決断力を磨くためには現場の修羅場も必要だ
サントリー新浪社長が培った意思決定力
2019/01/27 東洋経済オンライン
常井 宏平 : 編集・ライター
人は誰しも日々大小さまざまの意思決定をしているが、すぐれた決断をするのはなかなか難しいもの。
しかし、決断力は手順を正しく学ぶことで確実に磨かれ、人生を切り拓いていくための糧にもなると、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで意思決定や交渉についての人気講義を担当する印南一路氏は言う。
このほどその本質をまとめた『サバイバル決断力』(NHK出版)を上梓した。
すぐれた決断をするためには、何が必要なのか?
印南氏の横浜翠嵐高校時代の同級生で、グローバルに展開する企業のトップとしてさまざまな決断をしてきたサントリーホールディングス社長・新浪剛史氏との対談で、その秘訣を聞いた。
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成功の保証はないけど意思決定するのが「決断」
――『サバイバル決断力』では「意思決定」や「決断」の重要性を述べていますが、そもそもこの2つにはどんな違いがあるのでしょうか?
印南:意思決定は、ひと言でいえばいくつかの選択肢の中から「判断」して「選択」することです。
判断するために客観的な情報収集を行い、それをもとに成功する確率を計算するなど、さまざまな角度から分析して選択します。
決断は意思決定に含まれますが、中でも不確実性があって成功する保証はないけど、一定のリスクを取って意思決定することを指します。
企業の新規事業への進出やM&Aなどもそうですが、個人でいえば結婚や転職なども「決断」の部類に入るといえます。
新浪君は今までに大きな決断をいくつもしています。
商社時代に留学のための休職制度がない状況下でハーバード大学への留学を決意したこともそうだし、商社を辞めるとき、サントリーの社長に就くとき……etc。
まさに「決断のプロ」だね(笑)。
新浪:いやいや、今でも決断する自信があるかといえばないものですよ(笑)。
そうはいっても経営者の立場にあるから、プロとして日々決断をしています。
今、決断したことが将来正しいかどうかはわからない。
だけど、一度決めたら躊躇せずにいくようにしています。
もちろん、すべての決断が成功してきたわけではないし、失敗することもありました。
でもそれが糧になって次の意思決定や決断につながった部分はありましたね。
印南:『サバイバル決断力』の巻末では、「モタ先生」こと精神科医の斎藤茂太先生(1916〜2006)の「人生に失敗がないと、人生を失敗する」という言葉を紹介しているけど、まさしくその言葉どおりだね。
新浪:僕は若いうちから決断が迫られる立場に立たせてもらったけど、それがよかった。
自分で決断する状況に追い込まれないと、決断力は身に付きませんからね。
早いタイミングだったので、失敗しても取り返しがつく。
決めるときにはいろんな助言や示唆をもらい、毎日スピーディーに決断し、意思決定したときにはそれを論理立てて説明する。
それをずっと積み重ねてきて、今があるのだと思います。
MBA取得のためのビジネススクールでは竹光(竹を削ったものを刀のように見せたもの)は与えてくれるけど、それを本物の刀にしていくには決断を重ねていかないといけない。
だから僕は、決断力というのは現場の修羅場で最も身に付くものだと思っています。
意思決定はトレーニングで鍛えられる
――経営者として意思決定や決断をするうえで、難しいと感じることはどれくらいありますか?
新浪:それはもう、難しいことだらけですよ(笑)。
ときには朝令暮改ならぬ「朝礼朝改」をしたこともありますから。
でもそれは、損失をなくすために行ったものなので、一般的には恥ずかしいかもしれませんが、僕自身は恥ずかしいとは思わなかった。
印南:僕は意思決定などを教える立場にあるけど、そういうメンツにとらわれない決断ができる人は本当に少ないですよね。高校の頃から新浪をみているけど、本当に合理的だし、戦略的。
そして人間が熱い。
大きな決断をするために必要な要素がそろっていますね。
決断するときに悩むことで人間力が身に付く
新浪:よく知っているね(笑)。
でも思うに、決断をしていくうえで悩んでいるから人間力ができていくのかなと思います。
それを避けていたら、いつまで経っても人間力は培われない。
僕は2014年の10月にサントリーの社長に就任しましたが、会長(佐治信忠氏)をみていると、やはり相当大きな決断をしていますね。
印南 簡単にできそうだけど、メンツやプライドがあるから割とできないんですよね。
批判するのは簡単だけど、批判を受けるのを覚悟で軌道修正するのは、なかなか大変です。
新浪:日本の企業はどうしても人間関係を重んじがちになるので、僕は先の第二次世界大戦で軍部や政府が行った決断を、日本人はいまだにしているのではないかなと思っています。
「大本営が決めたことだから仕方がない」という感じで、間違っていると感じていても従ってしまう。
それで失敗しても、誰も責任を感じない。
その辺が日本の弱いところなのかなと思います。
――印南先生は大学で意思決定についての講義を担当していますが、学生もトレーニングで決断力が身に付いていると思われますか?
印南:誰でも意思決定はできますが、すぐれた意思決定をするのは難しいというのが私の実感です。
経験は必要不可欠ですが、経験任せで学べるものでもありません。
『サバイバル決断術』で書いたように、意思決定のフォーマット(フィルター)に従って、どれくらい意思決定が重要なのか、意思決定するための選択肢をどう創り、どう評価するのか、意思決定の結果から何を学ぶのか、などの思考プロセスをルーティン化するよう教えています。
こういう部分はトレーニングで十分鍛えられます。
ただし、最終的に決断するのは本人なので、本当にできるかどうかというのは、実際に決断を求められる局面に立たないとわかりません。
ちなみに、僕が教えている学生は起業志向が強いですが、そういう子は決断力に富むことが多いですね。
人事に根回しは必要ない
新浪:経営を学びたいのであれば、経営学を学ぶよりも自分で起業して実戦の舞台に立ったほうが身に付くし、若い頃に失敗しても傷が浅いからね。
印南:人生は思うようにいかないところがあるけど、1つの決断が予想外の展開を生み、次の決断を呼び込むことがあります。
僕自身も大学受験に失敗し、裁判官を目指して勉強したものの、これも司法試験に失敗。
銀行に就職しましたが、そこから厚生労働省に出向して医療政策に興味を持ち、留学して意思決定分野に関する博士論文を書いたのを機に意思決定論がもう1つの専門になりました。
もちろん、その時点で最善の決断をする努力をすべきですが、いったん決めたら後ろは振り返らず、どういう行動をするのかを考えて実践するのが大事です。
十分計算したうえでのことなら、思い切ってリスクをとるほうが後悔は少ないはずです。
――組織での意思決定で気をつけないといけないことは何でしょうか?
印南:日本の組織だと意見の対立を嫌い、満場一致を好むイメージがありますが、一方で、ユダヤ社会には「むしろ満場一致の意見には気をつけるべき」という鉄則があります。
大きな意思決定になるほど現状認識や将来予測、意見に不一致があるのは当たり前で、どうしてその違いがあるのかを議論して深めていく過程が大事だからです。
そして、意見を戦わせたうえで、最終的に誰かが責任をもって決断するのがベストの意思決定です。
ところが、日本の場合は多数派工作をするために根回しをして、会議が始まるときにはすでに意見の大勢が決まってしまっている。
皆それに逆らうのは怖いから、「心の底でこれはよくない」と思っていても反対意見は言わない。
自己検閲するのです。
意見自体の根拠を深めていないから、その意見に乗っかって集団として大きく失敗することもあります。
もちろん、収めるところは収めないといけないので、根回しが必要な場面というのもありますけれど。
新浪:決断したあとにそれをインプリメンテーション(実践)しますが、現場との間にわだかまりがあると事がうまく進みません。
そのため、現場の方たちとの根回しや腹落ち(納得させること)も大いに必要です。
特に実践に関わる人が反対派だった場合には、より対話に時間をかけないといけません。
一方で、人事に関しては根回しの必要はありません。
人事は組織においてのメッセージだから、妥協したら組織がおかしくなってしまいます。
ただ、どうしてこういう人事になったかというのは、周囲が「明確な理由はないけれども、わかる」と納得できる人事をやらないといけません。
リーダーは組織の成長を自らが担っているという認識を
印南:人間関係が傷つくのを恐れて意見を言わなかったり、いわゆる忖度(そんたく)をしてしまう人もいるけど、リーダーがそんな感じで決断するのは組織にも悪影響を及ぼしてしまう。
新浪:リーダーというのはかっこいいとか全然そんなことはなくて、結構つらいもの。
でも最終的には、組織の成長を自らが担っているという認識を持たないといけない。
自分のお気に入りだけを下に置いておけば楽かもしれないけど、それでは組織がおかしくなってしまう。
嫌がられることであっても、先のことを考えて決断する意識を持つことが、今のリーダーには求められているのです。
――最後に、AI(人工知能)がさまざまな分野で活躍していますが、今後、人間社会でAIはどのような意思決定を担うと思いますか?
新浪:AIはマシンラーニング(機械学習)の部分では有効で、情報整理などには非常に役立つと思います。
ただし、ディープラーニング(深層学習)の部分になると意思決定のプロセスや根拠が見えないブラックボックス化する危険性があり難しい部分でもあります。
とはいえ、まず使ってみるのはいいと思います。
印南:AIは大量のデータがあれば予想の精度が高まっていきます。
基本的には与えられたデータの範囲内での推論は得意としますが、データの範囲外の推論が正しいかどうかはわかりません。AIの判断結果を無条件に信頼するのではなく、AIの判断がどれくらい良いかを恒常的に検証する必要が出てきます。
今後AI時代が到来すれば、AIが判断する場面も増えてきますが、クリエイティブな判断や倫理的な判断は難しいのではないでしょうか。
そのため、最終的に意思決定するのは人間の役目だと思います。
新浪:何でもかんでも機械任せのリーダーじゃ、誰もついてこないからね(笑)。AIは意思決定のサポートにはなるけど、最後の決断は人間が行う。人の組織の上に立つという点では、そうあるべきではないかなと思います。
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新浪 剛史(にいなみ たけし)
/1959年神奈川県生まれ。
慶應義塾大学卒業後、三菱商事入社。
ハーバード・ビジネススクール修了(MBA 取得)。
43歳で三菱商事からローソン社長に転じ、11期連続で営業増益を達成。
ローソン取締役会長を経て、2014年にサントリーホールディングス株式会社代表取締役社長。
高校時代はバスケットボールのスター選手として活躍
印南 一路(いんなみ いちろ)
/1958 年神奈川県生まれ。
慶應義塾大学総合政策学部教授。
専門は医療政策と意思決定・交渉領域。
東京大学法学部卒業、富士銀行(現みずほ銀行)、厚生労働省勤務ののち、ハーバード大学行政大学院、シカゴ大学経営大学院で学ぶ。
シカゴ大学経営大学院助教授やスタンフォード大学留学などを経て、2001 年より現職。
著書に『すぐれた意思決定』(中公文庫)などがある