2012年10月31日

「家族」憎む一方で執着 

香山リカのココロの万華鏡:「家族」憎む一方で執着 
毎日新聞 2012年10月30日 東京地方版

 兵庫県尼崎市で起きた連続遺体遺棄・行方不明事件。
3人の遺体が確認されているが、ほかにも多数、行方不明者や変死者がいるといわれ、前代未聞の大量殺人事件に発展する可能性もある。


 複数の家族とつながりがあり、ドラム缶詰め遺体事件で起訴された64歳の女性に人々の関心が集まっている。
それは、この犯罪が残虐さもさることながら、常に「家族」をめぐって起きているからではないだろうか。
これまでの調べやまわりの人たちの証言で、女性は目をつけた家庭に近づき、わずかな期間で家族のあいだに亀裂を生じさせ、関係が崩壊するよう仕向けていたことがわかっている。


 中には、家族どうしで暴行を加えさせたり、殺害にまで関与させたりしたケースもあるといわれる。
標的になったのは、いずれも「平凡で幸せな家族」。
女性は、そんな家族の姿に敵意でも抱いていたのだろうか。


 一方、こんな証言もある。
女性は夫、長男など自分の家族を異常なまでに大切にし、幼い孫娘にもブランドものを買い与えたという。
さらに取り巻きのような若者たちまで引き連れ商店街で買い物をしたり、スナックで飲み明かしたりするなど、とにかくいつも親しい人たちに囲まれていることを好んだ。


 “仲良し家族”を残虐な攻撃の対象としながら、自分は過剰なまでに“仲良し家族”を演じようとしたのかもしれない。
いずれにしても女性は、「家族」というものにこだわり、時にはそれを憎み、時にはそれを強く求めていたのではないか。


 もちろん、これは考えすぎで、女性は単に金銭への欲にかられ、犯行を重ねていただけかもしれない。
ただ診察室には、「家族が憎い、でも家族から離れられない」と家族に対しての矛盾した思いに苦しむ人たちが大勢やって来ることはたしかだ。


 本当に家族が嫌いなのであれば、さっさと見切りをつけて自分の人生を歩み出せばよいようなものだが、この人たちは「家族は愛し合うべき」と心のどこかで固く信じている。
だからこそ自分の家族につい期待をしたり、それが裏切られては怒りがつのり、最終的にはつい暴力的な行動に出てしまったりするのだ。


 今回の事件の女性が、なぜ「家族」ばかりを標的とし、同時に自分の家族に対してなぜ執着を持つようになったのか。
はたしてこれからの取り調べや裁判で、それが明らかになるのだろうか。

posted by 小だぬき at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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