2019年01月11日

痴漢や万引き犯の意外な「実態」

痴漢や万引き犯の意外な「実態」
2019年1月10日 Wedge

『万引き依存症』『男が痴漢になる理由』
斉藤章佳氏インタビュー
本多カツヒロ (ライター)

「痴漢をはじめとする性犯罪の加害者は、非モテで性欲の塊のような男」。
「万引き犯は、生活に困窮した老人」……
世の中には犯罪者に対するステレオタイプなイメージが存在する。
実際のかれらの素顔とはどんなものなのか?

 痴漢や万引きを繰り返す人々のなかには行為・プロセス依存にあてはまる依存症の人たちもいる。
かれらの治療に長年携わり、『万引き依存症』『男が痴漢になる理由』(共にイースト・プレス)を上梓した精神保健福祉士、社会福祉士で大森榎本クリニックの斉藤章佳氏に、痴漢や万引きを繰り返しやめられない人の実態や犯行に至るメカニズムなどについて話を聞いた。
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――痴漢や盗撮、万引きを繰り返す人たちの治療をされています。どんな患者さんが多いのでしょうか?

斉藤
世間では性犯罪加害者について共有されているイメージがあります。
たとえば、痴漢はモテない、女性に相手にされない男性、性欲の強い男性といったイメージです。
しかし、クリニックに通う患者さんたちはまったく違います。

痴漢の場合、一番典型的なのは、四大卒の既婚者で子どももいる会社員です。
盗撮はさらに大卒の割合が高くなる傾向があります。

万引きにしても、年金で細々と生活している高齢者が困窮しやむなくといったイメージがあるかもしれませんが、実は患者さんの7割が女性で、その中の大半が65歳以上の生活レベルが普通より上の人が多い。
ですから、治療対象となる窃盗癖のある人は貧困や転売目的で万引きを繰り返しているわけではありませんし、犯行時にはしっかりと商品を買えるだけのお金を所持しています。

そして執行猶予期間中の再犯など、重大な法的リスクがあるにもかかわらず対象行為に及びます。
この不合理性がこの問題の本質で、それまで万引きとは無縁の人生を送ってきた人たちばかりです。

 性犯罪については、これまで1600人をこえる加害者の再発防止プログラムに携わってきました。
世間の痴漢や万引き依存症者に対し、共有されているイメージと実態があまりにかけ離れているので、この2冊を通してそのイメージを覆したかったのです。
 また、特に性犯罪は加害者像だけでなく被害者像も実際と大きくかけ離れており、それがセカンドレイプの温床にもなっています。
たとえば痴漢にあった女性に対し、派手で露出が多い服装だから狙われたんだ、隙が多いからや被害者から誘っていたんじゃないか、などといった誹謗中傷です。
実際には、痴漢加害者は逮捕されないことが最も重要なので、そうした女性ではなく、警察に訴えでない泣き寝入りしそうなおとなしい女性を狙います。

――はたから見れば、痴漢の場合、既婚で正規雇用、万引きの場合でも生活に困っているわけではないと一見幸せそうな人生を歩んでいるように見えます。
どうして彼らは犯罪に走るのでしょうか?

斉藤
両者ともに共通しているのは過度なストレスです。
誰もが抱えるストレスによって罪を繰り返すことに非難があるのはわかりますが、患者さんたちはシンプルにそう答えるのです。
 痴漢を繰り返す患者さんの場合、自分を抑えながら自宅や会社では従順な夫や社員を演じ、日々の生活を送るなかで、唯一匿名性の高い満員電車のなかだけがストレスを発散できる場所、となっていることが多い。

痴漢をすることで弱い者をいじめ、ある種の優越感や達成感を味わえる。
痴漢には他にも支配欲求や征服感、男性性の確認、ゲーム感覚やレジャー感覚など複合的な快楽が凝縮されています。
こうした快楽は、日常生活ではなかなか味わえないので耽溺してしまう。
 それこそ朝起きてから夜寝るまでの間、彼らはどの路線で痴漢をしようか、警察にマークされていたら、逮捕されたらどうしようかなど考え、痴漢がもはや「生きがい」になっているのです。

――痴漢などの性犯罪について、アダルトコンテンツの影響を指摘する声を耳にすることもありますが、患者さんたちを見ていてその影響はどうでしょうか?

斉藤
痴漢にしても、盗撮にしてもアダルトコンテンツに影響されて始めてしまった人は全体の1割程度しかいません。
ただ、問題行動を繰り返すなかで、そうしたコンテンツが本人の認知の歪みを強化する要因や再発時の引き金には確実になっています。

――万引きの場合は、さまざまなストレスがあるなかでも具体的にどのようなものが目立ちますか?

斉藤
万引きの場合、女性が多いという話をしましたが、代表的なのは性別役割分業による家事労働やケア労働で感じるストレスが多い。
比較的若い世代では、いわゆるワンオペ育児によるストレスや、共働き家庭で子どもがいる場合、子どもの事情で急に会社を早退しなければならないときに、他の社員の理解のなさにストレスを感じながら働き続けているワーキングマザーは多い。

壮年世代の場合は、子どもが巣立つことによる喪失感、夫が亡くなった喪失感や、親の介護によるストレスが大きい。
いずれも夫の協力が得られずみな孤立化しています。
そうしたストレスが引き金となり万引きに走ることが多いようです。

――万引きは、1日に約13億円の被害が出ている非常に身近な犯罪です。

斉藤
そうですね。2010年から警察庁の通達により万引被害は全件通報になりましたが、実際に実行している店舗は半分くらいです。
実はある大手のドラッグストアなどは、万引きの損害額を商品価格に上乗せしているため、結局、罪を犯していない我々が支払っているのです。
これを聞くと万引きは許せませんよね。
ですから、一般の人ももう少し当事者性を持ってほしいですね。

――痴漢も万引きも依存症の人たちの治療をされているわけですが、両者は依存症としてどう分類されているのでしょうか?

斉藤:依存症のカテゴリーは大きく3つにわけられます。

アルコールや薬物、カフェイン、タバコ、摂食障害などの物質依存
セックス依存や恋愛依存などの関係依存
そして痴漢や盗撮を含む性的な逸脱行為、万引き、ギャンブル、リストカットなどの行為・プロセス依存の3つです。

これらの物質や行為、関係により何らかの社会的、身体的、経済的損失が生じているにもかかわらずそれが止められない状態を依存症と呼んでいます。

――話はズレますが、タイガー・ウッズも患ったセックス依存症という病気は本当にあるのでしょうか?

斉藤
セックス依存症という病名はありません。
しかし、不特定多数の人と性的関係を持つことで、社会的、身体的、経済的損失を繰り返すのに止められない人たちはいます。
 昨年から、私が監修をつとめているWeb漫画『セックス依存症になりました。(津島隆太作)』(https://wpb.shueisha.co.jp/comic/2018/12/21/107827/)は、セックス依存症の当事者である作者が描いているので、とてもリアルです。
かれらは性的な欲求だけでなく、とにかくセックスをしていないと居ても立ってもいられない衝動に駆られその制御ができなくなります。

――痴漢や万引きの依存症になると身体のなかでは何が起こっているのでしょうか?

斉藤
痴漢の場合、はじめは満員電車のなかでたまたま手が触れてしまっただけかもしれません。
しかし、そのときに快楽の衝撃が体中に走り、ストレスから解放された感覚を味わい、それから繰り返すようになるケースがあります。

万引きの場合も、もし最初の行為で何度も失敗していれば、それ以上繰り返すことはないでしょう。
しかし、万引きは残念ながら見つからないことも多く捕捉されないこともあるために成功体験を積み重ねやすくその都度達成感や気持ちがスッキリとした感覚を学習し常習化するケースが多い。

 両者とも成功したときには、脳内では快楽物質であるドーパミンが分泌されます。
しかし、お酒や睡眠薬を習慣的に飲み続けていると一定量では足りなくなるのと同じく、痴漢や万引きも同じことを繰り返してもそれ以上の興奮を得られなくなります。
これをドーパミンの耐性といいますが、そうなると、回数の増加やよりハイリスクな環境で行うようになります。

様々な意味での「死のリスク」を伴う行為が人間が耽溺していく要因でもあります。

痴漢や万引きには、「社会的な死」のリスクがありますし、
アルコールや薬物は「身体的な死」のリスクが、
ギャンブルには「経済的な死」のリスクがあります。

依存症と「死のリスク」というのはセットなんです。
人間にとって慢性的に命を天秤にかけ続けるとここそが、実は生きていることを実感できる方法なのです。

――依存症の人たちは、生と死を天秤にかけられないのでしょうか?

斉藤
天秤にかけることはできますが、その物質や行為に耽溺していくうちに優先順位の逆転現象が起きます。
たとえば、著書『万引き依存症』の中に出てくるAさんは、娘の結婚披露宴へ向かう途中に万引きをしてしまい逮捕されてしまいました。
母親として、娘の結婚式に出席するのに当然ですが万引きをしてはいけないと分かっています。
でもそのプレッシャーで前の晩に眠れなかったかもしれませんし、たまたま持ってきたカバンが大きなもので、そしてたまたま空いた時間にスーパーに入ってしまいます。
そして、「今日だけは絶対にしてはいけない」という極度のストレス状況が重なっていました。
そのような状況下で正常な判断ができなくなります。

この日だけは絶対にやってはいけないだろうという日に限ってやる人がいますね。
これも不合理性のひとつです。

――そして認知の歪みを強化していく。

斉藤
そうですね。
 痴漢は代表的な認知の歪みが20個ほどあります。
一番多い認知の歪みが、女性は痴漢をされたいと思っている人もいるという発想です。
他にも「今週は仕事を頑張ったから、痴漢をしても許される」
「女性専用車両に乗っていない女性は痴漢をされたい人だ」と解釈する人までいます。

信じられないかもしれませんが、四大卒で妻子がいてサラリーマンです。

万引きの場合も、「このお店でたくさん買い物をしているのだから、今日くらいは万引きをしても許される」などと子どもが聞いてもおかしいと思うロジックを作り出し時間をかけてはぐくんでいきます。

――ただ、かれらは万引きや痴漢行為に耽溺していますが、我々もたとえばスマホであったり、甘い食べ物であったり程度の差こそあれ何かに依存していますね。

斉藤
痴漢や万引きといった依存症の問題は、被害者が存在するのでまずは被害者のことを第一に考えないといけません。
 しかし、アルコールや薬物、ニコチン、カフェインなどは被害者が存在しない、自己使用の問題です。
そうした依存症の人たちにとって、人生の辛い局面でそれがあったからこそ自殺などせずに生き延びたかもしれないという面はあります。

――クリニックの治療はもちろんですが、社会全体がどうなれば依存症の患者さんたちが回復しやすくなるのでしょうか?

斉藤
依存症になりやすい人の特徴は、真面目で責任感が強く、人に助けを求められない人が多い。
だからこそ、安心して助けを求められる社会になれば依存症になったとしても回復しやすいと思います。
そして依存症への正しい理解を周囲がすることで少しでも彼らに対する偏見を取り除いていくことが重要だと考えています。

――最後にあえて本書をおすすめしたい人たちは?

斉藤
まだ顕在化していない当事者やその家族の人たちですね。
最近、この2冊を読んで電話で相談が来るケースが増えています。
多くの人に読んでほしいのはもちろんですが、まずは、当事者や家族、周囲の人たちに読んでいただいて、結果的に行動変容のためのプログラムにつながれば嬉しいですね。
posted by 小だぬき at 00:00 | 神奈川 ☀ | Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする