2012年12月06日

松葉づえ通勤で見えたこと=元村有希子

記者の目:松葉づえ通勤で見えたこと=元村有希子
毎日新聞 2012年12月06日 01時14分

 ◇せめて優先席は空けておこう

 右足を骨折し、退院後も松葉づえの生活を送った。
つえから解放されるまでの約3週間、地下鉄で通勤したが、席を譲られることはまれだった。
知人や同僚は「信じられない」「東京の人は冷たい」と憤慨してくれたが、私は譲らなかった人を責めることができない。自分も同じようなものだったと、けがをして初めて実感したからだ。


 復帰初日の帰路。車内に空席はなく、私はドアの横に立った。
右足はつま先しか地面につけられず、松葉づえだけだと揺れる車内で立っていられない。
左手に2本の松葉づえ、右手で金属製の手すりを握り、片足で立った。正面に座っていたのは30歳前後の男性。
眠っていた。5駅目で彼が降りた後、席に座るまでの約15分間、私は誰からも席を譲られなかった。


 翌日は優先席に近いドアから乗った。
優先席には既に先客がいた。
20代と見られる背広の男性はスマートフォンに熱中。
うたた寝していた中年男性は、一度起きて私と目があったが、すぐに視線をそらし、再び寝た。


 混雑する車内では、座っている人の視界はいろんなものに遮られ、困っている人が見えにくい。
それが譲られない主な理由だった。
混雑していなくても、多くの人が寝るかうつむいている。
結局、3週間で電車に46回乗り、席を譲られたのは5回だった。

 ◇悪気なき“占拠”ルール違反では

 インターネット調査会社のマクロミルが08年に公表した、交通機関のマナー実態調査結果によると、電車やバスの中で「寝る」人は51%、「携帯メールをする」人は47%(複数回答)。

実際に観察してみると、ある日は6人がけの座席の全員がスマートフォンや携帯音楽プレーヤーで何かを聴いたり、携帯電話でゲームやメールに熱中していた。


 「座っている自分の前に松葉づえの人とかお年寄りが立ったら、『今日は運が悪い』と思う」とは知人の弁。
そういう時どうするか聞いたら「こっちも疲れている。ごめんなさい、と心の中でつぶやいて寝たふりをする」。多くの乗客の本音かもしれない。


 松葉づえは、それだけで「席を譲ってほしい」というプレッシャーと「嫌な感じ」を与えているのだろうか。
私はなるべく優先席スペースに立つようにした。
とはいえ、優先席スペースも通勤時間帯は疲れた通勤客で埋まる。
ゲームやメールやうたた寝に忙しく、周囲を見回す様子はない。


 もとより優先席スペースでは「携帯電話(スマートフォンも)はOFF」がルールである。
なのにそれすら守られないのはおかしな話だ。
怒ったりあきれたりしながら、骨折する前の自分だって空いていれば優先席に座り、時にはうとうとしていたことを思い出した。

 だから「優先席には座らないようにしませんか」と提案したい。
松葉づえという分かりやすい目印があってもこの状況ならば、目印のない不自由を抱えている人はどれだけ困っているだろう。存在に気づかないまま優先席に座り続けることは、悪気がなくてもルール違反だと私は思う。


 優先席は1970年代、障害者の雇用を進める法律の改正を機に広がった。
障害者と高齢者を想定し「シルバーシート」と呼ばれたが、最近は「優先席」「思いやりシート」などと名前が変わっている。
若くても病気を抱える人や妊婦、赤ちゃん連れの人などに対象が拡大したためだ。

 ◇見えない不自由知らせるマーク

 東京都は10月末、人工関節や義足、内部障害など、外見からは分からない不自由を抱える人がかばんにつける「ヘルプマーク」を作った。
都営地下鉄大江戸線だけで試験的に導入し、3週間で希望者に4000個を配った。「マタニティマークのように広がってほしい」と、担当者は期待する。

「マタニティマーク」は06年、鉄道16社が一斉に導入。出産間際まで仕事を頑張りたい女性たちの通勤を支え、全国に普及した。


 優先席はその名の通り、配慮が必要な人のためのものだ。
03年に「全席優先席制」を導入し、全席で譲り合いを奨励した横浜市営地下鉄は今年、乗客の要望で優先席を復活させた。
都営地下鉄は全路線で優先席を倍増させた。善意だけに頼っては解決しない、という対応だが、さまざまな人が共存する都会では現実的な方法だろう。


 けがをして、多くの人の親切が身にしみた。
建物のドアを開けて待ってくれていた人。
空席に向かって歩いている私を見つけて反射的に立ち上がった人。
人には善意がある。
その善意を生かせる仕組みで、もっと電車は使いやすくなるはずだ。

posted by 小だぬき at 11:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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