2015年12月01日

放送法違反は岸井でなく日テレ青山だ .

『NEWS23』岸井は放送法違反じゃない、
『ミヤネ屋』宮根と日テレ青山の露骨な安倍応援こそ
「知る権利」の妨害だ!
2015.11.30. LITERA編集部

 TBS『NEWS23』岸井成格氏の番組内発言を糾弾し、4000万円以上ともいわれる巨額の金を積んで意見広告を読売・産経新聞両紙に出稿した「放送法遵守を求める視聴者の会」。

本サイトでは、岸井氏降板問題、そして「視聴者の会」の隠された政治的背景を報じてきたが、もうひとつ、「視聴者の会」の主張には根本的な誤りがあることを指摘しておきたい。
それは同会が事実を操作し、「放送法」と「知る権利」の解釈を恣意的にねじまげ、「表現の自由」をおびやかそうとしている、ということだ。

 まず、「視聴者の会」の主張をあらためて振り返ろう。
同会が問題視しているのは、岸井氏が9月16日放送の『NEWS23』で発した、こんな言葉だ。

「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」

 岸井氏の発言に、同会の意見広告では「放送法」第4条をもち出して〈岸井氏の発言は、この放送法第四条の規定に対する重大な違法行為〉と非難。
〈TBSが、新聞や雑誌などと違い番組編集権準則を踏まえなければならない放送事業者〉であるのに、ニュース番組のキャスターという〈局を代表〉する立場から岸井氏が〈「法案廃案」を全国の視聴者に拡宣しようとした〉ことは〈放送法違反〉だと述べている。

 また、同会は『NEWS23』が〈法案成立までの一週間、法案反対側の報道のみに終始しています〉と指摘し、〈ここまで来ると、偏向報道と言うよりも、国民の知る権利を蹂躙するプロパガンダであって、報道番組とは見なし難い〉と批判している。

 だが、こうした「視聴者の会」の主張は、あまりに作為的で、事実とかけはなれたものだ。  その典型が、〈法案反対側の報道のみに終始し〉たという主張だろう。

今回の意見広告には、『NEWS23』だけでなく、各局の報道番組における「安保法制両論放送時間比較」というデータが掲載されていて、「視聴者の会」によれば、NHK『ニュースウオッチ9』、日本テレビ『NEWS ZERO』テレビ朝日『報道ステーション』、TBS『NEWS23』、フジテレビ『あしたのニュース』では、取り上げられた賛成の意見はごくわずかで、圧倒的に安保法制反対の意見が取り上げられていたという。

 彼らの調査では、『NEWS23』ならば「反対93%(4109秒)/賛成7%(325秒)」、『ニュースウオッチ9』でさえ「反対68%(980秒)/賛成32%(463秒)」となるらしい。  

だが、これは本当に根拠のある数字なのか。
試しに本サイトでもVTRをもっていたNHK『ニュースウオッチ9』で放送を再度確認、時間を計測してみたが、たとえば16日の放送で安保法制を報じた時間は12分54秒、そのなかで反対派意見(反対デモ参加者のインタビュー)はたったの22秒だった。
これのどこが“偏っている”というのか。

デモの規模と国民の大多数が国会での採決に反対していた事実を踏まえれば、むしろ少ないくらいだろう。
 同会は同調査について「発言者や場面ごとに賛否についての判断を行い、複数調査員により、複数回調査し平均を出しました」と説明しているが、前回の記事でも指摘したように、このデータを提供したのは、「視聴者の会」事務局長の小川榮太郎氏が代表をつとめる「一般社団法人日本平和学研究所」なる“身内”の団体で、一体、何を賛成意見・反対意見と分類したかはまったく不透明だ。

彼らが割り出した秒数から察すると、反対コメントだけでなく、反対デモの様子や、この期間に行われた中央・地方公聴会における野党推薦人の口述までも反対にカウントしているのではないか、という疑問さえ浮かんでくる。  

 しかも、この調査が作為的なのは、調査日が「9月14日〜18日」に設定されている点だ。
ご存じの通り、この期間は安保法制が委員会および本会議で採決された週で、連日、大規模な反対デモが国会前で繰り広げられていた。
あれだけの規模の市民デモが起これば、国会内の情勢と合わせて報道するのは当然の話である。  逆に、あれだけのデモが起きているのに、それを無視して報道しなかったり、あるいは100人規模の安保法制賛成デモを同じ扱いにしていたとすれば(実際NHKのようにそうしていた番組もあったが)、それはもはや、反政府デモや政府批判を一切伏せて報道している中国国営テレビとなんら変わることはない。

「視聴者の会」は日本を中国並みの情報統制国家にしたいのだろうか。

 さらに、同会がクローズアップする岸井氏の「メディアとしても廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という発言についても、取り上げ方が非常に恣意的だ。

「視聴者の会」は、岸井氏があたかも党派的に法案に反対で、メディア業界に廃案運動を呼びかけたように解説しているが、これは意図的に発言の文脈を無視したものだ。

 安保法制は、その法案内容への賛否以前に立法上の手続きが問題になっていた。
11の法案をひとまとめにして審議・採決しようとする前代未聞の乱暴な国会運営、安倍首相はじめとする政権側の二転三転する答弁、新3要件のあやふやな基準。
首相の側近から飛び出した「法的安定性は関係ない」という問題発言。
そして、与党が国会に招致した長谷部恭男教授をはじめとする大多数の憲法学者による「安保法制は憲法違反」とする声──。
こうした状況の中で、安保法案は強行採決された。

 岸井氏はこうした憲法や民主的手続を無視する行為に対して、批判の声をあげ、廃案にして一から議論をし直すことをメディアの立場から主張したにすぎない。
 違法な行為をしたのはむしろ政権の側であり、それを非難した岸井氏の主張はむしろ法治国家の報道機関として当然の発言と言っていいだろう。

もし、これが許されないなら、テレビ局は、犯罪やテロに対しても、賛否両論併記をしなければいけなくなる。
 ようするに、「視聴者の会」は、政権のやったことについては、それがどんなに犯罪性があろうと批判してはならないといっているに等しいのだ。
 しかも、連中が悪質なのは、そこに、「放送法」や「知る権利」を歪曲する形で持ち出していることだ。

 彼らは岸井氏が「放送法第4条違反だ」と喚き立て、総務省に対して見解を変更して圧力を強めること要求しているが、先日、放送界の第三者機関であるBPO(放送倫理・番組向上機構)が意見書で政権による番組への介入を「政権党による圧力そのもの」と非難した際、明確に示されたように、放送法とは本来、放送局を取リ締まる法律ではない。
逆に政府などの公権力が放送に圧力をかけないように定めた法律だ。

 放送法は第1条で「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と定めているが、これも政府に対して表現の自由の保障を求め、政治権力の介入を防ぐ規定である。

「視聴者の会」が持ち出した第4条には、たしかに、放送事業者に対して〈政治的に公平であること〉を求める規定がある。
だが、その規定についてメディア法の権威である故・清水英夫青山学院大学名誉教授は著書『表現の自由と第三者機関』(小学館新書、2009)でこう解説している。
〈そもそも、政治的公平に関するこの規定は、当初は選挙放送に関して定められたものであり、かつNHKに関する規定であった。
それが、「番組準則」のなかに盛り込まれ、民放の出現後も、ほとんど議論もなく番組の一般原則となったものであり、違憲性の疑いのある規定である。〉

〈かりに規定自身は憲法に違反しないとしても、それを根拠に放送局が処分の対象になるとすれば、違憲の疑いが極めて濃いため、この規定は、あくまで放送局に対する倫理的義務を定めたもの、とするのが通説となっている。〉

 つまり、第4条は放送局が自らを律するための自主的な規定にすぎず、これをもって総務省ほか公権力が放送に口を挟むことはできないということだ。

むしろ第4条を根拠に公権力が個々の番組に介入することは、第1条によって禁じられていると考えるのが妥当だろう。
 しかも、第4条の〈政治的に公平である〉というのはイコール、政府の政策について賛成反対を同じバランスで紹介するということではない。
「両論併記こそが公平中立だ」というこうした主張は、
「視聴者の会」だけでなく、ネットやメディア関係者の間でも口にする人が多いが、そこには、政府と国民の間にある情報の発信量の差、政策に関する情報はもっぱら行政の側だけが発信、コントロールできるという認識がすっぽり抜け落ちている。

 実は、日々、メディアで報道されているストレートニュースのほとんどは発表報道、つまり権力が自分たちに都合よく編集したプロパガンダ情報なのだ。
これがただタレ流されるだけになれば、政策や法案にどんな問題点があっても、国民には知らされず、政府の意のままに世論がコントロールされてしまうことになりかねない。

「表現の自由」の研究で知られる憲法学の権威、故・奥平康弘東京大学名誉教授は、国民主権を保障し、国民が国政に参加するためには「表現の自由」とそれが内包する「知る権利」が不可欠であるとした上で、こう述べている。

知る権利は、現代国家における行政権優位の現象に、国民の側がかろうじてバランスをとるため不可欠な防禦策として登場したのである。
知る権利がなければ、国民はただやみくもに巨大な権力に支配されるままになるであろう。〉(『知る権利』岩波書店、1979)

 そう。だからこそ、国民の「知る権利」を守るために、メディアは政策、政府の流す情報を監視し、その問題点を指摘する必要があるのだ。
発表報道の膨大な量を考えれば、スタジオ解説で政府の政策の問題点を徹底的にチェック、批判し、反対意見を重点的に紹介して、ようやく政治的公平が担保されるといってもいい。

 安保法制も同じだ。
国会や政府の動きを伝えるニュースのほとんどは、政権側の立場に立って編集し、政府の主張をそのまま流すものだった。
さらに、南シナ海での中国軍の活動や自衛隊機のスクランブル発進など、間接的に「安保法制の必要性」を示唆する発表報道も次々流され、これらを含めれば、賛成意見の放送時間が圧倒的に多かったといえるだろう。

 そんな中で、『NEWS 23』や『報道ステーション』は放送法違反どころか、キャスターやコメンテーターが安保法制の問題点を指摘し、反対デモを取り上げることで、政治的公平を担保し、国民の知る権利を守ろうとしていた数少ない番組だったのだ。

 むしろ、問題があったのは他のテレビ番組のほうだろう。
あれだけ問題の多い安保法制をほとんどなんの批判もしないで、安倍政権の代弁のような解説を垂れ流し続けたNHK、そして日本テレビ、フジテレビの一部の番組は国民の「知る権利」を明らかに妨害していた。

 その典型が安倍首相が出演した9月4日の『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)だろう。
この日、司会の宮根誠司とコメンテーターを務めた日本テレビ報道局解説委員・政治部副部長の青山和弘氏は徹頭徹尾、安保法制を肯定し、安倍首相を擁護し続けた。

 たとえば、安倍首相が出てくる前に、まず、青山解説委員が「憲法改正するのが筋道ですが、日本国憲法は非常に憲法改正手続きのハードルが高いんですね」とフォロー。
長谷部恭男教授が国会で「憲法違反」と証言したことについても、宮根と青山解説委員は多くの憲法学者が違憲だとしていることにふれず「キャスティングミス」との一言で片付けた。
 安倍首相が登場すると、このフォローはもっと露骨になる。

安倍首相が砂川判決を持ち出すと、宮根が「改正というよりも憲法の中に(集団的自衛権を使って国民を)守らなくてはいけないということが入ってるんですね」と相槌を打ち、青山解説委員は「違憲か合憲かよりも、この安全保障環境の変化にどう対応するか」
「中国、北朝鮮の脅威について、どこまで説得力ある説明ができるかにかかっているのに、外交上の配慮があってできないところに、もどかしさがある」とその言い分を代弁する。

 そしてきわめつきは、番組終盤、宮根から「これから国会審議をどうやって見ていったらいいでしょうか」とふられた青山解説委員がこう発言したことだった。
「たとえばこのあと、この法案が廃案にされては困りますので、うまくこう、巻き込んでいく。その努力の姿を見ていく必要がありますよね」
「廃案にされては困る」とはもはや、政権側の代弁者であることを自ら表明しているようなものではないか。

しかも、青山解説委員はただのコメンテーターでなく、日本テレビという放送局の政治報道を代表する存在なのだ。
これこそが、国民の知る権利を妨害し、放送法の理念にもっとも反する行為だろう。

 ところが、「視聴者の会」はこうした安倍擁護の側の発言には一切触れず、『NEWS23』と岸井氏に対して〈偏向報道と言うよりも、国民の知る権利を蹂躙するプロパガンダであって、報道番組とは見なし難い〉とがなりたてるのだ。

 この事実ひとつとっても、彼らの目的がもっともらしく主張している“公平なテレビ報道”などではなく、たんに、安倍政権に批判的な番組をつぶすことにあるのは明らかだ。

 だが、由々しきことに、ネット上では同会のこんなインチキな主張に騙され、「TBSは偏向している」「岸井は降ろされて当然」という声も目立つ。

いや、彼らとは無関係に、多くの人が「放送における報道の役割」を履き違え、両論併記が公平だと信じ込んでいる。
それは視聴者だけでなく、報道に携わる人間でも同様だ。

 前出の清水英夫名誉教授も前掲書の中でこんな指摘をしている。
〈最近のメディア規制の特徴の一つは、それが国民に支持されている、と公権力側が信じていることである。
そして、それが必ずしも彼らの誤解・曲解ではないところに、実は本当の危機がある。
BPO(放送倫理・番組向上機構)には、放送番組に関して、毎日多くの意見や苦情が寄せられているが、注目すべきなのは、その中に、公権力による放送取り締まりの要望と必要性を主張する意見が、少なからず含まれるようになったことである。〉(前出『表現の自由と第三者機関』より)

 だからこそ、いまは繰り返して言わなければならない。
公正な報道とは、両論を取り上げることではない。
ましてや政権の言い分をそのまま垂れ流すことなどでもない。
権力を監視すること、報道への権力の介入を許さないこと、それが大原則なのだ。
            (編集部)
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2015年12月02日

捏造も当たり前…病気で儲ける製薬企業

神樹兵輔「『縮小ニッポン国』のサバイバル突破思考!」
捏造も当たり前…
病気を「つくり」ガッポリ儲ける製薬企業
高血圧の基準がコロコロ変わる裏事情
2015.12.01 ビジネスジャーナル
文=神樹兵輔/マネーコンサルタント

「最高血圧120未満」が治療目標?

 先頃、米国の国立心肺血液研究所が発表した「高血圧基準値は120未満を目標にするべき」という大規模な研究報告が、波紋を呼んでいます。
日本では一時期「130未満」が基準値となっていたものの、現在では高齢者が血圧を下げすぎると転倒して骨折を招くおそれがあることから、概ね140未満を目安とする治療が主流になっていたためです。

 肥満者の多い米国人との比較が一律に日本人に当てはまるのかは疑問ですが、今回の報告は、50歳以上の高血圧症と心筋梗塞のリスク患者9400人への3年間の追跡研究から導き出されたものとなっています。

9400人に対して、血圧を「120未満」に下げる患者と、「130未満」に下げる患者の2群に分け3年間追跡。
その結果、「120未満」にした患者のほうが心不全や心筋梗塞、脳卒中の発症リスクが、「130未満」にした患者よりも27%も低かったといいます。

 いずれにしろ、この研究報告を素直に受け止められないのは、これまでの医療業界、製薬業界のさまざまな過去の経緯から、欺瞞的な匂いがプンプンと漂ってくるからにほかなりません。

日本は米国に次ぐ世界第2位の薬漬け国家

 意外に知られていませんが、日本は米国に次ぐ世界第2位の薬漬け国家です。
米国の医薬品市場は世界市場の4割弱を占めますが、日本も同約1割を占める薬漬け国家なのです。
薬剤費がべらぼうに使われていることが窺われます。

 日本の場合、医薬品は約9割が医療機関向けです。
国の医療費は年々伸び続け、2014年度には40兆円に達しています。
00年度と比べて14年間で10.5兆円もの増加です。
40兆円の医療費のうち、薬剤費の占める割合は、ほぼ4分の1にまで達しています。
00年度と比べ、調剤薬局の薬剤料だけが2倍以上もの突出した伸びを示しているのです。

 もちろん、厚労省もほぼ2年毎に薬価を見直し引き下げに動いていますが、薬剤費は下がりません。
業界はジェネリック医薬品の浸透を阻むべく、薬価基準を巧妙にすり抜ける新薬もどきの製品への切り替えで、薬剤費を膨張させてきたからです。
 製薬会社は、どこも儲かっています。
景気に左右されない業態である上に、特許切れによる収益減に備え、潤沢な内部留保を活かしての世界市場でのM&Aに邁進しています。

病気の基準値を厳しくするほど「儲け」が増える製薬メーカー  

 薬剤費が下がらないもうひとつ理由は、製薬メーカーが医師や医療機関と癒着した関係のなかで「病気の基準値を変える」というマジックを実現してきたからです。

 高血圧症、糖尿病、高脂血症(脂質異常症) という3大慢性病の基準値は、これまで次々と改訂され、厳しくなってきたという背景があります。

 たとえば、日本における高血圧症の患者数は1987年には170万人でした。
それが11年には205.3倍の907万人にまで増えています。

同様に糖尿病も、1990年の560万人が2012年には950万人と1.7倍に増えています。

高脂血症も96年の968万人が11年には1900万人と約2倍以上に増えています。

 1980年代までは、高血圧の基準は「年齢+90」といわれ、概ね180/100 と大らかなものだったのです(旧厚生省)。
それが、93年にはWHO(世界保健機関)と国際高血圧学会が140/90を打ち出したことにより、日本の高血圧症患者数はグンと伸び、96年には750万人を突破しました。

 さらに2008年には、日本高血圧学会が130/85の数値を正常値と定めたおかげで、患者数は797万人まで膨れ上がりました(14年に140未満に緩和された)。

この基準値でいくと潜在患者数、つまり基準値を上回る人の推定は4300万人といわれますから、製薬会社は笑いが止まりません。
高血圧症の医療費だけで2兆円となり、そのうちの9000億円が薬剤費となったのです。
今では「成人の3人に1人が高血圧症」とWHOも警告する始末なのです。
 しょせん、WHOも各医学研究団体も共存共栄の構図があるゆえんです。

医療機関も逆らえない「金権」構図

 高血圧といえば、世界第2位の売り上げ(約500億ドル)を誇るスイスの製薬メーカー・ノバルティスファーマの日本支社で、14年6月に元社員が逮捕され、家宅捜索が行われています。
これは、同社の看板薬で年間1000億円を売り上げていた高血圧治療薬「ディオバン(一般名称はバルサルタン)」が他社製品よりも優れていると見せかけるため、大学の研究機関に捏造データを渡して論文を作成させ、それを販促活動に使っていたという不正によるものでした。

 このことからも明らかなように、医学界において製薬メーカーは偉大なスポンサーです。
研究名目や寄付で医者や研究者を御用学者として手なずけ、学会やセミナーで自社製品に都合のよい発表をさせるなど、相互にズブズブの癒着関係があるのです。

 11年の製薬メーカーの研究開発費は平均データで売り上げの18%を占め、これは自動車や家電メーカーの3倍強に当たります。
他産業と比較して突出して高いことで知られますが、実はこの中に医学界への潤沢な謝金が含まれているのです。  
 日本製薬工業協会加盟72社の医師など医療関係者への謝金額総額は4793億円です(13年度)。
うち研究開発費が2472億円、情報提供関係費が1405億円、学術研究助成費が536億円、原稿料が267億円、接遇費が113億円です。

 医者や医療研究者が、製薬メーカーに逆らえない構図がここにはっきりと見て取れるでしょう。

 近年、なぜ肥満の基準がBMI基準に代わったのか、疑問を持つ方も多いと思います。かつては身長マイナス100に0.9をかけたものが標準体重でした。
BMI基準では、体重を身長の2乗で割り、22の標準に近いかを見ます。
これによって、太り過ぎの人だけでなく、痩せた人も厳しく病気予防に駆り立てられるようになったというわけです。

   医療業界が、製薬メーカーの支配下に置かれているという事実だけは、今後もしっかりと押さえておきたいところです。
   (文=神樹兵輔/マネーコンサルタント)
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2015年12月03日

私の人生 これでよし 

香山リカのココロの万華鏡:
私の人生 これでよし
毎日新聞 2015年12月01日 首都圏版

 ラジオの特別番組のゲストに出た。
テーマは「私の気持ちを代弁してくれる歌」。
生放送中にリクエストを募るのだが、パーソナリティーも3人のゲストも女性だからか、幅広い世代の女性リスナーからたくさんのメール、ファクスが来た。

 どの人も、曲名だけでなく、いつ、どんな状況で好きだったかを書いてくれる。
「長年連れ添った夫を亡くしたとき、どれほど励まされたか」
「引きこもりぎみの息子にそっとCDを渡しました」といった感動的な話から
「好きだった人と再会したときはお互い既婚者。
いまは友だちとして連絡している私の気持ちを曲に託します」など、思わず「大丈夫か」とドキドキしてしまう話まであった。

 それにしても、つくづく「オンナの人生、いろいろなことがある」と思う。
結婚から出産、育児と立場が目まぐるしく変わり、ときには夫の転勤などでいきなり外国に住んだり突然介護の問題が迫ってきたりすることもある。

子どもがいるのは幸せなことだが「親と口をきかない」「いつまでも自立しない」など大きな悩みの種になることもある。
自分でいくら人生のプランを立てても、ちっともその通りにいかない、というのが女の人生だ。  

パーソナリティーを務めた女性アナウンサーにも私にも子どもはおらず、何年に一度かいっしょに仕事をする機会があるが、お互い状況はあまり変わらない。
放送が夜11時近くに終わってから「飲みに行こう」と街にくり出し、「私たちはずいぶん気楽な生活だな」と苦笑してしまった。

 政府は「1億総活躍」というキーワードを掲げ、安心して子どもを産み育て、介護で仕事をやめる必要のない社会を作ろう、と言っている。
そうなるのはおおいに歓迎だが、それでも「こう生きなさい」と国や行政に決められたくはないし、自分で決めたとしてもなかなかうまくいかない場合もある。

そのときに「私の人生、失敗ね」と自信を失う必要はない。
どんな人生も、その人にしか歩めない、世界にふたつとないものだからだ。
それが選んだ結果であっても期せずしてそうなった場合でも、自分で「私の人生、これでよし」と誇りに感じるべきだ。

 私にしても、「これしかない」と強く思って仕事ひとすじに生きてきたわけではない。
はっと気づいたらこの年齢、という感じだ。
それでも長いつき合いの女性アナとおいしいワインで乾杯していると「まあ、この人生、悪くないな」と思えてくるからおもしろい。
           (精神科医) 
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安倍首相の不勉強を大学の恩師が暴露

安倍首相の根深い学歴コンプレックスを
父親の番記者と大学の恩師が暴露!
何の勉強もせず保守主義を叫んで…
2015.12.02. LiTERA(野尻民夫)

 これまで本サイトでは、安倍首相の政治姿勢やその背景にある母方の祖父・岸信介への妄信、逆に反骨の政治家だった父方の祖父・安倍寛への無関心ぶり、幼少期からの嘘つきなど、様々な角度から批判、検証を行ってきた。

 そんな中、安倍首相に関する興味深い本が出版され話題となっている。
それは、元共同通信記者で政治ジャーナリストの野上忠興による『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)だ。

安倍首相の父親・晋太郎時代から40年以上安倍家を取材し続けたジャーナリスト・野上による安倍首相の評伝だが、そこに描かれる幼少期からの性格、数々のコンプレックスは現在の安倍首相の政治姿勢を考える上でも示唆に富んでいる。

 安倍首相は祖父・岸信介に強固な憧憬、そしてコンプレックスを抱いていることはよく知られた話だが、しかしそれ以外にも安倍首相は、様々なコンプレックスを抱えてきたという。

 そのひとつが「学歴コンプレックス」だ
安倍首相の家系である岸家、安倍家には東大出身者が多数存在した。
〈安倍・岸家はいわば『東大法学部』を宿命づけられた家系といえる。
祖父の岸は東大法学部時代に、後に東大名誉教授となる法学者の大家・我妻栄と首席を争った秀才で、大叔父の佐藤栄作、父方の祖父寛、父の晋太郎も東大法学部出身だ〉

 安倍首相と同じく成蹊小からエスカレートで大学までいた兄の寛信も、成蹊大学卒業後、東大大学院に進んでいる。

 だが、幼少期から勉強が好きでも得意でもなかった安倍首相は、父・晋太郎に「東大へ行け」と尻を叩かれ、時には分厚い漢和辞典で頭を叩かれても、反発するだけで一向に勉強をするわけではなかったという。

 それどころか、「政治家への思いと名門家系の誇りに胸をふくらませ、一方では思うようにならぬ勉学に羞恥心とルサンチマン(自分より強い者に仕返ししたいという鬱屈した心情)を募らせていた」のだ。
 それは大学に入っても変わらなかった。
大学時代の恩師の興味深い証言が本書には紹介されている。
「安倍君は保守主義を主張している。それはそれでいい。
ただ、思想史でも勉強してから言うならまだいいが、大学時代、そんな勉強はしていなかった」  

安倍首相に政治家としての思想などないことはわかっていたが、本書では、ただ幼い頃刷り込まれた祖父・岸の「教え」を盲信したまま、なんの成長さえしていないと批判されているのだ。  

さらに、である。
この恩師は「ましてや経済、財政、金融などは最初から受け付けなかった」とまで語っている。また、学友も安倍首相の大学時代を「政治家になる気はなかったのではないか」と証言している。
「本当に後を継ぐ気であれば、もっといろいろな知識を吸収して、“将来、日本はこうあるべきだ”といったモチベーションがあってもよかった。
でも当時の安倍君には、そういうビジョンは感じなかったし、その片鱗を語ることもなかった」  

憲法改正やアベノミクスを高らかに謳う安倍首相のビジョンなき“底の浅さ”が証明された形だが、しかし問題は勉強が苦手で、努力もしなかった安倍首相が、現在でもそのコンプレックスを引きずり、その歪んだ思いを首相として現実に政治へ投影していることだ。

 本書では安倍内閣に東大出身者が歴代内閣の中でも極端に少ないことを指摘した上で、安倍首相と付き合いの長い議員の証言を紹介している。

晋ちゃんは東大出身者とエリート官僚が嫌い。
議員でも東大出身者とは肌が合わないのか敬遠する傾向がある」

 自らの学歴コンプレックスに加え、好き嫌い、敵か味方かで政治を執り行う安倍首相だが、最終学歴を経歴から“カットする”という驚くべきこともやってのけている。

それは2006年に上梓した『美しい国へ』(文藝春秋)には存在した「成蹊大学法学部卒業、神戸製鉄所勤務を経て、82年に父・晋太郎外務大臣の秘書官に」という略歴が、13年にリニューアル刊行された『新しい国へ』(美しい国へ 完全版)ではそっくり削られてしまっているという。

 安倍首相のコンプレックスはそれだけではない。意外なことに岸家の養子となった5歳年下の実弟・岸信夫議員(元外務副大臣)に対しても複雑な感情、コンプレックスを抱いており、それが政治家となるひとつの動機として存在することだ。

 安倍家の3男として生まれた信夫だったが、生後すぐ子どものいなかった岸信介の長男夫妻の養子に出されている。
長男の寛ちゃんは安倍家の跡取りとして見られていたし、総理大臣の岸家は弟の信夫君が継ぐことになった。
子供心にもやっかみがあったのではないでしょうか」(安倍・岸家を長く支えた関係者)

 同書はこんな証言を掲載した上で、このような風景を描き出す。
〈岸の愛情が“内孫”である信夫により多く注がれるようになったという身辺の変化を感じ取っていたのかも知れない。
実際、信夫が生まれたあと、南平台の岸邸には、安倍が“おじいちゃんを弟に奪われた”と感じる光景があった〉
 安倍首相が政治家になると言い出したのは、その頃からだったという。

 大好きなおじいちゃんを取られた。
自分は安倍家と岸家の跡取りではない。
ならば自分が父や祖父の後を継いで政治家になる。
幼少期の思いとはいえ、その動機はコンプレックスに満ちあふれている。

 また本書では、安倍首相が大学を卒業した後アメリカに留学したのは「単なる遊学」であり、極度のホームシックから月10万円ものコレクトコールがあったこと、神戸製鉄での工場勤務や相部屋の寮生活に耐えられず、こつ然と姿を消したことなど、数々の興味深いエピソードが綴られる。

 さらに自分の意見と違うことを言われると“キレる”ことや、“反対意見に耳を塞ぐ”ルーツ、
またかつては「弱い人たちに光を当てるような政治家になりたい」
「(岸時代の安保への反発に対して)政治家がうまく国民に説明していないからじゃないか。
自分ならもっとうまく説明できるのに、とも思っていた」という現実とは正反対な発言など、突っ込みどころ満載の評伝でもある。

 努力もしないのにネガティブな学歴コンプレックスやルサンチマンを持ち、辛いことがあるとすぐ逃げ出すお坊っちゃま。
これが現在の日本の総理大臣・安倍晋三の本質だ
そんな幼稚なメンタリティを持ち続けた挙げ句、祖父の「悲願」「教え」をただただ追随し、平和憲法を改正しようと躍起になっているのだ。
この事実には改めて、恐怖を感じずにはいられない。
              (野尻民夫)
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2015年12月04日

忍びよる老後破産、普通の人が次々

『あさイチ』の報道より
過酷な「老後破産」の現実!
真面目に働いてきた人たちが老後、次々と…
2015.12.02. LITERA(伊勢崎馨)


 非正規雇用の割合が、初めて4割を超えた。
近代日本史上初の異常な事態である。
不安定な雇用と収入、何の保障もない若者たちは結婚や出産を躊躇し、生活に不安を持ち続ける日々。
そして熟年層もまた、リストラや親の介護、年金への不安など自分たちの“老後”に大きな不安を抱え始める社会。
それが現在の偽らざる日本の姿だ。

 だが、それは将来のことだけではない。
今日の『あさイチ』(NHK)でも取り上げられていたが、高齢者たちの間で「老後破産」はすでに現実のものとなっている。

 昨年9月、同じNHKで放送された『NHKスペシャル 老人漂流社会 “老後破産”の現実』。
この取材を詳細にまとめた書『老後破産 長寿という悪夢』(NHKスペシャル取材班/新潮社)には、その切実で恐怖ともいうべき実情が描かれている。

 都内で一人暮らしをする田代孝さん(83歳)は、幼い頃に父親をなくし、旧制中学を卒業後ビール会社に就職、その後独立し居酒屋を経営していた。
ずっと独身を通し現在は厚生、国民年金を合わせて月10万円ほどの暮らしだが、その生活は苦しい。
家賃6万円を支払えば残るのは4万円。
より安い家賃へ引っ越すにも引っ越し代は捻出できず、節約に節約を重ねてもギリギリの生活だ。
しかも「年金をもらっているから生活保護は受けられない」と間違った認識を持っているため、受給される可能性があるにも関わらず自治体などに相談さえ行っていなかった。
 しかし、田代さんは病気や介護が必要でないだけましなのかもしれない。

都営団地に住む80代の菊池幸子さん(仮名)は要介護2を認定されており、介護費用が重くのしかかっている。
主婦だった菊池さんだが、夫が亡くなるまでは2人で13万円ほどあった年金は、3年前の夫の死で8万円ほどに減少した。
現在は身寄りもなく一人暮らしだ。

 その生活の内訳は、1万円の家賃に介護費用は3万円。
食費や生活費に7万円はかかり毎月3万円の赤字だ。
しかもリウマチで足腰が弱り、むくみ、心臓病もあり、立っていることがやっとだという。
ベッドから食事の入った冷蔵庫に行くにも、かなりの労力と時間を要する。
外出したいとは思うが、それは2か月に一度だけ。

年金支給日にヘルパーさんに連れられ預金を下ろす1時間ほどの間だという。
理由はお金がないからだ。
「(車椅子がないと外出できない菊池さんの)外出のチャンスを得られる一縷の望みは介護保険のサービスだ。

しかしそれも現実には難しかった。
食事作りやトイレ掃除、洗濯などで月々に利用できるサービスを増やすことなど─むろん、お金を払えば可能だが─不可能なことだった」

 従って、年金を下ろす際の外出費用は全額自己負担の2千円が必要となる。
 さらにその後、菊池さんは体調悪化で入院、要介護3となるが、これでさらに介護費用の負担も増えるのだ。
数万円の介護費用は安いという認識もあるだろう。
しかし10万円ほどの年金しか収入がなく、貯金を切り崩して老後を送る高齢者にとって、それは多大な負担なことが分かる。

 本書に登場する高齢者たちは皆真面目に働き、貯金もあった普通の人々だ。
「元気なうちはどうにかなる」。
そう考え、人様の迷惑にならないよう必死でがんばる人々でもある。
しかし配偶者の死亡、病気によって、その生活は簡単に破綻する。

例えば年金支給時に2千万円もの貯金があっても、一旦病気になれば生活は成り立たないという調査結果さえある。
しかも、老後破綻は80代という高齢者の問題ではない。

働きたくても働けない、それどころか深刻な病気なのに病院に行けないという60代男性のケースがそれだ。

 元タクシー運転手だった山田憲吾さんは、現在12万円の年金暮らしだ。
家賃や諸経費を除くと手元に3万円しか残らないが、しかし男性は持病があった。
「心臓に持病があり、また足腰が慢性の関節炎で整形外科に通う必要がある山田さんは月それぞれ1度、通院が欠かせない」という。


 生活費の残り3万円をこれで補うが、60代の山田さんの医療費負担は3割。
これだけでもギリギリだが、加えて山田さんは視野や視力が次第に低下する深刻な難病を患っていた。
専門医は自宅からも遠い。
「心臓や足腰に負担がかかるため、ひとりで電車やバスを乗り継いで行く事には不安がある。
タクシーを利用すれば、往復で2万円程度かかる」
 そのため、行きたくても病院にさえ行けないのだ。

 同様に35年間働いた会社を心不全のため一方的に解雇された60代女性は、会社が手続きを怠っていたため未年金で現在の収入はない。
300万円ほどの貯金で食いつないでいるが、生活費や医療費で、その貯金が底をつくのは時間の問題だ。
60代でも、いや50代でもケガや病気などで職を失えば、一気に「老後破産」は目の前に迫って来る。

 繰り返すが、彼や彼女たちはみな、若い頃はそれなりの生活を謳歌し、普通に働き、普通に生活してきた人々だ。
ところが一旦仕事をなくし、高齢になり、配偶者と死別し、病気やケガをすれば簡単に破綻に追い込まれる。

 にもかかわらず、生活保護を受ける高齢者は意外に少ない。
最低の生活をする権利の行使をしていない。
現在、600万人の高齢者のうち、年収が生活保護水準を下回るのはおよそ半数。
だが、生活保護を受けるのはその4分の1ほどの70万人だ。

 前述した田代さんのように「年金を貰っているから」という謝った認識で生活保護申請をしないケースもある。
また、代々続いた土地を手放したくない、世話になっている親族の意向から持ち家を処分できないなどの理由で生活保護を受けない人もいる。
しかし多くは高齢者の“美徳”ともいえる理由からだという。
「『贅沢は敵』とばかりに、出費を切り詰め、耐え忍んでいる。
生活保護を受けることは、『国のお世話になること』でもあり、罪悪感を伴うと訴える声も多い」

 今後、さらに年金引き下げが行われる中、若い世代が高齢者へ「貰い過ぎ」との不公平を訴える声もあるが、しかし“老後破産”は現在の高齢者だけの問題ではない。
「自己責任論」などと金持ちだけが優遇される現在の政治、社会状況にあって、地道に真面目に働く多くの市井の人々にとって“老後破産”は自らの切実な問題だ。

“老後破産”は現在の高齢者だけの問題ではない。
いま、この問題にきちんと対峙し、対策の仕組みを構築しなければ、さらなる悲惨な“老後破綻”が日本中を覆い尽くすだろう。
老後破産は私たち誰しもにとってほぼ例外ない現実だ。

 さらに本書では、老後破産は次世代に連鎖し、再生産される危険性をも訴える。
が、一方でこうした状況にも関わらず安倍政権は発足以来、生活・住宅扶助の削減など相次いで大規模な生活保護費の大幅カットに着手している。

さらに今年11月からは暖房や光熱費などの「冬季加算」までが減額された
 セーフティネットを政府が遮断する社会。
高齢者や弱者が顧みられない社会。
だからこそ、国民ひとりひとりの意識、そして取り組みが必要だ。
            (伊勢崎馨)
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2015年12月05日

意識不明の家族の“お金”問題

くも膜下出血で家族が意識不明で入院!
医療費・保険・預金口座…“お金の行方
2015.12.03. へレスプレス

 いつも通りに出勤したものの、朝から頭痛がする。
同僚に心配されるも、「大丈夫」と返していたら、突然の嘔吐。
次第に意識が混濁して病院に救急搬送された結果、くも膜下出血と判明。
緊急手術をするも意識は戻らず……。

 厚生労働省が行った平成26年度の人口動態統計によれば、
日本人の死因の

第1位は悪性腫瘍(がん)、
第2位に心疾患(狭心症や心筋梗塞)、
第3位肺炎と続き、
第4位が脳血管疾患となっている。
くも膜下出血や脳内出血、脳梗塞などだ。

脳梗塞の発症平均年齢は70代だが、くも膜下出血は40〜50代も多く発症する。

 冒頭の例のように、働き盛りの人が突然倒れるという現象は決して珍しいことではない。
人の目がある会社内で倒れた場合はすぐに病院で処置ができる幸運はあるが、不幸にしてそのまま意識が戻らないこともあるだろう。
命は取り留めたものの、回復の見込みが医師にも判断つかない状態になったとき、患者の親族には経済的な心配が持ち上がってくる。

いつまでかかるかわからない入院費や手術代をどうすればいいのか…?

脳血管疾患や心疾患で労災保険の受給は難しい

 勤務先での発症の場合、一番に考えるのは労災保険だろう。
勤務時間内はもちろん通勤途中でも、怪我などを負えば、業務災害として労災保険の申請・受給ができる。
 しかし、脳血管疾患や心疾患については話が違う。
発症の原因が仕事に関係あると証明できなければ、受給はできない。

厚労省が示している労災認定基準によれば、以下の3点のいずれかを満たさなければならない。

@疾患を発症した当日直前から前日までの間に仕事上の事故・事件など異常な出来事に遭遇した
A発症前の1週間に特に過重な業務をしていた
B発症前の6カ月間著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務をしていた、  

具体的には、1カ月当たりおおむね45時間超の時間外労働で、発症との関係が強まるとされる。また、発症までの1カ月間におおむね100時間、または2カ月間ないし6カ月間にわたって1カ月当たり80時間超の時間外労働があった場合には、発症との関係が強いと判断される。

 この基準に適うかどうか、勤務形態を詳しく知らない親族ではわからないだろう。
受給申請の手続きはできるが、審査には時間がかかるため、すぐに保険金がおりることはない。もちろん適用外との結果が出れば、支給はない。

限度額適用認定証や傷病手当で医療費を軽減しよう

 労災保険が適用にならないとなると、頼りは健康保険だ。

 緊急の手術に入院となると、高額な医療費が発生する。
医療費の支払いが高額になった場合、後日申請することで一旦払った限度額を超えた金額が戻ってくる「高額療養費制度」が健康保険には存在する。
しかし、一時的でも大きな支払は負担だ。
 あらかじめ高額になることが予想される際は、勤務先を通じて「限度額適用認定証」を申請することができる。
この認定証を入院先の医療機関へ提出すれば、支払額が自己負担限度額以上になることはない。病院の支払いは月ごとに発生するので、なるべく早く申請し、認定証を取り寄せたほうがいいだろう。

 当初の支払が終わっても、患者の意識が戻らなければ継続的な入院となり、当然に休業状態となる。
そのようなときは、「傷病手当」を受けることができる。
通常は仕事を休んだ日から数えて4日目より受給でき、その期間は最長1年6か月。
勤務先の就業規則に療養中の給与についての規定があるときも、傷病手当の額が給与を上回った場合には、その差額を受け取ることができる。

指定代理人を指名していれば生命保険が請求できる

 入院費としては、生命保険の補償も考えられる。
いわゆる「医療保険」「入院保険」といわれるもので、入院に際しては1日当たり5000〜10000円の支給される。1回の入院で60日程度を限度としており、入院費とは別に手術給付金が設定もされていることも多い。
 ただし、気をつけなければいけないことがある。
加入している保険が、指定代理人制度をとっているかどうかだ。
生命保険の請求権は、当然、契約者である患者本人にある。
本人の意思が確認できない限りは、たとえ親族といえども保険請求はできない。

 だが、事前に指定代理人を指名しておけば、意識不明など“特別な事情”が起こったときに、契約者に代わって傷害保険や入院保険を請求・受給することができるのだ。

現在、保険に入っている、または保険加入を検討している人は、万が一に備えて一考すべきだろう。

法定後見人は患者の預金口座も動かせる

 医療費の充填として、患者本人の預貯金を思い浮かべることもあるだろう。
特に、患者の意識が戻らず、医師から「回復が難しい」と言われたときなどは、すぐにお金の管理を始めなければ、と考えるのも無理はない。

 だが、本人が存命中は、他人が銀行口座を動かすことは原則としてできない。
先の保険契約と同様、預貯金もまた患者本人と金融機関との契約なのである。
事前に委任状などを用意しているのであれば別だが、本人が存命である限りは、契約者しか取引を行えないのだ。

 それでも引き出しなどを考えるときは、「成年後見人」を申し立てるしかない。
成年後見人制度とは、認知症や障害などで判断能力が不十分な人に代わって、財産の管理や様々な契約を締結する代理人を認定する制度だ。
意識不明者に関しては「法定後見人制度」が相当する。

 法定後見人は、四親等以内の親族であれば申請ができる。
本人の住所地にある家庭裁判所に必要書類を提出し、裁判所からの調査などを経て後見人として選任されれば、本人の預貯金の管理も含め法律的な行為を代理することができる。

回復に長期間かかるとなれば、転院や新たな施設への入所手続きが必要だ。
成年後見人になっていれば、こういった手続きもスムーズに進められるだろう。

 これらの手当や手続きについては、病院のソーシャルワーカーや役所の専門員などが詳しい。

成年後見人の申し立てを、親族に代わって申請してくれる司法書士もいる。
より現実的な悩みがあれば、家族会などへの相談も有効だ。

 脳血管疾患や心疾患は、突然訪れる。
親族や周囲の人間が急な発症にパニックを起こし、どうしていいかわからなくなるのは当然だ。

せちがらい話だが、そんなときでも手術費や入院費などの現実的な問題は避けられない。
もしものとき、こんな助けがあるのだと知っておくのは悪いことではない。
            (文=編集部) 
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2015年12月06日

公的年金の運用損:国民の老後を不安にさらすな

公的年金の運用損
国民の老後を不安にさらすな
2015年12月4日(金)しんぶん赤旗「主張」

 公的年金の年金積立金の今年7〜9月期の運用損益が、7兆8899億円の赤字となりました。
四半期としては、2001年に厚生労働省が運用するようになってから過去最大の損失です。
昨年10月から株式での運用を拡大したことによって、国内外の株価下落の影響をストレートに受けた形です。

年金積立金は、老後の安心を支える「国民共通の財産」です。
その貴重な資金を、変動の著しい株価に傾斜して運用することが、いかに危険かを浮き彫りにしています。
国民の将来を不安にさらすことは、やめるべきです。

安倍政権の株価対策で

 公的年金の積立金は、国民が月々こつこつと支払う国民年金や厚生年金の保険料のうち、まだ年金給付に使われていない部分によって成り立っています。
積立金の規模は9月末で約135兆円です。
厚労省が管轄する年金積立金管理運営独立法人(GPIF)が資金を管理・運用しています。

債券や株式の運用によって得た収入は年金給付に使われますが、GPIFの最大の使命はあくまで「年金制度の運営の安定に貢献」です。

 ところが安倍晋三政権は昨年10月、積立金の運用方針を大きく転換しました。
資産運用割合を、これまで日本株12%、外国株12%であったものをそれぞれ25%に拡大した一方、比較的リスクが少ないとされる国内債券の割合を60%から35%に縮小しました。

その結果、年金積立金から株式市場に数十兆円の新たな資金が投入されました。
株価つり上げを狙った安倍政権主導の露骨な「株価対策」です。

 リスクの高い株式での運用拡大の危うさをはっきり示したのが、GPIFが先月30日に公表した今年7〜9月期の過去最大の運用損です。

国内株は4兆3154億円もの赤字となりました。
外国株の赤字も3兆6552億円です。
今年8月以降の国内外の株価の大幅下落に直撃されたことは明らかです。
政府やGPIFは、10月以降の株価が上がっていることなどを理由に「長期的な視点で見てほしい」と説明します。
しかし、今四半期の赤字額は、今回の株価下落よりはるかに危機的だった08年のリーマン・ショック時よりも大幅です。

変動が激しい株運用を広げれば広げるほど、積立金を不安定化させ国民の財産を危機にさらすことにつながるのは明白です。

 安倍政権は、GPIFによる株式運用の拡大を「成長戦略」の大きな柱に位置付けています。GPIFは今年10月、「ジャンク債」といわれる、海外で格付けの低い債券を購入することまで決めました。
国民の払った保険料を「元手」に「ハイリスク・ハイリターン」の道に突き進むことは、国民の年金を安全確実に管理・運営する姿勢と、あまりにかけ離れています。

「投機」の加速を許さず

 “年金財政が大変”といって、国民に高い年金保険料負担と年金額カットを強いておきながら、株運用の拡大などで年金財政を危うくするやり方は、異常です。
 年金財政を安定させ、安心の給付を保障する重要なカギは、積立金の安全運営とともに、労働者の雇用安定と賃上げ、中小企業や農家などの経営安定などです。
国民の懐を温めることには背を向けたうえ、国民の老後の安心のための資金で「投機」を加速させる安倍政治からの転換が急がれます。
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記者の目:BPOの政府・自民党批判=丸山進(東京学芸部)

記者の目:
BPOの政府・自民党批判
=丸山進(東京学芸部)
毎日新聞 2015年12月04日 東京朝刊

◇放送局の自律に任せよ

 放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は先月6日に出したNHK「クローズアップ現代」報道に対する意見書で、番組内容に関する政府の行政指導や自民党の意見聴取を「圧力そのもの」と批判した。

BPOは放送界が自律のために設置した第三者機関。
その一委員会である検証委の意見書は本来、番組にどのような問題があったかをまとめるもので、矛先が政府や与党にも向くのは異例のことだ。
テレビ局に対する政治圧力が強まる中、真正面から批判した決断に、まずは拍手を送りたい。  

テレビ局への圧力は、安倍晋三政権になってから度を越している
自民党は昨年末の衆院選前、在京テレビ各局に選挙報道の公平中立を求める要請書を出した。
今年4月には自民党の情報通信戦略調査会がNHKだけでなく、出演者が「官邸から圧力を受けた」と発言した「報道ステーション」のテレビ朝日幹部からも事情聴取した。
6月には同党国会議員らの会合で、「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい」との発言まで飛び出した。  

◇規定解釈変遷し、政府が行政指導  

こうした圧力や介入を繰り返す度に、政府や自民党は放送法第4条を根拠に行為を正当化してきた。
第4条は「番組編集準則」と呼ばれ、政治的公平や事実に即した報道など、番組編集の基準となる4項目を定めている。
検証委は準則を、放送局が自らを律するための「倫理規範」であり、行政指導の根拠となる「法規範」ではないと真っ向から批判している。
法学者の通説を踏まえての指摘だ。
 放送法の歴史をたどると、準則は元々、検証委が指摘するように放送局に課せられた努力規定だった。

その後、テレビの影響力が増し、政治を取り上げる番組も増えた。
政府の考え方も変化し、法律の運用まで大きく変わってしまった。
ここに問題がある。

 放送法を審議中だった1950年3月、総理府の網島毅・電波監理長官(当時)は国会で「自律的な要件に従い、放送法の目的を達成するように努力することを期待している。
真実でない放送をしたという判断は、放送した者がする」と、準則は放送局側の努力規定と説明していた。

 しかし、政府は次第に番組の内容について行政指導を行うようになった。
93年2月には、郵政省の木下昌浩・放送行政局長(当時)が国会で、放送局に放送免許を認めない例として「訂正放送を行うべき時に行わなかった場合や、報道は事実を曲げないですることなどに違反した場合」を挙げた。
準則違反が根拠になりうると認めた。

 ◇都合良く法解釈 安保法と同じ

 時の政府によって法律の解釈が変わっては法治国家とは言えまい。
それによって、表現の自由、ひいては国民の「知る権利」をも奪われかねないだけに問題は深刻だ。
 しかも、検証委の指摘を受けても、政府は解釈を改めようとはしていない。
高市早苗総務相は「準則は法規範性を有するものだ」と意見書に反論。
「すべての学者が『これは倫理規範だ』と言っているわけではなく、『法規範性を有する』という学者もいる」という論理を展開した。

 多くの法学者の法令解釈に背を向け、都合の良い学説だけを取り上げる姿勢。安保関連法は違憲であるという、多くの憲法学者の批判に対する政権の反論と同じだ
政府は法律家の指摘に耳を傾け、置き去りにしてきた法律論を尽くすべきではないか。

 一方で、たび重なる政府や自民党の圧力や干渉に対し、当の放送局側には毅然(きぜん)とした態度が見えない。
日本民間放送連盟の井上弘会長は「個別番組のことで政党が放送事業者を呼ぶのは行き過ぎだ」と批判したが、意見書公表後、各局の社長に定例記者会見でコメントを求めると、及び腰の発言が目立った。

 吉田慎一テレビ朝日社長は、自民党調査会の聴取に自局幹部が応じたことを「番組で混乱を招き、自民党に呼ばれたのが(事情説明の)いいチャンスと思い、説明に赴いた」と述べた。

亀山千広フジテレビ社長も「公権力の介入を招くのは我々に原因がある。隙(すき)を与えないことが責務だ」と述べ、政治圧力をけん制する発言はなかった。

 政界からの圧力や干渉には、戦前の統制報道に逆戻りしかねない危険なにおいさえ感じる。
メディアに監視される立場にある政府や各党は、番組内容に対する放送局への関与は抑制的でなければならない。
同時に放送局側も、事実に基づく報道や、放送全体としての公平性を確保したうえで、外部からの干渉には毅然とした姿勢を見せることが何より大事だ。
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2015年12月07日

極めて利便性高い郵便事業が破壊!

極めて利便性高い日本の伝統
郵便事業を破壊!郵政民営化&上場は
国民に深刻なデメリットばかり
2015.12.05 ビジネスジャーナル
文=神樹兵輔/マネーコンサルタント

 「米国の忠犬ポチ」と揶揄された当時の小泉純一郎首相が固執した末に実現した「郵政民営化」ですが、10年の時を経て今年11月4日、日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の3社が親子上場といういびつなかたちながらも、ついに東証一部上場を果たしました。

 いまだ、株式の大半を政府が持っているという国営企業のままですが、いったいこれから、この巨大な「ゆうちょ」と「かんぽ」という2大マネーカンパニーはどんな道筋をたどるのでしょうか。

 また郵便や小包配達事業で赤字を抱える日本郵便を子会社に持つ親会社の日本郵政は、将来切り離される予定の「ゆうちょ」と「かんぽ」からの窓口使用料をずっともらい続けられるのでしょうか。
もしそれが得られなくなると、日本の郵便事業は大赤字となって成り立たなくなってしまう危険性が高いのです。

 郵便事業の公共性による赤字を、利益の出やすい貯蓄事業や簡易保険によって補うという日本のこれまでの伝統的な仕組みを破壊してまで、何ゆえの郵政民営化だったのでしょうか。

よい制度をバラバラに破壊  なぜ、こんなおかしなことになってしまったのか。
 たしかに、「ゆうちょ」や「かんぽ」の事業は、貸し出しや投資運用という営業的視点もなく、特殊法人に資金を垂れ流し、国債を買い続けるしかない存在でしたが、特殊法人に資金が流れる構図が悪ければ、そちらの入り口をシャットアウトすればよいだけのことでした。

何も、うまく機能していた組織をバラバラにする必要などどこにもなかったのです。
 それは、日本のメガバンクをはるかに超える預金量をもった「ゆうちょ」と、日本一の保険料収入をもった「かんぽ」という金融会社そのものを、自由競争にさらさせ、あわよくば合計で300兆円を超えるその資金を米国へと還流させたい――という米国政府の思惑にほかならなかったからでしょう。

 大部分の国民は、「なぜ郵政民営化が必要なのか?」という肝心な点がはっきりのみ込めないまま、当時の小泉首相の「民間でやれることは民間に!」や「聖域なき構造改革!」などといった勇ましいワンフレーズのスローガンに乗せられて、小泉首相に拍手喝さいを送ったのでした。  

当時、小泉首相に異を唱えると、「守旧派」のレッテルを貼られてしまいましたから、
今の安倍政権の集団的自衛権容認に自民党内で誰も反対できないのと同様の状況がここでも起きていたわけです。

小選挙区制の浸透によって、自民党から派閥の力がもぎ取られ、総裁の一極支配が可能になっていたからこそできた――といえる構図でしょう。

自民党は、このころから多様な意見が交わされる国民政党ではなくなり、独裁色が強くなってきたわけです。

公共性と市場主義経済は相容れない  

米国は自由競争の守護神のような国ですが、市場主義経済がはびこりすぎれば、公共性や弱者の存在がないがしろにされるのは当たり前です。

 今や、米国では有権者よりも、多国籍大企業が政治の主導権を握っています。
日本も戦後70年で、そうした構造が米国にだんだん近づいていますが、へき地や山間部に住む国民は、今後郵便事業などが危機に陥れば真っ先に犠牲にされかねないわけです。

 ユニバーサル事業は、公益性、公共性が第一に求められます。
国民誰もが均一性、利便性を享受できるという体制は、本来市場主義とは相容れないのです。  

「ゆうちょ」も「かんぽ」も1兆円に上る郵便窓口使用料を日本郵便に払うかたちだからこそ、日本郵便も事業継続が図れますが、株式会社としての効率性重視が求められれば、今のように郵便窓口使用料をいつまでも日本郵便に払い続けることが許されなくなる可能性を秘めていることに気が付かなければいけません。

 「ゆうちょ」や「かんぽ」のような膨大な資金量をもつマネーカンパニーの行方も不透明です。
今までのように国債を買い続けていても、将来の成長性は見込めないからです。        では、いったいどんな運用をすべきなのか。
答えは見えません。
与信能力がないのですから、貸し出しもままならないわけです。
住宅ローンに乗り出すぐらいが関の山でしょう。  

 このように見てくると、「郵政民営化」は、日本の古きよきシステムをバラバラに破壊しただけで、国民のためになるような仕組みは、どこにもないのです
まさしく大山鳴動して鼠一匹どころか、日本を米国の都合の良い国へと近づけただけにすぎなかったわけです。 
 小泉首相の罪深き業績として、記憶に留めておきたいゆえんなのです。
  (文=神樹兵輔/マネーコンサルタント)
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2015年12月08日

ジャーナリスト堤未果氏 「国民皆保険の切り崩しは始まっています」

ジャーナリスト堤未果氏
国民皆保険の切り崩しは始まっています」
2015年12月7日 日刊ゲンダイ

 臨時国会を拒否し、2日間の閉会中審査でTPP審議をはぐらかした安倍政権がバラマキを始めた。
最も反対の声が大きい農林水産業界を黙らせ、国民が売国条約の全容を知る前に承認に持ち込もうというハラなのだが、問題は農業だけじゃない。

米国が狙う本丸は医療分野だ。
その懸念を早くから訴えてきたこの国際ジャーナリストの堤未果氏は、「国民皆保険制度の切り崩しはすでに始まっている」と警鐘を鳴らす。

――10月に大筋合意したTPPの全文が11月にようやく公表されました。

 日本政府が作成した30章97ページの「TPP協定の全章概要」はかなりはしょっています。
ニュージーランド政府の英文文書はまったく同じ内容なのに598ページ。
文書を含めた全体では1500ページ超が215ページに縮められています。
話になりません。

――日本政府が公開したのは本当の意味の全文じゃないんですね。

 私が取材している医療や食品にとって重要な「知的財産章」「投資章」「透明性及び制度に関する規定章」は、138ページが21ページに圧縮されています。

そもそも、TPPの正文(国際条約を確定する正式な条約文)は英語、仏語、スペイン語。
域内GDPで米国に次ぐ経済力のある日本が入っていないことになぜ外務省は抗議しないんでしょう?
 「不都合な真実」を国民に知られまいと、外務省が正文扱いを断ったんじゃないかという臆測まで広まっています。

――一般の国民が全容を知るのは不可能に近いですね。

国会議員でも怪しいところですが。
 外務省は英語正文を読み込める国会議員はいないとタカをくくっているんです。
外務省が都合よく翻訳した「概要」をベースにいくら審議を重ねても意味がない。
いつものように手のひらで転がされるだけです。

■TPPの正文翻訳を急がなければ安倍政権の思うツボ

――国会議員がしっかりしないとマズい。

 正文に記された内容を正確に把握した上で問題点を追及しなければ、承認を急ぐ安倍政権の思うツボ。
日本語の正文がない以上、外注でも何でもして大至急翻訳する必要があります
法律には巧妙な言い回しで“地雷”を埋め込まれていますから、国際弁護士のチェックも欠かせません。

適用範囲が拡大したTPPの肝であるISD条項(国と投資家の間の紛争解決条項)はすべての国会議員が目を通すべきですし、厚労委に所属する先生だったら食の安全と医療は最低限押さえるとか、それぞれの専門分野の正文を読むべきです。
こういう時のために税金から政党助成金が配分されているんです。
30人の国会議員で1章ずつ翻訳を頼めば、アッという間にできる作業でしょう。
臨時国会が召集されず、審議が本格化する年明けの通常国会まで時間はあるんですから。

――正文の翻訳をHPなりSNSにアップしてくれれば、一般の国民も内容に触れやすくなります。

 そうですね。
まずは全章翻訳ですが、TPPは付属書と日米並行協議などの内容をまとめた2国間交換文書の3つで1セット。
法律は付帯文書に核心を仕込んでいることがままありますし、TPP参加の入場券と引き換えに日米並行協議で非関税障壁を要求されています。
ここで日本がのんだ「譲歩リスト」は特にしっかり精査しなければなりません。
TPPは「1%VS99%の情報戦争」。
時間との勝負なんです。
米国でTPPが批准されないという見通しは甘い

――「1%VS99%」とは、どういうことですか?

 TPPは「1%のクーデター」とも呼ばれています。
1%というのは、米国の多国籍企業や企業の利益を追求するロビイスト、投資家やスーパーリッチ(超富裕層)のこと。
彼らの目的は国から国家の機能を奪い、株式会社化して、効率良く利益を最大化することなんです
民営化は彼らをますます潤わせる手段です。
いま、米国で最も力のあるロビイストは製薬業界。
彼らが虎視眈々と狙っているのが日本の医療分野で、30年前から自由化の圧力をかけてきた。TPPはその総仕上げなんです。

――中曽根政権時代ですね。

 86年のMOSS協議(市場分野別個別協議)で米国から薬と医療機器の市場開放を求められたのが皮切りです。
その後も対日年次改革要望書などで混合医療の解禁や米保険会社の市場参入、薬や医療機器の価格を決定する中医協に米企業関係者の参加を要求するなど、さまざまな注文を付けてきた。
TPPを批准したら安倍首相の言う通りに皆保険の仕組みは残りますが、確実に形骸化します。自己負担限度額を設けた高額療養費制度もなし崩しになるでしょう。
米国民と同じ苦しみを味わうことになってしまいます。

――米国では14年にオバマ大統領が皆保険を実施しましたが、そんなにヒドイ状況なんですか?

 通称「オバマケア」は社会保障の色合いが濃い日本の皆保険とは似て非なる制度。
民間医療保険への加入を義務付けられたのです。
日本では収入に応じた保険料を支払い、健康保険証を提示すれば誰でもどこでも病院で受診できる。
オバマケアは健康状態によって掛け金が変動する民間保険に強制加入させられる上、無加入者は罰金を科されます。
オバマケアは政府に入り込んだ保険会社の重役が作った法律。
保険会社はリスクが上がるという口実で保険料を引き上げ、プランごとにカバーできる医療サービスや処方薬を見直した。
保険料は毎年値上がりするし、米国の薬価は製薬会社に決定権があるため非常に高額。
日本と同程度の医療サービスを受けられるのは、ひと握りの金持ちだけ
当初喝采していた政権びいきのNYタイムズまで保険料や薬価が高騰したと批判し始めました。

――盲腸の手術に200万円とか、タミフル1錠7万円というのは大げさな話じゃないんですね。

 WHO(世界保健機関)のチャン事務局長もTPPによる薬価高騰の懸念を示していますし、国境なき医師団も非難しています。
「特許期間延長制度」「新薬のデータ保護期間ルール構築」「特許リンケージ制度」は、いずれも後発薬の発売を遅らせるものです。
製薬会社にとって新薬はドル箱です。
TPPによって後発薬発売が実質延長されるでしょう。
米国では特許が切れたタイミングで後発薬を売り出そうとする会社に対し、新薬を持つ製薬会社が難癖をつけて訴訟に持ち込む。
裁判中は後発薬の発売ができませんから、引き延ばすほど製薬会社にとってはオイシイんです。

■「TPPの実態は独占」

――HIVや肝炎などを抱える患者にとっては死活問題ですが、日本の薬価や診療報酬は中医協や厚労省が決定権を握っています。

 TPPの「透明性の章」と関係するんですが、貿易条約で言う「透明性」は利害関係者を決定プロセスに参加させる、という意味。
米国は小渕政権時代から中医協に民間を入れろと迫っているんです。
TPPでそれを許せば、公共性や医療の正当性を軸にしている審査の場にビジネス論理が持ち込まれてしまう。
グローバル製薬業界は新薬の保険適用を縮小したり、公定価格との差額を政府に穴埋めさせるなどして皆保険を残したまま高く売りつけたい。
医療費がかさめば、民間保険に加入せざるを得なくなり、保険会社もニンマリですよ。

TPPが発効したら、政府は医療費抑制のために3つの選択肢を示すでしょう。

▽皆保険維持のために薬価は全額自己負担
▽自己負担率を8割に引き上げ
▽診療報酬の引き下げ――。

診療報酬が下がれば儲からない病院は潰れ、医師は米国と同じように利益を意識して患者を選ばざるを得なくなる。
最終的にシワ寄せは私たちにきます。

――安倍政権が取り組む国家戦略特区で、大阪は医療分野の規制緩和に向けて動き出しています。

 大阪だけではすみません。
特区内に本社を置けば、特区外でも同様の医療サービスを展開できる。
事実上の自由診療解禁です。
マスコミはTPPを自由化というスタンスで報じていますが、TPPの実態は独占
国内産業保護のために規制していた参加国のルールは自由化されますが、製薬会社などが持つ特許や知財権は彼らの独占状態になる。

1%の人々にとってTPPは夢。
ロビイストが米議会にバラまいた献金は100億円を超えましたが、その何百倍もの恩恵を未来永劫得られるのですから安い投資です。
米国でTPPが批准されないという見通しは甘い。
実現に向けて彼らはさらに札束をまくでしょう。
日本が抜ければTPPは発効しません。
年明けの国会が最後の勝負です。

▽つつみ・みか 
1971年、東京生まれ。
NY市立大学大学院修士号取得。
国連、証券会社などに勤務。
「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」で黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞。
「ルポ 貧困大国アメリカ」で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞。
「政府は必ず嘘をつく」で早稲田大学理事長賞。
近著に「沈みゆく大国 アメリカ」(2部作)。
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2015年12月09日

深刻な医師不足解消に医学部が抵抗!

医師不足深刻化でも、
大学医学部が定員増に必死の抵抗…
「医師不足利権」の病理
2015.12.08 ビジネスジャーナル

文=上昌広/東京大学医科学研究所特任教授

 医師不足の日本で、医師を派遣する権限は絶大だ。
そこに利権が発生する
利権にたかるのは、大学幹部や県庁の役人だけではない。医局を仕切る医学部の教授なら、誰もが利権のお裾分けに預かっている。

 大学教授たちがたかる相手は主に民間病院だ。
都内の病院経営者は「外科医などを常勤で派遣してもらえば、億単位の売り上げが期待できる。教授に数百万円戻しても十分に元はとれる」と言い切る。

 医師派遣には金がつきまとう。
この状況は以前から変わらない。
ただ、従来は「袖の下」と見なされていた。
ところが、近年の特徴は、公然と行われるようになったことだ。

きっかけは「寄付講座」だ。
国のお墨付きのもと、役所までが正々堂々と寄付金という「袖の下」を送るようになった。

 この結果、最近は大学以外の医療機関までもが「医師派遣ビジネス」に乗り出している。
その一例が千葉県の「医師不足病院医師派遣促進事業」だ。
 この事業では、医療機関が医師1人を千葉県内の自治体病院に派遣すると、医師への給与とは別に月額125万円が派遣元の医療機関に支払われる。
3分の2は千葉県、残りは派遣先の自治体病院が負担する。
つまり、医師を1名派遣すれば年間1500万円を受け取ることになる。
「医師の技量は問われないから、問題のある医師を送ればいい(千葉県の病院勤務医)」ことになる。

 千葉県の亀田総合病院関係者は、「幹部は損税の穴を埋めるため、医師派遣を推し進めている」と打ち明ける。
地域医療の雄である亀田総合病院といえども、経営が悪化すれば医師派遣ビジネスに手を染めざるを得ない。
 このように医師不足はさまざまな利権を産み出している。
メディアが「医師不足」「医療崩壊」を報じれば報じるほど、利権が拡大する。

 もちろん、厚労省も黙ってみているわけではない。
自らの権限を強め、利権に食い込もうとしている。
厚労省は14年度から地域医療支援センター運営事業を開始した。
その目的について「都道府県が責任を持って医師の地域偏在の解消に取組むコントロールタワーの確立」を挙げている。

 具体的には、この組織が「公的補助金決定にも参画」し、「優先的に支援すべき医療機関を判断」するらしい。
これでは、まるで「社会主義」だ。

官僚が強大な権限を握る。
その結果、多くの利権が生まれる。

 例えば昨年、厚労省医系技官で健康局長を務めた矢島鉄也氏が、千葉県病院事業管理者に就任した。
医師免許はあるものの、病院経営などやったことがない素人で、典型的な天下りである。
天下り先が減った昨今、「役人にとって干天の慈雨」(元厚労官僚)ともいえるポストだ。
 なぜ、このような厚労省の振る舞いに医師たちは文句を言わないのだろうか。
それは、このような流れは大学にとっても都合がいいからだ。

 医師不足の多くの地域で、実質的に医師を差配しているのは大学だ。
地域医療支援センターは大学と無関係に運営できない。
政府や県庁と連携することで、補助金のおこぼれにあずかることができる。

 例えば岩手医科大学の場合、総収入に占める補助金の比率は14.9%で、近年増加傾向だ。
09年度の32億8700万円から、13年度には49億5200万円に増加した。
いまや一流国立大学医学部なみの金額だ。

 財政難の日本で大学が受け取る運営費交付金や補助金は減っている。
医師不足が問題となっていない東京の私立医大は、特にそうだ。
14年度、日本医科大学が受け取った補助金は前年と比べ10億円減ったという。
 もちろん岩手医大の場合、震災の影響もある。
しかしながら、それだけでは説明できない。
その証拠に岩手県からの補助金は震災前の09年の7億7600万円から10年9億9600万円と増加している。
震災後の12年には17億1600万円となった。
岩手医大の経営にとり、医師不足ほどありがたいことはない。

「医学部新設は絶対に認めず」
 救急車のたらい回しが頻発しようが、入院できない患者がいくらいようが、厚労官僚や医学部教授にとって医師不足の現状がもっとも好ましい。
何もしなくても金とポストを得ることができるからだ。
できるだけ、医師不足の状況を維持したい。
こうなると、彼らの敵は、医師が増えることだ。
医師を増やそうとする動きには、一致団結して抵抗する。

 例えば08年、舛添要一厚労大臣(当時)が医学部定員を増やそうとしたときには、文科省医学教育課長に出向中だった医系技官は、東京大学などの医学部長に「医師はなるべく増やさない方向で頼みます」と電話し回った。
 この時は結局、舛添氏に押しきられ、その後の民主党政権もこの路線を踏襲したが、12年に自民党が政権に復帰以降、医学部定員増員を骨抜きにした

09年度には医学部定員が、693名も増員されたのに、14年度の増員はわずかに20名だ。
08年当時、定員を5割増やすことが目標とされたが、結局2割の増員で打ち止めにした。

 代わって宮城県や千葉県成田市に医学部新設の話が持ち上がった際には、前出の岩手医大や千葉大の学長たちが反対の急先鋒に立った。
 小川彰・岩手医大学長は「医学部の新設は、医師不足に対してまったく意味がない」という奇妙な理屈をこね、「医学部新設は絶対に認めず」という論陣を張った。
もちろん、新規参入を妨害し既得権を守りたいだけだろう。

 日本の医師は絶対数が足りず、遍在している。
この問題を解決するには、医師の養成数を増やすしかない。
あるいは医師が独占してきた業務を看護師や薬剤師に解放すべきだ。
そうすれば、駄目な医師・病院・医学部は淘汰されるだろう。

真っ先に淘汰されるのは、前述のような既得権益層だ。
逆に彼らや厚労官僚の権限を強化しても問題は悪化するばかりなのは、これまでの経緯から明らかだ。
今こそ、国民の視点に立って医療提供体制の在り方を抜本的に見直さねばならない。

(文=上昌広/東京大学医科学研究所特任教授) .
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2015年12月10日

母の在宅介護で苦労した安藤和津 国や職場の支援必要性語る

母の在宅介護で苦労した安藤和津
 国や職場の支援必要性語る
2015.12.09 16:00 NEWSポストセブン

 高齢化社会を迎えている日本。
家族の介護に追われているという人も少なくないだろう。
そして、家庭で介護をすることの大変さは、してみた人でないとわからない。

エッセイストの安藤和津(67才)は、母が1998年に脳腫瘍と認知症と診断され、2006年に亡くなるまでの間、壮絶な介護の日々が続いた。

「夜は15分おきに起こされ、2時間おきにおむつを交換。
母は大柄で70kg以上あったので、トイレの介護では支えきれずに肩を脱臼したことも。
長引く介護生活でうつになってしまい、喜怒哀楽がなくなり、面白いテレビを見ても笑えない。
毎日同じような黒い洋服を着て、料理もできなくなった時期もあったんです」(安藤)

 それでもなんとかハードな仕事を続け、子育ても介護もこなした。
安藤の支えになったのは、夫で俳優の奥田瑛二(65才)だった。


「ウンチを漏らした母をトイレに運ぼうとしたとき、意識がもうろうとした母が私の上に倒れてしまいました。
その時、偶然帰宅した奥田が『お母さん、ぼくならいいよね』と汚物まみれの母を抱え、手伝ってくれました。
在宅介護は母にとってはベストの選択でしたが、そのつらさは想像を超えていました。

家族の助けがなかったらどうなっていたかわからないし、この気持ちは経験されたかたでないとわからないと思います」

 安倍政権は、介護の人手不足と少子化問題の両方に対する政策として「三世代同居」を掲げている。
これは、子を育てる親たちがその親世代と一緒に暮らすことを推奨する政策で、増築や購入の際に上限50万〜100万円程度の補助金を出すなど、地方ではすでに独自の政策を行っている自治体もある。
今回政府は、同居に必要な住まいの改修を行った場合、所得税や相続税を減額する方向で検討している。

「もちろん三世代同居は理想です。かつての日本では当たり前だったことですが、国がどれだけのサポートをしてくれるのか、また職場を含めて周囲の理解も必要です。
介護する側、される側、どちらも在宅でよかったと最後に思えるには、まだまだ難しいのが現状だと思います」(安藤)

※女性セブン2015年12月17日号
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急増する“暴力老人” 突然キレられた時にどう対処する

急増する“暴力老人”
突然キレられた時にどう対処する
2015年12月10日 日刊ゲンダイ

 突然ブチ切れ、暴行や傷害事件を引き起こす高齢者が後を絶たない。
芥川賞作家の藤原智美氏は、8年前に著した「暴走老人!」の中で、暴力的な行動に走りがちな高齢者が増殖中と指摘し、彼らを“新老人”と呼んだ。
新老人たちはその後も増殖し続け、隣人相手や病院・駅で突然、キレて相手に食ってかかる。
時には手を出し足も出す。殺傷事件も発生していて、厄介この上ない。

■病院内で難癖・暴言

 実際、高齢者の検挙例は、隣人トラブルだけでも枚挙にいとまがない。
 最近では先月、70歳の容疑者が逮捕された「近隣住民の電話の音声を勝手に録音し大音量で流し逮捕=東京・府中市」の事件が記憶に新しい。
千葉県では生活排水のトラブルから、76歳の老人が73歳の隣人を池に転落させた。

 患者の半数以上が高齢者という都内の大学病院では、高齢者の暴言・暴力行為対策に院内交番を設置する施設もある。
「待ち時間が長い」「言葉遣いがなっとらん」などと、看護師や事務員相手に難癖をつける老人が少なくないからだ。

 警察庁の調べでは、65歳以上の高齢者犯罪の検挙件数は10年前の50倍近くまで増加。
暴走老人は物凄い勢いで蔓延しているのだ。
生まれた時から“周囲と競う”環境で生きてきた団塊世代が高齢者となった今、これまで以上にリスクが高まる危険性も否定できない。

 なぜ、かくも激増したのか。筑波大名誉教授の宗像恒次氏が指摘する。
欧米人に比べて、日本人の80%は情緒安定物質であるセロトニンが少ない。
さらに40代以降、ギャバという鎮静物質が減ってきて情緒が安定化できなくなる。
そこへ定年退職です。
社名も肩書もなくなり、心のよりどころを失う人がいます。
不安がたまっているところでプライドを傷つけるような扱いをされると、発作的にキレてしまうのです」

 効果的な対策はあるのか。

「暴走老人!」の著者、藤原智美氏がアドバイスする。

「ある病院では、キレた老人が出現した場合、医者や看護師が作業を中断して直ちに駆けつけ、“暴走者”を取り囲みます。
心理的に制圧するためで、これでたじろぐ老人もいるそうです。
で、同時に、警備員が駆け付ける。
実は暴走者たちは制服にも弱いのです。

次に、しかるべく対応する人が登場し『あちらで詳しい話を伺いましょう』と場所を変える。
同じ場所、同じ相手、同じ人間関係では怒りが収まりません。
15分も言い分を聞いてやれば、多くの人が落ち着きを取り戻すそうです。

話を聞く人を変えるのは、“キレた相手”との人間関係を切断するため。
場所と人を変えることで、暴走者の鎮静効果を高めるのです

 キレる老人たちにも冷静な一面がある。
ヤクザっぽい相手や屈強な大男には、100%キレたりしないのだ。
相手がサービス業の店員とすると、暴走老人は“弱いヤツ”と見ています。
こんなケースでは、店員はあらかじめ『これ以上やられたら黙っていない』というラインを決めておくといい。
つまり、謝るべき点は謝りますが、一定ラインを越えたら、『当店はそれ以上は対応できません』と老人にハッキリ伝える。
場合によっては『警察を呼びます』と言ってもいい。
店員が攻撃的に態度を豹変させることでひるむことが多い。
実は彼らも警察が来て事が公になるのはイヤなのです」(藤原智美氏)

 この手は隣人トラブルでも使えそう。
だが、激高した相手にいきなり胸ぐらをつかまれたり、モノを壊されたりしたら、それこそ警察を呼ぶしかない。
恐怖を感じたら、“一目散に逃げる”のが最善手だ。
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2015年12月11日

自治会やPTA、強制加入は不当?

面倒くさい自治会やPTA、
強制加入&会費徴収は不当の疑い!
各家庭の事情無視で問題続出
2015.12.10 ビジネスジャーナル
文=平沼健/ジャーナリスト

 自治会(もしくは町内会)、学校のPTAへの加入・脱退の自由をめぐり、全国各地で紛争が起こっている。
加入の是非については見解が分かれるところであろうが、そもそもこのような自治団体は、なぜ存在するのだろうか。

 自治会やPTAといった自治団体は、いずれもかつては政府の指導によって各地で結成されてきた経緯があり、半ば強制的に加入させられてきた。
隣近所との付き合いが深かった頃には特に問題がなかったのかもしれないが、現代においては各家庭の事情は大きく異なるため、一様に負担を強制する自治は見直さざるを得ないのかもしれない。

 平成17年4月26日最高裁判所第三小法廷において、「(自治会の会員は)一方的意思表示により退会することができる」との判決が下されたことで、自治会への加入の任意性が広く知られることとなった。
そして、これを機に自治会への加入を拒否、または退会する人が全国で続出しているという。  

ちなみに、東京・武蔵野市は、全国に先駆けて自治会制度を廃止したことが知られている。

 第二次世界大戦中に政府が国民を統制するために隣組をつくったことが自治会制度の発端といわれている。
隣組は戦争に非協力的な国民を憲兵に密告する役割を果たしていた。
そのような背景から、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は隣組が戦争を推進させているとして廃止した。

しかしGHQが去った後に再び日本政府は、自治会の制度を復活させた。
これに対して武蔵野市は、軍国主義の反省から自治会を復活させなかった。
 武蔵野市以外の全国の各地方自治体は、政府の勧告に従って自治会制度を推進し、それが今でも存続しているのだ。

トラブルが多発するPTA

 自治会と同様、ほぼ強制的に加入させられることでトラブルが増えているのが、学校のPTAだ。
子供が小学校に入学すると、最初の親への説明会・親睦会などの席でPTAの役員等の役割分担が行われる。
その場で、PTA加入が任意であることや活動への協力が自由意志だなどと説明を受けることは皆無だ。
役割がすべて決まるまで何時間も重い空気の中に“監禁”されることも珍しくない。

 そのような慣習を打ち破る出来事が昨年起きた。
熊本の小学校に通う児童の父親が、PTAの退会が認められなかったことが憲法21条に違反しているとして、約20万円の損害賠償を求める訴訟を小学校のPTAを被告として起こしたのだ。
現在も訴訟は続いているが、原告の主張が大筋で認められるのではないかとの見方が有力だ。  

訴状によると、2009年に2人の子どもが同市内の公立小学校に転入した際、PTAに同意書や契約書なしに強制加入させられ、会費を約1年半徴収された。
その後、退会を幾度も申し入れ、話し合いの機会も設けたが平行線をたどったため提訴に至ったという。

 憲法21条は、「結社の自由」を保障する条項だ。
結社する自由と結社しない自由があり、PTAなどの任意団体は、その趣旨に賛同する人が自由に結成するものであり、望まない人に加入を強制してはならないというのが憲法上の大原則といえる
 現状では、PTAは加入が義務であるかのような制度となっている学校が多い。
PTAの規約に「学校に通う児童の保護者を会員とする」と定め、強制的に会費を口座振替させている例も多いという。
「6年間のうち、2回以上はなんらかの活動に従事すること」などと負担を強制する例もある。  

その一方で、大抵は入会申込書などの書類も整備されていない。
子供の入学に伴い当然に役員を押し付けたり会費を強制的に徴収することが、「結社しない自由」を侵し違憲であると主張する憲法学者もいる。

 PTA会費が教職員の人件費や校舎の修繕費などに流用されている事案が次々に発覚し、批判も高まっている。
 また、保護者がシングルマザーやシングルファザー、他人に知られたくない病気を抱えているなど、家庭ごとに複雑な事情を抱えているケースもある。
仕事を持っている母親は、専業主婦と同じように学校の活動に協力できないだろう。
それにもかかわらず、拘束時間の長い役割を引き受けなければならない制度は、もはや時代に合わなくなっている。

 自治会やPTAなど、人とのつながりを重視し、協力し合って成り立ってきた制度は、日本人の美徳でもあり、今後も継続されていくことが望ましい。
しかし、時代に合わせて柔軟なかかわり方ができるように形を変えていかなければ、かえって廃れることになってしまうだろう。
  (文=平沼健/ジャーナリスト)
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2015年12月12日

軽減税率が決着。財務省は大勝利で国民は地獄へ一直線

経済ブロガー・山本博一
軽減税率が決着。財務省は大勝利で
国民は地獄へ一直線
2015.12.11 日刊SPA

【不安の正体――アベノミクスの是非を問う】
▼軽減税率案が1兆円枠でついに決着

 自民と公明党、それに財務省を加えて三つ巴で議論が行われていた軽減税率案ですが、どうやら生鮮食品と加工食品を含む、約1兆円の財源枠で決着した模様です。
 公明党の主張がほぼ通った形ですが、その背景には、先の安保法案で賛成に回った公明党への自民党からの配慮と思われます。
安保に賛成、そのうえで軽減税率も縮小となれば、公明党の支持母体である創価学会の反発は必至。
これでは来年の参議院選挙を戦えないと踏んだのです。
 完全に政局的な決着です。

▼そもそも国民の負担軽減になっているのか?

 今回の軽減税率論議のもっとも愚かな点は、軽減税率を8%ベースで考えていることです。
与党、財務省は国民の「負担を軽減するため」の軽減税率だと主張していますが、軽減是率を導入しているほかの欧州各国は、生活必需品、食品にかかる税率をゼロ、もしくは半分以下の低い税率としている国がほとんどです。

 つまり、 これくらい極端にやらなければ低所得者の負担軽減にはなりません。
しかし、日本の軽減税率案は食品にかかる税率を8%に据え置くだけ。ほかは10%に引き上げです。
「減税」ではなく、増税です。
これで国民の痛税感や負担が和らぐ? バカですか?
 さらに、今回1兆円の減税枠が設定されましたが、この1兆円の穴を埋めるために、どこかで調整して帳尻合わせをするのです。
社会保障費を削って財源を確保するとの話もありますが……、これではトータルでの国民負担が減ったことにはなりません。
 もはや、軽減税率の導入が目的化しているとしか思えません。

▼軽減税率は利権を生む単なるツール

 こんな大して国民の負担軽減にもならない軽減税率導入を、なぜ与党、財務省は必死に導入しようとするのでしょうか?
 国民のためではないなら「自分たちのため」です。
そう、利権が絡んでいるのです。

 軽減税率があると、各業界がこぞって「我々の業界に軽減税率を適用してください」と与党議員や財務省に陳情に現れます。
ならばと、議員は献金を約束させ、財務官僚は各業界に天下りのポストを要求するわけです。  政府や官僚に、税率を調整するという「裁量」を与えてしまうとろくなことになりません。
軽減税率は利権を生む単なるツールです。

▼景気は未だ低迷中。なぜ増税の是非が問われない?

 12月8日に発表された7−9月期のGDP2次速報は、1次速報から大幅な上方修正になったものの、いまだに昨年の消費税増税の悪影響を払拭できていません。
 グラフを見ればわかりますが、GDPはアベノミクスのスタートである2013年の水準に戻っただけです。

 この状況で10%への増税を敢行すればどうなるか。
GDPは2013年の水準以下に下落。
民主党政権時代に逆戻りです。

 本来ならば、選挙対策、党の都合、利権のためなどではなく、真に国民の生活を考えて、経済的な観点から増税の是非について議論するべき局面ですが、政治や官僚の腐敗がここまできているのかと、絶望せざるをえません。
 これこそ「国民不在の政治」「民主主義の死」です。なぜマスコミは安保法案のときのように批判しないのでしょうか?

▼結局最後に笑ったのは財務省

 今回、安倍政権は安保法案で賛成に回ってくれた公明党に譲歩する形で、軽減税率を認めました。
その結果、来年衆参W選挙に持ち込み、増税をひっくり返すことが難しい状況になってしまいました。
 そんなことをしたら公明党の顔に再び泥を塗ることになります。
自民、安倍政権の基盤は盤石どころか、公明党の協力なしには選挙を闘い抜くことは難しい状況です。
安倍首相は公明党を切ることはできませんし、切る気概もありません。

 できれば、安倍首相には最後までゴネて、軽減税率の合意を先延ばしにし、軽減税率導入が間に合わない事態に追い込んでほしかったのですが、非常に残念です。
 自公はこれから1兆円の財源確保についての議論に入るのでしょう。
社会保障費の削減で確保するとの報道がありましたが、それだけで1兆円の調達は無理です。
そうなれば財務省は基礎税率10%のさらなる引き上げを提案してくるはずです。
 軽減税率の財源を消費税増税で賄うという、まったく笑えない、本末転倒としか言いようのない事態になる可能性は十分考えられます。  
結局、最後に笑ったのは財務省です。
 これで増税凍結への道はかなり険しいものとなりましたが、私は諦めの悪さが性分です。
増税が完全に確定するまで最後まであがき続けるつもりです。

◆まとめ
・軽減税率を導入しても結局は国民の負担軽減にはならない
・軽減税率は利権の温床になるだけ
・自民は公明の顔を立てることで、来年のW選挙を自ら封印
・軽減税率決定により、増税凍結の道はかなり険しいものとなった
・結局最後に笑ったのは財務省。
しかし、最後まで諦めるわけにはいかない

【山本博一】
1980年生まれ。
経済ブロガー。
ブログ「ひろのひとりごと」を主宰。
医療機器メーカーに務める現役サラリーマン。
30代子育て世代の視点から日本経済を分析、同世代のために役立つ情報を発信している。
近著に『日本経済が頂点に立つこれだけの理由』(彩図社)。
動画配信番組「チャンネルくらら」の『ゆる〜く学ぼう!日本経済』に出演中。
4児のパパ
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2015年12月13日

老人ホーム倒産急増 安倍政権「介護報酬カット」が大失敗

老人ホーム倒産急増
安倍政権「介護報酬カット」が大失敗
2015年12月12日 日刊ゲンダイ

「介護事業者」の倒産が急増している。
東京商工リサーチの調査によると、2015年1〜11月の「老人福祉・介護事業」の倒産件数は66件と過去最悪を記録。
すでに前年の年間件数(54件)を上回っている。

 企業業績が上向き、全体の倒産件数はバブル期並みに低いのに、例外的に「介護事業者」の倒産だけは増えているのだ。

設立から5年以内の「新規事業者」と「小規模事業者」の倒産が目立つという。
原因は、深刻な“人手不足”だ。
東京商工リサーチ情報本部の原田三寛氏がこう言う。
「ある介護業者は、施設は用意したのに、働く人が集まらないため、いつまでたってもオープンできず、賃料がかさみ倒産してしまった。

介護は成長産業だということで、他業種からの新規参入が相次いでいるのですが、とにかく働き手がいない。
人が集まらないのは低賃金だからです。
介護報酬は政府が決めているため、事業者も高い報酬を払えないのが実態です」

 今年4月、安倍内閣が9年ぶりに「介護報酬」を引き下げたため、ますます介護業界から人が逃げ出しているという。
「新3本の矢」を掲げた安倍首相は「介護離職者ゼロ」を訴えているが、現場で働く人がいなければ、「介護離職者ゼロ」の実現など絶対に不可能。

働き手を増やすために、介護報酬をアップしなくてはならないのに、ダウンさせているのだから、どうかしている。
現在、年間10万人の「介護離職者」を増やすだけだ。

「いま特別養護老人ホームを利用している人は54万人。
さらに、入居待ちをしている老人が52万人もいます。
介護離職者を減らすには、多くの介護施設を用意しなくてはいけない。
でも、必要なのはハコじゃない。
人手です。
ハコは廃校になった学校などを再利用すればいい。
なのに、安倍政権はハコづくりにばかり目がいっている。
恐らく、介護の実態を知らないのでしょう。

介護現場で働く労働者の賃金は、平均より月に10万円も少ない。
これでは人は集まりませんよ。
報酬を平均より10万円多くすれば、あっという間に人が集まるし、しかも質の高い人がくるでしょう。
なぜ、安倍首相はそんな簡単なことがわからないのでしょうか」(経済ジャーナリスト・荻原博子氏)

 介護施設の倒産が増えれば、困るのは利用している老人である。
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2015年12月14日

菅原文太の安倍批判が一周忌に公開

一周忌に改めて明かされた
菅原文太の憂国の思い…
「安倍首相は深く考えていない」
「憲法9条は死守せねば」
2015.12.13. LITERA(水井多賀子)

 戦後70年という節目の最後の月に飛び込んできた、作家・野坂昭如氏の訃報。
戦争の悲惨さを訴え、最期まで安倍政権に警鐘を鳴らしつづけた野坂氏だが、またひとつ、戦争を知る世代の貴重な声が失われてしまった。

 だが、野坂氏が小説やエッセイに思いを記してきたように、言葉は死しても人の心、そして紙の上に生きつづける。
それはちょうど約1年前に亡くなった、俳優・菅原文太氏も同じだ。

 先月末、一周忌にあわせて発売されたのは、『菅原文太 日本人の底力』(宝島社)という本。
これは2003年4月から14年12月まで放送された同名ラジオ番組を書籍化したものなのだが、それがまるで、菅原氏がいまの日本に生きる人びとへ「考えつづけることを止めてはいけない」と鼓舞しているかのような内容なのだ。

 力を入れていた食と農業の問題だけでなく、晩年は沖縄基地や原発の問題に積極的に反対の意志を示し、憲法改正の動きを警戒していた菅原氏。

なかでも第二次安倍政権後の2013年には、はっきりとした安倍政権への危機感を口にしていた。
「安倍さんの言動は、われわれのような政治の素人から見ても、いろんなボロが見えてきます。深く考えていないのではないかと疑ってしまうぐらい、ポロポロとおかしなことが出てくる」  

しかも、それは漠然とした不安から発せられたものではない。
菅原氏は一例として内閣法制局の人事を俎上に載せる。
「先月、(2013年8月)、内閣法制局の長官が小松一郎さんという人に替えられたじゃないですか。
彼は外務省出身で、法律家ではない。
そんな人が「憲法解釈の変更がおよそ許されないことはないと考えられる」という発言をする。そうなると、これはもう出来レースなんじゃないかと思わざるを得ない」
 この指摘は、その後の“暴走”を見事に言い当てているかのようだ。
実際、この人事を皮切りに内閣法制局は政権に完全服従、過去40年以上も違憲としてきた集団的自衛権の行使容認を認め、挙げ句、憲法解釈変更の検討過程の資料さえ公文書として残していないことが毎日新聞のスクープによって明らかになっている。

 タガが外れた瞬間を見逃さなかった菅原氏は、このように言葉をつづけている。
「われわれ国民にしてみれば、憲法の冒頭にはまず「主権在民」とあるでしょ。
主権在民ということは、主権は国民にあるわけです。
そこのところを今の政治家は勘違いしているんでしょうかね」
 この「主権在民」をまったく無視した安保法成立や、現在の普天間基地の辺野古移設問題など現在の政権の動乱を、菅原氏が生きていたなら何と発言していただろう。

きっと、こんな言葉だったのではないかと思えるものが、本書には散りばめられている。
たとえば、菅原氏が沖縄の基地問題を語る際、何度も「日米地位協定」の不条理さを訴えていた。
 まず、13年8月11日、18日の放送では、ゲストの前泊博盛・沖縄国際大学大学院教授に“フィリピンやイラクは米軍を追い出しているのに、どうして日本はできないのか?”と疑問をぶつけ、こう述べている。
「そういう国があるにもかかわらず、日本だけが戦後70年になろうとしているというのに、唯々諾々とアメリカから言われるとおりに行動している。
言うなれば「操り人形」のような状態がいまだに続いている。
それに対して、「いったいなぜなんだろう?」と。
一片の気概もないんだろうかと思わざるを得ないんだよ」

 また、元外交官の佐藤優氏(13年5月5日、12日放送回ゲスト)には、「アメリカにとってフィリピンが沖縄ほど重要じゃなかったということなのか、それともフィリピンの人たちの強い意志だったのか」と質問。
佐藤氏が「後者でしょうね。
(中略)アメリカはやはり民主主義国ですから、米軍が配備された国の人たちが「本当に嫌だ」「出ていってくれ」と本気で言っている場合は無理強いはしないです」と答えると、
菅原氏はやはり「それだったら、どうしてね、日本は安保条約や地位協定を変えようとしないんだろう。
別に気色ばんで言うことでもなく、普通にアメリカに「出ていってくれ」と言えばいいんでしょ
それをどうして今まで言えなかったんだろうかと思うと、日本人として情けないなぁと」と話している。

 なぜ、アメリカにはっきりと主張ができないのか。
なぜ、日本は敗戦から得た教訓を手放そうとするのか。
そのことについて考える菅原氏は、“日本の民主主義”を疑う。

敗戦を迎えたとき、日本人があらゆることをあいまいにしたまま、戦後という時代に突入してしまったことは間違いない。
それまで「撃ちてし止まむ、憎きアメリカ」と言っていた大人たちが、敗戦を境にして急に口をそろえて民主主義、民主主義と言い出した。
国民が突然民主主義者になった、奇妙な国なんだよ、日本は

 この言葉には、菅原氏の戦争体験がもとにある。
「自分はあのとき10歳だったのかな。
われわれは子供だったけど、大人よりも大きな声で「撃ちてし止まむ」とか「鬼畜米英」とか、言っていたんですよ。
竹やりなんかを持たされて。
子供は敗戦の次の日に民主主義者にはなっていない。
わけがわからないまま、ただ何となく「負けたんだ」「終わったんだ」ということで敗戦を通過してきただけで。
 だから、どうなんだろう、あのときの大人たちはやはり罪の意識を感じながら民主主義者になったんだろうか

 この夏、民主主義を見つめ直そうという声がさまざまな場面で立ち上がっていた。
それはひとえに安倍政権が民主主義を軽んじ、何の躊躇もなく否定してみせたからだが、菅原氏が言い残したように、ほんとうにいまこそ、主体的に民主主義を選び取るという強い意識をひとりひとりがもたなくてはいけないときがきているのだろう。
 そして、そのためにも戦争を憎み、徹底して戦争へつながる可能性の芽を摘まなくてはいけない。
菅原氏は言う。
やはり憲法9条は死守していかなければならない
広島や長崎に原子爆弾が落ちたのも、普天間の問題がくすぶっているのも、そもそも戦争がなければなかったことですからね」
「(原爆を)わが身で経験された方が亡くなっていくとともに、人々の記憶が薄れていくかもしれない。
しかし、大げさに言えば、世界が続くかぎり、人類が続くかぎり、再び同じような悲劇を起こしてはいけないと訴え続けなければいけないわけで

 ……それにしても、あらためて菅原氏の言葉に触れると、その勉強熱心さ、政治や社会問題を他人事にしない主体者意識の強さに脱帽させられる。
同番組のディレクターを務めた加藤晋氏も、本書のなかで〈お迎えする客人が決まると、菅原さんは多くの時間を割いて、入念な予習をされました〉と菅原氏の姿勢を振り返る。

〈オンエアするときには菅原さんが聞き役になるように編集をしていましたが、収録では客人の方だけではなく、菅原さんもご自分の意見や思いをよくお話されていました。
ただ、そんなときはたいてい、収録後に「今日は俺、しゃべりすぎちゃったから、俺の話はカットしておいて」「客人がいい話をしてくれたから、そこの話は絶対に切らないで残しておいてくれ」と電話がかかってきました〉

 菅原氏のことを、〈客人に向ける真っ直ぐな視線は、「輝かしい経歴を持つ往年の銀幕の大スター」ではなく、みずみずしい青年のようでした〉と述べる加藤氏。
氏によれば、菅原氏はこんな言葉をよく口にしていたという。
「俺はもうすぐ死んじゃうけど、このままの日本じゃ、子供や孫の世代がかわいそうじゃないか」
「今きちんとこの問題に向き合っておかないと、これからの日本がダメになってしまう」
「自分はこれまでヤクザ映画の俳優をやってきたけど、世間の人に何の貢献もしてこなかった。だから、老い先短い年齢になって、少しぐらいは人の役に立ちたいと思ったんだ。
こんな地味な番組だけどね」
“文太兄ぃ”の、静かだけれど熱いこの思い。
再びその声に直接触れることはできなくても、しかし、残された者は思いを引き継ぐことができる
ぜひ、この機会に菅原氏の言葉に接してみてほしいと思う。
       (水井多賀子)
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2015年12月15日

川島なお美が近藤誠の診断を告発

川島なお美が遺著で
近藤誠医師のセカンドオピニオンを告発していた!
「あれは何だったの」「がんを放置しないで」
2015.12.14. LITERA(小石川シンイチ)

〈抗がん剤や放射線治療に見向きもしなかったのも先生の影響かもしれません。
でも、がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか?〉

 今年2015年9月に54歳と若くして胆管がんで亡くなった川島なお美が、ベストセラー『患者よ、がんと闘うな』などの著書をはじめ“がん放置療法”で知られる近藤誠医師を批判していたことがわかった。

 たしかに、川島は近藤医師からセカンドオピニオンを受けており、そのことが論議を呼んでいた。
もともとは近藤医師自身が「文藝春秋」11月号で川島が2年前に近藤医師の外来を訪れ、がん治療のセカンドオピニオンを受けていた事実を明らかにしたのだが、
その近藤医師のセカンドオピニオンの内容に対して医学界から「近藤氏の診断のせいで、手術を遅らせ、治るチャンスを逸してしまった」という批判の声が上がったのだ。

 だが、川島自身も近藤医師の診断に怒りをもっていたようだ。
12月に発売された川島の遺作『カーテンコール』(川島なお美・鎧塚俊彦/新潮社)は闘病中の手記をまとめたものだが、近藤医師のセカンドオピニオン外来を受診した様子も克明に描かれているのだ。

 13年8月の精密検査で腫瘍が見つかった川島が近藤医師のもとを訪れたのは、翌月の9月のこと。
〈この人だったら命を預けてもいい、そう思える医師に出会えるまで手術はしないと決めて、納得するまでセカンドオピニオンを受け続け〉ることにした川島は近藤医師のセカンドオピニオン外来も予約する。
 近藤医師の著書を読んでいた川島は、その理由をこう書いている。

〈そもそも先生の著書で目からウロコだったのは、「ほとんどのがんはがんもどき。早期発見などで慌てて切るとロクなことはない。
生活に支障なく元気ならば様子を見る、放置する、余命3カ月と言われた患者さんも、無駄な治療をせず放置して、何年も長生きしたケースを見てきた」というもの
こういう考え方もあるんだと、感心しました。
そしてすぐさま先生に「ご意見を伺いたい!」とアポを取ったのでした〉

 しかし、近藤医師の診断は予想とはまったくちがうものだった。
〈「切る必要はありません。きっとがんもどきです。様子をみればいいでしょう」
 そう言われるかと思いきや、意外な答えが返ってきました。
胆管がんだとしたらとてもやっかいだね。
2、3年は元気でいられるけど、ほうっておいたらいずれ黄疸症状が出て肝機能不全になる。
手術しても生存率は悪く、死んじゃうよ」──言葉が出ませんでした。

きっとこの先生の前で泣き崩れる患者さんは多々いたはず。
でも、私は初めて会った人の前で泣くなんて、カチンコが鳴ってもいないのにできなかった。
また何か悪い夢でもみているよう……〉
「ほうっておいたら、死んじゃうよ」──残酷な死亡宣告に固まる川島。
しかし、近藤医師がその後に発した一言に救いを求めてしまう。

〈固まっていると、先生がすぐさま言いました。
「でも肝臓は強い臓器だからね、80パーセント以上腫瘍が占めるまではなんともない。
ラジオ波がいいよ」  一瞬にして光が見えた気がしました〉

 近藤医師が勧めた「ラジオ波」とはラジオ波焼灼術のことで、腫瘍の中に電極計を挿入し、ラジオ波電流を流すことにより、熱によって病変を固めてしまうもの。
保険が適用され肝細胞がんでは標準的な治療法とされている。

このときの診断を近藤医師は前述の「文藝春秋」のインタビュー記事で次のように語っている。

〈川島さんは『切除手術も抗がん剤治療も受けたくない』とおっしゃる一方で、「とにかく初発病巣だけは何とかしたい」との思いを持っておられるようだったので、僕は切除手術に比較して体への侵襲度がはるかに低い「ラジオ波焼灼術」を提案しました。
これなら入院期間も格段に短く済みますからね。
彼女には「万が一、転移が潜んでいたとしても、病巣にメスを入れる切除手術とは違い、肝臓に針を刺して病巣を焼く焼灼術なら、転移巣がどんどん大きくなってしまう可能性も低いでしょう」〉
〈(放射線治療との比較をすれば)ただ、制御率の面では、ラジオ波だったら百人やってほぼ百人がうまく行くんだけど、放射線の場合は百人やってうまく行くのは九十数人と取りこぼしが出る可能性があるんです。
それでラジオ波を提案したところ、川島さんもかなり乗り気の様子で、「今の主治医に相談してみます」とおっしゃっていました〉

 ラジオ波ならうまく行く、そう聞いた川島は「ありがとうございます。
ラジオ波の専門医をもう予約してあるので行ってきます、不幸中の幸い、運ってものがあるとしたら、私は人一倍強いので」と近藤医師と握手して辞去する。

 川島が「運ってものがある」といったのは、次の日、ラジオ波の名医のセカンドオピニオンを受ける予約をしていたからだ。
ところが、翌日、関西弁を駆使するマイペースだが頭はシャープそうなラジオ波の名医の一言は再び川島を絶望の奈落に突き落とす。
「う〜ん……胆管がんは一般の肝臓がんと違って、ラジオ波じゃとりきれんのですわ。
良心的な医者なら90パーセント、今回の場合、ラジオ波はおすすめしませんな」

 なんと近藤医師がセカンドオピニオンとして提案したラジオ波は川島の胆管がんには適応しないというのだ。
これにより、川島は途方にくれるのだ。

〈M先生(引用者注:近藤医師のこと)は確かに「私の患者で、胆管がんの人を何人もラジオ波専門医に送り込んだよ」とおっしゃっていましたが、あれって一体なんだったのでしょうか?〉  

その後、川島が腹腔鏡手術の名医であるK先生に出会い手術を決断する10月まで、がんを放置し進行させてしまった。
 結局、近藤医師のセカンドオピニオンは的外れのラジオ波治療というものだった。
川島の夫である鎧塚氏も「追記」の中で〈専門医による「胆管がんにラジオ波は有効ではない」との判断とM先生(引用者注:近藤誠医師のこと)との見解の違いについては、確かに今でも疑問に感じることがあります〉と書いている。

 また、診療代についても、川島は不満を書いている。
M先生がデータを見ながら説明してくれた時間は、約15分。
お支払い含めて20分足らず。
消費税がまだ5パーセントの時代、20分のセカンドオピニオンで3万1500円也。
領収証は頼んでいないうちから書かれていました。お高い!!〉

 なお、〈この人だったら命を預けてもいい、そう思える医師」である腹腔鏡手術の名医であるK先生のセカンドオピニオンは〈診察に1時間以上かけていただきましたが、お会計は1万円という大変良心的な値段だった〉という。

 そして、川島は冒頭で紹介したように、「序章」で、近藤医師の“がん放置療法”に対し、根本的な疑問を投げかけ、がん患者に“放置療法”に騙されないよう警告まで発している。

〈それからもうひとつ。
様々な著書で有名なM先生の存在です。
先生の本でためになったこともたくさんあります。
即手術しなかったのも、抗がん剤や放射線治療に見向きもしなかったのも先生の影響かもしれません。
でも、がんは放置さえすれば本当にいいのでしょうか?
(略)私はそうは思いません。
がんかもしれないと診断されることで、人生真っ暗になってしまったとしても、それは一瞬のこと。
目からウロコの『気づき』をたくさんもらえて、かえって健康的でいきいきした人生に変わることだってある。
それは、自分の病への向き合い方次第なんです。
(略)がんと診断されたら放置するのではなく、その対処いかんでより健全で、充実した生き方が待っている。
それは私ががんになってみて初めてわかったことなのです。
がんと診断された皆さん、決して『放置』などしないでください。
まだやるべきことは残っています

 がん患者は、近藤医師の本に洗脳される前に、川島なお美の声に耳を傾けるべきだろう。
              (小石川シンイチ)
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2015年12月16日

香山リカのココロの万華鏡 ・ Xマスは「あなたの日」 

香山リカのココロの万華鏡
. Xマスは「あなたの日」 
毎日新聞2015年12月15日 首都圏版

 クリスマスが近づいてきた。
診察室では「楽しみです」と言う人より「孤独だと思い知らされる」「街がにぎやかだとよけいに自分がみじめ」と顔を暗くする人のほうが多い。

 どんな言葉をかけてあげればよいのか、と思っているところに、大門義和氏という牧師から小冊子が送られてきた。
大門牧師が手づくりで長年、発行しているものだ。

 冒頭に「すべての人が貴い人であるとの宣言がクリスマス」という言葉が記されていた。
「クリスマスはイエス・キリストと、あとはハッピーな恋人や家族のものじゃないの?」と思いながら読むと、こんなことが書かれていた。

聖書にはイエスは「例外なくすべての人を照らす光」とあり、その光は人を区別したり分類したりはしない。
だから、イエスが生まれたクリスマスは、分け隔てなくすべての人にとっての喜びであり、どんな人をも尊び祝う日なのだ……。

 私のような医者は、診察室に来た人の問診をして「何の病気か」「重症度はどれくらいか」とその人を精神医学の体系にあてはめていく。
そして、診察室を出る頃にはその人をすっかり「患者さん」として扱い、「無理しないでくださいね。
ではまた来週」と送り出す。
そうやって区別、分類するのが私の仕事と言ってもよい。

 しかし、その医者としての「区別や分類」は、いつの間にか、その人が幸福なのか、孤独なのか、かわいそうなのか、といった人間的な部分にまで及んでいたかもしれない。
そして私だけではなくて、患者さん側も、自分で自分を「私には価値がない」「負け組です」などと分類しているのではないか。

 先の小冊子で私は、キリスト教では、クリスマスは孤独な人がより孤独を感じる行事ではなく、孤独だと思っている人も「あなたが生きているのはすばらしいことです」とたたえられるための日なのだ、と知った。
なるほど、と私は膝を打った。
これから12月の診察室では、「クリスマスは誰も区別されない日なんですって」と話すことにしよう。
 いや、クリスマスだけではない。お正月、各地で行われる冬のイベント、いろいろな祝日。「まわりが楽しそうだとよけいにみじめになる」と暗い顔をする人には、そのたびに「これはあなたのための日ですよ」と声をかけてみることにしたい。
まずはこのクリスマスシーズンをひとりですごしている人も、「私も貴い人間なんだよね」と笑顔になってみてはどうだろう。
          (精神科医)
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2015年12月17日

元家族会の蓮池透が「安倍は嘘つき」 .

「安倍さんは嘘つき」
元家族会の蓮池透氏が拉致問題で
安倍首相がついた真っ赤な嘘と
政治利用の手口を全暴露
2015.12.13. LITERA編集部

 安倍首相はウソつきだ──。
本サイトでは安倍首相の数々のウソについて繰り返し報じてきたが、意外な人物が安倍首相のウソつきぶりを暴露した。
 意外な人物とは、北朝鮮拉致被害者・蓮池薫氏の兄で、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)元副代表の蓮池透氏だ。

拉致問題といえば、安倍首相が官房副長官だった小泉政権時代に、一気にその知名度と人気を高めたきっかけ。
拉致被害者とその家族との関係は深く信頼も厚い。
そんなイメージがあったが、その当事者のひとりからもウソつきと批判されるとはいったいどういうことなのか。

 蓮池氏の「安倍首相ウソつき」発言が飛び出したのは、12月9日に開かれた辻元清美衆院議員の政治活動20周年パーティでのこと。
会の冒頭、辻元氏と田原総一朗氏の対談が行われていたのだが、途中で客席にいた鳥越俊太郎氏と蓮池氏を見つけた辻元氏が、ふたりをステージ上に招き、急遽4人でのトークとなった。  

TBS『NEWS23』岸井成格氏の後釜とも噂される朝日新聞特別編集委員の星浩氏も客席にいる前で、鳥越氏が『NEWS23』の岸井降板問題を批判するなど、当然、話題の中心は安保法制、安倍政権批判で盛り上がった。
  そんななか、マイクをもっていなかった蓮池氏が、何やらボソっとつぶやいた。
隣に座っていた辻元氏がそれを受けて、聴衆にその内容をこうバラした。
蓮池さんがヨコで、安倍さんはウソつきって言ってる(笑)」

 マイクを渡された蓮池氏、さすがに表立っては発言を認めないだろうと思いきや、もっと強い調子でこう断言したのだ。
安倍さんは、拉致問題を利用して、総理大臣になった

 蓮池氏は、安倍晋三が拉致問題をいかに自身のイメージ操作に利用してきたか、そのウソの数々を暴露し始めた。
「彼はどういうふうに喧伝していたかというと、小泉訪朝に官房副長官として一緒に行って、北朝鮮側、金正日総書記から拉致問題について謝罪と経緯の報告がなければ、日朝平壌宣言にサインをせず、席を立って帰るべきだと自分が進言したと。
そういうことになっているが、ウソ。
それは、みんなの共通認識だったんだから

 蓮池氏言うように、この安倍の「署名見送り進言」は、当時数々のメディアが報じていた。 〈小泉首相と金総書記との間で交わされた「日朝平壌宣言」をめぐり、拉致被害者の多くが死亡していたことが分かったため、安倍官房副長官と高野紀元外務審議官が一時、「宣言の署名を見送るべきだ」と主張していたことが複数の政府関係者の話で明らかになった〉(産經新聞2002年9月18日付朝刊、一部略)

〈昼食を一緒に食べようという北朝鮮側の提案を断り、日本側は控室で日本から持参した幕の内弁当を食べた。
だが、首相はほとんど手を付けなかった。

 安倍が首相に迫った。
「拉致問題について金総書記の口から謝罪と経緯の話がない限り共同宣言調印は考えた方がいい」
 決裂もありうる──。
緊迫した空気が周囲を包んだ〉(毎日新聞同19日付朝刊、一部略)

 しかし蓮池氏も指摘するとおり実際はこの武勇伝はまったくのデマだ。
本サイトでも報じたが、日朝首脳会談の立役者で会談に同行していた田中均アジア大洋州局長(当時)が後にフリージャーナリストの取材に対し、安倍の署名見送り進言があったことをはっきりと否定している。
そもそも金総書記が拉致を認めて謝罪しなければ平壌宣言に署名できないのは会談関係者全員の基本認識だったから、わざわざそんなことを言う必要もなかった、と蓮池氏と同様の解説を田中氏もしていたという。

ちなみに補足すると、このデマ武勇伝をメディアにリークしたのは、ほかでもない安倍晋三本人なのだ。

 さらに蓮池氏によると、安倍首相の拉致問題をめぐるウソは、これだけにとどまらなかった。蓮池氏は語気を強める。 
「弟たちが北朝鮮から一時帰国ということで帰ってきたとき、当初2週間で帰ることになっていた。
そのときに帰国した被害者5人を安倍さんは体を張って必死に止めたっていうんだけど、これは真っ赤なウソ!
 止めたのは、私なんだから!
 安倍さんが止めたって言うのであれば、途中で電話をしてくるとかあるはずだけど、そんなのない。
あれは、安倍さんが止めたんじゃない、私が止めたんだ!」

 この「北朝鮮への帰国を体を張って止めた」という話も、先ほどの「署名見送り進言」デマと同じくらい流布している。
安倍首相自身、たとえばFacebookで“帰さないという自分の判断は正しかった”と書き込むなど、あたかも自分の手柄のように語っている。
蓮池氏によると、これも真っ赤なウソなのだ。

 安倍が、こうしたウソをついたのは世間に対するイメージ操作だけではない。政権内部でも、同様のウソをついていたようなのだ。
「それから朝日新聞で今年9月に福田康夫さんのインタビューが載って、「5人を帰すかどうか、苦悩した」と。
その記事のなかに、安倍さんが「5人の意見を集約しました」と福田さんに言ってきたとあったんですが、そんなことしてません!」

 拉致問題についてはなんでもかんでも自分の手柄にしようという安倍の姑息さが透けて見える。
「そういう美談がはびこっているわけですよ、世の中に。
安倍さんはすごく拉致被害者に寄り添っている、みたいなイメージ。
その美談を利用して総理大臣になったんですよ」

 安倍のこうした拉致武勇伝デマの数々は、「拉致被害者に寄り添っているイメージ」をつくっただけではない。
「席を蹴って帰りましょうと進言した」
「体を張って説得した」とやたら勇ましい言葉をチョイスし、安倍の「闘う保守政治家」というイメージ形成にも大きく寄与している。

さらにいえば、現在につながる排外ナショナリズムの機運をも一気に高めた。
蓮池氏が指摘する通り、安倍は拉致問題を利用して、自身の“闘う政治家”イメージをつくりあげ排外ナショナリズムを煽り、それらを武器に総理大臣にまでなったのだ。
そして、蓮池氏は安倍首相について、こうも指摘した。
安倍さんはかけ声だけ。自分の在任中に解決するって言ってますけど、では何をもって「解決」とするのか。安倍さん自身、わかってない」

 安倍首相はかけ声だけ。
これは拉致問題に限らず、まさに安倍首相の政治姿勢すべてに当てはまる。
アベノミクス、積極的平和主義、一億総活躍……すべてかけ声だけで、中身もなければ、その先に解決もない。
安倍政権の支持者たちはそのことを早く自覚すべきだろう。
     (編集部)
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2015年12月18日

矛盾だらけの“軽減税率”を考えたヤツはアホなのか?

矛盾だらけの“軽減税率”を
考えたヤツはアホなのか?
2015.12.17 日刊SPA
【経済ブロガー・山本博一】

▼軽減税率でも生活は楽にならない  
消費税軽減の比較.jpgクリックで拡大

グラフの赤い部分がなんだかわかりますか?
 実はこれ今回決まった軽減税率によって軽減される金額です。
これを見てあなたはどう思いますか?
図の青い棒グラフは年収階級別(すべての世帯)で見た1か月の食費(酒類、外食は除く)を比較したもので、赤い部分が軽減税率分の金額なのですが、グラフにするとこんなもの。
ショボいの一言です。

 一番所得の低い世帯では、1か月の負担軽減額はたったの500円。
サラリーマンの昼食1食分を減額してやるからありがたいと思え、という話なのでしょうか。

一番所得の高い年収941万円以上の世帯では、負担軽減額は1450円。
低所得世帯に比べれば3倍もの恩恵ですが、小学生のお小遣い程度であることは否めません。  

軽減税率の目的であった「消費税の逆進性の解消」も話にならず、高所得者のほうがより多く負担が減る始末です。そもそもの減額される金額がショボすぎるため、話にならないのですが……。

▼「なぜ財源で揉めるのか?」
     ――意味がわからない

 現在与党は、軽減税率の財源の確保で揉めています。
 しかし、「軽減税率」という名前が付いているので錯覚しがちですが、税率が引き下げられるわけではありません。
食品の税率が「据え置き」になるだけです。
税率が据え置かれるだけなのに、なぜ財源が足りないのでしょうか? 謎です。

 軽減税率は庶民への負担軽減のために導入されるはずです。
それなのに代わりの財源を確保するために、ほかの予算を削ったり、増税すれば庶民の負担は増すばかりです。
前回の記事『軽減税率が決着。財務省は大勝利で国民は地獄へ一直線』にも書きましたが、政府は軽減税率導入のために社会保障費を削減して捻出するつもりのようです。
とんでもない話です。

 産経新聞の12月14日のアンケート調査によると、社会保障費の削減を財源とする案に「不安を感じる」答えた人が83.4%に上ったそうですが、国民はもっと怒っていいでしょう。

 8%や10%への消費税増税の目的は、社会保障費に充てる財源だったはずです。
しかし、我々国民は増税で生活が苦しくなることを承知で、それでも日本全体のため、社会保障の充実のために消費増税を受け入れたはずなのに、社会保障を削るとは――これは国民に対する裏切り行為です。


 要するに「社会保障の財源確保のため」という理由は、庶民の反発が大きい消費税増税を正当化させ、国民を納得させるための方便だったのです。

 今回、軽減税率実現のための財源の候補にまっさきに「社会保障費の削減」が取り上げられました。要するに削りやすいところから取る。
財務省や増税派の議員にとって、社会保障などどうでもいいのです。
ただただ、消費税率を引き上げたいだけ。
それだけです。

▼最初から増税するな

 それにしても、今回の軽減税率騒動は矛盾だらけ、めちゃくちゃです。

・消費税の逆進性解消を謳いながら、高所得者の減税額のほうが大きい
・減税と銘打ちながら、単なる税率の据え置き
・国民の負担軽減と言いながら、よそで帳尻合わせをするので結局国民負担は増える
・社会保障充実が名目の消費増税のはずが、社会保障費を削る愚  

さらに、外食が軽減税率の対象から外れたおかげで、どこまでを外食として認めるのかについて揉めに揉めています。
たとえば、おせちは捨てられる容器は税率8%で、高級重箱に入ったものは10%、コンビニ店内で食べる場合は外食として10%、店外で食べる場合は8%などなど、こんな取り決めを全品目に対してやるのでしょうか?

 すでに飲食業界からは批判の声が上がっています。
とても国民すべてが納得できるような切り分けができるとは思えません。
無理やり導入すれば現場は大混乱になるでしょう。

 こんな矛盾に満ちた消費増税を2017年4月に強行するとなれば、来年の選挙の大敗は必至。現に12月14日のNHKの世論調査によれば、増税に「賛成」が28%、「反対」が43%、「どちらともいえない」が27%でした。
 安倍首相、どうか国民のために英断をお願いいたします。

◆まとめ
・軽減税率は逆進性解消にならないし、負担軽減にもならない
・軽減税率導入のため、社会保障費を削る矛盾
・国民は10%への増税に大反対
・本当に国民の負担軽減を望むならはじめから増税しなければいい

【山本博一】
1980年生まれ。経済ブロガー。
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2015年12月19日

5年で約1兆円…米軍基地「思いやり予算」のヒドい使い道

5年で約1兆円…
米軍基地「思いやり予算」の
ヒドい使い道
2015年12月18日 日刊ゲンダイ

 社会保障費を数千億円単位でバンバン削りながら、米軍に差し出すカネは増額――。
日米両政府が基本合意した「在日米軍駐留経費負担」(思いやり予算)。

交渉が始まった当初、日本は米国に大幅減額を求めている、と報じられていた。
ところが、フタを開ければ増額だからフザケている。


 合意に至った2016〜20年度まで5年間の思いやり予算の総額は9465億円。
15年度までの5年分(総額9332億円)よりナント、約130億円も多い。
中谷防衛相は「適切な水準」なんて言っていたが、冗談じゃない。
それでなくても、日本は米国から“未亡人製造機”のオスプレイを17機分、4000億円近いボッタクリ価格で購入するのだ。

ただでさえ「安保法」が成立して自衛隊の負担は増すのに、米国の言うがまま「ヒト」も「カネ」も差し出すのは狂っている。

 しかも「思いやり予算」の使われ方がメチャクチャなのだ。


「思いやり予算の中には、基地内の郵便局、歯医者、ジムの維持費に加え、バーやボウリング場、映画館などの娯楽施設で働く従業員の労務費(毎年200億円以上)も含まれる。

神奈川県逗子市にある米兵用の池子住宅は通称『池子ヒルズ』と呼ばれ、3DKで広さは約130平方メートル。
最寄りの京浜急行神武寺駅には専用改札口もあります。
水道・光熱費も無料で、夏場につけっ放しにされているエアコン代もタダです」(防衛省担当記者)

 日本人が真夏に窓を開け、うちわをあおいで必死に猛暑に耐えている中、在日米兵はキンキンに冷えた部屋で娯楽に興じているのだ。
米国人のリラン・バクレー監督が「思いやり予算」のインチキを暴露したドキュメント映画「ザ・思いやり」に出演するなど、在日米軍の問題に詳しい呉東正彦弁護士がこう言う。

「本来は米軍住宅を造るよりも、東日本大震災や福島原発事故で今も仮設住宅住まいを余儀なくされている被災者の住宅を整備する方が先です。
それなのに豪華な米軍住宅を造り続けているのは許し難い。
横須賀では高層の米軍住宅に空きがあるのに、さらに低層住宅を建設する予定です。
日本政府は誰のために政治をしているのでしょうか
 安倍政権が強調する「日米同盟の深化」なんてしょせん、こんなものだ。
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2015年12月20日

総合支援法見直し、障害者の切実な願いに応えよ

総合支援法見直し
障害者の切実な願いに応えよ
2015年12月19日(土)しんぶん赤旗「主張」

 厚生労働省が障害者総合支援法の改定へ向けた議論をすすめています。
厚労相の諮問機関・社会保障審議会障害者部会は今週初めに法改定のたたき台となる報告書をまとめましたが、障害者が切実に求める負担軽減などはまともに反映されず、むしろ負担増を強める方向を盛り込んでいます。

厚労省は、来年の通常国会に改定法案の提出をめざすとしています。
障害者・家族の生活や権利を脅かす見直しを行うことは許されません。

自己負担拡大と給付縮小

 障害者総合支援法は、障害が重い人ほど負担が重くなる「応益負担」の仕組みを導入した障害者自立支援法に代わり、2013年に施行されました。

自立支援法廃止を求める障害者らの運動の全国的な広がりが背景です。
しかし、自立支援法をベースにして法律の名前を変えただけの「改定」にとどまったため、総合支援法には障害者からきびしい批判が寄せられ、深刻な問題や矛盾が次々と浮き彫りになっています。

 その一つが、65歳を迎えた障害者が半強制的に介護保険に移行させられ、それまで無料だった利用料が有料になったり、サービスの打ち切り・縮小が生じたりする問題です
総合支援法7条の「介護保険優先原則」が根拠です。
「65歳すぎても障害福祉サービスを利用して暮らしたい」と7条廃止を求める違憲訴訟も起きています。

 ところが報告書(14日)は「介護保険優先原則を維持することは一定の合理性がある」として障害者の願いに背を向けています。
 さらに報告書では、公費支出抑制のためボランティア等の活用の検討、グループホーム利用者を重度障害者に限定する方向性も示しています。

現在無料の低所得世帯の障害福祉サービス利用料について、「他制度とのバランスや公平性」を踏まえるなど負担拡大をにじませていることも重大です。

 国は10年に、自立支援法の違憲訴訟をおこした原告団・弁護団と、同法廃止・新法制定を盛り込んだ「基本合意」を交わして和解し、「応益負担」廃止などを約束したはずです。
その後も障害者が当事者として加わった政府の審議会が、新法制定へ向けて「基本合意」や障害者権利条約を土台にした「骨格提言」をまとめました。

 政権が代わろうとも、政府と障害者らが正式に合意した内容の重みは変わるものではありません。

 今回の法改定も、総合支援法制定に多くの障害者が反対するなか、政府が法律に盛り込まざるを得なかった「3年をめどに見直す」とした付則にもとづくものです。
 「基本合意」や「骨格提言」の原点に立ち返った見直しこそ必要です。
それは昨年、障害者権利条約を批准し、障害者施策の拡充を約束した日本政府の責任です。

尊厳を守る施策充実こそ

 社会保障削減を狙った05年成立の自立支援法は、障害者・家族に深刻な打撃を与えました。「基本合意」は、障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことに心からの反省の意を表明しています。
 安倍晋三政権の姿勢はあまりに無反省です。

社会保障費を機械的に削減する路線を復活させ、障害者福祉をはじめ医療・介護・年金などの切り捨てを加速しています。
暮らし破壊の暴走を許さず、社会保障拡充へ向けた国民共同の運動を広げることが急がれます
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2015年12月21日

私たちは忘れない

週のはじめに考える
 私たちは忘れない
2015年12月20日 東京新聞「社説」

 忘れないでください。
忘れることで人は過ちを繰り返す−。

行く年の煩悩を打ち消す百八の鐘に耳を澄ませば、忘却の風に抗(あらが)う、その声も届くはず。
 名古屋市を中心に活動するタレントの矢野きよ実さんは毎朝四時半、矢野さんが十八歳の時に亡くなった、父親の遺影にほうじ茶をお供えし、レギュラー番組を持つ市内のラジオ局に出掛けていくのが日課です。
 「お父さん、行ってきます」とつぶやくたびに、父親の顔や声と一緒に、東北の被災地で出会った人の表情、その人たちの声なき声が、流星雨のように頭の中を飛び交います。

 書家でもある矢野さんは、被災地で「書きましょ」という活動を続けています。
 3・11の衝撃で、被災者、とりわけ子どもたちの心の奥に閉じ込められてしまった言葉たち、声にできない悲鳴や叫びを、文字にして吐き出してもらいたい−。
震災の年の夏からずっと、筆やすずりを携えて東北各地を回っています。

 積もり積もった何千枚もの筆の跡、降り注ぐ言葉の雨を、矢野さん自身、まだ整理しきれない。
忘れようにも忘れられません。
 毎月十一日、矢野さんは番組の中に被災地へのメッセージを織り込むことにしています。

 今月は、三重県桑名市に住む六十一歳の女性が寄せたはがきを読み上げた。

 <二〇一〇年十二月、私は主人の実家の一人息子に、何か買ってあげたくて、仕方のない気持ちになり、いつになく必死でクリスマスプレゼント、黒の革のジャンパーを選び、おくりました。
来年も着られるよう、大きめのをね。
とても喜んでくれて毎日着ていたそうです。
その三カ月後、それを着てその子はつなみにのまれました。
八歳でした…>
 「大川小学校」の名前を聞くだけで涙が込み上げた。
三カ月がかりでしたためたとも、はがきの主は書いている。

◆負けてなんかやらねえ  

「福島は特別…」と矢野さんも感じています。
 六月、青森市内で開いた「書きましょ」。
浪江、双葉、郡山、そして南相馬からの避難家族、約三十人が集まった。

 「三月十一日 もとの家族にもどりたい」と書いたおばあちゃん。
「鮭(さけ)といっしょに浪江にかえろう」としたためた人もいた。
 大きな紙に「くやしさ」=写真=と大書した十歳の女の子。
 そして、この日福島から駆けつけて「負けてなんかやらねえよ」とつづったお父さん。

 原発の解体現場で働くその人は「絶対に家族をふるさとに戻すから」と言い置いて、放射能の中へ、とんぼ返りしていった。
 「復興」と書いた人は、いなかった。
書き終わって、みんなで泣いた。

 これが今なお、被災地の真実であり、本音なら、絶対に忘れるべきではない。
忘れることは責任の放棄に等しくないか。
 福島の叫びをかき消すように、列島各地で忘却の風吹きすさぶこのごろです。

 関西電力が再稼働をめざす高浜原発の、大事故に備えた広域避難計画が今月策定されました。  原発三十キロ圏内の福井県と京都府から兵庫県や徳島県へ、約十八万人が避難します。
 それだけの人が無事に移動できたとしても、避難先で待ち受ける過酷な暮らしの現実までは、シナリオにできません。
 その四日前、日本とインドが原子力協定を結ぶことになり、インドへの核技術の供与が近く可能になりそうです。
 自国の深手を癒やすすべさえないままに、原発輸出を「成長戦略」と呼んではばからない、一部の政治家や財界人の心のうちが知れません。

◆その痛み、受け止めたい

 年忘れ。
忘年会。
忘れてしまいたいことや、どうにもやり切れないことがありすぎて、さかずきを傾ける機会も多い年の瀬です。
しかし、どんなお酒にどれだけ酔っても、まだ忘れてはならないことがある。

 ♪忘れる事はたやすくても/痛みを今は受けとめていたい(吉田拓郎「僕の唄はサヨナラだけ」)…。
 この歌を小さく口ずさみながら、行く年に、サヨナラを告げてみようと思っています。
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2015年12月22日

『孤独のグルメ』をフジが門前払いに .

フジがテレ東に抜かれるのは当然!
ヒットドラマ『孤独のグルメ』
先にフジに企画が持ち込まれていたのに
2015.12.21. LITERA編集部

「振り返ればテレ東」どころか、テレ東にも追い越されてしまった──。
ついにフジテレビのゴールデンタイム週間視聴率(11月23〜29日)が7.6%という末期的な数字を叩き出し、8.0%だったテレビ東京に敗北を喫したのだ。
 年末年始にも不安が残る。
29日、31日には新格闘技イベント「RIZIN FIGHTING WORLD GRAND‐PRIX 2015」を中継するが、格闘技ブームも去ったなか、これを目玉にするフジの時代錯誤な編成には疑問の声も。

さらに元旦の夜は『オールスター対抗歌合戦』という何の目新しさもない残念企画で、唯一の頼みの綱は今月25日からの『全日本フィギュアスケート選手権2015』の中継のみだ。
 このように、フジがキー局最下位となった原因のひとつは、人気番組をつくり出せない企画力の劣化だ。
だが、現場に企画力がないわけではないらしい。
現場が踏ん張ろうにも、亀山千広社長を筆頭にした幹部たちの“石頭”がそれを打ち砕いているようなのだ。

 その実例が、テレ東のヒットドラマ『孤独のグルメ』をめぐる、フジの失態だろう。
じつは『孤独のグルメ』は当初、フジに企画がもち込まれていたという。
そして、テレ東でヒットするや否や、フジ幹部が口にした一言とは──。
 フジ凋落を物語る一例といえる話だが、過去にこの問題を取り上げた記事を以下に再録したい。
ちなみに、テレ東は元旦の夜にも『孤独のグルメ』スペシャルを放送する予定だ。 (編集部) ********************
 いよいよここまで来たか──。
フジテレビの2015年9月期中間連結決算が発表されたが、ついに開局以来初めて営業利益が赤字となったのだ。
 この結果は冷静に考えれば「さもありなん」だろう。
ドラマ、バラエティ、情報とすべてのジャンルで低視聴率続きだったフジが「背水の陣」で行った4月期の大改編はことごとく失敗。
肝いりではじめた『直撃LIVE グッディ!』『みんなのニュース』はもちろん、新規バラエティも軒並み惨敗し、10月期改編番組も低空飛行。
“何をやっても当たらない”という目も当てられない状態になっている。

 そんななか、フジの末期的状況を物語るニュースが報じられた。
それは今年、お台場のフジテレビ社屋の敷地内につくられた「テレビの泉」なる噴水をめぐる“疑惑”だ。
 地球を思わせるシルバーの球体が中央に配された、一見、なんてことはない噴水。
じつはこれがフジ社内で「亀山千広社長が風水にこだわって造らせた」と評判になっているらしい。

 この話題を報じているのは、「週刊ダイヤモンド」(ダイヤモンド社)11月14日号の特集「誰がテレビを殺すのか」。
これはフジの構造的欠陥を追及した特集なのだが、そのなかで「社長がとうとう神頼みを始めた」として噴水問題が取り上げられているのだ。

 噴水=風水疑惑の噂は建設当初から囁かれていた。
「週刊ポスト」(小学館)6月5日号でも、フジ関係者が「“切羽詰まった亀山(千広)社長が風水か何かに影響されて、縁起担ぎで作らせたらしい”ともっぱらの噂」
「“ウチはそこまでヤバいのか”とザワついています」と証言。

数年前まで同じ場所に噴水があったものの、撤去するや否や視聴率が落ち込んだことから「噴水を復活させた」という“縁起担ぎ説”も紹介している。

 風水に影響されたにせよ、縁起を担いだにせよ、こんな話で社内が持ちきりになるのは、亀山社長はじめ上層部に対する不信感が渦巻いている証拠だ。
なかでも象徴的なのは、『孤独のグルメ』に関する、こんなエピソードだろう。

『孤独のグルメ』といえば、テレビ東京が2012年1月に同名マンガ作品を原作にドラマ化。
主演・松重豊による食事シーンが最大の見せ場であるこのドラマは「深夜の夜食テロ」として瞬く間に評判に。
現在は第5シーズンが放送中で、テレ東の人気シリーズへと成長した。

 だが、この『孤独のグルメ』は、フジ・メディア・ホールディングスの子会社である共同テレビが制作している。
前出の「週刊ダイヤモンド」によると、もともとは共同テレビのプロデューサーが原作のファンで、実写化のために奔走したというが、そのプロデューサーが〈初めに話を持ち込んだのはフジだった〉という。

 というのも、原作は同グループの扶桑社が版元の「SPA!」で連載され、単行本も同社から出版。
実写化で最初に掛けあったのがフジというのは自然な流れだ。
しかし、話を持ち込まれたフジのほうは〈幹部は首をひねるばかり〉。
結果、〈企画は一蹴され、最後に手を差し伸べたのがテレ東だった〉というわけだ。

 いかにもフジの時代を読む目の衰えを表すエピソードだが、フジのスタッフが憤るのは、いまになって上層部が「なぜうちでやらなかったのか」と口にしていることだという。
まさしく“ダメな会社、ダメな上司”の典型例だ。

 にもかかわらず、上層部は〈過度な現場介入〉を繰り返す。
その態度は“フジ凋落の戦犯”というべき亀山社長の定例記者会見の発言に顕著だ。
 先日も、現在フジが放送しているドラマ『オトナ女子』の低視聴率に対し、「涼子ちゃんがあまりに美しすぎるので、イタくないんですよね」と苦言を呈したが、土曜深夜のドラマ実験枠で放送した『She』にも「大いに実験してもいいが、ただの実験で終わると評価にならない。

独りよがりの実験にならないように」などと発言。
自身がドラマ畑出身でトレンディドラマブームの立役者という自負があるせいか、4月の定例会見でもフジ苦戦の原因を「ドラマ」だと言及した。
だが、このような的外れの難癖ばかりつけて、挙げ句、社長の小言が新聞で報じられ、そのことで番組に悪いイメージを与えられてしまえば、現場の士気はダダ下がりになるのは目に見えている。

 実際、前出「週刊ダイヤモンド」に掲載されたフジ社員のコメントは、厳しいものばかりだ。

「定例会見で、視聴率低迷の原因をドラマのせいにした亀山社長には、さすがに「何言ってんだ、こいつ」となった」(制作・中堅)
亀山社長を筆頭に、上層部は巨人軍の長嶋(茂雄・元監督)みたいな人が多い。
ヒットを打つこつを言うときに「腰をクイッとやって、バーンと打つ!!」みたいな。
感覚で物を言うので、対処に困る」(制作・若手)

「トレンディドラマ出身者には妄想癖がある人が多い。
お花畑のような思い付きを、情報番組にまで持ち込むからたちが悪い」(制作・若手)

 こんな調子で、一体これからフジテレビはどうなってしまうのだろう。
まずは亀山社長とフジ社内にこびりつく「若者に支持されるフジテレビ」
「12年間も視聴率三冠王に輝いた記録」などという“実体のないプライド”を捨てることからしか、再生の道はないのではないだろうか。
           (大方 草)
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2015年12月23日

週刊ポスト「下町ロケット」と違う実態

下町ロケット』最終回に
「週刊ポスト」が実名登場!
実際はドラマと逆、
政治家の訴訟にビビり、編集長更迭したのに…
2015.12.22. LITERA(田部祥太)

 先日、最終回が放送されたTBSのドラマ『下町ロケット』。
視聴率も22.3%で、今年の民放ドラマでは最高記録をマークした。
だが、そんな大盛り上がりの最終回を観ていて、多くの人が違和感を覚えたであろうことがひとつあった。
それは「週刊ポスト」(小学館)の扱いだ。

 ドラマ後半の「ガウディ編」で大きなキーとなったのは、大学病院で行われた臨床試験の事故の問題。高島彩演じるフリージャーナリストがこれを追及するのだが、その告発記事を掲載しようとする媒体が「週刊ポスト」だった。
が、記事掲載をする前に、「週刊ポスト」編集部は10億円もの訴訟を起こされてしまう。
そのため、ドラマ内では主演・阿部寛の口から何度も「週刊ポスト」の名が繰り返し連呼されたのだ。

 で、そのことになぜ違和感を覚えたかというと、原作およびドラマに登場する企業・団体名はほとんどが架空のもの(ちなみに慶應大学も実名だったが、その理由については過去記事参照)なのに、なぜか「週刊ポスト」は実名だったから。
しかも、原作でも「週刊ポルト」となっているため、今回のドラマ版だけが突如、実名扱いとなったのだ。
実際、ネット上でも「週刊ポスト言い過ぎw」「どうしてポストだけ実名?」と疑問の声があがっていた。

 だが、これはとても単純な話で、じつは昨日発売の「週刊ポスト」1月1・8日合併号では、ドラマとのコラボレーション企画として「高島彩が書いた「幻のスクープ記事」を本当にそのまま掲載しちゃいます」と題し、架空の記事を誌面化。
ロケも実際の編集部で行われた。

そもそも『下町ロケット』は「週刊ポスト」に連載された小説。
今回のドラマ化にあわせて小学館は大々的に広告を打っており、話題づくりの一環として、ドラマでは実名扱いとなったのだろう。

 しかも、このドラマで「週刊ポスト」の株は大いに上がったはずだ。
たとえば、10億円もの高額訴訟を起こされたというのに、編集長は“ウチは慣れているしいいが、佃製作所も巻きこんでしまうぞ”と、阿部寛率いる町工場のことをまず心配。
さらに、阿部が編集長に「受けて立ちましょうよ! 正義は我にありです!」と言えば、高島もこう迫るのだ。
「編集長! 正しいことを声にできなくなったら私たちは何のためにいるんですか? 訴訟が怖くてジャーナリストなどやってられません!」

 まさにジャーナリストの鑑とも言える、この言葉。
そこで編集長はフッと笑みを浮かべ、「わかった。好きにしろ。ケツは俺がもつ」と、全責任を負うことを断言するのだ。
 なんて器の大きい編集長なんだ!と、視聴者は感心したことだろう。
真実の追及のために、訴訟という圧力など撥ねのける……これぞ正義のジャーナリズム!と快哉を叫びたくなる展開である。

 しかし、残念ながらドラマとは違い、現実はそう甘くはない。
というのも、「週刊ポスト」は今年、“ある強大な圧力”に屈してしまったからだ。
そしてその“強大な圧力”とは、安倍政権のことだ。

「週刊ポスト」は、昨年、三井直也氏が編集長に就いたあたりから毎号のように安倍政権の批判を行っていた。
なかでも、今年4月には高市早苗総務相の大臣秘書官をつとめる実弟が関わったとされる「高市後援会企業の不透明融資」問題をトップページで報道。
さらに5月には、東京地検特捜部が捜査を始めた日本歯科医師連盟(日歯連)から、菅義偉官房長官が代表をしていた自民党神奈川県連に3000万円が迂回献金されていたとスッパ抜いた。  

この相次ぐ「週刊ポスト」による猛追に官邸は激怒。
とくに高市総務相のスキャンダルの火消し役に回っていたのが菅官房長官だったため、続けて自分がターゲットとなったことで「ポスト憎し」の感情はエスカレートしたという。
 その結果、官邸はどう動いたか。それはドラマ同様、訴訟に打って出たのだ。
前述した高市総務相の実弟が関わったとされる「後援会企業への不透明融資」報道をめぐって、高市氏の実弟がすぐさま「ポスト」を名誉毀損で訴えたのである。
しかも、訴えられたのは三井編集長だけではない。発行人の森万紀子氏に担当編集者、ライターまでをも被告にしたのだ。

 さらに、高市氏の実弟は警視庁への刑事告訴まで行い、菅官房長官自身も囲み取材で「弁護士と相談して法的措置も含めて、いま検討している」と発言、「ポスト」を提訴したともいわれている。
……これはドラマ並み、いや、ドラマ以上にひどい圧力のかけ方だ。
 ところが、この後が大違い。
訴訟攻撃に震え上がった小学館は、すぐさま三井編集長の更迭を決定。
小学館の関係者によれば「一説には、名誉毀損裁判と編集長人事をめぐって、官邸と小学館の間で、何らかの裏取引があったのではないか」とも言われており、まさに「ポスト」は圧力に負けてしまったというわけだ。

 現実はドラマのようにはいかない──なんとも悲しい実情ではあるが、最大の問題は、このように報道にあらゆる手を使って圧力をかける政権の体質のほうにあることを忘れてはいけない。
そして「週刊ポスト」には、ドラマのように強い姿勢をもう一度、取り戻してほしいと願うばかりだ。
高島彩の台詞のように、「正しいことを声にできなくなったら私たちは何のためにいる」のか、わからなくなるのだから。
          (田部祥太)
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2015年12月24日

天皇陛下:82歳の誕生日 記者会見の全文

天皇陛下 82歳の誕生日
 記者会見の全文
毎日新聞 2015年12月23日

 天皇陛下が82歳の誕生日に合わせて行った記者会見の全文は次の通り。

記者 
今年は自然災害などいたましい出来事があった一方、日本人2人がノーベル賞を受賞するなど、明るい話題もありました。
天皇陛下は戦後70年の節目に当たり、新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び、今後の日本のあり方を考えることが極めて大切」と述べられ、パラオをはじめ、国内外で慰霊の旅を重ねられました。
また、全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか、玉音盤の原盤や、御文庫附属庫の公開もありました。
年明けには、フィリピンへの公式訪問が予定されています。
 戦争や平和への思いに触れながら、この1年を振り返るとともに、来年へのお考えをお聞かせください。

天皇陛下 

今年の自然災害としては、
まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳が噴火して、海岸まで達する火砕流が発生し、全島民が島から避難したことが挙げられます。
火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが、海岸まで達する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。
島民は幸い皆無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心を痛めています。

 9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し、8人が亡くなる大きな災害となりました。
氾濫により多くの人々が家々に閉じ込められ、どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。
自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により、人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。
危険を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています。
水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので、多数のボランティアが協力してくれていることをうれしく思っています。
困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います

後日、常総市の被災地をお見舞いしましたが、泥水につかった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ちはいかばかりかと察せられました。

 今年の喜ばしい出来事としては、まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。
大村博士の生理学・医学賞は、アフリカや南米で、人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。
私は以前、オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので、この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いました。

一方、梶田博士の物理学賞は、神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で、ニュートリノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。
11年前、スーパーカミオカンデを訪問したことが思い起こされました。

お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。

 また、日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が行われたこともうれしいことでした。
かつて日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を、羽田の空港で関係者と共に見守ったことが懐かしく思い起こされました。
それから50年以上がたったわけです。

 今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。
この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。
平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。

 軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。
将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。

日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。
私も小さい時、船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は、病院船として残った氷川丸以外は、ほとんど海に沈んだということを後に知りました。

制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。
今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思い、供花しました。

 この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。
パラオ共和国大統領御夫妻、マーシャル諸島共和国大統領御夫妻、ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。
この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。
アンガウル島は、今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。
空から見たパラオ共和国は珊瑚礁(さんごしょう)に囲まれた美しい島々からなっています。
しかし、この海には無数の不発弾が沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。
危険を伴う作業であり、この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。
先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

 パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾、栃木県の千振、長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。
外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し、家畜を飼い、生活を立てた苦労がしのばれました。
北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。  

この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。
年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。

 私はこの誕生日で82になります。
年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。
したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。
 今年もあとわずかになりました。
来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。
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2015年12月25日

古舘降板は安倍とテレ朝上層部のせい

『報ステ』降板、
古舘伊知郎を追い詰めた
安倍政権とテレ朝上層部の癒着!
「原発のゲの字もいえない」と不満を
2015.12.24. LITERA編集部

 ついに、懸念されてきた日がやってきた。
古舘伊知郎が『報道ステーション』を降板するというのだ。
テレビ朝日の発表によれば、古舘自らが契約終了となる来年3月に降板したいと申し出たといい、本人は「新しいジャンルに挑戦したい」という意志を示しているという。

 しかも、古舘の降板について番組プロデューサーをはじめとする現場スタッフは、昨晩まで一切、伝えられていなかったらしい。
「昨晩は年内放送の最終日で、番組終了後に納会が開かれ、早河洋会長、吉田慎一社長、そして古舘さんも挨拶したのですが、まったくそういうそぶりはなかった。
鋭気を養って来年も頑張ろう、みたいな感じで。
プロデューサーも知らされていなかったようで、会がお開きになった後、降板が伝えられたそうです」(テレ朝関係者)

 つまり、今回の番組降板は、ごく一部のテレ朝上層部と古舘のあいだで秘密裏に交渉されてきたということになる。
 だが、「古舘自らが降板を申し出た」という発表を、額面通りには受け取ることはできない。本サイトは1年以上前から言及してきたように、古舘はずっと安倍政権からの報道圧力に晒されつづけていたからだ

 そもそも『報ステ』およびキャスターの古舘は、ことあるごとに自民党から「偏向報道だ!」と抗議を受けてきた。
だが、今回の降板にいたる流れがはじまったのは、一昨年のこと。
2013年3月22日には、安倍首相は昵懇の仲である幻冬舎の見城徹社長による仕切りで、テレ朝の早河洋会長と会合。
それ以降、早河会長は『報ステ』の安倍政権・原発批判路線からの転換を迫ってきたといわれている。

 しかし、こうした早河会長からのプレッシャーに対し、古舘と番組の現場スタッフは抵抗を見せてきた。
実際、昨年4月に開かれた「報ステ」10周年パーティーで挨拶に立った古舘は、こんな挨拶をしている。
「早河社長から好きなようにやってくれ。
何の制約もないからと言われて始めたんですが、いざスタートしてみると制約だらけ
今では原発の“ゲ”も言えない
そんななかで起こったのが、昨年9月の川内原発報道問題だ。

BPO案件となったこの問題を盾に安倍政権は『報ステ』への圧力を強める。
さらに今年1月には、コメンテーターを務めていた古賀茂明の「I am not ABE」発言が飛び出し、官邸は激怒。
番組放送中の段階から官邸は直接、上層部に抗議の電話をかけてきたという。
そして、早河会長の主導により、古賀の降板とともに古舘からの信頼もあつかった番組統括の女性チーフプロデューサーも4月に更迭されてしまう

 それでも、古舘は踏ん張りつづけた。安保法制をめぐる議論では問題点を検証、参院特別委での強行採決前夜に古舘は「平和安全法制というネーミングが正しいのかどうか甚だ疑問ではあります」と述べた。
これには番組スポンサーだった高須クリニックがスポンサー撤退を表明するという事件も起こったが、古舘には“言わなければいけないことは言う”という強い意志があったはずだ。

 事実、古舘は昨年開いた自身のトークライブで、このように吠えている。
「あ、そういえば古舘伊知郎が『報道ステーション』降ろされるらしいじゃないか。
ずっと噂がつづいているっていうのはどういうことなんだ、アレは」
「このまえも週刊誌をじっくり読んだら、なんか俺の後釜は宮根だっつうんだよ。
え? 冗談じゃない。
それがダメだったら羽鳥だとか言うんだよ。
俺は聞いてないぞそんなこと! え? 誰が辞めるかっつうんだよ、ホントにバカヤロー!」

 そして、「俺は覚悟がないばっかりに、最後の一言が言えずにここまできた。
俺はこれからは、そうはいかない覚悟を決めた
「みんないいか、よーく俺を見ててくれ。
俺がそのことができるようになるのが先か、俺の賞味期限が切れちゃうのが先か、どっちか、よーくみんな見ててくれ」とさえ言い切っていたのだ。

 抵抗をつづけてきた古舘の心を折ったものは何か──。
だが、同じく安倍政権が圧力のターゲットとしてきた『NEWS23』(TBS)のアンカー・岸井成格とキャスター・膳場貴子に降板騒動が巻き起こっているいま、古舘の降板は単なる偶然の重なりとは到底考えられない。

 さらに、古舘の後任については、根強く囁かれてきた「宮根誠司」説と「羽鳥慎一」説に加え、現在、TBSの局アナである「安住紳一郎」説まで飛び交っている。
「安住アナの場合、尊敬する久米宏と同じくTBSを退社後にテレ朝メインキャスターというコースを辿るという話のようです。
だが今回、古舘降板の一報を打ったのが幻冬舎御用達のスポーツニッポンだったことを考えると、今回の降板に見城氏が噛んでいる可能性は高い。
宮根氏、羽鳥氏と同様、安住氏も独立してバーニング系に所属……という線も考えられます」(前同)
 しかし、結局、誰が後任となっても、『報ステ』の政権批判路線は古舘降板で立ち消えるのは決定的だ。
これまで、圧力に晒されながらも一定の存在感を放ってきた『報ステ』と『NEWS23』が政権批判を行わなくなったら、この国のテレビにおけるジャーナリズムはいよいよ機能不全に陥るだろう。
        (編集部)
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“行列”弁護士たちのカネと権力体質

懲戒請求の大渕愛子弁護士だけじゃない!
『行列のできる法律相談所』
弁護士たちのカネと権力体質
2015.12.24. LITERA編集部

『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)に出演している“美人弁護士”大渕愛子氏が、懲戒請求を受け、東京弁護士会が審査しているという。

 大渕氏は、DVを理由に幼子を連れて離婚したAさんから元夫との示談交渉を依頼されていた。Aさんは生活苦から弁護士費用を日本司法支援センター(通称、法テラス)の費用立替制度を使ったが、大渕氏は、法テラスによる立替分とは別途、着手金7万3500円と毎月の顧問料を取り立てていた。

法テラスの立替制度では、これは認められていない行為。
大渕氏はAさんから返金を求められたが拒否した(のちに東京弁護士会の副会長が大渕氏に促して全額返金)。
 これ以前にも、大渕氏は、依頼者から弁護士費用を支払ったにもかかわらず訴訟が提起されなかったなどとして、損害賠償と慰謝料支払いを求める裁判を起こされるなどトラブルが絶えず、昨年9月には2名の元依頼者が「被害者の会」を結成していた。

 こうしたトラブルについて、大渕氏は世間に広く説明する義務があるだろう。
法のもと、依頼者の利益を守るのが弁護士の本分であるはずだ。
事実だとすれば“弁護士失格”の誹りは免れまい。

そして、こうした人間を“最強弁護士軍団”などといって世間に広めた『行列のできる法律相談所』の社会的責任も問われるところだろう。

 だが、『行列〜』に出演する弁護士は、この大渕氏以外にも、不祥事を起こしたり、雑誌にスキャンダルを書き立てられた者が多い。
 たとえば、のちに自民党の参議院議員になった丸山和也弁護士も、『行列〜』出演時には週刊誌に相談女性へのセクハラ騒動を書き立てられたり元愛人女性から「独身だと嘘をついた」などと告発されたり、下世話な話を挙げて行けばきりがない。

カネがらみでも、2002年、丸山氏が化学薬品メーカーの国際仲裁事件を担当した際、共に事件を担当したオーストラリア人弁護士から、約束した報酬の半分しか受け取っていないとして提訴された。
08年、東京地裁は丸山に対し報酬の残額1000万円の支払い命令を出し、丸山氏は敗訴している。

 ただ、『行列〜』弁護士がもっと問題なのは、政界志向、権力との癒着体質をもっている弁護士が多いことだろう。
テレビを使って知名度を上げ政界に進出した橋下徹前大阪市長、自民党の丸山和也参議院議員はもちろんだが、現在でもレギュラーを務める“法廷に笑顔はいらぬ、冷静沈着”こと北村晴男弁護士は、政治臭の強い人物だ。

 07年の自民党総裁戦では、福田康夫と争った麻生太郎の応援にかけつけ、「この総裁選で麻生太郎が簡単に負けるようであれば、明日から自民党の悪口を言い続けるんだ! こんな国会議員はみんなやめちまえ!」と咆哮。
自民党タカ派シンパを見せつけた。

 しかも、北村弁護士は中部電力の原発CMに出演し、まともに機能する目処がまったくつかない核燃料サイクルを賞賛、テレビ番組でも“現在の生活レベルや産業を維持するためには火力発電だけでは無理”と熱っぽく擁護するなどバリバリの“原子力文化人”でもある。

 “原子力文化人”といえば、この人もそうだ。いまもワイドショーなどでコメンテーターとして活躍中で、11年まで『行列〜』のレギュラーだった住田裕子弁護士である。
彼女は、新聞や雑誌などの数々の“原発広告”に出演し、かつて原子力安全委員会の専門委員などを務めるなど、推進派の旗振り役だ。

 その反原発派に対する態度は、普段テレビでは見せない高圧的なものらしい。
「週刊文春」(文藝春秋)11年3月31日号で、プルサーマルに反対した佐藤栄佐久福島県知事(当時)が、原発ムラ内部での住田氏とのやりとりを告発している。
「04年12月、私は原子力長期計画策定会議に招かれました。
そこで、『フランスでは16年間、ドイツでは20年も議論した上で原子力政策を決めているのに、あなた達は来年結論を出そうとしている。
余りにいい加減過ぎる』と噛みついたのです。

会議のメンバーは7割位が電力関係者なので、私は参加者達に『あなた方は国からマインドコントロールされているんじゃないか』と糾すと、タレントで弁護士の住田裕子さんから『失礼ね』と吐き捨てられました。
これは福島県の議事録にも残っています」(「週刊文春」文藝春秋/11年3月31日号)

 さらに、ヤメ検弁護士である住田氏は、検察官時代には、埼玉県で中学3年生の女子生徒が絞殺体で発見された草加事件の主任検事だった。
この事件では、10代の少年5人が逮捕され家裁の決定で少年院へと送致されたが、その後の民事裁判では少年らに事実上の無罪判決が下されるなど、冤罪の可能性が極めて高い。
住田弁護士が本当に“心優しき法律の母”ならば、検察としてその青春を奪ってしまった元少年たちに正面から謝罪すべきだろう。

 こうして「『行列』弁護士」の事件簿をざっと振り返ってみると、どう見ても“最強弁護士軍団”というよりも、たんに“目立ちたがり屋のセンセイ”=“権力大好き人間”であるようにしか思えない。
今回の大渕弁護士の懲戒騒動の件にしても然り。
 こうしたタレント気取りで、権力の走狗でしかないセンセイたちを、間違っても“弁護士の代表”であるかのように勘違いしてはならない。
          (編集部)
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2015年12月26日

全員一致か、反対者いたのか…

イグ・ノーベル・ドクター新見正則の日常
 全員一致か、反対者いたのか…
医療ガイドラインで気になること
2015年12月25日 読売新聞

 今年最後のお題は、「違憲判決」についてです。

 12月16日、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)で、女性再婚禁止期間の一部違憲、夫婦同姓合憲の判決が出ました。

僕の興味は、その判決が全員一致で決まったのか、反対があったのか、そして何人の裁判官がどんな理由で反対したのか、なのです。
再婚禁止期間に関しては全員一致で違憲でしたが、夫婦同姓は全員一致で合憲ではありませんでした。
15人のうち5人が反対で、女性の裁判官3人は全員が違憲という主張でした。
この法廷の裁判官の比率が男女ほぼ同数であれば、違憲となったのではとも思いたくなります。

15人のうち、10人が合憲で5人が違憲です。
相当な差があるようにも思えますが、たった3人が合憲から違憲に考えを変えれば、それで翻ってしまうような結果ということです。
裁判所の意見は、少なくともあからさまに夫婦同姓が違憲とは言えないので、国会で議論を深めろという趣旨だと思います。

結婚したら
新しい姓を名乗るような制度も
僕は「人はいろいろ」と思っていますので、家族のあり方もいろいろであっていいと思っています。
つまり昔ながらの家族、祖母・祖父・父親・母親・子供といった三世代、またはそれ以上の世代が一緒に暮らすスタイルもほほ笑ましいでしょう。
また、お年寄りだけの家族もあるでしょう。
若い人だけの家族も当然にあります。
父親と子供だけ、母親と子供だけと言ったいわゆるシングルファーザー、シングルマザーの家庭もありえます。
独身という生き方もありますし、また男同士、女同士の家庭もオーケーです。

そうであれば、夫婦という形もいろいろになりますので、夫婦別姓をあえて否定することもないように思えます。
ただ、子供の姓をどちらにするかは結構大切なことで、夫婦仲が良い時は夫婦別姓でも問題ないのでしょうが、後からどちらでも選べるとなると夫婦仲の悪い状態で子供がどちらの親の姓を選ぶかを決めるのはちょっと酷なように思えます。

いっそ、結婚したらまったく新しい姓を名乗るようなシステムも悪くないなと僕は思っています。
マイナンバーで個人の特定は姓名とは無関係に死ぬまで、または死後も追えるようになるのですから、ある意味姓名はどうでもいいことにもなります。

反対意見、将来的には正しいことも

 さて、ここからが医療のお話です。
最高裁大法廷も全員一致で決まるものもあれば、また反対意見が存在するものもあります。
それが大切なのです。

反対意見があって決められたことは、もしかしたら反対意見が将来的に理にかなっている可能性も相当あると思っています。
また専門家・有識者が全員一致で決めても、もしかしたら反対のことが正しいこともあります。

その良い例は、原発事故のメルトダウンで、有識者の方々は当初、ほぼ全員がメルトダウンはしていないとテレビ、ラジオ、新聞で言い放っていましたが、今やメルトダウンが起こっていないと言う人は皆無になりました。

医療にはガイドラインがあります。
専門家、有識者と呼ばれる方々が、今までの臨床試験や経験をもとに最良と思う治療戦略を書き留めたものがガイドラインです。
ガイドラインに対して希望することは、その意見が全員一致で決まったのか、それとも専門家・有識者の中に反対を唱える人がいたかがわかるようにしてもらいたいのです。

最高裁大法廷で行われている反対意見の明記のようなことはガイドラインでは通常行われていません。
つまり、全員一致で決まったガイドラインか、または反対意見があったガイドラインか、そしてどんな反対意見があったのかなどが不明なのです。
また、ガイドラインは改定されていきます。
つまりどんどんと進歩・改良されるのです。
それは以前のガイドラインは少々問題があったということの裏返しです。

ですから、ガイドラインを頭から信じ込むことは間違っており、その時点での多くの専門家・有識者の意見の集約の結果であると理解することが大切です。
人はいろいろですから、多くの人を通常はグループ化せず、また年齢や併存疾患で分ける程度のざっくりとしたグループ分類で治療方針を示しています。
ガイドラインを使用する医師は、目の前の患者さんがどれに当てはまるかを考え、そしてそのガイドラインを使用した方が患者さんに有益であると思えるときは、それに従えばいいのです。

また、あまり有益でないと感じる時は、敢あえてガイドラインとは異なった治療をすることも実は患者さんのためかもしれません。

最高裁大法廷の判決には当然に拘束力がありますが、ガイドラインには法的拘束力はありません。
ガイドラインを十分に参考にしながら、人それぞれに合わせた治療を行うのが経験豊富な真の臨床医と思っています。

 1年間、僕のエッセーにお付き合い頂きありがとうございました。
来年は1月8日より登場です。
来年もよろしくお願い申し上げます。
 人それぞれが、少しでも幸せになれますように。

◆ 新見正則(にいみ まさのり)
    帝京大医学部准教授
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2015年12月27日

古舘が「後釜は宮根?冗談いうな」

俺の後釜がミヤネ?
冗談じゃない!
古舘伊知郎が鬱憤ぶちまけた
2014.12.20. LITERA(水井多賀子)

「よーく聞けみんな! 冗談じゃねえぞ、報道! たまにはなあ、俺の言うことを聞けっつうんだよ!」
「どれだけ俺がねえ、神経摩耗してると思ってんだよホントに!」
報道、ちゃんと聞けよ。思考停止してるんだからな
 ステージの上でそう吠えまくった、『報道ステーション』(テレビ朝日系)のキャスター・古舘伊知郎。

これは、古舘が今年10月に行ったトークライブ『古舘伊知郎 トーキングブルース』での様子。昨日、『報ステ』のあとにこのステージが特別番組として放送されたのだが、その姿は『報ステ』とは激変、怒りと気迫に満ち満ちたものだった。

 本サイトでも以前、お伝えしたように、古舘はこのトークライブ前に取材を受けた「AERA」(朝日新聞出版)でも、「自分の感ずるところ、思うところをなかなか言えない」
「プロレスですよ、世の中」とぶっちゃけ、大きな話題となったが、今回のライブでも初っ端から「どうせやらしてくれんなら思いっきり喋りたいこと喋ってガス抜きさせてもらおうと思ったら、なかなか制約があるらしいなどうも」とヒートアップ。

冒頭に紹介したように報道へケンカを売ると会場からは大きな拍手が起こり、さらに、 「あ、そういえば古舘伊知郎が『報道ステーション』降ろされるらしいじゃないか。
ずっと噂がつづいているっていうのはどういうことなんだ、アレは」
 と、“降板説”に自ら切り込んだ。

「このまえも週刊誌をじっくり読んだら、なんか俺の後釜は宮根だっつうんだよ。
え? 冗談じゃない。
それがダメだったら羽鳥だとか言うんだよ。
俺は聞いてないぞそんなこと! え? 誰が辞めるかっつうんだよ、ホントにバカヤロー!」  

宮根や羽鳥なんかに『報ステ』を譲るもんか。
……そんな強い意思がひしひしと伝わってくるが、もっとも緊張が走ったのは、テレビ朝日会長との“不仲説”に言及したシーンだろう。  

 こちらも本サイトで過去に取り上げたが、古舘は今年4月に行われた『報ステ』10周年パーティーの挨拶で、「早河社長から好きなようにやってくれ。
何の制約もないからと言われて始めたんですが、いざスタートしてみると制約だらけ。
今では原発の“ゲ”も言えない」とスタッフの前で猛然と現・テレビ朝日会長の早河洋氏を批判した。

もともと、新キャスターに宮根の名前が浮上したのも、早河会長と関係が近い幻冬舎の見城徹社長がバーニング・プロダクションの周防郁雄社長と昵懇の仲であるからなのだが、それだけではなく早河会長は、その見城氏を通して『報ステ』潰しに意欲を燃やしているといわれる安倍晋三首相とも距離を縮めようとしているのだ。

当然、古舘にしてみれば、身内であったはずの早河会長こそが、いま自分のハシゴを外そうとしている張本人となる。
不仲説が流れるのも無理もない話である。
しかし、これを古舘はこのように否定する。
「テレビ朝日の会長と俺が仲が悪くなったってんだよ。
いや、そんなことないよ、だって、そもそもここで『トーキングブルース』ってのはオシャレだからやったらどう古舘さん、っていうのはテレビ朝日の会長が言ったもん」

「古舘さんも『トーキングブルース』やってガス抜きしたらどう?っつたのは会長なんだから」  だが、話はこれで終わらない。
古舘はつづけて、「ということは、俺に『報道ステーション』辞めさせてそういう方向でがんばったらって引導渡してるってことか?」と皮肉を込めるように話を落とすのだ。

「いいんだ別にそれで。いいんだよそれで。ね? いいときだけのテレビ局ってのはフリーになってから30年だからよーくわかってるから。
俺の商品価値が落ちると判断するところまでギリギリがんばるしかないってことなんだよ。
こんなかで、月曜から金曜まで、夜10時台の報道番組、責任感あふるるかたちでやってる奴、いる? いたらお目にかかりたい

 ここまで自負する古舘には、それなりの理由がある。
毎日100本以上やってくるという視聴者からの電話・メール。
それを翌日必ず目を通すというが、「95%以上が誹謗中傷」。
内容は「古舘バカ死ね」。
古舘は「そりゃ傷つくよ、メッタ打ちされるからな」と言いつつも、そんな心ない声にも「強烈な俺のファンじゃないか。
ありがとうありがとうって無理矢理言い聞かせる」らしいのだ。

そして、今年ネット上で炎上した「小保方さんのSTAP細胞のときの、古舘がパワポ知らなかった騒動」にも触れ、「パワポ知らないから何だっつうんだホントに!」と反論。
「いちばん頭きたのが、『歳も歳だから仕方なくね?』って。
バカヤロー! 上から目線で言いやがって若者よ」と、ここぞとばかりに叫んだ。

『報ステ』のキャスターをはじめて今年で10年。
その間、いかに古舘が溜め込んできたかが露わになった、このトークライブ。
鬱憤をぶちまけるだけぶちまけた感もあるが、しかし、舞台の最後を、亡くした姉や友人たちの思いとともに、古舘はこのような言葉で締めくくった。

「俺はこうやって喋りを生業にしながら、肝心なときにきちっとした言葉が言えないでいる。(中略)俺は覚悟がないばっかりに、最後の一言が言えずにここまできた。
俺はこれからは、そうはいかない覚悟を決めた。
俺の毎日やってる報道の仕事のなかで、それをやっていこうと腹決めた。
だってそれやんなかったら意味がないんだよ
「みんないいか、よーく俺を見ててくれ。
俺がそのことができるようになるのが先か、俺の賞味期限が切れちゃうのが先か、どっちか、よーくみんな見ててくれ。
だから、また、月曜日夜9時54分から、俺を見ててくれ」

 覚悟を決めて『報ステ』をやっていく。
──報道番組にときの政権が平気で政治介入してくるこの時代に、古舘は「見ててくれ」と宣言した。
この心意気だけでも十分に買いたいではないか。
まわりは敵ばかりかもしれないが、どうか腐ることなく古舘にはがんばってほしいと切に願う。         
            (水井多賀子)
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デスクワーク中心の現代人に「1日3食」は必要か

デスクワーク中心の現代人に
「1日3食」は必要か
2015年12月27日 11時0分 新刊JPニュース

 「女性は25歳が肌の曲がり角」とよくいわれますが、肌に限らず体力や体質についても、「同じ生活をしていたらそれまでの状態をキープできなくなる」という曲がり角のような年齢が存在するようです。

 たとえば40歳という年齢は「健康の曲がり角」です。
 『40歳過ぎたら、「1日2食」にしなさい:「超善玉ホルモン」が、体中の細胞を奮い立たせる!』(藤城博/著、三笠書房/刊)によると、40代に入ると基礎代謝量が急に落ち、それまでと同じ生活をしていると多くの場合体重が増えるといいます。
その結果、高血圧や脂質異常症、糖尿病といった肥満が引き起こす病気のリスクを高める結果に…。

 となると、40代以降の健康を考えるならまずは見直すべきは「食事」です。
ただでさえデスクワーク中心で消費エネルギーが少なく、過食傾向にあるとされる現代人。
基礎代謝量が落ちてきてもなお、古くからの習慣通り「3食しっかり食べるのが健康の秘訣」と考えていると食べ過ぎてしまうのは目に見えています。

 そこで本書では40代以降の食事として「3食のうち1食を抜いて2食にする」ことをすすめているのですが、それには「摂取カロリーを抑える」だけでなく「3食まんべんなく量を減らすよりも、1食抜く方が簡単」
「12時間以上食べない時間を確保する」という意味合いがあります。

 前者については理解しやすいと思いますが、後者の「12時間以上食べない時間を確保する」については説明が必要でしょう。

■胃腸に必要な休息を与える

 まず挙げられるのは「胃腸を休ませることができる」ということです。
私たちは疲れている時は体を休めるのに、不思議と胃腸を休ませるということは考えません。
それどころか食べれば食べるほど元気が出るとばかりにいつもより余分に食べて胃腸を酷使することもあります。

 胃腸など消化器にももちろん休養は必要。
2食にすることで食事の間隔を広げ、「仕事をしなくていい時間」を作ることで胃腸は十分に休息をとることができるため、英気を養って質のいい細胞を作り生まれ変わることができるといいます。

■悪い物質が体内に残らない

 また、2食にすることで体内から健康を害する可能性のある物質を減らしたり、排出することができるというのも注目すべき点です。
「たべない時間」とは、「エネルギーを入れない時間」ですから、その間体は体脂肪を燃やしてエネルギーにします。
そのため内臓脂肪や肝脂肪が消費されますし、12時間以上食事をとらないことで、食物とともにどうしても体に入ってしまう農薬や化学肥料といった物質の排出が進むことになります。    

もちろん、一番の目的は「摂取カロリーを減らすこと」ですから、2食にした分、一度の食事をドカ食いしてしまっては意味がありません。
量は増やさずに回数を減らすことができたら、「1日2食」は40代以降の健康に最適の生活習慣なのだとか。
 本書にはその実現のための細かいコツや、アドバイスが集められていますので、ついつい大酒を飲んだりドカ食いしがちな年末年始だからこそ、生活スタイルを見直す意味で参考にしてみてはいかがでしょうか。
           (新刊JP編集部)
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2015年12月28日

マンション「大規模修繕積立金」不足

マンション「大規模修繕積立金」
不足が全国で相次ぐ 
「復興」「五輪」で費用高騰に加え、
販売会社の「無責任」も
2015/12/27 11:30 J-CASTニュース

分譲マンションの建物を適切に維持するための大規模修繕に備え、入居者が月々支払っている「修繕積立金」が不足し、予定通りの修繕ができないケースが、2015年にかけて全国に広がっているという。
施工費用の高騰などが背景とされるが、マンションを販売する側の売り方にも問題があるとの指摘が強い。

管理組合の新たな借金も急増

マンションは年月がたてば、給水管や配管のほか、壁や屋上も傷む。
住環境を良好な状態に維持し、資産価値を落とさないためには、定期的に修繕を行わなければならない。
しかし、多数の世帯が住み、建物の規模も大きいことから、修繕工事の費用は億単位に上ることも多く、その都度、一括徴収することは難しい。

このため分譲マンションは、長期の修繕計画を作り、これに基づいて月々の積立金の額を決め、各世帯が支払っているのが一般的だ。
しかし、この2年ほどで積立金不足が問題になる例が全国で相次いでいるという。
積立金不足への対応のため、借金までする管理組合も増えているのだそうだ。

実際、住宅金融支援機構によると、管理組合向けの大規模修繕用融資の件数は2011年度に178件だったのが、2014年度は278件と1.5倍に増えた。
1戸当たりの平均融資額も2011年度の46万円が、2014年度は53万円へと約15%も膨らんでいる。
2015年も同じ傾向と見られる。

積立金不足の大きな要因の一つは、施工費用が高騰していることだ。
「修繕工事の見積もり額は2013年ごろと比べて約4割上昇している」(東京都内のマンション管理コンサルタント)とされる。

東日本大震災の復興工事や2020年の東京五輪に向けて工事需要は急速に高まっており、資材や人権費が急騰しているためだ。

「分譲時に物件を安く見せたい」と
           野放し状態

ただ、マンション管理の専門家らによれば、根深い問題は分譲マンションを販売する側の姿勢だという。
マンションの入居者はマンションの本体価格に加え、月々管理費と修繕積立金を支払う。
管理費は当初から一定額が必ず必要だが、修繕積立金なら低く提示しても当面は大きな問題とならない。
このため、販売会社は少しでも買いやすく見せるよう、修繕積立金を低く設定するケースが少なくないという。
ある不動産コンサルタントは「分譲時に物件を安く見せたいという販売サイドの責任は大きいが、修繕積立金の設定などに関する規制はなく、『野放し状態』というのが実態だ」と問題を指摘する。

分譲マンションの購入者は最終的に、自分の資産を自分で守るしかない
少なくとも、修繕積立金が安いという目先の魅力に飛びつかず、修繕計画がどうなっているかを確認し、積立金が妥当か、購入前のチェックが不可欠だ。
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高齢者狙う 悪徳商法最新手口

高齢者狙う悪徳商法 
利殖勧誘事犯や点検商法に送りつけ商法
2015.12.28 07:00 NEWSポストセブン

 違法合法にかかわらず、高齢者を狙った勧誘があとを絶たない。
家族が悪徳商法の手口を知り、親を見守ることがいちばんの対策。
遠距離ならば、日々の様子を知るために電話でこまめに声がけを。

 多い勧誘として、利殖勧誘事犯がある。
手持ちの資金を少しでも増やしたいという願望につけ込み、「社債」「未公開株」などの投資話を装い、「絶対に儲かる」などと嘘をつき出資金をだまし取る。

 また、点検商法にも要注意。
住宅の無料点検を装って訪問し、「柱にヒビが入っていて危険」「水道管の中が錆びているので水を飲むと病気になる」などと嘘を言い、必要のない工事を施工したり、浄水器などを売りつけたりする。

 なかには、送りつけ商法と呼ばれる大胆な手口も。
代金引換サービス(販売者から依頼を受け、商品の引き渡し時に配送業者が購入者から代金を受け取る)などを利用して、健康食品などを一方的に送りつけ、購入させてしまう。

 高齢者の弱みに付け込んで高圧的な態度で売りつける、押し付け商法も問題となっている。
高額な商品や不要な商品を販売するため、家に上がりこんで長時間居座ったり、大声で脅かして、高額な羽毛ぶとんや消火器などを無理やり売りつける。

 これらの高齢者を狙った悪徳商法を目の当たりにした被害者に話をきいた。

50代女性・Aさんは実家帰省時に母親が被害にあったことに気づいたという。
「久々に帰省すると、玄関や床の間に飾ってあった、壺や掛け軸がありません。
ひとり暮らしの母親に聞くと、『親切な人が来て、高値で買い取ってくれた』とうれしそう。
聞けば着物から骨董まで一切合財を12万円で引き取っていったというのです。
 冗談じゃない、掛け軸だけで100万円はくだらない代物です。
聞けば、文句が出にくい微妙な金額で高額商品を引き取る手口が横行しているそう。
連絡先もわからず、どうしようもありませんでした」

 さらに、認知症の父への銀行員の勧誘に憤りを覚えている50代女性・Bさん。
なにがあったのか…?
「父親から『預金を下ろせない』という相談を受け、預金通帳を見ると、残高が1万円余りしかない。
調べると、通帳にあった200万円が定期預金に。
少し認知症が始まっている父は、銀行の窓口ですすめられ、意味もわからず定期にしてしまったのです。
 すぐ普通預金に戻しましたが、その途端、今度は別の行員が別の定期をすすめてきました。
支店長を呼び出し、『二度とうちの父のお金には手を出さないよう、全行員に通達して!』と怒鳴りました」
  ※女性セブン2015年1月7・14日号
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2015年12月29日

欧米では使われない日本の湿布薬

来年から湿布薬の処方枚数に制限
〜欧米では使われない不思議な薬
2015.12.28. ヘルプレ

 昔から日本人には馴染みのある「湿布薬」。
捻挫や打撲、肩こり、腰痛などで用いられる、日本ではポピュラーな薬だ。
日本人なら誰もが一度は使ったことがあるのではないだろうか。

 そんな身近に処方されてきた湿布薬(鎮痛消炎貼付剤)が、2016年4月の診療報酬の改定を機に、処方枚数が制限されるという。
厚生労働省は、1回で70枚以上処方される患者は延べ約30万人/月いるとして、今回の制限によって国費ベースで年間数十億円の医療費削減につながるとみている。

 市販の湿布薬を買うと全額自己負担だが、医師が処方すると原則1〜3割の負担ですむ。
「湿布薬は何枚あっても困らない」と多めに処方してもらい、余ったものをストック、家族などに譲渡するケースは少なくない。
患者に必要以上の枚数が処方されるという無駄が問題視されてきた。

 そもそも、湿布薬の効果や副作用について十分な知識をもたず、安易に使用していないだろうか。

温熱効果や冷却効果はない!

 湿布は、開発の経緯から大きく「第一世代」と「第二世代」に区分けされる。

第一世代は、消炎鎮痛成分(サリチル酸メチルなど) に加え、刺激成分が温感・冷感を与える。
その後、鎮痛効果の高い非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs) を含んだ貼付剤が登場した。
これが現在、主流となっている「第二世代」である。

いずれも、肩こりや腰痛の原因である「筋肉の凝り」を取ってくれるわけではない。
あくまで「痛み止め」「炎症を抑える」ための薬だ。

冷湿布を貼るとヒンヤリする冷却効果は、配合されているメンソールによるもので、実際には「冷却」されているわけでない。
一方、温湿布も、トウガラシエキスなどによって温かく感じているだけだ。
実際に冷やす・温めるという効果は期待できないということを覚えておこう。

欧米ではほとんど使われていない湿布

 ところで、日本ではとても普及している湿布だが、欧米ではほとんど使われていない。
痛み止めといえば飲み薬が一般的で、湿布のような貼り薬はあまり使われない。
また、保険が適応されない国も多い。
文化や習慣の違いなのかもしれないが、「薬」として“認めていない”場合が多いのだ。

 湿布はその手軽さから、「薬物」のイメージは薄いが、保険診療で採用されている、れっきとした薬。
たとえば、ハガキ大のサイズの湿布薬を10枚ほど使うと、血中の鎮痛成分の濃度は、飲み薬1日分と同じくらいになるという研究結果がある。

湿布の多用、連用で副作用に見舞われることも

 すべての薬には何らかの副作用がつきものだが、湿布も同様だ。
安易に使っていると思わぬ副作用に見舞われることがある。

特に高齢者に多いのが、多用、連用によるものだ。
 たとえば、痛みや炎症を抑える医療用貼り薬「モーラステープ」に含まれる「ケトプロフェン」という鎮痛成分には、「光線過敏症」という副作用がある。
貼ったまま紫外線を浴びると、貼った部位に発疹腫れかゆみ水ぶくれなどの症状が表れる。

 厚生労働省の発表によると、妊娠後期に使用した後、胎児の心臓につながる胎児動脈管が収縮し、胎児に肺高血圧症などが起きたケース、妊娠中期の使用で羊水が少なくなる羊水過少症も報告されている。

 また、インドメタシンには、筋肉を萎縮させてしまう副作用があり、ほかにも喘息を患っている人には用いてはならないという欠点がある。

そのほかにも、アレルギー反応を引き起こしたり、胃の粘膜を刺激して胃腸炎になったりしたケースが報告されている。
 今回の湿布の処方枚数の制限策が、医療費削減の面だけでなく、適切な使用に基づく効果や副作用への喚起を呼ぶことに期待したい。
    
   (文=編集部、監修=三木貴弘)
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きっぱり断っても騙される人は、なぜ騙される?

きっぱり断っても
騙される人は、なぜ騙される
(PRESIDENT Online ) 2015年12月28日(月)配信

■「いらない」と言ったことが逆にアダ?

断っているのだ。
いらないと言っているのだ。
それなのに、結局、金を払ってしまう人がいるーー。
年末年始はワルたちにとって書き入れどきである。
注意が必要だ。

例えば近年、多く発生している詐欺のひとつに「名義を貸してほしい」と頼み込んでくる手口がある。
名義を貸せとは……。
怪しすぎる。
にもかかわらず、引っかかるのはなぜなのか。

ある事例の手口はこうだ。
「老人ホームへ入所する権利の名義を譲ってくれないか」
高齢女性はある業者から電話を受けた。
女性はきっぱりと、「必要ありません」と断った。
業者は「入居を待っている人がいるので、その権利を譲ってほしい」としつこく懇願したが、女性は「結構です」と一切応じずに電話を切った。
女性としては、しっかりと撃退したはずだった。


ところが数日後、別な男から電話がかかってくる。
「あなた名義で老人ホームの入所の権利の申し込みがなされました。
これは、名義貸しという犯罪行為です!
 このままだと裁判になります」 などと畳みかけられて、トラブル解決の名目で、数百万円払ってしまっている。

なぜ、女性は騙されたのか?
理由の1つは、犯人側の一方的な主張で攻められたことにあるだろう。
グルになった詐欺犯らは、女性に対して「あなたは老人ホームへの入居権は『いらない』と言いましたよね」と強く主張したらしい。
そのことで業者は「女性が権利を放棄した。
その権利を譲り受けた」と勝手に判断。
「あなたの名前で老人ホームの入居権の申し込みをした」と強弁するのだ。

電話口で「犯罪行為だ」
「裁判だ」といった高圧的な言葉を浴びせられた女性は冷静ではいられなくなったのだろうか、結局、丸め込まれてしまう。

誰がどう見ても、これは完全な言いがかりだ。
こんな論法では、すべてがまかり通ってしまう。
例えば、店員が2つの服を勝手に出してきて、どちらがよいですか? と尋ねる。
客が「左の赤い服は買いません」と言うと、店員が「それでは、左の赤い服がいらないということは、右の服をご購入するということですね。
お買い上げ、ありがとうございます」などと一方的に言って、服をレジで包み始めるようなものだ。
「おいおい、誰も買うとはいっていないぞ」となるに違いない。

■悪徳業者を「撃退した!」。その油断が危ない

こうした具体的な行動を目にすれば、おかしな言動はわかりやすいが、電話上での話のやりとりだけだと、とんでもない論法を展開されながらも、そのおかしさを指摘できずに、相手の口車に乗せられてしまうことは起こりうるのかもしれない。

騙された理由の2つ目は、詐欺犯らの怪しい勧誘を「きっぱり断った」ことでトラブル回避できたという女性の気の緩みもあったのかもしれない
「防御できた」つもりが、実はできていなかった。
安心感が突如崩されてしまったことでひどく動揺したに違いない。
たいがい詐欺や悪質商法と思しきが電話がかかってくれば、「結構です」「いりません」とはっきりと断れば、多くの人は撃退できると考える。
確かに、この言葉は、詐欺や悪質商法を追い払う「切り札」となりうる。
しかし、「しっかり断ったので、大丈夫」と安心している気持ちを崩されると、一気に動揺してしまう。
すなわち、ワルたちは私たちの「切り札」を崩すことで、冷静な判断ができない状態に追い込むのだ。
もし、切り札を切ったとしても、もうひとつの切り札を予め準備しておく。
そんな準備が私たちには必要なのだ。
とりわけ、ひとりで暮らしている老親などには。

もうひとつの切り札。
それは、先の名義貸しの電話を受けた女性の場合でいえば、「断る」という切り札だけでなく、警察などに通報しておき、今後のアドバイスを受けておくだろう。
もし、再び電話がかかってきても、その助言で対応するという、別な切り札を準備しておけば、動揺して騙されることもなかったはずだ。
不審電話があった時点で、被害に遭わなかったとしても警察などに通報することは大事なのである。
       ルポライター 多田文明=文
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2015年12月30日

日韓合意でネトウヨが「安倍、死ね」

慰安婦日韓合意でネトウヨが
「安倍、死ね」の大合唱!
でも安倍の謝罪は二枚舌、
歴史修正主義はさらに進行する
2015.12.29.LITERA(野尻民夫)

「完全に裏切られた、騙された気分です」
「詐欺師売国アベ!日本から出ていけ!」
「国賊、安倍晋三は今すぐ死ね」
「クソ韓国の言いなりになりやがって…安倍晋三総理…あなたは、アホですか?」
「腐れ売国奴 山口県に足を踏み入れるな 最低なゴミ」
「今日の件で支持をやめました。アベ政治を許さない」……。

 28日、韓国との慰安婦問題をめぐる協議で合意に達したことが発表されるや、安倍首相のFacebookのコメント欄やtwitterはこんな激しい“安倍ディス”であふれた。
おそらく安倍首相は今まで、自分の支持者であるネトウヨからこれほどの攻撃を受けたことはなかっただろう。
 しかし、今回の合意ははたして、本当にネトウヨが発狂するほどの事態なのだろうか。

 たしかに、岸田文雄外相は韓国の尹炳世外相との共同記者会見で慰安婦問題について、「軍の関与の下に女性の名誉と尊厳を傷つけた」とし、「日本の責任を痛感」と表明。
安倍首相も朴槿恵大統領との電話会談で「こころからお詫びと反省の気持ちを表明」するとした。
さらに韓国政府が設立する元慰安婦支援の財団に日本政府が10億円拠出することも決めた。  

その内容は一見すると、河野談話や村山談話の延長線上にあり、安倍首相のこれまでの言動からすると、意外に映る。 
 なにしろ、安倍氏は、20年前、自民党の歴史修正主義者たちの組織「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」で事務局長をつとめ、1997年4月の第7回勉強会では、“韓国は売春国家だから慰安婦になるのに抵抗はなかった”という意味の発言までしているのだ。
「(慰安婦だという人の中には)明らかに嘘をついている人たちがかなり多くいるわけです」 「実態は韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。
ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っているんです」

 そして、2006年、第一次安倍政権が発足すると、「狭義の強制性はなかった」「強制性を証明する証言や裏付けるものはなかった」などと主張して河野談話見直しを宣言。
米国政府や議会から激しい反発を受け、訪米時にブッシュ大統領やペロシ下院議長らに元慰安婦への「同情とおわび」を表明せざるをえない事態となった。

 だが、自民党が下野した後、安倍氏は再び河野談話の見直しを主張し始め、12年9月に党総裁選への出馬を表明した際には「新たな談話を出す必要がある。
子や孫の代に不名誉を背負わせるわけにはいかない」と宣言している。

 第二次安倍政権になってからも、安倍自身は河野談話を引き継ぐとしてきたものの、裏では自民党を使って慰安婦の存在そのものを否定するような動きを強めてきた。

 それが、今回、軍の関与、政府の責任を認め、心からのお詫びを表明したのだ。
右派の目には裏切りだと映るだろうし、リベラルから見ると、大きな前進をしたように思えるのは当然だろう。
 だが、これは別に、安倍首相が改心したわけではなく、たんに、アメリカの圧力に屈したというだけにすぎない。

 米政府はこの間、一貫して日本政府に慰安婦問題で謝罪をすることを要求してきた。
それは、昨年5月、ケリー国務長官が慰安婦を「とんでもない人権侵害だ」と非難し、オバマ大統領が今年10月16日に朴大統領との首脳会談後の会見で「歴史的問題の決着」を強く求めたというだけではない。  
 さらにそれ以前から、国務省のダニエル・ラッセル東アジア・太平洋担当国務次官補やクリテンブリンク国家安全保障会議アジア上級部長、その他国務省幹部から、谷内正太郎国家安全保障局長、兼原信克内閣官房副長官補にかなり強硬な圧力がかけられていたという。

 谷内氏、兼原氏の元外務官僚コンビは、現在、安倍外交を事実上牛耳っているとされる存在。米国と太いパイプをもち、その意向を受けて、日米ガイドライン、安保法制を主導したことで知られる。
今回の慰安婦問題日韓合意でも、この2人が中心になっていたという。

「今回の合意の原案をつくったのは、兼原副長官補、裏交渉をして準備を整えたのは谷内局長です。
当然、米国と密に連絡を取りながら進めていたはずです。
実際、米国政府も少し前から、日韓両国が28日に合意をして歓迎表明をするシナリオをほのめかしていましたからね」(官邸担当記者)
 まさに米国への従属ぶりを改めて見せつけたかたちだが、しかし、安倍首相自身が「苦渋の決断」で合意したのかというと、そうでもないらしい。

「安倍内閣は、この間、戦後70年談話、日中首脳会談など、少しリベラルに見えるような政策や発言を打ち出すと、支持率を持ち直すという傾向にある。
安倍首相はこれにすっかり味をしめているようですね。
日韓合意についてもかなり積極的だったようです」(政治評論家)

 実際、冒頭のようなネトウヨの反発はあっても、内閣支持率はアップするだろうと思われる。  また、今回の合意内容を注意深く見ると、安倍首相が「勝利」と言い張れるような内容も含まれている。
河野談話にあった強制性を認める文言はなくなり、「最終的かつ不可逆的に解決された」という、“慰安婦をめぐる韓国からの要求を今後一切受け付けない”ことを示す文言も盛り込まれた。慰安婦像の撤去についても韓国政府が関係団体と協議するとしている。

 そういう意味では、逆に、韓国がよくこの合意内容をのんだな、というのが率直な印象だ。
そもそも、慰安婦の法的補償要求や慰安婦像建立は民間の取り組みである、それを韓国政府が“規制”するというのだろうか。
これでは、韓国は金で解決したと言われてもしようがないだろう。
「韓国もまた、米国から強烈な圧力を受けていたということです。とくに韓国は今、経済危機が起きているので、これ以上、日米両国と関係が悪化すると、経済がもたなくなる。
その弱みにつけこんだということでしょう」(ソウル特派員)

 しかも、重要なのは、国内での今後の動きだ。
安倍首相は、今後も歴史修正主義的な動きを変える気はまったくないだろう
実際、これまでもそうだった。
河野談話を継承するといいながら、一方では、教科書から慰安婦の記述を削除させ、自民党の安倍チルドレンたちに、軍の関与や強制性どころか、慰安婦の存在そのものを否定するような主張を発信させてきた。

「この路線は全く変わらないでしょうね。
もちろん教科書慰安婦の記述を復活させるつもりはないでしょうし、自民党の国際情報検討委員会などを通じて、どんどん慰安婦の否定を発信させるでしょう。
それどころか、韓国で慰安婦像の撤去が進まないことを理由に、『韓国は嘘つき』とさらに主張をエスカレートさせいく可能性もあります。
そういう意味じゃ、10億円の拠出以外、これまでとなんの変わりもないということです」(前出・政治評論家)

 安倍首相としては、米国のご機嫌取りと支持率浮揚のために10億円支払ってやったというくらいの認識しかないのかもしれない。
まさに、典型的な二枚舌、安倍首相ならではの詐欺的手法ではないか

 そうでないというなら、かつて「韓国はキーセンの国なんだから強制なんてあるわけがない」と言っていた自分がなぜ、「こころからお詫びと反省」をするにいたったのか、ぜひ、国民の前できちんと説明していただきたい。
        (野尻民夫)
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誰もが“下流老人”として苦境に陥る可能性がある - 藤田孝典

誰もが“下流老人”として
苦境に陥る可能性がある - 藤田孝典
BLOGOS編集部 2015年12月30日 06:11

2015年6月に出版された「下流老人」は、12月20日現在、20万部を超える発行部数を記録している。
驚くことに2015年の新語・流行語にもノミネートされた。
今年を象徴するキーワードにしていただいたことに感謝している。

思い返せば、年末は様々な貧困に関連するイベントが行われてきた。
2008年末には、リーマンショックの影響で、いわゆる派遣切りに遭った派遣労働者が日比谷公園で過ごす「年越し派遣村」がクローズアップされた。
今年も各地で年越しに困難を抱える人々のための生活相談会が開催されている。

貧困問題は、発見されては忘れ去られ、そしてまた再発見されるという状況を繰り返している。そのようななか、高齢者の貧困を今年「見える化」できたことは非常に大きな成果だった。
何かと貧困問題に注目が集まりやすい年末だからこそ、「下流老人」について改めて再考してみたいと思う。

企業や家族に依存してきた
        貧困対策の弱さが露呈

わたしが定義する下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」である。
乱暴であるが、首都圏では単身の生活保護基準は、生活扶助費(8万円程度)と住宅扶助費(5万円程度)で、概ね13万円前後である(※世帯の状況にもよる)。
介護や医療サービスは必要最低限のものが現物で給付される。
納税や各種支払いを減免されることもあり、額面上の支給よりも様々な権利が享受できる。
これは生活保護に「最低生活保障」や「ナショナルミニマム」という理念があり、人間が健康で文化的に暮らす水準を規定しているためだ。
要するに、日本において人間らしい暮らしを送れる最低限の水準なのである。

当然ながら、年金支給基準はそれほど高くないし、国民年金だけであれば満額でも月額6万5千円程度である。
生活保護基準が高いのではなく、年金だけでは老後を暮らす上でのセーフティネットが弱いということだろう。

本来は年金だけで暮らせるわけはなく、付加的な社会保障として、住宅や医療や介護などを現物や現金で給付する政策も必要だといえる。

企業の福利厚生(退職金や企業年金、社宅など)や家族相互の扶助に依存してきた政府の貧困対策の弱さが露呈したといえよう。
さらに、現在の高齢者人口は約3,400万人で、その年齢層の相対的貧困率は約20%である。
年間所得にすれば、1人世帯で120万円程度、2人世帯で170万円程度の収入しかないと相対的貧困状態に該当する。
すでにその人口は約700万人存在することがわかる。

このような年金などの収入が低いことと併せて、貯蓄額が少ないことも特徴としてあげられる。高齢者はお金を持っているイメージがあるかもしれない。
しかし、他の世代と比べれば多いが、大半の高齢者は預貯金が少ないか、保有していない。
約20%の高齢者が貯蓄ゼロ世帯であり、500万円以下では40%程度が該当する。

そのようななか、生活に困窮して相談に来られる高齢者は後を絶たない。
以下で具体的な事例を紹介しよう

離婚や子どもの病気…“想定外の事態”で苦境に 熟年離婚の末に・・・
夫婦仲の険悪さが続いていた69歳の女性は離婚したことをきっかけに貧困に至ってしまう。

2008年の法改正では、離婚しても夫の年金を分割してもらえるようになり、離婚を決意する高齢者が増える一方、その後の生活が成り立たない人々が増えている。

 夫の年金額は、厚生年金16万円程度。女性は専業主婦で国民年金のみなので約6万円である。
2人合わせると約22万円であり、持ち家があるので、医療費などがかかりつつも、なんとか暮らせる水準だった。

しかし、協議離婚になり、夫の厚生年金と女性の国民年金を分割してみると、夫が14万円、女性は8万円程度であり、二人とも生活に困難を抱えてしまう。
8万円の年金で一人暮らしを始めても家賃を払うと生活が困窮することが理解できるだろう。
女性には持病があり、医療費もかかるため、預貯金や資産分割した金銭も使い果たし、相談に来られた。
生活保護申請するなど、手続きをして生活再建に取り組んでいる。
このように熟年離婚は、リスクが高いといえる。

特に、高齢期を単身で過ごす場合は注意が必要だ。
統計的にも、高齢男性のみの世帯の相対的貧困率は38・3%、高齢女性のみの家庭では52・3%である。
要するに、単身高齢者の貧困率は上昇する傾向にあり、困りやすいともいえる。

<息子が統合失調症に。少ない年金で援助する・・・>

別の78歳の男性の年収は50歳代後半に約800万円あったそうだ。
埼玉県の郊外に、持ち家もあり、厚生年金などを夫婦2人で月額25万円程度支給されている。
問題は息子さんが20歳代後半に、重い統合失調症と診断され、一切働けなくなったことだ。
息子さんはもともと人間関係も苦手だったらしく、それでも頑張って大学卒業後にIT企業の事務作業に長時間従事していたそうだ。
療養費や医療費もかかるため、25万円の年金では、3人が生活していくことは難しいと悩んでいた。
予想以上に長期の療養生活になっている息子さんのために、退職金や預貯金も底を尽きかけており、いつまでこの生活が続くのか不安が消えない日々を送っている。
当然、大学で借りた奨学金の返済も両親の年金から支払っている。
非正規雇用やブラック企業のニュースが連日世間を賑わせているが、このようなニュースと高齢者は無関係ではない。

雇用が悪化すると、その現役世代を援助せざるを得ない家族も困窮する要因となる。
全労働者の約4割が非正規雇用であり、不安定なうえ生涯賃金も低い。
自分の力だけでは生活が成り立たないので、親世代が同居したり、生活費を補てんして支えている構造がある。

消費税以外の
税の再分配のあり方を議論すべき

この誰でもなりえる「下流老人」の増大による悪影響は計り知れない。
老後に不安を抱える人々が起こす行動は何だろうか。
貯金や節約である。
個人消費が伸びないことはいうまでもない。
今年、過去最高益を記録したトヨタ自動車は象徴的な存在だ。
このトヨタ自動車は足元の国内需要が伸び悩んでいる。
本来、現役世代は消費意欲が旺盛だが、老後に不安を抱えるならば、自動車を買わないし、買えない。
あるいは買い替えられないのである。

他にも家電製品メーカーや量販店など、個人消費が伸びていない産業をあげればキリがないくらいだ。
まず経済成長を考えるのであれば、アベノミクスなどの経済政策と同時に、国民の不安の解消として、社会保障の整備をおこなう必要があることは言うまでもない。

真剣に消費税以外の税の再分配のあり方を「財源がない」とサボらずに議論してほしい。
負担すべき者が負担を免れては、社会が再生産できなくなってしまう。
これは深刻な少子高齢社会を見れば明らかである。

「下流老人」という言説への批判への応答

最後に、「下流老人」という言葉が階層を生み、差別を生む恐れがあるので使用を控えるべきだという批判(2015年10月11日北海道新聞)が少し前に淑徳大学の結城康博教授よりあった。
「低所得高齢者」や別の言葉に置き換えるべきではないかと。

簡単に応答しておきたい。
わたしは「下流老人」という言葉にこだわりを持っている。
日本における階級や階層が見えにくくなり、漠然とした中流意識を多くの人が持っている。
多くの大学でも労働階級論や階層論などを、教授しなくなって久しい。
ふとしたきっかけでそれらの人々は「下流老人」に至ると指摘してきた。

結城氏が指摘する以前に、すでに世代内に厳然と階層はある。
貧富の是認しがたい不公正な格差や不平等も著しい。
それにも関わらず、あたかも貧困に至ったのは「自己責任」と言わんばかりの差別的な対応が横行している。
介護保険料を支払っても特別養護老人ホームに入所できない。
全国で50万人待ちである。
富裕層は月額30万円程度でも有料老人ホームに入所することは可能だ。
要するに、今現在でも金がなければ悠々自適な老後は送れないのである。
それも大半の高齢者が該当する問題である。

高齢者の間で基礎的に必要なサービスである介護ひとつとっても、富は公正に再配分されていない。
この事実を知りながら「かわいそうだから」と現状を突きつけずに目をつぶるのか。
それとも階級や階層を意識して、社会構造や社会保障制度を改変し、富の再分配をするように声を上げる主体になってもらうのか。
高齢者や次世代の高齢者自身が問われているだろう。

わたしは「下流老人」という言説を活用し、それをきっかけにして問題に気づき、多くの方が漠然とした不安を政治や政策に反映させてくださることを心から願っている。

ふじた たかのり
ほっとプラス代表理事。
ブラック企業対策プロジェクト共同代表、
生活保護問題対策全国会議、
福祉系大学非常勤講師。
著書に『ひとりも殺させない』など。
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2015年12月31日

紅白歌合戦にメリットを感じないアーティスト続出中

大物歌手ほど
紅白歌合戦出演を断る
本当の理由とは?
2015.12.30.TOCANA(文=吉沢ひかる)

 紅白歌合戦と言えば音楽業界にとって最大のイベントであり、日本国民にとっても1年を締めくくる年中行事だ。
だからこそ、かつては紅白出場を目標に掲げる歌手も多かった。

だが、今や出演を依頼される歌手の中には紅白出場にメリットを感じず、断るケースも多い。
これは大物歌手ばかりではなく、若いアーティストの間でも同様だというが、果たしてその理由は何なのだろうか。
最も大きい理由は収入面ですね。紅白はギャラが安いんですよ。
以前までは、“1年の間に活躍した歌手が出られる”というステータスがあったからこそ、ギャラが安くても他の仕事よりも優先して出演するケースが多かったんです。

しかし、今やその年に活躍していなくても事務所の力だけで出られる番組になってしまいました。
そうなると、そのステータスもなくなってしまい、安いギャラで出るメリットを感じなくなっているのです」(テレビ局関係者)

 たしかに今年も、「なぜ、あの人が出ているのか」という声は多く聞かれたが、こうした大人の事情が世間にも浸透し、ステータスを下げているようだ。
その結果、断るアーティストが増えているというが、収入面の事情とは具体的にどのようなものなのか。
「本来、歌手にとって年末年始は稼ぎ時なんです。
紅白に呼ばれるレベルの歌手なら年末年始にライブを開けば余裕で満員です。
しかし、紅白に出場してしまえばライブは、開催できないか、もしくは開催できてもかなり紅白に時間を取られてしまいます。
民放の音楽番組なら本番当日だけの拘束で済みますが、紅白の場合はリハーサルや司会者との面談があり、3〜4日程度拘束されることもあるんです。
そこまで時間を割いても10万円程度のギャラですから、紅白出場で箔をつけたい演歌歌手を除けば、誰もメリットなんか感じませんよ」(テレビ局関係者)

 安いとは聞いていたが10万円程度とは驚きだ。
この関係者によれば、ライブでグッズを売れば数千万円単位を売り上げるアーティストもいるため、本人にとってもレコード会社にとっても紅白出場は全くメリットがないという。
まれに、福山雅治のようにライブ会場からの中継という条件付きで出場する歌手もいるが、ほとんどのアーティストはメリットのない紅白に全く興味を示していないようだ。

 また、2015年の紅白歌合戦ではももいろクローバーZの紅白卒業も話題になったが、ここにも同様の思惑があると、ある関係者が聞かせてくれた。
「ももクロの紅白卒業宣言は、選ばれなかったことへの恨み節と騒がれていますが、実際はももクロ側からオファーを蹴ったと言われています。
ももクロのようなレベルでは紅白に出るよりも自分たちのライブを開催したほうがメリットが大きいので当然です。
これ以上、紅白に出る意義がないと判断したんでしょう」(レコード会社関係者)

 たしかに彼女たちなら、莫大な収入が見込めるライブを年末年始のタイミングにも開催できるはずだ。
10万円程度のギャラと現在の紅白のステータスにメリットを感じないのも当然だろう。
さらに、NHKの旧態依然とした考え方も、歌手が紅白を敬遠する理由のひとつになっているという。

いまだにNHKの関係者は“番組に出てもらっている”ではなく“出してやっている”という感覚しかありません。
そのため、低姿勢で依頼してくるプロデューサーからオファーを受けて出場を決めたものの、いざ現場に行ってみたら、上層部の人間などから『キミみたいな歌手が紅白に出られてよかったね』などと上から目線で声をかけられることもあるそうです。
そういう態度に嫌気が差して2度と出ないと話す歌手も多いです」(同・レコード会社関係者)  

これまで1度限りの出演で紅白から遠ざかっている大物歌手は、たしかに多い。
その裏にはこんな事情もあるのかもしれない。
紅白に喜んで出るのは、やはり演歌歌手ぐらいのものなのだろう。
          (文=吉沢ひかる)
posted by 小だぬき at 00:00| Comment(6) | TrackBack(0) | 趣味・好きな事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする