2013年09月26日

「△」を探すことが民主主義=鎌田實

さあこれからだ:
「△」を探すことが民主主義=鎌田實
毎日新聞 2013年09月24日 東京朝刊

  10月の大筋合意に向け、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉が大詰めを迎えている。
だが、国民の間できちんと議論されないままの合意には納得できない


 安倍晋三首相は3月、TPP交渉への参加を正式に表明した。
交渉参加国12カ国のGDP(国内総生産)を合わせると、世界のGDPの38%を占める。

最終合意すれば、一大貿易圏ができる。
そこに日本が参加しなければ、貿易立国として大きなダメージを被るのは間違いない。だから、TPP参加は正論である。


 しかし、正論や正解だけで割り切れない問題がある。


 ぼくは最近「○に近い△を生きる 『正論』や『正解』にだまされるな」(ポプラ新書)という本を出した。

もっと、TPPの問題を多角的に考えるべきではないだろうか。
正論や正解に縛られず、日本の状況に合った「△」を探すことが大事だと思う。
「○」と「×」の間にあるさまざまな「△」を探すことが、民主主義の根幹だと思う。


 医療の分野では、混合診療の全面解禁や、営利企業の医療機関参入、医薬品や医療機器の価格規制の撤廃など、日本の医療制度に影響を及ぼすことが懸念されている。


 混合診療が全面解禁されると、保険診療のほかに、外国で行われている最先端の医療などが「自由診療」として受けられるようになる。

一見、患者さんにとってメリットが大きいように見えるが、決してそうとは言い切れない。
まだ科学的根拠が十分にない治療法が持ち込まれる可能性がある。

自費で医療費を負担することができる高所得者だけに医療の選択の幅が広がる、ということも起こり得る。


 一部のがん患者さんからは、混合診療の全面解禁を強く望む声も聞かれる。
「新しい治療を受けたい」という必死の思いも理解できる。
今行われている管理された混合診療の枠を広げ、認可のスピードを速める努力をするのが、まっとうなやり方だと思う。


 混合診療の全面解禁は規制緩和の一つだが、医療は他の領域と違う特殊性がある。

米国では、医療の規制緩和を徹底して行った結果、医療費が高騰した。
1人当たりの医療費は日本の2・6倍である。
しかも、16%の人が無保険である。
医療制度に関しては、米国のようになって良いとは思えない。


 米国の通商代表部は毎年、大統領や議会に対し、米国の営利企業の日本の医療への参入を訴えている。
すでに、米国の大きな保険会社のがん保険が、日本郵政の2万近い郵便局で販売されるという契約が結ばれた。
米国企業に大きな「うまみ」を持って行かれるだろう。


 農業も心配だ。
TPP参加に前のめりの政府は、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の原料の農産5品目の関税を守ることだけは明言している。
また、農業の集約化や企業の農業への参入を図り、有機農法などの高い付加価値をつければ、農産物を輸出して戦うことができると考えている。


 一面では正論である。しかし、こんな考えもある。


 長野県は、男女ともに長寿日本一になった。
しかも、医療費が安い。
国民健康保険中央会が中心になって、その秘密を探った。
「離婚率が低いから」「持ち家率が高いから」「保健補導員という民間ヘルスボランティアがいるから」など、たくさんの観点から調査されたが、最も大きな影響を与えていると考えられたのは「高齢者の就業率が全国1位」ということだった。


 80歳を過ぎても、小さな農業で収入を得る。
そのお金で日帰り温泉に行き、孫に小遣いをあげたりする。
生きがいが生まれる。
作物の成長を見ながら働くと「幸せホルモン」のセロトニンが出やすく、ストレスもためにくくなる。


 日本中が長野県のようになれば、地域が健康になり、医療費も低く抑えられ、国民皆保険制度を守っていけるのではないか−−委員会ではそんな議論をした。


 だが、集約化と大規模農業に期待が寄せられ、小さな農業がなくなってしまえば、人と人とのつながりや文化、健康といったものまで崩壊してしまいかねない。


 TPPは日本の経済を考えれば無視はできない。
だが、経済以外のさまざまな角度から議論する必要がある。
妥結した後に国民に対し「後は我慢してくれ」というのでは、納得できない。


 「○に近い△」を探す民主主義の原点を、政府は忘れないようにしてほしい。(医師・作家)

posted by 小だぬき at 13:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

香山リカのココロの万華鏡:うつ病治療の世代交代?

香山リカのココロの万華鏡:うつ病治療の世代交代?
毎日新聞 2013年09月24日 東京地方版

 眠れない。気持ちが沈む。集中力もなく体がだるい。
でも、健康診断の結果は、「どこも異常なし」。


 あなたがメンタルヘルスに関心のある人なら、これだけで「あ、これがうつ病かな?」と思い、メンタルクリニックを訪れるかもしれない。

医師の診断は予想通り「うつ病ですね」というもの。
さらに、この分野にくわしい人なら、「きっと抗うつ薬が処方されて数カ月の自宅療養を勧められるな。
もう上司にも休みの許可は取ってあるから大丈夫だ」などと思うことだろう。


 しかし、ここで医師は思いがけないことを言う。
「では、こちらの部屋に来て、磁気刺激治療をしましょう。
あ、痛みも副作用もまったくないですよ。
ヘッドホンのような装置をつけて約30分。
週に3回くらい通ってもらえば結構です。
効果がある人は、すぐに効きますから会社も休まなくて大丈夫です」。
そして、通された部屋には歯科の治療台のようなチェアが並び、女性技師さんが頭につける装置を手に、「さあ、おかけください」とにっこり……。


 なんだかSF映画のような話だが、これが近い将来、現実になるかもしれない。


 今、米国では頭の表面に磁気刺激を与え、それが脳に伝わって血流を改善させることでうつ症状を改善させるという新しい治療、「経頭蓋(ずがい)磁気刺激」(TMS)に熱い注目が集まっている。

日本でも一部の医療機関が健康保険の利かない自由診療で実施しているのだが、このほど日本のメーカーも、この装置の市場に参入するなどして、さらに広まる勢いを見せている。


 うつ病の治療では抗うつ薬を使うことが多く、今は昔に比べて副作用などのデメリットは格段に小さくなったのだが、それでも「薬には頼りたくない」「抵抗がある」とためらう人は少なくない。
そういう人たちにとっては、「磁気による刺激だけで効果がある」というのは、大変な魅力だろう。


 「でも」と、私はちょっぴり心配でもある。
このTMSがうつ病の治療のスタンダードになったら、患者さんと医師との対話は必要なくなるのだろうか。診断をつけたら、後は治療は機械にお任せ。
本当にこれでいいのだろうか。

「病気になったのはつらい体験だったけれど、この病院に通って看護師さんや先生とゆっくり話せたのはよかった」と、治った後に語ってくれた人の笑顔が浮かぶが、それは今や“旧世代の精神科医”になりつつある、私のただの感傷にしか過ぎないのだろうか。

posted by 小だぬき at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする