2017年05月13日

「共謀罪は廃案に…」特高に半殺しにされた被害者の訴え

「共謀罪は廃案に…」
特高に半殺しにされた
被害者の訴え
2017年5月12日 日刊ゲンダイ

与党が強行採決を視野に成立をもくろむ「共謀罪」は「平成の治安維持法」と呼ばれる。
多くの国民は治安維持法について歴史書で学んだことはあっても、どれほど人権を無視したヒドイ法律だったのか実感がわかないだろう。
だが、かつて特高(特別高等警察)に治安維持法違反で逮捕され、激しい拷問と人権侵害を受けた人物がいる。
今年8月に103歳を迎える杉浦正男氏=船橋市=だ。
「共謀罪は治安維持法と同じ。絶対に成立させてはならない」と訴える杉浦氏にあらためて聞いた。

――いつ、どのような状況で逮捕されたのですか
 1942年11月の夜、都内の家で妻と夕食を食べていると、突然、神奈川県警察部の2人の特高がやってきて、「聞きたいことがある」と外に連れ出されました。
不安な表情で私を見つめる妻らに対し、特高は「なあに、すぐに帰れますから」と穏やかな表情で語っていたのですが、警察の建物内に入った途端、態度が一変しました。

道場に連れて行かれ、「今、戦地では兵隊さんが命懸けで戦っているのに、貴様ら共産主義活動をしやがって。
国賊め。
貴様らを叩き殺したっていいことになっているんだ」と5人の特高から竹刀でメッタ打ちされました。
髪を掴まれて引きずり回され、半殺し状態です。
この体験は今も忘れません。

――どんな活動が治安維持法に
触れるとされたのでしょうか。
 当時は第2次世界大戦が始まったころで、日本の支配階級は国民を戦争に動員するため、大政翼賛会や(労使一体の官製労組である)産業報国会をつくる一方、既存の労働組合を強制的に解散させていました。
私は当時、中小印刷業の労働者でつくる親睦団体「出版工クラブ」で活動していたのですが、当局はクラブを解散しないと幹部を逮捕すると脅してきました。
しかし、解散しなかったために目を付けられたのです。

――治安維持法と共謀罪の
    共通点はどこでしょうか。
 当局が都合が悪いと判断すれば市民弾圧が容易に可能になることです。
治安維持法は大学への弾圧から始まり、労働運動、文化・芸能活動へと対象が広がりました。
支配層にとって際限なく権限を拡大し、弾圧する武器になるのです。
しかも再犯させないため、との理由で刑を終えた人を再び獄中に閉じ込めた。
そうやって民主的な運動は徹底的に抑え込まれ苦しめられました。
あの悲惨な状況を繰り返してはなりません。

――共謀罪が成立すると、どうなると思いますか。
 法律ができると、それを実行する機関がつくられる。
治安維持法でも、法律に触れるか触れないかを判断するのが捜査当局になり、彼らは市民監視を強めました。
共謀罪が成立すれば、かつての特高に当たる組織がつくられ、法律違反かどうかを(恣意的に)判断することになるでしょう。
また、共謀罪の規定には「実行に着手する前に自首した者は、その刑を軽減し、又は減免する」とあります。
治安維持法にも同様の規定があり、国民同士が監視、密告するようになりました。
社会全体が物言えぬ萎縮した雰囲気になったのです。

多くの国民は共謀罪の本質をよく知らないでしょうが、何としてもこの悪法を廃案に追い込まなければなりません。
これは治安維持法の犠牲者であった私の心からの願いです。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする