教科書の文章、意味わかる?
国立情報学研究所など測定法開発
毎日新聞2017年9月26日 東京朝刊
子供たちは、教科書の文章をどのくらい正確に読めているのか−−。
国立情報学研究所の新井紀子教授(数学専攻)らの研究グループが9月、児童・生徒らの読解力を科学的に測定する「リーディングスキルテスト(RST)」を開発したと発表した。
「係り受け」の理解などについて問題文を作成し、小中高生、大学生、社会人まで幅広く解答してもらったところ、理解の程度を測るテストとして有効だったという。
文部科学省が2019年度から実施予定の「高校生のための学びの基礎診断」の測定ツールとして認定を目指す。
●「係り受け」理解など調査
新井教授は、東大入試に挑戦する人工知能(AI)「東ロボくん」の研究をしていた際、
「子供たちは本当に文章の意味を理解できているのか」という疑問を抱き、それをきっかけに、子供の読解力についての研究を始めた。
RSTで測るのは「初めて読む文章の構造を理解し、日本語の論理や一般常識を使って読み解く力」だ。
例えば、「美しい水車小屋の乙女」という言葉で、「美しい」は「水車小屋」と「乙女」のどちらに係るのかがわからなければ、文章を正しく理解したとはいえない。
こうした力は、子供たちが自分一人で文章を読んで新しい知識を吸収したり、資格試験の問題文や仕事のマニュアルをきちんと理解したりするためにも必要になる。
新井教授らは、それを科学的に測定するために、教科書の文章や新聞記事から200字程度の短文を抜き出し、多数の問題文を作成した。
文章や記事は、東京書籍、毎日新聞などが提供した。
問題文は、
(1)「係り受け」の理解
(2)指示語や省略された主語が何を指しているかの理解
(3)二つの文が同じ意味かどうかの判断(同義文判定)
(4)論理や常識を使って文章を読み解けるか(推論)
(5)図表と文章が対応しているか
(6)定義と具体例が対応しているか
−−という6分野に分けて作成し、子供たちの総合的な読解力がわかるように工夫した。
●子供に目立った誤答
新井教授らは、16年〜17年7月にかけ、これらの問題文を使い、全国の小学6年生〜大学生、社会人を対象に大規模な調査を実施。
その結果、子供たちの読解力が驚くほど足りていない状況が浮かび上がった。
新井教授によると、6分野の中で最も基礎的な力は「係り受け」「指示語や省略された主語」を理解すること。
だが、例えば、
「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称でもあるが、男性の名Alexanderの愛称でもある」という文章を読んで、Alexandraの愛称を選択させる問題では、中学生の6割以上が答えを誤った。
「女性の名Alexandraの愛称でもある」という文の省略された主語が「Alex」であると読み取れなかったためだ。
また、「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」という二つの文章は、「沿岸の警備を命じたのは誰か」について違うことを言っている。
ところが、この設問について、中学生の約4割が「同じ(意味)」と誤答した。
学年による比較では、読解力は中学生までは、学年が高くなるにつれ緩やかに向上していたが、高1〜高3では、ほとんど伸びていなかった。
●授業改善の可能性
今回の調査研究に参加した北海道教育庁の田嶋直哉主幹は「学校によってばらつきが大きく、予想以上に読めていない所もあって驚いた」と話す。
道では離島や小規模校を中心に、2008年からテレビ会議システムを使った遠隔授業を取り入れており、教員と生徒のコミュニケーションを補うため「言語能力」を重視している。
その一環として、生徒の読解力を把握しようと、今年6月、道立高校10校が、新井教授らの調査の対象校に名乗り出た。
田嶋主幹は「これまでは教科書を読めている前提で授業をしてきたので、教員と生徒が認識しただけでも改善する可能性がある」とみる。
指導法などは各校で検討する予定だ。
また、新井教授らの調査では、正答率は、読書習慣、教科の得意、不得意とは相関関係が認められなかった一方、個々の学校の偏差値との相関が強いという結果も出た。
読解力の高い児童・生徒は、高校入試で求められるような総合的な学力も高いことを示唆する結果と言える。
【岡礼子】