貧困と生活保護
生活を支えられない公的年金
2015年7月10日 読売新聞
貧困が拡大してきた大きな要因は、公的年金制度にもあります。
とくに、高齢者の貧困率が高いのは、無年金・低年金が大きな原因です。
所得保障のしくみとして十分に機能していないわけです。どこに問題があるのでしょうか。
まず、老齢年金の受給権を得るのに必要な年数が、原則25年とハードルが高いこと。
次に、現役時代の働き方や賃金水準によって、老後の年金額の格差が大きいこと。
そして、基礎年金の給付水準が低く、それだけではとても生活していけないこと。
すでに高齢になっている人たちだけの問題ではありません。
現役世代の人たちも、やがては高齢になるわけで、ひとごとではありません。
また、老後に安心できる収入を見込めるかどうかは、現役時代の生活にも影響してきます。
必要期間25年の高いハードル
まず、公的年金制度のアウトラインを押さえておきましょう。
公的年金の大きな柱は、老齢年金、障害年金、遺族年金の三つ。
今回のテーマは老齢年金ですが、細部に入るとたいへん複雑なので、現行制度の大ざっぱな説明にとどめます。
日本の公的年金が2階建てになっていて、国民年金制度による基礎年金部分と報酬比例部分に分かれていることは多くの人がご存じでしょう。
国民年金にしか加入したことがない場合は、基礎年金だけの支給です。
厚生年金保険または公務員や私学の共済制度に加入していた月があれば、その月数に応じた報酬比例分が、基礎年金に上乗せされます。
老齢年金の支給開始年齢は、原則として65歳です(一定の範囲で受給を繰り上げ・繰り下げできる。
厚生年金は当面、60歳から報酬比例部分だけの特別支給を受けられる)。
老齢基礎年金を受給するには、「保険料納付済み期間」「保険料免除期間」「それ以外の合算対象期間」の合計(受給資格期間)が、25年以上ないといけません。
何らかの事情で国民年金に加入していない時期があったり、加入していても保険料の未納の月が多かったりして、受給資格期間が足りないと、老齢基礎年金も、それに上乗せされる報酬比例部分の老齢厚生年金も、原則としてもらえません。
10年への期間短縮は先送り
保険料の「免除」は受給資格期間にカウントされ、「未納」(滞納)はカウントされないという点で、扱いがまったく違います。
生活保護を受けているときや障害基礎年金を受けているときは、届け出をすれば法定で全額免除になります。
それ以外でも所得が基準以下のときは、全額免除または4分の3免除、2分の1免除、4分の1免除を申請できます。
しかし申請しないまま、保険料を納めていなければ、未納扱いです。
学生納付特例による免除、所得の少ない若年者の納付猶予(30歳まで)の期間も、原則として免除期間に含まれますが、それらを申請していないと未納になります。
25年という受給資格期間の長さ、そして保険料免除の制度が十分に周知されていないことが、無年金の高齢者を生み出す一因になっています。
どうしてそんなに長い期間のハードルを設けているのか。
保険料を確実に集めるのが目的でしょうが、受給資格期間の月数や保険料納付済み期間の月数に連動するような形で年金額が変わる方式でもいいのではないか、と思いますよね。
そこで、必要な受給資格期間を10年に短縮する年金機能強化法が2012年に成立しました。
大きな意味のある改正ですが、消費税率を10%に引き上げる時期(2017年4月予定)まで、実施が先送りされています。
保険料負担の違い
国民年金の被保険者(加入者)の種類と、その実際は、次のような感じです。
1号被保険者(20歳以上60歳未満)
1 農業、漁業、自営業の人
2 労働時間・日数が少ないか、適用外事業所で、厚生年金の加入対象にならない労働者
3 失業中、病気・障害・ひきこもりなどで働いていない人
4 学生
2号被保険者
被用者年金(厚生年金、共済)に加入している勤め人
3号被保険者
2号被保険者に扶養されている配偶者(20歳以上60歳未満)
1号の人は、国民年金の保険料(2015年度は月1万5590円)を自分で納めないといけません。
2号の人の保険料(報酬比例部分を含む)は、賃金水準に応じた標準報酬月額によって決まり、事業主と労働者が半分ずつ負担します。
労働者分は給料から天引きされます。
基礎年金の給付費用の2分の1は国が負担し、残り2分の1を保険料でまかないます。
保険料でまかなうべき総額を、1〜3号の被保険者の総数(未納者と免除分を除く)で割った額が、1号の保険料額になります。
厚生年金会計と共済組合は、それと同じ額に2号と3号の合計人数を掛けた拠出金を基礎年金の会計へ渡します。
2号の人の基礎年金分の実質負担は、3号の人を2号みんなで背負う分だけ、すこし高くなります。
とはいえ、1号は保険料の全額が自己負担、2号は半分が事業主負担です。
1号のうち農業や自営業の人は、所得のすべてが把握されにくい点で勤め人と違いがありますが、短時間労働者や無職の人にとって、1号の保険料は相対的に重い負担です。
滞納が起きやすいわけです。
月6万円台では暮らせない
老齢基礎年金の満額は、2015年度の新規受給者の場合、78万0100円。
月額に直すと6万5008円です。
この満額を受け取るには40年間の納付が必要です。
受給資格期間25年のハードルをクリアしていても、保険料納付済み月数が少ないと、年金額は少なくなります(給付費用の2分の1は国の負担なので、たとえ全額免除ばかりだった人でも一定の額は出る)。
月6万円台でも、独立して生計を営むのは、かなり困難でしょう。
大都市部の単身者だと、生活保護の生活費の基準さえ下回ります(家賃を考慮すればまるで届かない)。
しかも高齢になると、医療や介護の費用もかかります。
基礎年金の給付水準は、働いている子どもと同居している場合、あるいは地方の郡部で持ち家に夫婦で住んでいる場合に、何とかなるという程度でしょう。
もちろん、報酬比例部分の年金があればよいのですが、その年金額は、現役時代の賃金水準に連動します。
もともと賃金の低かった人は厚生年金の上積みも少ないわけです。
貯蓄をしておけばいい? その通りですが、収入の少ない人ほど、貯蓄はできません。
結果として高齢者は、もともと収入が多くて年金額も貯蓄も多い人、相続などで資産を持っている人、会社役員として稼ぎ続けている人といった豊かな層と、
わずかな年金しかなく貯蓄や資産も乏しい貧困層という、二極分化が大きくなっています。
実際、2012年の厚生労働省「年金制度基礎調査」を見ると、老齢年金受給者(有効回答1万3495人)の人数の分布は、以下の通りです。
男性の公的年金額は平均180.7万円ですが、山が二つに分かれ、100万円未満が26.2%。
女性は平均98.6万円で、低年金者が多く、100万円未満が6割を超えています。
公的年金額(万円) 男性 女性
50未満 401 (6.8%) 1680(22.2%)
50以上、100未満 1146(19.4%) 3095(40.8%)
100以上、150未満 841(14.2%) 1420(18.7%)
150以上、200未満 863(14.6%) 723(9.5%)
200以上、250未満 1169(19.8%) 421(5.6%)
250以上〜300未満 993(16.8%) 166(2.2%)
300以上〜350未満 374(6.3%) 51(0.7%)
350以上 125(2.1%) 28(0.4%)
非正規の人たちが高齢になったら 公的年金制度をめぐっては、財政負担がいつも強調されます。
高齢者の人口が増えて、大変だというわけです。
政府は2004年度から「保険料水準固定方式」を採用しています。
老齢年金の受給者が増え、現役世代の人口が減るのに合わせて、給付水準を抑えていく政策です。
2015年度に発動された「マクロ経済スライド」による給付抑制はその本格化で、内容的に見れば「マクロ年金財政スライド」と考えるほうが理解しやすいでしょう。
たしかに財政は難題です。
年金額が少なく、資産も乏しい高齢者は、最低限度の生活に満たない窮乏状態のまま暮らすか、生活保護を受けることになります。
生活に余裕があって扶養できる子どもは少ないでしょう。
現に、生活保護を受ける高齢者は増え続けています。
はたしてそれが効率的なのか。
基礎年金が生活保護基準より少なくてよいのか。
下支えを重視して、生活できる年金額を確保し、それに見合う財源を何とかして作り出す方策は、ありえないのでしょうか。
心配なのは、非正規雇用の多い世代が、高齢者になるときです。
現役時代の賃金が安ければ、年金額は少なく、貯蓄も乏しい。
そうした人たちが、どっと生活保護になだれ込むことになりかねません。
非正規や低賃金の雇用は、保険料収入を減らして現在の年金財政を危うくするとともに、将来の社会保障費も食っているとも言えるでしょう。
考えてみれば、失業が急増して、非正規雇用も増え始めた1998年に50歳だった人は、今年67歳。
すでにその現象は始まっているのかもしれません。
◆ 原昌平(はら・しょうへい)
読売新聞大阪本社編集委員。