「支援の谷間」に落ちた
被災者の深刻な生活苦
在宅被災者が復興支援から取り残されている
2018年03月12日 岡田 広行 : 東洋経済 記者
いてつく寒さが続く宮城県石巻市。
一人暮らしの高齢男性の自宅を、ボランティアが訪ねた。
「わずかですけど、受け取ってくださいね」
東日本大震災発生以降、7年近くにわたって被災者支援を続けている「チーム王冠」の伊藤健哉さんが、津波で被災した自宅で暮らす佐藤悦一郎さん(74)にコメを手渡した。
「いつもありがとうございます。
これで何とか空腹をしのぐことができる」。
佐藤さんはこう言って頭を下げた。
医療費免除を打ち切り
佐藤さんは仮設住宅に入居せず、壊れた自宅を応急修理して住み続けている「在宅被災者」の一人だ。
だが、生活は厳しい。
自宅の修理は不完全で、台所の床は腐りかけている。
年金だけでは生活費を賄えない月が多く、義援金のみならず、貯金も使い果たした。
地震直後にタンスが倒れて両ひざを負傷。
一時は歩くことも困難になった。
医者知らずだった佐藤さんは、震災後、糖尿病や高血圧、難聴などさまざまな病気を発症。
現在、4カ所の医療機関に通い、毎日12種類の薬を飲み続けている。
現在、佐藤さんを追い詰めているのが、国民健康保険の医療費免除の打ち切りだ。
白内障で4月に両目の手術を予定しているが、「おカネがないので、取りやめになるかもしれない」(佐藤さん)。」
市の負担継続が困難
石巻市は国から財政支援を受けて、住民税非課税の被災者(家屋が大規模半壊以上)の医療費自己負担の免除を特例措置として続けてきた。
だが、所要額の2割に相当する市の負担継続が困難であるとして、3月末で終了させる方針だ。 その結果、約6000人の低所得の被災者が4月以降、通院や入院のたびに2割または3割の自己負担を余儀なくされる。
「お医者さんにはこのままでは両目とも見えなくなると言われた。
打ち切りは死ねということだ」。
佐藤さんは絶望感を吐露する。
4年前の2014年3月、宮城県による財政支援の中止をきっかけに、県内の多くの被災者が国保医療費の自己負担免除打ち切りに見舞われた。
それにより佐藤さんは通院が困難になり、薬を処方してもらうこともままならなくなった。
その後、被災者からの切実な声を受け止めて、石巻市などの自治体が国の支援を基に免除を再開したが、財政難を理由に再び打ち切りが迫っている。
子育て世代の困窮も深刻
当事者が多くを語らず、支援も行き届かないため、生活に困窮する被災者の実情は知られていない。
その多くは佐藤さんのような高齢者だが、子育て世帯の困窮も予想を超えて深刻だ。
国際NGO(非政府組織)団体「セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン」が、学用品費などの一部を支援している被災地の子育て世帯396(うち337が一人親世帯)を対象に実施したアンケート調査によれば、もともと生活苦であったところに震災が重なったことで困窮が増していることがわかった。
震災前に「赤字だった」と答えた世帯が3割弱だったのに対して、「過去1年間」では6割強に達している。
「震災で仕事がだめになり、借金が返せない」
「仕事を二つ掛け持ちしているが、もう一つ増やすつもり。
子どもとのかかわりに不安がある」
アンケートでは切実な声が記録されている。
子ども成長の機会も制約
「経済的な理由で食料が買えないことがあったか」との問いに対しても、36%の世帯が「よくあった」、「ときどきあった」と答えている(震災前は約25%)。
「子どもの成長の機会も制約を受けている」(田代光恵・国内事業部プログラムマネジャー)
垣間見えた現実 震災直後からの支援活動を通じて、約4000世帯の在宅被災者とつながりを持ったチーム王冠との連携により、仙台弁護士会は2015年11月から2017年11月の2年にわたり、在宅被災者563世帯を戸別訪問して、生活上の課題を聞き取り、支援につなげる活動を続けてきた(後半の1年間は石巻市の委託事業)。
その過程で、国や自治体の支援策が行き届かない実態が明らかになってきた。
石巻市内で一人暮らしの70代女性もその一人だ。
地震の被害でトイレや浴室も使えなくなった。
修繕の資金もないため、親戚の家で使わせてもらうなど不自由な生活を続けている。
チーム王冠や弁護士の手助けにより生活保護受給につながったが、立て替え払いが必要なため、修理のための補助金受給の見通しが立たない。
女性は歩くのも困難で、頼りにしてきた近隣の住人も亡くなった。
資金がないため、修理もままならない自宅で暮らす高齢男性。
大震災ではこれまで、家を失い、仮設住宅に入居した被災者に多くの注目が集まったが、在宅被災者も過酷な生活が続いている。
「在宅被災者の中には、情報不足から自治体が用意した支援策の存在を知らずに、いまだに利用していない人や、自治体の補助金を利用することができていない人も少なくない。
その多くが高齢者や低所得者だ」
仙台弁護士会で在宅被災者世帯への訪問・支援活動を続ける山谷澄雄弁護士(災害復興支援特別委員会前委員長)は、「支援の狭間に落ちたままの被災者が少なくない」と説明する。
そもそも在宅被災者が、大規模災害の支援対象として明確に位置づけられていない側面もある。
大震災から7年。
埋もれた被災者に目を向けずして、復興は実現しない。