2014年09月14日

きれいごとでない現実

患者と家族…きれいごとでない現実、
          希望やヒントに
2014年9月5日 読売新聞「医療部」

小児がんの息子がいた。
両親は熱心に付き添い、家族の絆が深まった。

妻が認知症になった。
夫は妻の不安に耳を傾けつつ、献身的に世話を焼いた――。

 国民の2人に1人ががんになり、65歳以上の1割が認知症になる時代、こうした患者と家族の物語は、今も全国のあちこちで無数に紡がれていることだろう。

 現実はしかし、「美談」ばかりではない。当然だ。
人は患者やその家族になった途端、聖人君子に変身するわけではないのだから。

 患者が家族に悪態をつく。
家族が患者をなじる。
治療法を巡って意見が対立する。

病気のおかげで家族が一つになるとは限らず、むしろ病気を機に、家族に以前から潜んでいた病理が一気に噴き出すことも珍しくない。

 本紙朝刊「医療ルネサンス」で、「患者家族」の長期シリーズを始めた。
きれいごとではない患者と家族の現実を切り取りたい。
中には読むのがつらいケースもあるだろうが、一つ一つの家族の物語の中から、かすかな希望やヒントを提示できたら、と考えている。

 「夫婦は愛し合うとともに憎み合うのが当然であり、かかる憎しみを怖おそれてはならぬ。
正しく憎み合うがよく、鋭く対立するがよい」

 坂口安吾の「悪妻論」の一節だ。刺激的な文章ではある。
でも、こわばっていた肩の力が抜ける患者と家族もいるのではないか。

 「正しく」憎み合い、「鋭く」対立すること。

私にはこう聞こえる。
人間の弱さを認めつつ、本音でぶつかり合え、と。
(9月2日付 朝刊コラム「解」より)
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする