2018年09月11日

経営ノウハウがない歯科医の末路 開業して念願だった「城主」が転落するワケ

経営ノウハウがない歯科医の末路
開業して念願だった「城主」が転落するワケ
2018/09/10 AERAdot.(若林健史)

歯科医院の数はコンビニの数より多いといわれ、全歯科医師の約6割は開業医(診療所の開設者または法人の代表者)です。
なぜ歯科医はこれほど開業者の数が多いのでしょうか?
 歯科治療と経営手腕は別のものなのでしょうか?
 テレビなどでおなじみの歯周病専門医、若林健史歯科医師に聞きました。
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 厚生労働省の最新の調査(2016年12月31日時点)では全国の歯科医師の数は10万4533人、うち診療所の開設者または法人の代表者は5万9482人で、全歯科医師の約56.9%を占める計算になります。
開業の時期はさまざまですが、歯科医院の院長になる歯科医師がもっとも多いということになります。

 なぜ開業する歯科医が多いのでしょうか。
歯科医は医師と違い、勤務する職場が少ないということもあります。
医師は、複数の診療科がある病院などに勤務し、ほかの医師や医療スタッフと連携しながら診療をおこないます。
これに対して歯科医は歯科助手などのサポートは必要であるものの、やろうと思えば(後述のように、実際には1人でやるのは難しいですが)1人でも診療が可能です。
 しかし、職場の問題以上に、歯科医は「一国一城の主になりたい」という気持ちが強い人が多いからだと思います。

 歯科医師の多くは歯学部を卒業後、主に歯科医院に勤務しながら技術を磨きますが、仕事をしているうちに、「この歯科医院では使っていない材料で、さらに高度な治療がしたい」など、やりたいことがでてくるものなのです。
 もっとも以前は3〜5年で開業するケースが多かったのですが、近年は、徐々に開業までの期間が長くなっています。
歯科の治療が複雑かつ専門化してきて、開業までに学ばなければならないことが多くなってきたためです。

 しかし、実際に開業するとなると、大変です。
歯学部では歯の治療の仕方は学べますが、経営のノウハウは教えてもらえません。
勤務先の歯科医院でも院長は経営や収入がいくらあるかなんて、教えてくれませんからね。

 私も開業の際には人並みに苦労しました。
当時、叔父が経営している歯科医院に勤務していたのですが、「そろそろ、開業したい」というと、「じゃあ、銀行でお金を借りなさい」といわれ、「???」。
 恥ずかしながら銀行はお金を貯金するところであって、お金を借りる場所だなんて、よく知らなかったんです。

 銀行で最初は冷たくあしらわれ、何軒目かで、ようやく話を聞いてもらうことができました。
自分の理想とする歯科医院コンセプトを熱く語ったところ、担当の人から、 「そういう歯科医院がなくて探していた」  その人は歯周病に悩んでいて、専門の歯科医院を探していたそうです。

 自信を持って立ち上げた医院でしたが、開業当初は患者さんが本当に来てくれるのか、不安がありました。
 最近では新規開業をサポートする業者があり、お金を払えばホームページの作成や内覧会の実施、チラシ配布などをやってくれるようになりました。
読者のみなさんも新規開業の歯科医院がのぼりを立てていたり、歯ブラシを配ったりしていてもらったことがあるでしょう。こうした業者はすごく繁盛していると聞きます。
開業は歯科医の夢ですが、歯科医院の数が多い現在、競争も大変だということです。

■治療の腕前と経営手段は別物?  
さて、読者のみなさんにとっての関心事は何より、経営手腕と歯科医師としての腕は別物なのかどうかという点だと思います。
 これはどちらともいえませんが、腕さえよければやっていけるかというと、それは難しいと思います。
 なぜなら、歯科治療には家賃、水道光熱費、人件費だけでなく、材料費、歯科技工士に補綴(ほてつ)物(かぶせものや入れ歯など)を作ってもらうための技工料など、その他にも高額なコストがかかります。
お金が入ってこないと患者さんにしてあげたい治療が、できないからです。
 そうした意味では、スタッフが極端に少ない、例えば歯科医師が1人だけですべてをこなしている歯科医院がありますが、これは患者さんにとっては不親切であると思います。

 狭い口の中に器具を入れ、歯や歯ぐきを的確に治療、処置するためにはこまやかな作業が必要で、視野を確保するためには舌をよけたり、バキュームという器具で唾液を吸い取ったり、むし歯で歯を削るときに水を吸い取ったりする作業が必要です。
 通常はこの作業を歯科衛生士や歯科助手がおこない、歯科医師は治療に専念します。
歯科医師が1人でやろうとすることは不可能ではありませんが、手は2本しかないので、治療のクオリティーを保つのは難しく、時間もかかってしまいます。
「時間をかけてていねいにやってくれる」と患者さんは思うかもしれませんが、1人だからこそ時間がかかってしまうのです。  つまり、腕とともにある程度の経営手腕は必要だということです。
信念を持ち、1人で一生懸命やってクオリティーの高い治療をしておられる歯科医師も知っていますが、患者さんのためには歯科助手がいたほうがいいのかなと思います。

 もちろん、経営第一主義ではいけません。
利益を第一に考えてしまうとコストのかからない質の悪い歯科材料を使ったり、時間効率を考えるあまりに、処置を流れ作業で進めていく、という事態にもなりかねません。
 ただし、どのような歯科医院が経営第一主義なのかは、見た目ではわかりづらいのです。
 例えば自費診療の歯科医院、具体的にはインプラントや審美歯科は一等地の新しいビルの中にあることが多く、いかにももうかっている印象を受けるかもしれませんが、治療にコストがかかるので出ていく経費も多いのです。
さらにていねいなカウンセリングをおこなえばおこなうほど、利益が少なくなるので、むしろ、経営に苦労しているところは多いです。

 高級レストランは高いけれどさまざまな経費がかかる。それよりも安くて1日1000杯出るラーメン屋のほうが、ある意味もうかる。
これは歯科医院にもあてはまるかもしれません。
 良心のある歯科医師は、いい料理を提供したいという思いとコストの問題で、日々、悩んでいるのです。

若林健史(わかばやし・けんじ)
歯科医師。若林歯科医院院長。
1982年、日本大学松戸歯学部卒業。
89年、東京都渋谷区代官山にて開業。
2014年、代官山から恵比寿南に移転。
日本大学客員教授、日本歯周病学会理事、日本臨床歯周病学会副理事長を務める。
歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☔ | Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする