2012年09月06日

香山リカのココロの万華鏡:タブー犯しても真実を

香山リカのココロの万華鏡:タブー犯しても真実を
毎日新聞 2012年09月04日 東京地方版

水俣病とは診断されていないものの、神経障害など一定の症状がある人に一時金の支給などを行う「救済策」の申請はこの7月末で締め切られた。

その申請総数は国の想定の2倍を超す6万5000件にも達したという。

これに対して、私も所属する日本精神神経学会は「本当は被害者であっても申請しない、申請できないでいる人が相当数いる可能性」を指摘したうえで、「7月末の申請打ち切りで、水俣病事件を幕引きすべきではない」というかなり厳しい口調での見解を発表した。

 この見解では、そもそも「水俣病の認定基準じたいが誤り」だと医学の領域にまで踏み込んだ批判が述べられている。
国の認定基準作りにかかわった医師たちや県の認定審査会の医師たちも「医学的に誤った主張や判断を続けた」とする。

なぜ、そんなことが起きたのか。見解書は言う。
「長年にわたって自分たち内輪の神経内科医だけで、直接、学会や専門家と話し合わなかったためにこのような事態が生じた」。

1991年、中央公害対策審議会にかかわった医学者たちも、補償の問題やこれまでの政策との整合性ばかりを意識し、事実から目をそらしていたことが、当時の議事録により明らかにされている。
つまり、科学者であるべき医師が、いつのまにか政策に協力して真実を隠す側にまわってしまったのだ。


 医学の世界では、同業者である医師がやったことを批判するのは一種のタブーとされる傾向がある。
まして、個人レベルではなく、学会として特定の医学者や医師を批判するのはきわめて異例である。

しかし、精神神経学会は水俣病事件の実態が明らかにされないままであることは「違法」だとし、「もしこのまま違法状態が続くようであれば当事者の納得が得られることはなく、当事者間の疑心暗鬼は増すばかりでしょう」と事態の深刻さを実感して、このたびの見解発表に踏み切ったのだ。

本来は常に患者さんのためにあるべき医師が、時の政府や官庁あるいは企業の利益のために、最も重要な医学的真実さえゆがめてしまうこともある。

これは水俣病だけの問題だろうか。いままた原子力をめぐって、科学者は同じ態度を取ってはいないだろうか。


 いささか手前味噌(みそ)になるが、同業者批判も辞せず今回の見解を発表した精神神経学会の勇気を評価したい。
そして、「医学者、科学者も権力のためにはあえて誤りを犯す」というこの重要な問題に、世間ももっと関心を持つべきではないだろうか。

posted by 小だぬき at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ病について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする