2012年12月20日

香山リカのココロの万華鏡:高齢者も若者も大変

香山リカのココロの万華鏡:高齢者も若者も大変
毎日新聞 2012年12月18日 東京地方版

 選挙が終わり、「さて私たちの暮らしはどうなる」と気になっている人も多いのではないか。


 選挙戦では「高齢者が安心して暮らせる社会を」と言う候補者もいれば、「若い人にツケを回してはいけない」と主張する候補者もいて、なんだか高齢者と若者、どちらに肩入れするかを選ばせようとしているようにも見えた。

実際には「高齢者も若者もどちらもたいへん」ということなのだが。


 しかも、この「たいへんさ」がもう目の前に迫っているところも、実は高齢者も若者も同じだ。

診察室にいると「高齢の親が入院中だが、病院からすぐ転院させて、と言われ行き場所がない」といった“介護難民”の家族からも、「ブラック企業でうつ病になり、退職したら再就職先もなく、生活保護も断られた」という“就職難民”というより“生活難民”の若者からも相談が寄せられる。

いずれも「今日、なんとかしないと」と切羽詰まった話ばかり。「さて、この国の未来はどうなる」などと悠長なことなど言っていられない。


 「この部屋を出たら次に行くところがない」と診察室で泣き崩れる人に「まずは役所に相談に行ってみて」などと退室を促しながら、なんだか自分がどんどん人間性を失っていくような気になる。
「私がなんとかしてあげる」と言いたいのだが、自分にはその度量も能力も心のゆとりもない。

「なんのために精神科医をやっているのか」と自己嫌悪に陥るのは患者さんたちのためにもよくないとわかっていても、どうにもならない。
かといってそこで立ち止まっては次の仕事にさしつかえるので、「これ以上、考えても仕方ない」とどこかで考えをストップせざるをえない。


 困難に直面している人に出会う。「なんとかしてあげたい」と思うが、自分にはどうにもできない。
無力感にさいなまれ、結局は「見なかったことにしよう」と切り捨ててしまう。


 こんなことを繰り返しているのは、私だけではないはずだ。
そして、そんな繰り返しの中で心がどんどんすり減るのを感じているのも、私に限ったことではないだろう。

今年の漢字は「金」だそうだが、自分の心にはそんな輝きはどこにも見つからない。

来年こそは「私の心にも金メダル!」と堂々と胸を張れる年になってほしいと心から願うが、今回、選挙で選ばれた人たちにはこの思いがどれだけ伝わっているだろうか。

posted by 小だぬき at 08:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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