こどもの日に考える
ボイメンのつくりかた
2017年5月5日 東京新聞「社説」
ウソがホントを蹴散らすような、おかしな時代。
「大丈夫、信じていいよ」と断言できる大人でいたい。
こどもの日。
健やかな未来を願う、おとなの日。
「大人を信じていいの?」−。
千葉女児殺害・遺棄事件を報じる新聞の見出しが、わが身に突き刺さるようでした。
識者は語る。
「人を信じることをやめないで」
「信頼できる大人は常に近くにいます」 そうに違いありません。
でも、どこに。
学生時代にはやった歌を思い出しました。
♪なんて悲しい時代に生まれてきたんだろう/
信じれるものが何ひとつないけれど/
せめてお前だけは…。
永井龍雲さんの「悲しい時代に」。
悲しい時代は、未来に続いていくのでしょうか。
心が折れそうになる中で、ふと目に付いたのが、一冊の本の表紙の写真。
タイトルは「夢は叶(かな)えるもの!−ボイメンを創った男−」です。
イケメン男子に囲まれて、映画スターのジャッキー・チェンを少しごつくしたようなオジサンが、屈託なく笑っています。
まるで本物の子どものように。
ボイメンを見いだし、育てたプロデューサーの谷口誠治さん(57)。
その笑顔に、なぜか会いたくなりました。
◆ともに見る夢がある
ボイメン。
「BOYS AND MEN(ボーイズ・アンド・メン)」は、東海地方出身、在住の男子ばかり十人からなるアイドルユニット、つまりグループです。
七年前に名古屋で結成。
昨年暮れに発売されたアルバムが、初登場でオリコン・チャート一位を獲得し、レコード大賞新人賞を受賞した。
年明けには、日本武道館の単独ライブを成功させました。
もはや押しも押されもしない全国区。
ジャニーズ系と人気を争うようにさえなった。
それでも彼らも谷口さんも、東京に拠点を移すつもりはありません。
「名古屋から全国、そして世界へ」。
それが彼らと谷口さんが、ともに見る夢だから。
「ありえへん」と言われ続けた夢だから。
単刀直入に、聞いてみました。
「どうすれば、信頼される大人になれますか」
谷口さんは少し困ったような顔をしながら、丁寧に答えてくれました。
「“一緒に夢をかなえようぜ”。
そんな思いを強く持つ大人がいることを、まず見せなあかんと思うています。
あとさきなしにゴールに向かって走る姿勢を、ぼくが最初に示す。
ビジネスなんかあと回し。
思いをきちんと伝えられれば、信頼のきずなも見えてくる。
不言実行あるのみです」
若い世代に大人の夢を押しつけない。
夢をかなえる手段にしない。
今はやりの「寄り添う」ではなく、同じ地平にともに立ち、ともに大地を踏み締める。
一歩も二歩も先を行く、大人としての気概を見せる。
昨年秋、かつて、プロのローラースケーターだった谷口さんは、ボイメンの主演映画のヒット祈願と武道館ライブのPRのため、東京−名古屋三百六十キロを、インラインスケートで走破した。
「夢はかなう。
かなわないのはすべて自分に原因がある。
そう思うと力がわいてくるんです」と、谷口さんは笑います。
大阪出身の谷口さんは、こんなことも言っています。
「ぼくの原点は、寛美さん」
藤山寛美。
松竹新喜劇を率いて関西から東京へ攻め上り、日本中を笑いに包んだ不世出の喜劇王。
笑わせて、ほろりとさせて、幕切れはハッピーエンドの人間模様。
「あんさんも、おきばりやす」と、元気をくれた。
小学二年の谷口少年も「こんなおもろい大人になりたいなあ」と憧れた。
◆おもしろい大人になる
そうだ。
信頼できる大人の不在を嘆くくらいなら、自分自身がそんな大人になればいい。
ボイメンを創る人にはなれずとも、次の世代に伝えていきたいものが、誰にでも一つや二つはあるはずです。
“昭和の不言実行”が、“平成の子どもたち”にも、おしなべて通用するかどうかはさて置いて、とりあえず“私自身”の思いをのせて、こいのぼりを揚げてみよう。
五月の風に泳いでみよう。