香山リカのココロの万華鏡:
ささやかな幸せも大切に
毎日新聞 2014年12月16日 首都圏版
今年もいよいよ年の瀬。
診察室でも「この1年を振り返って」といった話題が多く出る時期となった。
意外に思われるかもしれないが、そこで「今年は進歩もありました」「まあまあ幸せな1年でした」と前向きなことを口にする人も少なくない。
とはいえ、それらの多くは「苦手だった電車、各駅停車なら乗れるようになった」「第1志望ではないけれど子どもが高校に受かった」「私以外の家族は大きな病気もしなかった」など、聞きようによっては“ささやかな幸せ”だ。
一方、診察室の外では「今年は良くなかった」という振り返りの声もしばしば耳にする。
こちらは「支店倍増計画の達成率が8割止まり」「ハワイの別荘にあまり行けなかった」など、ずいぶん規模の大きい話だ。
彼らは会社経営者やベストセラー作家などだが、「健康なのが何よりですよ」と言っても「そうですよね、でも来年はもっとがんばりたい」とあくまで向上心にこだわってみせる。
もちろん大きな夢を持つのは悪いことであるはずがない。
いまの自分に満足せず、上を目指すことが成長につながるのもたしかだ。
でも、病気を経験した人たちが身のまわりのことで“ささやかな幸せ”を感じ、「今年は良い年だった」と笑顔になることができるのに、とりあえず健康で仕事も順調な人たちが「ひどい年だった」と苦虫をかみつぶしたような顔をしなくてはならない、というのはなんとも皮肉な話ではないか。
生きていれば楽しいこともあれば、苦しいこともある。
突然、体調が悪くなったかと思うと、また復調する時期も訪れる。
それでも毎日の暮らしの中で、散歩の途中できれいな花を見つけたりいつものお茶がおいしく感じられたりして「ああ、幸せ」と思う瞬間は誰にでもあるはずだ。
大きな目標や夢を掲げて前や上にばかり目をやるあまり、そんな瞬間も見すごしてしまうのは本当にもったいない。
今年もいろいろあったけれど、なんとかここまでたどり着いた。
ときどきはほっとしたり、にっこり笑ったりもした。
そんな自分にとりあえずは合格点。
これくらいの心のゆとりを忘れずに、残り少ない今年の日々を大切にすごしたいものだ。
そして、「来年こそは」と高すぎる目標を設定せずに、「とりあえずは今年の続きで」くらいの気持ちで肩の力を入れず、ゆるゆると新しい年を迎えてみるのも、よいのではないだろうか。(精神科医)