2012年09月24日

「不妊治療の救世主」か「命の選別」か 新型着床前診断が投げかけた波紋

「不妊治療の救世主」か「命の選別」か 新型着床前診断が投げかけた波紋
2012.9.19 07:00    産経新聞[関西の議論]

女性の社会進出に伴う晩婚化や出産年齢の高齢化に伴って不妊治療を受ける夫婦が増え続け、現在は6〜8組に1組の夫婦が不妊に悩んでいるとされる。

母体が高齢になるほど卵子の老化や染色体異常の割合が高くなって妊娠は難しくなり、不妊治療は「時間との戦い」の側面がある。
そんな中、専門病院「大谷レディスクリニック」(神戸市中央区)が染色体異常のない受精卵を選んで体外受精の妊娠率を上げる治療を行っていたことが明らかになり、論議を呼んだ。何が問題なのか。(加納裕子)


「学会は「容認しない」


 「他の治療法ではここまで着床率を上げ、流産率を下げることはできない。
相当有効な方法なのです」

 「大谷レディスクリニック」の大谷徹郎医師は、穏やかな表情でこう語った。


 今年7月、大谷医師が受精卵を子宮に戻す前にすべての染色体異常を調べる新たな受精卵診断(新型着床前診断)を行っていたことが明らかになった。


 大谷医師によると、平成23年2月から今年5月までに、25〜45歳の129組の夫婦に対して着床前診断を行った。
染色体に異常がなかった受精卵を70人の子宮に戻して50人が妊娠(71・4%)し、流産は3人(6・0%)。
一般的な体外受精による39歳の妊娠率(24・7%)、流産率(31・5%)を大幅に上回る結果だったという。

着床前診断について、日本産科婦人科学会は重い遺伝病以外の着床前診断を認めておらず、個別の申請を学会員に求めている。
だが、大谷医師は申請書に記入する患者の病歴などのプライバシーが守られる保証がないなどとして、申請を行っていなかった。


 学会は今回の治療について「妊娠率や生児を得られる率の向上には寄与しない」とし、容認しないとする声明を出した。
大谷医師は「それは『旧型』の話。新型の着床前診断は今後の不妊治療のスタンダードになるべき有効な治療法だ」と反論する。



困難な不妊治療 心身ともに疲弊して…


 なぜ、このような治療が必要なのか。
不妊の原因はさまざまで、一般的には排卵因子と卵管因子、男性因子がそれぞれ不妊の理由の25〜35%を占める「3大因子」とされる。
不妊治療に訪れた夫婦は検査を重ねてこうした原因を究明し、必要な治療を行っていく。

 精子が卵子に出合うために通る卵管が詰まっている場合や精子に卵管をくぐり抜ける力がないなどの場合は、卵子と精子を採取して体外で受精させた上で子宮に戻す「体外受精」に踏み切る。
原因が特に見つからないのに妊娠しないという場合も、排卵した卵子を卵管に取り込むことができない「ピックアップ障害」の可能性を考えて体外受精を試みることが多い。

ただ、それでも確実に出産できるとはかぎらない。
保険のきかない体外受精を繰り返して1千万円以上を費やす夫婦や、妊娠しても流産を繰り返し心身ともに傷ついていく女性が後を絶たない。
そして治療に時間を費やすほど高齢になり、妊娠しにくくなっていく。


 受精卵を何度戻しても着床しなかったり、流産を繰り返したりする主な原因は卵子の老化や受精卵の染色体異常とされる。
大谷医師は、新型着床前診断を行って染色体異常がなく妊娠する可能性の極めて高い受精卵を戻すことで、流産や度重なる体外受精の失敗による時間のロス、患者の肉体的、精神的負担を減らせると説明する。



障害者排除か さまざまな立場での議論必要


 今回大谷医師が行った治療について、東京都内のある専門医は「学会の指針に反したことは問題だが気持ち的には分かる」といい、「今回の治療法は技術的には確立されており、恩恵がないわけではない。
技術をどう使うかは社会の許容範囲によって決めるべきで、さまざまな立場の人たちの意見を聞き、議論を深めることが必要だ」と話す。


 実は着床前診断をめぐっては平成16年、受精卵の染色体の一部を検査する旧型の着床前診断を大谷医師が実施していたこと明らかになり、障害者団体から反発の声が上がったことがある。
染色体異常の受精卵を排除するように選別することは、ダウン症など染色体異常による障害者を排除することにつながるとの懸念があったためという。

脳性マヒを持つ人による「大阪青い芝の会」(大阪市東住吉区)の川嶋雅恵会長(59)は「着床前診断は優勢思想に基づいた命の選別であり、医師の理論で安易にすべきではない」と話す。
一方、患者の1人は「6度目の妊娠で初めて産声を聴くことができ、涙が止まらなかった」と語ったといい、大谷医師は「染色体異常がある受精卵を無差別に排除するのではなく、両親の希望によってはダウン症として生まれる可能性のある受精卵を子宮に戻すという選択肢もある」と説明している。


 命の選別とみるか、命を生み出すための治療とみるか−。
社会の許容範囲が今どこにあるのかを問い続けることが、高度生殖医療には必要なのかもしれない

posted by 小だぬき at 05:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする