2016年06月08日

1日の思考の8割はネガティブ!常に前向きな「超一流」の考え方

1日の思考の8割はネガティブ!
常に前向きな「超一流」の考え方
2016年6月6日(月)21時0分配信 Suzie

職場での人間関係、失業、失恋、家族間のトラブルなど、誰しもがいろんな悩みや不安を抱え、ときには壁にぶち当たりながら生きていますよね。

一説によれば、「1人の人間が1日に思考する回数は約7万回で、そのうち8割はネガティブな思考をしている」そうです。
だとすれば、マイナス思考はむしろ自然なことであり、無理してポジティブになる必要はないのかもしれません。

ところが一方で、常に前向きな人もいます。
世間で「超一流」といわれている人たちの多くが、なにごとも前向きに考える思考法を手に入れているというのです。
そんな超一流の人たちがどんな考え方をしたり、壁を乗り越えてきたのかというエピソードを、クイズ形式で紹介しているのが、西沢泰生さんの『読むだけでポジティブになれる 超一流の人のちょっと深い話』(アスコム)。

モヤモヤとした気持ちを解消したり、人生のピンチに役立つ、すぐれたエピソードをご紹介していきましょう。

■1:巨匠、黒澤明監督がこだわった「9時5時」の習慣


リアリティの追求にこだわって完璧主義を貫いた、日本映画界の巨匠、黒澤明監督。
その撮影時間は、意外にも朝の9時から夕方5時までと決まっていたそうです。
理由は、スタッフに撮影の準備と後片づけのための時間を十分に与えるため。
朝9時にスタートするには、スタッフは早朝5時から準備を開始し、撮影が夕方5時に終わったとしても後片付けに11時までかかったとか。
これ以上撮影時間を延長すれば、スタッフの睡眠時間がなくなることを知っていたからなのです。
部下の仕事の時間を確保し、休む時間まで考慮する。
そして、最高のパフォーマンスを引き出す。
これぞ、マネジメントの極意といえそうですね。
黒澤監督が、名作を量産できた理由のひとつがわかった気がします。

■2:ドクター・中松の発明がすべて成功している理由

数々の発明を生み出した、ドクター・中松はまさに天才。
「いままでに失敗したことはありますか?」と問われると、「自分の発明はすべて成功している」といい切ってしまうほど。
その発言の真意とは、「成功するまでギブアップしない」ということなのです。
現段階で失敗していても、そこで終わりではなく、粘り強く工夫し、必ず成功までもっていく」というのが発明家の極意。
エジソンも「成功するための確実な方法は、どんなときももう1回だけ試してみると思い続けること」といっています。

画期的な掃除機で人気のダイソンも、試作品が完成するまでにかかった歳月は15年。
それまでに作った失敗作の数は5125個。
ケンタッキー・フライド・チキンのカーネル・サンダースが、融資先の企業を求めて売り込みを続けた企業の数は、なんと1009社。
1、2回の失敗なんて、まさに序の口。
失敗なんてない、あるのは成功につながる経験だけ」。
そんなふうに出来事を受け止め、成功するまで工夫してチャレンジし続けましょう。

■3:帝国ホテルのバーテンダーが2杯目のグラスを置く場所


究極のもてなしで客人を迎える帝国ホテル。
バーの居心地のよさも格別です。
ここのバーテンダーは、1杯目のグラスはお客が手に取りやすい右斜め前に置くそうですが、2杯目はいったいどこに置くのでしょうか。
答えは、1杯目のグラスが置かれていた位置。
人間ならだれしも無意識に飲みやすい場所や置いておきたい場所に置くもの。
それを観察し、当たり前のようにさりげなくその位置に置く気配りができれば、人の心をとらえることができるというわけです。
さすがは、帝国ホテル。
配慮の行き届いた接客術の真骨頂といってもいいでしょう。

■4:ピカソが3分で描いたスケッチが5,000フラン?

ある婦人がピカソに「私のスケッチを描いてくださいませんか? お値段は言い値でけっこうです」と声をかけたところ、3分ほどで描きあげられた絵の値段はなんと5,000フラン(今の相場で約40万円)。
高額すぎると憤慨する婦人に、ピカソが告げたひと言とは――。
「私はここまで来るのに、生涯を費やしているのです」


生涯に15万点もの作品を生み出したピカソは、「もっとも多くの作品を残した画家」としてギネスブックにも載っているほど多作な芸術家。
その膨大な積み上げがあるからこそ、3分の絵にも価値があると自信をもっていえるのでしょう。
ちなみに、正岡子規が36歳で他界するまでの16年間で詠んだ俳句は2万3,647句。
エジソンの死後に見つかった、アイデアがぎっしり書かれたノートの数はなんと約3,500冊。
日々の膨大な積み重ねが、圧倒的な自信につながることを証明していますね。

■5:漫画家、赤塚不二夫の「2度目だから」という思いやり


いわずと知れたギャグ漫画『天才バカボン』の生みの親、赤塚不二夫さん。
描きあげた原稿を編集者に渡したあとに事件が発生したことがあるといいます。
なんと編集者が、原稿をタクシーに置き忘れてなくしてしまったというのです。
それを聞いた赤塚さん。
まったく怒ることなく、「ネーム(脚本のようなもの)があるからまた描ける」といい、さらにこう続けます。
「まだ少し時間がある。飲みに行こう」と。
そして編集者を気遣い、飲んで帰ったあと、同じ話を数時間かけて描きあげたそうです。
そして、編集者に手渡すときに「2度目だから、もっとうまく描けたよ」といったのです。

ファンからも出版関係者からも愛されていた彼の葬儀には1,200人が参列したとか。
いかに慕われていたか、よくわかるエピソードですね。

失敗をしたらつい責めてしまいたくなりますが、そんなときにも周囲を気遣える人こそ、本当に優しい人なのかもしれません。
  
* 悩んだり、つまづいたりしたとき、自分とは異なる発想を知ることで、思わぬ解決策が見つかることがあります。
身近な人と話すことも大事ですが、超一流の人の考え方に触れることもひとつの方法です。
大いに活用しましょう。
                 (文/山本裕美)
posted by 小だぬき at 09:00 | Comment(4) | TrackBack(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

舛添要一、その腐敗した精神構造

舛添要一、その腐敗した精神構造
経営者を狂わす
「交際費・秘書・個室・車」特権
2016.06.07 Business Journal
文=新将命/国際ビジネスブレイン代表取締役社長

 為政者や権力者がややもすると陥りがちな「コヒコクの陥穽」というものがある。
交際費、秘書、個室、車といった経営者や政治家に許された特権とでもいうべきいくつかの付加給付(コヒコク)が危険だということである。
これらの特権は蜜の味がする。
大方のビジネスパーソンや政治家にとって、これらはある意味では目標であり夢である。
組織のなかで出世の段階を昇っていくことは、取りも直さず、これらの特権を手中に収めることとなる。

「コ」とは交際費の「コ」である。
交際費を使うことのできる特権を我がものにするにつれ、次第に使うのに慣れてしまう。
最後には感覚が麻痺し、私金と公金の区別がつかなくなる。
公私混同が生じる。
身を誤る危険性をはらんでいる特権となる。

「ヒ」は秘書の「ヒ」である。
自分自身は何もやらずに秘書任せにしてしまうので、自分では何ひとつできなくなる。
コピー1枚自分では取れず、新幹線の予約も自分ではできなくなる。

皮肉なことだが、秘書が有能、優秀であればあるほど、上に立つ人間は世情に疎くなる。
権力の座についている間はよいのだが、ひとたびその座から離れたときのもどかしさと淋しさは耐えがたい。
従って権力の座にしがみ付いて、離れようとはしない。

次の「コ」は個室の「コ」である。
為政者や権力者は個室に入ると本音の情報が入ってこなくなる。
入ってくるのはほとんどが「後追い加工情報」である。
入ってくる頃には鮮度が落ちている。
伝達プロセスを経る間に、不当に拡大されたり、縮小されたりする。
時によっては歪曲され、最悪の場合は遮断される。

 個室に籠っていればいるほど新鮮な生野菜が食べられなくなる。
現場から離れた世界であるためどうしても情報を提供する側の人にとって都合のよい、脚色された情報だけが入ってくるようになる。
そのときから為政者や権力者は裸の王様となる。  

最後の「ク」は車の「ク」である。
年は足から取る、というが、年がら年中運転手付きの公用車に乗っていると歩く機会が減る。
足が弱り老化が始まる。

「コヒコク」に代表されるステータス・シンボルというのは、すべて諸刃の剣である。
私は権力の座などというものは、所詮、浮世の義理であり、仮の約束事だと思う。
権力の座についている人は、心して「コヒコクの陥穽」にはまり込まないように心と身を律する必要がある。

「権力は腐敗する」  

このところ連日のようにマスコミに報道されている舛添要一東京都知事の騒動の顛末を追うと、まさに「コヒコクの陥穽」にどっぷりとはまり込んだ人であるという気がする。

交際費の乱用(これは本人も部分的には認めている)、公用車の私用車としての乱用(これは認めていない)等のケースを挙げれば、またかまたかとばかりにその乱脈ぶりが目に見えてくる。

論語には「信なくば立たず」とあるが、この知事に対する都民の信は90%以上崩壊している。 「権力は腐敗する、絶対的に権力は絶対に腐敗する」(ジョン・アクトン)という言葉がある。

東京都知事という権力の座に就いている舛添知事は「公正な複数の第三者による厳しい評価」を待つまでもなく、とっくに腐敗した精神構造の人である、というのが私の正直な見立てである。

この人に残された唯一の救いは謝罪と共に潔く身を引く、ということのみなのだが、どうやらそんな気配はない。
あくまでも醜態を満天下に晒している姿は見苦しいの一言に尽きる。
posted by 小だぬき at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする