2014年07月01日

「集団的自衛権」1日閣議決定 国民は黙って見過ごすのか?


「集団的自衛権」1日閣議決定
国民は黙って見過ごすのか?
2014年6月30日 日刊ゲンダイ
  
やめろと言わないのは
     “許した”のと同意

 安倍政権が1日、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を強行する意向を固めた。
菅官房長官が会見で明らかにした。
この日程も安倍首相の外遊優先。
豪州に出発する前の4日までに決めてしまおうというハラで、こんな乱暴な発想で平和憲法のもとで徹してきた「専守防衛」の看板を外すなんてムチャクチャ。

憲法学界の重鎮は「国民は恥辱を受けたままでいいのか」と怒りの声を上げている――。

■戦争屋の“手品”にはめられ恥辱を受けたままでいいのか

「メンバーの中では議論が熟してきた」

 27日に行われた与党協議の後、自民党の高村副総裁がヌケヌケとこう言った。

これまでに行った与党協議の回数はわずか10回。
それも1回が2、3時間程度のもの。
しかも、この数週間で論点はあちこちに飛び、収拾がつかない状態だった。

これには専門家の間からも、「手品を見せられているようだ」と戸惑いの声が出ている。

憲法学者・小林節氏(慶大名誉教授)はこう言う。

「本来は、集団的自衛権の議論だったはずが、いつの間にか、『集団的』も『個別的』も区別できていない15事例の検討に移り、それが終了していない段階で、自衛権行使の新3要件の議論になった。
さらにそれも決着しないうちに、国連軍や多国籍軍の戦争にも参加させろという集団安全保障の話にすり替わった。
あまりに論点がコロコロ変わるので、多くの国民には理解できなかったはず。

うっかりしていると、専門家である我々でさえ、これが憲法議論であったことさえ忘れるほどでした」

 論点のすり替えは、与党協議に“正義”がないためだ。

安倍首相は、他国の戦争で母と子が逃げ遅れ、アメリカの艦船に助けられた場合……といった机上の空論を持ち出して議論を混乱させたばかりか、新3要件では、集団的自衛権を否定した1972年の政府見解をねじ曲げた。

 公明党も、国民の生命、自由に「明白な危険がある場合」は集団的自衛権を発動、つまり“戦争をしていい”と追認したが、何が明白な危険であるかは時の政権の考え方次第だ。

逆にどの場合に行使が認められないかについては、何ひとつ具体例を出さない。
そもそも国民の生命に「明白な危険」があるなら、現行の個別的自衛権で十分である。

 30日、小林節氏も名を連ねる「国民安保法制懇」が、「集団的自衛権行使は立憲主義の否定である」という緊急声明を発表する。

「今さら解釈変更に反対しても遅いという人もいますが、追いはぎや強盗に遭っているのに声を上げないのは、“許した”のと同意になります

黙って見過ごすのと、声を上げたけど、張り倒されてとられちゃったというのでは、やっぱり意味が違う。

多勢に無勢で、恥辱を受けて押し切られたという状況をつくる。

そうすることで歯止めにもなるし、解釈改憲論者たちは言い訳を始め、ボロを出すのです」(小林節氏)

 1日の閣議決定で「戦争できる国」へ一気に加速する。
国民は恥辱を受けても最後まで嫌だと抵抗すべきなのだ。
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2014年07月02日

集団的自衛権強行 安倍首相に「最高司令官の資格なし」の声

集団的自衛権強行 安倍首相に
「最高司令官の資格なし」の声
2014年7月1日 日刊ゲンダイ

 安倍政権は1日、海外での武力攻撃を禁じた憲法9条を無視して、午後の臨時閣議で集団的自衛権を認める閣議決定を強行した。

 歴代政権は、9条の下では集団的自衛権の行使は許されないという立場だったが、憲法を改正することなく、時の政権の憲法解釈を変更するだけで済ますムチャクチャだ。

 そんな亡国首相にストップをかけようと、憲法学者らでつくる国民安保法制懇は30日、「平和主義を捨て去る重大事。
一政権の恣意的な憲法解釈の変更で、(集団的自衛権を)認めることは、立憲主義の否定だ。
閣議決定の断念を強く求める」との声明を発表した。

 専門家が怒るのも当然だろう。
メンバーの一人、小林節慶大名誉教授はこう言った。

「与党協議の流れを分析しようとしましたが、分析できないくらい議論が壊れています。

自民党の高村副総裁が1972年の政府見解を持ち出したのは、
<あなたは美しいから好きだという命題を、美し過ぎるから嫌いだ>と見方をひっくり返した程度の理屈。
分析しようがないのです。

彼らも9条との整合性を見つけようとしたのでしょうが、論理的な説明が無理だと分かり、
<だったらどうでもいいから、やりたいようにやろう>としているようにしか見えません。
憲法の破壊、無視です

 憲法9条が自衛隊を海外に派遣することも、交戦権も禁じていることは小学生だってわかっている。
それを都合よく覆そうとするから、そのときによって、「集団的」を「個別的」にすり替えたり、「国の存立や国民の命」といった大義名分を持ち出したりする。

 しかし、元内閣法制局長官の阪田雅裕氏は、こう批判する。
「国の存立が危うくなることは、外国から直接武力攻撃を受ける以外ありません。
それ以外の可能性を含めたら、『限定的行使』とはいえず、政府判断でどうにでもなってしまいます」

 安倍首相は、限定的な行使容認の事例として8つをイメージしている。
それが歯止めといわんばかりだが、そんなことはない。

「8つが許されるなら、限界がないに等しい。歯止めはありません」(弁護士・伊藤真氏)

 アフガンでのテロとの戦いで、多国籍軍の文民統括を指揮した経験がある東京外大教授の伊勢崎賢治氏は、もっと手厳しい。

「自衛隊が海外に派遣されたときに想定される活動のひとつは、“国家と準ずる組織”に向き合いながら住民を保護する活動です。

そういう紛争地だと、住民と敵との区別が難しく、自衛隊員が住民を殺したり、反発する住民に殺されたりする恐れは十分あるのです

 自衛隊はこれまでもPKOなどで派遣されているが、殺されてもいないし、殺してもいない。だから、多国籍軍が国旗を隠すのに、自衛隊だけ日の丸を掲げても、現地で恨みを買うことなく、活動ができた。
問題はそこからだ。

「紛争地での自衛隊員は、国連地位協定などにより、万が一でも現地法で裁かれることなく、訴追免除になります。

現地住民には、『われわれの厳しい軍法で裁くので、申し訳ないが納得してほしい』と説得するのが、世界の常識です。
ところが、自衛隊は警察の延長線上にある組織のため、軍法も軍事法廷もない。
刑法は国外犯規定があり、過失致死での立件はできません。

つまり、派遣先で罪を犯しても、自衛隊員を裁く法律が地球上のどこにもない。

すると、どうなるか。派遣先で、米軍問題で揺れる沖縄と同じようなことが起こる。
こういう無責任な状態で自衛隊を海外に出すなら、安倍首相は最高司令官を名乗る資格がありません」(伊勢崎賢治氏)

 集団的自衛権の行使を認める閣議決定がなされても、安倍政権の暴走を止める手立てはある。
今からでも、国民は立ち上がるべきだ。
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9条破棄に等しい暴挙 集団的自衛権容認

9条破棄に等しい暴挙
 集団的自衛権容認
2014年7月2日 東京新聞「社説」

政府がきのう閣議決定した「集団的自衛権の行使」容認は、海外での武力の行使を禁じた憲法九条を破棄するに等しい。
憲政史上に汚点を残す暴挙だ。

 再登板後の安倍晋三首相は、安全保障政策の抜本的な転換を進めてきた。政府の憲法解釈を変更する今回の閣議決定は一つの到達点なのだろう。

 特に、国会の「ねじれ」状態解消後の動きは速かった。

 昨年暮れには、外交・安保に関する首相官邸の司令塔機能を強化する国家安全保障会議を設置し、特定秘密保護法も成立させた。
外交・安保の基本方針を示す国家安全保障戦略も初めて策定した。

◆軍事的な役割を拡大

 今年に入って、原則禁じてきた武器輸出を一転拡大する新しい三原則を決定。
今回の閣議決定を経て、年内には「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)も見直され、自衛隊と米軍の新しい役割分担に合意する段取りだ。

 安倍内閣は安保政策見直しの背景に、中国の海洋進出や北朝鮮の核・ミサイル開発などアジア・太平洋地域の情勢変化を挙げる。

 しかし、それ以上に、憲法改正を目標に掲げ、「強い日本」を目指す首相の意向が強く働いていることは否定できない。

 安保政策見直しは、いずれも自衛隊の軍事的役割と活動領域の拡大につながっている。

 その先にあるのは、憲法九条の下、必要最小限度の実力しか持たず、通常の「軍隊」とは違うとされてきた自衛隊の「国軍」化であり、違憲とされてきた「海外での武力の行使」の拡大だろう。

 一連の動きは、いずれ実現を目指す憲法改正を先取りし、自衛隊活動に厳しい制限を課してきた九条を骨抜きにするものだ。
このことが見過ごされてはならない。

◆現実感が乏しい議論

 安保政策見直しが、日本の平和と安全を守り、国民の命や暮らしを守るために必要不可欠なら、国民の「理解」も進んだはずだが、そうなっていないのが現実だ。

 共同通信社が六月下旬に実施した全国電話世論調査では「集団的自衛権の行使」容認への反対は55・4%と半数を超えている。
無視し得ない数字である。

 政府・与党内の議論が大詰めになっても国民の胸にすとんと落ちないのは、議論自体に現実感が乏しかったからではないか。

 象徴的なのは、政府が集団的自衛権の行使などが必要な例として挙げた十五事例である。

 首相がきのうの記者会見で重ねて例示した、紛争地から避難する邦人を輸送する米艦艇の防護は、当初から現実離れした極端な例と指摘され、米国に向かう弾道ミサイルは迎撃しようにも、撃ち落とす能力がそもそもない。

 自民、公明両党だけの「密室」協議では、こうした事例の現実性は結局、問われず、「海外での武力の行使」を認める「解釈改憲」の技法だけが話し合われた。

 政府の憲法解釈を変える「結論ありき」であり、与党協議も十五事例も、そのための舞台装置や小道具にすぎなかったのだ。

 政府自身が憲法違反としてきた集団的自衛権の行使や、海外での武力の行使を一転して認めることは、先の大戦の反省に立った専守防衛政策の抜本的な見直しだ。

 正規の改正手続きを経て、国民に判断を委ねるのならまだしも、
一内閣の解釈変更で行われたことは、憲法によって権力を縛る立憲主義の否定にほかならない。

 繰り返し指摘してきた通りではあるが、それを阻止できなかったことには、忸怩(じくじ)たる思いがある。

 ただ、安倍内閣による安保政策見直しの動きが、外交・防衛問題をわたしたち国民自身の問題としてとらえる機会になったことは、前向きに受け止めたい。

 終戦から七十年近くがたって、戦争経験世代は少数派になった。
戦争の悲惨さや教訓を受け継ぐのは、容易な作業ではない。

 その中で例えば、首相官邸前をはじめ全国で多くの人たちが集団的自衛権の行使容認に抗議し、若い人たちの参加も少なくない。

 抗議活動に直接は参加しなくても、戦争や日本の進むべき道について深く考えることが、政権の暴走を防ぎ、わたしたち自身の命や暮らしを守ることになる。

◆国会は気概を見せよ

 自衛隊が実際に海外で武力が行使できるようになるには法整備が必要だ。
早ければ秋に召集予定の臨時国会に法案が提出される。

 そのときこそ国権の最高機関たる国会の出番である。
政府に唯々諾々と従うだけの国会なら存在意義はない。
与党、野党にかかわらず、国会無視の「解釈改憲」には抵抗する気概を見せてほしい。

 その議員を選ぶのは、わたしたち有権者自身である。
閣議決定を機に、あらためて確認したい。
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2014年07月03日

使用一瞬、依存一生

香山リカのココロの万華鏡:
使用一瞬、依存一生
毎日新聞 2014年07月01日 首都圏版

東京・池袋で車が暴走し、8人が死傷する事件が起きた。

運転していた男性は「脱法ハーブ」を購入して使用していたことを認めており、暴走はその影響と考えられている。
許されない話だ。

 「ハーブ」という名前はついているが決して植物性のものではなく、覚醒剤や大麻と似た作用のある化学物質を植物のかけらにまぶしたりした加工製品である。
それら化学物質の多くはがんの鎮痛など当初は医療用に開発されたものが不法な経路で流出し、加工されて売られているのだ。

 あたかもリラックス効果のある安心な天然素材というイメージで手を出す人もいるようだが、含まれる成分は非常に強力だ。

摂取してすぐの急性症状としては興奮、幻覚、けいれんや嘔吐(おうと)、意識障害などが起き、頻回の使用で慢性の精神病状態に陥ったり、心身の依存が形成されて手を切れなくなったりして人生が崩壊してしまうケースも少なくない。

その強烈さと恐ろしさは一般の「ハーブ」のイメージとはほど遠い。

 厚生労働省はこれまで1300種以上の化学物質を有害な「指定薬物」として覚醒剤や大麻と同様に所持や使用を禁止しているが、それをすり抜けるかのように新しい化学物質が出回り、取り締まりが困難となっている。

 かつて交通事故撲滅を呼びかけるコピーで「注意一瞬、事故一生」というのがあった。

脱法ハーブの後遺症で苦しむ人を見ると、私はいつも「使用一瞬、依存一生」だと思う。

使ったのは人生の中のほんの一時期であったとしても、その人はその後、薬をやめるために多大なエネルギーを使ったり、ぶり返す精神病のような後遺症で仕事もできなくなったり、あまりにも大きな“ツケ”を払わなければならなくなる。

「あのとき、誘いに応じて気軽に手を出したばっかりに」と悔やんでもどうにもならない。  「ハーブ」「アロマ」「サプリ」といった名で「飲んでみない?」と差し出される錠剤や液体。

とくに相手が恋人や友人の場合、断ったら人間関係にヒビが入るのでは、と「一度だけなら」と義理で応じてしまう人もいる。
しかし、その最初の一錠が不幸の扉を開けるかもしれないのだ。

よくわからないものは「私、アレルギーがあるから」とでも言ってとにかく口に入れないでほしい。
それで「なんだ、もう友だちじゃないよ」などと言う相手は、はじめからあなたのことなど大切にしていないのだ。
脱法ハーブのまん延は何としても防がなければならない。(精神科医)
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アベノクーデター 警察が国会議員を暴力で排除

アベノクーデター
 警察が国会議員を暴力で排除
田中龍作2014年07月01日 23:46

 アベシンゾウの目指す「戦争ができる国」が完成に近づいた。
政府批判を封印する「特定秘密保護法」も昨年末、強硬に決められている。

 「憲法破壊のクーデター」が7月1日に決行されることは、マスコミ報道やネットで広く知れ渡っていた。

 危機感一杯の市民たちが朝から断続的に首相官邸前で抗議の声をあげた。

 30代のパート主婦は武蔵野市在住。
4歳の男の子を連れて参加した。

 「原発や秘密保護法の時も官邸前に来た。子どもを戦争に連れて行かれたりすると困る」。
子どもに「戦争にいかされちゃうよ」と話すと、「痛いのはイヤだ」という。

 「TVの中のことだと思っていて、まだ現実味がないが、あれよあれよのうちに突き進んでしまった」。

 メトロ出口付近で話を聞いた。男子大学生は都内在住の19歳だ。

 「秘密保護法の時も抗議行動に来た。
学生だが、徴兵制になったら(戦争に)行く可能性があるので、集団的自衛権の行使はイヤだ。友人達もみな心配している」。

 午後5時20分ごろ、「集団的自衛権の行使容認」を閣議決定したことが伝わると、どよめきが起き「安倍やめろ」の連呼になった。

 この頃、車道を隔てて反対側の国会議事堂通用門前で事件が起きていた―

 国会議事堂通用門前は首相官邸と対角線上にあることから「政権にもの申す場」として有名だ。

 誰もが抗議の声をあげることができる場所で、山本太郎議員が集団的自衛権に反対する演説を行おうとしたところ、警察に排除された。

 山本議員はじめ数人の市民が警察に押し倒されたり、腕をねじあげられるなどした。山本議員はアスファルトの地面に2度も尻もちをつかされた。

 山本議員らは議事堂の歩道上を30メートルほど後退させられた。
制服警察官はピケを張り通せんぼした。

 「元の場所(議事堂通用門前)まで戻せ」。
事件を知り駆けつけた人々が警察に抗議した。

 国会議員が、公道上で倒され通せんぼされている状況は、ツイキャスなどで広く伝えられた。フリージャーナリストたちも事態を記録した。

 30分ほど抗議が続いた。
警察は事実上の衆人環視で分が悪いと判断したのだろうか。
山本議員らが議事堂通用門前まで戻ることを認めた。

 だが、警察は「きょうはここではやらないで下さい。
あちら(国会記者会館側)でやって下さい」。
あくまでも方針は変えなかった。

 「警察は暴力で僕たちを排除した。これが安倍政権の姿です」。
山本議員は訴えた。

 国会議員に演説もさせず、押し倒して、30分間に渡り行く手を阻む。

政権の言うことを聞かない者は国会議員であろうが警察による弾圧の対象になる。
治安維持法の時代に入ったことを私たちは自覚しなければならない。

 アベシンゾウが次に狙うのは共産党非合法化ではないだろうか。
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2014年07月04日

ポジティブな思考を手に入れて・・・

ポジティブな思考を手に入れて
誰よりも幸せになるための秘策5つ /
もう悩むのなんてやめて、楽しく生きるのだ!
Pouch 2014年07月03日16時35分

ハローみなさん! 中野麦子です。
不安定な天気が続く今日この頃、いかがお過ごしですか?

「物事を悪い方向に考える天才」と言っても過言ではない記者(=私)ですが、今回は一念発起して、ポジティブ人間になることに決めました。
その試みのひとつとして、テンション高めで執筆中でございます。

というわけで、今回ご紹介するのは「ポジティブな思考回路を手に入れるための秘策5選」。

同じ出来事が起こっても、それをネガティブにとらえるか、ポジティブにとらえるかは自分次第。
せっかくならポジティブに考えて、楽しい毎日を過ごしたいと思いませんか?

【ポジティブな思考回路を手に入れるための秘策5選】

秘策1. 客観的に考える

物事を主観的に捉えると、小さな不安を大きく考えがちになります。
他人事のように距離を置いて、客観的な気持ちで見つめ直してみて。

秘策2. ネガティブな言葉を使わない

出来ない、大変、辛い、どうせ、あきらめる…… 言霊という言葉がある様に、口から出た言葉はその場の空気を支配します。
何気なく口にしたネガティブな言葉に注意しましょう。
あなたは「出来る」し、「やれる」し、「挑戦してみるガッツがある」のです。
「大丈夫」、「うまくいく」のです。

秘策3. 着眼点を変える

悩んでいる事象や問題のことばかりをクヨクヨ考えるのは、もう終わり。
今考えなければいけないのは「解決策」です。
前に進むのです。

秘策4. 自分の力が及ばないことについては悩まない

提出し終わったレポートの結果、遠足の日の天気、うまくいかない人間関係、病気、等々。

万全の備えをすることは必要だけれど、それ以上のことは悩んでも時間の無駄です。
人事を尽くして天命を待ちましょう。
そしてその結果を見てから、また善後策を講じればいいのです。

秘策5. リラックスする

大好きな趣味に没頭したり、体を動かしたり。
腹式呼吸で瞑想なんていうのもいいですね。
リラックすると力が抜けて、ポジティブな思考が生まれやすいそうですよ。

止まない雨はありません。
不要な雨もありません。
全てのことが必然であるならば、悩んでいたってしょうがありません。
前進あるのみですよ!
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公明党に少しでも期待をかけた不明を恥じる

永田町の裏を読む/高野孟
公明党に少しでも期待をかけた不明を恥じる
2014年7月3日 日刊ゲンダイ

 私も、集団的自衛権解禁に突き進む安倍政権の暴走に歯止めをかけるのは(民主党が役立たずである以上)公明党しかないのではないかと、わずかな期待をかけたひとりである。
それは、まったくの幻想に終わった。

 創価学会について長年取材しているジャーナリスト乙骨正生は「マスコミ市民」7月号の対談で、
「今のメディアの創価学会認識は、あまりにもお粗末です。
創価学会を平和団体というのは、彼らが一方的に主張するプロパガンダであり、事実認識が決定的に欠けている」

「自公連立発足以来、公明党は政権のブレーキ役になると強調してきましたが、実際にはアクセルの役割を果たしています」と言い、それは過去の通信傍受法、イラク特措法、昨年の特定秘密保護法の成立過程を見れば分かるだろうと一刀両断的に指摘する。

そう言われればその通りで、少しでも公明党に期待をかけた自分の不明を恥じるしかない。

しかしねえ、池田大作名誉会長は過去に繰り返し「絶対に第9条だけは変えてはいけない」
「憲法の精神を守り抜きたい」と言っていて、それは戦前の学会会長=牧口常三郎が治安維持法違反と不敬罪で捕まって獄死したという痛切な歴史に根ざした本当の気持ちだと思っていた。

しかも、個人的に言うと、1979年イラン革命の後、井上義久幹事長と太田昭宏国交相がまだ30歳代で学会の総務部長と青年部長だった時代に、彼らが主宰する「宗教と社会変革」についての内輪の勉強会に呼ばれて肝胆相照らしたことがあって、35年経った今でもその残像が私の胸に残っている。

 結局、そのような側面はタテマエにすぎず、そもそも学会が64年に公明党を創って政界に進出した初志はともかく、その後69年の言論出版妨害事件への世間の怒りや、75年の共産党との創共協定に対する自民党の危機感に基づく「池田国会証人喚問」や学会に対する「税務調査」「宗教法人課税」の圧力にさらされる中、“学会防衛”というホンネの側面がどんどん大きくなって、それがこの十数年間の自公連立政権を通じて、何が何でも与党の立場を手放さないという同党の政局オンリーの堕落につながってきたのだろう。

こうして、公明党は「平和の党」という看板を下ろしながら今秋の結党50年を迎えるという悲惨に陥ったのだが、
より深刻なのは、それによって創価学会もまた原点であるアイデンティティーを失い、何のための巨大組織なのか分からなくなって、漂流を始めるだろうということである。


〈たかの・はじめ〉
1944年生まれ。「インサイダー」「THEJOURNAL」などを主宰。
「沖縄に海兵隊はいらない!」ほか著書多数。
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父が脳死状態に・・・

父が今日倒れ、危篤状態に入りました。
父が仏界に旅立ち 私の気持ちが落ち着くまで 休載します。
いつも訪問ありがとうございました。
posted by 小だぬき at 16:06| Comment(5) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月07日

父、脳死から3日、心臓は生きています。

気が動転したまま

病院の配慮で 一時帰宅。手が震え キーボードも上手く打てません。

11日 トイレで倒れ 心停止25分。

救急隊の必至のマッサージ、蘇生の努力で 心臓の鼓動再開

病院での心臓・呼吸管理開始(脳死)

病室での付き添い開始

こんなに男同士・親子の時間がとれただろうか・・・

1・2日目まで 血圧が乱高下して 必死に呼びかけ。

息子としての思いを 語り掛け続けました。

今日の昼段階でも きちんと血圧管理され、とても穏やかな表情で横になっています。

きっと聞こえていてくれる と話しかけています。

肺炎と心停止がなかなか受けいれられないのです。

その2日前 タンだとか全身倦怠・食欲喪失で 主治医の診断と検査を受けて、大丈夫と風邪薬のみで帰宅して 時間とともに

衰弱。

金曜日、妹に家にいても貰い、私は 精神科受診。

帰宅したら 修羅場・・・

妹と救急隊員が 上下水管などにはさまった父を 助けてくれたとのこと。

全身擦り傷や打ち身 で 血だらけの惨状だったことを 後で知りました。

脳死しても 輸液で すべすべになった肌といい夢でもみているような表情。

それを 母・妹にみせて、自分を責めていた妹を 励まし「ありがとう」と・・・。

2日目の血圧乱高下の中、必死に話しかけ 握手をして 引き継ぐよ・・といってから 脈が落ち着いたのを勘違いし、葬儀社に

電話をしてしまい、取り消すという 「親を勝手に先に仏にしてしまった」愚かな小だぬき。

看護師さんたちに 気持ちは わかるわ、でも まだまだ 必死で生きようとしているから 安心してね。

急変があったら 連絡するからと 今 帰宅しています。

散髪と着替えをして キーボード前にいますが、手の震えで打てない。

まさか 父が・・と 携帯のならないことを 祈っています。

父の表情を見ていると 命の在り方に不思議な思いでいます。

このままでいいから 息をし続けて欲しい という自分がいます。

とりあえず 写真を母・妹に選んでもらえるように 抜き出し、最悪な別れの時の準備と矛盾した父への声がけを必死でしてい

る小だぬきです。

とりあえず 家にいますが、すぐ 出かけたい自分と、看護師さんたちの「らくやっているのが分かるから つかれすぎないよ

うにしてね」で 心に空白を作らずに きちんと 送らなければという気持ちが支えになり、なんとか倒れないでいます。

誰でもが 経験することでしょうが、残されるものの気持ちは 弱いな・・・とつくづく思います。

88歳と6ヶ月の心臓は、永遠に動いて欲しい・・・。
posted by 小だぬき at 12:17| Comment(5) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

生命力の大きさ

父が倒れて 6日目、やっと 父が 懸命に生命を持ちこたえている意味が 分かり始めてきました。

病院での寝泊りを 止めて 自分のアパートで入浴・睡眠。

朝早くから 葬儀社に「万が一」の場合の 説明を受けに行き、帰宅中 道路にてめまいがして転倒。

近所のおばさんが 余程 私の顔色が悪かったのか 「急に起き上がらない」「救急車呼ぼうか・・」、

すみません、暑さでよろけただけのようです。ありがとうございますと返答。

「ちゃんと睡眠をとってくださいね」にはいと返事。

その後、実家に寄り、母のディーケアーの見送り(嫁いでいる妹の助けの大きさに率直に感謝)

写真の確定と 水戸 菩提寺の和尚さんに「父の状況連絡と万が一の場合、 戒名と法事のお経の手続き依頼)

病院へ 

「ムリしているようですね、今日は短時間の声がけにして、寝ておいてください」「ここは川崎市の市立救急救命専門部です」

「本人の心臓が動き、生き続けようとしている限り 万全の体制で看護していますから・・・」と。

午後16時30分、アパート帰宅。携帯電話を充電器につなぎ「ON」に。


父は いろいろな意味で 考えたり・動く時間を 残してくれているのだと思うようになりました。

「脳死」というものを 父の今のすべすべした身体と心臓の鼓動を聞く限り 受け入れることは 困難だと思いました。

ケースバイケースなのでしょうが、私は 命の完全に閉じるまでは 「生きている」としたいです。

「脳死」とはいえ、呼吸管理と血圧管理で 心臓は動いている。

人間の体の不思議と偉大さだと思います。

まだまだ 完全には 「脳」の働きのすべては 解明されていない、だって立派に心臓は動いているし 身体にできた傷も治っ

てきているのですから・・・。

多くの 皆さんから 励ましや激励をいただき 嬉しく思います。

コメントには、落ち着いたら 必ず 返事を書きますからね・・・。

明日は 口からいれていた 酸素を のどから入れられるように手術です。

神経の反射とはいえ 声がけに時々 涙が出ていたり、握手をすると握り返してきたような力を感じると このまま幸せな夢を

見続けて欲しいとも思うのです。

母の衰弱もひどく、父の後追いにならないように 気をつけていきたいです。

私の朝の血圧 210-112が 今の時点で 145-100まで 下がってきました。

父の「しっかりと 仏に旅立たせる準備が 私や妹 叔母にできるまでは、死ねないぞ!!」と 病床にいながら なんらかの願い

を 発信し続けてくれているように思われる 6日目です。
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2014年07月11日

気管切開手術の成功、穏やかな寝顔

私は 昨日 身体が重く、気管切開手術のあることは わかっていても 開始時間に病院に行けずに 15時に終了を見込んで病院

へ。

父が導いてくれているのか、妹が 13時に見舞いに行き、手術中 待機していてくれていたとのこと。

その時にわかったことが 一つ、今まで着信音が鳴らなかった私の携帯の原因が判明。

なにかあわてて操作していいたためか 「ドライブモード」になっていたこと。

これでは 自宅待機中に病院から 緊急連絡があってもわからない状態でした。

何のために 携帯電話を持ち歩いていたのか・・・、肝心の時は 不通になるところでした。

昨日、気づいて良かった・・(あわてて ドコモショップで設定を見てもらいました)

これも 父親が気づきの時間を与えてくれたのだと思います。

小学校現役の頃は 着発信も多く こんなミスは 早く気づけたはずなのに、退職してからは 家の固定電話と発信が主だった

ため 昨日までは気づかずじまい。

いつの間にか アナログになり、今回のような 緊急事態で 毎日少しずつ 何か足りない点を発見している始末です。

気管切開で 空気がのどから直接に入るようになったためか 顔全体がスッキリし 「穏やかに寝ているようです」

今の顔と寝息を 母に今一度 体調のいい時に 対面させてあげたいです。

市立病院の救急救命センターのスタッフの皆さんの 手厚い看護と病状変化監視と対応のおかげです。

倒れる1ヶ月前位から 好きな風呂にも入れず 食欲もなく、老々介助で睡眠時間も満足にとれなかった父が、今は毎日の病院で

肌色もよく 気持ち良さそうに寝ている?? 姿に 毎日「今までお疲れ様でした。うんと休養をとってくださいね」と声をかけ

ることができます。

「命」というものの 尊厳を改めて感じます。

今回の災害で亡くなった方のご冥福をお祈りするとともに 「命」を自ら断つ自殺だけは 決して起こさないで欲しいと願いま

す。

今日も1日、父が静かに 眠りの中で 素敵な夢をみていると信じたい小だぬきです。
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2014年07月16日

喜べない「退院・転院」準備

14日 14時に 救急救命室から一般病棟に 父が部屋替えになりました。

急性期患者・重症患者受け入れ病院のため、「脳死」とはいえ、血圧と呼吸が「悪いなりに安定」しているために 一般病棟に異動
して 療養型病院に転院する準備のための病棟異動です。

今日、16時から 「医療相談室」にて 転院に向けての相談がはじまります。

その間、重大な決断を問われました。

心臓が動いている、死期の長短の段階、後期高齢者医療から介護保険に移行する症状になるとの説明を受けたうえ、家族として「延命」をどう考えるかが聞かれました。

家族としては 正直 ゾンビになっても生き続けて欲しいいという思いと、早く苦痛をとり 仏として送りだしたいという思いが複雑に交差しています。正直時間が欲しいと 主治医に話しました。

ただ 父には申し訳ないのですが、植物状態のままへの 延命措置は望まないとだけ伝えました。

15日に 要介護1で入院した父の介護認定変更手続きを妹に頼み、要介護2の母と留守番。

母も認知症が進行しているのに「お前が倒れたら大変、自分の体を大事にして 少しでも寝なさい」と、度々 母としての注意。

いつもは 昼間は寝て、夜に眠れなくなる母が、朝から「お前が心配で眠れない」と長男を思いやり 妹によると 初めて昼間に起き、食事も薬もきちんと飲んでくれたとのこと。

そして、母は、父が 穏やかな顔で見つめている姿を見たとのこと、涙が自然にでてくることを 妹に話したとのこと。

妹は 母の介護と嫁ぎ先の二足の草鞋で 疲れがでていて 最近 冷たく怒ったりしたことが多かったけれど、昨日は 母娘の会話の時間を過ごせたと話していました。

「命」の不思議さですが、倒れる前の父は、心筋梗塞・心臓肥大・動脈解離・前立腺癌などで 苦しんでいたのに、脳死になってからは、その心臓が 今日で13日間 度々不整脈が表れていますが、血圧・心拍・呼吸を維持しています。

本人の生命力以外の 延命処置はしないという決断が正しいのか 誤っているのかは 心が揺れますが、重たい決断です。

医療では 急性期の心停止を防ぐまでが 医療行為の限界で、今後は 医療というより介護の分野になるとのこと。

意識を取り戻す可能性がゼロの現実、死亡宣告されるまで 家族に考える時間を与えてくれている父。

何が日々できるのか、毎日 見舞いで父への声がけや身体を触りながら考えている小だぬきです。
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2014年07月23日

不思議な感覚 眼に見えない力

父の「脳死」から もうすぐ3週間目を迎えます。

全体的に体温低下はみられるものの 心臓はしっかりと脈をうっています。

足先や指先などは 血流が悪いのか 特に冷えは進んでいます。

意識が戻らないと心でわかっていても 「もう 起きてもいいのでは・・」などと 奇蹟を信じる自分がいます。

16日に医療相談室で 担当と面談。

人口呼吸器をつけての転院は、川崎市で2ヶ所の病院しかないとのこと。

民間委託された「旧社会保険病院」

まだ希望者が多く「転院日」は確定していませんが、できれば市立病院で見送りたいとの希望のみ伝えました。

父の命と連動しているのか 母が「お父さん・・」と勘違いして私を呼ぶ姿が痛々しいです。

父が倒れてから 私の「うつ」の悪化が心配でしたが、時間が現実を受け入れ始めています。

実家の部屋の整理をしていて、几帳面だった父が 書類や物を買ったままの状態であっちこっちに置きっぱなしにしているのを発見して もう母への「老老介護」の限界だったのだなぁと 気づくお粗末。

昨日は、トイレタンクが故障。

急遽 業者に電話して とりあえず「トイレタンク」のみの取り換え。

いつ 病院から 父の様態変化の電話があるかもしれないとの事情を話し、規格にあうタンクを 大阪から取り寄せてもらい、木曜日午後に交換。

本来は便器も取り替えるといいのですが、トイレ介助の支えなどの高さ調整など 同時並行の工事が必要になるので 今回は見送りました。

いまだに 見舞いに行くと 静かに眠っているような父に 「起きて、奇蹟を!!」という声がけとともに「お疲れ様でした。まだ
気づかない点があるかもしれないが、魂が安心できたら 三途の川をわたっていいよ」と支離滅裂なことをいっています。

父のように 家族に「心の準備」をしてくれていることは、死ぬまで「優しく 逞しく 教養人」であり続けることに 「あなたの息子で幸せでした」と率直に思うことができます。

ただ二度、猛反対されたのが「少年工科学校」「防衛大学校」受験を考えたときのこと。
戦争体験をもとに 自衛官ではなく、違う道を考えろ!!  と 殴られました。

その父が 中学校社会科で採用試験で名簿登載されながらも欠員がなく 採用が決まらず、小学校免許習得のため就職浪人して
明星大学通信教育での免許習得に 援助を惜しまずに 一言も愚痴を言わなかったことが 懐かしく思いだされます。

埼玉と川崎の両方の小学校採用名簿に載った時、最初に 連絡がきた 埼玉に快く送りだしてくれたことも 私の人生には大きなプレゼントでした。

父が病床にある今、父も 私が 高校の時から学生運動にのめり込み、大学では 街頭行動とバイトにと 学習が平均的なものにとどまっていた私が 就職するには 民間はムリで 試験成績の公務員試験しかないと思っていたと後で話してくれました。

父に似て「ダメなものはダメ」と妥協できない息子の性格を見てくれていたと思います。

私は 人に恵まれたと思っています。

埼玉県の当時の採用方針が「型破りで生きのいい 多少ヤンチャな男子が欲しい」とのことで採用されたようです。

採用当日に 組合加入届を出したのも 私たちの年代が最後のようです。

時間を作って 所沢のアパートや赴任先学校・環境を 激励として父母ともに訪問してくれて 案内した 若き日が思い出される今日この頃です。

多くが戦死した「海軍海兵団」「戦友」の待つ 8月15日までは 最低でも心臓の鼓動を止めないでと願う日々です。
posted by 小だぬき at 05:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

介護認定替え面接、自己修復できない脳

15日に申請した 父の介護認定変更の面接が昨日ありました。

脳死状態で 本人が答えられないので 担当看護師のYさんが 区役所福祉課担当の質問にテキパキと答えてくれました。

なぜ 変更届をとの問いに 私は、現在の要介護1では 人工呼吸器をつけての転院先を見つけるのが大変とのことで お願いしましたと答えました。

父の体温 34度、血圧 100-64、心拍は弱いなりに安定。

呼吸停止の時間が長かったために どの程度の「脳機能」が残っているかは 現在の医療では推測の域をでないとのこと。

声がけ反応は 最後まで残る機能とのことで 毎日 見舞いにいっています。

自分の精神科受診は 遅くなればなるほど 呼吸停止時に駆け付けるのが間に合わなくなる確率が大きくなるとの 思いはあるのですが、今月4日の通院時に 父が倒れたことを考えると 怖くて通院ができない状態です。

幸い「薬」の予備が まだあるので ギリギリまで延期したいと思います。

昨日は、トイレタンクの入れ替え。

築46年目の 公団分譲マンション?のためか 配管の位置・口径が合わず 業者の人が四苦八苦で 3時間作業。

建物や付属品は 古くなっても修繕がきくのに、人間の体は・・・

怖ろしい発想ですが、ヒットラーが考えたというクローン人間誕生での 寿命永遠化研究。

脳の老化さえ防げるものなら 父に適応できないかなどとも考えました。

ただ 成育歴や知識・経験・感情などが 正確にコピーできなければ また 再生できなければ 父の身体を持った別人となるのだ・・・などと 支離滅裂な発想の断片の連続。

時間とともに「運命としての死を受け入れる心の準備」ができているようでも 病室で父の身体・手・顔などに触れていると「目を開け よく寝た」と起きてくれるのではと 錯覚する日々です。
posted by 小だぬき at 07:05| Comment(1) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

昨日の通院、健康維持の難しい猛暑

内科・外科・精神科へ 昨日 通院しました。

主治医に「父の状況と私の心の揺れ」を話した所、

「そうなかなか受け入れられることは できませんよね。
今日 来れたことは お父さんが背中を押してくれたと思ってください」

「とりあえず 多めに薬を出しておきますが、具合が悪いと感じたら いつでも通院してくださいね」と励まされました。

不思議なことに 先月 悩んだ蕁麻疹や足のむくみは 治っています。

最近の猛暑で 熱中症で亡くなる方もでています。

私のような60代でも この暑さには なかなか馴染めません。

寝ていても 噴き出してくる汗、水との歩留り勝負をしているようです。

一歩外にでると コンクリートやアスファルトに籠った熱気とエアコンなどの排気熱。

心臓が生を刻んでいる父は いい時期に入院できているなどと 「脳死」であることを忘れてしまうような気持ちになる暑さ。

ここ3週間以上、生と死について 考える時間があり、ニュースでの海水浴死・プール死・熱中症死・交通事故死などは なにかもったいないな・・・という気持ちになります。

とくに老年世代の「熱中症死」や「孤独死」などは なんとか防げなかったのか・・と暗澹たる気持ちになります。

生まれてきた以上、理想は「老衰死」です。

事故や事件・災害や自殺などで 人生の途中で亡くなることほど 残された家族・肉親には耐えられない悲しみでしょう・・・。

集団的自衛権などと うっかり見過ごすと「自他の命の尊さ」を「政治の圧力」で 軽視する暴論に手を貸すことになりかねません。

声だかに「愛国心」「正義」を叫ぶ 人達を 冷静に見て考える必要があると思うのです。

同じ日本人に、意見が違うからといって「売国奴」「非国民」などと 国民の思想信条や生命まで 否定するような人達の「愛国」には 陥らないようにしてほしい。

人権とか自由とかは、自分とは生まれも育ちも 思想・信条も違う人達をも 大切にする価値観です。

戦後の国とは 国民の幸せを追求していくための統治機構になるはずでした。
それが「日本国憲法」です。

現実が「日本国憲法」の理念・理想と乖離しているならば、今一度 「日本国憲法」にあった国つくりをする政治勢力を大きくしていくしかない。

posted by 小だぬき at 12:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする