医師"20分で眠れなければベッドを出る"
2019年03月18日 PRESIDENT Online
「日中眠くなる」「朝早く目が覚める」。
春にはそんな悩みがよく聞かれる。
精神科医で早稲田大学准教授の西多昌規氏は「春は体内時計が昼の長さにまだ慣れていない。
年度の切り替わりによる心身の不調、花粉症の鼻詰まりなど、睡眠の質を下げる要因も多い」という。
医師が教える「睡眠の5つのコツ」とは――。
■季節の変わり目には睡眠の悩みが増える
3月に入って日の光もまぶしくなり、暖かい日も増えてきました。
就職、進学から異動、転職など、新生活を控えている人も多くなる忙しい季節です。
春は、日中にウトウトと眠くなるイメージがあります。
夏目漱石は、小説『草枕』のなかで、「春は眠くなる。猫は鼠を捕る事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる」と書いています。
「日中どうしても眠くなる」「朝早く目が覚める」「すっきり起きられない」など、季節の変わり目には睡眠の悩みが増える印象があります。
秋は「ぐっすり寝た気がしない」という相談が多い一方で、春は日中の眠気や朝早く目覚めてしまうという悩みが多い印象があります。
漱石も感じていた春の眠気ですが、日中に眠くなるメカニズムが、人間には備わっているのでしょうか。
春になると眠気が強くなるのは、科学的にも確かにあることだとわたしは考えます。
理由は一つに絞られるものではなく、体内時計といった生物的要因から、新生活に向けた緊張など心理的要因がミックスしていると考えられます。
■睡眠時間は「一年間同じ」ではない
わたしたちの睡眠時間は、一年通じて一定ではありません。
日の長い夏には睡眠時間は短くなり、夜の長い冬には長くなります。
春は、夏至のころほど昼の時間は長くありません。
ただ、寝室の中に光が差し込む時刻は、冬の頃と比べて徐々に早くなってきるのを実感します。
明け方にまだ眠っているようでも、人間の脳は網膜を通じて日の光を感知し、覚醒を始めるのです。
睡眠時間は、春よりも夏の方が短くなります。
しかし、眠気と言えば、夏よりも春という方が多いでしょう。
温度や湿度などの環境が、猛暑の夏と比べて穏やかな春のほうがウトウトしやすいのはもちろん、冬の長い夜に慣れていた体内時計が、長くなりつつある昼にまだ慣れてきていないのが理由です。
5月の連休ごろになれば、体内時計は昼の長い一日に慣れてしまうのです。
■アラームが鳴る前に目が覚めてしまう理由
春になると眠くなるのは、日本だけではありません。
中国は「春眠暁を覚えず」という有名な漢詩を生み、英語にも「Springtime sleepiness」「Springtime lethargy」という、春の眠気やだるさを表す言葉があります。
サマータイムを導入している国では、3月から夏時間となり体内時計が乱れる影響もあると思われます。
ただ諸外国の年度は、9月開始が一般的です。
学校の新学期も、秋から始まります。
日本は、学校も会社も4月で年度が切り替わります。
3月4月は、どんな人にとっても多かれ少なかれ環境の変化を経験する人が多くなり、それだけストレスや緊張を感じることも多くなります。
「新しい部署で大丈夫かな……」「新しいクラスになじめるかしら……」など、3月になると、4月からの新しい環境に対する不安が増してきます。
4月から新生活が始まれば、慣れない仕事や人間関係など、緊張の毎日が続きます。
翌朝に早く起きなければならないとき、アラームが鳴る前に目が覚めてしまった経験はないでしょうか?
これは「注意睡眠」と呼ばれる現象です。
心理的緊張も、睡眠を浅くしてしまうことは言うまでもありません。
春は体内時計によって、朝早くから目覚めやすくなるうえに、心理的要因からも、睡眠の質が下がります。
結果的に、日中に眠気やだるさに襲われやすくなるのです。
■「花粉症」と「低気圧」も眠気の原因になる
春に見られる睡眠の問題で侮れないのは、花粉症などのアレルギー症状です。
鼻詰まりや喉のまわりの炎症は、寝ている間の空気(=酸素)の通り道を狭くしてしまい、「睡眠時無呼吸症候群」に近い状態にしてしまう場合もあります。
花粉症の眠気と言えば、抗アレルギー薬による眠気で日中は頭がぼうっとしてしまうことをイメージしますが、夜も鼻詰まりで睡眠の質が低くなっている可能性があるわけです。
春が過ぎれば治るとはいえ、きちんと対処をしないと、睡眠不足の状態が続いて体調を崩してしまいます。
そのほかに、気候の変化もあります。
太平洋側では、3月に入ると乾燥した冬と違って、低気圧に覆われる機会が増え、雨の日が多くなります。
低気圧による心身の不調のメカニズムは、まだ明らかではないですが、現実生活ではよく見る現象です。
科学が発達しても、日の出を人為的に遅くしたり、4月始まりの新年度制度を勝手に変更したりすることはできません。
できる範囲で、睡眠を保つ工夫と努力をしていく必要があります。
朝早く明るくなるのが一因だからといって、寝室を完全に真っ暗にして暗室にしてしまうと、今度はちゃんと目覚めて覚醒することが難しくなります。
心理的要因も睡眠を悪くしますが、ストレスを一発で消し去るスイッチがあるわけでもありません。
慌ただしい春に、できる範囲で健康的な睡眠を保つ実践的なコツを考えてみました。
1.「少しだけ」早く寝る
次の朝早いので、いつもよりも早くベッドに入ったはいいけれども、かえって眠れなくなった経験はないでしょうか。
人間は、いつもの就寝時刻より早く寝つくこと、つまり体内時計を早回しにすることは、非常に苦手です。
特に夜型傾向の強い10代後半〜20歳代の男性にとっては、いつもより早く寝なさいというのは、厳しい注文かもしれません。
たしかに、平素より1時間以上も早く寝つきなさいというのは、やや無理があります。
しかし、3、4月は「明け方」の睡眠が浅くなっていることを思いだしてみてください。
30分くらいならば、いつもより早く寝ることはできないでしょうか。
夜更かしをやめる、という漠然とした目標よりも、数値化した現実的なスケジュールを考えるべきです。
2. 休みの日の寝坊は2時間までOK
朝起きる時刻も、夜眠る時刻も、一定にするのが体内時計にとってはいちばん望ましい生活です。
しかし、人間である以上、このような実験動物のような生活をすることは100%不可能でしょう。
3、4月のこの時期は、睡眠時間が冬に比べて短くなり始め、体内時計がそれに追いついていない状態です。
かつ、周囲の変化もかなりあり、心理的負担も大きくなっています。
平日の睡眠不足は、当然のものとして考えなければなりません。
特に新生活が始まった人にとっては、週末は貴重です。
ゆっくりできる週末を楽しみに、忙しい新生活をしのいでいる人も少なくないはず。
週末ぐらいは、1、2時間ぐらいの寝坊は、むしろ取った方がいいとわたしは思います。
スウェーデンの研究でも、平日は睡眠時間が5時間未満であっても、週末に8時間以上眠っている人の場合、死亡リスクは上昇しないという結果が発表されています。
この結果を見ると「3時間以上の寝だめでもいいじゃない」と思われるかもしれませんが、わたしはそうは思いません。
休みの日、たとえば土曜日に昼過ぎまで眠ってしまうと、当然ながらその日の夜は寝つくのが遅くなります。
深夜にようやく寝て、次の日曜日はもっと遅く起きる。
そして日曜の夜はずっと寝つけず、月曜は寝たか寝ないかわからないまま出勤……。
おそらくその一週間は、睡眠リズムの乱れを引きずったまま、調子の上がらない一週間になる可能性大です。
週末の寝坊は、2時間まで、多く取ったとしても3時間までにしましょう。
逆に、平日と同じ時間に起きることはないと思うと、気持ちが少しは楽になると思います。
3. 寝具やパジャマを、こまめに調節
春は寒暖の差が激しく、蒸し暑い初夏のような日があるかと思えば、冬に戻ったような寒い日もあり、熟睡をさまたげる気温の変化が起こりやすくなります。
いつまでも冬と同じ寝具では寝苦しいですし、かといって夏のような寝具では、肌寒いことも。
人の身体は思いのほか気温の差に敏感ですから、寝具やパジャマを調節して、熟睡できる環境を整えましょう。
翌朝の天気予報で気温をチェックしておく、交換できる布団をベッドのわきに置いておく、などの準備ができればいいでしょう。
4. とりとめのないお喋りでストレスの「言語化」を
3月、4月は、環境の変化も伴うため、精神的にも多大なストレスがかかります。
緊張や不安、不満、気疲れ……。
薬や注射ですぐに解決とはいかないところが、ストレス対策の悩ましいところです。
わたしがいちばん大切だと考えているのは、新生活についてなにげないことでも他人に話す機会を持つことです。
小難しい用語を使えば、ストレスの「言語化」です。
「今日はソフトの使い方なかなか覚えられなくて大変だった」 「さっそく上司に注意されちゃった」 と、言葉にできる機会は貴重です。
逆にひとりでストレスを抱えて悶々としている姿を想像してください。
精神的に不健康であることは、言うまでもないでしょう。
特に孤独に陥りがちな男性の場合は、毎日お喋りしなさいとはいいませんが、せめて月に一度は家族なり友達なりパートナーに、なにげないことを話す機会をもちたいものです。
人間は誰も見ていないところでは、苦しみになかなか耐えられません。
話を聞いてくれるのがごくたまにであっても、ちゃんと見守っている人の存在があれば、頑張れるものです。
5. ベッドに入って20分眠れなければ、寝室から出る
眠れないときは、無理して眠ろうとしないことが大切です。
ベッドに入ってから20分たっても眠れない場合は、寝室から出ましょう。
部屋の明かりも暗めに調節、ノンカフェインのお茶でも飲みながら、ゆっくり過ごします。
そして眠くなったら再びベッドへ戻ります。
時計やスマホを見るなど眠れない不安を強くしてしまう、あるいはアクション系など刺激の強い動画を見てしまうなどの行動はNGです。
眠くなるのは、「退屈」「単調」という、刺激の乏しい環境です。
現在の不眠治療では、眠れないときに無理にベッドに居続けると、苦痛の記憶が刻まれて寝室が苦行の場になってしまうので逆効果とされています。
どうしても眠れないときは、「今夜の寝不足で次の夜は眠れる」と、受け入れるのがベターです。
ただ、連日にわたって不眠が続くならば、生活習慣では限界の可能性もあるので、睡眠医療の出番であることも知っておいてください。
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西多 昌規(にしだ・まさき)
精神科医 医学博士。早稲田大学スポーツ科学学術院・准教授。東京医科歯科大学卒業後、スタンフォード大学医学部客員講師などを経て現職。
『テンパらない技術』(PHP文庫)、『自分の「異常性」に気づかない人たち: 病識と否認の心理』(草思社)、『休む技術』『眠る技術』(ともに、大和書房)など著書多数。
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