2018年07月12日

亡くなった俳優の加藤剛が「安倍政権は憲法違反の政権」!生前繰り返し語った戦争への危機感と憲法への思い

亡くなった俳優の加藤剛が
「安倍政権は憲法違反の政権」!
生前繰り返し語った
戦争への危機感と憲法への思い
2018年07月11日 14時57分 リテラ

 今月9日、俳優の加藤剛氏が亡くなっていたことがわかった。
80歳だった。
 加藤剛氏といえば、30年近くにわたって続いた『大岡越前』(TBS)での大岡忠相役が印象的だが、もうひとつ知られている側面が、戦争を知る世代として、「俳優」の仕事を通して、平和への思いを伝え続けてきた姿だ。

 加藤氏は1962年にテレビドラマ版『人間の條件』(TBS)で本格的なデビューをしている。
『人間の條件』では、第二次世界大戦中の満州を舞台に、激化する戦争のなかにおいても、自らの正義を貫き通す役を演じた。
デビュー作が『人間の條件』であったということは、加藤氏の俳優としてのキャリアの方向性を決定づけたようだ。
2015年4月12日付しんぶん赤旗日曜版で彼はこのように語っている。
「人間の條件」で、平和な世の中をつくり、戦争に反対することが、僕の俳優という仕事の基本になりました。
以来、どの作品に出ても、平和のために自分は何ができるかと考えてきました」

 その後、加藤氏は『大岡越前』や、映画『砂の器』といった作品をヒットに導く一方で、「戦争」を題材にした作品にも多く出演している。
木下恵介監督作品『この子を残して』では長崎で原爆により被爆した放射線医学の永井隆博士を演じ、また、舞台『コルチャック先生』ではユダヤ人孤児院の院長でナチスの弾圧のもとガス室におくられたヤヌシュ・コルチャックを演じた。  

2014年の読売新聞のインタビューでも、「僕は戦争反対の一心で俳優を続けてきましたから、観客の心に平和への思い、弱い人への思いやりをこれからも与え続けられるよう、仕事を続けたい(読売新聞2014年6月9日夕刊)と語り、その俳優人生をかけて戦争反対の思いを貫いてきたことを明かしている。

 加藤氏のこうした反戦への強い思いは、加藤氏自身の生い立ちと無縁ではないだろう。
 加藤氏は1938年に静岡で生まれた。
東京方面に向かうB29から焼夷弾が落とされることも珍しくない環境で育つ。
加藤氏はこの戦争で身内を二人も亡くしている。
 ひとりは、実の兄のように慕っていた義兄。
軍医だった義兄は北マリアナ諸島のテニアン島で頭部を撃たれて即死した。
また、二番目の姉は結核を患っており、戦後の厳しい食糧難と物資不足のなかでまともな医療を受けられなかったことが災いして亡くなってしまった。
まだ28歳の若さだった。

 そんな加藤氏にとって、近年の日本の状況は看過できるものではなかった。
特に、第二次安倍晋三政権以降の動きには、直接的な表現を用いて痛罵している。
今の政権は、憲法違反の政権です。
アメリカの戦争に協力するため、勝手に憲法の解釈を変えて、戦争法を通してしまった。
 安倍首相は、「国民に理解されていないから反対されている」などと言いますが、私たちは戦争への道を開くことになる法律だとよく理解しているから反対しているんです(2015年11月29日付しんぶん赤旗日曜版)

 戦争が終わったことで、「もう枕元に防空頭巾を置いて寝なくていいんだ」(15年4月12日付しんぶん赤旗日曜版)と心からの安堵を抱いた経験をもつ世代として、日本国憲法、特に9条は何ものにも代え難い希望だった。
加藤氏は日本国憲法を「戦争で命を奪われた人たちの夢の形見」とまで呼んでいる
私は、憲法は、戦争で命を奪われた人たちの夢の形見だと思っています。
多くの犠牲の上に、今の平和な世の中がある。だから私たちには、子どもたちのために憲法を守る使命があると思います(15年11月29日付しんぶん赤旗日曜版)

 しかし、その憲法がいま危うい立場に追いやられようとしている。
この国は過去の教訓を忘れ、再び「戦争ができる国」へ戻る方向へ舵を切りつつある。
その先にあるのは、70年以上前に体験し、二度と繰り返さないと誓ったはずの悲劇の再来だ。

●加藤剛、桂歌丸が生前語った
戦争への危機感
「戦争を知らない人が、国を動かしている」
 今月2日に亡くなった落語家の桂歌丸は、17年8月5日放送『報道特集』(TBS)で、戦争を知らない世代の政治家たちがまともな勉強もせず、安易な気持ちで戦争に関わる法整備へ踏み出すことを、「戦争を知らない政治家が戦争に触れるなと言いたくなるんです。
戦争を知らなかったら、戦争をもっと研究しろって言うんです。
戦争っていうのは良い物なのか悪い物なのか、この判断をきっちりとしろって言いたくなるんです。
それをただ上辺だけで話しているからおかしくなっちゃうんです」と痛罵していた。

同じことを加藤氏も語っている。 「国を動かしている人たちが、なぜそんな世の中にしたいのか、戦争を体験した僕にはまったく理解できません。
本当の戦争というものを知らないからでしょうか(15年4月12日付しんぶん赤旗日曜版)

 戦争を知る世代が最期に残した「平和」への思いを、私たちはしっかりと受け止めなければいけない。
(編集部)
posted by 小だぬき at 09:17| 神奈川 ☔| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

満足した人生には「幸せの感じ方」が重要だ

人生の後半では「芯」を決め
軌道修正をしよう
満足した人生には「幸せの感じ方」が重要だ
2018/07/03 東洋経済

齋藤 孝 : 明治大学教授
人生100年時代。
人類がいまだ経験したことのない超長寿時代を私たちは生きています。
働き盛りの40代、50代はまだ人生の折り返し地点に過ぎません。
齋藤孝氏の著書『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す』をもとに、「幸せの感じ方」や50あるチェックリストの中から一例を紹介します。

「老後」より「余生」より
   大事なのは「幸せの感じ方」
人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来──。
なかでも日本はその先頭を走っています。
お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。
働き方にもパラダイム変化が生じています。

60〜65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30〜40年ほどもあります。
「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。
60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」と言うには長すぎます。
人生が100年近くも続くということを前提にして生きていなかった時代から、明らかにそれを意識しなければいけない時代へと変わりました。

本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマとする問いでしたが、成熟した大人たちの間であらためて「人生をどう生きるか」ということを考え直さざるを得なくなったのです。
雑誌やネットでよく「老後資金としていくら必要か」といった記事を見かけます。
もちろんおカネの問題は避けては通れないことですが、はたしてそれがいちばん大事な問題でしょうか。
それ以前に大事なのは、「自分はどういう生き方をすることで幸せを感じられるか」という価値観の再確認ではないかと私は思っています。

老後のためのおカネがたくさんあれば絶対に幸せだというものでもないですし、ただ長く生きればいいというものでもありません。
肝心なことは、自分は何があれば幸せなのか、何を大切にして生きていきたいのか──そこです。
価値観は、年齢的なものでも変わってきます。
40代くらいまでは、仕事や子育てに追われて忙しい毎日を過ごしています。
その時期には、仕事で何を成すかとか、家族をいかに守り養うかということに価値を置くことになります。
しかし50歳前後になると、仕事における自分の立ち位置も変わってくる、子どもが成長して家族のかたちも変わる、健康問題が生じるなど、さまざまな面で変化が起きてきます。
価値を感じるものもおのずと変わってきます。

拙著『人生後半の幸福論 50のチェックリストで自分を見直す』で私が提案するのは、人生の折り返し地点である50歳前後になったら、自分の生き方を見つめ直してみよう、ということです。
100年生きるという新たな可能性を踏まえつつ、あらためて「人生後半に自分が求めるものは何か」を考えてみる。
自分の人生後半の「芯」になるものを確かめ、軌道修正をするのです。
それには、現在の自分と、これから自分が目指していくところ、両方がクリアになっていなければなりません。

人生の軌道修正というものは、短いスパンで一気にできてしまうものではないでしょう。
50年の年月をかけて今の自分があるわけですから、シフトするのにも時間を要するのは当たり前です。
アラフィフでまず自分を見直し、「自分はどうなっていきたいのか」「どう生きたいのか」を見据えたら、そこからじっくりそういう自分になっていけばいいのです。
大事なのは、自分が価値を感じるものをいかに大事にして暮らしていけるかです。
それが、人生後半を幸せに導く最大要素だと私は思います。

50代以降のいいところは、ほかの人との比較競争によって幸せが左右されることがだんだんなくなり、自分自身の価値観でいくらでも幸せを得られる領域に入っていくことです。
そういう意味では、自分を主体にして本当に人生を味わえるようになるのは、まさにここからかもしれません。
私は現在57歳です。
私もまた、人生後半の見直しと軌道修正のただ中にいます。
楽しく、笑顔で、充実した人生後半を生きていくために、今から何をしたらいいのか。
一緒に考えていきましょう。

人生後半のチェックリスト CHECK!@ 
最近、感動していますか? 感動するというのは、「心が動く」ことです。
イキイキと活動しつづけるためには、心が動かなくなっていくことがいちばんよくないと私は考えています。
「感動しやすいか、しにくいかなんて、個人の性格の問題」 なんて思っていませんか。
いいえ、これは感性をさびつかせないでおけるかどうか、その人自身の意識の問題です。

寄る年波とともに、身体がだんだん硬くなっていき、可動域が狭まっていきます。
しかし、前屈も開脚もびっくりするほど見事にできてしまう身体の柔らかなご年配の方もたくさんいます。
それは、可動域を狭めないよう日々意識して身体を動かしつづけているからです。
心も同じです。
動かしつづけることを心がけたほうがいい。
いろいろなことに心を動かせられる自分でいること──意識して、そう仕向けていきましょう。
それには、「自分の体験にしていく」ことが大事です。
たとえば、オリンピックで誰がメダルを獲ったというニュースに接しても、それだけでは感動はしません。
「へえ、そうか……」と思うくらいです。
でも、その選手の背景を知り、その試合を身を入れて観ることで「おお、すごい!」「なんて頑張ったんだ!」と感動する。

小説や映画も、あらすじを知っただけでは感動しません。
実際に読んだり観たりすることで、感動が湧く。
感動は、エネルギーを省力化して、結果だけを知るところには起こりません。
自分をかかわらせていかないと味わえないものなのです。
自分が感動を味わう機会を減らしていないか、考えてみてください。
また、心が動くことがあっても、それを意識化せずにそのまま埋もれさせ、忘れてしまっていないか、考えてみてほしいと思います。

手帳に感動したことを書きとめる CHECK!A
 心が動いたことを、何かに書きとめていますか?
ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどSNS全盛の世の中です。
おそらくこの流れは今後も続くことでしょう。
私はSNSには、心が動いたこと、感動したことを書くのがいいのではないかと思います。
私は、それを手帳に書き込んでいます。
心が動いたことを手短に記しておくのです。
たとえば、バドミントンの世界選手権で奥原希望さんがシングルスで優勝したときは、手帳に「奥原希望さん、祝金メダル!」と書きました。
何の所縁もなく、お会いしたこともありませんが、「こんなすごい試合を見せてくれてありがとう」という気持ちで書きとめたのです。
スポーツ好きなので、そういう記録はとても多いです。
観た映画は、タイトルと主演俳優の名前をメモしておきます。
タイトルだけではどんな映画か思い出しにくいこともありますが、俳優さんまで書いておくと、すっと思い出せます。
心に残るセリフがあったら、それを書いておくこともあります。
本の中の印象に残る言葉だとか、テレビで見聞きした秀逸なエピソードなどを書くことも。 その他、「ちょっと気分が上がったこと」があったら、手帳にニコニコマークを書き入れます。

たとえば、初めてお会いして対談をした方と意気投合して話がはずんだら、ニコニコマーク。
疲れぎみだったのでマッサージを受けに行ったら、施術をしてくれた人がとてもうまくてすっきり爽快になった。
これもニコニコマーク。
食事に行ったら、初めての店がすごくおいしくて、「いい店見つけた」という気分になった。
これもニコニコです。
「これが一個あったから、今日はいい日だった」と考えると、その日の終わりを気持ちよく迎えることができます。
手帳は、日々何度も見るものです。
並んでいる小さなニコニコマークは、「この日もいいことがあった」という証、ささやかな幸せの蓄積なので、それが目に入るだけでも、日々の幸福感が上がっていきます。

私にとって手帳は「予定」を書くためだけのものでなく、「今」を記録するもの、自分の時間に小さな幸せを増やしていくものでもあります。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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