2012年10月23日

「報われない」と思う前に

香山リカのココロの万華鏡:「報われない」と思う前に
毎日新聞 2012年10月23日 東京地方版

ある日、突然、「パソコンのサイトに犯罪予告を書き込んだだろう」と言われ、逮捕される。
「やってません」と否定しても、「詳細な調査から、キミのパソコンから書き込まれたことはわかってるんだ」と取り合ってもらえない……。

 そんなカフカの小説か悪夢のようなできごとが、現実に起きてしまった。
この7月には大阪で、9月には三重で、それぞれ市のホームページなどに犯行予告が書き込まれ、その“犯人”と見られて逮捕された4人のパソコンは、いずれも遠隔操作ウイルスに感染していたことがわかった。
つまり、別の人物がその人になりすまして、書き込みを行っていたわけだ。


 さらに、真犯人と見られる人物が報道機関や弁護士に犯行声明のメールを送り、その動機を「警察・検察をはめてやりたかった」と明かしている。
同じ手口を使って、全部で13件もの犯行予告、脅迫メールを送ったようだ。


 専門家によれば、今回の遠隔操作ウイルスは「数年間、専門的にプログラムの勉強をした人なら比較的、簡単に作成できるもの」ということだ。
テレビでもその道の専門家が、「すぐできます」と記者のパソコンを遠隔操作していた。

しかし、いくら専門的な知識を身につけた
人には簡単でも、そこに至るまでの「数年間の勉強」は決して簡単ではないはずだ。


 そういえば、あの「iPS細胞を臨床応用した」とほぼ虚偽と思われる話をマスコミなどでした男性も、長年、勉強や研究を続けてきたことはたしからしい。
なぜ、そうやって、苦労して勉強した結果を、社会に役立つことではなくて間違った方向に使おうとするのだろう。
自分の努力が十分な成果につながらず「報われない」という思いが、次第に社会や他者への恨みや妬みに変わっていくのだろうか。


 実は、診察室でも「私だってがんばっているのに、こんなに認められないのはおかしい」と怒りを訴える人がときどきいる。
たしかにその人たちは多額の報酬も手にしていなければ、ノーベル賞などの輝かしい賞ももらっていない。
それでも、「好きなことをやっている」というやりがいと、社会に貢献できているというそれなりの手ごたえと、自分の生活を支えるだけの収入が得られれば、それで幸せとは考えられないだろうか。
「報われない」と落ち込む前に、専門的な知識や技術を努力して身につけた自分に誇りを感じてほしい、と心から思う。

posted by 小だぬき at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「権威」の落とし穴

【私説・論説室から】
「権威」の落とし穴
2012年10月22日  東京新聞


 体温計が計測不能になった状態を初めて見た。
 当時一歳の長男の熱は、四〇度を上回り計測限度を超えていた。

 異変に気付いたのは夜だ。
かかりつけの医院は開いていない。
迷わず小児医療専門の国立病院の夜間救急に向かった。
設備も整い権威ある医療機関だ。


 診察した医師は、考えられる検査をしたが診断がつかない。
最後は「検査で後遺症が残ることがある」と覚悟を求められ、脳の異常を調べる髄液検査まで受けた。
結局、発熱の原因は分からずじまいで帰宅した。


 翌日、かかりつけの開業医を受診すると「それならマイコプラズマ肺炎しかない」と言う。処方薬で高熱がうそのように下がった。


 病院の医師も懸命に診察してくれたが、開業医の知識と臨床経験に救われた。


 偽のiPS心筋移植騒動は東大やハーバード大という権威に惑わされ、メディアは真偽を確かめる思考を停止させてしまった。


 医療では大学病院を筆頭に大病院にいる医師が最も腕がいいと思いがちだ。

 だが本来、所属する医療機関の大小と医師の能力は関係ないはずだ。
 騒動で長男のこの一件を思いだした。そして反省も含め、思考停止の落とし穴を再認識させてくれた。


 診察室に入ると「お待たせして申し訳ないですね」といつも謙虚に声をかけてくれるかかりつけ医の顔を思い浮かべながら、そう実感した。 
              (鈴木 穣)

posted by 小だぬき at 09:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする