2019年02月01日

やる気が出ない…心の病み期から抜け出す方法

やる気が出ない…心の病み期から抜け出す方法
2019/01/28 All About
中嶋 泰憲(医師)

気持ちが浮かない、やる気が出ない……心の不調が続くとき 気持ちが浮かない、何だかイライラする、落ち込んで、やる気が出ない……。
こうした心の不調は誰にでもあるものです。
一方で、これらの精神的な不調の深刻さや継続期間には大きな個人差があります。
一晩ぐっすり眠れば朝にはスッキリしている人もいれば、数週間以上不調が続いてしまう人もいるでしょう。

不調が長引き、いわゆる心の「病み期」に突入してしまったと感じることもあるかもしれません。
ここでは、心の病み期から抜け出す方法を、精神医学的な見方から詳しく解説します。

心の「病み期」とは……気持ちが優れず、精神的な不調を自覚
「病み期」という言葉は、正式な医学用語ではありません。
普段より気持ちが優れず、精神的な不調を自覚しているときに一般的に使われている俗語的なものと考えてよいでしょう。
精神医学的に見ると、「病み期」という言葉の意味合いは、精神医学の用語でいうところの「エピソード」に近いものだと感じます。
エピソード」という単語自体は、海外ドラマなどでのエピソード1、エピソード2といった使われ方で耳慣れているかもしれませんが、精神医学の用語として使われる場合は少し異なります。

例えば「精神病性のエピソード」といえば、それまで特に問題なく日常を送っていた人に、ある時期から幻覚や妄想などの精神病性の問題が始まり、しばらくの期間続き、次第に落ち着いていき、元の問題のない日常に戻っていくまでの、一連の期間やその時に現れていた問題のタイプを指して使われます。

例えば、問題なく日常生活を送っていた人が、ある時期を境に気持ちが落ち込み始め、うつ病を特徴づける抑うつ症状が一定期間続き、ある時期を越えてから次第に気持ちが軽くなっていき、また元の日常に戻っていく……。
このように抑うつ症状がはっきり現れていた時期と抑うつ状態だったという一連の不調の内容を、「うつ病のエピソード」と言います。
「病み期」はこれと同様、不調を感じている期間とそのときの精神的な不調の状態などを含めて使われる言葉かと思います。

「日常的で短期的な不調」と「心の病気」の間にある「病み期」
病み期は、誰にでも起こり比較的短時間で治る「日常的な気持ちの不調」と、先述したうつ病のような明らかな「心の病気」との中間にあたる心の問題と言えるでしょう。
大切なのは、自己判断で「病み期に入ってしまった」と片づけるのではなく、適切な対処が必要な心の病気ではないかも考えることです。

もしそのいわゆる「病み期」に生じている問題が、うつ病と、日常的な冴えない気持ちの中間にあたるものならば、その病み期は「うつ病的な病み期」と言えるでしょう。
日常的な気持ちの落ち込みとははっきり違うものの、うつ病と診断されるレベルではない、ということもあると思います。

心の病気かそうでないかを見分けることは、「脳内に起きている不調のレベルを正しく見極めること」とも言えます。
なぜなら精神症状の本態は、心の病気というよりも、脳内の不調を意味しているからです。

最も簡易な見分け方としては、それが原因で
「日常生活に生じている問題がどれくらい大きいか」
「どれくらい続いているか」という2点です。

実際に、心の病気は、うつ病、統合失調症など病気のタイプによって、現れやすい精神症状に違いがあります。
しかしいずれの場合も、それが原因で日常生活に生じている問題の深刻さ、そして、その持続期間が、心の病気の深刻度を判断する際の重要なポイントになっています。

いわゆる「病み期」が、気分的な不調のみで日常には支障がないのか、日常生活に支障をきたしているのかは区別して考える必要があります。

定期的に病み期に入る場合の対処法・克服法……
PMSや冬季うつ病等の可能性も なかには、定期的に「病み期」に入ってしまうという方もいるようです。
「疲れやすくなる」「昼間の眠気が強まる」「イライラが抑えられず、暴飲暴食をしてしまいがち」等、病み期の症状は人それぞれですが、もし病み期に入る時期に一定のパターンがあるならば、ぜひ把握しておきたいところです。

例えば、「毎月、月経前になると病み期になる」「毎年秋から冬にかけて病み期だ」といった自分のパターンがわかれば、あらかじめ対策することもできるでしょう。
症状の深刻度によっては、専門家の力を借りるべきだということも頭に入れておきましょう。
このようなパターンがある場合、俗語的な「病み期」ではなく、「PMS」や「冬季うつ病」といった正式な病気が関連していることもあるからです。

一方で、気分的に浮かなくても日常生活は何とか問題なく回っている場合、つまり、するべき勉強や仕事などもそれなりにこなせており、家族や友人との人間関係も維持できている状態であれば、一般に心の病気のレベルとは見なしにくいです。
言葉をかえれば、専門家の力を借りる必要はまだなく、自力で充分対処できるレベルであるとも言えます。

例として「冬季うつ病」的な病み期が辛いのであれば、冬季うつ病の対処法を取り入れて自分で対処してみるのもよいでしょう。
人工光を浴びる光療法を始め、晴れた日にはなるべく外へ出て太陽の光に当たるといったちょっとしたことが、冬季うつ病的な病み期対策としても有効なことです。

「病み期」の注意点……悪い習慣が身に付きやすい病み期
上記のような病み期から抜け出すためには、その病み期にあらわれている問題のタイプに応じて考えるべきですが、
病み期の問題をさらに深刻化させないためにおさえておきたいポイントは、どのタイプの問題にも共通するポイントがあります。
まず、病み期は、いわゆる悪い習慣、言葉を変えれば、後で後悔するような習慣が身につきやすい時期です。
それには病み期の、当人の心の辛さを解く手段になり得る面があるからです。
たとえばタバコの本数がかなり増える、あるいはお酒の量がかなり増えるようなケースもあります。
問題は、それでその時は心が軽くなっても、それは病み期の人が抱えがちな、日常の何か厄介な問題を解決することにはなりません。
また、中枢神経系に作用する物質は量が過剰になると、一般に病み期の脳をさらに病的にしてしまう可能性もあります。
こうした悪い習慣をなるべく身に付けないでおくことは、病み期の方が特に気をつけたいポイントといえます。

病み期は「自分に有効なストレス対策」を考えるタイミング
病み期のつらさが増すような場合、しばしば日常生活からのストレスが関わっていることがあります。
病み期は普段以上にしっかりとストレス対策をしたい時期です。
最適なストレス解消法は人それぞれですが、基本的なアプローチとしては、精神医学的にも広く推奨されている

「睡眠時間の確保」
「栄養バランスの取れた食事」
「運動習慣」などの実践をしてみるのがよいでしょう。

生活リズムを整えて、適切に運動等でエネルギーも消費できていれば、先に挙げたような悪い習慣につながる行為をする時間やエネルギーがなくなりやすいというメリットもあります。
適切なストレス対策は、病み期を悪化させず、また、病み期からより早く抜け出すために有効です。

病み期の原因が精神病性的な場合の注意点
一方で、そもそも本人が自分が病み期に入っているとう自覚が薄かったり、なかったりするケースもあります。

たとえば病み期に生じる問題に「精神病性」的な面がある場合です。
「精神病性」という問題は、それが精神疾患のレベルになれば、一般に幻覚や妄想などが現われて、それらが現実でないということも分からなくなっている状態と考えてください。
これは統合失調症などの精神病性障害を特徴づける問題でもあります。

病み期の問題が気持ちが落ち込むといったうつ病的なものではなく、もっと精神病性的なものになると、他の問題が現れてきます。
空耳や迷信を信じたりするようなことは、多くの人にもある問題のないものです。
一方で、事実無根でもパートナーの浮気などを強く疑ってしまい、精神的なバランスを失いそうになってしまうようなケースは、精神病性的な病み期の問題になり得ることです。

こうした場合は、自分自身でいかにその誤りに気付けるかということが克服のポイントになります。
いわゆる病み期と呼べるような問題で、まだ精神病性障害のレベルになっていなければ、冷静に考えることで、自分でも自分の思考の極端さや間違いにある程度気付くことができると思います。
具体的な手順としては、まずはどのような状況になると自分の誤りに気付きにくくなってしまうか、と逆の視点から考えていくと、分かりやすいかもしれません。

たとえば、自分1人で悩みや問題を抱え込んでいると、その疑いや苦しみがいっそう強まると感じた場合、そうならないために誰かに思い切って相談してみることも良いでしょう。
口にしただけで気持ちが軽くなり、客観的に自分を見るきっかけにもなる可能性があります。

また、相手の意見を聞くことで自分の間違いに気付けるかもしれません。
また、身近な人がもしこのような病み期に入っていてそれに対する自覚がなさそうだと気づいた場合、精神病性的な深刻さが高くなっている可能性もあります。
そうした際は精神科の受診をすすめてみることも事態を良い方向に向けるために大切なことは、ぜひ念頭に置いておいてください。

以上、病み期から抜け出すために知っておきたい、精神医学的なポイントを詳しく解説しました。
最後に繰り返しますが、もしいわゆる病み期による問題が深刻になっていて、心の病気の状態に近いと感じた場合は、自力で無理に対処しようとするのではなく、精神科などで専門家の力を借りるべきという点は、どうかご注意ください。
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2019年02月02日

安倍政権、かつてない農産物輸入自由化で“食糧危機”へ…食料自給率が危険水準に

安倍政権、かつてない農産物輸入自由化で“食糧危機”へ…食料自給率が危険水準に
2019.02.01 Business Journal
文=小倉正行/フリーライター

 本年から国連「家族農業の10年」が始まった。
農林水産省のホームページには次のように記載されている。
「国際連合は、2017年の国連総会において、2019年〜2028年を国連『家族農業の10年』として定め、加盟国及び関係機関等に対し、食料安全保障確保と貧困・飢餓撲滅に大きな役割を果たしている家族農業に係る施策の推進・知見の共有等を求めています」

 いよいよ国連加盟国による全世界の家族農業を育成・発展させる取り組みが始まったのである。
国連が農業問題について10年間というタームで加盟国に対して取り組みを求めたのは、国連史上初めて。
そこには、国連も見過ごすことができなくなった食糧不足への危機感がある。

 2050年には世界人口が現在の76億人から98億人に増加するが、その食糧需要に対応するためには、同年の農業生産を2006年の水準より60%以上増加させる必要がある。
しかし、農地の拡大余地はほとんどないばかりか、土地不足と淡水資源の枯渇は今後いっそう深刻化するとFAO(国連食糧農業機関)は予想している。

 これに対して国連は「家族農業の10年」を通じて、自給的な農業生産に終始している発展途上国の家族農業を支援して、商業的な農業生産に移行させ、将来の予想される食糧危機に備えようとしている。

日本、食糧を確保することが困難な国に
 このような危機意識は、国連だけのものではない。
「世界でもっとも影響力のある思想家の一人」とされていた、当時地球政策研究所所長のレスター・ブラウン氏は、2009年の論文『食糧不足で現代文明が滅びる?』で次のように述べている。

「私は世界の農業、人口、環境、経済の傾向と、それらの相互作用を長年にわたって研究してきた。
それらのトレンドの複合的影響と、その結果として生じる政治的緊張は、いくつかの政府と社会の崩壊を指し示している。
それでも、食糧不足が個別の政府だけでなく地球規模の文明を破滅させかねないという考えには私も抵抗があった。
だが私はもはや、そのリスクを無視できない。

世界の食糧経済を蝕みつつある環境破壊――特に地下水面の低下、土壌の侵食、気温の上昇に私たちは相変わらず対処できておらず、そうした世界文明崩壊が起こり得ると結論せざるを得ない

 そしてブラウン氏は、文明を救うためには次の4つの手立てが必要だと主張しているが、現実的にはどれも見通しは立っていない。

・2020年までに二酸化炭素排出を2006年水準の80%にカットする大規模な努力
・2040年までに世界人口を80億人で安定化
・貧困の根絶
・森林と土壌、帯水層の回復

 また、ミネソタ大学環境研究所所長のJ.A.フォーリー氏も論文『人口70億人時代の食糧戦略』で「将来にわたって90億人を真に持続可能な方法で食べさせていくことは、私たちの文明が直面する最大級の難題となろう。解決には世界中の無数の人々の想像力と決断力、努力が必要だ」として、2050年の食糧不足問題が文明的な危機だと警鐘を鳴らしている。

 翻って日本の現状を見ると、食料自給率は先進国最低の38%で、世界的な食糧危機に直面した時は、国民の食糧を確保することが困難な国に転落することは必至である。
さらに、今年はTPP11(環太平洋経済連携協定)と日EU経済連携協定が発効され、日米FTA(自由貿易協定)交渉も予定されるなど、日本がこれまで経験したことがないほどの大規模な農産物輸入の自由化で、さらなる食料自給率の低下は必至の状況だ。
 今一度、予想される食糧危機に対して何をなすべきか検討すべき時であろう。


 ニュースサイトで読む:
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2019年02月03日

イージス・アショアに2350億円!懸念される健康被害

トランプに「武器を買え」と迫られ購入のイージス・アショアは2350億円! 健康被害や経済損失に懸念も安倍政権は住民軽視
2019.02.02 LITERA編集部

 安倍政権が2023年度の導入を推し進めている、地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」。
先月29日には、米国務省がイージス・アショア2基の日本への売却を承認。
関連費用を含めた価格は約2350億円と発表された。

トランプ米大統領は昨年9月26日、安倍首相との会談後の記者会見でこう述べている。
「私が『日本は我々の思いを受け入れなければならない。
巨額の貿易赤字は嫌だ』と言うと、日本はすごい量の防衛装備品を買うことになった」(朝日新聞より)

 本サイトでも以前からお伝えしてきたように、安倍首相からトランプ大統領への“貢物”の最たるものがこのイージス・アショアの購入であるわけだが、当初は1基あたり800億円とされていた。
目を疑うような価格高騰だ。
 しかも、発表された「2350億円」は発射装置や施設整備の費用を除いた金額なのだから、騙されてはいけない。
現に、防衛省は昨年7月末、イージス・アショア2基の配備費用が総額約4664億円となる見通しと発表している。
だが、これもまた「つくりました、はい終わり」では済まない。

イージス・アショアが搭載する新型迎撃ミサイル「SM-3ブロック2A」(1発あたり40億円前後)や建屋などの施設整備費が重なり、〈基地建設費なども含めれば8000億円近くに達する見込み〉(「週刊朝日」18年11月9日号/朝日新聞出版)とも言われている。
 さらに、前陸上自衛隊武器学校長の市川文一氏は、〈アショアの維持管理費が将来、想定以上に膨らむ可能性が高い〉(「週刊新潮」18年11月8日付/新潮社)と指摘している。
市川氏によれば、ソフトウェアの更新等の維持管理費は導入時には最低限の費用で見積もられるが、そこには〈故障した場合の修理費、システム全体が新しくなった場合のバージョンアップ費用は、事前に見積もることができないので含まれない〉という。
 ようするに、米国にふっかけられたイージス・アショアには無茶苦茶なカネがかかり、その運用にもじゃぶじゃぶと血税が投入され続けるのが目に見えているのだ。
 しかも、問題は費用だけではない。元海上自衛官で軍事評論家の文谷数重氏が、本サイトの取材に対してこう解説する。

「安倍首相は、イージス・アショア配置の“必要性”として北朝鮮の弾道ミサイルの存在をあげてきました。
ですが、周知のように南北、米朝関係は和平ムードに好転。
弾道弾発射が途切れ、国際圧力は緩和し、経済改善の目が出はじめたなか、その“必要性”は薄れています。

そもそも日本はイージス艦を7隻持っており、これはアショアとほぼ同性能です。
アショア配備が多少遅れても、ミサイル防空に穴はあきませんから、住民の反発を無視して急がねばならない理由もなくなりました。
少なくとも、計画の不適切な部分は見直すべきでしょう」

心配される電磁波の影響 しかも住宅地がレーダーの捜索範囲に…
 文谷氏が指摘する「計画の不適切な部分」というのは、政府が住民にしっかりとした説明をせず、配備先候補地を秋田県・山口県に決め打ちしていること、そして、アショアによる電磁波への懸念のことだ。
 そもそも、政府はイージス・アショアの候補地として多数を立てて絞り込んだのではない。
最初から秋田市と萩市に決めていたのだ。なぜか。

 実のところ、イージス・アショアの日本配備計画はアメリカにとっての安全保障上の理由が大きい。
たとえば、年始から地元紙・秋田魁新報が掲載している「イージス・アショアを問う」というシリーズ企画によれば、米国の代表的シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)は、昨年5月に発表したレポートのなかで「(アショアは)米国本土を脅かすミサイルに対し、前方に配備されたレーダーの役割を果たしうる」としている。

 実際、秋田市は北朝鮮とハワイを結ぶ直線上に、萩市はグアムを結ぶ直線上にそれぞれ位置している。
2017年8月10日の国会閉会中審査では、当時の小野寺五典防衛相が、北朝鮮がグアムに向かってミサイルを発射した場合、「米側の抑止力・打撃力が欠如することは、日本の存立の危機に当たる可能性がないとも言えない」として集団的自衛権を行使できると答弁。
安倍政権は明らかに、米国の防衛を重視して超高額なイージス・アショアを買い、それを秋田市と萩市に押し付けようとしているわけである。

 加えて大問題なのが、イージス・アショアが発する電磁波の存在だ。
施設からは大出力の新型レーダー「SSR」からの電磁波が発せられ、それによる健康被害や電波障害、ドクターヘリ運用への弊害などに住民から懸念の声があがっている。
政府は近く秋田市と萩市で電波の影響調査を実施するとしているが、なぜかイージス・アショアに搭載予定のSSRではなく、それよりも出力の小さい陸自の対空レーダーを使うという。

SSR実機での調査は配備地として決まった後で行う予定だ。
住民軽視にもほどがあるだろう。
「電波の影響はありますよ。
だからこそ、イージス艦は陸地から離れてから電波を出す約束となっていますし、そのときは危険防止のため乗員を屋外には出しません。
ドクターヘリへの影響は、米軍のXバンドレーダーでも示されているとおりで、輻射によって飛行機が飛べなくなるため、急患時は実際に輻射を停止しています。
レーダー付近では『鳥が焼き鳥になる』ほどエネルギーが強いのです。

その点、日本のアショア配置の候補地は最悪でしょう。
秋田市の陸上自衛隊新屋演習場は、住宅地まで最短で1kmもなく、秋田県庁までは3kmほど。
その上、市街地大部分が半径5km以内に入ります。
山口県の場合、設置候補は萩市にある演習場ですが、隣の阿武町のほぼ全体がレーダーの捜索範囲に晒されることになります。
健康被害への不安は当然です」(前出・文谷氏)

イージス・アショア配備でポーランドの経済損失は900億円!
 しかも、イージス・アショアの設置は、その土地の環境や価格等にも悪影響を及ぼす。
共産党の穀田恵二衆院議員が機関誌「前衛」2018年9月号で、秋田市と同じく市街地付近でのイージス・アショア配置計画が進んでいるポーランドの事例を報告している。
 ポーランドでは2020年より、北部・スウプスク市の中心部から4kmに位置するレジコボ基地にて、アメリカ軍によるイージス・アショアの運用が始まる予定だ。

共産党は、イージス・アショア配備にあたって、米国とポーランドの両政府間で合意した「基地周辺の土地及び空域の使用に関する規則」と題する文書を入手。
そこには、レーダー等を妨げないために基地周辺に設けられた複数の制限が記載されていた。
〈例えば、「基地から三五キロ圏内では、建物の高さを一五・二四メートル以内にする」、「基地周辺の空域は飛行を制限する」、「基地から四キロ以内では、風力発電施設の建設を禁止する」というものです。〉(「前衛」より)

 こうした内容は政府間で合意されるまで市側に明かれなかったというが、これらの規制によって、スウプスク市が被った経済損失は、25年間で900億円にのぼるとの試算が出ている。
 また、前出の軍事評論家・文谷氏は「アショア自体に防衛能力がないとは言わないが、それは心理的効果、つまり“お守り”程度でしかない」という。

実際、イージス・アショアを導入したとしても、飽和攻撃(迎撃可能数を上回る大量一斉攻撃)によってほぼ無意味化するという指摘が専門家からもあがっているし、米朝韓の関係が融和に向かったいま、文谷氏の言うように、現実には大衆の心理的安心感を少しばかり高めるぐらいの効果しかないだろう。

 ありえないほどの費用高騰、「米国の盾」となるための候補地の決め打ち、おざなりな電磁波対策、説明する気がない土地への影響、そもそもの配備必要性の減少……。

それでも、安倍首相はイージス・アショアをはじめとする“貢物”で、トランプ大統領に尻尾を振る。
国民の血税が無暗に垂れ流され、配置候補地の安全と安心が逆に脅かされているにも関わらずに、である。
通常国会で徹底した追及が必要だ。
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2019年02月04日

安倍「自衛隊募集に非協力的な自治体」と圧力発言

安倍首相「自衛隊募集に非協力的な自治体ある」発言の詐術と本音! 改憲で個人情報提供を強要し“現代の徴兵制”強化
2019.02.03 LITERA編集部  

厚労省の不正調査問題をめぐる“アベノミクスの成果偽装”が大きく取りざたされている通常国会だが、忘れてはならないのは、安倍首相が悲願とする改憲の行方だ。

 毎日新聞は1日付朝刊で「安倍首相『改憲』発言弱まる 参院選控え、機運しぼむ」と題し、〈1月31日の衆院本会議で、憲法改正について「各党の議論が深められ、国民的な理解も深まることを期待する」と抑制的な発言にとどめた。

夏の参院選を控えて改憲機運はしぼんでおり、各党を刺激するのは得策でないためだ〉との観測を伝えているが、永田町周辺では「安倍首相は参院選までは猫をかぶる作戦で、選挙が終われば本格的に改憲に乗り出してくる」という見方が強くある。  事実、安倍首相は30日の衆院本会議で、直接的に“9条改憲”に踏み込み、さらには“徴兵制”を彷彿とさせるような“国民の自衛隊勧誘”のための露骨な圧力発言までしているのである。

自民党・二階俊博幹事長の代表質問への答弁でのことだ。安倍首相は「私が自民党総裁として一石を投じた考え方は、現行の憲法第9条の第1項と第2項を残した上で、自衛隊の存在を憲法に明記することです」とあらためて強調し、自衛隊員の災害救助活動への評価をまるで自分の手柄のように語りながら、こう続けた。

「しかし、近年の調査でも、自衛隊は合憲と言い切る憲法学者は2割にとどまります。
『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあれば命を張ってくれ』と言うのはあまりにも無責任ではないでしょうか。
多くの教科書に自衛隊の合憲性には議論がある旨の記述があります。
その教科書で、自衛隊員のお子さんたちも学んでいるんです」

 いつもの“自衛隊員の子どもがかわいそう”なる扇動だ。
念のため言っておくが、現在使用されている7社の中学生向け公民教科書は両論併記で、断定的に「自衛隊は違憲」と記述している教科書はない。
これは一昨年前からずっと指摘され続けていることだ。

だいたい、安倍首相は自衛隊の災害救助活動をダシにしているが、違憲性が問題になっているのは戦力保持の部分であって、9条のままでも災害救助に違憲性は一切ない。
まったく、詭弁にもほどがある。

 だが、問題はここからだ。安倍首相は「さらには、いまなお自衛隊に対するいわれなき批判や反対運動、自治体による非協力的な対応といった状況があるのも事実です」と言って、こんな批判をまくしたてたのである。
「たとえば、自衛隊の自衛官の募集は市町村の事務ですが、一部の自治体はその実施を拒否し、受験票の受理さえも行っていません。
また、防衛大臣からの要請にもかかわらず、全体の6割以上の自治体が隊員募集に必要となる、自治体から自衛隊員募集に必要となる所要の協力が得られていません。
優秀な人材確保のためには地域に密着した採用活動が重要ですが、自衛隊の採用説明会等のとり止めを求める要請が様々な団体により行われており、このため昨年、採用説明会がとり止めとなった事例もあります」
「このような状況に終止符を打つためにも自衛隊の存在を憲法上明確に位置付けることが必要ではないでしょうか 」

 つまり、安倍首相は“自治体が自衛官募集を拒否している”ことなどが不当だと主張して、「それは自衛隊が違憲だと言われているからだ。
ゆえに改憲せねばならない!」とアジっているわけである。

自治体に個人情報を提供させ高校3年生に「現代の召集令状」配布
 あまりの論理の破綻に呆れるが、その前に、この批判じたい、かなりの誇張表現が入っているだろう。
そもそも、自衛官の募集関連活動は主に各地にある自衛隊の総合窓口「地方協力本部」が行なっている。
自衛隊の試験には防衛大学校や幹部候補生、一般曹候補ほか様々な種類があるが、防衛省の自衛官募集ホームページではいずれも〈受験にあたっては、事前に志願票を最寄の地方協力本部へ提出してください〉とある。
 その上で言うと、たしかに、自衛隊法97条では、自治体の長は〈自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う〉と記されている。
「募集に関する事務の一部」とは、募集期間の告知や市町村を窓口とした志願票の受理等(自衛隊法施行令114条ほか)を指す。
この自衛官募集事務をめぐっては70年代に“本土復帰”したばかりの沖縄で多くの革新自治体が拒否した例があった。
 しかし、現在ではほとんどの自治体で自衛官募集事務は行われている。
いや、それどころか、防衛省・自衛隊は募集協力の名のもと、自治体に住民の個人情報を取得し、自衛官募集のダイレクトメールを送りつけるなどの行為の違法性すら指摘されているのだ。

 たとえば、2014年7月に安倍政権が集団的自衛権行使容認を閣議決定したのと同時期には、高校3年生などに自衛官募集のDMが大量に送付され、ネット上などで「現代の召集令状か」などと不安視する声が多数あがった。
なぜ、自衛隊が国民の個人情報を持っているのかというと、自治体の住民基本台帳から個人の住所や生年月日などの情報を開示ないしは提出させているからだ。

 とりわけ、自衛隊が自治体に名簿の提供を迫ることについては、個人情報保護上の問題を指摘する専門家の声が相次いでいる。
 たとえば、法学者の園田寿・甲南大学法科大学院教授は「自衛官募集のために住民基本台帳の情報を自治体が紙などで提供するのは法的根拠がない。
住民基本台帳法で禁止する『個人情報の目的外利用』にあたり、違法だ」
「個人情報を扱う規定は同(自衛隊)法にも施行令にもなく、これらを根拠に提供を求めるのは拡大解釈だ」と指摘(朝日新聞2016年3月22日付)。

 憲法学者の右崎正博・独協大法科大学院教授も「政令である自衛隊法施行令120条には、自治体に資料の提供義務があるとは明記されていない。
本人の同意なしに名簿まで提供できるとするのは自衛隊側の都合のいい拡大解釈だ」と批判したうえで、「自治体の担当者は『国の依頼だから』ではなく、住民のことを最優先に考え、主体的に判断していく必要がある」と語っている(朝日新聞西部地方版2016年1月14日付)。

志願者数が減少する自衛隊の現状、改憲で“本物の徴兵制”も視野か
 ようするに、安倍首相は自衛隊の戦力等をめぐる憲法違反を「だから憲法を変えればいい」といって転倒させるのと同様に、個人情報上の違法が指摘されている自衛官勧誘のための名簿提出をネグって、厚顔にも「協力しない自治体が悪い」とすり替えているのだ。
 あげく、自衛隊募集のための個人情報提出に反対する市民をやり玉にして、 総理大臣が国会の場で恫喝すらしてみせる。
まるで、戦争に協力しない国民や組織を政府が全体主義で糾弾した戦中のようなやり方だ。

 市町村はつべこべ言わず住民を自衛隊に入れろ──完全に狂気だが、周知の通り、その背景には止まらない自衛隊志願者数の減少がある。
実際、自衛官候補生試験の応募者数は2013年の3万3534人から2017年には2万7510人にまで減った。
 他方、この間、安倍政権は安保法制によって自衛隊の海外活動範囲を飛躍的に広げ、駆け付け警護の新任務など危険も増加した。
2014年の沖縄タイムスのインタビューでは、20代の元自衛官が「安倍政権になってから、内容が大幅に変わりました。
人を標的とする訓練が始まりました」
「軍隊としか思えません。1年に2回だった実戦訓練は実際、増えました」と証言している。

 志願者の減少には少子化の影響ももちろんあるが、こうした“人を殺し、殺されるようになる”状況で、自衛隊に入ろうという国民が増えるはずがない。
だからこそ、安倍首相は自治体に公然と圧力をかけることで、リクルートを強制しようとしているのだろう。
これは、その先に事実上の徴兵制度が復活する可能性が十分にありうることを意味している。

「憲法18条には意に反する苦役、これはダメですよということが書いてあります。
そして徴兵制度の本質は、意思に反して強制的に兵士の義務を負うことです。
ですから、徴兵制は明確に憲法違反なんです」

 安倍首相は2015年の安保国会の最中、自民党のネット番組でこう述べていた。
ならば、次は「徴兵制は憲法違反との指摘が根強くある。
ですから憲法を変えなければならないのであります」とでも言うのではないか。

冗談ではなく、安倍首相の詭弁を弄した9条改憲を許してしまえば、このまま一気に“戦時体制”へとなだれ込んでいくはずだ。
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2019年02月05日

なぜ人は都合よく"記憶"を書き換えるのか

なぜ人は都合よく"記憶"を書き換えるのか
2019年02月04日 PRESIDENT Online
増本康平(ますもと・こうへい)
神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 准教授

人の記憶はあてにならない。
なぜ人の脳は、事実を正確に記録しないのか。
神戸大学大学院の増本康平准教授は「経験したことの詳細まで長期間、記憶できる超記憶力を持つ人もいる。
だがそういう人は、記憶を忘れられずに苦しんでいる。
私たちは記憶を書き換えることで現実に対応しているからだ」と解説する――。
※本稿は、増本康平『老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの』(中公新書)の一部を再編集したものです。
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■なぜ「起こっていないこと」を「起こった」と信じるか
以前、同窓会で同級生たちと修学旅行の話で盛り上がったことがあります。
私は風邪をひいて、その修学旅行に参加できなかったのですが、ちょっとしたいたずら心で、あの時はこうだった、ああだった、と、さもその時に一緒にいたように相槌を適当に打ったりして会話に参加していました。
同級生たちは私の言動も気にならないようで、自然に受け入れていたのですが、その後に私がその修学旅行に参加していないとネタバラシをしても、まったく受け入れてくれません。

私は確実に参加していないのですが、実際には起こっていないことを起こったと信じて疑わないのです。
なぜ、そのような現象が生じるのでしょうか。
これまでの記憶に関する認知心理学研究は、私たちの記憶は驚くほどあてにならず、あいまいで、時には本人も気がつかないうちに偽の記憶を作り出すことを実証してきました。

あなたが今読んでいるページを写真のように記憶できるのは数ミリ秒(1ミリ秒=1000分の1秒)、聞こえる音をそのままの音として記憶できるのは数秒程度です。
物理的に存在する情報をそっくりそのまま記憶できる期間はあまりにも短く、すべての情報を覚えることは驚異的な記憶の持ち主でもない限り不可能です。

そのため、覚えたい情報のみを取り出し、その情報には何らかの意味づけを行う必要があります。
また、意味づけられた情報も時間とともに詳細が思い出せなくなり、大まかな粗筋だけが残ります。

■見ていないはずのを“ガラス”を「見た」という 偽りの記憶(虚偽記憶)
研究の第一人者であるロフタス博士は、私たちがどれほど都合よく記憶を変容させるかを実験によって鮮やかに示しています。
彼女の実験では、参加者に交通事故のビデオをみてもらいました。
その後、一つのグループには「車がぶつかった(hit)時のスピードはどれくらいでしたか?」と尋ね、別のグループには「車が激突した(smashed)時のスピードはどれくらいでしたか?」と尋ねました。

激突したという言葉で聞かれたグループは平均で時速10.46マイル=時速16.83キロメートルだったのに対して、ぶつかったという言葉で聞かれたグループは、平均で時速8マイル=12.87キロメートルと回答し、同じビデオをみていたのに聞き方を変えただけでスピードの評価には統計的に有意な差がみられました。

また、この実験の一週間後、参加者に対して、一週間前にみた事故のビデオで、「割れたガラスをみたかどうか」を尋ねたところ(実際には割れたガラスは存在しませんでしたが)、激突したという言葉で尋ねられたグループでは、ガラスをみたという回答の割合が高まりました。

■記憶は「後から聞いた情報」で変化する
毎年、私の講義でも学生に記憶のあいまいさを実感してもらうために、同じような実験を行います。
ロフタス博士らの実験と異なるのは、半分の学生には「この事故で運転手が亡くなりました」、もう半分の学生には「この事故では運転手は軽傷で済みました」とビデオのあとに表示し、事故を起こした車のスピードを予測させることです。
運転手が亡くなったという情報を与えた場合は、回答の平均時速は約60キロメートル、軽傷で済んだという情報を与えた場合は平均時速40キロメートルと、同じビデオをみていても20キロメートルもスピードの評価が異なります。

このように、後から与えられた情報による記憶の変化は事後情報効果と呼ばれ、記憶は後から与えられた情報とつじつまが合うように変化することを示しています。
そして多くの場合、記憶の変化は意識せず生じます。

■“偽物の出来事”を「覚えている」と言う
とはいえ、この実験は実際に車が衝突するビデオをみせ、その事実についての評価が変わったというだけです。
心理学者はこのような記憶の変容だけでなく、ちょっとした情報を与えるだけで、まったく経験しなかった記憶が形成されることも明らかにしています。

たとえば、ロフタス博士らが行った別の実験では、参加者が幼少期に経験した4つの出来事を提示しました。
3つは本当にあった出来事ですが、1つはまったく経験していない偽物の出来事で、5歳の時にショッピングモールで長時間迷子になり高齢の女性に助けられた、というものです。参加者は、それらの出来事について覚えている内容を書き出すように、また覚えていなければ「覚えていない」と書くように指示されます。
この段階で、24人の参加者のうち、7人が経験していない偽物の出来事を覚えていると回答しました。
その後、一週間から二週間の間隔をあけ、二度、4つの出来事の詳細とどのくらい覚えているかをインタビューしました。
そうすると、偽物の記憶は思い出す回数が増えるほど、記憶の鮮明度の指標が向上したのです。

この研究は、人が経験していない出来事を記憶していることがあり、かつその経験していない記憶を思い出す回数が多いほど虚偽記憶が鮮明になることを意味しています。
これまでの実験から、溺れて死にかけたがライフガードに助けられた、ディズニーランドでバッグス・バニーと握手した(バッグス・バニーはワーナー・ブラザースのキャラクターなので、ありえない話です)といった、さまざまな経験していない記憶が形成されることが示されています。

■鍛錬された兵士でも「誤った記憶」を作り出す
そして、このような幼児期の記憶だけでなく、後から情報を加えることで、トラウマになるほどの出来事、たとえば、捕虜となり暴力や尋問を受けた相手の顔すらも、確信をもって誤った選択をすることが示されています。
アメリカ海軍の訓練で戦争捕虜となることを経験するものがあります。
30分の間、尋問者から一人で尋問を受けるのですが、訓練の一環とはいえ、尋問者の質問に答えなかったり、要求に従っているように見えない場合は、顔面を叩かれたり、腹部にパンチを受けたり、無理な体勢を強いられたりと身体的懲罰をも伴います。
尋問の間は尋問者の目をみることが求められ、尋問される側は確実に尋問者の顔を眺めることになります。
尋問が終わった後、独房に隔離され、顔写真を渡され写真を見るように指示を受けます。
写真をみている間に、「尋問者があなたに食べ物を与えましたか?」など尋問に関する質問を行います。
渡された写真は尋問者とは違う人物のものです。
その後、尋問者の写真を選択するよう求められると、9割の人は後でみせられた偽物の写真を選びました。
偽の情報や特定の行動へと誘導するプロパガンダに対して抵抗できるよう、訓練を受けた兵士でさえも、虚偽の情報に晒されることで誤った記憶を簡単に作り出すのです。

■記憶は一体何のためにあるのか
そして、この虚偽記憶は記憶力が低下していなくてもみられます。
パティス博士は、1987年10月19日の出来事を尋ねられると、「月曜日で株式市場の暴落の日だった」というように、すぐに何が起こったのかを思い出せるような極端に優れた自伝的記憶の持ち主20名と、平均的な記憶力を有する38名の対照群に対して、虚偽の情報によって記憶の歪みが生じるのかを検討する実験を行いました。

その結果、驚異的な記憶の持ち主でも、一般的な記憶力の持ち主である対照群と同じように誤情報によって誤った記憶を想起したのです。
記憶が経験したことを正確に記録していないという前提に立つと、記憶は一体何のためにあるのか? という疑問が生じます。
私たちが一般的に考えている記録するという役割以外の機能が記憶にあるとすると、その機能はどのようなものなのでしょうか。
そして、加齢とともに記憶の役割はどのように変化するのでしょうか。

■「驚異的な記憶力」を持つ人の苦しみ
経験したことをすべて記憶し、正確に思い出せる人と比較することで、記憶が書き換えられることにどのような意味があるのかを知ることができます。
経験したことの詳細まで長期間、記憶できる超記憶力を持つ人は世の中に少なからずいます。

神経心理学者であるルリヤ博士が報告したシィーと呼ばれる男性は、これまでに報告されてきた超記憶力の持ち主の中でも、特に優れた記憶力を持ち、記憶できる量に際限がありませんでした。
彼は、70以上の単語や数字を一度みただけで正しい順序ですべて記憶できただけでなく、10年後、16年後もその情報を正確に思い出すことができました。
ルリヤ博士はシィーの驚異的な記憶と、その背景にある原因を明らかにするだけでなく、そのような驚異的な記憶が人生にいかなる影響を及ぼすのかについても記録を残しました。
シィーは、忘れるために紙に書き出して丸めてゴミ箱に捨てたり燃やしたりするほど、情報を忘れられずに苦しんでいました。

■記憶は「正確に情報を記録」するものではない
また、私たちは複数の情報の特徴をまとめたり、抽象化したりすることが容易にできます。
しかし、このような抽象化やカテゴリー化は私たちの記憶があいまいだから可能なのです。

シィーはあまりにも情報が鮮明に記憶として保持されるので、複数の情報をまとめたり、共通する情報を取り出したりすることができませんでした。
会話でも、事柄の細部や副次的な情報の追憶にとらわれ、その内容は果てしないほど脱線したそうです。
さらに、頭の中で形成される記憶のイメージが鮮明すぎて、空想と現実の区別がつかず、頭の中の鮮明な像が現実と一致しないために、必要な行動をとれないこともありました。

正確で驚異的な記憶の持ち主の人生は、バラ色の人生と言えるものではなかったのです。
記憶力が維持されている若い世代においても記憶は書き換えられ、正確な記憶の持ち主が普通の生活すらままならないことは、私たちの記憶が正確に情報を記録するためのものではないことを示しています。
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増本康平(ますもと・こうへい)
神戸大学大学院 人間発達環境学研究科 准教授
1977年、大阪府生まれ。
2005年大阪大学大学院人間科学研究科博士課程修了。
博士(人間科学)。
日本学術振興会特別研究員、大阪大学大学院人間科学研究科助教、島根大学法文学部講師を経て、2011年神戸大学に着任。スタンフォード大学長寿センター客員研究員。専門分野は、高齢者心理学、認知心理学、神経心理学。
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2019年02月06日

自分に嘘をついて買い物をする人の末路

自分に嘘をついて買い物をする人の末路
2019年02月05日 PRESIDENT Online
舟木彩乃 ストレス・マネジメント研究者

■破産、借金をしてもやめられない
普段の買い物では「必要なもの」を買うわけですが、セールでは「お得なもの」を手に入れようとします。
販売する側は、「在庫限り」と強調して他のお客さんとの競争を煽ったり、セールによる興奮を促す音楽や広告を展開したりして五感に訴えかけます。
その結果、買うという行為が達成感に繋がり、快感を覚えるのです。

「何をいくらで買うか」といった中身ではなく、買い物をすること自体が価値となってしまう。
だから、必要以上に買い物をしてしまうというわけです。
心理学の見地からは、いったん家に帰るか、少なくとも2〜3時間ほど時間を空けて冷静になってから買うかどうか判断するようアドバイスできます。

しかし、適切な範囲での買い物は、ストレス解消に役立つ面もあります。
自分の中で「費用対効果」が取れたと納得できればよい、と割り切ることも大切です。
ただし、気をつけなければいけないのは、「買い物依存症」になってしまうことです。
つまり、買い物によって日常生活に支障をきたすようになってしまう。
カード破産や、多額の借金をしてまで買い物がやめられなくなるケースもあります。

買い物依存症には、以下のようなチェックリストがあります。

・買い物をすると気分がスッキリして、嫌なことを忘れる
・品物のすべての種類や型などを揃えたくて買うことがある
・店員にちやほやされると気分がいい
・手持ちの現金がなくてもカードなどで借金してまで買い物してしまう
・高額な品物をどんどん買いたくなる
・買い物をやめようとするとイライラする
・買ったものを捨てられない
・買い物をするために嘘をついたことがある
・買い物の後に罪悪感や不安感を覚えることがある
・買った物を使わないことがある

複数の項目にチェックがつくようであれば、要注意です。

■オンラインゲームの「課金」「ガチャ」も要注意
また、近年は現物の買い物ではなく、ソーシャルゲームやオンラインゲームに多額の課金をする人も増えています。
「重課金」「廃課金」と呼ばれる人たちも、買い物依存症と同じように「課金」自体が目的化し、癖になってやめられなくなっている可能性があります。
こちらも、運営側は「期間限定」を謳い、視覚や聴覚に訴える演出を巧みに施しています。

買い物依存症のチェックリストの買い物を「課金」や「ガチャ」、品物を「キャラクター」や「アイテム」に置き換えて、チェックしてみてください。

日常生活に支障をきたしている場合は、背景に原因となっているストレスがあるといわれています。
ひいては、そのストレスを解消することが必要といえます。
仕事や交友関係に悩みがあるのであれば、信頼できる人に悩みを相談したり、カウンセリングを受けてみるのもいいでしょう。
買い物ではないストレス解消法が見つかるかもしれません。

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舟木彩乃 ストレス・マネジメント研究者
国会議員秘書などを経て、現在は筑波大学大学院博士課程在籍。
著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』がある。
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2019年02月07日

匿名で人を血祭りに「便乗コメント」の罪

匿名で人を血祭りに「便乗コメント」の罪
2019年02月06日 PRESIDENT Online
精神科医 片田 珠美

ニュースサイトのコメント欄では、事実関係をろくに把握せずに「怒りのコメント」を残す人が目立つ。
なぜそこまで怒るのか。
精神科医の片田珠美氏は「他人の怒りに便乗して怒る人は、誰でもいからボコボコにたたいて鬱憤を晴らししたい欲望が強い」という。
匿名の安全地帯から人を血祭りに上げる「歪んだ心理」のメカニズムとは――。

■他人の怒りコメントに乗じて怒る“便乗怒り”の心理
政治家や芸能人などの発言、あるいはネット上に掲載された記事がたびたび炎上する。
その内容の是非はともかく、一部分だけを取り上げたり、ちょっとした言葉遣いをあげつらったりして、血祭りに上げる人が少なくない。
なかには、他の人が残した怒りのコメントを少し読んだだけで、輪をかけて激しい怒りのコメントを残す人もいるように見受けられる。
さらに、発言や記事の元の文脈を無視しているとしか思えない人もいて、きちんと読んでいないのではないかと疑いたくなる。
こういう人は、いわば他人の怒りに便乗して怒るわけで、“便乗怒り”といえる。

この“便乗怒り”の心理は一体どうなっているのだろうか。
分析すると、次の3つの心理が浮かび上がる。

(1)怒りの正当化
(2)鬱憤晴らし
(3)優越感

(1)怒りの正当化まず、「他の人も怒っているのだから、自分も怒っていい」と考え、自分自身の怒りを正当化する。
これは、怒りを激化させる重要な要因である。
なぜならば、「怒ってはいけない」というしつけや教育を幼い頃から受けてきて、怒ることに恥ずかしさと後ろめたさを感じている人が多いが、「他の人も怒っているのだから……」と思えば、そういう気持ちを払拭できるからだ。

いわば「赤信号みんなで渡れば怖くない」という心理が働き、他人の怒りを口実にして心理的な抵抗なしに怒ることができる。
当然、怒りのコメントを残している人が他にも大勢いるほど、そして他のコメントが手厳しいほど、抵抗は小さくなる。
心理的な抵抗が小さくなると、怒りの対象だったはずの発言や記事の元々の内容も文脈もそれほど重要ではなくなる。
なかには、そんなものはどうでもいいとさえ思う人もいるようだ。
こういう人は、しばしば「誰でもいいからたたきたい」という欲望に駆り立てられている。
だから、大衆のバッシングを受けている有名人は格好の対象であり、便乗してボコボコにたたくのである。

■匿名の「安全地帯」からフルボッコする神経

(2)鬱憤晴らし「誰でもいいからたたきたい」という欲望を抱くのは、日頃から鬱憤がたまっていて、そのはけ口を探さずにはいられないからだろう。
つまり、怒りたくても怒れず、欲求不満にさいなまれている。
だから、誰でもいいから怒りをぶつけて、スカッとしたい。
このように鬱憤晴らしのために「誰でもいいからたたきたい」と思っていると、ネット上で他の誰かが残した怒りのコメントを見つけたら、これ幸いとばかりに自分も激しい怒りをぶつける。

こういう人は、そもそも鬱憤がたまる原因を作った相手に対しては、怖くて怒れない場合が多い。
たとえば、本当に腹が立っているのは、理不尽な指示に部下を無理矢理従わせようとするくせに、責任はすべて部下に押しつける上司だったり、ろくに家事をしないくせに、文句ばかり言う妻だったりするのだが、そういう相手には怖くて何も言えない。
それでも、怒りが消えてなくなるわけではない。
怒りは、澱のようにたまっていくので、何らかの形で吐き出さずにはいられない。
だから、その矛先の向きを変えて、しっぺ返しの恐れがなさそうな弱い相手に怒りをぶつける。

■「ネットに実名入りで悪評を書くぞ」と脅す
このような方向転換を精神分析では「置き換え」と呼ぶ。
怒りの「置き換え」の最たるものが、最近問題になっている「カスタマーハラスメント」、いわゆる「カスハラ」である。

「カスハラ」とは、サービス業の現場あるいはお客様相談センターで客が行う理不尽な要求や悪質なクレームなどの迷惑行為であり、最近深刻化している。
たとえば、店員に「お前は頭が悪い。
だからこんな仕事しかできないんだ!」と暴言を吐いたり、態度が気に入らないという理由で土下座を要求したりする。
あるいは、返金や賠償金を要求し、それが受け入れられないと、「ネットに実名入りで悪評を書く」「殺されたいのか」などと脅す。
こうした「カスハラ」が増えている背景には、顧客獲得のために“過剰”ともいえるサービスが当たり前になったことや、SNSの普及によって誰でも悪評を容易に発信できるようになり、しかもそれがすぐに拡散することがあるだろう。

だが、問題の核心は、店員を怒鳴りつけたり脅したりすることによって日頃の鬱憤を晴らそうとする客が少なくないことだと私は思う。
この手の客は、日頃怒りたくても怒れないので、怒りの「置き換え」によって、その矛先を言い返せない弱い立場の店員に向けるわけである。 同様のメカニズムが“便乗怒り”にも働いているように見える。本当に怒りたいのは職場や家庭の身近な相手なのだが、怖くて怒れない。
そのため、ネット上で他人の怒りのコメントを見つけると、それに便乗して怒りをぶつける。
この“便乗怒り”は、鬱憤晴らしの手段として最適である。
というのも、匿名で怒りのコメントを書き込めば、仕返しされる心配はないからだ。
自分は「安全地帯」にいながら、どんな激しい怒りでもぶつけられる。だからこそ、後を絶たないのである。

■ゲス不倫の芸能人を責める人は正義感の衣をかぶせる

(3)優越感そのうえ、怒ることによって優越感も味わえる。
怒りのコメントが多いのは、たいてい不祥事や失言などがあったときなので、そういう“失点”を厳しく責め、そんな“失点”は自分にはないと強調すれば、自分のほうが優位に立てる。

この手の優越感は、相手が大物であるほど味わえる。
当然、政治家や芸能人は絶好のターゲットであり、有名人の不倫スキャンダルが相次いで報じられた頃、ネット上は“便乗怒り”であふれていた。
有名人へのバッシングに同調した“便乗怒り”を目にするたびに、イタリアの思想家、マキアヴェッリの「人は、心中に巣くう嫉妬心によって、賞(ほ)めるよりもけなすほうを好むものである」という言葉を思い出す。

“便乗怒り”で怒りのコメントを残す人には、自分が嫉妬心を抱いているという認識はないかもしれない。
これは当然だ。
というのも、嫉妬心は恥ずべき陰湿な感情なので、そんな感情が自分の胸中に潜んでいることを誰だって認めたくないからだ。
厄介なことに、嫉妬心を抱いている自覚がない人ほど、正義感の衣をかぶせる。

たとえば、「不倫するなんて人倫にもとる」「あんな暴言を吐くなんて政治家として失格」といった“正論”を吐く。
たしかに、不倫も暴言も“悪”であり、許されないことだが、それを厳しく責め、怒りのコメントを残す人の心の中に“悪”への欲望がみじんもないかといえば、はなはだ疑問である。

実は、「自分も不倫したいが、妻が怖くてできない」
「自分も会社で思い切り暴言を吐きたいが、そんなことをすればクビになりかねないので我慢している」という人が多いのではないか。
自分がしたくてもできないとか、我慢しているとかいうことを他人が易々とやってのけると、誰でも悔しい。
だが、その悔しさを認めたくないので、正義感の衣をかぶせて、たたく。

とくに相手が有名人であれば、嫉妬心もあいまって、バッシングが激しくなる。
そして、それがさらに“便乗怒り”を誘発する。

■弱い相手を怒ると、怒られた側もさらに弱い相手を怒る
“便乗怒り”が現在の日本社会に蔓延しているのは、それだけ鬱屈した思いを抱えている人が多いからだろう。
そういう人は、怒りを向けるべき本来の相手が怖くて、怒れない。
だから、「置き換え」によって、たたきやすい相手に怒りの矛先を向ける。
このように怒りの矛先がずれているのは危険だと私は思う。

誰かがあまり関係のない弱い相手を怒ると、怒られた側もさらに弱い相手を怒る。
こうして、怒りの“とばっちり”がどんどん連鎖していくと、そもそも何について、誰に対して怒っていたのかが次第にあいまいになる。
ですから、みなさん、自分が本当に怒りを覚えているのは誰なのか、その相手に怒れないのはなぜなのかを分析して、きちんと怒りましょう。
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2019年02月08日

過剰な自慢、こき下ろし、敵対心…職場の「困った人」3つの対処法

過剰な自慢、こき下ろし、敵対心…職場の「困った人」3つの対処法
2019.2.7 ダイヤモンドオンライン
舟木彩乃:ストレス・マネジメント研究者

純粋な親切心から伝えたはずなのに敵意を持った言葉として捉えられた、きちんと説明したはずなのに「え!そこですか?」というところにこだわられた…など、まともな会話が通じない「困った人」があなたの職場にもいませんか。
そんな「困った人」への対処法を解説します。
(ストレス・マネジメント研究者 舟木彩乃)

「なんかおかしい…」という人たち
 私はこれまで8000人以上の方にカウンセリングをしてきたのですが、最近、関わってしまうと“厄介な人”や“困った人”についての相談が増えてきたように感じます。
 それは具体的には次のような人たちです。
皆さんの周りにいませんか?

・過剰に自己アピールする、自慢話が多い
・異様に他人をこき下ろす
・純粋な親切心から伝えた言葉が敵意をもった言葉と受け取られた
・きちんと説明したはずなのに、“え、そこですか?”というところにこだわる

 実際のカウンセリングのケースをいくつかご紹介したいと思います。

◎ケース1:持田さん(仮名)50代女性で専業主婦
 持田さんは、とても控えめな印象を与える方です。
もともと大手企業で一般事務職に就いていましたが結婚を機に退職、ブランクは20年以上ありますが、また仕事をしたいと思っています。
「仕事に復帰したい」と思うようになったのは、友人からある会合の司会をお願いされて引き受けたところ、自分の存在価値が実感できたことがきっかけだそうです。
 しかし、持田さんが仕事を再開することについて夫が賛成してくれない、というのが相談内容でした。

私は、持田さんが仕事に復帰したいという気持ちを大事にしながらも、そのことが原因で夫婦関係がこじれないようにするにはどうしたらいいか、話し合っていく必要があると思いました。
 しかし、このテーマで話を進めていくと、おとなしい印象であった持田さんがイライラしだし「カウンセラーさんは今まで、いろいろな人とお話ししているはずですよね?
私と話していて、他の人とは違う“なにか”に気がつきませんか?」と、やや強い口調で言ってきました。
 特段、持田さんの“何か”に気づくこともなかった私は、「それは何か教えていただけますか?」と返しました。

 持田さんは、せきを切ったように「学生時代の就職活動では有名テレビ局のアナウンサーの最終試験まで残っていた」という類いの話をし始め、「私は、理路整然と人にものを伝える才能や技術があるわけですが、今まで話していてそれに気がつかなかったですか?」とかなり強い口調で私に言ってきたのです。
 持田さんが私に伝えたかった一番の内容は「自分は見ての通り、人に物事を伝える技術や才能がある。
だから人前で話す仕事が向いている」ということでした。

 持田さんは、いくら話をしても自分の“技術や才能”に気づかず、称賛もしなかった私にいら立っていたのです。
 カウンセリングにくる方の中には、持田さんのように、相談するというより他人から称賛や承認を得るために来た、という人もいるのです。
 職場の同僚や上司に相談する人も同じようなタイプの人が少なくありません。

◎ケース2:橋口さん(仮名):30代男性・課長職、同期Aさんに困っている
 次にご紹介するのは、「困った人」に困っていた橋口さんのケースです。
 橋口さんは、大手企業に勤める会社員で、最近、課長に昇進したばかりです。
橋口さんの会社生活における悩みの種は、橋口さんの課に異動してきた同期入社のAさんでした。
同期入社の橋口さんがAさんの上司ということになります。

注意するとキレたりする
 Aさんは、仕事で大きな実績を残しているわけではありませんが、橋口さんよりも学歴が高く、自信に満ちあふれているところがあるそうです。
たまに、橋口さんがAさんに仕事のことで指摘すると、「そういうやり方は効率悪そうだね(笑)」などと皮肉を言ったり、時にはキレだすようなこともありました。
 また、自分がどんなに優秀であるかを、橋口さんをはじめ周りの人間に認めさせることに執着しているところもありました。

自分が注目され称賛されるためには、平気で“ウソ”までつくということでした。
 ある日、橋口さんの部署で全体会議があったのですが、そのときの内容は新規事業を具体的に進めるための話し合いでした。
 この新規事業はもともと橋口さんのアイデアで、社内でとても高い評価を得て予算がついたものでした。
しかし、Aさんは全体会議の場で突然「いやー、本当によかったな、橋口!俺のアドバイスを聞いておいて損はなかっただろう?」と、まるでAさんのおかげで橋口さんのアイデアが高い評価を得たようなアピールをしだしたのです。

 Aさんと、一切そんな会話をした覚えのない橋口さんは、驚きのあまりその場で何も言えなかったそうです。
厄介なのは、Aさんの経歴やあまりに堂々とした口調から、会議に出ていた人がAさんの言葉をそのまま信じてしまったことでした。
 それ以降も、Aさんは橋口さんの“手柄”を取るような言動が続き、注意するとキレたりしていました。
周囲はAさんがまるで橋口さんの陰のブレーンであるかのような印象を持ってしまい、橋口さんは非常にやりにくいと困っていました。

困った人の正体  
ケース1の持田さん、ケース2で橋口さんを困らせているAさん、この両者は一見違うタイプに見えるかもしれません。

根底に“病理的な自己愛”  
しかし、両者には共通して「自分は称賛されるべき特別な人である」という思いがあります。
その共通の思いを掘り下げていくと、そこには「強い劣等感」が潜んでいます。
 そのため、彼らは他人からの評価には非常に敏感です。
 自分の能力が周囲から評価されてプライドを維持できているときは“万能感”にあふれていますが、人から称賛されずにいたり批判されたりすると、根っこにあった“強い劣等感”が顔を出して過剰反応するのです。

 心理学では、これを「自己愛的怒り」といい、自己防衛本能の1つとされています。
 本当に優秀な人であれば、周りから認められているため、過剰な自己アピールや自慢をする必要はありません。
できない人ほど自慢話が多くなり、周りから見ると“イタい人”となっているケースはよくあります。

“強い劣等感”は、さらに掘り下げると、その根底に“病理的な自己愛”があります。
“病理的な自己愛”とは、自分自身が思い描く「100点満点の自分」と「とりえのないダメな0点の自分」という両極端に自分が分裂していて、“等身大の自分”がいない状態です。

 こういう人は本来の自分を受け入れることができないため、ちょっとした挫折や失敗であっても過度に恐れるという脆弱(ぜいじゃく)性があるのです。

“困った人”への対応方法
 ここまで紹介してきた心理的メカニズムが分かれば、少しはモヤモヤ感は晴れるものの、“困った人”の周囲の人は大変な思いをしなければなりません。

困った人への3つの対処法
周りは“困った人”にどのような対応をすればよいでしょうか。
 対処する方法は、あなたと“困った人”との関係によっても大きく変わってきますが、ケース2の橋口さんとAさんのように、職場で関わらざるを得ない場合の対処法を3つお伝えしたいと思います。

◎対処法 1.
日ごろから“困った人”について、上司や同僚などに相談をしておきましょう――これにより“困った人”の手柄横取り発言の信憑(しんぴょう)性が低くなります。

2.“困った人”の背景には、“強い劣等感”があることを意識しましょう――その上で、“困った人”の感情に引きずられて頭ごなしに否定するのではなく、冷静な対応を心掛けましょう。

3.“困った人”と2人だけのやり取りは避けましょう
――ミーティングやメールなど2人だけでやり取りするのではなく、必ず信用のおける第三者を入れておき、いざというときの“証人”をつくっておきましょう。
“困った人”の持つ“病理的な自己愛”の原因はとても深いところにあり、簡単に直るものではありません。
そのため、親切心からであっても過度に親しくしたり、逆に突き放したりせず、冷静な一貫した態度で接することが重要なのです。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため個人名は全て仮名とし、人物像や状況の変更などを施しています。ご了承ください。
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2019年02月09日

ウケ狙いで弱者を嗤う"失言大魔王"麻生氏

ウケ狙いで弱者を嗤う"失言大魔王"麻生氏
2019年02月08日  PRESIDENT Online編集部

■1人の政治家が同じ失言を2度して2度撤回
永田町で「失言大魔王」の異名をとる麻生太郎副総理兼財務相。
暴言を吐いたからといって、いまさら驚く人は少ないかもしれない。
しかし、今回ばかりは開いた口がふさがらない。

2月3日、少子化問題に関連して「子どもを産まないほうが問題だ」と発言。
子どもを産む機会がなかった女性が聞いたら不快に思う大問題発言だ。
実は麻生氏は2014年にも、ほぼ同じ内容を発言して、撤回している。
1人の政治家が同じ失言を2度して2度撤回に追い込まれたのは史上初のことだろう。

■「子どもを産まなかったほうが問題なんだから」
問題の発言は2月3日、地元福岡県芦屋町で行った国政報告会で飛び出した。
「平均寿命が高くなっている。
素晴らしいことですよ。
いかにも年寄りが年とったのが悪いという変なのがいるが、間違っている。
子どもを産まなかったほうが問題なんだから」

麻生氏の発言は、少子高齢化の責任を、子どものいない夫婦や独身女性に押しつけるようなものだ。産みたくても産めない人、経済的な事情で子どもを養うことができない人の心を逆なでしたのは言うまでもない。

暴言、失言の中には、使う言葉は不適切だが、発言全体の文脈を読めばある程度理解される例もあるが、今回の麻生発言は「即アウト」の部類に入る。
4日、衆院予算委員会で野党から批判を受け「誤解を受けたのなら撤回する」としたが謝罪はせず。
5日、同じく衆院予算委員会で追及をされると「不快に思われた方がいるとすればおわび申し上げる」と、ついに陳謝した。
後手後手の対応に野党だけでなく与党からも批判の声が上がる。
特に公明党の山口那津男委員長は「極めて不適切だ」とかんかんだ。

■政治家は笑いで人を傷つける発言をしてはならない
麻生氏と失言、暴言は切っても切り離せない。
学者や弁護士らでつくる「公的発言におけるジェンダー差別を許さない会」が行った18年のジェンダーに関する問題発言のインターネット投票で、麻生氏は1位に選ばれた。

「受賞作」は、財務事務次官の女性記者に対するセクハラ行為に関連し「嫌なら(女性は)その場から帰ればいい」と語った発言。
麻生氏は昨年、「本人が(セクハラ被害を)申し出てこなければどうしようもない」「セクハラ罪はない」などの発言もしている。
麻生氏の失言は、ウケ狙いの軽口が弱者への配慮を著しく欠いていて批判を受けるというパターンが多い。

「90歳になって『老後が心配』とか訳のわかんないこと言っている人がテレビに出てたけど、いつまで生きてるつもりだよ」というような発言をすると、会場は笑いに包まれるのは事実だ。
毒舌のお笑い芸人なら、それでいいのだが、笑いによって傷つくような発言は、政治家は絶対にしてはならない。
そのことは十分承知しているはずなのに懲りない。

■2014年にもほぼ同じ発言をして撤回している
驚くべきことだが麻生氏は「子どもを産まないほうが問題だ」という発言は2014年にもしている。
12月7日、札幌市内で演説し「(少子高齢化問題は)高齢者が悪いというようなイメージをつくっている人が多いが、子どもを産まないのが問題だ」と語っている。
今回の発言とほぼ全文同じ。
そして、批判を受けて撤回した。
その経緯まで同じだ。

これまで、失言、暴言を繰り返す政治家は何人もいる。
古くは森喜朗元首相、最近では桜田義孝五輪担当相らが有名だ。
しかし、さすがの彼らも同じ発言を2度繰り返すようなことはしない。
そういう意味で麻生氏は、「史上初」なのだ。

麻生氏は7日に成立した2018年度第2次補正予算、そしてこれから審議入りする19年度予算案の所管閣僚だ。
審議に影響を及ぼさないように言動は慎重を期すべき立場。

にもかかわらず、自ら率先して失言している。
麻生氏と同じ福岡県が地盤だった山崎拓元党幹事長は6日ラジオ番組で
麻生さんは浮世離れした政治家。常識は元々欠けていましたけど最近はちょっとぼけ老人になりましたね。 上から目線でずっときているから、ああいう発言が次々出てくる」と語ったという。

2人がライバル関係だったことを差し引いても山崎氏の「麻生評」は出色だ。

■二階氏、菅氏と微妙な関係に
中央政界での麻生氏の立場は最近微妙になっている。
お膝元の福岡県は4月に知事選を控える。
自民党は元厚生労働官僚の新人・武内和久氏の推薦を決めているが、現職の小川洋氏も出馬を決意。
自民党の一部国会議員は小川氏を推す構えで保守分裂選挙となる。

小川氏はもともと自民党の支援を受けていたが16年の衆院福岡6区補選の対応を巡り麻生氏の不興を買った。
そういった経緯から自民党は今回、小川氏を推さず武内氏の支援を決めたのだが、結果として保守分裂選挙となってしまった。
もし武内氏が敗れることになれば麻生氏の求心力低下は避けられない。

さらに深刻なのは、小川氏が二階俊博幹事長や菅義偉官房長官と近いことだ。
福岡の自民党分裂はそのまま中央に波及し、麻生氏と二階氏、菅氏という安倍晋三首相を支える3人の重鎮の関係を微妙にしている。

■永田町での存在感が日に日にやせ細っている
菅氏は14年に麻生氏が「子どもを産まないのが問題だ」と発言をした時は「全く問題ない」と擁護している。
今回の発言を受けコメントを求められた時には「必要に応じて麻生氏自身が説明すると思う。
コメントは差し控える」と述べた。
今回の発言のほうが突き放しているように聞こえるのは考えすぎだろうか。

スタイリッシュで若く見える麻生氏だが78歳になった。
17年ごろまでは、安倍内閣の支持が急落すると決まって「ワンポイント・リリーフで麻生政権」というような観測があったが、最近はそういう声も上がらない。

そもそも安倍氏が2021年秋までの総裁任期前に辞任するような展開は今のところ考えにくい。
21年秋には麻生氏は81歳になってしまう。

麻生氏の永田町での存在感が日に日にやせ細っていくのは避けられない。
注目されるのが問題発言だけ、ということになってしまうのは、あまりにも寂しい。
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2019年02月10日

「政治的意図を感じた」、沖縄フェイクの闇

広告なく「政治的意図を感じた」 BuzzFeedが暴いた沖縄フェイクの闇
2019/02/09 沖縄タイムス

2018年9月上旬、オンラインメディアのバズフィードジャパン(東京都)に、読者から「選挙に関して問題だと思うサイトが出回っている」との情報が寄せられた。
 タイトルは「沖縄県知事選挙2018」と「沖縄基地問題.com」。

 一見、公式機関のサイトのようだが、取材に当たった同社の籏智(はたち)広太記者(29)は「内容のほとんどは知事選候補者だった玉城デニーさんをおとしめる誹謗(ひぼう)中傷だった」と振り返る。

デマ情報の氾濫
 同社は15年の設立以来、沖縄報道に力を入れる。
創刊編集長の古田大輔さん(41)は「日本の安全保障の問題として基地問題がある。
東京のメディアが取り上げないのはよくないと思い、積極的に発信している」と理由を語る。

 基地問題が争点となった県知事選の告示後には記者2人を沖縄に派遣。
地方の首長選挙にここまで注力するのは初めてだ。
背景には、これまでにないデマ情報の氾濫があったという。

 同社が県知事選に関して配信した記事は24本。
そのうち、10本がネット上の情報などを基にした事実を検証する記事だった。
古田さんは「多種多様なフェイクを目にすることで、有権者の投票行動に影響を与える可能性がある。
この情報は間違いだということを読者に伝えなければならないと考えた」と説明する。

 〈壊し屋と共産主義者が沖縄を滅ぼす!?〉
 〈玉城デニー氏と豪華別荘の関係!〉
 前述のサイトには、これまで取材したフェイクサイトと同じように、読者が思わずクリックしたくなるような文言が並んでいた。
一方、これまでのサイトにあった「広告バナー」は見当たらなかった。

ファクトチェック
 フェイクニュースを発信する目的の一つが広告収入だ。
サイト運営者はより興味を引く見出しを付けて読者のクリックを誘い、その数によって広告料を得ることが多い。
しかし両サイトに広告バナーはなく、籏智記者は「政治的意図があると感じた」と話す。

 同社の検証記事配信後、ほどなくして両サイトは消えた。
 古田さんは大手マスコミによる従来の選挙報道について「公平中立で報道しなければならないという縛りの下、結果として選挙の中身を積極的に報じることが少ない」とみる。
 フェイクニュースはそこにつけ込み、読者にさまざまな情報を与えようとする。

ファクトチェックができる力を持った報道機関が、事実に基づかない情報をきちんと指摘していくことが重要だ」と語った。
(「幻想のメディア」取材班・比嘉桃乃)
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日本人はもっと「食事を残す勇気」を持ってもいい!?

日本人はもっと「食事を残す勇気」を持ってもいい!?
2019年02月09日 All About
(文:平井 千里(管理栄養士))

■「残さず食べる」日本人の美徳
「食事を残してはいけない」と、両親や学校できつく教えられたという人も少なくないと思います。
食材をつくってくれた農家の人や、調理をしてくれた人を想う日本人の美徳です。

提供する側が食べる人の適量を知っていて料理を出した場合は、「残す必要がない」=「残してはいけない」という状況もあります。
例えば、小学校の給食などはその年齢の子供さんに見合った量を提供しています。
成長や体調の違いもありますので、絶対にいけないとまでは言いませんが、基本的には残さずに食べることが望まれます。

しかし、外食など自宅以外の場所で食事をする場合、食べる人にとっての適量が提供されない場合もあります。
そして「残してはいけない」という美徳にとらわれて、必死になって残さず食べきってしまうことも多いものです。

実は食べ過ぎは疲労を生み出し、老化を早めてしまうなど、体に悪影響を与えることが知られています。
もし美徳を守ることで将来の健康が危ぶまれるのであれば、勇気を持って破ってしまうことも大事なことのように思います。

■「食事を残す勇気」を持つには
食事を残すことができる人とできない人の差は、「一食分」の食事をどのように考えるかという、定義の差です。

食事を残すことができる人は、「一食分」を自分の胃袋の容量に見合った量として考えることができます。
食べ終わったときの自分の感覚で「もうちょっと食べられるけれど、体調が悪くなっては意味がない。
このくらいでやめておこう」というように、身体との対話で食事を終わらせることができるのです。

逆に、食事を残すことができない人は、出された皿に乗っている量が「一人前」なので、自分の適量に見合っていないとしても、周りの目を気にして何とかして食べきろうとしてしまいます。
「残してはいけない」という美徳や、料理・食材に関わる方への感謝を持つことは大切ですが、食べた人が美味しく楽しく食事をしなければ、それらの考え方も本末転倒です。

また、諸外国には恵まれない子供たちがいて、彼らは満足な食事を食べることはできないのだから……と考える方もいらっしゃいますが、残念ながら目の前にある食事を諸外国に届けることはできません。
確かにもったいないと思いますが、無理をして食べて肥満や生活習慣病を助長するよりも、健康を守って元気に働き、1円でも多く収入を得られれば、その中から恵まれない子供たちに少しでも寄付すると良いでしょう。
その方が本当に恵まれない子供たちを守ることにつながるのではないでしょうか。

■勇気が持てないときはどうするか
食事を残す勇気を持つことができないとしたら、当たり前ですが、最初に残さなくて済む量をオーダーすることが必要です。

特に、外食ではおかずの量を調節することは難しいことが多いので、米飯やパンなどで調節することになります。
ありがたいことに、最近では外食産業でも細かく「小盛」「大盛」などのオーダーをきいてくれるお店も増えてきました。
このような背景が出てきたのは、「残したくない」というお客様の要望が強くあることをお店側でも察知していること、そしてお店側でも食べ残しがあるより、気持ちがいいということではないでしょうか。

また、自宅で購入する食材の量も、「安い」からではなく「食べきれる量」を購入するようにします。
自宅では、食卓で料理を残すこと以上に、冷蔵庫の中に食材を入れっぱなしにしたまま忘れてしまい、ダメにしてしまうことも多いと思います。
冷蔵庫の中は常に整理整頓をして、何が入っているかがひと目で分かるようにしておきましょう。

冷蔵庫にある材料を全部使い切りたい、と言って大量に作ってしまうことも往々にしてあるようです。
冷凍保存できる料理は小分けにして冷凍保存すればよいですが、保存が効かない料理の場合は食べきれる量だけを作るようにしてください。
いずれの場合も、食事を残さなければならないのが辛いことは間違いありません。

しかし、“食事を残す勇気”を持つ必要があるシーンでは、食べ物と自分の身体のどちらが大事かという二択になります。
この二択は恋と仕事を比べるというように、どちらとも選び難いものとは違います。
食べ物は代わりがあっても、自分の身体にはスペアはないのです。
日に何度も行うので軽い選択のようではありますが、チリも積もればなんとやらです。
ぜひ、賢い選択をしていきましょう。
posted by 小だぬき at 19:59| 神奈川 ☁| Comment(2) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

日本の「精神医療」は患者をダメにしているのか

日本の「精神医療」は患者をダメにしているのか
2/10(日) 筒井 幹雄 :東洋経済 記者

「患者のため」の身体拘束が招く死。
処方薬の影響で体中に入れ墨をした女性、万引を繰り返した会社員や衰弱後に突然死した自閉症患者。
担当医は患者家族から逃げ回り、「親の代わりに殴った」と開き直る。

半世紀前と変わらない医療現場がある。
『なぜ、日本の精神医療は暴走するのか』を書いたリサーチャーの佐藤光展氏にその実態を聞いた。

■リアルな患者の姿を見せていない

 ──にわかには信じられないような事例だらけです。

 1970年に朝日新聞の記者だった大熊一夫さんが精神病院内での患者への暴力をルポして、社会問題になりました。
1987年に精神衛生法が精神保健法へと改正され、改善されたと思っていたが、医療担当記者として取材していると、誰も開けない扉がある。
好奇心から開けたら人がばたばたと倒れている。
自分では“蘇生”できないので「これ、おかしいでしょ、助けませんか」という気持ちで書いています。
臭い物にふたは一般的ですが、精神医療には社会のひずみが凝縮していると感じます。  

──昨年8月に毎日新聞が、精神病院に50年以上入院している人が1773人いると報じました。

 こうした状況を、多くの人はおかしいと感じるはずですが、そうなっていないのは、まさに患者を病院に閉じ込めて、リアルな患者の姿を見せていないから。
ある精神科医に言わせると、従順ないい人だから何十年も入院しているわけで、世間が考える突然暴れ出すような人たちなら、暴動が起きて病院は潰れている。  

──これだけひどいと、「極端な例だ」という声もあるのでは。

 そういう反応は必ず出ます。
ただ、メディアが取り上げるのは何であれ極端な例がほとんどです。
殺人事件は年間約300件で年々減っていますが、報道しなくていいという話は聞きません。
事件の背景にある社会の問題や被害者の命の重さは伝えなくてはいけない。
それが、精神疾患の患者の場合なら、虐げられても一部だからいい、というのは理解できません。  

──なぜ、考えられないような医療が続いているのでしょう。

 医療は医者の見た目(視診)と検査の数値に基づいて行われますが、精神科は見た目がすべて。
iPS細胞による治療がスーパーカーなら、精神医療は人力車。
人力車だからダメ、ではないんです。
患者の話を聞いて癒やせればいい。
例えば「眠れてますか」に始まって、「そんなに仕事が大変なら会社と交渉しましょうか」というのが本来の精神科です。
ところが、ろくすっぽ話も聞かずに「眠れない?  じゃあ薬飲んで」となっちゃう。
ここに大きな問題がある。

■患者が半減してもやっていける  

──話を聞かないのは診療報酬制度にも問題があるようですね。

 お金に困ってない精神科の重鎮が開業して、1時間かけて患者の話を聞くと、大して薬を使わなくても1〜2カ月でうつ病が著しく改善したりします。
じっくり患者に向き合っても報酬は変わらないので、ある種ボランティア。
ここに矛盾があるのは確かですが、1人当たりの診察時間を5分から10分にして患者が半減してもやっていける報酬はもらっているはずです。
逆に、稼ごうと思ったら数をこなして投薬になる。  

──治さずに薬漬けにしたほうが儲かる構造ですね。

 ほとんどの精神科医は治したいと思っている。
ただ、検査や手術という方法がなく、あるのは薬だけ。
また、医療の質を問う場合、どれだけ治したかという評価基準が必要ですが、精神疾患は何をもって治ったとするかが難しい。
うつ病だと社会復帰でしょうが、会社に行ったらまた症状が出たという例は身近にあると思います。  

──製薬会社による「うつは心の風邪」といううつ病の啓発活動が安易な受診を助長すると批判されたことがありました。  

あのフレーズは、今思うとある意味正しかったという気がします。
風邪の発熱などが体を休ませるための指令なら、脳の活動の低下も同じように疲弊した体を休ませるための指令かもしれない。
 問題は、心の風邪や、それ以前のちょっと疲れていて眠れば回復するような人まで病気と診断して投薬してしまうことです。
本当に必要な休息を取らないで薬だけ飲んでも治りません。
その結果、「よくなりませんね、重症ですね」と薬が増え、副作用で患者が本来できることもできなくなってしまう。
副作用に鈍感な医者はとことん鈍感で、症状の悪化と投薬の関係を疑ったりしません。  

──医師の処方内容をチェックすべき薬剤師は機能していない? 

 もっと医者に「この処方はおかしい」と言わなきゃいけないけれど、門前薬局なんかは医者に干されるおそれがあって言えないというのはまだあります。
また、睡眠薬などは長期間服用すると適正量でも薬物依存になりますが、処方が適正量だと言いにくいと思います。  

──短時間診療に過剰投薬。患者を人として扱っていませんね。

 精神医療関係者が患者をバカにしているというのは感じます。
本書に書いた、夫のDVから逃れようと110番通報した女性が、精神錯乱者とされて、措置入院(編集部注:知事などの権限による強制入院)させられたのは好例です。
警察官、保健所員、精神科医の誰もまともに女性の話を聞かず、レッテル貼りをして病院に入れてしまう。

■犬猫のほうが大事にされている  

──精神科医のうち一人は「措置というほどではありませんね」と言いながら「要措置」としました。

 石郷岡病院において、暴行がもとで患者が死亡したと看護師が起訴された裁判員裁判では、意味不明な理由により罰金30万円で終わり。
医療現場のひずみを社会が正さないのです。
精神疾患患者への社会の薄情さが医療現場に反映されている。
犬猫のほうが大事にされていると思います。  

──状況を変えるには? 

 患者やその家族が声を上げるしかないでしょう。
部外者の私がいくら声を上げても「極端な例だ」と言われてしまう。
無力感があるのかもしれないが、社会にいちばん響くのは彼ら彼女らの声です。
医療にめちゃくちゃにされた患者はそれどころじゃないでしょう。
それでも声を上げる必要がある。

 精神科の診断基準は、その症状によって本人の社会生活に著しい影響があるかを必ず問題にしています。
要は本人が困っていなければ病気ではないのです。
発達障害で顕著ですが、変わった人がいて困っているのは周囲の人ではないのか。
社会の受け入れ方次第で患者自体が減ると思います。
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2019年02月12日

嘆きとユーモア…サラリーマン川柳

嘆きとユーモア…平成経済を綴ったサラリーマン川柳
株式会社 産経デジタル 2019/02/11

 新元号の発表まであと約2カ月。
ユーモアを交えて世相をつづってきた第一生命保険の「サラリーマン川柳」(サラ川)も昨年末に平成最後の作品が発表された。
バブル崩壊からデフレに突入、実感の乏しい戦後最長の景気拡大に至るこれまでの約30年。
会社での働き方や技術の進歩、人間関係のありようをどう表現してきたのか。

優秀句に選ばれた2900句にものぼる川柳から平成経済を振り返ってみた。

バブル期、モーレツ社員
 現在、定年にさしかかったサラリーマンが、若手として一線で働いていた約30年前。
平成始めはバブル景気に沸いていた。
そんなころの働き方は、今でいうならブラック企業のような状態だったかもしれない。  

「ビジネスマン 24時間 寝てみたい」(ボーナス 平成2年)
 当時は、栄養ドリンクのCMソングの一節、「24時間戦えますか」というフレーズが流行していた。

「終電車 座ったばかりに 乗りすごし」(オジサン 2年)

「頑張れよ 無理をするなよ 休むなよ」(ビジネスマン 4年)

 長時間労働が当たり前だった時代。バブルを象徴した地価の高騰は尋常でなかった。  

「一戸建 手が出る土地は 熊も出る」(ヤドカリ 2年)  
「一戸建て まわりを見ると 一戸だけ」(貝満ひとみ 3年)  
一般のサラリーマンが都心にマイホームを持つのは夢物語のようで、郊外には住宅団地が次々と開発されていった。

バブル崩壊、成果主義台頭
 土地取引融資にかかわる規制が2年に強化され、バブル崩壊が始まる。
不動産価格は暴落し、投資資金の焦げ付きとともに景気がいっきに冷え込む。
新卒採用は絞り込まれ、就職氷河期が到来、企業では人員削減が加速した。  

「この不況 人事ばかりが やる気みせ」(信天翁 6年)  
「少数に なって精鋭  だけが欠け」(凡夫 7年)  
「休みくれ 永久に休めと 肩たたく」(嫌味言太 11年)

 9年には山一証券が自主廃業、北海道拓殖銀行が、都市銀行として初めて破綻した。
金融システム不安が高まる中、企業倒産、再編も相次いだ。  

「行員も そっと他行へ 貯金する」(読み人知らず 9年)  
「コストより 先に会社が ダウンをし」(福の神 10年)  
「一生を 賭けた会社に 先立たれ」(怒りのヒラ 11年)

 不良債権問題は16年ごろまで沈静化せず、「失われた10年」と呼ばれた。
 活力をどうすれば取り戻せるのか。バブル崩壊の打撃を引きずる企業は、日本に根付いていた終身雇用と年功序列型賃金の見直しに踏み切る。
成果主義賃金へのシフトだ。  

「恩忘れ すぐにかみつく 部下とジョン」(貧乏くじ 7年)
「成果主義 成果挙げない 人が説き」(詠み人甚吉 15年)

 社歴よりも、実力が社員の評価軸として一段と重視される。

IT化、上司と部下の関係に影響
 リストラと歩調をあわせるように企業が急いだのが、IT化だった。
1990年代後半から職場のいたるところにパソコンが導入され、サラリーマンにはITスキルが不可欠となる。
 第一生命経済研究所の的場康子主席研究員は「インターネットに慣れ親しんだ若い世代と、そうでない世代ではITスキルにギャップがある。
上司が部下に教えてもらう構図を生み、関係性を変える影響を与えたかもしれない」と話す。  

「ぼくに出す メールの打ち方 聞く上司」(ホワイトエンジェル 平成10年)  
「パスワード アスタリスク(*)を打つ上司」(薩摩はやと 11年)  
「ドットコム どこが混むのと 聞く上司」(ネット不安 12年)

 IT音痴の上司には、職場では冷ややかな視線が向くようになった。

延びる定年、働き方改革、そしてAI…  
バブル崩壊の痛手から抜け出した日本だが、いまは生産年齢人口の減少を背景とした低成長時代の真っただ中にある。
リストラを懸命に進めてきた企業も、うって変わって人手不足の問題に直面。
人材確保が大きな悩みとなっている。
 25年には年金支給開始年齢の引き上げを背景に希望者全員の65歳までの雇用確保を企業に原則義務付ける改正高年齢者雇用安定法が施行された。  

「人生の 余暇はいつくる 再雇用」(年金未受給者 30年)  
「再雇用 昨日の部下に 指示仰ぐ」(白いカラス 30年)

 定年を迎えたものの嘱託などの待遇で働かねばならない還暦サラリーマンの哀愁がにじむ。
 安定雇用につながる定年制廃止や定年引き上げは一部の企業に限られ、厚生労働省の30年調査では、定年後の再雇用などの継続雇用制度が8割近くを占める。

「たたき上げ 育てた女子が いま上司」(そらみみ 28年)  

50歳半ばで役職を後輩にゆずり、給与が大幅にダウンするサラリーマンも多い。
 また、ここ数年、急速に広がっているのが仕事と家庭の両立、過重労働の防止を目指す動きだ。
30年には働き方改革関連法も成立。
ワークライフバランスの実現に向けて試行錯誤が続いている。  

「人減らし 『定時であがれ 結果出せ』」(まろちゃん 29年)  
「削減だ 改革起こすと 仕事増え」(一生船乗り 30年)  
「終業後 家に帰れば  家事始業」(ワンオペ育児 30年)

 的場主席研究員は「働き方が変わってきても、会社の仕事の量そのものが減るわけではない。
働く女性が増えているが、女性が家事や育児の大半を担う状況も変わっていない」という。

 平成最後の発表となった川柳には、業務効率化と業績向上の切り札とされる人工知能(AI)を織り込む句も目立った。  

「ライバルが 去ってAI現れる」(ひぐらし 30年)  
「人事異動 オレの後任 人工知能」(A.I.30年)

 苛烈な社内競争を勝ち抜いてきたサラリーマンにも危機感が漂う。
これまでの上司、部下、同僚をはるかにしのぐ、手ごわい相手と向き合う時代がやってきたようだ。
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2019年02月13日

クレーマー撃退法をプロが伝授、最初の5分我慢すれば8割は解決!

クレーマー撃退法をプロが伝授、最初の5分我慢すれば8割は解決!
2019.2.12 週刊ダイヤモンド編集部
前田 剛:副編集長

『週刊ダイヤモンド』2月16日号の第1特集は「あなたの周りのモンスター クレーマー撃退法」です。
店員に土下座を強要する、同僚に暴言を吐く、SNSに悪評を書き込む。
そんなモンスタークレーマーが急増しています。
理不尽な要求を突き付けられ、精神的に参ってしまう人も少なくありません。
しつこいクレームを断ち切り、モンスターを撃退するための実践的技術を伝授します。
***************************
「おたくで買ったタイヤチェーンのサイズが合わなくて装着できない。いまからすぐにスキー場まで代替品を持ってこい!」  理不尽な要求だと分かってはいても、客のあまりのけんまくに屈し、カー用品店の店員はスキー場までチェーンを届けた。
するととんでもない言葉が飛び出す。
「チェーンが届くまでの時間が無駄になった。その時間料を払え」──。

モンスターは客だけではない。
職場にもいる。
「まだそんなことやってるの? 日が暮れちゃうよ。この程度のことならできると思ったのに、あなたに任せたのが間違いだった」
 中堅企業で働く20代の女性は、先輩で40代の女性社員に目を付けられていた。
嫌みを言われるのは日常茶飯事で、誰かと話をしていると「ちょっといま何話してたの!」と詮索される。

 忙しいときにこちらから話し掛けると、「空気読んでよね! それどころじゃないの。
見て分からないの? バカじゃない!」などと暴言を吐く。
何をやってもキレる、まさにモンスターだ。

 いま世の中には、このようなモンスター化したクレーマーや社員が急増している。

最初の5分で「謝って済む問題」に持ち込めるか
 繊維、化学、流通、サービスなどの生活関連産業に従事する労働者によって組織されている労働組合、UAゼンセンが、2017〜18年に8万人余りの組合員を対象に行った「悪質クレーム対策アンケート調査」によると、実に7割強の組合員が「客からの迷惑行為に遭遇したことがある」と答えている。

 迷惑行為を受けた人のうち「精神疾患になったことがある」と答えた人が1%、約600人もいる。
「強いストレスを感じた」と答えた人は54%に上り、
「軽いストレスを感じた」も合わせると、全体の約9割がクレーマーの迷惑行為によって精神的なダメージを被っているのである。

 モンスター社員がもたらす影響も看過できない。
モンスター社員が1人いるだけで月100万円の損失になるとの試算もある。

「D言葉」を使わず「S言葉」で 最初の5分を乗り切る
 経済的損失をもたらすクレーマーの撃退は、企業にとって喫緊の課題だ。
ではどうやって撃退すればいいのか。
100業種・5000件を解決してきたクレーム対応のプロ、エンゴシステム代表取締役の援川聡氏が、実践的ですぐに使えるクレーマー撃退の技術を明らかにする。

「5分我慢すれば8割のクレームは解決できる」──。
援川氏は、そう言い切る。
 怒りの感情というのは長続きしない。
持続してもせいぜい5分程度だ。
この段階では、先入観を持たず、ひたすら相手の話を親身に聴くことが肝要になる。
相手は興奮しているので、決して反論したり話の腰を折ったりしてはいけない。
 また、相手の怒りを静めるためのおわびも必要だ。
ただしそれは、非を認めるおわびではなく、不快な思いをさせてしまったり、不便を掛けてしまったり、手間を取らせてしまったりしたことへのおわびである。

 とにかく、最初の5分で「謝って済む問題」に持ち込めるかどうかが、クレームの早期解決の鍵なのだ。

「D言葉」と「S言葉」とは?
最初の5分で重要になってくるのが話術である。
ここで絶対に使ってはいけないNGワードがある。
「ですから」「だって」「でも」のDから始まる「D言葉」だ。
感情的、一方的にまくしたてられるとついつい言いたくなる言葉だが、それでは火に油を注ぐだけ。
ひたすら我慢し、相づちをうまく使って「D言葉」をSから始まる「S言葉」に変えよう。

 例えば「ですから」と言いたくなるのをこらえて、「さようでございますか」と相づちを打ち、「失礼いたしました」と言い換えると、相手は自分のことを理解してくれたと感じるだろう。
 5分たっても解決できなかったら、そこには必ず何らかの理由がある。

次の段階では受け身の姿勢で話を聞き、相手の動機や目的を見極める。
話を聞く時間は30分をめどにする。
時間を決めて切り上げるようにしないと、相手のペースにはまってついついD言葉を使ってしまったり、出口が見えない苦しさから安易に要求をのんでしまったりすることになる。
ここで解決を急ぐと、要求がエスカレートするので要注意だ。

 目安の30分を過ぎても相手が理不尽な要求を繰り返すようなら、「ギブアップトーク」を使う。「今すぐ答えろ!」「今すぐ来い!」などと迫られたら、「私一人では判断できません」「お急ぎかもしれませんが、今すぐというわけにはいきません」と返せばよい。

ギブアップといっても相手の言いなりになるのではなく、一歩斜め後ろに身を引いて相手の土俵に乗らないようにするのである。

クレーマー撃退法とは人とのコミュニケーション術
 ここまでやっても解決しないなら、相手は「モンスタークレーマー」だと割り切ろう。
もはや「顧客満足」を優先する必要はなく、「危機管理」へモードをチェンジする。

クレーマー撃退法とは 人とのコミュニケーション術 『週刊ダイヤモンド』2月16日号の第1特集は「あなたの周りのモンスター クレーマー撃退法」です。
 世の中で、モンスター化した客や社員が増えています。背景にはさまざまな環境変化がありますが、中でもモンスターを生み出す元凶とみられているのが日本の過剰サービスです。
 デフレが進行し商品もコモディティ化して差別化が難しくなる中、日本企業は「おもてなし」によるサービス強化に走りました。
消費者はそれが当たり前だと勘違いし、少しでも期待を裏切られるとキレるようになったのです。
 こんな話を聞きました。
北陸新幹線が開通して、金沢駅では旅客が3倍になった一方で、クレームは10倍になったといいます。
都会のせっかちな客が、時間の流れが違う金沢で「なにやってるんだ、急いでくれ」と苛立ちを募らせたのです。

 特集では、「普通の人」がモンスタークレーマーに豹変する恐怖の事例を紹介しつつ、それを撃退するための技術を紹介しています。
クレーム対応のプロが教える解決手順と話術は、まさに「目からうろこ」です。

 職場にいるモンスター社員への対処法をもまとめました。
自分が一番という自己中社員、周囲に嫌がらせを行うハラスメント社員、都合が悪くなるとすぐうそをつくうそつき社員など、問題行動のあるモンスターの撃退法をぜひ学んでください。

 クレームを積極的に経営に生かす企業の事例も紹介しています。
クレーム客の96%をリピーターに変えているカルビーの「お客様相談室」の守りと攻めのクレーム対応は、モンスタークレーマーに悩む企業にとって大いに参考になることでしょう。

 「クレーマー撃退法」というと、サービス業の方に向けた特集だと思われるかもしれませんが、そうではありません。
クレーマーというのは、周りの至る所にいます。
家族、友人、職場の同僚、仕事の取引先、客。つまり、クレーマー撃退法とは、周りのあらゆる人とのコミュニケーション術にほかならないのです。
ぜひ手にとってご覧ください。
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2019年02月14日

急所を突かれると興奮する安倍首相の性癖

急所を突かれると興奮する安倍首相の性癖
2019年02月13日 PRESIDENT Online
ジャーナリスト 沙鴎 一歩

■アベノミクスは「統計」をいじって成果を装ったのか
厚生労働省の「毎月勤労統計」の不正問題をめぐって、国会で論戦が続いている。
2月4日の衆院予算委員会では、安倍晋三首相が「統計をいじってアベノミクスをよくするなんて、できるはずがない」と激怒するシーンが映された。
立憲民主党の小川淳也議員の質問に答えたもので、昨年の“もりかけ疑惑”でも、国会で野党に痛いところを追及されると、安倍首相は興奮して声を荒らげる。
野党の追及が的を射ているから一国の首相という立場を忘れ、思わず興奮してしまうのだろう。
安倍首相の性癖である。

小川氏は2015年10月の経済財政諮問会議で、麻生太郎副総理兼財務相が毎月勤労統計について発言したことを取り上げた。厚労省はこのときの麻生氏の発言を受けてすぐに動いたというが、小川氏はそこを質した。

■「いい数字を出せ」という政治的圧力はあったのか
小川氏によると、同諮問会議で麻生氏は「(499人以下の中小)企業サンプルの入れ替え時にデータの変動があるとされている。
改善策を検討してもらいたい」と話し、この発言を“指示”と捉えた厚労省は中小企業に加え、都内の従業員500人以上の事業所の調査データを補正するため、プログラムを改修した。
その結果、2018年の月ごとの名目賃金上昇率が実態より高くなった、というのだ。

小川氏は「不正調査の背景には『いい数字を出せ』という政治的圧力があった」と追及。
だが、麻生氏は「統計の精度向上の話をしただけだ」とかわした。
安倍首相は前述した答弁に加え、「安倍政権が偽装しようとしたという結論ありきだ」と抗議する姿勢をみせた。
麻生氏の3年半前の発言が毎月勤労統計にどう具体的に影響を与えたのか。
そのからくりはまだよく分からないが、どうやらキーマンは麻生氏らしい。

■焦点のひとつは「実質賃金」と「総雇用者所得」の違い
この国会論戦では、物価変動を加味した「実質賃金」と、国内の労働者の所得を合計した「総雇用者所得」の違いが焦点のひとつになっている。
実質賃金を重視する野党側は2018年の毎月勤労統計の調査事業所のうち、前年の2017年も調査対象となっていた共通事業所に絞って算出してデータ化し、「9カ月もマイナスだ」と追及している。

これに対し、安倍政権側は「総雇用者所得は、名目でも実質でもプラスで、アベノミクスの成果だ」と主張している。
野党の追及と安倍政権の主張のどちらが正しいかは専門家によく調べてもらいたいが、アベノミクスによって株式などの金融資産をもつ富裕層が恩恵を受け、給与所得に頼る大半の国民が景気のよさを実感できていないことは確かである。
焼鳥屋で一杯やっていて「お客が減っている」と店主から愚痴を聞く回数は、増えるばかりである。

■「子どもを産まなかったほうが問題」が本音ではないか
キーマンは麻生氏と書いたが、2月6日付の朝日新聞がこんな社説を掲載している。
朝日社説は皮肉を込めて「発言を撤回し、陳謝したが、むしろこれが、偽らざる本音ではないのか」と書き始める。
偽らざる本音とは、だれの何を指しているのか。
麻生氏の「年を取ったやつが悪いみたいなことを言っている変なのがいっぱいいるが、それは間違い。
子どもを産まなかったほうが問題なんだから」という発言を指す。

麻生氏は3日の地元、福岡県芦屋町での国政報告会で少子高齢化に絡んでこの発言をした。
しかし4日の衆院予算委員会で野党から「不妊治療を行い、つらい思いをしている人もいる。
極めて感度の低い、不適切な発言だ」と批判され、発言を撤回した。
麻生氏は2014年にも同様の発言をして、やはり批判を受け、釈明している。

麻生氏は懲りない性格なのだ。確信犯と言われても仕方がない。
共産党の小池晃書記長は「麻生太郎さんの辞書には『反省』という言葉はない」と批判していたが、まさしく猿でもできる反省が全くできないのだから、「財務相としての適格性を疑わざるを得ない」(小池氏)と批判されて当然である。

一連の発言については、プレジデントオンライン編集部が「ウケ狙いで弱者を嗤う"失言大魔王"麻生氏」という記事(2月8日付、小だぬきのつれづれ日記 2/9)を出している。是非、一読してほしい。

■安倍首相が憎い朝日は、自民党も嫌う
子どもを産むか産まないかは、個人の自由な選択によるもので、政治家が口をはさむべきではない。
加えて、麻生氏の発言は、子どもを持てない人への配慮を欠き、少子化の責任を個人に転嫁しようとするものだ。
看過できない」

朝日社説は麻生氏を糾弾し、さらに自民党をも批判する。
「非正規雇用が増え、低賃金や将来不安から、結婚や出産をためらう人たちがいる。
子育てをしながら働ける環境も十分ではない。
少子化の危機が叫ばれながら、抜本的な対策を怠ってきたのは、長年政権の座にあった自民党ではないか」

朝日社説が安倍政権を嫌っているのは分かっていたが、自民党をも毛嫌いするようになったようだ。
ただ沙鴎一歩の目には、安倍政権嫌いが高じるあまり、本来分けて論じるべき対象の与党自民党までを毛嫌いしているように見える。
これでは坊主憎ければ袈裟まで憎いという構図だ。

朝日社説は「個人の生き方を支援するというよりも、国力の維持のために出産を奨励する。
自民党の政治家からはむしろ、戦前の『産めよ殖やせよ』を思わせる発言が後を絶たない」とも指摘し、過去の自民党議員らの問題発言をいくつか取り上げたあと、「安倍政権は『全世代型の社会保障』を掲げ、子育て支援にも力を入れるというが、一連の発言をみれば、人権と多様性を尊重し、子どもを産み育てやすい社会を本気で築こうとしているのか疑わしい」と訴える。
もちろん、国力維持のためだけに子供を産むことを求めるのは問題だが、深刻な少子化を解決できる妙案が安倍政権にないから無理もない。
だから「産めよ殖やせよ」という落とし穴にはまってしまうのだ。
ここは朝日社説が安倍政権に代わって政策を示すべきではないだろうか。

■不正調査問題の解明には及び腰と言わざるを得ない
話を毎月勤労統計の問題に戻そう。
2月5日付の朝日社説はここぞとばかり、冒頭から手厳しく批判する。
「政策決定の基礎となる統計に対する信頼が大きく揺らいでいる。
政権与党は口では再発防止を誓うが、前提となる厚生労働省の毎月勤労統計の不正調査問題の解明には、及び腰と言わざるを得ない。
これでは行政への信頼回復はおぼつかない」 見出しも「統計不正解明 政権与党の本気を疑う」である。

この朝日社説では手始めに「与党は、厚労省の大西康之・前政策統括官(局長級)ら、野党が求める関係者の参考人招致を拒否した」と指摘する。
そのうえで主張する。
「政策について責任をもって説明するなら現職である必要もあろうが、目的は過去の経緯をつまびらかにすることである」
朝日社説の成果かどうかは分からないが、その後、大西氏の参考人招致は2月8日の衆院予算委員会などで実施される。

■新聞の読者は「調査報道」を期待している
朝日社説は次に厚労省の特別監察委員会を槍玉に挙げる。
「厚労省の特別監察委員会がわずか1週間でまとめた報告は、その後、第三者性が疑われ、再検証を余儀なくされている。
誰が検証を急がせたのか、この間の経緯も焦点だ」
「予算委には、監察委の委員長を務める樋口美雄労働政策研究・研修機構理事長が出席したが、野党の質問に『独立行政法人の理事長として招致された。
答弁は差し控えたい』と繰り返した。
監察委の委員長として改めて証言を求める必要がある」

当然、だれがなぜ検証を急がせたのかについての解明は必要だし、拒む監査委の委員長に証言を強いることも重要だろう。
ただ、朝日新聞自らが取材力を駆使した調査報道によって解明する努力も怠ってはならない。
新聞の読者はそこに期待しているからだ。

■形ばかりの検証で幕引きを急いでいるのではないか
不正調査問題を追及する朝日社説は、攻撃のその手を緩めない。
2月8日付社説でも「統計不正検証 この態勢では不十分だ」との見出しを掲げ、真相解明のために政府が総務省に新たに発足させた検証チームをこう批判する。
「できるだけ大ごとにしたくない。
そんな意識で、場当たり的に対応しているように見えてならない。
検証態勢の根本的な見直しが必要だ」

「政府自体が真相究明に後ろ向きではないかと見られている時に、違う役所とはいえ、職員同士による検証にどこまで理解が得られるだろう。
形ばかりの検証で幕引きを急いでいるのではないか、とみられないやり方を考えることが重要だ」
「根本的見直し」といい、「幕引きを急ぐ」といい、手厳しい批判の言葉が並ぶ。
安倍首相を嫌う朝日社説は、とことん統計不正の問題を追及する気なのだ。

■安倍政権批判を続ける朝日社説の絶好の攻撃材料
日社説は2月9日付けでも「統計不正審議 国会は責任を果たせ」(見出し)と主張する。
朝日社説は「統計不正問題をめぐる国会審議で、野党側が求めてきた厚生労働省の大西康之・前政策統括官の衆院予算委員会への招致が実現した」と書き出しながら、「大西氏の招致は真相究明の一歩に過ぎない。
過去の経緯を知る当事者なども呼び、国会は引き続き解明に努めるべきだ」と訴える。

そのうえでこれまでの経緯を簡単に説明する。
「今回の統計不正が発覚したのは昨年12月13日、総務省の統計委員会が、毎月勤労統計で本来は全数調査のはずの大規模事業所のデータに不審点があることを指摘したことがきっかけだ」
「厚労省の統計部門の責任者だった大西氏は、この時期に不正を把握し、5日後に次官級の幹部らに報告したことなどを説明した」
朝日社説は「ならばこの頃には、問題が単なる統計調査のルール違反にとどまらないことを厚労省は認識できたはずだ」と指摘し、「雇用保険や労災保険の過少支給の可能性に気付いたのは年末の27日になってからだと言うが、本当なのか。
この間の対応に問題はなかったのか。
引き続き解明が必要だ」と主張する。
統計不正問題は、安倍政権批判を続ける朝日社説の絶好の攻撃材料となっている。
それだけ問題が大きく、根深いからである。

■アベノミクスに成果があったのか、なかったのか
その勢いに乗せられ、朝日社説を2月5日付から9日付まで4本も取り上げてしまった。
最後は2月9日付の読売新聞の社説を取り上げてみよう。
読売社説はその後半部で次のように解説している。
「政府は18年1年間の毎月勤労統計を発表した。
賃金の伸びに物価変動の影響を加味した実質賃金は、前年比0・2%増だった。
東京都で行われていた不適切な抽出調査の数値を補正している」
「野党は、調査対象の事業所を入れ替えなければ、実質賃金はマイナスのはずだ、と主張し、共通事業所に絞った調査結果を公表するよう要求している」
「取りようによって統計は様々な見方ができるだろう。
経済の実態を客観的に把握し、冷静な政策論戦を心がける必要がある」

要はアベノミクスに成果があったのか、それともなかったのかだ。
実質賃金がマイナスでなく、本当に伸びているのか。
野党の言い分が正しいのか。
野党の求める共通事業所に絞った調査だと結果はどうなるのか。

■「不正調査」と書かずに「不適切調査」とする読売らしさ
疑問が次々と湧いてくる。
そこを読売社説は「取りようによって……」と逃げてしまう。
新聞の顔である社説である以上、きちんと解説して説明してほしいと思う。
読売社説は中盤で「勤労統計の調査・検証は、厚労省の特別監察委員会が引き続き行い、新たに問題が発覚した賃金構造基本統計の検証は、総務省が担うことになった」と書き、その後で主張する。

「なぜ不適切な調査が長年続いたのか。
隠蔽はあったのか。
政府は態勢を整え、過去の経緯や背景を解明した上で、再発防止策を講じねばならない」
この主張にはうなずける。
しかし読売社説は、朝日社説のように「不正調査」とは書かずに「不適切調査」と書く。
その辺りに「安倍政権擁護の新聞だ」と批判される読売らしさがにじみ出ている。
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2019年02月15日

池江璃花子「白血病の衝撃」、東京五輪にのめり込む日本社会への警鐘

池江璃花子「白血病の衝撃」、東京五輪にのめり込む日本社会への警鐘
2019年02月14日 ダイヤモンドオンライン
小林信也、作家・スポーツライター 

 水泳日本代表の池江璃花子選手が自らのツイッターで「白血病」を公表、衝撃が走った。
 順調すぎるほど順調に成長の階段を昇り、当然のように、2020東京五輪では“主役”のひとりになるだろうと期待されていた。
 突然の赤信号。
池江選手本人がいちばん衝撃を受けているに違いない。
報道を総合すれば、病気が判明したのは2月8日。
オーストラリア合宿で体調不良が顕著だったため、現地の病院で診断を受けたあとチームより先に帰国、日本の病院で検査を受けてのことだ。

実はその前、昨年暮れのアメリカ合宿の際にも池江選手自身が不調を訴えていた。
疲れが1ヵ月も取れない。
年明けに出場した都内の大会では、優勝したものの自己ベストより4秒も遅かった。
その4秒は、「泳ぎが崩れている」というレベルではない。
もっと深刻な身体の変調が原因だった。

池江選手がつづった 「日本選手権出場を断念」に滲む苦悶
 池江選手はツイッターで次のように語っている。
『私自身、未だに信じられず、混乱している状況です。
ですが、しっかり治療すれば完治する病気でもあります。

 今後の予定としては、日本選手権の出場を断念せざるを得ません。
今は少し休養を取り、治療に専念し、1日でも早く、また、さらに強くなった池江璃花子の姿を見せられるよう頑張っていきたいと思います。
これからも温かく見守っていただけると嬉しいです』

 これを読んで、誰しも痛切な思いにさいなまれただろう。
私も、そのひとりだ。
そして、将来を嘱望されながら、道半ばで競技生活を中断せざるをえなくなった若者を近くで見た経験を持つスポーツライターとして、この文章から浮かびあがるもっと切ない現実が脳裏をかけめぐった。

 周りで支えるメディアや応援者の一人ひとりが今、覚悟し理解すべきことがあると思う。

過去にトップアスリートも白血病に
 池江選手は白血病との闘病をこれから始める。
まだその厳しさを知らない。
現実の厳しさ、思った以上に長い期間が奪われるかもしれない、その時間の長さを受け入れ、向き合う苦しさをこれから実感するだろう。
そのときこそ、池江選手の苦悩をそして人生の闘いを見守り、少しでも希望と勇気に目覚めるサポートができないか。

 日本選手権の出場を断念せざるを得ない、その一節に私は激しい苦悶を覚えた。
 本当にもし短期で治るタイプの白血病であれば何よりだが、多くの場合、入院加療に半年の期間が必要だという。
1年から2年という長い闘病の覚悟が必要な場合が多い。

東京オリンピックに間に合うかどうかという議論自体が、いますべきものではない。

過去にトップアスリートも白血病に
克服するも回復期間には個人差  
今回の公表を受けて、過去に白血病を克服したスポーツ選手や著名人の体験談などが報じられている。
サッカーのJ2新潟アルビレックスに所属する早川史哉選手(25)は、16年6月に急性白血病と診断され、11月に骨髄移植を受けた。
チームは契約を一時凍結したが、その後、治療と練習を重ね、昨年11月には契約凍結を解除され、今シーズンは活躍に向けてチームメイトと同じ練習メニューをこなせるまでに回復しているという。

 プロ野球オリックスの中継ぎで活躍した左腕・岩下修一投手も入団2年目に急性骨髄性白血病と診断された。
4ヵ月の抗がん治療を受け、11ヵ月でマウンドに復帰している。
 水泳では08年の北京オリンピック、オープンウォーター男子10キロで金メダルに輝いたファンデルバイデル選手(オランダ)がいる。
彼は01年3月に白血病と診断され、幹細胞手術と化学療法によって回復。
06年ヨーロッパ選手権で準優勝、08年世界選手権では男子25キロで優勝した。

 白血病を克服し、トップレベルに復帰することはもちろん彼らが実証している。
それでも忘れてならないのは、治療法にも回復期間にも個人差があり、多くの場合は時間がかかるという現実だ。
ファンデルバイデル選手がオリンピックの金メダルを獲得するまでには、治療を始めてから7年の歳月が流れている。

日本社会、スポーツ界は 「お祭り騒ぎの五輪」から脱却すべき
 池江さんの祖母が、週刊新潮の取材に答え、「水泳なんてやんなくていいから、とにかく長生きして、私より先に逝っちゃうなんて、いやだから、とにかく長生きしてほしいです」と語ったと伝えている。
この言葉に同感する声が広がっている。

 スポーツライターとして、私は複雑な思いにさいなまれる。
一体、スポーツは何のためにあるのか?
そして、オリンピックは何のために開催するのか?

 東京にオリンピックを招致した人たちは今も、「金メダル30個獲得は至上命令」との方針を共有している。
その観点からすれば、池江選手がもし出られなければ、大きな痛手となる。
批判を呼んでいる桜田義孝五輪担当大臣の軽薄な発言も、こうしたイベント的な発想に依拠しているから出てくるものだ。  

五輪エンブレム問題以来、スポーツ界で本質的に見直されるべき出来事が続発している。
そして今度は、東京五輪で「夢」をつかみ、最高のレジェンドになるだろうと期待された池江璃花子選手に思いがけない苦難が待っていた。
 スポーツ界、日本の社会は、お祭り騒ぎのオリンピックから脱却しなければならない。
池江選手の祖母が語った言葉どおり、生命の危険、人生の喪失の前に立てば、スポーツなど何とちっぽけな存在になってしまうことか。
 など所詮その程度だ、と認めてしまうことも悔しい。

スポーツの意義をもっと深いところで共有しだが、スポーツ、「人生」のスケールできちんと向き合える活動にする責務が問われているように思う。
東京オリンピックは、金メダルラッシュで盛り上がること、お祭り騒ぎで熱狂を生み出すだけでいいはずがない。
 東京オリンピックで活躍する機会を失うかもしれない池江璃花子選手とともに闘いたいと決意を新たにする。
もし仮に、競技生活の1ページに東京五輪の記録がなくても、なんら悔やむことなどない、充実した競技人生を送ることができたといえる――。

そんなスポーツライフの創造、スポーツの価値観の共有こそが、今、日本社会に求められている最大の命題であり、急務ではないか。
 そのために2020東京五輪があるのならば、お祭り騒ぎでなく、本当の変革の始まりにできる。
そのことに気付かせてくれたのが、池江選手からのメッセージだ。
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2019年02月16日

アメリカでは逮捕も!? 精神医療界のタブーとは

アメリカでは逮捕も!? 元ももクロ有安杏果の48歳彼氏が犯した精神医療界のタブーとは
2/15(金) ハーバー・ビジネス・オンライン

 2018年1月にアイドルグループ「ももいろクローバーZ」を脱退、芸能活動を休止していたタレントの有安杏果が2月6日、自身の個人事務所「アプリコット」を立ち上げたと発表。
 さらに、事務所の代表は結婚を前提に交際している48歳の医師であると明かした。
「FRIDAY」の直撃取材によるとこの医師が都内でメンタルクリニックを開業している精神科医のA氏であることが判明。
公私ともに支えてくれているパートナーがいるのは喜ばしいことだが、有安がA氏について「医師として」活動をサポートしてくれた人物であるとコメントしてしまったのはやぶ蛇だった。

 なぜなら、有安とA医師の関係は精神医療業界としてはアウトだからである。
 心理臨床家や心理学研究者が属する日本心理学会の職業倫理規程には「多重関係の禁止」として、以下のように書かれている。

心理臨床実践にたずさわる者は、原則として、現在自分と利害関係や親密な関係にある者、あるいは過去にそうであった者を援助対象にはしない。
そうした関係にある者からの援助依頼を受けた場合には、他の機関や他の専門職を紹介するなど適切な処置をとる。
また,臨床実践の開始後に援助対象者との間に恋愛関係や性的な関係をとり結んではならない。
たとえ援助が中止ないし終結された後であっても、専門的な関係の影響が及びうる間は、そうした関係をとり結んではならない」

 簡単にいうと、多重関係とは治療者とクライアントという以外に、別途新たに結ばれる関係を指す。
 だが、これはあくまで日本心理学会員向けの倫理規程であり、A医師は精神科医。
医師会の規定に反していなければセーフという逃げ口上も可能だ。

だが、これについて精神科医の岡本浩之氏は、このように指摘する。

「医師と患者が恋愛関係になることに対して明確な罰則はなく、少なくとも日本国内では法的には問題ないと言えます。
ただ、日本医師会が平成29年に出した『医の倫理について考える 現場で役立つケーススタディ』には、医師と患者の恋愛についての項目があり、次のような記載があります。
『医師個人には恋愛の自由はあるが、もしこの医師が患者と付き合った場合、患者という弱い立場を利用したと言えなくはない。
また恋愛関係がこじれた場合、医師がこの患者に対する治療を継続する上で、確実に影響をもたらすであろう。
(中略)ちなみにアメリカ医師会の倫理規定では、患者との恋愛は禁じられている』

 今回の恋愛関係に至る経緯を考えると、医師会としても賛同できる内容ではないと思います。
普通の交友関係からのスタートでも、相談に対して治療的な対応をしたのであれば、医師と患者の関係に準ずるものとして考えます

◆結婚しても倫理違反から逃れることはない
 多重関係の弊害とは、どのように表れるのか。
「患者は精神科医に対してかなり深い悩みを話すことが多く、精神科医はまずは悩みをしっかり聞き、内容を受け止めて理解を示すことから治療を始めます。
ですから、患者が医師に依存し恋愛感情を持つことはあります」

 患者が治療者に特別な感情を持つ現象は「転移」と呼ばれ、心理職であれば誰もが注意するところだが……。
「精神科医と患者が恋愛関係になった場合、患者は精神科医に過度に依存するようになり、精神科医はそれを重荷に感じて不安定となり突然音信不通となり行方をくらまし、捨てられたと感じて傷ついた患者も自殺を図るという例が実際に起きています。
また、患者の依存を利用して精神科医側が支配的、暴力的となり、その関係に苦しんだ患者の状態が悪化して自殺を図った、という類いのことも起こります」

「週刊文春」が2017年に報じた例が典型的だ。
 有名精神科医・ゆうきゆう(本名:安田雄一郎)氏が自身のクリニックの患者であった当時17歳の女性と性的関係を持った後、一方的に関係を絶ち、女性の精神状態が悪化したと報じられた件である。
女性側の狂言であるという説も浮上し真相は不明たが、精神科医と患者という立場ではこうしたことは起こり得る事態なのだ。

 ちなみに精神医療研究の最先進国とも呼ばれるアメリカでは心理臨床家がクライアントとSEXをすると、州によっては犯罪行為として処罰される。
A医師はところ変われば逮捕・実刑に相当する可能性があるのだ。
 またアメリカ心理学会(American Psychologist Association)では、一度クライアントとして関わったら2年間はSEXしてはいけないという倫理規定もある。
そのくらい、多重関係は治療に害を及ぼすものとみなされているのだ。

 ただ、両者は婚約中で、いずれ結婚するためそうしたことも帳消しになるのでは? という意見もあるが、そう単純な話でもないという。
「結婚すること自体は問題はないのですが、有安さんのメンタルケアが今後も必要なのであれば、A医師自身は夫としてのサポートに徹し、別の精神科医に治療を任せることが必要でしょう。
交際相手や配偶者の精神症状を冷静かつ客観的に治療すること、患者側も多重関係にある医師と距離感を保って依存しないことは極めて困難です。
ですから多くの精神科医は、自身の診療の目が曇らないようにする意味でも、患者と恋愛関係にならないことを意識しています」(岡村氏)

 今はまだいいが、万が一、二人が別れた場合は苦難が生じる可能性がある。
「もちろん、お互いにしっかり話し合って納得をして別れることが出来れば問題はありません。
しかし、こういうケースではそのような別れ方をすることは少ないです。
 先ほどの事例のように、精神科医が患者の依存に耐えきれなくなって関係が破綻した場合、精神科医がうつ状態となり、それを見て不安に感じた患者もさらに不安定となり、互いの精神状態が悪化します。

 また、精神科医の支配的な態度に患者が耐えられなくなって関係が破綻した場合、患者は精神的に不安定となり、衝動的な自殺企図などを起こしやすくなります」(岡村氏)

 だが、あくまで職業倫理の話であり、法的強制力がない以上、追及するのも野暮かもしれない。
逆に、医師の治療的サポートがあったとはいえ、したたかに個人事務所を立ち上げていた有安のメンタルの状態は本人が言うほど深刻ではなかったともいえる。
ファンとしては喜び、応援すべきところなのかもしれない……。


安宿緑】 編集者、ライター。
心理学的ニュース分析プロジェクト「Newsophia」(現在プレスタート)メンバーとして、主に朝鮮半島セクションを担当。
日本、韓国、北朝鮮など北東アジアの心理分析に取り組む。
個人ブログ
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2019年02月17日

強姦冤罪事件を生み出した検察と裁判所

強姦冤罪事件を生み出した“プロ失格”の検察と裁判所が“14歳の少女”のウソを見抜けず
2019.02.15 Business Journal
法社会学者・河合幹雄

2019年1月、“強姦冤罪事件”国家賠償請求を棄却、あり得ないほどの裁判の杜撰さ
 強姦罪などで服役中、被害証言がウソだったと判明し、2015年の再審判決公判で無罪となった男性(75)とその妻が、国と大阪府に対して計約1億4000万円の賠償を求めた国家賠償訴訟で、大阪地裁は2019年1月8日、大阪府警・大阪地検の不十分な捜査や裁判所の誤判で損害をこうむったとする男性側の主張に対して「起訴や判決が違法だったとは認められない」とし、請求をすべて棄却しました。

 この一件、ほとんどのメディアが概要を報じる程度で、ちまたでもさほど話題にはならなかったようです。
しかし、メディアはこのニュースをこそ、わが国の司法の問題点を浮き彫りにしたものとして大きく取り上げるべきだと思う。
おそらく司法に携わる者の多くが、私と同様に感じているはずです。

冤罪事件を生み出した裁判の杜撰さと、このケースで国家賠償が認められなかったことの不当性は、専門家から見れば、それぐらいあり得ないレベルだからです。

 問題について考察する前に、事件とその後の経緯を整理しておきましょう。
事件が起きたのは2008年。
当時65歳だった男性が、自身の養女である少女を2004年と2008年に強姦したという、少女本人の証言によって逮捕、起訴されたことに始まります。
報道などによるとこの少女は、男性の妻の連れ子(女性)の娘、つまり男性にとっては孫娘に当たるのですが、2005年に男性の養女となっており、2008年の時点では14歳でした。

男性は捜査や裁判で一貫して容疑を否認したものの、少女やその兄の証言が決め手となって、2011年に最高裁で懲役12年の実刑判決が確定しました。
 ところが男性が服役しているさなかの2014年、少女が「証言はウソだった」と弁護士に告白、兄も証言が虚偽だったことを認めたのです。
さらに、少女が事件直後に受診していた医療機関において、性的被害の痕跡がなかったことや、実際には被害を受けていないという少女の発言の記載されたカルテが存在することも判明。
虚偽の証言による冤罪であったことが明白となり、男性は釈放されました。

再審で男性は無罪となったとはいえ、実に6年間も不当に身柄を拘束されていたことになります。

14歳の少女のウソを見抜けない“プロ失格”の検察官
 その後、男性によって提起された国家賠償請求訴訟に関する問題については次回考察するとして、
今回はそもそも冤罪事件を生むに至った裁判がいかに杜撰なもので、そこに日本の刑事司法のどんな問題が隠されているかを解説したいと思います。  

論点はいくつかありますが、まずは検察の問題について。
ひとつはいうまでもなく、先述の通り、実は少女に性的被害がなかったことを示すカルテという客観的証拠が存在していたにもかかわらず、故意か怠慢か、検察がそれを調べようとしなかったことです。
 検察はなぜ、こんな初歩的なミスを犯してしまったのか? 

大阪地裁による判決文から言葉を借りるなら、「弱冠14歳の少女がありもしない強姦被害等をでっち上げるまでして養父を告訴すること自体非常に考えにくい」とはなから思い込み、少女やその兄の証言を鵜呑みにしていたからだと考えるほかありません。
 報道によれば、男性の取り調べを担当した女性検察官は、被害証言の矛盾を訴える男性に対して「絶対許さない」と一切取り合わなかったそうです。
性犯罪、特に被害を受けたのが子どもの場合、被害者への心からの同情と加害者への強い憤りを覚えるのが人情というものでしょう。
ただしそれは、あくまでわれわれ素人の話。
犯罪捜査のプロである検察官は、そういうわけにはいきません。

 もちろん、検察官も人間であり、内心で何を思おうと自由です。
また、刑事司法に携わる者として、被害者に寄り添おうとする姿勢も大切でしょう。
ただ同時に、感情に流されず、冷静な判断と客観的な証拠に基づいて真相を見極めることが求められます。
それがいまさら述べるのもバカバカしいほどの、犯罪捜査における基本であるはずです。

件のカルテの存在をそもそも知らなかったのか、あるいは知りながら不利な証拠であることから隠蔽したのか、真相はわかりません。
しかしいずれにせよ、少女の証言を疑おうとすらしなかった時点で、残念ながらこの検察官はプロ失格であるといわざるを得ないのです。

「有罪率99.9%以上」を支える日本の裁判所  
そのような検察官に輪をかけてプロ失格というしかないのが、この事件を裁いた裁判官でしょう。
私を含め多くの専門家が常々指摘していることですが、日本の刑事裁判においては、裁判官が、法に基づいて自己の判断で人間を裁くという、裁判官として本来与えられている役割を果たしていないケースが多々見受けられるのです。
そして、まさにその点こそが、この事件においても冤罪を生み出す最大の要因になったと考えられます。

 この事件の裁判官は、検察と同様、少女の虚偽の証言に基づく検察の描いた事件のストーリーをまったく疑うことなく、有罪判決を下してしまった。
ただ、日本の刑事裁判において、これは決して珍しいことではありません。
多くの裁判で、検察の主張はほぼ自動的にそのまま採用されてしまいます。

よく知られた事実ですが、検察が起訴したら、裁判所はそれに対してほとんど異を唱えず、99.9%以上の率で有罪判決を下してしまうのです。
 極論すれば、日本の刑事裁判で人間を裁いているのは、事実上、裁判所ではなく検察である、といういい方もできてしまうわけです。まさに今回の冤罪事件は、そうしたわが国の司法の抱える欠陥によって引き起こされたとしかいいようがありません。

「人間はウソをつく、ゆえに客観的証拠が重要」という基本
 そもそも私としては、この裁判官の「14歳の少女がウソをつくとは考えにくい」という、人間に対する理解の仕方からして、首をかしげざるを得ません。
皆さん、胸に手を当てて考えてほしい。
人間というのがいかに簡単にウソをつき、つじつまを合わせるためにさらにウソを重ねるものであるかを。
そして、子どもの頃は特にそうであることを。

 もちろん多くの場合、ウソをつくのにはそれなりの理由があります。
この少女にも理由はあった。
先述の通り、少女の母親は男性の妻の連れ子ですが、実はこの母親が少女時代、男性と肉体関係を持っていたことが裁判の過程で明らかにされ、これについては男性も事実と認めています。
そして、これはのちにわかったことですが、あるとき少女が、男性に尻を触られたことなどをこの母親に訴えたところ、母親から、おそらく母親自身の過去を踏まえて「強姦されたのでは」と強く問い詰められた。
それで少女は引っ込みがつかなくなり、強姦されたとウソをついてしまった―ー。

そういう複雑な事情が背景にあったようです。

 大阪地裁は当初の判決文で、「(14歳の少女がウソをついて男性を告訴するというような)稀有なことがあるとすれば、よほどの特殊な事情がなければならない」とし、そのような事情は一切認められないと断じている。
しかしながらこのケースにおいては、まさしくそのような“特殊な事情”があったわけです。  

そういう、常識では測れないことの起こる可能性は、いかに低くてもゼロではない。
だからこそ刑事裁判では、今回のケースにおけるカルテのような客観的な証拠というものが、何よりも重要な意味を持つのです。
人間を裁く裁判官たる者が、そんな当たり前のことを忘れてしまったのでしょうか。

裁判官が、人間はウソをつく、だから性的被害の証拠を探すべきだ、というごく基本的な思考をたどってさえいれば、冤罪は回避できたと私は思います。  次回は、この冤罪事件で国家賠償請求を認めないことの不当性と、そこから垣間見える日本の司法における人事のからんだ問題について考えてみたいと思います。
(構成=松島 拡)

河合幹雄(かわい・みきお)
1960年生まれ。
桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)。
京都大学大学院法学研究科博士課程修了。
社会学の理論を柱に、比較法学的な実証研究、理論的考察を行う。
著作に、『日本の殺人』(ちくま新書、2009年)や、「治安悪化」が誤りであることを指摘して話題となった『安全神話崩壊のパラドックス』(岩波書店、2004年)などがある。
twitter:@gandalfMikio

ニュースサイトで読む:
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2019年02月18日

オスプレイでよいのか

週のはじめに考える  
オスプレイでよいのか
2019年2月17日 東京新聞社説

 米海兵隊の「オスプレイ」の定期整備が二年を経過しても終わりません。
陸上自衛隊はこのオスプレイを十七機導入します。
これでよいのでしょうか。

 防衛省と在日米軍は、沖縄の米海兵隊が保有するオスプレイの定期整備を千葉県の陸上自衛隊木更津駐屯地で行うことにしました。
整備を請け負ったのは富士重工業(現スバル)です。
 最初の一機の定期整備が始まったのは二〇一七年二月一日。
防衛省は「一機あたりの整備工期は三、四カ月」、ただし初回は「九月上旬まで実施」と地元の木更津市に説明しました。

◆米軍が業者公募か
 ところがどうでしょう。その一機目は二年たっても整備が終わらず、格納庫に入ったままです。
 防衛省の担当者は、整備マニュアルが英語の電子データで分かりにくいこと、交換する部品や工具が米国から届かないことを遅延の理由に挙げます。

 スバルの整備員は米国で研修した専門家を含めて約三十人もいます。
「部品や工具が米国から届かない」との説明も驚きですが、防衛省関係者は「機体内部がサビだらけで手の施しようがなく、交換しなければならない部品が思いのほか多かった。
その部品の交換に必要な工具も米国から取り寄せた」と舞台裏を明かします。

 どれほど手荒く使っていたのか、またそんな機体が飛んでいたのかと不安になります。
 整備に時間がかかった影響でしょうか。
米軍は昨年七月、沖縄配備のオスプレイ二十四機のうち八機を米国から運んできた八機と一斉に交換しました。
この事実を防衛省、在日米軍とも公表せず、双方に事実を指摘しても交換した機数すら明らかにしません。

◆異例の導入経過
 昨年十二月には米海軍省がオスプレイの整備ができる業者を探している旨のインターネット公告がありました。
希望者は今月二十日、神奈川県の米海軍厚木基地に来てほしいというのです。
 防衛省の担当者は「情報収集のための公告」といいますが、スバルとの交代なのか、業者の追加なのかは「わからない」とのこと。

一方、在日米軍はメールでの問い合わせに返事すらありません。
 オスプレイは、沖縄配備から五年もたたないうちに二機が墜落などで失われ、エンジンの不調などによる予防着陸も目立ちます。
 死者が出るなどの重大事故にあたる「クラスA」の事故率は十万飛行時間あたり、三・二四で、
米海兵隊機全体の二・七二より高く、
また空軍版オスプレイのクラスA事故率は、その海兵隊版より高い四・〇五です。
 そのうえに整備が難しい機体だとすれば、沖縄ばかりでなく空軍版のオスプレイが昨年、配備された東京都の横田基地周辺の住民も心穏やかではおられません。

 陸上自衛隊が導入するオスプレイ十七機は近く国内に配備され、日米を合計すれば五十一機のオスプレイが日本の空を飛び回ることに。
本当によいのでしょうか。
 木更津駐屯地での整備遅れについて、山崎幸二陸上幕僚長は会見で「コメントする状況にない」とだけ。
木更津駐屯地は「日米オスプレイの共通整備基盤」(防衛省)であり、自衛隊版オスプレイもここで整備するのですから人ごとではないはずです。

 そもそも自衛隊のオスプレイ導入は、異例の経過をたどりました。
本来、自衛隊の武器類はユーザーである防衛省・自衛隊が選定します。
しかし、二十年先の安全保障環境を見通して策定する「陸上自衛隊長期防衛戦略」にオスプレイの名前はなかったそうです。  

陸上自衛隊はオスプレイの二倍以上の人員や物資を空輸できるCH47大型ヘリコプターを五十五機も保有していたからです。
 導入することになったのは、米軍が沖縄配備を進めた一二年当時、沖縄から上がった配備反対の声に対し、民主党政権の玄葉光一郎外相が「安全性を訴えるため自衛隊も保有すべきだ」と提案、当時の森本敏防衛相が同調して調査費を計上、これを安倍晋三政権が引き継ぎ、導入を決めたのです。

 「沖縄の民意」より「米軍の意向」を優先する政治判断でした。
文民である政治家が「これを使え」と軍事のプロである自衛隊の装備品を選んだのです。

◆暴走する文民統制
 その意味では、海上自衛隊が求めていないにもかかわらず、護衛艦「いずも」の空母化を自民党が提言し、首相官邸が丸のみした新「防衛計画の大綱」の「空母保有」も同一線上にあります。
 軍事組織の暴走を止めるはずの文民統制が危険を呼び込むのだとすれば救いはどこにあるのか。
痛恨の極みというほかありません。
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2019年02月19日

睡眠時の無呼吸を放置することに潜む危険性

睡眠時の無呼吸を放置することに潜む危険性
記憶力障害やうつ病に発展する研究結果も
2019/02/18 「ニューズウィーク日本版」ウェブ編集部
文:松丸さとみ
当記事は「ニューズウィーク日本版」
(CCCメディアハウス)からの転載記事です。

オーストラリアの研究チームが、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)を患っていると記憶力に問題が生じ、うつ病に発展する危険性があると発表した。

睡眠時の無呼吸、記憶障害とうつに
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは、寝ている間に息が止まるなどして呼吸が阻害される症状だ。
なかでも肥満などが原因で上気道が閉塞されて起こるものを閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSA)といい、世界で9億3600万人がこの症状を患っていると言われている。

オーストラリアのメルボルンにあるRMIT大学はこのほど、OSAの症状があるものの治療を受けたことがない人が、どの程度の記憶障害を抱えているかを調査。
OSAを患っていると記憶力に問題が生じ、うつ病に発展する危険性があると発表した。

今回調査を行なったのは、RMIT大学のメリンダ・ジャクソン博士率いるチームだ。
これまで、OSAの人は記憶力に問題がある場合が多く、うつ病になる割合も高いと指摘されてきた。
2014年に発表された調査では、OSAの人の46%にうつの症状が見られた。

ジャクソン博士は、うつと記憶には深い関係があると説明。
人生で起こったことの詳細をあまり覚えていない(自伝的記憶が乏しい)場合、なかなか治らないうつ病へと発展するリスクがあるとされているため、これを足場として今回の調査を行なったと述べている。

なお「自伝的記憶」とは、個人の人生における経験に関する記憶を意味する。

灰白質が著しく失われている
調査では、OSAを患っているが治療していない成人44人のグループと、健康的な成人44人からなるコントロール・グループを比較した。
実験参加者には、子供時代、青年期、そして現在とそれぞれの時期にあったさまざまな出来事を思い出してもらった(自伝的記憶)。

OSAの人は人生の細かい点を思い出せない
その結果、OSAを患っている人の記憶は、そうでない人の記憶と比べ著しく概括的(つまり詳細まで覚えていない)ということが分かった。
記憶が概括的すぎて詳細まで覚えてない割合は、コントロール・グループが18.9%だったのに対し、OSA患者のグループは52.3%だった。

調査チームはまた、自伝的な意味記憶とエピソード記憶をそれぞれどれだけ思い出せるかも調査した。
意味記憶とは、事実や概念に関する記憶のことで、ここでいう自伝的な意味記憶とは例えば学校の先生の名前などが該当する。

一方でエピソード記憶とは、実際の出来事に関する記憶で、例えば高校生活初日の思い出などだ。
OSAを患っている人は、意味記憶をなかなか思い出せなかったものの、エピソード記憶は維持できていた。

調査チームによると、自伝的な意味記憶を安定させるには良質な睡眠が不可欠であるため、OSAの人が意味記憶を維持できない原因は、呼吸で阻害されることにより睡眠が断片的になっていることが原因と考えられるという。

さらに、OSAとコントロールの両グループで、年齢が高いほど記憶が概括的(あいまい)であり、また、意味記憶が乏しいほどうつ病が強い、という傾向がみられたという。

ジャクソン博士は、OSAを治療しないと記憶処理にどのような影響が出るかについては「さらなる研究が必要」としながらも、「睡眠時無呼吸症候群の人の脳をスキャンすると、灰白質が著しく失われているのが分かる」と説明。
失われた部分は、自伝的記憶のネットワークと関わっている部分だという。

このネットワークがうまく機能しないことが記憶障害とうつの両方に関係しているのか、今後さらに調べる必要があると述べた。
ジャクソン博士は一方で、CPAP(持続陽圧呼吸療法)と呼ばれる機械を使ったOSAの治療法が、OSAによる認知機能障害を改善することが示されていると指摘。
次の研究ステップとして、OSAを治療することで、記憶障害の改善のみならず、忘れてしまった記憶を取り戻すことも可能か否かを見極めたい、と語っている。
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2019年02月20日

異常な寝すぎと食べすぎに要注意

ビジネスパーソンに蔓延の「冬季うつ」、異常な寝すぎと食べすぎに要注意
2019.2.19 ダイヤモンドオンライン
山中千絵:清談社

冬になると食べすぎてしまったり、いつも寝足りない感じがしたりするという人は多いかもしれない。
しかし、実はこれらの症状は「冬季うつ」の可能性が高いという。
一般的にはあまり聞きなれない「冬季うつ」とは何なのか。
原因と対策、効果的な治療法などを、冬季うつ外来を開設する東京都日野市・朝がおクリニック院長の工藤嘉久医師に解説してもらった。(清談社 山中千絵)
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多忙なビジネスパーソンに多い 寝すぎ&食べすぎの「冬季うつ」
 毎年冬の時期は、厳しい寒さのせいで布団から出られず、つい長く寝てしまうもの。
さらに、冬眠するわけでもないのに炭水化物や甘いものが無性に欲しくなりいくらでも食べてしまう、という人も多いのではないだろうか。
これらの症状が出るのは寒さのせいだと考えがちだが、実は冬の時期に引き起こされることが多い「冬季うつ」という疾患の可能性があるという。

『冬季うつ』は他の季節に比べて冬だけ異常に寝すぎてしまう、食べすぎてしまうという特徴を持つ季節性感情障害の一種です。
一般的にうつ病というと、不眠や拒食を想像しますが、冬季うつは真逆の症状が出ます。
症状は正反対でも『うつ』と名がつくだけあり、気分の落ち込みや集中力の低下などの抑うつ症状も現れる病気です」(工藤嘉久氏、以下同)

 一般的なうつ病は過度のストレスなどが原因として挙げられるが、冬季うつの場合、「光」が大きく関係するという。
「冬は日照時間が減るのに伴って、人々が浴びる日光の量も減少します。
すると、摂食行動や睡眠をつかさどるセロトニン神経機能が低下しコントロールがきかず、過食や過眠を促進してしまうのです。
日照量の減少が、冬季うつの原因と考えられています。
関東圏より北陸地域に冬季うつ患者が多いのも、日照時間の影響でしょう」

 日照量の減少が関係する冬季うつは、普通のうつ以上に幅広い人がなりやすい病気というわけだ。
老若男女にリスクが潜む冬季うつだが、仕事が忙しいビジネスマンはとりわけ注意すべきだという。
「仕事が忙しいビジネスパーソンは、日の出前に起き、日中はほぼオフィスで仕事、帰宅するのは日が落ちてからという、あまり光を浴びないライフスタイルの人が多いため、私の肌感覚ですが、冬季うつ罹患者が多いですね。

特に冬は、年末年始という極めて繁忙な時期を迎える関係で、メンタル的な不調も起こしやすい。
男性は女性より自分の体の変化に鈍感なので、一般的なうつを発症して病院にかかってから、冬季うつも併発していたことに気付く人が多いです」

スキマ時間に 光を見るだけで予防に
 職場にこもりがちのビジネスマンは日光こそ浴びないものの、蛍光灯や机上のライトなどは四六時中浴びている。
こういった人工の光では予防効果はないのだろうか。
「人工か自然光かは関係なく、冬季うつ予防には、“どのくらいの強さの光を浴びるか”が重要になります。
予防効果がある光の照度は2500〜1万ルクスといわれているため、最低でも晴れた日の室内に差し込む日差し程度の照度が必要なのです。
そう考えると、蛍光灯やデスクライトは1000ルクス程度と微弱なので、冬季うつの予防にはなりません」

 効果がないどころか、冬季うつの症状を引き起こしてしまう種類の光もあるという。
「スマートフォンやPCから発せられるブルーライトは覚醒作用があるので、入眠時間を遅らせ、結果として睡眠不足、睡眠の質の低下を招きます。
つまり、冬季うつ特有の症状を誘発し、病状を悪化させてしまうのです」

 残念ながら、手当たり次第に光を浴びれば予防になるわけではないようだ。
高照度の光を浴びれば不調を起こさないとは分かっても、それができないから発症してしまうのが冬季うつ。
忙しいビジネスマンでもできそうな対策を聞いてみた。

「少しの時間でも日光を“見る”ことを意識してください。
電車に乗っている数十分間でも窓から差し込む日光を目でとらえるだけで、予防の効果があります。
また、昼食の時間だけでも窓際で日光を浴びたり、外に出たりする習慣を作ることもおすすめですよ」

バナナやコーヒーは効果なし? 本当に効く治療法とは
 一般的なうつ病は、休養やカウンセリング、投薬といった治療法があるが、冬季うつの場合にも治療薬などはあるのだろうか。
「現在はまだ治療薬などはありません。
自然治癒以外では、自然光に近い高照度の光を専門機器で浴びる高照度光療法が唯一の治療法です。
機器が設置されている病院で光を浴びるほか、約3万円の機器を購入して自宅で浴びる人もいます。
医療機器ではないので誰でも購入できるのです。
ただし、自宅での使用の前に必ず専門医の指導を受けてください」

 冬季うつは光を浴びる以外に治療法がないというが、ネットで検索すると、「バナナを食べる」「コーヒーを飲む」といった治療法がヒットする。
しかし残念ながら、これらに治療効果はなさそうだ。
「これらの方法は対策としては有効ですが、治療法と呼べるレベルではないでしょう。
バナナはセロトニンのもととなるトリプトファンを多く含むので予防には適していますし、コーヒーも冬季うつの症状の過度の眠気を抑えることはできますが、どちらも病気そのものを治癒するほどの効力はありません。
繰り返しになりますが、光を浴びる、見るという以外に、冬季うつを根本から治す方法はないのです

 他にも、ネットには冬季うつに関するエビデンスのない情報が多数存在しているという。
「『蛍光灯は症状を悪化させる』『春や夏に生まれた人は冬季うつになりやすい』などさまざまな意見が見られますが、これらの情報に医学的な根拠はありません。
とにかく、冬場になると過眠や過食に悩まされたり、気持ちが落ち込む日が続く人は、積極的に日光を浴びてみてください。

それでも改善されない場合は、冬季うつに限らずメンタル系の疾患の恐れがあるので、医療機関で専門医に見てもらうことをおすすめします」

 うつ病は定義が曖昧な病気ではあるが、「1ヵ月のうち、増減どちらでも体重の5%の変動があれば医療機関受診のサインです」と工藤氏はアドバイスする。
 冬季うつは、春になると症状が改善され、完治するケースがほとんどだという。
気だるくて憂鬱な冬を乗り切るために、日々の生活の中に意識的に日光を取り入れるよう心がけてほしい。
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山本太郎「消費税は5%に減税へ。最終的には0%を目指したい」

山本太郎「消費税は5%に減税へ。最終的には0%を目指したい」
2019年02月19日 SPA!

「消費税は5%に減税を!」
 2月1日の参議院本会議でそう提言し、「消費税増税はもってのほか」と安倍首相に突きつけた参議院議員の山本太郎氏を直撃した。
「『戦後最長の景気拡大』と言われますが、庶民は決して好景気を実感していません。
’16年の厚労省の調査では、『生活が苦しい』『やや苦しい』と答えた人は、全世帯で56.5%。
悲惨です。

政府がすべきことは減税や給付の下支えであって、消費を冷え込ませる増税じゃない。
こんなことは、山本太郎でもわかる話です」
 消費税増税は景気に悪影響しかない。’
14年に消費税率を8%に引き上げたとき、実質個人消費は8兆円も下落し、貯蓄ゼロ世帯が急増したのだ。
=================
貯蓄ゼロ世帯の割合
20代 61.0%
30代 40.4%
40代 45.9%
50代 43.0%
60代 37.3%

「家計の金融行動に関する世論調査」(単身世帯)によると、
どの世代も3〜4割が、20代では6割以上が貯蓄ゼロだという
=================
「リーマンショックのときですら、実質個人消費の下落は6.3兆円でした。

消費税は、生きているだけで払わされる“罰金”です。
消費税増税は日本経済全体を冷え込ませることになります」
 また、増税された消費税の用途は「全額社会保障の充実と安定化に使う」とのことだったが、「社会保障の充実分」以外の内訳を要求しても出してこない、と山本氏は続ける。

「デフレのときには政府が新規国債を発行して大胆に投資するべきなのに、この20年間、かなり強固な緊縮財政を行ってきました。
IMFの調査では、この20年間の政府総支出の伸び率と名目成長率で世界140か国中、日本は最下位。
つまり、日本は世界で一番人々に投資しないドケチ国家で、経済成長しない衰退国家に成り果てたのです」

 一方で、消費税を増税しないと税収への懸念もあるが、これについても一刀両断。
消費税“減税”をすることで経済成長を促し、それによる税収増分を充てればいい。
それでも足りないなら、税の基本に戻ります。
消費税が導入される’89年以前は、所得税や法人税などで賄っていました
絶対に増税が必要だというなら、まずは大金持ちからです。
ミリオネアもワープアも同じ税率など論外。

現在、企業の内部留保が膨大な金額に上り批判されますが、これも企業が投資したくなる環境、成長戦略を示せない政府の責任です。
介護や保育など、ニーズはあるが政府がケチってきた部分が成長分野。
加えて少子化対策としてロスジェネ救済へ国が大胆に投資することを宣言すべき。

 本気でデフレ脱却しなくてどうするんですか。
現在の野党の弱みは経済政策の弱さ。
消費税増税の凍結など生ぬるい。
次の選挙の統一政策として『消費税5%への減税』を掲げ、最終的には消費税0%を目指したいですね」

山本太郎氏】
参議院議員。自由党共同代表。
全国289の衆議院・小選挙区の地域住民を対象に「消費税5%への減税」を求める署名活動も実施中
<取材・文/週刊SPA!編集部>
※週刊SPA!2月19日発売号「消費税増税に反対する3つの理由」特集より
posted by 小だぬき at 13:43| 神奈川 ☁| Comment(2) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月21日

大切なのは心の健康を確保することだ

健康論に振り回される人を襲う「不幸な悩み」 大切なのは心の健康を確保することだ
2019/02/19 東洋経済オンライン(筒井 幹雄)

メディアが体にいいと取り上げるたびに、いろんな食品が店の棚から消える日本。
嗜好品の摂取を控えるのはもちろん、マイクロ波を避けるために電子レンジを使わない人もいる。

そういうことよりも重要なのは心の健康」。
人生経験、話術、漢方薬で患者の心を元気にする、イグ・ノーベル賞受賞の英オックスフォード大学・新見正則医学博士による健康論『健康マニア、何が楽しい 体にいいことばかりやってて疲れない?』。

不安がなくなると医療が正常化する  

──「メメント・モリ(死を思え)」と言われている感じです。

 ベースにあるのは、「どうせ人は死ぬから、それまで楽しく生きればいい」。
それが長生きとトレードオフになるのはおかしいので、運動でも酒でもリスクを知って対処すればいいと思っています。  

──患者に「死ねば治る!」(笑)。

昔からそうだったんですか。
 外科医だった頃は、1日でも長生きさせるのが仕事だと思っていた。
きっかけはセカンドオピニオン。
1998年にイギリス留学から帰ると、日本はセカンドオピニオンなんてとんでもないって雰囲気。
ゼロからつくるのが好きなので、喜んでやらせてもらいました(笑)。

全国から病気の治らない方が来て、話を1時間聞く。
「こんなことで悩んでいるんだ」というのが集積されて今に至っています。
10人中9人は適切な治療を受けているのに、本人は不安。
「正しいんだよ」と言ってあげるだけで、不安がなくなって、医療が正常化していく。  

──不幸な悩みは誤った健康情報からくることもある?

 ある。
「寝ないとがんになるらしいから寝たいんだけど、寝ても寝た気がしない」とかね。
「50歳を超えたら寝た気はしないよ」と言ってあげると安心します。
健康情報が氾濫していて、それで不健康になるなんて本末転倒。
公共放送も含めて、メディアはある健康法に「悪い」というエビデンス(証拠)がなければ平気で流すから、みんなが右往左往する。
こんなのが効くこともあるらしいですよ、くらいにしてくれればいいのに。  

──メディアの責任は大きい?

 大きいね。
エビデンスの有無さえ明らかにしてくれれば、何を言ってもいいんです。
「説得力は乏しいけど、いいと思ってやっている人が多い」とかね。
有酸素運動をしろとか、体を冷やすなとか、安くて副作用がない健康法なら、お金が絡まないのでエビデンスは不要です。
逆に、高くて危険な治療はエビデンスが必要。
そこがごっちゃになって流通している。  

──例えば、不眠自体は問題がないのに、誤った情報で患者が生まれている?

 一部は正しい。
不眠で病気になる人はほんの少しですがいますから。
悲しいかな、われわれの資本主義社会は、具合の悪い人が1人いればその裾野を広げることで儲けられる。
患者には、眠れないと死ぬって思って薬を飲んでいるならやめろと言っていますが、ほとんどの医者は製薬会社の言うことをそのまま受け入れていて、そこにお金が動いているという認識もないと思う。

自分が楽しいことをするのが心の健康に  

──健康情報を取捨選択しない側にも問題はありますね。

 外来で診てると、死んでもいいから健康でいたいって感じの人はいます(笑)。
リスク評価をしていないんです。
交通事故で年に約3500人が死んでいて、そのリスクを引き受けて外出している反面、これは体に悪い、あれも体に悪いなんてやっているのは変だな。  

──アンチテーゼが、「どうせ死ぬんだから、それまで楽しく」。

 大切なのは心の健康。必ず死ぬということを認識し、自分が楽しいことを、リスクを承知してやるのが、心の健康につながる。
危険なことのほうが楽しいでしょ、冬山に登るとか。
僕はトライアスロンをやるけど、海で溺れたり、自転車で骨折したりとかなり危ない。
でもやる。
お酒だってたばこだってそうですよね。
人はリスクのあることにわくわくするんですよ。  

──患者に「死」はタブーでは?  

そこは、話し方です。
「あんた、いつ死んでもおかしくないよ」って言えばびっくりするけど、その後に「少し前に母が死んで、次は俺の番なんだ」と続けると「あ、おまえも死ぬ番か」って感じになり、何も言いませんよ。
30年前の僕には言えません、僕の番はまだ先だったから。  

──みんな死ぬんだってわかる。  

そう。
「今晩死ぬかもしれないから、おいしいもの食べて帰りなさい」って言うと、「力もらいました」なんて言って帰るよね。吹っ切れる人が多いです。
同じだって、共感できるのです。

依存性のある睡眠薬の減薬も、昔は「悪いからやめろ」と言っていたけど、それじゃあ共感しない。
「ずっと飲むとご利益が減る。そうなると困るでしょ」と言うと控える。  

──治らない場合は、症状と付き合うことを告げるのも大事?

 そのほうが患者に響く。
半分は薬で楽にしよう、半分は自分で治そうね、もしくは死ぬまで治らないよ、と言っています。
半分楽になるということで、患者もいろいろと受け入れられるようになる。

「おかげさまで」と言えれば心は健康  
──漢方薬も使いますね。

 西洋医療で治せない患者に「治せ」と言われ(笑)、漢方の勉強をしました。
漢方は10人飲んだら3人効くと思えばいい。
ある処方が効かなければ別の処方、ダメならまた別の処方。
5つも出せば効くでしょう。

──道具としての漢方に人生経験と話術で患者の心が元気になる。

 それと優しさかな。
「死ねば治る」に「死ぬまで頑張る」と答えられる人のほうが、あれこれ健康法を考えている人より長生きしていると思う。

もちろん健康マニアでも、テレビを見て「またくだらねえことやってんな、この健康法は30点!」って言えるなら心は健康です。
1つの指標は「おかげさまで」
症状がよくならなくても「おかげさまで変わりありません」と「まだ治らない」では心の状態が全然違う。
医者としてはいかに「おかげさまで」を引き出せるかです。

──そんな医者ばかりでは……。

 若い医者は死がわからないので、目の前の病気を治すことを考えちゃう。
だから、かかりつけ医にするなら人生相談も可能な年配の医者がいいと思う。
患者にその時がきたら、「お迎えがきた」と家族に伝えられる医者。
「送ってあげなさい」って。
つまり、点滴とか延命措置を何もしない。
それでも、最後まで手を尽くすことを選ぶ家族もいるでしょうが、送ってあげればと言われただけで精神的に楽になります。
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2019年02月22日

老害の初期症状「とにかく否定から入る」

老害の初期症状「とにかく否定から入る」
2019年02月21日 PRESIDENT Online
総合格闘家 青木 真也

いつの時代も若手を阻む「老害」。
彼らが厄介なのは、自覚症状がないことだ。
総合格闘家の青木真也氏は「自分自身が老害にならないように、とにかく下の世代を否定せず、信じるようにしている」という――。
※本稿は、青木真也『ストロング本能』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
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■誰だって「いまの若い者は」と言うようになる
いつの時代にも世代間のギャップはあります。
社会に出たばかりのころは、上の世代から「いまの若い者は……」などと白い目で見られていた人も、20年も経てば下の世代に「いまの若い者は……」と言うようになるのです。
これは世の常なので仕方ありません。

問題は、世代間で意見が対立したようなとき、どのようにジャッジすればいいかということです。
会社などの組織に属していれば、意見が対立する場面も多々あるでしょう。
上の世代は、場数を踏んできた強みがあるため、自分の実績や成功体験を語りたくなります。
「俺はこんだけやってきたんだぞ! どやっ!!」と言いたくなるもの。

一方で、若い世代が生み出した実績やカルチャーについては「そんなものは認めない」「よくわからないからダメだ」と批判しがちになります。

僕自身も、気づけば、そうなってしまうことがあります。
しかし、やはりそうなったら負けだなとつくづく思うわけです。
年を取っているということは、若者よりも先に逝く確率が高いということ。
そのため、将来があるのは下の世代なので、どんどん下を信じなくては、ダメな人間になってしまう、これが僕の意見です。

世代間で意見が対立したときのジャッジにおいて、頭ごなしに下の世代を否定してしまうのは損なことです。
とくに新規プロジェクトや新しいアイデア出しをするときなどは、創造性や発想力がピークに達するのは前頭葉の働きがいい20〜30代と言われていますから、上の世代が想像する以上の成果を期待できるのです。

■既得権でしか生きられないと、人生が不安でいっぱいになる
世代間の対立が表面化するような会社や組織は、一見、問題を抱えているようで、むしろ健全なのかもしれません。
官僚的な体質の場合には、上の世代の力は絶対的です。
でも、そうした組織で部下を持つ立場の人には、下の世代から意見を吸い上げることで得るものが大きいことに気づいてほしいと願います。

いつだって若者側に真実があります。
格闘技やスポーツ界はそのあたりの真実がわかりやすい。
いまの若い子たちがやっている技術のレベルは、僕が若いころに比べて確実に上のレベルです。
スポーツはどんどん進化していきます。
競技としてやっている以上、最先端が真実です。
そこを否定し始めたら、成長はありません。

自分たちが成長するためには、新しいものに触れていかないといけないし、そこに触れ合える環境をずっと持っていないといけない。
それができなくなってしまうと、気づいたら「老害ジジイ」になっているかもしれませんね。
老害になった時点で終了です。
老害は既得権で生きることしかできないから、人生が不安でいっぱいです。
懸命に芽をつぶそうとする老害もいますが、むしろ芽を育てたほうが楽しいと思うのは僕だけではないはず。
若い子はどんどん出てきますから、全部刈り取るよりも、育てるほうが理にかなっています。
どんどん若い子の才能をヘルプする、引き上げる。
それが自然の摂理です。

■老害ジジイには「苦笑」と「ニヤニヤ静観」
一方で、自分たちの上に老害がいるときはどうすればいいでしょうか。
答えは簡単で「苦笑」です。
苦笑するしかないです。
そういう人はもう変わらないから仕方がないと割り切る。
「変わらないものだ」と思って放置するほかないのです。

よく古い体質の会社を若い世代の力で変えようとがんばったりする人もいますが、あれほど無駄なことはありません。
僕のオヤジとか、義母もそうですが、絶対に変わらない。
以前は、老害と真正面から戦ったこともありますが、無理でした。
だから、苦笑するのがいちばん効果的です。

「俺はこんだけやってきたんだぞ! どやっ」と言ってくる老害には「あー、そうですね(ニヤニヤ)」と答えて、あとは静観していればいい。
最近、僕が老害にならないように心掛けていることがあります。
それは、若い子たちがやっていることを「無条件ですごい」と思うようにすることです。
「否定しない」というのは意外と難しい。だから、そこに思考は入れずに、まずは「素晴らしい!」「ワンダフル!」と思うようにしている。
思考を入れて、「あいつは○○だからな?」と言い始めたら止まらなくなってしまうのが人間です。

■30代半ば。変化が怖くなってきた 僕がやっていること
若い世代の台頭は、短いスパンで考えればこちら側が損することもあるかもしれませんが、結果的には得をすると信じています。
真実は若者側にしかありません。
高齢者や中年が若者を恫喝したら、その瞬間に何もかも終了だと思っています。

僕も2019年の5月で36歳になりますが、選手としての未来がなくなってくると、未来に対してアクションしづらくなってきます。
守りに入って、大きく何かを変えることが怖くなってくる。
それは成長が止まることを意味します。

つねに新しいものを入れて挑戦していく姿勢こそが、未来への期待感を向上させるのです。
「損得」ではなく、未来へのアクションがなくなった瞬間に、終了、「ジ・エンド」です。

練習でも、若い世代にやり方を聞いて参考にしていますし、どんどん出てくる新しい技術も、とにかく四の五の言わず身につけるようにしています。
新しい調整法やトレーニング法も、ひと通り全部試してみます。

「ここいらでいいや」と妥協した瞬間に、終わりです。
取り入れるかどうかは別にして、とにかく新しいものに触ってみることで、価値観を固定しないよう意識しています。

■若い世代をリスペクトしないと未来はない
体力や気力は下がっていったとしても、これまでに培った経験や知識で「やりくり」することで、まだ上がっていけると思っています。
年齢を重ねても、能力は上がります。
ただし、若い世代の技術や考え方を取り入れて、自分を変えていくことが条件です。

若者をガンガンにリスペクトするくらいオープンな気持ちを持つことが、最前線に居続ける秘訣と言えるのではないでしょうか。
36歳になろうとするいま、身体のパフォーマンスは年々落ちてきています。
そのうえ、練習量も少なくなってきています。

若さが失われると、圧倒的な才能やパフォーマンス、感覚だけでやれるゾーンからは抜けてしまうでしょう。
そうなったときに、帳尻合わせをすることになります。
ただ最近思うのは、圧倒的な伸びがなくなって、いまあるもので「やりくり」するようになってからが、人生はおもしろいということです。

■今あるもので「やりくり」するのも面白い
格闘家やプロレスラーは、どういう技をどういうタイミングで繰り出すかを考えながら試合を組み立てていきます。
「どういう入りでやろうか」「どういう距離感でやろうか」と考えるのですが、選択肢が無数にあるよりも、制限がかかったほうが、断然おもしろい。
練習もそうです。
体力に任せて量で勝負するよりも、どうやってやったら効果があるかを考えるようになってからのほうがおもしろい。
その「やりくり」がたまらない。
やりくりでできるようになると、すごく冷静ですし、再現性も高い。
そこに「理屈」が生まれるのです。
理屈とは「物事の筋道」で、やはりそれはあったほうがいいわけです。

試合の組み立て方や練習に年齢相応の工夫を加えるのは、格闘技をやり続けるためです。
格闘技はやり続けたら最強です。
おじいちゃんになってもやり続けていたら、グレイシー一族のように伝説になっていきます。
やればやるだけ得なのです。
辞めたら損だから辞めません。
「辞めたら損だ」と胸を張って言えるものに出会えたらそれだけで幸せです。
僕にとっての格闘技がそうであったように、あなたにもきっとあるはずです。
人生レベルで辞めたら損だと思えるものをぜひ見つけてみてください。

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青木 真也(あおき・しんや) 総合格闘家
1983年静岡県生まれ。小学生の頃から柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。
早稲田大学在学中に柔道から総合格闘技に転身。
「修斗」ミドル級世界王座を獲得。
大学卒業後、静岡県警に就職するも2カ月で退職を決め、再び総合格闘家の道へ。
以後「DREAM」「ONE FC」で世界ライト級チャンピオンに輝く。
著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)がある。
ツイッター:@a_ok_i note
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2019年02月23日

辺野古へ移設しても普天間は返還されない

辺野古へ移設しても普天間は返還されない
2019年02月22日 PRESIDENT Online
ノンフィクションライター 古木 杜恵

沖縄のアメリカ軍普天間基地の移設計画に伴う、名護市辺野古沖の埋め立ての賛否を問う県民投票が、2月24日に行われる。

現地で20年以上取材を続けるノンフィクションライターの古木杜恵氏は「2.5兆円をかけて辺野古に新基地を作っても、普天間が返還されるとは限らない」と指摘する――。
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■「辺野古移設が唯一の選択肢」の説明責任は果たされていない
辺野古米軍基地建設のための埋め立ての賛否を問う2月24日の「県民投票」が間近に迫った。
沖縄県と国の対立がこれほどまでに深まったのは、安倍政権の数々の「暴力」と「虚偽」、そして「沖縄ヘイト」によって新基地建設が強行されてきたからに他ならない。

日本政府は、米軍普天間飛行場(基地)の危険性を除去するためには「辺野古移設が唯一の選択肢」と繰り返し強調する。
だがその説明責任は果たさず、県外から機動隊を導入して抗議の声をあげる市民を暴力で組み伏し、「土人」と蔑んだ。
虚偽の一例を挙げれば、仲井眞弘多元知事が辺野古の「埋め立てを承認」する事実上の前提条件の一つだった米軍普天間飛行場の「5年以内の運用停止」であろう。

政府は2014年10月に「全力で取り組む」との答弁書を閣議決定した。
運用停止の期限は19年2月18日だったが、政府は「辺野古移設への協力が前提」として米側と公式な交渉も行わないまま、沖縄県に責任を転嫁。
安倍晋三首相は、17年2月の衆院予算委員会で「残念ながら翁長雄志知事に協力していただいていない。
難しい状況だ」として「埋め立て承認」の前提条件を反故にし、「協力いただけていない」という理由もあいまいなままである。

■「辺野古は代替施設か」「普天間は返還されるか」
いずれもノー
そもそも辺野古新基地は、米軍普天間飛行場の代替施設なのか?
新基地が完成すれば、即時に同飛行場は返還されるのか?
結論から言えば、いずれもノーである。

稲田朋美防衛相(当時)は、17年6月の参院外交防衛委員会で「米側との具体的な協議やその内容に基づく調整が整わないことがあれば返還条件が整わず、普天間飛行場の返還がなされない」と初めて明言した。
答弁の根拠は、日米両政府が13年4月に合意した「沖縄における在日米軍施設・区域に関する統合計画」で、

同飛行場の「返還条件」として以下の8項目を列挙している。
(1)海兵隊飛行場関連施設等のキャンプ・シュワブへの移設
(2)海兵隊の航空部隊・司令部機能及び関連施設のキャンプ・シュワブへの移設
(3)普天間飛行場の能力の代替に関連する、航空自衛隊新田原基地及び築城基地の緊急時の使用のための施設整備は、必要に応じ実施
(4)普天間飛行場代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善
(5)地元住民の生活の質を損じかねない交通渋滞及び関連する諸問題の発生の回避
(6)隣接する水域の必要な調整の実施
(7)施設の完全な運用上の能力の取得
(8)KC−130飛行隊による岩国飛行場の本拠地化

懸案となっているのは、(4)「普天間飛行場代替施設では確保されない長い滑走路を用いた活動のための緊急時における民間施設の使用の改善」である。

■条件が満たされないと普天間基地は返還されず、継続使用される
米国会計検査院(GAO)は、辺野古新基地の滑走路は1800メートルで「固定翼機の訓練や緊急時に対応できない」として民間施設12カ所を候補地に挙げ、そのうち1か所を沖縄県内としている。
稲田防衛相は沖縄県内の民間施設について言及を避けたが、米軍普天間飛行場(2800メートル)と同規模の滑走路を持つ県内の飛行場は、那覇空港(3000メートル)と現在建設中の第二滑走路(2700メートル)、そして宮古市の下地島空港(3000メートル)だけである。

「緊急時における使用」であることを考えれば那覇空港しかない。
翁長前知事は17年7月の県議会で「(米軍には)那覇空港は絶対に使わせない」(『沖縄タイムス』同年7月6日付)と答弁した。
辺野古新基地が完成しても、これら8項目の条件が満たされない限り、米軍普天間飛行場は返還されず、継続使用される。

■翁長前知事による「埋め立て承認撤回」に道理はある
日米両政府が同飛行場に代わる新基地建設を正式に確認したのは、1999年12月のSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の最終報告である。
同報告は「危機の際に必要となる可能性のある代替施設の緊急時における使用について研究を行う」としているが、緊急時の民間施設の使用を返還条件としていない。
さらに現行の新基地建設計画を決めた2006年5月の「再編実施のための日米のロードマップ(行程表)」も「民間施設の緊急時における使用を改善するための所要」を「検討」するとしているだけである。

しかもなぜ「緊急時の民間施設の使用の改善」が返還条件になったのか、政府は沖縄県に一切説明をしていない。
「謝花喜一郎知事公室長は5日の県議会で、13年に当時の小野寺五典防衛相が来県し仲井真弘多知事に統合計画を説明した際『返還条件の説明はなかった』と指摘。
これまで政府から詳細な説明はないとし、『大きな衝撃を持って受け止めている』と述べた」(『沖縄タイムス』17年7月6日付)。

「埋め立て承認」時に明らかにされていなかった事実が判明しただけでも、翁長前知事による「埋め立て承認撤回」に道理はある。

■政府が繰り返し述べる「基地負担軽減」はウソ
米軍普天間飛行場の返還問題は23年前に遡る。
1995年の米兵による少女暴行事件をきっかけに、戦後ずっと基地被害に耐えてきた沖縄県民の怒りが爆発し、米軍基地の返還を求める声が一気に高まり、日米両政府は翌96年に同飛行場の返還を合意した。

返還は、宜野湾市民はもとより県民の悲願だが、県内の別の場所に移転するのが条件であった。
私たちはそのように理解してきた。
だが、本当にそうなのか?
沖縄返還密約の一部を暴き、機密漏洩に問われた元毎日新聞政治部記者・西山太吉が監修した『検証 米秘密指定報告書「ケーススタディ沖縄返還」』(土江真樹子訳・高嶺朝一協力/岩波書店/2018年刊)は、「辺野古新基地建設は、決して普天間撤去から派生したものではない」と指摘する。

その一文を以下に引用する。
すでに、私が、『沖縄密約――「情報犯罪」と日米同盟』(岩波新書、二〇〇七年)でもとり上げたように、米国政府は、一九六六年、つまり沖縄返還(一九七二年)の数年前に「大浦湾プロジェクト」という辺野古総合基地建設の青写真を策定していた。
この計画は、現在のキャンプ・シュワブの周辺の広大な水域を埋め立て(約九四五エーカー)、たんなる海兵隊の飛行基地にとどまらず、大浦湾が沖縄で唯一の深海湾(水深三〇m)であることを利用して、海軍の桟橋建設をも構想するという総合的機能を持つ巨大基地であった。

(中略)この計画は、ベトナム戦争の泥沼化にともなう米国の財政の悪化なよって見送られたが、一つには、すでに、沖縄返還問題が徐々に日程にのぼり、返還後は、日本政府の協力を求めることができるのではないかとの期待感が出てきたからだとも言われている。

■日本に2.5兆円かけて「辺野古」を作りアメリカに無償提供?
そして今、日本政府は建設費も維持費も負担する辺野古新基地建設を強行し、米国に無償でしかも永久に提供しようとしているのである。
政府は沖縄の基地負担軽減につながる「代替施設建設」と繰り返し強調するが、米軍普天間飛行場にない強襲揚陸艦が接岸可能な護岸や弾薬庫エリアなどを整備することから、沖縄県内では基地機能を強化した「新基地建設」と呼ばれる。
さらに埋め立て予定海域にマヨネーズのような軟弱地盤が広がることなどから、国は砂の杭約6万本を水深70メートルまで打ち込む工事を検討している。

沖縄県は工期について、埋め立て工事に5年、軟弱地盤の改良工事に5年、埋め立て後の施設整備に3年の計13年を要すると指摘。
また工事費用についても、防衛省が資金計画書で示していた埋め立て工事全体の2400億円の10倍に当たる2兆5500億円に膨らむとの独自の試算を示し、新基地建設は「一日も早い米軍普天間飛行場の危険除去につながらない」としている。

菅義偉官房長官は2月14日の記者会見で、県民投票の結果にかかわらず、辺野古新基地建設を進める方針を明らかにした。
普天間返還合意(危険性の除去)は、60年代から米軍の悲願であった普天間に代わる基地を日本の予算で造らせようというのが狙いではなかったのかとの疑念は払拭できない。(文中敬称略)

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古木杜恵 ふるき・もりえ 1948年生まれ。
ノンフィクションライター。
月刊誌『Weeks』(NHK出版)スタッフライター、隔週刊誌『ダカーポ』(マガジンハウス)特約記者を経て、月刊誌『世界』(岩波書店)などにルポルタージュを寄稿。
編著にNHK沖縄放送局編『“隣人”の素顔 フェンスの内側から見た米軍基地』、吉本隆明の語り下ろし『老いの流儀』(いずれもNHK出版)、著書に『沖縄 本土メディアが伝えない真実』(イースト新書)などがある。
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2019年02月24日

やはり安倍首相はトランプ氏の「愛犬」だ

やはり安倍首相はトランプ氏の「愛犬」だ
2019年02月23日 PRESIDENT Online
ジャーナリスト 沙鴎 一歩

■「安倍首相が自分をノーベル平和賞に推薦した」
「安倍晋三首相がトランプ米大統領をノーベル平和賞に推薦した」というニュースが話題を呼んでいる。
新聞やテレビが一報として報じたほか、朝日新聞と毎日新聞が2月19日付の社説で取り上げて安倍首相とトランプ氏を批判した。

沙鴎一歩もプレジデントオンラインで「安倍首相はトランプ大統領の"愛犬"なのか」との見出しを付けて報じた。
この記事はTOKYO MXの情報番組「バラいろダンディ」で取り上げられ、出演者たちは生放送で“愛犬談義”を繰り広げた。

出演者のひとりである舛添要一前都知事は、15日のホワイトハウスでの記者会見で、トランプ氏が「安倍首相が自分をノーベル平和賞に推薦した」と明らかにしたことを「あれは禁じ手のはず」と指摘した。
前回記事で沙鴎一歩も「記者会見という公の場で自慢すること自体がばかげている」と批判した。
舛添氏が追及するように、たとえ推薦が事実であったとしても、公にしてはならないことなのである。
この点は舛添氏の意見に賛成である。

■「自分はアメリカの大統領と同じぐらい偉い」
この後、舛添氏は、東大出身の国際政治学者から参院議員、厚生労働相、都知事と出世していくに従い、自分にも擦り寄ってくる“愛犬”が存在したという趣旨の説明をした。
これが沙鴎一歩の偏屈な耳には自慢話のように聞こえた。

自分は日本の首相を従えるアメリカの大統領と同じぐらい偉い人間だ、と主張しているようだった。
もうひとつ、気になったのは、舛添氏が安倍首相に対して批判しなかったことだ。

沙鴎一歩は前回記事で、「それ以上に推薦したという安倍晋三首相はどうかしている。
それほどトランプ氏に花を持たせたいのか」
「どこまでもトランプ氏に擦り寄ってひざまずきたいのだろう。
もはや安倍首相はトランプの愛犬だ」と書いた。
舛添氏は安倍首相の推薦行為をどう考えているのだろうか。
そこをしっかり話してほしかった。

■トランプ氏がノーベル平和賞の推薦を非公式に依頼
安倍首相は本当にトランプ氏をノーベル平和賞に推薦したのだろうか。
その後、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、報道機関の取材に対し「私は推薦していない」と否定している。
文氏は「トランプ大統領はノーベル平和賞を受けるべきだ」と語ったことがあり、アメリカのメディアは「推薦したのは安倍首相ではなく、文大統領だろう」と報じていたが、それは事実ではなかったようだ。

安倍首相本人は、国会の答弁でノーベル委員会が平和賞の推薦者と被推薦者を50年間は明らかにしないとことを理由にノーコメントとしている。
しかし複数の報道によると、昨年6月の米朝首脳会談の後に行われた安倍首相とトランプ氏の会談のときに、北朝鮮の核・ミサイル開発の停止を前提に、トランプ氏が安倍首相にノーベル平和賞の推薦を非公式に依頼した。
この情報を明らかにした政府関係者は「外交の世界では依頼を受けて推薦することは珍しくはない」とコメントしているという。
やはり安倍首相は推薦していたのである。

■「外交辞令では済まされぬ、露骨なお追従」
「安倍首相は本気で、トランプ米大統領がノーベル平和賞にふさわしいと考えているのか。
外交辞令では済まされぬ、露骨なお追従(ついしょう)というほかない」
この書き方から、どこの新聞の社説かすぐに分かると思う。
そう、安倍首相を嫌うあの朝日新聞の社説だ。

「露骨なお追従」とは、皮肉の調味料がたっぷりと効いた言い回しである。
実に朝日社説らしい。
さらに朝日社説は安倍首相を追及する。
「安倍政権は会談後も、北朝鮮の脅威は変わらないとして、陸上配備型迎撃ミサイルシステム『イージス・アショア』の導入を進め、米国製戦闘機F35計105機の追加購入も決めた。
国内で危機感をあおりながら、トランプ氏には緊張がなくなったと感謝するのは、ご都合主義が過ぎる

会談とは昨年6月の米朝首脳会談を指す。
確かに安倍首相は北朝鮮の脅威を指摘しながら危機感をあおった。
それを手のひらを返すように「自分がその脅威を取り除いた」と自慢するトランプ氏をノーベル平和賞に推薦するのはいかがなものか。
開いた口がふさがらない。
手前味噌にすぎる。

さらに朝日社説は「一貫しているのは、トランプ氏の歓心を買うかのような姿勢だ。
ノーベル平和賞の推薦まで持ち出すとは驚く。
国際社会の目にどう映るだろうか」と書く。
この指摘もうなずける。
安倍首相の行動はお追従そのものだ。
国際社会から軽蔑のまなざしを向けられても仕方がない。

■「ならば、国民に堂々と説明すべきだ」
朝日社説はオバマ前大統領とトランプ氏を比較する。
「09年に平和賞を受けたオバマ米大統領は、『核なき世界』に向けた決意を示し、世界に理想の力を再認識させた。
それに対しトランプ氏は、偏狭な『米国第一』主義に走り、地球温暖化防止のためのパリ協定など、国際協調の枠組みに次々と背を向け、核軍拡にも踏み出そうとしている。
とても平和賞に値するとは思えない」

「核なき世界に向けた決意」と「偏狭な米国第一主義」を持ち出してオバマ氏とトランプ氏を対照的に並べる書きぶりは見事で、トランプ氏の行動が、いかに非平和的であるかがよく分かる。
さらに「首相はきのうの国会で、ノーベル委員会が50年間、推薦者と被推薦者を公表しないことを理由に事実関係の確認を避けた。
だが、推薦者が自らその事実を明かすことまで禁じられているわけではない」と追及するが、これもなるほどと思わせる。
朝日社説に王手をかけられた安倍首相は今後、どう国会で答弁するのか見物である。

最後に朝日社説は「トランプ氏によると、首相は『日本を代表し、敬意を込めて推薦した』と伝えたという。
ならば、国民に堂々と説明すべきだ。
それもできないのに、あたかも日本の総意のように振る舞うのはやめてもらいたい」と訴える。

トランプ氏の政治がノーベル平和賞に値するなどとだれも考えないだろう。
推薦は決して日本の国民の意思ではない。
安倍首相の独断と偏見によるものだ。
安倍首相よ、数の力と小手先の論理で日本の国を動かそうとするのはもう止めてもらいたい。

■日本は安全を実感してないし、喜んでもいない
次に毎日新聞の社説を見てみよう。
見出しがしゃれている。
「平和賞にトランプ氏推薦 安倍首相、ご冗談でしょう」だ。
冒頭も「トランプ米大統領のこのことばを、安倍晋三首相はどんな気持ちで聞いたのだろうか」と書き出し、社説にしては読んでみようという気にさせてくれる。

毎日社説は「北朝鮮政策はうまくいっているとアピールする狙いがあるのだろう。
だが、候補者や推薦者は50年間は秘密にする規則があり、発言は道義にもとる。
首相はきのうの国会答弁で『コメントは控える』と述べつつ、否定はしなかった」と書いた後、疑問をこう投げかける。
「それにしても、日本国民はトランプ氏が言うように、安全を実感し、喜んでいるのだろうか」
トランプ氏が2月15日の記者会見で述べた「日本の上空をミサイルが飛ばなくなったのは私のおかげだ」と語ったことに対する疑義の声である。

■「口先だけの安定を強調するトランプ氏」
そのうえで毎日社説は続けざまにこれまでのニュースを並べる。
「昨年6月の米朝首脳会談では、金氏が非核化の意思を示し、トランプ氏が安全の保証を約束した。
確かに米朝間に緊張緩和は生まれた」
「しかし、合意には日本に脅威となる核兵器や短・中距離弾道ミサイルの廃棄は明記されなかった」
「会談後の記者会見では米韓軍事演習の中止や将来的な在韓米軍の撤収に言及した。
日本の安全保障に影響を与えかねず、日本政府は慌てた」
こう書き連ねた後、毎日社説は次のように指摘する。

「その後の8カ月を振り返っても、非核化は進まず、朝鮮半島情勢が安定に向かっているとは言いがたい」
「日本国民は、口先だけの安定を強調するトランプ氏に、むしろ不安を募らせているのが実情だろう」
そして最後にとどめをさす。
「日本政府もトランプ氏の機嫌を取るだけではなく、具体的な進展に向けて後押しし、安易な妥協をしないようクギを刺す必要がある」

■2月27日と28日にベトナムで開催される米朝首脳会談
2回目の米朝首脳会談は2月27日と28日にベトナムで開催される。
会談の結果を受け、安倍首相はどう動くか。
アメリカの力を借りて、韓国と北朝鮮が終戦を宣告し、ひとつにまとまる動きを見せている。

徴用工判決、韓国軍による火器管制レーダー照射事件、天皇陛下に慰安婦問題の謝罪を求める国会議長発言……。
韓国はかつてないほど日本に反発している。
北朝鮮は経済制裁解除に向けてしたたかに動き、核・ミサイル開発を継続させようと画策しいている。
果たして安倍首相はこの大きな波を乗りこなすことができるのか。
安倍首相の鼎(かなえ)の軽重が試されるときだ。
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2019年02月25日

お金がいくらあっても「足りない」と思うワケ

お金がいくらあっても「足りない」と思うワケ
満たされた」感覚が全く得られないヤバさ
2019/02/24 東洋経済オンライン
佐藤 優 : 作家・元外務省主任分析官

食欲や睡眠欲もある程度充足すれば、満足感は得られるもの。
ですが、いくらあっても満足感が得られないのが、「お金に対する欲求」です。
金銭欲はなぜ収まりづらいのか?
 作家・元外務省主任分析官の佐藤優さんが解説します。
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お金には「限界効用逓減の法則」が当てはまりません。
具体的にいうと、例えばどんなに好きな食べ物でも、ある程度食べてお腹が膨らんだらもういらないと思うでしょう。
どんなにお酒が好きな人だって、ウォッカを3本も空けたらもうお酒を見るのも嫌になるはず。
これが「限界効用の逓減」で、ある程度手に入れたら「満たされた」という感覚や「もうたくさん」という感覚になる。
つまり充足することで欲望が減少するわけです。

ところがお金だけは違う。
100万円を手に入れたら次は1000万円がほしいと思う。
1000万円手に入れたら、今度は1億円がほしいと思う。
欲望に際限がない、つまり「限界効用が逓減しない」のです。
これがお金の怖いところで、一種麻薬に似ています。

どんどんエスカレートして、それがないと不安になり、けっして満ち足りるということがありません。

お金の欲求は際限なくエスカレートするもの
外交の世界では「情報を金で買うな」という鉄則があります。
ある人物から情報を得ようとする際、お金の力に頼るのがいちばん簡単に見えます。
しかし相手が報酬に味をしめて金額を吊り上げてきたり、金銭の額に応じて情報の質を変えてきたりする可能性がある。
しかも場合によっては、より高い報酬を支払う別の第三者に寝返る可能性もあります。

インテリジェンスの人間にとっては、情報の質こそが最大のポイント。
ですから、お金に執着の強い人間には警戒して近づこうとしません。
そういう人の特徴は、お金を請求するときに積算根拠のないお金を要求してくることです。
例えば10万円必要だとなったとき、これとこの資料を買い、相手と会食するのにいくら必要だというように、その内訳を明示できる人は大丈夫。
多少それに上乗せをすることはあっても、法外なお金を要求することはまずありません。

あとは要求金額は高くても、ちゃんとした理由がある人物。
自分の娘が病気で医療費がかかるなどの事情がある人は報酬を吹っかけてきますが、理由があるのでその後要求がエスカレートする危険は少ない。

「お金」が誕生した理由
ところが、お金の内訳についての説明が一切なく、アバウトにいくらと要求してくる人物がいる。
これはただのお金好きな人間だと判断して警戒します。
そういう人物はどんどん要求がエスカレートするのがつねで、これなどもお金に「限界効用逓減の法則」が当てはまらないことを証明しています。

なぜ、お金には「限界効用逓減の法則」が当てはまらないのでしょう? 
それはお金は人間がつくり出したものであり、自然物ではないからです。

お金とは「人と人との関係」を具現化したもの
そもそもお金はどうして生まれたのか?
 こういう根本的な問題に応えてくれるのは近代経済学でも、まして最近のマネー本でもなく、マルクスの『資本論』です。

お金は商品の交換から生じます。
例えばいま自分はボールペンをたくさん持っている。
ジュースが1本ほしいのでボールペン2本と換えてくれと交渉し、成立する。
今度はICレコーダーがほしいとします。
ICレコーダーは価値が高いのでボールペン100本と交換してくれと交渉する。
しかし相手はボールペン100本も必要ないからダメだと。
ならばボールペン50本とジュース25本でどうかと。

こういう風に、商品の交換だとかなり面倒なことになります。
そこで、誰もが共通に価値があると認めるものを媒介させ、交換しようとなった。

例えば、かつての日本ではそれがおコメだった。
いったんコメに換えることで、後からほかのものにいくらでも交換できたんです。
これを『資本論』では「一般的等価物」と呼んでいます。
ただしコメはかさばるし時間とともに劣化します。
そこで、それに代わる一般的等価物として金や銀などの貨幣が生まれ、やがて紙幣になっていく。

お金というのは商品の交換の際に必然的に生じてきたものであり、人と人との関係と、その概念がモノになって具現化したものです。
自然界にあるものは、人間はある程度得られれば満足するよう本能的にプログラムされています。
しかし、人間と人間の関係がつくり出したお金には、それが当てはまらないようです。

例えば、魚や野菜を必要以上に大量に買う人はいないでしょう。
余ったら腐らせるだけだからです。
ところがお金はいくら持っていても腐らないし、基本的にどんなものにでも交換できる。
だからたくさんあればあるほどいいと考える。

お金の価値が「一瞬」で消えるとき
守銭奴という言葉がありますが、まさにお金を貯めることだけが趣味のような人もいます。
たしかに資本主義の世の中は、すべてを商品化する方向に動きますから、最終的には人間の命さえお金に換算してしまう。
そんな世の中であればこそ、お金だけが信用できるとひたすら蓄財に励む人が現れてもおかしくありません。
100万円手に入れたら1000万円、1000万円手に入れたら1億円……。
際限のないお金への執着の連鎖が始まるわけです。

お金が紙切れであることに気づく瞬間
お金は具体的な商品やモノではないがゆえに、さまざまな可能性と期待、欲望が無制限に反映されます。
逆に言えば、それくらい多くの人に幻想を抱いてもらったほうがお金、通貨としての価値や強さが出てくる。
最近はFXなどで個人投資家も為替に関わることが増えていますが、まさに通貨の強さが国家にも投資家にも重要なポイントになっています。

ただし、その価値は本来の通貨そのものの価値とは違ったものであることを忘れてはなりません。
通貨がFXのような投資の対象になった以上、それを取り巻く人間たちの期待や信用、思惑を反映した、実体とは遊離した蜃気楼のようなものになっているのです。

皆さんは1万円札の原価がどれくらいか知っていますか? 
造幣局の輪転機を回せば原価はわずか22円。
つまり、本来の1万円札の価値は22円なのです。
お金が幻想から成り立っているというのは、この事実からもわかるでしょう。

この幻想が崩れる瞬間を私は体験しています。
旧ソ連の日本大使館に勤務していたころ、当時はソ連が崩壊する直前で、とてつもないインフレと物資不足にあえいでいました。
忘れもしない1991年1月のある日、夜のニュースで突然、「本日24時で50ルーブル、100ルーブル紙幣が使えなくなります」とアナウンサーが読み上げたのです。
日本でいうなら5000円札と1万円札が使えなくなるのと一緒。
それまで使っていたお金が紙切れになる瞬間というのは、言葉にはできない感覚です。
日本も終戦直後には同じような状態だったわけです。

激しいインフレでお金の価値が一気に下がり、また当時は国のお金のほかに国外では軍票という軍が発行していたお金もあった。
軍票で資産を持っていた人もたくさんいたはずですが、当然すべて紙切れです。
お金とは人と人との関係がつくり出した人工物であるがゆえに、また人々の幻想と欲望を反映したものであるがゆえに、価値が一気に膨らむこともあれば、まったくのゼロになることだってある。

その怖さを体験しないまでも、頭の隅に入れておくことは必要です。
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2019年02月26日

生存者を無視 拉致被害者家族も見限る安倍首相の“二枚舌”

生存者を無視 拉致被害者家族も見限る安倍首相の“二枚舌”
2019/02/24 日刊ゲンダイ

 2回目の米朝首脳会談が迫り、安倍首相がまたぞろ北朝鮮による拉致問題の解決をアピールしている。
 20日にトランプ大統領と約30分間、電話会談。
その3分の2を拉致問題に費やしたとか、トランプが「シンゾーの問題は私の問題だ」と繰り返し、「絶対、シンゾーの思いは伝える。約束する」と協力を快諾したとも報じられている。

安倍首相が「この内閣で必ず解決する」とブチ上げてから6年あまり。
安倍首相に事態の進展を期待する国民がいるのか。
拉致被害者の家族会にすら見限られたようなありさまだ。

 家族会らが17日に発表した金正恩朝鮮労働党委員長宛ての「全拉致被害者の即時一括帰国を決断していただきたい」と題したメッセージは強烈だった。
「全拉致被害者の即時一括帰国が実現すれば、国交正常化に反対する意思はない」と従来の姿勢を強調し、「帰国した被害者から秘密を聞き出さない」との一文も盛り込んだ。
内容もさることながら、安倍首相の頭越しに金正恩に直接メッセージを送るのは前例がない。

「安倍首相は掛け声こそ勇ましいものの、問題解決の糸口はサッパリ見えない。
家族会の高齢化が進み、安倍政権にピッタリ寄り添ったままでいいのか、信頼しきったままでいいのか、という意見が広がってきていました」(野党関係者)
 それも無理はない。生存する被害者をガン無視した疑いも強まっている。

15日に共同通信が拉致被害者の田中実さん(失踪当時28)と特定失踪者の金田龍光さん(同26)が妻子とともに平壌で暮らしていると報道。
日朝がストックホルム合意を交わした2014年5月より前に、その情報は伝えられていたという。
国会で質問された安倍首相は「今後の対応に支障を来す恐れがあり、コメントを差し控える」と常套句でスットボケた。

 拉致問題に詳しい国際ジャーナリストの太刀川正樹氏は言う。
「ストックホルム合意に基づく拉致被害者の再調査でも、北朝鮮側が複数の生存者情報を提示し、2人が含まれていたといいます。
ところが、安倍首相が救出を訴える象徴的な存在の横田めぐみさんは含まれておらず、死亡という従来の結果が覆らなかったため、安倍政権は再調査報告書の受け取りを拒んだのです

 悲痛な家族の思いを政権浮揚に利用する安倍首相が政権にとどまる限り、拉致問題解決は見通せない。
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2019年02月27日

池上氏 首相の悪夢発言批判

池上彰氏「『悪夢のような民主党政権』発言からにじみ出た『バラ色の自民党』意識」
2019年02月26日 文春オンライン

 池上彰さんの連載「WEB?悪魔の辞典」では、政治や時事問題に関する用語を池上さん流の鋭い風刺を交えて解説します!

■【悪夢のような民主党政権・あくむのようなみんしゅとうせいけん】
 自分たちにとって「悪夢」になったことを他人のせいにする安倍首相流のレトリック。

■【池上さんの解説】
 2月10日の自民党大会で、安倍晋三首相(自民党総裁)は、2007年の参議院選挙での敗北に触れる中で、「悪夢のような民主党政権が誕生した。
あの時代に戻すわけにはいかない」と演説しました。
 この発言について、12日の衆議院予算委員会で、当時の民主党政権で外務大臣を務めた岡田克也氏が「頭から相手を全否定したようなレッテル貼りはやめろと言っている」と、発言の撤回を求めました。

 安倍首相は発言撤回を拒否し、「少なくともバラ色の民主党政権でなかったことは事実だろう」と答えました。
 さて、これは論理的なやりとりになっているのでしょうか。

「悪夢のような」と「少なくともバラ色ではなかった」はイコールではありません。
「バラ色ではなかった」ということは、「とても素晴らしいとは言えない」という意味でしかなく、「悪夢のような」という強い否定にはなっていないからです。

 逆に言えば、「いまの自民党政権はバラ色です」と言っているに等しいのです。
これは、なかなか傲慢ですね。
 ご自分の答弁が、論理的にはどんなことを意味するのか、論理の勉強をされた方がいいのではないか。

 ただ、民主党政権が安倍首相をはじめとする自民党にとって「悪夢」であったことは事実でしょうね。
政権を失って失意のどん底にいたのですから。
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2019年02月28日

モノの所有が段々「時代遅れ」になっていく理由

モノの所有が段々「時代遅れ」になっていく理由 「共有」「シェア」「つながり」が新たな価値だ
2019/02/27 東洋経済オンライン
石山 アンジュ : 内閣官房シェアリングエコノミー伝道師

1つの企業で定年まで働き、貯めたお金で家や車、その他たくさんのモノを所有し、社会保障に守られて一生を終える――。
そんな「幸せ」のロールモデルはすでに崩壊した。
これからの時代では、組織にもお金にもモノにも依存しない生き方が求められる。

そんな中で今、注目を集めているのが「シェアリングエコノミー(共有経済)」という概念。
なぜ今、シェアが注目されているのか? 
シェアが生み出す価値とは?
 内閣官房シェアリングエコノミー伝道師・石山アンジュ氏の著書『シェアライフ』の内容を一部抜粋し、再構成のうえお届けします。
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今、シェアリングエコノミーが注目されている理由
民泊にライドシェア、フリマアプリにクラウドソーシング……近年、世界中で「シェア」の概念に基づくサービスが広がり始めています。
なぜ今、シェアが注目されているのか? 
それには2つの背景があります。

1つは、インターネットの登場とテクノロジーの発展によって、個人間でのやり取りが、簡単にできるようになったことです。自分が持っているものと相手が必要としているものを「見て」知ることができる。
時間や距離という制約を越えて、複数の人との貸し借りや売買、その他のやり取りが一瞬で可能になる。
さらに、位置情報の活用や決済システムの進化などにより、個人間でのやり取りは現在進行形で、よりスムーズに、便利になってきています。

もう1つは、個人のあいだでも社会のあいだでも、シェアという思想への共感が広がりつつあること。
拙著『シェアライフ』でも詳しく解説していますが、現代では、「組織中心」から「個人中心」の社会へとパワーシフトが起こり、「豊かさ」の概念が物質的なものから内面的なものへ変化しています。
そんな中で、個人間の信頼関係を大切にすることで成り立つシェアが共感を呼ぶのは、必然的といえます。
このような背景から、「シェア=新たな社会をつくるもの」としての可能性が注目されているのです。

従来の私たちの生活は、基本的には、企業がつくったものを買い、所有し、消費する「BtoC(Business to Consumer)」のモデルで成り立ってきました。
これに対して、シェアリングエコノミーは、「CtoC(Consumer to Consumer)」というモデルを可能にしました。
個人が使っていないモノやスペース、時間や知識、スキルまで、あらゆるものが商品になり、個人がサービスの提供者となることができます。
さらに、自分たちで値段を決めたり、あるいは無償で譲り合ったりと、企業ではなく個人の裁量に基づいてやり取りできるのです。

個人と個人が生み出す新しい経済の形
このCtoCモデルをサービスにしたのが、「プラットフォーム」と呼ばれる、個人間のシェアを仲介する場を提供する企業です。
2008年ごろからアメリカを中心に始まり、一気に広がりました。

例えば、宿泊場所を提供したいホストと宿泊したい人を結ぶ、民泊シェアプラットフォーム「Airbnb」や、
自家用車を有効活用したいドライバーと、乗せてほしい人をつなぐライドシェアプラットフォーム「Uber」などが代表例です。
その勢いはアメリカにとどまらず、ヨーロッパや韓国、中国、東南アジアなど世界中に広がっています。
日本ではまだまだ「シェアプラットフォーム=海外のサービス」という認識が強いですが、私が事務局長を務めている「シェアリングエコノミー協会」に属するシェアサービス企業は約280社、そのうちの9割以上が日本の企業です。

日本発のシェアサービスも、これからますます普及・発展していくだろうと考えられます。

シェア時代には「信頼」がカギ
これまでのBtoCモデルでは、企業の評判や、国や業界が定めたサービス水準の指標などで、サービスの提供企業を信頼することができました。
一方、個人間、とくにインターネット上でのやり取りでは、「何をもって提供者を信頼できるのか?」ということが課題になります。
そのための新たな方法が「レビューシステム」。
いわば個人間の「食べログ」評価のような機能です。

これまで相手と実際に会って相乗りをしてもらったり、宿泊場所を提供したりしたことのある人がつけた評価やコメント。
これによって、「信用できるかどうか?」が可視化され、次にやり取りする人が判断材料とすることができるようになりました。
逆に言えば、どんなにお金があって社会的地位が高くても、信頼を獲得できなければ、シェアというコミュニティーや取引への参加は難しくなります。

シェアという概念では、この「信頼」をどう捉え、私たち一人ひとりがどう再定義できるかがカギになります。

シェアが生み出す新しい価値
――それは、「これまで価値だと思われていなかったことが、価値になること」です。
例えば、住む人を失い何十年もそのまま放置されていた空き家や廃校などを、民泊やゲストハウスとして生まれ変わらせるなどの事例があります。
「企業が利益のために行う事業」という視点だと、需要が小さすぎてサービス価値として見なされなかったようなニッチな物事。
それが、それを必要としている人と、それを活かせる知識や経験を持っている人とがプラットフォームを通じて出会うことで、新しい価値を生み出せるようになりました。

また、個人に視点を向けてみると、個人としてサービスを提供できるようになったことで、「自分でも気づかなかった得意なことや経験が、誰かのためになり、価値として交換できる」ようになります。
例えば、一般の主婦の方などが他の家庭の家事を行うシェアサービス「タスカジ」では、これまで家庭のためにやっていた整理整頓法を、依頼された家庭で実践したところ、大変喜ばれ、口コミが反響を呼び書籍を出版するなどの事例もあります。

制約からの自由、所有しない幸せ
家事や子育て、介護もそうですが、今、家庭の中にあって収入にならないと思われている仕事だって、本来は誰かのためになる価値であるはずです。
シェアプラットフォームによって、そのような価値を「見える化」すれば、やっている本人も必要としている人も、その意義を確かめ合うことができます。
シェアすることで、あらゆる制約から解放され、もっと身軽に、不自由さを感じずに生きていくことができる。
私はそう考えています。

家、車、洋服……これまで私たちは、生活に必要な「よりよいモノ、より質の高いモノ」を得るために一生懸命働いてきた。けれど、その結果、自由な時間は減り、捨てられないモノが増え、それが自分を不自由にしていることに気づきはじめているのではないでしょうか。
「今すぐ海外に住みたいのに決められない……」
「今すぐ会社を辞めたいのに、辞められない……」
今の生活を維持するために所有してきたモノは、今の生活を変えたいときには心理的・物理的ハードルになってしまうのです。
しかし、生活においてあらゆるモノを共有すれば、好きな時間に好きな場所で好きなだけ利用したり、一時所有したりすることができる。
毎日の生活をシェアに変えることで、モノを所有することでの不自由さや、自分を制約しているものから解放され、もっと自由に、新たな豊かさを得ることができるのです。
新たな豊かさとは「つながり」 そして、シェアすることで生まれる最も大きな価値は「つながり」です。

つながりが、お金や社会的ステータスのような、これまで個人の資産とされてきたものと同じ価値をもつ時代がきたのです。私はこれを「つながり資産」と呼んでいます。
つながりを資産だと捉える考え方は、「社会関係資本=ソーシャルキャピタル」ともいわれています。
アメリカの政治学者ロバート・パットナムは、人々が他人に対して抱く「信頼」、それに「お互いさま」「持ちつ持たれつ」といった言葉に象徴されるような「互酬性の規範」、人や組織のあいだの「ネットワーク(絆)」を「ソーシャルキャピタル」と呼び、個人にも社会にも利益をもたらすものであると提唱しています。

現代のような先行き不透明な時代において、確かな安心を買える資産こそ、「つながり」です。
何かあったら手を差し伸べてくれる人が思い浮かぶこと
――明日、もし地震が起こっても、泊まらせてくれる家や、助けてくれる人のつながりがあること、信頼できて気軽に頼れるコミュニティーがあること――
そのようなつながりを増やしていくことが、これからの時代を生きる上での重要な資産になるのだと確信しています。
そして、その「つながりをどれだけ貯められるか」が、これからの新たな「豊かさ」の指標になるのではないかと私は考えています。
posted by 小だぬき at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 健康・生活・医療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする