2013年05月04日

近聞遠見:長老2人、名指しの「憂国」=岩見隆夫

近聞遠見:長老2人、名指しの「憂国」=岩見隆夫
毎日新聞 2013年05月04日 東京朝刊

 野中節が利いている。
野中広務元官房長官、87歳。
舌鋒(ぜっぽう)いささかも衰えない。
4月21日、TBS系列の政治番組<時事放談>で、野中はこう言った。


 「石原さん(慎太郎・日本維新の会共同代表)は公明党を切り捨てて、自民党と一緒にやろうとしているが、残念だ。


 私が小渕内閣の官房長官の時、石原さん(当時東京都知事)に頼まれて自公を結びつけ、都議会を与党多数にした。
石原さんは頭を下げたんだ。
いまごろ何を言っておるのか」


 公明切り捨てというのは、石原が先日の党首討論で、改憲問題に触れ、

 「公明党は必ずあなた方の足手まといになる」と安倍晋三首相に忠告、自公の離間をはかったことなどを指す。

さらに、野中は、 「アベノミクスの成長戦略というが、会議(産業競争力会議)に竹中さん(平蔵・慶大教授)や三木谷さん(浩史・楽天社長)が入っていることに危惧を感じる。
一体、この国をどうしようとしているのか」
と石原についで、竹中、三木谷も名指しした。


 「安倍さんはどこか危ないという感じが捨て切れない。どこかでバタッといかないか。
次から次とメニューが多すぎる。
間に硫黄島に行ったり、一生懸命にやっているのは立派だが、体が続くのか。
長く続くように、周囲が気を配っているのか」と、先輩らしい気遣いも。


 18年前になるが、当コラムに

 <野中は政権の「狙撃手」>のタイトルで書いたことがある。

当時、野中は村山政権の自治相・国家公安委員長、閣僚のなかでも特異な存在に映っていた。
どこが特異かといえば、野中や亀井静香運輸相ら通称武闘派の面々が村山富市首相の周りをがっちり固め、邪魔立てすると、さながら狙撃手のように言葉の矢を放つ。


 「円高に対して大蔵省・日銀の対応は鈍く、冷ややかだ。国民経済が破綻してもいいというなら、思い上がりも甚だしい。糾弾し戦わなければならない」などと激しかった。


 10年前、現役を退いてからも狙撃の姿勢は変わらない。
野中の言動は、核心をグサリと突くことがいかに大事かを教えている。

だが、最近の現役には野中タイプはいない。
野党の攻撃力も鈍っている。
そのせいか、野中ファンは野党に多い。
京都選出の民主党議員は、 「力が少し落ちたのかもしれないが、まだ大したもんだ。
<京都のドン>と言う人もいる。あの方は国士ですよ。
私のところにも、しょっちゅう電話がかかる」と言う。


 OBのなかでズケズケものを言う国士的な人物がもう一人いる。
村上正邦元自民党参院議員会長、80歳。
村上の発信レター<不惜身命(ふしゃくしんみょう)>の4月21日号は、スポーツ界の国民栄誉賞を厳しく批判した。

<長嶋茂雄氏はともかく、松井秀喜氏への授与には大いに疑問がある。
発表する菅義偉官房長官の顔が心なしかこわばっているように思われた……。


 政治とスポーツとビジネスは癒着しやすく、癒着を深めるほど3者とも堕落してゆくのは、それぞれの純粋性が蝕(むしば)まれるからだ>とあからさまだ。


 また、アマチュアスポーツを統括する団体として1911年創立された日本体育協会(体協)にも、村上は触れる。

会長は初代が柔道の嘉納治五郎、2代目はボートの岸清一。
しかし、47年以後、東龍太郎(東京都知事)、石井光次郎(衆院議長)、河野謙三(参院議長)、森喜朗(首相)がつとめている。
各種スポーツ団体も軒並み、会長は政治家だ。

村上は、 <スポーツ団体と政治が、補助金と票、政治的コネクションと名誉をバーターにして、権益や利権を漁(あさ)る構造になっている。
政治とスポーツの腐れ縁を断ち切らなければ、両方とも衰弱する一方だ>
と警鐘を鳴らしている。


 毒舌は現役のころからとどろき、<参院のドン>とか<村上天皇>と呼ばれた。しかし、2001年、KSD事件をめぐる受託収賄容疑で逮捕・起訴され、有罪確定後も無実を訴えている。


 そのころ、村上から聞いたことがある。

「政治には毒があるんだよ。だから政治家はスポーツに触っちゃいかん」


 87歳と80歳、2人の老政客に共通しているのは、いまも眼光鋭く、この国の行く末を憂えていること。

 
野中は回顧録のなかで、冒頭の<時事放談>の出演について、<故後藤田正晴先生から、「君が相手なら出るよ! お互いに言うべきことを述べようよ」とおっしゃっていただき、……>と記した。
後藤田逝って8年、言うべきこと、が大切だ。
(敬称略)=第1土曜日掲載

posted by 小だぬき at 13:37 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

憲法を国民を縛る装置に百八十度転換・・

憲法を国民を縛る装置に百八十度転換させて、多数派の横暴・・・
2013年5月4日 東京新聞「筆洗」
 

 日本でも公開が始まった映画「リンカーン」(スティーブン・スピルバーグ監督)は見どころの多い佳作だ。

奴隷解放をめぐって起きた南北戦争の終結前に、合衆国憲法修正一三条を議会で可決し奴隷制を廃止する−。
難関を正面突破したリンカーン米大統領の実像に迫っている

▼闘ったのは下院の「三分の二」の壁だ。
与党の共和党からも奴隷制を認めて和平を進めるべきだとの声が強まる中、あらゆる手段を駆使し野党・民主党を切り崩し、わずかな差で修正一三条を可決した

▼約百五十年後の日本でも、焦点は三分の二の壁だ。
改憲の発議に必要である「衆参各院の三分の二以上の賛成」を過半数に緩和する憲法九六条の改正が、参院選の争点に浮かび上がってきた

憲法の役割を、国家を縛ることだと位置づけるのが立憲主義の大原則である。
多数派の横暴を防ぐ知恵である三分の二の壁
を壊せば、国民投票しか残らない。
立憲主義は踏みにじられる

▼政権から下野したわずかな期間を除けば、多数派であり続けた自民党が改憲条件の緩和を求めるのには、いかにも裏がありそうだ。
その先に目指す社会像は、自民党の憲法草案に正直に書かれている

憲法を国民を縛る装置に百八十度転換させて、多数派の横暴に容易に歯止めが利かない社会。
憲法記念日に九六条改正の先を想像すると、息苦しい未来が見えてきた。
posted by 小だぬき at 09:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする