2013年05月09日

弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた

弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた
2013年5月8日   東京新聞「筆洗」

 体の弱い、金持ちのぼんぼんで、落ちこぼれの寝小便たれ。
大学に入ってからも、友人から年賀状一枚も来ない。
社会派弁護士として鳴らし、八十三歳で逝去した中坊公平さんは「弱虫」だったという

▼父と同じ法曹の道を歩んでからも、後年の「平成の鬼平」というイメージには程遠かった。
社会問題に興味はなく、ビジネス一辺倒。
経済的には成功し、少年時代の劣等感も克服したと思っていた

▼そんな中坊さんを変えたのが、森永ヒ素ミルク中毒事件だった。
国や企業からは「解決済み」とされ、黙って後遺症に苦しむ被害者を救うために、裁判で闘う。
その弁護団長になるように頼まれた

▼国や企業相手に左派の弁護士たちと一緒に闘えば、ビジネスに支障が出かねない。
父も辞退を勧めるだろうと相談すると、一喝された。
「そもそも赤ちゃんに対する犯罪に右も左もあると思うのか。
お前は昔から人様のお役に立つことがなかった人間やないか。
引き受けるのが当たり前や」

▼この訴訟で中坊さんが気づいたのは、何の救いの道も見いだせぬ人の絶望感だった。
母親たちは国や企業への恨み言を封印し、毒入りのミルクをわが子に与えた自分を、ただ責め続けていた

弱い人たちと向き合うことで、弱かった自分に向き合うことができた、と中坊さんは述懐していた。
救われたのは彼らではなく、自分だったと。
posted by 小だぬき at 08:06 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする