香山リカのココロの万華鏡
寝るリズム忘れずに
毎日新聞2018年2月20日 都区版

「働き方改革」により、これまで勤務時間などあってないようなものだった医者の世界も少しずつ変わってきた。
たとえば、夜の当直勤務の後、若手の医者のほとんどは翌日の日中もふだん通りに仕事をする。いったん出勤して40時間、60時間と病院に居続けるということもあった。
それが最近は「当直が終わったら、なるべく朝一度、帰宅して休養」というルールができつつあるのだ。
ところが、それによって新たな問題が起きてきた。
ある若手が言っていた。
「夜、仮眠をはさみながら患者さんの急変などに対応して、朝、帰って、夕方また担当の患者さんの様子を見に病院に来る。
その間、数時間だけ家にいても寝られない。
だとしたら、病院で昼休みなんかに仮眠したほうがいい」
どちらにしてもあまりの働きすぎに心配になるが、たしかに人間は機械ではない。
「はい、家に5時間滞在してその間にしっかり睡眠も取って」といわれても、なかなかそうはできない。
良い睡眠を取るためには、忙しい時間から切り離され、短くてもいいからリラックスタイムをもうけることが大切だ。
仕事を忘れ、自分のためにお茶をいれ、すてきな音楽に20分でも耳を傾ける。
そんな時間があってこそ、からだも脳も「ああ、これから自分を休めるんだな」と睡眠モードになれるのだ。
とくに交代勤務をしている人たちは、この「仕事をしている昼とリラックスや睡眠のための夜」が逆転することもあるので、からだが「いまは働くの? それとも休むの?」と判断できなくなる。
それによって不眠、高血圧、胃腸障害などが引き起こされることもある。
交代勤務をしている人たちは「自分のからだに相当、ムリをさせているんだ」と自覚して、睡眠前のリラックスタイムや完全休養日などをなるべく多く取ってほしいと思う。
そう言いながらも、私もだんだん仕事の時間と自分の時間との境目がなくなりつつある。
ネットの発達で、家に戻って寝る直前でも仕事のメールをやり取りしたり、原稿を書いて送ったりしてしまうのだ。
もちろん、今さら「みなさん、朝起きて昼は仕事や家事を頑張っても、暗くなったら働くのをやめて、ゆっくりくつろいで夜は良い睡眠を取りましょう」などと言っても、実現するのは難しそうだ。
とはいえ、本来は「朝起きて夜は寝る」のが人間という生きもののリズム。
それだけは忘れないようにしたいものだ。
(精神科医)