2015年11月01日

警察のDNA鑑定独占で冤罪が増える

東住吉事件など相次ぐ冤罪にも反省なし!
警察が冤罪をさらに増やす
「DNA鑑定独占」を画策中
2015.10.31.LITERA(伊勢崎馨)

 冤罪が相次いで明らかになっている。

10月16日には、強姦罪で懲役12年が確定していた男性の無罪が確定。
23日には、東住吉の自宅放火女児殺人事件について大阪高裁が再審請求を認め、殺人罪で無期懲役が確定していた母親と母親の内縁の夫が釈放された。
 だが、法務省や警察にこうした冤罪を防止しようという動きはまったくない。

今国会では見送られたものの、次期国会で成立が確実視される刑事司法改革関連法案では、肝心の取り調べ可視化がほとんど有名無実化。
かわりに盗聴を安易にできる通信傍受法や司法取引制度が導入されてしまった。

 さらにもうひとつ、冤罪を増やすような事態が進行している。それが「DNA鑑定の独占」だ。
 これまで大学の法医学教室など外部に委託しているDNA検査を原則中止し、すべてを警察本部の科学捜査研究所で行うというものだ。
その理由は経費削減。
しかしそんなことを信じるわけにはいかない。

なにしろ、2013年度の司法解剖に伴う検査料は総額14億2900万円に対し、そのなかの外部機関によるDNA検査は約3200万円という小さなものなのだ。

 現在、科学技術の進歩によりDNA鑑定の精度は飛躍的に高まり、4兆7000億人に1人を特定することが可能だ。
また警察による鑑定も年間27万件を超える。
こうした事件の鍵を握る重要な証拠を捜査機関が独占する。
それはすなわち、証拠を警察の都合よくいくらでも操作することが可能になるということだ。  

足利事件、東電OL事件など最新のDNA鑑定の結果、冤罪が証明される事件が相次いだが、もしDNA検査を捜査当局が独占し、隠蔽できれば、これら冤罪も未来永劫証明されえないということでもある。

 いや、あれは特殊な事案であり、警察は反省し、今後は違法捜査など行わない、証拠隠滅などしない、時代が違う、などと楽観的に考える人も多いかもしれない。
しかし現在でも卑劣な証拠隠し、それに伴う冤罪疑惑事件は多数存在するのだ。

 この問題を正面から取り上げた『テレメンタリー2015「DNA鑑定の闇〜捜査機関“独占”の危険性〜」』(テレビ朝日系/15年6月29日放映)には、警察や検察による卑劣で恣意的なDNA隠しの事例が紹介されている。

 そのひとつが2012年10月7日深夜に鹿児島市で起こった17歳少女への強姦事件だった。
少女はこれを警察に通報し、その2日後には自ら犯人を見つけたと通報し、Iさん(現在23歳)が逮捕された。
 少女の身体や服に一切傷などはなかったが、少女の胸から検出された唾液がIさんと一致、また1台の防犯カメラには人物は特定されないが男女が歩く姿も残されていた。

しかし起訴後、証拠開示が進まないことに疑念を抱いた弁護側は、まず、防犯カメラは少なくともさらに4台あるはずだとして開示を求めたが、警察と検察は「全てのカメラが壊れていた」とこれを拒否。
また目撃証人がいたとされたが、検察は目撃供述などないと否定したのだ。
そのため弁護側は目撃者を見つけ「カップルがいちゃついていたのを見た」との証言を得ている。

 しかし一審では少女の証言は信用できるとして懲役4年の実刑が下された。
防犯カメラと目撃証人を隠したとはいえ、DNAの一致という証拠が決め手となっていた。
しかし、続いて行われた控訴審でDNA鑑定じたいに大きな疑念が出てくるのだ。

 控訴審では弁護側が要求したDNA再鑑定に対し、検察は試料不足などで再鑑定は不能だと主張した。
そこで裁判所は法医学の第一人者である日本大学・押田茂實名誉教授に鑑定を依頼したところ、その結果は簡単に鑑定ができただけでなく、Iさんとは別のDNAが検出されたのだ。
しかもこれは事件直後、少女のショートパンツから検出されたものと同一だった。

 もうお分かりだろう。警察と検察はIが冤罪だと知っていながら有罪にすべく数々の証拠を隠蔽したのである。
このことが明るみにでれば少女の供述の信用性はなくなり、当初警察が描いた事件の構造が崩れてしまう。
そのためDNAという重要証拠を隠蔽し、さらに防犯カメラは壊れたことにし、目撃証人をなかったことにした。
公正でも正義でもなんでもない。自らが見立てた事件の構図にズレが生じたり不都合が出ると、こうした卑劣な捏造、証拠隠しにでる。
それは現在でも、確かに行われているのだ。

 しかし幸いなことに、今回は民間によるDNA再鑑定が可能だった。そのためIさんは保釈された(控訴審は継続中)が、しかし今後DNAの再鑑定が警察や検察によって独占されてしまえば、それさえ不可能になってしまうのだ。

また同番組では「再鑑定のための試料を被害者に返した」とウソを付き、証拠DNAの行方が分からなくなったという悲惨な受刑者のケースも紹介されている。
現在でもこんな有様なのだから、DNAが捜査当局に独占されればどんな暗黒な事態が待ち受けているか。想像するだけで恐ろしい。

さらにそれを独占する科学警察研究所や科学捜査研究所の実情もベールに包まれている。
 そもそもいくらDNA鑑定の精度が高まっているといっても、それを収集し扱うのは人間だ。扱いにミスがあったり、犯人をでっち上げて恣意的にDNAを付着させることなどいとも容易いことだ。
冤罪を防ぐどころか、再鑑定が不可能になり、捜査の誤りや無罪を証明する手段を奪うものでもある。

 さらに問題は、こうした捜査機関による“DNA独占”は、朝日新聞が昨年11月5日付で報じたくらいで、メディアではほとんど報じられないことだ。
 ほんの一部の可視化と引き換えに、盗聴、司法取引、そしてDNAまで獲得しようとする国家・捜査権力。
安保法制とともに、その監視を怠ってはいけない。
                                    (伊勢崎馨)
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2015年11月02日

歌丸が戦争批判!戦時中の落語界は…

桂歌丸が戦争の空気に危機感!
戦争がもたらした落語界の暗い過去…
子供を産まない女性を糾弾する国策落語まで
2015.11.01.LITERA(井川健二)

 戦後70年という節目の年。
民主主義を無視するかたちで安保法案が強行採決されてこの夏は過ぎた
そんななか、それでも「戦争の悲惨さ」を伝えようと多くの人が声をあげ続けている。

落語家の桂歌丸もそのひとりである。
 終戦時には9歳、疎開先の千葉から故郷の横浜に帰ると一面が焼け野原、もちろん生家も焼失していたという経験をもつ歌丸は語る。
今、日本は色んなことでもめてるじゃないですか。戦争の『せ』の字もしてもらいたくないですよね。
あんな思いなんか二度としたくないし、させたくない
〈テレビで戦争が見られる時代ですからね。
あれを見て若い方がかっこいいと思ったら、えらいことになる〉(朝日新聞デジタル2015年10月19日)

 戦時中、ひもじい思いをしながらも、なんとか口にすることのできたサツマイモばかり食べる幼き日々。
それがトラウマとなり、〈あたしぁとうとういまだにサツマイモが食べらんねえんだ〉と告白する歌丸師匠は、落語家らしく、こんな表現で「戦争」の醜さ・悲惨さを表現した。

人間、人を泣かせることと人を怒らせること、これはすごく簡単ですよ。人を笑わせること、これはいっちばん難しいや
人間にとって一番肝心な笑いがないのが、戦争をしている所〉(同前)

 戦争には笑いがない。桂歌丸がこう語るのには、戦中の落語界が当時の体制に半ば強制されるようなかたちで53種の噺を口座にかけないよう自粛し、さらに、戦意高揚を煽るような新作落語を次々と発表したことで、戦争協力に加担してしまった過去への反省も込められているのだろう。
落語界が戦時中たどった道程とはいかなるものだったのかは、演芸評論家である柏木新による『はなし家たちの戦争─禁演落語と国策落語』(本の泉社)に詳しい。

 突然だが、浅草・本法寺に「はなし塚」という塚がある。
これは戦時中葬られた53種の「禁演落語」の墓として1941年10月につくられたものである。

これら53の噺は、遊郭に関した噺、妾を扱った噺、色恋にまつわる噺など、国のために質素倹約を奨励された時局に合わないとされたものが選ばれた。
そのなかには吉原を舞台にした「明鳥」など、今でも盛んに高座に上げられる人気の噺も含まれている。
 これら禁演落語は、あくまで落語界側による「自主規制」の体裁をとっていたが、その過程をよく見てみれば、事実上、国からの半ば強制であった。

落語界が自粛に走らなければならなかった理由のひとつとして、まず、1940年2月、警視庁が興行取締規則を改正、落語家・歌手・俳優など、すべての芸能関係者が「技芸者之証」を携帯するよう義務づけられたことがあげられる。
これにより権力が庶民に大きな影響を与える芸能を管理することがたやすくなった。

実際、榎本健一(エノケン)、古川ロッパと並び三大喜劇人として人気を集めた柳家・柳家金語楼は戦中、落語家の鑑札を取り上げられ、俳優への転業を余儀なくされている。

彼の自伝『泣き笑い50年』(日本図書センター)には、当時の警視庁とのやり取りがこう綴られている。
〈「きみは、はなし家の看板をはずして俳優の鑑札にし給え。
第一、きみがはなしをしたら、お客が笑うじゃないか……」
「そりゃ笑いますよ、笑わせるのがはなし家の商売だもの……」
それがいかん、いまどきそんな……第一それに、芝居なら“ここがいけないからこう直せ”と結果がつけられるのと違って、落語というのはつかみどころがない……」
「でもねえ、三十何年この方、私は高座を離れたことがなかったんですよ」
「いやダメだ。どうしてもはなしがやりたけりゃ余暇にやるがいい。
本業はあくまでも俳優の鑑札にしなきゃいかん……」」〉

 庶民から「笑い」すら奪おうとする戦時下体制のひどさがよく分かるエピソードだ。
そして、この「技芸者之証」の制度に加え、1940年7月7日に発布された「奢侈品等製造販売制限規則(七・七禁令)」など、銃後の生活の引き締めを意図した動きも決定的な影響を与える。

「ぜいたくは敵だ」といった標語が飛び交うなか、遊郭や色恋をネタに笑いを生み出す芸は権力から睨まれるようになっていき、自主規制へと向かわざるを得なくなっていく。

 しかし、もっと罪深く、悲劇的だったのは、落語界が戦争協力の一端を担ってしまった「国策落語」だ。
戦意高揚のための文化政策への協力を強いられた落語界は古典落語の名作を封印するだけにとどまらず、時局に合った国策落語を新作として次々と発表していく。
内容は、軍隊賛美や貯蓄、債券購入、献金奨励などを入れ込んだ、まるでプロパガンダのような内容。
本稿冒頭で引いた桂歌丸のインタビューでも当時の国策落語について
〈つまんなかったでしょうね〉
〈お国のためになるような話ばっかりしなきゃなんないでしょ。
落語だか修身だかわかんなくなっちゃう〉と語られている。

 人々を笑わせるために演じられる落語なのに、なにもおかしくないという悲しい落語が戦時中はたくさん高座に上げられた。
権力の意向に沿うための落語はどんどん歪なものに変質。
「笑い」どころか、ただ単に人を傷つけるものにすら変わっていった。

当時のスローガン「産めよ殖やせよ」をテーマにつくられた「子宝部隊長」という落語では、子どもを産んでいない女性に向けられるこんなひどい台詞が登場する。

〈何が無理だ。産めよ殖やせよ、子宝部隊長だ。
国策線に順応して、人的資源を確保する。
それが吾れ吾れの急務だ。
兵隊さんになる男の子を、一日でも早く生むことが、お国の為につくす一つの仕事だとしたら、子供を産まない女なんか、意義がないぞ。
お前がどうしても男の子を産まないんなら、国策に違反するスパイ行動として、憲兵へ訴えるぞ〉
 なにも面白くない、女性を愚弄するようなこのような台詞から、いかに当時の落語がねじ曲げられてしまっていたのかということがよく分かる。

ただ、このような状況は、浪曲・漫才・講談など、庶民の人気を集める他の演芸においても同じだった。
しかし、芸人たちもただ唯々諾々とお上の言うことに従っていたわけではない。

林家彦六は著書『噺家の手帖』(一声社)のなかで、漫才師・林家染団治のこんなエピソードを紹介している。

〈すこし愉快な話をしよう。
大東亜戦争になってから国民は金銀を手放しダイヤを提供し、果ては銅像から鉄瓶までお上へ差し上げた。
その頃のこと。総理は東条英機大将だ。
首相官邸に宴会があって二、三の芸人が余興に出演した。
その中に漫才で〈ゴリラ〉の真似を得意にしている林家染団治がいた。
 やがて自分の出演順がきたので対人の芸人と二人で定めの場所へ出て一礼し漫才にとりかかると総理以下主客の居並ぶ客間の中央にテーブルが据えてあって花瓶に花が一ぱい飾ってある。
漫才を演りながら染団治がどうも彼の花瓶はメッキではなくって本物の金だナと睨んだ。
やがて漫才の喋りが終わって得意のゴリラの真似になったので『どじょうすくい』を踊りながら舞台から客席へ降りてゆき卓上の花瓶に近づいてたたいたりひっかいたり肚の中でてめえだけ金を持っていてこの罰当たりウォーッとどなった。
庶民の淡い反抗だ

 また浪曲師の広沢虎造も、愛国的内容の浪曲を演じさせられた壇上で、政府の役員を目の前に〈こういう新作台本は私は甚だ不得意で、やれといわれてもやれまへん、芸人は自分の持っている芸を大切にして、その芸でお国に御奉公すればこそ愛国であって、戦争ものを読んだからというてそれが何の愛国だっしゃろ〉と言い放ったとの逸話も残されている。

 これらのエピソードは聞いているだけで大変胸のすく思いのする話だが、これらはあくまでも「ささやかな抵抗」に過ぎず、戦時下、芸人たちは自分たちのやりたい芸をできない状況に追い込まれたのは厳然たる事実だ。

 先ほどご紹介した「はなし塚」では、今でも毎年落語芸術協会による法要が行われ、「禁演落語」を生み出してしまった苦い経験を忘れまいと落語家たちが集まっている。

しかし、爆笑問題が政治ネタの漫才をNHKに持っていったら却下されたり、SEALDsのデモに参加した石田純一が事務所や広告代理店から圧力を受けたりと、どうも時代は「禁演落語」を生み出してしまった時代に逆戻りしているような気がしてならない。

 エンタテインメントは庶民の生きる糧であり、そして、「笑い」は庶民が持ち得る権力への抵抗の武器だ。
それが奪われるような状況を再びもたらしてはならないし、権力にそのような介入を許すことも断じて認められない。

 最後に、戦時中は「仏領インドシナ二三隊」に従軍し、戦後、人間国宝にまでなった五代目柳家小さんの言葉を引いて本稿を閉じたい。

戦争は我々になんの利益ももたらしてはくれないし、何よりも、大切な「笑い」を奪うものなのだ。
〈お前らはよくテレビや映画で見ていると、戦争なんていうものは、何か勇ましいものだ、かっこいいもんだと思っているだろう。
冗談じゃねえぞ。そんなもんじゃねえ。
実際行ってごらんよ〉
そりゃ、もうむごいもんだぜ
〈だからな、これから何事かおきても日本は、戦争なんかしちゃいけねえ。
行ったおれたちが言うんだから、間違いねえよ〉
                                (井川健二)
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2015年11月03日

コラムニスト小田嶋隆氏 「言論弾圧は自主規制から始まる」

コラムニスト小田嶋隆氏
「言論弾圧は自主規制から始まる」
 2015年11月2日 日刊ゲンダイ

 反知性主義という言葉が流行している。
立憲主義を否定し、学者の声も黙殺した安倍首相に対して向けられたもので、社会学者の上野千鶴子・東大名誉教授は「立憲主義の危機だけではない。
知性の危機、学問の危機、大学の危機だ」と訴えた。

そこで話題なのが「超・反知性主義入門」(日経BP)の著者・小田嶋隆氏(58)だ。

反知性主義なのは野蛮政権のトップだけではない。
そういう政権を選んだ国民にも危険な兆候が広がりつつあるという。

――この本は小田嶋さんの連載コラムをまとめられたものですが、もうバサバサというか、日本人の反知性主義が「これでもか」と出てきますね。

生贄を求める社会、
絆思考の危うさ、
言論の自殺幇助……。

世の中、全体が思考停止というか、反知性主義に毒されたというか

 言論の自殺幇助でいえば言論弾圧って、憲兵がやってきて、言論の自由を掲げる闘士をしょっぴくみたいなイメージがあるじゃないですか。
でも、実際は違って、公安や警察が直接手を出すことなんてまずあり得ない。

戦前もそうだったけど、自主規制なんですよ。
このテーマを書くと編集長がいい顔しないよ、読者の抗議はがきが殺到するよって。
こんなふうに外側からやんわりと圧力がかかって書きにくくなる。
ある種、言論に対する民意が言論の自殺幇助になる。

――本の中には戦前の息苦しさを描いた「言論抑圧」(中公新書・将基面貴巳著)の引用が出てきます。

〈いかなる官憲も、軍人も、私自身に向かって、この原稿が悪いとか、こういうことを書くなと命じ、または話してくれたこともない。
すべてが雑誌記者もしくは新聞記者を通じての間接射撃であった〉という馬場恒吾氏の言葉です。
この間接射撃をしている主体は国民なんですね?
 戦前の言論弾圧だって、そんなことを言うのは非国民だ、お国のためにならない、許すなって、そういう民衆がたくさんいたと思うし、今がまた、同じような社会になっていると思います。

――よく安倍政権の言論弾圧が話題になるけど、それをやらせているのは、国民であると?

 ユネスコの記憶遺産に南京大虐殺が登録された時、菅官房長官は分担金を減らすことを示唆しました。
驚天動地の発言で、昔だったらクビが飛んでいると思う。
虐殺した数についての議論はあってしかるべきだが、虐殺の事実そのものを否定したり、分担金を減らしてユネスコに圧力をかけるのは別次元の話でしょう。
しかし、菅官房長官がああ言うのは、国民の方に『ユネスコはケシカラン』という応援の声があるのを感じたからだと思う。
ああいう発言ができちゃう空気が、すでに存在しているんですよ。                        

「政治家はタカをくくっているんです」

――戦前の「欲しがりません」みたいな国策標語も、むしろ民衆が率先したような気がします。  

標語にあおられて戦争が泥沼化したのではなく、民衆にこびるような標語が作られた。
順序として国民の熱狂の方が先だったように思います

――五輪招致の時も、賛成しないと「なんで水をかけるんだという空気がある」と言われてましたね。

 五輪招致に賛成ではないという国民が2、3割はいるんじゃないですか?
 でも少数派の意見は控えろみたいな。こういうのが言論の不自由の最初の兆候です。
会議は全員一致、会社は全社一丸。
これがよき社会の在り方であると。
シラけるような行動はやめなさいって。

――そういうところ、本当にありますね。

 最初は招致活動に反対だったのが、始まっちゃうと、やるんだったら勝ちたいよね、となる。招致に成功すると、決まった以上、みんなで頑張ろうねとなる。

戦争もそうなんです。
誰も戦争なんかしたくないけど、始まったら、戦争反対の声はかき消されて、国策標語の世界になる。

――危ない国民性ですね。

 だから、政治家はタカをくくっているんですよ。
反対運動が多くても断固として信念を貫き通せば、日本人の場合、賛成に転じると思っている。安保法制もそうだと思います。

――お上のやっていることだから、しょうがねえかと?

 主体性がないんです。
サラリーマンもそうです。
これはおかしいと思って会社批判をしながら、しかし、最後は社の方針だからとかいって、黙ってしまう。
理屈じゃなくて、最後は「だっておまえ、日本人だろ」「だって、同じ社員だろ」ってのが殺し文句みたいになる。

――集団になると、理性的な判断を棚上げしてしまうんですかね?

 日本人は集団になると変わってしまう
揃いのユニホームとか着ると、2割くらい下品になるじゃないですか。
祭りの法被、慰安旅行での浴衣。
そういうの着ると、途端に乱暴になったりするでしょう。
個々の日本人は普段、控えめで温かいのに、チームになると、とても残酷になったりする。
これがスポーツ観戦ならいいんです。
あれはチケット買って、選手と同じユニホームを着て、人工的な一体感を買うゲームのようなもので、2時間くらいすれば覚めるから。

しかし、この残酷さが社会の中で出てくると怖いと思う。
お国のための一体感、陶酔感で、人が変わってしまった国民が、非国民探しを始めたりするんです。

――みんなで生贄を求めるような社会風潮も気になりますね。
これも反知性主義として、ご本で取り上げられている。

 端的なのは佐野研二郎氏叩きですね。
彼の仕事の中に、若干、コピペ、パクリを疑われる事例があったことは事実ですが、膨大な仕事の中から、疑わしいものを拾い集め、叩く。
擁護すると「グルか?」となる。
この先、新しいエンブレムができても、ネット検閲のゲシュタポが出てくると思いますよ。

助け合う社会が美しいという勘違い

――お話を聞いていると、集団になると人が変わって残酷化する日本人と安倍政権の組み合わせが怖くなります。

くしくも、この政権は個を否定しようとしている。
1億総活躍とかいって、個人の利益よりも公共の利益を押し出そうとしている。
それに対して、国民は反発するかと思ったら、のほほんとしている。
 国民の側も、自分たちが独立した個であることをそんなに望んでいないじゃないですか。
歴史を振り返ってみても日本人ってそうでしょう。

――お上の言うことを聞いて、付和雷同の方が楽だから?

 戦後民主主義は人間が個人として尊重されるべきであり、それはいいことであると。
アメリカから輸入した憲法にそう書かれていて、それをうのみにして信じてきた人は多いけど、そうした考え方は、日本の伝統を分断する悪の思想だと思っている人も決して少なくないと思います。

――最近はそういう人が増えてきた。あるいは目立つようになってきた。そこに安倍政権が登場して、個よりも国家を押し出している。

 キッカケは景気が悪くなったことでしょうね。
景気がいい時は個だとか公だとか、どっちを優先すべきかなんて考えない。
どういう原則で国が動こうが、おおむねうまくいっていればOKになる。
しかし、20年、30年と不況が続くと、何がいけないんだろう? と考える。

もしかしたら個人主義が国をむしばんでいるんじゃないか。
そう思う人が出てくる。
1億総活躍という言葉は「活躍」じゃなくて、「総」に力点が置かれている。
1億人が一塊になるべきだという思想ですよね。
私は活躍も嫌だけど、1億って言葉の方がもっと嫌です。
その下にどんなすてきな言葉が入ろうが絶対に嫌ですが、そうじゃない人々が安倍さんの「日本を取り戻す」という考え方に変なところで呼応しているように感じます。

――「ALWAYS三丁目の夕日」の世界?
 みんなで助け合って頑張れば、もう一度、高度成長時代が来るって妄想?

 安倍さんは新著で、あの時代の日本は貧しかったけど人々のつながりがあったと書いていますが、この人は何も知らないなと思いました。
あの時代、貧乏だから、助け合わなければ社会が回らなかった。
相互扶助を本来の地域社会の美しい姿だというのは違いますよ。
助け合わないのが悪いんじゃなくて、困れば、みんな助け合います。
干渉しないで生きていけるようになったんだから、それはそれでいいんです。
しかし、個人の利益よりも公の助け合いを強調すれば、息苦しい社会になる。
町の治安を守るために隣組が監視するようになる。
みんなと違う意見を言う人は黙れと言われる。
そんな社会のどこがいいのかと思います。

▽おだじま・たかし 
1956年生まれ、58歳。
小石川高校から早大教育学部卒。
ネトウヨを恐れない辛口コラムニストとして大活躍中。
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2015年11月04日

赤川次郎が安倍におもねる新聞を批判

赤川次郎が安倍政権におもねる大新聞
SEALDsバッシングの「週刊新潮」
「ジャーナリズムの恥」と徹底批判
2015.11.03. LITERA(水井多賀子)

 安保法制の問題が象徴的だったように、いまや新聞メディアは、
政権の言いなりとなった読売新聞や日本経済新聞
両論併記」病を罹患した朝日新聞(詳しくは過去記事)、
ジャーナリズムを放棄したネトウヨ機関紙・産経新聞といった具合に、国民の「知る権利」さえ守ろうとしていない。
 こうした新聞メディアの体たらくに、作家からも嘆きの声が上がっている。

〈戦時下を生きた人々から「今はあのころとそっくり」との声が上がる中、私たちは戦時中の新聞、雑誌などのメディアがどんな報道をしていたか、見直すべきだ〉

 こう述べたのは、ミステリー界の大御所作家である赤川次郎氏。
赤川氏は既報の通り、「あまりにも状況がひどすぎるので、黙っていられなくなった」(小学館「すばる」8月号)といい、これまでも度々、安倍政権批判を行ってきた作家のひとり。

今回は東京新聞「新聞を読む」のコーナーに『「痛み」に寄り添う報道を』(10月25日付)という原稿を寄稿、東京新聞の紙面を取り上げながら、最近の報道の歪さを明かしている。

 まず、赤川氏が〈最近最も印象的〉だったとして紹介したのは、「そうだ難民しよう!」というコピーがついたシリア難民を中傷したヘイトイラストの一件だ。
 この卑しい差別心に満ち満ちたイラストは、はすみとしこという漫画家がFacebookに投稿し、拡散されたことで批判を浴びた。

東京新聞は名物企画「こちら特捜部」で「「人種差別」世界が非難」と題し、10月10日に大々的に報じたが、赤川氏はこの問題を強い言葉で論難する。

〈戦火に追われて故郷を捨て命がけで逃れなければならなかった人々の「痛み」を、この漫画家は全く分かっていないのだろう。
しかも他人の写真をそのままなぞってイラストを描くとは、漫画家としての矜持すら持ち合わせていないのか〉
 さらに、赤川氏が憤慨するのは、この差別イラストの問題が〈国内メディアではほとんど報道されなかった〉ことだ。

しかも、朝日新聞は赤川氏がこの原稿を寄稿した前日の24日、難民差別イラストを「差別か風刺か」とタイトルに記してピックアップ。
了見を疑うタイトルだが、こうした問題の本質を、赤川氏はこのように突いている。

今、日本のジャーナリズムは世界が日本をどう見ているか、という視点に立つことを忘れている(あるいは逃げている)。
安倍首相が国連で演説したことは伝えても、「聴衆が少なかった」(10月20日29面)ことには触れない。
ジャーナリズムの役割を放棄していると言われても仕方ない〉

 また、赤川氏は、東京新聞10月19日の第一面を紹介。それは安保法制成立から1カ月という節目にSEALDsが渋谷駅前で行った集会の写真と、米海軍のロナルド・レーガンに乗船した安倍首相の写真を並べたものだった。

〈ネットでは、戦闘機に乗り込んだ(安倍首相の)ご満悦の姿が見られた。
「戦争ごっこ」の好きな子供、という図だが、現実に傷つき死んでいく兵士の痛みには関心がなさそうだ〉

 赤川氏はつづけて、9月29日夕刊で取り上げられた、SEALDsの中心メンバーである奥田愛基氏への殺害予告問題を取り上げる。
赤川氏はこの問題を〈これこそ、安保法に賛成反対を超えて、卑屈な言論への脅迫としてあらゆるメディアが非難すべき出来事だ〉というが、こちらも〈ほとんどのメディアは沈黙したまま〉。

そして、本サイトでも既報の「週刊新潮」(新潮社)が記事にした奥田氏の父親バッシングを〈脅迫を煽っているに近い〉と批判する。
その上で、赤川氏は「週刊新潮」にこう訴えかけるのだ。

〈「週刊新潮」に言いたい。
攻撃しても自分は安全でいられる相手だけを攻撃するのはジャーナリズムの恥である。
たまには自分を危うくする覚悟で記事を書いてみてはどうだ〉

 赤川氏が危惧するのは、冒頭にも引いたように、現在の報道がまるで戦時中のように政権や政策への批判を極端に恐れているかのような空気に包まれていることである

歴史修正に加担し、違憲の法案さえ検証を怠り、戦争へひた走ろうとする政権の暴走に目をつむる。
言論統制の下、大本営発表を流しつづけた戦争責任を、メディアは忘れてしまったのか──そう誹りを受けてもおかしくはない状態だ。

 だが、そんな大メディアが魂を売った状況でも、東京新聞をはじめとしてブロック紙や地方紙は踏ん張っている。
たとえば神奈川新聞は、安倍首相が集団的自衛権の行使容認を閣議決定した2週間後から「時代の正体」と題して連載を開始。
安倍政権の背後にある日本会議にスポットを当ててメンバーにインタビューを試みるなど、さまざまな角度から政権の問題点と戦後70年を掘り下げた。
 しかし、この連載には大きな反響が寄せられる一方、「記事が偏っている」という批判も受けてきた。
そうした意見に、神奈川新聞の論説委員である石橋学氏は、10月16日付の紙面で〈私たちはいま、権力の暴走を目の前で見せつけられるという歴史的瞬間のただ中にある〉と書きつつ、こう返答している。

 〈民主主義の要諦は多様性にある。
一人一人、望むままの生き方が保障されるには、それぞれが違っていてよい、違っているからこそよいという価値観が保たれていなければならない。
それにはまず自らが多様なうちの一人でいることだ。
 だから空気など読まない。
忖度しない。
おもねらない。
孤立を恐れず、むしろ誇る。

偏っているという批判に「ええ、偏っていますが、何か」と答える。
そして、私が偏っていることが結果的に、あなたが誰かを偏っていると批判する権利を守ることになるんですよ、と言い添える。
 ほかの誰のものでもない自らの言葉で絶えず論を興し、そうして民主主義を体現する存在として新聞はありたい

 批判を恐れる大メディアに読んで聞かせてやりたい言葉だが、彼らがこうしたプライドを失ったいま、市民ができることはただひとつだ。

赤川氏のエッセイ集『三毛猫ホームズの遠眼鏡』(岩波書店)から、最後にこんな言葉を紹介しておきたい。
政権への冷静な批判を今のジャーナリズムに期待できない以上、私たち一人一人が、「戦争をしない」という意志を強く持つしかない
           (水井多賀子)
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2015年11月05日

今冬は「新型ノロウイルス」大流行の恐れ、感染から身を守るにはどうすればいいか

今冬は「新型ノロウイルス」大流行の恐れ 
感染から身を守るにはどうすればいいか
2015/11/ 4 17:30 J-CASTニュース

毎年11月ごろから流行が本格化するノロウイルス。
2015年冬は「新型」ウイルスが流行の兆しを見せている。
各種メディアの報道によれば「新しいウイルスには免疫を持つ人が少ない」として、感染拡大が懸念されている。

ノロウイルス対策には「手をよくこすり、汚れを洗い流すことが大切」という これから半年近く「特別な警戒」が必要

ノロウイルスによる食中毒は一年中発生しているが、11月ごろから患者数が急増し、流行は春先まで続く。
これから半年近く「特別な警戒」が必要ということになる。
とくに今シーズンは新型ノロウイルスの発生により、大きな流行になるのではないかとの懸念が広がっている。
NHKが報じたところによると、今年9月以降に国内で発生したノロウイルスの集団感染は、ほとんどが遺伝子の変異した新型ウイルスによるものだったことがわかり、厚生労働省は注意を呼び掛けている。

ノロウイルスは主に手指や食品などを介して経口感染し、おう吐や下痢、腹痛などを引き起こす。
健康な人は1〜2日で軽快することがほとんどだが、抵抗力の弱い乳幼児や高齢者などでは、脱水症状を起こしたり、吐しゃ物をのどに詰まらせたりして死亡するケースもある。

メディアで「新型、新型」と報道されているので、従来のノロウイルスより強力なのではないか、子どもが感染して重症化したら......などと悪い想像をしてしまう。
「新型」は従来のノロウイルスと比べて何が違うのか、注意すべき点について、
アンチエイジング医師団のメンバーで、感染症内科専門の岩田健太郎医師に聞いた。

“「新しいタイプのウイルスが見つかったのは事実ですが、現段階で従来のものより毒性が強いという根拠は強くありません。

『過去に免疫がないから』という話もありますが、そもそもノロウイルス感染症には免疫が成立しにくく、何度でも再感染します。
基本的には感染経路や症状、対処法が変わるわけではないので『新型』という言葉に惑わされず、従来通りの対策をきちんととるのが肝心です」
「新型」だからといって、特別な違いがあるわけではないようだ。

ノロウイルスは感染力が強く、ウイルス粒子10〜100個で感染・発病する。
急性期の患者の便には1グラム中に1億個、吐物には100万個のウイルスが存在するというから、ほんの少し触れただけでも感染する確率は高い。

服や敷物に付着することもある。
目に見えないウイルスから身を守るには、どうすればよいのだろうか。

アルコール消毒は効かない

インフルエンザなどと異なり、ノロウイルスにはワクチンがない。
予防の基本は、入念な手洗いと調理の際の加熱の徹底だ。

岩田氏は「ノロウイルスには一般的な消毒薬が効かないのが特徴です。
手洗いによく使われる石けんやアルコール製剤には効果がありません。
手をよくこすり、汚れを洗い流すことが大切です」と言う。

予防のための手洗いの方法が厚労省のウェブサイト「ノロウイルスQ&A」で紹介されている。

ポイントは、指輪等をはずし、石けんを十分泡立て、ブラシなどを使用して手指を洗浄する、
温水による流水で十分にすすぎ、
清潔なタオルで拭く、消毒用エタノールは手洗いの代用にはならない、の3点だ。


食品の加熱と調理器具の殺菌も忘れてはならない
カキなどの二枚貝は、中心部が85〜90度で90秒以上加熱することが望ましい。
また、生の貝を調理した後のまな板や包丁からサラダ用の生野菜にウイルスが付着することもある。
調理器具の殺菌には、ハイターやブリーチなど市販の家庭用塩素系漂白剤(次亜鉛酸ナトリウム)が有効だ。
これらは床やトイレの便座、ドアノブなどの消毒にも使える。

しかし、いくら家庭で注意していても、運悪く感染してしまうこともある。
昨年1月に静岡県内の小学校で食パンの検品の際にウイルスが付着し、集団感染が発生した事件は記憶に新しい。
また、2006年には都内のホテルでじゅうたんに付着した吐物から、人が歩くたびにノロウイルスが空気中に拡散し、感染が広がった例もある。

ノロウイルスによる食中毒の原因施設別の発生件数(厚労省)を見ると、飲食店が68%ともっとも多く、次いで旅館が12%で、この2つだけで全体の8割を占める。

食品を扱う業者や多くの人が宿泊する施設の関係者は、用心の上に用心を重ねて衛生管理を徹底してほしいものだ。

現在、ノロウイルスに対する抗ウイルス剤はないので、感染した場合は安静にして、水分と栄養補給を十分に行い、回復を待つほかない。
予防策には限界があるうえ、治療法もないとなると不安だ。

「ただ、ノロウイルスはエボラ出血熱や天然痘と違い、多くの場合は自然に治るものですから、極端に恐れる必要はありません」と岩田氏は言う。
感染してしまったら冷静に受け止め(苦しくて冷静になどしていられないかもしれないが)、周囲に感染を広げないよう、自宅でゆっくり静養しよう。
[監修/岩田健太郎 神戸大学感染症内科診療科長・国際診療部長]

アンチエイジング医師団
「アンチエイジングに関する正確で、最新かつ有効な情報」を紹介・発信するためにアンチエイジング医学/医療の第一線に携わるドクターたちが結成。
放送・出版などの媒体や講演会・イベント等を通じて、世の中に安全で正しいアンチエイジング情報を伝え、真の健康長寿に向き合っていく。
2015年4月1日から医療・健康・美容に関する情報サイト「エイジングスタイル(http://www.agingstyle.com/)」の運営も開始。
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2015年11月06日

ちばてつや「安保法制に不安」

「安保法制は非常に不安」発言も!
『あしたのジョー』のマンガ家ちばてつや
語る壮絶な戦争体験と反戦への思い
2015.11.05.LITERA(新田樹)

 本サイトでもたびたび報じているが、安保法制が国民の大多数が反対するなか強行採決されてしまった後も、桂歌丸瀬戸内寂聴など、多くの文化人が引き続き戦争へと向かいつつあるこの国を憂慮する声をあげつづけている。

特に、実際に先の戦争を体験した方々は、自らのトラウマをえぐり出してでも、再び聞こえつつある軍靴の音に対し反対の声をあげている。

 そんななか、『あしたのジョー』などで知られる漫画界の重鎮・ちばてつやも安保法制に対し言葉を紡いだ。
それは、10月24日にゲスト出演した『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(TBSラジオ)での発言である。

〈非常に私は不安に感じてますね。
そっちの方向に行っていいのかな? 
そっちの方向に行かない方がいいんじゃないのかな? 
日本はもっと良い方向がある。
戦争をしない国っていうふうにみんなが認め始めてるんでしょ。
日本には憲法があるんだから、絶対戦争できないんだよあの国は。

戦争をしない代わりに、色んなところでね、橋つくったり、井戸を掘ったり、そういうことで困った人に薬をつくってね、この間もノーベル賞でいい仕事しましたよね。
そういうことで世界中の人に、みんなから尊敬される国になったらいいのに、怖がられる国になりたいのかな?

もう少しくらい経済経済っていうけど
慎ましくていいから、あの国はみんなから愛されるいい国だよ、
あの国は滅ぼしちゃいけないよって言われるような国になって欲しいなと私は思うんですよね。それは難しいんでしょうけど、今はそうなりつつあるのに、もったいないな、せっかくいい方向に行きかけてたのにということは、ちょっと私は感じますけれども〉

 ちばてつやがこのような発言をせずにはいられなかった背景には、彼の壮絶な戦争体験がある。
 ちばは、6歳のとき、満州の奉天で終戦を迎えた。
ひどい空襲などにもさらされず、それまで、日本とアメリカが戦争をしていることすら知らなかったというほど牧歌的だったちば少年の生活は、終戦の時期を境に一変。
父・母・3人の弟とともに1年にもおよぶ壮絶な引き揚げ体験を経験するのである。

その時期のことを彼は『ちばてつやが語る「ちばてつや」』(集英社)のなかでこのように語っている。
〈六歳だった私は、終戦の意味もわからず、弟三人と一緒に、両親の決死の逃避行についていくばかりだった。
幼いながら、一歩間違えば死んでしまう、殺されてしまうという危険な状況にいることだけは、本能で理解していたように思う。
今思えば、家族が誰一人欠けることなく帰国できたのは、奇跡に近い〉

 そして、この満州からの引き揚げ体験は、ちばてつやの「漫画家」としての根幹をつくっているという。
〈この時生きて日本に帰れたからこそ私の漫画家人生もあるのだが、漫画家となった私の意識の底には、常にこの時の体験が潜んでいる〉(前掲書より)

 幼きちば少年がくぐり抜けた満州引き揚げ体験とはいかなるものだったのか?
 前掲の『ちばてつやが語る「ちばてつや」』では、このように綴られている。

〈戦争とは無縁と思われた私たちの住環境は、終戦に近づくに連れ、次第に不穏な雰囲気に包まれていった。
何より私たちを見る中国の人々の視線が、どんどん厳しくなっていった。
それまでは「日本人のお子様」という感じで見ていたのが、「日本鬼子のガキ」という感じに変わっていた。
「日本はいよいよ負けそうだ」という情報が中国人の間にも広まっていたので、「今に見ろよ」と自分たちを支配していた日本人への憎しみが一気に加速していたのだと思う。
 そして終戦の日の八月十五日を境に、日本人と中国人の立場は逆転した、中国人は日本人とわかると石をぶつけたり、見境なく襲撃しては物を盗ったりするようになった〉

〈このまま社宅にいては危険だというので、冬になってから私たち一家はそこから避難し、同じ印刷会社の社員どうし、家族で固まって各地を転々と逃げ回ることになる。
そのころすでに蒋介石の国民党軍と毛沢東の八路軍の間で内戦が始まっていて、昼間の移動は危険だった。
そのため昼は学校の校舎や工場の倉庫に隠れ、夜陰に乗じて移動した〉

 終戦後、ちば一家はこのような逃避行を続けるわけだが、冬の奉天は零下20℃ほどになる厳しい寒さに加え、ほとんど食べるものもない環境。
一緒になって逃げ回った仲間のなかには、道半ばで倒れる者もたくさんおり、彼は子どもながらたくさんの「死」を見つめてきた。

前述のラジオでちばてつやはこう語る。
〈ああ、人間ってすぐ死ぬんだなってことは思いましたね。
昨日まで一緒に遊んでた子が次の日にもう息してないんですよね、冷たくなってる。
あんな元気だった子が、死んでる。
それから一生懸命こう元気にこう、みんなを叱咤激励して引き連れてたおじいちゃんが冷たくなってる。
簡単に人間は死ぬってことを、その時は刷り込まれたっていうか、だから私のキャラクターはすぐ死んでしまうっていうことが、私の感覚なんですよね。
そう言いながらしぶといんですよ、私みたいに何日も食べない子供たちもいるのに、生き残って日本に帰ってきた人もいるし、あんなに元気だったのに、ころっと死んでる人も見たし、死んでる人たちを跨いで乗り越えて帰ってきたという現実もあったし、引き揚げの一年間の体験っていうのは、私の人間形成において、大事な色んなことが刷り込まれたのかなと感じますけどね〉  

しかし、そんな暗黒の引き揚げ生活のなかにも、ひとつだけ、ちばてつやの未来を明るく照らす灯火があった。
〈逃避行が続く中、私たち一家は中国人の徐集川さんと再会した。
徐さんは父の会社の部下だった人で、父とも親しく、私たち兄弟のこともかわいがってくれていた。
徐さんは見つかれば自らも危険なことを覚悟で、「ここにいたら凍え死んでしまう」と、私たち一家を、中国人街にある自宅の屋根裏にかくまってくれたのだった〉(前掲書より)

 こうして、ひとまず身の安全を確保した屋根裏生活は、冬が過ぎるまでの間数週間続く。
そして、この屋根裏生活での体験が、後の漫画家・ちばてつやをつくる礎となったという。

〈その屋根裏では、寒かったですけども、母親が一生懸命本を読んでくれたり、それから、一生懸命つくり話をしたり、してくれたんですけども、尽きちゃったもんだから、私に今度絵を描いてあげなさいとか、弟たちは小さいですから、私が六歳ですから長男の。
下が4歳の、2歳の、それから産まれて何ヵ月っていう。
それがすぐに泣くんですよね、外へ出たがって。
狭いところにいるから。

そういうところで弟たちのために、まあ、昔は漫画は知らないから、ただ絵を描いているだけなんだけど、その絵の説明をすると、弟たちがもうワクワクするわけね、目を輝かして。この人はどこへ行くの、とか、この馬はどこへ行くのっていうようなことを聞くわけ。
すると一生懸命考えて、そうなるんだろうってことを、ストーリーをつくっているようなものですよね、つくりながらお話して、そういうことがね、私が漫画家になるための原点、その時は気がつかなかったけど、とても大事な時間だったのかなというように思いますけども〉(前掲ラジオ番組より)

 この時の体験は、前掲の『ちばてつやが語る「ちばてつや」』でも、以下のように綴られている。
〈私がそれまでに読んだ童話や昔話を混ぜこぜにして考えただけの話なのだが、絵にして見せると弟たちがわっと喜ぶ。
そのわくわくする様子を見て、子供ながらに「描いてよかった」と満足感を感じたのだ。
思えば「自分が作った絵と話で人を喜ばせることができる」と読者を意識したのは、この時が最初だったように思う〉

 前述した通り、徐さんの力添えもあり、その後、ちば一家は誰ひとり欠けることなく、無事に日本に帰ってこられた。
しかし、それはもう「死」と隣り合わせの、ギリギリの状態だったようだ。

〈引揚船に乗ったからといって、安心はできなかった。
相変わらず乏しい食糧事情の中、私の弟たちはあばら骨が浮いてお腹が異常に膨らんでいるような栄養状態だった。
遊び仲間の子はそこで力尽きて亡くなり、出航したその船から水葬に付された。
昨日まで一緒に船の中を遊び回っていたのに、今日はもういない。
「どうしていないの?」と母に尋ねると、「あの子は死んだのよ。かわいそうに……」と赤い目をして涙ぐんでいた〉(前掲書より)

 この時の壮絶な体験は後に『家路』という作品に描かれたり、同じく満州引き揚げ体験をもつ赤塚不二夫や森田拳次らとともに『ボクの満州』(亜紀書房)という一冊を上梓したりと、ちばは自らの心の傷をえぐり出してでも、日本人が絶対に忘れてはならない悲惨な戦争体験を伝え続けていくことになる。

それは、戦争というものが本当に愚かなもので、人間が誰しも持つ「闇」「鬼」の面を否応なく引きずりだしてしまう醜いものだからだ

戦後70年、せっかく平和の時を築いてきたのにも関わらず、それをこんな簡単に壊してしまっていいものだろうか?
 「戦争なんて怖くない」とのたまう人々は、実際に戦争で地獄を見たちばてつやの以下の言葉を読んで、それでも本当に戦争は愚かではないものなのか、怖くはないものなかのかどうか、もう一度よく考えてみてほしい。

昨日まで仲の良かった隣人が、ある日を境に「鬼」になる。
そんな状況をつくりだすのが「戦争」なのだ。

〈あんなに優しそうな人が、もうおなかがすいてしまう、もしくは自分の家族を守るためということになると鬼になってしまう、というようなことを何度か見てるんで。
逆に鬼みたいな人も優しいところがあったりね。
だから人間ってね、ちょっとしたことでね、がらっと(変わる)。
だから色んな要素があるんですね、悪い部分、悪魔的な要素も、天使的な要素も、悪魔みたいなところも、みんな持ってる。
でも、その人がどういう生き方をしてるか、環境によって神様みたいな人になったり、悪魔みたいになってしまったり、鬼になってしまったり、そういうようなことってよくある〉(前掲ラジオ番組より)
                               (新田 樹)
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2015年11月07日

赤字のフジ 腐敗と失笑の秘策

赤字転落のフジテレビ
叫ばれる「上層部」の腐敗と、
「制作陣」の“秘策”に失笑の嵐
2015.11.05 木 日刊サイゾー

 かつての「テレビの顔」もここまで落ちたかと驚くが、ネット上の反応からは、フジテレビを見ている人が本当に少ないのだと実感させられるばかりである。

 フジテレビなどを傘下に持つフジ・メディア・ホールディングスが10月30日、16年3月期第2四半期の決算を発表したが、フジテレビ単体では、営業利益、経常利益、そして当期純利益と全てマイナス、初の赤字を計上してしまった。

 以前より「冬のボーナスが3割カットされるんじゃないか」
「女子アナがみんな辞める」など、不穏なウワサが社内で叫ばれていたというフジテレビだが、もはや単なる憶測では済まされない状況だ。

不動産事業部門が好調で連結では黒字だそうだが、“本職”であるテレビ番組がコケまくりで視聴率確保が全くできていない現状では、先行きは極めて暗いだろう。

「社内の雰囲気は今、最悪に近い状況だそうです。
テレビ局といえば就職先のランキングでも常に上位で、収入も一般サラリーマンと比較してかなりの高額。
社員の誰もが“不沈艦”だと考えていたでしょうから、ショックは大きいですね。
本当に給与カットが起こっても世間的には恵まれているほうでしょうが、社員の不満は爆発寸前だそうです。

ネット上では『番組つまらないんだから当然』『無能なんだね』など、社員に同情するような声はほとんどありませんけど(笑)」(芸能記者)
ネットには「フジと聞くだけで嫌悪感」という声もあるが、特に批判されているのはテレビ界の重鎮・日枝久会長と、現社長の亀山千広社長の“無能ぶり”についてだ。

亀山社長がこだわった夏のイベント「お台場夢大陸」は10億円近い赤字を出し、
日枝久会長は既得権をむさぼり食うだけで組織の停滞を招いているとのこと。
彼らに“ゴマ”をすれる人間だけが出世する環境とのことで、それでは社員のモチベーションも下がる一方だろう。

 ただ、実際の現場、制作陣にも問題がないとはいえない。
視聴率回復を狙った“秘策”の情報が出回ったが、これが本当ならあまりにも「短絡的」といわざるを得ない。
「2014年夏にヒットした、上戸彩主演の“不倫ドラマ”『昼顔』の続編を制作するという話があります。
上戸は出産したばかりで出演はできないそうですが、代わりに結婚したばかりの堀北真希や広末涼子の名前を挙げているのだとか。
他にも沢村一樹、山田孝之など有名どころがズラリですが……。

確かに『昼顔』は当時ヒットしましたが、『無駄な事を……』『不倫ネタいらない』など、歓迎する声は極めて少数です。
経営陣も制作陣も“末期症状”のフジテレビ
他局には置いていかれる一方ですね」(同)

 好調の日本テレビは、日曜は『笑点』から家族向きのバラエティを並べ、土曜は『マツコ会議』から『有吉反省会』、『Going! Sports&News』と老若男女を問わない絶妙な編成で視聴者をつかんでいるが、

フジの深夜は、過去に『すぽると!』からいきなりジャニーズ番組という例があるなどチグハグ。
単なる番組順にも大きな差が見えてしまう。

 今や、まともな編成ができるほど価値のある番組が揃っているのかも疑問なフジテレビ。
社内の腐敗と支持の下降の中、復活するのは極めて厳しい状況といわざるを得ない。
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リゾートに泊まり沖縄県民いじめ 警視庁機動隊の歪んだ正義

リゾートに泊まり沖縄県民いじめ
警視庁機動隊の歪んだ正義
2015年11月6日 日刊ゲンダイ

「平成の砂川闘争」の様相を呈してきた。

 沖縄の米軍普天間基地の名護市辺野古沖への移設工事をめぐる「県民VS警察」の激突。
1週間ほど前までは「にらみ合い状態」が続いていたが、沖縄防衛局が先月下旬に「工事着工」の強硬手段に出て以降、様子は一変。

対立激化で県民にケガ人が相次ぐ異常事態になりつつある。
とりわけ、地元住民の反感を買っているのが、辺野古に派遣された「警視庁機動隊」だ。

「東京へ帰れ!」。怒声が飛ぶ米軍キャンプ・シュワブゲート前。
座り込みで抗議を続ける県民の前に立ちはだかるのが4日から現場に派遣された「警視庁機動隊」のメンメン。
ゲート前で沖縄県警以外の警察が直接、住民と対峙するのは極めて異例だ。

「派遣されている機動隊の車両は多摩ナンバーだから、おそらく第4機動隊
1950年代、在日米軍立川飛行場の工事に反対する住民を鬼神のごとく封じ込めたとして『鬼の4機』と呼ばれた部隊です。
その精鋭部隊が、自分たちよりはるかに小さい体のお年寄りや女性と小競り合いを繰り広げている。

しょっちゅう、救急車が出動していますよ」(地元で抗議活動を続けるNGO)

 警視庁によると、機動隊は「沖縄県警の援助要請により、派遣されています」と説明するが、抗議住民はヤクザやテロ組織じゃない。
何も天下の警視庁機動隊がシャシャリ出ていく必要はないだろう。
その上、地元住民を激怒させているのが、機動隊員の宿泊先だ。
宿泊しているのは、名護市内にある1部屋1泊5万円前後の高級リゾートホテル。
オフシーズンだから、さすがにそこまで高くはないが、住民たちは『リゾート気分で俺たちを締め上げに来ているのか』とカンカンなのです」(辺野古住民)

 本紙がこのホテルに機動隊宿泊の事実を確認すると、宿泊は認めたものの、人数や滞在予定日数は「お客さまの個人情報なのでお答えできません」と回答した。
 派遣された機動隊員は100〜200人というから、1泊で数百万円のカネが出ていく計算だ。
これぞ税金のムダ遣いというものだ。

沖縄県議の具志堅徹氏がこう言う。
「機動隊員はまるで訓練されたロボットのよう。
暴れるのを楽しんでいるようにさえ見えます。
しかし、私たちは隊員を敵視してはいません。
狂った首相や大臣の命令で動いていると思うからです。
こういうやり方は長く続かないと思います」

 戦争が大好きな独裁者のためか、ふつうの幸せを願う国民のためか。
機動隊員は警察官になった動機をよ〜く思い出した方がいい。
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2015年11月08日

税の無駄遣い 増税ばかり言う前に

税の無駄遣い 
増税ばかり言う前に
2015年11月7日 東京新聞「社説」

 こんな税金の使われ方なのに、さらなる増税など納得できない。

会計検査院がまとめた国の二〇一四年度決算検査報告に国民が感じるのは怒りだ。
 無駄遣いや不適切な会計処理など税金の使い方に問題があると指摘したのは、五百七十件、約千五百六十八億円に上った。
しかし、これは「氷山の一角」である。
会計検査院が対象とする国の省庁や、政府出資が二分の一を超える特殊法人などのうち、検査院が実地で検査できたのは主要な官庁でも半数に満たないからだ。

◆毎度の検査院報告  

毎年のことだが、無駄遣いのお粗末さや、官僚の無責任さに驚かされる。

 例えば、経済産業省や厚生労働省など八省庁は、外部に公開しているホームページ(HP)などに、メーカーのサポート期間が終了したソフトウエアをそのまま使い続けていた。
通常ならソフトのセキュリティー上の欠陥が見つかると、メーカーが修正プログラムを提供してくる。
しかしサポート期間終了後は、欠陥があっても修正されない状態で、サイバー攻撃などで重大な影響が出る恐れがあった。

 各省庁の担当者は、サポート終了の情報を知らなかったり、ソフトの情報を記した書類が未整備だった。
外部業者の指摘などで事態を把握したが、約二年間もサポート切れの状態もあったという。
年金情報がサイバーメールで外部流出する事件があったが、起こるべくして起きたのが実態ではないか。
 莫大(ばくだい)な国費が投じられてきた東日本大震災の復興事業では、自治体に交付した資金のうち約二十九億円が過大と指摘された。
見込み額で算定して適切に精算していなかったほか、対象事業以外の計上もあった。

◆法で縛るしかない

 財源は二十五年間に及ぶ所得税の特別増税など国民の長期の負担で賄う貴重なものだ。
復興の名を借りて被災地以外の無関係な事業に予算を使う流用が厳しい批判を浴びたが、これも納税者の思いを裏切る「流用」である。

 こうした不適切な税の使われ方に共通するのは、国や自治体職員の甘い意識である。
国民が納めた貴重な税金を預かることの責任感や使命感が極めて薄いのではないか。
増税や社会保険料引き上げなど国民は負担増ばかり強いられているが、その思いを十分に理解しているのであれば、無駄遣いもずさんな経理の処理もできるはずはない。

 しかし、民間と違ってコスト意識が欠如している官僚は、予算獲得こそが省益であり、本来目指すべきはずの効率性や経済性とは真逆の「量の拡大」確保に血道を上げる。
チェックするはずの国会も監視が緩い。

 会計検査院は、主に国の決算を検査して無駄遣いをあぶり出し、再発防止に力を入れる。
国民の関心が高いテーマに切り込むので納税者意識を高めるのにも貢献している。
だが、完全な独立機関といいながら、予算は財務省が握る。
むしろ諸外国のように国会の機関とした方が機動的になるとの指摘もある。
もちろん会計検査院だけで日本の財政が抱える根深い問題を正すことはできない。

 予算段階から無駄をあぶり出す必要があるとして、事業仕分けや行政レビューといった試みも続いてきた。
当初予算では無駄と判断された事業が補正予算で「復活」するなど結局、決め手にはなっていない。

 財政再建が困難なのは、究極的には政治家が自らを律する問題だからである
では、どうするか。
財政危機に直面し再建に成功した国では、中期的に予算削減の拘束力を持つ制度改革や法制度をつくったり、独立した財政機関を設け、厳密な成長見通しを策定したりしてきた。

 橋本(龍太郎)政権時に財政構造改革法が制定されたことがある。
景気低迷で頓挫したが、それを轍(てつ)にして財政の原則を定める財政責任法といった法制度を再度つくるべきだ。

◆ルール欠かせない

 財政規律が緩むのは、安倍政権のように楽観的な成長見通しを立てることが典型だ。
さらにシーリングなど予算要求の上限を設定するといったルールが欠かせないが、現政権には、そんなルールや原則もない。
 国の借金は一千兆円をとうに超え、先進国で最悪の状態にある
財政立て直しには消費税増税が避けられないというが、こんなあきれる税金の使い方では到底納得できるものではない。
 負担増を求める前に、やるべきことがあるはずだ。
徹底した無駄の排除と、民間のように最小限の支出で最大限の効果を生むような血のにじむような努力である。
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2015年11月09日

もんじゅで勧告 運営者交代より廃炉だ

もんじゅで勧告
 運営者交代より廃炉だ
毎日新聞「社説」 2015年11月05日

 多数の点検漏れなど不祥事が相次ぐ高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)について、原子力規制委員会は、運営主体である日本原子力研究開発機構の「退場」を求める勧告を出すことを決めた。
勧告は規制委設置法に基づき、原子力機構を監督する馳浩文部科学相に出される。
  文科相が半年以内に新たな運営主体を示せなければ、廃炉も含めてもんじゅのあり方を抜本的に見直すことを、あわせて求める方針だ。

 もんじゅは1995年のナトリウム漏れ事故以来、ほとんど稼働していない。
この間、原子力機構や文科省は組織改革や安全管理体制の見直しに取り組んだが、不祥事は後を絶たなかった。
このような事業者に、もんじゅの運転を託すことはできないとする規制委の判断は当然だ。

 政府は、使用済み核燃料を再処理し、抽出したプルトニウムを燃料として使う核燃料サイクルの推進を掲げる。
高速増殖炉はその要の施設で、文科省は民間や海外との連携も視野にもんじゅ存続を図る考えだ。
 しかし、高速増殖炉は技術的にもコスト的にも課題がある。

 もんじゅは、空気や水に触れると燃える液体ナトリウムを冷却材として使う。
水で冷却する通常の原発に比べ、高度な技術が求められる。
これまでに1兆円以上の国費が投入され、維持費などで年間約200億円かかっている。
それでも実用化のめどは立っていない。
いまや施設の老朽化が心配されている。

 運営主体の変更で、こうした根本的な問題が解決するとは思えない。
政府には、もんじゅの廃炉に踏み切ることを改めて求めたい

 もんじゅを巡っては、2012年11月に約1万点に及ぶ機器の点検漏れが発覚し、規制委は13年5月、事実上の運転禁止命令を出した。
その後も新たな点検漏れなどの不備が次々に発覚したことが、今回の勧告の直接のきっかけとなった。
 勧告はあくまでも原子力施設の安全上の問題に対するものだが、もんじゅのあり方の見直しは、核燃料サイクルの行方に直結する。

 もんじゅと並ぶ核燃料サイクルの要である再処理工場も、稼働の時期が見通せない。
日本原燃が青森県六ケ所村に建設中だが、相次ぐトラブルや規制委の安全審査で完成時期の延期が続く。
建設費用は当初の7600億円から3倍に膨れあがった。

 たとえ稼働したとしても、高速増殖炉が頓挫したままでは抽出したプルトニウムの行き場に困る。
通常の原発でプルトニウムを燃やすプルサーマルも簡単には進まない。

 核燃料サイクルの行き詰まりは明らかであり、政府は今こそ幕引きに向けた検討を始めるべきだ。
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松坂、指原が安保法制廃止すべき

フジの生放送で
松坂桃李、指原莉乃、長嶋一茂が
「安保法制は廃止すべき」、
視聴者調査でも66%が廃止に賛成
2015.11.09.LITERA(水井多賀子 )

 安保法成立から2カ月、「安保法は廃止すべき」と考える国民は約66%。
しかも、あの人気アイドルや若手俳優もNOと答えた──。

 こんな結果が叩き出されたのは、昨日フジテレビで3時間にわたって生放送された『日本のダイモンダイ』でのこと。
視聴者にデジタルテレビのdボタンで「AかB」の二択で民意を問い、“日本の本音”を明らかにするという視聴者参加型バラエティ番組で、司会は爆笑問題の太田光と田中みな実、
スタジオには自民党の片山さつきや民主党の菅直人をはじめ、松坂桃李や指原莉乃、SEALDsメンバーの諏訪原健氏などという幅広いゲストが集まっていた。

 そんななかで行われたのが、冒頭で紹介した安保法制に関する質問。
「安全保障関連法が成立して、まもなく2カ月/A・この国際情勢では、成立して良かった。B・廃止すべき。」というものだった。


 単純に賛否を問わずに「この国際情勢では成立して良かった」と賛成側に回答を誘導している点が、いかにも安倍チャンネル化しているフジテレビらしいやり口だが、それでも視聴者約24万人(この質問の投票締切30秒前の時点で23万7220人)のジャッジは、65.7%もの人が「廃止すべき」、賛成は34.3%にとどまった。

これは9月の安保法制国会採決後に産経新聞とFNNが合同で行った世論調査(安保関連法成立を評価するか、評価しないか)の「評価しない」と答えた56.7%を上回る数字だ。

 しかも、スタジオゲストの投票でも「廃止派」が圧倒的だった。
ゲストがどっちを選ぶかは視聴者の投票中に発表されたが、菅や諏訪原氏が安保法に反対なのは当然のこととして、爆笑問題・田中裕二小島慶子、長嶋一茂も「安保法は廃止すべき」と回答。
さらに驚かされたのは、なんとイケメン人気俳優の松坂桃李に、日頃バラエティ番組では場の空気を読みがちなハライチの澤部佑、そして安倍首相とベッタリの秋元康にプロデュースされている指原莉乃までもが「廃止すべき」としたことだ。

 安保法制の議論では、吉永小百合や渡辺謙、笑福亭鶴瓶、大竹しのぶ、坂上忍、石田純一らが反対の声を挙げ、ラジオやSNSでは土田晃之SHELLYらも安保法制を批判していた。

だが、法案成立後とはいえ、ゴールデンタイムの全国生放送で、まさか松坂や指原、澤部といったテレビの第一線で活躍中の、しかも人気商売である若手芸能人たちまでもが堂々と「廃止すべき」と表明するとは……。
世論と同様に、芸能界の安保反対派は意外と多いのではないか、と感じさせる結果だった。

 このように11名のゲストのうち、よもや8名が安保に反対するなか、逆に「成立して良かった」と答えたのは、片山と、中3で起業した“女子高生社長”の椎木里佳氏、俳優の古田新太の3名のみ。
前者2名はともかく、演劇人の多くが安保反対を訴えていたことを考えると、古田が賛成としたのはちょっと意外でもあった。

 一方、反対派として意外だったのは長嶋一茂だ。
一茂は強い口調で「当然、廃止ですよ」と主張したうえ、こんな的を射た解説までしていた。

「(反対なのは)日本が主体的に決めたことじゃないからです」
「アメリカのジャパンハンドラーが進める法案だから。安倍さんが決めてることじゃない」
「日本にメリットがない。あるとすればアメリカを怒らせなかったことだけ」

 すかさず片山さつきが「南シナをめぐる状況もいろいろ出てきてるし、ISILはISILでテロでねえ、ロシアの航空機爆破とかいう話もある」とお得意の脅威論を振りかざしたが、他方、SEALDsの諏訪原氏は「いまのままで抑止力がないのか、きちんと見る必要がある」と話し、憲法を無視して押し通すことは何でもありの状態なのでは?と指摘した。

 このような議論の後に、前述した反対意見が過半数を超える視聴者投票の結果が発表されると、当然、Twitter上は大荒れ。
「フジがまた偏向番組」
「反対派のプロパガンダだ!」と賛成派が怒りを剥き出しにしていたが、とてもじゃないが“あの”フジテレビにそんな気があったとは思えない。

思うにスタッフは「2カ月も経っているし、賛成と反対は五分五分か賛成が上回るのでは?」くらいにしか考えていなかったのではないだろうか。そうやって視聴者をナメてかかったら、まさかの結果が出てしまった……と考えるほうが自然だ。

 しかも、安保法のみならず、「東京オリンピック・パラリンピックは/A・お金はかかっても、最高のものにして欲しい。B・出来る限り、節約して欲しい。」という質問でも、視聴者投票は「お金かけてもいい」が28.9%に対し、「節約して欲しい」が71.1%で上った(ちなみにスタジオゲストは「お金かけていい」派が田中、古田、松坂、指原の4名、「節約」派が菅、小島、長嶋、澤部、椎木、諏訪原の6名。片山は回答せず)。

 さらに、「マイナンバー/A・色々便利になりそうで、賛成。B・なんだか怖い。」という質問では、「賛成」はたったの10%、「怖い」が90%という圧倒的な数字となった(ゲストは片山、菅、小島、古田の4名が「賛成」、「怖い」としたのは田中、長嶋、松坂、指原、澤部、椎木、諏訪原の7名)。

安保法の廃止だけでなく、東京オリンピック・パラリンピックの予算問題やマイナンバーという安倍政権の政策がことごとく否定された、この視聴者投票。まさに“日本の本音”を可視化した、当然の結果といえよう。
  もっとも、残念だったのは、安保法を廃止すべきと回答した松坂や指原、澤部、田中裕二、小島といった芸能人の反対理由が一切、語られなかった点だ。

司会の太田も田中みな実も、長嶋を除く芸能人には話を振らなかったことを考えると、もしかすると芸能人ゲストには賛成でも反対でも話をさせないという取り決めでもあったのかもしれない。
それでも、反体制的な意見を表明すること自体がタブー化している芸能界にあって、安保法は廃止すべきという自らの考えを明らかにした松坂や指原らの勇気は買いたいものだ。
        (水井多賀子)
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2015年11月10日

吉田照美氏「常識を判断する尺度が安倍政権に壊されている」

吉田照美氏
「常識を判断する尺度が
  安倍政権に壊されている」
   2015年11月9日 日刊ゲンダイ

「1億総」はひどく嫌なセンス

 3.11を契機に腹をくくったというフリーアナウンサーの吉田照美氏。
原発事故直後、大手メディアが正しい情報を伝えているとは思えない状況にイラ立ちを覚える中、「自分にウソをつきたくない」と。
以来、時の権力や時代の風潮に臆することなく、自分の思いをリスナーに伝える
そんな“ラジオマン”には、安倍政権の「コトバ」の先に何が見えるのか。

――安倍政権がブチ上げた「1億総活躍」という言葉のセンスをどう思いますか。

 スゴイ言葉を選び出してきましたよね。
ひどく嫌なセンスだと思います
安保関連法を巡って、多くの人が安倍政権の「戦前回帰」を危惧した矢先です。
どうしても「一億火の玉」や「国家総動員」など、先の大戦のスローガンを想起させます。
僕の生まれは昭和26年。
両親や親戚から戦争体験を聞かされた身にとっては、逆なでされている気がしますね。

――敗戦後、まだ10年ほどの東京を知っていらっしゃるんですものね。

 少年時代を過ごしたのは江戸川区の小岩で、近くの公園には防空壕があって。
当時は子供の遊び場でしたけど、戦争の「傷痕」が至るところにありました。
僕の父親は少年兵として海軍に志願し、職工みたいなことをやっていました。
実は人間魚雷「回天」の製造にも関わっていたんです。

――そうなんですか。

 父親は胸を患い、軍隊から戻って敗戦を迎えたので、事なきを得ましたけど。
人間魚雷なんてホント、非人間的ですよね。
人間自体が武器となり、命中しなくとも上からネジを締められているから脱出できない。
どの道、死んでしまうんです。
それこそ洗脳されるって、おかしいけど、当時は支配階級が絶対で、親や学校の教えとか、社会全体がヒトを非人間的に仕向ける流れをつくっていた。
そんな話を聞かされた世代ですから、「1億総」なんて誰が好きこのんで思いついたのか。最初に安倍さんに提案した人の顔を見てみたいです。

――1億総活躍をブチ上げた直後、菅官房長官が福山雅治さんの結婚を機に「産んで国家に貢献を」と言いました。

 皆、安倍さんの機嫌をおもんぱかるような言葉を選んでいるのかも知れません。
もはや政権全体が安倍さんにおもねる人ばかりだから。
安倍さんに重用されたいってだけで右翼組織の「日本会議」に慌てて入る政治家も多いみたいだし。

――「なんちゃって極右」ですか。

 それって非常に国民をナメ切った話でね。
安倍さんだけを意識して国民は度外視という政治家ばかりじゃあ、どうしようもない。
組織としてもダメですね。
安倍さんの周囲にはイエスマンしかいないんですから。
「王様は裸だ」と言える人が、ひとりもいない。

――意味不明なスローガンに飽き足らず、1億総活躍相まで新設する発想には、もうついていけません。

「ホントかよ、そのセンス!」と言いたくなります。
ハッキリ言って、見ているコチラ側が恥ずかしくって、演じている側はちっとも恥ずかしがらないのが今の政権担当の皆さん。
「そんなことをしたら、笑われちゃうよ」という感覚が欠落してしまった集団にしか、僕には見えません。

――国民のセンスとは相当にズレています。

 物凄くズレていますよ。軽減税率についても、財務相の麻生さんは「面倒くさい」と言いました。
オイオイ、国民のためのことが面倒なら「政治家を辞めろ!」って話ですよ。
よくもまあ、恥ずかしげもなく言えるな、と思う。
最近は僕らの常識や物事を判断する尺度が、安倍政権の手によって壊されている感じさえします。
要は「ルールなんて守らなくてOK」と、安倍政権が体現しているんです。

――日本全体に「何でもアリ」のムードが漂いかねません。

 安保法案だって誰がどう見ても参院特別委で採決できていない。
議事録も当初は「聴取不能」としか書いていなかった。
後から委員長判断で「可決すべきものと決定した」と追記するような“イカサマ”までやる。

――NHKの中継を通じて、多くの人が大混乱を目の当たりにしたにもかかわらずです。

 採決できていない証拠は山ほど残っています。
それでも、政治家たちが何食わぬ顔ならば、普通の会社員だって「俺たちも何やったって、いいじゃん」という意識になりますよ。
だから“やり逃げ感覚”とでも言うのかな。
「悪いことでもバレなきゃOK、逃げちゃえばいい」というムードが、もう世に蔓延していると思います。

「民」の字の成り立ちでこの国の正体がわかる

――横浜の傾斜マンションの問題なんて、その典型ですね。

 原発事故から、もう4年半も経ちますけど、誰ひとりとして責任を取らない。
検証は形ばかりで「えいやっ」と再稼働でしょう。
五輪の不始末もそう。
最高責任者は何を指摘されてもカエルのツラに小便で、相も変わらず重要な地位に居座っていられる感覚は、不思議でなりません。

――つくづく「何でもアリ」の国になってきていますね。

 今の政権は中国や北朝鮮を批判してきたのに、だんだんソッチ側に近づいている気がします
戦後日本は民主主義で立憲主義の国となって「お上が絶対」なんて体制は崩れたかと思ってきましたけど。
近頃は国民サイドも「お上意識」が呼び覚まされている気がします。
原発再稼働に対し「あんな大事故が起きたのにダメだ」と訴えると、すぐ「左がかっている」と誰彼となくレッテルを貼りたがる。
政府に異を唱えると、昔ながらの“アカ”のイメージを今でも植えつけ、言論を封じ込めようとする。その圧力ってこの国では相変わらず強いと思う。

――確かに原発事故直後から小出裕章さん(元京大原子炉実験所助教)が原子炉内部の状態について最も真実を語っていたのに、彼の意見は今なお中央から押しやられている印象があります。  

いくら本当のことを語っても、多くの人にとっては内容は二の次。
レッテル貼りによって皆、真実に気付かない状況さえ起きている気がします。
国民一人一人に考えさせることをやめさせ、真相にたどりつかせない仕組みがデキ上がっているのではないか。
それって凄くおかしな話だし、とても怖いですよね。
ところで、漢字の「民」の成り立ちって、分かります?

――いや、考えたこともありません。

 僕も最近、知ってビックリしたんですけどね。
「民」は象形文字で、上の四角い部分は人の頭部、縦棒は体を表します。横棒は手ですけど、じゃあ、最後にはねている斜めの棒は何か?
 実は「民」の目を針で刺して見えなくするサマを描いているんです。
「国『民』主権」「『民』主主義」と、ありがたがって使っていますけど、もともとは目を潰され、物事を知ることを許されない奴隷を表し、情報を与えられず支配下に置かれる人々を意味しているんです。

――恐ろしいですね。

 今や自「民」党も「民」主党も、本来の「民」を意味してませんか。
僕は「自己責任」って言葉が本当に嫌い。
上からの押しつけ、支配する側の「逃げ」の表現です。
国はどんな状況であれ、困っている国民がいれば、手を差し伸べなきゃいけないと思う。
国民が平和に暮らせるのが、国家の基本の役目なのに今は逆行していませんか。

――お国のために国民は奉仕せよ、という方向に向かっていますね。

 原発事故で福島から避難している人々や基地問題に悩まされる沖縄の人々。
現実に困っている国民は大勢いるのに、国は優しい手を差し伸べようとしない。
何のための国家だと僕は思う。
誰だって国を愛していますよ、自分の故郷とか。
それ以上の“愛国心”を国民に強要し、守れない国民には手を差し出さない雰囲気は間違っています。

――国民は目を潰しにかかる勢力と、どう対峙すべきですか。

 もっと“上から目線”で発言すべきです。
政治家は別に偉いわけでもないし、むしろ国民のシモベであるべき。
ずっと見上げていたら、何も変わりません。
生きていくうえで、自分の思いを声に上げることは何の遠慮もいらないこと。
芸能界の人々も声を上げ始めています。
石田純一さんや笑福亭鶴瓶さん、吉永小百合さんは昔からですけど。

日本人の悪い点は「すべてが他人事」という感覚に侵されているところ。
それは「無関心」につながります。
我が身に降りかかって初めて事の重大さに気づいても遅いのです。
東京に住む人が我が身に置きかえて、沖縄や福島の人々に思いを巡らせられるかどうか。
そういう想像力を持てない限り、お上に目を潰される状況は続くのでしょう。
みんなが、そのことに気付くまで、僕もできる限り発信を続けたいと思っています。

よしだ・てるみ
1951年、東京生まれ。
74年に文化放送入社。
4年後、深夜の看板番組「セイ!ヤング」のパーソナリティーに抜擢され、一躍注目を集める。85年のフリー転身以降はテレビでも活躍。
現在は「吉田照美 飛べ!サルバドール」のメーンパーソナリティーなど。
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2015年11月11日

安倍政権の9条Tシャツ、バッジ弾圧

9条Tシャツやバッジをつけているだけで
「思想犯」扱い、公的場所から排除!
安倍政権が憲法弾圧に乗り出した
2015.11.10. LITERA(小杉みすず)

 治安維持法や特高警察が廃止されてから70年がたつが、いま、その戦中を彷彿とさせる光景が相次いでみられている

 たとえば10月16日、ピーター・バラカン氏が、自身がパーソナリティを務めるラジオ番組『The Lifestyle MUSEUM』(TOKYO FM)で、その日スタジオに向かう途中、こんな経験をしたことを語った。

「めずらしく広尾の方から六本木に向かって有栖川公園の脇を歩いていると、まずひとりの警官にちょっと、変な目で見られて(略)。
もうちょっと先を歩くと、中国大使館のすぐ手前のところで2人の警官に、止められました。

『あれ? どうしたんですか?』と言ったら、『いや、あの今日これから抗議をする予定ですか?』と聞かれたんですね。
ん?いや、特にそんなことはないと『なぜそんなことを聞くんですか?』と言うと、『9条のTシャツを着ているから』と」

 ようするに「憲法9条のTシャツ」を着て六本木を歩いていただけで、警察官に呼び止められ、詰問されたというのだ。
バラカン氏は、「ほんとうに僕、40年以上この国で暮らしてはじめてそうふうに聞かれたもので、今も釈然としないものがあって。
仮に抗議に行く予定だったといっても、なぜ、それがいけないことなのか」と語ったが、まったくもって同感だ。
 Tシャツに書かれていたのは、「アベを殺す」とか「国会議事堂を爆破する」というような“過激な”メッセージではない。
この国の憲法である“9条”だ。異常としか言いようがない。

そもそも警察官を含むすべての公務員は、憲法99条で“憲法の尊重と擁護の義務”を課せられている
憲法を守らねばならない立場の公務員が、その理念の根幹である平和主義を示した憲法9条を“問題視”するというのは、まさに憲法に違反する行為だ。

しかし、こうした事例はバラカン氏だけの特殊なケースではない。
 同じく10月、東京新聞が7日付夕刊で、「『No.9(憲法九条)』と書かれた小さなタグや缶バッジをつけた市民が国会本館や議員会館に入ろうとすると、警備員らに制止される例が相次ぐ」ことを報じている。

 7日午前、辺野古の新基地建設に反対する院内集会に参加しようと参院議員会館を訪れた女性が、手荷物検査を受ける際に制止され、バッグに付けていた手のひらサイズの「No.9」のタグについて、「示威行為に当たるので外すか隠してほしい」と求められた。
女性は、今年8月に衆院第二議員会館を訪れた際にも、入り口で止められたという。

 記事によれば、議員会館側は「『脱原発』『戦争反対』など『政治的なメッセージがあるもの』は『すべてご遠慮をお願いしている』」とし、国会法や委員会が決めた禁止事項を根拠にしているというが、「憲法9条」や「戦争反対」等が「政治的なメッセージ」に当たるという見解からして理解できないし、仮にそういう主張があったとしても、わが国の憲法は表現の自由を保障している。
にもかかわらず、公権力が私人にたいして「9条」タグを外すことを強要するのは、国や公務員自身が日本国憲法を破壊しようとしているようにしか思えない。

 さらにツイッターでは、一般ユーザーによる〈クリスチャンの女性が「平和がだいじ」と書いた可愛らしい絵本袋を持って国会周辺を歩いていたら警官に職務質問されたそうだ。
彼女が警官に「どうして聞くんですか」と聞いたら絵本袋をさして「平和って書いてあるから」と。
今や「平和」は犯罪!〉という投稿も確認できる。
前述のバラカン氏や議員会館で制止された女性の例を踏まえると、さもありなんだろう。
 
どうやら、戦中、政府が特高警察によって、市民を社会主義者や反戦主義者という“思想犯”に仕立て上げて取り締まったのと同じように、いま、「9条」や「平和」のメッセージを身につけているだけで、“危険思想”の持ち主かであるかのように扱われる事態が起きているようだ。

 こうした“「9条」「平和」弾圧”の背景には、間違いなく安倍政権が進める“改憲への道”があるはずだ。
今夏の安保法制の強行成立で現行9条を骨抜きにした安倍晋三首相は、9月の総裁選で無投票再選を果たし、第三次改造内閣を発足。
直後の会見で、時代が求める憲法の姿、国の形についても国民的な議論を深めていきたい」と語った。

 安倍首相が描く“改憲スケジュール”は待ったなしで、本格的着手は来年の参院選後と言われているが、自民党や日本会議などの右派勢力は改憲の世論づくりのために、あらゆる場所で日本国憲法への攻撃を強めている。

一連の9条排除は、こうした空気を警察権力が敏感に感じ取って、警備・監視行動に反映させているということだろう。

 いや、警察権力だけではない。今年6月には、神奈川県大和市の市民団体「憲法九条やまとの会」が主催するイベントで、アイドルグループの制服向上委員会が自民党に批判的な歌詞内容を含む曲を披露したことを理由に、大和市と同市教育委員会が後援を取り消すという事態がおきた。
集会・結社の自由、表現の自由の破壊であり、政権批判や9条護持に対するこれ見よがしの威圧行為だ。

 さらに最近も、東京都日野市の市役所が、古い公用の封筒を活用するためとして、表に印刷された「日本国憲法の理念を守ろう」という文言を黒いフェルトペンで塗りつぶしていたことがネット上で指摘され、話題となった。
この戦中教科書を思い起こさせる事案に、日野市側は「封筒は古いデザインで、現行型に合わせるため」「単純なミス」と説明しているが、実際、現在使用されている市の封筒から「日本国憲法の理念を守ろう」は削除されている。

これを報じた東京新聞10月31日付で、田島泰彦・上智大学教授は「全く普通のスローガンで消さなくてはいけない理由が思い付かない。
客観的に見れば、憲法を否定する意思表示。
市民の批判は当然だ。
安倍政権が進める改憲の動きと符合しており、逆に政治的だ」とコメントしている。


繰り返すが、政治家、役人、警察官などの公務員には、憲法を尊守する義務がある。



それに違反するような行為の数々は日本国憲法や国民の意思を無視して安保関連法を押し通し、悲願の改憲へ真っしぐらの安倍政権の動向と完全に一致する。



 ところが、その公務員が9条や平和主義を“危険思想”扱いして排除に乗り出しているのだ。  この状況を見て、想起させられるのは、前述した戦前・戦中の状況、とくに1925年、治安維持法が制定されて以降に起きた事態だろう



同法は当初、天皇主権や資本主義を否定する運動を取り締まるものだったが、そのうち、反戦や人権尊重などを口にするだけで反政府的主張とみなされ、摘発・拘禁されるようになっていった。

そして、その中央政府による恐怖政治の先兵となったのが、警察や地方行政、メディアだった。 ようするに、その戦前・戦中の公権力の姿勢が復活しつつあるのだ。



 冒頭で紹介したバラカン氏は、「ちょっとこの国、もしかしたらちょっとおかしな方向に行き始めているんじゃないかな」という。

そのうち、「平和が一番だよね」と言うだけで、あるいは持ち物に「9」の数字が入っているだけで、危険思想の持ち主として公的な場所から排除される──冗談ではなく、そんな世界はすぐそこまできているのかもしれない。

                           (小杉みすず)

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2015年11月12日

日本会議の改憲大集会に安倍、百田が

日本会議が牛耳る改憲大集会
安倍首相がメッセージ、百田尚樹も参加!
ネトウヨ丸出し改憲運動の恐ろしい行方
2015.11.11. LITERA(宮島みつや)

 読売新聞社が先週末実施した全国世論調査によれば、安倍内閣の支持率は51%で、先月調査から5ポイント上昇。
5カ月ぶりに不支持を上回った。

 支持率上昇は、日中韓首脳会談が評価された結果だと分析されている。
8月に戦後70年談話を発表した際もそうだったが、支持率が低迷すると、安倍首相はリベラルとも受け取れるような行動をして、目眩ましをしてきた。
それがまんまと功を奏したということらしい。

 だが、もちろん、この首相の危険な本質はまったく変わっていない。
昨日11月10日の衆院予算委員会で、安倍首相は、民主党の岡田克也代表から「安保法制と同様に数がそろえば憲法改正をやるつもりではないか」と問われ、
「数がそろえばというのは民主主義のルール」
「(憲法改正の)数をそろえるために衆参両院で大勝する」
「緊急事態条項からやる」と憲法改正を目指すことを改めて明言した。

 言葉だけではない。安倍首相は実際に、例の狂信的右派団体と一体になって、本気で改憲の世論づくりを進めているのだ。

 そのことがはっきりとわかったのが、同じ11月10日、東京・日本武道館で開かれた「今こそ憲法改正を!1万人大会」という大規模集会だった。
この集会、主催は昨年10月に結成された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」という団体だが、実態は、共同代表として櫻井よし子氏と並んで田久保忠衛・日本会議会長三好達・日本会議名誉会長の名があるように、日本最大の極右組織・日本会議の“改憲キャンペーン大集会”だ。  

この日、会場につめかけた参加者は、主催者発表で1万1328人。
武道館の駐車場には何台もの大型バスが駐車されていたが、これは、地方の日本会議が「1泊2日の東京研修ツアー」などと称して、全国からシンパを動員していたからだ。

来場者層は中年から老年が大半に見えたが、実際「北海道本部」や「愛知県本部」など各地方のHP上で「研修ツアー」が告知されていたことが確認できる。
そして驚くべきは、そんなカルト的極右組織の集会に、なんと安倍晋三が現役総理大臣として登場したことである。
「70年間のときの流れとともに、世の中が大きく変わりました。
この間、憲法は一度も改正されていませんが、21世紀にふさわしい憲法を追求する時期に来ていると思います」
「憲法改正に向けて渡っていく橋は整備されたのであります」

 そう改憲は眼前だと意気込むメッセージを寄せ、来場者から大喝采を浴びた安倍首相。
当日の会場アナウンスによれば、安倍首相は本来会場入りして生演説を行う予定だったが、衆院予算委と日程が被ったため、やむなくビデオメッセージでの出演となったという。

 もっとも、安倍首相および安倍内閣が日本会議と切っても切れぬ仲にあることは、いまさら言うまでもないだろう。事実、会場には古屋圭司、衛藤晟一、下村博文、山谷えり子、新藤義孝、城内実、有村治子、礒崎陽輔……など安倍首相の盟友や側近をはじめ、多数の政治家が来賓として出席していたが、彼らが所属する日本会議国会議員懇談会の特別顧問を務めるのが、他ならぬ安倍晋三だ。
 しかし、国内のみならず海外からも安倍政権と極右団体の“近すぎる距離”が問題視されているこのタイミングで、まさか当の日本会議のイベントに生で登壇しようとするとは……。

 しかも、日本会議の改憲案のトンデモぶりは、自民党案の比ではない。
日本会議新憲法研究会がまとめた「新憲法の大綱」が掲載されている『新憲法のすすめ 日本再生のすすめ』(大原康男・百地章/明成社/2001年)の中では、
「国民の義務として、教育を受ける義務、納税の義務に加えて、新たに遵法義務及び国を守る義務を明記する」として、「国民」に「国を守る義務」を課している。
ようするに、日本会議は徴兵制を目的とした憲法改正を企図した集団なのだ

 安倍首相は、こんな極右組織と一体化して改憲運動へ取り組んでいくことを高らかに宣言したのである。
 では、彼らはいったい何をやっていくつもりなのか。
当日、会場で配られたパンフレット(「あなたの力で憲法改正の実現を」)によれば、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の事業内容は、1000万人を目標とする改憲賛同署名活動、国民啓発用のパンフレット、チラシ、ポスター等の作成、そして「憲法改正啓発映画」の制作と全国での上映運動等。
ようするに、地方で草の根改憲運動を展開するということらしい 。

 だが、この日の集会の様子を見ていると、その中身はとてもまともな運動とは思えないものだ。
それを象徴するのが、やはり会場で上映された「憲法改正啓発映画」の予告編だろう。
 この映画、いちおう「憲法改正ドキュメント映画」というふれこみだが、制作総指揮がなんとあの百田尚樹氏で、ナレーターは津川雅彦氏
こんなデマばかりふりまいているネトウヨオヤジに憲法改正をPRさせるのかと唖然としていたら、その内容はやっぱりとんでもないものだった。

 津川氏の「日本国憲法は日本を守るどころか、逆に日本を破壊しかねない危険さえ持っています」というナレーションに護憲デモの映像がインサートされ、「GHQに押し付けられた憲法!?」というデカデカとしたテロップの後に、嘘くさいGHQと日本政府関係者のやりとりの再現VTR映像が流れる……。
「ドキュメント映画」どころか、カルト宗教が信者獲得のためにつくった陰謀論満載のプロパガンダ映画なのである。

 壇上で挨拶した百田氏は「(映画の)内容は日本国憲法がいかにデタラメに作られたか」「(本編は)予告編の100倍面白いです!」と豪語していたが、さて、どんなトンデモ映像が出来上がるのかという意味で、これは二重に恐ろしい。

 しかも「憲法改正へのご提言」として登壇した人物のなかには、近年ネトウヨ的な言動に磨きがかかっているケント・ギルバート氏の姿が。
会場では大いにウケていたが、ケント氏の発言内容はひどいものだった。
「護憲派のなかには、これ(9条)を崇高な規定だと頑なに信じる人がいます。
(略)『憲法9条を世界遺産にしよう』というのもありました。
妄想がここまでくるとアヤシイ新興宗教の教義のようです」
「アヤシイ新興宗教」とか、元モルモン教宣教師のお前に言われたくないわ、とツッコミたくなったが、そんなケント氏の“9条攻撃”に会場からは割れんばかりの拍手が……。

 とにかく、浅薄な極右思想まるだしの連中がデマだらけの日本国憲法攻撃をしているその様子は、改憲集会というより、ネトウヨのヘイト集会と勘違いしてしまいそうになるくらいのレベルの低さだった。

 とはいえ、日本会議を見くびることはできない。
とりわけ驚かざるをえないのが、会場で発表された「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の結成から1年での「国民運動の成果」だろう。
 この会は、47都道府県に「県民の会」なる下部組織を結成しているが、11月2日現在、31都府県の地方議会で「憲法改正の早期実現を求める」決議がなされており、加えて12月中にも3道県で決議されることが決定的だという。
会場にも約200人の地方議員が来場していた。

そして、同じく改憲に署名した国会議員の人数も11月10月現在で422名にも達したと報告された。
さらに、集会の終盤に大会決議を読み上げたのは、日本青年会議所(JC)の副会頭だ。
本サイトでも既報の事柄だが、日本会議は、国会議員、地方議会、JCにまたがる巨大な全国ネットワークを形成していることが、数字や光景としてはっきりと現れているのだ。

 安倍首相が、リスクを度外視してこの集会に参加したのも、その日本会議の持つ多大な影響力を鑑みた結果だろう。
むしろ、個人的に改憲への異常な執念を持つ安倍首相にとって、日本会議こそが、真の政治的本心をむき出しにできる場所だと言ってもいいかもしれない。

「『美しい日本の憲法をつくる国民の会』の皆さまにおかれては、憲法改正1000万賛同者の拡大運動を中心に、日本の国づくりの国民的議論を盛り上げていただいており大変心強く思います。
21世紀にふさわしい憲法を自らの手で作り上げていく。
その精神を日本全体に広めていくために、今後ともご尽力をいただきたいと存じます。
憲法改正に向けて、ともに、着実に歩みを進めてまいりましょう」
 そう会場メッセージで力を込めた宰相の目には、もはや国民全体の姿など映っていないのではないか。
“お仲間”のカルト的極右組織によるバックアップで、自らの野心を達成しようとする安倍首相。
もしかすると、すでにこの国はかなりのレベルで“カルト化”が進んでいるのかもしれない。       
          (宮島みつや)
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2015年11月13日

横田めぐみさん同級生語る、工作員も目を背けた拉致の実態

横田めぐみさん同級生語る、
工作員も目を背けた拉致の実態
週刊女性PRIME 11月11日(水)

当時中学1年だった横田めぐみさん(51)が北朝鮮に拉致されてから、15日で38年になる
同級生らは毎年、「今年こそは」と救出を期待してチャリティーコンサートを開いている。
横田さんとクラスメートのバイオリニスト・吉田直矢さん(51)は、また会える日が来ることを信じている。

「小学校の卒業アルバムのタイトルは『あら波』でした。
当時の馬場校長が、卒業後は日本海の荒波のような人生が待ち受けているだろうが、それに負けず乗り越えていきなさいという意味を込めてつけたのですが、その後のめぐみさんの厳しい人生を暗示しているかのようで……」  と振り返るのは、バイオリニストの吉田直矢さん(51)。

「めぐみさん」と呼ぶのは、北朝鮮に拉致され、現在も消息不明の横田めぐみさん(51)のこと。
 1977年11月15日、新潟市内で中学校からの帰宅途中に拉致されてから38年になる。
市立新潟小、市立寄居中と同級生だった吉田さんは、「もうひとつ」と続ける。

「めぐみさんは歌がとても上手でした。
小学校卒業の謝恩会では、コーラス部のソロでシューマンの『流浪の民』を2章節ほど歌ったんですね。
その歌詞がまた“慣れし故郷を放たれて 夢に楽土求めたり”ですから……」

 あの日、忽然と姿を消したクラスメートを襲った事件と重ね合わせてしまうという。

 めぐみさんとは特別親しい間柄だったわけではない。
山形県出身の吉田さんは小学2年で新潟小に転入。
めぐみさんは小学6年のとき、広島から新潟へやって来た。

「小学校は別のクラスでしたが、中学校では同じクラス。
でも、そのころボクはジョン・トラボルタや矢沢永吉に憧れる不良でしたから(笑い)。
女の子と口をきくのは硬派のすることじゃないので、ほとんど話したことはなかった。

めぐみさんは勉強ができる優等生で、中学のバドミントン部では1年生ながら地域の強化選手に選ばれていました
 通学路が一緒で、彼女がいつも友達2人と登下校する姿を見かけていた。
吉田さんはバスケットボール部で、体育館の隣でバドミントンの練習に励むめぐみさんを目にしていた。
あの日も、めぐみさんは部活動を終えて下校した。

「彼女がいなくなったことは、翌日、担任の先生から聞きました。
びっくりしましたね。
クラスでは、誘拐説、家出説、交通事故説、自殺説などが飛び交いました。
誘拐なら身代金とか要求してくるはずだし、事故ならいずれ見つかるだろうし……。

 まさか拉致されたなんて、想像もしませんでしたよ。
彼女の親友は“めぐみちゃんは明るくて強いから”と無事を信じていて、それを信じるしかなかったですね

 吉田さんは中学3年になると、音楽家を目指して東京へ転校。
そのまま音楽関連の高校、大学へと進学した。
パリに留学し、プロのバイオリニストとしてデビューするなど多忙な時期を過ごした。

 一方、めぐみさんの消息をめぐっては、'97年ごろになって、ようやく北朝鮮による拉致が浮上してきた。
「工作員の話によれば、暗い船室に閉じ込められて、何十時間もかけて北朝鮮に渡ったという。13歳の少女がどんなに怖い思いをしたか。
船室の壁を爪で引っ掻いて、両手の爪はほとんど剥がれるほど血だらけで、嘔吐物にまみれ、拉致した工作員が目を背けたぐらい酷かったようです」  と吉田さんは目をうるませる。

小泉元首相の訪朝後、めぐみさんは自殺したという北朝鮮側の調査報告が出たり、写真が出てきたり、ニセ遺骨が返還されたりしたが─。

「写真は撮影場所など偽装工作はあるようですが、めぐみさん本人だと思った。
遺骨はもう論外ですよ。
実子とされるキム・ウンギョンさんは彼女と似ています。
ただ、娘さんや元旦那さんが“自殺した”と証言していますが、それは言わされていると思う。

彼女はいまでも生きている。
 もちろんボクらの願いでもありますが、死んだという決定的な証拠は出ていませんから」  と吉田さんは強調した。

 そんな彼は、めぐみさんのご両親と食事をすることがある。
「節々でつらさが垣間見えます。
クリスマスがとてもつらいらしい。
“めぐみが笑顔で楽しかったクリスマスを思い出す”って。
娘さんがいなくなって、人生の半分を費やしておられる。
生きているのか死んでいるのかわからないまま、生き地獄ですよ。
おふたりが元気なうちに、なんとかめぐみさんと会わせたい!」
 と目を赤くして訴えた。

親子の再会がかなったら、同級生として考えていることがある。
「38年の歳月は重い。
日本で暮らしてゆく困難が現実にはあると思うんです。
だから、同級生のボクたちとカラオケでも行って、得意な歌を聴かせてほしい
ゆっくりと少しずつ、慣れていけばいい。
失われた青春を少しでも取り戻してもらえたらいい」

    <フリーライター・ 山嵜信明>
*本記事は『週刊女性』11月24日号の内容に加筆修正したものになります
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2015年11月14日

郵便局からも悲鳴 マイナンバー未搬入で年末はパニック必至

郵便局からも悲鳴
マイナンバー未搬入で
年末はパニック必至
2015年11月13日 日刊ゲンダイ

月内どころか、年内に届けられるかどうか」。
都内の中規模局に勤める郵便局員はそう言ってタメ息をつく。

先月23日から配達が始まったマイナンバーの通知カード。
総務省は今月末までに全国5500万世帯に届けるなんて大見えを切っていたが、絶対に間に合いそうもない。
予定通り、来年1月から本格運用できるのか。

 通知カードは、全国の自治体から委託された地方公共団体情報システム機構が発行。
国立印刷局で印刷され、各市区町村の郵便局に“搬入”される。

ところが、都内62市区町村のうち、搬入が完了しているのは28市区町村と、半数にも満たない(11日現在)。
それだって郵便局に搬入したというだけで、そこから配達が済むまで「最長で20日かかる見込み」(同機構担当者)という。

 横浜、名古屋、大阪の3市に至っては、搬入すらほぼゼロ(同)。
総務省によると、9日現在で配達まで終わっているのは全国約460万通で、全世帯の1割足らずという体たらくだ。

前出の郵便局員はこう漏らす。
「ウチの局では通知カードの不在配達の問い合わせに対応するため、電話を4回線増設、オペレーターも大量募集していますが、今週中に配達を完了する予定だった肝心の通知カードがまだ搬入されていない。
配達は12月にずれ込みそうで、そうなると、一年で最も忙しい年賀状シーズンとかぶる。
とはいえ、通知カードをアルバイトに配達させるわけにはいかない。
パニックになるのは目に見えていて、誤配がさらに増える恐れもある。
年内にすら届けられるかどうか……」

■「緊張感がなさすぎる」

 ただでさえ誤配や一時紛失、配達員による簡易書留の受け取りサイン偽造など、のっけから個人情報ダダ漏れの不祥事連発のうえに遅配じゃあ、救いようがない。

 誤配の場合、受取人以外が開封してしまうと、マイナンバーを再交付する羽目に。
それでさらに2カ月ほど交付が遅れるという。
そのぶん税金の無駄遣いになるのは言うまでもない。

「社員が会社に提出するマイナンバーの報告書を今年の年末調整の書類で兼ねようと考えていたのですが、(遅配で)予定が狂ってしまった。
まさに二度手間ですよ」(IT企業経理担当者)と、企業からもブーイングが起きている。

「総務省からすでに2回も行政指導を受けた日本郵便もいかがなものか、ですが」と、ジャーナリストの井上トシユキ氏はこう憤る。
そもそも政府が拙速でコトを進めたから、混乱が生じているわけです。
悪用されるリスクが高いマイナンバーを軽く見ているとしか思えないし、緊張感がなさすぎる。

それでまともに制度を運用できるのか、国民の個人情報を守れるのか、はなはだ疑問です」  まったくその通りで、浮かれているのは利権をむさぼる連中だけ。
国民には百害しかないマイナンバーなんて、この際、やめた方がいい。
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2015年11月15日

遺影や棺や祭壇で見栄張る葬儀は「不幸をもたらす」と葬儀通

遺影や棺や祭壇で
見栄張る葬儀は「不幸をもたらす」と葬儀通
2015.11.14 16:00 NEWSポストセブン

 突然の身内の不幸に際し、納得のいかない葬儀を強いられる遺族が増えている。
広告につられて契約したものの結果的に数倍の支払いが必要になった例などが相次いでいる。  

葬儀は僧侶に来てもらい、2日間かけて通夜と告別式を行なうイメージが強い。
葬儀社も商売だから遺族には「皆さんこのようにされています」と色々勧めてくるが、

NPO法人「葬儀費用研究会」の冨永達也事務局長はこう語る。
「葬儀で不幸をもたらすのは見栄を張ること。
直葬の価格を基準にし、これに家族葬として式場や祭壇など、最低限のものを付け加えていくと安く上げられる。
顔見知りが集まる家族葬なら、故人のスナップ写真があれば高額な遺影も不要です」

 中でも注意したいのは棺と祭壇。
一般人が用意しにくいものは業者にとっては価格を高く設定できる商品となる。

 棺は原価1万円のものが5万円の価格で売られるなど、特に利益が大きい商品だという。
「故人が喜ぶ」と何十万円もする棺を発注する遺族がいるが、「いずれ燃やしてしまうもので、それこそ見栄の象徴」(冨永氏)。

また、「祭壇」は価格が不明朗。
他社と比較しにくくするために祭壇や骨壺を基本セットの料金に組み込んでいることが多いという。
白木の祭壇の大きさや生花のボリュームなどによって料金は10万円単位で変わってくるが、 「業者が棺や祭壇のグレードアップで料金を吊り上げてくるようなら、“故人の遺志です”と断わることが大切です」(冨永氏)

 悪質なものとして、寝台車を利用する際に、本来セットで含まれているはずの運転手と助手の人件費を別に設定し、伝票上ではそれを「サービスで無料にします」と安さをアピールしながら結局は通常料金を取っていたパターンや、手伝いの女性の料金を時給換算したら5000円も払っていた、というケースもある。

葬儀業者は顧客を紹介してもらうために病院や寺院に多大な営業経費をかけており、その負担が葬儀費用に上乗せされているのだ。

 前出の冨永氏が語る。
故人の遺志が生かされ、かつ合理的な葬儀を行なうためには、普段から家族と葬儀について具体的に話し合い、どのような葬儀を行ないたいかのイメージを持っておくことが大切。
 エンディングノートを綴ることをお勧めします」
 先立っても、先立たれても、「備えあれば憂いなし」なのだ。
    ※週刊ポスト2015年11月20日号
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2015年11月16日

蛭子能収が安倍批判と賭博擁護

「安保法案は野蛮な人の思考」
  自由をこよなく愛する蛭子能収が
  再び強烈な安倍政権批判!
  そして賭博擁護(笑)
  2015.11.15. LITERA(新田樹)

〈僕はノンポリだから、どうでもいいことのほうが多いんですよ〉

 テレビ東京系で放送中の『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』がまさかの映画化、さらに著書『ひとりぼっちを笑うな』(KADOKAWA)、『蛭子能収のゆるゆる人生相談』(光文社)が軒並み大ヒットと、なぜかここにきてプチブレイク状態の蛭子能収。

そんな蛭子さんが孔子の『論語』を読み、その教えに対し蛭子流の解釈を加える、『蛭子の論語 自由に生きるためのヒント』(KADOKAWA)というどうかしてるとしか思えない企画の本が最近出版された。
冒頭に引用した言葉はそのなかで綴られている発言である。

 確かに、テレビなどで蛭子さんを見ていても、そんなに政治的意識が高そうな人には思えない。
当サイトでも折に触れて取り上げているように、最近では右傾化する日本や安保法案に対し危惧の声をあげながらも、『ワイドナショー』(フジテレビ系)にゲスト出演したときは、安保賛成を掲げる松本人志に媚びたような発言をしたりと、その意見にどこか焦点の定まらない印象は拭えない。

 しかし、そんな「ノンポリ」の蛭子さんにも、絶対に譲れないものがある。
それは「自由」と「命」だ。

〈人に気兼ねすることなく、自分のやりたいことをやりたい。
だから、自分の人生が自由であるためにどうすればいいのかをいつも考えて行動しています〉

〈僕にとって究極の目標は、死なないことなんですよ。
だって死んだら、消えてなくなってしまうんですよ! 
死んでしまっては、自由も何もあったものじゃない〉(『蛭子の論語 自由に生きるためのヒント』より。以下同)

 蛭子さんがなによりも大事にしている「自由」と「命」。
しかし、悲しいことに、いま我が国は戦後70年間大切にしてきたその二つを自ら捨て去ろうとしている。
だから、いつも飄々としている蛭子さんも黙っているわけにはいかなくなった。

〈安倍晋三政権が強い姿勢で挑んでいる、「集団的自衛権」などの行使を可能とする「安全保障関連法案」の問題。
テレビのニュースや新聞で動きを見ていても感じるのだけど、「やられる前にやる」っていうのは“野蛮な人”の思考ですよ。
人間はジャングルの猛者ではないんだから、もっといい考えが浮かぶはずなのにな。
そのために法律を変える努力をするぐらいなら、どうしたらそれを避けることができるのかを考えるべきですよ。
 真の政治っていうのは、本来そういうものだと僕は思うんですけどね〉

 戦争は「自由」も「命」も奪う最たるものだ。
それは歴史が証明する通り。
戦争が始まったらどんどん自由は規制され、命も軽いものとなっていく。
そんな状況になってしまったら、「自由」を愛する蛭子さんはもとより、誰も幸せにはならない。
そんな戦争を外交努力も怠ったまま始めやすくなる法律をつくられてはかなわない。

さらに、蛭子さんはこんなことも綴っている。
〈“義”っていうものも、考えようによっては怖いものだと思っています。
 それこそ“正義”っていうものがありますよね。

だけど、この“正義”が、僕はときどきわからなくなるんです。
正義と思ってついていったら、悪い結果に繋がってしまうってことがありますよね?
 古くは、太平洋戦争のときの日本もそうだったんだろうし、最近の政治を見てもそんな気がしてしまう。

安倍晋三首相の言っている正義って何だろう?
 何が正義なのか、すごく判断が難しい世の中になっていると思うんです

 蛭子さんはオウム真理教の地下鉄サリン事件を例にあげながら「正義」の難しさを語る。
あの事件は、〈こちら側からすると、単なる無差別殺人にしか感じられない〉ような〈テロ行為〉でも、〈オウムの人たちは、それが正義〉と思って決断した行動だった。

 難しい「正義」のあり方。
なにが「正義」なのかを見誤らないためには、色んな人の意見に耳を傾け、多様な考えや生き方に触れることで「バランス」を取るよう努力することが必要だ。
だが、残念ながら、この国のトップにはそれができていない。

〈政治の世界を見ていて思うのですが、最近の政治家って自分の主義主張を振りかざすだけで、国民の声を聞こうとしないですよね。
あれって、どうなんだろうな?
 立場や生活環境の違いによって多種多様に存在するであろう国民の意見を取りまとめて、それをバランスよく調整していくのが、本来の政治家の役割なんじゃないかなって。

 なのに、最近の政治家は自分のことばかり。
それ以前に、人としてのバランスに欠けているとしか思えないような政治家が、やたらと多くありませんか?
 連日のように新聞をにぎわせている政治家の問題発言を見ていても、おかしな世の中だなって思います〉

 蛭子さんは本来〈子どもの頃から、他人と揉めるのが大嫌いで、できるだけ衝突を避けてきました〉
〈他人を打ち負かしてまで自分が目立とうという意識は、まったくありません〉という性格の人間だ。

 しかし、そんな蛭子さんをして、ここまで踏み込んだ発言をせざるを得ない、それほどまでに日本の「自由」と「命」は危ない状況にあるということなのか……。
 といった具合に、なんだか蛭子さんのことが格好よく見えてくるぐらい毅然とした発言の数々だが、単純にそう思わせてくれないところも、蛭子さんの蛭子さんたる所以である。

本のなかでは、本稿で紹介しているような格好いいことばかり言っているわけではない。

 たとえば、「賭博」に関して。
蛭子さんが「自由」と「命」を守りぬいて何がやりたいのかといえば、もちろん「競艇」である。
本のなかでもいたる所に競艇の話が出てくる。
ひょっとしたら、本業である「漫画」の話より多いかもしれない。
しかも、賭け事に関する法律(刑法185条)に関するくだりでは、〈大きな声では言えませんが、僕はわけあって麻雀は控えていますけど……〉と前置きしながらも、こんな言葉を綴る。

〈ビール一杯とか、タバコ一箱といった少額のものを賭けるのは法律上セーフらしいのですが、お金を賭けるのは大小にかかわらず、「賭博罪」になってしまう。
 抜き打ち捜査のような感じで捕まる人がいる一方で、ほとんどの人は当たり前のようにそれを続けています。
どう考えても、この法律はなんだかおかしい〉

 98年に麻雀賭博で現行犯逮捕され、タレント活動の自粛を余儀なくされたというのに、蛭子さん全然反省してないよ!
 そして極めつけはこんなエピソード。
なんと、蛭子さん、孫の名前を覚えてないらしい。

〈先日、息子の嫁にひどく怒られました。
孫の名前を覚えていないという話を、僕があちこちでしていたものですから、「お義父さん、それはちょっとあり得ないですよね」って咎められまして。
たしかに、それは怒りますよね。
なので、僕も嫁に素直に謝った。
ただし、謝ったからといって、すぐに孫の名前を覚えられるわけではないんですよ。
いまだにちょっと、うろ覚えなところがありますから〉

 普通は自著にわざわざ書かないであろうこんな「本音」を書けるのも、いまの日本にはかろうじてまだ蛭子さんの愛する「自由」が残されているから。
しかし、国民の声を一顧だにせず安保法制を通してしまうような人間がトップにいる状況が続く限り、その「自由」が奪われてしまうのは時間の問題。
争いごとは大嫌いな蛭子さんだが、「自由」を守る「闘士」として、これからも、「自由」を壊す者らへのアンチテーゼを唱え続けて欲しい。
                (新田 樹)
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2015年11月17日

間違いだらけの食事制限 空腹が健康

新見正則「医療の極論、常識、非常識」
間違いだらけの食事制限…
1日1食と3食、どちらがよい?
「空腹」が健康をもたらす!
2015.11.16 ビジネスジャーナル

今回は食事の回数について、「極端君」と「常識君」が激論を交わしています。

極端君は「1日1食で快調だ!」と言う論調で、一方の常識君は「1日3食、規則正しく食べるのが長年の伝統だろう」という意見です。

 まず常識君が主張するように1日3回食べることが日常になったのは、実は江戸時代中期といわれています。
元禄時代(1688〜1704年)から今日の3食という習慣になったようです。
それまでは1日2食だったそうです。もちろん労働者の人々は今よりも長時間働いていたと思われますので、間食などは摂っていたことでしょう。
1日3食は現代の常識ですが、実は300年ほどの歴史しかない常識ともいえます。

 一方で、1日1食というのは昨今ではときどき耳にすることです。
太っている人が痩せたいがためにチャレンジしていることが多いようです。
学校の給食にしろ、世の中の生活のスタイルが3食で設計されていますので、1食主義者の人は現代ではちょっと変人扱いされます。

飢餓を楽しむ

 では、健康にはどちらがいいのでしょうか。
 それは人それぞれでいいのです。
まず、朝食、昼食、夕食、そしておやつを食べても健康で過ごしている方は、特別に今のスタイルを変更する必要はありません。

問題は太りすぎていて痩せたい方ですね。
そんな方が3回食べて1回当たりの食事量を減らすのか、それとも1日1食でがんばるのかという選択肢です。
これも痩せるということが目的であれば、自分が痩せやすいほうを選択すれば良いのです。

 まず、1日1食でOKな人は、基本的に健康です。
その意味は、食事のカロリーで補えない時は保存されているエネルギーを使用することができるからです。
炭水化物や脂肪は余剰な時は脂肪として貯えられるのです。
そして食事を摂らずにちょっとした飢餓状態になると、その貯えた脂肪を燃焼するシステムが効率的に働くのです。

 一方で頻回に食事やおやつを摂らないと仕事の効率が落ちる方は、脂肪を燃やすシステムがうまく稼働していません。
ですからちょっとした空腹で血糖が下がると、脂肪を燃やす前にお腹が減って、そして甘い物を口にするようになるのです。
精一杯の自己防衛本能なのですが、余ったエネルギーは脂肪として貯えられ、でもそれを効率的に利用できないのでどんどんと太ることになります。

 ですから、お勧めは常識君の発言のように1日3食の生活を基本にして、炭水化物や脂肪を減らす食事にする。
そしてときどきは非常識君が言うように飢餓を楽しむのです
つまり空腹を楽しむのです。

空腹の時こそ、貯えた脂肪を燃やすスイッチが入るのです。
最初は5分の空腹でも辛いのです。
でもちょっとした挑戦を繰り返すと、30分、1時間、2時間と空腹に耐えることが可能になります。ときどき昼食を抜いてみましょう。
そんな生活が健康的と最近は思っています。

 運動の前に食事をするのか、運動の後に食事をするのかも問題になります。
これも、脂肪を正しく燃やすシステムを持っている人にとってはどちらでもいいのです。
運動の初心者で脂肪を上手に燃やせない人は、空腹時の運動はちょっと危険です。
(文=新見正則/医学博士、医師)

●新見正則(にいみ・まさのり)
1959年生まれ
1985年 慶應義塾大学医学部卒業
1985年〜 慶應義塾大学医学部外科
1993年〜1998年 英国オックスフォード大学医学部博士課程
1998年〜 帝京大学医学部外科に勤務
幅広い知識を持つ臨床医で、移植免疫学のサイエンティスト、そしてセカンドオピニオンのパイオニアで、モダン・カンポウやメディカルヨガの啓蒙者、趣味はトライアスロン。
著書多数。
なお、診察希望者は帝京大学医学部付属病院または公益財団法人愛世会愛誠病院で受診してください。
大学病院は紹介状が必要です。
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2015年11月18日

「インフルエンザのワクチン価格高騰」は厚労省のせい!?

「インフルエンザのワクチン価格高騰」
              は厚労省のせい!?
             2015.11.17 日刊SPA
今年もインフルエンザが流行の兆しを見せるなか、ワクチン接種費用が値上がりしている。

値上げ幅は、卸値で昨年の1.5倍。
保険外のため医療機関による違いはあるが、昨年の相場の3000円から500〜800円も高騰している。
  原因は「従来の3種のウイルスに対応するタイプ(3価)から、4種に対応する(4価)ワクチンになったから」と報じられているが、元厚労省医系技官で医師の木村盛世氏は真っ向から否定する。
単純に品薄から価格が高騰しているだけです

ワクチンの製造4社のうち2社は無名の財団法人で、製造能力に乏しい。
ならば大手に任せればいいのですが、これら弱小メーカーは厚労省の天下り先になっている。

’09年、新型インフルエンザの世界的大流行でワクチンが不足したが、輸入が遅れたのも弱小メーカーを守るため。
厚労行政の構造的問題が、ワクチン高騰という形で表れたに過ぎない。

そもそも、海外ではインフルエンザワクチンは4価なのに、日本だけが3価だった。
実は、日本の感染症対策は世界から半世紀以上遅れており、行政がこうした“ガラパゴス化”に拍車をかけている。
ワクチン不足で感染者が増えたら、それは人災にほかなりません」
      <取材・文/週刊SPA!編集部>
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流行語大賞の政治風刺は昔からだ

流行語大賞への「安倍、安保批判が多すぎ」
クレームは的外れ! 政治ワードは昔から、
逆に風刺を許さない風潮が
2015.11.17. LITERA(水井多賀子)

 師走を間近に迎え、今年もユーキャンの「新語・流行語大賞」が話題となっているが、2015年のノミネート語に批判が巻き起こっている。
それは「安保法に否定的な言葉が多すぎる」「政治的すぎる」というものだ。

 たとえば11月15日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ)では、元NHKのジャーナリスト・堀潤が「いまの安倍政権に対して批判的なキーワードがたくさん並んでいるのが非常に特徴的」と解説すると、MCの東野幸治やコメンテーターの松本人志は「I am not ABE」が入っていることを疑問視。
それにつづけて石原良純が、 「対安倍に関して言うなら、1つや2つじゃない、出てくるの。なんで10個も並んでるのかなって不思議なんだよね」  と言い、別の言葉に話題が移っても、ずっと不満げな表情を浮かべたままだった。

 石原だけではない。爆笑問題・太田光も、10日放送『爆笑問題 カーボーイ』(TBSラジオ)で、「安倍さん関係が多すぎるんだよ。安保関係が」「全部、安保関連だよ」「『早く質問しろよ』なんて別に流行語にしなくてもいいじゃない」と発言。
また、ネットニュースメディアの「J-CASTニュース」も、この太田の発言を引きながら“政治色が強すぎるのでは”と記事にして取り上げている。

 ちなみにおさらいすると、今年ノミネートされた50語のうち、安倍政権および安保関連の言葉は、「1億総活躍社会」「I am not ABE」「切れ目のない対応」「存立危機事態」「駆けつけ警護」「国民の理解が深まっていない」「レッテル貼り」「早く質問しろよ」「アベ政治を許さない」「戦争法案」「自民党、感じ悪いよね」「シールズ(SEALDs)」「とりま、廃案」が入った。

 たしかに数は多い印象を受けるが、しかし、安保法の成立は今後の国家運営に深くかかわる重大な問題であることは明白だ。
しかも、各社の世論調査でも過半数を超える割合の人たちが安保法制に反対し、さらには大多数が先の国会での成立は早急すぎるとして反対していた。
つまり、候補に挙がっているのはいずれも世相が反映された言葉なのだ。

 逆に言えば、「安保関連が多すぎる」と批判する人は、安保法がどれだけ日本の未来を左右する重大な話だったかを理解していない、あるいは安保法制成立に賛成していた“少数派”なのだろう。
 もちろん、そうした人びとの「政権批判に偏りすぎ!」という声は、今年の候補が発表されるや否や、ネットやSNS上で噴出していたが、こうした流行語大賞候補への批判はいまに始まった話ではない。

 じつは昨年も、日本エレキテル連合の「ダメよ〜ダメダメ」と、「集団的自衛権」の2語が年間大賞に選ばれたことで、「言葉を繋げると“集団的自衛権、ダメよ〜ダメダメ”になる。これはおかしいだろ!」という批判が起こり、一昨年も候補に「コントロールされている」「ナチスの手口に学んだら」「アホノミクス」などといった安倍政権に批判的な言葉が並んでいたことに憤る声は挙がっていた。

 そして、怒りの矛先は審査員に向けられた。
新語・流行語は、〈読者審査員のアンケートを参考に、『現代用語の基礎知識』編集部がノミネート語を選出。
選考委員会によってトップテン、年間大賞語が選ばれる〉
(HPより。以下同)が、その選考委員に難癖をつけはじめたのだ。

現在の選考委員は、政治学者の姜尚中、クリエイターの箭内道彦、俳人の俵万智、漫画家のやくみつる、ジャーナリストの鳥越俊太郎、女優の室井滋、『現代用語の基礎知識』の清水均編集長の7名だが、批判者にとってはこの面子が「サヨクだらけ」「諸悪の根源」なのだそうだ。

 しかし、この選考委員がかかわっていない時代から、新語・流行語大賞というのは政治色が強く、かつ政権に批判的な言葉を多く入賞させてきた。

1984年の第1回では中曽根康弘首相(当時)の「鈴虫発言」が銀賞に選ばれているが、翌年には同じく中曽根首相の「100ドルショッピング」を〈国民に舶来品を1人100ドル買って欲しいと訴えかけた。
その姿に国民は半ばあきれ、皮肉を込めて流行語とした〉り、

88年もリクルート事件の言い訳に明け暮れる政治家・官僚を批判した産経新聞の見出し「ふつうは“汚職”と申します」が選ばれている。

 そのほかにも、91年には海部俊樹首相(当時)が発した「重大な決意」が〈政治センスの無さを天下に知らせた〉として銀賞受賞。
94年の新党立ち上げブーム時には小沢一郎の「新・新党」が〈安易な発想に先行きを危ぶむ声が多かった〉として選ばれたり、村山富市首相(当時)の「人にやさしい政治」も〈(これが)政治テーマとはあまりにお粗末、と庶民はズッコケた〉として入賞している。

 とくに象徴的なのは2001年だろう。
この年、年間大賞を受賞したのは、「米百俵」「聖域なき改革」「恐れず怯まず捉われず」「骨太の方針」「ワイドショー内閣」「改革の「痛み」」という6語。

すべて当時の首相・小泉純一郎が発した言葉で、トップテンには「抵抗勢力」も入った。
すなわち、小泉ひとりで7語も候補に選ばれているのだ。
これは〈空前の国民支持を背景に、説得力あるキャッチフレーズを駆使することで01年最多の「流行語生みの親」でもあった〉という解説が指し示すように、いかに当時、国民が小泉首相に熱狂的だったかを後世に伝えている。

 さらに言えば、2011年の新語・流行語は、発表された候補60のうち32が震災・原発関連の言葉だった。
しかも、当時の枝野幸男官房長官の「ただちに」「想定外」、それらを包括した「エダる」、
菅直人首相の発言である「一定のメド」、そのほか「ゼロではない」「原子力ムラ」「安全神話」など民主党政権による原発事故の対応を批判する言葉が数多く候補に挙がっていた。

 これらの歴代の流行語候補・入賞語からわかるのは、世相を反映させようとすれば時の政治に対して風刺・批判的な言葉が入るのは当然のことであり、逆に小泉語が7つも入賞を果たしたのは、その年、それだけ小泉が国民から政治的関心を集めたということだ。

 そこであらためて今年の候補を見てみると、「切れ目のない対応」「存立危機事態」「駆けつけ警護」の3語は、安倍政権を批判した用語でも何でもなく、与党側から飛び出した言葉である。
なにせ安保法制はツッコミどころに溢れた11法案を一気に法律化しようとしたのだから3つでも少ないくらいだし、こうした安保法の根幹にかかわる“曖昧な”言葉が今後どのように用いられていくかは重要な問題で、今年生まれた新語として取り上げるのは当然の話だろう。

 また、「国民の理解が深まっていない」「レッテル貼り」「早く質問しろよ」は、すべて安倍首相の発言で、これらの言葉を駆使して国民世論を無視したという、じつに2015年の政治状況を象徴する言葉だ。

そして、この夏、大規模なデモが市民のあいだから起こったことも同様に今年の大きなトピックであることは誰もが認めるところで、「I am not ABE」「アベ政治を許さない」「戦争法案」「自民党、感じ悪いよね」「シールズ(SEALDs)」「とりま、廃案」が入るのもけっして不自然ではない。

 繰り返すが、安保法制は今後の日本を左右する重大事項であり、安倍首相は国民の大多数が反対していたにもかかわらず一方的に押し通すという歴史に残る“荒技”を披露し、その結果、政治に無関心と言われつづけた若者を筆頭に市民が大規模な反対運動を全国で展開するという現象を生み出した。

──2015年という年を言葉で表すのならば、これらの言葉が候補に選ばれるのはごくごく普通のことなのだ。
 むしろ、こうした言葉が候補に選ばれ、「政治色が強い」だの「批判に傾きすぎ」だのと過敏になること自体が、第二次安倍政権以降、社会を覆う“公の場での政治批判はNG”という空気が感じられてならない。
こうした顛末も含めて、2015年という年の“異常さ”は、今後、記録・記憶されるべきだろう。           
(水井多賀子)
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2015年11月19日

香山リカのココロの万華鏡:依存症者、元はステキな人

香山リカのココロの万華鏡:
依存症者、元はステキな人
毎日新聞 2015年11月17日 首都圏版

 「アルコール依存症は病気です。そして治療があります!」というユニークな名の啓発イベントに参加した。
企画したのは「生きづらさ」を表現する詩人としても知られる月乃光司さん。
月乃さん自身、20代のときにアルコール依存症に陥った経験を持っている。

 イベントの主張は明確で「アルコール依存症は甘えや意志の弱さの問題ではなく、治療が必要な病気だ」というもの。
残念ながら、依存症者は100万人以上いると言われながら、治療を受けているのはわずか4万人あまり。
残りは自分が病気だとも気づかないまま酒におぼれ、周囲に迷惑をかけ自分のからだを痛め続けている。

 イベントで当事者の体験談を聞きながら、私はひとりの患者さんを思い出した。

いわゆる一流大学を出て大手企業に入ったその男性は、仕事などでイヤなことがあるたび飲酒の量が増え、診察室に来たときには昼休みにも缶酎ハイを飲むほどになっていた。
「依存症ですね。治療しましょう」と言うと、彼は視線をそらし「家族がいるわけでもないし、どうなってもいいんだ」とつぶやいた。
40代で独身、趣味もなく「酒をやめても楽しいことがあるとは思えない」と言うのだ。

 話をしていると、とてもまじめで繊細な人だとわかってきた。
大手企業にいて高収入があれば、それだけで「自分は偉い」と自信を持てる人もいる。
しかし、彼は「そんなものはむなしい」と感じ、生きる寂しさ、しんどさといつも向き合ってきたのだ。

私はしみじみ「よくわかります。もし私があなたの会社にいたら、いばってばかりいる人よりあなたのような人と友だちになりたいと思ったでしょう」と言った。
そして、こう付け加えた。「実はそんな人はたくさんいると思いますよ。ただ、酒びたりでは気づくことができないでしょうけれどね」

 「ウソはやめてください」と言われたが、そんな話を何度かするうち、彼は入院を決意してくれて、専門病院を紹介することになった。

酒がなくなったら楽しみがないと言っていたが、そんなはずはない。
今は治療を受けて、新しい友人や趣味などを見つけていると信じている。
アルコールなどの依存症には人間的には魅力的な人が多い。
感受性が鋭いからこそ社会や生活に耐えられず、何かに逃避してしまうのだろう。

そんな人たちに言いたい。
あなたは実はとてもステキですよ。
そして、お酒や薬物をやめたら、もっともっとステキな人になれるはず
         (精神科医)
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2015年11月20日

病院の初診料「一律1万円」増額?

鷲尾香一「“鷲”の目で斬る」
政府、病院の初診料
「一律1万円」の患者負担を検討
…さらに入院時の食費負担増も
2015.11.19 ビジネスジャーナル

 体調が悪くなって病院で診療を受けると、診療継続中でない限り初診料を払わなければならない。
この初診料を1万円にする案が厚生労働省で検討されている。
長時間待ちの数分間診療」と揶揄される病院での診察で、こんな暴挙が起ころうとしている。

現在、厚労省の社会保障審議会は、「大病院に紹介状がなく外来を受診した場合、初診時に通常の窓口負担とは別に一定額の支払いを徴収する」方向で検討を行っている。

 病院には大きく分けて、以下の3種類がある。
(1)特定機能病院
 高度医療を提供し、医療技術の開発・評価を行い、研修ができる病院。400床以上の病床数を持ち、厚生労働大臣によって承認される。
(2)地域医療支援病院
 医療機器などを一般病院や診療所と共同で利用し、かかりつけ医を後方支援する病院。
200床以上の病床数を持ち、都道府県知事によって承認される。
(3)その他の一般病院  
特定機能病院、地域医療支援病院以外の病院。

 大病院とは、上記のうち病床数200床以上の病院を指す。

 現在、病院の初診料は2820円と決まっており、自己負担が3割の場合に患者が支払う額は846円だ。
ただし、病床数200床以上の大病院については、現在でも紹介状がない初診の場合には、2000円程度の特別料金をかけることができるが、その徴収は任意となっている。

 今回、厚労省が検討しているのは、紹介状がなく大病院で受診した場合、初診料のほかに特別料金として1万円または5000円を追加するといった案だが、1万円案が有力になっている。  

大病院の初診料に1万円の特別料金をかける案が検討されている背景には、病気やケガの症状が軽い場合でも患者が大病院に集中する傾向があり、そのため緊急患者などへの対応に影響が出ていることがある。
 確かに、厚労省の2014年受療行動調査によると、医師の紹介により外来で受診するのは35.6%となっており、
紹介がなく外来受診をしているケースが6割以上いることになる。

 一方で、特定機能病院では90.7%、大病院では86.0%が予約をして受診しているが、それでも外来の待ち時間は15分未満が25.0%、15〜30分未満が24.0%、30〜60分未満が20.2%となっており、予約をしていても待ち時間が短いとはいえない。

さらに60〜90分未満が10.7%もおり、中には2〜3時間未満4.4%、3時間以上1.9%ということもある。
 その上、受診時間は3〜10分未満が51.2%、3分未満16.5%と、7割近くが10分未満の診療時間となっている。

「長時間待ちの数分間診療」はいまだに健在なのだ。
こうした状況に、外来患者のうち診療に「満足している」と回答しているのは、57.9%と6割に満たない。
4割以上の外来患者が「不満」としているのだ。

 確かに、緊急患者などへの対応に影響が出たり、軽い症状の患者が大病院に行くことで外来患者数が無用に増加し、混雑を引き起こし、満足な診察を受けられないことには問題がある。
だからといって、特別料金として初診料に1万円を上乗せして、大病院から患者を遠ざける方法が得策なのだろうか。

 厚労省の社会保障審議会では、大病院の初診料特別料金のほかにも、入院患者の病院に支払う食費の自己負担額(1食当たり原則260円)も大幅に引き上げる方向で検討している。

これは、全額自費の在宅患者との公平性を図ることを狙ったものだが、米国では同様の措置を行ったために、食費を払えない入院患者が急増した例もある。

 そもそも安倍晋三政権は、昨年4月の消費税率引き上げの際に、「増税分は社会保障へ使う」と説明し、目的税化したはずだ。
それを反故にするように、国民に医療費負担の増加を押し付ける政策を検討すること自体が公約違反ではないのだろうか。
    (文=鷲尾香一/ジャーナリスト)
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2015年11月21日

年金積立金をギャンブル投資の安倍政権 3か月で10兆円消える

年金積立金ギャンブル投資の安倍政権
 3か月で10兆円消える
2015.11.19 11:00 NEWSポストセブン

「老後破産」「下流老人」という言葉がよくいわれるが、今、日本人の老後が崖っぷちに立たされている
埼玉学園大学経済学部教授の相沢幸悦さんはこう話す。
「老後のために積み立てられてきた年金資金が、この7〜9月のたった3か月の間に、10兆円ほど消えてしまったと計算できるのです」
 それは一体、どういうことなのか──。

私たちが毎月支払ってきた年金保険料は「年金積立金」としてプールされて、将来の年金の支払いに備えられている。
 その積立金を管理しているのは「GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)」という政府機関だ。
その額およそ140兆円。
それらは現金のままではなく、国債や株で運用されている。

 考え方は家計における老後の備えと同じだ。
収入があるときにできるだけお金を貯金しておく。
それでも、“たんす預金”ではもったいないので、少しでも増えるように、銀行預金したり、保険を買ったり、国債や株を買ったりして運用している。

年金積立金の運用は“手堅く慎重に”が基本です。
損をなるべく出さないようにしつつ、少しでもいいので利益を出していく。
もし損が出たら、その分だけ将来国民が受け取れる年金が減ってしまうことになります」(相沢さん)

 そこで、長い間、年金積立金の大半は最も安全な投資先のひとつである「日本国債」で運用されてきた。
儲けが大きいわけではないが、絶対に減らすことはできないという観点から、運用先として選ばれてきた。
 ところが昨年10月、安倍政権は今までの方針を転換。
140兆円の年金積立金の25%で「日本株」を、25%で「外国株」を買うことにした。
さらに、積立金の15%を「外国国債」に投資することに決めた。
 国際的に信用のある日本国債に比べれば、外国国債は値動きが大きいので、値上りの期待が大きい一方で、値下がりするリスクが大きい。

 この10月には「ジャンク債」と呼ばれる国際的に信用の低いハイリスク・ハイリターンな国債にも投資することが決まった。
それには、財政危機にひんしているギリシャ国債も含まれている。
高利回りが期待できる一方で、価値がゼロ(債務不履行)に陥る可能性もある。

 日本株や海外株も同様で、大きなプラスになる可能性もあるが、極端な話、紙くずになってしまう危険性もある。
安倍政権は年金をいわば“ギャンブル投資”にあててしまったのである。

「安倍政権は表向きは“少子高齢化の中で年金財政が逼迫しているので株式投資を増やし、運用益で年金積立金を増やす”と説明していましたが、実際の目的は年金を増やすことよりもむしろ“株価のつり上げ”にありました。
140兆円の4分の1といえば35兆円。
それだけ日本株を買えば、当然、株価を上げることができます。

安倍政権は来年、とても重要な参院選を控えています。
株価が上がれば、政府・自民党の経済政策『アベノミクス』は成功したと宣伝できて、選挙に有利です。
だから、年金積立金を株式市場に投入して、株価を上げたかったのです」(相沢さん)
 そうして、GPIFは私たちの年金を使って株を買い進めたが、今年8月下旬からの世界同時株安の影響で、株価が下落してしまった。
 日経平均株価は2万1000円まで上がったが、一時、1万6000円まで下落。
当然、年金積立金で買っていた株も値下がりしたはずで、あるシンクタンクが損益を試算したところ、約10兆円のマイナスだったというのだ。

 大半を日本国債で運用していれば、これほど大きなマイナスにはならなかったはず。
今回の10兆円という巨額の年金消失は、安倍政権のギャンブル投資の副作用ともいえる。

 一方で、一時的な株価の変動で一喜一憂すべきでないという意見もある。
実際に、アベノミクスによる株価の上昇で、GPIFは2013年度に約10兆円、2014年度に約15兆円の運用益を上げた。
だが、今回はたった3か月で10兆円のマイナスである。
相沢さんが続ける。
「今はまだ10兆円の含み損で済んでいますが、今の株高がいつまでも続くわけがない。
2020年の東京五輪までもてばいいほうで、外国人投資家が売り逃げれば、もっと早く株価は下がるでしょう。
リーマン・ショックの時、当時の運用比率では8兆円の損失で済みましたが、現在の比率ではその3倍の26兆円のマイナスになるといわれています」

 GPIFによる正式な発表は11月末に行われる予定だが、発表と同時に世間に衝撃が走ることは間違いない。
「手堅い信用を望む国民も少なくないはずです。
それなのに安倍政権は国民に対し、“極端に言えば将来、みなさんの年金が3割減ることもありますよ”ときちんと説明をせず、国民の合意が得られないまま、勝手に運用方法を変えてしまった。
これは大問題だと思います」(相沢さん)
 ※女性セブン2015年12月3日号
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ミヤネ屋が「テロは自由と人権のせい」

『ミヤネ屋』も『ひるおび!』も
「仏でテロが起きたのは自由と人権尊重のせい」…
テロ利用して人権制限キャンペーン
2015.11.20. LITERA(宮島みつや)

 パリ同時多発テロをきっかけに、自民党がさっそく共謀罪の検討をぶちあげるなど、国民への監視強化の動きが出てきているが、これに呼応するようにテレビが一斉にとんでもないことを叫び始めた。

 フランスがテロにあったのは自由と人権を尊重しているからだ──。
 たとえば、11月18日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)。
速報でパリ郊外にて発生した銃撃戦を伝えるなか、スタジオで司会の宮根誠司が「イスラム過激派というものに対する根本的な解決は果たしてあるだろうか?」と語ると、コメンテーターの橋本五郎・読売新聞特別編集委員が突如、こう持論を述べ始めた。

「パリっていうのは非常に象徴的で、フランスはやはり人権とか自由とか、そういうものを重んずる。
そうしますとどうしても、まあ、そこは独裁国家のようにはいかない。
そういうところを(テロリストが)狙っているというのが言えますよね。
これから非常にそれは厳しくなるでしょう。
ある程度やっぱり(人権の制限を)我慢しないと」

 いくら“安倍親衛隊”読売の編集委員とはいえ、よくもまあこんな無茶苦茶なことが言えるもんだ、と唖然としていると、橋本のコメントを受けた宮根もまた、驚愕すべきことを口走った。

「フランスという国は人権とか自由があって、監視カメラも他の国に比べれば少ない。
それから『シャルリ・エブド』が狙われたときも、盗聴とか電話の傍受とかそういうことをやらなくちゃいけないんじゃないかっていう、一回、世論が起こったんですけど、それはやりすぎだろって話が起こって。
フランスというところは、ちょっと、こういうことが起こってしまったから言うわけじゃないんですけど、非常に、甘くなっているのがあるんですよね」


 人権や自由とか甘いこと言ってるからこんなことが起きる、もっと監視や盗聴をしていればテロは防げた、宮根たちはそう言いたいらしい。

 いや、こうした主張をしているのは『ミヤネ屋』だけではない。
『ひるおび!』(TBS)『情報LIVE グッディ!』(フジテレビ)など、多くの情報番組、ワイドショーがまるで申し合わせたように、フランスが自由と人権を尊重したせいでテロが起きたと大合唱を始めているのだ。
 だが、これらの解説はすべて真っ赤な嘘だ。

フランスはたしかに以前は、監視、盗聴に消極的だった。
しかしこのところ、テロ対策として諜報活動を強化していた。

昨年春には、内務省の国内情報中央局を国内治安総局に再編し、今年1月のシャルリ・エブド襲撃事件をきっかけに、警察や国の情報機関の権限を強化し人員を増強。
夏には新たな法的枠組みを設け、警察に“裁判所の令状なしで”電話の盗聴や通信傍受ができる広範囲な権限を与えるようになった。

 今回のテロが起きたのは、その後のことなのだ。
つまり、諜報活動をいくら強化しても、市民の携帯電話の盗聴や、郵便物の開封などという“プライバシーを侵害する”対策を重ねても、テロは防げないということを証明したのが、パリ同時多発テロだったのだ。

 そもそも、テロは自由と人権の保障された民主主義国家だけで起きているわけではない。
中東やアフリカの独裁国家でも、さらには中国でも起きているではないか。

 にもかかわらず、テロをむりやり自由と人権のせいにして、その制限を叫ぶ。
これはどう考えても、諜報活動の強化と人権制限が必要という世論を作り出そうとしているとしか思えない。  

実際、19日放送の『ひるおび!』では、公共政策調査会の板橋功、元在フランス公使の山田文比古・東京外国語大学教授、軍事ジャーナリストの黒井文太郎らゲストコメンテーター、そして司会の恵俊彰が一緒になって、テロ対策には通信傍受が重要であること、日本が他国に比べて遅れていることをしきりに強調していた。

 たとえば、警察の天下り団体である公共政策調査会の研究員である板橋の解説はこんな調子だ。
「もともとテロ対策というのは、個人の自由とか権利を制限するものなんですね。
ですから自由と安全のバランスをどうやってとるかというのが、9.11以降の非常に大きな問題なんですね。
たとえば愛国者法では、いまだにそうなんですが、外国人は無令状で拘束できるんですよ。
こうした人権の問題とテロ対策のバランスをいかにとっていくのか。
また通信傍受については、アメリカは行政傍受ができる。
日本は司法傍受しかできません。犯罪があってはじめてできるんですね。
ところが行政傍受はテロを未然に防ぐための傍受ですね。
そういう仕組みがある。
日本もそろそろ必要かとは思うんですが」

 これに対して、レギュラーコメンテーターの室井佑月が「個人の自由を犠牲にしても結局、テロって減ってないじゃないですか。
被害をうけている人って増えていますよね」と、盗聴や監視を強めても効果をあげていないことを指摘したのだが、
板橋は「防いでる事件がものすごくあるんですよ、実は。
全部は公開しません。
なぜかというとインテリジェンス情報によって防いでいるものは手口を公開することになるので」などと強弁。

 恵も「事件が起きてからじゃ遅いから、起きる前になんとかしてくださいよ、ということ」、黒井も「いま世界のテロ対策は9割以上が通信傍受。
ですから通信傍受とプライバシー、自由の問題を、0か1かではなくて、どこまでバランスをとるかという議論が重要。

日本はそのなかでも通信傍受が一番できない国なんですけれども、それでいいのか」と、盗聴・監視の必要性を合唱して、室井の意見をかき消してしまった。

 しかし、これはどう考えても、室井の主張のほうが正しい。
たとえば、アメリカは9.11以降、悪名高い「愛国者法」を施行するなど、イスラム教徒への監視と締め付けを強化、アフガン戦争、イラク戦争などの強硬手段に出たが、テロの件数は減るどころか、増加の一途をたどっている。

 フランスの場合も、中東の専門家の間では、自由とか人権などという話ではなく、むしろヨーロッパでもっともイスラム教徒に厳しいといわれるその国内の空気がテロの原因になったとの見方のほうが有力だ。
 いずれにしても、マスコミが煽っている諜報、盗聴、監視の強化とやらは、なんら現実的な解決を導かなかった。
そして、今後もテロリズムの根本的な抑止にはなりえないのである。

 にもかかわらず、メディアはなぜ、盗聴と人権制限の必要性を強く叫ぶのか。
それは、危機管理の専門家としてメディアに登場するコメンテーターの多くが、元官僚だったり、警察や政府機関と密接な関係を持っている人物だからだ。
 警察や政府機関は今回のテロを利用して、自分たちの権限を増大させ、少しでも多くの予算を獲得することを狙っている。
そのために、自分たちの関係者を使って親しいメディアに恣意的な情報を吹き込み、意味のない政策を喧伝させているのだ。
 しかも、その煽りは、諜報、監視の強化といったレベルでは終わらない。

“安倍政権の機関紙”こと産経新聞にいたっては19日付朝刊で、「日本は『非常事態宣言』ができるか」なる記事を掲載。
フランスのオランド大統領が同時多発テロ後、非常事態宣言を発令したことを受け、一時的に国民の権利を制限する国家緊急権の必要性を強調した。

日本の憲法にその規定が存在せず、「『テロとの戦い』の欠陥となっている」というのだが、これは明らかに、安倍政権がめざす改憲、緊急事態条項創設を誘導するものだろう。
 ようするに、彼らは、国民の生命の安全やテロの未然防止など全く考えてはいない。
自分たちの権限強化と政治目的を達成するために、今回のテロを利用しているだけなのだ。
我々は、ゆめゆめそのこと忘れてはならない。
          (宮島みつや)
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恐怖の警察、「でっち上げ」捜索

恐怖の警察、
「でっち上げ」捜索の被害者が暴露!
公安はあえて危険な存在をつくる」
2015.11.20 Business Journal
構成=吉田典史/ジャーナリスト

「労働運動の闘士」と呼ばれ、55年以上最前線で闘い続けてきた「東京管理職ユニオン」のアドバイザー・設楽清嗣氏は、かつて警視庁から強制捜査をされた。
2001年のことだ。

設楽氏たちが、管理職ユニオンの組合員が不当な行為を受けたとして、ある会社に団体交渉に出向き抗議した。
会社側は「建造物侵入」「暴行」「傷害」などと警察に訴え、家宅捜索が行われたのだ。

 設楽氏は当時をこう振り返る。
「私の家や組合のオフィスを探したところで、犯罪になるような証拠が出るわけがない。
あれは普通の抗議活動であり、訴えは捜索をするためのでっち上げでしかない。
あのような捜索は、警察権力の筋書きの中に早くからあったものだと思う。

 公安警察は、ターゲットが常にいなければならない。そうでないと彼らの存在意義がないし、予算もつかない
市民の治安を守るために、危険な存在をあえてつくりあげるのだ。

 1960〜80年代までは、警察は中核、革マル、革労協などの新左翼をターゲットにしていた。ところが、90年代に入ると新左翼は完全に弱体化した。
公安警察は、新たなる敵が欲しくて仕方がなかった。
 その敵のひとつが、東京管理職ユニオンの私だったのだろう。
家宅捜索を受ける8年前の93年にユニオンを結成し、さまざまな会社と激しい団体交渉をしてきた。
そのプロセスで、警察が目をつけてきたのだと思う」

公安にマークされていた?

 設楽氏は60年の日米安保反対闘争の頃、慶應義塾大学に在学しながら運動にかかわっていた。大学中退後、労働組合や市民運動に身を投じてきた。
公安警察の存在を強く意識したのは80年代の半ばから後半にかけてで、国鉄の解体をめぐる紛糾の頃だったという。

 国鉄労働組合(国労)は労働運動のシンボル的な存在で、当時は依然として国会議員や政府に強い影響を与えていた。
国鉄が解体されようとしているとき、設楽氏は国労の組合員と共に政府・与党である自民党と闘っていた。
 設楽氏は、その頃から公安警察に目をつけられていた可能性が高いと語る。


「国労の組合大会に警察の機動隊が介入してきたとき、私は『機動隊を阻止しろ!』などと声を出し、国労や支援労組の組合員に呼びかけていた。
警察は、『設楽が中心になって運動をしている』と見ていたはずだ。

 一方で、その闘争の後、中核派系と関係がある千葉動労(国鉄千葉動力車労働組合)から、講演討論会の講師に呼ばれた。
おそらく私が警察権力と激しく闘う姿を観察し、声をかけてきたのだろう。
千葉動労で講演をすると、公安警察はますます私のことを警戒しているようだった。

 90年代に入り、私が東京管理職ユニオンをつくり激しく活動をしていたから、公安警察が捜索をするタイミングを見計らっていたのだろう」
 警察は結局、設楽氏を逮捕することはできなかった。
警察の思惑が設楽氏の指摘する通りなのかどうかはわからない。

 東京管理職ユニオンはその後組合員を増やし、勢力を拡大した。
家宅捜索から14年がたった今、設楽氏の影響を受けた組合員たちが全国各地にユニオンをつくり、各地で闘争を行っている。


ユニオンが労働界を変える

設楽氏は、70〜80年代に活躍した労働組合のリーダーである2人の名を挙げた。
全日本鉄道労働組合総連合会(JR総連)や東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)の委員長などを務めた故松崎明氏や日産自動車の労働組合委員長だった故塩路一郎氏である。

「この2人は労働者の心や思いをつかみ、職場権力を握りしめた。
そして経営側と厳しく対抗しつつ自らの権力を行使し、経営者と妥協して組織の力を保持する傾向があった。
職場権力を握り、組合員の支持をバックに闘う姿勢には断固たるものがあり、恐ろしいほどに強かった。
今の時代、こんな労組のリーダーはいない」

 そして、こんなことも明かした。
「労働組合・連合のあるベテラン幹部は、大企業の企業内労組のリーダーたちには職場権力を握り、経営側と交渉する発想も意欲もないと嘆いていた。
そのひとつが大手の電機メーカーの企業内労組が加盟する電機連合だという」

 さらには、日本最大の労組・連合のタブーを語る。
企業内労組のある幹部は、会社の人事部と結託し、不都合な組合のリーダーを上部の産業別労組である電機連合に追い出してしまう。
電機連合には、それぞれの企業内労組から追い出しを受けたリーダーが集まる、と話していた。  電機連合には、企業内から排除されたリーダーが集まり、その中でさらに電機連合にとって不都合なリーダーが現れると、今度は、その上部団体のナショナル・センターに追い出す。
つまり、ナショナル・センターは“吹きだまり”が集うところだ。

連合推薦ということで民主党公認の国会議員がいるが、あれもそれぞれの産業別労組で追い出しを受けたような人たちなのである。
 結局、連合は上のほうに行くほどに、企業別労組、産業別労組から排除されたリーダーたちが担うことになる。
ただし、ナショナル・センター本部に来る10人のうち、2人ぐらいはキラ星のごとく光る人材である。
こうした人材が連合を引っ張っていると連合の役員は語っていた

 設楽氏によると、連合と対立する全国労働組合総連合(日本共産党系)、全国労働組合連絡協議会(社会民主党系)もまた、連合の体制と大きくは変わらないようだ。
設楽氏は闘争のキャリアが55年を超えるだけに、全労連や全労協の役員とも深いつながりがある。

「全労連は“闘う労組”に見えなくもないが、連合のダメな組織体制をもっと小さくしたものでしかない。
悲しいことに、日本の企業別労組の弱さを克服できていない。
ただし、全労連に加盟する日本医療労働組合連合会(医労連)や全労働省労働組合(全労働)などは、政策をつくる能力、横断的な闘争力において優れており、組合員の意識も高い。


 全労協は、もはや論外。
連合や全労連と比較にならない。

私はかつて全労協副議長だったから内情はよくわかる。
我々ユニオンの多くは、連合に加盟している。
連合の中から連合のあり方を変えていく。
つまり、体制内改革を志す。
全労連や全労協のように、外から騒ぐだけでは意味がないからね」
 設楽氏は、こう熱く語った。まだ闘志は燃えているようだ。
(構成=吉田典史/ジャーナリスト)
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2015年11月22日

菊池桃子が安倍政権にダメ出し!

1億総活躍会議に入った
菊池桃子が真っ当すぎる!
1億総活躍は意味不明、
安倍政権の弱者排除にきっぱりダメ出し
2015.11.21.LITERA(大方 草)

 鳴り物入りではじまった第3次安倍内閣による「1億総活躍社会」。
非正規雇用が4割の大台に乗り、社会保障費を削減して軍事費につぎ込むこの政権が何を言っても何の期待感ももてそうにないが、そんななかで思わぬ“刺客”が現れた。

それは「1億総活躍国民会議」に有識者として民間議員に選ばれたタレントの菊池桃子だ。

 まず菊池は、10月29日に開かれた第1回目の会合で、さっそく「1億総活躍」というネーミングに噛みついた。
「この一億総活躍社会という言葉について、皆さんが意味がわからない、もう少し詳しく説明して欲しいという言葉をよく耳にいたします。
私はソーシャル・インクルージョンという言葉で多くの部分の説明を補えるのかと思っています。
ソーシャル・エクスクルージョン、社会から排除するものをつくる。
インクルージョンは社会から排除するものをつくらない
国連の理念をもとに広義な意味に捉えられ世界に広がったこのソーシャル・インクルージョンがまさに一億総活躍社会という言葉とつながってくると思うのです」(首相官邸「議事要旨」より)

 この初会合の後、菊池は記者団にこのように語っている。
今、排除されているであろうと思われる方々を全て見渡して救っていくことを、あらゆる視点から、今日各大臣がご参加いただきましたので、考えていただきたいと、そのように申し上げました」(産経ニュースより)

 つまり、菊池は「“1億総活躍社会”では、排除されている人たちへの視点が足りていないのでは?」と、安倍首相はじめ内閣の大臣たちを目の前にしてやんわり批判したのだ。

 この「1億総活躍国民会議」の有識者に選ばれた際には、「元アイドルを使ってイメージアップ」「ただのお飾り人形」「参院選で自民党から出馬する前振り」などとメディアやSNS上で揶揄された菊池だが、ところがどっこい、蓋を開けてみれば、じつに真っ当な見識の持ち主だったのだ。

 しかも菊池による安倍政権の政策に対する“ダメ出し”は、これで終わらなかった。
先日12日に第2回会合が開かれたが、ここでも菊池は「女性の活用」を謳う際によく用いられる“ダイバーシティ”(多様性)推進について言及。

会合後、このように語っている。 「人材活用の中でも多様な人材を生かしていく社会のことを『ダイバーシティ』という言葉で解説することが多いと思いますが、ダイバーシティ人材、あらゆる人々がですね、やる気をなくしたり、前向きな意思をなくすような日本の慣習があるのではないかと話を致しました
「具体的には企業の採用資格や受験資格というところに心身共に健康な者、もしくは心身とも健全な者という一文がございます。
これを見たときに病気を持った方々や障害を持った方々などがこの一文があるためにチャレンジすることを躊躇してしまう、あきらめてしまう現実がございます」
「病気や障害の方々はもともと権利を持っているわけですが、義務も果たしたいと夢を描いています。
とりわけ私がインタビュー調査を致しました若い児童、学生たちにおきまして、その意志が強く、権利を主張するだけではなく義務を果たしていきたいと。
その時の社会に飛び出る障壁となるものが、例えばその一文であったりするわけです。
その観点から企業、学校の採用基準の一斉見直しを提案致しました」(同前)

 この話を会議で聞いていた安倍首相は、一体どんな気持ちだったろうか。
じつのところ、安倍首相は「私にとってのダイバーシティとは、社会政策ではなく、成長戦略なのです」
「グローバル競争を勝ち抜き、日本経済の好循環を実現するため、全ての人が輝く社会を、共に創り上げていきましょう」(「平成25年度ダイバーシティ経営企業100選表彰式・なでしこ銘柄発表会シンポジウム」)と述べているように、国民を“経済発展のためのコマ”としか見ていない。
しかも、厚労省は先日9日、「障害福祉サービスの利用者負担を拡大する方針を明らかにした」(福祉新聞11月16日付)ばかり。

1億総活躍だ、ダイバーシティだ、と声高に叫んでも、実情はまったく伴っていないのだ。
これは「女性の活躍推進法」がエリートのキャリア女性支援に留まり、待機児童やシングルマザーはもちろん、男性の育児・家事参加、男性優位社会の是正といった構造的な問題解消に踏み込もうとしないのと同じ話である。

 そんななか、この空疎な政策に菊池は正面から切り込み、採用・受験資格の一文にダイバーシティ推進とは真逆をゆく、社会における弱者排斥の思想が滲み出ていることを訴えたのだ。

 正直、まさか菊池桃子がここまで“有能な有識者”だとは、筆者も思いもしなかった。
生き馬の目を抜く芸能界でも強い自己アピールなどせず、謎のロックバンド「ラ・ムー」を結成させられたり、清純派なのにお色気コメディ映画の『パンツの穴』に出演し「もう、ムキンポ君ったら!」なんて言わされていた、あの菊池桃子が、である(黒歴史ばかり並べてごめんなさい)。

しかし、その発言は、よりよい社会をつくりたいという菊池の志の高さがよくわかるものだ。  すでによく知られているように、菊池は09年に法政大学大学院に進学し、修士課程を修了。
現在は母校である戸板女子短期大学の客員教授やNPO法人キャリア権推進ネットワーク理事を務めている。
そもそも大学院に入学したきっかけを、01年に出産した第二子の長女が乳児期に脳梗塞を発症したこと。
健常児の長男と、ハンディキャップをもった長女──「圧倒的に(社会において)壁が存在したのは障がいのある娘のほうで、矛盾を感じたのです」(「STORY」光文社/13年10月号)と菊池は言う。

「(長女は)身体の弱さゆえに、幼稚園や小学校を探すことが難しいという現実にぶつかります。
地域の就学相談も脆弱に感じました」(生産性出版『キャリア・チェンジ!』コラムより)  

14年2月に開かれた講演では、菊池は長女が幼稚園に進学するころ、娘本人からこんな質問を受けたことを明かしている(「女性自身」光文社/14年3月11日)。
「ママ、私って普通の小学校に行けるの?」
「私は将来、どんなお仕事ができるの?」

 この問いに、「確かな答えを持っていなかった私は、いい加減なことを言ってその場をごまかしてしまったんです」と言う菊池。
そして「子どもたちのキャリア形成をとりまく社会構造に疑問と問題意識」をもった彼女は、キャリアについて学びたいと考えるようになった。

「病気とか障害という人の心と繊細につながった部分に、何の知識もない私がいたずらに踏み込むことは、危険ですよね。
ほんのちょっとのことで、人を傷つけたりします。
だからこそ、大学院での学びが、私には必要だったんです」(同前)

 キャリアを“誕生から人生の終焉まで”と捉え、自分の芸能活動を通じてキャリアと雇用の問題を広く社会に発信したい。
そうした強い思いをもった菊池が、「1億総活躍国民会議」の席で“お飾り人形”でいるはずはない。
むしろ、威勢ばかりがよくて実質を伴わない空虚な安倍政権の政策に、弱者の視点に立った提言をぶつけてくれるのではないだろうか。

 それにしても、安倍首相はいまごろ頭を抱えているはずだ。
普段は有識者委員会などを「お友だち人事」で固め、異論が出ないようあらかじめセッティングするのが安倍首相の常套手段。
しかし今回、菊池を選んだのは安倍首相の右腕である加藤勝信・一億総活躍担当相だ。
しかも選考理由は「加藤大臣が以前から(菊池の)ファンだった」(「週刊新潮」新潮社/11月12日号)から。
「明らかに破格の扱いで、向かい合わせに座った加藤大臣は終始、彼女に見とれていたとか」というから呆れてしまう。

だが、菊池はただカワイイだけの元アイドル教授ではなかった。
彼女が真っ当なことを言えば言うほど、「1億総活躍社会」の綻びは露わになる。
これは政権にとって“大誤算”だったのではないか。

 実際、第二回目の会合で菊池が「企業、学校の採用基準の一斉見直し」を提案したことについて、「総理からの何か言葉をかけられたか」と記者から訊かれた菊池は、「今日は個別で1人1人へのお言葉はありませんでした」と答えている。

 今後、菊池は会議で冷たい扱いを受けることもあるかもしれないが、ぜひ奮闘してほしいと願わずにいられない。
そして、安倍政権が排除しようとする、弱い人びとの声を届けてほしいし、その期待に応えてくれるはずと信じたい。

なにせ、彼女は前掲書『キャリア・チェンジ!』のなかで「生涯にわたり学習を続ける決意です」と述べ、こんなふうに力強く宣言しているのだから。
「動き出した私は、もう止まることはないでしょう」
                             (大方 草)
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磯野カツオ症候群?「宿題をすぐやらない」わが子への対処法3つ

磯野カツオ症候群?
「宿題をすぐやらない」
わが子への対処法3つ
2015.11.22 11:30 NEWSポストセブン

「遊ぶ前に宿題をやりなさい!」
「順番が違うでしょ!」などと、お子さんに毎日言っているお母さん、いらっしゃいませんか?

“学校の宿題”を片付けてから遊んだりゲームをしたりすれば、夜になってから慌てたり、忘れたりすることもなく、安心。
ですが、宿題を後回しにしたがるお子さんって、多いですよね。

「このままでは、ウチの子は宿題忘れの常習犯になったり、学校の成績が落ちたりするのでは?」とちょっと不安になるお母さんもいることでしょう。

そんな、すぐに宿題をやらないお子さんにはどう対処したらいいのでしょうか?
 今回は感情美人デザイナー、柊りおんさんの著書『「感情美人」になれる7つの扉』を参考にお伝えします。

■1:親が考え方を変えてみる

柊さんによれば、そもそも“子どもは学校から帰ってすぐに宿題をするべき”という考えは、少し偏っているとのこと。
「えーっ!?」と思われた方もいらっしゃるかもしれないですね。

子どもは学校で、長い授業を受けたり、そうじをしたり、友だちや先生に気をつかったりして過ごしてきているものですよね。
やっと帰ってきた家は、子どもにとっての安全な避難地帯。
そんな家で子どもがのんびり過ごしたり、友達と遊んだりしたくなるのは、ある意味、あたり前なのだそうです。
だからこそ、まずは親がゆったり構えてあげるべき。
「すぐに宿題をしないのは、子どもが学校生活を頑張ってきたからなんだ!」と思うようにしましょう。
腹を立てるのは、実は“自分の不安が大きいから”かもしれません。
一度、自分自身を振り返ってみるのもいいそうですよ。

■2:子ども自身に決めさせる

といっても「今の状態を放っておけない」という親もいらっしゃるでしょう。
そんな方は、「宿題やりなさい!」と言うのではなく、まず、お子さんに「何時になったら宿題をするの?」と聞いて、宿題をする時間を決めさせてみましょう。

一度、子ども自身に生活時間の主導権を握らせてみるのがよいそうです。
そもそも、誰でも自分のことは自分で決めたいもの。
それを、いつも親が押さえつけて言うことを聞かせようとしてしまうと、子どもは力を最大限に発揮できなくなってしまいます。
すると、そのうちに、親の機嫌を損ねないことばかり考える子になってしまうそうです。
時間を自分で決めるなど、主体性をもって物事に取り組めば、脳の自己報酬神経群が活性化して、モチベーションアップすることができるのだそうです。

■3:親がプランに補足を

もちろん、子どもの判断には未熟な部分があるので、親が補足することも必要。
子どもが「じゃあ○時に勉強する」と言っても、それがふさわしい時間でなければ「○時は遅すぎない?」
「何分でこれができそう? だったらこうしてみたら?」など、学習プランについてアドバイスしてあげましょう。
こうしてできたプランについても、親がその後、実行できているかどうかも見てあげます。
もし成功確率が6割を下回るようなら、プランを練り直してみるのがよいそうです。

いかがでしたか? 親が少し関わり方を変えるだけで“すぐにやらない子”が“主体的に動ける子”や“モチベーションの高い子”に変わる可能性があるそう。
ピンチはチャンス”ととらえて、お子さんへの接し方を考えてみてくださいね。
     (ライター 川口沙織)
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2015年11月23日

「本当はいくつ?」血圧を巡るデータに素朴な疑問

イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常
「本当はいくつ?」
血圧を巡るデータに素朴な疑問
2015年11月20日 読売新聞

 今日は、「本当はいくつ?」と言うおはなし。
自分の歳をちょっと若く吹聴している人への率直な疑問ではないのですよ。
企業の不祥事などがあると減給○○%とか、役員手当の返上とかが報道されますね。

でもそんな時に思いませんか。いくらの月収がいくらになったのだろうと。
年収に換算するといくらの所得が、今回の不祥事の反省としていくらに減額になるのだろうと。

「本当はいくらになったの?」という疑問が生じますよね。
庶民からするととんでもない高額をもらっている人が30%減俸といっても、庶民感覚からすると遙かに高額な年収を維持しているということかも知れません。
そのあたりが、実ははっきりとわからないことが多いということです。
また、報道から受けるイメージと事実には乖離があるかもしれないということです。

死亡者が27%も減るのなら…  今回、次の様な記事がありました。
「血圧120未満で病死27%減」という内容です。

死亡者が27%も減るのであれば血圧は120未満にした方が良いに決まっていると直感的には思いますよね。
この根拠になっている論文は、世界の一流医学雑誌であるNew England Journal of Medicineに載っていて、PDFが閲覧できます。

くじ引きでグループ分け!?

 概要は、くじ引きで約15000人を2つのグループに割り当てます。
くじ引きで治療をきめるのですが、これが一番、信頼性のある研究だと言われているのです。
ひとつのグループは収縮期の血圧を140未満にします。
収縮期とは血圧を測ると示される高い方の値です。
ちなみに低い方の値を拡張期血圧と言います。

今回、このグループの多くの患者で血圧は130から140に収まるようになっています。
もう一つのグループは、収縮期血圧を120未満にします。
そして死亡数や心臓血管疾患の発病率を調べました。

まず15000人中、今回の検査に適さない人が除外され、結局 140未満にしたグループは4678人、120未満にしたグループは4683人でした。
彼らを平均3年半観察すると、140未満にしたグループの死亡者は4.5%、120未満にしたグループの死者は3.3%となりました。

そこで4.5%の死者が3.3%の死者になったので、(4.5−3.3)/4.5の計算をすると0.27となり、死亡者が27%減となります。
確かに素晴らしい結果です。
血圧を120未満にした方が、27%も死亡者が減るのです。
要するに、給与の減額に例えると…  では実数はどうなのでしょうか。
「本当はいくつ?」という疑問です。

実際に観察期間中に何人が死亡したのでしょうか。
140未満にしたグループでは死亡者は210人、
120未満にしたグループでは155人でした。
それぞれのグループは4678人と4683人で、両グループの違いはたった5人ですから、ほぼ同数とみていいですね。
つまり単純に人数で比べてもOKで、死亡数の差は55人です。
全体が約4600人ですから、約1%ですね。

ある人は「たった1%の差であれば、余り気にしない」と言うでしょう。
むしろこんな意見のほうが多いかもしれません。
最初の見出しにあるような「病死27%減」という文言にまったくウソはありませんが、実際の死亡数と見出しから受けるイメージは相当違いますね。

また、重大な有害事象という欄に着目すると、急性腎不全や急性腎機能障害の項では、なんと140未満にしたグループでは120人、
120未満にしたグループでは204人が罹患りかんしています。

つまり、血圧を120未満に強制的に下げることにより死亡者は55人減ったが、急性腎不全は84人増えたことになります。
給与の減額の話に例えると、「27%も給与をカットしたが、でも他でそれ以上の副収入を得た」といったイメージです。

医療を巡る報道、妄信しないで

 そんないろいろな事情を考慮して、医師は各個人に適切だと思える治療を行います。
僕は、運動や食事制限、そして少ない内服薬で血圧が120未満になるのであれば、それはとてもおめでたいことと理解します。
そして血圧が下がることによるふらつき感やめまいなどがないことも大切なことですね。

一方で、140までは血圧が簡単に下がるが、120にするには多数の内服薬を追加する必要があるのであれば、薬の副作用も当然に増えるでしょう。
そうであれば「これぐらいの血圧で妥協するか」という話になります。
その当たりの事情を勘案して医師と患者さんが相談して決めればいいことです。

患者さんがいろいろな報道を見て、それを参考にするのはとてもよいことです。
そして何気なく見るぐらいであればまったく問題ありませんが、それを頭から信じることにはちょっと注意がいります。

まして医療従事者であれば、頭から信じる前に原文をしっかり読むことが必要です。
大切なことは、いろいろな情報に精通して、そして患者さんの「いろいろ感」を考慮して、バランス良く考えることができる「かかりつけ医」の先生を見つけることが大切ですよ。
そして、いろいろと率直に相談してください。
かかりつけ医の先生と一緒によりよい健康管理をしましょう。

 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。
 
◆新見正則(にいみ まさのり)
         帝京大医学部准教授
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2015年11月24日

介護離職「対策」*危機招く大本になぜ手つけぬ

介護離職「対策」
危機招く大本になぜ手つけぬ
2015年11月23日(月)しんぶん赤旗「主張」

 安倍晋三政権の目玉政策「新3本の矢」の一つ「介護離職ゼロ」の具体化へむけて、厚生労働省が介護サービス「充実・加速化」案を検討しています。

従来の在宅・施設整備計画に6万人程度上乗せするなどというものです。
特別養護老人ホームの入所待ちの高齢者が50万人を超すなど介護拡充への国民の願いは切実なのに、この程度では、とても追いつきません。

こんな対策案しか出せないのは、社会保障費削減路線という大本を正そうとしないためです
「介護離職ゼロ」というなら、社会保障を削る政治からの転換が必要です。

在宅も施設も経営深刻

 「新3本の矢」は、「介護離職ゼロ」のほか「国内総生産(GDP)600兆円」「希望出生率1・8」を掲げ、安倍政権のうたう「1億総活躍社会」の柱になっています。

 安倍首相が「新3本の矢」を持ち出したのは、戦争法強行で広がった国民の怒りや、「アベノミクス」の行き詰まりをごまかす狙いからです。
そのため従来の政策の焼き直しや寄せ集めがほとんどで、財源的裏付けも乏しいものです。

 厚労省の介護「対策」も小規模です。
2020年代初頭に介護の受け皿を約34万人増やすとした当初計画を、約40万人増に変更するなどというものです。
増設する対象として在宅・施設の6サービスを列記したものの、切実に求められている特養をどの程度増やすのかは不明です。

親などの介護のため仕事をやめざるをえない約10万人の介護離職者、その数倍といわれる「離職予備軍」の深刻な現状を打開する展望は見えません。

 問題は、現場に危機と困難をもたらしている大本の介護報酬大削減を中止・見直す姿勢が示されないことです。
介護保険財政から事業者に支払われる介護報酬は、介護の質を保障するのに見合った予算が必要です。
ところが安倍政権は介護サービス希望者が急増しているにもかかわらず、今年4月から過去最大規模の報酬引き下げを強行しました。
それが引き金となり、特養などの施設でもデイサービスなど在宅でも多くの介護事業者が苦境に陥っています。

 厚労省所管の独立行政法人が行った介護報酬改定影響調査(10月公表)では、7割の特養が減収になり、過半数の特養が先行き懸念を表明しました。
職員の処遇改善もすすまず施設建設のメドがたっても職員確保ができずに開所を断念するケースもあります。
地域からデイサービスがなくなり利用者が行き場に困る事態も続発しています。

東京商工リサーチによれば今年1月〜10月の老人福祉・介護事業の倒産は62件と過去最悪です。

 多くの事業者、労働者が報酬引き下げは「介護崩壊」を加速させると警告したのに、「必要な改革」といって強行したのは安倍政権ではないのか。
あまりに無反省です。

介護報酬引き上げてこそ

 「介護離職ゼロ」を真剣にめざすなら、直ちに介護報酬を元に戻し、引き上げるべきです。
介護職員などの処遇改善は急務です。
その際、利用者負担増に跳ね返らない措置をとることは必要です。

 特養の入所要件を要介護3以上に厳格化するなどした介護保険改悪は中止・撤回すべきです。
さらなる介護保険改悪・社会保障費削減は許されません。
安心の介護を実現するため社会保障費拡充を求める世論と運動を広げるときです。
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2015年11月25日

マイナンバーの通知カード受け取りは「義務」ではない!?

マイナンバーの通知カード
受け取りは「義務」ではない!?
2015.11.24 日刊SPA ニュース

「マイナンバー」制度(行政手続番号法)が10月5日に施行された。
現在、住民一人ひとりに割り振られた12桁の番号の「通知カード」が入った簡易書留が全国一斉に配られている。

ところが誤配達が全国各地で相次いだり、自治体が住民票の写しに誤って個人番号を記載して交付したり、関連事業の厚労省職員が収賄で逮捕される事件も起きるなど、早くもその信頼が大きく揺らいでいる。

 そんななか、裁判などでの制度廃止を訴えるのではなく、簡易書留の受け取り自体を「拒否」する人々が続出しているという。
受け取り拒否をした長野県在住の会社員・A氏はこう語る。
「書留を持って配達員が来たので『どこからですか?』と聞いたら、ちょっと小声で『マイナンバーです』と言うのです。
『あ、それなら拒否でお願いします』と言って、赤字で『受取拒否』と書いてサインしました。簡単でしたよ」

 現在届けられているのは、12桁の個人番号を知らせる「通知カード」。
氏名、住所、生年月日、性別、マイナンバーが書かれていて、顔写真は記載されない。
通知カード単体では運転免許証などのような本人確認のできる書類とはならない。

 なお、総務省によると「番号確認と本人確認を1枚で行いたい場合は、個人番号カードが便利」だという。
個人番号カードにはICチップが導入され、表面に氏名、住所、生年月日、性別、顔写真があり、裏面にマイナンバー(個人番号)が記載される。

◆番号は住民票でも確認できる

「ところが、この通知カードを受け取ることや、個人番号カードを取得することが『義務ではない』ことはあまり知られていません」と語るのは、マイナンバーの受け取り拒否アクションを「民主的非暴力・不服従行動」の一つとして匿名で紹介しているサイト「What’s デモクラシー?」のB氏。

「通知カードは簡易書留で届くので、配達員に『受け取り拒否したい』と告げてサインすればいいだけです。
うっかり受け取ってしまった場合でも、未開封なら『受取拒否』と書いて署名または押印した付箋を郵便物に貼って、郵便窓口に持参するかポストに投函すればいい」(B氏)

受け取り拒否アクションが発端となり、マイナンバー制度が崩壊する可能性もあります」とB氏は言う。
多くの人が通知カードを受け取らず、個人番号カードを申請せずに、『利用者が少ない』という既成事実ができれば、3年後に制度が見直されることもありうるとのことだ。

「通知カードを受け取らないと、例えば『会社からマイナンバーを提出しろと言われたときに困る』という人がいます。
でも、住民票の写しや住民票記載事項証明書を取得するとき、マイナンバーが記載されたものを交付できます

どうしても必要になったら、その方法で確認すればいいのです」(B氏)

◆「番号の記載がなくても罰則や不利益はない」と政府が明言

 マイナンバーを拒否した場合に気になるのが、保険や税金などマイナンバーがかかわる分野で、罰則や不利益を被らないかということだ。
しかし、最近になって「従業員は会社に番号を渡さなくても、会社は従業員から番号を受け取らなくても、何も問題ない」と、政府自身が言い始めている。

 全国中小業者団体連絡会(全中連)が、マイナンバー制度実施の延期・中止を求めると同時に「共通番号の記載がなくても提出書類を受け取り、不利益を与えないこと」などを要望。

それに対して内閣府、国税庁、厚労省など関係各省庁は
「カード取得は強制ではなく、取得しないことで罰則や不利益はない」
「番号がなくても書類は受理する」
「番号の記載がないことで従業員・事業者に罰則や不利益はない」などと回答した。

「これを受けて『What’s デモクラシー?』では『わたさない×受け取らない』労使コラボアクションを提案しています。
従業員が番号を提出しなくても、提出拒否の経過記録がなくても問題ありません。
逆に、従業員が番号を提出すると、事業者には膨大な管理義務と罰則や不利益のリスクが生じます。
マイナンバー制度には、できるだけ関わらないほうがいいようです」(「What’s デモクラシー?」C氏)

 続出する「マイナンバー拒否」。
11月24日発売の『週刊SPA!』では、特集記事「マイナンバーを拒否する人々」を掲載。
マイナンバーを拒否する人々を直撃、彼らが指摘するその危険性と、拒否に至った理由をリポートする。 
   <取材・文/週刊SPA!編集部>
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2015年11月26日

伊勢谷友介が対テロ戦争を真っ向批判 .

伊勢谷友介が対テロ戦争を真っ向批判!
子供が殺されたら黙っていられないのは相手も同じ、
正義の武力はない
2015.11.24. LITERA(水井多賀子)

 パリで起こった同時多発テロを受けて、案の定、安倍政権はテロへの危機感を煽り、テロ発生以前から安倍首相が「極めて重く、大切な課題だ」と発言してきた緊急事態条項の創設に向けて本格的に動き出す見込みだ。

同時に、メディアも難民や在日外国人までをもテロリスト呼ばわりし、緊急事態条項なくしてはテロに対抗できないと触れ回っている。

 一気に噴出した排斥主義と、対テロ戦争の“正当化”──。

だが、こうした高まる声に抵抗の姿勢を示したのは、俳優の伊勢谷友介だ。
〈テロを非道だと思うのは、その行為からだ。
しかしその行為に至るのには必ず理由になる彼らに対する非道があったからだ。
それを無視して、非道だからと怒りに任せて攻撃するのは、これまでの歴史的事実を知っていれば、解決にならない。
子供が殺されたら黙っていられない。それは相手も同じ。〉

 伊勢谷がこのように述べたのは、今月16日のツイッターでのこと。
政権もメディアも、そしてツイッターなどのSNS上でも、テロ行為への非難が溢れかえっているが、一方、シリアでは“正当化”された空爆によって多くの市井の人びとが命を落としている。
そもそもISを産みだしてしまったのは、すでにアメリカの欺瞞が暴かれているイラク侵攻に原因がある。
この現実に目を向けなければ、負の連鎖はつづいていくだけ
──ヒートアップする「対テロ戦争こそ解決策」という意見に、伊勢谷は問題の深層を直視することを呼びかけたのだ。

 じつは伊勢谷は、テロ発生の翌日である14日にも、このようにツイートしている。
〈環境に殺し、殺される前に、自滅への強烈なアクションが始まったのか。。。
今回のパリの事件は、どこにでも起こる可能性がある。
人が人に銃を向けた事の人類のツケだ。
正義の武力はないのだ。
この繰り返しを過去の物にしなければならない。〉

 だが、この伊勢谷の投稿には、“理想論では?”“武力でナチスの非道を止めた歴史もある”などの意見が寄せられた。
しかし、伊勢谷はそれらの声に対しても、冷静にこう返した。

時代が変わるとは、人間が変わるということです。〉
何故彼らは戦うのか、それを知ってごらん。
彼らは命を捨ててまでテロを起こす。
エゴではない。
平和の創造の為に、国家で攻撃を加える事で成しえないのは、歴史を見れば明らか。
それを一人一人が考えるから、世の中が変わる。〉

 そして、“テロによって親や子ども、恋人が殺されたら、負の連鎖だとわかっていても報復に出るものでは?”という意見には、
〈それが普通〉と同意を示した上で、このように続けた。

〈つまり、それが普通だから、戦争は無くならないんだ。
平和を創るには普通じゃない人が増えなくてはいけない。〉

 負の連鎖を止めるためには、どこかでそれを断ち切る必要がある。
ほかでもない、私たちが平和を求めるのならば──。
いつの時代も戦争は「普通のこと」「当然の行為」と肯定されて繰り返されてきたが、その「普通」こそを変える必要がある、と伊勢谷は述べるのだ。

 こうした伊勢谷の言葉からは、彼がいかにただの理想論ではなく「戦争」を見つめ、ひとりひとりの意識の変革を訴えていることがよくわかる。

実際、伊勢谷は俳優業と同時に「人類が地球に生き残るためにはどうするべきか?」を考え、実践する「リバースプロジェクト」という社会運動を始動させ、つねに“考え、実行することが大事”だと主張している。

〈無理だとしたら諦めるしかない。それが生きる事ならば、即刻やめたい。
違うんだよ。
諦めない人が世の中を変える。〉

〈人生は苦しい。
社会も不具合だらけ。
受け入れ難い事実もある。
でも現在はそれが人間というものであり、事実そのもの。
見つめることで、できることを見つける。
人間が作る不具合は、今を生きる人が改善する。
その行動が「志事」となり、社会を支え、未来を創る。〉

 社会を変えるにはどうすればいいか。
それを考えてきた伊勢谷にとって、今回のテロ問題に反応したのも、“対テロ戦争は仕方ないこと”だと思考停止する人びとに“諦めるな”と警鐘を鳴らしたかったのかもしれない。

 もちろん、その思考の先には対テロ戦争を肯定する政権への不信感もあるだろう。
現に2013年11月には、特定秘密保護法に対して、このように意見を述べていた。

〈特定秘密保護法案を可決しようとしている現政権。
知らなければ、問題を考えられない人が増えて行く。
そして、国民は馬鹿になってゆく。
馬鹿になれば、問題は為政者に任せるだけになる。
参加型民主主義に逆行中の日本。
9万件のパブリックコメントの約9割は反対。
それを反故にしてる現政権〉

〈参加型民主主義に逆行中の日本〉という指摘は、この発言から2年後であるいま、まさにどんどん進行している事態だ。
とくに安倍首相が進める緊急事態条項は、国民は国の指示に従うことが強要され、人権さえ制限される可能性がある“国民に考える余地を与えない、馬鹿にするための”規定だ。

 これ以上、考えることを止めて政権の言うがままになれば、どんな未来が待っているのか。
今回、伊勢谷が発した“平和を創るには普通じゃない人が増えなくてはいけない”“世の中を変えるためには諦めてはいけないという声が、多くの人びとの考えるきっかけになることを切に望むばかりだ。
      (水井多賀子)
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2015年11月27日

元大使・天木直人氏「中東の不条理は武力では解決できない」

元大使・天木直人氏
中東の不条理は
武力では解決できない
2015年11月24日 日刊ゲンダイ

パレスチナ問題でスンニ派結束の可能性

 過激派組織「イスラム国(IS)」がパリで起こした同時テロに世界中が震撼している。
だが、このモンスターは12年前に米国が始めたイラク戦争の結果、台頭したことは、もはやブレア英首相ですら否定できない事実。
結局、米国が主導する「テロとの戦い」は、その解決策を誤ったのではないか。

当時、小泉首相に「米国のイラク攻撃を支持してはいけない」と進言し、外務省を解雇されたのがこの人、元レバノン特命全権大使の天木直人氏だ。

反骨の元外交官は、
今回の惨劇と混沌をどう見ているのか。

――パリの事件を受け、G20が対テロ戦争で「連帯」を表明し、米仏はISへの空爆強化を表明しました。

 世界の安全のために、有志連合が言うような武力攻撃でテロを封じ込めることができるのならそれでいい。
しかし現実には無理なのです。
特に、ISを封じ込めることはできない。
それはもう誰もが認めざるを得ません。
暴力と弾圧が繰り返される悪の連鎖の典型に陥っています。

――武力ではIS掃討はできないということですね。

 ISの台頭が報じられ始めたのは昨年5月でした。
ちょうど私は入院していてテレビばかり見ていたからよく覚えているのですが、大型車両に乗った真っ黒な服を着た兵士たちが出てきて、彼らは「俺たちは帰ってきた。
落とし前をつけに来た」と言っていたのです。

「落とし前」という言葉を聞いた時、「これだ」と思いました。
米国が9.11後にアフガンやイラクでやったことに対する“復讐”ということでしょう。
米国はそれだけ不条理なことをしたのです。

――不条理ですか。

 私の中東問題の原点は、二十数年前のサウジアラビア勤務と01年からのレバノン大使としての経験にありますが、やはり、中東、イスラム、アラブというのは不当な差別を受けていると思うんですね。
いろんな意味で。典型的なのがパレスチナ問題です。
イスラムが差別される根底には、やはりイスラエルの存在がある。
ここのところを、頭ではなく実感として理解しないと、なかなか分からない。
中東の不条理というか不正義です

 レバノンにもパレスチナ人がいるのですが、彼らと話すとみな一様に、「いま自分たちに核兵器があったら、ためらいなくテルアビブに撃ち込み、イスラエルをやっつける」と言う。
「そんなことはするな」と言うと、「おまえらにそんな権利はない。誰も俺たちを止められない」と。
積年の差別に対し、米国が「これまでの行動は間違っていた」と謝罪するなど世界があっと驚くようなことをしないと、ちょっとやそっとでは彼らの恨みは晴らせないと思う。
だからISに対しても、まずは米国が空爆を止めて「話し合おうじゃないか」と働きかける。
いくら話が通じない相手だといっても、これ以上軍事的な攻撃を強めても、問題が悪化するばかりなのは自明です。

――パリのテロの前日(12日)、レバノンの首都ベイルートで2件の自爆テロが相次ぎ、43人が死亡、239人以上が負傷しました。

こちらもISの犯行とされていますが、パリと比べほとんど報道されていません。
 レバノンでのISのテロには重要な事実があります。
シーア派組織のヒズボラの拠点を狙ったテロだったということです。
私がレバノンにいた時、レバノンで起こるテロはヒズボラによるものと相場が決まっていて、ヒズボラの敵は米国だった。

現在、ヒズボラはイランの影響下にあるといわれていたり、最近はシリアのアサド政権を支えるアラウィー派(シーア派の一派)と共闘している。
だからあの自爆テロは、スンニ派対シーア派の宗教戦争の側面もあるのです。
私は今度のことで、ますますスンニ派が団結するのではないかと危惧しています。

――この宗教戦争はISの世界的なテロにどんな影響を与えるのでしょう?

 レバノンの事情通は「シーア派のヒズボラよりもスンニ派のテロの方が脅威だ」と常々、口にしていました。
なぜなら、シーア派のヒズボラのテロは米国の中東支配に対するイランの代理戦争というべきものでしたから、まだ外交的な解決が可能でした。

しかし、スンニ派の敵というのは、イスラムの教えに背き堕落したサウジ王政です。
サウジは石油が出て大金持ちになったものの、湾岸戦争以降は完全に米国に屈服した。
サウジはイスラム教の総本山ですが、そこに米兵を入れ、女性兵士まで入れた。
これはアラブにとっては許されない冒瀆で、狂信的なだけに外交的には解決できないテロなのです

アルカイダとISが共闘の衝撃

――スンニ派はどう団結するのですか。

 一部で報じられていますが、最近、これまで敵対していたアルカイダとISが共闘し始めたという情報があるのです。
どちらもスンニ派ですが、これは衝撃的なことで、後々にはやはりスンニ派のパレスチナとも共闘し、その攻撃の矛先は米国とイスラエルに向かうのではないか
パレスチナ問題が絡んでくれば、世界中のアラブがこれの味方をするのではないか。
私はそんなふうに見ています。

――ISはパレスチナ解放をあまり言っていないように思いますが。

 確かに一時、ISはパレスチナのハマス(暫定自治区の政権与党)とケンカしているという説があったので、パレスチナを助けないISはおそらく長続きしないだろうと見ていました。
ところが最近、ISがパレスチナ問題を言い出しているのです。
もちろん、ISの思惑は分かりませんし、自らの生き残りのためにパレスチナ問題を利用している面があるかもしれません。

しかし、ISもハマスもスンニ派ですし、それが結びついて、アラブの究極の不正義であるパレスチナ問題を訴えれば、結束の力は大きくなる。
世界戦争、ハルマゲドンにつながりかねない深刻な事態です。

――日本人はどうしても「テロとの戦い」を欧米の視点で捉えがちです。

 ISのこれまでの発言にあるのは、植民地支配に対する抵抗なんです。
第1次世界大戦後にサイクス・ピコ協定(英露仏で結ばれたオスマン帝国の分割)で支配され、第2次大戦後には米国がイスラエルを通じて中東を支配した。

ISは新旧の帝国主義者に対して歯向かっているわけです。
これに新旧帝国主義者は空爆でもって武力で抑え込もうとしているという構図。
つまりISの敵は、この新旧帝国主義者とこれに追随してアラブを裏切ったサウジアラビアやヨルダンなど親米国家で、その他の国はほとんど無関係なんです。

――そういう意味では、日本も無関係ですよね。

 G8の主要国でISから本来、憎まれない国は唯一、日本なんですよ。
イラク攻撃でブッシュをあそこまで応援した小泉さんの時に、アラブを失望させたことは事実です。
しかし、失望させたことと敵に回すことは別で、敵ではなかった。

ところが「有志国連合の一員としてISと戦う」など、安倍さんの一連の言動で、完全に敵だと見なされてしまった。
日本は歴史的な認識が欠如した大きな間違いを犯したというのが私の見解です。

日本が安倍さんではない首相で、「テロはもちろん間違っているけれど、武力では解決しない」と発言していれば、ISは日本を敵視しなかったでしょう。
もちろんだからといって、ISが戦いをやめる保証はないですよ。
だけど、そう発言していれば、日本は世界でいま一番指導力を発揮できる国になり得たでしょう。

――12年前に「イラク戦争に参加すべきでない」と公電を打ち、解雇されたわけですが、結局、それは正しかった。
いま振り返ってみて、どう感じていますか。

 公電を打ったのはレバノンの人がみんなそう言っていたからです。
米国がサダム・フセインをやっつけるなんて1日でできるだろう。
しかし、米国はイラクが新しい民主国家に生まれ変わり、平定すると考えているが、まずそうはならない。
場合によっては、中東全体が混乱する。
最悪の場合は世界が混乱する。
レバノン人はそこまで助言してくれていたんです。
まさにあの時、私は「警告」を発したのですが、その通りのことが、最悪の形になってしまいました。

あまき・なおと 
1947年、山口県下関市生まれ。
68年、京大法学部を中退し、上級職として外務省入省。
在サウジアラビア大使館参事官(82〜84年)、在レバノン特命全権大使(2001〜03年)などを歴任。
03年、イラク戦争に反対する公電を発し、解雇処分。
現在は自由な立場から評論、執筆活動を続けている。
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ジェネリックに医師が不信感 同じ材料でも同じ薬にならない

ジェネリックに医師が不信感
同じ材料でも同じ薬にならない
2015年11月25日(水) NEWSポストセブン

 11月6日、厚生労働省は医師などを対象に行なったジェネリック医薬品についての意識調査の結果を、中央社会保険医療協議会に報告した。

 それによると、病院勤務の医師のうち54.9%、つまり半数以上が、現在のジェネリックに対して「不信感がある」と回答。

その主な理由は、
先発医薬品との「効果・副作用の違い」(67.9%)
「使用感の違い」(38.6%)などである。

 ジェネリックは、医薬品の「有効成分の特許」が切れた後に発売される低価格の後発薬で、年々かさむ医療費を抑えるための「救世主」と目されてきた。

 新薬の開発には臨床試験などの費用として数百億円かかるといわれるが、先発薬と同じ有効成分を使うジェネリックは臨床試験が大幅に割愛されるため、開発費が節約され、薬価が抑えられる
先発薬と比べて3〜5割安くなる場合もある。

 厚労省によると、2012年度の国民医療費は約39兆2000億円。
2025年度には55兆円を超えるとみられている。
ジェネリックの利用が増えれば患者個人の医療費だけでなく、国民医療費を大幅に削減することにもなる。

 政府は今年5月、2020年度末までにジェネリックの普及率を80%以上に引き上げるとする目標を掲げ、医療財政を健全化するための施策とした。
 そんな中で発表された今回の調査結果は、医療業界で大きな話題となっている。

医師たちがジェネリックに不信感を抱く主な理由である先発薬との「効果、副作用の違い」は、“特許が切れた後”という部分に起因している。

『なぜ、あなたの薬は効かないのか? 薬剤師しか知らない薬の真実』(光文社刊)の著者で薬剤師の深井良祐氏が解説する。
医薬品の特許は、有効成分そのものの『物質特許』や薬の製造過程に関わる『製剤特許』など様々です。
最初に切れるのが『物質特許』で、多くのジェネリックはこの特許だけを真似して出されています。
『製剤特許』が切れるまでは成分と用量は先発品と同じでも、製剤法は同じではないのです。
さらに薬は有効成分だけでなく、添加物も含まれます。
剤形(錠剤、カプセル、粒状などの形)の違いで効果に差が出る可能性もあります

 つまり、ジェネリックと先発薬は「完全に同じ薬」ではない

 双方を治療で使用した場合に全く同じ効果が出るかどうかを検証した調査は存在しない。
患者がジェネリックに切り替えたところ、発作の悪化や副作用の出現が報告された事例もあるという。

新潟大学名誉教授で医師の岡田正彦氏は次のように語る。
「添加物や剤形が変わると、薬の溶け出す速度が変化したり、有効成分が分解されやすくなったりします。
人によっては効きすぎたり効果が出にくかったりする。
同じ料理を同じ材料、分量で作ったとしても、違う調味料が加われば異なるレシピとなり、味も変わるのと同じことです」

 前出の深井氏は、実際に効果の差が表われやすい医薬品を挙げる。
「たとえば、喘息を治療するための貼り薬のジェネリックを敬遠する医療従事者は多い。
貼り薬は肌にピタッと貼ることで徐々に薬が溶け出していく。
溶け出しのタイミングは、製剤方法に左右されます。
それが真似できない状況でジェネリックが次々と出てくるため、効果に違いが表われやすいのです。
その他にも“外用薬”といわれる湿布や点眼薬、塗り薬などは、効果に差が出やすいと言われています」
※週刊ポスト2015年11月27日・12月4日号
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2015年11月28日

ブラック企業大賞最有力はセブン?

ブラック企業大賞最有力?
セブン-イレブンの搾取は
本場・米国から見ても異常だ!
米国セブン経営者が「日本は軍国主義」
2015.11.27. LITERA(小石川シンイチ)

 ブラック企業大賞がいよいよ11月29日に発表される。

 ブラック企業大賞とは、労働相談に取り組んでいる弁護士や市民団体、ジャーナリストなどでつくられた実行委員会によって実施されているもので、今年で4回目。

いじめや長時間過密労働、低賃金、育休・産休などの制度の不備、派遣差別、コンプライアンス違反、求人票でウソを書くなどの指標をもとにブラック企業を選ぶ。

これまで、ヤマダ電機(2014年)やワタミフードサービス(2013年)、東京電力(2012年)の3社が大賞となっている。

 今年、ノミネートされているのは、コンビニ最大手のセブン‐イレブン・ジャパン(以下、セブンイレブン)、福井県の消防・防災機器の販売・保守点検サービスの暁産業、外食サービスのフジオフードシステム、靴販売のエービーシー・マート(ABCマート)、個別指導学習塾の「明光義塾」を運営する明光ネットワークジャパン引越社関東(アリさんマークの引越社)の6社だ。

 Web投票などによって、この6社から1社が2015年の「ブラック企業大賞」に選ばれる。  

現在のところ、ブラック企業大賞のサイトへの書き込みを見れば、やはり圧倒的にセブンイレブンのブラックぶりを告発する声が多い。


「セブンイレブンが大賞とるでしょ。
自分自身がここでアルバイトしてて痛感する。
おせち、クリスマスケーキ、年末ギフトとノルマが課せられていて、ノルマ到達できないとオーナーにボロクソ言われる。
仕方ないからわずかな給料から自腹で買ってる。
時給がとんでもなく安いうえに、これしてたら、何してるかわからん」

「セブンイレブンのオーナー店で深夜バイト中です。
労働密度が濃い職場環境です。
しかし、時給は県内最賃並+深夜加算です。
雇用保険や健康保険、厚生年金などの各種社会保険制度には未加入です。
交通費も支給されません。
身体を壊して入院する人も比較的多いです。
無理な勤務状況が影響しているのかもしれません。
コンビニ業界は、低賃金・長時間労働を前提としたブラック的要素の濃い業態だと思います

「セブンイレブンは お弁当 おにぎりなどの製造している下請けにも過酷 どう考えても 時間的に無理な工程表 下請けのパート労働者は最低賃金 過酷な残業 場所に依っては 仕事がない60才以上がほとんど セブンイレブンだけの仕事をしているんだから」

 これまで本サイトでも明らかにしてきたような、フランチャイズシステムを利用したオーナー経営者への過重負担、ノルマに追われるブラックバイト……セブンイレブンはやはりブラック企業なのか。

「鈴木さんは、日本のセブンイレブンをフランチャイズだと呼んでいますが、フランチャイズなどではありませんよ。
鈴木さんの経営は労働搾取工場制度です
この意味、わかりますか? 
人々を奴隷のように働かされているんですよ

 セブンイレブンの親会社である株式会社セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長・鈴木敏文氏の作りだしたフランチャイズシステムをこう批判していたのは、ハシム・サイード氏。米国セブン加盟店協会シカゴ代表だ(「週刊金曜日」2014年5月30日号「セブン‐イレブン“鈴木帝国”の落日 連載第6回『鈴木商法と戦うためにやって来た!』」)。

 ハシム・サイード代表もフランチャイズの本場米国でセブンイレブン経営を25年やっているオーナー(フランチャイジー)経営者だ。
ハシム・サイード代表は昨年4月、「日本流の契約を強制され、独立事業者の地位が脅かされつつある」と初来日。

日本の実情を知るにつれて、鈴木会長の作りだしたフランチャイズシステムが労働搾取工場制度だと告発しているのだ。

「週刊金曜日」でハシム氏が語ったところによれば、米国で日本のセブンイレブン支配が露骨になってきたのは、2005年からだ。
「90年代は独立した事業者として権利が認められ、仕事にやりがいがありました。
だけど、2005年からチャージ率(指導料)の引き上げや仕入れ先の制限という日本流のやり方にするとの提案を聞いたとき、『これは加盟店主を支配しようとしているな』とピンときたんです」

 独自に商品を仕入れることのできる仕入れ先の制限は、オーナー経営者を「単なるマネジャー」になり下げることになる。
さらに、2009年に近隣出店(ドミナント)ができるように契約書を変えはじめたのだ。

 日本と違い、米国のフランチャイズ契約は、店の営業権・経営権を自由に転売できる「Bタイプ」というものだった。
この場合、フランチャイズ権はオーナー経営者の資産となる。
このため、店の営業権・経営権の資産価値を下げるような近隣出店もできなかった。

「本部は事業拡大のために加盟店主に店の経営を任せます。
そのかわり加盟店も手っ取り早くお金稼いで、店を転売できるんですよ。
(略)つまり、本部と加盟店は『ギブ・アンド・テイク』なんですよ、もともとが」 「隣りに店など出されたら『のれん代』が毀損され、売却するとき店の価値が下がり、投資の回収ができなくなり、大問題です」

 このため、オーナー経営者たちは猛反発。
セブンイレブン支配が進む日本の実情を知るために来日しようとしたが、米国セブンの役員たちが非常に嫌がったという。

「われわれが日本でこうして事実を喋ることを恐れ、阻止しようと必死になったんです。
米国セブンのCEO(最高経営責任者)も、ミーティングで日本から帰ると、『鈴木さんが恐い、鈴木さんが恐い』としきりに言っていました。
日本で相当吊るし上げられたんでしょうね。
私は、鈴木さんに会ってじかに話がしたかったんです。
米国のCEOじゃ、解決できないとわかっていたからです」

 加盟店を代表して、ハシム・サイード代表が来日。
今回、セブン本部への面談を申し入れたが門前払いされたのだ。
ハシム・サイード代表は日本のセブンイレブンのフランチャイズを知れば知るほど、労働搾取工場制度としかいえないと「金曜日」に語っている。

「日本のフランチャイズのやり方を調べたのですが、これは戦時中の軍国主義のやり方ですよ。若い特攻隊員を犠牲にして戦いましたよね、軍の指導部は。
あれとまったく同じじゃないですか?」

 仕入れ商品に関して、米国では請求書・領収書を渡すのが当然のガラス張りだが、日本では創業以来40年、仕入れ商品の請求書・領収書をオーナー経営者に渡していない秘密主義に貫かれている。
このため、仕入れ代金のピンハネ疑惑が囁かれている。

契約更新に関しても、米国では「違反ガイドライン」で判断し、契約を解除した場合、営業補償金を支払わなくてはならないが、日本では本部に異議を唱えると本部の考えで契約解除ができるのだ。
 フランチャイズ発祥の地・米国では連邦法、州法、反トラスト法(不当取引規制)とフランチャイズを規制する法律があるが、日本では独占禁止法などしかなく、いわば本部のやり放題という環境が続いてきた。
 日本では、本部がボロ儲けの一方で、オーナー経営者は自殺に追い込まれ、ブラックバイトはノルマ地獄に追い込まれる無法地帯になっている。
日本のフランチャイズシステムは、実際は「労働搾取工場制度」と化しているということだ。  

他のノミネート企業も相当にひどい会社ばかりだが、やはり今年の大賞はセブン・イレブンが最有力かもしれない。
            (小石川シンイチ)
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原節子さん 戦後を支えた銀幕の人

原節子さん 
戦後を支えた銀幕の人
2015年11月28日 東京新聞「社説」

 原節子さんが亡くなった。
銀幕からふと姿を消して五十三年、その素顔と心の内を完璧に隠し通した美学の人。
戦後昭和を遠くから照らし続けた美しい人の面影は、永遠に、色あせることがない。

 広島県尾道市。「東京物語」の舞台になった海辺のまちの料理旅館で、撮影中、原節子さんが逗留(とうりゅう)したという部屋を見せてもらったことがある。

 「ここに原節子さんがいたんですよね」  
その家の主人は、あたかも本人の気配を感じているように、誇らしげにうなずいた。

 撮影から半世紀以上が過ぎてなお、不在の部屋に名残を感じる。
昨今の「レジェンド(伝説)」には、いささか安売りの感がある。
だが、女優「原節子」こそ、真の生ける伝説だった。

 小津安二郎監督の「紀子三部作」のうち、出世作といわれる一作目の「晩春」を見直した。  
妻に早く先立たれ、一人娘に身のまわりの世話を焼かせ続けた父親が、自らも再婚すると偽って、娘・紀子を嫁がせる−。
日常の断面を切り取った動きの少ない画面から、静けさがにじみ出るような“小津調”の典型だ。  

花嫁姿の紀子が三つ指をついて父親に別れを告げるクライマックス。
原さんの大きな瞳がみるみる潤む。
白い歯がのぞく口元に、ぎこちない含羞の笑み。

 白黒スタンダードサイズの画面がそこだけ天然色に染まったような、日本の美、そのものだ。  その存在感が群を抜いているだけに、あるじなき部屋の姿見に映る虚(うつ)ろな障子の桟に、不在の悲しみが際立った。

 タイトルに「昭和二十四年完成」とある。
急速に米国色に染まりつつあったその時代、原さんの存在感が、日本の美、それも、ささやかな日常に潜む美を、しみじみ思い出させてくれたのだ。

 三部作のあと二作、「麦秋」と「東京物語」のラストでも、紀子の不在と再生の予感が語られる。

 人々は敗戦による喪失を埋めてあまりある日本の美に励まされ、戦後の昭和を生き抜いたのではなかったか。
 秘すれば花−。

 女優「原節子」はモノクロだけに色あせず、人々の心の銀幕で生き続けるに違いない。華やかな昭和の残像とともに。
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2015年11月29日

マイナンバー、利用開始から大混乱!

利用開始から大混乱…マイナンバー
国民が「取り返しのつかない」損害被るおそれ
2015.11.29 ビジネスジャーナル

文=平沼健/ジャーナリスト

 社会保障・税番号制度(マイナンバー)に関する話題が連日ニュースを賑わしている。

 11月中に配布完了を目指していたマイナンバーの通知カードの初回配達が遅れ、およそ1割が12月になるという。
高市早苗総務相は24日の閣議後会見で、
「年内にお手元に届けば、特に影響はないと思っている。
すぐに具体的なデメリットが生じることはない」と述べ、来年1月のマイナンバー利用開始については影響がないとの考えを示した。

 だが、通知カードについては、手渡しすべきなのにポストに投函した郵便局員の不正配達や誤配など、問題が多発している。

 そもそもマイナンバーの受領を拒否すると、どうなるのか。
 内閣官房、厚生労働省、国税庁などの各省庁のHPでは、罰則はないが法定調書の作成などに際して、個人番号の記載は法律(国税通則法、所得税法等)に定められた義務であり、提供を求めると記している。

 東京都内・某区役所職員は、「転入者に対しては、マイナンバーカードの交付を強く勧めるように上から通達があった」と明かす。
 これに対し、全国中小業者団体連絡会(全中連)が10月27、28の両日に行った省庁交渉では、各省庁が「共通番号の記載がなくても提出書類を受け取り、不利益を与えない」ことを明言した。

 つまり、マイナンバー施行にあたり、法定調書への共通番号記載を法律で義務付けられてはいるが、記載しなくても個人にも事業者にも罰則・不利益はない。

マイナンバーに保険証機能付加は愚策か

 だが、これでは反対の声が根強いマイナンバーの普及は進まない。
そこで政府はマイナンバーカードに健康保険証(被保険者証)機能を持たせることを決めた。  この健康保険証機能付与についてはマイナンバー制度に関するロードマップにも記載されている。

また内閣府大臣官房番号制度担当室長の向井治紀審議官も昨年7月30日の「マイナンバー対応実践セミナー」において「個人番号カードに健康保険証を早急に取り込んでいく政府の方針は決まっている」と述べており、早くから既定路線だったようだ。

 だが、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会は共同で、マイナンバーとは異なる医療等IDの導入が必要だとして反対の声を上げている。

実際、英、独、仏をはじめとしたヨーロッパ諸国では、危険性が高いとして医療用に別のIDを導入している。
 マイナンバーと健康保険証が一体化することで、医療機関でカードを提示すれば、健康保険の情報を確認できるため、今後保険証が不要となるだろうとみられている。

プライバシーに配慮し、病歴などの情報は残さないとしているが、万一情報が流出した場合には回復できないほどの損害が生じる可能性は否定できない。

 マイナンバーは慎重に保管し、他人に知られないようにすることが求められている。
業務にあたってマイナンバーの提供を受けた事業者は、厳重に管理する義務があり、漏洩した場合には重い罰則が科される。
 それにもかかわらず、病院など多くの場面で提示を求められる保険証の機能を付加するのは矛盾しているのではないか。

また、批判を浴びて白紙撤回されたとはいえ税金還付のために買い物の際にレジでマイナンバーカードを提示する案を策定するなど、制度の普及を優先するあまり、理念の通っていない案ばかり提示されている。

 麻生太郎財務大臣は、銀行預金口座への登録義務化について「3年くらいしたところで検討させていただこうかと思っている」と述べており、制度が普及したところでマイナンバーの適用範囲がなし崩し的に拡大されるのは避けられないだろう。

 マイナンバー制度自体については、メリットもデメリットもあるため安易に是非を述べるつもりはないが、枠組みが確立されていない状況で拙速に進めているとの印象が拭えない。
「とりあえず導入し、後から適用枠を広げる。不都合があれば修正すればいい」という政府の思惑が透けて見える。
    (文=平沼健/ジャーナリスト)
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2015年11月30日

そのうつ、実は天気のせいかも…本当は怖い「天気痛」

そのうつ、実は天気のせいかも
…本当は怖い「天気痛」
2015.11.29 日刊SPA

「雨が降る前は片頭痛が悪化する」
「低気圧が来ると、昔ケガをしたところが痛む」など、これらは気象の変化によって持病が悪化することを指すもの。

昔から天気と人の体調には相関関係があるが、近年、大型台風の増加などの異常気象により、天気痛を訴える人が増えているとう。
 しかも実は、「天気痛」という言葉の名付け親でもあり、愛知医科大学病院で「天気痛外来」を開設している医師の佐藤純氏によると、頭痛や関節痛だけでなく、うつや不安症、不眠症といった心の病気も、天気の変化に左右されるのだそうだ

「気圧が上がったり下がったりすると、自律神経が乱れ、不調が生じるのが天気痛のメカニズムですが、『心の不調』といわれる諸症状も、気圧の変化に大きく左右されます。

例えば、最近増えている新型うつ。
また、心の中にもやもやとした感情を抱えている不安症、人と話をするのが得意ではない、過去の出来事にショックを受けて引きずっている、パニック発作など、広範囲に及びます。

重症患者さんじゃなくても、天気の変化が激しい春、梅雨、秋などは、『何故か気持ちが落ち込む』
『だるくて起き上がれない』となる方は多いです」(佐藤氏)

10年以上も悩まされていたうつが、ある日突然……

これを裏付けるような、実際の診療例がある。
原因不明のうつが、実は気圧由来だったというケースだ。

 佐藤氏の診療室の門をたたいた50代のある男性は、10年以上も原因不明のだるさやうつ的な症状に悩まされていた。
その男性は理科系の研究開発をしており、仕事の内容は緻密さを要求される厳しいもの。
産業医からの診察を受けて休職したものの、復職してもしばらくするとまた心身の不調が起こり、10年のうちに5〜6回休職と復職を繰り返したという。

「そのうち、自分の症状が『天気にも左右されているのではないか』と思うようになったのだそうです。
というのも天気が悪い日は、あからさまに起き上がれなくなってしまう。
産業医や精神科の先生にそう訴えたものの『まあ、天気も関係あるんだろうが、今のところは天気にはなすすべがない』と言って、睡眠薬や精神に作用する薬、内科的な症状に合わせた薬を処方してもらうしかなかったそうです。

そして薬を服用していても、特に劇的な改善がないまま月日だけが過ぎていきました」(佐藤氏)  そんなある日のこと。
テレビで佐藤氏が天気痛について解説しているのを見た男性は、「自分の症状はこれなんじゃないか!?」と思い当たった。

「私がテレビで紹介した『天気痛には、内耳の働きをおさえる酔い止め薬が効く』という方法をとりあえず試してみようと、これから具合が悪くなりそうだなと思ったときに、市販の酔い止め薬を飲んだそうです。
すると、モヤモヤ・うつうつとしていた頭が、みるみるうちにパーッと明瞭になって、驚かれたそうです」(佐藤氏)

 この経験によって、男性は「自分のうつは、内耳に関わる天気依存の症状に間違いない」と確信。
その後、医師の紹介で佐藤氏の外来を受診したが、その時点でうつはかなりラクになっており、「復職できます」と笑顔を見せていたという。

「私の外来に来るのは女性のほうが多いですが、男性も潜在的な患者さんがいると思います。
特に働き盛りの男性は、具合が悪くても我慢する傾向にあります。
原因不明の体調不良に悩まされるようになったら、『自分は天気痛かも』と疑ってみることが大切です」(佐藤氏)

【佐藤純氏】
愛知医科大学病院で「天気痛外来」を開設
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(7) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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