2018年08月01日

「暑さはチャンス」なぜ東京オリンピックは「太平洋戦争化」してしまうのか?

「暑さはチャンス」
なぜ東京オリンピックは
「太平洋戦争化」してしまうのか?
2018/07/31 文春オンライン(辻田 真佐憲 )

 猛暑の日本列島で、東京オリンピックはいよいよ「太平洋戦争化」しつつある。
五輪組織委員会の森喜朗会長は、インタビューにこう答えている。
「この暑さでやれるという確信を得ないといけない。
ある意味、五輪関係者にとってはチャンスで、本当に大丈夫か、どう暑さに打ち勝つか、何の問題もなくやれたかを試すには、こんな機会はない」(2018年7月24日、『日刊スポーツ』)

 これは、典型的な「ピンチはチャンス」論法だ。
戦時下日本の指導者たちも、敗色が濃くなるほど、同じように「好機だ」「絶好の機会だ」「神機到来だ」との空手形を切り続けた。

「ピンチはチャンス」論法 
1944年、東条英機の場合  たとえば、東条英機は1944年7月のサイパン島陥落後にこう述べている。
「正に、帝国は、曠古の(前例のない)重大局面に立つに至つたのである。
しかして、今こそ、敵を撃滅して、勝を決するの絶好の機会である」

 そこまでいうならば、なにか特別な秘策があるのかと思ってしまう。
だが、続く箇所を読むと、それが空虚な精神論にすぎないことがわかる。

「この秋(とき)に方(あた)り皇国護持のため、我々の進むべき途は唯一つである。
心中一片の妄想なく、眼中一介の死生なく、幾多の戦友並びに同胞の鮮血によつて得たる戦訓を活かし、全力を挙げて、速かに敵を撃摧し、勝利を獲得するばかりである」(『週報』1944年7月19日号)

 同じような例は枚挙にいとまがない。

いわく、本土に戦線が近づいたので有利。
いわく、空襲で日本人の覚悟が固まったので有利――。
その悲劇的な帰結は、今日われわれがよく知っているところだ。

 この経験があったからこそ、非科学的な精神論はこの国で深く戒められてきたはずだった。
それなのに一部のテレビでは、猛暑は日本人選手にとって有利だなどと喧伝されているのだから始末に負えない。

小池百合子の「打ち水」は
                  まるで竹槍精神
 小池百合子都知事は、ついに「総力戦」で暑さ対策に臨むと宣言した。
「木陰を作る様々な工夫、打ち水、これが意外と効果があるねと、一言でいえば総力戦ということになろうかと思う」(2018年7月23日、テレビ朝日)

 しかるに、聞こえてくるのが、木陰、打ち水、よしず、浴衣、かち割り氷などでは、なんとも心もとない。
これではまるで「竹槍3万本あれば、英米恐るるに足らず」の竹槍精神ではないか。

 毎日新聞の新名丈夫記者は、1944年2月に「竹槍では間に合はぬ」「飛行機だ、海洋航空機だ」と書いて東条英機を激怒させた。
それに倣って、「打ち水では間に合わぬ」「冷房だ、エアコン設置だ」ともいいたくなる。

安倍晋三の「冷暖房はなくても……」
               とボランティア動員  
もちろん、道路の遮熱性舗装や街頭のミストの設置などの対策も講じられてはいる。
だが、もともと「我慢が大事」などの精神論が幅をきかし、小学校のエアコン設置さえ滞っていた国である。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で、秋にもなれば、予算節約の大義名分のもと、精神論が復活するのではないか。
「冷暖房はなくてもいいんじゃないか…」(2015年8月28日、『産経新聞』)
 そういって、新国立競技場のエアコン設置を見送ったのは、ほかならぬ安倍晋三首相だった。

 その一方で、ボランティアの動員などは着々と進められている。
企業も大学も、予算や優遇措置などで徐々に切り崩されていくだろう。
マスコミだって、「努力と涙と感動」式の肯定的な報道で耳目を集めたいという誘惑にどこまで抵抗できるのか甚だ疑わしい。

 このままなし崩し的に東京五輪に突き進みそうだからこそ、太平洋戦争の刺激的な教訓が参照されなければならない。

「文句をいっても仕方がない」
                     という「過剰適応」
 戦時下の軍人や官僚たちも、決して狂っていたわけではない。
にもかかわらず、空虚な精神論が蔓延ったのは、不可能な状況に無理やり適応しようとしたからだ。

 国力も足りない。
物資も足りない。
明らかに米英のほうが強い。
必敗なのに、必勝といわなければならない。

ではどうするか。
精神力だ。
ピンチはチャンスだ。
われらに秘策あり。
こう叫ぶしかない。
狂気はある意味で、合理的な帰結だったのである。

 それゆえ、東京五輪に関するおかしな状況には異議を唱え続けなければならない。
そこに過剰適応して、「もう開催するのだから、文句をいっても仕方がない」「一人ひとりがボランティアなどで協力しよう」などといってしまえば、問題点が曖昧になり、関係者の責任も利権も問われなくなってしまう。

 たとえば、つぎのように――。
「敵は本土に迫り来つた。
敵を前にしてお互があれは誰の責任だ、これは誰の責任だと言つてゐては何もならぬ。
皆が責任をもつことだ。
(中略)今や『我々一億は悉く血を分けた兄弟である』との自覚を喚び起し、困難が加はれば加はるほど一層親しみ睦び、助け合ひ、鉄石の団結をなして仇敵にぶつつかり、これを打ち砕くの覚悟を固めねばならぬ」(『週報』1944年7月19日号)

精神論とその犠牲の
繰り返しは御免こうむりたい
 疲弊した現代の日本で、しかもよりにもよって猛暑の時期に、やらなくてもよい五輪を、なぜ開催しなければならないのか。
それをねじ込んだのは誰なのか。
今後本当に効果的な猛暑対策は取られるのか。

 現在と戦時下では多々差異があるとはいえ、精神論とその犠牲の繰り返しは御免こうむりたいものだ。
だからこそ、これから「感動」「応援」の同調圧力が高まるなかでも、こうした問いは絶えず発し続けなければならないのである。
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2018年08月02日

「キレる60代男性」増加の背景

職場でも家庭でも満たされぬプライド
「キレる60代男性」増加の背景
2018年8月1日 東洋経済

「キレる60代男性」が増加している要因について、筆者が考察している
役職の降格など、職場での不遇や家庭内での権威低下が一因という
プライドが満たされないため、他人に敬意を要求するようになると分析した
************************
今日、駅で暴力を振るう者、執拗なクレーマー、暴れるモンスターペイシェントは高齢男性というイメージができつつある。

かつては、「怒れる若者」に対し、「分別を示す」のが高齢男性だった。
いま何が起きているのか。

まず事例を観察する。
『週刊東洋経済』2016年3月19日号には、
席を譲ろうとした中学生に「ふざけるな。(中略)いやいやなことぐらい、わかるのっ!」とからんだ男や、
レストラン来店のつど、店長を30分以上「指導」した男の例が挙げられている。
いずれも60代くらいとある。

昨年11月のNHK「クローズアップ現代」は、出演者の体験を紹介した。
駅ホームで、「若いのに、何を座っているんだ。年寄りのイスだ、譲れ!」と言われた例、
局のレジで「お支払いはカードでよろしいですか?」と聞いたところ、「待てよ! 不機嫌そうな顔をしやがって、お前の対応はどうなっているんだよ! 何ですぐ謝らないんだ!」と責められた例。

また「キレる側」からは、「店員が無愛想なときは、すごく頭きますね。……許せなくなっちゃう、キレちゃうんですよね」という声があった。

尋常ではない高齢者による暴力の増加

粗暴行為の舞台を見ると、まず病院・診療所である。
ブログやアンケートによると、看護師のほとんどが、待ち時間、態度、医療内容などに関して、高齢者の粗暴言動を経験している。
次いで、駅構内での暴力がある。
大手私鉄16社調査(2017年度)によると、加害者の21%が60代以上で、20代の22%に次ぎ2位である。

公的な統計はどうか。
法務省「犯罪白書」によれば、わが国の犯罪総検挙数は年間約150万件程度で、減少傾向にある。
うち傷害と暴行は逆に増加傾向で、1996年の約2万件を底に、2016年には約4万5000件になっている。
男性の割合が90%を超える。
65歳以上の高齢者に限っての総検挙数は年5万件弱で2005年以降はほぼ横ばい。
主に窃盗の増加により減少していない。

齢者の全体に占める比率は、人口の約27%であるが、検挙数では約3%と低い。
ただし、高齢者の暴力について見ると、動きが尋常でない。
20年前は年間300件程度であったものが、1万3000件に急増している。
全人口における比率も、1%強から28%強に上昇している。

「高齢者が増えただけではないのか」という疑問に応えて、人口構成変化を補正するため、高齢人口を分母にした暴力犯罪率を示す。
結果は衝撃的で、高齢者10万人当たりの暴力犯罪は20年で10倍以上に増え、なお直線的に増加中である。
犯罪にまで至るのは氷山の一角と考えられるので、多く見られる単なる粗暴行為もこの間増えていると推測できる。

有り余るプライドが
高齢者の怒りの原動力になっている。

彼らの発するメッセージは「尊敬の強要」である。
これを理解する手掛かりを、最近の「敬老者が乗車します」事件に見ることができる。
この事件は、花見に行く老人の団体が電車の席に「次の駅から、敬老者が16名乗車します」と書いた紙を置いて、席を確保しようとしたというもので、大きく報道された。
このような席取り自体に加え、その言葉遣いも見慣れないものである。
この文章に、当事者の意志が表れている。
「老人が乗車します」が正しいのだが、それでは自分たちへの敬意が足りないと感じる。
文法を無視してでも、「お前らが敬うべき人が乗るんだ」と言いたくて、「敬老者が乗車」となったのである。

本件は幸い、批判を受けて所属する老人会から再発防止が表明され穏便に済んだが、この「尊敬強要」の心理が、怒れる高齢者の問題にはつきものなのだ。

本来は高齢になると寛容になるはずだが さて、原因分析に先立ち、人はなぜ長生きなのかを考えよう。

一般に哺乳類は繁殖年齢が終われば寿命も終わる。
だが人類においては、女性は閉経してからも長期間を生きる。
男性も多くが繁殖活動を停止した後も長く生きる。
異例な長寿のメリットは何だろうか。
まず、孫の養育である。
子以上に孫がかわいい感情は普通に見られる。

人間は成育期間が長く、子育て負担は大きい(「「葛藤」の本能を経営の意思決定に応用しよう」を参照されたい)
祖父母が長生きして育児に協力すれば、子孫を残す確率が高まる。

もう1つの役割は集団淘汰への対応である。
生き字引のような老人が、生活の知恵を伝え、諍(いさか)いを調停すれば、集団存続に有利である。
人類の共同生活において、年の功には有用性があった。
高齢個体は利他的行動を通じて集団に貢献していた。
本能は長い試行錯誤を経て進化しており、通常は優れて適応的である。
齢(よわい)を重ね、世に尽くす喜びを感じる者は、上述の利他的行動を起こす本能に従っている。
どこにでも年を経て、利他的本能を「タイマー発動」する者がおり、寄付や財団活動に勤む。

チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』では、金の亡者スクルージが老齢に至って改心する。
これが働き盛りではリアリティがない。
このためのメカニズムとして、脳は高齢に至ると、幸福度を感じやすく、他人に寛容になる傾向を持つ。

岡本純子氏の「日本の高齢者は、なぜこうも「不機嫌」なのか」を参照いただきたい。
なお岡本氏の論説は本件に限らず的確で示唆に富むものだ。

一方で、本能は環境次第で誤作動する。
幸福で寛容であってほしい高齢者が、なぜキレるのか。
NHKの「クローズアップ現代」では、

@怒りを抑制する前頭葉が老化するという生理的理由と、
A定年で生活環境が大きく変わるという社会的理由の2点を挙げた。

近年の「粗暴化」の
要因として考えられる4点
しかし、老化で怒りの抑制が弱まることがあるとしても、先述のとおり、加齢で寛容性が増す傾向もある。
総合すればかつては高齢者の粗暴性は低かった。
老化も定年退職も昔からあったことである。
近年の変化を理解するには、新しい構造要因を探す必要がある。
その候補を4点考えてみる。

1つは健康の改善である。
今日、60歳を過ぎて、矍鑠(かくしゃく)としてスポーツをこなす人は多い。
半世紀前には腰の曲がった人が少なくなかった。
体力があるから攻撃性が増すことは、容易に理解できる。

2つ目は、職場の変化である。
バブル崩壊以前までの年功序列企業では職位が定年まで一律に上昇した。
しかし、今は年齢だけで昇進はできない。
定年が延長される一方で、ラインオフや子会社出向が生じた。
結果、多くのシニア社員が、役職から引き下げられ、部下も権限もない職場に取り残される。

3つ目は、家庭内の権威低下である。
女性の立場が弱く、男性に逆らうことが困難であった時代には、理不尽かつ無愛想で、家事などしない夫にも、仕方なく耐えていた妻が、今は黙っていない。
熟年離婚で放り出される者、家族に相手にされず、有り余る時間を一人持て余す者があふれている。

4つ目の社会変化は、顧客本位主義である。
感情労働が営業上有効と気づいた企業は、職員に「お客様の王様扱い」を強いる。
この結果顧客が感情労働を当然視し、尊敬を強要する心理が広まる。

また、すべての人が王様になるなら、すべての人が召使にもなることに注意が必要だ。
顧客の立場で王様の扱いを要求する一方、自分が働く際は、召使の感情労働を強いられる。
この振り幅を繰り返すうち、心が金属疲労を起こす。

プライド過剰な高齢者では、特にストレスが大きく、時に心が破断する。
さてこれらが組み合わさるとどうか。

体力はあって、職場にも家庭にも自己肯定の場がない高齢男性が、感情労働の蔓延する世界をさまよう。
彼の抱える「満たされぬプライド」の程度が、一世代前に比べ、格段に高いことは想像に難くない。
かくて赤の他人に無理やり敬意を要求し、態度が許せない、と言ってキレることになる。

こういう人に絡まれたらどうするか。
やり込めれば一時は爽快である。
だがこうした手合いは急増している。
いちいち争えばいつかひどい目に遭うから、逃げるが勝ちである。
失うものが、座席を横取りされる程度なら、あきらめるのが得策である。

業務上のクレームはより厄介だが、逃げる方法は知られている。
「自己の重要感」欲求への対応は、古くD.カーネギーが、『How to Win Friends and Influence People(邦題:人を動かす)』で、3点にまとめている。

1. 批判するな、けなすな、文句を言うな。
2. 真剣に誉め言葉を言え。
3. 相手の強い欲求を駆り立てよ。

セールスマンのカーネギーは、販売の秘訣として、以上3点を挙げた。

害を避けるだけなら、3は不要で、1か2で大抵はかわせる。
だが、お世辞など言って、相手が増長したらどうするか。
理不尽さがエスカレートするケースもある。
そうなったら、そこで「警察に行きましょう」と切り札を切る。
前段の1、2を真摯にやっておくほど、真剣味が増し効果が高い。
ただのプライド過剰男なら、これで引っ込む。

万が一引っ込まなければ、危険人物である。
110番しつつ逃げねばならない。

ラインオフ後の仕事は
   社会への貢献と考える
さて次に、より根本的な社会的対策を考える。
根本的な政策は、元気な高齢者に適切な場で働いてもらうことである。
職場にも家庭にも居場所がない者が大勢いたのでは、社会に良いはずがない。
また一方、若者世代の負担の抑制と、経済価値増大の観点からも、勤労は必要である
年金や福祉の財源が枯渇していく中、若者だけが働き、多数の高齢者が無為に暮らす社会など存続しえない。
高齢者も社会の利益に貢献が必要で、それは当人の喜びにもなる。
喜びがあれば、他人に尊敬を強要し諍う必要もなくなる。

加えて、勤労に居場所がある者は、家庭でも愛されやすい。
官民で高齢者の活性化策を考え、高齢者に企業またはコミュニティで働いてもらう努力は始まっている。
社会的枠組みの構築は進み、今後も強化されるであろう。

そうなると課題は、当事者が適合できるかにある。
意識の問題は大きい。
ラインオフ前、40代から自分を知り、特技を磨き、また研修や各種の体験、コミュニティ活動などに参加することは有益である。
高齢からのキャリアでは、人の上に立つ役割を求めてはいけない。
プライドや嫉妬心は、特に抑制する必要がある。
嫉妬による不適応の典型パターンは「あの人より、この俺のほうが上でないと絶対おかしい」といった他者比較である。

青色発光ダイオードの中村修二博士やNAND型フラッシュメモリの舛岡富士雄博士のような、世界的発明を成し遂げた天才でさえ、社内で不遇をかこったことを思えば、大多数の人は「この俺が!」と息巻いても滑稽でしかない。
自らプライドをマネージできれば、気持ちが前を向く。
そうすると、怒りが消え、満足と感謝が生じる。
感謝の心境は本人の幸福に極めて重要で、これが目指すゴールである。

目指すところが定まれば、自己変革のヒントや体験談は、書籍やセミナーなどで多く見つけられる。
悲観的に見ると、もしこのまま事態が悪化すれば、世代間の深刻な対立のおそれもなしとしない。
資産の偏在、年金・医療をはじめとする社会保障負担のアンバランス、年功序列社会などの事情が複合して、将来を担う若者は、ただでさえ不公平感にさいなまれている。

高齢者も社会に貢献し、若者の負担を減らす必要があるが、それを怠るばかりか、自ら尊敬を強要し粗暴行為に出るようでは、国を誤る。
そんなことをすれば、責めは自らに返ってくる。
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「いじめたい気持ち」は誰にでもある!?

「いじめたい気持ち」は
誰にでもある!?
2018/07/30 AllAboutMedical

中嶋 泰憲(精神科医)
いじめは大きな社会問題です。
どうして人は他人をいじめてしまうのでしょうか? 
みんなでいじめているから、自分もいじめたくなってしまった……なんて事態は絶対に避けたいこと。
人によっては、とにかく相手の顔を見ただけで、むかつくなんてこともあるかも知れません。
だからと言って、それで相手をいじめてしまうというのは、あってはなりません。

今回は、誰かをいじめたい、何かにあたりたいといったネガティブな感情をコントロールするために、是非、知っていただきたいことを精神医学的観点から詳しく解説します。

いじめたい衝動をよく理解してみて!
まず、どんな時に相手をいじめたくなった、あるいは、何かにあたりたくなってしまったかを、よく考えてみませんか?
人によっては「相手の顔を見た時」と答えてしまう人がいるかも知れません。
事態は非常にまずくなっていますが、その人にとっては、その相手の顔を見てしまうということは、脳にとってはネガティブな刺激になっているはず。
つまり、脳が何らかのネガティブな刺激を受け、それがさらに増幅されてしまうような時、相手をいじめたい衝動を抑えられなくなってしまう可能性があります。

実際、イライラしている時は要注意です。
例えば、もしも仕事の山に追われてイライラが止まらないような時、何らかの挑発行為に直面したら、例えば、職場の廊下で誰かとすれ違った際、相手が挨拶も無しに素知らぬ顔で、すっと通り過ぎて行ったりすれば、誰だってむかっと来るかも。
でも、そのはけ口を他の誰かに向けてしまってはいけませんね。

また、場合によっては、何らかの劣等感が刺激されてしまい、苛立ち気味の時があるかも知れません
例えば、腹周りを、すごく気にしている人。
他人から、あからさまにそれをからかわれたら、ちょっと頭に来るかも。
でも、その苛立ちを他の誰かに向けてしまってはダメですよ。

さて、ここで是非、認識しておきたいことは、誰かをいじめてしまうということは、その相手の心を傷つけてしまうだけでなく、実は自分自身の心も傷つけているのです。

誰かをいじめても、
自分の問題は何一つ解決しません
いじめの大きな問題点は、どんどんエスカレートしやすいこと。
それ自体、実に不幸な事態ですが、いじめがエスカレートしやすい大きな原因は、たとえ誰かをいじめたとしても、「いじめたい衝動を生み出している問題点」を何一つ解決しないという点です。

例えば、仕事が山のようにあって、イライラが止まらぬ人。
そのイライラを他の誰かにぶつけたって、仕事の山は決して減りません。
その時、真っ先に自分がすべきことは仕事なのに、それをせずに、他人にあたってしまうということは、一種の破壊行為。
後味が大変悪いものですし、仕事を無事片付けたような真の満足感が得られるはずなどありません。
再び仕事の山という現実を前に、イライラ感をつのらせるだけではないでしょうか。

また、劣等感を刺激されてしまった人。
先ほどの例のように、腹周りを気にしている人が、誰かにそれをからかわれたりすれば、心にグサリと来てしまう場合があるかも。
でも、その苛立ちを他の誰かに向けたって、腹周りがすっきりするはずなどありません。
きっと、その場の人間関係が、ぎくしゃくしていく一方なのではないでしょうか。

このように「誰かをいじめたい」「何かにあたりたい」という衝動は、自分が抱えている何らかの問題から生じているということを充分認識しておきたいもの。
その問題に背を向けて他人にあたっても、その問題自体は解決されず、心の圧迫感は増すばかりです。

ちょっと大げさな言い方ではありますが、自分の問題には勇気を持って、真正面から対処していきたいものです。

いじめたい衝動を負の連鎖から
正の連鎖へと転換しよう
誰かをいじめるという行為は、いじめたい衝動に対するネガティブな対処法だとすれば、何らかのポジティブな対処法を私たちは考える必要があると思います。

例えば、先に述べたように、仕事が山のようにたまっていて、イライラが止まらぬ人の場合、そのイライラを他人にぶつける前に、まずすべきことは明らかに仕事の山をさっさと片付けること。
まずは睡眠時間を確保し、食生活を改善するなどして、心身のコンディショニングを整えたうえで、モチべショーンを上げるために、やれることは何でもやって、物事の効率化を達成したいもの。

そして、無事にそうなれば心に余裕が生まれ、たとえ、誰かの腹周りが目に付いたとしても、その人には何か良い点、例えば、身だしなみが素晴らしいなど、その人は実は一目置くべき人であることに気付きやすくなるのではないでしょうか。

また、劣等感に悩んでいる人の場合。
例えば、先ほどの腹周りを気にしている人なら、食生活を見直したり、定期的に運動するなど、すべきことは割り合いはっきりしています。
しかし、場合によっては、劣等感の源が本人の力ではなかなか解決しにくいこともあるでしょう。
こうした場合、他人をいじめたい、何かにあたりたいといったネガティブな衝動を、よりポジティブな方向に、自分の得意分野に注いでみるというのも良いはず。

例えば、ダンスが得意な人は、その腕を磨いていけば、きっと自分により自信を持てるでしょうし、周りの人も一目を置いてくれると思います。
それに周りの人だって、「よし! 自分も得意な分野を磨いていこう」と、モチベーションが得られるかも知れません。

以上のように、他人をいじめたいという衝動は、自分の心が不健康になっているサインです。
私たち一人一人の心の健康が不健康になれば、いじめ問題が蔓延するなど、社会全体が病的になりやすいということを、認識したいです。

そして、たとえ誰かをいじめたいという衝動が心に生まれたとしても、そのエネルギーを、いじめがエスカレートしていくような負の連鎖から、周りの人みんながポジティブな方向へ向かっていく正の連鎖へと転換させるべきだという意識を、私たち、みんなで持ちたいものです。
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2018年08月03日

西日本豪雨災害は明らかに「人災」だ

大氾濫を引き起こした
異常放水の主因は「初動の遅れ」
西日本豪雨災害は明らかに「人災」だ
2018/08/02 HARBOR BUSINESS(横田一)

◆昭和47年の水害のときから
高梁川流域では囁かれていた「ダム起因説」

「昭和47年(1972年)の大水害でも今回と同じように高梁川沿いの一帯が水没、その時も『ダムが原因ではないか』という話が出て被災者が訴訟を起こしたと聞いています。
敗訴したそうですが」

 こう話すのは、河本ダム下流の高梁川沿いでホテルを経営する金海偵子さん(高梁市在住)。
今回の豪雨災害でホテルと隣の自宅とアパートの一階が浸水したが、その時の様子は「もう放水はしないでくれ 水没の街にみたダム行政の“限界”(西日本豪雨)」(7月16日放送のFNN「報道プライムサンデー」)が実況中継していた。
取材スタッフがダムの異常放水時に金海さん経営のホテルに一時避難し、急激な床上浸水に遭遇していたのだ。

「その記者の方は後日、大学教授とホテルにいらして窓に残った三本線を撮影、『ダム放水量が上がるごとに水位が上昇し、跡として残ったのだろう』と解説していました」(金海さん)。
「上流のダムからの異常放水で高梁川が水位上昇、下流の洪水被害を招いた」ということを示唆する物的証拠が残っていたのだ。
とすれば、45年ぶりに再びダム訴訟が起きても不思議ではない。

原告となる可能性があるのは、金海さんら高梁市民だけではない。
堤防決壊で街全体が水没、死者50人の犠牲者を出した倉敷市真備町地区の被災者が集団提訴に踏み切ることも十分に考えられる。

 矢面に立たされることになりそうな「河本ダム」(新見市)は今回の記録的豪雨で平時の75倍も異常放水、その時間帯に下流の倉敷市真備町地区の堤防が決壊したことから「豪雨災害の原因(元凶)か」と疑われている(「死者50人を出した倉敷市真備地区の被害の要因!? 高梁川上流・河本ダムの『異常放水』」記事参照)。

◆27時間の「初動の遅れ」が
     致命的なミスだった
 こうした見方に対して、ダム管理者の岡山県高梁川統合管理事務所は「ダム決壊を避けるために異常放水は仕方なかった」(森本光信・総統轄参事官)と反論する。
「異常放水をせずにダムが満杯になると、ダム決壊で大被害の恐れがあった」というわけなのだが、「放水量の推移」と「貯水率(ダム貯水量/最大貯水量)」に注目すると、自らの職務怠慢を棚に上げた言逃れであることがすぐ分かる。

 気象庁が「記録的豪雨の恐れ」という警報を発したのは7月5日14時で貯水率は満杯に近い「約8割」だった。
しかし、放水量(平時は毎秒10トン)を増やしたのは27時間も後の6日17時。

「初動の遅れ」とはこのことだ。
ダムをできるだけ空に近づけるために、すぐに下流が氾濫しない範囲内の最大放水量にまで上げておく必要があったのだ。
迫り来る大雨に備え、貯水率をできる限り下げる緊急対応を開始、ダムの治水機能を十分に発揮できるようにしなければならなかった。
 この「27時間のロス」が致命的な事態を招いた。

気象庁の警報通りの、記録的豪雨が襲って来た時には貯水率は約8割のまま。
遅ればせながら放水量増加を始めたものの、6時間後の6日23時には満杯となってしまって治水(貯水)機能を喪失、ダム流入量をそのまま放水する状態(「異常洪水時防災操作」)となってしまった。
その結果、平時の60倍以上の異常放水が10時間以上も続いた。

 下流の真備町地区の堤防が決壊したのは、治水機能喪失から2時間半後の7日1時半。
準備不足で最大治水機能の2割(5分の1)しか発揮できず、下流域の住民の生命財産を守ることができなかったは明らかなのだ。

◆無為無策の27時間を過ごした
     安倍首相と石井国交大臣
「国民の生命財産を守る」が口癖の安倍首相はこの時、すぐに非常災害対策本部を立ち上げて「放水量増加によるダムの貯水量低減」を指示すべきだった。
しかし実際には、無為無策の「27時間」を過ごした。

気象庁の警報が出てから6時間半後の7月5日20時半、自民党国会議員との飲み会「赤坂自民亭」に出席。
21時すぎ、記者に「和気あいあいでよかった」と答えて私邸に戻った。
 5日夜の赤坂自民亭への出席をキャンセルしてすぐに非常災害本部を設置、「ダム放水量増加=貯水率低減」を指示していれば、氾濫被害を回避あるいは低減できたに違いない。

しかし、非常災害対策本部が設置されたのは警報から66時間後、真備町地区が水没した後の8日8時。
リスクを先読みする危機管理能力が皆無に等しいことを露呈したのだ。

 しかも安倍首相の号令を受けて、非常災害対策本部で先頭に立つべき石井啓一国交大臣は6日、カジノ実施法案の審議に6時間張りついた。
ダム管理の最高責任者である石井大臣も安倍首相と同様、豪雨災害対応に集中する代わりにカジノ法案を優先、豪雨被害低減が可能だった27時間を浪費した。
 この安倍首相と石井国交大臣の職務怠慢こそ、西日本豪雨災害を拡大させた原因になったと言っても過言ではない。

 初動の遅れ(職務怠慢)による豪雨被害拡大を認めようとしない安倍首相は、日本国民の生命財産を守る重責を担う最高権力者としての資質を欠いているのではないか。
今回の西日本豪雨災害を受けて「防災省」創設を提唱している石破茂・元地方創生大臣との差が際立って見える。


<取材・文/横田一> ジャーナリスト。
小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」に関する発言をまとめた『黙って寝てはいられない』(小泉純一郎/談、吉原毅/編)に編集協力。
その他『検証・小池都政』(緑風出版)など著書多数
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2018年08月04日

学力テスト 先生に考える「余裕」を

学力テスト 
先生に考える「余裕」を
2018年8月3日 東京新聞「社説」

 基礎に比べると応用は苦手。
文部科学省の全国学力テストの傾向は十年以上変わっていない。

全校調査に何十億円も投じるよりは、先生に指導法を編み出す「余裕」を与える算段をしてはどうか。

 小学六年と中学三年の全員を対象に四月に実施した調査では、国語、算数(数学)ともに、応用力をみるB問題の平均正答率が、基礎的な知識を問うA問題の平均正答率を12〜19ポイント下回った。

中学の数学ではAが66・6%に対してBは47・6%と50%を割り込んだ。

 この傾向は二〇〇七年の開始以来続いており、学校や自治体の努力では限界がある。
 そもそも競争を過熱させるとし廃止された全国調査が四十三年ぶり、〇七年に復活したのは応用力低下への懸念からだ。
来年度以降、AとBを統合する方針というが、これまで「応用」を別建てにしていたのは、そこに重点を置いていることを現場に伝えるためだ。

 当時、経済協力開発機構(OECD)が世界の十五歳を対象にした〇三年の学習到達度調査(PISA)で、日本の「読解力」が八位から十四位に転落したことの波紋が広がっていた。
「読解力」とは、社会に出たときに身につけた知識や技能を使って問題解決ができる能力とされる。

 文科省は今回、結果の公表を一カ月前倒しした。
夏休み中に教員が結果を分析し、二学期からの授業に生かしてもらうのが目的という。
だが猛暑のさなかに、教員に数字とにらめっこさせることが果たして子どもの応用力を引き出す授業づくりにつながるだろうか。

 日本の学力観に大きな影響力を及ぼしたOECDは最近、日本の教育政策を検証する報告書を公表した。
教員の教えている時間はOECD諸国の中で比較的短いのに、労働時間は最長の部類に入ることを指摘。
教員の業務を軽減する手段を見つけ、教える能力を伸ばしていく時間を確保する必要性を訴えている。

 OECDのPISAや全国学力テストが求める学力が「正解」とは限らない。
だが今まで以上に先の見えない社会を生きる子どもたちに必要な力を育みたいと本当に考えるならば、教える側の経験の豊富さや懐の深さにかかっている部分も大きい。

 応用力の「壁」に一穴をあけるには、教員の独創性を引き出す環境づくりが必要だ。
生まれた熱意と工夫に、子どもたちは目を輝かせてくれるのではないか。
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2018年08月05日

眠すぎるのは病気かも…「過眠症」の危険度チェック

眠すぎるのは病気かも…
「過眠症」の危険度チェック
2018/08/02 AllAbout(坪田 聡(医師))

過眠症とは
夜はグッスリ眠っているにもかかわらず、日中に耐えがたい眠気に襲われる…
そんなあなたは、「過眠症」という病気かもしれません。
眠気の程度をチェックして、病院へ行くべきかはっきりさせましょう!

あなたの眠気は異常?
過眠症の危険度をセルフチェック ここでチェックして、スッキリしましょう。
あなたの症状のレベルをチェックできる、「エップワース眠気尺度」をご紹介します。
これは、日常生活において感じる眠気について評価するためのテストで、世界中の医療や産業保健の現場で広く使われており、信頼性が高いものです。

以下の状況で、ウトウトしてしまったり、眠ってしまうことがありますか?
最近の日常生活を思い出して、0から3のうち、最も当てはまる番号1つに○印を付けてください。
質問の中には、最近あなたが行っていないことがあるかもしれません。
その時には、もしその状況にあったとしたらどうなるかを考えて答えてください。

・座って本を読んでいるとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・テレビを見ているとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・人の大勢いる場所でじっと座っているとき(会議や映画館など)、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・他の人が運転する車に乗せてもらっていて、1時間くらい休憩なしでずっと乗っているとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・午後じっと横になって休んでいるとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・座って人とおしゃべりしているとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・お昼ご飯のあとに静かに座っているとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

・自分が車を運転していて、数分間信号待ちをしているとき、居眠りをすることは
絶対にない: 0 時々ある: 1 よくある: 2 大体いつも: 3

過眠症セルフチェックの判定方法
あなたの眠気は、大丈夫ですか?
それでは、眠気の判定です。
8つの質問項目の各得点(0〜3点)を、全て足し合わせて総合得点を出してください。
これが高いほど日中の眠気が強く、逆に得点が低いほど眠気は弱い、と判定します。

総合得点が11点以上の場合は、何かの病気が原因で強い眠気が起こっている可能性があります。
早めに睡眠障害の専門医を受診すると良いでしょう。
10点以下の人でも、しばらく経ってから再び行なうと、高得点になることがあります。

慢性的な眠気を感じているのなら、時期をずらして再評価してみてください。
このテストはあくまでも、主観的な眠気を評価するものです。
点数が低い場合でも、緊張のため眠気を感じないだけで、目を閉じるとすぐに眠ってしまうこともあります。
睡眠障害の専門の医療機関では、他の客観的な眠気の検査とあわせて、総合的に診断をしてくれます。
心配な方は、一度相談してみましょう。

11点以上だと、
睡眠に関連するこんな病気が疑われます
心配なときには、早めに相談を!
エップワース眠気尺度が11点以上の人は、どんな病気の可能性があるのでしょうか?
日中の眠気以外の症状と、それから考えられる病気について、下にまとめました。
もし、当てはまる病気が見つかれば、早めに睡眠障害の専門医療機関を受診しましょう。

■薬剤性過眠睡眠 ・薬や精神科の薬、風邪薬、アレルギーの薬などを飲んでいる
■うつ病、季節性うつ病 ・気分がすぐれない、もの悲しい ・不安が強い・やる気が出ない
■長時間睡眠者、睡眠不足症候群 ・夜間の睡眠が不十分 ・十分な睡眠をとると日中の眠気がなくなる
ナルコレプシー ・日中の居眠りを我慢できない・笑ったり驚いたり怒ったりすると、体の力が抜ける ・金縛りにあう ・寝入りばなに幻覚を見る
■特発性過眠症 ・日中に眠ると、起こそうとしても1時間以上、目覚めない ・居眠りの後、すっきりした感じがしない ・寝覚めが悪く、ひどく寝ぼける
■反復性過眠症 ・3日〜3週間の傾眠状態と、その後の通常の状態が、交互に繰り返される
■睡眠時無呼吸症候群 ・イビキをよくかく ・睡眠中の呼吸が不規則 ・朝起きたときに頭痛がしたり、ノドが渇いている ・高血圧・肥満 ・顎が小さい
■むずむず脚症候群 ・夕方から夜にかけて、脚がむずむず・ちくちく・ひりひりする ・脚に虫が這うような不快感がある ・家族に脚を動かしていると言われたことがある
■周期性四肢運動障害 ・睡眠中に足が動く
■月経関連過眠症 ・月経の周期と関連して強い眠気を感じる ・その時期を過ぎると、日中の眠気がなくなる
■睡眠相後退症候群 ・睡眠の時間帯が遅いほうにずれて、極端な宵っ張りの朝寝坊
■非24時間睡眠覚醒症候群 ・就寝と起床の時刻が毎日1時間ずつ遅くなる
■不規則型睡眠覚醒パターン ・寝ている時間と目覚めている時間がバラバラ 日中の居眠りは、大きな事故の原因にもなります。

強い眠気に悩まされている方は、早めにチェックして、病気かどうか確かめてみてください。
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2018年08月06日

学校に携帯代金を払わせる"モンペ"の手口

学校に携帯代金を払わせる
"モンペ"の手口
2018/08/05 PRESIDENT(鳥居 りんこ)

学校へ執拗にクレームをぶつける「モンスターペアレンツ(モンペ)」。
私立中学校の取材経験が多い鳥居りんこ氏は「厄介なモンペが増えていて、先生方は疲労困憊になっている」という。
わが子のいとしさゆえの親バカ行動といえるが、手が付けられないほど悪質化することもある。
一方、学校から「モンペ認定」を受ければ、本当に困ったときに手助けを得られなくなる。
いまどきのモンペの特徴と、誤解を避けるポイントを、鳥居氏が解説する――。

モンスターペアレンツに
疲労困憊な先生が増えている
筆者は私立中学校を取材する機会が多くあるのだが、そのたびに「先生という職業は大変だな」としばしば感じる。
その責任の重さに対して、給与や労働時間、心労の度合いが余りにアンバランスに思えるからだ。

その原因のひとつは、保護者の「過剰な要求」にあるのではないだろうか。
ある中高一貫校のベテランの先生が、ある日、筆者にこうこぼしたことがある。
「学校は旅行会社じゃありません。
でも、今の保護者は学校から各種オプション付きのパッケージ商品を購入したと勘違いしているんです」

つまり、学習面は当然のこと、健康、生活、人間関係、しつけにいたるまで、子どもに関するありとあらゆることは学校任せで、うまくいったら“お買い得”、うまくいかなかったら“学校のせい”という意味だ。

わが国では「お客様は神様」という過剰な顧客サービスが、一部のクレーマーを増長させているという意見がある。
同様に、少子化で保護者から選んでいただく立場になっている私立学校には、こういう悩みを抱える先生が増えているように思う。
このとき考えたい概念が「モンスターペアレンツ(モンペ)」だ。

モンスターのように学校にクレームをつける親(ペアレンツ)のことを意味する。
筆者は大まかに2種類の「モンペ属」が生息していると推察している。

平気で「携帯代金を負担してください」という親 ひとつが「コスパ重視の金換算属」だ。

先日、中学受験塾の先生が嘘のような話を教えてくれた。
「『志望校に入れなかったのは塾の指導法が悪かったのだから、かかった費用を返金してほしい』と真顔で保護者に何度も訴えられ、お引き取りいただくのに大変、苦慮したんです」
これと同じような「金返せ」と主張する保護者の話はよく耳にする。

例えば、ある小学校では保護者から校外学習(草花観察)について、こんなクレームがあった。
「わが子が草木でかぶれて、皮膚科に通うことになったのは、事前のプリントに『長袖、長ズボンを用意せよ』と書かれていなかったせいである。
学校に落ち度があるのは明白。
よって、治療費と傷が残るかもしれないので慰謝料を払え」

また、ある中学では宿泊学習を風邪で欠席した生徒の親から「不参加なのだから、全額返金せよ」というクレームが届いたそうだ。
さらには、ある高校の先生からはこういうことを聞いた。
「校内では携帯電源オフ」という校則に違反したので、その生徒の携帯を没収したところ、親が取りに来ないので預かっていた。
すると1カ月後に親が現れて、先生にこう告げたそうだ。
「この1カ月分の携帯料金は(携帯が学校にあったのだから)学校で負担してください」

世の中にはいろいろな考えの人がいる。先生方も、何をどう説明すべきか、頭を悩ませることだろう。

筆者の度肝を抜いたモンペ「ワースト5」 ふたつめのモンペは「わが子可愛や、愛は盲目属」だ。 わが子を大事に思いすぎて、周りが全く目に入らないタイプである。

筆者の度肝を抜いた「ワースト5」は以下のものだ。

1 思春期の子どもたちに背の順で並べという命令は、背の低い(わが)子にとっては自己肯定感を著しく妨げるものなので、配慮に欠けた指導であると言わざるを得ない。 

2 合唱祭の指揮者の人選が(わが子でないのは)おかしい。
選考基準の開示を求める。

3 大学の単位が取れていないのは担任である教授のせい。
教授が責任持って、未履修の単位を取らせるべく(わが子に)働きかけてほしい。

4 数学がわからないのは先生の教え方が悪いので、あの先生を辞めさせてほしい。

5 卒業アルバムにわが子の写真が少ないのは不公平。
よって回収し、新たに作り直すべきだ。

これ以外にも、「行事の日程を変えろ」「荷物が重すぎる」「宿題を出せ」「出すな」といった要望があり、一部の学校では「言った者勝ち」という状態になっているそうだ。

しかも今は、直接、子どもと関わっている担任の先生を飛び越えて、いきなり校長や教育委員会、さらには文部科学省に直談判する保護者も増えているという。
もちろん、しかるべきときには、学校に「物申すこと」は必要だ。
大多数の保護者は、学校に不満を抱いていたとしても、どんな事例から「物申すべきか」と判断に迷うこともあるだろう。

これは「人間関係」で判断するのがいいと思う。
わが子に「人間関係」のもつれが予想される場合、現場の先生の手を借りなければ、整理できないからだ。
その場合、学校に「物申す」のではなく、「相談」に行くことになる。
教師に「モンペと思われない交渉術」のポイント5 学校から「モンペ」と思われれば、さまざまなデメリットがある。

「モンペと思われない交渉術」のポイントを5つあげてみたい。

1 突然押しかけない
学校の先生は例外なく多忙である。必ずアポを取り、常識的な時間に行く。
特に、いきなり「今日、行くので、待っていろ」という態度で勤務時間外の夜遅くに行ってはいけない。
先生にも都合があり、自分がされて嫌なことは、先生も嫌なのだ、という想像力を働かせよう。

2 怒りを教師にぶつけない
親がやってしまいがちな行動は、怒りのあまりに、その気持ちをダイレクトにぶちまけてしまうことだ。
これは百害あって一利なしである。
怒りをぶつけられたほうは攻撃されたと錯覚するので、すぐ防御に回ってしまう。
防御に回れば、手助けする気持ちの余裕がなくなる。そうなれば、冷静な話に持ち込み、「戦利品」を獲ることはほぼ不可能になる
親は「わが子かわいさ」でしばしば暴走しがち

3 自分の子どもだけが“被害者”であるという思考をいったん捨てる
大抵の親はわが子の話をうのみにしてしまう。
わが子の話だけが真実だと思い込むのだ。
筆者から言わせれば、子どもは100%、自分に都合の良い事しか言わないのである。
それは、子どもは俯瞰で物事を見ることができないからだ。
特に一方的に被害者だと主張して、気に入らない相手の退学や出席停止を学校側に求めるという「無理」は止めたほうが賢明である。
まずは冷静になることだ。そのうえでニュートラルな立場から、この問題はどう映るのか、という点に絞って交渉したほうがいい。

4 時間泥棒にならない
大抵の先生は“聞く耳”を持っている。
しかし、保護者の態度いかんで“聞く耳”を閉じてしまう。
例えば、Aという出来事があり→Bという問題で悩んでいるので→Cという解決法を提示され、その日はいったんお開きになったとしよう。
「やれやれ、一件落着」と教師が腰を上げようとした瞬間に、再び、延々と「Aという出来事」から戻る「無限ループ親」が出現するのだ。
間違いなく、先生の「うんざり指数」はマックスになる。
現実には、カウンセラー役をつとめざるをえない先生は多いが、教師は親の無料カウンセラーではない
「先生は人生の貴重な時間を自分のために割いてくれているのだ」という態度で臨む親には、先生という人種はとてつもなく親切である。

5 物は言い方次第、
伝え方次第ということを学ぼう
ある時、中学校でイジメが露呈した。
その時、被害者の親は学校に怒り心頭で現れ、担任教師に開口一番、こう言った。
「そのイジメをしている非常識な家庭はどういう家庭だ? 住所と家族構成を教えろ」
このひとことが担任の態度を硬化させてしまった。
先生はこう言った。
「個人情報保護法の観点から申し上げられません」
そして、先生は親身とは程遠い対応になってしまったという。

やはり、大人としてあるべきモノの言い方と振る舞い方というものがあるのだ。
先生が何らかの加害者であるならば別だが、そうではない中立な立場ならば「絶大なる協力者」というポジションに就いてもらわなければならないのだ。
そのためには敬意を欠かしてはいけない。
さらに言えば「完全勝利」を狙わないということを挙げておこう。
相手ありきの交渉事に完全勝利はない。
つまり、あらかじめ落としどころを決めておく「作戦」が必要なのだ。
親は「わが子かわいさ」でしばしば暴走しがちだ。「自分がいて、人もいる」という社会の当たり前を今一度、確認して、気持ちを落ち着かせよう。
要点を絞って相談するなら、先生や周囲の人たちは、必ずあなたの協力者になるはずだ。
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2018年08月07日

広島市長「核廃絶を人類共通の価値観に」平和宣言全文

広島市長平和宣言全文
「核廃絶を人類共通の価値観に」
2018年8月6日 朝日新聞デジタル

6日午前に広島市で開かれた平和記念式典で、松井一実市長が「平和宣言」を読み上げた。
全文は次の通り。
      ◇
 73年前、今日と同じ月曜日の朝。広島には真夏の太陽が照りつけ、いつも通りの一日が始まろうとしていました。
皆さん、あなたや大切な家族がそこにいたらと想像しながら聞いてください。
8時15分、目もくらむ一瞬の閃光(せんこう)。
摂氏100万度を超える火の球からの強烈な放射線と熱線、そして猛烈な爆風。

立ち昇ったきのこ雲の下で何の罪もない多くの命が奪われ、街は破壊し尽くされました。
「熱いよう! 痛いよう!」潰(つぶ)れた家の下から母親に助けを求め叫ぶ子どもの声。
「水を、水を下さい!」息絶え絶えの呻(うめ)き声、唸(うな)り声。
人が焦げる臭気の中、赤い肉をむき出しにして亡霊のごとくさまよう人々。

随所で降った黒い雨。
脳裏に焼きついた地獄絵図と放射線障害は、生き延びた被爆者の心身を蝕(むしば)み続け、今なお苦悩の根源となっています。

 世界にいまだ1万4千発を超える核兵器がある中、意図的であれ偶発的であれ、核兵器が炸裂(さくれつ)したあの日の広島の姿を再現させ、人々を苦難に陥れる可能性が高まっています。
 被爆者の訴えは、核兵器の恐ろしさを熟知し、それを手にしたいという誘惑を断ち切るための警鐘です。
年々被爆者の数が減少する中、その声に耳を傾けることが一層重要になっています。

20歳だった被爆者は「核兵器が使われたなら、生あるもの全て死滅し、美しい地球は廃墟(はいきょ)と化すでしょう。
世界の指導者は被爆地に集い、その惨状に触れ、核兵器廃絶に向かう道筋だけでもつけてもらいたい。
核廃絶ができるような万物の霊長たる人間であってほしい」と訴え、命を大切にし、地球の破局を避けるため、為政者に対し「理性」と洞察力を持って核兵器廃絶に向かうよう求めています。

 昨年、核兵器禁止条約の成立に貢献したICANがノーベル平和賞を受賞し、被爆者の思いが世界に広まりつつあります。その一方で、今世界では自国第一主義が台頭し、核兵器の近代化が進められるなど、各国間に東西冷戦期の緊張関係が再現しかねない状況にあります。

 同じく20歳だった別の被爆者は訴えます。
「あのような惨事が二度と世界に起こらないことを願う。
過去の事だとして忘却や風化させてしまうことがあっては絶対にならない。
人類の英知を傾けることで地球が平和に満ちた場所となることを切に願う」。

人類は歴史を忘れ、あるいは直視することを止(や)めたとき、再び重大な過ちを犯してしまいます。
だからこそ私たちは「ヒロシマ」を「継続」して語り伝えなければなりません
核兵器の廃絶に向けた取り組みが、各国の為政者の「理性」に基づく行動によって「継続」するようにしなければなりません。

 核抑止や核の傘という考え方は、核兵器の破壊力を誇示し、相手国に恐怖を与えることによって世界の秩序を維持しようとするものであり、長期にわたる世界の安全を保障するには、極めて不安定で危険極まりないものです。

為政者は、このことを心に刻んだ上で、NPT(核不拡散条約)に義務づけられた核軍縮を誠実に履行し、さらに、核兵器禁止条約を核兵器のない世界への一里塚とするための取り組みを進めていただきたい。

 私たち市民社会は、朝鮮半島の緊張緩和が今後も対話によって平和裏に進むことを心から希望しています。
為政者が勇気を持って行動するために、市民社会は多様性を尊重しながら互いに信頼関係を醸成し、核兵器の廃絶を人類共通の価値観にしていかなければなりません。
世界の7600を超える都市で構成する平和首長会議は、そのための環境づくりに力を注ぎます。

 日本政府には、核兵器禁止条約の発効に向けた流れの中で、日本国憲法が掲げる崇高な平和主義を体現するためにも、国際社会が核兵器のない世界の実現に向けた対話と協調を進めるよう、その役割を果たしていただきたい。
また、平均年齢が82歳を超えた被爆者をはじめ、放射線の影響により心身に苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

 本日、私たちは思いを新たに、原爆犠牲者の御霊(みたま)に衷心より哀悼の誠を捧げ、被爆地長崎、そして世界の人々と共に、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすことを誓います。

平成30年(2018年)8月6日
       広島市長 松井一実
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2018年08月08日

サマータイムはデメリットだらけ 「ゴリ押し」森喜朗に菅長官も困った

サマータイムはデメリットだらけ 
「ゴリ押し」森喜朗に菅長官も困った
2018/8/ 7 J-CASTニュース

2020年の東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、夏の時間を繰り上げるサマータイム(夏時間)を猛プッシュしている。
これまでも、省エネを目的とするサマータイムの議論はたびたび盛り上がっては立ち消えになってきたが、今回の目的は「猛暑対策」。

政府与党が「本格検討に入った」と報じられたのに続いて、安倍晋三首相は森氏らとの会談で、まずは自民党内で議論する意向を示したという。
ただ、導入には様々なハードルや、健康被害などデメリットが指摘されており、菅義偉官房長官は現時点では「国民の皆さんの日常生活に影響を生じる」と慎重姿勢だ。

「日が高くなる前にレースを
          終えることができる」?
森氏は2018年7月27日に安倍氏と会談し、サマータイムの法整備を要望。
これを受ける形で、産経新聞は8月6日の1面トップ(東京本社最終版)で、政府・与党が夏の時間を2時間繰り上げるサマータイムについて「本格検討に入った」と報じた。
記事では、 「導入すれば、午前7時スタート予定のマラソンが、もっとも涼しい午前5時スタートになり、日が高くなる前にレースを終えることができる」 などと説明されている。

ただ、菅義偉官房長官は8月6日午前の会見で、 「報道は承知しているが、政府としてサマータイム導入を目指すとの方針を決定した事実はない」 とした上で、サマータイム導入には 「暑さ対策の一環としての提案として受け止めているが、国民の皆さんの日常生活に影響を生じるものであり、大会までの期間があと2年と限られていることもある」 と消極的。

さらに、 「いずれにしても暑さ対策については、競技の開始時間の前倒しをし、さらには沿道の緑化や路面の温度を抑制する舗装などの取り組みを進めており、ハード・ソフトの面から総合的な対策を徹底的に取り組んでいきたい」 と述べ、暑さ対策としてのサマータイム導入は優先順位が低いことをにじませた。

改修に「4年」はかかり...
          IT後進国転落も!?
確かに菅氏が指摘しているように、「日常生活」への影響は大きい。
やはり導入の機運が高まった08年、日本睡眠学会は反対する声明を発表している。

サマータイム導入で早起きになる一方で「早寝」にはなりにくく、睡眠時間が短くなって健康被害につながる、というのがその理由だ。
声明では、04〜06年に札幌商工会議所が主導して行った模擬サマータイム(フレックスタイム)に参加した人へのアンケート調査では、従業員の20%〜40%が睡眠不足、体調の悪化を訴えたことから、サマータイム導入による健康被害で、年に1350億円の経済損失が発生すると試算した。

健康被害以外に、「あと2年」という時間的制約も大きなハードルだ。
コンピューターシステムの対応が間に合わない可能性があるからだ。
国産OS「TRON」を開発したことで知られる坂村健・東洋大教授は、08年6月の毎日新聞への寄稿で、00年になるとコンピューターシステムに不具合が起きるとされた「2000年(Y2K)問題」を引き合いに、サマータイムを「意図的Y2K問題」だと指摘。
Y2Kの時の経験からして、制度の導入決定から4年程度はシステム改修にかけるべき」 だと主張し、 「さらに、貴重な技術者をはりつける4年はIT分野において日本に決定的な後れを取らせるかもしれない」 とも訴えた。

韓国もソウル五輪で導入したが
そんな中でも、森氏は8月7日午前、再び首相官邸を訪れて安倍氏にサマータイム導入を要請。
森氏らが記者団に明らかにしたところによると、安倍氏は「まずは(自民)党で先行してやってほしい」などと話したという。
ただ、菅官房長官は直後の会見で、前日と同様の導入に否定的な答弁を繰り返し、安倍氏から検討に向けた指示があったかどうかについては 「個別の会談に言及することは差し控えたい」 とするにとどめた。

実は韓国でも五輪を理由にサマータイムが導入されたことがあったが、ほどなく廃止されている。
導入されたのはソウル五輪を翌年に控えた1987年で、その理由は 「放送主幹社である米国NBCから一銭でも中継権料を取るため、人気種目の試合時間を米国の夜の時間帯に合わせなければならず、そのためには1時間でも多く時差を調整する必要があった」(韓国・中央日報) というもの。

1989年に廃止された理由も 「経済的な結びつきが強い日本が導入していなかったため、商取引に支障が生じる事例が多発した」(読売新聞) というもので、いずれも今回の東京五輪とは異なっている。
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2018年08月09日

医師から患者になり、初めて知ったこと=手術受け分かった不安、立場の違い

医師から患者になり、
初めて知ったこと
=手術受け分かった不安、立場の違い
8/8(水) jiji.com(武矢けいゆう)

私が人生で初めて全身麻酔手術を受けたのは、医師になって数年たってからのことでした。
この時、手術前後で1カ月近くの入院を経験しました。
私は初めて入院患者となり、それまで全く気づけなかった驚くべき事実を知ることになります。

 今回は、医師から患者になったことで、私がどんなことを学び、どんなふうに成長できたのかを書いてみたいと思います。

身麻酔手術は怖い
 外科医は、毎日のように患者さんに全身麻酔手術を受けていただく仕事です。
 いつも手術前の患者さんからは、
「ちゃんと麻酔が効くでしょうか?」
「途中で麻酔が覚めたりしないでしょうか?」
「手術が終わっても麻酔が覚めない、なんてことはないでしょうか?」と質問攻めです。

 全身麻酔は薬で突然意識を失わせる行為なので、怖いのは当たり前です。
しかし実体験のなかった私はそれまで、患者さんにニコニコして「大丈夫ですよ!」と言っていました。
今日の全身麻酔の技術は非常に安全ですから、ことさらに心配する必要はありません。
これは私が毎日のように肌で感じていたことです。

 ところが、自分が全身麻酔手術を受ける段になった時、言いようもない恐怖を覚えました。
「麻酔薬が注射される時はどんなふうに意識がなくなるのだろう」
「目が覚めた時、口の中に気管チューブが入っているのは苦しくないだろうか」
「麻酔薬の副作用で出る吐き気はつらくないだろうか」実にさまざまな不安が去来しました。

 自分が手術を受ける段になって初めて、全身麻酔への恐怖を味わうことになったのです。
それ以後は、患者さんの不安をじっくり聞いて共感し、それまで以上に丁寧に繰り返し説明するようになりました。

医師にあまり本当の気持ちを伝えない
 手術後は、自分の体が問題なく回復しているかどうか、不安で仕方がありませんでした。
医師である私ですらこうなので、医療の専門家でない患者さんからすれば、その不安は計り知れないでしょう。

 そして、毎日のように主治医が病室に顔を見せるのを心待ちにすることになります。
毎日、自分の体に関して主治医への質問がたくさんたまってきます。
 ところが、いざ主治医が病室にやって来て、その忙しそうな姿を見ると、
「今こんなことを言うと迷惑ではないか?」
「ある程度、痛みは我慢した方がいいのではないか?」と気を遣うので、正直な気持ちは伝えにくくなります。
とにかく話したいことがたくさんあるのに、遠慮して一部しか伝えられないのです。

 私は医師として患者さんと接する時は、「不安なことがあれば私に何でも言ってくださいね」と言っていましたが、それだけでは不十分だということが分かりました。
遠慮がちな方には忙しそうな姿をなるべく見せず、「じっくり全ての情報を引き出そう」という姿勢を見せるようになりました。

手術後はとにかくつらい
 私たちは普段患者さんに、手術後はしっかりリハビリをするよう指導します。
病状によっては安静にすべきケースもありますが、全身状態が許せば、術後は積極的に動いていただきます。
こうした術後のリハビリが、回復を早めるためには非常に重要だからです。
 私は、術後ベッド上でじっと寝ている患者さんには、「もっと歩いてください」と少しスパルタな指導をしていたこともありました。
ところが自分が手術を受けると、印象が大きく変わりました。
 とにかく術後は全身がだるくて重く、起き上がるのも一苦労です。
スムーズに歩くなどとても無理で、フラフラになりながらリハビリをしました。
手術翌日からスタスタと病棟を歩いている高齢の患者さんがたくさんいたことを思い出し、改めて感心しました。

 手術後はとにかくつらいことを十分認識し、その上で適切な言葉をかける必要があると分かりました。

ナースコールを押すのは気を遣う
 私は患者さんにいつも、「何かあったらナースコール押してくださいね!」と軽く言っていたのですが、自分が入院すると、そう簡単でもないことに気づきました。
入院中はささいな不安や看護師への用事が出てくるのですが、看護師たちが忙しい中、「こんなことでコールしていいのだろうか」と思ってしまうのです。
 たくさんの患者さんの相手をしなくてはならない看護師たちに、自分のところに来てもらうにはそれなりの理由が必要だと考えると、ナースコールを押すことへの敷居は高くなります。
もちろん「何のためらいもなくナースコールを何度も押せる患者さん」はたくさんいます。
これは個人の性格の違いです。

 しかし、中には控えめな性格の人もいて、「ナースコールを押したいけれど遠慮して押せない」という人が多くいる可能性に気づけたのは、大きな成長だと感じます。
それぞれの患者さんの性格に応じて、適切なケアは違うと実感できたからです。
 医師は、何百、何千という患者さんを相手にする中で、患者さんへの診療が当たり前の行為になっています。

しかし医師として、患者さんの立場で物事を考えることがいかに大切かを、入院することで身にしみて学ぶことができました。  これを読む医療者の方々にもぜひ、こういう患者さんの立場を分かっていただけるとうれしく思います。


武矢けいゆう(たけや・けいゆう)医師
専門は消化器外科。
平成22年京都大学医学部卒業後、複数の市中病院勤務を経て、現在京都大学医学研究科博士課程。
個人で執筆、運営する医療情報ブログ「外科医の視点」で役立つ医療情報を日々発信中。
資格は外科専門医、消化器外科専門医、消化器病専門医など。
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2018年08月10日

五輪酷暑対策でサマータイム導入は愚策

酷暑対策でサマータイムの愚!
過重労働、健康被害、システム障害…
デメリットだらけなのに
五輪無罪でゴリ押し
2018.08.08 LITERA編集部

 オリンピックの暑さ対策のため、日本政府が夏の時間を2時間繰り上げるサマータイムの導入に前向きな姿勢を見せている。  

先月27日、オリンピック組織委員会の森喜朗会長が首相官邸を訪れ、安倍首相にサマータイムの導入を要請。
安倍首相も解決策の一つとして導入に前向きな姿勢であることから、秋の臨時国会への議員立法提出を目指すという。

 サマータイムを導入したことによる問題点は大きく分けて3つある。
1つは労働時間がますます長時間化するのではないかという懸念だ。
 7日放送『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)でジャーナリストの青木理氏は
「ヨーロッパなんかでサマータイムを入れているんですけど、早く帰って買い物できるとか、明るい時間に帰宅できるとかっていうメリットというのは、すぐにデメリットにもなるわけですよ。
(中略)日本人的ないまの雰囲気でいうと、帰れるのかと。
つまり、早くから働いて、遅くまで働いたら、労働時間が長くなるだけの話だし」と語っているが、実際、始業時間に厳しく終業時間には緩い日本の企業風土では、サマータイムを導入したところで早く帰れることはなく、ただ2時間早く出社しただけで、帰る時間はいつもと同じといった状況になる可能性が非常に高いと言わざるを得ない。

また、小売業やサービス業は営業時間を大幅に変更させることが予測され、ここでも労働時間が長くなることが懸念される。  

実は、日本でも、1948年から51年にかけてサマータイムを導入していたことがあるが、その際も残業量が増加して労働環境が悪化したことから廃止されている。
この歴史が繰り返される可能性は残念ながら高いだろう。

 もうひとつ懸念されるのが、健康問題。
通常よりも2時間ずれた生活をいきなり強いられることで睡眠不足などを引き起こし、心疾患をはじめとした様々な病気を引き起こす可能性が指摘されている。
前述『モーニングショー』で玉川徹氏は「夏に自律神経が乱れる人、多いわけですよ。
これだけ猛暑になっていると。
それで、いきなり睡眠時間2時間ぐらいずれちゃったら、本当に多くの人が命に直結するような事態になりますよ」と語っているが、過酷な気候のもと国内にいながら無理やり2時間の時差ボケを引き起こさせるような施策は、高齢者や持病のある人などにはかなり大きな負担となる。

 とくに、心筋梗塞を発症するリスクが高くなることが報告されており、事実、ロシアでは2011年にサマータイムを廃止しているが、その原因も心筋梗塞で救急車を出動する回数が増えたからだとされている。

 3つ目はシステムなどの構築に莫大なコストがかかると予想されることだ。
2時間繰り上がった時計のために各コンピューターシステムを調整し直す必要があり、各企業はそこに多くのリソースを割くことを強いられる。
エンジニアが、新国立競技場建設での過重労働のような状態にさらされる可能性が高い。

 このようにサマータイムの導入では大きなデメリットがあるわけだが、それでも導入を決行するに足る十分な理由があるかといえば疑問だ。
 サマータイムの恩恵を受ける競技の代表として、巷間よくあげられるのがマラソンである。
サマータイムの導入により朝の5時スタートにすることができるとされているが、ならば現在の時刻のまま朝の5時スタートにすればいい。

『モーニングショー』で玉川氏はこうも語っていた。
「マラソンだって午前5時スタートにすればいいだけじゃないですか。
なんでそれだけのことのために、システムからみんなの生活から全部影響を受けなければならないのか。
あのね、五輪無罪、オリンピック無罪みたいなのっていうのは、僕は大反対ですよ。
オリンピックは楽しみですよ。
楽しみだけど、たった2週間の話じゃないですか。
それのために、たとえば、共謀罪を通してみたりね、こういうふうなこと考えてみたり、なにやってんだって思いますよ」

オリンピック無罪で国家総動員状態!
過重労働、ブラックボランティア、
           学徒動員…  
今回の東京オリンピックをめぐっては、あまりにも横暴なやり方が横行し過ぎている。
玉川氏のあげた共謀罪もそうだが、死者も出ている新国立競技場建設での過重労働、劣悪な条件でのボランティア募集、大学や高等専門学校に対してボランティア参加のため試験時期をずらすよう文科省とスポーツ庁が通知を出した件、東京都オリンピック・パラリンピック準備局大会施設部のスタッフが大会期間中は混雑防止のためにネット通販を控えるように提言した話など、「国家総動員」「オリンピックのために自己犠牲しない人間は非国民」とでも言いたげな施策が次々と出されている。  

サマータイムの導入もそのひとつと言っていいだろう。
なぜ、たかだか数週間の運動会のために、日本に住む人々全員がこんな負担を強いられなければならないのか。
暑さ対策のためなら、ここまで犠牲を払ってさほど効果のないサマータイムを導入するより、オリンピックを2カ月後ろ倒しすればいい話だ。

 そもそも、この時期の日本は酷暑だということを知りながら、〈この時期の天候は晴れる日が多く、且つ温暖であるため、アスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候である〉(「立候補ファイル(日本語版)」より)などと言ってオリンピックを招致したのは誰か。

 また、サマータイム導入にあたっては、もともとは恒久的な導入ではなく、2019年と20年の2年間のみの限定導入になるというが、前述したようなシステム変更のコストに見合わないとの指摘を受けて、恒久的なサマータイムの導入に舵を切り始めているとの報道もある。
森氏は〈五輪のためにやるということではなく、日本政府が地球環境保護に取り組むという観点で進めてほしい〉(8月8日付ニュースサイト「スポーツ報知」より)と述べているが、そもそも、湿度が高く夜も暑い日本の気候ではサマータイムを導入しても冷房などの使用料は変わらないため省エネにはつながらないと長きにわたって指摘され続けている。

 また、批判を受けてすぐさま限定的な運用から恒久的な運用に切り替えたというのは、要するに、たいして深く考えていなかったということだろう。
こんなのはあまりにも杜撰過ぎる。
日本に住む人々は政治家のオモチャではないし、オリンピック組織委員会の奴隷でもない。

 こんなかたちでしか開催できないオリンピックならば、即刻返上するべきだろう。
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2018年08月11日

「1カ月の夏休み」は夢? 日本人の“有給の取り方”がズレている、歴史的背景

「1カ月の夏休み」は夢?
日本人の“有給の取り方”が
      ズレている、歴史的背景
2018/08/10 ITmedia ビジネス(河合薫)

「プレミアムフライデー」の次は「シャインニングマンデー」。
 先日、経済産業省が「日曜の夜までたっぷり遊んでもらい、月曜日を午前半休にする」というシャイニングマンデーなるものを計画中であることをテレビ朝日が報じ、話題となりました。
 個人的には「プレミアムフライデーよりもマシ」という気がしなくもありませんが、いったいこの国はどうなっているのか。
あまりのちぐはぐさに、へきえきしています。

 だって、片や「裁量労働制の拡大!」だの、「時間で評価しない仕組みを作る!」だの、働く人たちの「自由」を広げる“そぶり”をしているわけです。
なのに「給料日後の金曜日は早く仕事を終わらせて、遊びに行ったり、飲みに行ったりして、もっとお金を使ってね!」とプレミアムフライデーなるものをスタートさせ、今度は「シャイニングマンデー」だと。

 「多様な働き方」「自立」「個を生かした働き方」……など、お偉い方たちが呪文のように唱える言葉とは正反対の構想に思えてしまう私の脳みそがどうかしているのでしょうか。

 会社は学校じゃないし、大人は子どもでもない。
ましてやなぜ、経産省に「金曜日は早く帰れ〜!」だの、「日曜は夜までたっぷり遊べ〜!」」だの言われなきゃならないのか。
んなもん会社が独自に取り組めばいい。
税金使って、花火打ち上げて、プロモーションして、イベントやって。愚策以外の何ものでもありません。

 こういうのを「無駄」というのです。
 そもそも日本では有給休暇だって、まともに消化できていません。
しかも、世界的には原則禁止している分割取得が当たり前です。
 そうです。有給休暇の世界基準は「まとめて取る」。国際労働機関(ILO)は、原則として有給休暇の分割取得を認めていないのです。
 なぜか?  
「労働者はまとめて休む必要があるから、有給休暇という制度が誕生した」という歴史的背景があるからです。

●なぜ欧州では、ひと月近く休むのか
 さかのぼること今から100年前、20世紀初頭。
「精神的かつ知的な休息は、労働者の健康のために不可欠である」との理由から、週休とは異なる連続休暇をを取ることが労働者の権利だとする考え方が欧州の労働組合に存在していました。
 1926年にはスウェーデンの労働者に「有給休暇」という概念が広まっていて、35年にはほとんどの欧州諸国の企業が、労働者に有給休暇を与えていたとされています。
 そこでILOは36年、「1年以上継続して働く全ての労働者は、連続した最低6労働日の有給休暇を享受する」とした条約(第52号条約)を定め、「この最低基準を超えるものに関してのみ、特別に有給休暇の分割を認める」としたのです。

 第52号はその後改訂を重ね、現在は70年の第132号条約が世界基準です(以下抜粋)。

・労働者は1年間の勤務につき3労働週(5日制なら15日、6日制なら18日)の年次有給休暇の権利をもつ
・休暇は原則として継続したものだが、事情により分割も可
・ただし、分割された一部は連続2労働週を下回ってはならない
・祝日や慣習上の休日は年次有給休暇の一部として数えてはならない

 つまり、20日間の有給休暇が付与されている場合、少なくとも10日は連続して休むことが求められる。
ところが残念なことに、日本はこの条約を批准していないのです。
日本は先進国の中では珍しくILOの条約のいくつかを批准していないのですが、そのうちの1つが「年次有給休暇に関する条約」です。

 日本人の夏休みはせいぜい1週間ですが、欧州ではひと月近く休むのが当たり前なのもこのためです。

●「やむにやまれぬ事情」で
           つくった“おかしな制度”  
私は毎年この時期になると「フランス人になりたい」と思うのですが、日本ってとことん遅れている。
そうです。分割取得という発想は「戦後のやむなき事情」で生まれたのに、今なお、それを引きずっているのです。

 日本で1日の労働時間や有給休暇などの労働基準を定めた「労働基準法」が作られたときの日本はとにかく貧しく、休んでいる暇などありませんでした。
 それでも「世界に追い付きたい」との願いを込めて作られたのが、労働基準法です。

 産業革命以降、欧州では長時間労働が蔓延し、労働者の間で過労が原因と思われる心身の不調が多発していました。
それを撲滅すべく
「1日8時間にしよう!」
「1週間に40時間にしよう!」
「週休とは別に、年次休暇を作ろう!」と権利を一つ一つ積み上げてきました。

 その欧州の「労働者は奴隷ではない」というメッセージを、戦後の日本の役人たちは真摯(しんし)に受け止め、それまで1日10時間労働だったのを改め、「8時間労働」に短縮。
「有給休暇も入れよう!」と意気込みました。

 しかしながら「まとめて取るのが大原則」とする年次有給休暇を、敗戦の焼け野原で戦後復興中の日本がそのまま受け入れるのは到底ムリ。
そこで年次有給休暇については、「やむにやまれぬ事情で、1日単位の分割取得というおかしな制度をあえて導入した」のです。
 つまり、“やむにやまれぬ事情”がない今、“おかしな制度”は、“おかしくない制度”に戻すべき。
「有給休暇はまとめて取るもの」と正すべきですが、そういった声は一向に聞こえてきません。

 今の日本は、まだ戦後復興期にあるのでしょうか?
 いまだに世界についていけない、極貧の国なのか?
 やむにやまれぬ事情で“おかしな制度”を作った先人たちは、今の「日本」を見て、さぞかしがっかりするのではないでしょうか。

●フランスから広まった
「もっと休め!」スローガン
 実は100年前のフランス人は、今の日本人同様、長時間労働で過労死する人も多かったといわれています。
 そんなフランスで休暇が充実したきっかけは、ある政治家の大英断です。
 レオン・ブルム氏。3度にわたって首相を務めたフランスの政治家で、1936年に成立したフランス人民戦線内閣の首班を務めた人物として知られています。
 当時フランスでは、大戦後に大恐慌の痛手から立ち直ることができず、経済は低迷し、街には失業者があふれていました。そこでレオン・ブルム内閣は、長引く不況に対して「もっと働け!」ではなく「もっと休め!」と号令をかけることを決断したのです。

 しかし、彼の労働政策は大炎上。
 「不況時に『もっと休め!』とは許せん」と有識者から大バッシングを受け、「ブルムの実験」とやゆされました。
 しかし、ブルム氏はいかなる反発にもぶれることなく、週40時間労働制を推し進め、2週間の有給休暇を保証するマティニョン法(通称「バカンス法」)を制定したのです。
 すると……、余暇が増えたことで、フランスではサービス産業が大きく成長し、内需主導型経済への脱皮を果たすとともに雇用も拡大。

「もっと休め!」政策は、経済の回復に大きな役割を果たし、「もっと休め!」というブルム氏のスローガンはその他の欧州の国々にも広がりました。
 フランスのバカンス法では、年5週間の有給休暇を取得する権利が労働者に与えられています。
しかも、労働者の連続休暇取得を雇用主の責任としているため、「取りづらくて取れない」なんて事態はめったに起こりません。
 雇用主には毎年3月1日までに従業員代表に対し、有給休暇取得計画のガイドラインを報告する義務があり、万が一取得できなかった場合は、退職時に「有給休暇手当」として支払う義務が課せられているのです。

また、労働者の都合で取れなかった場合には、「休暇積立口座制度」を使って積み立てることもできます。
 休暇積立口座制度とは、最大で年間22日の有給休暇を積み立てることができ、原則2カ月以上の長期休暇(サバティカル休暇)取得の際に、給与補償として充てることができる制度です。

●連続した休暇を取らせる制度を
 こういった連続した休暇を取らせる制度を、国が作る。
 これが国のやるべきことだと思うのです。

プレミアムフライデーだの、シャイニングマンデーだの小手先のイベントを打ち上げても意味がないのです。
「世界トップの雇用環境の実現」と豪語するのであれば、連続休暇も世界各国並みにしてほしいです。
もはや戦後ではないのですから。
 ホントに残念だし、情けないのですが、日本って建前と忖度で動いている国で。
「人」と向き合うことがないなぁ、などとつくづく感じてしまうのです。

 米国は欧州に比べると比較的労働時間が長いのですが、長期休暇は当たり前です。
 個人的な話で恐縮ですが、私は子どものころ、米国に住んでいました。
そのころは「それサンクスギビングだ!」「それクリスマスだ!」と、家族で車で1週間ほどの旅行に出るなんて、日常茶飯事でした。
子どもたちの3カ月間の夏休みのうち、少なくとも2週間は父親も休んでいたように記憶しています。
 そして、そのときの家族の思い出は大人になり、親が高齢になり、死というものがリアルになったときに「生きる」。

 明日からお盆休みの方も多いと思いますが、家族との時間を大切になさってくださいね。
短い休みで残念ですが、少しだけリフレッシュして年末まで走るエネルギーを充電してください。
私もできる限り、休みます。……といっても個人事業主にお盆は関係ないんですけどね(苦笑)。
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2018年08月12日

毎年、新学期前日に焦っちゃう!夏休みの宿題を早く終わらせる五つのコツ

毎年、新学期前日に焦っちゃう!
夏休みの宿題を早く終わらせる五つのコツ
2018.08.11 NEWSポストセブン

夏休みの宿題は、子どもだけではなく親も頭を悩ませる大問題。
夏休み最後の週末は、何も予定を入れずに宿題対策のためにあけておくという家庭も多いのではないでしょうか。
今年こそ、焦らず楽しい夏休みを過ごしたい!という方へ、宿題を早く終わらせるコツをご紹介します。

小学生の夏休み宿題事情
子どもの頃に誰もが経験した夏休みの宿題。
定番のドリルに始まり、自由研究、読書感想文、毎日の日記など、量もジャンルも盛りだくさんだった記憶があります。
当然親の出番もあり、家族総出で片付けたという子もいました。

最近の小学生の宿題事情はどうなっているのでしょうか。

コツコツ型は案外少ない
全国のモニターを対象にした調査によれば、毎日コツコツやって終わらせたというコツコツ型は約2割だったそうです。
案外少ない数字ですね。
実際まわりのお母さんの声を聞いて見ると、
「夏休み最後にぎりぎり終わらせた」
「提出期限までに終わらせればいいという感じだった」など、駆け込み型の方が多いという印象です。
「結局提出せずに終わっちゃった」というつわものもいて、宿題に対する意識はゆるめ。
それでも、みんな「ちゃんと終わらせて提出しよう」という努力をしています。

自由研究・読書感想文は王道
宿題の内容は、ドリル・自由研究・読書感想文・図画工作・日記がオーソドックス。
今も昔もあまり変わっていません。

筆者の近隣の小学校では、作文と図画工作はコンクールに提出する作品を制作することになっています。
各自好きなコンクールを選んで作品を作り、学校がまとめて各コンクールに送ってくれるシステムです。
優秀な作品は賞をもらえるので、子どものモチベーションが上がりますし、参加賞がもらえるコンクールもあります。
小学生の塾通いも多くなり、宿題の量はあまり増やさないでほしいという保護者の要望が出ている地域もあるようです。

夏休みの宿題を早く終わらせるコツ
夏休みは、暑いから勉強に集中できないという理由でもらえるお休みです。
また、学校では体験できない経験を子どもに与えようという主旨もあります。
学校から出る課題はなるべく早く終わらせて、子どもたちにさまざまな経験をさせてあげたいですね。

宿題を早く終わらせるコツはスケジュール管理にあります。
ポイントを押さえておきましょう。

その1 難易度判定をする
まず、宿題の全容を把握してください。
そして、それぞれの難易度を判定します。
子どもにもそれぞれ得意分野がありますから、そこを見極めてあげることが大事です。
「これはAだね。こっちはCかな」というように子どもと相談しながら判断してください。
そのとき、おおよその所要期間をあわせて考えておきます。
子どもの集中力は、あまり長く続きません。
工作や絵画、作文なども、1日でやろうとせずに数日にわけて取り組む必要があります。
難易度を判定しておけば、おおよそのスケジュールを立てやすくなります。

その2 イベントがある日は思い切って休む
子どもに計画表を作らせると、ページ数を日数で割ったような単純な計画を立てる子が多いでしょう。
しかし、基本的に、毎日コツコツできる子の方が少ないのだと理解してください。
週末やお盆など、イベントがある日は思い切って宿題も休みにしておいた方が安全です。
1日でもできないと、ノルマがたまってしまうようでは、負担感が増すだけでモチベーションが上がりません。
メリハリのあるスケジュールが大事です。

その3 単純作業から始める
夏休みの開始直後は、誰でもやる気マックスです。
この時期にひとつでも宿題を終わらせておくと、やる気が持続しやすくなります。
そのためには、挫折の少ない単純作業から始めるのがコツです。
難易度の低いものを選んでまずはやらせてみましょう。
夏休みの最初の1週間が勝負です
おもしろければ宿題は早く終わる 子どもは、おもしろい遊びにはすぐに夢中になり、時間を忘れて熱中します。
宿題がいやなのは、おもしろくないから。楽しくおもしろくなるような演出をしてあげると、それだけ早く終わります。
自由研究のテーマも、今子どもが興味を持っている分野をそのまま生かせばいいのです。
ゲームでも漫画でも、視点の工夫でいくらでも「研究」になります。

その4 絵・工作はみんなで集まってやる
絵や工作は、意外に時間がかかる宿題です。
学校の授業でも、2時間授業を何週か継続して作品を仕上げていくわけですから、1日中、集中して取り組むのは難しいでしょう。
ただ、友だち同士で集まってやるなら別です。
どのようなものを作るか事前にプランを立てておき、公民館やマンションの集会室などを借りて集まって作業することをおすすめします。
お昼はお弁当を頼んでもいいですし、飽きたら途中で遊んだりおやつを食べたりして過ごします。
お母さん同士でおしゃべりしながらみんなで子どもの宿題を見てあげるわけです。
この場合、作品の完成度を重視しない方がストレスは少なくてすみます。

その5 読書感想文は親子でビブリオトーク
読書感想文はオーソドックスな宿題ですが、苦手な子も多いジャンルです。
作文の指導は難しく、親としてもどうアドバイスしたらいいのか悩みますね。
読書感想文を楽しく早く終わらせるには、親子でビブリオトークをおすすめします。
ビブリオトークとは、読んだ本のおもしろさを伝えあう会話のことです。
話すことで、子どもの思考も言語化され、文章にしやすくなります。
ポイントは、親子で同じ本を読むこと。
親がアドバイスをしやすくなります。
本は、新しく読まなくてもかまいません。
苦手な子には、以前読んだことのある好きな本を再読する方が取り組みやすいでしょう。

おわりに
夏休みの宿題は、早く終わらせるにこしたことはありません。
子どものモチベーションが高い最初の1週間で、単純なものは終わらせてしまいましょう。
達成感がやる気を持続させてくれます。
テーマ選びやスケジュール管理は、大人が適度に介入して子どもが楽しく取り組めるように工夫してみてください。
普段できないことを体験する有意義な夏休みを目指しましょう。
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2018年08月13日

自然災害対策と「財政問題」は、分けて考えろ

自然災害対策と「財政問題」は、
                       分けて考えろ
「赤字だから対策できない」には
                          根拠がない
2018/08/01 東洋経済(中野 剛志 : 評論家)

7月上旬の西日本を中心とする豪雨災害で200人以上が犠牲になり、家屋被害が2万6000棟を超えた。
これは平成最大の被害であり、治水の想定を超えたという見解もある。
しかし、この被害は、本当に想定外だったのであろうか。
著書『富国と強兵』で国家と財政政策を論じた中野剛志氏が、自然災害と「財政健全化」の関係を論じる。

想定外ではなかった豪雨災害
気象庁によれば、「非常に激しい雨」(時間降⽔量50mm以上)は30年前よりも約1.3倍、「猛烈な雨」(時間降⽔量80mm以上)は約1.7倍に増加している。

また、国土交通省によれば、過去10年間に約98%以上の市町村で、水害・土砂災害が発生しており、10回以上発生した市町村はおよそ6割にのぼる。
このように、政府の関係機関は、近年、豪雨災害のリスクが高まっていることを認識していたのだ。
しかし、主要河川の堤防整備は未だに不十分な状況にある。

治水関連予算は減らされ続けてきた
では、政府は、治水関連予算を増やしてきたのかと言えば、その逆である。
1990年代後半以降、公共投資は大幅に削減され、治水関連予算も抑制されてきた。
その理由は、言うまでもなく、財政健全化が優先されたからである。

その結果、今回の豪雨災害においても、治水対策が強化されていれば守られたであろうはずの人命が失われた。
国民の生命・生活が、財政健全化の犠牲となったのだ。

南海トラフ地震対策と
「財政破綻リスク」言説
同じ過ちが、来るべき巨大地震についても繰り返されようとしている。

本年6月、土木学会は、今後30年以内の発生確率が70〜80%とされる南海トラフ地震が日本経済に与える被害総額は、20年間で最悪1410兆円になるという推計結果を公表した。
同学会は、発生が予測されている南海トラフ地震、首都直下地震、三大都市圏の巨大水害を「国難」と呼び、この「国難」に対処するために、防災のための大規模な公共インフラ投資を提言している。

ところが、この発表について、財務省財政制度等審議会会長の吉川洋・東京大学名誉教授は、次のように述べたのである(『中央公論』2018年8月号)。
「今回の土木学会の発表で最も注目されるのは、インフラ耐震工事約40兆円で南海トラフ地震の場合509兆円の被害を縮小できるという推計結果である。
これほどの高い効率性をもつ公共事業は他に存在しない。
整備新幹線はじめほとんどすべての公共事業をわれわれはしばらく我慢しなければならない。
(中略)あれもこれもと、現在国費ベースで年6兆円の公共事業費を拡大することはできない。
それでは『国難』としての自然災害を機に、『亡国』の財政破綻に陥ってしまう。」

要するに、日本は財政破綻のリスクがあるので、南海トラフ地震の対策をやりたければ、ほとんどすべての公共事業をあきらめろというのだ。
しかし、ほとんどすべての公共事業を止めることなど現実的には不可能だから、この主張には「インフラ耐震工事費を40兆円も出せないから、南海トラフ地震の被害は甘受しろ」という含意がある。

デフレの今こそ、
自然災害対策のチャンス
しかし、すでに明らかにしたとおり、日本政府が債務不履行に至ることなど、あり得ない。
また、デフレである間は、財政赤字の拡大は長期金利の急騰をもたらさない。
実際、デフレ下にあった過去20年、政府債務残高は増え続けたが、長期金利は世界最低水準で推移し、2016年にはマイナスすら記録した。
ある推計によれば、2000年から2007年における財政赤字の1兆円の増加は、長期金利を0.15bsp〜0.25bsp(1bspは0.01%)引き上げただけだった。
つまり財政赤字を100兆円増加したとしても、長期金利の上昇は0.3%にもならないのだ。
したがって、「現在国費ベースで年6兆円の公共事業費を拡大すること」はできるし、すべきである。
むしろ、デフレの今こそ、金利急騰の副作用をもたらさずに公共投資を拡大できるチャンスとも言えるのだ。

政府債務の対GDP比率と
          財政破綻とは関係がない
それにもかかわらず、吉川氏は、長期デフレ下の日本にあって、歳出抑制の必要性を強く主張し続けてきた。
たとえば、2003年、吉川氏は、伊藤隆敏氏ほか日本を代表する経済学者らと共同で、政府部門の債務の対国内総生産(GDP)比率が140%に達していることを踏まえ、「財政はすでに危機的状況にあり、できるだけ早い機会に財政の健全化(中略)が必要である。」と警鐘を鳴らした(2003年3月19日付日本経済新聞「経済教室」)。

吉川氏らによれば、このままだと政府債務の対GDP比率が200%に達するが、「この水準は国家財政の事実上の破たんを意味すると言ってよい。
たとえデフレが収束し経済成長が回復しても、その結果金利が上昇するとただちに政府の利払い負担が国税収入を上回る可能性が高いからである。」

しかし、現在の政府債務の対GDP比率は、吉川氏らが「国家財政の事実上の破たん」とした水準をすでに上回り、230%以上となっているが、長期金利はわずか0.03%に過ぎない。
政府債務の対GDP比率と財政破綻とは関係がないのだ。

吉川氏らの「デフレが収束し経済成長が回復すると、ただちに政府の利払い負担が国税収入を上回る可能性が高い」という主張も、理解し難い。
第一に、経済成長が金利を上昇させる可能性はあるが、それは同時に税収の増加をももたらし、財政収支を改善するのである。
実際、2018年度当初予算は、企業業績の改善を背景に、中央政府の政策経費(地方交付税交付金等を除く)を上回る税収が見込まれている。
もっと端的な例を挙げると、1990年当時、長期金利は6%を超えていたが、誰も財政破綻など懸念していなかった。
それどころか、一般政府の財政収支は黒字だった。
言うまでもなくバブル景気が税収の増加をもたらしていたからだ(したがって、財政黒字は、マクロ経済的には必ずしも健全とは言えないのだが)。

いずれにせよ、経済成長は財政を健全化しこそすれ、それがただちに財政危機を招くなどというのは考え難い。

第二に、そもそも、政府債務の返済は、国税収入だけで行うものではない。
継続的な借換(新規国債の発行によって同額の国債償還を行うこと)によることもできる。
政府債務というものは、原則として完済をする必要がない債務なのだ。
それゆえ、ほとんどの先進国において、国家予算に計上する国債費は利払い費のみで、償還費を含めていない。

その利払い費は、2018年度予算では約9兆円が計上されている。
これは長期金利を1.1%として算定されたものだが、市場金利は0.03%程度だから、実際の利払い費は9兆円よりもずっと小さい。

思い込みを打破し、
自然災害対策に全力を
仮に長期金利が今の30倍に跳ね上がったとしても、利払い費は9兆円にも満たないのだ。
その程度の利払い負担が国税収入を上回る可能性を心配することを、杞憂と言う。

第三に、それでも金利の上昇を回避したいというのであれば、中央銀行が国債を買い取ればよい。
実際、日本銀行は、そうしている。
いわゆる量的緩和がそれだ。

要するに、吉川氏の言う「『亡国』の財政破綻」(金利が上昇して政府の利払い負担が国税収入を上回る)のリスクは、ほとんどないのであり、しかもその極小のリスクですら、経済政策によって容易に克服できるということだ。

これに対し、「『国難』としての自然災害」の発生確率は「『亡国』の財政破綻」よりもはるかに高い。
しかも金利上昇による経済損失と違って、自然災害により失われた人命は、取り返しがつかない。
そう考えると、「『国難』としての自然災害を機に、『亡国』の財政破綻に陥ってしまう」などという主張は、とうてい受け入れられるものではない。

個人や企業の借金の
アナロジーで考えてはならない
それにもかかわらず、日本は財政危機であり、公共事業費を増やすことはできないという思い込みは、依然として根強い。 

確かに、これまで述べたような
「財政赤字を拡大すべきである」
「政府の財政破綻はあり得ない」
「政府債務は完済する必要がない」といった議論は、「借金は返さなければならない」という家計や企業の一般常識に反するものであり、感覚的には受け入れ難いであろう。

しかし、政府債務と民間債務とでは、制度的にまったく異なる。
政府の借金を、個人や企業の借金のアナロジーで考えてはならないのだ。
この政府債務を民間債務と同じように考える通俗観念こそが、あり得ない財政破綻への恐怖を掻き立て、国民の生命・財産を守るために必要な公共事業の実施を阻んでいるのである。

本来であれば、財政についての間違った通俗観念を修正し、世論を正しい方向へと導くのが、経済学者の役割であろう。
ところが、我が国では、影響力のある経済学者の多くが、逆に通俗観念に乗じて財政危機を煽り、防災対策に必要な公共事業費の拡大にすら反対してきたのである。
そして、彼らの声に影響されて、政治家も一般国民も、財政健全化こそが優先されるべきだと信じ込んできた。

その結果、過去20年にわたって、公共投資は抑制され続けた。
あの東日本大震災を経験したにもかかわらず、その後の公共投資はさして増やされなかった。
最近の大阪北部地震や西日本の大規模水害を目の当たりにしてもなお、公共投資の拡大を求める声は小さい。
むしろ財政健全化の必要性が声高に論じられている。
これが、我が国の現実である。

このような状況の中で、根強い通俗観念に反し、権威ある経済学者たちの多数派の見解に抗して、財政赤字の拡大を訴えたところで、誰が耳を傾けようか。
こうなっては、もはや「『国難』としての自然災害」を避けることは不可能ではないかという絶望感に襲われる。

だが、希望はまったくないというわけではない。
自民党の若手議員でつくる「日本の未来を考える勉強会」は、今年の5月、防災対策(国土強靭化)の強化をはじめとする積極財政を求める提言書をまとめ、安倍首相に提出した。
一縷の望みは、意外なことに、日本の政治の一部にあったのだ。
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2018年08月14日

会社の理不尽との戦い方

会社の理不尽との戦い方
コラムニスト石原壮一郎氏が伝授
2018年8月12日 日刊ゲンダイ

 電通社員が過労自殺して以来、企業は働き方改革に力を入れている。
しかし、一部の専門職を労働時間の規制から外す高度プロフェッショナル制度が国会で成立。
高プロの適用拡大も問題になっていて、ブラック企業が野放しになりかねない。

実際、今もなお理不尽なトップや幹部、上司の振る舞いに悩まされている人は多くいる。
 では、そんな会社の理不尽とどうやって闘えばいいか。
「9割の会社はバカ」(飛鳥新社 共著三矢晃子)の著者で、コラムニストの石原壮一郎氏に話を聞いた。

■ケース1 上司の意向を忖度し、グレーな行為に手を染めなければならなくなった  
上司がひいきにする取引先にコンペでちょっと色をつけたり、競合先のエース社員に嫌がらせをしたり……。
指示を受けた人は嫌でも避けられないが、それがバレたら、誰が責任をとるのか。
「こうした不祥事が起きた場合、対外的に責任をとるのは代表取締役社長です。
現場の社員が解雇されるなど重い処分を受けるのは不当。
会社の中で味方をつけて話し合いをするか、社内外の組合に相談して、要望書を提出したりするといい」

■ケース2 本社の重役に過剰なおもてなし
 本社の幹部が支社や支店をチェックに来る。
そんなとき、現場は事前に幹部が好きなお茶菓子を用意。
訪問の日は、手厚くもてなす。
正直、迷惑なのだが……。
「一番の“がん”が特定されている場合は、その上を説得するのが一番です。
人数を集めて、社長に相談するなりして、その人に退場を願います。
しかし、相手はそれなりの権力を持っています。
一人で闘うヒロイズム的なやり方はよくありません。
心ある仲間をなるべくたくさん集めて、一緒に動くのが穏当なやり方です」

■ケース3 サービス残業が当たり前、有休もとれない
 サービス残業が横行したり、有給休暇を消化できなかったりする会社は少なくないだろう。
「昔の常識が今も通用すると多くの人が思っている職場は危険です。
訴えても聞き入れられない場合は、労働基準監督署に証拠を揃えて持っていきましょう。
守秘義務があるため、誰が通報したかは、会社側に知られません。
仮に社内で犯人捜しが始まってバレたとしても、それを理由に解雇や降格・減給などの処分を受けるのは違法です」

■ケース4 休日や深夜に仕事LINEが鳴りやまない
 仕事でSNSを使う会社も増えているが、帰宅後や休日にも「あれどうなってる?」などと、いちいち連絡されてはたまらないだろう。
「相手には悪いことをしているという意識はないので、『夜中、結構目が覚めちゃうんですよね』『家族のことで忙しくてチェックできないんです』と、上司や周りに言いづらくても早めに指摘するのが肝心。
ため込んで怒りを爆発させると、思わぬ問題に発展しかねませんから。
こじれないうちに小出しに、冷静に伝えることが大切です」

 社内外に味方をつけ、一人でストレスをためこまないことだ。
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2018年08月15日

9回出撃で9回生きて帰った特攻兵「生還の秘密」

9回出撃で9回生きて帰った
特攻兵「生還の秘密」
2018年8月5日 NEWSポストセブン

「十死零生」──生き残る可能性はゼロ、といわれた特攻で、9回出撃し9回生きて帰ってきた特攻兵がいた。
特攻隊員・佐々木友次(ともじ)はなぜ、生きて帰ることができたのか?
 その生涯に魅せられた作家・演出家の鴻上尚史氏が、生還の秘密に迫る。
 * * *
 帝国陸軍の特攻兵・佐々木友次は数奇な運命の持ち主だった。
 北海道出身で幼い頃から飛行機が大好きだった少年は乗員養成所を経て陸軍の下士官操縦士となり、弱冠21歳で陸軍最初の特攻隊『万朶(ばんだ)隊』の一員となった。

 戦況が悪化した昭和19年(1944年)10月、海軍と陸軍は最初の特攻隊を編成した。
海軍のそれは『神風特別攻撃隊』と名づけられ、ゼロ戦に250kg爆弾を装備した。
フィリピンを拠点とした陸軍の万朶隊は、九九式双発軽爆撃機(九九双軽)に800kg爆弾をくくりつけた。

 特攻はすなわち死を意味する
「特殊任務」の内容を知った佐々木は死を意識しつつ、日露戦争を生きのびた父の「人間は容易なことで死ぬもんじゃないぞ」との教えを思い浮かべた。
 そんな佐々木に大きな影響を与えたのが万朶隊隊長の岩本益臣(ますみ)だった。
 陸軍は何が何でも体当たり攻撃を成功させるべく、優秀なベテランを万朶隊に召集した。
さらに九九双軽の機体に爆弾を縛りつけて「体当たり専用機」にした。

 岩本隊長はこの方針に強く憤った。パイロットは敵の激しい攻撃の最中、鍛え上げた技術を駆使して爆弾を投下し、敵艦を沈めることが任務である。
そのために事故死を怖れず厳しい訓練を繰り返す彼らにとって「敵に体当たりしろ」との命令は技術とプライドの否定であり、侮辱だった。
 岩本隊長は独断で九九双軽を改装して、操縦士が手動で爆弾を投下できるようにした。
そして隊員を集め、「体当たりで撃沈できる公算は少ない。出撃しても、爆弾を命中させて帰ってこい」と命じた。
死罪に相当する明らかな軍規違反だったが、佐々木は体中を熱くしてこの言葉を聞いた。
 だがその6日後、岩本隊長は敵グラマン戦闘機の急襲で殉職してしまう。

◆「死ぬまで何度でも
            爆弾を命中させる」
 11月12日、万朶隊に最初の特攻命令が出た。
 全身が震えるほどの緊張感の中、佐々木は4人乗りの九九双軽にひとりで乗り込み、出撃地のカローカン飛行場を飛び立った。
岩本隊長のためにも敵に爆弾を命中させ、生きて戻るつもりだった。
 レイテ湾を飛行中に敵艦を発見し、高度5000mから急降下した。
時速600kmを超えると全身の血液が頭に充満する。
空中を激しく上下した後、高度800mから敵艦めがけて爆弾を投下した。
 命中したかどうかわからないまま、反撃を怖れて直ちに現場を離れ、岩本隊長に教わった「緊急避難地」のミンダナオ島に着陸した。

 大本営は万朶隊の戦果を誇張して発表し、佐々木は戦艦を沈めて殉職した「軍神」として祭り上げられた。
 万朶隊の属する第四飛行師団参謀長の猿渡篤孝大佐は生きて基地に戻った佐々木に向かい、「どういうつもりで帰ってきたのか。死ぬのが怖くなったのか」と詰問した。

 2回目の出撃では掩護する僚機が見つからず、カローカン飛行場に帰還した。
 3回目は操縦席でエンジンを回そうとした瞬間、米艦載機が爆弾を投下した。
機体の外に飛び出した佐々木は猛烈な爆風の中を必死に走って逃げた。
この時、わずか3m離れた場にいた同僚の伍長が爆弾で吹っ飛んで戦死した。
 4回目の出撃前、作戦参謀から「必ず体当たりしろ」と命じられた佐々木は腹を据えてこう反論した。
「私は必中攻撃でも死ななくてもいいと思います。その代わり死ぬまで何度でも行って爆弾を命中させます」
 この出撃では、直掩隊の隊長が「わざわざ殺すことはない」と佐々木に同情し、飛行中に直掩機を引き返したため特攻を免れた。

◆「特攻隊の恥さらしだ!」
 5回目は出撃直後に米戦闘機の編隊と遭遇して低空に逃げた。
6回目は敵の高射砲をかいくぐって爆弾を投下し、大型船を沈めてから1回目と同じミンダナオ島の飛行場に着陸した。
 カローカン飛行場に戻る際、九九双軽の不調で深夜のマニラ郊外に不時着した。
奇跡的に着陸は成功したが、機体頭部から地面に突っ込んだ衝撃で意識を失い、気づいたら周囲は真っ暗だった。

フィリピン人ゲリラがいたら確実になぶり殺しにされたが、幸い日本軍の息のかかった地域で命拾いした。
 この間、大本営は佐々木の特攻で敵の有力艦が大破炎上したと発表した。
佐々木にとって2度目となる「戦死」の発表だった。

 6度目の生還をはたした佐々木に向かって、猿渡大佐は「この臆病者! よく、のめのめと帰ってきたな。きさまのような卑怯未練な奴は、特攻隊の恥さらしだ!」と怒鳴りつけた。
 だが何度罵られても心は折れなかった。この頃佐々木は、死んでいった万朶隊の仲間を偲び「佐々木は将校5名分の船を沈めるまでは、死なないつもりです」と同僚に打ち明けている。
 7回目の出撃は離陸に失敗。
8回目は命令によりたった一機で出撃し、敵輸送船団と艦船を発見したが、「200隻近い敵にただ一機で突っ込むことにどんな意味があるのか」との強烈な孤独感に襲われ、機首を旋回させて飛行場に戻った。
 12月18日、ついに9回目の出撃となったが、マニラ上空で機体が不調をきたし「これ以上、飛ぶことは危険だ」と判断してカローカン飛行場に戻った。

 その後、マラリアにかかって激しい発作に苦しんでいる最中、日本軍はレイテ決戦に敗北した。
ルソン島に残った佐々木は山中をさまよいながら敗戦を迎え、捕虜収容所を経て翌年1月15日に帰国した。
9回出撃して9回生きて帰った男はその後、特攻についてほとんど語らなかった。

◆飛び立てば自由になれた
 戦後を長く生きた佐々木は2016年に92歳で亡くなった。
その直前に僕が5度インタビューした際、彼は「次は死んでこい」との命令に抗い、9回生還した理由について多くを語らず、「寿命があったから帰れた」とだけ繰り返した。

 なぜ、彼は生きて帰ってこられたのか。
父親と岩本隊長の教えや亡き同僚への思い、操縦士としての意地と誇りが作用したのはもちろんだが、結局のところは、空を飛ぶことが大好きだったからではないか。
 いかに上官から理不尽な命令をされても、ひとたび大空に飛び立てば自由になれた。
爆弾で攻撃できる相手に命を賭して体当たりすることに意味はなく、自分の生命と技術を無駄に扱い、大好きな飛行機を壊すことが許せなかった。
佐々木はもっともっと自由に空を飛んでいたかったのだ。
 理不尽な命令を出した人間が罪を問われず、その命令を受けた現場の人間が最も苦しむことは、現在も続く日本社会の宿痾である。

 だが70年以上前に上官から特攻を命じられても信念と技術をもって背き、たったひとりで9回も帰ってきた21歳の青年の存在は希望そのものだ。
僕たちは“不死身の特攻兵”を後世に語り継ぐ必要がある。

(文中敬称略)

※内容は鴻上氏が著作権継承者の許可を得たうえで高木俊朗『陸軍特別攻撃隊』上巻・下巻(文藝春秋)に準拠して記述した。
【PROFILE】1958年、愛媛県生まれ。
早稲田大学法学部卒業。
1981年、劇団「第三舞台」を結成し、現在は、主にプロデュースユニット「KOKAMI@network」と若い俳優たちと共に創る「虚構の劇団」で作・演出を手掛ける。
舞台公演の他、映画監督、小説家、エッセイストなどとしても幅広く活動。
近著に『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)、『青空に飛ぶ』(講談社刊)などがある。
■取材・構成/池田道大(フリーライター)
※SAPIO2018年7・8月号
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戦後も引きずるもの

【私説・論説室から】
戦後も引きずるもの
2018.8.15 毎日新聞

左目に穴が開いている眼鏡。
弾は頭部まで達したが、分厚いレンズが緩衝となり、貫通はしなかった。
眼鏡を掛けていなかったら即死だったろう、と軍医に言われた。
東京都千代田区の戦傷病者史料館「しょうけい館」。
こぢんまりしているが国立で、秋篠宮ご夫妻と長男悠仁(ひさひと)さま(11)も先月、見学された。

 劣勢になった大戦末期、日本軍は傷病兵を後送することもできず、兵士らがあふれ返る前線の野戦病院では救護もままならなくなった。
日本人犠牲者約三百十万人のうち約九割が一九四四年以降。病死や餓死も多かった。

 兵士らを無残な死に至らしめた日本軍の特徴として、一橋大大学院の吉田裕特任教授は作戦至上主義や、極端な精神主義などを挙げている(「日本軍兵士」、中公新書)。

 インド北東部への進攻、インパール作戦では「食料」の牛や羊まで連れての難路行軍で兵士らは疲弊し、約三万人が亡くなった。
NHKの検証番組放送後、ツイッターでは「#あなたの周りのインパール作戦」とのハッシュタグも作られ、ブラック企業やパワハラ上司になぞらえられる書き込みが寄せられた。
 故ワイツゼッカー元独大統領は、ドイツではナチ時代と戦後が断絶しているのに対し、日本は戦時中の伝統などが戦後も維持され継続していると指摘していた。
 終戦から七十三年。あしき体質はないか。目をこらそう。 
           (熊倉逸男)
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2018年08月16日

終戦の日を迎えて 記録を尊ぶ国でありたい

終戦の日を迎えて 
記録を尊ぶ国でありたい
毎日新聞「社説」2018年8月15日

終戦からすでに73年の歳月が刻まれ、来年5月には昭和、平成に続く戦後3番目の年号が始まる。
 とはいえ、8月15日はいまだに私たちにとって羅針盤であり続ける。
日本という国の仕組みを根底から見直す原点になったからだ。

 問われたことの一つに、集団無責任体制というべきものがある。
政治学者の丸山真男が「これだけの大戦争を起しながら、我こそ戦争を起したという意識がどこにも見当たらない」と評した精神構造だ。
 国民に極端な忠誠を求めながら、国家中枢で組織防衛と状況追認に明け暮れていたのが戦前日本だった。

 防衛省防衛研究所に併設された戦史研究センターに「市ケ谷台史料」と呼ばれる書類が保存されている。
 和紙に1枚ずつ貼り付けられた史料には、焼け焦げた跡が残る。
破れて判読ができないものも多い。

寸断された責任の系譜
 これらは、敗戦前後に旧陸軍が焼却命令を出した書類の燃え残りだ。
1996年4月、東京都埋蔵文化財センターが旧尾張藩上屋敷(かみやしき)のあった市ケ谷駐屯地(現防衛省)を発掘調査中に地中から発見した。
 東条英機が天皇に裁可を求めた原簿、ポツダム宣言に関する憲兵司令部の動向調査、原爆投下直後に広島から打電された「特別緊急電報」などが目に付く。
ほとんどはまだ専門家の研究が進んでいない。

 ポツダム宣言の受諾が決まった直後、陸海軍や内務省で機密書類の組織的な焼却が始まったことはよく知られている。
「大東亜戦争全史」によると「焚書(ふんしょ)の黒煙」は45年8月14日午後から16日まで上り続けた。
 ただし、これほど大規模な焼却だったにもかかわらず、意思決定の記録は残っていない。
命令書も同時に焼却されたためとみられる。
 わずかに九州の陸軍部隊が受電した電報に痕跡がある。「重要ト認ムル書類ヲ焼却スベシ。本電報モ受領後直チニ焼却」というものだ。

 一連の焼却命令は、将来の戦犯裁判に備えたのだろう。
とりわけ天皇に不利な文書を葬る意図があったことは想像に難くない。
日本より早く降伏したドイツではすでにニュルンベルク裁判の準備が進んでいた。
 同時に、実際はつながっているはずの軍官僚の責任の系譜も次々と断ち切られた。
満州事変以降、15年におよぶ戦争遂行の検証に障害となって立ちはだかったのである。

 戦後、役人は「天皇の官吏」から「国民の公僕」に変わった。
なのに私たちは今年、過去に引き戻されたような行為を目撃させられた。
 言うまでもなく財務官僚による公文書の改ざんと廃棄である。
 背後には当然、権力者への迎合と自己保身があったと考えられる。
ところが、麻生太郎財務相は「動機が分かれば苦労はしない」と人ごとのように開き直った。

 野党の追及にいらだつ安倍晋三首相は「私や妻が関与していないことははっきりした」と財務省の調査結果を逆手に取って強弁した。
 政府にあって今も無責任の連鎖が続いているように見える。

歴史の総括は事実から
 A級戦犯を裁く東京裁判は、46年5月に始まった。
重要書類の大量焼却は予想通り裁判に影響を及ぼす。
存在すべき文書が見つからず、絶対的に証拠が不足したことだ。

 日暮吉延・帝京大教授は著書「東京裁判」で「本来なら公文書1通の提出ですむはずの問題がしばしば冗長な宣誓供述書や証言で立証されなければならず、東京裁判が長期化する要因になった」と指摘する。
 記録文書の欠落は、史実よりイデオロギー優先の論争をも招いた。

国内の右派は東京裁判を「自虐史観」と批判するが、では戦争責任をどう整理すべきかの提案はない。
 事実を共有しない国家、過去を検証しない国家に、共通の歴史認識が生まれることはなかろう。
 昨年5月に他界した歴史学者の岡田英弘は、歴史という文化要素を持つ文明と、持たない文明が対立するとき、常に歴史のある文明が有利だと説いた。
その理由は示唆に富む。
 「歴史のある文明では、現在を生きるのと並んで、過去をも生きている」
「歴史のない文明では、常に現在のみに生きるしか、生き方はない。
出たとこ勝負の対応しか出来ない」(「世界史の誕生」)

 為政者は自らを正当化するのに、歴史の審判を待つとよく口にする。
それが通用するのは、正確な記録が積み上げられた場合のみである。
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2018年08月17日

終戦73年…いまだ「支配の否認」から解放されない日本人

終戦73年…
いまだ「支配の否認」から
解放されない日本人
2018年8月15日 日刊ゲンダイ(白井聡/政治学者)

 73年前の8月15日。あの日は何だったのであろうか。
それは、大多数の日本人にとって「解放の日」として現れた。
「聖戦完遂」だの「一億火の玉」だのといったスローガンに共鳴するふりをしながら、みんなもう早くやめたくてたまらなかったのである。
あの日、日本人は、絶望的な戦争から、でたらめな軍国主義から、そして「国体」から解放されたのだ。

「国体」とは、天皇が父、臣民が子であると措定した家族的な国家観をもとにした統治のシステムだ。
家族の間には支配は存在しないとの建前の下、支配の事実を否認する支配だった。

 しかしながら、われわれは本当に「国体」から解放されたのか。
拙著「国体論―菊と星条旗」で論じたことだが、依然、われわれは「支配の否認」という心理構造を内面化したままだ。
 平成最後の1年間は、現代日本社会における「支配の否認」構造を露呈させたという意味で、記憶される年になるだろう。日大アメフト部の暴力タックル事件、ボクシング連盟会長のスキャンダルは、この国の各界の小ボスの行動様式が、神風特攻隊の司令官と完全に同じであることを証明した。

彼らは口を揃えて言う。
「自分は強制していない」
「(若者が)自発的にやったことだ」と。

 不条理な支配に対して逆らえない空気の中で、原則的な「権利」「公正」は死に絶える。
その典型が、東京医科大学における入試合格点操作事件である。
この問題は、性差別問題であると同時に、労働問題である。
開業医と勤務医の格差、過剰負担といった多重的な不公正の累積が、女子受験者に対する一律の減点というきわめて差別的な手段によって「解決」されていたわけだ。

つまりは、不条理で不公正な構造が存在し、そのことを関係者の誰もが知っていながら、誰もそれを改善しようとせず、そのしわ寄せを不利な立場の者に押しつける。
「ほら、みんな大変なんだ。誰かが泣かなきゃならない。わかるだろ?」と。

 こうした状況を支えているものは、奴隷根性だ。
不条理に対して沈黙を守り、無権利状態を受忍し、さらにはこれらの不正義に抗議・抵抗する人々を冷笑し、彼らを抑圧することには進んで加勢する。

こうした人間は普通、「卑しい」と形容される。
 あの戦争当時、日本人はこの恥ずべき状態に落とし込まれた。
ある者は進んでそうなり、ある者は無自覚なままそうなり、ある者は強要されてそうなった。

8月15日は、かかる状態からの「解放」を意味した。
しかし今、われわれは自分たちが解放などされていないという事実に直面している。
依然としてわれわれは悪しき「国体」の奴隷にすぎない。
われわれは日本社会の破綻という敗戦をもう一度、迎え直しているのである。
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インパール作戦を立案・指示した「陸軍最悪のコンビ」の深層心理

インパール作戦を立案・指示した
「陸軍最悪のコンビ」の深層心理
8/17(金) 現代ビジネス(広中 一成)

不祥事の「責任」は誰にあるのか?
 昨年から今年にかけて、日本では組織内で何らかの不祥事が起きたとき、誰がどのように責任を取るのかという問題が注目を集めた。
 そのひとつが、いわゆる森友学園問題である。
これは、学校法人森友学園が小学校新設に際し、不当に安い価格で国有地を手に入れたことに端を発する。
政界を巻き込む大スキャンダルとなり、最終的に問題に関わっていた財務省側の局長クラスの幹部らが懲戒処分を受けた。  

もうひとつ、私たちの記憶に新しいのが、日本大学アメフト部悪質タックル問題である。
今年5月6日に開かれたアメフトの試合で、日大選手が故意に相手選手にタックルし負傷させた。
その後、日大選手にタックルするよう命じた監督とコーチからが責任を取って辞任した。
 しかし、どちらの問題も責任者の処罰だけで終わらせてよいのかという声が今でも根強い。
 組織の誰かが不祥事の責任を取って終幕を図るというやり方は、今に始まった話ではない。

過去の事例をひとつあげる。
 筆者は、今年7月に『牟田口廉也 「愚将」はいかにして生み出されたのか』(星海社新書)を上梓した。
そのなかでは、主人公である陸軍軍人の牟田口廉也中将と、彼の上司にあたる河辺正三(まさかず)大将の関係に着目した。  

このふたりは、アジア太平洋戦争期の日本陸軍のなかでも、「最悪のコンビ」として一部で評されている。

「最悪のコンビ」の誕生
 牟田口廉也は、1888年佐賀県に生まれた。
陸軍大学を卒業すると、陸軍参謀本部に入り、その後、近衛歩兵連隊長、陸軍省軍務局員、参謀本部庶務課長などを務め、陸軍エリート将校として順調に出世の階段を登った。
 しかし、1936年に東京で陸軍若手将校の軍事クーデターである二・二六事件が起きると、牟田口は、クーデターの支持派とみなされ、陸軍中央から中国北京に駐屯していた前線部隊の連隊長に「左遷」された。
 その前線部隊で牟田口の上官となったのが河辺正三だった。

 河辺は、1886年富山県生まれ。
牟田口の上官とはいえ、ふたりの年の差はわずか2歳であった。
河辺は陸大卒業後、参謀本部や連隊長職を歴任し、牟田口と同じ1936年、支那駐屯軍北京旅団長に任じられた。

 牟田口は強気で勇猛果敢だったのに対し、河辺は大人しく学究肌と、対照的な性格だった。
実戦経験のなかった牟田口は、河辺から連隊長としてのイロハを学び、河辺も慕ってくる牟田口に目をかけた。
 ふたりがコンビとなってからほどなくの1937年7月、北京近郊で盧溝橋事件が発生した。
 日中戦争の火蓋を切ったこの戦いで、牟田口は北京を留守にしていた河辺に代わって、事件処理の陣頭指揮をとった。
しかし、事件の穏便な解決を望んでいた河辺に対し、牟田口は実力行使で臨み、事態を悪化させた。

 本来、上官であるなら、部下が意に沿わない行動をしたら叱責するなどして命令に従わせればよい。
 しかし、牟田口のもとに現れた河辺は、叱責することなく「一言も発さない、一言も発さないで口を結んで、「余計なことをした」と言わんばかりの表情」をしただけだった。
それはなぜか。
 河辺は牟田口がすでに前線に発した命令を撤回することは、「如何に見解の相違とは謂え、高級指揮官として採るべき策ではなかった」と考えたからだった。
 これは、今まさに戦闘が繰り広げられている前線を混乱させたくないとする河辺の高度な判断であったといえる。
しかし、結果的に戦火が拡大したことを考えると、日本軍の現地責任者として河辺の判断が正しかったかどうかは疑問符をつけざるを得ない。

牟田口の「悔恨」が招いた無謀
 強硬姿勢を貫き独走する牟田口と、部下を抑えることなく放任した上官の河辺。
このいびつな関係のふたりが、再びコンビとして相まみえた場面が、日本軍の稀代の「愚策」とされるインパール作戦だった。

 インパール作戦とは、アジア太平洋戦争後期の1944年3月、ミャンマー(当時はビルマ)にまで支配を広げていた日本軍が、隣国インドの北東部にある都市インパールを攻略するために始めた戦いをいう。
このとき、河辺は現地日本軍トップのビルマ方面軍司令官、牟田口がその直属の第十五軍司令官を務めた。

 ミャンマーとインドの国境は、切り立った山々の連なる密林地帯で、そのなかを進軍することは容易でなかった。
それにもかかわらず、なぜ日本軍はインパールを攻めようとしたのか。
 その理由のひとつが、インドから中国へつながる援蔣ルートを遮断することだった。

 援蔣ルートとは、日本と戦いを続ける中国国民政府(蔣介石政権)への米英からの物資支援のことをいう。
日本軍は日中戦争が長期化した原因に援蔣ルートの存在が大きいとみなし、複数あったルートを次々と遮断していった。
 しかし、米英はインドから飛行機でヒマラヤ山脈を越えて中国昆明まで空輸するルートを新たに開き、中国への支援を続けた。
日本軍はインパールを支配下に入れることで、インドからの援蔣ルートを完全に抑え込もうとした。
 また、インパールを攻略するもうひとつの理由として、いわゆる対印施策(印はインドのこと)の実現があった。
対印施策とは、インド独立派のスバス・チャンドラ・ボースらを支援して、インドをイギリスの植民地から「解放」させる方策をいう。
これは当時日本政府首相を兼務していた東条英機陸相の肝いりで進められた。

 あるとき、ビルマ方面軍高級参謀の片倉衷(ただし)大佐は、対印施策について河辺から次のように告げられた。
 「自分が着任前、東条首相と会談したが、その節、ビルマ政策は首相として対インド政策の一環として関心があり、また大東亜戦全局の戦局指導上、ビルマ方面に期待すとの話合があり、私、河辺も対印施策に関心がある」
 東条の意を受けた河辺は、ビルマ方面軍司令官として対印施策の実現を目指した。
そして、東条と河辺は、インパール作戦は対印施策のきっかけをつかむものとして期待した。
 もともと、インド方面への進攻は、「二十一号作戦」という名で計画された。
この作戦について、はじめ意見を問われた牟田口は、作戦の実行が困難であるとして消極的な考えを示した。
 しかし、これまで強気な態度を見せ続けた牟田口は、このとき自分が初めて弱気な一面を表してしまったことを悔やみ、何としてでも作戦を実現させようと心に誓った。
そして、意地でもインドに攻め込むという牟田口の執念が、無謀なインパール作戦の計画が立てられる発端となった。

河辺は唯一、作戦を支持した
 作戦は雨季に入る前の春先一ヶ月間とされた。
しかし、上述のとおり、インパールまでの道のりは険しく、正攻法で挑んでも作戦を達成することが難しかった。
 そこで、牟田口は行軍を少しでも早めるため、作戦に参加する将兵に持たせる食料や装備をできるだけ少なくした。
そして、作戦中に将兵の食料が足りなくなったら、道端に生える野草を食べるか、作戦部隊が引き連れてきた羊や牛などの家畜を殺して食べるよう命じた。
 この計画を、牟田口はかつてモンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンが家畜を率いて戦いに出た故事から「ジンギスカン作戦」と名づけて自賛した。

 この荒唐無稽な作戦計画は、当然ながら軍司令部の誰もが反対した。
しかし、そのなかで、唯一、牟田口の計画を支持したのが河辺だった。
河辺の存在は、インパール作戦の実現に邁進する牟田口の心の支えとなった。
 1944年3月、日本軍は兵力約9万人を擁してインパール作戦を発動した。
しかし、多くの軍司令部幕僚の不安は的中し、インパール作戦は日本軍に3万人あまりの戦死者を出して失敗に終わった。
食料を失った日本軍将兵は、撤退途中で次々と倒れ、命を落とした。
屍が並んだ道は別名「白骨街道」と呼ばれた。

 牟田口は、インパール作戦の責任を取って、第十五軍司令官の職を解かれた後、陸軍を退官し、召集先の陸軍予科士官学校で敗戦を迎えた。

 あなたも「牟田口」に
          されるかもしれない
 戦後、牟田口はインパール作戦を実行した敗戦の将として、世間から猛烈に批判され、「愚将」という不名誉なレッテルを貼られたままこの世を去った。
 インパール作戦は、牟田口が勝手に始めたのでなく、上官の河辺、さらには東条首相の支持がなければ実現できなかった。

よって、本来であれば、インパール作戦の敗北の批判は、牟田口だけでなく、河辺らにも向けられなければならなかったはずだった。
 しかし、河辺はインパール作戦後、ビルマ方面軍司令官の職を退くが、特に作戦の責任を問われることなく、終戦前に陸軍大将にまで進んだ。
そして、河辺は世間から「愚将」と罵られた牟田口とは対照的に、戦後静かな余生を送った。

 河辺にとって、牟田口はインパール作戦の批判を一身に受けたスケープゴートだった。
 昨今、様々な不祥事が起き、誰かひとりが批判の矢面に立つと、加熱する報道やSNSでの書き込みも手伝って、国民総出でそのひとりを徹底的に追いつめる風潮がある。
みんなが集まりよってたかって敵を叩く習性は、よそ者に厳しい日本人独特の「島国根性」の表れなのかもしれない。

 しかし、敵を批判することに熱中するあまり、私たちはその不祥事がなぜ起きたのかという問題全体を見通す視野を失っていないだろうか。
しかし、実はその「敵」はスケープゴートに過ぎず、「敵」の裏に潜んでいるのが、本当の批判の対象かもしれない。
 愚かな判断の裏には、それを黙認し、かつ支持しながら、いざ失敗が明るみになると、「自分は関係ない」と姿を隠す人間が必ずいる。
 いま、あなたは気づかないうちに「牟田口」になっているかもしれない。
もしそうなら、あなたの後ろには「河辺」がいる。
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2018年08月18日

気象予報士の森田正光、サマータイムは「意味がない」と断言

サマータイムに気象予報士も反対 
「時間を繰り上げても
気温は1〜2度しか違わない。
アジアでは気候的に無理」「意味がない」
2018年8月17日 キャリコネニュース

気象予報士の森田正光さんは8月15日、ラジオ番組「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ)で、サマータイムは「意味がない」と断言した。
北米と違い、アジアでは1〜2時間繰り上げても気温がそれほど変わらないため、システム変更等のコストに見合うだけの利点がないという。

視聴者からの質問で「サマータイム導入は是か非か」と聞かれた森田さんは、「非ですね。個人的には意味がないと思っています」と断言した。
「朝の時間を活用しようとか、涼しい時間に何かしようとしたって温度は一緒、湿度も高い」
「そもそも論で言うと、日本にサマータイムは向いていないということがあります。
欧米と季節が違う。
元々の導入はイギリスですよね。
100年くらい前にイギリスの建設業の方が考えたそうです。
昼が長いので有効に使おうということでやったのが始まりなんですね。
100年くらいの歴史があるんです。

日本では戦後、進駐軍が来て4年間くらいサマータイムをやったんですね。
ところがもう皆寝不足でダメになったっていう経過があるんです」

日本では、GHQに占領されていた1948年に夏時刻法が成立し、時計を1時間進めた時刻が使われていた。
しかし4年後の1952年には廃止されている。
韓国でも1988年のソウルオリンピックに合わせて、87〜88年の2年間だけサマータイムが実施された。
しかし「季節的に無理」という理由で廃止されたという。

この「季節的に無理」というのは、時間をずらしても暑いから意味がないということだ。
「暑すぎるんです。2時間やそこらずらしても一緒だということです。
実際に2時間ずれて朝の7時が5時になっても1〜2度しか違わないんですよ、最大で。
昼の時間はどの時間帯でも暑いわけです。
結局は、朝早い時間を有効活用しようとか、涼しい時間に何かしようとしたって温度は一緒で、湿度も高い。
アジアでは気候的に無理」

気象庁によると、今年の8月14日の気温は午前5時に24度、午前7時に25.7度だった。
15日は午前5時が27.4度、午前7時が29.2度となっている。
2時間早起きしても、気温に大差はないのだ。

そのため森田さんは「導入する時にシステムを変更するとかコストが掛かるじゃないですか」と労力が必要な割に見返りが少ないことを指摘していた。

フィンランドでは7万人の署名を受けて
政府がEUに廃止を提案
番組パーソナリティの森本毅郎さんは「イギリスでも100年経った今、見直し論が出ているという話がありました。
(中略)睡眠障害の影響も出てくるという話ですから」と指摘した。
現在、EU加盟国では共通の夏時間「デイライト・セービング・タイム(DST)」を導入している。
3月の最終日曜日から10月の最終土曜日まで時計を1時間進めるというものだ。
しかしフィンランドでは7万人の署名を受けて、今年1月に政府がEUに廃止を提案した。
リトアニアでも17年12月、政府とEUが廃止に向けた協議に入っている。
フランスドイツラトビアでも世論調査で過半数が夏時間に反対しているという。

健康への悪影響も指摘されている。
睡眠不足になり、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高まったり、判断力の低下で交通事故が増える可能性があるという。
日本では奈良県が2012年から、開庁時刻と閉庁時刻を30分繰り上げるサマータイムを実施していた。
東日本大震災後、節電のために始まったものだが、職員から不評だったため、2017年に廃止している。
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2018年08月19日

沖縄県知事選、最期まで沖縄を守るために生きた翁長知事の遺志を継ぐ戦いの行方

沖縄県知事選、
最期まで沖縄を守るために
生きた翁長知事の
遺志を継ぐ戦いの行方
2018/08/18 HARBOR BUSINESS

 8月8日、沖縄県副知事の謝花喜一郎さんが記者会見を開き、沖縄県知事の翁長雄志さんに意識の混濁が見られるようになったため、しばらくの間、知事の仕事を代行すると発表しました。
 この日の記者会見で初めて、翁長雄志さんの病気の状態があまり良くないことを知らされることになったのですが、その日の晩、翁長雄志さんはそのまま天国へと旅立ってしまいました。

翁長雄志さんのお通夜は10日、告別式は13日に行われ、政治家はもちろん、経済界や米軍からも別れを惜しむために各関係者が駆けつけ、そこには辺野古基地の建設をめぐって対立していた菅義偉官房長官の姿もありました。

 基地をめぐる意見は大きく違えど、そこは同じ政治家です。
本当の心の内は分かりませんが、それでもお悔やみの気持ちがなければ、お通夜に駆けつけることはなかったでしょう。
翁長雄志さんが亡くなったことは、沖縄の未来、いや、日本の未来に大きな影響を及ぼす政治的に重大な出来事。
なので、お通夜が10日、告別式が13日であることは多くの関係者に共有されていたはずで、菅義偉官房長官がお通夜に参列しているのですから、安倍晋三総理が知らないはずはありません。

そして、こちらが告別式が行われる13日の12時45分にTwitterでアップした安倍晋三総理のツイートです。
 これはけっして不注意なんかではありません。
翁長雄志さんの告別式があることを知りながら、あえてアップされている安倍晋三総理のメッセージです。
 どこぞのインスタ女子じゃあるまいし、日頃からかき氷を食べる姿をアップしているわけでもないのに、わざわざアップする必要のない「かき氷を食べる写真」を載せる。
嫌いな奴が死んで、今日もかき氷がうまいのです。
とても大人とは思えませんが、これが「日本の総理大臣」なのです。
今さら始まった話ではありませんが、この国のイカれっぷりは、なかなかハイグレードです。

◆翁長雄志さん以外に
選択肢がなかった
「オール沖縄」の衝撃
 翁長雄志さんの突然の訃報を受け、世の中がお盆休みでウェイウェイする中、一年で最も飛行機代とホテル代が高いシーズンに沖縄に入り、取材することになりました。
お財布へのダメージを考えると、産卵するウミガメのように涙が出てきますが、どこより早く情報をお届けしたかったのです。

翁長雄志さんの遺志を継ぎ、「オール沖縄」は誰を擁立するのでしょうか。
 関係者に話を聞いていくと、衝撃の事実が明らかになりました。
 沖縄県知事選は当初、今年の11月に行われる予定だったのですが、あれだけ痩せ細って体調を不安視する声があったのに、「オール沖縄」は翁長雄志さん一択で、それ以外の選択肢を用意していなかったのです。
つまり、「万が一」のことは何も想定していませんでした。
さすがに亡くなることは想定しなかったとしても、入院する可能性は否定できないだろうに、そういう「万が一」には何も備えていなかったのですから、あまりにピュアすぎます。
なので、自民党や公明党が推す政権側の候補が宜野湾市長の佐喜眞淳さんに一本化される中、翁長雄志さんを失ってしまったオール沖縄に持ち札はなかったということになります。

◆オール沖縄が翁長雄志さんしか
      考えられなかった理由
 今となっては多くの人が「オール沖縄」を、共産党や社民党が中心の「革新系」だと思っているかもしれませんが、そもそも「オール沖縄」は「保守」であり、翁長雄志さんは自民党出身の政治家です。
本当の意味で沖縄県民を守るためにやるべきことは「基地をなくすこと」であり、世界で何があっても、この沖縄を再び戦地にすることがあってはならない。
また、沖縄経済を停滞させている元凶こそが基地であり、これらを解消するには基地を縮小することはあっても拡大することはない。
翁長雄志さんは本来の「保守」としての考え方で、命を削ってまで辺野古基地の建設に反対したのです。  

沖縄は今から73年前に壮絶な地上戦の末、アメリカ軍に占領されました。
 あの時も沖縄では「皇国日本を守るために戦うことが正義」とされ、それこそ誰もが知る「ひめゆりの塔」のような悲劇が、沖縄のあちこちで起こったのです。

「ひめゆりの塔」とは、15歳から19歳の沖縄師範学校女子部と沖縄県第一高等女学校の女子学生たちが召集され、ほとんど機能を失った沖縄陸軍病院で負傷する日本兵たちの救護に尽力したものの、戦況が悪化の一途を辿り、地下壕で潜むことになったのですが、あまりに絶望的な戦況となり、彼女たちが突然、上官から「解散」を命じられた悲劇です。

今さら「解散」と言われても、地下壕から出ることは「死」を意味します。
地下壕に残っても死を待つだけなので、小さなグループを作って地下壕を出ることになったのですが、多くの女子学生たちが逃げようとするも砲弾やガス弾を受け、命を落とすことになりました。
ひめゆり平和祈念資料館には女子学生222名が当時、どんな女の子たちだったのかが書かれており、テニスが好きだったり、オルガンを練習していたり、ごくごく普通の女子学生らしい女の子たちだったことがよくわかります。

 忘れてはいけないのは、こうした沖縄で起こった数々の悲劇は「日本を守るため」と言われた末に起こったことであるということです。

 いまや自民党議員の多くが「日本会議」や「神道政治連盟」などの大日本帝国復活に憧れるカルト団体に籍を置き、ネトウヨをこじらせている安倍晋三総理になってからは、同じ思想を持った人だけが出世するようになってしまったため、ますますネトウヨが幅を利かせるようになり、「日本が攻撃されたらどうするんだ。日本を守るためには自衛隊を軍隊として認め、時として先制攻撃も認めるべきである」と言うようになりました。

 今から73年前の沖縄と同じ話を繰り返しているのですが、実は、文明が進化した現在の日本の防衛システムは73年前より圧倒的に「茶番」です。
なんてったって、日本をぶっ壊そうと思ったら、大きな戦艦も、最新鋭の戦闘機も、頑丈な戦車も必要ないからです。
必要なのはお手軽なロケットランチャーのみ。
こいつをたったの1発、原子力発電所にぶちこんでやれば、一瞬にして日本を人が住めない土地にできるのです。
数千億円かけて建設するイージス・アショア、こんなの「ゴミ」です。

残念ながら、日本は原子力発電所なんてものを重宝して全国に建ててしまった時点で「平和」を前提にしているため、どれだけ勇ましいことを言っても茶番でしかありません。
もちろん、いくら「戦争」だと言っても一応のルールがあり、民間人を殺してはいけなかったり、原子力発電所を狙ってはいけなかったりするのですが、今どき「民間人を殺してはいけない」なんてルールが守られた試しは一度もないので、戦争とは「ノールールの殴り合い」です。
 それを踏まえた上で、「日本を守る」とか言っているオジサンたちの顔を見てください。

「日本を守るために基地を作る」と言いながら、一方では原子力発電を日本のベースロード電源に位置付けると言っているのです。
小学生でも想定できる原発への攻撃は「想定外」。
辺野古基地が完成したところで、普天間基地を返還してもらえる約束ができているわけではないのに、約束してもらえていない段階から基地を作り、珊瑚の海に土砂を投入して、取り返しのつかないことをしようとしている。
これでは基地を減らすどころか増やしてしまう可能性が高い。

翁長雄志知事が命懸けで何を守ろうとしていたのか。皆さんもわかるはずです。
 翁長雄志さんは「保守」の政治家です。
 翁長雄志さんを推してきた地元の有力者たちは、けっして共産党や社民党を支持しているわけではなく、あくまで「保守」である翁長雄志さんを推してきたのです。
だから、翁長雄志さんに万が一のことがあったとしても翁長雄志さん以外に考えられない。
これが「オール沖縄」の現実なのです。

 翁長雄志さんは亡くなりました。
本当はもう少し悲しみに暮れる時間が欲しいところですが、涙を流す時間的余裕はありません。
翁長雄志さんがやりたかった「本当の意味で沖縄を守る」という遺志を継ぎ、立候補する人物を探さなければならないのです。
「オール沖縄」は26日までに話をまとめるとしており、仮に「革新系」と言われる人の中から候補者を立てる場合でも、本当の意味での「保守」の思想が理解できる人でなければまとまりません。
ただ、これまでに入っている情報を精査すると、どうやら有力候補が浮上しているようで、そこまで難航しているようには見えません。
さまざま可能性を考え、協議を続けているところだと思いますが、もしかしたら翁長雄志さんと同じくらい沖縄県民に愛される候補が誕生するかもしれません。
もう少し沖縄に滞在し、取材を続けたいと思います。

◆翁長雄志さんの
     知事としての責任感
 翁長雄志さんは、ギリギリまで病気の状態を伝えていなかったようです。
 僕は取材の過程で、翁長雄志さんの死亡届を受理した市役所の職員さんに話を聞くことができたのですが、死亡届にはどのような過程で死亡したのかを記入する欄があり、それを見ると、ニュースなどで見てきた翁長雄志さんの衰弱する姿とリンクし、「普通はこんな病状であれば誰か他の人に話しただろうに、それをしなかったというのは最後まで自分がやりきるという責任感だったのではないか」と感じたそうです。
 今、沖縄県民の間では「翁長雄志さんは沖縄のために戦って死んだ」と評価されています。

◆佐喜眞淳さん陣営が
主張し始めた「沖縄の分断」
 自民党・公明党推薦で沖縄県知事選に立候補を表明している佐喜眞淳さんは、「基地問題に反対しているオール沖縄が沖縄県民を分断している」と主張し始めました。
 確かに、基地問題は「賛成派」と「反対派」がいますが、みんながみんな同じ感性であるはずがないので、どんなものにも意見の対立は起こります。

 例えば、みんなで旅行をするとしましょう。
ある人は北海道に行きたいと言い、ある人は沖縄に行きたいと言ったとします。
北海道は連日の猛暑を忘れられるくらい涼しくて、広い大地に花が咲き、美しい景色と、味噌ラーメンやスープカレー、海の幸が美味しくて最高です。
いやいや、どうせ暑いなら沖縄でゆったりとした時間を過ごし、青い空に青い海、泳いで踊ってステーキを食べて、泡盛パーティーしちゃいましょう。
意見は対立するけれど、それで「分断」されることはありません。
「ステーキおごるよ」とか「泡盛パーティーに沖縄の友達を誘っちゃうよ」とか、さっきまで北海道に行きたかった人たちに「沖縄に行ってもいいかな」と思わせることで、意見をまとめることができるからです。
そして、これをするのが本来の政治家の仕事です。

 ところが、分断が起こるというのはどういう時かと言うと、北海道に行きたかった人の分まで沖縄行きのチケットを取ってしまうことです。
まったく行きたくなかった沖縄の飛行機を勝手に取って料金を請求する。
その人は飛行機恐怖症で、新幹線で北海道に行きたかったかもしれないのに、有無を言わさず、沖縄行きの飛行機のチケットを取ったらどうでしょうか。
たぶん「行かない」ということになるでしょう。
それでいて「行かないのはオマエが悪いんだからキャンセル代はオマエが払え」とか言ったら、友達は終わります。
これが分断です。

 では、基地問題はどうなっているでしょうか。
自民・公明党で構成される「政権側」は、反対する人たちの意見を聞かずに工事を強行しました。
実力行使をしているのはオール沖縄ではなく、安倍政権であり、分断を作り出しているのは他でもない安倍政権にもかかわらず、沖縄県民を分断しているのはオール沖縄だと主張し始めたのです。
 これはもう完全に、自分からぶん殴っておいてコイツが悪いのパターンです。

 しかし、モリカケ問題にしろ、公文書改竄問題にしろ、いろいろな問題が起こっても「日本を守る」とか言っていれば応援されてしまうのが今のニッポン。
「オール沖縄が分断しているんだ!」と大きな声で言えば、ネトウヨを中心に「分断!分断!」の大合唱です。
こうして日本がどんどん偏っていく。
新しい基地ができ、オスプレイが落ちて、沖縄県民が新たに死ぬようなことがあっても「こんなことがないように沖縄を守る!」とか言っておけば、まるっと解決。
日本はチョロいのです。

◆選挙ウォッチャーの分析&考察
 何事にも「順番」ってものが大切です。
僕は先日、沖縄のガールズバーで可愛い女のコに出会いましたが、いきなり告白なんかしたら超気持ち悪いオジサンです。
だから、まずは彼女に良い印象を持ってもらうために何度か通って、温度を探りながら、仲良くなるところから始めなければなりません。

 基地の問題も同じです。
本当に問題を解決したいのなら、何はともあれ、「辺野古基地ができたら、本当の本当に普天間基地を返してもらう」という約束を取り付けることが大切です。
そうじゃないと沖縄に新しい基地を増やすだけになるからです。

 どうやら日本政府は、「普天間基地を返してもらう」と言いながら、米軍とその約束をするどころか、イージス・アショアやオスプレイの購入に数千億円突っ込んでいるので、返してもらう気持ちは微塵もないようです。
 これだけ戦争の歴史や遺産が残っているのに、あれやこれやと言い訳をつけて戦争を肯定している人たちが政治の上では主流派になろうとしている現実。
ひとたび戦争が起きれば、真っ先に狙われるのは基地のある沖縄ということになりますが、どうせ死ぬのは自分じゃないし、やがて緊急事態条項ができれば、反対する奴らは全員「パヨクの非国民」ってことで牢屋にぶち込んでやればいいのです。

だから、今日も故郷のかき氷はうまい。やっぱり夏はこれですね。
<取材・文/選挙ウォッチャーちだい
(Twitter ID:@chidaisan)>

ちだい
●選挙ウォッチャーとして日本中の選挙を追いかけ、取材活動を行う。
選挙ごとに「どんな選挙だったのか」を振り返るとともに、そこで得た選挙戦略のノウハウなどをTwitterやnote「チダイズム」を中心に公開中。
立候補する方、当選させたい議員がいる方は、すべてのレポートが必見。
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2018年08月20日

「人の命が下っ端ほど軽く扱われる」特攻隊員と戦争の現実

「人の命が下っ端ほど軽く扱われる」
特攻隊員と戦争の現実
2018/08/18 神戸新聞

 1944(昭和19)年10月、姫路海軍航空隊の鶉野飛行場(兵庫県加西市鶉野町)に赴任した少尉の大岩虎吉さんは、近くの民家の離れを借り、妻たねさんと3歳と1歳くらいの娘2人と4人で住んでいた。
 愛知県出身で、中央大法学部を繰り上げ卒業。
その直前には高等文官試験に合格したという秀才だった。

同飛行場で編成された特攻隊「白鷺隊」の元隊員、桑原敬一さん(92)=横浜市=は「声が大きくて、あれほど張り切っている人はいなかった」と強烈な印象を語る。
 大岩さんが住んでいたのは、「鶉野平和祈念の碑苑保存会」監事の塩河清一さん(85)=加西市鶉野町=が両親、2人の兄、弟、妹と暮らしていた家の隣だった。
塩河さんの父親と話が合ったようで、母親同士も幼い子を持って共通の話題があったのだろう、家族ぐるみの付き合いだった。
塩河さんは大岩さんにかわいがってもらった。

 同保存会の前身組織が編集した本「いまに残る姫路基地」によると、大岩さんはたねさんに「妻子がいるから特攻隊によう志願せんとは言われたくなかったので、いの一番に志願した」と話していたという。

 白鷺隊が同飛行場から九州へ向かった45年3月23日の朝。
たねさんが長女の手をひき、普段は家に寝かせている次女をおぶって塩河さんの家に来た。
塩河さんの家族も一緒に、庭から飛行場を見詰めた。

 艦上攻撃機が続々と飛び立つ。
ごう音が響く。
その中の1機が塩河さんたちの方へ近づき、高度を下げてきた。
偵察員だった大岩さんは機長で、3人の搭乗員の真ん中にいた。
手を振るのが塩河さんには見えた。
 たねさんは「あれが主人です。これで最後です」と言うと、しゃがみ込んで、わーっと泣いた。
塩河さんは「あの時のことを思うと、今でも耐えられない」と涙ぐむ。

 4月6日。
25歳だった大岩さんは串良基地(鹿児島県鹿屋市)から出撃し、帰らぬ人となった。
      ◇
 死を前に、どれほど苦悩したか−。
桑原さんは84年、特攻隊時代の内面をさらけ出した手記を自費出版した。
同じ海軍飛行予科練習生で特攻隊員ではなかった出身者から「予科練の面汚しだ」との批判も浴びたが、元隊員からは「よくぞ言ってくれた」との声を多く聞いた。

 「とにかく弱者を矢面に立てるのが特攻、戦争の現実だった」と桑原さんは言う。
上に立つ者は声を荒らげて叱咤激励するばかりで、自分は実践しなかった。
人の命が下っ端ほど軽く扱われることを実感した

 肺結核で右肺の大部分を摘出する大病を患ったが「亡くなった隊員たちに『しゃべってくれ』と、生かされているんだと思う」と語る。
 同飛行場跡や周辺では、防空壕などの戦争遺産を平和学習や観光に生かす取り組みが広がり、加西市がミュージアムを建設する計画もある。
かつて、ここで「死へ向かう訓練」をした桑原さんは願う。

 「何があったかを知るだけではなく、二度とない世界にしなければ、と思ってほしい
            (森 信弘)
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2018年08月21日

巨悪に甘い日本の大メディア 米紙トランプ一斉批判で露呈

巨悪に甘い日本の大メディア
米紙トランプ一斉批判で露呈
2018年8月19日 日刊ゲンダイ

「メディアは国民の敵」「フェイクニュース」――。
常日頃から自分の気に食わないメディアをこうコキ下ろしているトランプ米大統領。
とうとう米国内のメディアから集中砲火を浴びたのだが、日本の大メディアはこの“ケンカの作法”を学ぶ気はないらしい。  

350社以上の米新聞が16日、トランプの度重なるメディアへの暴言に対し、報道の自由を訴える社説を一斉に掲載。
この行動を呼びかけた米ボストン・グローブ紙は、<ジャーナリストは敵ではない>と題した記事で、トランプが<報道の自由を攻撃し続けている>として、<メディアを「人々の敵」と決め付けることは危険>などと主張した。
トランプの天敵であるニューヨーク・タイムズなども参加し、さながら米大統領vsメディアの「仁義なき戦い」の様相を呈している。

■マスコミを懐柔する
   安倍首相は野放しに
 一方、このニュースを報じた日本の大メディアの姿勢は正反対。
新聞やテレビ局の幹部がしょっちゅう、安倍首相と高級料理店で飲食を繰り返し、だからなのか、「総裁3選ほぼ確実」などとヨイショ報道ばかりしている。

 最近のワイドショーは、キャラクターの際立ったアマチュアボクシング界の“ドン”山根明前日本ボクシング連盟会長を叩き続け、次の標的は接待漬けの“小悪人”の文科官僚だ。
伝えることは大事だが、メディアの本分は「権力の監視」じゃないのか。

 元共同通信記者でジャーナリストの浅野健一氏がこう言う。
「ここ最近、日本のメディアは山根前会長の不祥事や日大アメフト問題、山口で行方不明だった2歳の男の子が見つかった話や大阪・富田林の逃走犯などの話題でもちきりですが、大事なことは他にもあります。
なぜ、マスコミはモリカケ問題の重要人物である加計孝太郎理事長や安倍昭恵夫人を取り囲まないのでしょうか。
巨悪の不正について甘いと思います。

小悪にたかるのではなく、米新聞がトランプ大統領に対抗したように、巨悪に対してメディアスクラムを組むべきです。
口先でメディア批判を繰り返すトランプ大統領よりも、メディアを手なずけている安倍首相のほうが悪質ですよ

 11月に米中間選挙を控えるトランプはメディアの猛攻にあっているが、日本の首相は総裁選に向けて「英気を養う」ためゴルフと会食の夏休みを満喫中だ。
 余裕シャクシャクの安倍首相を付け上がらせているメディアの責任は重い。
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2018年08月22日

安倍3選という息苦しさ 真綿で首を絞められる民主主義

安倍3選という息苦しさ
真綿で首を
絞められる民主主義
2018年8月20日 日刊ゲンダイ

 平成最後の夏。
そして平成最後の終戦記念日を迎え、この30年間や昭和の戦争、戦後社会を検証する特集番組が目立つが、今の安倍政権は後世の歴史にどう評価されるのだろうか。

 ミステリー作家の綾辻行人氏が16日の毎日新聞夕刊に登場。
こう語っていた。
<作家生活のほとんどが平成という時代に重なります。
社会や政治の問題については基本的に淡泊なスタンスを取ってきました。
でも平成の終わりに至って、胸にあるのは危機感です。
憤り、といってもいい
幅も余裕もない。薄気味が悪い。
息苦しい。
無粋。
この国の空気を表すと、こんな言葉が浮かびます>

 息苦しい社会――。
安倍政権の5年半で、この国は変質した。
安倍首相が政権に返り咲いたあの日、一瞬にして世界が変わったわけではない。
しかし、確実に変容したことを感じずにいられない。

 排他主義が横行し、ヘイトスピーチが幅を利かせ、ちょっとでも政権批判をしようものなら「反日」のレッテルを貼られて炎上する。
 少なくとも5年半前までなら、政権と国家を同一視するような見識のなさは、冷笑の対象だったのではないか。
それが今では、安倍の言動を支持することが「愛国」で、安倍政権の売国政策や棄民政治に異を唱えると「反日」扱いされるという倒錯した世の中になっている。
 それで為政者の傲慢も嘘も怠慢も許されてしまう。
「朕は国家なり」を地で行く絶対君主ぶりで、安倍は9月の自民党総裁選で3選が確実視されている。

■ゴルフと美食で王侯貴族気取り
西日本豪雨の被災地は今も大変な苦労をしているのに、安倍首相は長い夏休みを満喫している。
財界の親玉や元首相連中、子分の国会議員らと別荘でゴルフと美食三昧などと、まるで王侯貴族気取りです。
それを日本のメディアは垂れ流すだけで、国益を損ない続けてきた安倍政治5年半の検証もしない。
米国のメディアはスクラムを組み、命懸けでトランプ政権と戦い始めたというのに、この国のメディアは相変わらず大本営発表を続け、国民を欺いている。
メディアが戦争に加担した反省は、まったく生かされていません」(政治評論家・森田実氏)

 この5年半で、政権に批判的なコメンテーターは画面から消えた。
権力に飼い慣らされた大メディアは常に政権の顔色をうかがい、真っ向から批判することもなくなった。
せいぜい“両論併記”でお茶を濁す程度だ。
民主主義を担保する言論の自由は、静かに、巧妙に制限されてきた。
恐らく、多くの国民が気づかないうちに。

 戦争がいかにして市井の人々の生活に忍び込んでいくのかを描いた「小さいおうち」で直木賞を受賞した作家の中島京子氏は、日刊ゲンダイのインタビューでこう語っていた。
<なんだかんだ言って、平和憲法があるから砦になると思っていたら、あっという間に突き崩されようとしていますね。
特定秘密保護法も、その成立過程を見ると、いつの間にか言論統制が入り込んできた戦前とよく似ている。
治安維持法みたいなものが、このタイミングで法制化された恐怖というか、戦後、私たちが信じてきた民主主義や言論の自由が、底が抜け、骨抜きになったような気がしています> 

 無謀な戦争に突き進んでいった昭和初期と今は空気が似ていて、「本当に怖くなる」と言うのだ。

ダメだと思ったら撤退する勇気が必要
 言論の自由が徐々に失われてきた結果、全体主義的な空気が日本を覆い、ついには権力者が国民を「生産性」で選別する社会になってしまった。
戦後民主主義でようやく男女平等を手にしたはずの女性も受難の時代だ。
 少子化だから子どもを産め、子どもが小さいうちは保育所に預けず自分で育てろ、でも労働人口が減っているから女も働いて税金を納めろ……。

それでいて、世のために働きたくとも医学部の入試で差別される。
じゃあ、どうすればいいのか。
国民を労働力や生産性でしか見ない政権だから、こういう不条理がまかり通っている。

「かつての自民党は、ここまでひどくありませんでした。
曲がりなりにも平和主義と国際協調主義を維持し、日本経済の成長と国民生活の充実を考えていた。
今は格差が拡大し、国民経済は疲弊しているのに、庶民生活を蝕むアベノミクスを批判する声が自民党内から出てこない。
安倍首相ににらまれたら損だと、雪崩を打って3選を支持しているのだから、自民党議員はどうかしています。

総裁選への出馬を表明している石破元幹事長には、『嘘つき政権でいいのか』とハッキリ言って欲しい。
安倍政治の5年半で、官僚は腐敗し、信用が高かった警察も穴だらけ、検察も巨悪を見逃す暗黒国家になってしまった。
組織では誰も責任を取らず、トップは嘘を言って逃げ、部下を犠牲にして押し付ける。

首相官邸も日大アメフト部も同じです。
政官の道義が廃れれば、民間も当然そうなってしまう。
そんな日本に未来はありません」(森田実氏=前出)

 自民党の村上元行革担当大臣は「時事放談」(TBS系)で、安倍が総裁選で国会議員の7割超を固めたことに「正直、国民の世論と懸け離れた状況になっているんじゃないか」と懸念を表明していたが、他の自民党議員は本当に今のままでいいと思っているのか。

 安倍3選ならば、インパール作戦に例えられる黒田日銀の金融緩和も継続されることになる。
日本は先の大戦で、短期決戦に失敗したのに、それを糊塗してズルズルと戦力を逐次投入し、大きな犠牲を払った。
今の黒田日銀はこれと同じ道をたどっている。

■作戦の継続に固執するのは
    大本営と同じ
「異次元緩和は『2年で2%』の物価上昇を実現するはずでした。
短期決戦でしかあり得ない政策だったからです。
しかし、2年で成果が出ず、失敗が明らかになっても、政策の誤りを認められず方針転換できないまま来てしまった。
現実から目を背けて、一度始めた作戦の継続に固執するのは旧日本軍の大本営と同じです。

こんなむちゃな金融政策があと3年も続けば、傷は深まる一方です。
今の日銀は株価を下げないよう、安倍政権の継続のためだけに存在しているようなもの。
日銀の独立性まで無視して私物化しているのが安倍政権です。
他に適当な人がいないとか、安定などという虚言にだまされてはいけない。

ダメだと思ったら、撤退する勇気が必要です。
このまま安倍首相が3選なら、経済はメチャクチャになり、人権は蹂躙され、戦争に突き進む国になる。
経済的にも政治的にも、戦後最大の国家的な危機に立たされているのです。
金融システムを破壊し、経済無策で外交無能の安倍政権があと3年も続いたら、第二の敗戦というべき事態に陥るのは間違いありません」(経済アナリスト・菊池英博氏)

 マトモな識者は黙っていられない惨状なのだ。
戦争を知る世代だった宮沢喜一元首相も、著書「新・護憲宣言」で「われわれは将来に向かって自由の制限につながるかもしれないどんな兆候に対しても、厳しく管理する必要があります」と書いていた。
自由はある日突然、なくなるものではない。
徐々に蝕まれ、気づいたときにはすべてが失われている」とも言っていた。

「戦争絶滅」を訴え続けたジャーナリストのむのたけじ氏も
始めに終わりがある。
抵抗するなら最初に抵抗せよ」という言葉を残した。

全体主義の流れが一度、渦を巻き始めたら、気づいた時にはのまれて抵抗できなくなっている。
暴力は「兆候」の段階で止めなければならないと説いた。
 5年半の独裁で、もはや暴力は兆候の域にとどまらない。
だが、真綿で首を絞められるように窒息させられていく自由と民主主義を取り戻すのに、遅過ぎるということはないはずだ。「きょう」が一番新しい「未来」なのだから。
自民党議員は、歴史の審判に堪え得る判断ができるのか。
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2018年08月23日

現場の教師も苦悩…理不尽な“ブラック校則”に潜むリスク

現場の教師も苦悩…
理不尽な“ブラック校則”に
          潜むリスク
2018年8月22日 ダ・ヴィンチニュース

 昨年、生まれつき髪の毛が茶色かったという女子高生が、学校側から黒髪を強要され不登校になったとして、大阪府を相手に起こした訴訟が物議をかもした。
裁判の焦点になったのはどこの学校にもある「校則」で、この事件をきっかけに、ネット上でもさまざまな議論が交わされていたのは記憶に新しい。

 ちょうど時期を同じくして立ち上げられたのが、校則の実態について調査を続ける有志らによる「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」。
そのスーパーバイザーを務める荻上チキさんと、名古屋大学の内田良准教授による書籍『ブラック校則 理不尽な苦しみの現実』(東洋館出版社)が刊行された。
 世代により捉え方も変わってくる問題のようにも思えるが、本書を読むと、大人たちの知らない校則の“今”が垣間見えてくる。

◎下着の色は白…
指導する現場の教師からも異論
 本書では「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」がサイト上で募集した、校則により「理不尽な体験」をしたという実際の声が掲載されている。
先述の「髪染め強要」はもちろん、驚くのは、以下のような“セクハラ”ともとれる女子生徒の実体験も存在するということだ。
下着の色は白のみ。
中学三年の時に、プールの授業があった日の放課後に男性教諭から呼び出され、「下着青だったんでしょ? 白にしなきゃダメだよ? 気をつけてね」と言われた。
何処からその情報が流れて来たのかは知らないが、とても怖かった。(愛知県・公立中学校・当事者)

 状況からすると、誰か他の生徒が“密告”したのかもしれないが、男性教諭から下着の色について問われた瞬間の女子生徒を想像すると、怖さをおぼえたというのは想像にたやすいだろう。
また、行き過ぎとも思える学校側の指導には、現場の教師からも異論が寄せられている。

服装・頭髪の指導が非常に厳格で、全教員が一丸となって行うことを求められる。
(中略)違反者にはプリントが渡され、保護者の確認、期日までに校則通りに直すことを求める。
翌日から教員のチェックを受け、期日までに是正されない生徒は、帰宅して直してから登校するように指導。

赴任したばかりだが驚き、学年主任に違和感を表明したが、理解されていないよう。
職員会議で訴えかけたいと考えているが、同じ考えの同僚がいるかわからず、苦しい戦いになりそうで気持ちが萎える(東京都・公立高校・教員)
 誰に相談することもできず、この内容をモニターを眺めながら打ち込んでいた教師はどのような思いだったのだろうか。

日々の業務に加えて、自分の信条を押し殺して指導しなければならないという現場の苦悩も浮かび上がってくる。

◎ルールを厳格にすべきか否か?
 軽視されがちな校則のリスク
 本書の編著者である名古屋大学の内田良准教授は、校則には「二面性」があると指摘している。
 そもそも学校側が生徒に対して提供するものは、基本的にすべてが「教育」という言葉のもとに成り立っている。
もちろん子どもたちを預ける親もそれを望んでいるだろうが、学校や教師の視点からすればどの活動も「子どもたちにとってよいことなのだ」と信じられているからこそ、あらゆる学校に校則があり、維持されているのだという。

 しかし一方で、教育活動に関する諸問題を「学校リスク」とする内田准教授は、校則には「リスク(危険性)」と「ベネフィット(便益)」の両面があると主張する。
ただ、往々にして「ベネフィットが優先される状況下では、リスクが軽視されやすくなる」と述べる内田准教授は、リスクのなかでも「生徒にとって直接的な損害であり、かつ健康さらには生命に関わる事態」とする身体のダメージに注目している。  

そのうちの事例の一つとして取り上げられているのが、1990年7月に兵庫県の高校で発生した「校門圧死事件」だ。
 当日の朝、遅刻の取り締まりを厳格にしていた学校の校門付近には、ハンドマイクを手に「◯秒前!」と生徒たちに発破をかける教師たちがいた。
そして、始まりを告げるチャイムが鳴った午前8時30分、一人の教師が鉄製の門扉をスライドさせて閉めようとしていたところ、駆け込んできた女子生徒が頭部を挟まれ死亡したという事件である。
 これについて「学校のルールの厳格な運用が命取りになりうることを、不幸にも実際の事例によって示すこととなった」と内田准教授は述べている。

また本来、校則というのは、文部科学省の通知文「『児童の権利に関する条約』について」に書かれているように「児童生徒等が健全な学校生活を営みよりよく成長発達していくためのきまり」であるべきだが、この事件について言及するなかで「ルールはまるで逆の結果を生み出した」と指摘している。

 さて、世の中には「自由は不自由の中にある」という言葉もある。
たしかにそれも一理あり、校則があるからこそ、そのすき間を突いて学校生活を楽しむというのも大人になった今では“学生時代ならではの楽しさ”だった記憶もある。
 ただ、大人の社会と比べると、学校は閉鎖的なイメージもある。
教師たちや親たちといった「目上の人」に言われるがまま従わなければならない場面もあり、子どもたちにとってどのような校則の運用が適切なのか、いま一度見つめ直さなければならないかもしれない。
                文=カネコシュウヘイ
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2018年08月24日

不祥事に過剰すぎる反応を見せる風潮の疑問

不祥事に過剰すぎる
反応を見せる風潮の疑問
ルールが間違っているなら変えるしかない
2018/08/23 幻冬舎plus

小幡 績 : 慶應義塾大学大学院准教授

昨今、不祥事の報道が増えている。
この原因は何だろうか。
理由は3つある。

第一に、瑣末なことをスキャンダラスに報道する報道機関が増えたことである。
週刊誌や昼のワイドショーならともかく、公共放送に近いチャンネルの夜のニュースでもショッキングなニュースとして情緒的に報道される。
この結果、人々はとんでもない不祥事が起きたと思い込んでしまい、昨今の企業は酷いという印象が強くなっているのである。
他に重要なニュースが減っているため、交通事故自体は減っているのに、その報道が多いため、最近事故が増えていると思ってしまうのと同じである。
これは行動経済学で有名な現象で、シカゴでは銃で殺害された人と心臓発作で死んだ人とどちらが多いでしょう?という質問に、銃と答えてしまうのである。
心臓発作は報道されないだけで、最も多い死因である。

視聴者や読者の判断能力の低下も一因に 第一の点に関連するが、第二の理由は、視聴者、読者の判断能力が低下していることである。
だからこそ、テレビと週刊誌が執拗に流し、書き続けるのであり、その溢れかえる物量で人々はこれを多少割り引いたとしても、結局は物量に負けて、重要でない問題を重大な悪事のように信じ込んでしまうのである。

ネットのフェイクニュースと同じで、すべて受け入れてしまうようになっている。
要は、我々現代人は、確実に馬鹿になっているのである。
その結果、スキャンダラスな不祥事報道は増え、それが事実となってしまうのである。

悲惨な例は神戸製鋼
例えば、最も悲惨なのは神戸製鋼だ。
アルミ製品などの強度や耐久性のデータを改竄していたとされたが、その基準とされたJIS基準自体が昔に決められたものである。
今はその基準を満たすかどうかは製品には無関係で、仮にJIS基準を満たしていなかったとしても、実際の強度(別の検査様式で測る)は、JIS基準を満たしていたものよりはるかに強いので、実際上の問題はゼロだ。

だから品質についてはまったく問題がないどころか、世界ダントツのトップクラスであるにもかかわらず、何も理解していない報道、あるいは分かっていてもあえて批判すると攻撃されることを恐れた有識者たちの黙殺によって、評判は落ちてしまった。
もちろん、実際に製品を購入しているユーザーたちはすべて分かっているから、取引を止めようとは思わないのだが、役所の指導や、何も分かっていない上司などによって取引が縮小したケースもある。
さらに、この世で最も何も分かっていない投資家と呼ばれる人々は、神戸製鋼株を売り浴びせ(中には確信犯(品質に問題はまったくないと分かっていた)もいたし、真実などどうでもよく売りの流れを作ればよいと思っていた)、株価は暴落した。

日産の新車の完成検査問題も同じである。
無資格検査員が検査していたというこの問題は、排ガスや燃費の虚偽とは異なり、もともとまったく新車に必要ない目視検査を義務付けていた制度に問題があったのであって、合理的なら検査はしないという対応をしたはずで、これが発覚したら、何でそんな無駄な検査をしているんだ、役所はすぐ改めろ、と有識者が主張すべきところを、スキャンダルが自分にも降りかかることを恐れて、これも黙殺し、無駄な検査が続き、日産は無駄に評判を落とすことになった。

コミュニケーションの
失敗から起きる不祥事も増加
しかし一方、別の種類の不祥事は確実に増えている。
前述の企業が事実として悪いことをしているという不祥事は多くの場合誤解であるし、数も少ないのであるが、人間同士のコミュニケーションの失敗から起きる問題は急増している。
それが第三の理由で、ジェネレーションギャップや多様化が拡大し、組織の構成員の価値観いやあえて価値感と書こう、これが多様化し、トップが認識できないほどになっていることがある。
価値観という大袈裟なものではなく、感覚的なものの人々の間のギャップが大きくなっているのである。

これは、セクハラの受け止め方の違いが急増をもたらしているのと似ていて、以前であれば、組織や社会全体のことを考えれば、形式的にはルール違反だけれども、実質ベースでは問題ないし、むしろいろんなコストも削減され、みんなのためになる、ということがあうんの呼吸で伝わり、誰も、無駄な検査を確信犯で怠っていることを通報したりしなかったし、何かの理由で通報しても、取り上げられなかった。

それが自分のためというわけではなく、組織のためにも社会のためにも、全体最適だと分かったからであり、そのような想像力を働かせたからである。
今は、想像力の欠如もあるが、考えるということが、表面的な反応と同じものと理解されており、違反、と言えば、すべて違反、ということになってしまうのである。

今後どうすれば良いか
ということで、2018年前半に様々な不祥事に怒り狂った人々の多くは、私から見れば、無駄に怒っていたのであり、それを超えて、迷惑を罪のない人々にかけていたのである。
読者の多くは、私に怒り狂うであろうが、それはもうひとつ無駄なエネルギーを消費することになるだけなのだ。

では、今後どうすれば良いか。
以上書いてきたことと矛盾するようだが、多様化し、感覚がお互いにずれた構成員同士で、組織や社会を運営するには、すべて公式な形、ルールに徹底的に則ってやっていくしかない。
したがって、ルールが間違っていれば、即座にルールを変えることが必要なことである。

日本のシステムの再構築が
必要なときに来ている
不祥事」が続発している理由として、学者として、公式にも主張できることは、制度やルールを環境の変化に合わせて改定することを怠ってきた歪が出ている、ということである。
ルールを変えるのはエネルギーがいるから、効率的に、実質ベースで形骸化したルールを放置したまま実質合理主義でみなが行動してきた。
それでは持たないので、コストとエネルギーをかけて、ルールや制度を現実にあったものに丁寧に直していくことが必要なのである。
これは憲法改正の議論が高まったり、インフラの新設よりもメンテナンス、補修工事の方が重要になってきていることが指摘されたりしていることと実は本質的に同じことなのである。
いまこそまさに戦後の日本のシステムの再構築をしなければならないときなのである。
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2018年08月25日

嫌いなことからは逃げろ! 一人で抱え込まないための思考法

嫌いなことからは逃げろ! 
一人で抱え込まない
              ための思考法
2018.08.24 新刊JP

 嫌いなこと、不得意なことからは逃げていい。
なぜなら、方向性の間違っている努力の9割はムダだからだ。
正しい努力対象を見つけることで、人生も成功できるということだ。
 そう述べるのは『あなたの努力が報われない本当の理由』(プレジデント社刊)の著者である潮凪洋介氏だ。
本書で潮凪氏は、「逃げてはいけない」という洗脳から脱却し、「報われる努力」を身につける方法を紹介している。

 成功する人は、総じて「面倒くさがり屋」だという。
なぜなら、面倒くさがりだからこそ効率を考え、最小限の努力で最高のゴールに辿り着こうとするからだ。
徹底的にめんどうくさがった結果、自分でやるのがイヤだったら、「誰かの手を借りられないか?」と考え始めるのだ。

 この境地に行くためには、何でも一人で抱え込まず、一旦全てを放棄する勇気を持つことが重要だ。
 面倒くさいことが押し寄せてきたら、一定期間しっかりと「逃げる」と決める。
今まで無理してやってきたことを「やらない」と決める。

 仕事で「面倒くさい」と思うことがあったら、何かを変えるチャンスが来たと考えよう。
 また、やりたくない仕事を辞めると、結婚もできると潮凪氏は述べる。
やりたくない仕事をイヤイヤやっている人に魅力的なオーラは出ない。
出会いの場に行っても、第一印象で損するだろう。

 一方、大好きな仕事をイキイキとやっている人は、楽しかった仕事の余韻をプライベートでも身にまとうことができるので、異性の目に魅力的に映る。
 つまり、努力の方向性を間違うとモテない人間になり、恋愛も逃し、婚期も逃してしまうのである。

 潮凪さんが考える正しい努力対象とは、「大好き&大得意なことを仕事」にして、「好きな人々」とだけ付き合い、「良好な人間関係」の中、「正しいビジネスモデル」で働くことだ。

 努力しているのにうまくいかない、という人は、努力の対象・方法を間違えているのかもしれない。自分の努力の方向性が間違っていないかどうか、まずは確認してみてはどうだろう。 (新刊JP編集部)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。
ニュースサイトで読む:
https://biz-journal.jp/2018/08/post_24519.html Copyright c Business Journal All Rights Reserved.
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2018年08月26日

北原みのり「医療界、相撲協会と同じ」

北原みのり
「医療界、相撲協会と同じ」
2018/08/25 AERA dot.

作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。
北原氏は東京医大前のデモを呼びかけたという。
*  *  *
 東京医大の差別入試問題が発覚した翌日、いてもたってもいられず、東京医大の前でデモを呼びかけた。
そのことをきっかけに、3人の当事者と話す機会があった(8月9日時点)。
不正があったとされる年に東京医大を受け、不合格になった女性たちだ。

 医療界は狭い。声をあげることが、後の自分のキャリアにどう影響するのか。
そう考え恐れ沈黙を選ぶ当事者は少なくない。
もちろん、私にコンタクトしてくれた女性たちだって同様だ。
それでもと連絡をしてくれたのは
「これは自分だけの問題じゃない」
「未来の職場を改善することにつながるはずだ」
「こんな悔しい思いを二度としたくない、他の女性にもさせたくない」という思いからだ。

今回、医療関係者ほど「こんなことは昔からあった」と言いたがることに驚いている。
男女比調整しなけりゃ女医が増えるとか、そもそも男女には脳の性差があるから物理を難しくして女性が入れないようにしてきたとか、女性は出産・子育てして職場に迷惑かけるとか。

科学的根拠を重んじ、理性を尊ぶべき医者の言うことじゃない。
 それでも、「女医が増えると困る」と考える背景に、一人の当事者は「医学部にジェンダー教育が一切ないことも問題だ」と言っていた。
ジェンダーが何かを知らず、ピラミッド型の医局の人間関係ばかりをみていたら、そういう考えにもなるだろうと。

例えば女性が外科を目指したとして、医局のトップの男性が「うちは休めないよ」「女はいないよ」と言えば、それは察しろという意味だ。
そういう中で男は自分の手下になるような男を選び、性差別構造は再生産されていく。

 一緒に話を聞いていた弁護士が「相撲協会と同じだね」と言った。
女を排除し、上にものを言えず、内側のローカルルールが世間で通用しないことを知らず特権的な地位を死守しようとする。

ただ相撲協会には関わらずにすむが、医療界は避けて通れない。
時代も社会の空気も読めず「女医はいらない」というのがまかり通っているお粗末な組織のありようは、私たちの健康に直結する重大事なんじゃないか。

 医療界の人たちは、「女性の比率が調整されることは暗黙の了解、受験生もわかってるはず。
だから女は人一倍頑張るし、女医は優秀なんだ」と言いたがる。
当事者からすれば、女性の点数が操作されているなんて考えたこともなかった。
女性比率が極端に低い大学の受験は女は物理が苦手だから……という迷信をむりやり納得して……というか納得するしかない気持ちで勉強してきたのだ。

 当事者の声が集まりつつある。
東京医大だけでなく、他大学で受けた面接についても声をあげている方がいる。
面接で、結婚したらどうする? 妊娠したら? ということを女性受験生は聞かれることがあるという。
いつの時代の話だよ。
 ブラックボックスは開いた。相撲協会からふつーのまともな医療界に向けて。日本社会全ての人が、当事者なのだ。
 ※週刊朝日  2018年8月31日号
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「お墓の問題」に悩む人が勿体なさすぎる理由

「お墓の問題」に悩む人が
        勿体なさすぎる理由
時代に合わない伝統に
       縛られなくてもいい
2018/08/25 東洋経済
(小だぬきは 昨日水戸の菩提寺で母の3回忌法要をしました。)

藤井 青銅 : 作家・放送作家

この夏、お盆で故郷に帰った方も多いだろう。
現代では、生まれ育った場所とは別の土地で暮らす人が多い。
しかし、先祖からのお墓は生まれ育った土地にある。
そして、日本全国で高齢化が進んでいる。

いま、故郷で暮らす親や親族が亡くなったあと、「先祖代々の墓をどうするのか?」という問題に直面するケースが増えている。
だがしかし、そのお墓は本当に先祖代々からなのか?

 いやそれどころか、われわれはいったいいつからお墓参りをしているのか?
実は現在、われわれが行っている「骨壺が埋まる石のお墓にお参りする」という伝統は、せいぜいさかのぼって100年そこそこ。
「先祖代々の墓」といっても、その「代々」はそんなに古くないのだ。

だいたい、庶民が「○○家」という名字を名乗るのは明治以降だし。

フェイクニュースで広まった
「お布施」や「戒名」
インド生まれの仏教が中国、朝鮮半島を経由して日本に伝わってきたのは、6世紀中頃だ。
そこから一気に飛んで、江戸時代に入る。
幕府はキリシタンを禁止。
すると、島原の乱(1637年)前後から、寺請制度・檀家制度が整えられていく。

これは要するに、各地域の寺が「この住民は我が寺の信者であり、キリシタンではない」と証明すること。
証明してもらわなければ住民はキリシタンの疑いを持たれるわけで、生死にかかわる。
なので、すべての人はどこかのお寺(檀那寺)の檀家にならざるをえない、という仕組みだ。
こうして寺は行政の末端として戸籍係の役割と、キリシタン監視の役割も兼ねた。
その代わりに、葬式・法要の独占権を得た。 やがて元禄の頃(1700年頃)、

『宗門檀那請合之掟(しゅうもんだんなうけあいのおきて)』という文書が現れる。
内容は、住民に対し「葬式、法要などを檀那寺で行え」
「寺の改築・新築費を負担しろ」
「お布施を払え、戒名を付けろ」
「檀那寺を変えるな」……などと、やたらお寺側に有利なことが並んでいる。

それもそのはず、これは偽書なのであった。
今でいう“フェイクニュース”だ。
しかも、いかにも家康が決めたことのように寺に張り出され、寺子屋の習字手本にも使われたというから、これまた今でいう印象操作や、洗脳教育みたいなものだ。
こうして、寺は経営が安定した。
俗に「葬式仏教」とよばれるものは、ここに始まる。

つまり、一般庶民がお寺のお坊さんと葬儀・法要を行い、家の中の仏壇にご先祖の位牌が並ぶ光景(位牌を使わない宗派もある)は、300年くらいの歴史しかないのだ。
ちなみに、元々の仏教で、死後の戒名はない。
位牌のルーツは儒教から来ている。
というか、そもそも祖霊信仰・祖先崇拝が仏教にはない。
中国の儒教と、日本土着の原始神道的な民俗信仰とが融合したのだ。
その結果、われわれは、(仏につながったとされる)ご先祖様を拝んでいる。

「お墓参り」の歴史は200年しかない
では、お墓はいつからあるのか?
実は、「養老律令」(757年)の喪葬令(そうそうりょう)で、庶民は墓を持ってはいけないとされた。
なので、ずっと時代が下っても、普通の人々は決められた地域に穴を掘って埋め、上に土饅頭を作る。
もちろん土葬だ。
いわば、これが墓だった。
目印として石を置いたり、木を植えたりはする。
やがて遺体が腐敗して土饅頭は陥没し、その存在はわからなくなる。
文字どおり、土に還るというわけだ。

しかしそれではご先祖を拝もうにも、どこを拝めばいいのかわからない。
そこでやがて、埋めたのとは別の便利な場所に、石塔を作って拝むようになった(民俗学では、これを「埋め墓」と「参り墓」の両墓制と呼んでいる)。
「参り墓」を拝んだところで、それはしょせん石材だ。
しかし、遠くにある「埋め墓」につながる入口だと考えればいい。
とはいえ、石塔を建てられるのは上流階級の話。

一般庶民が墓を建てるようになるのは、江戸時代のことだ。
各地の墓地で墓碑を調査したところ、「文化・文政・天保(19世紀初期)」の頃から、一般庶民の墓が増え始める、という。

天保2年(1831年)には、『墓石制限令』というものが出ている。
これは「百姓・町人の戒名の院号・居士禁止」や「墓石の高さ四尺まで」などと決めたもの。ということは、それ以前にそういう墓が出て来たということだろう。
そして、この規則を守るなら庶民も墓を建てていいということだ。

つまり、庶民がお墓を建て、お墓参りをする風習は200年くらいの歴史しかない。
明治になって、寺請制度がなくなる。
すると葬式仏教だけが残った。
そこへ、明治政府の「家制度」が始まる。
すると「先祖代々の墓」なるものが現れ、ここで「一緒の墓に入る」とか、「墓を継ぐ」とか「代々の墓を守る」という意識が生まれてくるのだ。
さらに、土地不足と公衆衛生の観点から火葬が推奨された。

明治の思想家として有名な中江兆民は「人が死ねば墓地ばかりが増えて、宅地や耕地を侵食する。
自分の場合は、火葬した骨と灰を海中に投棄してほしい」と書いている(兆民は無宗教の人だから、葬式も拒否。代わりに行われたのが日本初の「告別式」だ。
あれは元々、宗教とは別のものとして始まった)。

しかしそれでも、全国の火葬率は明治半ばで30%、大正時代で40%。50%を越えたのは戦後の1950年代。
火葬施設が整えられることで1980年代に90%を越え、現在はほぼ100%。
日本は世界一の火葬大国なのだ。

移りゆく「伝統」に
        縛られなくてもいい
戦後、家制度はなくなる。
生まれた土地から離れて暮らす人々も増える。
「地元のお寺・お坊さん・お墓」と「人」との関係は、どんどん希薄になっていく。
当然、檀家を前提にした寺の経営は苦しくなる。
そこで葬儀社が葬祭一式を取り仕切るようになった(葬儀社は、すでに明治時代、東京に誕生している)。

もはやお寺のお坊さんは、セレモニーホールで葬儀社が仕切るイベントの中の、いち登場人物(重要ではあるが)にすぎない。
いつの間にか社会的な儀式であったはずの「告別式」も宗教的儀式の中に取り込まれている。
人は必ず死ぬ。それは大昔から変わらない。
だから、葬儀や墓に関する「伝統」も大昔から変わらないと思いきや、こんなに変わって来ているのだ。

となると、「先祖代々の墓」に「一緒に入る、入りたくない」で家族同士が争ったり、「継ぐ」とか「守る」で頭を悩ますことにも、あまり意味はないようにも思える。
信心・信仰というのは心の中のことだから、目に見えない。
なので、さまざまな儀式を必要とする。
ほとんどの人には意味のわからないお経とか、お焼香の回数とか、四十九日法要とか、一周忌、三回忌、七回忌……。お墓の魂入れ、墓じまいの魂抜き……など。

一般の人にとって「宗教は儀式に宿る」。
その儀式が時代に合わなくなれば更新して、再設定すればいい。
「伝統」とは、人が生きやすいために作った決め事の集積にすぎない。
時代に合わなくなった伝統に縛られて生きている人々が悩まされるとしたら、きっと「代々のご先祖様」も喜ばないだろう。
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2018年08月27日

東京五輪“総動員”体制に早大生が痛烈パロディ

東京五輪“総動員”体制に
早大生がパロディサイトで痛烈皮肉!
西日本新聞も
五輪の同調圧力を真っ向批判!
2018.08.26 LITERA編集部

 一体、誰のためのオリンピックなのか──。
2020年開催の東京五輪に対し、疑問の声が噴出している。
極暑対策として「打ち水」やサマータイム導入を打ち出したかと思えば、大会期間中はネット通販を控えろだの、銀メダルの原材料が足りないから回収を強化しろだの、ボランティアを集めるために大学・高専の授業や試験期間を繰り上げろだのと、「五輪開催のために国民は犠牲を払え」と押し付けてばかり。
「これは戦時体制に慣らすための予行演習なのでは?」と思わずにいられない。

 実際、最近は早稲田大学2年生の学生が作成したという「東京五輪学生ボランティア応援団」なるサイトが話題を呼んでいる。
 このサイトでは、さんざん
〈1兆円以上もの予算を提示しながらボランティアにはたとえスキルがあろうが無かろうがびた一文出さない組織委の倹約精神〉や
〈戦中の金属供出を彷彿とさせる都市鉱山からのメダル製作〉、
〈どう考えても耐え難いであろう酷暑に対して打ち水で挑もうとする竹槍根性〉、
〈問題は山積しているというのに未だにやりがいや絆や感動などといった聞こえのいい言葉に簡単に騙されてしまう国民〉などと問題点を指摘した上で、
〈これらの要素が揃えば、美しい国・日本は世界に誇る自己犠牲の精神をもって最高の五輪を実現できるに違いない〉
〈皆さん、この素晴らしい我が国の、威信を懸けた祭典のためにぜひ身を賭して貢献しようではありませんか! 東京五輪、万歳! 日本、万歳!〉と、まったく見事に東京五輪に向けた動きが戦時下そっくりのかたちであることを見抜き、盛大に皮肉っている。

 少しずつ人びとが感じはじめている、「これでいいのか?」という東京五輪への疑問、違和感。
しかし、その一方でなぜかメディアは問題点を真正面からは取り上げず、盛り上げムードの醸成に力を入れるばかりだ。
 だが、そうしたなかで、東京五輪に疑義を呈した新聞がある。

●椎名林檎「国民全員が組織委員会」に
 NOを突き付けた西日本新聞の勇気  
それは、8月5日付けの西日本新聞に掲載された、
永田健・論説副委員長によるコラム。
文章は、冒頭から
〈今回のコラムは大多数の読者から賛同を得ようなどと大それたことは考えていない〉と断った上で、こうつづくのだ。
〈東京五輪の開催まで2年に迫った。
競技会場が予定される各地で「あと2年」のイベントが開かれ、テレビもしきりに「待ち遠しいですね」と呼び掛ける。
 私はといえば、全然待ち遠しくない(個人の感想です)

 東京五輪が「全然待ち遠しくない」──。
永田論説副委員長の「個人の感想」とはいえ、新聞やテレビといったメディアでお祭りムードに水を差すような意見を打ち出すことは異例中の異例、いや、はじめてのことではないだろうか。
 しかも、この西日本新聞のコラムは、他の新聞・テレビが踏み込まない問題も指摘する。

私が東京五輪で懸念するのは、「暑さ」よりも「熱さ」の方だ。国民こぞって五輪を盛り上げましょう、という「熱さ」。開催期間前後、社会が五輪一色になる「熱さ」である
〈さらに心配なのは、その「熱さ」が「日本人なら五輪に協力して当然。
何しろ国民的行事なのだから」という「圧力」に転じることだ。
日本社会に根強い同調圧力が一層強まりそうだ

 そして、このコラムは、〈五輪の式典演出に関わる人気ミュージシャンが昨年、インタビューで五輪反対論に触れ〉たことを紹介し、そのミュージシャンの「もう国内で争ってる場合ではありませんし」
「いっそ、国民全員が組織委員会。
そう考えるのが、和を重んじる日本らしい」という言葉を引用している。

この人気ミュージシャンとは、言わずもがな椎名林檎のことだ。
 東京五輪に反対する意見や懐疑的な声を「もう決まったこと」「和を乱すな」と言って封じ込める──。

そうした流れに、このコラムは
〈「国民全員が組織委員会」…。
それはちょっとご辞退申し上げたい〉とはっきりNOを突きつけるのである。

東京五輪を一切批判せず五輪協力への同調圧力装置と化す新聞・テレビ  新聞やテレビが会場問題やサマータイム導入問題などには疑義を呈することはあっても、このような東京五輪に対する「自国開催は誇らしいこと、喜ぶのは当然」「国民的行事なのだから協力は当たり前」などという「同調圧力」に、社の意見を執筆する論説委員が疑問を投げかけるなどということはほとんどないだろう。
なぜなら、新聞・テレビこそが「2020年が待ち遠しい!」という社会の空気をつくり出し、異論を排除しているからだ。  

現に、テレビではこうした論調はまったく見ないし、新聞も読売や産経はもちろんのこと、朝日や毎日でさえ個別の問題を批判的に取り上げることにも及び腰で、ましてや西日本新聞のように「東京五輪が待ち遠しくない」などと踏み込むことはしない。
せいぜいインタビューで識者などが熱狂ムードに釘を刺す程度だ。
 なぜ、リベラルな新聞までもが“国策”である東京五輪にまんまと乗っかっているのか──。
その答えは簡単だ。
大手新聞5社は、東京五輪のスポンサーに名を連ねているからである。

 これまで、五輪のスポンサーは読売新聞1社が独占契約をおこなう交渉がつづいていたが、そのオフィシャルパートナー契約は少なくとも50億円といわれ、読売単独では巨額すぎた。
そのため日本新聞協会がスポンサー契約をする案が浮上したが、計130社が加盟する協会では足並みが揃うことはなかった。そこで新聞各社が個別契約することになり、2016年1月に「オフィシャルパートナー」として朝日新聞、日本経済新聞、毎日新聞、読売新聞東京本社の4社が契約を締結。
今年1月に「オフィシャルサポーター」として産経新聞社、北海道新聞社が新たに契約した。

 言論・メディア企業各社が東京五輪のスポンサーになることで、五輪の不祥事や問題点をきちんと報じることができるのか。
そうした懸念は当然のことだが、実際、大会組織委が報道に“圧力”をかけようとしたこともある。

森喜朗が五輪不祥事を報道した
東京新聞に「スポンサーから外せ」と圧力
 大会組織委は朝日、日経、毎日、読売の4社と契約した後、中日新聞、北海道新聞、西日本新聞などのブロック紙と交渉を進めてきたが、そうした最中に中日新聞東京本社が発行する東京新聞は新国立競技場の建設問題をはじめとして五輪絡みの不祥事を追及。
そのことに大会組織委会長の森喜朗が立腹し、契約交渉のなかで「東京新聞を外せ」と圧力をかけたのだ。
 この問題を取り上げた「週刊新潮」(新潮社)2016年4月14日号によると、森会長はこんな横やりを入れてきたという。

「今年2月、そろそろ正式に契約を結ぶという段になって、森さんは電通を通じてこんなことを言ってきたのです。
“中日新聞社のうち東京新聞は国立競技場問題などを批判的に書いてケシカラン。
組織委としては、五輪に批判的な東京新聞は外して、中日新聞とだけ契約したい”と」(「週刊新潮」より中日新聞関係者のコメント)
 しかも、森会長だけでなく大会組織委の武藤敏郎事務総長も「スポンサーが五輪を批判するのはおかしい」と発言したといい、こうした露骨な圧力を受けたことで中日新聞はスポンサーから撤退したと見られている。

だが、これは中日新聞に限った話ではない。
森会長や武藤事務総長の言動を見れば、スポンサーとなった新聞社はこのような大会組織委からの圧力に晒されているということが十分に考えられるからだ。

 五輪を大義名分にして国民に強いる“自己犠牲の精神”は、戦時体制をつくり上げた国家総動員の再来だ。にもかかわらず、新聞社が大会スポンサーに成り下がって“盛り上げ役”となり、その問題の根深さ、危険性に警鐘を鳴らして正面から批判できないのならば、戦争に加担した負の歴史と同じことを繰り返しているようなものだろう。
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2018年08月28日

【富田林署逃走】大阪府警の怠慢ぶり

【富田林署逃走】
大阪府民に危険な樋田容疑者を放った
「大阪府警の怠慢ぶり」は常軌を逸する
2018.08.23 Business Journal

文=粟野仁雄/ジャーナリスト

「皆様に多大な不安とご心配をかけ、大変申し訳なく思っている」
 大失態に大阪府警の広田耕一本部長は平身低頭だ。
猛暑でぼけているのか。

8月12日夜、強盗致傷や強制性交などの疑いで逮捕されていた樋田淳也容疑者(30)が、富田林署の留置所から逃走した。
所持品はゼロ。
自転車を盗んで羽曳野市に乗り捨て、その後、ミニバイクを盗んで大阪市内などで自転車の女性などからひったくりを繰り返していると見られたが、それらの動きが報じられるとパタリと動きが止まっている。
 盗んだとみられる女性の携帯電話を、移動するトラックの荷台に放り込むなど、攪乱作戦はなかなかのもの。

 府警は市民に顔写真入りの手配書を配布し、変装を想定した複数の種類の似顔絵をつくる一方、捜査員3000人体制を敷き加重逃走容疑などで捜査しているが8月23日現在、捕まっていない。
どこに潜んでいるのか。

 樋田容疑者は身長163センチと小柄なせいか、男はほとんど襲わず、夜間に女性を襲うことが多いので女性は特に要注意だ。
左足ふくらはぎにウサギが小槌を振り上げている姿の入れ墨がある。
兎年生まれ。
逃走時は黒のジャージに灰色のスウェットパンツだった。

 なんと、樋田容疑者は面会の際に面会者と拘留者を隔てる厚さ1センチのアクリル板を蹴飛ばして隙間をつくり、弾性を利用してすり抜けたとみられる。
スリッパを署にあったスニーカーに履き替え、脚立を使って裏の塀を乗り越える堂々たる逃走劇。
長い拘留で署の構造を知り尽くしていたようだが、お盆の日曜の夜で出勤者は少なく、署員は誰も気づかなかった。

 この日の面会者は弁護人で「接見」という。
一般の面会人のときは署員が立ち会うが、弁護人との接見では、立会人を置かない「秘密交通権」が刑事訴訟法で保証されている。
これは立ち合い署員から会話内容が捜査側へ漏れることを防ぐためで、いわば容疑者の権利擁護のものだ。
しかし「逃走の権利」まで与えてしまっては元も子もない。

弁護士は何も悪くない
 樋田容疑者は12日午後7時半頃から弁護人の接見を受けていた。
午後9時45分に面会時間が長いことを不審に思った署員が容疑者の姿がないことに気づいた。
弁護人は午後8時ごろに終了して帰っていた。
署が住民への登録制防犯メールで「男が逃走しました。
戸締りなど確実に行ってください」と注意喚起したのは翌13日午前6時半ごろ。
近所の年配女性は「しっかりしてもらわんと。警察はちょっと怠慢すぎるんとちゃう」と話し、子供を持つ若い母親は「怖くて子供を外で遊ばせられない」と怒る。

 接見を終了した弁護人が面会室を出るときにはブザーが鳴るが、耳障りなことから署員があらかじめ電池を抜いてしまっていた。
弁護人が署員に何も告げずに出て行ったことが不思議がられたが、その後の調べで、樋田容疑者に「署員には僕から言っておきますのでそのまま帰ってください」と言われていたことがわかった。
それもこの時の接見だけではなかった。
樋田容疑者は弁護人の退出後、どのくらいの時間で署員が来るのか、などを調べて計画的に脱走作戦を練っていたとみられる。

 こうした場合、弁護人の責任はどうなのか。
甲南大学大学院の園田寿教授はこう説明する。
「ネットなどで弁護人を批判する記事も見ますが、このケースではまったく責任はありません。
接見終了を知らせる義務はまったくないのです。
そのために大阪府警は全署にブザーを設置しています。
それを切っておいて逃げられたのなら100%警察の責任ですよ。
弁護人と共謀していたなら別ですが、極端に言えば、署内で逃走するのを見ていても通報義務はないのです。
これは一般の人も弁護人も変わりません」  

 新たな容疑内容も難しいという。
「署の施設を壊したりして逃げれば加重逃走罪になりますが、初めから外れていて、たとえば押せば開くようなアクリル板だったなら単純逃走罪にしかならない」(同)
 おそらく樋田容疑者はある時にアクリル板が外れていることを見つけ、チャンスをうかがっていたのだろう。
今回、留置管理官ら署員の人的な落ち度が際立つが、老朽化した警察署も多い。
簡単に外れるアクリル板など設備のチェックもしてもらいたい。

ニュースサイトで読む:
https://biz-journal.jp/2018/08/post_24521.html Copyright c Business Journal All Rights Reserved.
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2018年08月29日

"マジギレ"するか否かは2秒で判断せよ

"マジギレ"するか否かは
2秒で判断せよ
2018年8月28日 プレジデントオンライン

目上の人間から心ない言葉をぶつけられ、怒りを覚えるのだが、その場ではキレられず、後から怒りがふつふつと湧いてくる。
そんな経験はないだろうか。
だれであってもストレスを溜め込むのはよくない。
ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は「後で思い返して悔やむくらいなら、その場で上手にキレることをおぼえるべきだ」と指摘する。
その「キレ方」のポイントとは――。

■目下の人間が突然キレるとき
「いやぁ、飼い犬に手を噛まれた気分だよ」──これまでに何度か、そう嘆く知人たちの声を聞いたことがある。
何事かと尋ねてみると、部下や外注先の若者が「突然キレて、『あなたとはもう仕事をしたくない』とメールで一方的に通告してきた」というのだ。
とはいえ、このようなケースでは「いま手がけている業務、しかかりの仕事はきちんとやり遂げます。
でも、その後は一切手を引きますので、引き継げる方を用意しておいてください」などと冷静に書き添えてくる若者が多いとも聞く。
キレながらも、仕事を中途半端に投げ出すようなことはしない、というのが彼らの矜持なのだろう。

そうした、下っ端による「乱」だか「変」を受けて、エラい人はよく、次のようなセリフをのたまう。

「そんなに怒っていたなら、もっと早く言ってくれればいいのに」
「オレの対応がまずかったのであれば、そのときに指摘してほしかったよ」
「何度も打ち合わせなどで顔を合わせていたし、こちらに意見する機会はいくらでもあったはず。
どうして突然キレてくるのかねぇ」

こういうことを言っている時点で認識が間違っている。
下の人間がケツをまくり、まさかの大激怒メール、反逆メールを送るに至る背景には、長期に渡って蓄積された、さまざまな怒りが存在しているものだ。
そして上の人間による何かしらの言動が、ついに最後のボタンを押し、とうとう“キレメール”が送信されてしまったのである。

■フタをしてきた怒りの感情が噴出
「上司と部下」「発注者と受注者」といった上下関係が存在すると、上に立つ者は権限を握っているだけに、ときとしてパワハラまがいの発言をしたり、理不尽な押し付けをしたりすることがある。
そして下の者は「自分のほうが立場は弱いのだから、仕方がない」と思いながらも、モヤモヤした感情はなかなか拭い去れず、ストレスをじわじわと溜め続けていく。

そんな折、親しい人と飲む機会があり、愚痴をこぼしたところ「それってパワハラじゃない?」「そんな状況じゃ、いいかげんキレてもいいと思う」「なんでそんな仕事までやらされてるの? おかしいよ」といった言葉を返されたとしよう。
帰路、これまで一生懸命フタをしてきたモヤモヤとした思いが、先ほどの知人の言葉に刺激を受けて、次第に輪郭を明らかにしてくる。
これは「怒り」の感情だったのか──自分のなかで、改めて認識する。
自宅に着くころには、これまで受けてきたひどい仕打ちをいくつも思い出し、怒りは臨界点を超える寸前まで高まっているだろう。
そして頭に浮かんできたのが、直近で上の人間から言われたセリフ──「お前、なんでそんなこともできねぇんだよ」「いままで何やってきたんだよ。バカなの?」──である。
これが決定打だ。
「よくわかった。もう懲り懲りだ」「これ以上は耐えられない」「よし、腹をくくろう」と、怒りに震えながらも冷静に、冒頭にあるような絶縁メールを書くに至るのだ。

■相手を目に前にすると怒れない
過去にこうした絶縁連絡をしたことがある人から話を聞くと、「すっと、相手からの仕打ちを当たり前のこととして捉えて、耐えてきた。
だが、あるとき、過去の記憶を反芻していたら、その相手が関わることのすべてが一気にイヤになってしまった」といった心の動きを教えてくれることが多い。

共通するのは“自分でも気づかぬうちにストレスが蓄積されていて、気が付いたときにはすでに限界を迎えており、怒りの感情が抑えられない”という状態だ。
そしてこれも共通することなのだが、彼らはほぼ必ず「上役や発注者を目の前にすると、怒れない」「後から考えると理不尽なことでも、言われたり、されたりした瞬間はひとまず受け入れてしまう」というのである。

「エラい人が私の不備を挙げ連ねているのだから、その場では相手のほうが正しいと思ってしまう。
でも、家に帰ってから思い返すと『やはり相手のほうがおかしいのではないか』と考えてしまい、悶々とする。
そうして怒りのぶつけ先がないまま過ごし、1週間くらいしてまたその人に会ったときは、業務に関する指示を受けたりするだけで終わってしまう。
結局、前回の怒りをぶつける機会もないまま、惰性で仕事を続けてしまったんです」

■激怒の後に重要なのは
              周囲への根回し
日本人特有なのかどうかはわからないが、面と向かって怒れないという人は意外と多い。
一方、私はといえば、腹が立ったらその場で激怒して「もうおめぇとの縁は切るわ。付き合いきれんわ、ボケ」と平気で言える人間である。
喫茶店などにいた場合は、自分の飲んだコーヒー代だけをテーブルに残し、何のためらいもなくその場を立ち去る。
その後どうなろうが、知ったことではない。
「もうこいつと一生付き合わない」と決断したことがもっとも重要なので、家に帰ってから、自分に落ち度がなかったかなどをいちいち検証することもない。

私が相手の目の前で激怒する状態に至るのは、こちらが怒ることに正当性があると判断できた場合のみだ。
事後に考えるのは、自分がどれほどひどい仕打ちを受けたかを周囲に伝え、その人物と縁を切ったことをいかに周知するか、という点だけである。

だれかとの関係が修復不可能なものになった場合、面倒なのは「共通の知り合い」といった人が余計な詮索をしてしまうことだ。
とくに男女でこのような衝突があった場合、2人にはいわゆる“男と女の関係”があり、痴情のもつれから仲違いに至ったのではと邪推する向きも出てきてしまう。

そのため私は、キレた後は電光石火のごとく、重要な共通の知人に対して「実はこれまで、数々の理不尽な仕打ちを受けてきたんです。
○○さんと縁を切ったのは、その結果にすぎません」と伝えるようにしている。
真相を周囲に伝え、少しでも味方を多くつくっておくことが、余計な詮索や邪推を回避するには非常に重要なのだ。

■本気で怒るときほど理詰めで
私のように怒るべきタイミングで素直に怒ることができる人はともかく、なかなか怒ることができず、怒りの感情を溜め込んでしまう人は、一体どうすればよいのだろうか。
「後から来る怒り」のジレンマから抜け出し、その場で怒りを爆発させるには、ちょっとしたコツがある。
それは「本気で怒るときほど感情的にならない」ということだ。
逆説的に聞こえるかもしれないが、怒るときは「とにかく理詰めで」ということに尽きる。

怒るかどうかを判断する際に重要なのは、以下のポイントである。
4つあれば十分だ。
そのうえで「よし、いまから怒りを噴出させてやる」と冷静に決断し、激怒する。

【1】怒るに値する酷い仕打ちをこれまでに受け続けてきた。証拠もある。
【2】自分がここで激怒しても、共通の知人は自分に分があることをわかってくれる。
【3】自分は滅多なことでは怒らない人間であることを、共通の知人は知っている。
【4】目の前にいるこの人間と縁が切れても生活に支障はない。
【5】共通の知人は、この人物に横暴な面やパワハラ気質があることを知っている。
【6】この人物とこれからも付き合うことこそ、ストレスの元凶になると判断できる。

■怒りの導火線に
火を付けるまでの所要時間は2秒
もうひとつ重要なのは、相手から何かキツいことを言われたときに「えっ?」と面食らうことなく、「なぬ!」と正面から受け止めて、怒りの導火線に即座に火をつけることである。
決して難しくはない。
相手の発言に感情的に反応してしまうから「えっ?」と怯んでしまうのであって、冷静さを失わなければ「はい、来た」と受け止めることができるはずだ。
ビビる必要はまったくない。

「なぬ!」から導火線に着火するまでの間は2秒程度でよいだろう。
その間に上記【1】〜【6】を素早く判断し、即座にキレて、相手に絶縁宣言をするのである。
あとは、本来もらうべき報酬などをキチンと回収するまで、淡々とやり取りを続ければよい。

たぶん、これはクレーマー対策やモンスタークライアント対策などでも使えるテクニックだろう。
理不尽な要求をしつづける人物は、意識的にしろ無意識的にしろ、こちらのことを甘く見ている。
そうした連中には、冷静かつ毅然とした態度がいちばん効くものだ。

それまで自分に対してペコペコしたり、唯々諾々と従ってくれたりした人間が、いきなり「わかりました。ならば、もう御社との付き合いは終わりにしましょう。
とりあえず、今月分までの仕事はさせていただきますが、来月からはナシということでよろしくお願いします」と反旗を翻すのだから、これは効く。

■ある広告代理店の担当者にキレた話
大切なのは心の準備である。
「もしも今日、理不尽なことを言われたらそこで私はキレる」と覚悟を決めるのだ。
心の準備をしておけば、案外すんなりと激怒することができる。
ときには部下を守るために、瞬間湯沸かし器のごとく激怒することも必要だ。

私は大学の同級生でもある女性(Y嬢)と2人で編集プロダクション的な会社を経営しているが、彼女に対して失礼なことを言う大企業の人間がときおり出てくる。
いまだに「大企業=エラい、中小企業=見下すべき対象」と考えている人間がいるのだ。
決して数は多くないが、これまでの経験的にいうと、数年に一度くらいの頻度で出現する。

とある大手広告代理店と仕事をしたときのことだ。
我々は広告用の原稿執筆を受注し、Y嬢が窓口となって代理店の営業担当とやり取りしていた。
そして、提出した原稿に対し、修正指示を受けた。
それ自体はよくあることだが、その担当者は余計なことまで口にしだしたのだ。

■罵詈雑言が終わらない
「なんで、オタクは○○社(クライアント)のことをこうも理解できないのかね。
日々、○○社に通って先方のことをよく理解している私が、これまでさんざん説明してきたのに、なんで原稿に“安全への配慮をやり尽くしてきた○○社”なんて文章が入るの?
 あのね、○○社の取り組みに“やり尽くす”なんて状況はないの。
○○社はこれからも“やり続ける”の。
“やり尽くす”だったら、もうこれからの進化がないでしょうよ。エッ!
 オタクが出してきたその軽率な文章がね、私がこれまで○○社に対して粉骨砕身、忠誠を尽くして積み上げてきた実績を一瞬でパーにするかもしれないんだよ?」

それまでも鼻持ちならない態度をとることが多い担当者だったが、いざ文句を言い始めたら堰を切ったように「オマエらは無能である」と罵ってきた。
というか、別に“作品”をつくっているわけでもなく、販促物をつくっているのだから、進行管理者たる彼の判断で自ら修正・調整を施せばいいのだ。
その後「やり尽くしてきた」はNGワードであることを、我々に淡々とメールで説明すれば済む話である。
少なくとも、妙な信用問題を持ち出して、ツベコベ文句を言う必要はないと考えるが、彼の話は止まらない。

「オタクみたいな仕事ができない2人ぼっちの会社に任せた結果、もしもウチがアカウント(ざっくり言えば「取引先」のこと)を失うようなことになったらどうするの?
 だいたい、オタクはあんまり○○社の人の前でも笑ったりしないしさ。
こうやって原稿も稚拙だしさ。
とにかく○○社のことを、私ほどとは言わないまでも、ちゃんと学んでよ。
頼むからさ、ハァ……(ため息)」

■「零細企業だからって、バカにするな」
すでに原稿はすべてフィックスし、あとは掲載を待つばかりとなっていた。
つまり、我々の業務はすでに終了している状況だった。
「やり尽くしてきた」という表現を「やり続ける」に変更する作業も終わっている。

Y嬢はこの営業担当の発言を私に淡々と伝え、「変な人だね」と軽く愚痴る程度で流そうとしていた。
もう納品が済んだ案件だし、相手の発言は自分が飲み込めばいい……そんな雰囲気だった。
その姿を前に、私はこの担当者と縁を切ることを決めた。
大切な我が社の社員がそこまでヒドいことを言われて、上司として黙っていられるわけがない。
私はすぐにその担当者に電話をし、こう伝えた。
「ウチの社員にずいぶんとヒドいことを言ってくれたそうじゃないですか。
オレらが零細企業だからって、バカにしないでほしいんですけど。
正直、彼女は優秀ですよ。
たぶんアンタより仕事できますよ」
「もうオタクとは仕事したくないんで、今回で終わりです。
客先で笑わない? はぁ? それなら“笑い女”でも“笑い男”でも、なんでもいいからバイトで雇って、会議に連れていけばいいんじゃないですか? 
もう付き合いきれないです。
さようなら。カネだけは事前に決めた額をちゃんと払ってくださいね」

■「目先の売上」より「心の平穏」
その営業担当の筋の悪さは事前に聞いていたので、私も上司として、いつ相手に怒るべきかタイミングを計っていたところがある。
要は、心の準備がすでにできていた。
その絶縁宣言以後、Y嬢はストレスフルなやり取りから解放され、のびのびと仕事に取り組めるようになった。
毎月数十万円の売上が見込める案件を失ったのは事実だが、そんなことよりも心の平穏のほうがはるかに大切である。
「冷静に、かつ適切に怒る」ことは、穏やかな生活を送るために必要な、処世術のひとつといえるだろう。

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」

・それまで従順だった目下の人間が突然キレてきたとき、「飼い犬に噛まれた気分」などと言っているようでは認識が甘い。目上の人間として、相手の感情を慮れなかった自分が悪いと思え。
・目上の存在から日常的にパワハラを受けている人は、自分の感情にフタをすることがクセになっている。もっと自分の感情に素直になって構わない。
・本気でキレるときほど感情的にならず、周到に計算して、冷静にキレるべし。
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中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973年東京都生まれ。
ネットニュース編集者/PRプランナー。
1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。
博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。
2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。
著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。
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2018年08月30日

「信教の自由」を盾に開き直る宗教界への疑問

「信教の自由」を盾に開き直る
宗教界への疑問
収支はひた隠し、労務管理もずさんそのもの
2018/08/27 東洋経済

風間 直樹 : 東洋経済 記者

日本の宗教界が、曲がり角に立っている。
文化庁の『宗教年鑑』によれば、国内宗教法人の信者数(公称)の総数は過去10年で12%減。
信者数の絶対値は減り続けている。
それでも、宗教法人は侮れない力を依然として持つ。

税制優遇という強力な”特権”が付与されているほか、財務諸表などの情報開示が求められないこともある。
富の蓄積を容易にするその力をテコに、巨大施設の建設や美術品の購入、政治活動を行ってきた。

『週刊東洋経済』は8月27日発売号(9月1日号)で、「宗教 カネと権力」を特集。
創価学会、幸福の科学、真如苑、ワールドメイトなど注目教団のマネーから人事まで、厚いベールに包まれた実像に迫っている。

さまざまな税制優遇を享受しているのに…
現在、ほとんどの宗教法人は毎年の収入すら開示していない。
宗教法人は税法上、「公益法人等」という立場で、さまざまな税制優遇を享受している。
お布施や寄付など宗教活動で得たおカネは原則非課税で、不動産賃貸など収益事業に関しても通常より税率が低い。
宗教法人は高い倫理観から不正経理など行わないという性善説に立っているためだ。

だが現実には修正申告は少なくなく、悪質な所得隠しを行っているケースもある。
税逃れ狙いによる宗教法人売買では反社会的勢力も暗躍している。

オウム真理教による無差別テロ事件をきっかけに、1995年に宗教法人法の改正が行われた。
改正法では、収益事業を行っているか、年間収入が8000万円を超えている場合、毎年収支報告書を作成し、所轄庁に提出することが義務化された。
宗教法人が所轄庁に届け出た財務諸表の写しは行政文書となる。
そこで『週刊東洋経済』編集部は今年6月、文化庁あてに複数の宗教法人から提出された財務諸表の開示を求める請求を行った。
翌月、文化庁から届いた決定通知書は請求文書の存否も含めてすべて不開示とするというものだった。
現在、文化庁長官に不開示決定への不服審査請求を行っている。
不服審査請求を受けた省庁は、総務省の情報公開・個人情報保護審査会に諮問する。
審査会は第三者的立場から公正かつ中立的に調査審議し答申を行う。

実はこれまでも『週刊東洋経済』編集部と同様の審査請求が文化庁宛てに複数回行われており、審査会ではそのたびに「存否を明らかにしないで開示請求を拒否した決定は取り消すべき」との答申を出している。

「付言」がなされても…
審査会が対象文書の提示を要求(インカメラ審理)しても免れようとする文化庁の対応に、
「法の理解に重大な問題がある」
「今後は法の趣旨に則って適切な対応をすることが強く望まれる」などと異例の「付言」がなされたこともあった。
ところが「付言」がなされたケースで文化庁は、新たな不開示の理由を示すことなく、再度不開示と、答申と異なる決定をしている。

文化庁宗務課長は宗教法人審議会で「信教の自由を妨げることのないように慎重に取り扱う必要がある」ためと説明している。
答申に法的拘束力はないが、「答申と異なる決定を諮問庁がすることは極めて例外的」(総務省)だ。
実際、2015年度に審査会に諮問し決定等を行った922件のうち、審査会の答申と異なる決定をしたのはたった1件だった。

行政介入を避けるべきと
いうなら情報公開を徹底すべし
制度に詳しい特定NPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長は、「存否応答拒否が許されるのは、警察の捜査情報や自衛隊の防衛機密などに限られる。
宗教法人の財務諸表が同等とは思えない」と話す。

信教の自由の尊重から行政の宗教介入は避けるべきというなら、「より情報公開を徹底し社会的監視に委ねる道を探るべきだ」と指摘する。
情報が閉ざされた結果、次のようなことも起こっている。
関係者によれば、都内のある寺院は10年間まったく同じ数字の財務諸表を提出しているが、何の指摘も受けていないという。

行政は宗教介入に当たるからと基本的なチェックも行わないのである。
宗教法人の決算業務にかかわった別の税理士法人関係者は、「非課税の宗教行為と課税対象の収益事業の財布も分けておらず、まさにどんぶり勘定。
これで通用するとは信じられなかった」と振り返る。

僧侶で税理士の上田二郎氏は、「この実態が明らかになれば財務諸表の公表を求める声はより強まるだろう。
優遇税制も疑問視されかねない。
宗教法人の大学などで経営・税務を教育するなど早急な対応が必要だ」と語る。

一般社会の常識が通用してこなかったのは、「働き方」「働かせ方」においても同じだ。
「給与明細を見て、あれだけ働いたのに残業代がないのはなぜだろうと思ったのがきっかけだった」。
真宗大谷派(本山・東本願寺、京都市)で僧侶として働いていた水田悟志さん(39歳、仮名)は振り返る。

月の残業時間は
最大130時間を超えていた
水田さんは2013年4月から本山境内にある研修宿泊施設で門信徒の世話役である「補導」として働き始めた。
朝のお勤め前の6時半すぎには出勤し、夜は22時過ぎになることもザラだったという。
とりわけ繁忙を極めたのが、子供や学生の奉仕団がやってくる夏休み期間中だ。
「残業時間は最大で130時間を超えていた」(水田さん)。

水田さんは仏門に入る前、民間企業で5年、本山の補導となる前は、宗派教務所で事務職として働いていた。
「企業ではもちろん、教務所でも残業代は支払われた。
本山でも事務職には残業代が支払われるのに、勤務時間が長い補導には支給されないのは納得できなかった」(水田さん)。

水田さんは同僚と地域労働組合に加盟し、2015年秋から団体交渉を行った。
真宗大谷派側は残業代不払いのみならず、労働時間を把握してないことや、補導については残業代を支払わないという違法な覚書を40年以上前に職員組合と締結して更新し続けてきたことを認めた。

ただ団交の席上、直属の上司は水田さんにこう言い放ったという。
「宗教心があればこんな訴えは起こさない」
「同じ環境で働いてきた人が多くいるのに、おかしな訴えを起こすのはあなたが初めてだ」。
こうした言葉が象徴するように、僧侶は出家して仏門に入れば俗世とは離れるので、その活動は「修行」であり「労働」ではないという考えが仏教界に根強く残る。
ほかの宗教でも同様だ。

「宗教法人には労務管理という意識がなく、労働法の知識が乏しいのが実情だった」(僧侶で宗教法人法務に詳しい本間久雄弁護士)。

相応の給料を受け取っていれば労働者
僧侶をはじめとする聖職者の労働者性について厚生労働省は「宗教関連事業の特殊性を十分配慮すること」との通達を出している。
具体的な判断基準によれば、寺院の指揮命令によって業務を行い、相応の給与を受け取っていれば労働者として扱われる。
聖職者といえど同じ人間。

心身に悪影響が及ぶほどの無茶な働かせ方や、
人権を無視した扱いが許されていいワケはない
世界遺産・高野山(和歌山県高野町)の寺院に勤める40代の男性僧侶が、連続勤務でうつ病を発症したとして、昨年10月に労災認定されている。
また宗教上の地位の剥奪である「破門」についても、不当な「解雇」との争いについて、裁判所は昨年、破門に正当な理由はないとする仮処分決定を出している。
こうした労働問題と並んで宗教界を揺さぶる世俗からの波が、厚生年金の未加入問題だ。

2015年ごろから日本年金機構は寺院に厚生年金の加入を迫るようになった。
法人税法上、住職が宗教法人から受け取る金銭は、現物を含めて役員報酬に該当するため、社会保険の加入対象となると判断されたためだ。
「宗教界は生涯現役を理由に反発するが、中小・零細企業の社長の多くは社会保険に加入している。
宗教界だけが特別との主張は通らないだろう」と、前出の僧侶で税理士の上田氏は話す。

個々の是非はともかく、法令順守という世俗のルールが宗教界にも序々に浸透しているのは間違いない。
情報開示への消極姿勢も、やがて変革を迫られるだろう。
信教の自由を守ることは、宗教法人の既得権益を守ることと同義ではない。
公益性と性善説について国民的合意を得るためにも、世俗のルールとの調和を目指した自己改革が望まれる。
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2018年08月31日

自民が総裁選報道で要請 介入の前に公平な選挙を

自民が総裁選報道で要請 
介入の前に公平な選挙を
毎日新聞「社説」2018年8月30日 

 自民党が9月の党総裁選について新聞・通信各社に「公平・公正な報道」を求める文書を配った。
具体的に細かく注文をつける驚くような内容だ。
直ちに撤回すべきである。

 党総裁選管理委員会の野田毅委員長名で配布した文書は、候補者のインタビューや取材記事、写真の掲載に関して、内容や掲載面積など「必ず各候補者を平等・公平に」扱うよう要請。
各候補者のインタビューの掲載日が異なる場合には別の候補者の名も載せろとまで書いてある。

 2014年の衆院選の際、自民党は安倍晋三首相の意向を踏まえ、放送局に対して関連番組のゲストやテーマ選び、街の声の扱い方など詳細に項目を挙げて公正な報道を求める文書を出したことがあった。

 当時も前代未聞の報道圧力だと批判を浴びたが、公職選挙法の対象外である政党の代表選びで、一体、何を根拠に自民党は「公平・公正」を求めているのだろうか。
 無論、首相選びとなる総裁選は国民全体にとって重要だ。
だがそれはメディアが自律的に報じるもので、政党が注文をつける理由はない。

 今回の総裁選では、石破茂元幹事長が求めていた政策テーマごとの討論会は見送られた。
安倍氏は記者会見を含め質問に答える形式は極力避けたい考えと見られる。
見送りはその意向を受けてのことであり、選挙戦の運営自体が安倍氏に有利で不平等ではないかとの疑問は拭えない。

 そんな中、安倍政治に批判的な石破氏は既に連日のように記者会見を続け、それが報じられている。
こうした報道が不平等だと言うのか。
だとすれば石破氏の言動やメディア露出を封じるのが狙いなのだろうか。

 しかも安倍氏は現職の首相だ。
総裁選の期間中、安倍氏は首相としてロシアを訪問する予定となっている。
では、これを大きく報じるのは不平等とはならないのか。
 安倍氏はこれまでも自分に理解を示す新聞やテレビを選別してインタビューなどに応じる一方、批判的なメディアは敵視する姿勢をむき出しにしてきた。
にもかかわらず、新聞報道には平等を求めるのは明らかに矛盾している。

 これでは国民の理解も進まない。介入するよりも、党自らが討論会などの回数を増やすのが先である。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☁ | Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする