2013年05月01日

憲法を考える 沖縄が日本であるために

憲法を考える 沖縄が日本であるために
2013年5月1日    東京新聞「「社説」

 日本国民は憲法の下、基本的人権が等しく保障されなければなりません。
しかし、国内にはそう言い切れない現実を抱える地域もあります。
沖縄県です。


 四月二十八日、国会近くの憲政記念館で、政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が開かれました。
六十一年前、サンフランシスコ講和条約が発効して、日本が敗戦後の占領体制から再び独立を果たした日です。


 同時に、沖縄県、奄美群島、小笠原諸島は日本から切り離されました。
沖縄県民には一九七二年五月十五日の本土復帰まで続く、苛烈な米軍統治の始まりでした。

◇生命は虫けらのごとく

 式典に沖縄県の仲井真弘多知事の姿はなく、高良倉吉副知事の代理出席です。

同時刻、米軍普天間飛行場のある宜野湾市では式典への抗議大会が開かれていました。

 この日を境に強いられた苦難を考えれば、沖縄が「記念」する気持ちになれないのは当然です。
 安倍晋三首相は式辞で「沖縄が経てきた辛苦に深く思いを寄せる努力をなすべきだ」と訴えました。


 自民党の衆院選公約では主権回復を「祝う」式典が、沖縄の苦難をすべての日本国民が考える契機となるのなら−。
式典に意義を見いだせますし、そうすべきです。


 激烈な地上戦の戦場となった沖縄では、本土復帰まで米軍統治が続きます。
人命や人権が全く守られない強権的な軍政や治外法権、米軍基地を造るための「銃剣とブルドーザー」による土地の強制収用、脆弱(ぜいじゃく)な経済基盤による貧困。

 後に沖縄県知事となった故西銘順治氏は衆院議員当時、復帰前の国会でこう訴えます。

 「日本の憲法の適用もない。
米国統治下に置かれながら米国の憲法で規定された人権は何ら擁護されていない。
沖縄人の生命は虫けらのごとく扱われている」

◇9条掛け軸に助けられ

 沖縄の人々にとって本土復帰は国民主権、基本的人権の尊重、戦争放棄を三大原則とする日本国憲法への復帰になるはずでした。


 かつて読谷村長、沖縄県出納長を務めた山内徳信さんは、村長時代から執務室に、憲法九条の全文を毛筆でしたためた掛け軸を掲げています。
参院議員の今もです。


 山内さんは村長当時、読谷補助飛行場などの米軍基地の返還を粘り強い交渉で成し遂げました。

 山内さんはこう振り返ります。

 「ものを言わない憲法の掛け軸がどれほど私を助けてくれたことか。
日本政府や米政府、米軍と交渉するときの理論武装の柱が、憲法の平和主義、人権尊重だった」

 その山内さんは、沖縄が今なお「憲法の埒外(らちがい)、憲法番外地に置かれている」と指摘します。


 在日米軍基地の約74%が沖縄に集中する不公平、在日米軍の軍人・軍属に特権的な法的立場を認める日米地位協定を指してです。


 普天間飛行場の名護市辺野古への県内移設などの形で沖縄になお米軍基地負担を押し付ける、地位協定は運用改善止まりで、改定を求める沖縄の求めは無視される。


 そうした現状を変えるには、もはや沖縄県が日本から独立する、「琉球独立」しかないという訴えも、沖縄では出始めました。

 石垣島生まれの松島泰勝龍谷大教授は「琉球、沖縄の人々の誇りを傷つける状況が続いている。
独立という言葉が少数派だけではなく、一般の人も語る状況になってきた」と話します。


 歴史をさかのぼれば沖縄は琉球国という日本とは別の国家でした。
一六〇九年の薩摩藩侵攻、一八七九年の琉球処分を経て日本の一部になったのです。

 沖縄は琉球国として再び独立することができるのか。
松島さんは「日本の中で議論すると多勢に無勢だが、国連という大きな世界的な力学を使えば、いろんな状況は変えられる」と言います。


 国連には「脱植民地化特別委員会」があります。
独立はその「非自治地域」リストへの登録を求める決議を、沖縄県議会が採択できるかどうかが出発点となります。


 現時点では、独立を求める県民が多数とは言えません。
地元紙、琉球新報が二〇一二年五月、本土復帰四十年を機に行った世論調査によると、復帰してよかったと答えた県民は80%に上ります。

 だからこそ、日本政府、国民が、沖縄県民の忍耐に甘え、米軍基地の過重な負担を押し付けたままでいいはずがありません。

◇国全体をよくする力に

 山内さんは「基地や原発を地方に押し付ける発想を封じ、どこに住んでも人間扱いされる国をつくる必要がある」と訴えます。


 沖縄が日本であり続けるには、法の下の平等や基本的人権の尊重など、憲法の理念が完全に実現する状況をつくり出さねばなりません。
それが沖縄のみならず、日本全体をよくする力となるはずです。

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2013年05月02日

(CM天気図)数の暴力? 天野祐吉

(CM天気図)数の暴力? 天野祐吉
2013年5月1日  朝日新聞デジタル

 世界で初めて人口調査をしたダビデ王に、神が怒って罰を科したとき、ダビデは一切弁解をせずに自分の罪を認めた……。
という話を枕に「スモール・イズ・ビューティフル」の著者シューマッハーさんは、こう言っている。

 「ダビデは、人間を一つの単位として取り扱うような人口調査には何か間違っているものがあることに気づいたのだ。
人間は、一人一人が一つの宇宙なのである


 いい話である。が、それから3千年たったいまも、人間がしばしば数字的な単位として扱われていることに変わりはない。


 大企業が社員を何千人も一度にクビにできるのは、社員を人間ではなく、顔を持たない数字として見ているからだし、

安倍さんが夏の参院選に自信満々なのも、政策や候補者の質で勝てると確信があるわけではなく、当選者の頭数を計算してのことだろう。
憲法の改定だって、これからじっくり議論を重ねて実現したいというよりも、議席の数で押し切れるうちに押し切ろうとする算段に見える。


 多数の暴力で、とはあえて言わないが(言っちゃった)、「消費税還元セール」という表現は許さん、なんて小売業界をおどすのも、調子に乗り過ぎている。


 これは業界の猛反対に遭って、「消費税」や「税」に触れなければ認めるということになったようだが、小売業の広告キャッチフレーズにまで口を出すのは、あまりにも出過ぎた話である。


 で、ここはひとつ、わが小売業界も国のおせっかいに感謝の気持ちをこめ、店内にこんなキャッチフレーズをかかげて話題を盛り上げたらどんなものだろう。


「政府ご公認3%値下げセール」

「消費増税に関係なく3%値下げセール、堂々実施中!」
 (コラムニスト)
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2013年05月03日

社説:憲法と改憲手続き 96条の改正に反対する

社説:憲法と改憲手続き 96条の改正に反対する
毎日新聞 2013年05月03日 02時30分

 上映中の映画「リンカーン」は、米国史上最も偉大な大統領といわれるリンカーンが南北戦争のさなか、奴隷解放をうたう憲法修正13条の下院可決に文字通り政治生命を懸けた物語だ。彼の前に立ちはだかったのは、可決に必要な「3分の2」以上の多数という壁だった。


 反対する議員に会って「自らの心に問え」と迫るリンカーン。
自由と平等、公正さへの揺るぎない信念と根気強い説得で、憲法修正13条の賛同者はついに3分の2を超える。
憲法とは何か、憲法を変えるとはどういうことか。
映画は150年前の米国を描きつつ、今の私たちにも多くのことを考えさせる。

 ◇「権力者をしばる鎖」

 安倍晋三首相と自民党は、この夏にある参院選の公約に憲法96条の改正を掲げるとしている。
かつてない改憲論議の高まりの中
で迎えた、66回目の憲法記念日である。


 96条は憲法改正の入り口、改憲の手続き条項だ。
改憲は衆参各院の総議員の「3分の2」以上の賛成で発議し、国民投票で過半数を得ることが必要と規定されている。
この「3分の2」を「過半数」にして発議の条件を緩和し、改憲しやすくするのが96条改正案である。


 憲法には、次に掲げるような基本理念が盛り込まれている。

 「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(97条)


 「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」(98条1項)


 その時の多数派が一時的な勢いで変えてはならない普遍の原理を定めたのが憲法なのであり、改憲には厳格な要件が必要だ。ゆえに私たちは、96条改正に反対する。


 確かに、過半数で結論を出すのが民主主義の通常のルールである。
しかし、
憲法は基本的人権を保障し、それに反する法律は認めないという「法の中の法」だ。
その憲法からチェックを受けるべき一般の法律と憲法を同列に扱うのは、本末転倒と言うべきだろう。


 米独立宣言の起草者で大統領にもなったジェファーソンの言葉に「自由な政治は信頼ではなく警戒心によって作られる。
権力は憲法の鎖でしばっておこう」というのがある。

健全な民主主義は、権力者が「多数の暴政」(フランス人思想家トクビル)に陥りがちな危険を常に意識することで成り立つ。
改憲にあたって、国論を分裂させかねない「51対49」ではなく、あえて「3分の2」以上の多数が発議の条件となっている重みを、改めてかみしめたい。

外国と比べて改憲条件が厳しすぎる、というのも間違いだ。


 米国は今も両院の3分の2以上による発議が必要だし、59回も改憲している例として自民党が引き合いに出すドイツも、両院の3分の2以上が議決要件となっている。
改憲のハードルの高さと改憲の回数に因果関係はない。
問われるべきは改憲手続きではなく、改憲論議の質と成熟度だ。
改憲してきた国にはそれがあった。日本にはなかった。

 ◇堂々と中身を論じよ

 改憲案は最後に国民投票に付すことから、首相や自民党は、発議要件を緩和するのは国民の意思で決めてもらうためだと言う。
こうした主張は、代議制民主主義の自己否定につながる危うさをはらむ。


 
普遍的な原理規範である憲法を変えるには、まず、国民の代表者の集まりである国会が徹底的に審議を尽くし、国民を納得させるような広範なコンセンサスを形成することが大前提だ。
それを踏まえた発議と国民投票という二重のしばりが、憲法を最高法規たらしめている。

 
国民代表による熟議と国民投票が補完しあうことで、改憲は初めて説得力を持ち、社会に浸透する。
過半数で決め、あとは国民に委ねる、という態度は、立憲主義国家の政治家として無責任ではないか。


 衆院憲法調査会が8年前にまとめた報告書には「できるだけ国民の間に共通認識を醸成し、その民意を確認する手続きとして国民投票が行われるという過程になるように、国会議員は努力する責任がある」
「たとえ政権交代があった場合でもぶれることのない、一貫した共通のルールを作る視点が大事であり、そのためには国会で幅広い合意を得ることが重要だ」などの意見が盛り込まれている。

改憲を発議にするにあたって、国会が果たす役割と責任を強く自覚する姿勢である。


 そうした声は今、手っ取り早く憲法を変えようという動きにかき消されつつある。
憲法が軽く扱われる風潮を危惧する。


 私たちは、戦後日本の平和と発展を支えてきた憲法を評価する。
その
精神を生かしつつ、時代に合わせて変えるべきものがあれば、改憲手続きの緩和から入るのではなく、中身を論ずべきだと考える。
国会は堂々と、正面から「3分の2」の壁に立ち向かうべきである。

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高度成長で縁起物から“害虫”に ゴキブリと人間の50年格闘史

高度成長で縁起物から“害虫”に ゴキブリと人間の50年格闘史
2013.04.29 16:00 NEWSポストセブン
 
 姿を見かけると悲鳴をあげられ、問答無用で駆除の対象となるゴキブリだが、日本で“害虫”として認知されるようになったのは、約50年前、高度成長期のころからだった。


 アフリカ原産のゴキブリは、温かく食べ物がある場所でなければ生存できない。
高度成長期より以前の日本では、食べるものがふんだんにあり、保温性が高い場所を確保できる豊かな家でなければゴキブリは生きられなかった。


 実際に、大正11(1922)年につくられた童謡「こがねむし」は「こがね虫は金持ちだ 金蔵たてた蔵たてた」と歌い出すが、このコガネムシは緑色に輝く、夏にあらわれる昆虫のことではない。

作詞した野口雨情の出身地では、チャバネゴキブリのことを「こがねむし」と呼び、現れると金が貯まる縁起物とされていた。


 ところが、日本の住宅事情が改善され人々の生活が豊かになると、特別な金持ちの家に限らずゴキブリは出現するようになった。
すると、縁起物の地位からすべり落ち、細菌やウイルスを運ぶ“害虫”と考えられるようになった。


 50年ほどのゴキブリ駆除の歴史のなかで、日本人はさまざまなチャレンジをしてきた。


 殺虫剤をくん煙させ、隙間に入り込んでも追いかけて駆除する製品が発売されたのは1961年。

少し置いて1968年にはエアゾール式製品が登場し、家じゅうを殺虫剤でいぶさずとも手軽にゴキブリ駆除に取り組めるようになった。

そして、1970年代には、ゴキブリを捕獲して取り除く、捕まえたことを確認できる装置が流行する。


 使用する殺虫剤の成分は変化したものの、多くは上記3タイプに分けられていたゴキブリ駆除商品に、新しいタイプが登場したのは1980年代半ば。

日本におけるゴキブリ駆除の歴史が始まった当初から、農家などには伝えられていた「ホウ酸団子」が主婦の間に口コミで広がり、ブームとなったのだ。
これをきっかけに、殺虫成分入りのエサを食べさせる毒餌剤が新たに加わった。


 さまざまなタイプを生んできたゴキブリ駆除商品だが、すべてのタイプに対して一貫した変化の傾向がある。
人への安全性を、より重要視していることだ。


 有機塩素化合物を殺虫剤として使用することで始まったゴキブリ駆除商品だったが、環境問題への関心の高まりとともに、使用する薬剤は、より人体への心配が少ないものへと変化していった。

いまや、この春に発売された「ゴキブリ凍止ジェット」(フマキラー)のように「殺虫成分ゼロ」が最先端の駆除商品だ。

 温かいところでなければ生きられないゴキブリの性質を利用し、冷却効果で動きを瞬時に止めるため、使用しているのは噴射ガスだけなので、殺虫成分が必要ないのだ。

「マイナス75度(※降下温度。条件により異なります)の冷却効果で、動きを瞬間的に停止させます。
使用するのは冷却ガスのみ。
成分がガスだけなので噴霧後にすぐに乾き、ベタツキ汚れが残りません。
まさに”究極のクリーン処方”と言えますから、冷蔵庫の近くのような食品まわりや、寝室、子供部屋でも安心して使えます」(フマキラー商品開発担当者)


 ゴキブリには厳しいが、人にはやさしいという駆除商品のトレンドが、しばらく続きそうだ。


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2013年05月04日

憲法を国民を縛る装置に百八十度転換・・

憲法を国民を縛る装置に百八十度転換させて、多数派の横暴・・・
2013年5月4日 東京新聞「筆洗」
 

 日本でも公開が始まった映画「リンカーン」(スティーブン・スピルバーグ監督)は見どころの多い佳作だ。

奴隷解放をめぐって起きた南北戦争の終結前に、合衆国憲法修正一三条を議会で可決し奴隷制を廃止する−。
難関を正面突破したリンカーン米大統領の実像に迫っている

▼闘ったのは下院の「三分の二」の壁だ。
与党の共和党からも奴隷制を認めて和平を進めるべきだとの声が強まる中、あらゆる手段を駆使し野党・民主党を切り崩し、わずかな差で修正一三条を可決した

▼約百五十年後の日本でも、焦点は三分の二の壁だ。
改憲の発議に必要である「衆参各院の三分の二以上の賛成」を過半数に緩和する憲法九六条の改正が、参院選の争点に浮かび上がってきた

憲法の役割を、国家を縛ることだと位置づけるのが立憲主義の大原則である。
多数派の横暴を防ぐ知恵である三分の二の壁
を壊せば、国民投票しか残らない。
立憲主義は踏みにじられる

▼政権から下野したわずかな期間を除けば、多数派であり続けた自民党が改憲条件の緩和を求めるのには、いかにも裏がありそうだ。
その先に目指す社会像は、自民党の憲法草案に正直に書かれている

憲法を国民を縛る装置に百八十度転換させて、多数派の横暴に容易に歯止めが利かない社会。
憲法記念日に九六条改正の先を想像すると、息苦しい未来が見えてきた。
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近聞遠見:長老2人、名指しの「憂国」=岩見隆夫

近聞遠見:長老2人、名指しの「憂国」=岩見隆夫
毎日新聞 2013年05月04日 東京朝刊

 野中節が利いている。
野中広務元官房長官、87歳。
舌鋒(ぜっぽう)いささかも衰えない。
4月21日、TBS系列の政治番組<時事放談>で、野中はこう言った。


 「石原さん(慎太郎・日本維新の会共同代表)は公明党を切り捨てて、自民党と一緒にやろうとしているが、残念だ。


 私が小渕内閣の官房長官の時、石原さん(当時東京都知事)に頼まれて自公を結びつけ、都議会を与党多数にした。
石原さんは頭を下げたんだ。
いまごろ何を言っておるのか」


 公明切り捨てというのは、石原が先日の党首討論で、改憲問題に触れ、

 「公明党は必ずあなた方の足手まといになる」と安倍晋三首相に忠告、自公の離間をはかったことなどを指す。

さらに、野中は、 「アベノミクスの成長戦略というが、会議(産業競争力会議)に竹中さん(平蔵・慶大教授)や三木谷さん(浩史・楽天社長)が入っていることに危惧を感じる。
一体、この国をどうしようとしているのか」
と石原についで、竹中、三木谷も名指しした。


 「安倍さんはどこか危ないという感じが捨て切れない。どこかでバタッといかないか。
次から次とメニューが多すぎる。
間に硫黄島に行ったり、一生懸命にやっているのは立派だが、体が続くのか。
長く続くように、周囲が気を配っているのか」と、先輩らしい気遣いも。


 18年前になるが、当コラムに

 <野中は政権の「狙撃手」>のタイトルで書いたことがある。

当時、野中は村山政権の自治相・国家公安委員長、閣僚のなかでも特異な存在に映っていた。
どこが特異かといえば、野中や亀井静香運輸相ら通称武闘派の面々が村山富市首相の周りをがっちり固め、邪魔立てすると、さながら狙撃手のように言葉の矢を放つ。


 「円高に対して大蔵省・日銀の対応は鈍く、冷ややかだ。国民経済が破綻してもいいというなら、思い上がりも甚だしい。糾弾し戦わなければならない」などと激しかった。


 10年前、現役を退いてからも狙撃の姿勢は変わらない。
野中の言動は、核心をグサリと突くことがいかに大事かを教えている。

だが、最近の現役には野中タイプはいない。
野党の攻撃力も鈍っている。
そのせいか、野中ファンは野党に多い。
京都選出の民主党議員は、 「力が少し落ちたのかもしれないが、まだ大したもんだ。
<京都のドン>と言う人もいる。あの方は国士ですよ。
私のところにも、しょっちゅう電話がかかる」と言う。


 OBのなかでズケズケものを言う国士的な人物がもう一人いる。
村上正邦元自民党参院議員会長、80歳。
村上の発信レター<不惜身命(ふしゃくしんみょう)>の4月21日号は、スポーツ界の国民栄誉賞を厳しく批判した。

<長嶋茂雄氏はともかく、松井秀喜氏への授与には大いに疑問がある。
発表する菅義偉官房長官の顔が心なしかこわばっているように思われた……。


 政治とスポーツとビジネスは癒着しやすく、癒着を深めるほど3者とも堕落してゆくのは、それぞれの純粋性が蝕(むしば)まれるからだ>とあからさまだ。


 また、アマチュアスポーツを統括する団体として1911年創立された日本体育協会(体協)にも、村上は触れる。

会長は初代が柔道の嘉納治五郎、2代目はボートの岸清一。
しかし、47年以後、東龍太郎(東京都知事)、石井光次郎(衆院議長)、河野謙三(参院議長)、森喜朗(首相)がつとめている。
各種スポーツ団体も軒並み、会長は政治家だ。

村上は、 <スポーツ団体と政治が、補助金と票、政治的コネクションと名誉をバーターにして、権益や利権を漁(あさ)る構造になっている。
政治とスポーツの腐れ縁を断ち切らなければ、両方とも衰弱する一方だ>
と警鐘を鳴らしている。


 毒舌は現役のころからとどろき、<参院のドン>とか<村上天皇>と呼ばれた。しかし、2001年、KSD事件をめぐる受託収賄容疑で逮捕・起訴され、有罪確定後も無実を訴えている。


 そのころ、村上から聞いたことがある。

「政治には毒があるんだよ。だから政治家はスポーツに触っちゃいかん」


 87歳と80歳、2人の老政客に共通しているのは、いまも眼光鋭く、この国の行く末を憂えていること。

 
野中は回顧録のなかで、冒頭の<時事放談>の出演について、<故後藤田正晴先生から、「君が相手なら出るよ! お互いに言うべきことを述べようよ」とおっしゃっていただき、……>と記した。
後藤田逝って8年、言うべきこと、が大切だ。
(敬称略)=第1土曜日掲載

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2013年05月05日

こどもの日 「イクメン」が世間を変える

こどもの日 「イクメン」が世間を変える
(5月5日付・読売社説)

  きょう5日は「こどもの日」。育児について、ソニー創業者で教育にも情熱を注いだ井深大氏は「これほど崇高で素晴らしい仕事はない」という言葉を残している。


 それを実感させるのが、今年の「こども未来賞」(読売新聞社など主催)に選ばれた「親父(おやじ)のキャラ弁」という作文だ。


 幼稚園に入った長女のために、つわりのひどい妻に代わって弁当作りをした埼玉県の会社員中村竜太郎さん(38)が書いた。


 人見知りする長女が友達を作るきっかけにと、おかずでアンパンマンや動物を描いた。
父の気持ちを察してか、長女はいつも残さず食べ、「おいしい」と言った。


 小さな体には量が多い弁当を、皆が食べ終わった後も涙目でほおばっていたのだと後に知る。

 作文は、弁当を作った時間は「長女と私だけの宝物の時間である」と結ばれている。


 中村さんは「いろいろなことを教えてくれた子供たちに感謝し、これからも一緒に成長していきたい」と受賞の喜びを語った。


 愛情を持って子供を育てることで、親も成長する。

夫の育児時間が長い夫婦ほど、第2子を持つ割合が高いというデータもある。
中村さんのような「イクメン」を増やすことが大切だ。


 父親向けに、料理やアイロンのかけ方などの家事講座を開く自治体が増えてきた。
父親同士で子育ての楽しみや苦労を語り合う会合などを開くNPO法人の活動も広がっている。


 安倍首相は、現行法では最長1年6か月までの育児休業期間について、子供が3歳になるまで男女とも取得できるよう、経済界に自主的な取り組みを要請した。


 男性社員に2週間程度の有給での育児休業を認める企業もある。男性の育児参加をさらに促す企業努力を各社に求めたい。


 育児中の家庭を温かく見守る地域とのつながりも重要だ。

 親子が公園で遊んでいても「うるさい」と言われることがある。
これでは居場所がない。


 こども未来財団の調査では、母親の34%が育児中に「社会から隔絶され、自分が孤立しているように感じる」と回答している。


 親子が気軽に集える場を増やすべきだ。
公民館や児童館を利用した「地域子育て支援拠点」では、親同士が語り合い、子供を遊ばせている。
運営に、子育てを終えた人たちの協力を期待したい。


 地域で子供を見守り、母親を支えることが育児の力になる。

2013年5月5日01時00分  読売新聞)
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2013年05月06日

昼間眠い原因はこれ!? 「睡眠時無呼吸症候群」の自己診断法

昼間眠い原因はこれ!? 「睡眠時無呼吸症候群」の自己診断法
2013.05.05 19:00   NEWSポストセブン

 睡眠中の呼吸が一時停止することで酸素が不足し、深い眠りにつけず昼間も眠くなってしまうばかりでなく、成人病を引き起こす原因にもなるのが、”睡眠時無呼吸症候群(SAS)”です。


太り気味の人に起こる症状だと思われていますが、実は骨格が関係しているため、なんと小顔女性にも起きている可能性があるのです。


今回は簡単にできるチェック項目を使って、自己診断をしてみましょう。

■あてはまるものを正直に選びましょう
・肥満傾向である(1.5点)
・いつもいびきをかくといわれる(1.5点)
・ 昼間極端な睡魔に襲われることがある(1.5点)
・夜中によく目が覚める(1点)
・起床がつらい(1点)
・飲酒をしていなくても睡眠時に呼吸が止まることがある(3点)


合計が0〜2.5点の人はSASの可能性が低いです。しかし合計が3点以上の人は、最寄りの医療機関で診断を受けてみてもよいかもしれません。

■SASの2大原因
睡眠時無呼吸症候群には、2種類のタイプがあります。


(1)中枢型睡眠時無呼吸症候群

なにかの要因で睡眠時呼吸の働きが低下してしまい、無呼吸となることです。


(2)閉塞型睡眠時無呼吸症候群

頻度が高いのはこちらで、舌が喉に沈下するなどして気道が塞がっていびきが発生し、無呼吸となります。治療をする場合のほとんどが、この閉塞性睡眠時無呼吸症候群です。
■起床して4時間後に眠くなるのは睡眠不足

起床して8時間後と22時間後に眠気がくるというのが、体が理想的に働いている状態だといわれています。

短時間の睡眠であっても、起床して4時間後に眠気がでなければ充分睡眠がとれているサインだとも。

太り気味の中年男性に多いイメージのSASですが、一番の原因は骨格です。
あごが小さく気道が狭い日本人は、痩せていてもSASが発症する可能性が高いともいわれています。

昼間のパフォーマンスをあげるためにも、睡眠の質をよくすることは大切です。
不規則な時間に襲ってくる眠気を感じたら、早めに原因を探して適切に対処したいですね。

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2013年05月07日

香山リカのココロの万華鏡:「待ち疲れ」ならぬように 

香山リカのココロの万華鏡:「待ち疲れ」ならぬように 
毎日新聞 2013年05月06日 東京地方版

 旅行会社が大型連休前に発表したところでは、この休みの期間中の旅行者は過去最高なのだとか。
理由は「安倍政権の経済政策『アベノミクス』で景況感が改善しているから」と分析されていた。
ここでポイントになるのは、実際に景気が良くなり現実にお金がたくさんあるのではなく、あくまで景気の状態に対する印象の「景況感」が改善しているだけ、ということだろう。


 一方、週刊誌のコラムなどには、「もうかるのは一部のお金持ちだけ。
大半の人たちは恩恵を受ける前にバブルがはじけ、生活がより苦しくなる危険も」とも。
もしそうなら、「株価が上がったから、そのうち私の給料も上がるはず」などと浮かれてもいられない。


 診察室で会う人からは、まだ「アベノミクスで大もうけです」といった言葉は聞こえてこない。
相変わらず
「このバイト代では生活できない」
「パートの仕事を打ち切られた」
「ローンが払えないので家を手放す」など“景気の悪い話”ばかりだ。

誰もが「大手企業の業績が好転」というニュースを横目に「その効果は私まで回ってくるのか」と期待半分、不安半分で待っているというところだろう。


 もちろん、不安一色よりはいいのかもしれないが、それでも「ただ待つ」のには限界がある。

歌謡曲「岸壁の母」の母親は、戦地から帰らぬ息子を待ち続け10年間、港に通い続けるという設定だが、これは特殊なケースだろう。
一般的にどれくらい待てばよいのか。
期間も示されずにただ待つということ自体、私たちには大きなストレスになる。
しかも、待ったあげく「あなたへの恩恵はありませんでした」と、外れる場合もあるとなれば、ストレスはさらに倍増。


 「株価がどんどん上がっている。
私は株を持っていないが、今にきっとバイト代も上がるはず」と、楽しみに待っている人も
「あれ? まだ生活が苦しいままだぞ」と疑問を抱くようになり、「いつまで待てばいいのか」と、次第に待つストレスから気持ちが不安定になっていく。

そのうち、待ってもダメみたい」とあきらめが生じる頃には社会全体がパニックになるかもしれない。


 アベノミクスへの期待が膨らむ一方の今だからこそ、政権には一般の人たちにも、「いつ頃まで待てば給料や生活にこういう改善があります。
それまでにこんな努力をしてくださいね」というロードマップを示してほしいと思う。

そのうち診察室に「待ち疲れうつ」の人があふれることだけは避けたいものだ。

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村上春樹さん公開インタビュー詳報

村上春樹さん公開インタビュー詳報
2013年5月7日   東京新聞

 6日、作家の村上春樹さん(64)が京都市左京区の京都大百周年記念ホールで行った講演と「公開インタビュー」の詳報は次の通り。

▽冒頭の講演

 僕は普段はあまり人前に出ません。
ごく普通の生活を送っている普通の人間です。
文章を書くのが仕事なので、なるべくそれ以外のことに首を突っ込みたくない。
だから僕のことは絶滅危惧種の動物、イリオモテヤマネコみたいなものだと思ってくれるとありがたい。
そばに寄って触ったりしないでください。おびえて、かみついたりするかもしれないので。


 河合隼雄先生とは20年ぐらい前に米プリンストン大で初めてお会いし、その後あちこちで時間を一緒に過ごした。
僕にとっては「河合先生」で、最後までそのスタンスは変わらなかった。
小説家と心理療法家というコスチュームを脱ぐことはなく、そういう枠があった方が率直に話ができた。


 今でも覚えているのは、先生の駄じゃれ。
一種の悪魔払いのようなものだと思っていた。
臨床家としてクライアントと向き合い、相手の魂の暗い場所におりていく作業を日々されていた。
それは往々にして危険を伴う。
帰り道が分からなくなるかもしれない。そういう暗い場所で、糸くずのように体に絡みついてくる闇の気配を振り払うには、くだらない駄じゃれを口にしなければならなかったのではないか。


 僕の場合の悪魔払いは、毎日外に出て走ること。それで、絡みついてきた闇の気配をふるい落としてきた気がする。


 われわれが共有していたのは物語でいうコンセプトだったと思う。物語というのは人の魂の奥底にある。人の心の一番深い場所にあるから、人と人とを根元でつなぎあわせることができる

僕は小説を書くときにそういう深い場所におりていき、河合先生もクライアントと向かい合うときに深い場所におりていく。
そういうことを犬と犬がにおいで分かり合うように、分かり合っていたのではないか。僕がそういう深い共感を抱くことができた相手は河合先生しかいませんでした。
それが励ましになり、僕がやってきたことが間違っていなかったと実感できた。

▽インタビュー

〈人間とは。物語とは〉

 魂を2階、1階、地下1階、地下2階に分けて考えている。
地下1階だけでは、人を引きつけるものは書けないんじゃないか。
(ジャズピアニストの)セロニアス・モンクは深いユニークな音を出す。
人の魂に響くのは、自分で下に行く通路を見つけたから。
本当に何かをつくりたいと思えば、もっと下まで行くしかない。

〈初期作品について〉

 「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」などは、店をやりながら書いたので、まとまった物語を書く余裕がなかった。
それが新鮮だと評価されたが、僕は先に行かなければならないと思った。
村上龍さんの「コインロッカー・ベイビーズ」を読み、こういう書き方をしたいと思い、店をやめた。
一日好きなときに書けるのがうれしく、物語を書く喜びにつながった。
結末が分からないまま最初の何ページかを書き、うまくできたので、僕はそういうのに向いているのだなと思った。

〈「ねじまき鳥クロニクル」について〉

 それまではただ楽しみながら書いていたが、「ねじまき鳥」はもっと世界を広げ、分散させ、分割させる試みだった。
記憶、日記、いろんなものをかみ合わせ、重層的な世界をつくろうとした。

〈小説家の仕事〉

 (徐々に)魂のネットワークのようなものをつくりたい気持ちが出てきた。
みんな自分が主人公の複雑な物語を、魂の中に持っている。
それを本当の物語にするには、相対化する必要がある。
小説家がやるのは、そのモデルを提供することだ。


 誰かが僕の本に共感すると、僕の物語と「あなた」の物語が呼応し、心が共鳴するとネットワークができてくる。僕はそれが物語の力だと思う。

〈読書体験〉

 10代は19世紀小説ばかり読んでいた。
ドストエフスキー、トルストイ、ディケンズ、バルザック。
体に染み込んでいる。
物語はなくてはならないものです。
1950〜70年代、物語小説は差別され、物語というだけでばかにされた。僕は(夏目)漱石のファンだが、漱石も昔は評価が低かった。僕も最初のころはずいぶん批判が多かったが、いつも買ってくれる人がいた。それがずっと続き、ありがたい。

〈新作「色彩を持たない多崎(たざき)つくると、彼の巡礼の年」について〉

 「ノルウェイの森」のときは純粋なリアリズム小説を書こうと思った。
一度書いておかないと、ひとつ上にいけないと思った。
自分では実験的だと書いたものがベストセラーになったのは、うれしかったが、ある種のプレッシャーになった。

 前作「1Q84」での大きな意味は、全部三人称で書いたこと。
三人称はどこにでも行けるし、誰にでも会える。
ドストエフスキーの「悪霊」のような総合小説を書きたかった。
(「多崎つくる」は)僕の感覚としては、頭と意識が別々に動いている話。
今回は「1Q84」に比べ、文学的後退だと思う人がいるかもしれないが、僕にとっては新しい試みです。


 出来事を追うのではなく、意識の流れの中に出来事を置いていく。
(多崎の恋人の)沙羅(さら)さんが、つくるくんに(過去と向き合うため)名古屋に行きなさいと言うが、同じように僕に書きなさいと言う。
彼女が僕も導いている。
導かれ何かを体験することで、より自分が強く大きくなっていく感覚がある。
読む人の中でもそういう感覚があればいいなと思う。


 今回は生身の人間に対する興味がすごく出てきて、ずっと考えているうちに、(登場人物たちが)勝手に動きだしていった。
人間と人間のつながりに、強い関心と共感を持つようになった。


 (多崎は友人4人との共同体から切り捨てられるが)僕も似たような経験をしたことはあるし、何が人の心を傷つけるのかはだいたい分かる。
人はそういう傷を受けて、心をふさいで、時間がたつと少し開いて、ひとつ上に行くことを繰り返しながら成長する。ひとつの成長物語なんです。


 僕は自分の小説を読み返して、涙を流すことはない。
唯一泣いてしまうのは、小説ではないが(地下鉄サリン事件の被害者や遺族を取材した)「アンダーグラウンド」。
殺された方の20代の奥さまの話を聞き、家を出て、電車に乗っている時に涙が出た。
1時間ぐらい止まらなかった。


 それが、違う話を書いている時にもよみがえってくる。あの本を書いたことは、僕にとって大きな体験だった。

 小説を書き始めた29、30歳のころは、書きたいけど書けないことがいっぱいあった。
書けることを少しずつ増やし、だいたい書きたいことが書けると思えたのは2000年ぐらい。
(今作も)単純に書けるようになったから、書こうと思ったのかもしれない。

〈音楽について〉

 朝早く起きて午前中に仕事をし、昼は翻訳をするが、朝はだいたいクラシックを聴く。
夜寝る前に、翌朝に聴くレコードを用意するんです。
遠足に行く子供のように。


 仕事に集中しているので真剣には聴いていないが、音楽に励まされて書いている気がする。
20代のころは店をやり、朝から晩までジャズを聴いた。
自分の中にリズムが染み込んでいる。
文章もそのリズムを使って書く。


 僕の本を読んで泣きましたと言う人がときどきいるけど、僕は笑いが止まらなかったと言われる方がうれしい。
悲しみは個人的なところに密接につながっているが、笑いは関係ない。
やっぱりユーモアの感覚が好き。
書くときはなるべくユーモアをちりばめたい。

▽事前に寄せられた質問への回答

〈ランニングについて〉

 年を取ると体力が落ちる。若いころは少しでも速く走りたかったが、今は年をとっても走れるようにしたい。
80歳、85歳までフルマラソンを走れればいいなと思う。

〈子供のころの読書について〉

 小3まで本を読まず、小4から急に読み出した。
父と母が国文学をやっていたので、僕はそれから逃げたくて、外国の文学ばかり読んだ。
大学に入ってから日本文学も読んだ。漱石、谷崎(潤一郎)…。文章のうまい人が好き。

〈翻訳について〉

 翻訳しやすい小説と、難しい小説がある。
物語が強いと翻訳しやすい。
濃密な描写があると難しい。

〈最後に〉

 本当にうれしいのは、待って買ってくれる読者がいること。
「今回はつまらない、がっかりした。次も買います」みたいな人が大好きです。
つまらないと思ってもらってもけっこう。
僕自身は一生懸命書いているが、好みに合わないことはもちろんある。
ただ、理解してほしいのは、本当に手抜きなしに書いている。
もし今回の小説が合わないとしても、村上は一生懸命やっていると考えてもらえるとすごくうれしい。

posted by 小だぬき at 13:42| Comment(1) | TrackBack(0) | 教育・学習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「置手紙」、タイムアウト表示 3日目

「置手紙」の表示が すべて「タイムアウト・・・」になり早 3日

日本ブログ村・足のポイントや順位が いかに読者の皆様のご支援のたまものだったか痛感しています。

最近、体調も今一つで 寝て小だぬきと「春眠」「夏眠」が多くなっています。
1日1食でも 体重計の数字は 増える日々。
腹だけは大だぬき状態のまま、人体の不思議です。

この際ですが、未だに調べ続けている事柄を紹介します。

★「ジェネリック薬品」と「新薬」の効果は本当に同じか??

よく政府広報や病院では 「ジェネリックス」を薦めますが、ここで拘り「鬱患者」は混乱の頭になるのです。

 ◎特許切れだけで 「効能は変わらずに安い」といわれますが、では、「新薬」は新たに別の特許をとっただけなのか・・・。製薬会社は「10年特許」期間 何の進歩もしていないのか、との疑問です。

 ◎私は「丸山ワクチン」の支持者ですが、なぜ副作用のつよい「いれっさ」が承認され 副作用のまったくない「丸山ワクチン」が闇に葬られたのか・・・

★右翼化した政党が「憲法改正」をいうのは、論としては理解できても、なぜサンフランシスコ平和条約と同時に施行された「日米安保条約」「地位協定」破棄・改善に本腰をいれないのかわからない。

 ◎日本に占領軍として上陸・拠点にした基地を 日米安保で「占領軍から駐留軍」にし 半ば 占領軍隊を詭弁を弄して「平和に必要」と対米軍事隷属下にある。

 ◎本来なら1952年から1972年までに 沖縄に新設された「米軍施設」は施政権返還とともに無効・不法占領・返還が 筋なのに 自民党政府は「内実より名をとった」屈辱外交。今の普天間基地を含め 戦後にブルドーザーで強制された基地返還は 独立国として当然の願い。

 ◎テレビや映画で 航空管制が英語でされていることに違和感を感じた方はいませんか??   今でも領空の大部分は 米軍管制下にあり、米軍訓練空域・自衛隊訓練空域を除く 狭い範囲でしか 民間航空のルートがないためです。

 ◎自衛隊が「専守防衛」なら 1945年の「沖縄戦」から 教訓を学び、編成を考えなくてはならないし、住民避難の方策が必要なのに、未だに住民避難は後回しにされている。

★福島原発の廃炉の見通しがないのに輸出ですって

 ◎これって ブラックジョークですよね。
年代がばれますが、テレビの1作目宇宙戦艦ヤマトの「コスモクリーナー」の技術が完成していればともかく 福島第一の溶融燃料棒取り出しの見通しもたっていないのに 再稼働だ輸出とは・・・。

★会社・社員の概念より「労働者」を

 ◎マルクスの「資本論」に 立ち戻るべきです。
結局 近代経済学というのは「富めるものはより豊かに、貧しいものはより貧しく」する学問であったことは事実のように思えます。

★散々と子どもを抑圧しておいて いまさら・・・

 ◎小さい時から 思う存分遊ぶ「空き地」「公園」「他人の庭」「校庭」などを 子どもたちから奪っておいて 今の子は体力不足・・・。
元教員として「体力向上の幼少期」を保障しないで 「よく言うよ」です。

 ◎校内で事故があるたびに増えた「禁止品」「使用禁止」
刃物のじこがあると「肥後の神」「カッター」、酷い時は「コンパス」の禁止。
赤い羽根での的当てで 失明の事故があると 一斉に「針からシール」に。
これも元教員として 危険と隣り合わせでも道具を使う機会を奪っておいて、今の子は不器用との文科省、ふざけるなです。

ごめんなさい、愚痴の方が多くなりました。
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2013年05月08日

安倍内閣は6年前と何が違うのか 自戒の念書きつづっていた「安倍ノート」

【政界ありのまま】安倍内閣は6年前と何が違うのか 
               自戒の念書きつづっていた「安倍ノート」
2013.05.08   zakzak(政治評論家・有馬晴海)

  安倍晋三首相が牽引するアベノミクスが順調であることは、株高・円安、失業率の減少など、誰も否定できない。
ゴールデンウイーク中の、ロシアや中東歴訪も、ビジネス面で成果を収め、評価できる内容だ。
内政では、補正予算を乗り切り、本予算は予定通り。被災地訪問やサラリーマンの賃上げ要請など、安倍首相はひっきりなしに動いている。

 6年前の第1次安倍内閣と、一体何が違うのか。

 さまざまな要素があるだろうが、一番は自信がついた点ではないか。
「安倍ノート」に自戒の念を書きつづっていたとか、「祖父(=岸信介元首相)超え」を誓ったと伝えられるが、それだけではあるまい。

民主党幹部が「人は失敗を経験して反省をすると、こんなに大きくなるのか…」と驚くほど、安倍首相は変貌を遂げた。

 加えて、3年3カ月の民主党政権が露払いをしてくれた。
第1次安倍内閣では、消えた年金問題をはじめ、閣僚のスキャンダルや失言が続出した。
今回も閣僚の失言はあるが、大問題にはなっていない。
国民の多くが「民主党では国家が立ちゆかない」
「他の野党も決め手に欠ける」と判断し、「安倍自民党に期待するしかない」と受け止めているのだろう。

 めぐり合わせもいい。
やっと決まった富士山の世界遺産登録や、巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏と、巨人や米大リーグのヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏への国民栄誉賞の授与も、安倍首相の手柄に映る。

 政党支持率で自民党が独り勝ち状態のなか、安倍首相は今年夏の参院選で、自公与党で参院過半数を獲得して、「衆参のねじれ」を解消するという狙いを定めている。
これも順調に行くようにもみえる。

 ただ、好事魔多し。
自民党内からは少しずつ、「憲法改正に強権的だ」「国会答弁が上から目線で雑」「すべてが性急すぎる」といった批判が出始めている。
政権発足直後の丁寧さが、薄れてきたのだろうか。
これがきっかけで、第1次内閣の二の舞いになりはしないかと懸念する。

 第1次内閣では、消えた年金問題について、安倍首相は当初、「記録が曖昧だから、全員にお支払いできない」と発言していたが、支持率急減で「お一人、お一人にお支払いするんです」と言い直す事態になった。

 今からでも遅くない。
何度も何度も「安倍ノート」を見直して、自らの言動を見つめ直すべきだ。
私は少し気になっている。
そのノートには「政治は国民以上でも以下でもない」と書いてあるのだろうかと。 (政治評論家・有馬晴海)
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2013年05月09日

弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた

弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた
2013年5月8日   東京新聞「筆洗」

 体の弱い、金持ちのぼんぼんで、落ちこぼれの寝小便たれ。
大学に入ってからも、友人から年賀状一枚も来ない。
社会派弁護士として鳴らし、八十三歳で逝去した中坊公平さんは「弱虫」だったという

▼父と同じ法曹の道を歩んでからも、後年の「平成の鬼平」というイメージには程遠かった。
社会問題に興味はなく、ビジネス一辺倒。
経済的には成功し、少年時代の劣等感も克服したと思っていた

▼そんな中坊さんを変えたのが、森永ヒ素ミルク中毒事件だった。
国や企業からは「解決済み」とされ、黙って後遺症に苦しむ被害者を救うために、裁判で闘う。
その弁護団長になるように頼まれた

▼国や企業相手に左派の弁護士たちと一緒に闘えば、ビジネスに支障が出かねない。
父も辞退を勧めるだろうと相談すると、一喝された。
「そもそも赤ちゃんに対する犯罪に右も左もあると思うのか。
お前は昔から人様のお役に立つことがなかった人間やないか。
引き受けるのが当たり前や」

▼この訴訟で中坊さんが気づいたのは、何の救いの道も見いだせぬ人の絶望感だった。
母親たちは国や企業への恨み言を封印し、毒入りのミルクをわが子に与えた自分を、ただ責め続けていた

弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた、と中坊さんは述懐していた。
救われたのは彼らではなく、自分だったと。
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2013年05月10日

何がトップセールスだ!地震大国トルコに日本の原発を売る狂気

何がトップセールスだ!地震大国トルコに日本の原発を売る狂気
2013年5月7日   日刊ゲンダイ掲載

事故原因もわからないのに専門家はア然

 やはりこの男は何も分かっちゃいない。
外遊先のトルコで、エルドアン首相と会談し、福島原発事故以来、初めてとなる原発輸出の合意にこぎ着けた安倍首相のことだ。

 日本の大マスコミは「安倍首相が自らトップセールス」と持ち上げ、本人も地元通信社のインタビューに「世界で最も高い安全基準を満たす技術でトルコに協力したい」と自信マンマンに答えていたが、福島原発事故は収束はおろか、事故原因の究明さえもほぼ手付かずの状況なのに、一体、どうやって世界最高の安全基準を保証できるのか。

 加えて、売り込んだ相手は、よりによって周辺をユーラシア、アラビア、アフリカの各プレートに囲まれた地震大国のトルコなのだ。
神をも畏れぬ蛮行だ。

「トルコの地震頻度は日本のおよそ10分の1とはいえ、東南アジアや米国西海岸などと並ぶ世界でも有数の地震国です。

最大の理由は、東西約1200キロ以上にわたって横断している北アナトリア活断層で、今も活発に動いています。
99年にトルコ北西部で発生し、約1万6000人の死者が出たマグニチュード7.8の大地震もこの断層が原因とみられています」(元東大地震研究所准教授・佃為成氏)

 輸出計画は、黒海沿岸に原発4基を建設する内容だが、トルコ公共事業住宅省防災局地震研究部が作成した地震危険度マップでは、黒海沿岸を含む国土の大部分が危険度トップクラス。
西側のエーゲ海ではM6前後クラスの地震も頻繁に起きており、大津波が起きる可能性だって少なくない。

 そんな日本と並ぶ地震・津波国のトルコに原発を売り込むなんて正気の沙汰じゃない。

<事故が起きれば損失は数百兆円単位に>

 原子炉格納容器の設計に携わっていた元東芝技術者の後藤政志氏もこう憤る。
地震の揺れは非常に複雑で、何がきっかけとなって事故が起きるか分からない。
福島原発は地震に耐えた――というが、電源が失われたのは間違いないのです。
安倍首相は世界最高基準を言うが、それならなぜ、万全の安全基準を掲げていた福島原発事故は防げなかったのでしょうか。

事故が起きたら日本はどう責任を取るのか。
トップセールスといっても、たかだか3000億〜4000億円。
事故が起きれば損失は数十兆、数百兆円単位です。

酷事故を起こし、いまだに事故原因も分からない日本が他国に原発を売るなんて、道義的にも倫理的にも許されることではありません

 その電源喪失の理由も、津波なのか、地震なのかを国会事故調が原子炉建屋の非常用復水器を調べようとしたら、東電側は「暗くて見えない」「危ない」とウソを重ねて妨害した。

つまり、本当の事故原因は分かっていない。
五輪招致をめぐって暴言を吐いた東京都の猪瀬知事といい、“死の商人”と化した安倍首相といい、親日国で知られたトルコ国民も日本の政治家の“狂乱”ぶりに呆れているのではないか。
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2013年05月11日

ついに米議会からも嫌悪される安倍首相の断末魔

ついに米議会からも嫌悪される安倍首相の断末魔
2013年5月10日 日刊ゲンダイ掲載

「国益を害する」「強硬なナショナリスト」

「安倍首相の歴史認識は米国の国益を害する恐れがある」――。
米国の議会調査局が驚愕の報告書をまとめ、安倍政権に超ド級の激震が走っている。
これまで、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど米紙が安倍の歴史発言を酷評する社説を載せてはいたが、
「議会」という米国のれっきとした立法府の機関が安倍にNOを突きつけたのだ。

 米国の議会局が日米関係の報告書を今月1日にまとめたことは、9日の東京新聞がスクープした。

 報告書では安倍首相のことを「強硬な国粋主義者(ナショナリスト)」として知られ「帝国主義日本の侵略やアジアの犠牲を否定する歴史修正主義にくみしている」と指摘。
「地域の国際関係を混乱させ、米国の国益を害する恐れがあるとの懸念を生じさせた」と容赦なくバッサリだった。

 菅官房長官は9日の記者会見で「誤解に基づくものだろう」「レッテル貼りではないか」と取り繕ったが、米国に嫌われたら安倍政権はもたない。
ホンネは焦燥の極みだろう。

報告書は三十数ページにわたるというが、そのサマリーを読んだ元外交官で評論家の天木直人氏はこう言った。

「ここまで書かれたら、内閣総辞職モノじゃないですか。前代未聞です。
日本は、戦後一貫して日米関係は最重要だと言い続け、そのために対米従属に終始してきた。
それを『米国の国益を害する』という表現まで使われるなんて、いまだかつてなかった。
だからといって、米国に頭が上がらない安倍首相は反論することなどできないでしょう。
例えば中国だったら国防省の報告書に自国の見解と違うことがあればすぐに反論している。
日本だって、この報告書の存在をもっと早く把握していたはずで、外交力があれば事前に修正もできたはずです」

<米中韓接近で日本は孤立>

 日本は日米同盟を金科玉条のごとく重視し、長年にわたってシッポを振ってきたのに、米国からハシゴを外された形だ。
報告書は、米議員が日本について議論する際の重要な判断材料になる。
ほとんどの議員は実際は日本のことをよく知らない。
「安倍首相はとんでもない右翼」というイメージだけがドンドン固まっていくことになる。

「TPP参加では米議会の承認が必要です。
今後の交渉においても、日本はますます米国にへりくだらざるを得なくなるでしょう」(天木直人氏)

 訪米した韓国の朴大統領をオバマ大統領が厚遇したが、米国は中国にも接近している。
「侵略の定義は国際的に定まっていない」と発言する安倍首相がトップでいる限り、日本は孤立するばかりだ。
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「健康に悪い」ニュースが人を病気にするノセボ効果 独研究結果

「健康に悪い」ニュースが人を病気にするノセボ効果 独研究結果
2013年5月11日(土)12時39分配信 マイナビウーマン

「携帯を使いすぎると脳に悪影響」や「運動不足はメタボのへの近道」など、メディアでは「○○をしたら」こんなに健康に「悪影響」が及びますよとの研究結果が頻繁に伝えられている。


ドイツ・マインツ大学のDr.ミヒャエル・ヴィットホフトによると、こういったニュースを読むことが、本当は何ら身体的負担がないにもかかわらず、病気のような気分にさせてしまう、といいます。
「メディアは、もう少しニュースがもたらす可能な影響について考慮してほしいです」とヴィットホフト氏。


Dr. ヴィットホフトは、ニュースとそれがもたらす心理的影響について次のような実験を行いました。
147人の被験者を2グループに分け、1つのグループには「携帯や無線LANが及ぼす健康リスク」についてのビデオを見せます。
もう一つのグループはテーマとは関係ないマテリアルビデオを見せました。


その後、被験者には15分間無線LANシグナルを浴びてもらうと説明します。
実際は、何も電波は流れないのですが、信じ込ませるために、アンテナ付きのヘルメットをかぶってもらいました。
その後、気分の変化があったかどうか回答してもらいました。


すると、半分以上の参加者(54%)に、不安、落ち着きがない、集中力の低下、体がかゆくなるなどの症状が現れたそうです。
中には実験を中断してしまった人もいたということ。


これをノセボ効果と言います。
例えば、全く効果のない薬でも思い込みで副作用が出てしまう、といった症状です。


実験前に、電波による健康被害についてのビデオを見たグループのリアクションは、もう1つのグループより明らかに高く、不安度高かったということです。


研究結果はウソではありませんが、あまり情報に振り回され、本当に気分や健康を損なわないように気をつけてくださいね!


※当記事は、ハイブリッド翻訳のワールドジャンパー(http://www.worldjumper.com)の協力により執筆されました。

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2013年05月12日

やるべきこと、やるべきでないことの見極め方

やるべきこと、やるべきでないことの見極め方
(PRESIDENT Online )2013年5月11日(土)配信

▼慶應義塾大学大学院准教授 ジョン・キムさんからのアドバイス
目の前の仕事をやるべきか、やらざるべきか。それを判断するには、「自分の人生や成長プロセスにおいて、この仕事はどのような意味を持っているのか」という問いが欠かせません。
たとえば上司から資料作成を指示されたら、それを単純作業として受け止めるのではなく、そこに自分の学びの材料が隠れているのではないかと考えることです。

学びの材料は、ありとあらゆるところに存在しています。
ところが、上司から指示されたことを受け身でこなすだけの人にはそれが見えないのです。
そうではなく、つねに経営者や上司の視点を持ち、その業務の意味や価値を考えてみることです。
学びの材料は、そうした強い当事者意識の先に見つかるものです。

ときには何の価値も見いだせない仕事もあるでしょう。
では、不条理な仕事は捨てて、やりたいことだけをやっていればいいのか。
私は19歳で母国である韓国を離れたとき、「30代でやりたいことをするために、20代でやるべきことを徹底的にこなす」と決意しました。

やりたいことを実現するには、まわりを巻き込んでいかねばなりません。
人に動いてもらうには信頼を得ることが重要です。
そこにマジックは存在せず、1つ1つ結果を積み上げていくしかありません。
そのためには不条理な仕事も徹底的にやっていくと覚悟を決めたのです。

重要なのは、上司の指示に戦略的に従うとしても、自分のものさしだけは絶えず磨き続けるということです。

誰でも最初は自分らしく働く気持ちを持っています。
しかし、上司のものさしに合わせて仕事をしていくうちに、多くの人が自分に羽があったことを忘れ、いつしかペンギンのようによちよち歩くだけになってしまう。
やるべき仕事を徹底的にこなしつつ、自分のものさしを持ち続ける。
そのためにも「この仕事は自分の人生にどのような意味を持つのか」と自分に問い続けることが大切なのです。
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慶應義塾大学大学院准教授 ジョン・キム
1973年、韓国生まれ。米インディアナ大学博士課程修了。英オックスフォード大学上席研究員、ハーバード大学法科大学院客員教授等を歴任。独自の哲学と生き方論が支持を集める。
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▼坂之上洋子さんからのアドバイス
私の場合、仕事のオファーをいただいても、いきなり取りかかることはありません。
先日、ある企業から新体制になるのでリブランディングをしてくれないか、とのオファーがありました。
すぐにブランドステートメントやウェブのリニューアルなどの実作業に入るのは簡単です。
しかし私はあえてヒヤリングにかなりの時間をさきました。

その結果、新しく就任する社長が本当に求めているのは、社員の自主性をどう引き出すかであることが見えてきました。
いま、このプロジェクトでの私の仕事内容は、新社長が最初に思い描いた内容とはかなり違ってきていると思います。

相手が本当に望んでいるものは何か、それは本当に必要なのか。

どうすればベストなのかを考え抜くこと。
たとえば、その仕事では私よりも最適な人材がいると思えば、正直にそう伝え、その仕事を譲ります。
短期間では私は損をするかもしれませんが、大切なのは、それによって最良の結果が生まれるということです。
そういうことを真摯に続けていくことで、まわりと深い信頼関係をつくることができるのではないかと思います。

プロジェクトというのは、ダンドリと人がすべて。それぞれの作業をどの人にどう頼むか。
その下準備(根回しも含めて)をしないうちに走り出すと、かえってスピードが鈍ります。
私はゴールまでの半分はダンドリにあてるくらいのつもりで、しっかり準備するようにしています。
プロジェクトにぴったりの人たちが、気持ちのよい状態で集まっていれば、仕事は自然に勢いがついて前に進みます。
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坂之上洋子
米国と北京で15年以上生活後、東京へ。ブランド戦略、企業の経営戦略、NPO戦略等多方面で活躍中。建築デザイナーとしての受賞歴を持ち、「Newsweek」の世界が認めた日本女性100人の1人。著書に、人気のtweetを集めた『結婚のずっと前』。
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2013年05月13日

なにが「自立支援」と言えるのか

石井苗子の健康術
なにが「自立支援」と言えるのか
2013年5月10日  読売新聞

(支援するたびに、依存が増すようでは困るのです)

 何かをやろうと思っても、ひとりではできないから専門家に助けてもらう。
同時に少しずつやり方を学習していき、最後には自分で出来るようになる。
「自立支援」は、ひとりである事が出来るようになるのを支援すること
、と看護大学で習いました。


 しかし、ともすればこの基本的な考え方を私たちは忘れがちになってしまうということを最近、学習しました。


 「自立支援」で大切なことは、相手が何を自立したいと思っているのかをよく理解することです。
相手の希望に沿って支援しなくてはなりません。
逆を言えば、これを助けてあげるあれを支援してあげるといったような、支援の押し売りをやってはならないということになります。


 2011年から3年目に入る福島県支援でも、同じことが言えます。


 医療的な自立はまだまだ追いついていない所は多くあるでしょうが、それらを指摘して「手伝ってあげるから」という感じで話を持っていくと、被災地で一生懸命復興している方々にとって、いかにも上から目線で物を言っているようにしか聞こえないのだということを学習しました。


 福島県いわき市には、住民票を郷里の町に残したまま避難してきている町民や村民が増え続け、問題視されていました。
いわき市は、いわき市で被災した、いわき市民の方にしか支援の幅を広げることができません。
税金を払わずに、いわき市に避難している県民をどのように支援するかは、大きな問題になっていました。


 どの町の人がどこの借り上げ住宅にどのように暮らしていて、現在の健康状態はどうなのか、孤独死の予防対策はどう立てればいいのか、そういったことを誰がやるのか、あるいは町や村に代わって他の誰がやるのかと言ったことも課題になっていました。
しかし、人材もノウハウも持っているところ、たとえば特定のNPOなどにお金を降ろして助けることが、はたして地元の保健活動の「自立支援」につながっていくのかという考え方もありました。


 私たちの「きぼうときずな」プロジェクトも何を支援したら「自立支援」につながるのかを考えないと、さきほどの支援の押し売りになってしまうと、悩んでいました。


 何もかも「こちらに任せておきなさい」では、町や村は支援をやってくれる所に依存していくことになります。
まして支援活動が一過性のものだったり、都会から時々やってくるだけで、常駐とか滞在とかはしないとなれば、町や村は医療支援活動においていつまでも自立できてないことになります。


 ゆっくりでも、たとえ充分でないにしても、自分たちでやっていくことが重要なのであって、それを支援することが「自立支援」という基本に立ち返ることにしました。


 震災から3年目。
福島県のある町ではいわき市に在住している町民と、郡山市に在住している町民を再度、全戸訪問することを決めました。
しかも町の保健師たちだけの力でやることにしました。
「きぼうときずな」が2年前に作った資料が、どのぐらい役に立つかどうかは分かりませんが、今回は、町の保健師が一世帯一世帯を訪ねます。


 そのときに、どのような調査票で何を調べれば、不活動になりがちな人々の生活習慣や孤独で社会的接点がないために閉じこもっている人々の状態を正確に把握することができるか、そのアイデアを出してもらいたいと頼まれました。


 この支援は責任重大です。多くの科学論文に使用されている人間の生活活動に関する調査票はあるのですが、はたしてそれが、今回の震災から3年経った避難住民の皆様にふさわしいかどうか、そこをよく話し合って研究しなければなりません。


 聖路加看護大学の看護実践開発研究センターとしては、これまでの医療支援活動も大変でしたが、この調査票作成と分析の依頼は、もしかしたらもっと責任が大きい仕事かもしれないと私は思っています。
でも、町の方からその提案を出していただけたことを、うれしく思いました。

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2013年05月14日

振り込め新名称 「母さん助けて」を疑え

振り込め新名称 「母さん助けて」を疑え
2013年5月14日  東京新聞社説

 名づけて「母さん助けて詐欺」−。
警視庁が公表した「振り込め詐欺」に代わる新しい名称だ。
お年寄りの注意を喚起する効果を期待したい。
捜査現場も手抜かりのないよう気を引き締めねば。


 振り込め詐欺が急増したのは十年くらい前だ。
息子や孫に成りすまして電話をかけ、現金自動預払機で指定口座に現金を振り込ませる手口が主流だった。
「おれおれ詐欺」と呼ばれるようになった。


 うその融資話を持ちかけて保証金を要求したり、架空の有料サイト利用料を請求したりする手口まで現れた。
そこで二〇〇四年に警察庁がまとめて振り込め詐欺と名づけたわけだ。


 最近では金融機関の警戒が厳しい。
おれおれ詐欺では息子や孫の知人をかたって現金を受け取りに来る方法が横行している。
名称と実態がそぐわなくなった。


 被害の抑止効果が見込めるような新しい名称を警視庁が募ったところ、全部で一万四千件余りが寄せられた。
最優秀作品に選ばれたのが「母さん助けて詐欺」だ。


 子を思う母親の気持ちにつけ入る悪質さが伝わる。
祖父母や父親は大丈夫かという異論も聞かれたが、被害に遭いやすいお年寄りへのアンケートで人気が高かった作品だ。
そのセンスを信じたい。


 警視庁はこの名称を啓発キャンペーンに用いる考えだ。
「だまされるとは思っていなかった」と悔やむ被害者が後を絶たない。
世間の防犯意識を呼び覚まし、協力して根絶を目指してもらいたい。


 東京であった昨年の振り込め詐欺は二千百一件で、被害額は五十九億円に上った。
過去最悪とされる〇六年の六十一億一千万円に迫る勢いだった。今年に入っても歯止めがかかりそうにない。


 おれおれ詐欺はそのうち千四百十一件で、お年寄りを中心に女性が被害者の八割を占めた。
「母さん助けて」とせがまれ、だまされた人が多かったのではないか。


 現金を直接やりとりする方法が一件当たりの被害額を増大させているとの見方が強い。
昨年は一千万円以上の被害が二百件を上回り、前年の二・六倍に達した。
大金を欲しがる相手はまず疑ってかかるべきだろう。


 振り込め詐欺は関東のみで全国の七割に及ぶ。
愛知や岐阜、三重などの中部は6%足らずだ。
しかし、核家族化が進み、お年寄り世帯が多い大都市では要注意だ。


 宅配業者やコンビニ店員らが被害を防いだ事例も目立つ。地域全体のまなざしと機転が大切だ。

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2013年05月15日

香山リカのココロの万華鏡:回復へ一歩ずつ歩んで 

香山リカのココロの万華鏡:回復へ一歩ずつ歩んで
毎日新聞 2013年05月14日 東京地方版 


 オランダ王室の行事に出席し、無事に帰国された雅子さま。
海外での公務は11年ぶりだったがテレビ映像で見るかぎり、いつも笑顔でお元気そうだった。


 よく知られているように、雅子さまは「適応障害」というストレス性の不調を抱え、長い間療養生活を送っている。

その中でも長女の愛子さまの登校に付き添ったり、東日本大震災の後は被災地を訪問するなど「自分でなければできないこと」を中心に、いろいろな活動に取り組んでいる

その都度、私のように不安と期待が入り交じりながらテレビなどを見て「体調も安定なさっているみたい」とか、「もしかしてお疲れぎみかも」などと思っている人もいるのではないだろうか。


 考えてみれば、これはご本人にとっては大変な負担だと思う。
診察室でも時々、「夫の実家や職場から毎週、体調を尋ねる電話がかかってきます。

ありがたいのですが『そんなに注目しないで』と言いたくなることも」という声を聞くことがある。
「早く治さなきゃ」と一番感じているのは本人なのに、周囲から「どうですか? まだ来られませんか?」「この間ちょっと会ったときは元気そうだったけれど、あと何週間くらいで薬をやめられそう?」などと言われると、余計に焦りを感じてしまう。

結果的には、そのプレッシャーが回復を遅らせてしまうこともあるのだ。


 雅子さまの場合も、医師団や皇太子さまは「温かく見守って」と繰り返し、国民やマスコミに呼びかけている。
しかし、「関心を持ちすぎずに見守る」ということには限界もある。

特に自分自身もストレス性の症状を抱える人にとっては、「雅子さま、公務にお出かけしたみたいだから、私もあきらめずに外に出てみます」と、雅子さまの行動が直接、参考になることもある。

診察室で「あんなに素晴らしい方でも心身のバランスを崩されるんですね。
だとしたら私が病気になっても当然かも、と思えました」と語った女性もいた。
ご本人には伝わっていないかもしれないが、雅子さまの存在は多くの人のなぐさめ、励ましになっているのだ。


 回復ということだけを考えれば、みんながあまり注目せず、ご自分のペースでリハビリしていただくのが一番望ましい。
とはいえ皇太子妃という立場上、誰も見ない、報じない、ということはほぼ不可能。

難しい環境の中で治療を続け、今回大きな仕事をクリアすることができた雅子さま。これからも一歩ずつ、回復に向けて歩んでいっていただきたい。

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「沖縄本土復帰」41年目の今

「沖縄本土復帰」41年目の今
2013年 5月 15 日(水)朝日新聞「天声人語」

 そのハプニングで、沖縄県議会は丸一日空転した。
14年前の夏、国旗・国歌法案の公聴会が那覇市であった日。
本会議で保守系議員が身ぶりを交えて「天皇陛下万歳」と発言し、周囲を驚かせた

▼翌日、地元紙のコラムがこう書いていた。「時代錯誤か未来の図か県議会で天皇万歳……」。憂える筆の冴(さ)えに共感した記憶が、先月28日にふと浮かんだ。
政府主催の「主権回復の日」の式場で天皇陛下万歳の三唱が起きたと聞いてのことだ

▼沖縄にとっては本土と切り離された「屈辱の日」である。
首相ら多くが万歳する中、知事に代わって出席した高良(たから)副知事は加わらず、「慣れていなかったものですから、即座に反応できなかった」と話していた。
当たり障りのない言葉が、心中の複雑さをうかがわせた

きょうの「本土復帰の日」も、手放しで祝える日ではない。復帰に際して地元紙は「変わらぬ基地 続く苦悩」と書いた。41年たち、「要石(かなめいし)」と呼ばれる軍事拠点の現実は動かない

▼加えてこのところは、尖閣諸島をめぐる緊張が、沖縄の負担を案じる世論をしぼませている感がある。
安全保障に冷徹な戦略は欠かせまい。
とはいえ有事の空気を沖縄ばかりに吸わせる歪(ゆが)みを、本土はしっかり知る必要がある

▼それにしても、隣国との関係修復どころか、歴史発言や靖国参拝で事を荒立ててばかりの政治は情けない。
負担に加え、自己満足のツケまで小さな島に回す。万歳三唱の向こうに、自民主唱の「国防軍」が透けていないか。
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2013年05月16日

診察室のワルツ:不満を聞き取り信頼構築=岡本左和子

診察室のワルツ:不満を聞き取り信頼構築=岡本左和子
毎日新聞 2013年05月16日 東京朝刊

 患者やその家族から苦情を受けたとき、「それを私に言われても、という内容で困った」という病院スタッフの相談をよく受けます。

例えば、「MRI(磁気共鳴画像化装置)検査の結果が出て説明を聞きに来たが、A医師の『特に悪いところはありません』という一言で診察が終わった。

検査をした腕が痛く、日常生活にも困っているのに、もっと丁寧な診察と説明の仕方はないのか」と、病院の事務や薬局、または受付で患者が怒ったとします。
「あなた」が病院スタッフだとしたら、このような苦情をどうしますか。


 同様の話をセミナーで紹介したとき、「私に言われてもなあ」とつぶやいた人がいました。
聞いてみると、「治療や診察内容なので、事務や薬局は『すみません』としか言いようがない」と言うのです。

しかし、自分の役割や担当範囲を主張しているだけでは、患者・家族の不満や苦情は理解できません。
そればかりか、双方が納得できる対応ができず、何かのきっかけで悪い方向に広がる可能性を含みます。


 苦情を持ち込んだ患者の側に立つと、どうでしょうか。
「検査で異常がなくても、痛くてたまらないのだから、他の原因はないのか」と、医師に聞くことができなかったのでしょう。

一方、全く関係ない部署の人には言いやすく、助けてほしかったのです。
患者・家族が治療で世話になる医療者に、直接苦情を言うことは難しいものです。
ささいなことであっても、患者・家族が疑問や苦情を言葉にするときは、声を荒らげるくらいの気合がないと言い出せないこともあるようです。


 患者・家族の話は「私だから言ってくれたのだ」と思って聞いてください。
最初の例は、「もう少し説明がほしいそうです」と担当医に伝えたり、診察室まで一緒に付き添ったりするだけでも、患者には大きな助けになります。


 医療機関内のどの部署も、どの病院スタッフも患者・家族の不満や苦情を聞き取る力をつけることは、医療者と患者・家族の関係を支え、信頼構築の第一歩につながります。
患者・家族の小さな疑問や思い違いをため込ませない工夫が必要です。

(おかもと・さわこ=患者・家族と医療をつなぐNPO法人架け橋理事)

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2013年05月17日

橋下氏発言 女性の尊厳踏みにじる不見識

橋下氏発言 女性の尊厳踏みにじる不見識
2013年5月16日01時46分  読売新聞「社説」

 公人としての見識と品位が問われる発言だ。


 日本維新の会の橋下共同代表が、いわゆる従軍慰安婦について、兵士によるレイプを抑え、「軍の規律を維持するには当時は必要だった」と記者団に語った。

 さらに、橋下氏が在日米軍幹部に、風俗業の「活用」を働きかけていたことも明らかになった。


 橋下氏は15日、慰安婦について「いま必要とは一切言っていない」と釈明した。
戦時中、旧日本軍以外にも類似した存在があったという指摘は、その通りだろう。


 とは言え、軍に慰安婦が必要だったと声高に主張することが、女性の尊厳を軽んじるものと受け止められても仕方あるまい。


 橋下氏の発言に対し、稲田行政改革相が「慰安婦制度は女性の人権に対する侵害だと思っている」と述べたように、強い反発の声が上がったのも当然である。


 今回の発言は、歴史認識をめぐる安倍内閣の姿勢に関連して、記者団の質問に答えたものだ。


 慰安婦問題に関する1993年の河野官房長官談話には、資料的な根拠もないまま、日本の官憲が組織的、強制的に女性を慰安婦にしたかのような記述がある。
そうした誤解を招くような記述は、事実を踏まえた見直しが必要だ。


 橋下氏は河野談話の見直しが持論である。
だが、戦時中の慰安婦の存在を「必要だった」と認めることは、逆に国際的にも誤解を広げることになるのではないか。


 橋下氏は、日本政府が1965年の日韓基本条約で慰安婦問題は法的に解決済みだとしていることを批判し、元慰安婦に「配慮すべきだ」とも語っている。
だが、何ら具体策もないのに、こうした主張をするのは無責任である。


 一方、「風俗業活用」発言は橋下氏が最近沖縄を訪問した際、在日米軍幹部に進言したという。

 兵士の性をどう制御するかは、いつの時代も軍の課題だとして、日本で合法的に行われている風俗業を活用してはどうかと語った。
幹部は、軍では禁じられていると答え、この話を打ち切った。


 米軍の規律に対する無理解であり、侮辱とも受け止められたのではないか。米国社会では、女性の尊厳が重んじられている。
日本の歴史問題の中でも、とりわけ慰安婦問題に対する視線が厳しい。


 沖縄などからも、女性を道具として扱う暴言と批判の声が上がったのももっともだ。

 なぜ、橋下氏がこうした提案をし、それを表明する必要があったのか。首を傾(かし)げざるを得ない。
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2013年05月18日

点検漏れ もんじゅ安全「優秀」? 文科省・自己評価「A」ばかり

点検漏れ もんじゅ安全「優秀」? 文科省・自己評価「A」ばかり
2013年5月18日 07時02分   東京新聞

もんじゅの大甘評価.jpg表をクリックで拡大


 高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)の点検漏れ問題を引き起こした日本原子力研究開発機構と、監督官庁の文部科学省が、機構の安全管理の状況に関し、毎年「順調に実績を上げている」などと甘い評価を続けてきたことが分かった。

機構理事長の鈴木篤之氏が十七日に辞任し、一定のけじめをつけた形だが、現実を見ようとしない緩い組織の体質が改まるかどうかは疑問だ。 
      (加賀大介、榊原智康)


 機構の業務評価は二〇〇五年の発足以降、機構による自己評価と文科省の有識者委員会による二本立てで実施してきた。
安全面のほか、もんじゅ研究開発や業務効率など約四十項目ある。


 もんじゅの研究開発では、トラブル続きのため、順調であることを示す「A」ばかりとはいかず、努力が必要な「B」や改善が必要な「C」の評価も少なくない。


 しかし、原発の安全性を保つために不可欠な機器の点検などが含まれる「安全確保の徹底」の項目では、自己評価、文科省の評価とも、東海研究開発センター(茨城県東海村)の放射能漏れや隠蔽(いんぺい)が発覚した〇七年度の評価がBだったことを除けば、全てAの評価を付けていた。


 その一方で、点検漏れは一〇年八月ごろから拡大し、昨年十一月に発覚した段階では、安全上重要なものも含め約一万点の機器で点検時期が守られず、うち半分は点検されずに放置されていた。


 評価とは正反対の状況で、今月十五日の原子力規制委員会で「こういう組織が存続していること自体が問題」(島崎邦彦委員長代理)などと批判された。


 監督する文科省の問題もある。下村博文文科相は「一義的に機構の問題」とし、同省担当者の責任を問う考えはないとした。


 原子力資料情報室の伴英幸共同代表は「機構は点検漏れを含め、最近だけでも七件のトラブルを繰り返している。これだけ度重なるのは、監督官庁が何もしてこなかったからではないか。相応の責任を問うべきだ」と指摘した。


◆関係企業に発注ずらり


 日本原子力研究開発機構をめぐっては、安全管理以外にも、機構出身者が役員を務めるファミリー企業との不透明な取引などの問題も指摘されていた。


 東京電力福島第一原発事故後の二〇一一年十一月、国の事業仕分けでその使い方がずさんと指摘された。
機構が業務を発注した先に、ファミリー企業がずらりと並んでいたためだった。

しかも、金額ベースで約二割が競争性のない随意契約で、発注先のほとんどは売上高の半分以上が機構からの受注に頼っていた。


 こうした指摘を受け、機構は一二年度から原則としてOB企業と随意契約をしないよう方針を変更。
「赤字の垂れ流し」と批判された原子力のPR施設の運用も見直した。


 その一方、機構は福島第一原発の事故で、除染や事故収束に向けた技術開発など業務を拡大している面もある。
国の原子力予算の約四割にあたる千六百六十七億円(本年度)を機構が握っている。

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「言いたい事を言う」と「言いたい放題」の違い

「言いたい事を言う」と「言いたい放題」の違い
2013年5月17日  読売新聞

石井苗子の健康術
(政治家は言いたいことを、どう言うかの商売です)


 いわゆる従軍慰安婦問題に関する橋下徹大阪市長の発言が、なぜ今このタイミングなのだろうかと思いました。

一説には、来年に韓国で大きな選挙があるため、韓国側が政治家主体で愛国心をアピールしていることに反応したとも言われていますが、もしそれがひとつの要因だったなら、もう少し違った言い方をしてほしかったと思います。


 不思議なことに、人は人の言葉を「情緒」という心の扉を開いて、聞いているものなのです。
内容が「論理的」「科学的」であることは、それ自体が独立したものであり、情緒とあまりつながりがありません。
人の感情から情緒を切り離して言葉を聞くことは、意外と難しく、訓練がいるものなのです。


 政治家ですから、言いたい事をどう上手に言って国民の理解を得るかが命です。
情緒にもっと気をつけなければならない。

失言は、言葉だけが独り歩きをしますから、「そういうつもりで言ったのではない」を繰り返しいい直しても、人々の印象を取り返すことが難しい。
政治家のストレスは、言い訳の難しさにあります。


 でもこれを上手に交わしてこそ、政治家です。
非難されることを避けて安全な言葉だけ言って歩いているだけでは政治家とは言えません。
時には強いこともいわなきゃならない。こうしたことは政治家の宿命なのかもしれません。


 昔、アメリカのドキュメンタリーの紹介番組をやっていたときに「鉄のカーテンの演説」で有名なチャーチル首相の名言集特番がありました。
辞書になるほど名言を残した人ですが、彼は第一次世界大戦で作戦失敗の責任を取って辞任しています。

その後不死鳥のように第二次世界大戦で首相に蘇っています。
戦時中ですから、あらゆる国から挑戦的なメッセージが届く中で、「イギリスのチキンネック(弱虫=チャーチルのこと)なんか、ひと捻りで息の根を止めてやる」に対して、「チキンネック、SOMEチキンネック」(「やれるものならやってみろ!」)と言ったとか。
でも、チャーチル独特のユーモアの物凄さというか、この英語の意訳をすれば「たしかに鶏の首かもしれませんが、なかなか手ごわい首ですぞ?」という意味なのだそうです。
「SOME」の中にそれが含まれていると教わりました。


 橋下市長の発言内容はネットを見れば載っていますが、「事実と違うことで日本国が不当に侮辱を受けていることにはしっかりと主張しなければならない」が一番言いたかったのでしょうし、「侵略の定義について学術上、きちんと定義がないことは安倍首相がいわれているとおり」とありますから、こういう正しい事にもっと目をむけるべきだと言いたかったのかもしれません。

日本政府としては従軍慰安婦問題に対しては言いたいことが山ほどあるのかもしれない。
でも本質的なところで、何をいっても腹を立ててくるのには、もはやフィーリング(心理)の領域の問題なのです。
言ってみれば「真実」は耳に残らないのかもしれません。


 それともうひとつ、発言者が男性だった場合、その人が女性に対してどんな感情をもっているかを直感的に感じ取るのかもしれません。
テレビという映像からくるイメージに嘘は通用しないということです。
いくら何を言っても、その人がどう思っているかが、画面を通して伝わってきてしまう。


 日本国の代表として強く出ていくことに勢いを感じる最近ですが、チャーチルではないですが、もう少し上手に交わす政治家がでてくることを期待しています。


 肩を持つつもりはありませんが、私は政治家にシンパシーを感じることがあります。

どちらかと言うと私も、言いたい事をわき上がってくる言葉だけで表現してしまいがちです。
これは、「言いたい放題」ということになってしまう。
たとえ内容に間違いがなくてもです。
これは最近学習したことです。

このブログを書いていて時々、マネージャーから「ここ誤解されやすいですからカットしたほうが〜〜〜」なんてメールが来ることがあります。
いつもそれで助かっています。
つまりは、どう表現するか、言い方の問題なのです。

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2013年05月19日

余録:あなたが無実の罪で逮捕され…

余録:あなたが無実の罪で逮捕され…
毎日新聞 2013年05月19日 00時05分

  あなたが無実の罪で逮捕されたとしよう。
裁判で無罪を勝ち取るためには何が必要か。

郵便不正事件で逮捕され164日勾留され、無罪となった厚生労働省局長の村木厚子(むらきあつこ)さんは弁護士からこう言われた

▲まず被告にとって「事件のスジ」が良いこと。
捜査当局のストーリーに無理があり、立証を崩せそうな手掛かりがあることだ。
2番目はタマ(被告のキャラクター)が良いこと。
裁判官の心証は重要だ。
見るからに人の良いおばさん風の村木さんはこの条件を満たしていた

3番目は検事の能力が低いこと。
4番目は裁判官が良いこと。
もちろん弁護士のやる気や能力も重要だ。
これだけ条件がそろえば無罪は確実と思われるだろうが、有罪率99%の日本の刑事司法は甘くない

▲この話、本紙「くらしの明日」の筆者である大熊由紀子(おおくまゆきこ)さんが主宰する「縁(えにし)を結ぶ会」で一昨年村木さんが語ったものだ。

毎年、プログラム発表と同時に参加申し込みが殺到する超人気の会で、今年は公職選挙法違反に問われた秋田県鷹巣(たかのす)町(現北秋田(きたあきた)市)の元町長、岩川徹(いわかわてつ)さんがえん罪を訴えた

▲村木さんのえん罪事件と似ているのだが、先駆的な高齢者福祉を実現した元町長は刑事裁判の被告席に座らされ続け、最高裁で有罪判決が確定した。
会場には政治家や官僚や医療・福祉関係者にまじって検察改革に取り組んでいる検察庁幹部もいて、岩川さんの話を聞いていた

▲村木さんの言う「無罪の条件」はもう一つある。数々の無罪判決を勝ち取った弁護士が挙げたのは「運が良いこと」。
どれだけ条件がそろっても、よほど運が良くなければ無罪判決は出ない、ということか。
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2013年05月20日

生活保護改正 弊害が出ないか心配だ

生活保護改正 弊害が出ないか心配だ
2013.5.20    朝日新聞社説

 貧困に陥った人を保護から遠ざける結果を招かないか。
国会審議を通じて、現場への影響を慎重に見極める必要がある。


 安倍内閣が生活保護法の改正案を閣議決定した。
今国会での成立を目指す。


 懸念が二つある。

 一つは、生活保護を申請するときのハードルである。
 改正法案では、申請時に収入や資産を記した書類を本人が提出することを明記した。


 当たり前のように思えるが、厚生労働省は08年に「保護を申請する権利を侵害しないこと」を求める通知を出し、事情があれば口頭の申請も認めた。


 というのも、福祉事務所では過去、保護費の膨張を抑えようと、色々と理由をつけて申請を受け付けない「水際作戦」が横行したからだ。困窮者の餓死事件を引き起こしたとされ、大きな社会問題になった。


 今回の改正案は、下げたハードルを再び上げたように映る。

 厚労省は「運用は変わらない。口頭での申請も認める」と説明する。
書類が必要なことは施行規則に書かれており、それを法律にしただけという。


 現場からは疑問の声も聞こえてくる。

 年金や医療保険は、本人が保険料を支払うことが給付の要件になる。
一方、「最後のセーフティーネット」である生活保護では、保護の必要性を証明する最終的な責任は行政側にあるとの認識が浸透してきた。


 しかし、申請書と生活困窮を証明する書類の提出が明記されることで、その立証責任が本人に移り、支給をめぐるトラブルの際、申請者側に過重な負担がかかりかねないという。


 もう一つの懸念は、役所が親族に収入や資産の報告を求めるなど、扶養義務を果たすよう働きかけやすくしたことだ。


 昨年、人気お笑い芸人の母親が生活保護を受けていたことなどをきっかけに、世間には怒りの声が満ちた。
それを受けた措置だが、親族の勤務先まで連絡がいく可能性があると知れば「迷惑がかかる」と、申請をためらう人も増えそうだ。


 こうした引き締め策は、悪意のある申請の抑止より、保護が必要で誠実な人を排除する弊害のほうが大きくならないか。


 自民党の議員からは「生活保護は運用を厳しくすれば減らせる」という声も上がる。

 だが、「水際作戦」で餓死が発生したら、世間の怒りはまた行政に向くだろう。バッシングの矛先が、受給者と行政を行き来する。不毛な繰り返しは、もう見たくない。
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2013年05月21日

マイナンバー法 踏みとどまる良識を

マイナンバー法 踏みとどまる良識を
2013年5月20日 東京新聞「社説」

 国民らに個人番号を付けるマイナンバー法案が衆院を通過し、参院で審議に入った。
個人情報流出の危険や国民監視の強化につながる懸念がある。
踏みとどまって、良識ある議論を尽くしてほしい。


 インターネット時代には、個人情報の取り扱いは、より慎重を期すべきものだ。
いったん外部に流出したら、取り返しがつかないためだ。
マイナンバー法が扱う個人情報は、氏名や住所など個人を特定する基本情報から、納税実績や年金・介護情報など幅広い。


 共通番号制とも呼ばれ、全国民や法人などに番号を付けて、税分野や社会保障分野の情報を結び付ける。
行政庁ごとに管理された個人情報をネットワーク基盤を通じてひもづけし、データマッチングさせるので、国に一元管理されるのと同じ状態になる。


 法案が成立すれば、二〇一五年から国民一人一人に番号が通知され、一六年から運用が始まる。
だが、拙速に制度導入を決めることに賛成できない。

中央官庁もハッカー攻撃を受ける時代だ。
マイナンバーで国民の情報を集積することは、かえって危険である。
さまざまな個人情報が番号とともに流出し、深刻なプライバシー侵害を引き起こす恐れがあるためだ。


 運用の監督をする第三者委員会が設置されるものの、情報流出を完璧に防げるとは限らない。


 社会保障番号を使う米国では、なりすまし犯罪が絶えず、その被害は年間に兆円単位にものぼっている。
韓国でもなりすましと同時にネット上で個人情報が売買の対象にもなっているという。

 国家が共通番号制で個人情報を管理することは、国民監視を強めることにもなる。システム構築すれば、特定人物の検索ができるからだ。

税分野に限った番号制度を持つドイツで、多目的利用を禁止するのは、人を集団管理する危険性を戦時中の歴史体験として持っているからだといわれる。


 初期投資に約二千七百億円かかり、毎年のランニングコストは約四百億円にもなる。
巨大な「IT箱モノ」なのに、この制度で大幅な税収増は見込めはしない。費用対効果が不明なままで、公共事業を進めていいのか。


 いずれ医療分野の“増築”や、民間利用も検討され始めれば、プライバシーはさらに深刻な脅威にさらされよう。
利便性の裏には危険性が潜む。国民への説明も不十分なままで、法案を成立させては、将来に禍根を残す。

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2013年05月22日

「頑張り」実る社会に

香山リカのココロの万華鏡:「頑張り」実る社会に
毎日新聞 2013年05月21日 東京地方版


 私が子どもの頃、中学の先生がよく言っていた。
「私立大学は授業料が高いけれど、国公立大なら家庭の事情に関係なく、実力主義で誰でも行ける。
だからみんな頑張って勉強するんだよ」


 もちろん、実際には国公立大への進学に一切、家庭の事情は関係がないというわけではない。
ただ、先生はそうやって生徒たちを励まし、勉強の意欲を持たせようとしたのだろう。


 しかし最近、東京大などの研究者の調査によって、国公立大への進学率にも保護者の年収が大きくかかわっている、という結果が明らかになった。
この傾向は、7年前の調査でははっきりしなかったという。


 家庭に経済力があるほうが、塾などの教育費を子どもにかけられる。
また、年収の高い保護者自身が国公立大や有名私立大を卒業しており、「わが子にも自分と同じ学歴を」と望むケースもあるはずだ。
国公立大が「自分の頑張りだけで行けるところ」ではなくなっているという現実は、いろいろな事情を抱える家庭の子どもにとっては、とても残酷だ。


 とはいえ、私立大も決して「裕福な家庭の子どもが集まるところ」ではなくなっている。
私は現在、私立大で教えているが、仕送りがまったくなくアルバイトだけで生活している学生。
実家住まいだが授業料を自分で払っている学生や、親に生活費を渡している学生。中にはどうしても学費が払えなくなり退学していく学生もいる。

何の心配もなく親がかりで学生生活をエンジョイする若者がいる一方で、なんて気の毒な、とも思うが、彼ら自身は「仕方ないですよ」と割り切って淡々としている場合が多い。


 この「割り切り」は心のバランスを保つ上では大切だが、同時に注意しなければならないものでもある。
本来、少なくとも「勉強したい」と望む子どもや若者には、その機会が平等に与えられなければならないはずだ。


 「大学でゆっくり勉強できるのは、恵まれた家の子弟だけ」ということになると、最初から諦める子どもも出てきて、社会の動きはそこで止まってしまうだろう。


 頑張っても大学に行けない。家庭などの環境が悪すぎて、頑張りたくても頑張れない。
「夢を大切に」というメッセージがあふれているいま、そんな子どもや若者も増えている。


 その昔、先生が語ったような「大学受験は実力主義。
頑張れば誰でも行けるんだ」というシンプルな社会は、もうやって来ないのだろうか。

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2013年05月23日

恥ずかしいぞ原発輸出 エコノミックアニマルから「野獣」へ

特集ワイド:相手国の民主化ブレーキも 
恥ずかしいぞ原発輸出 エコノミックアニマルから「野獣」へ
毎日新聞 2013年05月22日 東京夕刊

 トップセールスの売り言葉は「世界一安全」−−。

アベノミクスの成長戦略として原発輸出を掲げ、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)を訪れ、原発輸出を約束した安倍晋三首相。

いまだ16万人もの原発事故の避難者がいることを思えば、「恥ずかしいからやめてくれ」と言いたくなる。
なりふり構わず利益を追求する姿は、経済活動に血道を上げ、エコノミックアニマルとやゆされた時代よりも深刻ではないか。【庄司哲也】


 福島第1原発の事故後、官民一体で具体化させた4月30日からの中東歴訪。
安倍首相は現地で「原子力の安全向上に貢献していくことは日本の責務」と、原発輸出を成長戦略の柱に据える考えを強調した。
サウジアラビアでは「(日本は)世界一安全な原発の技術を提供できる」とアピール。

一方、国内向けには2月の施政方針演説(衆院)で「できる限り原発依存度を低減させる」と表明、国内外で言葉を使い分けている。


 「リコール中の自動車を他国で販売するようなもの。
日本独自の経済倫理思想のかけらもない。
たとえグレーゾーンであってももうければ良いという考えを私は『修羅の経済思想』と呼んでいますが、まさにそれです」。
中央大学総合政策学部の保坂俊司教授(比較文明論)は、原発輸出を切り捨てる。


 保坂さんによると、日本の伝統的な経済倫理思想を表す言葉は「三方善(よ)し」だ。
近江商人に由来するもので、経済活動は生産者、流通者、消費者それぞれが、自己の利益ばかりを優先せずに他者の立場で考えるという発想だ。


 エコノミックアニマルという言葉は1960年代後半から70年代にかけて、日本人が利己的に振る舞い、経済的利益ばかりに血道を上げることを示す言葉として流行した。


 保坂さんは「当時でも他者の利益を考え、その上で自らの利益を上げるという姿勢はまだ残っていた。
金が金を生むバブル経済の崩壊を経て『他者性』は失われました」という。


 例として挙げるのが、日本国内だけで独自の進化をしたといわれる携帯電話。
生産者側の価値観で作られ、利用者が使わない、使いこなせない機能がたくさんある。
「付加価値をつけることで単価を上げ、利益を得てきた」と指摘する。


 トルコとは、総事業費が2兆円超のシノップ原発建設の優先交渉権で合意した。
輸出する側には大きな利益だが、福島原発では、最近も汚染水漏れや停電による冷却システムの停止が起きている。

相手に「原発は有益」と胸を張って言い切れるのか。
保坂さんは「もしも原発事故があった場合に、他者(相手国)に対して製造者としての責任を果たせるのか。そういう視点を持っているのでしょうか」と疑問を投げかける。

核拡散防止条約(NPT)未加盟のまま核実験を強行してきたインドとの原発輸出の交渉は、損得勘定では済まない恐れがある。

この問題の調査を続けてきた岐阜女子大南アジア研究センターの福永正明・客員教授は「原発事故だけでなく、軍事転用やテロの危険性をはらんでいます」と、警鐘を鳴らす。


 インドは核保有国だが、核実験の強行で30年以上も国際社会から原子力関連貿易や技術移転の制限を受けている。
原発は老朽化し、ウラン燃料も不足する。
福永さんは「原発は核兵器に欠かせないプルトニウムを生む。インドに原発を売ることは核兵器開発の促進につながる」と語る。


 日本は民主党の菅直人政権の10年6月、原子力協定の締結に向けた交渉を開始した。
だが、「インドが再び核実験を行った際には協力を停止する」という日本側の示した条件にインド側が反発し交渉は中断。
その姿勢からは「核」の軍事利用へのこだわりが垣間見える。


 インドと敵対してきたパキスタンでは中国が原発建設を支援する。
インドへの原発輸出は地域の緊張感を高めることにも一役買う。
だが、大型連休中に麻生太郎副総理兼財務相はインドを訪問し、シン首相と会談。今月27日にはシン首相の訪日が予定されており、交渉の再開に向け協議するとみられている。


 倫理を捨てた“修羅”の事例はまだある。
安倍内閣は、航空自衛隊の次期主力戦闘機F35の部品の対米輸出を、武器輸出三原則の「例外」とした。
F35が米国からイスラエルに供与されれば、「紛争当事国に武器を輸出しない」とした三原則は崩れる。


 「通常の商品輸出、システム輸出と同じように原発の輸出を位置付けてしまう安易な政治。
それが地球的な危機を招いてしまうんですね」。
原発への警鐘を鳴らし続けてきた経済評論家の内橋克人さんは、そう語った。
輸出先の国を、原発事故とは異なる危機をはらんだ社会にしてしまうという指摘だ。


 「例えば、日本が原発を輸出しようとしている中東諸国は絶対君主制の国が多い。それらの国では王族周辺に利益が集中しやすい。
原発輸出は彼らの蓄財に手を貸すことで、裏を返せば市民社会の成熟、民主化にブレーキを掛ける。
これに日本が加担してしまうことになるのです」。つまり、原発の輸出は社会的な不安定要素を輸出することにもなるという。


 日本の原子炉の初の輸出先は台湾だった。
台北市から東に約40キロに建設中の台湾電力第4原発で、原子炉は日立製作所と東芝、タービンは三菱重工業が受注。
当初は04年稼働を目指したが、工事は進捗(しんちょく)率95%で中断している。

 00年の台湾初の政権交代で、民進党政権は工事凍結を打ち出した。
建設続行か凍結かを巡って、発足したばかりの内閣が瓦解(がかい)するなど政治は混乱。
その後も与野党対立の大きな軸となってきた。
現在、建設の是非を巡る住民投票実施案が審議されている。
台湾で日本の原子炉が生み出したエネルギーは、今のところ政治の摩擦熱だけだ。


 「デフレからの脱却」という安倍政権の掛け声のもと、円安・株高が進行し、企業ばかりでなく、庶民も沸いている。
経済にプラスなら、核保有国に原発を売り、武器輸出禁止の原則も捨て去るのであれば、それはエコノミックアニマル(動物)を飛び越え、ビースト(野獣)だろう。
少なくとも、政府が掲げる対外戦略のうたい文句「クール・ジャパン」(かっこいい日本)にはとてもみえない。

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2013年05月24日

「新型うつ病」という言葉の功罪について考える

「新型うつ病」という言葉の功罪について考える
鈴木 伸一/早稲田大学人間科学学術院教授
読売新聞オピニオン

「新型うつ病」とは


 「新型うつ病」という言葉が、テレビや新聞で取り上げられることが増えている。
気分の落ち込みや無気力な状態を示す反面、たのしいことがあれば気分が高揚し、一見するとわがままなようにも見え、若者に多く、他罰的で、自分が病気であることを周囲の者や医師にすすんで報告する。

このような状態像を表現する通称として使われる。

また、「現代型うつ」「逃避型うつ」「未熟型うつ」などの表現もされることがあり、一般の人には、いろいろなタイプの新しいうつ病が登場したかのような印象を与えている。
しかし、これらの「○○うつ」と呼ばれる病気は、現行の標準的な診断基準におけるうつ病のサブタイプとしては存在しない。

日本うつ病学会(うつ病の診断と治療に関する専門学術団体)も、2012年に公表した「日本うつ病学会治療ガイドライン 大うつ病性障害2012ver.1(日本うつ病学会NEWS、 Vol.9、 2012)」において、“「現代型(新型)うつ」は、マスコミ用語であり、精神医学的に深く考察されたものではなく、治療のエビデンスもない”、と見解を述べている。


 つまり「新型うつ病」に代表されるいくつかかの新しい名称は、現代社会にうまく適応できず、不全感を訴え、刹那的な自己防衛的態度に終始するかのように周囲から見えてしまう若者の状態を表現したものに過ぎない。

それらの中には、もちろん何らかの精神疾患の診断基準に合致し、適切な治療が必要とされる者が含まれているが、一方で、周囲が、あるいは自分が「うつ病である」という認識を持つことで(そうではないのに・・)、本来ならば乗り越えていくべき成長のためのステップを先送りしてしまっているケースも存在するといえるだろう。


 このような混沌とした状況は、正しいメンタルヘルスの普及という観点からは、決して望ましいことではない。
なぜなら、この十数年間、行政、医療機関、そして企業は、年間3万人の自殺者を出している日本の現状を打開するべく、連携しながらうつ病をはじめとする精神疾患の早期発見、早期治療、そして社会復帰の支援に取り組んできた。

しかし、「○○うつ病」という言葉の登場によって、「結局、うつ病は、怠けているだけ、つらいことから逃げているだけ」という印象が広まりつつあり、これまで力を注いできたメンタルヘルスの基盤づくりに水を差しかねない状況が生じている。

第二として、メンタルヘルスの本質的な命題は、病気の発見や治療ではなく、ストレス社会に負けない「人間力」や「折れない心」を育むことである。

しかし、「○○うつ病」に限ったことではないが(たとえば、アダルトチルドレンや○○シンドロームなど)、特定の精神病理に関する「造語」が登場し、それらを連想させる状態が少しでもみられると(自分が感じると)、生活行動のすべてがそのラベルに帰属され、本人が持っている多様な可能性を矮小化してしまう。
結果として、成長の機会や周囲からの本来得られるべき適切な支援が阻害されてしまうのである。

背景にある若者への危惧


 「新型うつ病」は、造語とはいえマスコミ用語として広く共感を得るのには、それなりの理由がある。
そこには、未熟で傷つきやすく、困難を乗り越えようとする力強さが貧弱であり、ゲームやインターネットコミュニケーションなどの即時的なフィードバックには熱中するものの、中長期的な我慢と努力の結果としてでなければ得られない成果には興味を示さない、といった若者への危惧が背景としてあるのかもしれない。

おそらくこのような「若者の危うさ」はいつの時代にも存在していたのかもしれないが、
その危うさが故の失敗や困難を経験する中から「一人前」に成長していくプロセスが、個人の中にも社会の中にも、かつてはあったのであろう。

しかし、「こども」が「おとな」へ成長していくプロセスを取り巻く、家庭、教育、そして社会環境が変化していく過程で、「一人前」になることを先送りするのを許してしまう(あるいは、黙認する、放置する)時代になってしまったのかもしれない。

その詳細については、社会病理学者に委ねるとして、臨床心理学の専門家として強調したいのは、
こころのケア」の基盤をしっかりと整えることと、「現代社会を生き抜く人間力を育む」ことは相反しないということである。

つまり、現代的な若者を「おとな」へと導くプロセスは、「しっかりしろ」と突き放すことではないし、ましてや腫れ物に触るように接することでもない。

具体的な目標を示し、温かく導きながらも、しっかりと自分で責任を取ることの重要性を毅然として教えていくことだといえるだろう。

個人主義やITコミュニケーションが社会全体に浸透し、「踏み込まない人間関係」が是とされるが故に、人間力を育む厳しさと温かさを兼ね備えた豊かな人間関係が持ちにくくなり、結果として、心身の不調のサインを見逃してしまう。

さらには、心身の不調が発覚した後も、社会復帰の支援基盤となる豊かな人間関係が脆弱であるために、本人も周囲も「どうしたらよいかわからない」という状態で迷走するというケースが少ないように思われる。
このような若者と周囲の困惑が「新型うつ病」の正体なのかもしれない。


 「新型うつ病」という造語を、憂慮する若者像をラベリングするための「便利語」として見るのではなく、若者の危うさを改めて咀嚼し、人間力を育むための具体的策を考えるきっかけとして活用していく必要があるのかもしれない。

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2013年05月25日

生活保護法案 「貧困」から救えるのか

生活保護法案 「貧困」から救えるのか
2013年5月25日   東京新聞「社説」

 命を守る制度のはずだ。
政府の生活保護法改正案が閣議決定され国会に審議が移った。
保護費抑制や不正受給対策に力点を置いた改正だが、保護を必要としている人を制度から締め出さないか。


 北九州市で二〇〇六年、生活に困窮した男性が生活保護の申請を拒まれ餓死した。


 当時、
保護費を抑制するため、行政の窓口で相談に訪れた人に申請をさせず追い返す「水際作戦」が、各地で問題となっていた。


 会計検査院の調査によると、行政が受け付けた相談件数に対する申請件数の割合は、〇四年度の全国平均で30・6%だ。約七割の相談が申請に至っていない。
北九州市は15・8%と最低だった。


 保護が不必要なケースは見極めが要るが、生活保護法改正案は門前払いを拡大させる懸念がある。


 まず窓口での申請を厳格化することである。
申請の際、資産や収入の状況を示す書類の提出が義務付けられる。
保護費は税金だから困窮の状況を示すのは当然だ。


 だが、提出を義務付けるとその不備を理由に申請を受け付けない事態が増えかねない。
現行は、口頭での申請でも可能とされている。
日弁連は「違法な『水際作戦』を合法化する」と批判している。



 書類提出で申請者自身が保護の必要性を申請時に証明することを求められる。
路上生活者や家庭内暴力から逃げてきた人にとっては、証明書類の準備は難しい。


 次に、保護を受けようとする人の親族に、場合によっては扶養できない理由や収入などの報告を求めることだ。
親族の資産を調べられ、職場に照会が行くかもしれないとなると、迷惑がかかると申請をあきらめる人が出る。


 親族の支援は必要だが、関係が良好とは限らない。
子育て家庭など家計に余裕がないだろう。
少子化で親族も減る。

親族に厳しく扶養を求めることは国の福祉政策の責任転嫁ではないか。
生活保護は、集めた税金を困窮者に再分配する支え合いの制度だ。
私たちがいつこの制度に助けられるかもしれないことを忘れたくない。


 改正案では、受給中に働いて得た賃金の一部を積み立て、保護から脱却した際にもらえる給付金制度を創設する。

自立への後押しになるが、保護への入り口を絞っては、効果は限定的になる。


 
不正受給は許されないが、その対策や保護費抑制を進めるあまり、困窮者が制度からはじき出され餓死するとしたら本末転倒だ。

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2013年05月26日

首相公邸の幽霊??

首相公邸の幽霊??
2013.5.26 03:03 [産経抄]

  落語に幽霊はつきものである。
古井戸から毎晩現れて皿を数え、人気者となる『皿屋敷』の美人幽霊、お菊は最も有名だ。
他にも化けて出てきては負ける博打(ばくち)好きの幽霊や、軸を抜け出して酒を飲み三味線をひく女幽霊などユーモラスな面々が多い。


 ▼東京・永田町の首相公邸の幽霊をめぐっても、まるで落語のようなやりとりがあった。
昭和11年の二・二六事件のさい、ここで犠牲になった人の幽霊が出るとの噂がある。
そこで民主党の加賀谷健参院議員が「噂は事実か」と、大真面目で質問主意書を提出した。


 ▼答弁書は閣議決定されなければならない。
だから政府も「承知していない」という大真面目な答弁書を決定した。
発表した菅義偉官房長官は、記者会見で「幽霊の気配を感じたことは?」と聞かれ「言われればそうかな」と応じたそうだ。
なかなかの「オチ」である。


 ▼質問は一体どんな答えを聞きたかったのかと思いたくもなる。
だが加賀谷氏の名誉のために言えば「幽霊」は主意書のごく一部だ。
大半は8年前改修された後の首相公邸の使われ方への質問である。
特に安倍晋三首相が公邸に入らない理由をただすため噂を持ち出したのだ。


 ▼確かに大事件、大事故など緊急事態に備え首相は「通勤ゼロ分」に近い公邸に住むべきだ、とする意見がある。
一方で首相にもストレス解消は必要だと、私邸住まいを勧める声もある。
吉田茂ら、幽霊とは関係なく公邸へ入らなかった大物の首相も多かった。


 ▼もっともシェークスピアの『ハムレット』をはじめ、幽霊話は世界中に多い。
国際会議や首脳会談をやわらげる共通の話題として、首相公邸の幽霊も「大切に」残しておきたい気もする。
むろん二・二六事件の犠牲者には申し訳ないが。

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ありえない比喩による論理のすり替え、相手に考える間を与えないテクニック…

ありえない比喩による論理のすり替え、
      相手に考える間を与えないテクニック…
2013年5月26日   東京新聞「筆洗」

 ありえない比喩による論理のすり替え、相手に考える間を与えないテクニック…。『最後に思わずYESと言わせる最強の交渉術』という本に書かれている駆け引きの実践例だ

▼日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長が十年前に書いたこの本を読むと、弁護士として磨いた交渉術を今も活用していることが分かる。
古書店では元値の倍以上の値がつく人気だ

自分の発言のおかしさや矛盾に気付いた時は「無益で感情的な論争」をわざと吹っ掛けるとあった。
その場を荒らして決めぜりふ。
「こんな無益な議論はもうやめましょうよ。
こんなことやってても先に進みませんから」

▼橋下さんはきのう出演したテレビ番組
で、在日米軍に風俗業の活用を求めた発言について、米軍と米国民に謝罪、発言を撤回する意向を示した。
発言撤回に言及したのは初めてだ

言い負かせば勝ち、という価値観も国内外からの批判に揺らいだとみえる。
「(従軍慰安婦が)必要だったのは誰だって分かる」との発言を「その時代の人たちが必要と思っていたと述べた
」とすり替え「日本人の読解力」やメディアに責任転嫁した。
これらの発言も撤回すべきだろう

▼弁護士時代のように、感情的な議論を吹っ掛け、「無益な議論はやめましょう」とはごまかせない。
すべて自らがまいた種だ。
頼みにする「ふわっとした民意」が逃げてゆく。

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2013年05月27日

医師レベル低下・・・

医師レベル低下 
患者具合悪いも「彼女の誕生日で休みます」
2013.05.26 16:00  newsポストセブン

 医師といえば、昔は「頭のいい人」の象徴だった。
しかし、医療や医学の技術が飛躍的に進歩していく一方で、近年、医師の学力低下がさけばれている。

少子化と定員増で偏差値60を切る医学部もでているという。
その結果、医療の現場では信じられないような事故も起こっていた。
『病院はもうご臨終です』(ソフトバンク新書)の著者で医師の仁科桜子氏は、こう指摘する。


「私は医師がハサミを忘れた現場を見たことがあります。
術後のレントゲンですぐに気づき、大事には至りませんでしたが、医療器具は臓器の裏に入り込むこともあるので、本当にあってはならないことです」


 もちろん、医療の現場が過酷であることや、患者を救おうと必死で働いている医師が多くいることは重々承知している。

しかし、医療事故の発生要因の9割を占める「医師の経験不足や知識不足」に起因する事例は枚挙に暇がないのだ。


 ここ最近も、報告は相次いでいる。
先月末、愛知県内の市民病院が、胃がんを潰瘍と誤診し、治療を約2年放置していたことを公表。


 同じく先月末、横浜市の病院が、女性患者の栄養チューブに高濃度の酢酸液を注入、約2週間後亡くなったことを公表。

 今月8日には、大阪市が、市内の病院で肛門管がんと診断された女性患者が、直腸を切除後にがんではなかったことが判明し、慰謝料を支払って患者側と和解したことを公表。


 がんでない人をがんと診断したり、がんを見落としたり、わが身や家族に置き換えると、たまったものではない。


 もちろん、取り上げたような事例には、ベテラン医師も含まれ、若い医師だけがミスを犯すわけではない。
しかし、今後、学力や能力が疑問視される“医師の卵”たちが、現場に入ってくると、大丈夫なのかといいたくもなるだろう。
前出・仁科氏は、既に若い医師の質の低下を感じているという。


「研修医制度が変わり、研修医になる直前の試験の成績で就職先を選択できるようになりました。
中には成績だけはいいが、技術ややる気が伴わない医師が人気のある病院に振り分けられることもあります。

そこでは、患者さんの具合が悪くても、『5時なので帰ります』とか、中には『彼女の誕生日なので休みます』という医師までいる。
信じられないですよね」


 ある病院の中堅医師も、こう嘆く。

「担当医なのにオペに遅刻したり、オペの前日に飲み過ぎたりする。
こういう連中を指導するとなると、相当根気がいる。
実際に手術を経験させるまでの期間はどんどん長くなっています」


 こうして、能力も経験も不足した“ボンクラ医師”が増えていくのである。

※週刊ポスト2013年5月31日号

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2013年05月28日

ブラック企業から身を守る法知識

ブラック企業から身を守る法知識
2013年5月27日 日刊ゲンダイ掲載

 長時間労働に、使い捨て……最近よく聞く「ブラック企業」の実態を描いたドキュメンタリー「ブラック企業にご用心!」が注目されている。

 居酒屋チェーン入社2カ月後に過酷労働で自殺した女性、コンビニで“名ばかり管理職”としてうつになった男性――。
ブラック企業をモチーフにした企業研修の寸劇を盛り込みながら、劣悪な労働実態を浮き彫りにした。

 監督の土屋トカチ氏が言う。
「一部の企業は、『労働法を守っていたら企業活動できない』と平気で言います。
『今の憲法ができる前から店やってるんだから、そんな法律に縛られないよ』なんて開き直るケースもある。

長時間労働は日本企業なら当たり前でした。
かつても同じように法律違反をしていたのです。
でも、頑張った分だけ昇給できたので救われていた。
今は、そうじゃない。
働きに見合う報酬は得られなくなっているだけに悲惨なのです」

<退職後2年は残業代請求可>

 では、どうすれば自分の身を守れるのか。
土屋氏は「労働法を知っておくこと」という。

1日の労働時間は8時間以内が基本(労働法32条)で、それ以上になれば残業代が発生する。
タイムカードは詐称する企業があるため、出退社の時間はメモも取りましょう。

親が残したメモも証拠になります。
同居のわが子が、毎晩遅くにヘトヘトになって帰ってくるのであれば、書き留めておくといい。
時給を15分、30分単位で計算する会社がありますが、実は1分ごとに計算できます(24条)。
また、会社を辞めた後でも、過去2年分は残業代や未払い賃金を請求できます(115条)」

 上司に暴言を吐かれた場合にも、内容と日時を記録しておけばパワハラで訴える際の証拠となるという。

 弁護士の長谷川裕雅氏のアドバイスはこうだ。

「まず、残業代についての36条です。時間外労働させた場合、基本給の割り増しが必要になります。
時間外は25%増し、休日労働は35%増し。これはキチッと請求すべきです。

39条の有給休暇は、1年目で10日以上が保証されている。
1年ごとに取れる休暇日は増え、最大で20日。
要件を満たせば、アルバイトでも取れます。

民法627条の労働契約の解除もよく問題になります。
ブラック企業では、『忙しいから辞めるな』と脅されたりすることもある。
でも、法律上は2週間前に言えば辞めることができます

 最も有効なのは、ブラック企業に入らないこと。
見分け方も知っておきたい。

「離職率や研修内容、過労死を出しているかといった情報は、ネットや過去の記事で簡単に知ることができます。

アットホームを売りにしているのも怪しい。
土日集合でボランティアを強制なんて例もあります。
『年俸制』とうたいモチベーションを上げさせる企業もありますが、新鮮な言葉には注意が必要です」(土屋トカチ氏)

 信じられるのは自分だけなのだ。
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2013年05月29日

香山リカのココロの万華鏡:リワークプログラム 

香山リカのココロの万華鏡:リワークプログラム
毎日新聞 2013年05月28日 東京地方版

 会社勤めをしていたが、うつ病で長期にわたり休職しなければならなくなった。
これは今、珍しいことではない。
職場を対象にした調査で、6割前後が「メンタルヘルスに問題を抱えている社員がいる」と回答している。


 その人たちはその後どうするのか。
まず精神科や心療内科などを受診し、必要なら休職の診断書をもらい心身を休めながら適切な治療を受けるだろう。

回復の兆しが見えてきて、本人にも「また働きたい」という意欲が出てきたら、主治医はこう言うに違いない。


 「いきなり復職するのは危険だから、少しずつ『慣らし出勤』したほうがいいですね」


 なぜ「治ったから復職」は危険か。
症状が治まったとはいえ、家で休んでいる状態と通勤して仕事をしている状態とでは大きな差がある。
特にうつ病では、回復後もしばらくは「心身のエネルギーの使いすぎ」を避けなければならないので、急にフルタイムで働き出すことでの緊張感で大きなエネルギーを消耗してしまうのは望ましくない。

だから、まずは通勤に慣れる。
それから短時間の単純業務や同僚との顔合わせなど、慎重な「慣らし出勤」を経てからの復職が必要なのだ。


 とはいえ企業や事業所には、「ウチには『慣らし出勤』なんて制度はない」というところも少なくない。
また、実際に職場へ行く前に、もう少しハードルの低いリハビリをしたいという人もいる。

 そういう人たちのために医療機関や行政、あるいはNPO法人などで提供するのが、復職支援(リワーク)プログラムだ。

そこでまず、毎日決まった時間に電車などに乗り、決められた場所に行く練習。
家族以外の人と話をする練習。
さらにはパソコンや調べものに取り組んだり、うつの気分に陥らないためのスキルを身につけたりして復職に備える。
そんなリワークプログラムが、最近のメンタルヘルスの世界で熱い注目を受けている。


 私が勤務する診療所にはこのプログラムがないので、復職を考える患者さんを別の医療機関などにお願いしながら、いつも思う。
うつ病で休職した場合に限らず、何事も一旦ペースを落としたら、突然またバリバリ再開するのは危険なのだ。

 風邪など体の病気。
身内の不幸で休んだ場合。
失恋など個人的な事情で仕事に集中できない日々を送った後だって同じだ。

焦らず慌てず
、「休んだ分を挽回しよう」なんて思わずに、
少しずつ元のペースに戻していく。普段からそう心がけてはどうだろう。

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2013年05月30日

心のゆとりが生むユーモアの力

心のゆとりが生むユーモアの力
2013年5月27日  読売新聞
     「海原純子のハート通信」

 いつも興味深い論文を見つけては「こんな面白い研究があるよ」と教えてくれる先輩の心理学の教授が先日、またちょっと笑えるテーマの研究論文を教えてくれました。
 チューリッヒ大学のウルスラ・ビーアマンらの研究テーマは「自分自身のおかしな表情の顔を笑えるゆとりのある人はどんな人か」というもの。

デフォルメされた自分の「変な顔」を見て、それに「おかしさ」を感じるか「イヤだ、見たくない」と嫌悪や拒否反応を示すか、について大学生を対象に調べた研究です。


 結果は、デフォルメされた自分の「変な顔」をおかしいと感じたのは、ふだんからユーモアがあり、陽気な性格傾向を持つ学生だったということです。

「笑い」や「ユーモア」は、客観的に自分自身を見ることができる心のゆとりがないと生まれないもの。
この研究結果はそれを示したと言えそうです。


 さて「自分のした失敗」も過失のことになると「笑い話」にできることはありませんか。
失敗直後には客観的になるゆとりがなく、失敗の心の痛みで落ち込んでしまうものですが、次第に、それが「あんなこともあったなあ〜」「昔は出来が悪かったな〜」などと笑い飛ばせるようになるものですよね。

そのように客観性ができるにつれて、失敗の痛手から回復できる訳です。
ユーモアはストレスを乗り切る大事な能力とも言えそうです。
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コメント
[論より証拠]2013年5月27日


人生の味付けをするユーモア。
人間だれしも自分が健康で、生活に満ち足りているときは、相手や自分が置かれた局面を受け入れられる余裕が生まれるものです。

さあそれがある日突然、がんなどと診断されたら狼狽してしまい、「ユーモア」なんて言っていられなくなります。
これから「変わり果ててゆく」将来の自分勝手に想像し、描き出しがちです。
過去を振り返って、「自分の失敗」を悔やむ人はいても、笑い飛ばせる人は少ないでしょう。

そんな局面に追い込まれたとき、人々が望むのは、ユーモアに満ちた人よりも、思いやりのある、自分の窮状を心底に理解してくれる人との出会いかも知れません。

乳がん予防のため、両乳房の切除・再建手術を受けた女優アンジェリーナの叔母が、乳がんのため死去したというニュースが流れました。
叔母は遺伝子変異が見つかって、2004年に、がんと診断されていたそうです。
九年前から数えると5年生存率は100%ということになります。

彼女は、摘出手術を受けたのか。
放射線治療、抗がん剤投与を9年間続けていたのか、諸々の治療は、信頼度の高いエビデンス(証拠、根拠)に基づいて判断されて、決定されたのか大事な点です。

患者が、自分の病症について抱く疑問点を、しっかりと受け止めて、優しく説いてくれる医師ならば、ユーモアのセンスなぞ多少欠けても、治療に励む患者の心にはゆとりが生まれてくるのではないでしょうか。

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2013年05月31日

慰安婦発言「誤報」の主張:橋下氏に反論する

慰安婦発言「誤報」の主張:橋下氏に反論する
2013年05月30日
=毎日新聞大阪本社編集局長 若菜英晴

 日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)が、従軍慰安婦を巡る発言の報道に対し、「誤報だ」と繰り返し主張している。

本紙に関しては、具体的にどの記事を指しているのか定かでないが、「自分の真意を伝えないメディアの報道がおかしい」という趣旨のようだ。

 
【橋下氏慰安婦発言】
記者団との一問一答(要旨)

 経過を振り返る。
今月13日に問題の発言があり、本紙は同日夕刊最終版(大阪発行)から報道した。

大阪発行の14日朝刊では、沖縄の米軍に「風俗業活用を」と話したことも含めて記者団との一問一答を掲載し、ネットでも公開した(毎日jpに一問一答記事を掲載)。

橋下氏は14日、自身のツイッターで「かなりフェアに発言要旨を出している。
毎日の一問一答がある意味全て」と書き込んだ。
しかし、17日の囲み取材で「大誤報をやられた」と語り、メディア批判をさかんに展開し始めた。


 橋下氏は「メディアは一文だけ聞いてそこだけ取る」「文脈をきちっと取って報道すべきだ」と言う。
では、14日の一問一答全体や文脈から何が伝わったのか。

沖縄の地方紙、琉球新報の18日社説はこう書いている。


 「『海兵隊の猛者の性的エネルギーをコントロール』するはけ口として、生身の女性をあてがおうとする発想そのものがおぞましいのだ
「(戦時中)『慰安婦制度が必要なのは誰だって分かる』と述べたが、『分かる』はずがない」「沖縄の代弁者であるかのように装うのはやめてもらいたい」。
同感である。


 橋下氏は後に「風俗業発言」は撤回したが、文脈から伝わったのは、従軍慰安婦問題の見解や歴史認識以前の、橋下氏の人権感覚、人間観ではないだろうか。

国内外に批判が広がったのもこの点にある。
「報道で正反対の人物像・政治家像が流布してしまった」と橋下氏は言う。

しかし、流布した原因は橋下氏の発言、言葉そのものにある。
報道批判は責任転嫁だ。
ましてや、「日本人の読解力不足」との指摘はあたらないし、「他国も同じようなことをした」との主張は論点のすりかえと映る。       

 「バカ」「頭が悪い」……。
橋下氏はツイッターで毎日新聞や批判的なメディアに対してこのような言葉を繰り返しぶつける。
これにはいちいち反論もしないが、政治家であるならば、冷静で吟味された言葉で語るべきだ。
荒っぽい言葉を「本音」ともてはやすことは、人を傷つけるだけでなく、国益も損なうことを今回の問題は示している。

posted by 小だぬき at 07:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

うつや脳梗塞も…怖い病気が潜む“汗のかき方”に注意

うつや脳梗塞も…怖い病気が潜む“汗のかき方”に注意
女性自身 5月30日(木)0時0分配信

  梅雨どき、蒸し暑さから汗に悩む人も多い季節。
その汗のかき方、汗の出る場所によっては、危険な病気が潜んでいる可能性もあるので注意が必要だ。

 全身に大量の汗をかくケース、まず考えられるのはホルモン分泌の異常だ。
なかでも多いのは甲状腺機能亢進症
特徴としては動悸がしたり、体重が妙に減ったりする。

また頭痛を伴う極端な汗をかくときには、副腎髄質の腫瘍も考えられる。

脳下垂体など中枢神経の障害では、体温調節中枢に影響するため汗が多くなったり、かきにくくなったりする。
自律神経失調症でも全身に汗をかくことが。

 上半身ばかりに汗をかく場合。
更年期障害などは下半身が冷え、上半身が火照る症状なので、いわゆるカーッとしてスーッと冷えるホットフラッシュを引き起こす。
糖尿病でも上半身を中心に汗が増えることがある。
末梢神経に障害をうけ、減った汗を補おうとする代償性発汗として上半身の汗が増えるそうだ。
また、脳梗塞発症の可能性か高い場合もあるので、突然の汗には注意を。

 ノートが濡れてしまうほど手のひらに汗をかくのは手掌多汗症の可能性あり。
緊張などで手のひらに汗をかくのは普通のことだが、ふだんでも汗をかいているのが特徴といえる。
更年期障害では頻繁に起こるが、自律神経と深く関わるため、精神的な疾患、うつなどが原因で起こる可能性もある。

 足裏の多汗症、足蹠(そくせき)多汗症にも注意。
誰でも緊張や暑さで汗はかくが、それ以外のときにもたくさん汗をかくなら疑ったほうがいいかも。
水虫やしもやけになりやすいなどの症状が出て、大変ツライものだ。
おもに精神性緊張のことが多いといわれているが、慢性関節リウマチの可能性もある。

 顔や頭部にかく汗で「シャワーのあとのように汗で髪がぬれる」「ひたいから汗が流れ落ちてメークが落ちてしまう」ほどの汗をよくかく、という人。
直接的な原因は自律神経にある。
顔ののぼせや火照りによって更年期障害などがもとで症状が出ることも少なくない。また、パーキンソン病では全身の汗が減る代わりに、顔の汗が多くなるという。くれぐれもご注意を。
posted by 小だぬき at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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