香山リカのココロの万華鏡
依存と愛情の違い
毎日新聞2018年7月3日
依存と愛は違うんだよなあ、と診察室にいてよく思う。
「突然、なにを言い出すんだ」と驚く人もいるかもしれないが、夫が定年退職を迎えた後の夫婦のことだ。
「眠れない」などと訴えて受診に来る女性の話をよく聞くと、背景に「夫の問題」が隠れている場合がとても多い。
その夫たちは、みなとても似ている。
仕事をしていた時はまじめだった。
定年退職してから、やることがなくなりテレビばかり見ている。
趣味もないし友だちも少ない。
そして、妻が趣味の習い事やボランティア、友人とのおしゃべりなどに出かけようとすると、苦情や皮肉を言い始める。
「夕食までには帰るんだろうな?」
「カゼをひいてたはずなのに、ずいぶん元気だな」。
楽しい予定があっても、そんな言葉を投げかけられると、妻の気持ちはどんより暗くなる。
出かけてからも「今ごろ夫は不機嫌になっているのでは」と気が気でない。
そして、急いで帰宅して「ごめんなさい」と謝りながら夕食の支度をし、むっつり黙った夫と食卓を囲まなければならないのだ。
おそらくこの夫たちは、妻に無関心でもなければ冷淡でもない。
むしろ「妻がいなければ一日だって生きられない」というくらい依存している。
しかし、それほど大切な妻なのに、その妻は何を大切にしているのか、妻も一人の人間としてどうやって充実した人生を送ろうとしているのか、まで想像することができないのだ。
だから、子どもが母親にまとわりつくように、「早く帰ってね」「出かけるのもほどほどに」などと言ってしまう。
妻にしてみれば、それは本当の思いやりとは受け止められないだろう。
「私のことを思っているなら、やりたいことをやらせてほしい」と思うはずだし、「定年後の時間を一緒に前向きにすごしたい」と思う人もいるのではないか。
「どこにも行かずにオレの面倒を見ろ」は、依存であって愛情ではないのだ。
診察室に相談に来た女性たちの中に、その後、うまく夫を誘い出して、山歩きなど一緒にできる趣味を見つけた、という人もいた。
でもそれはごく一部の幸せなケースであって、
多くは「もう夫のことはあきらめました。
はっきり“あなたのお世話は卒業です”と伝えて好きなことをします」と妻側が決心する。
それもまた、ちょっと残念だ。
そうなる前に、これを読んでいる男性たちにも「妻に依存しないで。愛情とは何かを考えて」と伝えたい。
(精神科医)