2013年12月01日

「明日は月曜…」げんなりするサザエさん症候群を防ぐ方法4つ

「明日は月曜…」げんなりする
サザエさん症候群を防ぐ方法4つ

2013.12.01 12:00  NEWS ポストセブン

 「あぁ、これで休みも終わりかぁ。明日は月曜日かぁ……」

休日の終わりになると、こんな憂鬱な気持ちになってしまう人も多いことでしょう。

日曜日の夜、アニメ『サザエさん』が終わる時刻に、このような憂鬱な気持ちになることから、“サザエさん症候群”とも呼ばれるこの症状。


『Yahoo!ニュース 意識調査』の「休日最終日の夜、憂鬱になる?」調査結果によりますと、休日最終日の夜に憂鬱になる人は74.9%にものぼっており、多くの方がサザエさん症候群に悩まされていると言えます。


症状が重い人だと、頭痛やめまいなどが起こってしまうこともあるそうです。

そうなると、翌日からの仕事にも支障が出てしまいますよね。
どうにかしてこのサザエさん症候群を防ぐ方法はないのでしょうか。
元心理カウンセラーのしゅうまいさんに教えてもらいました。

■1:熱中できる趣味をもつ


熱中できる趣味があれば気持ちの切り替えもできて、仕事にも前向きに取り組めます。疲れているからといって、休日は一日ゴロゴロして過ごすのではなく、趣味の時間に費やせば、良いリフレッシュになるはずです。

■2:夜9時頃からスカッとするDVDを観る


この夏大ヒットとなったドラマ『半沢直樹』は、サザエさん症候群を吹き飛ばした時期があります。
ドラマの内容はもちろん、日曜の夜9時から放送という時間も良かったのでしょう。
その“半沢効果”を利用するため、日曜の夜9時からスカッとするDVDを観賞しましょう。

■3:スカッとするDVDを観たら夜10時には寝る


スカッとするDVDを観たら、夜10時には寝てしまいましょう。
正しい生活リズムを送れば、必要以上に気持ちは落ち込みません。
夜遅くまで起きていると、ますます憂鬱な気分に陥ってしまいますし、睡眠不足のまま仕事に行くと、気分だけでなく仕事の効率も落ちてしまいます。
憂鬱な気分になる前に床に就くことが大事です。


人間である以上、気分の浮き沈みがあって当たり前です。

楽しかった休日を仕事に倍返しできるよう、うまく付き合っていきましょう。

posted by 小だぬき at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

子どもをしからない最近の親たち

石井苗子の健康
子どもをしからない最近の親たち

2013年11月29日 読売新聞yomiDr.

(でも、本当に昔の親のほうがよかったと思えますか?)


 「子どもの人権という言葉を初めて聞いた。
子どもに人権なんかあるのか?」。

これは私が今から20年前に40代のある男性から聞いた言葉です。
メディアの仕事をされている方でしたが、子どもの人権の勉強会に行かなければならないと言ったあと、さきほどのように私につぶやきました。

人権がなくていいとおっしゃったわけではなくて、むしろ、子どもの人権は親や社会が守るものではないのか?と、こちらの方を強調していらしたのだと思います。

 あれから20年経(た) って、子どもの人権は教育や虐待のテーマで多く話題にされるようになりました。


 「最近の親は子どもをしからないで平気でいる」。
これは私と同年代か上の年齢の人たちの話題になります。
そして、「もう放っておくしかない、怒るとこちらが嫌な目にあうから」とおっしゃる方が多い。

でも一方で、「しからない親ばかりじゃないだろう、平気でいる親が目立つだけだ」と訂正する方もいます。
私は、こちらに賛成なのです。

少子化ですから、親子連れや子どもが目立つ。
静かにしている子は、大人の数の多さに紛れ込んでしまって目立たないという説の方が私には分かりやすく感じました。


 目立つから話題になる。
それはそれで仕方ありません。

先日も、心療内科の研修先で心理学の先生たちが半分楽しそうに話をしていました。

どこかの公共広場でイベントが行われていた日の経験だそうですが、ひと組の親子連れがいたのだそうです。

親が音楽を楽しそうに鑑賞している間、子どもがステージにあがってマイクなどをいじって走り回っていた。
なのに親がまったくしからないと驚いていらっしゃいました。
自分たちの親だったら許してもらえなかったと。


 確かに、「じっとしてなさい」「静かにしてなさい」「今度やったら怒りますよ」は私の親の3大ワードでした。

仮面ライダーが「ライダーキック!」と最初に宣言してから技を出すように、私の親は「またやったら頭たたきますよ!」と宣言してからガツンと本当にたたかれていました。


 私の記憶の中で、運動会とか町内会の行事や初詣など、多くの人が集まる環境に子どもは大勢いたものです。
こちらの方は大勢いるから目立つのですが、大人の役割も大勢いるから親代わりをやっていたように思います。

「危ないからこっち来るんじゃないの!」「熱いからさわるんじゃない」「うるさいから、向こうに行って遊んでなさい」。
これらは大人がどんな子どもに対しても、ほんのちょっとした教育責任を負っているという気持ちがあったのだと思います。


 でも私の母親を振り返ってみると、母はいつも自分の今の楽しみを犠牲にしていたように思えます。

わが家に2人しか子どもができなかったことを身体が弱かったせいだと申し訳なく感じていたり、逆に近所に5人の子どもがいる家庭があると、「あそこのお母さんは子育てに追われて、気が付いたら50歳になって“お婆(ばあ)さん”になっているわね」と、決してイヤミではなく女の人生をそういった目で見ていたような記憶があります。

 私自身にも思い出があります。わんぱくな男の従兄弟(いとこ)が3人いたのですが、母親の言うことを聞かず、どこへ行っても母は「すみません」と「申し訳ありません」しか言っていなかった。

そこに周囲が「いいんだよ、男の子はきかないからね」とニコニコしていたような気がします。


 周りに気をつかって叱ったりしている母親を見ると、「いいよ、いいよ」と周囲は気分が良くなるけれど、父親と2人で子どもを放ったらかしにして何かに楽しんでいると「無責任!」と怒りたくなる。

立ち止まって考えてみると、これって、大人の受け取り方からくる気まぐれではないでしょうか

子どもが危なければ、守ってあげるのが社会の大人の立場の基本であるとしたら、走り回っている子どもに目をやって、たまに楽しんでいる母親の代わりをしてやればいいのでは?と私は思います。
親じゃないのだから、たまにやればいい。


 先週、私の知り合いの若いご夫婦が2歳の女の子と9か月の男の子を連れて「焼き肉レストランの個室を取ったから、一緒に食べませんか」と誘われたのですが、
どうして小さな子を連れて「焼き肉」じゃなければいけないのか、やけどをしたらどうするんだと思ったのですが、

案の定、その場で焼いて食べるスタイルのテーブルに火がついても、子どもたちはテーブルから下りようとしません。

状況判断の結果、私が焼いて親子が食べるということになり、私はビールだけで終了。

でも、若い夫婦が「今夜は焼いてくれる人がいる」とうれしそうな顔をするので、普段は大変なんだろうなと久しぶりにいいことをしているような気持ちになってしまいました。

ご飯が出てくるころには下の子は寝てしまうし、もう1人は廊下を走り回っています。

でも親は楽しそうにそれを眺めている。

せっかく個室を取ったのに、静かに焼き肉を食べられず、どこかの子が走り回っていると感じた他のお客様もいたかもしれませんが、ちょっと前だったらそんなの当たり前だったのかもしれません。

本当に嫌なら子どもが来ないような高級レストランに行けばいい。このごろは、そこでもお金持ちのご夫婦が子ども連れで食べているかもしれませんが……。


 高齢化社会になって、大人の人口の方が圧倒的に多いと、自分たちが楽しい環境にばかりに目がいってしまう、
高齢になればなるほど足腰が弱ってくるのと同じように、精神的にも煩わしいことから解放されたくなる。

そんな気持ちもあって、親がそれも特に母親が楽しそうにしていることに対して「子どものしつけを放ったらかしにして」と言いたくなるのではないでしょうか
そこに誰かの子どもがいたら、一旦(いったん)自分の楽しさを棚にあげ子どもに目を配ることをもう一度考えてみればいいと私は思います。

子どものために「すみません、すみません」しか、ボキャブラリーがないようなお母さんを見るより、夫婦で仲良く楽しそうにしている方が、「今日は、ま、いっか」という気分になります。

走り回っているその子に気を配っていればいいのかと。

子どもがあふれていた昔の日本社会より楽だろうと。
子育てに疲れているお母さんを見て胸がつまるような気持ちになるより、こちらの方が私は好きです。

posted by 小だぬき at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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