忘れもひどくなる一方で」と話を続けた。

聞けば、
▽朝、顔を洗ったかどうか思い出せない
▽風呂に入って体を洗い、湯船につかってぼーっとしていると、体を洗ったかどうか気になり、また洗う
▽冷蔵庫を開けて、何で開けたのかわからず立ち尽くす
▽クスリを飲んだかどうか覚えていない−−といったことがあるそうだ。

なるほど、かなりの物忘れだが、クスリの話は人ごとではない。


 クスリを飲んだ、飲んでいないは、つい今しがたのことなのに、確かに思い出せない時がある。
ぼくが飲むクスリは気管支の炎症を防ぐ抗生物質で、2錠続けて飲むのは医師に厳禁されている。
それで何とか思い出そうと、朝刊を読んでからパンとサラダの朝食を取り、コーヒーをいれ、そのあとは冷蔵庫からヨーグルトを出して……と30分ほど前に時間を戻す。
そうしてひとコマひとコマを思い浮かべるのだが、肝心のクスリのところで記憶はあいまいにぼやけてしまう。

友人は、その対策として1日に飲むクスリを小さい箱に入れてチェックし始めたそうだ。
飲んだかどうかを確認する上では、いいアイデアだが、同じようにしてみようとは思わない。


 一つには記憶をたどってもがくところに、何か自分との闘いに似た感を覚えるからだ。
かつそれで思い出せれば、その快感はちょっとしたもので、まだ脳は大丈夫だ、と妙に自信がついたりもするのだった。


 とはいえ、どうあがいても思い出せない日が、やがてやって来るだろう。

その時はどうするか。ふと思い出したのはある医師の一言だ。

 「病気を治すには病気にとらわれず、忘れることです」


 クスリどころか病気も忘れてしまう−−いいなあ、これ。(専門編集委員)

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2012年08月26日

学校と私:自分の言葉で語る面白さ知った=童話作家・あまんきみこさん

学校と私:自分の言葉で語る面白さ知った=童話作家・あまんきみこさん
毎日新聞 2012年08月20日 東京朝刊

 戦争の真っ最中に通った(中国東北部の)大連の女学校は、図書室に英国や米国の文学全集が残り、のんびりしていました。

敗戦を迎えた年も、宮崎知子さんという友達とノートにお話を書いて交換していました。
思い返せば、私のお話はてるてる坊主やお人形が出てきて、当時から童話に近いものでした。


 敗戦後も、引き揚げるまでの約1年半、大連で暮らしました。

最初の数カ月は危険で、女性は外出できず学校にも通えませんでした。

早く学校に行きたかったけれど、お話という糧をたくさんもらった時期でもあります。
一人っ子だったので、ずっと家にいると本を読むか文章や絵をかくしかすることがないんです。
(能の台本を書いた)謡本(うたいぼん)やダンテの神曲など難しい大人の本も、家にあったものは全て読みました。

 敗戦で、学校で教わるモットーは「アジアのために戦う」から「この戦争は間違っていた」へと180度変わりました。

あまりの転換に「先生方も反対のことをよく平気で言えるな」と思いました

そんな中でも、元から戦争にあまり触れず、心や魂の持ちようについて話していた先生はおっしゃることが変わらず、救われました。
2年で国語を習った杉田政子先生もその一人です。

杉田先生が自由題の作文を宿題に出した時、全く書けないことがありました。
困り果てて、「夜中に目が覚めたらこんな影があって怖かった」「こんな音が聞こえた」と、ただ感じたままを書きました。

私は駄目だと思ったのに、先生は自分の言葉で書いてあるとほめてくださった。
「きれいに書かなくていい、まっすぐに書けばいいんだ」と驚きました。
その時です、自分の言葉で語る面白さを知ったのは。

たくさんの人にもらったものが、今の私を作っています。
戦争も私を作っている過去の一部ですから、書かないわけにはいきません。

中国の人から見て私たちが侵略者であることや開拓の歴史が子供の頃はよく分からず、大人になってから国会図書館に通って調べました。
傷つけられる側に我が身を置く想像力が大切だと痛感しました

いじめのような現代の問題でも同じではないでしょうか。【聞き手・林田七恵】
==============

 ■人物略歴 ◇あまんきみこ
 1931年、旧満州(現中国東北部)生まれ。
「車のいろは空のいろ」で日本児童文学者協会新人賞、野間児童文芸推奨作品賞。「ちいちゃんのかげおくり」で小学館文学賞。
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2012年08月27日

本当にデフレ? 不明な販売定価

<小だぬきのつれづれ日記」
2009.8.27 より

家の母親は律儀に家計簿をつけています。 その点私は失格ですが・・・。
多くの家でも レシートをもとに家計簿をつけていると思います。

よくわからないのが 物の「原価」

・AQUARIUS(スポーツドリンク)
  イオンで 88円
   ローソン100で 100円
   スーバーで  125円
   コんビニ・自販機で 150円

コーヒー缶やビタミン飲料などでも 同じような傾向を持ちます。

・肉や野菜も 値段が極端に違うばあいがあります。

私は、特に飲料については 悩むのです。熱中症予防のために「スポーツドリンク」と「水」をよくかうのですが、同一製品で値段がこうも違うと 素朴に「なぜ?」と思うのです。

同じようなことは家電品についてもいえます。
ちょっと待てば、量販店で「値崩れ」のようにやすくなるのです。
何も今でなく、1日 1ヶ月 1年 待てばという気持ちになるのです。

ソニーのPSVが 1万円値下げで 販売されるということですが、以前の購入者からすると「フザケルナよ」という気持ちになりませんか??

まだ映画のDVDなども 発売当時4000〜6000円近くしていたものが、廉価版として1800円とか1000円近くの値段で手に入るのなら 先を急いで買いますか??

新刊本にしても 文庫化が早ければ わざわざハードカバーで高いものを買いますか??


消費の冷え込みといわれて久しいのですが、「企業側」が 上記のような値下げ販売を繰り返すのですから 私たちは 何も慌てないでも「買い頃」を待つ心理になるのは 当然のような気がするのです。

初めから「原料費・人件費・製造加工費・適正利益」の原価を明らかにして 販売するようになれば、ちょっとまてよ という気持ちは起きないと思うのです。

企業や販売店が「自らの首を絞めている」としか 思えない 「消費者を馬鹿にした」販売方式ではありませんか??

この不況の中でも ブランド品は売れていると言われます。それは高くても品質がよく買い手が「安心して」買えるからでしょう。

私も何度 カメラパソコン電子辞書携帯電話ビデオプリンター、DVD、DVD映画作品で 買ったあと 性能のいい新製品で安くなる現象に 「腹がたち」「自分の買う時期」「店員の情報開示のなさ」に痛い思い・悔しい思いをしたことでしょう。

確かに今、派遣切りや社内失業、パート切りなどが大量に発生していることは確かだし、金利にしても低金利のデフレ傾向であることはたしかでしょう。

でも、キャノンやトヨタなどに限らず 物が売れない原因を作っているのは、企業そのものとしか小だぬきには思えないのです。

買い換え需要無視の生産計画、消費者の心理を買い控え・待機にする「販売価格」、
私には消費者財布・心理・「値崩れの期待感」などで 賢くなった消費者に、企業が気づいていない、遅れている現象としか 思えないのです。

大きいことはいいことだ」の時代はおわったのです。
ブランド品に限らず 「品質の良い物、安心出来る物」が売れる時代に入ったのだと思うのです。

ユニクロという会社が 「安くてファション性が高く 品質も向上して」売れていることに 経済連や経済同友会などの大企業は学ぶべきだと思います。

「経済規模」は小さくなっても 本当にいいものなら コツコツと貯金をしてでも買うものです。
そこから 景気や内需の議論をすべきだと信じるのですが・・・。
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2012年08月28日

精神鑑定で刑罰考慮はおかしい

「小だぬきのつれづれ日記」
2010.8.10より

殺人、強盗殺人などの裁判で 言葉にする「被告の責任能力」、これは加害者の言い分であり 被害者に与えた被害に代わりありません。

新聞報道などで「精神劫弱」「精神能力なし」「精神病院通院歴あり」などの報道がされ、現に精神鑑定を受ける被告がいます。

確かに刑法39条に刑「精神能力の低の免除・減刑要件として 被告の「責任能力の有無」があります。

でも、考えても見て下さい。
正常な感覚で殺人、バラバラ死体などの重大犯罪、万引きなどの窃盗事件などを起こす 化け物のような犯罪者が多くいますか?

殆どの人が「正常な思考力を無くす」から 犯罪を起こすのだと思います。

私は裁判の量刑判断に「精神鑑定」を使うのは 反対です。

犯罪の事実のみで罪刑を決め、治療を要する場合は 医療監獄で治療すべきだと思います。

任能力の低下・喪失」で犯罪に走るのが普通で、正常な感覚で犯罪を犯す方が異常だと思うのです。

今日の報道で「精神病院通院歴あり」と得意げに報道する所もありましたが、差別・偏見助長も甚だしいと思います。
統計的にも 通院歴なしの犯行の方が圧倒的に多いのに、根拠を何ら示さず「精神病院通院歴あり」は 精神疾患への偏見・差別を助長するもの以外に考えられません。

私などは「精神障害者手帳2級」「自立支援医療で通院」「障害年金2級」を受けています。
私は、犯罪予備群なのでしょうか・・・、どうも「通院歴あり」が 犯罪をする可能性大との誤った認識を多くの人に与えかねない。

前に書きましたが 少年法犯罪についても 被害者は実名、加害者は匿名などとおかしな事例が多いです。

私は「責任能力の有無」「年齢」に関わらず、犯した事実により 裁判の量刑が決まるようにしなければ、いつも被害者のみが悲しみを背負って生きる 今の社会の改善は出来ないと思います。

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2012年08月29日

香山リカのココロの万華鏡:深呼吸し2学期スタート 

香山リカのココロの万華鏡:深呼吸し2学期スタート
毎日新聞 2012年08月28日 東京地方版 

学校は夏休みももうすぐ終わりに近づいているが、北海道など一部の地域では、すでに2学期が始まっているところもある。

大人としてはつい、2学期が始まって学校で再会を喜びあう子どもたちの無邪気な笑顔を想像したくなる。
きっと子どもたちは、「夏休みの遊びもそろそろ飽きたし、勉強もいいね!」などと言ったり、苦手だった給食さえ、なんとなくおいしく感じているのではないだろうか、などとも考えたくなる。


 しかし、実際にはそんな大人にとっての“理想の子ども”はそう多くないはずだ。

オリンピックなどもあり、すっかり昼と夜とが逆転した生活を送っていた子どもたちは、なかなか学校中心のリズムについて行けず、授業中に居眠りをしたりしているかもしれない。
「遊びに飽きた」どころか、夏休み中は塾の夏期講習ですっかり疲れきり、もう勉強はたくさん、と思っている子どもたちもいるのではないだろうか。


 そして何より、今年は「いじめ」の問題が大きくクローズアップされている。「学校に行くのがこわい」と感じている子どももいるはずだ。

 いや、疲れたり恐れたりしているのは、子どもたちだけではない。

今は学校の先生たちも、夏休みとはいえ、研究会があったり学校での業務がびっしりつまっていたりして十分に自分の時間を取ることができない。
「うちのクラスには本当にいじめがないのだろうか」とあれこれ考えている先生もいるだろう。


 学校ってこわいところ。疲れるところ。こんなふうに思ってしまっている子どもたちや一部の先生たちに、どうすればのびのびと2学期を送ってもらえるか。


 大切なのは、この夏休みを乗り切って、また元気に2学期を迎えられたことに対して、まずは「よかったね」とお互い喜び、認め合うことなのだと思う。

「どうしてできなかったの?」「ダラダラすごしたんじゃないだろうね」などと、厳しすぎる目を子どもに向けることは、ただでさえ自信を失いがちな今の子どもたちをさらに追い詰めるだけだ。


 でも、学校に戻ってきた子どもたちに「待ってたよ! さあ、楽しく2学期をすごそうね」と明るく声をかけるには、先生たちの気持ちの余裕も必要だ。

先生は大人だから、自分で自分に「うん、私も自分なりに夏休みを乗り切った」と声をかけることで、心のゆとりを作ってほしい。

暑い夏でからだも心も夏バテぎみだけれど、ゆっくり深呼吸していざ、2学期のスタート。
さわやかに歩き出したいものだ。

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西田昌司「問責決議可決!早く信を問え野田総理!」

西田昌司「問責決議可決!早く信を問え野田総理!」


今日、参議院本会議で野田首相問責決議が可決されました。

大企業の大量「希望退職」の名のもとの人員整理。
竹島に関しての韓国との対立。
琉球列島の領有権まで言い出した 中国共産党。
海外派遣の自衛隊員の事故・負傷の問題。
沖縄普天間基地への「オスプレイ」配備。

特例公債法の事実上の廃案による 予算執行の遅れ。
デフレ・不景気・雇用問題・賃金低下などへの対応。

自民党は、さも次の総選挙で政権がとれるようなことを言っていますが、それほど愚かな選択は しないと思う。
また、橋下の維新の会のようなものに票が行くという報道も 選挙民を愚弄している。

私の世代以上は「マルクス主義」の社民党までは許容できても、マルクス・レーニン主義=科学的社会主義の日本共産党には??がつくのです。

レーニン主義というのは 民主的中央集権主義の団結で政権をとる。粛清や弾圧・強制収容所の負のイメージがあるのです。創立90周年で レーニン主義を放棄した時、議会での革命に転換したとき 大きな受け皿になれると信じています。

山村工作隊・球根栽培法(火炎瓶製造法)・交番襲撃などを知る世代としては、民主連合政府(よりマシな政権)方針が レーニン主義克服後なら信じられるのです・・・。

検討をして欲しいと切に願います。今のままなら 連合政府の一員には絶対になれないで
終わることを危惧します。
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2012年08月30日

社説:首相問責可決 責任放棄し幕引きとは

社説:首相問責可決 責任放棄し幕引きとは
毎日新聞 2012年08月30日 02時31分

無責任のきわみである

野田佳彦首相に対する問責決議が参院本会議で野党の賛成多数で可決された。

野党は一部案件を除き参院で審議を拒否する構えで、通常国会は空転したまま事実上、閉幕しそうな状況だ。


 民主、自民両党とも筋の通らぬ強硬策に訴えたあげくの混乱だが、実態は違憲状態である衆院の「1票の格差」など懸案を放り出し、国会の幕引きを図る茶番劇に等しい。
「決めない政治」に逆戻りした首相と谷垣禎一自民党総裁の責任感を疑う。

 どっちもどっちと言わざるを得ない攻防だ。


 民主党は喫緊の課題である「1票の格差」是正に生煮えの選挙制度改革案などもあえて抱き合わせ、衆院通過を強行した。
衆院解散の先送りを狙い、野党を挑発することで格差是正をつぶそうとしたのである。


 「待ってました」とばかりに自民は反応した。
確かに民主のやり口は非難すべきだが、首相問責決議案の提出は筋違いで、矛盾している。


 谷垣氏は民自公3党首による「近いうちに国民に信を問う」合意をたてに、首相は今国会で衆院解散に踏み切るべきだと対決姿勢を強めた。
両氏にどんなやりとりがあったかは不明だが文言上、「今国会解散」の約束と解するには無理がある。

しかも、谷垣氏は首相と協力し、消費増税を実現したばかりである。

増税を批判し問責決議案を提出していた中小野党案との調整が難航、自民は結局同調したが、公明は棄権に回った。
これでは谷垣氏の自己否定とすら取られかねない。


 「1票の格差」を放置して国会を閉じれば、それこそ解散先送りを図る民主党の思うツボだろう。
法的に裏づけのない問責決議を審議拒否戦術などの道具にそもそも使うべきでない。
問責決議で絶縁状を突きつけたからといって、早期解散が保証されるというわけでもあるまい。


 結局、非難合戦のどさくさにまぎれて党首選びに突入する体裁を民自両党首が取り繕おうとしているのが実態ではないか。

赤字国債を発行するための特例公債法案など懸案を決着させる責任感が首相と谷垣氏に感じられない。
「決める政治」はどうしたのか。


 中国、韓国など近隣諸国と緊張が高まる中で混乱が好ましくないことも言うまでもない。
わざわざ隙(すき)をみせ、国益を損なうと言っても過言ではあるまい。


 民主からは問責決議を受けて「『近いうちに解散』は白紙だ」との無責任な発言が早くも聞こえてくる。


 増税問題を決着し「決める政治」を示したはずの国会がこんな終わり方でいいのか。
まだ会期は1週間以上ある。2大政党の両党首の見識が問われる。

posted by 小だぬき at 07:04| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

昔、こんなに暑かったけ・・・

「小だぬきのつれづれ日記」
2009.8.3 より

川崎市もコンクリート道路に高層マンション、オマケに歩いていると エアコンの室外機の温風。
街自体が熱を貯め込む悪循環に陥っていないか・・・、と思うこの頃。

小だぬきは「耐え難きを耐え」などという高尚な精神ではなく、単にエアコンホースの修理に物ぐさでエアコンを使っていないだけなのですが、気象庁の発表する最高気温と身体に感じる熱では相当な開きがあるようです。

今の小だぬき家の室温37度。これでも ちょっと外出しただけで帰宅したら涼しく感じるのですから コンクリートエアコン室外機で暖められた地面近くの温度は 相当高くなっているのでしょう。

より地面に近いお子さんや乳母車赤ちゃん達の熱中症対策は より注意する必要があるようです。

私が産まれたのは 羽田空港近く、すぐ川崎に引っ越したのですが、今思い出すとこんなに暑かったかな・・・・と記憶が今一つハッキリしないのです。

土の道路が多く、当時は木造建物。近くには畑があり、よくなしやイチジクなどを「無許可」で頂いた時代。
自然の森や林が方々にあり 日陰に入ると涼しかったという記憶があるのです。

交通もトロリーバス(架線を使ったバス)と自転車中心の生活。

「昔は良く感じる物だ・想い出は純化される」といいますが、扇風機すら高級品だったあの頃の想い出の一つは お祭りの時にだされた氷柱の冷たさです。また日陰での土のひんやりした感覚も思い出されます。

確かに今は、何でも近代化されビル群や舗装道路、車の多さ・・・・。各家庭でのエアコン設置なども進んでいます。

昭和20年〜30年代に幼少期を育った者には、自然と嫌でも共生する生活を送ったものです。風鈴や網戸、うちわ、打ち水の風情は 生きる知恵として定着したものでしょう。

それが高度成長政策、昭和39年の東京オリンピックを境にして 地域の変貌が激しくなり、今では中都市を旅行しても 駅前は、ミニ都市のような町並みになっています。

ローカル線での不便を覚悟してミニ駅で下りて、郵便ポスト以外何もない風景に触れることが 最高の贅沢とも感じられる昨今です(過疎地に住んでいらっしゃる方の苦労は並大抵では ないでしょうが・・)

地球温暖化が言われている今、何が必要で 何がなくてもなんとかなり、何が不要か エアコン生活にまだ入れない小だぬきは考えるのです。

2011年の地デジ放送開始なども5000万台以上の廃棄TVがでるとのこと。こんな環境に悪いことはないでしょう。アナログ電波帯を空けることのメリットが 携帯需要だけなら、アナログと地デジ併用でも良いはずです。

これ以上、環境悪化を防ぐために「何をどう規制するか」が 真剣に問われなければならない時代に入ったと思います
posted by 小だぬき at 20:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

東電社員の子供に対するイジメが多発!

東電社員の子供に対するイジメが多発!「電気料金値上げ分を返せ」とカツアゲetc…
SPA! ) 2012年8月21日(火)配信

 原発事故への責任追及が東電社員に集中している。
確かに、原発事故において東電の責任は重い。
しかし、一社員、ましてやその子供へのいじめや脅迫まで頻発しているという。

「小学生の息子が、突然『お父さんのせいで学校に行けなくなった』と言い出したんです……」と語るのは、千葉県に住む40代の東電社員、Aさん。

「朝のワイドショーに影響されて、子供の世界でも話題は東電批判。
ウチの子は『(お前の親は)放射能をバラ撒いている』『原発が安全だなんて騙していた』などと毎日のように友達から非難されていたそうです。
『あいつに触ると放射能が移る』とまで言われて仲間外れにされていたとか」

 Aさんの住む地域には、「ホットスポット」と呼ばれる放射能の高汚染地域が点在。親が子供の被曝を心配して西日本などに転校させるケースも出てきていた。
とりわけ女子生徒の反応が厳しかった。

「『私が将来子供を産めなくなったらどう責任とってくれるの?』と詰め寄られたと言っていました。
原発周辺に残された犬猫の写真を突きつけられて『この子たちどうするつもり?』と責められたりもしたそうです」(同)

 Aさんは現在、子供を別の地区の小学校に転校させ、「東電社員の息子」ということは隠すようにしているという。

「いちばんひどかったのは、電気料金の値上げが話題になった時です」と語るのは、都内の営業所に勤めるBさん(30代)。

「このあたりは中小零細企業が多く、電気料金値上げで多大な影響を受ける地域。

ウチの子は『値上げ分を返せ』とカツアゲされていました。
これまで多くの東電社員の子供は、親の仕事を誇りに思って、友達にも自慢してきたのだと思います。
JRやJAL、NHKなどと同じく、子供にも分かりやすい職業ですしね。
そのせいで、余計に今回のことで反発が起こっているのでは」

 週刊SPA!8/28発売号「東電『一般社員』の声に出せない悲鳴」では、他にも脅迫や嫌がらせに怯えつつも、事故による責任を痛切に感じ声にも出せずにいる東電の一般社員の声を紹介している。 
<取材・文/田中裕司 尾原宏之 志葉 玲 桐島 瞬>
posted by 小だぬき at 05:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

みんなちがって、みんないい

 わたしと小鳥とすずと
            金子みすず

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。


私の大好きな「金子すず」さんの「わたしと小鳥と鈴と」の詩です。

生協の「一人は万人のために 万人はひとりのために」とのスーローガンに 何か違和感を感じていた私が 小学校2年生教科書にあるこの詩に出会ったとき、「そうなんだ、そうだよな」と心から共感できたのです。

「みんなちがって、みんないい」

と 心から思える社会が理想なんだと気づいたのです。
福祉医療・障害・病気」などに この考え方が土台にあれば どんなにステキな社会になるだろうか・・。
人が産まれ・成長していく中で その人の個性が形成されます。

なにも全員が ロボットのように 同じで完璧であることを目指す必要はないのです。

学力にしても みな七五三飴のようにどこを切っても同じ必要はないのです。
このことは 当たり前のようですが、以外に忘れられていることです。

違いばかりに眼を向けるか? いい点を見つけることに眼を向けるか・・・・

集団・グループにしても 同質性をもとめるか、「各個性を引き出し協力できる」かで 同じ集団でも生きづらさ・生き甲斐に差や違いがしょうじるでしょう。

地域をみてもいえると思います。
なんとか「みんなちがって、みんないい」といえるような人間関係を作りたいですね
posted by 小だぬき at 18:36| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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