大氾濫を引き起こした
異常放水の主因は「初動の遅れ」
西日本豪雨災害は明らかに「人災」だ
2018/08/02 HARBOR BUSINESS(横田一)
◆昭和47年の水害のときから
高梁川流域では囁かれていた「ダム起因説」
「昭和47年(1972年)の大水害でも今回と同じように高梁川沿いの一帯が水没、その時も『ダムが原因ではないか』という話が出て被災者が訴訟を起こしたと聞いています。
敗訴したそうですが」
こう話すのは、河本ダム下流の高梁川沿いでホテルを経営する金海偵子さん(高梁市在住)。
今回の豪雨災害でホテルと隣の自宅とアパートの一階が浸水したが、その時の様子は「もう放水はしないでくれ 水没の街にみたダム行政の“限界”(西日本豪雨)」(7月16日放送のFNN「報道プライムサンデー」)が実況中継していた。
取材スタッフがダムの異常放水時に金海さん経営のホテルに一時避難し、急激な床上浸水に遭遇していたのだ。
「その記者の方は後日、大学教授とホテルにいらして窓に残った三本線を撮影、『ダム放水量が上がるごとに水位が上昇し、跡として残ったのだろう』と解説していました」(金海さん)。
「上流のダムからの異常放水で高梁川が水位上昇、下流の洪水被害を招いた」ということを示唆する物的証拠が残っていたのだ。
とすれば、45年ぶりに再びダム訴訟が起きても不思議ではない。
原告となる可能性があるのは、金海さんら高梁市民だけではない。
堤防決壊で街全体が水没、死者50人の犠牲者を出した倉敷市真備町地区の被災者が集団提訴に踏み切ることも十分に考えられる。
矢面に立たされることになりそうな「河本ダム」(新見市)は今回の記録的豪雨で平時の75倍も異常放水、その時間帯に下流の倉敷市真備町地区の堤防が決壊したことから「豪雨災害の原因(元凶)か」と疑われている(「死者50人を出した倉敷市真備地区の被害の要因!? 高梁川上流・河本ダムの『異常放水』」記事参照)。
◆27時間の「初動の遅れ」が
致命的なミスだった
こうした見方に対して、ダム管理者の岡山県高梁川統合管理事務所は「ダム決壊を避けるために異常放水は仕方なかった」(森本光信・総統轄参事官)と反論する。
「異常放水をせずにダムが満杯になると、ダム決壊で大被害の恐れがあった」というわけなのだが、「放水量の推移」と「貯水率(ダム貯水量/最大貯水量)」に注目すると、自らの職務怠慢を棚に上げた言逃れであることがすぐ分かる。
気象庁が「記録的豪雨の恐れ」という警報を発したのは7月5日14時で貯水率は満杯に近い「約8割」だった。
しかし、放水量(平時は毎秒10トン)を増やしたのは27時間も後の6日17時。
「初動の遅れ」とはこのことだ。
ダムをできるだけ空に近づけるために、すぐに下流が氾濫しない範囲内の最大放水量にまで上げておく必要があったのだ。
迫り来る大雨に備え、貯水率をできる限り下げる緊急対応を開始、ダムの治水機能を十分に発揮できるようにしなければならなかった。
この「27時間のロス」が致命的な事態を招いた。
気象庁の警報通りの、記録的豪雨が襲って来た時には貯水率は約8割のまま。
遅ればせながら放水量増加を始めたものの、6時間後の6日23時には満杯となってしまって治水(貯水)機能を喪失、ダム流入量をそのまま放水する状態(「異常洪水時防災操作」)となってしまった。
その結果、平時の60倍以上の異常放水が10時間以上も続いた。
下流の真備町地区の堤防が決壊したのは、治水機能喪失から2時間半後の7日1時半。
準備不足で最大治水機能の2割(5分の1)しか発揮できず、下流域の住民の生命財産を守ることができなかったは明らかなのだ。
◆無為無策の27時間を過ごした
安倍首相と石井国交大臣
「国民の生命財産を守る」が口癖の安倍首相はこの時、すぐに非常災害対策本部を立ち上げて「放水量増加によるダムの貯水量低減」を指示すべきだった。
しかし実際には、無為無策の「27時間」を過ごした。
気象庁の警報が出てから6時間半後の7月5日20時半、自民党国会議員との飲み会「赤坂自民亭」に出席。
21時すぎ、記者に「和気あいあいでよかった」と答えて私邸に戻った。
5日夜の赤坂自民亭への出席をキャンセルしてすぐに非常災害本部を設置、「ダム放水量増加=貯水率低減」を指示していれば、氾濫被害を回避あるいは低減できたに違いない。
しかし、非常災害対策本部が設置されたのは警報から66時間後、真備町地区が水没した後の8日8時。
リスクを先読みする危機管理能力が皆無に等しいことを露呈したのだ。
しかも安倍首相の号令を受けて、非常災害対策本部で先頭に立つべき石井啓一国交大臣は6日、カジノ実施法案の審議に6時間張りついた。
ダム管理の最高責任者である石井大臣も安倍首相と同様、豪雨災害対応に集中する代わりにカジノ法案を優先、豪雨被害低減が可能だった27時間を浪費した。
この安倍首相と石井国交大臣の職務怠慢こそ、西日本豪雨災害を拡大させた原因になったと言っても過言ではない。
初動の遅れ(職務怠慢)による豪雨被害拡大を認めようとしない安倍首相は、日本国民の生命財産を守る重責を担う最高権力者としての資質を欠いているのではないか。
今回の西日本豪雨災害を受けて「防災省」創設を提唱している石破茂・元地方創生大臣との差が際立って見える。
<取材・文/横田一> ジャーナリスト。
小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」に関する発言をまとめた『黙って寝てはいられない』(小泉純一郎/談、吉原毅/編)に編集協力。
その他『検証・小池都政』(緑風出版)など著書多数