2014年05月31日

アイドル襲撃事件…加害者の心の闇

石井苗子の健康術
アイドル襲撃事件…加害者の心の闇
2014年5月30日 読売新聞yomiDr.

(「誰でもよかった」と人を傷つける心理)

 心療内科のドクターにマスコミ関係者から問い合わせの電話がかかってくるようになりました。
精神科のドクターにもあるそうなのですが、いずれも最近起きた一連の事件のトピックによる一時的なものだと思います。

 病院の大代表には基本的に質問できないことになっていますので、科の名称とドクター名を言えば電話はつながれます。

そこで初めて我々のような立場の人間が電話の応対をすることになりますが、中には早くドクターを出せとイライラされる方もいらっしゃいます。
ちょっとコメントくださいと言えば、答えが返ってくると思っていらっしゃるのかなと不思議に思います。

 「事件について詳しい情報をもっているわけではないので、コメントは出来ません」とお答えするのが一般的なものですが、質問の内容は、「誰でもいいから傷つけたい」という心理はどこから起こるのかとか、幼いころに「いじめ」にあっていたのではないかといったものまであり、どれもお答えできる内容ではありません。

たしかに「ノコギリ」に関しては、あたりどころが悪ければ出血多量による殺人事件に発展していた可能性はありますから、小さな出来事ではなかったでしょう。

 こうした事件のたびに、メンタル問題としてコメントを求められるドクターも気の毒ですが、世間の関心が心理の分野に向いているのかしらと思います。

 院内でその話題になることはあります。

 マスコミが報道することによって再発の抑止力になることもあるでしょうが、反対に、俗にいわれる「負の連鎖」につながる危険性もあります。
報道の波及効果とは受け取る側によるのですが、残念ながら、事の起こりを悲しく受け止める人ばかりとは限りません。
「負の連鎖」は、自分も同じことをやってもいいのではないか、あるいはこれまで押しとどめていた気持ちが一気に盛り上がり、衝動的行動を起こす危険性も免れません。

 「誰でもよかった、人を傷つけたかった」の対象が、どうしてアイドルだったのかはコメントできませんが、本人が発言している「誰でもよかった」という言葉は非常に重いです。

 人は思いっきり悪いことをすることで、自分にまとわりつく柵のようなものを振り切りたい衝動にかられることがあります。
そうすることで、自分の現在や過去のすべてを投げ出したくなる。
こうした破滅的な行動は珍しいことではありません。

衝動にかられるという心理は、誰にでもあります。
むしろ、理性や人とのつながりなどで衝動をくい止めながら人は生きているといった方が正確なのかもしれません。
それほど人間とは本来弱い生き物なのです。
社会といった箱のなかでどうにか自分の立場を探しながら生きている。

 人間以外の動物は本能で生きていますから、自分の人生に悩んで、同類をかみ殺してから自分も死ぬといった行動は、私が知る限りでは、ありません。
人間は悩みながら成長するとよくいわれますが、どうにも結論が出ないと感じた時、他の人たちの楽しそうな姿がうつろに映ることがあります。

楽しそうだな〜と思って眺めているうちはいい、あるいは「腹が立つ」と感じているうちは、まだその怒りを自分が確認している状態なのですが、これが「うつろに映る」となると、もはやそこに自分の感情がついていっていないことになります。

そこから衝動的行為が勃発すると、結果的に「誰でもよかった」という言葉となって説明されるのではないでしょうか。

 もちろん、加害者の心理がこれで説明できるのではありませんが、楽しそうにしている群衆を見てどう感じるかは、その日のストレス度チェックにはなります。

たまたま入ったレストランのとなりのテーブルがやたら煩うるさ かったとき、「ま、楽しそうでいいじゃないか」と思えるか、「うっせ〜な〜」と腹が立ってたまらないか、あるいはその楽しそうな風景が自分とまったく無縁なものに見えてくるか、こんなことひとつでも今日の自分の気分をチェックすることができます。
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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