2013年10月12日

喜ぶ顔求め、福祉活動54年−−杉良太郎さんインタビュー

イマジン:第4部 はぐくむ 番外編
喜ぶ顔求め、福祉活動54年−−
            杉良太郎さんインタビュー
毎日新聞 2013年10月10日 東京朝刊


 デビュー前の15歳の時に兵庫県の刑務所を慰問してから半世紀以上にわたり、福祉活動を続ける歌手で、俳優の杉良太郎さん(69)。
寄付やボランティアが育む社会の支え合いについて語った。


 −−刑務所の慰問だけでなく、ベトナムでの親善活動、東日本大震災の被災地支援など、数え切れないほどの福祉活動を、なぜここまで続けるのか。


 ◆なかなか自分でも説明が難しい。
おそらく、突然変異的に生まれた妄想家なのだろう。
そういう人もいる。
自分でもやり過ぎだと思うけど、止められない。
もちろん、簡単に、安易に、無計画には福祉活動はできない。
最終的に自分が思い描くところまで持っていくのは、ものすごく大変だ。
善意を伴う行為は、血の涙を流さないとできないと思っている。


 ●お金なければ時間


 −−資金の支えがないと活動できない。


 ◆かかるね。何をするにも、お金がかかるよ。
俗っぽい言い方だが、金の切れ目が、福祉活動の切れ目にもなる。
結局、どこから生み出すかだ。
僕はお金が使える時は、お金を寄付してきた。
資金的に余裕がない時は、その場に赴いて、自分の空いた時間を寄付した。お金がある人は簡単に寄付できるのに、そういう人ほどしないものだ。


 −−お金や時間のない人もいる。


 ◆お金がある人は、お金を寄付する。
お金がない人は、時間を寄付する。
お金も時間もない人は、福祉や慈善活動をしている人たちの応援団として理解を示す。
僕はそれでいいと思う。あくまで心の問題だから。


 −−相当な私財を投入されたのでは。


 ◆10年ほど前で数十億円。
その後も活動は続いているが、そろばんをはじいて計算したことがない。
今も妄想している。


 −−原点のような経験があるのか。


 ◆別にない。
自分でも覚えているが、幼稚園に上がるぐらいの頃から、困っている人がいると、「その人に何かあげてくれ」と、泣いてその場を動かなかった。
結局、生まれつきの性分だ。


 ●ルール作りも大事


 −−国も地方も財政難だ。新しい社会の支え合いとして、寄付やボランティア文化は広がるか。


 ◆一番良くないのは、政治が経済的に「どんぶり勘定」を続けていることだ。
結局、税金を「人のお金」と思っているから、大ざっぱになり、お金の行方が不透明になる。
東日本大震災でも、政府は莫大(ばくだい)な復興予算をつけたが、国民から見て十二分に納得のいく、即効性ある使われ方がされただろうかと疑問に思っている。
被災者の方々はまだずっと仮設住宅にいらっしゃる。
そんな状況で(多くの人が)ボランティアや寄付、慈善活動を広げましょうとなるのか。
「やめといた方がいいよ」と僕が言いたいぐらいだ。憤りを覚える。

−−どうすればいいか。


 ◆たとえば学校を建設した時に、寄付をした人の名前を刻む。
ある程度の金額からでいいが、そうしたルールとシステムを作ることが大事だ。
そうでないと、寄付してくださいとはなかなか頼みにくい。


 ●明日は我が身


 −−日本は、積極的に活動する人の足を引っ張る風潮が残っているのでは。


 ◆僕も、過去には売名という言葉がつきまとった。
でも、1995年の阪神大震災の頃から
「あいつは寄付して格好つけている。いい気になっている」とは、あまり言われなくなった。
今は、安定した生活が突然、崩れてしまう時代。
「明日は我が身」の感覚が、だんだん浸透してきたからかもしれない。


 −−活動は生涯現役ですか。


 ◆(考え込んで)いや、わからない。
来年で福祉活動は55年。
「十分だよ。よくやったから、自分のこと考えろ」と、このごろ、自分に言って聞かせる時もある。
そんなことを考えたことなかったのに。
でも、「こうしたら相手は喜ぶかな」「こうしたら相手は助かるかな」と妄想もしてしまう。


 −−ベトナムで里親事業も続けている。


 ◆(笑顔で)今、78人。子だくさんだ。
お金を振り込むだけでは駄目だ。現地に足を運んでいる。
子どもだから、けがも、病気もあるし。
学校が終わるまでの「あしながおじさん」ではない。
               【聞き手・坂口裕彦】

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 ■人物略歴
すぎ・りょうたろう

 1944年神戸市生まれ。
「遠山の金さん」など約1400本のドラマに出演。
76年には歌手として「すきま風」をヒットさせた。
2009年紫綬褒章を受章。
民間人として初の法務省・特別矯正監を務める。
妻は歌手の伍代夏子さん。

posted by 小だぬき at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

室井佑月氏 JR福知山線事故に怒りをあらわ

室井佑月氏 
JR福知山線事故に怒りをあらわ

※週刊朝日 2013年10月18日号
更新 2013/10/11 16:00

  669人もの死傷者を出したJR福知山線脱線事故で、業務上過失致死傷の罪に問われていたJR西日本歴代3社長に無罪が言い渡された。
組織の責任を問えない現在の法律に、作家の室井佑月氏は怒りをあらわにする。

*  *  *
 JR福知山線事故は平成17年の4月に起こった。
電車が脱線し、107人もの方がお亡くなりになり、562人もの方が怪我をした、大変痛ましい事故だった。

 そのことに対し、安全対策を怠ったとして、JR西日本の歴代の社長3人が強制起訴されていた。
その判決が9月27日に下された。
神戸地方裁判所は、「事故を具体的に予測することはできなかった」と、いずれも無罪判決を言い渡した。

 事故が起こるまで自動列車停止装置(ATS)を整備することは法律で義務づけられていなかった、
電車が脱線する危険性があるカーブを個別に判断してATSを整備していた鉄道事業者はいなかった、
なので歴代社長3人は脱線事故が起きることを具体的に予測できた可能性は認められない、ということみたいだ。

 あたしはこの判決に納得がいかない。
事故が起こるまでATSの設置が法律で義務づけられていなかったといっても、歴代社長たちには乗客を安全に目的地に運ぶということについて責任があったはずだ。

そういう立場から、それが専門であるはずの、ATSを整備する、ATSの専門家を雇う、という考えになぜ及ばなかったのか。

 責任者として、ATSを知っていて設置しなかったとしても、勉強不足でそれをまったく知らなかったとしても、どちらも問題なのじゃないか。
そりゃあ、ATSを取り付けるのも、ATSを整備する人を雇うのにも、お金がかかる。
歴代社長3人が考えたのはそこだよな。

 この国では企業が犯罪を犯しても、企業の責任者はほとんど罪に問われない。
原発事故、イタイイタイ病、みんなそうだった。

 だからだろう。責任者はいちばん大切なことを置き去りにし、会社の儲けばかり考える。

 法律を変えないといけないんじゃないか。
このままでいたら、これから先も儲け優先の企業が多くの犠牲を出すことになるだろう。

 個人が手にかけるのはせいぜい2、3人だ。
そして2、3人、殺せば死刑になる。

企業による犠牲者はもっと多くだ。JR福知山線事故では107人もの方がお亡くなりになった。
犠牲者の数と法律の重さが合っていない。

 裁判長は最後に、「誰一人として刑事責任を問われないことをおかしいと思うのはもっともなことだ。
しかし、企業の責任ではなく、個人の責任を追及する場合は厳格に考えなければならない」と述べたようだ。

 ならば、企業の中には、役員も社長もいらないってことになる。
全員、責任を取らなくて良いヒラ社員でいい。

 高給取りの役員や社長がいなければ、利益も上がるはずだ。
そしたら、法人税をやたらと下げることもないんじゃね。

 多くの国民を犠牲にしても企業が勝てばそれで良いという考え方は、最悪な戦争と似ている。
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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