2017年12月01日

「忖度を要求する人」から身を守る正しい方法

「忖度疲れ」で
追い詰められる人の精神構造
「忖度を要求する人」から
身を守る正しい方法
2017年11月30日 東洋経済

片田 珠美 : 精神科医

「森友・加計」問題を契機にして、忖度(そんたく)という言葉が度々メディアで取り上げられましたが、精神科医の片田珠美氏によると、忖度しすぎてストレスをため、心身に不調を来す人が増えているといいます。
『忖度社会ニッポン』を刊行した片田氏が、「忖度疲れ」にならないためにはどうすればいいのか解説します。
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忖度とは、何も言われなくても、相手の意向を推し量り、先回りして満たそうとすることだが、筆者の外来に通院している患者の中には、忖度に時間とエネルギーを費やしすぎて疲れ果てた方が少なくない。

いわば「忖度疲れ」に陥り、心身に不調を来したわけで、こういう方は、「波風を立てたくない」「気に入られたい」「嫌われたくない」という願望が人一倍強い。
そのため、他人の評価や評判に過敏で、相手が何を望んでいるのかをつねに気にせずにはいられない。
こうした現状を目の当たりにして、忖度は日本人の精神構造と密接に結びついた宿痾(しゅくあ)だと感じた。

そこで、忖度しすぎてストレスをためないため、つまり「忖度疲れ」にならないためにはどうすればいいのか解説したい。
忖度はなくならない 最初に強調しておきたいのは、忖度は日本社会から決してなくならないということである
というのも、忖度は通常は配慮、気配り、思いやりなどとして認識されており、それが自然にできる人は「気が利く」と評価されることが多いからだ。

その背景には、日本社会において「察する」ことが伝統的に重視されてきたことがある。
つまり、「言わなくてもわかる」以心伝心の間柄が望ましいとされてきたわけだ。
裏返せば、腹の探り合いによってコミュニケーションを図ってきたともいえる。

このような社会で欧米と比較して言語が軽視されるのは当然だろう。
いや、むしろ言葉でいちいち伝えるのはやぼという風潮さえあったように見える。

歴史学者の会田雄次は『日本人の意識構造』(講談社現代新書)の中で「言葉(ロゴス)の否定という点、ないしは相互理解のためには、論理的な言葉は重要でないし、むしろ邪魔だという気持ちこそ、実は日本人には生得的なものではないか」と述べているが、筆者も同感だ。

この「言葉の否定」が、「空気」の支配を許す一因になっているのは確かである。
コミュニケーションにおいて論理的な言葉が重視されず、「空気」に支配されやすい社会で、忖度がなくなることはありえない。

踏まえておきたい3つのこと
「忖度疲れ」にならないためには、それを踏まえたうえで、次の3つを実行することが必要だ。

1)まず気づく
2)観察と分析
3)あやふやなままにせず明確にする
それぞれについて解説しよう。

1)まず気づく
日本のサラリーマン社会には忖度のネットワークが張り巡らされていて、忖度のクモの糸からなかなか逃れられない。
問題は、それに気づかず、知らず知らずのうちに忖度してしまう方が少なくないことだ。
「忖度疲れ」に陥り、不眠や気分の落ち込みなどの症状を訴えて筆者の外来を受診した方の多くも、忖度するのが当たり前になっていて、忖度がはらむ問題に全然気づいていなかったからこそ、手痛いしっぺ返しを食らい、心身に不調を来したように見える。

必要なのはその状況に気づいて自覚すること。
何よりも困るのは、忖度がはらむさまざまな問題に気づかぬまま長年過ごしているうちに、手遅れになったり、一気に問題が噴出したりすることだ。

このように、はっきりした自覚症状がなく、危険を自覚しないまま放置しているうちにどんどん進行し、ある日突然命にかかわる状態になって初めて重大性に気づく病気を「サイレントキラー(沈黙の殺人者)」と呼ぶ。
代表的な病気が高血圧で、放っておくと脳卒中や心筋梗塞などを発症し、生命の危機を招きかねない。
厄介なことに、「忖度疲れ」は「サイレントキラー」になりうる。
伝統的に「世間」を気にし、「空気」に流されやすい日本人は、半ば反射的に忖度してしまい、「忖度疲れ」に陥りやすいが、そのことに気づいていない方がほとんどだ。
それをまず自覚すべきである。

2)観察と分析
あなたをがんじがらめにしている忖度のクモの糸を解きほぐし、場合によっては断ち切るのに必要なのは観察と分析だ。
まず、一歩引いて、なぜあなたは忖度するのかを見極めなければならない。

その際、自らに次の質問を投げかけてみるといい。
@ 何を失うことを恐れているのか?
A どんな見返りを期待しているのか?
B 誰に認められたいのか?

この3つの質問に対する答えをじっくり考えて、自分自身が忖度する理由を分析しよう。
たとえば、あなたが会社員で、つねに上司の意向を気にかけており、上司の希望を察したら、それを満たすべく最大限の努力をしている場合。
あなたのやっていることはまさに忖度であり、3つの質問を自分自身に投げかけることによって分析するのだ。

まず、失うことを恐れているのは、やはり現在の安定した生活、そして上司からの評価のはずだ。
次に、見返りとして期待しているのは、昇進や昇給だろう。
さらに、上司に認められたいという承認欲求が強いからこそ、忖度する。

このように自分が忖度する理由を分析することによって、さめた目で自分自身を眺められる。
その際、
「自分が失うことを恐れている評価は、それがなければ生きていけないほど大切なものなのか」
「忖度すれば実際に見返りが得られるのか」
「忖度すれば本当に認めてもらえるのか」などと、少々意地悪な質問を自分自身に投げかけるべきだ。

最終的には「忖度することは、自分が生きていくうえで必要不可欠なのか」と自問することをお勧めする。
その結果、自分が失いたくないものを守るためにある程度の忖度はやむをえないと思えば、忖度を続けていくしかない。

ただ、あくまでもさめた目で、忖度がもたらすメリットとデメリットをはかりにかけながらである。
忖度したら、報われる?
逆に、自分が失うことを恐れていたものは、それがなければ生きていけないほど大切なわけではなかったとか、忖度しても必ずしも報われるわけではないと気づいたら、しばらく忖度をやめてみることをお勧めする。

忖度するのが当たり前になっていた方は、全然忖度しなかったら、人間関係がぎくしゃくするのではないかと危惧なさるかもしれない。
しかし、実際には、必ずしもそうなるわけではない。
むしろ、忖度のクモの糸から解き放たれて、余計な気苦労をせずに済むはずだ。

3)あやふやなままにせず明確にする
日本社会で忖度がはびこるのは、「空気」に支配されやすいからであり、先述したとおり、その一因に「言語の否定」がある。
とすれば忖度の弊害を減らすには、できるだけ言葉にして伝えるしかないということになる。つまり「言わなくてもわかる」という思い込みを捨てることが必要だ。

これは、自分の身を守るうえでも大切なことである。
というのも、狡猾な人ほど、自分の要求をはっきり言わずに、欲しいものを手に入れようとするからだ。
それとなくほのめかしはするものの、何を望んでいるのかは決して明確にしない。
他人に因縁をつけて金銭を要求する悪人が、「カネをくれ」などとは決して言わず、「誠意を見せろ」と脅すのと同じである。

こういう場合は、たとえ何を要求しているのかうすうす察しがついていても、しらばっくれるのが1番だ。
だから、わからないふりをする、
もしくは「誠意とはどういうことでしょうか?」「どんなふうに誠意を見せればいいのでしょうか?」などと尋ねることをお勧めする。
向こうはいら立って暴言を吐くかもしれないが、そこで恐れをなして、中途半端に忖度などしてはいけない。

あくまでも「言葉ではっきりおっしゃってください」という態度を貫くべきである。
同様の態度を、言葉ではっきり伝えずに仕事を押し付けて責任転嫁しようとする同僚に対しても示すほうがいい。
たとえば、同僚が、本来自分が作成すべき書類を、黙って、あなたの机の上に置いているような場合である。
あなたが引き受ける筋合いのない仕事ならば、無視して差し支えない。
もっとも、狡猾な人ほど、罪悪感をかき立てて責任を押し付けるようなことを平気でする。
「お互いに助け合わなければならない」という一般論を持ち出したり、「協調性がない」とあなたを責めたりして、何とか仕事を押し付けようとするかもしれない。
このような手口に乗せられてはいけない。

「どういう理由で、あなたの仕事を私が代わりにやらなければならないのですか?」
「なぜ、あなたがこの仕事をしないのですか?」などと質問して、仕事を押し付けようとした理由を明確にしておくほうがいい。

気まずい思いをしたくないから、あるいは波風を立てるのが嫌だからということで、同僚の気持ちを忖度して1度でも引き受けてしまうと、その後もずっと押し付けられかねない。
そうなれば、向こうの思うつぼである。
こうした事態を避けるためにも、最初に明確にしておかなければならない。

向こうの説明があいまいだったら、さらに尋ねて、決してあやふやなままにせず、明確にするのだというこちらの意思を示しておくべきだ。
そうすれば、手強い奴と思われて、敬遠されるだろうから、余計なことを押し付けられずに済む。

「空気が読めない」ことを逆手に取る
このようにできるだけ言葉で明確にすることを続けていると、「空気が読めない」と中傷されるかもしれない。
しかし忖度は日本社会の宿痾であり、その最大の原因が「空気」の支配である以上、「空気が読めない」ことを逆手に取ったほうが生きやすい場合もある。
「空気が読めない」人は、当然「空気」に支配されることもないのだから。

もちろん、「空気」をある程度読むことは、組織の中で生き延びるために必要だろう。
ただ、その「空気」を何となくおかしいと感じるセンサーの感度が低下しないように気をつけなければならない。
そして、何となくおかしいと感じたら、あえて忖度しない勇気、時には水を差す勇気を持ちたいものである。
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2017年12月02日

江川紹子が語る“人質司法”とは

籠池夫妻の長期勾留は異例なのか?
森友問題幕引きを狙う安倍政権と、
監視すべき「人質司法」の実態
2017.11.28 Business Journal

文=江川紹子/ジャーナリスト

 学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐって指摘されている問題のなかでもっとも深刻なのは、財務省が文書を廃棄して8億2000万円もの値引きをした経緯や根拠を検証不能にし、説明責任を果たさずにきたことだ。

公表された会計検査院の検査結果でも、森友学園とのやりとりや支払等に関する責任の所在、ごみの撤去・処分にかかる費用の単価などを示す行政文書がなく、「会計経理の妥当性について検証を十分に行えない状況」だったと指摘されている。

文書がないために、会計検査院の検査が適切に行えないという事態はとんでもない。

だんまりを決め込む関係者たち
 会計検査院には捜査権限がないため、「文書はありません」と言われれば、強制的に捜索・差押えをするわけにはいかず引き下がらざるを得ない。
ならば、独自にごみの量と処理費用を調べて算定すべきだったのではないか。
しかし、なぜかそこまでの調査はせず、「値引き額の算定方法には十分な根拠が確認できない」と指摘するにとどめた。
この大幅値引きが国にどれほどの損害を与えたのかは明記されず、責任の所在も判然としない。  

麻生太郎財務相は、「会計検査院の検査結果を重く受け止めなければならない」とし、国有財産の管理処分についての手続きを明確化するなど改善を約束したが、森友問題についての謝罪はなく、財務省として再検証も拒否した。
この強気の態度には釈然としない。

 この問題では、財務省の理財局長だった佐川宣寿・現国税庁長官の国会での答弁が疑問視されている。
佐川氏は「価格を提示したことも、先方からいくらで買いたいと希望があったこともない」と答弁。
しかし、籠池泰典前理事長と妻の諄子氏が国との交渉時に録っていた音声が明らかになっている。
ごみを理由に損害賠償訴訟を起こす可能性をちらつかせ、「0円に近いかたちで」と迫る籠池氏側に対して、近畿財務局側は国が支払った汚染土の除去費の立て替え金約1億3200万円を下回ることはできないと答えている。

 虚偽答弁が疑われる佐川氏は、国税庁長官に就任してから一度も記者会見を開かず、だんまりを決め込んでいる。
籠池夫妻と財務省の橋渡し役となったのではないかとみられる安倍昭恵・首相夫人も、選挙運動や講演活動などは精力的に続けているようだが、国会への招致はおろか記者会見での説明さえ行わないままだ。
昭恵氏の秘書役を務めていた官僚も、沈黙を守ったまま海外勤務に異動となった。

 一方の籠池夫妻も、7月31日に逮捕されて以来、弁護人以外との面会や手紙のやり取りを禁じる接見禁止処分がついていて、なんらの発信もできない状態が続いている。

 会計検査院の検査結果を受けても当事者たちは誰も語ろうとせず、あるいは語ることができない。
こうした状況では、国会での野党の追及も、政府にとっては「恐るるに足らず」なのだろう。

籠池夫妻の勾留は
“人質司法の平常運転”
 日本の官庁にとって、戦後は、自分たちに都合の悪い文書を焼き捨てるところから始まった。残しておくと、戦争犯罪に問われるなど責任を追及されそうな文書を廃棄することで、身の安泰を図ったのだ。
 今回も、行政文書の廃棄と関係者が口をつぐむことによって、なぜ、どのようにして大幅値引きが行われたのかは明らかにされそうにない。
こうして、またも“捨てたもん勝ち”という悪しき事例を積み重ねることになる。
 しかし、本当にそれでいいのか。

 加計学園の獣医学部新設や自衛隊の南スーダンPKO日報問題をめぐっても、公文書の保存・保管・開示のあり方が問題になった。
政府は、今国会で森友・加計問題は幕引きとしたいようだが、せめて一連の事件を教訓に、行政文書管理ガイドラインの見直しに加え、公文書が「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」(公文書管理法第1条)たり得るような法改正を行い、再発防止を図ってもらいたい。

 この問題をめぐっては、市民団体が佐川・前理財局長や交渉に当たった財務省職員を背任罪などで告発している。
大阪地検特捜部が捜査を担当するが、近畿財務局などの家宅捜索を行ったとか、財務省のコンピュータを押さえてデータの復元作業を実施したという報もなく、どの程度の捜査が行われているのかわからない。

 籠池夫妻に対しては、家宅捜索を行う数日前にマスコミを通じて「詐欺容疑で学園側の強制捜査に乗り出す方針を固めた」という大々的な前触れを行い、各メディアが待ち構えているところに捜査陣が乗り込んでテレビ向けの“絵”をつくった大阪地検特捜部だが、財務省関連の捜査はその時とは打って変わって密行性を保っている。

 国の損害額を明らかにしなかった会計検査院の検査結果を受けて、早くも検察OBらが「背任罪成立のハードルが高まった」など、「立件せず」の予告を打ち始めており、検察の捜査によって真相解明が行われる期待はあまり持てそうにない。
不起訴処分にした場合は、告発人が検察審査会に申し立てる道が残されているものの、検察としては、籠池夫妻が補助金を不正に受け取ったとして詐欺罪で起訴した件だけで幕引きとするつもりではないか。

 その籠池夫妻は、9月11日に追起訴された後も、勾留と接見禁止が続いている。
弁護人が保釈を請求したが、却下された。
これについて、ネット上では異論が飛び交った。

 たとえば、落語家の立川談四楼さんは、こんなツイートをしている。
〈「籠池夫妻の保釈請求を大阪地裁が却下」って、そんなべらぼうな話があるもんか。
すでに4カ月も勾留され、家族にも会えないんだぜ。
黙秘権の行使がそんなにいけないのか。
逃亡、罪証隠滅の恐れ?そんなものあの夫婦にあるもんか。
そうか、喋られちゃまずいことがあるんだ。
やっぱりこれは報復なんだ。〉

 もっとストレートに、「籠池氏がまだ保釈されないのも総理の気持ちを考えた裁判所の忖度なのかな」
「あり得ない。司法まで安倍に忖度?? おかしすぎる」
「へたに出てきてもらっては、アベ首相が困るからだろう」などいった書き込みも多く、裁判所に対する不信感や不満がツイッターにあふれていた。
 心情は理解できるが、こうした批判は問題の突きどころがずれていると言わざるを得ない。

今回のような司法の対応は、本件に限らず、実はいつものことだからだ。
裁判所としては、安倍首相がからんでいるから特別な計らいをしたわけではなく、普段通りに対応しただけだろう。
その普段の対応に、問題が潜んでいる。

 刑事事件の経験が豊富な山口貴士弁護士も、こんなツイートで的外れな批判をいさめた。
「裁判所が安倍夫妻の気持ちを忖度したのではなく、悲しむべきことに、人質司法の平常運転に過ぎません」

トンチンカンな非難は逆効果
 「人質司法」とは、自白しない被疑者を長く身柄拘束する、日本の司法の悪弊を言う。
早く自由の身になりたいあまりに、虚偽の自白をして冤罪を生むこともある。

 大阪地検特捜部の主任検事が証拠の改ざんまで行った郵便不正事件では、実際に障害者団体の証明書を偽造した者は、長期の身柄拘束を恐れ、検察の筋書き通りの供述調書作成に応じてしまい、村木厚子さん(当時は厚労省局長)が巻き込まれることになった。

しかも、検察の筋書きにそった「自白」をした者は、起訴されてすぐに保釈されたのに、否認している村木さん一人が長く勾留されることになった。
検察側が強行に反対したため、裁判所が保釈をなかなか認めなかったのだ。

 籠池夫妻は、容疑に関して黙秘をしていると報じられている。
自白していないうえに、夫婦が共犯ということで、保釈すれば口裏合わせをして「罪証隠滅のおそれがある」と、検察は猛烈に保釈に反対したことだろう。

 本当に罪証隠滅の可能性が高いと考えるなら、検察はマスコミに強制捜査着手の情報を流したり、任意の事情聴取初日に逮捕せず自宅に帰したりするようなことはしないはずだ。
それでも、ともかく検察がそのように主張すると、裁判官はそれに引きずられがちとなる。

 東京高裁裁判長時代に20件もの逆転無罪判決を出すなど、慎重な事実認定と公正な量刑で定評があった元裁判官の原田國男弁護士に、人質司法について尋ねたことがある。
原田氏は、検察側の主張に引きずられる裁判官心理を、次のように説明した。

「人質司法という問題の中心は、否認した時の『罪証隠滅のおそれ』なんですよ。
裁判官も、否認すれば『罪証隠滅のおそれ』があるんだろうな、と考えてしまう」
「法律論としては、『罪証隠滅のおそれ』は抽象的なものではいけない。
具体的な罪証隠滅のおそれでないといけないんですよ。
でも、さて具体的にって言われても、なかなか難しい」
「(検察側が裁判官に提出する疎明資料の中に)なんか怪しいと思えることが書かれていると、具体的な『おそれ』まで行ってなくても、裁判官は『罪証隠滅やりそう』って考えがち。
あくまで『おそれ』でいいわけだし、もし罪証隠滅されたら事件つぶしちゃうことになるから。自分の判断で事件つぶしちゃうのは困るから、身柄はとっておいて、決着は判決でつけよう、という判断になりやすいんだ」

 しかし、「とっておかれる身柄」の方にも、人生がある。
判決で無罪になったとしても、拘束された時間は戻ってこない。
有罪で実刑になるにしても、保釈期間中に身辺整理や社会復帰の準備ができれば、人生のやり直しもしやすいだろうし、事件によって迷惑をかけた人たちへの対応もできるだろう。
 批判をするなら、そのような時間を奪う身柄拘束についての裁判官の感覚や姿勢に対して向けられるべきで、トンチンカンな非難はかえって逆効果ではないか。

司法に適切な監視の目を
 一方、適切な批判はそれなりに効果を生むこともある。
人質司法の弊害が叫ばれるようになって久しいが、ようやく裁判官の姿勢にも徐々に変化が見えてきた。
 司法統計年報によると、検察官が被疑者・被告人の勾留を求めたのに裁判官が却下した比率(勾留却下率)は、平成17(2001)年にはわずか0.45%だったのに、徐々に上がって昨年は3.86%となった。

 ただし、令状担当の裁判官の意識には相当のばらつきがあるのか、こうした数字にはかなり地域差がありそうだ。
昨年10月31日の産経新聞電子版によると、勾留却下率は、東京では平成17(2001)年の1.33%から平成27(2015)には8.57%へと上がったのに、大阪は0.13%から2.06%の伸びにとどまっている。

起訴後に保釈を許可される被告人の割合(保釈率)も、一時期に比べ増えている。
平成の初め頃には2割程度だったものが、一時期10%台に落ち込み、平成15(2003)年には11.74%まで下がった。
それが、平成23(2011)年に20%台に回復し、昨年は30.33%まで上がった。

 その一方で、長期に勾留される人は増えている。
勾留された人のうち、その期間が6カ月を超える者の割合(長期勾留率)は、平成19(2007)年には5.92%だったが、昨年は7.67%になっている。
ちなみに、大阪地裁は長期勾留率も、8.80%と全国平均より高い。

 無罪を主張したり、争点が多岐に亘ったりする事件では、公判前整理手続に時間を要し、公判が始まらないまま、被告人の身柄拘束だけが長々と続くことになる。
被告人にとっては、裁判が始まる前に、すでに刑罰を受けているに等しい。

 籠池夫妻の事件は、客観的な証拠は検察が押さえているうえ、起訴されている補助金詐欺で被害者とされているのは、いずれも国や大阪市などの行政だ。
夫妻が働き掛けて、被害事実を変更させることは不可能だろう。
あとは何人かの関係者との接触を禁じて、それなりの保釈金を積ませれば、具体的な「罪証隠滅のおそれ」はないに等しいのではないか。
捜査への黙秘とか、メディアへの露出とか、独特なキャラクターゆえに、長期の勾留が当たり前のようになってはならない。
 行政文書の保存・保管・開示の問題とは別に、司法の「平常運転」に対しても、市民の適切な監視の目を向けていきたい。

江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。
神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。
著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。
『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。

江川紹子ジャーナル
www.egawashoko.com、twitter:amneris84、Facebook:shokoeg

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2017年12月03日

横綱の品格とは何か 「美しい国」の国技の正体と偽善

横綱の品格とは何か
「美しい国」の
国技の正体と偽善
2017年12月2日 日刊ゲンダイ

マスコミ報道はリンチだ。
政治家に古典道徳の正直や清潔などという徳目を求めるのは、八百屋で魚をくれと言うのに等しい」
 1983年、ロッキード事件で田中角栄元総理に有罪判決が言い渡されたのを受け、当時の秦野章法相がこう言い放ったのは有名だが、引退した横綱日馬富士の暴行事件をめぐる騒動を見ていると何か共通するものを感じてしまう。

 暴行事件発覚以来、大新聞・テレビは連日、大騒ぎ。
朝から晩まで記者が相撲部屋に張り付き、日馬富士や貴乃花親方のほか、酒席に参加していたモンゴル人力士を執拗に追い回してマイクを向け、写真や映像を撮る。

ワイドショーでは、特別国会の衆参予算委で追及されたモリカケ疑惑よりも扱いが大きい。
日本相撲協会は12月20日に臨時理事会を開き、問題を調査している危機管理委員会の最終報告を受けた後、当事者や関係者の処分を決める方針だが、あと1カ月近くもこんなバカ騒ぎが続くのかと思うと、いい加減ウンザリだ。

もちろん日馬富士の暴行は大問題だ。
モンゴル人力士が勢ぞろいした酒席は本当に純粋な親睦会だったのか、それとも最初から貴ノ岩を狙った集団リンチだったのか、あるいは別の目的があったのか、いまだに真相は不明だ。

傷害事件の被疑者となった日馬富士の引退は当然だし、相撲協会が永久追放を決断しても不思議じゃない。
とはいえ、一連の大新聞・テレビの報道に違和感を覚える国民は少なくないだろう。
とりわけ首をヒネりたくなるのは、「横綱の品格」を声高に説いたり、「国技を守れ」「相撲道に精進しろ」と訴えたりするステレオタイプの論調が目立つことだ。

■プロレスと同じ「興行」の
相撲に品格を求めてどうするのか
 日本相撲協会がホームページに掲載している〈相撲の起源〉によると、
〈我が国の相撲の起源としては、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、宿禰・蹶速の天覧勝負の伝説があげられる〉
〈その年の農作物の収穫を占う祭りの儀式〉だったという。

おそらく、ここら辺の神話や伝説、儀式が、相撲がヘンに神事扱いされている理由のひとつになっているのだろうが、注目は〈歌舞伎と並んで一般庶民の娯楽として大きな要素をなすようになった〉という部分だ。
つまり、伝統芸能だ文化だと叫んだところで、相撲は庶民の娯楽。
現代では年6回開かれる「興行」であり、プロレスなどの「格闘技」と何ら変わらないのだ。  

しかし、横綱に品格を求める大新聞・テレビがプロレスラーの品格問題を取り上げたなんて話は聞いたことがないし、今でも「元気ですかー?」と叫びながら、一般市民の頬を思い切りビンタする元プロレスラーのアントニオ猪木参院議員の品格を問題視する報道もない。
要するにプロレスラーと同じ「興行師」である力士にモラルを求めたところで意味はないのだ。  

ましてや、平均年収30万〜40万円といわれるモンゴルから一獲千金を求めて来日したモンゴル人力士は「品格うんぬんよりも番付を一枚でも上げてカネを稼ぎたい」のが本音だろう。

今回の事件だって、暴行現場に白鵬、鶴竜の両横綱が同席していたが、日馬富士の愚行を制止できなかった。
日馬富士だけじゃなく、そろって品格なんてサラサラ頭になかったのだ。
しかも、白鵬は九州場所千秋楽の優勝インタビューの際、笑顔で観客に万歳三唱を促し、日馬富士を「土俵に上げたい」とまで言い切っていた。

警察から“実行犯”の日馬富士に匹敵する7時間半もの長時間の事情聴取を受けたにもかかわらず、今も反省しているとは思えない。
 それどころか「鉄の結束」で結ばれた同郷力士を引退に追い込んだ貴乃花を許さぬ――とばかり、3日から始まる冬巡業も「貴乃花親方のもとでは参加できない」と敵意ムキ出しだ。

大新聞・テレビは「前人未到の40度目V」などと「日下開山」のごとく取り上げたが、この姿が化けの皮が剥がれた白鵬の実相。
大マスコミも相撲協会もバカの一つ覚えのように品格を唱えているが、これが現実なのだ。

スポーツライターの工藤健策氏がこう言う。
「一連の騒動ははっきり言ってお笑いです。
今は、協会も相撲部屋もカネ、カネ。
そのための手段として強い力士が欠かせず、かといって日本人を育てている時間もないから、手っ取り早く身体能力に優れたモンゴル人力士を日本に連れてきているわけです。
相撲の歴史や伝統、品格など後回し。
とにかく勝ってくれればいいわけで、そうでありながら、いざ問題が起きると『品格』と言い出すから呆れる。
カネのためにモンゴル人力士におんぶにだっこしてきた協会がよくもまあ、品格を言えたもの。偽善ですよ」

相撲界の「高潔性」や
「ガバナンス」を本気で
   信じている国民はいない
「スポーツ界の高潔性が向上するようにわれわれも動いているが、少し後退してしまった」(鈴木大地スポーツ庁長官)
「相撲協会のガバナンスがどうなのかを注視している」(梶山弘志内閣府特命担当相)
 暴行事件について閣僚から発言が相次ぎ、相撲協会は今回の問題を「運営に重大な影響を与えるリスク」と位置付けた。

そして「信用の危機に適切かつ速やかに対応できるよう、協会員すべてが結束して調査に協力することが必要」――と決議した。
ビール瓶だったのか、リモコンだったのかはともかく、凶器を使って他の部屋の力士の頭をカチ割るような横綱を推挙した横綱審議委員会の責任はどうなのか。
相撲協会のトップである八角理事長は進退問題に発展しないのか。
いい加減な相撲界の「高潔性」や「ガバナンス」を本気で信じている国民がいるのか疑問だが、そういう意味では“孤高の大横綱”と持ち上げられている貴乃花の言動もまた、うさんくささを感じざるを得ない。

■貴乃花は宗教に近い
思い込みを正義と勘違い

〈日本国体を担う相撲道の精神、相撲道の精神とは、角道と言います。
角べる道と書きます。
私どもが相撲協会教習所に入りますと、陛下が書かれた角道の精華という訓があります。
これを見て、いちばん最初に学びます。
この角道の精華に嘘つくことなく、本気で向き合って担っていける大相撲を(略)貴乃花部屋は叩かれようが、蔑まれようが、どんな時であれども、土俵に這い上がれる力士を育ててまいります〉

 九州場所千秋楽の打ち上げパーティーで、こう挨拶する姿が民放番組で報じられた貴乃花。
相撲部屋を預かる親方としての強い責任感はヒシヒシと伝わってきたが、それにしても単なる興行に「日本国体を担う相撲道の精神」なんて大袈裟過ぎるだろう。

 東工大の中島岳志教授は貴乃花のこの「国体」発言について、ツイッターで
〈貴乃花親方の一連の行動に、どうしても1930年代の青年将校のような「危うい純心」を感じてしまう。
「国体」に依拠した大相撲協会の「改造」が行動の目的なのだとしたら、危うい〉
貴乃花親方が協会内で孤立し、貴乃花部屋がカルト的結社化するようなことになれば大変だ〉と懸念を示したのもムリはない。

現役時代に整体師による洗脳騒動があった貴乃花だけに、相撲協会との対立が深まるほど、メディア取材を避けるほど、その危うさや異様さが際立ってしまうのだ。
スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏がこう言う。
「貴乃花親方の言う『相撲道』って一体何でしょうか。
中身が全く分かりません。
宗教に近い自分勝手な思い込みや浅薄な考えを正義だと勘違いしているのではないか。
自身もモンゴル人力士をスカウトしたように、今の協会運営がどれほどモンゴル人力士に支えられているかを全く理解していないのではないか。
モンゴル人力士同士は付き合うな、なんて発想が幼稚過ぎます。
このままだと、モンゴル人力士の怒りが貴ノ岩に向かって本人が孤立しかねません」

 つい、この間まで「ちょんまげ」を結っていた力士が引退した途端、スーツにネクタイ姿で「品格」や「相撲道」を言い出す。
「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」ではないが、協会も大新聞・テレビも視点が時代遅れだ。
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2017年12月04日

キレる人、キレられる人=室井佑月

女は死なない 第14回 室井佑月
キレる人、キレられる人
2017年12月1日 毎日新聞

 週末は愛媛県の松山市で過ごす。
月曜は南海放送のラジオに出る日。
昨日はその日だったので、のんびり昼食を取って、はり治療院ではりを打ってもらい、その足で南海放送に向かった。
 一緒に番組に出ているアナウンサーの女性が、慌てた様子であたしに近づいてきた。
「大丈夫でした? 暴走車が出たんですよ。
室井さん、月曜のこの時間帯は、お堀のまわりや、大街道を散歩してたりするでしょ?」

 なんのことかわからなかった。
番組がはじまり、彼女が最新ニュースを読み上げて、ようやくわかった。
 事故を起こした車が、警察と派手なカーチェイスを繰り広げたらしい。
そして、車が暴走した場所は、あたしがよくうろついている場所。
 お城のまわりの白鳥や亀がいるお堀、少しレトロな商店がつらなる大街道。
車を暴走させるような場所じゃない。
のんびりした松山の、さらにのんびりした空間といった感じだ。

 犯人は41歳。後部座席に母親を乗せたまま暴走していたみたいだ。
 翌日、全国ニュースで取り上げられ、改めてわかったこともあった。
犯人は、アルコールもドラッグもやっていなかったという。
親の面倒をよくみる、真面目で良い子だったと、犯人の家の近所の女性がテレビで語っていた。  

真面目な良い子が、なぜ突然キレたんだ?
 警察によると、「ストレスがたまり、自暴自棄になり、無茶な運転をしました」そう供述したらしいが。  
 今年の6月も、東名高速道路で、ワゴン車に大型トラックがぶつかって、夫婦2人がお亡くなりになった。
この事故は執拗な嫌がらせをするもう一台の車が絡んでいた。
嫌がらせをする男は、高速道路で夫婦の乗っていた車を止めるように仕向け、怒鳴り散らして夫婦を車の外に出した。
そこに後ろからきたトラックが突っ込んでしまった。

 最近のニュースはこんなのばかりだ。
札幌では弁護士ともあろう人物が、タクシー運転手にキレていたっけ。
国民の模範とならねばいけない政治家も、秘書を怒鳴り散らし殴っていた。
 日本中、キレる大人が増幅している。
なぜ、こうなる?

 少し前、4月の『DIAMOND online』に『キレる中高年、精神科医が指摘する哀しき理由』という、フリーライターの光浦晋三さんが書かれた良記事が載っていた。
そこで、医療法人社団榎本会榎本クリニック池袋の、山下悠毅院長のブログが抜粋されていた。  

山下院長によれば、「怒りは二次感情である」そうで、
「人の心の中には“不安を溜めるバケツ”があり、私たちが日常の中で感じている様々な不安はそのバケツに溜まっていきます(睡眠不足とか、将来の不安とかね)。
そして、それがいっぱいになったところに別の不安が生じると、ついにはそのバケツから溢れ出し、それが「怒り」という二次感情となって出現するのです」ということみたいだ 。 

そこでライターの光浦さんは、キレるということに対し、こうまとめている。
「つまり、直前に起きた出来事だけでキレるのではなく、むしろ問題の本質は、日常的にその人の心のバケツが不安で満たされてしまっていることにあるのだ」と。

不安の強い人は、無意識に『オレの日常の怒りをぶつけよう』とぶつけられる相手を探しているのだ」と。
 ってことは、八つ当たりのようなもの?
 八つ当たりで殺されたりしたら、たまらない。

 そうそう、自分がキレない大人になるには、自分の進むべき方向性を明確にし、目標を持つこと、とも書かれていた。
 あたし自身、20代、30代の頃は今よりもっとキレやすかった。
腹がたつことがあると、「はぁ?」と立ち上がっちゃっているみたいな。
それが今では、仲間内でも穏やかな代表だ。

 40代に入って、なにが変わったかと考えてみた。
仕事も生活も、先細りしながらも、安定したといえる。

飲む酒が山崎の18年から、ホワイトホースになった。
べつにそこにストレスは感じない。
酔えればいい。

 母親が亡くなったのも大きい。
分不相応な親孝行しようと、背伸びしていた。
あたしは母にいっつも誉められたかったのだ。

 息子の行く末が見えてきたってことも大きいか。
あと4年、大学費用を捻出するだけ。私立の医大に行きたいとか、音大に行きたいとかいいださなかったので、マンションを売り払わなくても済みそうだ。

 そうか! あたしはなぜキレなくなったか、はっきりといえる。
ある日、自分の所持金から、死ぬまでかかるだろう最低限の生活費を引いてみたのだ。
このまま細々と仕事をつづけていたら、イケる気がした。
 それからだ、あたしがキレなくなったのは。

 が、キレる人に対し、どうしていいのかはわからん。
ライターの光浦さんいわく、キレる人は怒りをぶつける対象を探しているみたいだから、ちょっとは怖そうな雰囲気を醸し出したほうがいいんだろうか。
 でも、これから細々と生きていこうと決意し、ラフな格好でお堀のまわりを散歩するのが趣味になったあたしは、弱そうにしか見えないだろう。

 キレそうな荒ぶる心を抱えた人と、穏やかでキレられる対象になりそうな者。
 前者の苦しさは毎日のことだし、心情的にキツそうだ。
やっぱあたしは、このまま後者でいくわ。

室井佑月 1970年、青森県生まれ。
雑誌モデル、銀座・高級クラブでのホステスなどを経て、1997年に「小説新潮」主催「読者による『性の小説』」に入選し、作家デビュー。
小説家、随筆家、タレントとして多岐にわたり活動している。
2000年に第一子となる男児を出産。
2016年には、一人息子の中学受験と子育てについて愛と葛藤の8年間を赤裸々に綴ったエッセー『息子ってヤツは』(毎日新聞出版)を上梓。
主な著書に『熱帯植物園』(新潮社)、『血い花』(集英社)、『子作り爆裂伝』(飛鳥新社)、『ママの神様』(講談社)などがある。
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2017年12月05日

白鵬が日馬富士暴行事件の主犯だった…「驕った横綱」、貴乃花親方追放を主導という蛮行

山田修「間違いだらけのビジネス戦略」
白鵬が日馬富士暴行事件の
主犯だった…「驕った横綱」、
貴乃花親方追放を
               主導という蛮行
2017.12.04 Business Journal

文=山田修
/ビジネス評論家、経営コンサルタント

11月30日に東京・両国国技館で開かれた日本相撲協会の定例理事会に横綱・白鵬(32)が呼び出され、厳重注意された。
11月26日の九州場所千秋楽、土俵横での優勝インタビューで観客に万歳三唱を促すなどした言動についてである。

 この言動は賛否両論を呼び、たとえばマツコ・デラックスは千秋楽の翌27日に放送された情報番組『5時に夢中!』(TOKYO MX)で、「あの場で適切だったかどうかは別にして」と前置きしたうえで、「(騒動を)あの場に持ち込まれるよりは、あっけらかんと万歳三唱してくれたほうが、少なくともあの場にいるお客さんに対してはすごいサービスだった気がする」と擁護した。
 こうした擁護論は、大相撲という伝統競技の性格、本質を無視したもので首肯できない。

大相撲は野球やプロレスとは違う
 スポーツイベントの終了直後に勝者が観客に対して勝ち誇る究極の例がプロレスだろう。
勝った選手はリング4隅のコーナー・ポストに駆け上がり、チャンピオン・ベルトを掲げたり手を挙げたりするポーズをして、観衆に勝利をアピールする。

加えてアメリカでは、マイク・アピールの巧拙が選手としての重要なセールス・ポイントとして評価される。
アメリカのプロレス団体で日本人選手がなかなかトップとして遇されることが少ないのは、彼らの英語力の不足によるところが大きい。
 また、勝者は退場の際に観客とハイタッチをすることが多い。
それはベビー・フェイスと呼ばれる「勝ち組」がすることが多く、ヒールと呼ばれる「悪役側」は逆に観客席に乱入することで顧客とコミュニケーションを図り、評価される。

 白鵬が行った万歳三唱の呼びかけは、こうしたプロレスのコミュニケーションに通じるものである。
それを許容してしまうと、大相撲をプロレスのほうに近づけていってしまうことになるのだ。  

優勝した力士が自分に対しての万歳を要請するというのは、「勝ち誇り」にほかならず、その誇示を許すと個々の取り組みの勝負でいえば、勝ったほうの力士がガッツポーズをしたり、喜びの声をあげるなどの行為につながる。
そうなれば、負けたほうは「さがり」を叩きつける、土俵周りの桶などの備品を蹴飛ばすなどして、その悔しい感情を発露させてしまうだろう。

 日本の大相撲というのは、それらの見苦しい感情を押し包むところに伝統美を涵養してきた。大相撲は、勝敗においても礼節を重視してきた。
勝った力士も負けた力士も感情を表すことなく、土俵の両端で再び対峙して一礼して終わる。

白鵬の万歳三唱の要請は、そんな伝統の流れを踏みにじるものであり、相撲協会での討議では「厳重注意」より一段重い「譴責(けんせき)」も検討されたと報じられる所以である。

アメリカ発祥のスポーツは
エンターテインメントの要素が強い
 アメリカ発祥で日本でも人気があるスポーツの代表が野球だろう。
野球選手の挙措を観察しても、大相撲の礼儀とはおよそ大きな違いがある。
 野球ではまず「声を出せ」である。
結果、草野球からプロ野球までベンチからの野次、相手チームや選手に対する罵詈雑言は聞くに堪えない。
そしてそれが賞賛されるので私は嫌悪感を感じる。

 特に高校野球で見られる、一塁コーチの大げさな「セーフ・アピール」である。
明らかにアウトの場面でも大きく手を広げてセーフだと主張する。
誤った判断を要請するこうした行為に、どういう教育効果があるのか私には理解できない。
合理主義、効率主義がはびこるアメリカ人が育てたスポーツは、勝敗至上主義、そしてプロとしての過剰なエンターテインメントが優先されている。

 大相撲は、アメリカ発祥のそんな浅薄な「スポーツ」ではない。
何百年の歴史で磨かれた様式美をふくむ「伝統芸能」、あるいは「神事」でさえあるのだ。
白鵬の万歳三唱を擁護したマツコ・デラックスは、そこを履き違えている。

日馬富士暴行事件で関与があったのか
 万歳三唱を要請する前に、白鵬は次のようにアピールした。
「場所後に真実を話し、膿を出し切って日馬富士関と貴ノ岩関を再び土俵に上げてあげたい」  

この呼びかけに対して観衆からは拍手もあったが、おかしな話だ。
白鵬はこの事件の現場で最高位の人物で、かつ殴打が起きたのは自分が貴ノ岩に説教を垂れていたその時なので、まさに当事者である。

加害者側の当事者にしてトップの人物なのだ。
また、「週刊文春」(文藝春秋/12月7日号)によれば、白鵬の目配せをきっかけに日馬富士の暴行が始まったとする証言もある。
 カラオケのリモコンで日馬富士が殴り始めたところで、初めて「モノで殴るのはやめろ」と、止めに入ったとも報じられている。
これは、モノを使わなければ殴ってもよい、オレのために鉄拳制裁を続けろ、ということになる。

実際、止めが入るまで貴ノ岩は10数発も殴打され続けたという。
人が10数発も殴られているのを止めに入らなかった、このグループは全体として加害者側というしかない。
 それを率いていたのが白鵬だ。
この構図はまるで不良グループがいて、兄貴分の合図で舎弟が新参者をボコボコにして、兄貴が「そのくらいにしておけ」となだめるように装ったのと同じだ。
横綱の品格などと言う前に、街のごろつきたちの所業と比べられてしまうのではないか。

 さらに、日馬富士の引退を受けて11月28日に八角理事長が行った「講話」の際、「貴乃花巡業部長を代えてほしい」などと発言したのが白鵬だったことが判明している。
事件の重要な当事者であり、責任を問われるべき人間が、それを警察沙汰にした人物を非難し追放しようとしている。
こんな不当、不合理なことが許されてよいのだろうか。

相撲協会は貴乃花親方と白鵬の、この暴力事件における立場を認識した上で、被害者側を擁護し加害者側を問責する動きを取ってほしい。
 競技者としての白鵬の実績、記録は比類ないものがある。
記録だけを見れば平成の大横綱、あるいは不世出の大記録をたたき出すかもしれない。
しかし、大相撲が体現してきた歴史と伝統を戴く最高位者としては、白鵬は近年私たちを幻滅し続けてきた。

 数年来の荒い取り組み、立ち会いの乱れ、勝負が付いた後の駄目押しなど、いやな記憶をたどれば切りがない。
とどめは九州場所11日目の、勝負が付いた後の数分間にわたる審判員への抗議だった。
大相撲では前代未聞の行動であり、見ていて恥ずかしさを覚えた大相撲ファンは私だけでなく、多くいた。
 大相撲の横綱の構成は現在不安定な状況になっている。
日馬富士が引退し、鶴竜も稀勢の里も4場所連続の休場で引退の危機にある。
競技的には一人横綱の責任を果たしているのが白鵬だ。
だからこそ、驕りが増長していると言っては言い過ぎか。

 しかし、大相撲が日本の伝統と歴史を体現している以上、それにそぐわないのなら、たとえ無横綱時代がしばらく来たとしても、そのほうがましだと考え始めた好事家も多いのではないか。

山田修(やまだ・おさむ)
ビジネス評論家、経営コンサルタント、MBA経営代表取締役。
20年以上にわたり外資4社及び日系2社で社長を歴任。
業態・規模にかかわらず、不調業績をすべて回復させ「企業再生経営者」と評される。
実践的な経営戦略の立案指導の第一人者。
「戦略策定道場」として定評がある「リーダーズブートキャンプ」の次の期が8月から開講。1949年生まれ。
学習院大学修士。
米国サンダーバードMBA、元同校准教授・日本同窓会長。
法政大学博士課程(経営学)。
国際経営戦略研究学会員。
著書に 『本当に使える戦略の立て方 5つのステップ』、『本当に使える経営戦略・使えない経営戦略』(共にぱる出版)、『あなたの会社は部長がつぶす!』(フォレスト出版)、『MBA社長の実践 「社会人勉強心得帖」』(プレジデント社)、『MBA社長の「ロジカル・マネジメント」-私の方法』(講談社)ほか多数。

ニュースサイトで読む:
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2017年12月06日

最高裁判決に不安の声 苦情急増NHK受信料“集金法”の変化

最高裁判決に不安の声
苦情急増NHK受信料
   “集金法”の変化
2017年12月5日 日刊ゲンダイ

 テレビを設置すれば、受信料支払い義務が生じるのは、憲法が保障する「契約の自由」に反する――そう主張して受信料を支払わない男性に対して、NHKが支払いを求めている訴訟。

6日、15人の裁判官全員が参加する最高裁大法廷で判決が下される。
「NHKの公共性を理由に合憲判断を示す可能性が高い」(法曹関係者)という。

 現在もNHKの受信料取り立ては、苦情が殺到している。
最高裁の合憲判決が加わればますますひどくなる――そんな不安の声が広がっている。
 4日の毎日新聞は、NHKの受信契約を巡り、全国の消費生活センターに寄せられた件数が昨年度8472件になり、過去10年間で4倍に急増したと報じた。

 一体、現場で何が起こっているのか。
NHK出身で葛飾区議の立花孝志氏が言う。
「NHKの地域スタッフによる集金から、外部業者へ委託し全国展開したのが10年前です。
苦情が増えたのはそこからです。
地域に根差したスタッフではどうしてもフレンドリーになってしまい、なめられていた。
業者委託後に、スタッフは2カ月おきにローテーションで担当エリアを替わるようになった。
スタッフに短期勝負を課すと同時に、交渉相手と“顔なじみ”にならないようにして、ドライな対応を可能にしたのです。
しかも、受信料制度など丁寧な説明はせず、法律を盾に契約を迫るのですから、苦情が増えるのは至極当然です」

 苦情急増の一方で、なるほどドライな集金は大きな“成果”を挙げている。
昨年末の世帯別受信料支払い率(全国平均)は、過去最高の78・2%となった。
 相談件数の急増について、NHKは「契約収納業務の法人委託化に伴い、新たに業務を開始する一部の法人事業者の社員の業務に関する知識が若干不足していることで、視聴者の皆さまからご意見をいただくことがあり、再発防止を図る」(広報局)と回答した。

 本当は「まごころ不足」じゃないのか。
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NHK受信料:制度は「合憲」 最高裁が初判断

NHK受信料
:制度は「合憲」
 最高裁が初判断
2017年12月06日 15時10分 毎日新聞

 NHKの受信料制度が憲法が保障する「契約の自由」に反するかどうかが争われた訴訟の上告審判決で、最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は6日、制度を「合憲」とする初判断を示した。
国民が公平に財源を負担してNHKを支える制度の合理性を司法が認めた形となる。

今後の公共放送のあり方を巡る議論や、約900万世帯に上る未契約者からの受信料徴収にも影響を与えそうだ。

 今回の裁判は2006年にテレビを設置した後、「偏った放送内容に不満がある」と受信契約を拒んでいた東京都内の60代男性を相手取り、NHKが契約締結や未払い分の支払いを求めて11年に提訴。
NHKはこれまで未契約者に対する同種訴訟を約300件起こしているが、最高裁が判決を出すのは今回が初めて。

 放送法64条は、テレビなどの放送受信設備を設置した世帯や事業所は「NHKと受信契約をしなければいけない」と規定する。
この規定を巡り、男性側は「罰則はなく、努力義務に過ぎない。契約を強制する規定だとすれば憲法に違反する」と主張。
NHK側は「放送法が定める『豊かで良い放送』をするために受信料制度は不可欠で、合理性や必要性がある」などと反論していた。

 1、2審は、契約は義務と認めた上で受信料制度は「公共の福祉に適合し必要性が認められる」と合憲判断。
男性に未払い分約20万円の支払いを命じた。
双方の上告を受け、最高裁は昨年11月、15人の裁判官全員で憲法判断や重要な争点の判断を行う大法廷に審理を回付していた。
     【伊藤直孝】
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2017年12月07日

防衛力の整備 「節度」取り戻してこそ

防衛力の整備 
「節度」取り戻してこそ
2017年12月6日 東京新聞「社説」

 厳しさを増す地域情勢、強まる米国製武器の購入圧力…。
しかしそれに応じて野放図に防衛力を強化すれば、地域の軍拡競争を招きかねない。
防衛力整備に再び「節度」を取り戻すことが必要だ。

 一カ月前の日米首脳会談を振り返る。
会談後の記者会見で、トランプ米大統領は米国製武器の購入を迫り、首相は「日本の防衛力を質的、量的に拡充していかねばならない。
米国からさらに購入することになるだろう」と応じた。

 会談に同席したハガティ駐日米大使によると両首脳が特定の武器について議論することはなかったが、首相の会見での発言は、購入拡大に応じる意思を表明したものと受け止められた。  

国民の命と暮らしを守るため、防衛力を適切に整備することは必要だ。
そのためにこれまでも多くの米国製武器を購入してきた。

 だからといって防衛政策上、必要性の乏しいものや、敵基地攻撃能力を有するなど専守防衛の枠を超える装備品を購入することがあってはならない。
大統領が重視する貿易赤字や雇用などの経済問題と防衛力整備とは別であり、切り離して考えるべきは当然だ。

 自衛隊が保有する防衛力は政府が閣議決定する「防衛計画の大綱(防衛大綱)」と「中期防衛力整備計画(中期防)」に基づいて整備される。
首相は八月、地域情勢の変化に応じ、これらを見直すよう小野寺五典防衛相に指示した。
 来年に決定する新しい防衛大綱と中期防に、米国製武器の新たな購入が盛り込まれるのか否か、厳しく監視しなければなるまい。

 政府は防衛費を国民総生産(GNP)比1%以内とする枠の撤廃後も「節度ある防衛力」整備の方針を堅持してきた。
 しかし安倍内閣は大綱から「節度」の文言を消し、防衛費を二〇一三年度予算から増やし続けている。
一八年度概算要求は五兆二千五百五十一億円と過去最大だ。

 国内総生産(GDP)比は諸外国と比べて低い1%程度にとどまるが、このまま増やし続ければ、日本に軍事大国化の意図あり、との誤ったメッセージを周辺国に与えることになりかねない。
 軍拡競争や無用な混乱を招かないためにも「節度ある防衛力」整備の方針に戻るべきだろう。  そもそも厳しい財政事情だ。

高額の米国製武器を次々と購入し、防衛費を増やし続けていいのか、防衛費が社会保障や教育などの予算に比べて適正水準にあるのか、国民的な合意が大前提である。
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2017年12月08日

F35と政治=山田孝男

*日本海軍の真珠湾攻撃で
日米戦争(太平洋戦争)が開始された日

風知草
F35と政治=山田孝男
毎日新聞2017年12月4日 東京朝刊

彼は昨日の彼ならず。

 日本はトランプ大統領が推奨する米国製戦闘機F35を買うが、
大統領は、就任前はツイッターでF35をこき下ろしていた。
 先週、参院予算委で民進党が「F35調達は米国本位では?」と追及したが、機種も調達方式も、決めたのは民進党の前身・民主党の野田政権である。
     ◇  
「F35は世界最高の戦闘機。
買えば日本は安全、我々の雇用も安心」
 大統領は日米首脳会談後の記者会見(11月6日)でそう言ったが、大統領選では違った。

「性能が低いのに割高で、計画も遅れ、制御不能」と毒づき、白紙化を公約していた。

 F35はロッキード・マーチン社製の最新鋭機。
米空軍向けなどに2443機納入する。
ロ社に支払われる開発・調達費が計44・5兆円。
耐用年数とされる2070年までに支払われる整備費がさらに176兆円と見込まれている。  

史上最も高価な戦闘機であり、大統領は当選後もツイッターで「F35予算は別に使う」と攻撃、ロ社が折れて値下げした。
 大統領はロ社の宿敵、ボーイング社と親密。
F35がキャンセルになれば、ボ社が次期戦闘機受注の可能性も。
F35潰しは本気だったと見る向きもある。  
     ◇
 民主党・野田政権がF35を買うと決めたのは6年前だった。
老朽化したF4戦闘機の後継として42機。
今年度中に最初の1機(147億円)を配備、来年度予算で6機要求する。

 本当はロ社製のF22がほしかったが、これは米軍独占、門外不出(しかもオバマ政権で製造打ち切り)なので断念。

欧州製の選択肢もあったが、敵レーダーに捕捉されないステルス(隠密)性が決め手になり、F35に落ち着いた。
 日米同盟重視の選択でもあり、米国は対外有償軍事援助(FMS)を適用。
機密性の高い武器を売る代わり、価格、支払い方法、納期などは米国が決める。

 今国会で民進党はFMSの不透明性を追及した。大事な論点だが、戦闘機問題の核心は別にある。
     ◇
 核心は<ステルス性>である。
ステルス機本来の特徴は、敵地深く侵入して爆撃し、ジャミング(電波妨害)する機能にある。
F35はこれを備えているが、あけすけに言えば専守防衛の逸脱と責められるから、政府は説明しない。

 戦闘機は数十年使う。
この間に禁断の「敵基地攻撃能力」が認められる可能性を見据えた−−とも言えよう。
率直な議論が必要な時だと思うが、そういう論戦になっていない。

「右翼主導の重武装」「腰抜けの対米追随」といった一面的な批判が、問題のすべてであるかのように報じられがちな現状は残念だ。
 日本は安保環境と専守防衛に見合う自前の戦闘機を造りたいが、武器輸出禁止だから量産できず、経済的に引き合わない。

 F35はNATO(北大西洋条約機構)諸国の多くが導入する予定。
とっぴな選択ではないが、米国の軍産複合体のお仕着せで買わされる現実はある。

 下請けを含むF35の工場は全米45州に散らばるそうだ。
米調査機関によると昨年、軍需産業が大統領候補に贈った献金はクリントン1・2億円に対し、トランプ4000万円。

 何事も表があれば裏もある。
武器は政治に絡み、政治は刻々変わる。
複雑な現実を直視しなければ国防は成り立たない。
   (敬称略)
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2017年12月09日

太平洋戦争「開戦の日」に考えてほしいこと

太平洋戦争「開戦の日」に
考えてほしいこと
現代史は日本人が学ぶべき
最重要科目である
2017年12月08日 東洋経済

丹羽 宇一郎
: 元伊藤忠商事社長・元中国大使

「物事には始めがあって終わりがある。
日本人にとって12月8日(開戦の日)は8月15日(終戦の日)と並ぶ大事な日であるはず」と語る元伊藤忠商事社長、元中国大使の丹羽宇一郎氏に、日本が二度と戦争をしないために、日本人が学ぶべき現代史について語ってもらった。

終わりだけを知って
始まりを知らない日本人
今日12月8日は、1941年(昭和16年)に日本がアメリカとイギリスに宣戦を布告した「開戦の日」、いわゆる太平洋戦争の開戦日である。
当時、2歳だった私にはこの日の記憶はない。
同日、発表された開戦の詔書では、宣戦布告の相手はアメリカ、イギリスの2カ国であった。

一方、終戦の8月15日に玉音放送で流れた終戦の詔書ではアメリカ、イギリス、中華民国、ソ連の4カ国が当事国である。
中国とは1937年(昭和12年)の支那事変からすでに戦争状態にあり、ソ連は1945年(昭和20年)8月8日に日本に宣戦布告しているので、開戦の詔書と終戦の詔書では当事国の数が異なるのだ。

終戦記念日である8月15日は、毎年、日本中でさまざまな式典があるため、ほとんどの日本人が知っている。
それに対して、開戦の日である12月8日は、アメリカでは12月7日「Remember Pearl Harbor」で、私がアメリカ駐在のころ、日本人はおとなしく早帰りしていたが、日本では特に大きなイベントもなく、メディアもあまり取り上げることがないので、単なる師走の1日にすぎない扱われ方となっている。

しかし、物事には始めがあって終わりがある。
日本人にとって12月8日は8月15日と並ぶ大事な日であるはずだ。
私が今年の8月に出した『戦争の大問題』の中でも紹介しているが、開戦時の日本の指導者たちは、勝ち目のないことを承知で出口なき戦いへ突入していった。

『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹著、中公文庫)という本がある。
昭和16年の8月、陸海軍および各省、それに民間から選ばれた30代の若手エリートたちが日本の兵力、経済力、国際関係など、あらゆる観点から日米戦を分析した。

研究会の報告は、「開戦初期には勝利が見込めるものの、長期戦になることは必至であり、日本の国力では、資源不足と生産力不足によって戦力の低下は避けられない。
戦局が決定的に悪化すれば、最終局面で必ずソ連は参戦し日本は敗れる」という、ほぼ実際の日米戦をトレースする精度の高いものだった。
日本必敗である。

しかし、この報告を聞いた東條英機陸相は、「これはあくまでも机上の演習でありまして、実際の戦争というものは、君達が考えているようなものではない」と論評、戦争はやってみなければ勝利はどっちに転ぶかわからない、と研究会の報告を握りつぶした。
その一方で、東条陸相は「この机上演習の経緯を、諸君は軽はずみに口外してはならぬ」と口止めすることは忘れなかった。
このシミュレーションの持つ意味の大きさは、十分に理解していたことがうかがわれる。
すなわち、口が裂けても言えないが内心では日本が負けることはわかっていたのだ。

過去の指導者の判断を論評するのは、歴史の結果を見てからなら誰でも言えるなどという批判は当たらない
それ以前の問題だ。

自己の面目ばかりを
考える軍エリートと
熱狂する国民
実際に戦争を遂行する軍部でも、国民を戦争へ駆り立てる一方で、次のような動きがあった。
軍事ジャーナリストの田岡俊次氏によれば、
開戦間近となった1941(昭和16)年10月、陸軍軍務局長から、内閣書記官長を通じて海軍の軍務局長に対し「海軍から日米戦を欲しないと表明してくれないか」という申し出があったという。
しかし、海軍幹部は「海軍はずっとアメリカを仮想敵国として予算をいただいてきた。
いまさらアメリカと戦わないとは言えません」と答えたという。

中国で戦争している陸軍にとって、アメリカまで相手にすれば、ますます戦況が不利になることは明白、とはいえいまさら非戦とは陸軍から言い出しにくいので海軍に頼んだ。
だが、海軍は海軍で日露戦争以後アメリカを仮想敵国として予算を獲得してきた経緯がある。
このようなご都合主義の結果、300万人を大きく超える犠牲者を出すことになる戦争へと突入していったのである。

では一般の国民は、アメリカとの戦争に対してどのように考えていたのだろうか。
緒戦で勝ったこともあり、日本人の多くは熱狂した。
著名な作家たちが残した当時の日記などにもその気配が表れている。

中国文学者の竹内好は「支那事変に何か気まずい、うしろめたい気持ちがあったのも、今度は払拭された」と記した。
アメリカとの戦争は、白人の第一級者に挑戦する戦いであるからわだかまりがない戦争という心境をつづっている。

作家・文芸評論家の伊藤整は、「12月8日宣戦の大詔が下った日、日本国民の決意は一つに燃えた。
爽やかな気持ちであった」と『太平洋戦争日記』の中で述べている。

詩人高村光太郎の感想も、「世界は一新せられた。時代はたった今大きく区切られた」と随筆「十二月八日の記」にある。

彼らの文章からは、戦争が手段ではなく、何か崇高な目的のようになっていることがうかがわれる。
これがおそらく当時の日本社会を覆っていた空気であろう。
こうした空気の中、わずかに戦争に疑問を呈する発言もあった。

経済ジャーナリストの石橋湛山は「可憐なる我が一般国民は、軍艦さえあれば、兵隊さえ備わらば、戦争は出来るものと思っている。
彼らは、その軍艦を動かす石油がどこから来るか、また戦争が長引く時、その軍艦兵器を補充する工業力が、わが国に幾ばくあるかを知らないのである」と、日本とアメリカの国力の違いを示し、暗に戦争の無謀さを批判した。

また、作家の菊池寛は日米開戦の4年前、1937年9月(支那事変の後)に「話の屑籠」に「いかに日本の武力をもってしても、あの大国と4億の民衆とを徹底的に屈服させることは不可能であろう。
生殺しに叩きつけても10〜20年経つと国力を回復して向かってくるだろう。
その度に叩きつけなければならないとすると、日本にとって負担となるであろう」と、出口なき日本の軍事行動に疑問を投げかけている。

外交ジャーナリストであった清沢洌は、開戦の直後に「なぜに高い理想のために戦うことができないのか。
世界民族に訴えてその理性をとらうる如き」〈『暗黒日記』(岩波文庫)〉と国民全体が熱狂の渦中にある中、ひとり領土、権益のために開戦に踏み切った日本を嘆いていた。

しかし、このような冷静な議論はごく一部であって、日本人は大きな熱狂の渦に巻き込まれていく。
国民の熱狂は1941年12月8日にピークとなり、その後、惨憺(さんたん)たる思いをしながら1945年8月15日を迎える。

歴史は自国中心の
   文脈でつくられる
歴史(History)とは勝者の物語(Story)である。
歴史はただ事実を時系列に並べただけのものととらえるのは、あまりにもナイーブだ。
同じ出来事でも国によって解釈が異なる。
その解釈が「歴史」なのである。

事実を勝者にとって都合よく意味づけ、勝者を正当化したものが歴史だ。
歴史が勝者の物語である以上、敗者である日本には語るべき現代史がない。
日本の現代史は敗者の物語だからだ。

中国の現代史とは、中国共産党の勝利の物語である。
共産党が、いかに正しかったかを書いているのが中国の現代史だ。
勝者を正当化するためのものが歴史である以上、戦前の日本を徹底的に否定するのは、中国共産党を正当化するうえで欠くことができない。
中国の現代史では、日本軍は侵略者であり、敗者だ。
日本を一方的に悪とするこの中国の「歴史」を、日本人としては素直に受け入れがたい。

しかし、中国史学者の岡田英弘氏(東京外国語大学名誉教授)は著書『歴史とは何か』(文春新書)の中で、いかなる歴史も主観によってつくられたものであると述べている。
主観は個人によって異なる。
まして違う国となれば、お互いの主観でつくられた国の歴史が一致することはありえない。
歴史とはそういうものだ。
歴史は自国中心の文脈でつくられる。

したがって、中国の歴史認識に日本人の多くが反感を覚えるのは、同じ日本人として無理からぬことかとも思う。
しかし、中国が中国中心の文脈で歴史を形作るのと同様、日本も、また自国中心の文脈で歴史を見ていることに気づくべきである。
しかし、歴史とは未来永劫にわたって固定されるものではない。
過去の事実は固定化されても、歴史認識は時代によって変わりうるものだ。

歴史学者の村井章介氏(東京大学名誉教授・立正大学教授)は『中世日本の内と外』(ちくま学芸文庫)で、固有の領土という意識は近代になってようやく生まれたものであり、それ以前にはなかった。
歴史を1本の線としてとらえれば、「歴史認識」とは期間限定の「常識」であり、未来にはまた新しい概念でとらえられると述べている。
いまわれわれの知っている歴史は、未来の人々にとっては、また別の意味でとらえられる可能性は大いにある。

アメリカ人女性の勇気ある一冊
アメリカは勝者の物語を持つ代表的な国である。
だが、そのアメリカでも自国中心の歴史認識の誤謬(ごびゅう)を訴える学者がいた。
ヘレン・ミアーズは終戦直後にGHQの一員として日本へやって来た日本研究者である。
彼女は帰国後に『Mirror for Americans:JAPAN』(邦題『アメリカの鏡・日本』(角川ソフィア文庫))という本を著す。

ミアーズは戦時中にアメリカ人が抱いた日本人観と、自分の目で見て調べた日本人の実像との違いを指摘し、アメリカ政府の行きすぎたプロパガンダ政策に警鐘を鳴らした。

戦前から戦時中に、アメリカ人が思い込んでいた日本人像とは、ファナティックで好戦的、世界征服の野望を持った危険な国民というものだったが、ミアーズは、日本人は欧米人に比べても戦いを好まない、文化的な国民であることをこの本でつぶさに述べている。

ミアーズは、戦前の日本がやった中国をはじめとする対アジア諸国政策は、間違ってはいるが、欧米列強のやってきたことを倣ったにすぎない。
また、日本人が天皇を崇拝するのは、アメリカ人が星条旗に忠誠を誓うのと何ら変わらないと主張する。
ミアーズの本はマッカーサーによって日本で翻訳出版することを禁じられ、母国でも学者として評価されないまま終わった。

それでもミアーズは、われわれにいくつかの貴重な示唆を与えてくれている。
1つは、自己中心の物語を持つ国アメリカでも、国の行きすぎたプロパガンダ政策を冷静に批評する学者はいたということ。

もう1つは、実際の日本人が当時のアメリカ人が考えたようなファナティックで、好戦的で、危険な人間ではなかったように、今日、われわれがファナティックで危険な国民と思い込んでいる北朝鮮のような国の人々も、実際には文化的で平和的な人々であるかもしれないのだ。

勇気をもって
敗者の現代史を学べ
われわれ日本人には勝者の現代史はない。
あるのは敗者の物語だ。
だが、勝者の歴史は勝者を正当化するため、過去の出来事を脚色し、勝者の正当化を図る。

一方、敗者の歴史は過去の事実を粉飾する必要はなく、歪曲することも求められない。
勝者の歴史は、過去から現代までで終わるが、敗者の歴史は過去の事実から学んだことを未来のために生かす。
敗者である日本の現代史は、未来志向の歴史なのである。

日本の現代史は敗者の物語であるが、日本人はあえて敗者の現代史を、勇気を持って学ぶべきである。
そして、学ぶべき眼目で最大のものが、戦争をしない、戦争に近づかないための知恵である。

戦争は国民を犠牲にする。
戦争で得する人はいない。
結局みんなが損をする。
特に弱い立場の人ほど犠牲になる。

日本は二度と戦争をしてはいけない。
これは敗者の歴史からしか学べないことだ。
だから日本人は現代史を学ぶべきなのである。

戦争を実際に知っている人がいなくなっている今日、日本人は文献や記録からだけでも戦争を知らなくてはいけない。
現代史は日本人が学ぶべき最重要科目である。
私は「あの戦争は正しかった」という発言があってもよいと考えている。
問題は正しかったか、間違っていたかではないからだ。

アメリカは広島、長崎への原爆投下を正しかったとしている。
しかし、原爆投下の判断がどんなに正しかろうとも、原爆がもたらした惨状を肯定できるはずがない。
正しかろうと、正しくなかろうと、人々を不幸のどん底に突き落とす戦争をしてはいけない。

戦争が引き起こす悲惨さを、戦争なのだから仕方がないで済ませるようであれば、世界は日本国民を歴史から学ぶことを忘れた愚か者と言うだろう。
戦争に近づいてはいけない。
これを日本のみならず、世界各国の共通の歴史認識としていくことが、日本国民の叫びであり、われわれが現代史を学ぶ意味とすべきだ。

これが開戦の日である今日12月8日に私が言いたいことである。
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生活保護費引き下げ検討に怒り

生活保護費の引き下げ
検討に怒りの声相次ぐ
保育料や奨学金の給付基準にも影響、
「生活保護受給者だけの話ではない」
2017年12月08日 19時06分 キャリコネ

厚生労働省は、生活保護費を引き下げることを検討し始めた。
12月8日、共同通信などが報じた。

一般の低所得世帯の消費支出より支給額が多いとの調査結果を受けて、支給額の見直しに着手したのだという。
報道を受け、批判の声が相次いでいる。

生活保護の中には、アパートなどの家賃に対する「住宅扶助」や医療サービスの費用を賄う「医療扶助」などがある。
今回、見直しの対象になるのは、日常生活に必要な費用に対する「生活扶助」だ。

「生活保護基準引き下げは誰も幸せにしない」
この「生活扶助」を最大1割程度引き下げる可能性があるという。
報道によると、例えば、中学生と小学生の子ども2人を持つ40代夫婦は支給額が月約21万9000円から、約19万4000円に減る。
65歳の高齢単身者も月約8万円から約7万3000円に減る。
支給水準は5年に1度見直しており、前回2013年度にも一度引き下げられている。

これに対し、貧困対策に関わる人々や研究者からも批判の声があがっている。
生活に困っている人やホームレスへの支援を行うNPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典代表理事は、 「市民生活に甚大な影響が出るからやめろ」 「生活保護基準引き下げは誰も幸せにしない」 とツイッターで警鐘を鳴らした。
ツイートに添付された画像によると、生活保護費の引き下げは「最低賃金が上がらない」など、他の制度にも悪影響を及ぼすという。

保育料無償化や給付型奨学金の対象世帯が減少
弁護士の篠田奈保子さんは、「各種の社会保障制度の減免や支給の基準となっている非課税基準にも影響します。
生活保護受給者だけの話ではありません」と指摘。

生活保護基準が下がると、住民税の非課税基準も下がるため、今まで無税だった人が課税される可能性が出てくる。

そうすると住民税が非課税のときは安くすんでいた保育料や介護保険の自己負担限度額が上がってしまうのだ。
自民党が唱えていた保育料無償化や給付型奨学金も住民税の非課税世帯を対象に実施する予定だった。
そのため篠田さんは、 「生活保護基準引き下げにより、非課税基準自体を下げて、対象者をより少なくする作戦に出るわけね。
対策してますって言えるし、対象をどんどんと小さくして予算を少なくもできるという訳ね」 と批判していた。

東京大学の本田由紀教授も「一般の低所得世帯の消費支出が減少しているから生活保護費も削減するという負のスパイラル。いじめのような」とツイート。

一般社団法人「つくろい東京ファンド」代表理事の稲葉剛さんは、
「絶対に許されません」と怒りを露わにし、反対署名への呼びかけを行った。
「生活保護制度の充実を求める緊急署名」は2018年1月末日まで募集しているという。

また、今回の引き下げ検討は、一般の低所得者の消費支出額を踏まえてのものだというが、ネットではむしろ低所得世帯への支援が必要なのではないかという声も相次いでいる。
「『低所得世帯やばいね賃金上げるねー!』じゃないあたり、なんとも寂れた国って感じ」
生活保護費が高いんじゃなくて、それを下回るほどの低所得者層の給料がおかしいんだって

厚労省の社会・援護局保護課の担当者は「生活保護基準部会で検討をしているが、まだ結論は出ていない。
年内にも報告書をまとめる予定です」と話していた。
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2017年12月10日

冬、風呂の湯温度は42度以上だと危険です

ヘルス・ライフ
冬、風呂の湯温度は
42度以上だと危険です
2017.12.08 Business Journal

文=吉澤恵里
/薬剤師、医療ジャーナリスト

 街がクリスマスムードに溢れ、忘年会など酒の席も増えほろ酔いで帰宅の途に着くことも多くなる
これからの時季は、自律神経も乱れやすく血圧が不安定になりがちだ。
高血圧は自覚症状がないが命に関わるような病気を引き起こすことがあるため、「サイレントキラー」と呼ばれる。

特に冬はサイレントキラーが放つ「ヒートショック」によって命を落とすケースもある。
ヒートショックは誰にでも起き得る。
回避するためには、その対策を知ることが大切だ。

 ヒートショックとは、急激な温度変化により血圧が大きく上下することが原因となり、心筋梗塞、不整脈、脳梗塞などが引き起こされることをいう。
特に、入浴時にヒートショックが起きると急激な血圧低下で意識障害を起こし、溺れて死亡するケースもある。

 12月から1月にかけては、気温が下がり屋外と室内の温度差が激しくなるため、ヒートショックが起きやすい。
過去10年のデータを見ても、入浴中の心肺停止は8月がもっとも少なく、12から1月はその10倍以上に上るほど多い。
冬場の入浴は、特に注意が必要といえる。

 そんなヒートショックを防ぐ入浴方法は、以下の要領だ。
(1)入浴前に脱衣所や浴室を暖める… 温度の急激な変化が血圧を大きく変動させるため、温度差を小さくすることが望ましい。

(2)湯温は 41 度以下にする…熱い湯への入浴は、血圧の急降下を招く恐れがある。また、一般的に41度であれば、入浴前後の温度差によるカラダへのダメージは少ないと考えられる。

(3)浴槽に浸かる時間は10分以下にする…のぼせることで意識障害を起こす危険性が高まるだけでなく、脱水症状が起きると血流が悪化するため心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす危険もある。

(4)浴槽から出る際はゆっくり立ち上がる…入浴により血管が弛緩しているため、急に立ち上がると脳への血流が滞り、めまいや失神を起こす危険性がある。

(5)食後すぐや飲酒後の入浴は避ける…食後や飲酒後は血圧が下がりやすいため、食後は2時間以上あけたほうがいい。また、飲酒後の入浴は避けるのが望ましい。

危険は入浴時以外にも  ヒートショックの報告例がダントツに多いのは入浴時だが、寒いトイレや温度差のある屋内外の出入りなどでも起きることがある。

また、中高年世代に注意喚起したいのが「サウナ」だ。
働き盛りのビジネスパーソンにはサウナ愛好者も多いのではないだろうか。
 2003年、歌手の西城秀樹さんがサウナ入浴後に梗塞脳で倒れたニュースは当時話題となった。

サウナは心筋梗塞、脳梗塞、不整脈などを引き起こす危険性がある。
原因のひとつは、サウナで大量の汗をかくことにより脱水状態になると、血液中の水分が減少して血栓ができやすくなることにある。
また、サウナ利用者の多くは、サウナから出た後に冷水を浴びるが、これがヒートショックを引き起こす原因となることがある。
サウナを利用する際は、長時間の利用は避け、十分に水分摂取し、ゆっくりとクールダウンすることをお勧めしたい。

 入浴でリラックスすることはストレス解消にも効果的だ。
ヒートショックを引き起こす危険を回避し、寒い冬こそ入浴を楽しみたいものだ。

吉澤恵理
薬剤師、医療ジャーナリスト
1969年12月25日福島県生まれ。
1992年東北薬科大学卒業。
薬物乱用防止の啓蒙活動、心の問題などにも取り組み、コラム執筆のほか、講演、セミナーなども行っている。

ニュースサイトで読む:
http://biz-journal.jp/2017/12/post_21626.html Copyright c Business Journal All Rights Reserved.
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2017年12月11日

エルサレム問題で安倍がトランプのポチ

エルサレム首都認定、
トランプの暴挙に
何も言えない安倍首相の
“ポチ”ぶり!
英独仏も反対の声をあげているのに
2017.12.10 LITERA編集部

 アメリカのトランプ大統領が6日(日本時間7日)、エルサレムをイスラエルの首都と「認定」し、アメリカ大使館をテルアビブから移転すると宣言したことで、世界に激震が走っている。  

言うまでもなく、エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教それぞれが聖地とする都市だ。
1947年の国連決議によって国連管理下の国際都市とするよう定められたが、イスラエル側は1950年に首都と宣言。
他方、占領下にあるパレスチナ側も将来的な独立後の首都にするとしており、エルサレムの帰属問題は中東情勢の長年かつ最大のリスクファクターとなっている。

 トランプが宣言を実行に移せば、中東の和平交渉が水泡に帰し、国際情勢のバランスが大きく崩れるのは必至。
最悪の場合、「第五次中東戦争」勃発もありうる。

事実、パレスチナのアッバス議長は「過激派組織が仕掛ける宗教戦争を助長し、地域全体に損害を及ぼす。重大な局面を経て、終わりのない戦争へと我々を導くだろう」と警告。
7日には、パレスチナ側の抗議活動が広がるなかで、パレスチナ自治区であるガザ地区からイスラエル領に向けてロケット弾が発射され、イスラエル軍がイスラム原理主義組織ハマスの関連施設へ報復攻撃するなど、すでに武力衝突が起きている。

 当然、イスラム諸国だけでなく、アメリカの同盟国を含む国際社会全体から極めて強い批判が殺到している。
報じられているように、各国首脳は首都認定の拒絶とトランプへの批判を次々と公にした。
「米国の決定には賛成できない」「イスラエルとパレスチナの交渉によって決められるべきだ」(イギリス・メイ首相

「トランプ政権のエルサレムについての立場を支持しない。エルサレムの地位は、イスラエルとパレスチナの二国共存に向けた交渉の一環として解決されるべきだ」(ドイツ・メルケル首相

「遺憾で受け入れられず、国際法や国連安全保障理事会の決議に違反する決断だ」(フランス・マクロン大統領

 また、フランシスコ・ローマ法王もバチカンでの演説で、「この数日間の状況に対する強い懸念」を示し、「エルサレムの現状を尊重すべきだ」と呼びかけた。

国連のグテーレス事務総長も声明で「いかなる一方的な措置も中東和平の見通しを危うくする」と表明。
いずれも、エルサレム問題について立場を明らかにし、トランプの宣言に対する懸念や批判を前面にするものだ。

 ところが、そうしたなかで事実上の“沈黙”を続けているのが、日本の安倍政権なのである。「いったい何を考えているのか」と言わざるを得ない。

米ではトランプの精神疾患を
疑う声が出ているのに安倍首相は盲従  
実際に、日本政府の態度は極めて曖昧で、明らかにトランプの顔色を窺っているとしか思えないものだ。
まず、菅義偉官房長官は7日の会見で、記者からトランプの宣言を政府として支持するか問われ、「現時点に置いて予断を持ってコメントすることは差し控えたい」と態度を保留。
翌8日の会見でも首都認定に関し「米国を含む関係国とは緊密に意思疎通をはかっている」と賛否を明言しなかった。

 一方で、河野太郎外相のイスラエル訪問、ネタニヤフ首相との会談を調整しているとの報道もあり、実際にはひたすらトランプに追随しようとしているようにしか見えない。
 事実、日本の首相の安倍晋三は、9日現在までに、この問題について全く言及していない。
一言も、である。

各国首脳や国連トップが米国を批判し、「エルサレムに大使館を移す予定はない」(メイ英首相)などと態度を明らかにしているのとは対象的だ。
 また、8日には、イギリスやフランス、イタリア、スウェーデン、ボリビア、エジプト、セネガル、ウルグアイの8カ国の要請を受けて国連安保理の緊急会合が開かれたが、そこでも日本は「大きな危機に容易に拡大しうる」などと「深い懸念」を示しただけ。

英仏独伊・スウェーデンは米国のエルサレム首都認定と大使館移転に反対する共同声明まで発表したにもかかわらず、である。

 周知の通り、安倍首相は北朝鮮問題でも挑発合戦を繰り返すトランプと「完全に一致」と明言してきた。
先日の国会でも、「トランプ大統領に『いまは攻撃を思いとどまってくれ』と助言することもありうる覚悟が総理にあるのか」と質問され、「いまはまさに『すべての選択肢がテーブルの上にある』というトランプ大統領の方針を私は一貫して支持をしています」と答弁。

無辜の市民が戦禍にさらされようが、国際社会から猛反発されようが、安倍首相はトランプを盲従するのである。
 しかし、トランプは誰の目にも明らかに“異常”だ。
事実、米国ではトランプの精神疾患を疑う声が、精神科医などの専門家からも上がっている。
6日のエルサレム首都認定を表明したスピーチの際もろれつが回っておらず、方々から健康不安が指摘された。報道官は「舌が乾いていただけだ」と一蹴したが、アメリカの報道番組司会者であるジョー・スカボロー氏は、7日のワシントン・ポストに「Trump’s mental meltdown」(トランプの精神が崩壊)と題して寄稿。
このように述べている。
トランプ周辺の多数が、大統領は病気だと思っている。

それは、大統領のスタッフの多くがずっと前からたどり着いていた結論だ。
ワシントンの政治家や記者の大半が同じ恐怖を共有してきた。
(共和党の重鎮である)ボブ・コーカー上院議員は公然とトランプの大統領としての資質を疑問視し、政府職員たちは『大人の保育所』と対して変わらないことをやっていると言った。
この上院外交委員会委員長はまた、大統領の不安定な振る舞いがアメリカを『第三次世界大戦への道』に導きつつあるとの懸念も表したのだ」

 このまま安倍政権は“病気”のトランプと心中しようというのか。
アメリカの暴走によって中東で火の手が上がるなか、日本にとって最大のリスクは間違いなく安倍晋三である。 
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日本の防衛は大丈夫か

高額な早期警戒機が
日本では「欠陥機」だった
周波数帯をまともに使えない大矛盾
2015年10月21日 東洋経済

清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト

「自衛隊」と他の国の「軍隊」は、見た目はほとんど同じだ。
しかし、実はその中身は大きく異なっている。
意外と見落としがちなのが、法制度面における違いだ。

諸外国の軍隊は、戦争という非常事態を想定した組織となっており、通常の行政機関とは異なり、法律の外で活動することが認められている。
ところが自衛隊は戦時活動を想定していないため、他の行政機関や民間機関と同じように平時に即した法規制を受けている。

例えば諸外国の衛生兵は自分の判断で投薬や注射、手術まで行う。
しかし、自衛隊の場合、衛生兵に相当する救護員は、看護師などと同じ資格なので、医師(医官)の指示が無ければ投薬も注射もできない。
手術などもってのほかだ。
だが陸自で医官がいるのは師団や旅団などの大きな単位の組織のみ。
中隊(約100名ほど)であれば、救護員しかいない。

戦闘で負傷者が出ても、まともな手当を行うことも、麻酔で痛みを止めることもできない。NATO諸国であれば軽度な負傷で済むようなケースでも、自衛官の場合は、死亡したり、手足を失ったりする。しかも苦しみながら死ぬことになる。

防衛省も自衛隊もこの現状を放置してきた。
平和ボケの態勢を放置したままで先の安保法制が審議され、法制化されたのだ。

電波をまともに使えない
法律による制限や規制は、特に電波関連で大きい。

先の東日本大震災では陸自の無線機が通じない混線が問題となったが、その理由は世代が異なる無線機を多用(古い無線機が多かった)していたこともあるが、無線機に適した周波数帯を総務省から割り当てられていないことに主因がある。

現在、陸自は新型の野戦無線機を導入しているが、使用周波数帯が同じなので新型になっても通じないことに変わりはない。
航空自衛隊でも同じような問題がある。
『月刊軍事研究』10月号の第20代航空幕僚長、鈴木昭雄氏の連載「空の防人回想録」には次のように書かれている。

「防衛力を実際に運用する時に、先程から繰り返して述べているように、軍隊になっていないことからの諸々の制約がありますが、その他にも我が国の社会環境というのは、訓練環境としてはあまりの問題が多くやりたいことの何分の一もできません。
例えば周波数一つでも割当ですから、『E-2C』が持っている十数チャンネルの使えるのは一つか二つなのです。
持っているチャンネルを全て使って縦横にECM(対電子戦)訓練をやりたくてもできないのです。
やれば社会のあらゆるところに影響を与えますから。
周波数一つとっても、そういうことなのです」

つまり国内規制によって、高額で調達した兵器がその能力を発揮できないのだ。
E-2Cはいわば空飛ぶレーダーサイトであり、地上のレーダーでは監視できない広いエリアや低空を監視することができ、また敵の通信などの撹乱もできる。
航空自衛隊では1979年度からE-2Cを合計13機調達し、1983年より部隊配備を開始した。
調達単価は1機約100億円。
能力向上のためなどに、調達後も多額の費用を掛けている。

国内規制で能力を発揮できないE-2C ところが多額の費用をかけながら、国内規制の問題でその能力の数分の一しか発揮できていないということだ。
つまり米空軍や他のユーザーの本来の能力のE-2Cと比べれば、日本では事実上「欠陥機」といってもよい。

E-2Cの能力が低ければその分、味方の戦闘機や基地が敵からの攻撃により高い脅威にさらされることは言うまでもない。
例えば10機の戦闘機の部隊で、ECMが十全の能力を発揮すれば被撃墜機が1機に抑えられるケースでも、空自のE-2Cではそれが4機とか、6機になってしまうだろう。
それはつまり、自衛官の命も、国民の命や財産も危険に晒すことに他ならない。
これが税金の無駄使いでなくて何だろうか。

筆者の知る限り、空自がこのような問題を公にしたり、国会で述べたことはない。
つまり、E−2C導入にあたって欠陥機化することを隠して予算を要求したことになる。
これは納税者と政治に対する背信行為といってもいい。

筆者はこの件に関して10月2日の定例記者会見で齊藤治和航空自衛隊幕僚長に対し、次のように質問を投げかけた。
「鈴木元空幕長のE-2CのECM能力に関する記述は正しいのか、それは現在でも同じなのか」。

これに対して齊藤空幕長はE-2Cの能力は十全であるとし、詳細は広報室から回答すると答えた。
その後、広報室は「E−2Cの運用状況等の具体的な事項については、我の手の内を明かすこととなりますので、お答えは差し控えますが、現在は、より制約の少ない海外訓練を活用して、実戦的な電子戦環境下における防空戦闘訓練等を実施しています」と回答した。
自衛隊に対する電波規制は基本的に鈴木空幕長の時代から変わっていない。

空幕長、空幕広報室の回答を読み替えれば「電波の使用には問題があるが、海外で訓練しているから大丈夫」ということだろう。

国内で訓練ができないことは大問題
だがこれはかなり苦しい言い訳だ。
国内でまともに訓練できずに、たまに海外で訓練すれば有事に対応できるわけがない。

振り返れば、自衛隊が日陰者扱いされていた1980年代ぐらいまでは、F-4EJファントム導入にあたって「爆撃用コンピュータは攻撃的だからとりはずせ」などという幼稚な空理空論がまかり通っていた。
また当時防衛省はまだ防衛庁であり、内閣の一外局に過ぎず、政策立案能力も期待されていなかった。
このため法改正や他の省庁に対する規制の緩和などを言いづらい状態であっことは事実だろう。

だが防衛庁は既に政策官庁である防衛省に昇格して長い時が経過している。
にも関わらず、法的な不都合や規制に関して、改革を求めることなく、ひたすら不合理な現状に合わせて仕事をしているフリ、軍隊のフリをする習いグセは治っていない

それは、この連載で繰り返し指摘している「どうせ戦争なんて起こるはずがない」という楽観主義や事なかれ主義、換言すれば平和ボケによるものだろう。
このような問題を提議することも改革を求めることもしないのは、当事者意識の欠如である。

国の電波規制でE-2CのECMにそのような問題があるならば、同様に空自の1機550億円以上するAWACS(空中早期警戒管制機)、E-767、F-15戦闘機、そして空自が近く導入予定のE-2D(E-2Cの次世代機)、そしてF-35A戦闘機もECM機能に問題があると疑うべきだろう。

つまり空自のECM能力は極めて疑わしく、使えもしない機能の獲得にために極めて莫大な税金が使用されてきたことになる。

空自だけではなく、陸自や海自の装備のECM機能についても疑ったほうがいい。
しかも防衛省は次世代の早期警戒機開発を企画している。
これには海自のP-1哨戒機の機体を使用することが想定され、そのための性能検討等に必要な、警戒監視レーダー搭載形態の機体空力データ等の調査をおこなっている。
だが過剰な電波規制の下でまともな早期警戒機を開発できるのだろうか。

ネットワーク化は
中国のほうが進んでいる
昨今の軍隊ではネットワーク化が進み、例えば戦闘機による対地支援にしても、砲兵に対する射撃の要請にしても、音声無線ではなく、データ通信やビデオ画像などで行われる。
現在自衛隊、特に陸自はこのような機能がほとんどない。
自衛隊はこの分野では先進国や中進国より遅れているのに、問題が顕在化していない。
UAVを使った情報収集、ネットワーク化では中国やパキスタンからも遅れている。

最近はこの状態の改善を進めてはいるが、電波規制をそのままに放置しては、まともなネットワークの構築はできない。
にも関わらず、膨大な予算がネットワーク化につぎ込まれている。
これは、この連載で繰り返し指弾している衛生軽視と同根だ。
実戦を想定していないから、このようなことになる。

この現実を直視せずに、「軍隊と同じだろう」という根拠のないお思い込みで安保法制を改正したのは政治の無知は罪深い。
10月2日号の週刊朝日には、
「容量が足りない自衛隊の通信網 総額1400億円最新装備に対応できず」という記事が掲載された。
この記事は自衛隊の通信ネットワークのお粗末さ指摘している。
同記事では「グローバルホークが敵機を察知したり、画像や映像を送ったりするためには最大274Mbps(メガビット毎秒)の通信容量が必要です。
ところが、いま自衛隊が全国に張り巡らせているマイクロ波の回線は、札幌〜市谷(東京)間で104Mbps、市谷〜健軍[(けんぐん)熊本]で208Mbpsしかない。

グローバルホーク1機分だけでマイクロ回線の容量は満杯状態。
せっかく得た敵機の姿すら満足に防衛省に送れないことになりかねない」と防衛省関係者のコメントを紹介している。
つまり、何百億円もかけてグローバルホークを導入してもまともに運用できない。
その能力の数分の一しか利用できない。
E-2Cと同じ構図である。

かつての防衛庁は、
買い物官庁と揶揄されてきた。
それは戦車や戦闘機などを買うことだけが仕事だという意味だ。
軍隊のハードウエアさえ揃えて、軍隊らしくみえればそれでいいということだ。

通信の問題を放置するのも「買い物官庁」の意識が抜けていないからだろう。
「どうせ戦争なんて起こるはずがない」という楽観主義が覆う中で、国防を全うできるのか、甚だ疑わしい。
これは防衛省だけの問題ではない。
すぐれて政治の問題といえるだろう。
政治こそが、より大きな視点から防衛省・自衛隊を縛る規制の撤廃を提起するべきだ。

本来安保法制の前に、軍隊と同じことができない自衛隊を縛る法制度や規制を撤廃することを行うべきだった。
作業は膨大だが、憲法の解釈の変更が必要でもなく、基本的に既存の法律に「ただし自衛隊は除く」と書けばいいだけである。

米軍は日本の国内規制を受けていない
対して米軍のE-2Cなどは日本の国内規制を全く受けていない。
常識的に考えれば、その周波数帯を自衛隊が使うのが問題なら、米軍が使うことも禁じるべきだろう。
ところが現実はそうではない。

米軍に許されて、自衛隊には許されていないことに我が国の政治家は疑問を持たないのだろうか。
仮に空自のE-2CやAWACSと米空軍の戦闘機部隊が共同作戦を行う場合、米軍側は空自のE-2CやAWACSの能力に信頼は置かないだろう。
共同作戦を拒否される可能性すらある。
また米国側は、このような「浮世離れした平和ボケ」の国家をまともに同盟国として考えるだろうか。

現在の日本の政治家の多くはこうした現場の問題を知らない可能性が高い。
小泉内閣ではこのような自衛隊を取り巻く法の不備を問題視し、有事法制や国民保護法などが整備され、以前より格段の改善が見られた。
だがその後の第一次安倍内閣から現在の第2次安倍内閣までこの問題に挑む内閣はなかった。

つまり安倍首相と彼のスタッフは、このような問題を知らないか、あるいは放置しても大丈夫だと思っているのだろう。
予算を増し、憲法解釈を変えれば国防を全うできると無邪気に信じ込んでいるのだろうか。
そうであれば、彼らの意識と見識はベクトルが違うだけで、国会前でデモをおこなったSEALDSと同じレベルである。
プロの政治家としての見識に欠けている。

率直に申し上げれば安倍首相は軍事音痴である。
これは基礎工事の手抜きをして高層ビルを立てるようなものだ。

現実を知らない軍事音痴が、高邁な「かくあるべし」という国防論を振り回すのは、極めて危険だ。
このままでは自衛隊の意識を変えることもできず、今後も夢想的な「高価な玩具のショーケース」的な状態が続くだろう。
防衛費を増やすことだけが国防の強化ではない。
いまからでも、自衛隊を縛る法や規制を全面的に洗い出し、法改正や規制を撤廃することを始めるべきだ。
そうしなければ、防衛省や自衛隊の意識も変わらず、国防のためと称した税金の無駄使いが延々と放置されることになる。
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2017年12月12日

安倍が横田早紀江さんを無視している

安倍首相が横田早紀江さんの
直訴の手紙を2年間、
無視し続けていた!
政治利用の裏で拉致被害者家族への冷淡
2017.12.11 LITERA編集部

北朝鮮の脅威論がますます叫ばれる一方、なんの進展もなく膠着するばかりなのが拉致問題だ。

安倍首相はこれまでも、ことあるごとに「拉致問題は最優先事項」と声高に唱えてきが、本サイトで何度も指摘してきたように、それらは政治利用とパフォーマンスでしかない。
 そんななか、驚きの事実が発覚した。

拉致被害者・横田めぐみさんの母で、拉致被害者救出運動のシンボル的存在でもあった横田早紀江さんのことを、安倍首相が2年にわたって無視し続けているというのだ。
 この事実を明かしたのは有田芳生参議院議員。
12月2日のツイッターにこんな投稿が掲載された。

〈横田早紀江「政府は一生懸命、知恵を練って下さっていると思いましたが、40年たっても何も分からない状況に、一体何だろうか、信じてよかったのかとの思いが家族にはあります」(めぐみさんが拉致された11月15日の記者会見)。
早紀江さんが思いを綴った手紙を安倍首相に書いても梨のつぶてです。〉

 たしかに、かつては対北朝鮮強硬路線で安倍首相や救う会(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)と完全に同一歩調をとっていたようにみえた横田早紀江さんだが、最近はその姿勢に変化が見られていた。
めぐみさんが拉致された日から40年にあたる11月15日の会見では、有田氏のツイッターにあるように、「信じてよかったのか」と、後悔の念をただよわせていた。

 しかし、その早紀江さんが安倍首相に手紙を送ったのに、「梨のつぶて」とは一体どういうことか。
そもそも早紀江さんと安倍首相は最近も、直接何度も会っている。
たとえば今年だけでも2月22日に首相官邸で早紀江さんを含む拉致被害者家族と面会、また解散総選挙直前の9月17日には「国民大集会」に出席し、“拉致解決が最優先課題”だといつものように強調したが、その前に被害者家族と面会をしていた。

さらに、9月28日の解散当日にも被害者家族を官邸に呼びつけ、トランプ大統領と被害者家族の面会の約束を取り付けたことを手柄のように披露し、露骨な総選挙向けアピールをした。
そして11月6日には来日中のトランプ大統領と被害者家族が面会したが、その席には安倍首相が早紀江さんら家族とともに同席している。
 だが、表面的にはいまも緊密な交流があると思われていた安倍首相と早紀江さんだが、実際はまったく違ったということらしい。

有田芳生議員が「2年間、安倍首相から早紀江さんに電話も手紙もない」
 ツイッターについて有田氏本人に聞くと、こんな答えが帰ってきた。
「今から2年ほど前だったと思います。
早紀江さんは思いを綴った長文の手紙を安倍首相に送ったのです。
内容の詳細は知らないのですが、娘のめぐみさんの救出をお願いし、また自らの心情を記したようです。
しかし現在に至るまで、安倍首相からの返事や電話などはありません。
完全無視です。
拉致問題を最重要課題と言いながら、この態度には不信感以上のものがあります」

 さらに、拉致問題を取材している大手紙記者も、安倍首相と早紀江さんの関係をこう証言する。
「家族会の面会や集会などでも、安倍首相は早紀江さんと握手するだけで、突っ込んだ話をしようとはしません。
早紀江さんも“お願いする”立場ということで、本音を言えないのでしょう。
手紙のことについて、安倍首相に直接きくこともしていないようです」

 しかも、こうした冷淡な態度は、早紀江さん個人に対してだけではない。
安倍政権は第二次政権発足時に「拉致問題対策本部」のもと拉致関連の会議体を6つも発足させているが、それから5年あまり「日刊ゲンダイ」(12月4日付)が会議の開催状況を調べたところ、いずれの会議体もほとんど開かれることなく開店休業状態になっていたという。

 ようするに、拉致問題を前面に出して国民の人気を獲得し、首相にまでのしあがり、いまもことあるごとに拉致問題の解決を強調している安倍首相だが、実際は北朝鮮への強硬姿勢じたいが目的であり、拉致問題の解決や被害者家族の思いなんてまったく本気で考えていなかったというだろう。
 そしておそらく、早紀江さんは安倍首相のこうした態度をそばでみているうちに、その本質を見抜いてしまったのではないか。
 実際、早紀江さんは前述した11月15日の「信じてよかったのか」以前から、少しずつその“本音”を語るようになっていた。

 トランプとの面会を前に10月17日に行った会見でこう訴えている。
「戦争などやらないように。平和にやるように期待している」(「サンデー毎日」11月12日号より)。

また11月4日に時事通信の取材に応じた際にも、北朝鮮への対応について
「制裁も必要だが、対話も必要だ。
侮られてはいけないが、追い詰めるだけでもいけないのでは」
「戦争だけはやめてほしい。
人を殺りくして街も壊滅するのでは意味がない」と戦争反対の思いを語り、11月18日に行われた新潟市の「忘れるな拉致 県民集会」でも、トランプ面会について触れた後、
「今がチャンスです。安倍総理が平壌に行って、金正恩氏とちゃんとした話し合いをしてきていただければ、どんなにありがたいだろう」と、圧力ではなく、安倍首相の訪朝と対話を望む訴えをしている(朝日新聞11月19日付地方版)。

 これらは、明らかにトランプの強硬路線に盲従し、北朝鮮との戦争すらやりかねない安倍政権への反対意見表明と言っていいだろう

こうした早紀江さんの変化について長年、拉致問題を取材するジャーナリストはこう話す。

「2004年の日朝実務者協議で、めぐみさんの遺骨が提出され、それが偽物だと判明して以降、早紀江さんの不信感は高まっていったのですが、しかし“お願いする立場”や、先鋭化する家族会や、安倍首相を礼賛し北朝鮮への先制攻撃を叫んでいる極右団体である救う会に説得、いや、ある意味洗脳されて、本音が言えなかったのです。
しかし、そうしているうちに時はどんどん流れる
現在早紀江さんは81歳ですから年齢を考えても時間がない。

11月19日にNNNドキュメントで「“ただいま”をあきらめない 横田夫妻の40年 残された時間」が放送され、滋さんの体調の悪化が公にされましたが、いまや政府や救う会に遠慮している時間などないということでしょう」

トランプ大統領との面会前に
横田早紀江さんに加えられた圧力
 しかし、そうした早紀江さんの“願い”や“思い”をふみにじるような事態がいまだに進行している。
3年前の14年、横田夫妻がめぐみさんの娘キム・ウンギョンさんとモンゴル・ウランバートルで初めて面会、その後「週刊文春」(文藝春秋)で面会時の写真と、有田氏による面会の様子などの記事が掲載されたが、これに対し救う会のHP には、横田夫妻による“不可解な声明”が掲載されたのだ。

 そこには写真は横田夫妻が提供したものではなく、有田氏が勝手に持参したもので、記事も有田氏が勝手に書いたという旨が書かれていた。
当時、本サイトで報じたが、これは「救う会」会長の西岡力氏が横田夫妻を非難、圧力を加えたことで、横田夫妻が声明を出さざるを得ない状況に追い込まれたものだった。

 また、このとき、横田夫妻への圧力は西岡会長だけではなく、安倍首相応援団の櫻井よしこ氏や、かつて拉致問題担当相だった中山恭子参議院議員からもあったという。
 さらにトランプ大統領との面会でも、同様の “圧力”が存在した。
トランプ大統領に戦争反対を伝えたいと考えていた早紀江さんに対して、安倍応援団が介入し、制止していたのだ。

これを報じた「女性自身」(光文社)11月14日号よれば、10月19日クリスチャンの早紀江さんを囲む後援会的集会「祈りの会」が開かれたが、そこで早紀江さんが参加者に「トランプさんに会ったら、“戦争はしないでください”と言おうかな、それとも政治的発言は控えたほうがいいのかな」と話したところ、同会に出席していた「救う会」関係者が、早紀江さんのこの言葉をさえぎるようにこう発言したという。
〈「政治的発言はしないほうがいい。
大統領に会えるのも安倍さんのおかげなんですから」〉  

この発言もまた、早紀江さんと同じクリスチャンとして、毎回のように同会に出席している西岡会長のものだったようだが、自らの排外的な政治心情を被害者家族に押し付けるグロテスクな圧力以外の何ものでもない発言だろう。  
 そして実際、トランプ大統領と面会した早紀江さんは“戦争反対”を伝えることなく、「風邪をひいて声が出ず、あまり話せませんでした」と苦渋の選択とも思えるコメントを残している。  

これまで本サイトでは安倍首相の拉致問題の政治利用の実態を暴き、徹底的に批判してきた。
しかし、その本サイトですら、早紀江さんの心情を綴った手紙を無視するほど、安倍首相が裏で冷淡な態度を示しているとは想像していなかった。

 安倍首相はこのさきも拉致被害者のことなど一顧だにせず、ひたすら米国に追随し、対北朝鮮戦争の危機をさらに高めていくだろう。 
 何度でも言う。
これ以上、拉致問題と被害者家族を安倍首相の政治の道具にさせていてはいけない。
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2017年12月13日

生活保護カットで他の低所得者も困窮

生活保護カットで
最低賃金が
上がらなくなるのに…
安倍政権に騙され
弱者が弱者バッシングに走る日本社会
2017.12.11 LITERA編集部

 安倍首相の言う「全世代型の社会保障」とは一体なんだったのか──。
8日、厚労省は生活保護費を引き下げる検討に入った。
食費や光熱費といった暮らしの根幹にかかわる「生活扶助」を最大1割程度引き下げる方向で、しかも、見直しの必要があると判断した理由は“一般の低所得世帯の消費支出より支給額が多い”からなのだという。

 毎日新聞によると、〈「40代夫婦と中学生、小学生」(大都市部)の4人家族〉の場合はカット幅が最大13.7%におよぶ見込みで、
〈65歳以上の夫婦の世帯も10%超のカット〉
〈母子家庭に対する加算(母子加算)平均2割カットになる可能性〉と伝えている。

 こんな馬鹿な話があるだろうか。
一般低所得者世帯の消費支出よりも支給額が多いというのなら、見直すべきは低所得者世帯の消費支出が低い原因のほうであり、それは最低賃金が低すぎることに起因している。

そもそも、2007年の法改正よって最低賃金は生活保護基準を上回るようにしなくてはならなくなったが、生活保護基準が引き下げられれば最低賃金も引きあげる必要はなくなってしまう。
景気によっては、生活保護基準にあわせて、最低賃金が引き下げられる状況すら起こりかねない。
これでは一般低所得者世帯の消費支出はますます下がっていくだけだ。

 このように、生活保護基準の引き下げは生活保護受給世帯だけの問題ではない。
 まず、生活保護基準は、そのほかの制度でも目安に用いられている。
たとえば、低所得世帯に対して小・中学校の学用品費や給食費、通学費、修学旅行費などの援助をおこなう就学援助や、国民健康保険の保険料・一部負担金の減免などが自治体によっては生活保護基準額に一定の係数をかけて認定基準を決定している。

さらに、都道府県による高校奨学金や大学による奨学金の基準も同様だ。
 しかも、生活保護基準が下がれば住民税の非課税基準も下がり、課税対象者は増える。
そうなると、非課税か否かで負担額を決めている高額療養費や介護保険の自己負担額、保育料などのさまざまな制度にも影響が出る。

 そして、安倍首相が選挙で掲げた「高等教育の無償化」も、選挙後に無償化の対象を住民税非課税世帯(年収約250万円未満)で検討中だ。
それでなくても無償化の対象が狭すぎると批判があがっているのに、生活保護基準の引き下げによってさらに対象者が少なくなる可能性があるのだ。
 このように弱者をターゲットにする一方、安倍首相は「革新的な技術により生産性向上に挑戦する企業」に対する法人税を20%まで引き下げる方針を打ち出した。

企業への優遇措置によって税収はさらに落ち込むが、その分、貧困層に大打撃を与える消費税を増税し、社会保障費も削ろうというのである。

ターニングポイントは
自民党が仕掛けた河本準一バッシング
 だが、生活保護基準の引き下げは「全世代」の生活に直結する問題だというのに、「生活保護受給者のほうがいい暮らしをしているのはおかしいから賛成」などと歓迎する声があがってしまうのが、いまの日本だ。

現況をつくり出したのは、言うまでもなく自民党による「不正受給許すまじ」という「生活保護バッシング」にある。
 あらためて振り返れば、「聖域なき構造改革」によって所得格差を拡大させ貧困を増大させた小泉純一郎首相は、生活保護費を削減。
これと同時に全国で「水際作戦」が多発し、孤立死自殺に追い込まれたケースが頻発した。
これは「行政による殺人」と言うべきもので、さらには生活保護を受けられずに餓死するという事件が立て続けに起こった。

 にもかかわらず、2007年の第一次安倍政権では生活保護基準の見直しを打ち出し、歩調を合わせるようにメディアでも生活保護の不正受給に対するバッシングが徐々に増えはじめた。
今年1月に問題が発覚した神奈川県小田原市で「保護なめんな」とプリントされたおぞましいジャンパーがつくられたのは、ちょうどこのころだ。

 そして、生活保護バッシングの決定打となったのが、2012年4月にもちあがった次長課長・河本準一の親族が生活保護を受けていた問題だった。
河本のケースは不正受給など違法にあたるものではなかったが(後の法改正で扶養義務が強化されることになる)、これに自民党の片山さつき議員や世耕弘成議員が噛みつき、メディアに登場しては河本の大バッシングを展開。

同年1月には、札幌市で40代の姉妹が生活保護の相談に出向きながらも申請に至らず死亡するという痛ましい事件が起こっていたが、生活保護の重要性が謳われることなく片山の主張と同じようにメディアも「不正受給許すまじ」とバッシングに加担。
「生活保護は恥」などという空気を社会につくり出していったのだ。

 こうした生活保護バッシングの波に乗り、同年12月の衆院選で自民党・安倍晋三総裁は「生活保護の給付水準を10%引き下げる」という公約を掲げて政権に復帰。
生活保護費の削減を断行し、13年には生活保護の申請厳格化という「水際作戦」の強化ともいえる生活保護法改正と生活困窮者自立支援法を成立させてしまったのである。

ほとんどいない不正受給、
一方、先進国で最も少ない
生活保護受給者
 小泉首相から安倍首相が引き継ぎ、いまなお「アベノミクス」と称してつづける新自由主義政策は、貧困を広げる一方で社会保障を「自己責任」として切り捨てていくものだ。
「福祉や保障に頼るな、家族で助け合って生活しろ」というその考え方は、公的責任を逃れ、個人にすべての責任を押しつける。
そうしたなかで生活保護バッシングが吹き荒れたことは、偶然の一致などではない。

煽動したのが自民党の政治家だったように、起こるべくして起こったものだったのだ。
 だからこそ確認しなくてはならないのは、バッシングの根拠としてもち出される不正受給の問題だ。
自治体による調査強化によって不正受給の件数と金額が過去最多となった2012年度でも、保護費全体で不正分が占める割合は0.53%。
これは、諸外国と比べても圧倒的に低い数字、というか、ほとんど「不正がない」に等しい。  

ようするに、この国の政府や政治家たちは、生活保護基準を引き下げるために、100人に1人もいない不正をクローズアップし、あたかも生活保護受給者の多くが不正を働いているかのようなバッシングを繰り広げてきたのだ。
 日本は不正横行どころか、生活保護を受けている人が圧倒的に少ない。

2010年当時の統計だが、
ドイツの生活保護利用者は793万5000人で全人口の9.7%、
イギリスは574万人で9.3%、
フランスは372万人で5.7%。
これに対して、日本は205万人で1.6%。
ドイツの6分の1ちょっとにすぎない。

生活保護支給額の対GDP比率となると、もっと少ない。
アメリカが3.7%、イギリスが4.1%、ドイツ、フランスが2.0%なのに、日本の生活保護支給額はGDPに対してたったの0.3%なのだ。

 これは、日本が豊かで、貧困者が少ないからではない。
生活保護を受けられる貧困状態にあるのに、ほとんどの人が生活保護を受けずに我慢しているからだ。
実際、日本で生活保護を受ける資格がある人のうち、受給している人の割合を指す「捕捉率」は2割程度だと言われている。

 こうした背景には、日本社会を覆う「生活保護は税金泥棒」という倒錯した倫理観がある。
生活保護は憲法25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」に基づく当たり前の制度であり、いまの過酷な競争社会では誰もがそこに転落する可能性があるのに、弱者をさげすみ、その当たり前の制度を使うのに後ろめたさを強いているのが日本社会の現実なのだ。  

そして、政府はこうした社会の空気に拍車をかけることで、さらに生活保護基準を引き下げ、生活保護受給者のみならず、国民全体の暮らしをさらに悪化させようとしている。

 すでに貧困と格差の拡大によって社会の底は割れているというのに、相変わらず富裕層しか見ていない安倍首相。

非正規が増加して不安定雇用は改善されず、最低賃金も上がらず、その上、セーフティネットを破壊しつづけていけば、国民の生活への不安は増し、消費はどんどん冷え込んでいく。
──このような「負のスパイラル」を、即刻断ち切らなくてはならない。
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2017年12月14日

被爆者が平和賞で演説 「諦めるな」世界で共有を

被爆者が平和賞で演説 
「諦めるな」世界で共有を
毎日新聞「社説」2017年12月12日 

 ノーベル平和賞の授賞式で被爆者が初めて演説した。
カナダ在住のサーロー節子さん(85)だ。
 受賞団体である「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)のフィン事務局長がスピーチする際、ともに壇上に上がった。
それはサーローさんが各国で被爆体験を証言するなど、核兵器禁止条約の採択に重要な役割を果たしてきたためだ。

 13歳の時、広島で被爆したサーローさんは
「私の愛する都市は1発の爆弾で消滅した。住民は燃やされ、炭になった」と被爆体験を語った。
 さらに、がれきの中で聞いた「諦めるな。光に向かってはっていくんだ」という言葉を繰り返し、核廃絶を求めた。

各国に条約への参加を促すサーローさんには「核兵器は絶対悪」との思いがある。
 フィン事務局長は条約採択を「暗い時代における一筋の光」と評価しつつ、「理想主義者として運動を批判する人がいる」とも語った。
 授賞式には、被爆者の全国組織、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)からも2人が出席した。

 核の非人道性に関心が高まったのは、被爆者が生き証人として運動を続けてきたからにほかならない。
 1982年、国連本部で演説した故山口仙二さんは「ノーモア・ヒバクシャ」と訴えた。
今夏亡くなった谷口稜曄(すみてる)さんも2010年、国連本部で被爆で大やけどした背中の写真を手に核廃絶を迫った。

 それでも核保有国による削減は進まず、北朝鮮は核開発を続けている。
「生きているうちに核廃絶を」という被爆者の願いと現実とのギャップはあまりにも大きい。  

核保有国や「核の傘」の下にいる日本などは条約に参加していない。
米英仏露中の5大国のノルウェー駐在大使は授賞式を欠席した。
条約を巡る対立が平和賞の式典に持ち込まれたのは残念でならない。

 河野太郎外相は「核廃絶というゴールは共有している」と談話を発表した。
一方、授賞式に出席した松井一実・広島市長は「核に守られていると思うのは錯覚だ」と核抑止力の有効性を否定する見解を示した。
 唯一の戦争被爆国、日本は核保有国と非核保有国の橋渡し役が求められる。
被爆者の思いを重く受け止め、条約への対応を再考すべきだ。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月15日

百田尚樹が沖縄保育園事故を「捏造」と攻撃

沖縄の保育園・小学校に
米軍ヘリ部品落下で
あわや大惨事も、
百田尚樹とネトウヨが
「自作自演」「捏造」と攻撃!
2017.12.14 LITERA編集部

 名護市沖にオスプレイが墜落してちょうど1年にあたる12月13日、またも起きてはならないことが起こった。
本日午前、沖縄県宜野湾市にある普天間第二小学校のグラウンドに、1メートル四方の窓枠が落下。
落下時は児童約60人が体育の授業を受けていたところで、落下の衝撃ではねた小石が男児の手の甲に当たり、けがを負ったという。

一方、在沖縄米海兵隊は、この落下物が米軍海兵隊の大型輸送ヘリCH53Eのコックピットの窓枠であると認めた。
 翁長雄志沖縄県知事は、事故直後のお昼前には現場の普天間第二小学校に駆けつけ、窓枠が落ちたグラウンドを視察。
「一番守ってあげなければならないのは子どもたちだ。
子どもたちの生命や財産が脅かされている。
とんでもないということで現場に来た」と怒りをにじませ、
「数日前は保育園、今回は小学校という最もあってはならない場所で起きた。
無条件で日本政府や米軍に対応してもらわないといけない」と日本政府と米軍に早急な対応を求めた。

 授業中の小学校のグラウンドにヘリの窓枠が突然振ってくる──幸い児童は軽傷で済んだものの、もし子どもたちの身体を直撃していたらと考えると背筋が凍る。
事実、1965年には読谷村で米軍が訓練中に吊り下げたトレーラーが落下し、11歳の女児が圧死するという痛ましい事故も起こっている。

 しかし、このように子どもの身の安全を危険に晒した重大事故であるにもかかわらず、山本朋広・防衛副大臣は米軍に対して「飛行停止」を要請するのではなく、米軍に判断を任せる「飛行自粛」の申し入れに留めたのである。

 県民の命の安全を守るよりも、米軍の言いなりとなる日本政府──。
しかも同時に深刻なのは、「安全を守れ」という当然の声に対して、卑劣なバッシングが巻き起こっている現実だ。

 今月7日には、普天間基地近くの緑ケ丘保育園の屋根に「US」などと書かれたプラスチック製のCH53Eの装置カバーが落下するという事件が起こったばかりだった。
しかし、在沖米海兵隊は翌8日、「飛行中に落下した可能性は低い」と事実を否定。
落下物がCH53と同型の部品であることを認めつつも、「飛行前に取り外した上、いまも過不足なくそろっている」とした。
 こうして海兵隊が否定すると、信じがたいことに保育園には「自作自演だろう」「嘘をつくな」という誹謗中傷の電話やメールが寄せられるようになったという。

その内容は、以下のようなものだ。
「米軍は落としていないと言っている」 「(落下の衝撃で壊れず)よっぽど丈夫なトタン屋根なんですね」 「でっち上げて、よくそんな暇があるな」

また!百田尚樹が、
沖縄・保育園へのヘリ部品落下を
「捏造」とデマ攻撃!
 当然、ネット上でもネトウヨ系まとめサイトやデマサイトがこぞってこの事故を取り上げ“事故は捏造”だと拡散。

百田尚樹は12日放送の『真相深入り!虎ノ門ニュース』(DHCテレビ)で、「どうも調べていくと、これ全部嘘やったっちゅうことです」
「どうもこれは全部捏造やったちゅう疑いがほぼ間違いないと言われて」と断言した。
しかし、百田は「調べた」と言うその中身は、米軍の主張とネトウヨの言い分だけの代物でしかなかった。

 だが、保育園に落下した同時刻には、沖縄県が設置している静止画のカメラにCH53とみられる画像と、騒音測定局では2度の衝撃音が記録されており、沖縄県の大浜浩志・環境部長も「(米軍機の)落下物の可能性があると認識している」と答えているのである。

 だいたい、これまで米軍は、不都合な事故や事件を隠蔽してきた「前科」だらけだ。
にもかかわらず、なぜ米軍の主張だけを鵜呑みにするのか。
むしろ、「調査」したいのであれば、まずは日本側がきっちり調査・捜査できるよう、不平等な日米地位協定の見直しを主張すべきではないのか。
 いや、そもそも、保育園や小学校、民家の上空を米軍機が飛行している現実こそがおかしいのであって、沖縄をこのような危険に晒しているのは「本土」が基地を押し付けていることの結果だ。

 しかも、日米地位協定は沖縄だけの問題ではない。
危険機種であるオスプレイは日本全国を飛び回っている状態で、現に「女性自身」(光文社)2017年9月19日号では、米軍資料に記されたオスプレイの低空飛行ルートと市民団体がまとめた飛行目撃情報などを合わせた「オスプレイ飛行マップ」を作成。
それによると、〈少なくとも196市町村の上空をオスプレイが飛んでいる〉ことが判明している。

 空から米軍機や部品が振って落ちてくるという恐怖と、日本政府は何もできない・しないという理不尽。
沖縄の現実は、わたしたちの現実なのである。
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2017年12月16日

中高生の文章読解能力崩壊が深刻

想像以上にひどい
“中高生の文章読解能力崩壊”
もう日本語でも
会話は通じない!!
2017.12.13 水 日刊サイゾー

テスト勉強をしていないんじゃない。
日本語で書かれた問題文が理解できないんだ!!
 多くの中高生が、文章の基本を理解していない。
国立情報学研究所の調査結果が注目を集めている。

 今回明らかになった調査結果は、昨年中高生を中心とした約2万5,000人を対象に実施されたもの。
この調査は読解力を測るもので、暗記も何もいらない基礎的な内容が出題されている。

 問題のひとつは、中学の教科書からの引用。

「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」の一文と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」の一文とが、同じ意味かどうかを尋ねるというもの。
 これを「同じ」と誤答した中学生が約43%にも及んでいるのである。
さらに、高校生でも約28%の不正解者が。


 昨今、高校どころか大学レベルでも「テストの時に、問題文を理解することができない学生がいる」とはウワサされていた。
だがその実態は、想像以上に深刻であることが明らかになったのである。

 国立情報学研究所では、こうした読解力に関する調査を継続的に行っているが、それらの資料からは、今回の報道どころではない一大事になっている。

例えば昨年発表されたテスト結果「リーディングスキルテストの実例と結果(平成27年度実施予備調査)」には、さまざまな問題例と回答結果が報告されているが、この内容は、惨憺たるものだ。  
いくつかの問題例と結果を並べてみよう。

===
<問>
仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアにおもに広がっている。
オセアニアに広がっているのは( )である。

A:ヒンドゥー教
B:キリスト教
C:イスラム教
D:仏教
(正解:B)

<正答率>
公立中学校 53%
中高一貫学校(中学) 
64% 公立高校 81%

===
<問>
オーストリア、次いでチェコスロバキア西部を併合したドイツは、それまで対立していたソ連と独ソ不可侵条約を結んだうえで、1939年9月、ポーランドに侵攻した。
ポーランドに侵攻したのは、( )である。

A:オーストリア
B:チェコスロバキア
C:ドイツ
D:ソ連
(正解:C)

<正答率>
公立中学校 75%
中高一貫学校(中学) 100%
公立高校 98%

===
<問>
天の川銀河の中心には、太陽の400万倍程度の質量をもつブラックホールがあると推定されている。
天の川銀河の中心にあると推定されているのは( )である。

A:天の川
B:銀河
C:ブラックホール
D:太陽 (正解:C)

<正答率>
公立中学校 100%
中高一貫学校(中学) 100%
公立高校 98%

===
 最後は誰でも正解できる易しい問題で、生徒たちがいかに真面目に取り組んでいるのかを証明するもの。
ともあれここから見えてくるのは、文章を正確に理解しようとしても、そもそも文章を読み慣れていないので理解に戸惑ってしまう者が、想像以上に存在している姿である。

うん、Twitterなどで、人が書いた内容を理解していないクソリプが送られてくるのは……しようがないことだったんだ。
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2017年12月17日

教科書の文章、意味わかる? 国立情報学研究所など測定法開発

教科書の文章、意味わかる?
国立情報学研究所など測定法開発
毎日新聞2017年9月26日 東京朝刊

 子供たちは、教科書の文章をどのくらい正確に読めているのか−−。
国立情報学研究所の新井紀子教授(数学専攻)らの研究グループが9月、児童・生徒らの読解力を科学的に測定する「リーディングスキルテスト(RST)」を開発したと発表した。

「係り受け」の理解などについて問題文を作成し、小中高生、大学生、社会人まで幅広く解答してもらったところ、理解の程度を測るテストとして有効だったという。
文部科学省が2019年度から実施予定の「高校生のための学びの基礎診断」の測定ツールとして認定を目指す。

●「係り受け」理解など調査
 新井教授は、東大入試に挑戦する人工知能(AI)「東ロボくん」の研究をしていた際、
「子供たちは本当に文章の意味を理解できているのか」という疑問を抱き、それをきっかけに、子供の読解力についての研究を始めた。

 RSTで測るのは「初めて読む文章の構造を理解し、日本語の論理や一般常識を使って読み解く力」だ。

例えば、美しい水車小屋の乙女」という言葉で、「美しい」は「水車小屋」と「乙女」のどちらに係るのかがわからなければ、文章を正しく理解したとはいえない。
こうした力は、子供たちが自分一人で文章を読んで新しい知識を吸収したり、資格試験の問題文や仕事のマニュアルをきちんと理解したりするためにも必要になる。

 新井教授らは、それを科学的に測定するために、教科書の文章や新聞記事から200字程度の短文を抜き出し、多数の問題文を作成した。
文章や記事は、東京書籍、毎日新聞などが提供した。

 問題文は、
(1)「係り受け」の理解
(2)指示語や省略された主語が何を指しているかの理解
(3)二つの文が同じ意味かどうかの判断(同義文判定)
(4)論理や常識を使って文章を読み解けるか(推論)
(5)図表と文章が対応しているか
(6)定義と具体例が対応しているか

−−という6分野に分けて作成し、子供たちの総合的な読解力がわかるように工夫した。  

●子供に目立った誤答
 新井教授らは、16年〜17年7月にかけ、これらの問題文を使い、全国の小学6年生〜大学生、社会人を対象に大規模な調査を実施。
その結果、子供たちの読解力が驚くほど足りていない状況が浮かび上がった。

 新井教授によると、6分野の中で最も基礎的な力は「係り受け」「指示語や省略された主語」を理解すること。

だが、例えば、
Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称でもあるが、男性の名Alexanderの愛称でもある」という文章を読んで、Alexandraの愛称を選択させる問題では、中学生の6割以上が答えを誤った。

「女性の名Alexandraの愛称でもある」という文の省略された主語が「Alex」であると読み取れなかったためだ。

 また、「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」という二つの文章は、「沿岸の警備を命じたのは誰か」について違うことを言っている。

ところが、この設問について、中学生の約4割が「同じ(意味)」と誤答した。
 学年による比較では、読解力は中学生までは、学年が高くなるにつれ緩やかに向上していたが、高1〜高3では、ほとんど伸びていなかった。

●授業改善の可能性
 今回の調査研究に参加した北海道教育庁の田嶋直哉主幹は「学校によってばらつきが大きく、予想以上に読めていない所もあって驚いた」と話す。
道では離島や小規模校を中心に、2008年からテレビ会議システムを使った遠隔授業を取り入れており、教員と生徒のコミュニケーションを補うため「言語能力」を重視している。

その一環として、生徒の読解力を把握しようと、今年6月、道立高校10校が、新井教授らの調査の対象校に名乗り出た。
田嶋主幹は「これまでは教科書を読めている前提で授業をしてきたので、教員と生徒が認識しただけでも改善する可能性がある」とみる。
指導法などは各校で検討する予定だ。

 また、新井教授らの調査では、正答率は、読書習慣、教科の得意、不得意とは相関関係が認められなかった一方、個々の学校の偏差値との相関が強いという結果も出た。
読解力の高い児童・生徒は、高校入試で求められるような総合的な学力も高いことを示唆する結果と言える。
      【岡礼子】
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2017年12月18日

ユニセフが重大懸念 日本の子供貧困は安倍政権で加速する

ユニセフが重大懸念
日本の子供貧困は
安倍政権で加速する
2017年12月17日 日刊ゲンダイ

 全国各地の街頭で見られるユニセフ(国連児童基金)募金への呼びかけ。
途上国の貧困にあえぐ子供たちを助けたい――と、募金する人も多いだろうが、今や日本が途上国への転落危機にある。

訪日したユニセフのレーク事務局長がNHKの取材に対し、「日本のおよそ16%の子供が深刻な貧困状態にある。
豊かな社会において子供が飢えや格差に苦しむことがあってはならない」など懸念を示したのだ。

 世界の子供の貧困問題に関わっているユニセフ事務局長の指摘だけに衝撃だ。
日本の子供の貧困は「途上国並み」と断じられたのに等しい。

「子供の貧困対策」は安倍政権の“看板政策”だったはずだ。
安倍首相も国会で〈子供の貧困対策は未来への投資であり、国を挙げて推進していきます。(略)
ひとり親家庭・多子世帯等自立支援プロジェクトを決定し、(略)子供の貧困対策を大幅に拡充することとしたところでございます〉(16年1月21日の参院決算委員会)、
〈子供たちの未来が、家庭の経済事情によって左右されるようなことがあってはなりません。
経済的にもさまざまな困難を抱えているひとり親家庭や子供の多い世帯には、きめ細かな支援が必要です。
(略)子供の貧困対策に全力で取り組んでまいります〉(16年9月27日の衆院本会議)と言っていたが、ナ〜ンもしていなかったのだ。

 それだけじゃない。
国はさらなる子供の貧困イジメを画策している。
厚労省が最終調整に入った、生活保護費の減額だ。
原案では、減額幅は5%になる見通しで、40代の親と小・中学生の2人の子がいる世帯の場合、約1万円減額されるという。
ひとり親世帯の母子加算も減額される見通しだから、子供の貧困をなくすどころか、〈国を挙げて〉拡大させるつもりだ。

■海外には大盤振る舞い
 許せないのは、そうやって子供の貧困イジメをする一方、海外には気前よくカネをバラまいていることだ。

安倍首相は14日、都内で開かれた国際会議「UHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)フォーラム2017」で、医療費負担で貧困に陥る人などのために、政府として約29億ドル(約3300億円)規模の支援を行うとブチ上げた。
自国の子供の貧困対策はホッタラカシで、海外に大盤振る舞いなんて、あり得ないだろう。

 ついでに言うと、自公が決定した与党税制改正大綱では、所得増税やたばこ増税、国際観光旅客税、森林環境税などで年2800億円程度の増収となる見込みだが、それをソックリそのまま海外に差し出すワケだ。
一体誰のため、何のための増税なのか。

政治評論家の山口朝雄氏が言う。
安倍さんは、もはや内政では行き詰まりつつあるため、せめて外交では目立ちたい、と考えているのではないか。
手っ取り早く海外にカネを配ることが、政権のアピールになるというのでしょう

 安倍氏が首相に居座り続けたら、日本の子供たちの未来はオシマイだ。
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2017年12月19日

公務員による「税金横領」が横行

増税の一方で、
官庁等が計874億円の不正支出等
…公務員による「税金横領」が横行
2017.12.18 Business Journal

文=山田稔/ジャーナリスト

 国も自治体も、税の取り立ては厳しいが、肝心の使い道となると、実にいい加減である。  

11月に会計検査院が作成した2016年度の決算検査報告の内容が公表された。
森友問題に関する会計検査院の見解として、土地の8億円値引きは「根拠不十分」だったと大きく報じられたが、報告書を吟味すると官庁や独立法人のずさんな税金使用の実態が浮かび上がってくる。

 今回の検査は、16年10月から17年9月までの1年間に官庁や地方の出先機関など2941カ所(全体の26.4%)、国が補助金その他の財政援助を行った5222 の団体等を対象に実施したものだ。
その結果、法律、政令などに違反したり、不当と認められた「不当事項」333件・指摘金額(徴収不足や過大支出など)137億1821万円をはじめ、
「意見を表示し又は処置を要求した事項」28件・同258億1128万円、
「本院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項」47件・同505億1399万円など、総計で423件・同874億4130万円が報告書に掲記された。

 すべての機関を対象にしていないにもかかわらず、874億円もの税金の使い方の問題点があぶりだされたのである。

もっとも「不当事項」が
多かったのは厚労省で43億円

 検査結果のなかでも特に問題なのは、違反や不当と認められた「不当事項」である。
省庁別に不当事項の件数と指摘金額をみると、以下のとおりだ。

(1)厚生労働省…127件、43億2965万円
(2)国土交通省…22件、24億9560万円
(3)総務省…29件、20億 695万円
(4)文部科学省…46件、11億638万円
(5)財務省…1件、4億8788万円  

件数、金額ともにもっとも多かった厚労省の不当事項案件の内訳は、「収入」に関する件数が2件で11億4711万円。
「支出」に関する件数が125件で31億8254万円となっている。

「収入」案件は、労働保険料、健康保険及び厚生年金保険の徴収額が不足していたというもの。 「支出」を見ると、「補助金」が115件と突出、その他では「保険給付」の6件が目立つ。

補助金の支給をめぐっては、「雇用保険の雇用調整助成金の交付が適正でなかった」とするものがある。
指摘金額は1億1837万円。
7労働局管内で11年度から16年度にかけて32事業主に総額1億9806万7659円の雇用調整助成金が交付されたが、休業や売上高減少など事業主の虚偽申請を見抜けず、1億1837万6735円が支給要件を満たしていなかったというものだ。

 厚労省案件ではこのほか、
海外遺骨収集等事業に絡んだ前渡資金の会計経理の不適正(1件、4億6325万円)、
医療費にかかる国の負担が不当と認められるもの(1件、2億6391万円)、
生活扶助費等負担金等が過大に交付されていたもの(26件、7億7944万円)などが指摘された。

法務省、防衛省では
    職員の不正行為で損害
 職員の不正行為による巨額の損害も報告されている。

「登記調査官(平成27年3月31 日以前は登記官)天野某が、登記申請の受付等の事務に従事中、18年1 月から28 年 12 月までの間に、郵送により送付されるなどした登記申請書に貼付されていた収入印紙について、消印をせずに剥ぎ取り、登記済みの他の登記申請書から剥ぎ取った消印済みの収入印紙を貼付し、その上から更に消印をして、収入印紙 472,936,000 円分を領得したものである。
なお、本件損害額については、29 年 9 月末現在で290,000 円が同人から返納されている」(報告書から)

 防衛省では自衛官が不正を働いていた。
「経理隊において、出納班員である自衛官が、給与の支払等の事務に従事中、平成 26年 8 月から 28 年 6 月までの間に、給与振込額を算出するためのデータを不正に操作するなどして航空手当等を増額させた上で、虚偽の国庫金振込請求書及び国家公務員給与振込明細表を作成して、その増額分を自己名義の預金口座に振り込ませて前渡資金計1,500,181 円を領得したものであり、不当と認められる。
なお、本件損害額については、28 年10 月に全額が同人から返納されている」(報告書から)  

個人の犯罪行為は論外だが、報告書には多くの官庁でいい加減なチェックによる補助金のばらまきや、過大見積もりなどが行われていたことが列挙されている。
 年末にかけて、さまざまな増税論議が沸き上がってきている。
出国税、森林環境税、たばこ税、会社員の給与所得控除額引き下げなど。

政府は国民から税金をむしり取ることばかり考えているようにみえる。
 その前にすべきことがあるはずだ。
会計検査院の報告書に見られる税金の不適切支出や無駄遣いは氷山の一角にすぎない。
国民が納めた税金がどこにどう使われているのか。
その精査が欠かせない。
 納税者はいっそう監視の目を強めるべきだ。

ニュースサイトで読む:
http://biz-journal.jp/2017/12/post_21732.html Copyright c Business Journal All Rights Reserved.
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2017年12月20日

子どもには「好きなこと」をやらせるべきだ

子どもには「好きなこと」を
やらせるべきだ
成毛眞氏が提案する「生き抜く能力」の磨き方
2017年12月18日 東洋経済オンライン

成毛 眞 : HONZ代表

富の偏在が加速して二極化が進行
テクノロジーの進化は人類の未来にとって確実にプラスになるというのが私の持論だ。
だが、それによってあらゆる社会問題が解決するなどということはもちろんない。

ジャック・アタリも『2030年 ジャック・アタリの未来予測』の中で、民主主義が後退し、富の偏在が加速して二極化が進む可能性を指摘し、経済の利己主義や政治の無分別によって、ささいなことで人々の怒りが爆発する社会の到来を危惧している。

事実、最近はヨーロッパや中東から毎日のように、悲惨なテロのニュースが飛び込んでくるようになった。
その根底に格差問題があるのは火を見るより明らかだ。
確かに民主主義が劣化してきているといわれれば、そのとおりだと私も思う。

それでもイギリスの元首相ウィンストン・チャーチルがいうように、民主主義は最悪の政治形態だが、これに代わるものはないのである。
中国人に同じ質問をしたら、そんなことはないという答えが返ってくるのかもしれない。
でも、もしそうだとしたらそれは、中国人が4000年の歴史の中で、一度も民主主義を経験していないからだ。
どんなに裕福になったとしても、グーグルで自由に検索ができないような政治体制の国に住みたいと考える日本人はいないと思う。

この先すごい思想家が登場して、革命的なシステムを考えつくというようなことだってないわけではない
でも、いまのところは多少使い勝手が悪くても人類は、民主主義を選択せざるをえないのだ。
それに、日本の民主主義はそれなりに機能しているといえなくもないのである。
格差が広がっているといっても、欧米諸国に比べればはるかに小さい。
それは、富の再配分がそれなりにうまくいっているからなのだ。

なにしろ日本というのは、所得税と住民税で所得の半分以上を国が持っていってしまう国なのである。
さらに、ほかの先進国ではありえないほどの相続税まであるのだ。
税率が高すぎて、どんなに資産があっても3回相続を繰り返すとゼロになってしまうのである。

私の知るかぎり、共産主義国家でもここまで税金を取るところはないはずだ。

マイルドヤンキーは、
イギリスのチャヴとは違う
日本では、格差の現状を説明するのに、ヒルズ族と地方のマイルドヤンキーというたとえがよく使われるが、海外の格差はあんなものではない。
たとえばイギリスにはチャヴと呼ばれるブルーカラーの若者がいるが、収入も住環境も日本のマイルドヤンキーよりはるかに劣悪ときている〈『チャヴ 弱者を敵視する社会』(オーウェン・ジョーンズ)〉。

また、チャヴはそこからはい上がることのできない絶望的な下流階級だが、マイルドヤンキーは決してそうではない。
彼らが地元から出ようとしないのは、ある意味そこに居心地のよさを感じているからなのである。
自分たちの住む地域を愛し、貢献したいという意識が強いマイルドヤンキーは、閉塞感の中で反社会的行為を繰り返すしかないチャヴとは違うのである。

ところが、日本にはそういう若者たちに対し、「君たちも六本木ヒルズにオフィスを構えて、バリバリ稼ぐ成功者を目指せ」と余計なことを言う人たちがいる。
私は、地方で身の丈に合った生活をするという人生だって全然悪いとは思わない。
「若者なら上昇志向を持て、カネをたくさん稼ぐのがいいことなのだ」という一元的価値観こそが害悪なのである。

最後に、この国の未来を担う若者に必要なものは何か、についても言及しておこう。
まず、受験勉強は時間の無駄だと思ったほうがいい。
ひと昔前は、一流大学から一流企業というレールに乗るのが幸せになる最も確実な手段だったかもしれないが、いまは決してそうではないということを知るべきだ。

受験勉強に順応してきた人は、上から命じられたことを文句も言わず、きちんと効率よくこなす訓練ができている。
そういう人もいないと、確かに会社は回らない。

子どもを「社畜」にしたいか?
だが、それは言葉を換えれば「社畜」になるということではないか。
小学生の頃から塾に通ってひたすら教科書や参考書を覚えた結果が、企業に手足のように使われる社畜では、どう考えても割に合わないだろう。
企業のほうもだんだんと、受験秀才を欲しなくなってきている。
以前は、東大卒といえばそれだけで、どこの企業も喜んで採用したが、遊びも旅行も恋愛もせず、受験勉強に打ち込んできたタイプの東大生は、伸び代がないと逆に敬遠されがちなのだ。

さらに、読書の効能を説く人は少なくないが、人文系の教養の価値は、これから確実に下がっていく。
夏目漱石や川端康成を読んでいるから豊かな人生を送れるなどという保証はないし、そういう人が有能な社会人になれるとも思えない。
2時間も3時間もかけて文芸作品を1冊読む時間があるなら、ネットの経済記事に目を通すほうがよっぽど未来に役立つ情報が得られる。

ゲームも悪くない。私は娘が高校生の頃、親子でオンラインゲームにはまって、3年間で5000時間も一緒にゲームをやった。
もちろん学校の勉強なんてやる暇はなかったが、それでも彼女はなんとか大学に進み、卒業後は某総合商社に就職した。
そうしたら、配属された穀物のトレーディング部門ですごい成果を上げ、30歳にしていきなりチーフトレーダーに抜擢されてしまったのである。

取引を有利に進めるには、競争相手の心理や相場を読む判断力、ここだというときに躊躇せず最善手を打つ瞬発力などがいるが、そういうものはすべてゲームで身に付けたと彼女は言っていた。
それはそうだろう。教科書のカビの生えた知識など足元にも及ばない、時代の最先端をいく技術と英知が、ゲームには詰まっているのだ。

子どもには、好きなことをやらせろ
なみに、私の周囲で活躍している20〜30代の人たちは、ほぼ例外なく学生時代に、かなりの時間を勉強よりゲームに費やしてきている。
これをみてもわかるように、子どもの未来を生き抜く能力を育てるには、早くから最新のハイテクに触れさせることが最も有効なのである。

だから、ゲームやスマートフォンを禁止するようなことを、親や先生は絶対にすべきではないのだ。
アメリカやカナダには、電気や自動車といった近代文明に背を向け、農耕や牧畜をしながら昔ながらの生活を送るアーミッシュという人たちがいる。
ゲームやスマホ禁止というのは、アーミッシュのように生きろといっているようなものだ。
そういう人はアーミッシュから、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが生まれると信じているのだろうか。

ゲームに限らず子どもには、好きなことをやらせるのがいちばんだ。
サーフィンでもアニメでも何でもいい。
大事なのは「何かに熱中できる人間になる」ということなのである。
1日8時間ゲームに熱中できる人は、対象が仕事に変わったらやはり同じように熱中して取り組むので、成果が全然違うのだ。
そういう人は英語だって、仕事に必要だとわかった途端に、ものすごい集中力を発揮して勉強する。
だから、1年もあれば外国人と会話ができるようになってしまう。

熱中する訓練ができていれば、学生時代からこつこつTOEICの勉強などしなくてもいいのである。
そう考えると、これから未来をつくっていくのはオタクかもしれない。
そういえばかつての私の上司のビル・ゲイツも、絵に描いたようなオタクだった。
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2017年12月21日

「左利きの矯正」を当然とする社会圧の代償

「左利きの矯正」を当然とする
社会圧の代償
それは「自分らしく生きる」ことの否定だ
2017年12月19日 東洋経済

親野 智可等 : 教育評論家

あなたの利き手は右手ですか?
それとも左手ですか? 
お子さんはどうですか?

割合でいえば、人間の9割が右利きで、左利きは1割だそうです。
ですから、21世紀の今現在でも、社会全体は何かにつけ右利き仕様にできています。
たとえば次のようなことです。

・文字はもともと右手で書くようにできているので、右手のほうが書きやすい
・自動改札機、自動販売機、はさみ、急須など、右利き用にできているものが多い
・宴席などで、箸は右手で持ちやすいように、箸先が左に置かれる

もしお子さんが左利きだったら、どうしますか? 
これはけっこう迷うところだと思います。
私は長年教師として仕事をする中でいろいろな事例を見てきましたが、「わが子が左利きらしい」と気づいたときの、親の反応はだいたい次の3つに分けられます。
あなたはどれに近いでしょうか?

1. 子どものうちなら右利きに直せるはずだ。この子のためにも直してあげよう
2. 右利きに変えないまでも、できたら右手でもできるようにしてあげよう。両手利きは何かと便利だろう
3. 生まれつき左利きなら、それを活かして育てたほうがこの子らしく生きられるだろう

この問題を考えるうえで、以前私が聞いた40代前半のグラフィックデザイナー渡辺さん(仮名)の話が参考になります。

「左手はダメ。右手で書きなさい」
渡辺さんはもともと左利きで、小学1年生までは親からも先生からも右利きに直すように言われたことはありませんでした。
それどころか、幼稚園で絵を描いていたとき、先生に「左手で描けるなんてすごいね」と褒められたこともあったくらいです。
ところが、小学2年生のとき、突然、つらい毎日が始まりました。
新しく担任になった先生が、「左利きはダメ。特に、鉛筆とお箸だけは右手で使えるようにしなければ」という考えの人だったからです。

渡辺さんが授業中に左手で書いていると、すぐに「左手はダメ。右手で書きなさい」としかられました。
慌てて右手に持ちかえて書くのですが、力が入らないのでミミズが這ったような字しか書けません。
給食のときも、左手で箸を持っていると「ダメでしょ。お箸は右手。お椀は左手」としかられました。
でも、箸を右手に持ちかえて食べようとすると、手がわなわな震えてうまく食べられません。
楽しいはずの給食が苦痛な時間になりました。

渡辺さんは、授業でも給食でも先生が見ていないときは左手を使おうとしました。
ところが、「先生、渡辺君が左手を使ってる」と告げ口する子がいて、これもできなくなりました。
休み時間のドッジボールで、左手で投げていると、「左手はダメだよ」と注意してくる子もいました。

3年生になってすぐの始業式で担任発表があり、また同じ先生に受け持たれることになりました。
このときの絶望的な気持ちは忘れられないそうです。
その後、右手の使い方はだんだんうまくなっていきましたが、それでも、もともと右利きの友達のようにはいきませんでした。
「自分は何をやってもダメ」という気がしてきて、勉強はもとより遊びも楽しめない状態が続きました。

親は特に何も言わなかったので、家では何でも左手でやっていました。
また、絵が好きで水彩画教室に通っていたのですが、そこでは左手で絵筆を持って思う存分描いて楽しんでいました。
ストレス発散にもなり、渡辺さんにとってはこれが救いでした。

渡辺さんは、「家や水彩画教室でも『左手はダメ』と言われていたらどうなっていたかわかりません」と言っています。
4年生になって先生が代わったら、左手のことは何も言われなくなりました。
それで、鉛筆も箸も左手で持つようになりました。
このときの解放感もいまだに忘れられないそうです。
でも、しばらくしてあることに気づきました。
それは、「鉛筆と箸は左手でも友達よりうまく使えない」ということです。
これは渡辺さんにとってショックでした。

2年にわたる無理な矯正によって、利き手であるはずの左手もうまく使えなくなってしまったのです。
40代になった今でも、字を書くのは苦手です。
さらに気になるのが、箸の使い方がちょっとぎこちないということです。
食事中に特に困るという程ではないのですが、やはり普通の大人より下手だそうです。

利き手の矯正には、
いろいろな弊害がある
渡辺さんの例にもあるように、利き手を矯正することにはいろいろな弊害があります。

まず1つ目として、利き手を変えようとしても簡単にはいかないので、子どもは自分の能力や努力不足のせいと思い込んでしまいます。
その結果、「自分はダメな子だ」と感じて、自己否定感にとらわれるようになります。

2つ目として、子どもはしかられるのが嫌なので、「親や先生がいるところでは右手。
いないところでは左手」と使い分けるようになります。
それで、「自分はずるをしている。自分はずるい子だ」と感じるようになり、これがまた自己否定感につながります。

3つ目として、しかり続ける親や先生に対する不信感が生まれ、ときに「自分は嫌われているんじゃないか?」と思うようになります。
渡辺さんのように友達に告げ口されたりすると、友達への不信感も出てきます。
子どもの頃に、親、先生、友達への不信感を持ち続けると、他者一般が信じられない人間不信の状態につながる可能性があります。

4つ目として、たとえ右手で多くのことができるようになっても、もともと右利きの人のようにはうまくできない状態になる可能性があります。
下手をすると、渡辺さんのように、利き手すらうまく使えない状態になる可能性もあります。

こういったいろいろな弊害は、過小評価されるべきではありません。
たとえ左利きを右利きに変えることができても、その過程で植え付けられた自己否定感や人間不信をずっと引きずってしまうことになったら、あまりにも弊害が大きいと言わざるをえません。

ところで、以前は、この渡辺さんのように無理に矯正させられることがよくありましたが、最近はそういった無理な矯正は少なくなっています。
その理由としては次のようなことが考えられます。

・無理に利き手を変えることには上記のような弊害があることがわかってきた
・価値観の多様化で、左利きも個性の1つとみなされるようになってきた
・無理な矯正は人権侵害だという認識が広がってきた
・スポーツで左利きの選手が活躍し、左利きのイメージがよくなった
・アインシュタイン、エジソン、ベートーベン、ピカソなど歴史上の偉人にも左利きの人がたくさんいることが知られるようになって、イメージがよくなった
・左利き用の道具が普及し、生活への支障が以前より少なくなった

でも、無理な矯正がまったくなくなったわけではありません。
祖父母や親戚の人に言われて悩む若い親はけっこういます。
そして、「無理な矯正はよくないけど、両手利きにするのはいいのでは?」という考え方もあります。
親がそう考えることもありますし、先生、祖父母、親戚などにすすめられることもあります。

でも、これは一見問題ないように見えますが、実は注意が必要です。
親は「できたら両手利きに」と思っても、子ども自身がその必要性を実感することはまずありませんし、子ども自らが「是が非でも両手利きになりたい」という強いモチベーションを持つことなどありえないからです。

ですから、両手利きにさせようと思ったら、結局、毎日親が「できたら右手でもやってごらん」「ときどき右手でもやってみよう」などと言い続けなければならないのです。
言われる子どもにとっては大きな苦痛です。
たとえ「ときどき」でも、うまく動かない手でやるのは苦痛です。
それに、そもそも、なぜ、左利きの子だけが両手利きにならなければならないのでしょうか? 右利きの子を両手利きにさせようとする親はいないのに……。

そこには、やはり、左利きのままではいけないという価値観があるのです。
それは、もって生まれたありのままの自分らしく生きてはいけないという価値観です。
つまり、人々に一定の基準や枠を押しつけ、そこからはみ出してはいけないという価値観であり、多様性の否定です。

髪の毛は黒の直毛でなければいけない、性は男か女のどちらかでなければいけない、多数派が正しく少数派は間違っている、こういう差別的な価値観と通底するものです。

多様性を大事にすることが必要
これからの時代、人々が幸せに生きられる社会にしていくためには多様性を大事にすることが必要です。
すべての人がありのままの自分らしく生きられる社会、人と違う生き方が肯定される社会、自分の長所を最大限に活かせる社会です。
右利きで生まれたらそれを最大限に活かして生きていく、左利きで生まれたらそれを最大限に活かして生きていく、それが当たり前の社会にしていく必要があるのです。

文字数が尽きましたが最後に1つ。
自動販売機のおカネを入れるところは右側にありますが、真ん中にすることくらいすぐできるはずです。
自動改札機のカード読み取り部や切符を入れるところも、当たり前のように右側にあり、左利きには使いにくいです。こういうところにも多数派の無神経さが表れています。
なんとかならないものでしょうか?
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2017年12月22日

ネット通販詐欺多発 商品検索から誘導→偽サイト1万9800件

ネット通販詐欺多発 
商品検索から誘導→
偽サイト1万9800件
2017年12月21日 東京新聞夕刊

 ネットで買い物をしようとグーグルやヤフーなどの検索サイトで商品を検索した利用者を偽のショッピングサイトに誘導し、代金をだまし取る手口が横行していることが、警察庁などのまとめで分かった。

検索結果の上位に「ブランド腕時計 高品質」などと宣伝したリンク先が表示され、アクセスすると自動的に詐欺サイトに転送する仕組みが大半で、同庁は注意を呼び掛けている。
 (石川修巳)
 警察庁によると、産学官による日本サイバー犯罪対策センター(JC3)が今年五月、愛知県警と共同で詐欺サイトの発見ツールを開発。
これまでに一万九千八百三十四件の詐欺サイトを見つけ、警察など関係機関に情報提供した。  

誘導先の詐欺サイトでは、ブランドの時計やかばんなど高級品だけでなく、スポーツ用品や日用雑貨などまで幅広い商品を表示。
これらとともに、代金名目で振り込ませる口座が掲載されている。

 警察はJC3が発見した詐欺サイトの振込先を分析し、名義人となっていた六十二人分の計百二十二口座を特定。
口座への入金は昨年末から一件当たり数千〜数万円、総額で約二億四千万円に上っており、警察庁は詐欺被害によるものとみている。
口座名義人らへの捜査で、二十都道府県警が口座売買に関して犯罪収益移転防止法などの疑いで、男女四十三人を摘発した。

 JC3のサイト(同センター名やJC3で検索)では、詐欺サイトの見分け方を説明している。

サイトの住所に当たるURLのうち「.com」「.jp」など最後の部分が、見慣れない「.top」「.xyz」「.bid」などのケースが多いという。

 また、表示が法律で義務づけられている事業者名や住所、電話番号、代表者・責任者の記載がなかったり、振込先口座が個人名義になっていたりする場合にも注意が必要という。

 警察庁は「被害に遭わないようウイルス対策ソフトを、常に最新の状態にしておいてほしい」と話している。

<詐欺サイト>
 商品を売る意思や能力がないのに、正規の販売サイトを模した偽の画面を表示させ、インターネットショッピングの利用者から代金をだまし取る目的でつくられたサイト。
個人情報やクレジットカード情報が盗み取られる恐れもある。
説明文の日本語表記が不自然だったり、支払い方法が銀行振り込みとクレジットカード決済から選べるように記載されているのに、実際に可能なのは銀行振り込みに限定していたりする。
法人が運営しているサイトにもかかわらず、振込先が個人名義になっている場合もある。

◆詐欺サイトの主な特徴
・URLが見慣れない「.top」「.xyz」「.bid」などになっている
・事業者名や住所、電話番号、責任者の記載がない
・日本語の表記がおかしい ・代金の振込先が個人名義
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2017年12月23日

「労働者は人にあらず」ブラック企業の始まりは1985年だった

「労働者は人にあらず」
ブラック企業の始まりは
1985年だった
2017.11.20 FRASH

 なぜブラック企業が生まれるのだろうか。
『労働法実務解説10 ブラック企業・セクハラ・パワハラ対策』(佐々木亮・新村響子著、旬報社)という書籍がある。
著者の佐々木弁護士と新村弁護士は労働弁護士として活躍されている方で、私も信頼している友人だ。
 この書籍の中で両弁護士は、「ブラック企業がなぜ生まれるのか」という項を論述されている。
ここでは、そこであげられている理由のうち、次の2点を紹介したい。

・労働のルールに対する知識・意識の欠如
近視眼的な経営とその模倣
労働のルールに対する知識・意識の欠如とは、労働者が労働法の知識をほとんど持っていないことを指す。

だが、ここで指摘しておきたいのは、これは何も労働者に限ったものではなく、使用者側にもいえるということである。
 私も労働者側の代理人として案件を担当する際、労働法のルールに関して全く知識の乏しい経営者と話をすることになる場合がある。
そうした経営者から聞かされてきた言葉に、次のような言葉がある。

「うちには労働基準法は導入していない」
「彼はアルバイトでしょ。アルバイトに法律は関係ないからね」
「いきなり辞めると言ってきて、大迷惑なんだよ。これだけ迷惑かけておいて、給料日だから給料払えだって? ムシが良いにもほどがある!(怒鳴る)」

 次に、「近視眼的な経営とその模倣」について考えてみよう。
 前掲書の中で両弁護士は、現在、
「後先を考えない短期的な利益さえあがればいい」という「むき出しの利益追求」が企業ではびこっているのと同時に、
「利益追求に重きを過度に置いて、労基法が守ろうとしている価値を攻撃する言動を行う経営者が多い」ことを指摘している。

むき出しの利益追求」のもとにある経営思想は、「利益至上主義」である。
極論すれば、「利益」がすべてであり、労働者の命、健康、生活や権利といったものは後回しにされ、それらはやがて「どうでもいい」という考えに結びつくことになる。

 これが極端に押し進められると、労働者は「人」ですらなくなる。
 この、労働者を「人」として見なくなるという風潮は、1985年に制定された労働者派遣法を一つの転機として捉えられるのではないかと私は考えている。

「労働者派遣」は、A社の従業員がB社に派遣されてB社で働く形を取るものである。
もちろん、派遣労働者はB社の社員ではない。
したがって、B社の経営者にも従業員にも、派遣労働者に対しては同族意識が働かない。
 派遣労働者はなぜB社に来ているのか――それは、名前のついた労働者が働きに来ているというよりは、B社が求める特定のスキルを発揮するため、である。

 つまり、派遣労働者の彼ないし彼女は、「労働者」ではなく、「労働力」という「商品」という扱いになる。
 だからB社は、求めているスキルを発揮していないと不満を感じれば、A社に対し、「スキルの高い人を寄越せ」と要求することになる。

 このように、労働者派遣という働き方は、労働者を「人」たらしめず、自社の社員としての同族意識も持たせず、「商品」という位置づけを労働の現場に持ち込むようになった。
 こうした労働力の提供のやり方は、工場労働の場合の構内請負のようなケースで例がなかったわけではないが、労働者派遣法の制定は、それまで暗黙のうちに行われていたことを合法化し、公然と行うことを認めたのだ。
先ほど、私がここに転機があると述べたのは、こうした理由からである。

 この1985年以降、バブル経済期とその破たんを経て、我が国は長期の不況期に突入していく。
この結果、企業では人件費の削減のため、派遣に象徴される非正規雇用の活用が急速に進むようになる。
 このことと軌を一にして、「労働者」が「商品」として扱われていく状況が広まっていったのである。

 バブル経済の破たん以降に創業したり事業の拡大をしたりした企業は、多かれ少なかれ、この非正規雇用の活用と、それに伴う労働者を「人」扱いしない気風の中で成長を遂げている。
 この中で、「利益至上主義」、あるいは「利益優先主義」が企業の経営原理として働いている事例が増殖したと推察される。
こうして、多くの企業で「近視眼的な経営」がはびこるようになっていったのではないか。  

もちろん、利益追求というのは企業にとって一番重要な目標である。
しかし、近視眼的な経営が極端に進むと、企業は利益追求という企業の目標と併存する価値を有する、労働者の命、健康、生活といったものを軽んずるようになる。
 その結果、企業は大切なものを見失い、タガを外していくのではないだろうか。

               ※
 以上、笹山尚人氏の新刊『ブラック職場 過ちはなぜ繰り返されるのか?』(光文社新書)から引用しました。
数多くの労働事件を手がけてきた弁護士が、ブラック職場が生まれる背景に迫りながら、ホワイトな社会の実現に向けた解決策を示します。
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2017年12月24日

ブラック企業大賞は「アリさん」引越社、WEB投票賞はNHK、ブラック研修賞はゼリア新薬

ブラック企業大賞は
         「アリさん」引越社、
WEB投票賞はNHK、
ブラック研修賞はゼリア新薬
2017年12月23日 16時18分 弁護士ドットコム

「ブラック企業大賞2017」の発表・授賞式が12月23日、東京都内でおこなわれ、引越社・引越社関東・引越社関西(アリさんマークの引越社)大賞に選ばれた。

引越社関東の男性社員を不当にシュレッダー係に配転したり、懲戒解雇するなどしたうえ、さらに懲戒解雇の理由を「罪状」などと記載して、男性の顔写真を入れた書類をグループ店舗に掲示した。
今年、東京都労働委員会が不当労働行為を認定した。

ウェブサイトでの投票数によるWEB投票賞は、2013年に女性記者が、長時間労働によるうっ血性心不全で亡くなった「日本放送協会」(NHK)だった。

ブラック研修賞は、新人研修中の男性社員が自殺した「ゼリア新薬工業」がえらばれた。

特別賞は、新人男性社員が過労自殺した大成建設・三信建設工業
業界賞」は、女性研修医が自殺した新潟市民病院がえらばれた。

今回のブラック企業大賞には、いなげや、パナソニック、新潟市民病院、日本放送協会(NHK)、大成建設・三信建設工業、大和ハウス工業、ヤマト運輸、引越社・引越社関東・引越社関西(アリさんマークの引越社)、ゼリア新薬工業の9社がノミネートされていた。
ノミネート理由はこちら(https://www.bengo4.com/internet/n_7024/)。

ブラック企業大賞は、ジャーナリストや弁護士でつくる実行委員会が、日本の労働環境を改善する活動の一環として、2012年から毎年開いている。
今年で6回目。
労働法などに抵触したり、またはその可能性があるグレーゾーンな条件や、パワハラを従業員に強いる体質の企業や法人を「ブラック企業」として定義している。

実行委員の佐々木亮弁護士は「ブラック企業、労働者を傷つけている企業は世の中に多くある。1年に1回は、ひどい事案があったことを思い出してもらいたい。
それによって、企業はノミネートされないように適切な労務管理したり、被害にあっている人は自分の被害を訴えたりすることに役立ててもらいたい」と話した。
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2017年12月25日

安倍政権「凍える大増税」“標的は庶民”の暴挙

安倍政権「凍える大増税」
“標的は庶民”の暴挙
2017年12月24日 11時05分 日刊大衆

 所得税、消費税、森林税、たばこ税、観光振興税、酒税……。
次から次へ出てくる負担増の数々。

が寒い!
 寒波が日本列島を襲うこの季節、懐を凍えさせるニュースが飛び込んで来た。
12月12日に与党税制協議会が開かれ、所得税改革案が決定。
会社員の所得税が大きく変更されることとなったのだ。

■高給取りのサラリーマンにとどまらず…
 会社員は、給与の一定額を必要経費と見なして、収入から差し引く「給与所得控除」が認められている。
これが、年収850万円以上の会社員は減額されることで増税されることとなり、年収900万円なら年間1万5000円、同1000万円以上なら同4万5000円も増税される。

「年収850万円でも、22歳以下の子どもや介護が必要な家族がいる会社員らは外されることになったので、対象者は給与所得者の約4%に当たる230万人程度になる見込みです」(政治部記者)
 なお、すべての納税者を対象とする「基礎控除」は10万円引き上げられるので、実質的な減税も同時に行われるが、まさに雀の涙。

国税庁のデータによると、現在、会社員の57%が年収400万円以下。「上位の数%の人だけが増税」だとされれば、“雲の上の話”と聞き流す人も多いだろう。
しかし、事はそう簡単ではない。
「増税の基本は“取りやすいところから取る”ですが、所得税が、その対象になるのは極めて異例です。
ここまで手を突っ込んできたということは、さらなる増税の布石ともささやかれています」(前同)
 高給取りのサラリーマンにとどまらず、すべての日本国民に負担がのしかかろうとしているのだ。

「今回、増税の対象を、当初の自民党案通りに年収800万円以上にするか、それとも年収850万円以上にするかが争点として大きく報道されましたが、それに隠れて、実は“庶民こそが標的”と思わざるをえないほど、多くの税政策が今後、待ち構えているんです」(同)

■消費税は10%に
 すでに決定したものや導入間近とされる税をまとめたのが、文末の表なのだが、それを見てげんなりしてしまう人もいると思われるほど、あまりにひどい。

まず、全国民の生活に影響する消費税は、2019年10月から10%に引き上げられることが決まっている。
所得税などと違って年収にかかわらず一律で徴収されるため、所得が低ければ低いほど、そのダメージは顕著となる。

 過去に増税時期が延期されたように、10%の消費税導入が再延期される可能性もゼロではないが、
「東京五輪前の好景気時にやるはずです。
五輪後の特需が落ち着いてしまった時期では、消費税率を引き上げるタイミングが失われてしまいますから」(政治ジャーナリストの安積明子氏)

■森林税と国際観光旅客税は利権の温床にも…
 また、最近になって姿を現した「森林税」と「国際観光旅客税」も厄介だ。
「森林税は、森林の保護を目的とした税で、個人住民税に年間1000円が上乗せされて支払われる予定となっています。
税収見込みは620億円ほどになります」(経済誌記者)

 導入時期は、東日本大震災からの復興のための増税が終わる翌年の2024年度で、それを“継続”する形で徴収するわけだが、「一度、形にした税金をなんとか、そのままキープしたいというのが本音でしょう」(前同)

 一方の国際観光旅客税は、少し前まで「出国税」の名前で報じられていたもので、その名の通り、出国時に一人あたり1000円を徴収する方針だという。
「導入時期は2019年から。恒久的に集める税金としては、実に1992年の地価税導入以来の新税となります。
日本人、外国人に関係なく徴収され、16年の出国者数を参考にすれば410億円もの税収が見込まれます」(同)

 せっかくの旅行に水を差されたと感じる人も出てくることだろう。
さらに、最近、各自治体で活発なのが「宿泊税」の導入だ。
「現在、東京都と大阪府ですでに導入されていて、京都市も来年10月から導入する予定です。その他、沖縄県や金沢市など人気観光地も導入を模索しており、庶民の旅行への影響も指摘されています」(社会部記者)

 国際観光旅客税も宿泊税も、それぞれ観光の整備・振興に使われる予定だが、前出の安積氏は、森林税も含め、税金の使途に、こう疑問を投げかける。

「ガソリン税はそもそも、道路整備のために設けられたもので暫定的なものでした。
しかし、期限が来ても廃止にせずに延長が繰り返され、さらに現在では東日本大震災の復興財源になりました。
利権の継続のいい例でしょう」

 つまり、森林税や国際観光旅客税も、その目的通りに使われ続けるか分からないというわけだ。
「そもそも、森林税なんかは何に使うか決まっておらず、まず徴収ありきなんです。
道路特定財源でムダな道路が造られたように、利権の温床となる可能性は否めません」(野党議員)
 そんな……。

■たばこも酒もまだまだ増税
 新税と継続に加え、増税の定番とも言える“取りやすいところから取る”も健在。

たばこ税はその筆頭で、「紙巻きで1本当たり3円ほど増税される見込みです。
さらに、現在は税率が抑えられている加熱式も、紙巻きにかなり近い率まで増税。
 たばこメーカーは、本体価格を下げて客離れに対応すると見られるので正確には分かりませんが、5年後には1箱の価格が500〜600円まで上昇しそうです」(前出の政治部記者)
 また、酒税も今後、第3のビールやワインを中心に増税される予定だ。

■アベノミクスの失敗が原因の一つ 
これほどまでに増税が多く待ち構えているとなれば、安積氏が「年収300万円で、どうにかやりくり生活している庶民からも“取れるなら、どこからでも徴収する”というえげつなさ。
こんなに増税されると、働く意欲をそがれますよね」と嘆くのもムリはない。
どうして、ここまで安倍政権は増税に走るのか。
その原因の一つとされるのが、アベノミクスの失敗だ。

日本大学法学部教授(政治学)の岩井奉信氏が話す。
「アベノミクスが、もう限界なんです。
税金があるという前提で、かなりのバラマキ政策をしてきましたが、経済は停滞したままで税収が思うように上がっていないんです」

 安倍晋三首相とすれば、政策失敗を補うための“元手”が欲しいが、それがなく、その補填を庶民からかき集めるしかないという構図なのだ。

●“増税大臣”麻生太郎財務相が
        強硬派として…
 しかも、“増税大臣”とも言うべき存在の麻生太郎財務相が、消費増税においては強硬派として動き、「企業には400兆円の内部留保があるのですが、これにも税金をかけろと言っているんです。
法人税と二重課税になるのでムリなんですが、いざとなったら、やるかもしれません」(前同)というほどなのだ。

 仮に、安倍政権ではないにしても、「ポスト安倍の筆頭候補の岸田文雄・自民党政調会長も、増税推進派。
特に消費税の引き上げは“不可欠”と断言しています。
また、国民の期待の高い小泉進次郎氏にしても、税金の集め方には声を大にして“物言い”をしますが、減税とは言ってくれません。
今後の増税は避けることのできない既定路線なのです」(前出の経済誌記者)

■“新たな税金”にスマホやペットも!
 実は、先に挙げた税金以外にも、“新たな税金”の創出がささやかれている。
前出の岩井氏は、「『電波税』は、その一つ。
これはスマホを使う人全員が対象となるわけで、安倍政権が何事も強行突破でやるなら……」  

欧州でも盛んに議論されているだけに十分にありえるというのだ。
また、前出の野党議員はこうも話す。

「森林税が問題ないならば、昨今の豪雨からの防衛対策を目的とした河川税、北朝鮮の脅威に備えるための防衛税もありえるでしょう。
また、ペット税はすでに導入を検討する自治体がありますし、あらゆるものへの課金が模索されています」

●介護保険サービスなど、
    支給の締めつけも
 そんな絶望的な状況を表すかのように、増税だけでなく支給の締めつけも実施される。

来年8月から改正介護保険法が施行され、原則1割の介護保険サービスの自己負担割合が、3割になる人が出てくるという。
 さらに、要介護度が改善された事業者には国からインセンティブが支払われることとなり、「現在、要介護4認定の高齢者が3に変更されるなど、重度が意図的に下げられ、その分、介護が受けられなくなる人が出てくる可能性が指摘されているんです」(前同)

 他方、12月12日には厚労省が生活保護受給額を来年度から最大13.7%引き下げる報告書案をまとめた。
「特に大都市部での引き下げが顕著で、東京23区で小学生と中学生の子どもが2人いる40代夫婦世帯で、引き下げ率最高となる月2万5000円の減額になります」(前出の社会部記者)  

高所得者も弱者も関係なく、すべて安倍政権の締めつけに苦しむ事態に陥っているのだ。
「本来、税金の徴収には、誰からどうやって集めるかという、きめ細かさが必要なのですが……」(岩井氏)

 安倍政権に庶民はむしり取られるばかりだ――。
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2017年12月26日

弱い者ほどなぶるのか 安倍政権の沖縄と庶民への仕打ち

弱い者ほどなぶるのか
安倍政権の沖縄と庶民への仕打ち
2017年12月25日 日刊ゲンダイ

 この政権の冷酷無残がよく分かる。
政府が22日に閣議決定した2018年度予算案の中身は、もはや鬼の所業と言うほかない。  

まず、沖縄関係予算。
沖縄振興費は前年から140億円減の3010億円となっている。
前年度比で実に4.4%の減額だ。
しかも、国の直轄事業は軒並み増額し、使い道の自由度が高い一括交付金を大幅に削った。
過去最低の1188億円は前年度比で約170億円、12.6%もの大幅減。
一括交付金は、これで4年連続の減額である。

 23日付の毎日新聞が「翁長氏が知事になって振興予算が目に見えて減っている、というところを県民に見せる」という政府関係者のコメントを紹介していたが、こうなると、嫌がらせ以外の何物でもない。
 知事選を前に、米軍普天間基地の辺野古移設に反対する沖縄県の翁長知事に予算で圧力をかけ、沖縄世論に揺さぶりをかける。
いつもながら卑劣なやり口だ。

沖縄振興と基地問題を「リンクさせない」としてきた従来の政府方針を反故にして、予算減額で締め付けようというのである。

 その一方で、米軍空母艦載機部隊の移駐を岩国基地に受け入れる山口県への関連交付金は従来の2・5倍に引き上げるなど、露骨に優遇してみせるのだ。

元外務省国際情報局長の孫崎享氏が言う。
「基地問題で苦しんでいる沖縄に対し、よくこんな仕打ちができるものです。
今月13日にも普天間第二小学校に米軍ヘリのCH53Eが窓を落とすという事故がありました。
わずか6日後に米軍が同機の飛行を再開しても、日本政府は抗議もしないで容認した。
沖縄の基地問題と正面から向き合わずに、米国の顔色をうかがって沖縄に辺野古移設をゴリ押ししてきたのが安倍政権です。
これに反対する民意に支えられた翁長知事に対しては振興予算の大幅カットと、札束で頬をはたくような真似をする。
誰もがカネで言うことを聞くとでも思っているのでしょうか。
米国のトランプ大統領とまったく同じ下劣な発想です」

■「金目」で圧力はトランプと同じ
 国連総会は21日の緊急特別会合で、エルサレムをイスラエルの首都とするトランプ政権の決定に対し、撤回を求める決議案を賛成多数で採択したが、賛成すれば経済支援を打ち切ると事前にドーカツしていたのがトランプだ。
「数億ドル、数十億ドルも受け取っていながらアメリカに反対票を投じる国には、そうさせればいい。
我々は大いに(支援金を)節約できる」と公言していた。

 敵と味方を峻別し、カネの力で自由意思まで支配しようとするトランプ政権のドーカツ外交については、さすがに日本のメディアも批判的に報じているが、「最後は金目でしょ」の安倍自民もやっていることは同じだ。
 逆らう者には容赦せずカネにものをいわせて弱者イジメに精を出す。
すべてカネ、カネで、オトモダチには大盤振る舞い。
そのシワ寄せもまた、弱者に押し付けられる。
 18年度予算案では防衛費や公共事業費が膨張し、その分、社会保障費が圧縮された。

 診療報酬の改定では、医師や薬剤師の収入増になる「本体部分」が588億円の増額になった。
プラス改定を要求してきた日本医師会の横倉会長は安倍官邸と蜜月関係にある。
日本医師会は自民党の有力な支持団体のひとつだ。
医師の収入が増える分、健康保険料や患者の窓口負担も増える。

 生活保護予算は食費などの生活費に充てる「生活扶助費」を国費ベースで約160億円削減する。
ひとり親家庭に支給する「母子加算」も減額。
厚労省の推計によると、67%の世帯で支給額が減るという。

弱者から搾り取って
オトモダチを優遇、米国に貢ぐ
「ギリギリで暮らしている人の生活費を削って160億円の予算をカットし、防衛費は18年度予算案で660億円も増やした。
さらには17年度補正予算案にも防衛関連費2345億円が計上されていますから、ざっと3000億円です。
これらの予算とはまた別に、新たに導入を決めた陸上配備型ミサイル迎撃システムのイージス・ショアは1基あたり1000億円といわれている。
迎撃システムなんて役に立たないことが分かっているのに、米国から2基も買うというのです。そんな無駄遣いをするくらいなら、社会保障費に回したらどうかと言いたくなりますが、生活保護カットと沖縄の振興予算カットの本質は同じです。
弱者の面倒をしっかり見るのが成熟した民主主義国家なのに、安倍政権は弱者をますます困窮させる。
沖縄を切り捨て、弱者を切り捨てるのです」(孫崎享氏=前出)

 4年連続で過去最大を更新した防衛費の中身を見ると、米国製の武器購入が際立っている。
安倍政権になってから、対外有償軍事援助(FMS)による米国からの武器調達は増加の一途。

12年度は1380億円だったFMS調達が、18年度は約4800億円と3.5倍に膨れ上がる見込みだ。
「米国製の防衛装備品の購入にはすぐに予算がつくが、米政府への支払いが増える分、自衛隊の訓練費などが圧迫される懸念が出てきた。
防衛力の強化は、ただ装備品を増やせばいいというものではありません」(防衛省関係者)

 安倍首相の本当の目的は防衛力の強化ではないのだろう。
米国から武器を大量購入して、トランプを喜ばせたいだけなのだ。
なぜなら、安倍自身が15日の参院本会議で米国製の武器購入について、「米国の経済や雇用にも貢献するものと考えている」と明言していた。

 だが、米国経済の前に、まず自国民の生活が大切ではないのか。
日本国内の格差拡大、貧困問題は深刻なところにきているのに、生活保護を削って武器を買い、他国経済を潤わせるのが為政者のやることか。

■国内の貧困対策より海外バラマキ
 訪日したユニセフのレーク事務局長が13日、都内で「世界子ども白書」を発表したが、
日本の子どもの16%が深刻な貧困状態にある」と、先進国でも貧困率が高いことに懸念を示していた。
 翌14日に安倍が表明したのは、保健・医療に関する国際会議「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)フォーラム」で、あらゆる人が医療保健サービスを受けられる世界の実現に向けて、約29億ドル(約3300億円)の支援を行うことだった。
 もちろん、世界の保健・医療への貢献も大切だが、国内にも医療サービスを満足に受けられない人はたくさんいる。

160億円の生活保護費を削って、3300億円を大盤振る舞いするのは、どうにも違和感がある。
その1割でも、国内の困窮家庭の支援に向けられないのか。

今回の税制改正による増税は、国税と地方税を合わせて約2800億円とされています。
その増収分を上回る3300億円もの支援金が、安倍首相の名誉欲を満たすためだけに使われてしまう。
汗水たらして稼いだそばからカツアゲされ、オトモダチや海外にバラまかれては、国民はたまりません。
それも取りやすいところから搾取し、弱者を痛めつけて、足りなくなれば、また搾り取るというえげつなさ。
ドロボー猫よろしく予算を膨らませ、その一部でオトモダチを優遇し、米国に貢いで、将来世代に莫大な負担をツケ回している。
こんな状況では、若い世代が子どもをつくることもできません。
庶民は生きていくのもままならない。
こんな人でなし政権が『人づくり革命』などと言うのは笑止千万で、完全に倒錯している。
この悪辣ぶりはヤクザ顔負けです」(政治評論家・本澤二郎氏)

 任侠の世界には義侠心というものがある。
ヘタを打てば落とし前もつける。
親分の米国には媚びへつらって、弱者をいたぶり、何があっても責任を取らないチンピラ政府はヤクザよりもタチが悪い。
こんな政府やデタラメ予算案を許していたら、庶民はなぶり殺されるだけだ。
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2017年12月27日

余禄:「元日や今年もあるぞ大晦日」…

余禄
「元日や今年もあるぞ大晦日」…
毎日新聞2017年12月26日 東京朝刊

 「元日や今年もあるぞ大晦日(おおみそか)」。
当たり前の話なのに川柳になるのは江戸の昔は大みそかが借金取りとの攻防の日だったからだ。日用品も掛け売りが普通だったので、大みそかに掛け取りがどっと家に来た

▲「大晦日亭主家例の如(ごと)く留守」
「掛取りが来ると作兵衛うなり出し」
押入れで息を殺して大晦日」。
借金取りから逃れる仮病や居留守は川柳の笑いの定番であった。
井原西鶴(いはらさいかく)の「世間胸算用(せけんむねさんよう)」には手の込んだ借金取り撃退法がある

▲「亭主の腹わたをくり出しても取る」。
留守番を脅しつける男の勢いに、他の借金取りは「ここはだめだ」とあきらめる。
だが当の亭主はどなっている男の留守宅で同じことをしていた。
借金取り撃退の「大晦日の入れ替わり男」だ

▲掛け取りがなくなった今も年末に借金の山を思い出すのは、毎年今ごろに来年度政府予算案が報じられるからである。
景気回復による税収増を見込んだ2018年度の一般会計総額は、6年連続で過去最大となる97・7兆円となった

▲政府は新たな国債発行は減るという。
だが歳入の3分の1が国債でまかなわれるのに変わりなく、国と地方の借金は1100兆円を超す。
膨らむ借金をよそに、当面の実入り増の皮算用を頼りに支出を増やすのはまともな算段なのか

▲総選挙では消費増税の使途変更で大勝した首相だが、来年は新たな財政健全化目標を示すという。
ならば持続可能な社会保障と財政を次世代に渡す歴史的な使命のためにこそ、蓄えた政治力を用いる時だろう。
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「いずも」型護衛艦の空母化を検討、F35Bを運用=関係者

*小だぬき→現場に無知な防衛省内局
 記事紹介の後に無知を論じます。
「いずも」型護衛艦の
空母化を検討 F35Bを運用=関係者
2017.12.26 Reuters

[東京 26日 ロイター]
- 2019年度から始まる新たな中期防衛力整備計画に向け、政府は「いずも」型護衛艦を戦闘機が発着できる空母に改修する検討に入った。
垂直に離着陸できる米海兵隊の「F35B」戦闘機の運用を想定するとともに、航空自衛隊が同型機を導入することも視野に入れている。
事情に詳しい複数の政府関係者が明らかにした。

有事の際に日本国内の滑走路が長距離ミサイルなどで破壊され、戦闘機が使用できなくなることに備えるほか、中国が活動を強める南西諸島周辺の守りを強化する。

いずもは15年に就役した全長248メートルの海上自衛隊最大の護衛艦。
空母のような広い甲板を備え、同時に9機のヘリコプターを運用できる。
対潜水艦戦が主要な役割で、今年3月には2番艦の「かが」が就役した。

複数の政府関係者によると、いずもはもともとF35Bの運用を前提に設計され、格納庫と甲板をつなぐエレベーターは同機を乗せることが可能。
改修では短距離滑走で離陸できるよう船首にジャンプ台を増設したり、垂直離着陸時に出る熱に耐えられるよう、甲板の耐熱性を高めること、管制機能を強化することなどを検討している。

自衛隊はこのところ、米空母との共同訓練を頻繁に行っている。
北朝鮮に対する抑止力を高めることが最大の目的だが、防衛省関係者は「米軍が空母をどう運用しているのか、目の前で見ることができる絶好の機会だ」と話し、自衛隊による空母保有に前向きな姿勢を見せる。

日本は軍事力を急速に強化する中国への警戒感を強めている。
特に長距離ミサイルによって有事の際、緒戦で在日米軍や自衛隊の滑走路が破壊される恐れがあるため、移動可能な発着拠点を洋上に確保しておきたい考え。
東シナ海の海と空で活動を強める中国に対し、制空、制海権を確保する狙いもある。

複数の政府関係者によると、まずは米海兵隊のF35Bを発着させることを想定。
平時の補給や機体整備などを通じ、日米が緊密に連携していることをアピールする。
また、空自が独自にF35Bを導入し、海自と統合的に運用することも検討している。

政府内では、輸送艦「おおすみ」の後継として、海から島などに部隊を上陸させる強襲揚陸艦を新たに建造する案も浮上している。
17年度中に編成する陸上自衛隊の水陸両用部隊とともにF35Bを乗せ、陸海空が統合的に離島防衛に当たることを想定している。

遠方に攻撃型の戦力を投入できる空母の保有は、日本が掲げる専守防衛との整合性を問われる可能性があるため、政府は18年末までに策定する新たな防衛大綱で論点を整理する。
同時にまとめる中期防で、具体的な装備取得に乗り出す。

小野寺五典防衛相は26日午前の会見で「防衛力のあり方に関して、不断にさまざまな検討をしているが、F35Bの導入やいずも型護衛艦の改修に向けた具体的な検討は、現在行っていない」と述べた。
(久保信博、ティム・ケリー 編集:田巻一彦)
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机上の空論・自衛隊の空母運用(小だぬき)
海上自衛隊に全通甲板の「いずも」があり、次期戦闘機としてF35Bを 航空自衛隊が導入するから 空母としての運用は可能などと 机上の夢想・空論では、パイロットに無用な死を強要するようなものです。
旧日本海軍が空母機動部隊で活動できたのは、艦艇と航空機が共に海軍所属で 日常的に空母艦載機として離発着訓練・整備ができたからです。

航空母艦は 航空機の海の滑走路・航空基地・整備拠点です。
格納庫・整備工場・兵器装着、取り外し、日常的な離発着訓練が練度を保つ上で、隊員の命を守るためには絶対に必要です。
F35をホバリングさせながら 航行している「いずも」に着艦することがいかに大変か、容易と考える政府の想像力のなさに開いた口がふさがりません。

空自所属で運用できると考えるノー天気さに呆れます。
「いずも」に常時 空自の整備員・武器運用班・誘導指揮班などを常駐させなければ、空母戦闘機としての機能は発揮できません。
帝国海軍のように 空母運用のための 海自戦闘機隊としてF35を編成するなら別ですが・・。
員数合わせのように時に応じて空自機を乗せればいいなんていうのは 悲惨な戦争指導をした旧大本営幕僚と一緒の「空想的楽観主義」「精神主義」でしかありません。

空母の運用は、パイロットの養成から航空母艦に離発着できる技量が求められます。
また整備・武器・パイロット・管制などの運用チームがチームとして機能して 戦闘機隊として存在できるのです。
今の空自・海自・陸自が 本当の意味で統合運用できる体制にあるのか 真摯に検討することが
F35Bを買う前に問われることです。
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2017年12月28日

「次の次」に「次」は来ない

熱血!与良政談
「次の次」に
「次」は来ない与良正男
毎日新聞2017年12月27日 東京夕刊

 第2次安倍晋三内閣が発足して5年が過ぎた。
本欄で書き続けてきたようにその政治手法をはじめ、私の評価は厳しいが、安倍首相が自民党総裁に返り咲いた5年前の秋を振り返ると、改めて考えることがある。

 あの頃、多くの国民にとって安倍首相といえば「体調が悪化して首相を辞めた人」だったはずだ。
森喜朗元首相ら先輩議員も「復帰は早すぎる」と自重を求めていたものだ。
 地方の自民党員の間では石破茂氏を待望する声が大きかったし、
ベテラン国会議員の間では石原伸晃氏を推す人が多かった。

 ところが石破氏は国会議員にはなぜか嫌われ、石原氏は総裁選中の失言がたたってずっこけた。
そこで漁夫の利を得て、安倍首相が総裁になったのが実態だ。

 小泉純一郎氏の後を継いで第1次政権を担った時も「若すぎる」「経験がない」と言われた。逆に言えば安倍首相は批判はあってもチャンスを逃さなかったということだ。
 父の安倍晋太郎氏は「首相になるのはライバル・竹下登氏の次でいいよ」と言い出しかねない権力欲の少ない人だった。
だから私は好きだったが、結局首相の座には就けなかった。
安倍首相は、そんな父親を反面教師にしてきたように思う。

 ある経済人は「安倍さんは今、自分が首相でなかったら日本は大変なことになっていたと思っている」と言う。
確かにそう信じていなければ今秋、「森友」「加計」の疑惑隠しと批判されるのを承知で衆院の解散はしなかったろう。
それが強さであり、危うさ、怖さでもある。

 その衆院選。惨敗した希望の党の小池百合子東京都知事は「その次」の選挙で首相を狙おうとしたのだろう。
ところが、いきなり政権交代を目指す構えを見せて無理をした。
 「次の次」を狙うから、今は自民党の議席を少しでも減らそうと正直に訴えた方がまだよかったと思う。

ただし歴史を振り返れば、「次の次」という人になかなか「次」はやって来ないのが政界である。
 来秋は安倍首相が3選を目指す自民党総裁選がある。
「ポスト安倍」を狙う石破氏や岸田文雄氏らが「安倍3選の次でいい」と弱腰でいる限り次は訪れないのではないか。そんな気がしている。
      (専門編集委員)
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2017年12月29日

「努力しても成績が伸びない子」の残念な習慣

「努力しても成績が
伸びない子」の残念な習慣
「頑張っても伸びない」に親子とも悲鳴
2017年12月28日 東洋経済ONLINE

石田 勝紀
: 一般社団法人 教育デザインラボ 代表理事

小5の女の子がいる母親です。
中学受験を考えているため、塾に通っています。
うちの子は、勉強が好きなほうではないですが、比較的努力家でコツコツと勉強するほうです。

しかし、コツコツと勉強して頑張っているにもかかわらず、なかなか結果に表れません。
結果に表れるどころか、下がっているようにさえ思います。
そのうち結果が出るから大丈夫だよと言っているのですが、本人も心配しているようです。
私もだんだん心配になりご相談と思い、ご連絡しました。
努力をしても報われないなんて考えたくありませんが、どのように子どもに対応したらよろしいでしょうか。よろしくお願いします。 (仮名:藤森さん)

なぜコツコツ努力をしても
報われないのか
努力をされるお子さんのようですね。
それはとてもすばらしいことです。
通常、勉強は嫌々ながらやるか、言われないとやらないという子が多い中で、コツコツと努力をする子ということは、今後が楽しみですね。
しかし、藤森さんがご心配になっているとおり、実は、コツコツ努力をしても成果が出ないことがあるのです。

筆者はこれを「努力逆転の法則」と呼んでいます。
つまり、努力すればするほど、成果・成功から遠ざかっていくという恐ろしい法則なのです。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
通常は、コツコツと努力をすれば成果が出ると思いますよね。
というより、「そう思いたい」というのが正しいように思いますが。
しかし、現実はそうは甘くはないのです。
今回はこのメカニズムについてお話ししましょう。

まずは一般的に考えられる「コツコツ努力をしても報われない」理由を3つ掲げましょう。

1)努力する部分を間違えている
たとえば、勉強でいえば、
テストによく出る問題(Aランク)と
たまに出る問題(Bランク)、
あまり出ない問題(Cランク)と大きく3種類に分けたとして、
テストにあまり出ない問題(Cランク)を勉強しても、点数にはつながりませんよね。
つまり、点数に直結する部分から勉強していかないと、点数にはつながらないということなのです。
コツコツと努力する子の典型として、勉強時間数が多いことに満足して、内容面では、Aランク、Bランク、Cランクの区別がついていないということがよくあります。
もし、これに該当するのであれば、1度、頻出順に整理して、勉強の強弱部分を明確にするといいでしょう。

2)実は大して勉強していない
親から見て机に座って勉強していると感じていても、実際は、60分のうち、半分ぐらいの時間は、ぼーっとしていたり、携帯をいじっていたりすることがあります。
このような場合は、集中できる時間を計測して、その時間内で仕上げるように勉強内容を組み立てていくといいでしょう。
15分しか集中できないのであれば、タイマーをかけて15分で休憩を5分入れるというようにします。
30分は集中できるのなら、30分でタイマーをセットします。
このように終わりの時間を明確にすることで、子どもはその時間内はやろうという気持ちになります。

3)勉強方法を間違えている
勉強方法を間違えていると、いくら努力しても成果につながりませんね。
当たり前のことです。
勉強方法については、1度、先生に確認してみる必要があるでしょう。

以上、典型的な3つの理由についてお話ししました。
もし、この3つのいずれかに該当する可能性があれば、その該当部分を1度チェックするといいでしょう。

しかし、これら3つがクリアされているのに伸びないということがあるのです。
今回はこの点についてお話ししましょう。
このことについては一般に知られていません。

「頑張る」には2つの種類がある
それは「頑張っているうちは、成績は大して上がらない」ということなのです。
つまり「成績を上げたいなら頑張ってはいけない」ということなのです。
頑張ることで報われると思っている人が多いのですが、頑張ってもうまくいくとは限りません。

もし頑張っていて報われるのであれば、頑張っている人は皆、成功していないとおかしいですからね。
実は、この「頑張る」という言葉は非常に怪しい言葉で、「頑張ってはいけない」と言われると、では「怠ければいいのか」と性急に考えてしまうことがあります。
そういうことではなく、「頑張る」には2つの種類あり、通常、イメージされるような「頑張る」ではうまくいかないという意味なのです。

通常イメージされる「頑張る」とは、「苦しみを伴った『頑張る』」です。
一般的に、「頑張る=つらいこと」ととらえることが多いのではないでしょうか。

「受験勉強を頑張る」といった場合、おそらく「つらい孤独な戦いを忍耐で頑張る」という様子をイメージすることでしょう。
もちろん、この方法でも、ある程度は成績は上昇します。
しかし“ある程度”です。
しかも、このタイプの頑張る道のりは、厳しくつらいものであり、できれば避けたい道を我慢して通っているため、ちょっと油断すると、すぐに下がっていきます。

「頑張るとはそういうものであり、その道を避けるなどと、甘いことを言うなんて」という人もいます。
このような精神論が間違っているとは言いませんが、本当にそのようなやり方が効果的なのでしょうか。

というのも、これまで非常にたくさんの子どもたちを見てきた中で、わかったことの中の1つに
次のようなことがあるのです。

それは、上記のような「苦しみを伴った『頑張る』」で勉強が継続的にできるようになった子に出会ったことがない」ということなのです。
“ほどほど”のレベルまで上がればいいと思っているのでしたら、「苦しみを伴った『頑張る』」でも、“そこそこ”上がりますから、それでもいいかもしれませんが、突き抜けた人、上位のゾーンに入る人、安定的に高い状態にある人になりたいのであれば、「苦しみを伴った『頑張る』」では到達しないのです。

楽しみを伴った「頑張る」
では、「苦しみを伴った『頑張る』」ではないのならば、どうすればいいのかということになりますね
それが、もう1つの種類の「頑張る」なのです。
それは「楽しみを伴った『頑張る』」なのです。
換言すれば、「楽しんでいる心理状態にある『頑張る』」ということなのです。

勉強ができる子の頭の中は見えませんね。端から見ていると、「一生懸命勉強している」「努力している」「(苦しみを伴って)頑張っている」ように見えます。
しかし、彼らの内面は外から見ているのとは真逆と言ってもいいぐらい、異なっていることはあまり知られていません。

例)小6の女の子の例
私がかつて指導していた小6の女子のお話をしましょう。
彼女は、全教科抜群にできるのですが、特に国語がよくでき、難問でも解いてしまうのです。
私は、その子に「どうやって国語の文章を読んでいるの?」と聞くと、「この文章に出てくる○○ちゃんは、私の友達の△△ちゃんに似ていて、でも××の部分はちょっと違うんだよね。
△△ちゃんはこんなふうには考えないからね」と答えるのです。

さて、これが何を意味するかおわかりでしょうか。
この子は問題を解くために文章を読んでいるのではなく、自分の知っている現象と文章を重ね合わせて、内容面に入り込んでいるのです。
だから問題が解けるのです。
つまり、その子は「楽しんでいる」のです。

例)歴史ができる高校生の例
ある高校3年生がいました。
彼は、高3から世界史を勉強し、たった1年でマスターして早稲田大学法学部に合格しました。
彼に、なぜ世界史がそんな1年でできるようになったのか聞いたのです。
すると彼は「世界史に出てくる人物を自分の知っている友人たちに置き換えている」というのです。
「先生も出てきますよ」と言われたものです。
家族や知人、友人を総動員していると言っていました。
単なるカタカナで表記され会ったこともない世界史上の人物を、身近な人に置き換えることでリアル感を持って“楽しんだ”ようなのです。

どうすれば楽しめるのかを考える
この2つの例はほんの一例です。
まだまだたくさんあります。
できる子だから楽しめるのではなく、楽しめる子だから結果としてできるようになっていったのです。
おそらく端から見ていれば、この2人の子は一生懸命勉強している、頑張っていると見えますが、内面が外から想像する姿とはまったく異なるのですね。

藤森さんにアドバイスしたいことは、一見つまらなさそうにみえる勉強を、いかにして楽しめるようにするかということが重要だということです。

ただ頑張ればいいというものではありません。
どうすれば楽しめるのかを考えて実行してしまう。
この考え方が、将来にわたって、お子さんにとっての最大の財産にもなることでしょう。
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2017年12月30日

年金13万円、生活苦に悩む高齢者たちの実情 生活保護を受けることすらできない

年金13万円、生活苦に悩む
高齢者たちの実情 生活保護を
受けることすらできない
2017.12.29 東洋経済ONLINE(村田くみ)

 2015年9月、厚生労働省は納めた年金保険料に対し給付額がいくらになるかを世代ごとに試算した結果を発表。
それにより若年世代は現在受給している世代と比べ、大幅な減額を余儀なくされるという、「世代間格差」が存在することが判明した。

 将来に悲観的にならざるをえない若年層に対し、現在年金を受給している人たちはある意味「勝ち組」ともいえるかもしれない。

 しかし、現実には生活保護で支給される額よりも少ない年金を頼りに、ギリギリの生活を送る日本の高齢者たちの姿があった。

「こんな状況で介護が必要になったら、
       生活が成り立たなくなる」
そんな恐怖におびえながら日々を過ごす人々の実態を追う。

年金が足りない高齢者の悲鳴
 ある都営住宅の一室。
一人暮らしの高齢者5人が集い、こたつを囲んでお茶をすすっていた。
今日の天気からはじまり、孫のこと、病気のこと、話題は尽きない。
ニュースで取り上げられている「年金」について1人が切り出した。

 「これ以上年金を減らされたら、私たちの生活はどうなっちゃうの?」
 「テレビや新聞で年金の話題が取り上げられても、内容が難しくてさっぱりわからないよ」  ただ、1つだけ理解している点は、受け取る年金は将来にわたって減らされるということ。
長生きすればするほど、生活が苦しくなる。
笑い飛ばしていても、目つきは真剣だ。

 「消費税が上がってから、何を買っても高くつくので、食べ物や生活必需品以外は本当に買わなくなりましたね。
洋服も以前は、お店の前を通ったら『あら、これいいわね』と、毎シーズン1つは新しいものを買っていましたが、新調しないでなるべく着まわししなくては。
外出しても何も買わないでまっすぐ家に帰るようにしています」

 日本年金機構から毎年送られてくる「ハガキ」を片手に深いため息をつくのは、都営住宅に住むフサエさん(仮名、77歳)。
定年退職後、年金をもらいながら趣味を謳歌する……そんな悠々自適な生活を思い浮かべながら、現役時代は必死に働き続けた。
ところが、いざ年金を受け取ってみると、あまりの少なさにショックを受けた。

 夫が15年前に他界してからは一人暮らし。
嫁いだ2人の娘たちが時折、フサエさんの様子をうかがいに訪ねてくる。
定年まで企業の食堂などで働いたので、夫の扶養には入らず厚生年金に加入していた。
現在、月に受け取る年金額は厚生年金と国民年金などを合わせて約13万円。
「長年働いた割には少ない」というのが実感だった。
女性は男性よりも賃金が低いため、支払う年金保険料が少ないからだ。

 月々の生活で出費のウェートを占めるのは食費と光熱費、そして医療・介護費。
フサエさんは糖尿病の持病があり、入退院を繰り返している。
要介護度は7段階でいちばん軽い要支援1。
週に2回、デイサービスに通う。
3年前に転倒して足を骨折したときの後遺症でリハビリを行うためだ。
歩行が困難になりシルバーカーを押しながらやっとの思いで歩いている。

このほかに、定期的に内科と整形外科に通う。
医療費は薬代を含めて1割自己負担で月5000円程度。
介護保険のサービス利用料も同様に1割負担で約5000円。
そして、ガスストーブをつけて暖を取る冬場の光熱費は1万4000円にもなる。

 「年金生活に入ってからは家賃の減免申請をしたので1万1600円。
光熱費、医療費、介護の費用が何かとかかるので、貯金を切り崩しながら生活しています。
生活はいっぱい、いっぱいですよ。
これから先、今まで以上に病院や介護のおカネが必要になったらどうしようと不安になります」  

「娘たち? 孫の教育費やら何やら、娘たちにも生活があるのでアテにできませんね。
年金で生活できなくなったら生活保護に頼るしかないわね」
 お茶をすすりながらフサエさんはため息混じりに語った。  

 定年まで働いたのにもかかわらず、余裕がない生活を余儀なくされているのは、もらえる年金が少ないから。
ひとたび病気や介護をきっかけに費用の負担が増えれば生活が成り立たなくなる……。
介護破産“予備軍“の1つはフサエさんたちのような、年金受給額が低い高齢者たちだ。

安倍政権の容赦ない「年金カット」
 日本の公的年金制度(厚生年金と国民年金)は、現役世代の保険料負担で、高齢者世代を支える「世代間扶養」の考え方を基本として運営されている。
しかし、少子高齢化が進むなかで、現役世代が納付する保険料のみでは年金給付を賄いきれなくなっている。
 現役世代6713万人の保険料収入は37兆6000億円。
これに対して、年金受給の高齢者は3991万人で給付総額は53兆4000億円(いずれも2014年)。
保険料収入よりも給付額が上回っている状態だ。

給付額の不足分は、国庫(税金)から補塡し、さらに保険料の一部を「年金積立金」として保有して、一部を運用しながら切り崩している。

 国は年金制度を維持するために、制度改正を何度も行っている。
2004年に、自民・公明連立政権下で「年金100年安心プラン」と題し、今後100年間、年金の受取額は現役時代の収入に対して最低50%を保証するために、年金制度の改革が行われた。

その1つが、「マクロ経済スライド」だ。
 理解を深めるために、ここで年金について、もう一度、おさらいしよう。
そもそも、年金額は物価や賃金の変動に応じて、毎年改定されることになっている。
物価が上昇すれば年金額も上がり、下降すれば下がる「物価スライド」が導入されている。
ところが、「高齢者の生活の配慮」を理由に、2000年度から、当時の自公政権が物価スライドを凍結させた。
物価の下降に合わせて年金額を減額すべきところを据え置いたのだ。

 このため、本来もらうべき年金額よりも多くもらっていた受給者は適正額に戻すために、2013年10月から1%、翌14年4月からさらに1%減額され、2015年4月にも0.5%下げられた。

 「もらいすぎ」が解消されれば、物価や賃金が上昇すると、その分年金額も上がることになる。
その伸びを抑える役割を果たすのが、「マクロ経済スライド」だ。
2015年度、厚生年金を受け取る夫婦二人世帯のモデル世帯は、前年度より4453円プラスの月22万3519円もらえるはずだった。
ところが実際の受給額は月22万1507円。
マクロ経済スライドにより、2012円減った。
しかし、この額はあくまでもモデルであり、年金受給者3991万人のうち、約4分の1が生活保護の基準以下で生活する”隠れ貧困層”といわれる。

自営業で国民年金にしか加入していなかった人や、フサエさんのように長年働き続けていても低賃金だったために、支払われる年金額が少なかった人もいる。
 そんな”隠れ貧困層”を直撃するのは、2016年末の臨時国会で成立した「年金カット法案」だ。
現在導入されている「マクロ経済スライド」は、デフレ下では発動されないため、将来的な物価上昇の見通しが立たない現状では、年金支給額の抑制が厳しい。
そこで、デフレ下でも年金の支給額を抑制できるように、「物価と賃金の低いほうにつねに合わせて年金を下げる」という仕組みを盛り込んだ改正国民年金法が2021年4月から実施される。  

2016年12月下旬、厚生労働省が公表した試算によると、物価上昇率が1.2%、経済成長率が0.4%のケースでは、高齢者への年金支給額は新ルールを導入しない場合と比べて2026年度から2043年度まで0.6%減る。

民進党が公表した試算では、国民年金は年間4万円、厚生年金は同14万円も減るという恐ろしい結果が出ている。
今、ぎりぎりで生活している高齢者たちは、生活が立ち行かなくなるのは目に見えている。

「おカネがなければ死ぬまで働け」
 一般的に会社を定年退職したあとに、健康保険組合から国保に移る。
年齢とともに病院に通う人が多くなるので、高齢者の加入率が高い国保は、その分保険料を上げないと医療費を賄えない構造になっている。
国保の負担増も高齢者にとってかなりの痛手だ。

 東京都に住むシンジさん(仮名、67歳)も年金カットと国保の負担増で悲鳴を上げている高齢者の1人。
現在、年金を受け取りながら運送業のアルバイトで生計を立てている。

 「アベノミクスの影響で、株で儲かった人もいるようですが、私たちには関係ない話だね。年々、仕事が減って、最近の手取りは年100万円程度でした」(シンジさん)
 シンジさんの年金は年間約60万円。
長年、自営業を営んでいたため厚生年金はない。
60代で店を畳み、アルバイトをはじめた。

同い年の妻は腎臓が悪く、定期的に病院に通い人工透析を受けている。
ほとんど寝たきりの状態で要介護度は2番目に重い「要介護4」。
排泄は自力でなんとかできても、家事は一切できないため、シンジさんが妻に代わって一切を行っている。
そして、ひきこもりで働くことができない娘(30代)の3人で暮らしている。
 妻の年金はすべて妻自身の医療費に消える。
所得税と住民税は非課税に該当しても、年13万円の国民健康保険料の支払い義務はあった。  

「兄一家と同居しているので、家賃の負担がないのが幸いですが、国保の保険料と光熱費を差し引くと手元には月10万円しか残らない。
家族3人で食べていくのが精いっぱいですよ」(シンジさん)

 東京23区の保険料は住民税を基に計算されていたが、2013年度より所得から33万円の基礎控除を差し引いた「所得」が算出のもとになった。
変更後は、扶養家族や障害者・寡婦などの控除が適用されなくなり、一部の世帯では保険料が上がった。
シンジさんに限らず、年収が少なく家族が多い世帯の家計を直撃した。
豊島区を例にとると、年収200万円の年金受給者夫婦二人世帯では、年6万3840円から年8万5886円と、約2万2000円上がった。
シンジさんも以前と比較して2万円の負担が増えた。

 「世の中の人は『もっと働けばいいじゃない』と思うかもしれませんが、妻が病院に行くときは私が付き添い、普段も食事の世話をしなければならないので、働きたくても働けない。
1カ月のうち10〜15日が限界です。
それに私だって高齢者なので、現役世代のようにもっと働けといっても体がいうことを聞きませんし、これ以上は無理ですよ」

 シンジさんは自分が病気で倒れたときのことを考えると背筋が凍るというが、なすすべもない。
住居は持ち家の扱いなので、基本的に生活保護の受給対象にならないからだ。

”持ち家”が足かせになる
 「首から上は元気なんだけどね」と笑うのは、埼玉県に住むスミコさん(仮名、79歳)。
 60代でリウマチにかかり、10年前に頚椎の手術を受けた。
歩行が困難で買い物を含めて家事のほとんどは夫(80歳)が行う。
 「トイレが近くて夜中に何度も起きるのが嫌で、あまりお水を飲まなかったら去年の夏に熱中症になりかけちゃって。
猛暑日が続いても電気代がもったいないから、クーラーをつけなかったのが、よくなかったのかもしれないね」
 節約するのにはワケがある。
夫との年金は2人合わせて約15万円。
持ち家なので家賃はないが”老後”のために生活費を抑えて少しでも貯金に回している。

 “最後のセーフティーネット”といわれる生活保護受給の条件は
@現在手持ちのおカネがわずかな状態、
Aすぐに現金化が可能な資産を持っていないことなどだ。

単身世帯に支給される保護費は、東京23区で月13万円程度。
所持金が13万円を下回っていれば、受給の対象になる。
 また、Aの現金化可能な資産については、自宅、車、保険などが対象とされている。
例外もあるので詳しい情報は住む自治体の社会福祉事務所に確認をする必要があるが、一般的に持ち家は資産と見なされるので、低年金でも持ち家があると生活保護が受けられないケースが多い。
前出のシンジさん一家や、スミコさん夫婦は、生活に困窮していても生活保護の対象外になる。  

夫婦に子どもはいない。
夫はまだ一度も大病を患ったことはないというが、すでに80代。
いつまでもこのままの生活が続くとは思っていない。
 「万が一、夫が私よりも先立つようなことがあったら、どうしよう……」
 スミコさんの苦悩は尽きない。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 | Comment(3) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

「まさか自分が…」年末年始に突然、路上生活を強いられる人々

「まさか自分が…」
年末年始に突然、
路上生活を強いられる人々
12/30(土) 11:00配信 現代ビジネス(大西連)

年末年始、行き場を失う人がいる  
「まさか自分がこうなるとは思わなかった」  
Yさんはそうつぶやくと、うつむいた。
 Yさんは40代半ばの男性。
高校を出てからの多くの期間を飲食店で働いて生活してきた。
 しかし、10年以上働いたお店が3年前に閉店してしまい、寮付きだったこともあり、仕事と住まいを同時に失った。
 しばらく就職活動をしながら友人宅を転々とするも仕事は見つからず、貯金も減るばかり。友人宅に長くは居候できずネットカフェ生活になった。
 「ここで生活するようになって、家がないことの大変さに気がつきました。履歴書に書く住所がなければ、郵便物も届かない。
 おまけに、毎日、その日泊まるところを確保しないといけないんです。
だんだん、心が削られていきましたよ

 ネットカフェ生活に突入したYさんだが、なんとか友人の紹介で建設現場での仕事を得ることができた。
しかし、仕事が見つかったとはいえ、日雇だ。
 「日雇でも仕事があるだけましです。
いまは、派遣会社でもマイナンバーが支払いに必要だとか、建設現場でも資格や実務経験が必要だとかで、なかなか仕事が見つからない。
 元気な体があれば仕事はどうにでもなる時代じゃなくなったんですね

 そんなYさんだが、年末年始は仕事が休業に入るということで、仕事を失った。
所持金が底を尽きた末に、私たちのところに相談に訪れたのだ。

「まさか自分がこうなるとは思わなかった」
 彼と会ったのは2016年12月31日。
Yさんは無事にふとんで年を越すことができた。
 しかし、この師走の東京で、日本で、彼のように、寒いなか路頭に迷い、行き場を失ってしまう人がいる。
 それは数百人かもしれないし、数千人かもしれない。
実数はわからない。

 しかし、困っている人たちがいて、私たちが何かができるなら、するべきだろうと思う。
 昨年(2016年から2017年)の年末年始の支援活動から見えてきたことから、必要な支援について考えたい。

「ふとんで年越しプロジェクト」とは  年末年始は「閉庁期間」といって、公的機関がお休みに入ってしまい、生活に困っても必要な制度を利用することが難しくなる。
 それを受けて、毎年、例えば都内では、年末年始に生活困窮した人を支えるために、新宿・渋谷・池袋・山谷地域などの各地域で「越年・越冬」と呼ばれる、炊き出し(共同炊事)や夜回り、医療相談や生活相談などの、民間の支援団体による活動がおこなわれる。
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【今年の相談先リストはこちら】
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 年末年始の「閉庁期間」は年によって違うが、少なくとも5〜6日、長いときは9〜10日ほども公的な支援が利用できなくなる。
 それこそ路上で凍死する人や餓死する人がでてもおかしくない。
 私たちは、2013年〜2014年の年末年始から、都内の各地の支援団体の協力で「ふとんで年越しプロジェクト(以下、「ふとんP」)」を結成。
 2013年〜2014年は約20名の人に緊急的なシェルターの提供や医療福祉支援を、2014年〜2015年の年末年始には約30名の人に、2015年〜2016年には15名の人に、2016年〜2017年には25名の人に支援をおこなった。

 本来であれば、公的な支援を年末年始の期間にも途切らせないことが必要だ。
 だが、2013年からの4年間、厚労省はじめ、関係機関に要望を重ねてきたものの、十分な成果を得ることはできなかった(これについては後述する)。

 「ふとんP」では、山谷・新宿・渋谷・池袋のそれぞれの活動を支援するべく、医師や看護師による医療相談チームとNPO等で生活相談に従事する生活相談チームとが一緒になって、一つのチームによる相談体制を整備。
 必要な人が宿泊できるための個室のシェルター約30部屋分を用意し、年末年始期間に運営するほか、各地の相談会、夜回り等に参加し、医療福祉的な支援につながることができるような支援を展開してきた。

 最終的には、例年、「ふとんP」で支援した人は年明け後に、各地で生活保護の申請をしたり、各支援団体のシェルター等に移行したり、実際に就職に結びついたりと、それぞれのニーズに合わせた行き先に向かっていく。

国が定義する
「ホームレス」では不十分
 「ふとんP」のシェルターは、過去4回の実施でこれまで90名以上の人が利用した。
 性別は、男性が7割以上、女性が2割強、セクシャルマイノリティーの人もいた。
 各地の支援団体等では個室の宿泊先などを確保することができないことも多く、例年、女性やセクシャルマイノリティーの人の相談が寄せられる。

 年代としては、昨年のみのデータだが、34歳以下が17%、35〜49歳が25%、50歳〜64歳33%、65歳以上25%と、同様のホームレス調査などと比べると若年層が多い。
 また、最高齢は90代、最年少は20代前半と、幅広い人にシェルターを提供している。

 平均年齢は約48歳(過去4回のデータより)であり、いわゆる野宿者の平均年齢が59.3歳(平成24年度ホームレスの実態に関する全国調査)であることを考えると、住まいを失った生活困窮者の実情は国が定義する「ホームレス」だけでは不十分であることを如実にあらわしていると言えるだろう。
 もちろん、全体的には50代以上が多いのだが、年代によってこれまでの経歴や現在の住まいの状況、生活歴などは傾向が見える。

 具体的には、60代以上の人には長期の路上生活経験者が多く、高血圧などの持病を抱え、相談に来た人が多い。
長らく建築業などで日雇労働をしてきたが、仕事を得られなくなり支援を求めてきた人もかなりの数いた。

 40〜50代の人には精神疾患を抱えていたり依存症の問題を持っていたりする人が多かった。また、この年代の人のなかには、生活保護を利用した経験を持つ人もいた。
 その多くは、生活保護利用中に入所した施設でトラブルにあったり、人間関係がうまくいかず(病気や障がいのためとも思われる)、支援からこぼれてしまった人たちであった。

 そして、20〜30代の人に多かったのは、ネットカフェや知人宅を転々としながら、日雇や派遣で働いている人たちだった。
 いずれも、正規職員として働いた経験が乏しく、家族との関係に問題を抱えていたり、家族が困窮していたり、孤立していることが多かった。
 また、この年代の人のなかには、軽度の知的障がいをもつ人などもいた。

相談者が貧困におちいった背景
 2013年〜2014年の年末年始からスタートした「ふとんP」では、前述したように高齢で病気を抱えた人、日雇労働等で生計を立てていたが職を失った人、精神障がいや知的障がいを抱えた若年層の人などを受け入れてきた。
 これまで支援してきた90名以上の人のうち8割以上は、健康面での不調を抱えていた。

 路上生活や不安定な住居、ホームレス状態におちいる人のなかに、健康面での不調を抱える人が多いことは旧知の事実だが、他の調査(ホームレスの実態に関する全国調査等)との違いは、障害者手帳(身体・精神・療育)を所持している人の割合が1割以上にのぼったことだ。

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※平成24年ホームレスの実態に関する全国調査によれば、手帳所持者は1.2%、以前持っていたがなくした人は1.0%だった
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 障害者手帳ということは、障害者福祉につながりサービス等を利用していたことがある人だということ。
 彼らが住まいを失っていたことは、家族のトラブルや離別(死別)、医療機関とのトラブル等により、路上にでてきてしまったことを意味する。
 支援とつながっていた人が、そこから断ち切れてしまい極寒の路上で寒さをしのぐ……そんな事態が起きていることは衝撃的だ。

 また、ここ2年の大きな傾向としては、生活保護を利用したことがある人が50%以上、なかには現在進行形で利用している人もいた。
 生活保護を利用していた(利用している)人が、なぜ住まいを失ったのか。
 劣悪な環境の施設や病院での生活に耐えられずにそこを飛び出た、人間関係のトラブルによって住まいを出ていかざるを得ないなど、さまざまな事情があった。
 支援を受けていた人が、支援が断絶し路上にでてきている。
もちろん、支援が断絶した理由にはさまざまなものがあり、本人に課題や原因があるものも含まれる。
 しかし、それを差し引いたとしても、障がいや困難を抱えて地域で暮らしていた人が、容易に路上生活におちいりやすい状況があるということ、また、そういった人たちが障がい等の理由によって、一人で制度にアクセスすることができずに路上にとどまってしまっていること、いざ生活保護や障害福祉サービスにつながったとしても、そこでのトラブルや住環境の悪さ等によって、持続して支援を利用することが難しい状況になってしまうことなど、私たちの社会の側の課題が浮き彫りになっている。

「枠」にとらわれない支援を  
「ふとんP」利用者の多くは、年明け後に生活保護の申請をおこなう。
 貧困ビジネスのような劣悪な環境の施設から逃げて来たり、法的なトラブルを抱えていた人は法律家につないだり、緊急的に医療的な支援を必要としている人には「ふとんP」協力医師が紹介状を書いたりと、年明け後もフォローしていく。
実際にすぐに入院になった人もいた。

 また、定職に就いていながら事情があって住まいを失ってしまった人や高齢と障がいで車いす生活で適切なアパートが見つからなかった人の一部に、アパートを借りる費用の援助をおこなったこともある。
 これらは、一般的には「住居確保困難者」と呼ばれる人たちだが、彼ら彼女らが独力でアパートを借りることの困難さを、伴走しながら感じた。
 たいていの場合、元ホームレスや精神障がい、はたまた、75歳以上などの状況だと多くの民間のアパートの大家さんには嫌がられてしまう。

 今年の2月に「住宅セーフティネット法」とも呼ばれる「住宅確保要配慮者に対する賃貸住宅の供給の促進に関する法律の一部を改正する法律案」が改正されたが、支援の現場では喫緊の課題だ。
 また、生活保護の申請にいたらなかった人では、年明け後に住み込みの仕事や、派遣の仕事に戻っていった人たち、いわゆる空き缶集めなどをしながらのホームレス生活に戻った人がいる。  そのなかには、派遣先で事前に聞いていた労働条件と違うといった相談もあり、継続的に支援をしている。

 例えば、2015年よりスタートした生活困窮者自立支援制度では、生活保護の手前の人を支援するための施策が用意されていることになっているが、実際には、住所はないが一定以上の収入はある、などの人は対象外となっている。
 さらに、そもそも宿泊場所が転々としてしまうためにどの自治体で相談したらいいかわからないなどのさまざまな制度の狭間、自治体同士の連携不足やたこつぼ化など依然として課題が多い。

 自治体という「枠」でなく、一定の収入という「枠」ではなく、障害手帳を持っているかいないかという「枠」でなく、支援を利用したことがある・うまくいかなかった経験があるという「枠」でなく、いま目の前のいるその人を見た支援や施策、制度というものを考えていく必要があるのではないか。

これまで国や自治体に求めてきたこと
 「ふとんP」ではこの4年間、国や自治体に下記のことを求めてきた。  

・閉庁期間中にも生活保護申請を受け付けること
・閉庁期間中にも必要に応じて宿泊場所や食事の提供、または、その費用の給付・貸付等をおこなうこと
・上記の施策を適切に利用できるように発信・広報すること
・上記の施策を各自治体に周知徹底すること

 ポジティブなこととしては、閉庁期間中の生活保護申請については、きちんと受け付けるようになった。
とはいえ、受け付けてもらえても、宿泊場所の提供や費用の給付・貸付は閉庁期間中は受けられないままだ。
 これについては、国は各自治体にお願いするしかない、と答える。
各自治体は、制度上、閉庁期間中の対応は必ずしもできないわけではないが、基本的におこなわない。

 これはオフレコで某自治体の担当者に聞いたところ、
「自分のところだけやると他の自治体から困っている人がみんな集まってきてパンクする、やるなら都道府県単位などで音頭をとってもらわないと」と話していたが、東京都などに聞いても閉庁期間中の対応は考えていない、という。

 「年越し派遣村」がおこなわれたのは2008年〜2009年の年末年始。
その年、厚労省は自省の講堂を開放して対応したほか、「派遣切り」にあった人たちを支えるべく、さまざまな通知をだしたり、第二のセーフティネットと呼ばれる求職者支援などの緊急雇用対策を講じた。
 東京都も翌年の2009年〜2010年の年末年始に公設派遣村を代々木のオリンピックセンターに開設し、年末年始に必要な方への支援をおこなった。

 当時といまでは、必要とする人の人数には違いがあるのかもしれない。
しかし、路上の「ニーズ」は変化しており、高齢や病気、障がいなどを抱えている人がより多い状況というのは深刻さを増している。

 2017年は時限立法(期間の定めのある法律)である「ホームレス自立支援法」が延長された。同法によれば、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等」について国の責務であると明記されている。
 国は、各自治体ごとに取り組める、というスタンスではなく、広域の地域で担えるような仕組み作りなど、積極的にモデル事業等、自治体のインセンティブを高める施策をおこなってほしいものだ。

路上から見えるものを解決するには
 路上生活者は国の統計では減っている(厚労省「ホームレス概数調査」によれば2017年1月時点で全国で5534人)が、一人ひとりの路上に残されている人たちの状況は、より深刻化し、しかも、知的・精神障がいなど、見た目にわからない複雑さをともなっている。
 実際に、この4年間、年末年始の期間に約90名以上の方を支援してきて思ったのは、住まいを失うにいたるほど困窮してしまった人たちの状況からは、日本のさまざまな問題が見えてくる、ということである。

 それは、雇用、社会保障、住所に紐づく住民サービス、住宅を借りること、家族の領域とされてきたものについて……そうした様々な社会的な問題が、結果的により弱い立場の、弱ってしまっている人たちのもとにふりかかり、結果的に彼ら・彼女らを極寒の路上に追いやってしまった、そう思えてならないのである。

 くしくも、12月には生活保護基準の一部引き下げも報道され、来年度予算案として閣議決定された。
年の瀬に生活困窮者にはつらいニュースが続くのは残念だ。
 私たちの社会が目指すものは何であろうか。
 路上にいる一人ひとりの声にもっと耳を傾けてほしい。 
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大晦日に考える 最近、たるんでないぞ

大晦日に考える 
最近、たるんでないぞ
2017年12月31日 東京新聞「社説」

 いろいろあった一年もついに暮れますね。
大晦日(おおみそか)ぐらいは、ということで大目に見ていただき、ちょっとくだけて笑いや遊びについて書いてみます。

 二〇一七年も三百六十五日目。
「いやはや、もう一年か」と感慨にひたっている方も少なくないでしょう。
こんな笑話があります。
 雷様が、お月様とお日様と一緒に旅をした。
だが朝、宿で雷様が目を覚ますと独りぼっち。
宿の者に聞けば「お月様もお日様ももう出発なさいましたよ」。
雷様が一言。「月日のたつのは早いなぁ」

◆「新解釈」で笑う
 笑いといえば、割と有名ななぞなぞを一つ。
英語で一番長い単語は何? 
答えは、smiles。
「ほほ笑み」のスマイルの複数形とか、人の姓にもありますね。
で、たった六文字でなぜこれが一番長いのか。
最初のSと最後のSの間が1マイル(1・6キロ)あります…。
スマイル、いや薄笑いでも浮かべていただけたら幸甚。

 笑いとは何かは難問ですが、例えば劇作家の鴻上尚史(こうかみしょうじ)さんがどこかで書いていたのは「新解釈」。
そういえば、駄洒落(だじゃれ)だって、言葉に別の意味を見いだすのですから新解釈といえば新解釈ですね。
時に「おやじギャグ」などと蔑(さげす)まれますが、なかなかの傑作もあって−。

 ゴルフ場で、一人が、もう少しでグリーンに乗るというナイスショット。
その瞬間、誰かが叫ぶ。「あわや、乗りこ!」。まあ、ブルースの女王を知る世代限定ですが。  これも「新解釈」でしょうか。記憶曖昧ながら、
前にネットで見た変換ミスコンテストの応募作の一つが、確かこんな感じで−。

 その人は、友人とメールで信仰について論争中、「(自分は)神の存在を信じないし、不幸とも思わない」と大まじめに打って送ったつもりが、変換ミスでこうなっていたそうです。
 「紙の存在を信じないし、拭こうとも思わない

◆「遊び」へと飛び出せ
 ちょっと言葉遊びがすぎたでしょうか。
でも、笑いは健康にいいとも言われますし、昔から「笑って損した者なし」と。
ただ、笑いは、笑う方にゆとりがなければ生じ得ないのも確かです。

 古く外の目から言われる日本人の特質はといえば、第一に勤勉、まじめであって、ついつい仕事にのめり込む傾きが。ゆとりというのは案外苦手な気がします。
 勤勉は美点ですが、そこに企業の競争・効率至上主義がつけこむと、個人が無理を強いられ続けかねません。
今年を振り返っても、過労死や過労自殺など働き方をめぐる悲劇は相次ぎました。

 文筆家のワクサカソウヘイさんは雑誌『望星』十二月号のエッセーで、そうした、こうあらねばならない、と不断に迫ってくるような社会状況を「意味の呪縛」と呼んで、こう指摘しています。

 <私たちは意味の呪縛に対抗する、唯一にして尊い手段を持っている。
それが「遊び」だ>。

草野球でも登山でも盆栽でも、とにかく何でもいいのでしょう。
意識的に「意味の構図」から無意味=「遊び」へと飛び出すべし、と。
 「遊び」といえば、もう、ひと昔前になりますが、原題にひかれて一冊の本を買い求めたことがありました。
トム・デマルコという米国人コンサルタントが書いたビジネス書ですから、本来なら本屋で見ても素通りなのですが、表紙の「Slack」という言葉に目がとまったのです。
 聞かない英語ですが、筆者の愛好する遊び、フライフィッシング(西洋式毛針釣り)ではなじみ深い言葉で、結んだ毛針を水面で流す時、糸につくる「たるみ」を指します。
それがほどけて流れを吸収してくれる間は、毛針が糸に引っ張られて動くことなく自然に流れてくれる。ピンと張っていてはそうはいきません。

 この本(邦題『ゆとりの法則』)の著者はビジネスにも、その「たるみ」こそが肝要だと説いています。
効率化を進めすぎて、スラックがなくなると、変化への対応力も失い、生産性は損なわれる、というのです。
 こんな例を挙げています。
 九ますに八個の数字タイルが並ぶパズル。
そこにもう一つタイルを入れて、空きスペースをなくしてしまうとどうなるか?
 もう、タイルは一切、動かせない…。

◆スラックがなくなると
 この「たるみ」は「遊び」に通じます。
ほら、ハンドルの遊びなどと言いますし。
「ゆとり」と呼び換えてもいい。
さすれば、笑いも生まれ得ましょう。

 企業にも個人にも大事なのですから、むしろ、上司は「最近、たるんでるぞ」じゃなく「最近、たるんでないぞ」と部下を叱咤(しった)すべきなのかもしれません。

 さて、もう一つ寝るとお正月。
いい新年にしたいものです。
posted by 小だぬき at 13:57| 神奈川 ☁| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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