週のはじめに考える
予知できずとも減災を
2017年10月1日 東京新聞「社説」
「地震を予知したら警戒宣言を出す」という虚構がなくなります。
しかし、南海トラフ巨大地震は必ず起きます。
自らの命は自ら守る心構えが大事です。
東海地震はかつて「明日起きても不思議ではない」と言われました。
予知を前提に一九七八年、大規模地震対策特別措置法(大震法)が施行されました。
予知ができれば、対処の仕方もあります。
警戒宣言が出たら安全な場所に避難すればよいのです。
大震法は警戒宣言が出たら、新幹線、高速道路を止め、学校や銀行などを休みにすると定めています。
◆南海トラフ巨大地震
当時は中国で海城地震(七五年)の予知に成功。
米地震学者ショルツが地震の準備段階から発生までを統一的に説明した「ショルツ理論」も登場していました。
前兆を捉えられれば、予知もできると考えられたのです。
観測網が充実すると、前兆らしきものが見えても地震が起きないなど、科学者が考えていた以上に地震は複雑な現象だということが分かってきました。
先週、予知はできないことを前提に、新たな対策を検討することが決まりました。
予知が無理となると、いつ起きてもよい備えが必要です。
想定する地震も変わりました。
四十年前は静岡県の駿河湾などを震源域とする東海地震でした。
現在、警戒が必要なのは、駿河湾から紀伊半島、四国沖を通って九州の近くまで震源域が延びる南海トラフ巨大地震です。
南海トラフ地震の想定震源域では四四年に昭和東南海地震、四六年に昭和南海地震が発生。
その時の空白域が東海地震の想定震源域でした。
もう、次の巨大地震が来てもおかしくないというのです。
発生確率は今後三十年で70%。死者は最悪で約三十二万人とされます。
二〇一三年に南海トラフ地震を対象とする特別措置法ができました。
◆安全な場所を選んで
気象庁は十一月一日から南海トラフ全域を対象に、前震や地殻変動などの異常現象を観測した場合は「南海トラフ地震に関連する情報」を発表する方針です。
情報が出たらどう行動すればよいのかは、これから検討されます。
危険度を数値化し、レベル1ならどうする、2ならどうする、といった具体的な行動例を示すことが望まれます。
私たちはどう備えるべきでしょうか。
参考になるのは過去の経験です。
東日本大震災では多くの人が津波で亡くなりました。
防潮堤も壊れました。
一方、高所に移転していた集落は無事でした。
昨年の熊本地震では、地盤による被害の差の大きさが明らかになりました。
安全な場所に住むことの重要性を示しています。
南海トラフ地震に備える高知市でこんな話を聞きました。
高知市は昭和南海地震で地盤沈下が起き、津波に襲われました。
そのとき水没した地域が今では住宅地になっています。
高知城に近く、便利のよい場所です。
ここにあるマンションに、そうした歴史を知らずに転勤族が引っ越してくるというのです。
住宅を新築する際や引っ越しのときには、防災面も考慮するようにしたいものです。
通学や通勤のルートも、一度、チェックしてはいかがでしょうか。
例えば、気象庁から「情報」が出たら海岸から遠いルートに変えるといった対策も取れます。
残念ながら、防災情報を手に入れるのは容易ではありません。
地震、洪水、液状化の危険度や、地盤の強度や標高といったデータは、個別には公開されているものもありますが、収集して総合的に判断するのはかなり難しい。
IT企業のリブセンスは、先週から不動産業者向けに東京都など一都三県で物件ごとに災害リスクを数値化し、提供するサービスを始めました。
地震や液状化、津波、洪水といった自然災害に対して、どの程度強いのかを数値化しています。見ると、同じ市区町村の中でも大きく違います。
不動産価格に影響を与える可能性があるので、自治体ではやりにくいのかもしれませんが、防災、減災には重要な情報です。
官民のどちらが主導するにしろ、全国に広がってほしいものです。
◆わがことだと考える
地震は本震だけではありません。
東日本大震災の後、静岡県や長野県などで大きな誘発地震がありました。
昭和東南海地震でも翌年、三河地震が起き、死者・行方不明者約二千三百人の大災害となりました。
南海トラフ地震が起きたら、被災地から遠くても警戒する必要があります。
いや、発生前から地震が増えるという見方もあります。
どこに住んでいても、大地震は人ごとではなく、わがこととして考えたいものです。