香山リカのココロの万華鏡:
「あるがまま」でいい
毎日新聞 2015年01月27日 首都圏版
「ありのままで」。
言わずと知れた大ヒットアニメの主題歌タイトル。
昨年、日本中の子どもや女性がこのフレーズを口ずさんだ。
心の医療の世界にも似た言葉がある。
それは「あるがまま」。
明治生まれの精神科医、森田正馬が生み出した森田療法の基本になる考えだ。
森田医師は学生時代、今でいうパニック発作の症状で苦しむ。
何ともいえない不安感と動悸(どうき)が突然、襲ってきたという。
あちこちの病院を受診しても治らない。
大学の定期試験が近づき、一度は欠席も考えたが、あるとき「どうにでもなれ」と開き直った気持ちになって受験を決意する。
それから睡眠時間を削って猛勉強をしている間は、不思議なことにパニック発作はまったく出なかった。
後に森田医師はその経験を振り返り、不安や苦しさを無理に抑え込もうとせず、「あるがまま」と受け入れて今やるべきことに集中したのが、結果的に症状の克服につながったと考えた。そして、その「あるがまま」を軸に、心の分析よりも生活や作業を大切にする治療法、森田療法を作り出したのだ。
私たちは暮らしの中で、何かと感情や考えをコントロールすることを求められる。
とくに「落ち込む」「悲しむ」「クヨクヨする」といったマイナスの感情は“悪いこと”と見なされ、「もっと前向きになろうよ」と励まされる。
しかし、そう言われてもすぐに明るくなれるわけでもないし、無理に笑顔を作るとその後の疲れが何倍にもなる。
森田療法は、負の気持ちもそのまま受け入れ、「それに正面から取り組まずに、まず今やらなければならないことをやろう」と呼びかける。
不安を引きずったまま新しいことを始めて失敗したらどうしよう、などと取り越し苦労をしすぎない。
そのときはそのとき、と開き直りも大切だ。
アニメ主題歌の「ありのままで」には、ひと目を気にしすぎずに今の自分に自信を持とう、というメッセージが込められていた。
森田療法の「あるがまま」はもう一歩進んで、自分を苦しめる不安や恐怖、その他のマイナスの感情も受け入れよう、と言っている。
もちろん、そう言われてなかなか「どんとこい」「どうなってもいいや」と開き直れるものではない。
ただ、とにかく明るく元気な自分でいなきゃダメなんだ、と思い込んでいる人には、この言葉がやさしく響くのではないだろうか。
「あるがまま」。
今年のお守りの言葉にしてみてはどうだろう。
(精神科医)