2013年09月05日

福島原発に「竜巻」の恐怖、東電は危機意識ゼロ

福島原発に「竜巻」の恐怖、東電は危機意識ゼロ
2013年9月4日 ゲンダイネット掲載


現地で相次ぐ注意警報   

「あの竜巻が福島第1原発を直撃したら……」
 不安を感じた人も多いんじゃないか。
2日に埼玉、千葉を襲った竜巻は、頑丈にできている中学校の体育館の屋根まで吹き飛ばしていた。

 福島地方気象台は1日に、「竜巻注意情報」を2回発表している。
3日も、「雷と突風に関する気象情報」を発表して、「落雷、竜巻などの激しい突風、ひょう、急な強い雨」に注意を呼びかけていた。
福島で竜巻が吹き荒れる可能性は十分にあるのだ。

 実際、福島第1原発に程近い南相馬市では2010年に、小規模の突風が起き、ビニールハウス9棟に被害が出ている。

 気象庁によると、いまは地表付近が夏、上空が秋という状態で、寒暖差が激しく、竜巻のもとになる積乱雲が発生しやすい状況が全国的に続いているという。

「福島? 竜巻は、日本全国どこでも起こり得ます。
とりわけ台風シーズンの9月、そして沿岸部で多く確認されていますね」(同庁担当者)

 心配になって東京電力に問い合わせたら、「竜巻に特化した荷重設定はしていません。
それぞれの設備については建築基準法に基づいて設計し、安全性に支障がないことを確認しています」(広報担当者)とのこと。

<燃料棒1533本が大気中で燃え出す>

 何とも心もとない。
今回の竜巻で被害に遭った600棟以上の建物だって、建築基準法に基づいて建てられたはず。
それでも、体育館の屋根まで吹き飛んだわけだ。
“ハリボテ”の福島第1原発なんてひとたまりもないだろう。

 核廃絶を目指して活動を行っている元駐スイス大使の村田光平氏は、昨年3月の参院予算委公聴会で、こんなことを言っていた。

「(福島第1原発4号機の)核燃料プールが崩壊し、1533本の燃料棒が大気中で燃え出した場合、果てしない放射能が放出される。
もちろん、東京は住めなくなる」

 首都圏5000万人が避難する大パニック――悪夢が現実になる恐れは十分にある。
「竜巻に限らず、台風もある。
ゲリラ豪雨もあり得るのに、東電がどういう具体策を講じているのか、まったく見えてこないし、基準が甘すぎます。
最悪の事態を想定しているとは、とても思えません」(ジャーナリスト・横田一氏)

 竜巻より何より、東電の危機意識のなさが一番怖い。
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香山リカのココロの万華鏡:心の嵐、年とともに治まる

香山リカのココロの万華鏡:心の嵐、年とともに治まる
毎日新聞 2013年09月03日 東京地方版

 昭和を代表する大歌手、藤圭子さんが自ら命を絶った。
家族が発表したコメントによると、藤さんは感情が激しく変化する「心の病」に長い間苦しんでいたことがうかがわれる。

診断名などは書かれていないが、めまぐるしく揺れ動く半面、明るい時や歌手としてきちんと活動できる時もあったことから推測すると、不安定さを特徴とする「パーソナリティー」の障害だった可能性も考えられる。


 不安定なパーソナリティーを特徴とする心の病、たとえば「ボーダーライン性パーソナリティー障害」を持ち、頻繁に訪れる感情の波に苦しむ人やそれに翻弄される家族は少なくない。
そういう人たちは、今回の出来事にショックを受けているのではないだろうか。


 しかし、誰の場合でも不安定さがずっと続き、悲劇的な結末が待っているわけではない。

先日、ある学会で精神科医の岡野憲一郎氏の講演を聴く機会があった。
岡野氏は「ボーダーライン」と診断された患者さんを6年後に再び診断したところ、その7割が診断基準を満たさなかった、という米国の研究を紹介し、「パーソナリティー障害というと治りにくいもの、一生続くものという従来の常識は間違っている可能性がある」と話した。
岡野氏の経験でも、特に攻撃性や衝動性といった傾向は、年齢を重ねるうちに落ち着いていくことが多いという。

逆に「むなしさ」などは長く残ることがある。
一般の人でもそうだが、不安定なパーソナリティーも年齢とともに「枯れていく」のだ。


 私の経験では、もともと創造性の高い人が「ボーダーライン」などの不安定な人格を有していた場合、皮肉なことに「枯れ」のスピードが遅いように思う。
60代になっても鮮烈な色彩で激しい絵を描くアーティストは、その年齢でも思春期の頃と同様に、家族をののしったり夜の街に飛び出して行ったりしていた。


 ただ、これは幸いなことだと思うのだが、多くの人はそこまでのエネルギーを保てず、不安定さが押し寄せてきても怒鳴ったり暴れたりせずに、なんとかしのげるようになる。
「むなしさ」が心の中に残っていても、それを周囲と調和させることもできるようになるはずだ。


 今、自分の中で荒れ狂う不安定さに困り果てている人も自分に言い聞かせてほしい。
「この嵐は年齢とともに必ず治まっていくはず」。
そうならなかった藤圭子さんは本当に痛ましい。
せめて私たちが彼女の歌を聴き続けることで、その魂が安らぐことを祈りたい。

posted by 小だぬき at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする